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特許7509129被覆金型、被覆金型の製造方法、および硬質皮膜形成用ターゲット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】被覆金型、被覆金型の製造方法、および硬質皮膜形成用ターゲット
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20240625BHJP
   B21D 37/01 20060101ALI20240625BHJP
   B21D 37/20 20060101ALI20240625BHJP
【FI】
C23C14/06 P
C23C14/06 L
B21D37/01
B21D37/20 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021507394
(86)(22)【出願日】2020-03-18
(86)【国際出願番号】 JP2020011956
(87)【国際公開番号】W WO2020189717
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2022-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2019052831
(32)【優先日】2019-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】庄司 辰也
(72)【発明者】
【氏名】本多 史明
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-142944(JP,A)
【文献】国際公開第2016/171273(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/199730(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/078731(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B21D 37/01
B21D 37/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
作業面に硬質皮膜を有する被覆金型であって、
前記硬質皮膜は、Cr系窒化物である厚さ100nm以下のa1層と、
(V 1-a )(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ80nm以下のa2層と、が交互に積層されたA層を含む、被覆金型。
【請求項2】
前記A層の上層に形成され、(V 1-a )(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ0.1μm以上のB層をさらに含む、請求項1に記載の被覆金型。
【請求項3】
前記硬質皮膜のA層におけるヤング率が250GPa以上、ナノインデンテーション硬度が25GPa以上である、請求項1または2に記載の被覆金型。
【請求項4】
作業面に硬質皮膜を有する被覆金型の製造方法であって、
Cr系窒化物である厚さ100nm以下のa1層と、
(V 1-a )(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ80nm以下のa2層と、が交互に積層されたA層を被覆する工程を含み、
前記a2層は、(V 1-a )(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である硬質皮膜形成用ターゲットを用いる、被覆金型の製造方法。
【請求項5】
前記A層の上層に、(V 1-a )(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ0.1μm以上のB層を被覆する工程
をさらに含み、
前記B層は、(V 1-a )(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である硬質皮膜形成用ターゲットを用いる、請求項4に記載の被覆金型の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜が被覆された被覆金型、被覆金型の製造方法および硬質皮膜形成用ターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、鍛造、プレス加工といった塑性加工には、冷間ダイス鋼、熱間ダイス鋼、高速度鋼といった工具鋼に代表される鋼や、超硬合金等を母材とする金型が用いられている。このようなプレス加工用や鍛造用の金型を用いた塑性加工では、金型の作業面と被加工材とが摺動することにより、金型の作業面に摩耗やカジリなどの損耗が生じ易く、金型寿命の向上が望まれている。特に曲げ型や絞り型は高い成形圧がかかり、被加工材と金型との摺動によりカジリが生じやすくなる。ここでいうカジリとは、互いに摺動し合う部材のいずれかまたは両方の作業面において化学的に活性な表面が形成され、それが相手側に強く凝着して固着したり、それによっていずれかの面の構成物質が引きはがされ、相手側の面に移着する現象をさす。したがって、曲げ型や絞り型に用いる金型には特に高水準な強度および耐カジリ性が要求される。
【0003】
金型の耐カジリ性を向上させる方法として、表面処理による窒化物や炭化物からなる硬質皮膜の形成が有効である。表面処理には溶融塩浸漬法(以下、TRD法という)や化学的蒸着法(以下、CVD法という)、物理的蒸着法(以下、PVD法という)などが使用される。TRD法やCVD法は、鋼を母材とする金型の焼入温度に近い温度での処理を行った後、焼戻し(一部はその前に再焼入)して使用されるが、高温処理に起因する金型の変形や寸法変化が問題となるケースがある。また、これらの処理は繰り返して使用されるが、TRD法やCVD法は金型母材の鋼材中の炭素を用いて膜を作るので、繰り返し処理を行うと金型の表面近傍の炭素が少なくなり、硬さの低下や膜との密着性の低下を招く可能性がある。一方、PVD法は、各種の被覆形成手段の中でも被覆温度が鋼の焼戻し温度より低温であるため、被覆による金型の軟化が少なく、金型の変形や寸法変化が生じ難い。金型の耐摩耗性を向上させるPVD皮膜としては、TiN、TiCN、TiAlNなどのTi系皮膜や、CrN、CrAlN、AlCrNなどのCr系皮膜、VCN、VCなどのV系皮膜等が従来より実施されている。
【0004】
上記の皮膜を適用した被覆金型については、従来より様々な検討がなされている。例えば出願人は、特許文献1において、被加工材との摺動環境において耐摩耗性や耐カジリ性といった摺動特性を向上させることを目的に、AlCrSiの窒化物と、Vの窒化物とが交互に積層された硬質皮膜を被覆した被覆工具について提案している。また出願人は特許文献2において、金型の耐摩耗性や耐カジリ性を向上させることを目的に、皮膜の金属部分が原子比率でクロムが30%以上の窒化物または炭窒化物からなるa1層と、金属部分の原子比率でバナジウムが60%以上の窒化物または炭窒化物からなるa2層とが交互に積層したA層と、該A層の上層にあって金属部分の原子比率でバナジウムが60%以上との窒化物または炭窒化物からなるB層を含む、摺動特性に優れた被覆部材について提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-183545号公報
【文献】国際公開第2013/047548号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、被加工材がより高強度になる場合や、被加工材を加熱してプレス成形と焼入れを同時に行うホットスタンプ法のように、過酷な環境で加工を行う場合に対応するため、金型用皮膜にもさらなる耐久性の向上が要求されている。一方で特にアークイオンプレーティング法は、皮膜中および皮膜表面にドロップレットが不可避に形成される。このドロップレットは皮膜の密着力低下や、クラック等の皮膜損傷の要因となるため、ドロップレットの低減は耐久性向上のために必要である。上述した特許文献1または2に記載の被覆工具は、硬質皮膜に摺動特性が優れるVの窒化物を含み、更に、被加工材を攻撃する起点となる皮膜表面の凸部を低減した平滑な皮膜構造であり、摺動特性に優れる優れた技術を開示している。しかしドロップレット低減に関しては、皮膜表面を平滑にすることしか記載されておらず、膜中のドロップレット低減については記載や示唆がないため、さらなる耐久性向上については検討の余地が残されている。本発明は上記課題に鑑み、良好な摺動特性を発揮することが可能であり、ドロップレットをさらに低減させることで耐久性にも優れる被覆金型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は鋭意研究した結果、ドロップレット低減を可能とする元素および皮膜構成を見出し、本発明に想到した。
すなわち、本発明の一態様は、作業面に硬質皮膜を有する被覆金型であって、
前記硬質皮膜は、Cr系窒化物である厚さ100nm以下のa1層と、
(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ80nm以下のa2層と、が交互に積層したA層を含む、被覆金型である。
好ましくは、該A層の上層に形成され、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ0.1μm以上のB層と、をさらに含む。
好ましくは、前記硬質皮膜のA層におけるヤング率が250GPa以上、ナノインデンテーション硬度が25GPa以上である。
【0008】
本発明の他の一態様は、作業面に硬質皮膜を有する被覆金型の製造方法であって、
Cr系窒化物である厚さ100nm以下のa1層と、
(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である硬質皮膜形成用ターゲットを用いて被覆され、(V1-a)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ80nm以下のa2層と、が交互に積層されたA層を被覆する工程を含む、被覆金型の製造方法である。
好ましくは、A層の上層に、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である硬質皮膜形成用ターゲットを用いて被覆され、(V1-a)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ0.1μm以上のB層を被覆する工程と、をさらに含む。
【0009】
本発明の他の一態様は、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である、硬質皮膜形成用ターゲットである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、良好な摺動特性を発揮することが可能であり、ドロップレット低減により耐久性にも優れる硬質皮膜を有する被覆金型を提供することができる。また、その硬質皮膜を形成するために好適なターゲットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明例の試料表面を光学顕微鏡で観察した画像である。
図2】比較例の試料表面を光学顕微鏡で観察した画像である。
図3】本発明例の試料表面をEPMAで観察した画像である。
図4】比較例の試料表面をEPMAで観察した画像である。
図5】実施例で使用した摺動試験装置の上面模式図である。
図6】実施例で使用した摺動試験装置の側面模式図である。図6(a)は円形板状部が試料と離れている時を示す側面模式図であり、図6(b)は円形板状部が試料と接しているときを示す側面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は本実施形態に限定されない。本実施形態の被覆金型は、作業面に硬質皮膜を有する。この硬質皮膜は、Cr系窒化物である厚さ100nm以下のa1層と、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ80nm以下のa2層と、が交互に積層した交互積層部(A層)を有する。
本実施形態のa1層であるCr系窒化物皮膜(以下、CrN系皮膜とも記載する)は、耐熱性と耐摩耗性に優れ、高負荷環境における金型寿命の向上に寄与する。このCrN系皮膜は、Crが半金属を含む金属部分での原子比率において、30%以上含まれている皮膜を示す。Crが30%以上であればa1層の効果を阻害しない範囲で、Cr以外に4族遷移金属、5族遷移金属、6族遷移金属、Al、Si、Bの少なくとも一種または二種以上を含んでもよい。もちろん、Crが100%であっても良い。例えばCrN系皮膜は、CrN、CrTiN、CrVN、CrSiN、CrBN、CrSiBN、CrTiSiN、CrVSiN、AlCrN、AlTiCrN、AlVCrN、AlCrSiN、AlTiCrSiN、AlVCrSiNから選択することで高温領域での耐摩耗性を向上させることが出来るため好ましい。なおa1層にVを含有する場合、CrN系皮膜に含まれるVの含有量は50%未満であることが好ましい。より好ましくは、AlCrSiNを適用する。Crの含有量が30%よりも低い場合、上述した耐熱性や耐摩耗性の向上効果が得られにくくなる傾向にある。Cr含有量の上限は特に限定せず、皮膜の種類や用途によって適宜変更することが可能である。例えばAlCrSiNを適用した場合、耐熱性や耐摩耗性の向上効果を得られやすくするために、Crの含有量を原子比率で80%以下に設定してもよい。好ましくはAlCrSiNを適用する場合、AlxCrySizの組成式において、20≦x<70、30≦y<75、0<z<10となるように制御することで、脆弱な六方晶構造が主体となることを抑制して立方晶構造を主体とし、耐摩耗性や耐熱性を安定して向上させることができるため、好ましい。上記の結晶構造は例えばX線回折法により確認することができ、立方晶構造のピークが最大強度となっていれば、他の結晶構造を含んでいても立方晶構造が主体とみなすことができる。
【0013】
本実施形態におけるa2層は、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなる(以下、VMN系皮膜とも記載する)ことが重要な特徴の一つである。VMN系皮膜は、加工時において適度に酸化して酸化層を形成し、被加工材成分を含む低融点の複酸化物を形成する。そのため被加工材からの凝着を防ぎ、加工初期段階における局所的なカジリや凝着摩耗を抑制することができる。一方で、Vは硬質皮膜に用いられる他の金属元素に比べると熱伝導率が低いため、V単体のターゲットを用いたアークイオンプレーティングに際して、Vターゲットへのアーク放電によるミクロな溶融プールが大きく、深く形成されやすいことから、ドロップレットの発生数が多く、ドロップレットのサイズも大きくなりやすくなる傾向が確認された。そこで本実施形態では上述したようなVMN系皮膜を採用することにより、優れた摺動特性を損なわずに、ドロップレットを抑制して皮膜の耐久性向上を可能とする。ここで本実施形態において、Mは、MoまたはWの少なくとも一種を選択する。これは、MoとWはVと全率固溶し、金属間化合物をつくらないため、PVDによる成膜の際に放電を安定させ、欠陥の少ない緻密な皮膜を安定して被覆することが可能である。またMoとWはVに比べて融点や熱伝導率が高いため、後述するターゲット表面に生成される溶融プールの面積を小さく出来る傾向にあり、ドロップレットの発生を抑制することが可能である。さらには、MoやWを含有したVMN系皮膜とすることで、ヤング率や硬さを増加させることが可能である。硬質皮膜のヤング率と硬さを増加することは、外力に対する耐破壊性の向上に繋がり、ドロップレットの抑制効果と相まって、皮膜の耐久性向上に貢献する。すなわち、硬質皮膜のA層におけるヤング率が250GPa以上、かつナノインデンテーション硬度が25GPa以上であれば、上記の耐久性向上効果がより得られやすくなるため好ましい。より好ましいヤング率は300GPa以上、より好ましい名のインデンテーション硬度は30GPa以上である。
【0014】
本実施形態において、Mの原子比aは0.05以上0.45以下とする。Mの原子比が0.45超である場合、成膜レートの低下が発生しやすくなるため好ましくない。また合金中のVが少なくなるため、凝着摩耗の抑制効果が十分に発揮できない可能性がある。Mの原子比が0.05未満の場合、Vの効果が主体となり、ドロップレット抑制効果が得られない。なお本発明の効果を阻害しない範囲で、V、Mo、W以外に4族遷移金属、5族遷移金属、6族遷移金属、Al、Si、Bの少なくとも一種または二種以上を含んでも良い。好ましいMの原子比aの上限は、0.40であり、好ましいMの原子比aの下限は、0.1である。より好ましいMの原子比aの上限は0.35であり、より好ましいMの原子比aの下限は、0.15である。
【0015】
本実施形態のa1層およびa2層において、皮膜中に占める窒素元素の原子比は、皮膜全体の金属元素と非金属元素との合計を100%と規定した場合、45%以上、55%以下であることが好ましい。窒素を上記の範囲内で制御することで、皮膜の耐熱性をさらに向上させることが可能となる。
【0016】
本実施形態の硬質皮膜は、上述したa1層とa2層とが交互に積層した構造を有する。この構造を有することで、CrN系皮膜が有する耐摩耗性、耐熱性と、VMN系皮膜が有する耐カジリ性、耐凝着性を、互いに阻害することなく効果的に発揮することができる。このa1層の個々の膜厚は100nm以下、a2層の個々の膜厚は、80nm以下とすることで、上記の特性をバランス良く発揮することができるため好ましい。より好ましいa1層、a2層の個々の膜厚は、30nm以下である。さらに好ましくは20nm以下、よりさらに好ましくは15nm以下である。これらの膜厚は、ターゲットに印加する投入電力、成膜に用いる装置のチャンバー容積およびテーブル回転数等を制御することで調整することが可能である。さらに、耐摩耗性向上効果をより確実に得るためにも、a1層およびa2層の膜厚を2nm以上と設定することが好ましい。
【0017】
上述したようにa1層の膜厚が100nm以下、a2層の膜厚が80nm以下の範囲内であれば、一定の膜厚で積層してもよく、厚みを変動させながら積層してもよい。例えば一定の膜厚で積層する場合、摺動特性を重視するのであればa2層をa1層よりも厚膜にすればよく、耐摩耗性を重視する場合はa1層をa2層よりも厚膜にすればよい。また厚みを変動させる場合は、傾斜的、もしくは段階的としても効果を発揮することが可能であり、目的に応じて適宜選択すればよい。例えば段階的に変化させる場合は、一般的なPVD装置でも容易に作製可能であり、傾斜的に変化させる場合は、皮膜内部の応力分布が安定化し、層間での剥離が起こりにくくなる。ここで「傾斜的に変化」とは、a1層およびa2層の少なくとも一方が、1層ごとに変動することを示す。「段階的に変化」とは、a1層およびa2層において2層以上同じ厚みの層が含まれることを示す。
例えば加工初期段階の被覆工具の摺動特性を向上させつつ、加工中期段階以降の耐摩耗性を向上させたい場合は、a2層の厚みを表層側に向かって増加させてもよく、a1層の厚みを表層側に向かって減少させてもよい。
【0018】
本実施形態では、加工の中期段階以降における耐摩耗性をより一層強化するために、上述した交互積層部(A層)の直下(金型側)にCrN系皮膜を形成することが好ましい。この理由は前述したように、損耗が進み、CrN系皮膜に到達すると凝着が発生しやすく、十分な耐凝着性効果を発揮できない懸念があるが、基材側であえて凝着させることで、皮膜の損耗を検知することが可能となり、損耗が基材にまで及ぶことを抑制することができるためである。なお、CrN系皮膜は前述のa1層と同成分を有するCr系窒化物層が工業生産上合理的であるため好ましいが、a1層とは異なる成分を有する層でも良い。このCrN系皮膜は所望の特性に応じて単層または二層以上の複層(交互積層構造を含む)構造とすることができる。特にCrN系皮膜を交互積層構造とした場合、膜の破壊時にクラックが積層界面を経由するようになるため、クラックの進展経路が複雑になり、急速な進展が抑止される結果、膜の耐破壊性を向上させることができるため好ましい。ここで交互積層部直下のCrN系皮膜に、b1層とb2層との交互積層構造を選択した場合、b1層およびb2層は、CrN、CrTiN、CrVN、CrSiN、CrBN、CrSiBN、CrTiSiN、CrVSiN、AlCrN、AlTiCrN、AlVCrN、AlCrSiN、AlTiCrSiN、AlVCrSiNから選択することが可能である。
【0019】
交互積層部直下に形成されるCrN系皮膜の総厚は、0.5μm以上であることが好ましく、50μm以下であることが好ましい。より好ましいCrN系皮膜の厚みは40μm以下であり、さらに好ましいCrN系皮膜の厚みは30μm以下、20μm以下、10μm以下と設定することができる。またb1層とb2層との交互積層構造を選択した場合、b1層およびb2層の膜厚はそれぞれ0.002μm~0.1μmであることが好ましい。そして、この交互積層部直下に形成されるCrN系皮膜はa1層の1.2倍以上厚く形成することが好ましい。
【0020】
本実施形態では、加工の初期段階における金型と被加工材との馴染み性をより一層向上させ、突発的なカジリを抑制するために、交互積層部(A層)の上層に(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ0.1μm以上のB層を形成させることが好ましい。B層もa2層と同成分を有するVMN系皮膜層が工業生産上合理的であるため好ましいが、これに限定されず、a2層と異なる成分を有する層でも良い。B層の厚みは0.1μm以上であることが好ましく、0.2μm以上であることがより好ましい。厚みの上限は特に限定しないが、膜厚が厚くなり過ぎると、成膜に時間がかかり生産性が悪くなるので、8μm以下であることが好ましい。また、使用環境によっては、皮膜全体の耐摩耗性が低下する場合があるため、より好ましい膜厚は5μm以下であり、さらに好ましくは3μm以下である。なおB層はa2層の1.2倍以上厚く形成することが好ましい。
【0021】
本実施形態の交互積層部(A層)の総厚は、1μm~50μmであることが好ましい。より好ましくは2μm~30μmである。薄すぎると上述したような耐摩耗性または耐凝着性が十分に向上できず、皮膜が早期に損耗する傾向にあり、厚すぎると金型の寸法公差を超え、成形面におけるクリアランスが不足し、過度の絞り加工となって成形負荷が増大する可能性があるためである。
【0022】
続いて、本発明の硬質皮膜形成用ターゲットについて説明する。
本実施形態の硬質皮膜のa2層およびB層に用いられるVMN系皮膜を被覆するため、本実施形態のターゲットは、本発明の硬質皮膜とほぼ同じ組成となる、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45%以下である、硬質皮膜形成用ターゲットである。
本実施形態のターゲットでは、M元素にMoまたはWの少なくとも一種を選択するので、V単独のターゲットよりもターゲット表面に形成される溶融プール面積が縮小する傾向にあり、ドロップレットの抑制に寄与する。すなわち、溶融プールが縮小することで、溶融プールから発生するドロップレットが小さくなり、ドロップレット個数も減少する。Vよりも融点、熱伝導率の高いMoやWをターゲットに含有させることにより発現するドロップレット抑制効果は、ターゲット中の添加元素の濃度分布に依存すると考えられる。つまり、ターゲットを粉末冶金法で製造する場合は、アーク放電により生成する溶融プール(本発明では10~200μm程度)と同程度か、それ以下のスケールでターゲット中に添加元素を分布させることにより、Vのみのエリアが添加元素によって分断され、上記効果が発揮される。このためには、主成分のV粉末の粒子径を上記溶融プールのスケールと同程度以下にすることに加え、添加元素の分散性を高めるために、添加元素粉末の粒子径をV粉末の粒子径に比べて小さくすることが好ましい。なお、金属を溶解してV合金ターゲットを製造する場合は、添加元素を十分拡散させることが好ましい。また、添加元素の濃度分布が発生する場合は、そのVのみのエリアのスケールを、V単独のターゲット表面に形成される溶融プールのスケール(10~200μm程度)と同程度以下に抑えることが好ましい。具体的には、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いたライン分析や元素マップにより濃度分布を測定し、溶融プールと比較して評価することができる。
なお本発明の皮膜の特性を損なわない範囲であれば、他の含有元素の含有量および不純物元素を微量(0.1%~1%)含んでいてもよい。不純物元素は、例えばFe,C,O,N等が挙げられる。
【0023】
本実施形態の(V1-a)合金ターゲットは、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である。この範囲内に収めることで、皮膜組成とターゲット組成との差を小さくし、所望の特性を有する皮膜を安定して形成させることが可能である。Mの原子比aが0.45超である場合、成膜レートが低下して生産性の低下を招く傾向にある。Mの原子比aが0.05未満の場合、V主体の皮膜が形成されるため、ドロップレット抑制効果が得られない。好ましい原子比aの下限は0.1であり、好ましい原子比aの上限は0.40である。また本実施形態の(V1-a)合金ターゲットは、既存の成膜方法に適用することができるが、金型の焼き戻し温度より低温で被覆処理が可能となり、金型の寸法の変動を抑制することができる、アークイオンプレーティング法やスパッタリング法などの物理蒸着法(PVD)に用いることが好ましい。特に密着性や試料への付きまわりに優れるが、ドロップレットが形成されやすいアークイオンプレーティングに用いることがより好ましい。なお本実施形態の(V1-a)合金ターゲットは、本実施形態の硬質皮膜のa2層およびB層に使用することが好ましいが、その他VMN系単層膜や、本実施形態以外の複層皮膜にVMN系皮膜を被覆する用途に適用してもよい。
【0024】
本発明の被覆金型の製造方法は、作業面に硬質皮膜を有する被覆金型の製造方法であって、Cr系窒化物である厚さ100nm以下のa1層と、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である厚さ80nm以下のa2層と、が交互に積層されたA層を被覆する工程と、A層の上層に、(V1-a)(MはMo、Wから選択される少なくとも一種)の窒化物または炭窒化物からなり、VとMとの合計に対するMの原子比aが0.05以上0.45以下である硬質皮膜形成用ターゲットを用いて厚さ0.1μm以上のB層を被覆する工程と、を含む。この硬質皮膜形成方法は、金型の焼き戻し温度より低温で被覆処理が可能となり、金型の寸法の変動を抑制することができる、アークイオンプレーティング法や、スパッタリング法などの物理蒸着法(PVD)を選択することが好ましい。より好ましくは、ドロップレットが形成されやすいアークイオンプレーティング法を適用する。またより平滑で摺動特性に優れる硬質皮膜を得るために、被覆途中や被覆後に硬質皮膜の表面を研摩してもよい。
【0025】
本発明の金型に用いられる材料(母材、基材)は特段に定めるものではないが、冷間ダイス鋼、熱間ダイス鋼、高速度鋼といった工具鋼または超硬合金等を適宜使用することができる。金型は、窒化処理または浸炭処理等といった拡散を利用した表面硬化処理を予め適用したものでもよい。また、上述した本発明の硬質皮膜の効果を阻害しない範囲で、金型表面上に硬質皮膜とは別種の皮膜を形成させてもよい。
【実施例
【0026】
(実施例1)
まず本発明例および比較例となるターゲット材を作成した。それぞれ純度99.9%以上のV粉末とCr,Fe,Nb、Mo、W粉末を準備し、組成式が表1に示す原子比となるように秤量し、V型混合機により混合して混合粉末を作製した。次に、得られた混合粉末を軟鋼製のカプセルに充填し、脱気封止した後、温度1250℃、圧力120MPa、保持時間10時間の条件で熱間静水圧プレスによって焼結し、焼結体を作製した。なお、V粉末は粉砕粉で、粒径は150μm以下、D50は87μmのものを用いた。また、Cr,Fe,Nb粉末は粉砕粉で、粒径は150μm以下のものを用いた。Mo粉末は三酸化モリブデン粉末の水素還元法によるもので、粒径(フィッシャー径)は4~6μmのものを用いた。W粉末は化学抽出法によるもので、粒径(フィッシャー径)は0.6~1.0μmのものを用いた。得られた焼結体に機械加工を施し、直径105mm×厚さ16mmの(V1-a)合金ターゲットを作製した。作製したターゲットの組成を表1に示す。表1には、参考文献(改定4版金属データブック、日本金属学会、丸善、2004)から抽出した、添加元素Mの熱伝導率、融点(100VターゲットはVの熱伝導率、融点)を併せて示す。
被覆する基材にはSKH51(21mm×17mm×2mm)の鏡面研摩、脱脂洗浄済みのものを準備し、準備した基材を複数のターゲットが取り囲む中心で基材が回転する構造のアークイオンプレーティング装置内に設置した。a1層用のターゲットにはAlCrSiターゲット(Al60Cr37Si3(at%))を用い、a2層用のターゲットには作製した(V1-a)合金ターゲットを用いた。その後初期工程として、装置内にて基材を450℃で加熱脱ガスした後、Arガスを導入し、基材表面のプラズマクリーニング処理(Arイオンエッチング)を行った。続いて、プラズマクリーニング処理後の基材に被覆を行った試料No.1~6を作製した。それぞれの皮膜の構成は、AlCrSiN層を1μm形成した上にAlCrSiNと(V1-a)Nとの交互積層構造(以下、AlCrSiN/(V1-a)Nとも記載する。)からなる皮膜(A層:交互積層部)を17~20μm積層した後、最上層に0.5μmの(V1-a)N膜(B層)を成膜した。なお、試料No.6はV100%(a=0%)のものである。なお試料No.1~No.6において、a1層の厚みは約9nmであり、a2層の厚みは約12nmであった。
次に作製した試料に対して、硬質皮膜の最表面に対し試験片を5度傾けた皮膜断面を鏡面研磨にて調整し、その中の交互積層部(A層)に該当する観察面において、光学顕微鏡にて観察を行った。本発明例である試料No.2の写真を図1に、比較例である試料No.6の写真を図2に示す。図中の光学顕微鏡写真において、白色の斑点がドロップレットである。本発明例であるNo.1,2(M:Mo,W)のターゲットを用いて作製したA層においては、比較例であるNo.3~5(M:Cr,Fe,Nb)およびV100%(a=0%)のNo.6のターゲットを用いたものに比べて、ドロップレットは著しく低減しており、熱伝導率や融点の高い添加元素によりドロップレットを低減できることが示された。
【0027】
【表1】
【0028】
(実施例2)
次に、実施例1でドロップレット低減効果がみられた添加元素M(W、Mo)の添加量について検討した。本発明例となるターゲット材を原子比における組成式がV1-aとなるように実施例1と同じ要領で作成した。作製したターゲットの組成を表2に示す。被覆工程に関しても、皮膜の材質以外は実施例1と同じ工程で実施し、試料No.7~試料No.13を作製した。ここで試料No.8は実施例1の試料No.1と、試料No.11は実施例1の試料No.2と、試料No.13は実施例1の試料No.6と同じものを使用した。
次に作製した試料に対して、硬質皮膜の最表面に対し試験片を5度傾けた皮膜断面を鏡面研磨にて調整し、その中の交互積層部(A層)に該当する観察面において、硬さの測定と皮膜成分の定量分析を行った。ブルカーエイエックスエス社製のナノインデンテーション装置を用い、観察面の硬さ(ナノインデンテーション硬度)とヤング率を測定した。この硬さと弾性率の測定は、押込み荷重5000μNで10点測定し、その平均値から求めた。皮膜成分の定量分析は、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA;日本電子(株)製JXA-8900R)を用いて分析した。分析値は、加速電圧15kVとしたスポット測定を5箇所実施し、その平均値とした。Al、Cr、Si、V、Mo、W、Nの測定値から(V,M)中に占めるMo,W量を求め、a2層の金属成分組成とした。結果を表2に示す。なお表には記載していないが、B層の金属成分比率も、a2層の金属成分比率と同じ水準であることを確認済みである。また、表には記載していないが、比較例として50V-50Mo、50V-50Wについても検討を行った。結果としていずれのターゲットも他の実施例に比べ、アーク放電が安定せず、所望の厚さの皮膜を形成させることが困難であったため、実験を中止した。
【0029】
【表2】
【0030】
定量分析の結果、a2層の金属成分組成におけるMo、Wはターゲットに含有された量の70%以上被覆層に取り込まれており、さらにターゲットにMo、Wを多く含むほどa2層に含むMo、W量の占める割合は増加していることから、本発明においてはa2層を効率良く合金化できていることが判った。また、硬さ試験の結果、a2層にMo、Wを多く含む皮膜は硬さ、ヤング率ともに増加していた。硬さは耐摩耗性と、ヤング率は剛性とそれぞれ正の相関があることから、本発明においては皮膜の耐摩耗性、耐久性に効果のあることが示された。
【0031】
次に、皮膜に含まれるドロップレットの定量評価を行った。実施例で観察した箇所と同様の交互積層部に該当する皮膜断面から、縦100μm横100μmの領域を、それぞれ5領域抽出した。そして、個々の前記領域について、EPMAにて元素マップ分析を行い、円相当径が0.1μm以上のV、Mo、Wのドロップレットについて個数、面積を求めた。画像処理および解析には、オープンソース・ソフトウェアImageJを用いた。図1に試料No.2の、図2に試料No.13の、前記領域内におけるVの元素マッピング画像、および、該元素マッピング画像を二値化処理した画像(視野面積100μm×100μm)を示す。なお図3、4において、白色の斑点がドロップレットである。
【0032】
続いて、個々の領域で求めたドロップレットの個数、面積の数値を、前記5領域で集計して、試料No.7~13におけるドロップレットの個数、面積率を求めた。なお試料No.13におけるドロップレットはVのドロップレット個数を示しており、(V1-a)合金ターゲットを用いている試料No.7~12については、VのドロップレットとM(MoまたはW)のドロップレットとを合算した個数を示している。測定結果を表3に示す。表3および図3図4に示すように、交互積層部のドロップレットの面積率および個数は、本発明におけるVMN系皮膜において著しく減少しており、MのVに対する含有率が高くなるほどその効果が顕著であることが確認できた。
【0033】
【表3】
【0034】
(実施例3)
続いて、本発明例と比較例の試料の摺動特性を比較する試験を行った。被覆する基材は60HRCに調整したプリハードン鋼(15mm×10mm×10mm)の鏡面研摩、脱脂洗浄済みのものを準備し、複数のターゲットが取り囲む中心で基材が回転する構造のアークイオンプレーティング装置内に設置した。a1層用のターゲットにはAlCrSiターゲット(Al60Cr37Si3(at%))を用い、a2層用のターゲットには(V80W20(at%))合金ターゲットまたはVターゲットを用いた。その後初期工程として、装置内にて基材を450℃で加熱脱ガスした後、Arガスを導入し、基材表面のプラズマクリーニング処理(Arイオンエッチング)を行った。続いて、プラズマクリーニング処理後の基材に被覆を行った試料No.14~20を作製した。試料No.14は、基材上にAlCrSiN層を3.0μm形成した上に、AlCrSiN(a1層)とVWN(a2層)との交互積層構造からなる皮膜(A層:交互積層部)を9.3μm積層して製造した。試料No.15、16は、基材上にCrN層を4.4μm形成し、続いてCrN層の直上にAlCrSiNとCrNとの交互積層構造からなる皮膜を2.8μm被覆したうえに、AlCrSiN(a1層)とVWN(a2層)との交互積層構造からなる皮膜を(A層:交互積層部)を2.4μm被覆した。試料No.17~20は、AlCrSiN(a1層相当)とVN(a2層相当)との交互積層構造からなる皮膜を13μm被覆した。試料No.14~20において、a1層の厚みは約9nmであり、a2層の厚みは約12nmであった。
【0035】
この摺動試験で用いた装置の模式図を図5図6(a)(b)に示す。図5は試験装置の上面図であり、図6(a)(b)は図5の側面図である。上記の図に示すように、本実施形態で用いた試験装置は、試料設置部14に試料を取り付けて保持するアーム部15を含む保持機構11と、回転しながら上記試料に対して接触及び非接触を繰り返す接触治具10と、接触治具10を回転自在に保持する回転機構(図示省略)とを備えている。接触治具10は、回転軸Ax1を有する軸部12と、回転軸Ax1から偏心した中心軸Ax2を有する円形板状部13とから構成される。なお図5、6からは確認できないが、アーム部が設置される保持機構の本体部には、上記アーム部15を進退自在に収納保持する収納穴が形成されており、収納穴の中にはバネ機構が設置されており、予め試料に付与する垂直抗力を試験中も一定に保つように構成されている。また、上記保持機構の本体部には、力センサが組み込まれており、試料に付与される垂直抗力と、摺動試験中に水平方向に付与される摩擦力をリアルタイムで計測できる。上述した構成により、本実施形態で用いる試験装置は、実際の加工状態を模擬した金型を準備しなくても、実際の使用環境に近い金型材料の摩耗評価を行うことができる。上述したアーム部15の先端に本発明例および比較例の試料を取り付け、硬さが45HRCのSKD61製の円形板状部(被加工材に相当する)を回転速度500mm/sで回転させて、本発明例および比較例の試料と円形板状部とを7000回摺動させた。摺動実験の際の潤滑に関しても、実際の使用環境における油膜切れを再現するために、円形板状部と試料との摩擦係数μが0.25に達した際に潤滑油を試料表面に塗布する、間欠潤滑方式とした。摩擦係数は、上記力センサで計測される摩擦力の垂直抗力に対する比で試験中リアルタイムに求めた。本発明例および比較例のなかで最大摩擦仕事量(最大摩擦力[N]×摺動長さ[mm]から導出)を変更した試料も作成し、摺動回数1000回毎(1000回未満は摺動回数が100回毎)に試料の摺動部を観察した。各試料の試験結果を、表4に示す。
【0036】
【表4】
【0037】
表4より、本発明例であるNo.14~No.16の試料は、摺動回数が7000回に達しても膜の破壊が確認されず、さらなる継続試験が可能な状態であり、非常に良好な摺動特性を有していることを確認した。対して比較例であるNo.17~No.20の試料はいずれも摺動回数6000回以内で膜の破壊が発生しており、最大摩擦仕事量が大きいほど早く破壊が発生していることを確認した。以上より本発明例の皮膜は、従来の皮膜よりも摺動特性を大幅に向上させることができ、金型寿命の向上に有効であることが確認できた。
【符号の説明】
【0038】
10:接触治具
11:ワーク保持機構
12:軸部
13:板状部
14:試料設置部
15:アーム部
Ax1:回転軸
Ax2:板状部の中心軸

図1
図2
図3
図4
図5
図6