(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-02
(45)【発行日】2024-07-10
(54)【発明の名称】飛翔体生成装置、成形材料の供給方法、および光電変換素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
H10K 30/50 20230101AFI20240703BHJP
H10K 30/40 20230101ALI20240703BHJP
H10K 71/18 20230101ALI20240703BHJP
【FI】
H10K30/50
H10K30/40
H10K71/18
(21)【出願番号】P 2019231893
(22)【出願日】2019-12-23
【審査請求日】2022-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100153763
【氏名又は名称】加藤 広之
(72)【発明者】
【氏名】尾松 孝茂
(72)【発明者】
【氏名】宮本 克彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 龍介
(72)【発明者】
【氏名】柚山 健一
【審査官】桂城 厚
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-505006(JP,A)
【文献】特開2019-123133(JP,A)
【文献】特表2018-522959(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第03521483(EP,A1)
【文献】特開2008-193066(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0371389(US,A1)
【文献】特表2018-506267(JP,A)
【文献】国際公開第2019/139945(WO,A1)
【文献】特開2018-107084(JP,A)
【文献】特開2010-247230(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0130427(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10K 30/00-30/57
H10K 30/80-39/18
H10K 71/00-71/80
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の部材から飛び出す飛翔体を生成する飛翔体生成装置であって、
透明基板と、
前記透明基板の表面に形成された光吸収膜と、
前記透明基板の表面に、前記光吸収膜を介して形成され、前記飛翔体を構成するドナー材料からなるドナー層と、
前記透明基板を挟んで前記ドナー層と反対側に配置され、前記光吸収膜に対して光渦レーザーを照射する光渦レーザー照射装置と、を備え、
前記ドナー材料の光学濃度が0.1以下であ
り、
前記光渦レーザーの位相特異点を移動させて非整数光渦となった前記位相特異点と、前記光渦レーザーの中心との距離を変えられるように構成され、前記飛翔体の飛翔方向が制御されていることを特徴とする飛翔体生成装置。
【請求項2】
前記光吸収膜が金属膜であることを特徴とする請求項1に記載の飛翔体生成装置。
【請求項3】
前記ドナー材料が、ペロブスカイト前駆体からなることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の飛翔体生成装置。
【請求項4】
前記ドナー材料が、紫外線硬化樹脂からなることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の飛翔体生成装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の飛翔体の生成装置を用いた成形材料の供給方法であって、
前記ドナー層と対向する側に成形材料の支持部材を配置し、
前記光吸収膜に対して、直接または前記透明基板を介して光渦レーザーを照射することにより、前記ドナー層から飛び出す飛翔体を、前記成形材料として前記支持部材に供給する
とともに、
前記光渦レーザーの位相特異点を移動させ、非整数光渦となった前記光渦レーザーの位相特異点と、前記光渦レーザーの中心との距離を変えることによって前記飛翔体の飛翔方向を制御することを特徴とする成形材料の供給方法。
【請求項6】
前記光吸収膜として金属膜を用い、照射する光渦レーザーの波長を0.2μm以上10.6μm以下とすることを特徴とする請求項5に記載の成形材料の供給方法。
【請求項7】
飛翔中の前記飛翔体を固化させる工
程を有することを特徴とする請求項5または6のいずれかに記載の成形材料の供給方法。
【請求項8】
請求項5~
7のいずれか一項に記載の成形材料の供給方法を用いた光電変換素子の製造方法であって、
前記ドナー材料としてペロブスカイト前駆体を用い、
前記支持部材として光電変換層の下地層を有するものを用い、
前記下地層に対して前記飛翔体を供給することを特徴とする光電変換素子の製造方法。
【請求項9】
前記下地層の所定の領域ごとに供給する前記飛翔体のドナー材料を、ハロゲン元素の含有比率が異なる複数種類の前記ペロブスカイト前駆体から、選択する工程を有することを特徴とする請求項
8に記載の光電変換素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛翔体生成装置、成形材料の供給方法、および光電変換素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、3Dプリント、電子配線のパターニング等の様々な製造工程において、成形材料を供給する技術として、レーザー前方転写(LIFT)法が注目されている。レーザー前方転写法は、材料に対してレーザーを照射し、レーザーのエネルギーおよび運動量が転写された成形材料の一部を飛翔させ、供給対象の物体に到達させる方法である。特許文献1では、光渦レーザービームを用いることによって、成形材料を安定して遠くへ飛翔させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
レーザー前方転写法を用いて成形材料を飛翔させる場合、その成形材料にレーザー光をよく吸収させ、かつその成形材料の飛翔方向を安定化させる必要がある。そのため、飛翔させる成形材料には、高い光吸収性および高い粘性が求められ、光吸収性、粘性が低い成形材料を飛翔させることは難しいと考えられている。特許文献1で開示されている技術でも、飛翔させる成形材料として、光吸収性および粘性が高い液体または固体が用いられている。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、任意の光吸収性、粘性を有する成形材料の飛翔体を生成することを可能とする飛翔体生成装置、成形材料の供給方法、および光電変換素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0007】
(1)本発明の一態様に係る飛翔体生成装置は、所定の部材から飛び出す飛翔体を生成する飛翔体生成装置であって、透明基板と、前記透明基板の表面に形成された光吸収膜と、前記透明基板の表面に、直接または前記光吸収膜を介して形成され、前記飛翔体を構成するドナー材料からなるドナー層と、前記透明基板を挟んで前記ドナー層と反対側に配置され、前記光吸収膜に対して光渦レーザーを照射する光渦レーザー照射装置と、を備えている。
【0008】
(2)前記(1)に記載の飛翔体生成装置において、前記光吸収膜が金属膜であることが好ましい。
【0009】
(3)前記(1)または(2)のいずれかに記載の飛翔体生成装置において、前記ドナー材料の光学濃度が0.1以下であることが好ましい。
【0010】
(4)前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の飛翔体生成装置において、前記ドナー材料が、ペロブスカイト前駆体からなるものであってもよい。
【0011】
(5)前記(1)~(4)のいずれか一つに記載の飛翔体生成装置において、前記ドナー材料が、紫外線硬化樹脂からなるものであってもよい。この他、透明材料であれば、粘度、光学濃度は問わない。
【0012】
(6)本発明の一態様に係る成形材料の供給方法は、前記(1)~(5)のいずれか一つに記載の飛翔体の生成装置を用いた成形材料の供給方法であって、前記ドナー層と対向する側に成形材料の支持部材を配置し、前記光吸収膜に対して、直接または前記透明基板を介して光渦レーザーを照射することにより、前記ドナー層から飛び出す飛翔体を、前記成形材料として前記支持部材に供給する。
【0013】
(7)前記(6)に記載の成形材料の供給方法は、前記光吸収膜として金属膜を用い、照射する光渦レーザーの周波数を0.2μm以上10.6μm以下とすることが好ましい。
【0014】
(8)前記(6)または(7)のいずれかに記載の成形材料の供給方法は、前記光渦レーザーの照射方向を調整することによって、飛翔体の飛翔方向を制御する工程と、飛翔中の前記飛翔体を固化させる工程とを有するものであってもよい。
【0015】
(9)前記(8)に記載の成形材料の供給方法は、前記飛翔体の飛翔方向を制御する工程において、前記光渦レーザーの位相特異点と、前記光渦レーザーの中心との距離を変えることによって前記飛翔体の飛翔方向を制御してもよい。
【0016】
(10)本発明の一態様に係る光電変換素子の製造方法は、前記(6)~(9)のいずれか一つに記載の成形材料の供給方法を用いた光電変換素子の製造方法であって、前記ドナー材料としてペロブスカイト前駆体を用い、前記支持部材として光電変換層の下地層を有するものを用い、前記下地層に対して前記飛翔体を供給する。
【0017】
(11)前記(10)に記載の光電変換素子の製造方法は、前記下地層の所定の領域ごとに供給する前記飛翔体のドナー材料を、ハロゲン元素の含有比率が異なる複数種類の前記ペロブスカイト前駆体から、選択する工程を有していてもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の飛翔体生成装置によれば、光照射膜を介して間接的にドナー層を加熱することによって、飛翔体を生成することができる。したがって、本発明の飛翔体生成装置では、ドナー層がレーザー光を吸収する必要がなく、ドナー層の材料が限定されることがないため、任意の光吸収性、粘性を有する飛翔体を生成することができる。
【0019】
本発明の飛翔体生成装置を用いることにより、基材(支持部材)のミクロンオーダーの領域に、任意の成形材料を容易に供給することができ、任意の形状、大きさを有する構造物を製造することができる。本発明の成形材料の供給方法によれば、成形材料としてペロブスカイト等の光電変換材料を用いることにより、光電変換素子を製造することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態に係る飛翔体生成装置の平面図である。
【
図2】
図1の飛翔体生成装置を構成する光渦レーザー照射装置の構成を示す図である。
【
図3】
図1の飛翔体生成装置を用いた成形材料の供給方法を説明する図である。
【
図4】(a)~(c)本発明の実施例1~3に係る飛翔体生成装置を用いて、飛翔体を生成した画像である。
【
図5】本発明の実施例4に係る飛翔体生成装置を用いて、生成した飛翔体の画像である。
【
図6】本発明の実施例5に係る飛翔体生成装置を用いて生成した飛翔体の画像を、時間経過の順に並べたものである。
【
図7】本発明の実施例6の飛翔体の画像を、本発明の実施例5に係る飛翔体生成装置を用いて、生成した飛翔体の画像を、位相特異点の移動距離の順に並べたものである。
【
図8】実施例6の飛翔体について、位相特異点の移動距離と飛翔角度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を適用した実施形態に係る飛翔体生成装置、成形材料の供給方法、および光電変換素子の製造方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0022】
<飛翔体生成装置>
図1は、本発明の第一実施形態に係る飛翔体生成装置100の構成を模式的に示す平面図である。飛翔体生成装置100は、レーザー前方転写(LIFT)法を用いて、所定の部材から飛び出す飛翔体を生成するものである。飛翔体の生成装置100は、主に、透明基板101と、光吸収膜102と、ドナー層103と、光渦レーザー照射装置104と、を備えている。飛翔体生成装置100は、光渦レーザー照射装置104から照射された光が、透明基板101、光吸収膜102を介して間接的に、ドナー層103を加熱するように構成されている。
【0023】
透明基板101は、レーザー光、好ましくは、可視光から近赤外光の波長領域の光を90%以上透過させることができる平板状の部材である。透明基板101の材料としては、例えば、ガラス、ITO、サファイア等が挙げられる。透明基板101の粘度、光学濃度等に関して、特に限定されることはない。透明基板の二つの主面101a、101bは、いずれも略平坦であり、かつ互いに略平行であるとする。
【0024】
光吸収膜102は、透明基板101の表面のうち、光渦レーザー照射装置104と対向する一方の主面101a、またはその反対側の他方の主面101bに形成(載置)されている。ドナー層103に光渦レーザーの熱エネルギーを伝搬させる観点から、光吸収膜102は、他方の主面101bに形成されている方が好ましい。光吸収膜102が一方の主面101aに形成されている場合、光渦レーザーは、透明基板101内を伝搬する間に熱エネルギーをロスしてしまい、その分、ドナー層103の加熱が弱くなる。
【0025】
光吸収膜102は、可視光領域から近赤外光領域までの光を吸収する材料、例えば、金等の金属、あるいはクロム、チタン、ブラックシリコン等を主成分として含む。これらの中でも、透明基板101から剥がれにくい金が最も好ましい。光吸収膜102の材料としては、ドナー層103の材料と反応しないように、化学的に不活性であり、酸化しにくいものとすることが好ましい。
【0026】
光吸収膜102の厚みは、10nm以上1000nm以下であることが好ましい。光吸収膜が10nmより薄いと、光渦レーザーLが通り抜けてしまい、光吸収膜102を介した間接的な加熱が実現されにくくなる。光吸収膜が1000nmより厚いと、完全に吸収されてしまい、ドナー層103への伝搬が妨げられてしまう。
【0027】
ドナー層103は、透明基板101の表面に、直接または光吸収膜103を挟んで形成され、飛翔体103を構成するドナー材料からなる。ドナー材料としては、光吸収性、粘性等について限定されることがなく、例えば、水、有機溶媒等の液体であってもよいし、MoS2、グラフェン等の固体であってもよい。ドナー材料の光学濃度は、0.1以下であることが好ましい。
【0028】
光渦レーザー照射装置104は、透明基板101を挟んでドナー層103と反対側に配置され、光吸収膜102に対して光渦レーザーを照射する機能を有する。
図2は、光渦レーザー照射装置104の構成例を模式的に示す図である。光渦レーザー照射装置104は、主に、レーザー光源105と、第一ビーム径変更部材106と、第一ビーム波長変更部材107と、光渦変換部材108と、第二ビーム波長変換部材109と、第二ビーム径変更部材110とを、光渦レーザー光の照射方向D
1に順に並ぶように備えている。
【0029】
レーザー光源105としては、特に限定されることはなく、目的に応じて適宜選択することができるものであり、例えば、固体レーザー、気体レーザー、半導体レーザー等及びその第二高調波、第三高調波、あるいは、第四高調波などが使用できる。固体レーザーとしては、例えば、YAGレーザー、チタンサファイアレーザー、ファイバーレーザー等が挙げられる。気体レーザとしては、例えば、アルゴンレーザー、炭酸ガスレーザー等が挙げられる。光渦レーザー照射装置104としては、小型化、低コスト化する観点から、出力が30mW程度の半導体レーザを用いることが好ましい。レーザー光源105としては、単独で光渦レーザーを発生させられるものがある場合には、それを用いてもよく、その場合には、光渦変換部材108が不要となる。
【0030】
光渦変換部材108としては、レーザー光源105で発生する直線状のレーザービームLAを、光渦レーザービームLBに変換する部材であればよく、例えば、回折光学素子、マルチモードファイバー、液晶位相変調器等を用いることができる。回折光学素子としては、例えば、螺旋位相板、ホログラム素子等を挙げることができ、その中でも螺旋位相板が特に好ましい。
【0031】
なお、光渦レーザービームを発生させる方法としては、例えば、次の方法が挙げられる。
・レーザー共振器から、光渦レーザーを固有モードとして発振させる方法
・ホログラム素子をレーザー共振器に挿入する方法
・ドーナツビームに変換した励起光を用いる方法
・暗点を有するレーザー共振器ミラーを用いる方法
・側面励起固体レーザで発生する熱レンズ効果を、空間フィルタとして用いて光渦モードを発振する方法
【0032】
第一ビーム径変更部材106、第二ビーム径変更部材110としては、それぞれ、光渦変換前のレーザー光、光渦変換後のレーザー光のビーム径を変更する部材であればよく、例えば、集光レンズ等を用いることができる。
【0033】
第一ビーム波長変換部材107としては、光渦変換前のレーザー光の波長を、透明基板101を透過させることができ、かつ光吸収膜に吸収させることができる波長に変更できる部材であればよい。そのような部材としては、例えば、KTP結晶、BBO結晶、LBO結晶、CLBO結晶等が挙げられる。
【0034】
偏光部材(偏光回転素子)109としては、光渦変換後のレーザー光を、ドナー材料を飛翔させるのに十分な出力が得られる偏光状態に変更できるものであればよく、例えば、ガラス(水晶波長板等)等を挙げることができる。
【0035】
なお、レーザー光源105で発生するレーザー光が、所定のビーム径、ビーム波長を有するものである場合には、第一ビーム径変更部材106、第一ビーム波長変更部材107、第二ビーム波長変換部材109と、第二ビーム径変更部材110が不要となる。
【0036】
<成形材料の供給方法>
図3は、飛翔体生成装置100を動作させて、所定の支持部材111に対し、成形材料となる飛翔体を供給し、成形体112を形成している状態を示す図である。飛翔体103Aは、主に、次のステップを経て生成される。まず、光渦照射装置104で生成された光渦レーザーLが、光吸収膜102に対して、直接または透明基板101を介して照射され、光渦レーザーLのエネルギー、運動量、および角運動量が伝搬される。ここでは、光吸収膜102が、光渦レーザー照射装置104と対向していない、透明基板の他方の主面101bに形成されている場合について例示しており、この場合には、光渦レーザーLが、透明基板101を介して(透過して)光吸収膜102に照射されることになる。
【0037】
光吸収膜102は、伝搬した光渦レーザーLのエネルギーによって加熱され、その熱エネルギーがドナー層103に伝搬され、飛翔体103Aの運動エネルギーに変換される。このとき、光渦レーザーLの運動量および角運動量も、光吸収膜102を介してドナー層103に伝搬され、飛翔体103Aの運動方向に影響を与える。
【0038】
一般的な直線状(柱状)のレーザー光は、照射方向D1に直交する平面状の等位相面(波面)を有しており、ポインティングベクトルの方向が照射方向D1に一致する。そのため、光吸収膜102に対しては、レーザー光の熱エネルギーが伝搬するとともに、レーザー光の照射方向D1に運動量が伝搬し、圧力が加わる。また、直線状のレーザー光は、その中心において強度分布が最大になり、外側に広がろうとするため、光吸収膜102に対して、レーザー光の照射方向Dと直交する方向にも圧力が加わる。熱エネルギーとともに、光吸収膜102に加わる。これらの圧力が、ドナー層103に伝搬することにより、ドナー層103から飛び出す飛翔体103Aが生成される。この飛翔体103Aは、ドナー層103から遠ざかるにつれて、照射方向D1に対して放射状に拡散(飛散)する。
【0039】
これに対し、本実施形態の光渦レーザーLは、照射方向D1に延在する一本の軸に、巻き付くように形成された螺旋状の等位相面を有しており、ポインティングベクトルの方向が光渦レーザーLの中心側に傾く。光渦レーザーLの強度分布は、中心で0になるドーナツ状の分布となるため、直線状のレーザー光のように照射方向D1に対して外側に広がる圧力が発生することはない。したがって、光吸収膜およびドナー層に伝搬する光渦レーザー光の圧力は、光吸収膜102に対し、光渦レーザー光の中心方向に作用するため、光吸収膜102を介してこの圧力が伝搬したドナー層103から生成される飛翔体103Aは、ドナー層103から遠ざかるにつれて、中心方向に収束し、その結果として直線状に進む飛翔体となる。
【0040】
光渦レーザーLを用いて生成された飛翔体103Aは、直線的に進む分、より遠くまで(飛翔距離Rが100mm以上となるところまで)飛翔させることができる。
【0041】
光吸収膜102として金属薄膜(金属膜)を用いた場合、照射する光渦レーザーの周波数は、0.2μm以上10.6μm以下とすることにより、この金属薄膜のプラズモン共鳴周波数と一致する。この場合、光渦レーザーを吸収したプラズモン(自由電子の振動)が金属薄膜中で励振されて、このプラズモンに光渦レーザーの軌道角運動量が転写される。このプラズモンがドナー層103に角運動量を与えるため、ドナー材料に光吸収性がない場合であっても、飛翔体(ジェット)を生成して長距離飛翔させることができる。
【0042】
支持部材に向けて飛翔する飛翔体の生成は、光渦レーザー照射装置104、透明基板101、支持部材111を、光渦レーザーの照射方向D1と垂直な方向D3において、適宜相対的に移動させながら複数回行う。これにより、支持部材111の所定の位置に所定の数の飛翔体103Aを付着させることができ、最終的に膜、配線等の様々な構造物を成形することができる。
【0043】
本実施形態の成形材料の供給方法は、光渦レーザーの照射方向D1を調整することにより、飛翔体103Aの飛翔方向D2を制御する工程を有していてもよい。この工程を経ることにより、支持部材111の被成形面111aに垂直な方向だけでなく、任意の方向への成形材料の積層が可能となるため、より複雑な構造物を成形することができる。
【0044】
ドナー材料として、ドナー層103からの飛翔中に硬化(固化)する材料(紫外線硬化樹脂等)を用いてもよい。このような材料を用いることにより、飛翔体103Aの軌跡に沿って延在するファイバー状の構造物が得られる。ファイバー状構造物は、太さを光渦レーザーLの幅の5分の1~10分の1程度に抑えることができ、飛翔方向D2を制御する工程において、曲がり方等の形状を調整することができるため、例えば、微細化が進む半導体装置等の配線パターンとして活用することができる。
【0045】
飛翔方向の制御は、特に限定されることはないが、例えば、光渦レーザーLの位相特異点(光渦の暗点部)を移動させ(非整数光渦として)、位相特異点と光渦レーザーLの中心との距離を変えることによって行うことができる。なお、ドナー層103の材料が金属系である場合には、飛翔体の飛翔方向が光渦レーザーLの位相特異点の移動方向と逆の方向になる。反対に、ドナー層103の材料が金属系以外(樹脂等)である場合には、飛翔体の飛翔方向が光渦レーザーLの位相特異点の移動方向と同じ方向になる。
【0046】
<光電変換素子の製造方法>
上述した成形材料の供給方法において、支持部材111として光電変換層の下地層を有するものを用い、光電変換材料をドナー材料として下地層111に供給することにより、光電変換素子(フレキシブル太陽電池、発光素子等)を製造することができる。
【0047】
光電変換材料としては、例えば、ペロブスカイトMAPbX3-nYn、FAPbX3-nYn、CsPbX3-nYn(MA、FAは有機分子、X、Yはハロゲン元素(Cl-、Br-、I-等))の前駆体等を用いることができる。光電変換素子の製造方法は、光電変換材料を供給する際に、下地層111の所定の領域ごとに、供給する飛翔体のドナー材料(光電変換材料)を、ハロゲン元素の含有比率が異なる複数種類のペロブスカイト前駆体から、選択する工程を有していてもよい。領域ごとに選択するペロブスカイト前駆体の種類は、単数であってもよいし、複数であってもよい。
【0048】
この工程を経ることにより、下地層111上に、ハロゲン元素を所定の比率で含有する様々な領域を形成することができ、各領域において、ハロゲン元素の含有比率に対応した色の発光を行うことができる。発光する色の分布を調整することにより、様々な色を合成することもできる。
【0049】
以上のように、本実施形態に係る飛翔体生成装置100によれば、光照射膜102を介して、間接的にドナー層103を加熱することによって、飛翔体103Aを生成することができる。したがって、本実施形態の飛翔体生成装置100では、ドナー層103がレーザー光Lを吸収する必要がなく、ドナー層の材料が限定されることがないため、任意の光吸収性、粘性を有する飛翔体を生成することができる。また、ドナー層103にレーザー光Lが直接照射されることがないため、ドナー材料として、光分解してしまうような材料を用いることもできる。
【0050】
本実施形態の飛翔体生成装置100を用いることにより、基材(支持部材)111のミクロンオーダーの領域に、任意の成形材料を容易に供給することができ、任意の形状、大きさを有する構造物112を製造することができる。本実施形態の成形材料の供給方法によれば、成形材料としてペロブスカイト等の光電変換材料を用いることにより、光電変換素子を製造することも可能となる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0052】
(実施例1)
上記実施形態に係る飛翔体生成装置を用いて、飛翔体の生成を行った。透明基板としてガラス基板を用い、光吸収膜として金薄膜(厚み200nm)を用い、ドナー層として、低粘度(0.1Pa・s)の液膜を用いた。光吸収膜に照射する光渦レーザーの波長を0.532μMとした。照射したレーザーパルスは単一パルスである。
【0053】
(実施例2)
ドナー層として金薄膜を用い、他の構成については実施例1と同様として、飛翔体の生成を行った。
【0054】
(実施例3)
ドナー層として液体シリコンを用い、他の構成については実施例1と同様として、飛翔体の生成を行った。
【0055】
図4(a)~(c)は、それぞれ、実施例1~3においてドナー層Dから生成された飛翔体Fの画像である。これらの画像から、ドナー材料の粘性によらず、またドナー材料が液体、固体のいずれであっても、一方向に飛翔する飛翔体Fによって、スピンジェットが形成されていることが分かる。
【0056】
(比較例1)
光渦レーザー照射装置を、直線状のレーザーの照射装置に置き換え、他の構成については実施例1と同様として、飛翔体の生成を行った。この場合には、生成された飛翔体は複数方向に拡散し、実施例1~3のようなスピンジェットが形成されていない。
【0057】
(比較例2)
透明基板にドナー層を形成してなる従来の飛翔体生成装置を用いて、飛翔体の生成を行った。透明基板としてガラス基板を用い、ドナー層として、低粘度(0.1Pa・s程度)の液膜を用いた。この場合にも、生成された飛翔体は複数方向に拡散し、実施例1~3のようなスピンジェットが形成されていない。
【0058】
(実施例4)
ドナー層として紫外線硬化樹脂を用い、他の構成については実施例1と同様として、飛翔体の生成を行った。
図5は、実施例4においてドナー層から生成された飛翔体Fの画像である。この画像から、飛翔体Fが曲線状の軌跡Pを描いて飛翔し、飛翔中に固化していることが分かる。その結果として、この飛翔体Fの軌跡Pに沿って延在する、ファイバー状の構造物が形成されている。
【0059】
(実施例5)
位相特異点(光渦の暗点部)を中央より一方向にわずかに移動させた状態、および他の方向に移動させた状態で、光渦レーザーを照射し、複数の飛翔体を連続的に飛翔させた。
図6は、飛翔している複数の飛翔体Fの各時刻(5μs、6.5μs、8.5μs、12.5μs、16.5μs、20.5μs、30.5μs、50.5μs)における画像を並べたものである。飛翔方向は、時間経過とともに、時刻が6.5μs~8.5μsの範囲では、一方の側(ここでは右側)に傾いており、時刻が12.5μs~50.5μsの範囲では、その反対側(ここでは左側)に傾いている。これらの傾きは、位相特異点を移動させることによって飛翔体Fの回転軸が変化し、飛翔体Fが、特定の方向に偏向(カーブ)しながら飛翔するためであると考えられる。また、8.5μsと12.5μsの間に傾く方向が変化していることから、光渦レーザーの位相特異点の移動方向は、8.5μsと12.5μsの間に変化したと考えられる。
【0060】
(実施例6)
位相特異点を中心(破線)から移動させた状態で、光渦レーザーを照射し、複数の飛翔体を連続的に飛翔させた。
図7は、位相特異点の中心からの移動距離(Phase singularity shift)を0、0.08、0.13、0.16、0.18、0.21としたときに、得られる飛翔体Fの画像を並べたものである。
図8は、位相特異点の移動距離[radian]と飛翔方向の傾き度合い(飛翔角度)[degree]との関係を示すグラフである。
図7、8から、飛翔体Fの飛翔角度は、位相特異点の位置ずれ量に比例することが分かる。
【符号の説明】
【0061】
100・・・飛翔体生成装置
101・・・透明基板
101a・・・透明基板の一方の主面
101b・・・透明基板の他方の主面
102・・・光吸収膜
103・・・ドナー層
103A・・・飛翔体
104・・・光渦レーザー照射装置
105・・・レーザー光源
106・・・第一ビーム径変更部材
107・・・第一ビーム波長変更部材
108・・・光渦変換部材
109・・・第二ビーム波長変更部材
110・・・第二ビーム径変更部材
111・・・支持部材
111a・・・支持部材の被成形面
112・・・成形体
D1・・・光渦レーザーの照射方向
D2・・・飛翔体の飛翔方向
D3・・・光渦レーザーの照射方向と垂直な方向
F・・・飛翔体
L・・・レーザー
L1・・・直線状レーザー
L2・・・光渦レーザー
P・・・軌跡
R・・・飛翔体の飛翔距離