(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】位相符号化パターン生成方法、および位相符号化パターンを用いる光分布生成装置
(51)【国際特許分類】
G03H 1/08 20060101AFI20240704BHJP
G02F 1/01 20060101ALI20240704BHJP
【FI】
G03H1/08
G02F1/01 B
(21)【出願番号】P 2020138966
(22)【出願日】2020-08-19
【審査請求日】2023-07-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】100097984
【氏名又は名称】川野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100125265
【氏名又は名称】貝塚 亮平
(72)【発明者】
【氏名】信川 輝吉
(72)【発明者】
【氏名】片野 祐太郎
(72)【発明者】
【氏名】室井 哲彦
(72)【発明者】
【氏名】木下 延博
(72)【発明者】
【氏名】石井 紀彦
【審査官】吉川 陽吾
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-094919(JP,A)
【文献】米国特許第06248487(US,B1)
【文献】特開2003-263094(JP,A)
【文献】特表2019-536084(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0295449(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第110036437(CN,A)
【文献】特開平05-232852(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第113467211(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G03H 1/08
G02F 1/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生成したい所望の複素振幅分布の位相分布φ(x,y)と、
生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)と、
離散的かつ階段状に変化する位相キャリアφ
c(x,y)と、
を加減算し、
この加減算した結果に、前記生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)を乗算する、演算処理を行って、
位相符号化パターンを生成することを特徴とする位相符号化パターン生成方法。
【請求項2】
前記演算処理が、下式(1)に基づいて行われることを特徴とする請求項1に記載の位相符号化パターン生成方法。
【数1】
【請求項3】
前記離散的かつ階段状に変化する位相キャリアφ
c(x,y)の基本空間周波数の大きさに応じ、前記位相符号化パターンに対して、前記生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)の関数である位相分布P(θ)を加算する、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の位相符号化パターン生成方法。
【請求項4】
前記生成したい所望の複素振幅分布の位相分布φ(x,y)と、当該複素振幅分布の位相分布φ(x,y)に対応する前記位相符号化パターンを用いて実際に生成された複素振幅分布の位相分布a(x,y)との位相ずれに基づいて、ルックアップテーブルを作成し、
請求項1~3のうちいずれか1項に記載の位相符号化パターン生成方法により得られた位相符号化パターンに対し、前記ルックアップテーブルを用いて前記位相ずれを補正し得る位相符号化パターンを生成する、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の位相符号化パターン生成方法。
【請求項5】
生成したい所望の複素振幅分布の位相分布φ(x,y)と、
生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)と、
離散的かつ階段状に変化する位相キャリアφc(x,y)と、を加減算し、
この加減算した結果に、前記生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)を乗算する、演算処理を行って、位相符号化パターンを生成する位相符号化パターン生成手段を有し、
該位相符号化パターン生成手段により生成された前記位相符号化パターンに係る信号が入力される位相変調素子を有し、該位相変調素子を用いて入射光に対して所望の振幅・位相分布を付与する処理を施すように構成されてなることを特徴とする位相符号化パターンを用いる光分布生成装置。
【請求項6】
前記位相変調素子が、位相変調型の空間光変調器であることを特徴とする請求項
5に記載の位相符号化パターンを用いる光分布生成装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の振幅分布と位相分布を制御する技術に関し、詳しくは、計算機合成ホログラム、位相ホログラム、立体ディスプレイ、AR/VRディスプレイ、顕微鏡、光通信、レーザー加工等に用いられる、位相符号化パターン生成方法、および位相符号化パターンを用いる光分布生成装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光の振幅分布と位相分布の両者(以下、両者をあわせて複素振幅分布と称する)を自在に制御し、所望の光分布を時間的・空間的に生成・制御する技術が、光データストレージ、立体ディスプレイ、AR/VRディスプレイ、顕微鏡、光通信、レーザー加工等の種々の分野で求められているが、これまで、複素振幅分布を時間的かつ空間的に制御可能なデバイスは形成されていない。
そこで、画素構造を有するLCDやDMD等の空間光変調器からなる、振幅分布変調デバイスと位相分布変調デバイスを、レンズやビームスプリッター等で構成される光学系でリレーし、2種のデバイスを光学的に組み合わせて装置を構成する手法がしばしば用いられる。
しかしながら、この手法では、2種の空間光変調器をそれぞれの画素サイズよりも十分に小さい精度で正確に配置する必要があり、この装置を構築するためには極めて高い精度のアライメント調整技術が必要となる。さらに、組合せ後の装置が大型化することもあって、2種のデバイスを組み合わせて装置を構築する手法は、実用的とはいえない。
【0003】
これに対して、ホログラフィや回折理論に基づく計算技術を適用し、空間光変調器を1つだけ用いて複素振幅分布を制御し、所望の光分布を生成する手法が、上述のアプリケーションにおいてよく用いられている。
最もよく知られているこの種の手法が、計算機ホログラム(または、計算機合成ホログラム)を用いて得た干渉縞を、1つの振幅分布変調型の空間光変調器に表示する手法である(例えば、下記特許文献1、下記非特許文献1を参照)。
所望の光分布と、平面波である参照光との干渉縞を計算機内で生成し、これを表示した空間光変調器に平面波を入射させることで、実質的に複素振幅分布を制御でき、所望の光分布を生成可能である。しかし、本手法では、振幅変調型の空間光変調器を用いているため、光の利用効率が極めて低いという課題がある。
【0004】
一方、光利用効率を改善するために、位相変調型の空間光変調器を用いる手法が提案されている。フェーザ図からも明らかなように、任意の複素振幅値は振幅が同じで位相が互いに異なる2つ以上の光の和で表される。このことを利用した二重位相ホログラム(Double-phase hologram)の技術(例えば、下記非特許文献2を参照)では、位相変調型の空間光変調器の隣接する画素間に適切な位相差が生じるようにし、位相変調型の空間光変調器に入力する位相パターンを作成し、これを用いることで、一つの位相変調型の空間光変調器で光の複素振幅分布を制御することができるようにしている。
【0005】
この手法では、生成した光が、空間光変調器の不完全性に起因する不要な0次光と、重なってしまい、その出力光の品質が低下するという問題があるが、この不要な0次光は、線形位相による位相符号化技術(例えば、非特許文献3を参照)を用いて除去することが可能である。不要な0次光は光軸上に発生するものであるため、線形位相を用いて位相パターンを生成することにより、生成したい光を線形位相の周期に対応した方向に伝搬させることで、生成したい光を不要な0次光と分離することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Y. Takaki and Y. Tanemoto, “Band-limited zone plates for single-sideband holography,” Appl. Opt., vol. 48, pp. H64-H70 (2009).
【文献】V. Arrizon, “Improved double-phase computer-generated holograms implemented with phase-modulation devices,” Opt. Lett., vol. 27, pp. 595-597 (2002).
【文献】J. A. Davis, D. M. Cottrell, J. Campos, M. J. Yzuel, and I. Moreno, “Encoding amplitude information onto phase-only filters,” Appl. Opt., vol. 38, pp. 5004-5013 (1999).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した非特許文献3の技術では、線形位相がなめらかで、連続的に変化する分布であることを前提として、位相パターンを設計している。
しかしながら、この線形位相を用いた位相パターンを空間光変調器や回折光学素子で実現する際には、必ず線形位相が離散化されてしまい、設計の前提条件が成り立たなくなるため、位相パターンから生成される光波の複素振幅分布が、目的の複素振幅分布からずれ、所望の光波が得られないという問題がある。また、目的の複素振幅分布が急激に変化するのにしたがって(空間周波数が高くなるのにしたがって)ずれ量が顕著になる。
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、装置の小型化および光利用効率の向上を図ることができるとともに、生成した光が、空間光変調器の不完全性に起因する不要な0次光と重なるのを回避することができ、かつ空間的な変化が大きい複素振幅分布であっても目的の複素振幅分布に対するずれ量を大幅に低減することができる位相符号化パターン生成方法、および位相符号化パターンを用いる光分布生成装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の位相符号化パターン生成方法は、
生成したい所望の複素振幅分布の位相分布φ(x,y)と、
生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)と、
離散的かつ階段状に変化する位相キャリアφ
c(x,y)と、
を加減算し、
この加減算した結果に、前記生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)を乗算する、演算処理を行って、
位相符号化パターンを生成することを特徴とするものである。
また、前記演算処理は、下式(1)に基づいて行われることが好ましい。
【数1】
【0010】
また、上記位相符号化パターン生成方法において、前記離散的かつ階段状に変化する位相キャリアφc(x,y)の基本空間周波数の大きさに応じ、前記位相符号化パターンに対して、前記生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)の関数である位相分布P(θ)を加算する、ことが可能である。
【0011】
さらに、いずれかの上記位相符号化パターン生成方法において、生成したい所望の複素振幅分布の位相分布φ(x,y)と、当該複素振幅分布の位相分布φ(x,y)に対応する前記位相符号化パターンを用いて実際に生成された複素振幅分布の位相分布との位相ずれに基づいて、ルックアップテーブルを作成し、
いずれかの上記位相符号化パターン生成方法により得られた位相符号化パターンに対し、前記ルックアップテーブルを用いて前記位相ずれを補正し得る位相符号化パターンを生成する、ことが可能である。
【0013】
さらに、本発明の位相符号化パターンを用いる光分布生成装置は、
生成したい所望の複素振幅分布の位相分布φ(x,y)と、
生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)と、
離散的かつ階段状に変化する位相キャリアφc(x,y)と、を加減算し、
この加減算した結果に、前記生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)を乗算する、演算処理を行って、位相符号化パターンを生成する位相符号化パターン生成手段を有し、
該位相符号化パターン生成手段により生成された前記位相符号化パターンに係る信号が入力される位相変調素子を有し、該位相変調素子を用いて入射光に対して所望の振幅・位相分布を付与する処理を施すように構成されてなることを特徴とするものである。
ここで、「位相符号化パターンに係る信号」とは、一般には、所定の記憶手段に記憶され、所定のタイミングで、記憶手段から出力された信号である。
また、上記位相符号化パターンを用いる光分布生成装置において、前記位相変調素子が、位相変調型の空間光変調器とすることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の、位相符号化パターン生成方法、および位相符号化パターンを用いる光分布生成装置においては、符号化パターンを生成する演算過程で、特に、離散的かつ階段状に変化する位相キャリアを用いていることにポイントがある。すなわち、離散的かつ階段状の位相キャリアを用いて位相符号化パターンを生成しているため、空間的な変化が激しい(空間周波数分布が大きい)複素振幅分布であっても、目的の複素振幅分布に高精度に一致した光波を生成することができる。
【0015】
また、1つの位相変調素子を用い、位相変調素子に入力する位相符号化パターンを所定の演算手法により得た信号とすることにより、任意の複素振幅分布を有する光分布を生成可能である。したがって、位相変調素子を1つだけ用いることにより、光学系をコンパクトかつ容易に構築することができ、装置の小型化および低コスト化を図ることができる。
【0016】
また、位相変調型の素子を用いているため、光利用効率の向上を図ることができる。
【0017】
このように、本発明の、位相符号化パターン生成方法、および位相符号化パターンを用いる光分布生成装置によれば、装置の小型化および光利用効率の向上を図ることができるとともに、生成した光が、空間光変調器の不完全性に起因する不要な0次光と重なるのを回避することができ、かつ空間的な変化が大きい複素振幅分布であっても目的の複素振幅に対するずれ量を大幅に低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る位相符号化パターン生成方法
、およ
び位相符号化パターンを用いる光分布生成装置を説明する概念図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る光分布生成装置の光学系を示す概念図((a)~(c))である。
【
図3】本発明の実施形態に係る位相符号化パターン生成方法において、生成したい所望の複素振幅分布の例((a)~(c))を示すグラフである。
【
図4A】位相キャリアのM(段数)の値が、生成される複素振幅分布に与える影響を示すグラフ((a)~(d)は、位相キャリアの段数Mが、各々、4、8、16、32の場合の距離と位相値の関係を示し、(e)~(h)は、位相キャリアの段数Mが(a)~(d)の各々に設定された場合において、
図3(a)の複素振幅分布を生成した場合の複素振幅値を示すもの)である。
【
図4B】位相キャリアのM(段数)の値が、生成される複素振幅分布に与える影響を示すグラフ((i)~(l)は、位相キャリアの段数Mが(a)~(d)の各々に設定された場合において、
図3(b)の複素振幅分布を生成した場合の複素振幅値を示すものであり、(m)~(p)は、位相キャリアの段数Mが(a)~(d)の各々に設定された場合において、
図3(c)の複素振幅分布を生成した場合の複素振幅値を示すもの)である。
【
図5】本発明の実施例に係る所望の複素振幅分布を有する光分布を生成するための光分布生成装置の光学系を示す概念図である。
【
図6】
図4A(a)に示す、M=4の位相キャリアを用いたものであって、(a)~(e)は、
図3(a)の複素振幅値を式(8)、式(9)で表される位相符号化パターンを用いて生成される複素振幅値((a)はα=0とした場合、(b)はα=1とした場合、(c)はα=2とした場合、(d)はα=4とした場合、(e)はα=30とした場合)を示すものであり、(f)~(j)は、
図3(c)の複素振幅値を式(8)、式(9)で表される位相符号化パターンを用いて生成される複素振幅値((f)はα=0とした場合、(g)はα=1とした場合、(h)はα=2とした場合、(i)はα=4とした場合、(j)はα=30とした場合)を示すものである。
【
図7】本発明の実施例に係るホログラムメモリーの態様において用いられる複素振幅値の多値信号のコンスタレーションマップ(a)とランダムに生成したページデータ(b)を示すものである。
【
図8】
図7(b)のページデータを生成するための位相符号化パターン(a)と、その位相符号化パターンから生成されたページデータの複素振幅分布(b)と、そのコンスタレーションマップ(c)を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態に係る、位相符号化パターン生成方法について説明する。
まず、本実施形態に係る、位相符号化パターン生成方法の概念について
図1を用いて説明する。
図1に示す、生成したい複素振幅分布4は、下述する式(A)で定義することができる(詳しくは後述する)。
【数2】
【0020】
この複素振幅分布4に対して、以下に説明する演算を適用して、位相符号化パターン5を作成し、位相符号化パターン5に係る信号を位相変調素子2に入力する。
位相変調素子2では、入射する光を、位相符号化パターン5に係る信号に基づいて変調し、位相変調素子2から出力された変調光の1次回折光(±1次回折光のいずれか)を検出し、生成したい複素振幅分布4を得る。
【0021】
このような手法において、上述した、複素振幅分布4に対して、下述する演算を適用して、位相符号化パターン5を生成する手法が、本実施形態に係る、位相符号化パターン生成方法に相当する。
そして、本実施形態に係る、位相符号化パターン生成方法においては、上記位相符号化パターン5を生成する際に、位相キャリアφcとして、離散的かつ階段状に変化する位相分布を1つの要素としている点に特徴を有しており、この特徴により、正確で、より解像度が高い、任意の複素振幅分布を有する光波を生成することが可能である(詳しくは後述する)。
【0022】
また、本発明の実施形態に係る光分布生成装置では、1つの位相変調素子2を備えた光学系を用い、この位相変調素子2を用いて入射光に位相符号化パターン5を重畳させ、位相符号化パターン5を担持した射出光の1次光を検出するように構成されてなる。
このように構成されたことにより、従来よりも、信号光を不用な0次光と容易に分離でき、コンパクトで装置の構築が容易、さらには光利用効率に優れ、かつ空間的な変化が大きい複素振幅分布であっても目的の複素振幅分布に対するずれ量を大幅に低減させることが可能な光分布生成装置を実現することができる。
【0023】
以下、実施形態に係る位相符号化パターン生成方法および光分布生成装置について、数式を用いながら説明する。
<位相符号化パターン生成方法>
(第1の態様(請求項1の構成に対応))
まず、生成したい所望の複素振幅分布は上式(A)で定義される。
【0024】
ここで、第1の態様においては、位相変調素子2に入力する位相符号化パターンψ(x,y)は下式(1)により与えられるものとしている。
【数3】
【0025】
ここで、
上式(1)中のφ(x,y)は、生成したい所望の複素振幅分布の位相分布である。
また、上式(1)中のθ(x,y)は、生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布であり、下式(2)により表される。
【数4】
【0026】
さらに、上式(1)中のφ
c(x,y)は、離散的かつ階段状に変化する位相分布を有する位相キャリアであり、下式(3)により表される(具体的な分布は、例えば、後述する
図4A(a)~(d)に示すような分布とされる)。
【数5】
【0027】
また、上式(3)中のMは階段状の段の数を示すものである。生成可能な複素振幅分布の空間帯域幅積に寄与し、空間帯域幅積が大きい(空間的な複素振幅値の変化が大きい)光分布を生成する場合には、Mを小さく設定し、逆に、空間帯域幅積が小さい(空間的な複素振幅値の変化が小さい)光分布を生成する場合には、Mを大きく設定する。
一方、上式(3)中のNは階段状の位相変化の繰返し数を示すものである。
なお、上式(3)では、x方向とy方向のそれぞれに位相変化を与えているが、位相変化をx方向のみ、あるいはy方向のみとすることが可能である。また、r=√(x2+y2)として、r方向に対して位相変化を与えることも可能である。
【0028】
したがって、位相符号化パターンを生成する、上式(1)は、生成したい所望の複素振幅分布の位相分布φ(x,y)と、生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)と、離散的かつ階段状に変化する位相キャリアφc(x,y)、の3つの要素を加減算し、その加減算した結果に、生成したい所望の複素振幅分布の振幅分布により決定づけられる位相分布θ(x,y)を乗算するものである。
【0029】
また、上式(1)の位相符号化パターンから回折される光の一次光成分u
1(x,y)は、定数項を無視し、全体の回折強度で規格化すると、下式(4)により表される。
【数6】
【0030】
ここで、上式(4)のMが十分に大きい場合(φ
c(x,y)の基本空間周波数が低いとき)、上式(4)のp≠1の成分は十分に小さくなり、光波の伝搬方向を決定づける位相の定数項を無視すると、上式(4)は下式(5)のように書き換えることができ、上式(1)に基づく位相変調のみで、目的の複素振幅分布(上式(A))を有する光分布を生成することができる。
【数7】
【0031】
(第2の態様(請求項3の構成に対応))
Mが小さい場合(φ
c(x,y)の基本空間周波数が高いとき)には、上式(4)のp≠1の成分の影響が無視できなくなり、その複素振幅分布は、形式的に、下式(6)のように表すことができる。
【数8】
【0032】
また、光学系のひずみや光学素子の非線形性が生じる場合(特に、位相符号化パターンを実現する位相変調型の空間光変調器の応答が非線形となる場合)がある。応用技術によっては、E(M,θ,φ)のずれ、光学系のひずみ、光学素子の非線形量は許容されるものもあるが、これらの影響が許容できない場合、これらの影響を軽減するために、上式(6)の関係性をもとに、ルックアップテーブルを作成し、このルックアップテーブルに基づいてE(M,θ,φ)を補正する。
以下に、ルックアップテーブルの作成手法の一例を簡単に説明する。
【0033】
まず上式(6)のa(x,y)およびφ(x,y)をそれぞれ、a
input(x,y)およびφ
input(x,y)とし、a
input(x,y)を0~1の区間で、またφ
input (x,y)を0~2πの区間で、逐一変化させて、上式(4)に基づき、その複素振幅値u
E(x,y)の値を確認し、あるいは、実験により、a
input(x,y)、φ
input (x,y)を逐一変化させた、位相符号化パターンを位相変調型の空間光変調器に入力し、実際に生成される光の複素振幅値u
E(x,y)の値を確認する(これにより実験時の空間光変調器の歪、誤差、非線形性も低減することを可能とする)ことで、入力(a
input(x,y)とφ
input(x,y))と、出力(下式(7)で表される)の関係性を事前に取得し、ルックアップテーブルu
LUT(a
input,φ
input)を作成しておく。
【数9】
【0034】
このようにルックアップテーブルを作成した後、生成したい複素振幅分布を上式(A)により表されたa(x,y)exp{√(-1)φ(x,y)}とし、上式(1)の位相符号化パターンを作成する際に用いるa(x,y)とφ(x,y)のそれぞれを、下式(8)を用いて、a´(x,y)とφ´(x,y)に置き換える。
【数10】
【0035】
(第3の態様(請求項2の構成に対応))
また、Mが小さい場合(φc(x,y)の基本空間周波数が高いとき)は、生成可能な複素振幅値が制限されてしまう。応用上、この制限が問題となり、生成可能な複素振幅値の自由度を拡げたい場合には、下式(9)に基づいて、位相符号化パターンψ(x,y)を生成する。
【0036】
【数11】
P(θ)はθ(x,y)の任意の関数であり、例えば、下式(10)のように設定する。
【数12】
【0037】
なお、α=0としたときには上式(9)は上式(1)と同じ式となる。
また、上式(9)に基づき、上記第2の手法と同様の手順で、ルックアップテーブルを作成し、それを参照して位相符号化パターンを作成する。なお、P(θ)としては、θ(x,y)の関数となっていればよく、上式(10)のものに限定されるものではない。
【0038】
以下、実施形態に係る光分布生成装置の光学系の概念について図面を用いて説明する。
<光分布生成装置>
図2(a)、(b)は、LCOSやDMDからなる反射型の位相変調型空間光変調器(位相変調素子)102a、bを用いた場合の構成であり、
図2(c)は、透過型LCD等からなる透過型の位相変調型空間光変調器(位相変調素子)102cを用いた場合の構成である。
【0039】
いずれの光分布生成装置においても、入射光101a、b、cを、位相符号化パターンを表示した位相変調型空間光変調器102a、b、cに入射せしめ、位相変調型空間光変調器102a、b、cから射出された光を、レンズ108a、b、c、さらには開口109a、b、cに導いて、目的とする光分布110a、b、cを取得するように構成されている。
ただし、
図2(a)の光学系においては、位相変調型空間光変調器102aへの入射光と、位相変調型空間光変調器102aからの射出光を分離するために、光路上にビームスプリッター(偏光ビームスプリッターが、より好ましい)106aが設けられている。
【0040】
位相変調型空間光変調器102a、b、cに、生成したい複素振幅分布から作成した位相符号化パターンが表示されると、この位相変調型空間光変調器102a、b、cに照射された平面波からなる入射光の位相分布のみ(振幅分布は変調されない)を変調する。その位相変調された光を、レンズ108a、b、cを用いてフーリエ変換した後、あるいは、レンズを用いることなく長距離伝搬させた後、開口109a、b、cに照射し、一次回折光成分(±1次回折光成分のいずれか)以外を遮断する。その開口を通過した光波が、目的の光分布110a、b、cに相当することになる。
【0041】
レンズ108a、b、cは、位相変調型空間光変調器102a、b、cにより変調した光波をフーリエ変換し、フーリエ変換面(空間周波数面:レンズの後側焦点距離の位置に対応)において、所望の光波(+1次回折光と-1次回折光の一方)と不要な光波(0次光、+1次回折光と-1次回折光の他方、2次以上の回折光)を分離する。また、開口109a、b、cは、このフーリエ変換面に設置されており、不要な光波を遮り、所望の光波だけを通過させる。
なお、アプリケーションに応じて、この開口109a、b、cを通過した直後の光を、再度、レンズを用いてフーリエ変換(フーリエ逆変換)するようにしてもよい(
図5を参照)。
【実施例】
【0042】
以下、具体的な実施例について図面を用いて説明する。
まず、実施形態に係る位相符号化パターンを用いて光分布を生成する過程を示すとともに、離散的かつ階段状に変化する位相分布を有する位相キャリアφcの段数Mの大きさに応じて、その位相キャリアφcに係る位相符号化パターンから生成される光分布の位相値に生じる、ずれの大きさについて示す。
【0043】
例えば、生成したい光分布を構成する複素振幅値が、
図3(a)(横軸を実軸、縦軸を虚軸とする。これら横軸と縦軸に関しては、
図3(b)、(c)、
図4A(e)~(h)、
図4B(i)~(p)、
図6(a)~(j)、
図7(a)、
図8(c)において同じ)に示す16通り(実軸が0の場合を含むと17通り)の複素振幅値(振幅値が0~1まで16刻みで変化し、位相値が一定とする)とする。
【0044】
この振幅値に対し、
図4A(a)のM=4、
図4A(b)のM=8、
図4A(c)のM=16、
図4A(d)のM=32のそれぞれを用い、上式(1)に基づいて位相符号化パターンを作成し、それらの位相符号化パターンから、
図5に示す光学系を用いて、光分布を生成すると、
図4A(e)~(h)に示す複素振幅値がそれぞれ得られる。
【0045】
なお、
図5に示す光学系は、前述した
図2(a)に示すタイプのものであって、反射型の位相変調型空間光変調器202の他、位相変調型空間光変調器202への入射光/射出光を分離するビームスプリッター206、フーリエ変換するレンズ1、2(208a、b)、および1次回折光を通過させ、それ以外の光を遮光する開口209を備えている。なお、
図5中には、目的の光分布を取得する部位(この部位に撮像素子を配置してもよい)210が示されている。
なお、後段のレンズ2(208b)は、フーリエ変換され、開口209を通過した光波を元に戻す(逆フーリエ変換する)ために用いられる。この場合、後段のレンズ2(208b)は、開口209から、そのレンズ2(208b)の焦点距離だけ離れた位置に配置される。
【0046】
この光学系においては、例えば、入射光201として波長633nmの光を用い、位相変調型空間光変調器202として画素数1280×1024で、画素ピッチ12.5μmのものを用い、レンズ1、2(208a、b)として焦点距離250mmのものを用いる。
【0047】
図4A(e)~(h)に示されているように、生成された光の振幅値については変化が生じていないが、上記段数Mを小さくするほど、光の位相値にずれが生じていることが明らかである。この位相のずれが上式(6)のE(M,θ,φ)に相当する。E(M,θ,φ)のずれが問題となる場合には、上式(6)、(7)に基づいて作成したルックアップテーブルを参照し、位相符号化パターンを作成することが肝要である。
【0048】
次に、上記段数Mの大きさに応じて、位相符号化パターンから生成される光分布の複素振幅値に生じる制限について説明する。
生成したい光分布が、
図3(b)に示す16×16の256通りの複素振幅値(振幅値が0~1まで16刻みで変化し、位相値が0~2πまで16刻みで変化する)とする。
【0049】
この振幅値に対し、
図4A(a)のM=4、
図4A(b)のM=8、
図4A(c)のM=16、
図4A(d)のM=32のそれぞれを用いて、上式(1)に基づいて位相符号化パターンを作成し、それらの位相符号化パターンを、
図5に示す光学系を用いて、光分布を生成すると、
図4B(i)~(l)に示す複素振幅値がそれぞれ得られる。
図4B(i)~(l)から、生成可能な複素振幅値に偏りが生じていることが明らかである。
【0050】
さらに、生成したい光分布が、
図3(c)に示す複素振幅値(振幅値が0~1まで256刻みで変化し、位相値が0~2πまで256刻みで変化する)とする。
この振幅値に対し、
図4A(a)のM=4、
図4A(b)のM=8、
図4A(c)のM=16、
図4A(d)のM=32のそれぞれを用いて、上式(1)に基づいて位相符号化パターンを作成し、それらの位相符号化パターンを、
図5に示す光学系を用いて、光分布を生成すると、
図4B(m)~(p)に示す複素振幅値がそれぞれ得られる。白色の領域は、生成できない複素振幅値を示している。
すなわち、段数Mの値が小さくなると、位相のずれに加えて、生成可能な複素振幅値の制限範囲が大きくなる。
【0051】
応用上、上述した制限範囲の大きさが問題となる場合には、上式(8)、(9)を利用し、上述したルックアップテーブルを作成して、位相符号化パターンを作成する。
この位相符号化パターンにより
図3(a)の複素振幅値を生成すると、
図6(a)~(e)に示すように、αの値の増加に応じて、位相のずれ量が大きくなる。
しかし、
図3(c)の複素振幅値を生成した結果である、
図6(f)~(j)においては、αの値の増加に応じて生成不可の領域が狭くなることが明らかである。これは、段数Mが小さく設定されていても、αの値を変更すれば、生成可能な複素振幅値を増加させることができることを意味する。
【0052】
上述した実施例の検証から、必要な複素振幅値に応じて、ユーザーがαを設定し、ルックアップテーブルを作成して位相符号化パターンを作成すれば、所望の複素振幅値を得ることができることが明らかである。
【0053】
最後に、ホログラムメモリーと称される、光データストレージ技術に本実施例の手法を適用する場合について説明する。
ホログラムメモリーでは、複素振幅値に、記録するディジタルデータを対応させ、それらを2次元的に配列したページデータとして、複素振幅分布を記録媒体に記録し、これを再生する。
【0054】
図7(a)は、16値の複素振幅信号のコンスタレーションマップを示している。
図7(a)の16通りの複素振幅値をランダムに符号化し、生成したページデータの複素振幅分布を
図7(b)に示す(左側の図が振幅分布、右側の図が位相分布)。このページデータは、16×16個のデータ数で構成されている。
【0055】
位相キャリアのMの大きさを4として、位相符号化パターンを生成する場合、
図4B(i)に示すように、複素振幅値に制限があると、正確に
図7(a)の複素振幅値を生成することができない。したがって、ページデータを正確に生成するために、上式(8)、(9)式を用いて、ルックアップテーブルを作成する。なお、αの値は30とした。
【0056】
作成した位相符号化パターンを
図8(a)に示す。この位相符号化パターンを
図5の位相変調型空間光変調器202に表示し、
図5に示す光分布生成装置を用いて生成した光分布を
図8(b)に示す(左側の図が振幅分布、右側の図が位相分布)。また、このページデータにおける16×16個のデータの複素振幅値をそれぞれ、コンスタレーションマップにプロットしたものを、
図8(c)に示す。これらの結果から、
図7に示す複素振幅データが良好な状態で生成されていることが明らかである。
【0057】
本発明の位相符号化パターン生成方法、および位相符号化パターンを用いる光分布生成装置としては、上述した実施形態のものに限られるものではなく、その他の種々の態様の変更が可能である。
例えば、上述した実施形態装置の光学系においても、各部材を適宜他の部材に変更することが可能である。
【0058】
また、上記実施形態においては、複素振幅分布が異なる光分布を、時間的に生成し得る、位相符号化パターンを担持するデバイスとして、位相変調型空間光変調器を記載しているが、時間的に異なる光分布を生成する必要がない場合には、回折光学素子やメタサーフェスなどの、他の位相変調素子を用いることが可能である。
【0059】
ところで、上記実施形態のように位相変調型空間光変調器を使用する場合、位相変調型空間光変調器は液晶ディスプレイと同じような動作で、入力信号のみを変更すれば所望の位相分布を光波に付与することができるので、位相変調素子として位相変調型空間光変調器を使用する場合、逐次的に所望の振幅・位相分布を有する光を生成することが可能である。位相変調型空間光変調器は、このような特徴を有することにより、例えばホログラムメモリーへの応用であれば振幅・位相多値のデータを記録する際に有用であり、ホログラフィックディスプレイへの応用であれば、高品質な動画表示が可能となる。
【0060】
一方、位相変調素子として回折光学素子を使用する場合は、一般的に、ガラスのような材料に凹凸構造を加工して、所望の位相変調を行うことになり、ガラスは基本的に光の透過率が極めて高いため、凹凸構造を形成させるだけでは振幅分布を変調することは難しい。しかし、本実施形態を適用することにより、光の位相変調を行うだけで、所望の振幅・位相分布を実現することができるので、従来の回折光学素子を用いた手法では困難であった光の振幅変調も可能となる。このような特徴を有しているので、例えば、レーザー加工の分野への応用であれば、被加工材料の対象への光照射パターンを高精度に制御できる。また、ホログラフィックディスプレイへの応用であれば、振幅・位相分布を変調することで、より高品質な静止画の映像を表示することができる。
【0061】
また、位相変調素子としてメタサーフェスを使用する場合は、一般的に光の波長オーダーの微細構造の加工を施した素子を用いることになるため、微細構造を工夫すれば、本実施形態を用いなくても光の振幅・位相を変調することは可能である。しかし、振幅・位相の両方を変調するためには、微細構造の生成技術として複雑で、極めて高精度なものが求められる。そこで、メタサーフェスに本実施形態の技術を適用し、所望の振幅・位相分布を得、素子(メタサーフェス)側で変調するのは光の位相だけとすることで、メタサーフェスの構造を簡略化でき、加工技術を容易なものとすることができる。
【符号の説明】
【0062】
1、101a、101b、101c、201 入射光
2、102a、102b、102c、202 位相変調素子(位相変調型空間光変調器)
3 一次回折光
4 生成したい複素振幅分布
5 位相符号化パターン
106a、206 ビームスプリッター
108a、108b、108c、208a、208b レンズ(レンズ1、2)
109a、109b、109c、209 開口
110a、110b、110c、210 目的の光分布