(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】窒化物系セラミックス焼結体中の固溶酸素の測定方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/587 20060101AFI20240701BHJP
G01N 23/2252 20180101ALI20240701BHJP
C04B 35/581 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
C04B35/587
G01N23/2252
C04B35/581
(21)【出願番号】P 2020180386
(22)【出願日】2020-10-28
【審査請求日】2023-04-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100111121
【氏名又は名称】原 拓実
(72)【発明者】
【氏名】青木 克之
(72)【発明者】
【氏名】五戸 康広
(72)【発明者】
【氏名】岩井 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】深澤 孝幸
【審査官】浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-326875(JP,A)
【文献】特開平10-279360(JP,A)
【文献】特開平10-338574(JP,A)
【文献】特開平10-072260(JP,A)
【文献】国際公開第2014/192149(WO,A1)
【文献】特開2018-024548(JP,A)
【文献】特開2009-132979(JP,A)
【文献】板東義雄,高温超伝導材料の酸素欠損の観察(VI) -EDS法による酸素の分析-,電子顕微鏡,1989年,Vol.24, No.2,PP.148-149,ISSN:0417-0326, DOI:10.11410/kenbikyo1950.24.148
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/56-35/599
G01N 23/2252
G01N 23/20091
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化物系セラミックス焼結体中の金属窒化物結晶粒子内の固溶酸素の測定方法において、
金属窒化物結晶粒子の金属元素は珪素またはアルミニウムであり、
窒化物系セラミックス焼結体中の任意の金属窒化物結晶粒子から少なくとも10カ所をEDS(エネルギー分散型X線分光器)により、金属元素、酸素、窒素の原子比を測定する工程と、
金属元素のカウント数に対する酸素元素/金属元素の原子比のプロットした第一のプロット図を作成する工程と、
金属元素のカウント数に対する窒素元素/金属元素の原子比のプロットした第二のプロット図を作成する工程と、
第二のプロット図から第一のプロット図の酸素元素/金属元素の原子比を補正する工程
し、該補正する工程は、金属窒化物結晶粒子の理論値から第二のプロット図の各測定点の窒素元素/金属元素原子比との差分を補正後窒素元素/金属元素比とし、理論値/補正後窒素元素/金属元素比で求められる補正係数を用いて、酸素元素/金属元素原子比×補正係数により得た補正値を用いる工程であり、
補正された第一のプロット図の3点以上の近似直線の傾きをy=aX+bで示したとき、-4×10
-8≦a≦4×10
-8となる収束領域を求める工程と、
収束領域にある金属元素のカウント数が大きい方から3点の酸素元素/金属元素の原子比の平均値を求める工程、
を有することを特徴とする窒化物系セラミックス焼結体の固溶酸素の測定方法。
【請求項2】
窒化物系セラミックス焼結体は粒界相を具備していることを特徴とする
請求項1に記載の窒化物セラミックス焼結体の固溶酸素の測定方法。
【請求項3】
窒化物系セラミックス焼結体は粒界相を具備しており、前記粒界相は構成元素として酸素を含有していることを特徴とする請求項1ないし
請求項2のいずれか1項に記載の窒化物セラミックス焼結体の固溶酸素の測定方法。
【請求項4】
窒化物系セラミックス焼結体は窒化珪素焼結体であることを特徴とする請求項1ないし
請求項3のいずれか1項に記載の窒化物セラミックス焼結体の固溶酸素の測定方法。
【請求項5】
窒化物系セラミックス焼結体は、窒化珪素焼結体であり、前記窒化珪素焼結体は長径3μm以下の窒化珪素結晶粒子を具備していることを特徴とする請求項1ないし
請求項4のいずれか1項に記載の窒化物セラミックス焼結体の固溶酸素の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
後述する実施形態は、窒化物系セラミックス焼結体中の固溶酸素の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化物系セラミックス焼結体は、窒化珪素、サイアロン、窒化アルミニウムなど様々なものがある。窒化物系セラミックス焼結体は、組成や結晶組織を制御することにより、熱伝導率や強度を制御することができる。例えば、特許第6293772号公報(特許文献1)では、熱伝導率90W/m・Kクラスの窒化珪素焼結体が開示されている。特許文献1では、窒化珪素焼結体を放熱基板、回路基板などに用いている。また、特許第5380277号公報(特許文献2)では3点曲げ強度1000MPaクラスの窒化珪素焼結体が開示されている。特許文献2では、軸受け部材、ロール材、エンジン部品などの摺動部材に用いられている。いずれも組成や結晶組織を制御することにより、性能を向上させている。
窒化物系セラミックス焼結体のさらなる性能向上のために、窒化珪素結晶粒子内の固溶酸素を低減することが試みられている。窒化物系セラミックス焼結体は焼結助剤として金属酸化物を用いている。このため、酸化物や酸窒化物からなる粒界相が形成される。粒界相はセラミックス焼結体を緻密にするために必要なものである。窒化珪素の単結晶は熱伝導率200W/m・K程度と言われている。それに対し、高熱伝導性窒化珪素焼結体は90~120W/m・K程度である。窒化珪素結晶粒子内の固溶酸素を低減することにより、熱伝導率が向上すると考えられている。しかしながら、窒化珪素結晶粒子内の固溶酸素を定量化する方法が確立されておらず、固溶酸素の影響を把握することができなかった。
特開2018-24548号公報(特許文献3)には、窒化珪素結晶粒子内の固溶酸素量を制御した窒化珪素焼結体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第6293772号公報
【文献】特許第5380277号公報
【文献】特開2018-24548号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】J.AM.Ceram.Soc.,82[11]3263-65(1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献3では、固溶酸素量の測定にSIMS(二次イオン質量分析)を用いている。特許文献3では、ラスター領域3μmとしている。特許文献3の方法では、3μm以上の窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量は測定できる。窒化珪素焼結体中の3μm以下の窒化珪素結晶粒子に関する固溶酸素量は測定することは困難である。また、SIMSは表面分析法であるため、試料表面の酸化を受けやすい方法である。
また、固溶酸素の測定方法としては全溶解法が非特許文献1に紹介されている。全溶解法は、窒化物系セラミックス焼結体の粒界相を溶かして、窒化物系結晶粒子を取り出す方法である。取り出した窒化物系結晶粒子の酸素量を測定する方法である。しかし、粒界相の溶解除去が困難である。粒界相が残留してしまうことによる測定精度や再現性の低下など、使い勝手の良い方法では無かった。また、多結晶体の個々の粒子の粒内酸素量は測定できない。
本発明は、このような問題に対処するためのものであり、窒化物系セラミックス焼結体中の固溶酸素量の測定方法を提供するためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態にかかる窒化物系セラミックス焼結体中の固溶酸素の測定方法は、窒化物系セラミックス焼結体中の金属窒化物結晶粒子内の固溶酸素の測定方法において、
窒化物系セラミックス焼結体中の任意の金属窒化物結晶粒子から少なくとも10カ所をEDS(エネルギー分散型X線分光器)により、金属元素、酸素、窒素の原子比を測定する工程と、金属元素のカウント数に対する酸素元素/金属元素の原子比のプロットした第一のプロット図を作成する工程と、金属元素のカウント数に対する窒素元素/金属元素の原子比のプロットした第二のプロット図を作成する工程と、第二のプロット図から第一のプロット図の酸素元素/金属元素の原子比を補正する工程と、補正された第一のプロット図の3点以上の近似直線の傾きをy=aX+bで示したとき、-4×10-8≦a≦4×10-8となる収束領域を求める工程と、収束領域にある金属元素のカウント数が大きい方から3点の酸素元素/金属元素の原子比の平均値を求める工程、を有することを特徴とするものである。
実施形態にかかる窒化物系セラミックス焼結体中の固溶酸素の測定方法は、一定領域の窒化珪素結晶粒子の固溶酸素量を再現性良く測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】Siカウント数-O/Si原子比のプロット図(第一のプロット図)の一例を示す図。
【
図3】Siカウント数-N/Si原子比のプロット図(第二のプロット図)の一例を示す図。
【
図4】Siカウント数-O/Si原子比の吸収補正後のプロット図の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
実施形態にかかる窒化物系セラミックス焼結体中の固溶酸素の測定方法は、窒化物系セラミックス焼結体中の金属窒化物結晶粒子内の固溶酸素の測定方法において、
窒化物系セラミックス焼結体中の任意の金属窒化物結晶粒子から少なくとも10カ所をEDS(エネルギー分散型X線分光器)により、金属元素、酸素、窒素の原子比を測定する工程と、
金属元素のカウント数に対する酸素元素/金属元素の原子比のプロットした第一のプロット図を作成する工程と、
金属元素のカウント数に対する窒素元素/金属元素の原子比のプロットした第二のプロット図を作成する工程と、
第二のプロット図から第一のプロット図の酸素元素/金属元素の原子比を補正する工程と、
補正された第一のプロット図の3点以上の近似直線の傾きをy=aX+bで示したとき、-4×10-8≦a≦4×10-8となるとなる収束領域を求める工程と、
収束領域にある金属元素のカウント数が大きい方から3点の酸素元素/金属元素の原子比の平均値を求める工程、
を有することを特徴とするものである。
【0009】
窒化物系セラミックス焼結体とは、金属窒化物結晶粒子を主成分とする焼結体である。金属窒化物結晶粒子としては、窒化物、酸窒化物などが挙げられる。また、窒化物系セラミックス焼結体は粒界相を具備していてもよい。粒界相は粒界第2相と呼ぶこともある。例えば、窒化珪素焼結体の場合、窒化珪素結晶粒子を主相、粒界相を副相と呼ぶ。主相が第1相、副相が粒界第2相となる。粒界相は、焼結助剤や金属窒化物粉末中の不純物が反応して形成されるものである。焼結助剤は金属酸化物がよく使われる。また、金属窒化物粉末中の不純物としては酸素が挙げられる。このため、粒界相は酸化物(酸窒化物など含む)を含んでいる。このような窒化物系セラミックス焼結体としては、窒化珪素焼結体、サイアロン焼結体、窒化アルミニウム焼結体、窒化ホウ素焼結体などが挙げられる。
まず、窒化物系セラミックス焼結体中の任意の金属窒化物結晶粒子から少なくとも10カ所をEDS(エネルギー分散型X線分光器)により、金属元素、酸素、窒素の原子比を測定する工程を行うものとする。
【0010】
EDS分析を行う測定試料としては、粒子同士や粒界第2相との重なりを防ぐのに十分な薄さの試料が好ましい。また、透過型EDS分析とすることで精度の良い分析が可能となる。このため、TEM(透過型電子顕微鏡)を用いたEDS分析を適用するものとする。
試料は厚さ1μm以下とする。また、試料の厚さは0.05μm以上0.5μmの範囲内が好ましい。試料の作製は、FIB(集束イオンビーム)加工やイオンミリング加工により窒化物系セラミックス焼結体の任意の断面試料を用意する。また、試料の表面酸化を防ぐために真空中や不活性ガス雰囲気下での試料作製および保管が望ましい。
【0011】
EDS装置としては、透過型電子顕微鏡(TEM)に付属するEDSを用いて行うものとし、日本電子製JED-2300Tまたはそれと同等以上の性能を有するものとする。TEMとしては、日本電子製JEM-200CX(加速電圧200kV)またはそれと同等以上の性能を有するものを用いるものとする。TEM-EDSを用いることにより、金属窒化物結晶粒子を測定エリアに選択することができる。また、EDS分析は、加速電圧200kV、照射電流1.00nA、分析時のスポット径1nmを推奨とする。また、分析時間は30秒、試料傾斜角X=10°、Y=0°を推奨とする。測定条件は、変更してもよいが、第一のプロット図は同じ測定条件で測定するものとする。
【0012】
窒化物系セラミックス焼結体中の断面の任意の金属窒化物結晶粒子から少なくとも10カ所をEDS分析により、金属元素、酸素、窒素の原子比を測定するものとする。金属元素とは金属窒化物結晶粒子を構成する金属元素のことである。例えば、窒化珪素結晶粒子であれば、珪素(Si)が金属元素となる。また、窒化アルミニウム結晶粒子であれば、アルミニウム(Al)が金属元素となる。また、測定箇所は、一つの金属窒化物結晶粒子から複数個所選択してもよいし、異なる金属窒化物結晶粒子から選択してもよい。また、金属元素カウントが300000cps以上になる個所が3つ以上になるまで測定点を増やすものとする。窒化珪素結晶粒子であれば、Siカウントが300000cps以上になる個所が3つ以上、かつ合計10カ所以上を測定箇所とする。Siカウント数が300000cps以上であるということは、表面酸素の影響を受けずに酸素量の測定が可能となることを示す。このため、試料表面が自然酸化していたとしても、固溶酸素量を測定することができる。
【0013】
図1に窒化珪素焼結体の断面の模式図を示した。図中、1は窒化珪素焼結体の断面、2は窒化珪素結晶粒子、3は粒界第2相、である。窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子2同士の隙間を粒界第2相3が埋める構造になっている。TEM-EDSの測定エリアは、窒化珪素結晶粒子2とする。また、EDS測定のスポット径が粒界第2相3に重ならないようにするものとする。
次に、金属元素のカウント数に対する酸素元素/金属元素の原子比のプロットした第一のプロット図を作成する工程を行うものとする。窒化珪素焼結体の場合は、Siのカウント数に対するO/Siの原子比をプロットした図となる。
図2に、Siカウント数-O/Si原子比のプロット図(第一のプロット図)の一例を示した。
図2は横軸にSiカウント数(cps)、縦軸にO/Si原子比を示したものである。
第一のプロット図では、測定点10か所以上に対し、Siカウント数が300000cps以上の個所が3か所(3点)以上存在していることを示している。言い換えると、測定点は合計10カ所以上、かつSiカウント数が300000cps以上の個所が3か所以上になるまで測定するものとする。
【0014】
次に、金属元素のカウント数に対する窒素元素/金属元素の原子比のプロットした第二のプロット図を作成する工程を行うものとする。窒化珪素焼結体では、
図3に示すようにSiカウント数に対するN/Siの原子比をプロットした第二のプロット図となる。
【0015】
次に、第二のプロット図から第一のプロット図の酸素元素/金属元素の原子比を補正する工程を行う。窒化珪素焼結体では、軽元素である酸素(O)は珪素(Si)に比べてX線の吸収が大きいためである。酸素(O)と窒素(N)の吸収特性は類似している。また、窒化珪素焼結体の主相はSi3N4であるからN/Si原子比は4/3が理論値となる。このため、SiとNの原子比の近似データから補正を行うことが有効である。
【0016】
第二のプロット図を用いた補正方法は2種類ある。第一の補正方法は、第二のプロット図の近似直線を用いる方法である。また、第二の補正方法は、第二のプロット図のN/Si原子比と、理論値である4/3との差分を用いる方法である。
第一の補正方法は、まず、第二のプロット図から直線近似を求めるものである。直線近似は、集計ソフトの線形近似機能を使って求めることができる。集計ソフトとしては、マイクロソフト社エクセルが挙げられる。第一の補正方法は、得られた近似直線に基づき、N/Si比を一律で補正する。ここでSi3N4のN/Si原子比は4/3(=1.33)であるため1.33が理論値となる。しかし上述の補正後N/Si比は理論値よりも小さくなる。これは、X線の吸収率差に起因するものである。この補正後のN/Si比を用いて、O/Si比を補正する。補正係数は理論値/補正後N/Si比で求めることができる。例えば、補正後のN/Si原子比が0.70であったとき、補正係数は1.33/0.70=1.9となる。O/Si原子比×補正係数により、補正値が算出される。第一の補正方法は、代表となる補正係数を使って算出する方法である。
【0017】
第二の補正方法は、第二のプロット図の各測定点のN/Si原子比を用いて第一のプロット図のO/Si原子比を補正する方法である。補正係数の求め方および補正値の算出方法は、第一の補正方法に準ずる。第二の補正方法は、この作業を各測定点全てにおいて行うものである。
第一の補正方法、第二の補正方法を比較すると、第二の補正方法の方が好ましい。第二の補正方法は個々の測定点での補正のため、それぞれの組織状態に応じた情報も含んでいるからである。一方、第一の補正方法は、大量の測定点を平均して補正することができる方法である。
この補正方法を用いて第一のプロット図の酸素元素/金属元素の原子比の補正を行うものとする。
【0018】
次に、補正された第一のプロット図の3点以上の近似直線の傾きをy=aX+bで示したとき、-4×10
-8≦a≦4×10
-8となる収束領域を求める工程を行うものとする。
図4に、O/Si原子比のSiカウント依存のプロット図(第三のプロット図)の一例を示した。
図4は
図2のO/Si原子比を補正したプロット図の一例である。O/Si原子比を補正した第一のプロット図のことを第三のプロット図という。
図4は、横軸にSiカウント数(cps)、縦軸に補正後のO/Si原子比を示したものである。
近似直線の傾きy=aX+bは、Xが横軸、yが縦軸、aが傾き、bが縦軸(y軸)との接点、である。近似直線は集計ソフトの近似機能を用いるものとする。集計ソフトは、マイクロソフト社エクセルが挙げられる。
【0019】
第三のプロット図(補正した第一のプロット図)の3点以上の近似直線の傾きが、-4×10-8≦a≦4×10-8となる収束領域を求める工程を行うものとする。近似直線の傾きaが前述の範囲内である収束領域は、試料表面の自然酸化や粒界第2相の影響を最小化した領域となる。試料表面の自然酸化や粒界第2相の影響を受けた場合、O/Si原子比のばらつきも大きくなる。このため、傾きaが前述の範囲内にならない。近似直線の傾きaが-4×10-8以上4×10-8以下の範囲内であるということは、O/Si原子比のばらつきが低減されていることを示している。O/Si原子比のばらつきが低減されているため、自然酸化や粒界第2相の影響を十分低減されている値であることが分かる。このため、固溶酸素量を示していることになる。
【0020】
3点以上の近似直線の傾きaが-4×10
-8以上4×10
-8以下の範囲内となる収束領域のSiカウント数が大きい方から3点までのO/Si原子比の平均値を使って固溶酸素量を計算する。Siカウント数が大きい方から3点までのO/Si原子比の平均値は、自然酸化や粒界第2相の影響をより低減した領域であるためである。
窒化珪素結晶粒子はSi
3N
4であるので、(3/7)×(O/Si原子比の平均値)により固溶酸素量(wt%)を算出することができる。Si
3N
4結晶粒子中のSi量に応じた酸素量から計算する方法である。
例えば、
図4に示した近似直線の収束領域のSiカウント数が大きい方から3点までのO/Si原子比の平均値は0.029である。(3/7)×0.029=0.012atm%が固溶酸素量となる。
【0021】
また、3点以上の近似直線の傾きaが-4×10-8以上4×10-8以下の範囲内となる収束領域は、Siカウント数が300000cps以上の領域から求めることが好ましい。Siカウント数が多い領域は試料表面の酸化や粒界相の影響を最小化した領域であるためである。TEM-EDSでは300000cps以上の領域だけを選択的に測定することができない。このため、EDSにより10カ所以上を測定する方法が有効である。なお、第3のプロット図(補正された第一のプロット図)の作成は、Siカウント数が300000cps以上の測定点のみであってもよい。
【0022】
以上のような方法であれば、窒化物系セラミックス焼結体中の固溶酸素量を測定することができる。特に、粒界相を具備する窒化物系セラミックス焼結体中の金属窒化物結晶粒子の固溶酸素量を測定することができる。粒界相は焼結助剤が焼結工程中に反応して形成される。焼結助剤は日本の周期律表の2A族元素、3A族元素、4A族元素、8族元素などの酸化物が用いられている。特に、希土類酸化物(3A族元素)やアルカリ土類金属酸化物(2A族元素)が用いられることが多い。そのため、粒界相は酸素を含有するものになる。従来は、粒界第2相に酸素を有しているため金属窒化物結晶粒子の固溶酸素量を測定することが困難であった。また、近年は窒化物系セラミックス焼結体の熱伝導率が高くなっている。窒化珪素焼結体は熱伝導率80W/m・K以上、窒化アルミニウム焼結体は熱伝導率が200W/m・K以上となっている。窒化物系セラミックス焼結体の高熱伝導化には固溶酸素量を低減するのが有効と言われている。その一方で、固溶酸素量を測定する有効な方法が確立されていなかったのである。
【0023】
上記測定方法であれば、個々の金属窒化物結晶粒子そのものが測定対象になるため、粒界第2相の影響を受けずに再現性良く測定することができる。言い換えれば、粒界相に酸素を具備する窒化物系セラミックス焼結体の固溶酸素量を測定するのに適している。
測定箇所を一つの金属窒化物結晶粒子にすれば、1つの金属窒化物結晶粒子の固溶酸素量を測定することができる。また、複数の金属窒化物結晶粒子にすれば、複数の金属窒化物結晶粒子の固溶酸素量の平均値を測定することができる。さらに、電子ビームスポット径を絞ることにより3μm以下の微小サイズの窒化物結晶粒子も粒界第2相の影響を受けずに測定することができる。このように測定箇所を選択することにより、目的とする固溶酸素量を測定することができる。また、全溶解法のように試料から粒界第2相成分を溶解除去する必要がない。このため、使い勝手の良い測定方法である。
【0024】
(実施例)
(実施例1~3、比較例1~3、参考例1)
窒化物系セラミックス焼結体として、窒化珪素焼結体を用意した。第一の窒化珪素焼結体は熱伝導率85W/m・K、3点曲げ強度650MPaのものである。第二の窒化珪素焼結体は熱伝導率110W/m・K、3点曲げ強度600MPaのものである。また、窒化珪素焼結体は、焼結助剤として酸化イットリウム、酸化マグネシウムなどの金属酸化物を用いたものである。また、窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子の平均粒径は7~10μmのものを用意した。窒化珪素結晶粒子は、粒径3μm以下のものも存在していた。
次に、TEM-EDS分析するための試料を作製した。試料の厚さは0.2~0.5mmの範囲内のものとした。また、実施例2は実施例1の試料を大気中で一週間放置したものである。同様に、実施例4は実施例3の試料を大気中で一週間放置したものである。実施例2および実施例4は試料の酸化の影響を調べるためである。また、比較例1~2は全溶解法の測定試料として用意したものである。それぞれ試料と測定方法は表1に示したものである。
【0025】
【0026】
実施例は、各試料を使ってTEM-EDS分析により、珪素、酸素、窒素の原子比を測定した。それぞれ10カ所以上測定した。
測定結果を用いて、珪素元素のカウント数に対する酸素元素/珪素元素の原子比のプロットした第一のプロット図を作成する工程を行った。次に、珪素元素のカウント数に対する窒素元素/珪素元素の原子比のプロットした第二のプロット図を作成する工程を行った。
さらに、第二のプロット図から第一のプロット図の酸素元素/珪素元素の原子比を補正する工程を行った。実施例1および実施例2は補正する方法として第二の補正方法を用いた。つまり、個々の測定点のN/Si原子比から補正係数を求めた方法である。実施例3および実施例4は第一の補正方法を用いた。つまり、第一のプロット図のO/Si比に近似直線の傾きを掛け合わせる方法である。
【0027】
それぞれ補正された第一のプロット図の3点以上の近似直線の傾きをy=aX+bで示したとき、-4×10-8≦a≦4×10-8となる収束領域を求める工程を行った。さらに、収束領域にある珪素元素のカウント数が大きい方から3点の酸素元素/珪素元素の原子比の平均値を求める工程を行った。実施例1~4はSiカウント数が300000cps以上の領域から求めるた。
また、参考例1として実施例1の補正された第一のプロット図を用いて近似曲線の傾きaが範囲外である領域の値を用いて酸素元素/珪素元素の原子比の平均値を求めた。参考例1はSiカウント数が300000cps未満の領域であった。
その結果を表2に示す。
【0028】
【0029】
実施例では、酸素元素/珪素元素の原子比の平均値から固溶酸素量を求めた。また、比較例として全溶解法で求めた固溶酸素量も調べた。また、それぞれ測定箇所を変えて2回測定した。その結果を表3に示した。
【0030】
【0031】
表から分かる通り、実施例に係る測定方法は、2回測定したとしても同様の値が得られた。再現性の高い方法であることが分かる。また、実施例1と実施例2を比較しても同様の値が得られた。同様に、実施例3と実施例4を比較しても同様の値が得られた。この点から試料の表面が保管環境等により多少酸化していたとしても、窒化珪素結晶粒子内の固溶酸素が測れていることが分かる。また、参考例1のように傾斜aが範囲外の個所では得られる値が変わった。このため、傾斜aは-4×10-8≦a≦4×10-8であることが必要であることが分かる。
一方、全溶解法である比較例は、2回の測定値に大きなずれが生じ、数値が安定しなかった。また、TEM-EDS法の値とも大きく異なった。全溶解法は、試料中の粒界相の溶解除去が必要であり、一度測定した試料をもう一度使うことができない。また、試料の粒界相の溶解除去状態により測定値が影響を受けるため再現性が低く、使い勝手の良い方法ではないことが示唆された。
【0032】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示
したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は
、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、
種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態はその変形例は、
発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲
に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
【符号の説明】
【0033】
1…窒化珪素焼結体断面の模式図
2…窒化珪素結晶粒子
3…粒界相(粒界第2相)