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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】Ni基合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22F 1/10 20060101AFI20240625BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20240625BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240625BHJP
【FI】
C22F1/10 H
C22C19/05 L
C22F1/00 624
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 650A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023574563
(86)(22)【出願日】2023-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2023031010
【審査請求日】2023-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2022139976
(32)【優先日】2022-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2023031451
(32)【優先日】2023-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】荻野 勇人
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/203460(WO,A1)
【文献】特開2016-003374(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112139415(CN,A)
【文献】国際公開第2017/046851(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/00-19/07
C22F 1/00- 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02~0.10%、Si:0.15%以下、Mn:0.1%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cr:18~21%、Mo:3.5~5.0%、Co:12~15%、Cu:0.1%以下、Al:1.2~1.6%、Ti:2.75~3.25%、Fe:2%以下、B:0.003~0.01%、Zr:0.02~0.08%、残部がNiおよび不純物の成分組成を有するNi基合金素材に熱間鍛造を行うNi基合金の製造方法において、
前記熱間鍛造が、T~T℃の予熱温度に加熱した前記Ni基合金素材が温度降下するまでの間で、該Ni基合金素材の温度が少なくとも900℃の時点で熱間鍛造を行うものであり、
前記Ni基合金素材の前記予熱温度から900℃までの温度降下の降温速度が2.0℃/秒以下であることを特徴とする、Ni基合金の製造方法。

但し、上記において、
:γ’相が素材母相へすべて固溶する温度
:素材母相が溶融を開始する温度
【請求項2】
前記熱間鍛造が、前記Ni基合金素材の温度が1000℃以上のときに熱間鍛造を開始するものであることを特徴とする、請求項1に記載のNi基合金の製造方法。
【請求項3】
前記熱間鍛造が、前記Ni基合金素材の温度が700℃以上のときに熱間鍛造を終了するものであることを特徴とする、請求項1に記載のNi基合金の製造方法。
【請求項4】
前記Ni基合金素材が、質量%で、さらに、Mg:0.01%以下を含むことを特徴とする、請求項1に記載のNi基合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni基合金の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
γ’(ガンマプライム)相と呼ばれる金属間化合物を母相上に有するNi基合金は高温強度に優れ、航空機ジェットエンジン用部材として広く使用されている。そして、この強化相であるγ’相が微細に存在するとき、Ni基合金は特に優れた高温強度を有することが知られている。しかし反面、γ’相が微細な組織を有するとき、Ni基合金の高温強度が大きいことから、Ni基合金素材の熱間鍛造性の悪化が問題となる。このような問題に対して、γ’相が母相に固溶する高温までNi基合金素材に加熱を行い、γ’相が存在しない状態で熱間鍛造を行う手法がある。また、特許文献1、2では、γ’相を析出させた後のNi基合金素材に長時間の時効処理を行い、γ’相を粗大化させることで、γ’相による強化を抑制しNi基合金素材の熱間鍛造性を増加する手法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表平05-508194号公報
【文献】特開2006-225756号公報
【文献】国際公開第2021/182606号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した従来技術のうち、γ’相を母相に固溶させたのち熱間鍛造を行う手法では、このγ’相固溶温度からNi基合金素材が冷却された際のγ’相の再析出が問題となる。そこで、この冷却を抑制する手法として、特許文献3では、Ni基合金素材を断熱材でコーティングすることなども検討されているが、γ’相固溶温度に加熱されたNi基合金素材を、その温度を維持したまま鍛造装置まで運搬するとなると、鍛造装置との接触など様々な要因で冷却され得る。そのため鍛造開始前の、または、鍛造中のNi基合金素材の温度がγ’相固溶温度を下回ることで一度固溶したγ’相が再析出する。さらに、この再析出したγ’相は、鍛造中に成長することも期待できないため、微細に分散し熱間鍛造性を大きく損なう。一方、長時間の時効処理を行うことでγ’相を粗大化させる手法では、工程の煩雑化や熱処理時間が延びることによる操業性の悪化が問題となり得る。
【0005】
本発明の目的は、簡便な手法を用いて熱間鍛造中の、あるいは、熱間鍛造開始前の、Ni基合金素材の温度が低下しても、素材の十分な熱間鍛造性を維持できるNi基合金の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明は、質量%で、C:0.02~0.10%、Si:0.15%以下、Mn:0.1%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cr:18~21%、Mo:3.5~5.0%、Co:12~15%、Cu:0.1%以下、Al:1.2~1.6%、Ti:2.75~3.25%、Fe:2%以下、B:0.003~0.01%、Zr:0.02~0.08%、残部がNiおよび不純物の成分組成を有するNi基合金素材に熱間鍛造を行うNi基合金の製造方法において、
上記の熱間鍛造が、T~T℃の予熱温度に加熱した上記のNi基合金素材が温度降下するまでの間で、このNi基合金素材の温度が少なくとも900℃の時点で熱間鍛造を行うものであり、
上記のNi基合金素材の予熱温度から900℃までの温度降下の降温速度が2.0℃/秒以下である、Ni基合金の製造方法である。
なお、上記において、T:γ’相が素材母相へすべて固溶する温度、T:素材母相が溶融を開始する温度である。
【0007】
そして、好ましくは、上記の熱間鍛造が、Ni基合金素材の温度が1000℃以上のときに熱間鍛造を開始するものである。また、好ましくは、上記の熱間鍛造が、Ni基合金素材の温度が700℃以上のときに熱間鍛造を終了するものである。
上記のNi基合金素材は、質量%で、さらに、Mg:0.01%以下を含むことができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、熱間鍛造中の、あるいは、熱間鍛造開始前の、Ni基合金素材の温度が低下しても、素材の十分な熱間加工性を維持できるNi基合金の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明例及び比較例のNi基合金の製造方法の一例を示す図である。
図2】本発明例及び比較例のNi基合金の製造方法による熱間鍛造性の向上効果の一例を示す図である。
図3】本発明例及び比較例のNi基合金の製造方法によって作製した鍛造材の組織の一例を示す図である。
図4】本発明例のNi基合金の製造方法による熱間鍛造性の向上効果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の特徴は、熱間鍛造中の、あるいは、熱間鍛造開始前の、Ni基合金素材の温度が低下しても、そのときの素材に十分な熱間加工性を付与できる手法を見いだしたところにある。以下、本発明の詳細を述べる。
【0011】
(1) 本発明のNi基合金の製造方法は、「質量%で、C:0.02~0.10%、Si:0.15%以下、Mn:0.1%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cr:18~21%、Mo:3.5~5.0%、Co:12~15%、Cu:0.1%以下、Al:1.2~1.6%、Ti:2.75~3.25%、Fe:2%以下、B:0.003~0.01%、Zr:0.02~0.08%、残部がNiおよび不純物の成分組成を有するNi基合金素材に熱間鍛造を行う」ものである。
【0012】
C:0.02~0.10質量%(以下、単に「%」とも記す)
Cは、CrやTiと炭化物を形成し、結晶粒を微細化することで常温及び高温での強度と延性をバランスよく向上させる元素である。そして、Sと化合物を形成し、粒界強度を高める効果を有する元素でもある。しかし、少なすぎると生成されるMC型炭化物の量は少なくなり、十分な効果が得られず、一方、多すぎると粗大なMC型炭化物を生じて延性を低下させたり、使用中の時効硬化に必要なTi量を減少させたりするので、Cは0.02~0.10%とした。好ましくはCの上限は0.05%がよい。
【0013】
Si:0.15%以下
Mn:0.1%以下
Si及びMnは、脱酸元素として含み得る元素である。しかし、過度の添加は高温強度を低下させるおそれがあることから、これらの元素を含む場合であっても、Siは0.15%以下、Mnは0.1%以下に制限する。より好ましくは、Siは0.05%以下、Mnは0.05%以下がよい。
【0014】
P:0.015%以下
S:0.015%以下
P及びSは不純物元素であり少ない方が好ましく、それぞれ0%であってもよい。P及びSは積極的に添加しなくても、原料等から混入する場合がある。混入した場合、P及びSは0.015%以下であれば、本発明のNi基合金の特性に有害な影響を与えないことから、P及びSが0.015%以下とした。なお、Pは好ましくは0.005%以下がよい。また、Sは好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.001%以下がよい。
【0015】
Cr:18~21%
Crは、Ni基合金の耐酸化性を維持するのに必要な元素である。少なすぎるとNi基合金に必要な耐酸化性が得られない。一方、多すぎるとNi基合金の母相であるFCC相が不安定となり、長時間使用中にσ(シグマ)相などの有害脆化相を生成してNi基合金の強度や延性を低下させる。このことから、Crは18~21%とした。
【0016】
Mo:3.5~5.0%
Moは、Ni基合金の母相であるFCC相に固溶することで固溶強化により常温及び高温強度を高めるのに有効な元素である。高温での使用中に、転位との相互作用によって高温での変形を抑制する作用をもたらすため、必要かつ重要な元素である。Moは少なすぎると高温強度向上効果が少なく、一方、多すぎるとM6C型炭化物やLaves相等の脆化相が生成するおそれがある。よって、Moは、3.5~5.0%とした。Moの好ましい下限は4.0%である。
【0017】
Co:12~15%
Coは、Ni基合金の母相であるFCC相に固溶して、固溶強化により強度を高めるだけでなく、Mo、Al及びTi等を多く固溶させ、間接的に固溶強化及び時効硬化を促進させて強度を向上させるのに有効な元素である。Coは少なすぎると上記の効果が不十分となりやすい。一方、多すぎると加工硬化が大きくなり冷間成形性が低下しやくなるだけでなく、高温での使用中に脆化相が生成しやすくなる。よって、Coは、12~15%とした。好ましくは14%以下である。
【0018】
Cu:0.1%以下
Cuは、非酸化性の環境における耐食性を向上させる元素である。一方、Cuの含有量が多いと、FCC相粒界に偏析して脆化を引き起こす。そのためCuは、含有する場合でも、0.1%以下に制限した。
【0019】
Al:1.2~1.6%
Alは、Tiと共に時効処理中または使用中に時効析出する金属間化合物であるγ’相の構成元素の一つであり、使用中の高温強度を高めるのに必要な元素である。Alは、少なすぎると使用温度域での十分な強度が得られず、一方、多すぎるとγ’相の生成量が増大し熱間加工性が低下する。よって、Alは1.2~1.6%とした。
【0020】
Ti:2.75~3.25%
Tiは、Alと共に時効処理中または使用中に時効析出する金属間化合物であるγ’相の構成元素の一つであり、使用中の高温強度を高めるのに有効な元素である。また、TiはCと共にMC型炭化物を形成し、Ni基合金の母相であるFCC相の結晶粒の成長を抑制して、適正な結晶粒径を維持するのに有効である。さらに、Tiを含むMC型炭化物はSを固溶することができるため、FCC相粒界に偏析しやすいSを有効にトラップして清浄度を向上させて高温強度を高めるのにも有効である。但し、Tiが多すぎると、γ’相内のTi濃度が増大し,γ’相の固溶温度の上昇や共晶γ’相の増大が懸念される。よって、Tiは2.75~3.25%とした。
【0021】
Fe:2%以下
Feは、Ni基合金の熱間加工性、冷間加工性を改善する効果がある。しかし、Feが多すぎると、高温強度が低下したり、耐酸化性が劣化したりすることから、Feは、含有する場合でも、2%以下に限定する。上記のFeの効果を確実に得るためにはFeの下限を0.3%とすることが好ましい。
【0022】
B:0.003~0.01%
Bは、少量を含有することで粒界強化作用により高温での強度と延性を高めるのに有効な元素である。しかし、少なすぎると粒界への偏析量が少ないため上記の効果が十分でなく、一方、多すぎると加熱時の固相線温度が低下して熱間加工性が低下する。よって、Bは、0.003~0.01%とした。
【0023】
Zr:0.02~0.08%
Zrは、結晶粒界強化のために含有する必要がある。Zrは基地を構成する原子であるNiより原子の大きさが著しく小さいため、結晶粒界に偏析し高温での粒界すべりを抑制する効果がある。特に切り欠きラプチャー感受性を大幅に緩和させる効果を有する。そのため、クリープ破断強度やクリープ破断延性が向上する効果が得られる。但し、過度に添加すると耐酸化性が劣化する。よって、Zrは0.02~0.08%とした。
【0024】
本発明のNi基合金は、上記の元素種を除いて、残部をNiおよび不純物とすることができる。
このとき、Mgは、脱酸剤として含み得る不純物元素である。その一方で、Mgは、粒界偏析したSと結合して、例えばMgS等を形成して、Sを固定する元素でもある。Sは粒界脆性元素であるため、これを固定して粒界偏析を抑制することで、熱間加工性の向上に寄与する。よって、Mgは、必要に応じて、例えば0.01%を上限として、含有が可能な元素である。そして、上記の効果を得る上で、0.003%以上を含有することが好ましい。
以上の成分組成を有するNi基合金として、例えば、waspaloy(UNS N07001。WaspaloyはUnited Technologies社の登録商標)が代表的である。
【0025】
(2) 本発明のNi基合金の製造方法は、(1)の熱間鍛造が、「T~T℃の予熱温度に加熱した上記のNi基合金素材が温度降下するまでの間で、このNi基合金素材の温度が少なくとも900℃の時点で熱間鍛造を行う」ものである。
まず、上記の「T」および「T」について説明しておく。Tは、Ni基合金の昇温時に「γ’相が母相にすべて固溶する温度」であり、いわゆる「ソルバス温度(γ’相固溶温度)」のことである。この温度は熱力学計算を用いて、Ni基合金の成分組成から算出できる。例えば、具体的な成分組成が、質量%で、C=0.03%,Si=0.03%,Mn=0.008%,Cr=19%,Mo=4%,Co=13%,Cu=0.005%,Al=1.35%,Ti=3%,Fe=0.4%,B=0.005%,Zr=0.06%,残部NiのNi基合金(waspaloy相当)の場合、Tは1010℃程度である(このとき、0.015%以下のPや、0.015%以下のS、不純物は無視することができる)。
【0026】
そして、Tは、Ni基合金の昇温時に「母材が溶融を開始する温度」であり、「母相の固相線温度」のことである。この温度もまた、熱力学計算を用いて、Ni基合金の母相であるFCC相の成分組成から算出できる。そして、例えば、上記の具体的な成分組成のNi基合金(waspaloy相当)であるなら、Tは1200℃程度と算出できる。
よって、Ni基合金の成分組成が上記の具体的なものであるなら、本発明に係る予熱温度は「1010℃~1200℃」の範囲から設定することができる。また、Ni基合金の成分組成が(1)の範囲にあるときでも、本発明に係る予熱温度の範囲を、例えば「1010℃~1200℃」に設定することに差し支えない。
【0027】
Ni基合金素材を熱間鍛造するにあたっては、このときの予熱温度(熱間鍛造の開始温度)を上記の温度範囲とすることで、母相の溶融なく、γ’相が基地中に固溶して、素材に熱間加工性を付与することができる。そして、理想的には、Ni基合金素材の温度をソルバス温度以上に維持したままで一連の熱間鍛造を終えられればよい。しかし、現実的には、上述したように鍛造中の(あるいは、鍛造開始前の搬送中からでも)素材は温度降下する。そして、鍛造中または鍛造開始前の素材の温度がソルバス温度を下回って、900℃にまで温度降下すると、γ’相が析出して素材の熱間加工性が劣化する。
そこで、本発明では、ソルバス温度以上の予熱温度に加熱したNi基合金素材が温度降下して、それが900℃に至った時点においてもなお、熱間鍛造を続けているような(または、熱間鍛造自体まだ開始していないような)鍛造条件に限定することで、これ以降の熱間鍛造を容易に行うことができるNi基合金の製造方法を提供する。
【0028】
(3) 本発明のNi基合金の製造方法は、(1)の熱間鍛造において、「Ni基合金素材の上記の予熱温度から900℃までの温度降下の降温速度が、2.0℃/秒以下である」ものである。
上記において、鍛造中の(あるいは鍛造開始前であっても)Ni基合金素材の温度が900℃まで温度降下すると、γ’相が析出して素材の熱間鍛造性が劣化すると述べた。しかし、この温度降下による熱間鍛造性の劣化においては、その温度自体の影響も然ることながら、実は、その温度降下の際の「降温速度」が大きく影響していることを、発明者は知見した。つまり、素材が温度降下するときに、この降温速度が大きいと(速いと)、析出したγ’相が微細となり、特に絞りや伸びは想定した以上に劣化して、鍛造時の素材に割れやひびなどの欠陥が生じやすくなることを知見した。
【0029】
そこで、上記の温度降下について、その素材が予熱温度から900℃にまで温度降下するときの降温速度を“小さくすれば(遅くすれば)”、析出したγ’相が粗大に成長するので、素材の熱間加工性の劣化を抑制することができる。そして、このときの降温速度を「2.0℃/秒以下」に遅くすれば、析出したγ’相が成長する時間を十分に確保できて、粗大化を促進でき、Ni基合金素材の十分な熱間鍛造性を維持するのに実に有効であることをつきとめた。上記の降温速度について、好ましくは1.5℃/秒以下であり、より好ましくは1.0℃/秒以下であり、さらに好ましくは0.5℃/秒以下である。
なお、上記の「降温速度」を求めるにあたり、Ni基合金素材の温度は、その「表面温度」で評価することができる。そして、降温速度は、「(予熱温度-900℃)/予熱温度から900℃に達するまでの所要時間」の式で求めることができる。
【0030】
Ni基合金素材の温度が予熱温度から900℃に達するまでの間には、Ni基合金素材を一定温度に保持する過程が入ってもよい。但し、本発明の効果を簡便な手法を用いて達成することを考えると、上記の工程のために特別な保温の手間(設備)を準備する必要はない。そして、本発明に係る降温速度を満たしさえすれば、γ’相が成長する時間を十分に確保できるので、連続的に降温させればよい。また、Ni基合金素材の温度が900℃に達するまでの間で、既に鍛造を開始しているのであれば、鍛造中のNi基合金素材が復熱して、Ni基合金素材の温度が上昇する(上記の降温速度が更に小さくなる)ことも期待できる。
本発明の効果を達成する上で、上記の降温速度に特別な下限は要しない。但し、降温速度が遅すぎることが、結果的には時間を要することとなり、鍛造スケジュール等に支障を来たすのであれば、降温速度の下限を、適宜、定めることができる。そして、例えば、この下限を0.05℃/秒や、0.1℃/秒に調整することが可能である。
【0031】
上記の降温速度を「2.0℃/秒以下」に調整する手法として、例えば、Ni基合金素材の表面をガラスコーティングやセラミックなどで構成される無機繊維等の断熱材で覆う手法や、炉冷によりγ’相再析出から鍛造温度付近までゆっくりと冷却することに加えて、Ni基合金の大きさ(比表面積)自体を調整する手法が利用できる。Ni基合金の大きさを調整することで、その表面における降温速度を調整することができる。
そして、このような手法を適用したときのNi基合金素材の温度挙動を、本番用とは別に準備した試験素材や、有限要素法などの各種シミュレーション等によって事前に把握しておけば、本番用のNi基合金素材で本発明に係る「2.0℃/秒以下」の降温速度を達成できる手法を予め知っておくことができる。よって、本番用のNi基合金素材を熱間鍛造するときには、上記の手法を適用することで、これに並行してNi基合金素材の温度を測定しなくても、本発明に係る「2.0℃/秒以下」の降温速度を、再現性をもって、実施することが可能である。
【0032】
(4) 本発明のNi基合金の製造方法は、好ましくは、(1)の熱間鍛造が、「Ni基合金素材の温度が1000℃以上のときに熱間鍛造を開始する」ものである。
本発明の場合、予熱温度に加熱したNi基合金素材の温度が下がって、結果的には、熱間鍛造を開始するときの素材の温度(熱間鍛造開始温度)が900℃以下であっても、そのときの素材には、上記の降温速度によって熱間加工性が付与されているので、熱間鍛造が可能である。しかし、上述の通り、Ni基合金は、強化相であるγ’相が存在しない状態やγ’相の生成量が微量である状態が熱間鍛造性に優れる。よって、熱間鍛造は、ソルバス温度に近い温度や、ソルバス温度以上の温度で開始できるに越したことはない。そして、本発明のNi基合金の製造方法では、その熱間鍛造を、Ni基合金素材の温度が1000℃以上のときに開始することが好ましい。より好ましくは1010℃以上である(つまり、上記の予熱温度である)。
【0033】
(5) 本発明のNi基合金の製造方法は、好ましくは、(1)の熱間鍛造が、「Ni基合金素材の温度が700℃以上のときに熱間鍛造を終了する」ものである。
本発明の場合、熱間鍛造を終了するときの素材の温度(熱間鍛造終了温度)が900℃以下であっても、そのときの素材には、やはり上記の降温速度によって熱間加工性が付与されているので、熱間鍛造が可能である。また、素材の温度が低下するまでの経過時間内で、γ’相は僅かに成長する可能性も考えれば、γ’相による強化は弱まり絞りや伸びについては若干改善するかも知れない。しかし、素材の温度が700℃程度にまで低下した際には、素材温度の低下に伴う引張強度の増加が見られるため、鍛造に必要な荷重が増大し熱間鍛造が困難になり得る。よって、本発明に係る熱間鍛造は、素材の温度が900℃以下に低下して以降、その温度が下がりきらないうちに終了するに越したことはない。そして、本発明のNi基合金の製造方法では、この熱間鍛造を、Ni基合金素材の温度が700℃以上のときに終了することが好ましい。より好ましくは800℃以上である。
【実施例1】
【0034】
Ni基合金の鋼塊を分塊加工して、表1のwaspaloy相当の成分組成1、2を有する直径360mmのビレットを準備した。そして、実際のNi基合金素材を模擬した試験片として、このビレットの異なる位置(つまり、分塊鍛造時の歪み量が異なる位置)から、四つの丸棒引張試験片(平行部直径8mm、平行部長さ24mm)を採取した。試験片を採取した位置は、ビレットの周縁部と、周縁部より径方向の中心に向かって3D/8およびD/4入った位置(Dはビレットの直径)である。歪み量の異なる試験片を準備したことで、この試験片に後述する引張試験を実施したときの、その引張特性(つまり、熱間鍛造性)への影響を評価することもできる。
【0035】
【表1】
【0036】
そして、本発明に係る実際の熱間鍛造を模擬して、上記の試験片を1050℃の予熱温度に加熱し、これに破断が生じるまで引張試験を実施して、引張特性を評価した。引張試験の詳細を図1に示す。予熱温度までの昇温速度は5℃/秒とし、予熱温度での保持時間は10分間とした。そして、試験片を表2の降温速度No.1~3(本発明例)および10(比較例)で900℃まで降温させてから、この試験温度で歪速度0.1/秒の引張試験を実施し、その後、空冷した。なお、900℃まで降温させた試験片は、平行部の均熱を目的として、引張試験の前に5秒間保持した。
【0037】
【表2】
【0038】
図2は、引張試験の結果を、降温速度No.1~3および10で整理した図である。降温速度の減少により、絞り値が増加することが確認できた。そして、降温速度が2.0℃/秒以下の範囲で絞り値の増加が顕著に見られた。なお、ビレットからの試験片の採取位置が異なることによる引張特性への影響については、その歪み量の差異による結晶粒径の挙動に起因して、絞り値に若干の差異が生じた。しかし、その差異は、それぞれの降温速度において5%程度の小さいものであり、本発明の効果に影響しなかった。
【0039】
図3は、ビレットの3D/8の位置から採取した試験片について、降温速度No.1および3を経た場合の引張試験後の試験片の組織を、電子顕微鏡で観察して得たSE像(二次電子像)である。なお、このとき、γ’相を明確にするために、観察前の組織を電解腐食した。
図3から、降温速度No.1よりも小さい(遅い)降温速度No.3を経た引張試験後の試験片(つまり、鍛造材に相当)の組織は、γ’相が大きく、かつ、形状が変化していた。つまり、降温速度No.1によるものは、γ’相が球状であり、かつ、その粒径も50nm程度であった。これに対して、降温速度No.3によるものは、γ’相は大きく、かつ、引張試験(熱間鍛造に相当)により長く変形していた。そして、その長径は約400nmであるところ、これを変形前の球状での粒径で評価すべく、画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所(NIH)提供)で円相当径に変換すると、約100nmであり、降温速度No.1によるものから、さらにγ’相が粗大に成長していたことが確認できた。
【0040】
以上の結果より、上記に係る降温速度を「2.0℃/秒以下」に小さく(遅く)することで、Ni基合金素材の絞り値が大きくなり、熱間加工性が著しく向上した。そして、降温速度をさらに小さくすることで、γ’相がより粗大に成長し、熱間加工でγ’相自体が変形してしまうほどに強化機構が低下して、Ni基合金素材の熱間加工性がさらに向上した。
【実施例2】
【0041】
Ni基合金の鋼塊を分塊加工して、表3のwaspaloy相当の成分組成3を有する直径360mmのビレットを準備した。そして、実際のNi基合金素材を模擬した試験片として、このビレットの周縁部より径方向の中心に向かってD/4入った位置(Dはビレットの直径)から、二つの丸棒引張試験片(平行部直径8mm、平行部長さ24mm)を採取した。試験片の採取位置については、実施例1の通り、その違いが及ぼす絞り値への影響が少ないことを確認した。よって、試験片の採取位置は、上記のD/4の位置のみとした。
【0042】
【表3】
【0043】
そして、本発明に係る実際の熱間鍛造を模擬して、上記の試験片を1050℃の予熱温度に加熱し、これに破断が生じるまで引張試験を実施して、引張特性を評価した。引張試験の詳細は実施例1と同じとした(図1)。そして、予熱温度で保持後の試験片を表4の降温速度No.1、3(本発明例)で900℃まで降温させてから、この試験温度で歪速度0.1/秒の引張試験を実施し、その後、空冷した。なお、900℃まで降温させた試験片は、平行部の均熱を目的として、引張試験の前に5秒間保持した。
【0044】
【表4】
【0045】
図4は、引張試験の結果を、実施例1の結果も合わせて、降温速度No.1~3および10で整理した図である。成分組成3を評価すると、それがMgを含有した成分組成であっても、成分組成1、2のときと同様に、降温速度の減少により、絞り値が増加することが確認できた。そして、成分組成1、2のときと同じ降温速度であっても、成分組成3のときの絞り値は、降温速度が1.0℃/秒の場合で5%程度、0.1℃/秒の場合で7%程度高い値が得られた。

【要約】
熱間鍛造中の、あるいは、熱間鍛造開始前の、Ni基合金素材の温度が低下しても、素材の十分な熱間加工性を維持できるNi基合金の製造方法を提供する。
Waspaloy等の成分組成を有するNi基合金素材に熱間鍛造を行うNi基合金の製造方法において、
上記の熱間鍛造が、T~T℃の予熱温度に加熱した上記のNi基合金素材が温度降下するまでの間で、このNi基合金素材の温度が少なくとも900℃の時点で熱間鍛造を行うものであり、
上記のNi基合金素材の予熱温度から900℃までの温度降下の降温速度が2.0℃/秒以下である、Ni基合金の製造方法である。
但し、上記において、T:γ’相が素材母相へすべて固溶する温度、T:素材母相が溶融を開始する温度である。

図1
図2
図3
図4