(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】炭化物被覆炭素材料
(51)【国際特許分類】
C23C 16/32 20060101AFI20240704BHJP
C01B 32/00 20170101ALI20240704BHJP
C01B 32/914 20170101ALI20240704BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20240704BHJP
【FI】
C23C16/32
C01B32/00
C01B32/914
C04B41/87 G
C04B41/87 S
(21)【出願番号】P 2022534958
(86)(22)【出願日】2021-06-07
(86)【国際出願番号】 JP2021021580
(87)【国際公開番号】W WO2022009580
(87)【国際公開日】2022-01-13
【審査請求日】2023-04-14
(31)【優先権主張番号】P 2020116853
(32)【優先日】2020-07-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100207756
【氏名又は名称】田口 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100135758
【氏名又は名称】伊藤 高志
(74)【代理人】
【識別番号】100154391
【氏名又は名称】鈴木 康義
(72)【発明者】
【氏名】平手 暁大
(72)【発明者】
【氏名】山村 和市
【審査官】浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-99453(JP,A)
【文献】特開2011-153378(JP,A)
【文献】特開2006-348388(JP,A)
【文献】特開平4-13874(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00
C01B 32/914
C23C 16/32
C04B 41/87
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を主成分とし、塩素を含む基材と、
前記基材の上に設けられた、炭化物を主成分とし、塩素を含む炭化物層とを備え、
前記基材が、前記炭化物層との界面近傍に、塩素濃度が前記炭化物層への方向に対して連続的に変化する基材緩衝領域を有し、
前記炭化物層が、前記基材との界面近傍に、塩素濃度が前記基材への方向に対して連続的に変化する炭化物層緩衝領域を有し、
前記基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域の塩素濃度の最大値が10000ppm以下であることを特徴とする炭化物被覆炭素材料。
【請求項2】
前記基材緩衝領域および前記炭化物層緩衝領域は、それぞれ、前記炭化物層から前記基材への方向に対して塩素濃度が連続的に増加する第1の緩衝領域、または前記炭化物層から前記基材への方向に対して塩素濃度が連続的に減少する第2の緩衝領域であることを特徴とする請求項1に記載の炭化物被覆炭素材料。
【請求項3】
前記基材緩衝領域および前記炭化物層緩衝領域の塩素濃度が前記基材および前記炭化物層の界面付近で極大となることを特徴とする請求項1または2に記載の炭化物被覆炭素材料。
【請求項4】
前記基材緩衝領域および前記炭化物層緩衝領域では、塩素濃度が、それぞれ10ppm以上5000ppm以下の範囲内で変化することを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の炭化物被覆炭素材料。
【請求項5】
前記基材緩衝領域および前記炭化物層緩衝領域の合計の厚さが200μm以下であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の炭化物被覆炭素材料。
【請求項6】
前記炭化物が炭化タンタルであることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の炭化物被覆炭素材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素を主成分とする基材の表面を炭化物層で被覆した炭化物被覆炭素材料に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化タンタル、炭化ニオブ、炭化ジルコニウム、炭化ハフニウム、炭化タングステンなどの炭化物は、融点が高く、化学的安定性、強度、靭性および耐食性に優れている。このため、炭化物で炭素基材をコーティングすることにより、炭素基材の耐熱性、化学的安定性、強度、靭性、耐食性などの特性を改善することができる。炭素基材表面に炭化物膜を被覆した炭化物被覆炭素材料、特に炭化タンタル被覆炭素材料は、Si(シリコン)、SiC(炭化ケイ素)、GaN(窒化ガリウム)などの半導体単結晶製造装置の部材や超硬工具の焼結に用いる焼結用座台として用いられている。炭化物は、例えば、揮発性金属塩化物および炭化水素を気相反応させることにより、基材をコーティングする(例えば、特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2019-99453号公報
【文献】特開2019-108611号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、炭素を主成分とする基材の表面を被覆する炭化物層は、基材の熱膨張率との違いなどから、炭化物被覆炭素材料の昇降温を重ねていくにつれて剥離してしまうという課題があった。そこで、本発明の目的は、炭化物層と炭素を主成分とする基材との界面において十分な密着強度を有する炭化物被覆炭素材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意検討の結果、炭化物層および基材の界面近傍に所定の濃度勾配で特定の濃度以下の塩素を含有させることにより、炭化物層および基材の間の密着強度を高めることができることを見出し、本発明を完成させた。本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1]炭素を主成分とし、塩素を含む基材と、基材の上に設けられた、炭化物を主成分とし、塩素を含む炭化物層とを備え、基材が、炭化物層との界面近傍に、塩素濃度が炭化物層への方向に対して連続的に変化する基材緩衝領域を有し、炭化物層が、基材との界面近傍に、塩素濃度が基材への方向に対して連続的に変化する炭化物層緩衝領域を有し、基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域の塩素濃度の最大値が10000ppm以下であることを特徴とする炭化物被覆炭素材料。
[2]基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域は、それぞれ、炭化物層から基材への方向に対して塩素濃度が連続的に増加する第1の緩衝領域、または炭化物層から基材への方向に対して塩素濃度が連続的に減少する第2の緩衝領域であることを特徴とする[1]に記載の炭化物被覆炭素材料。
[3]基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域の塩素濃度が基材および炭化物層の界面付近で極大となることを特徴とする[1]または[2]に記載の炭化物被覆炭素材料。
[4]基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域では、塩素濃度が、それぞれ10ppm以上5000ppm以下の範囲内で変化することを特徴とする[1]~[3]のいずれか1つに記載の炭化物被覆炭素材料。
[5]基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域の合計の厚さが200μm以下であることを特徴とする[1]~[4]のいずれか1つに記載の炭化物被覆炭素材料。
[6]炭化物が炭化タンタルであることを特徴とする[1]~[5]のいずれか1つに記載の炭化物被覆炭素材料。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、炭化物層と炭素を主成分とする基材との界面において十分な密着強度を有する炭化物被覆炭素材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本実施形態に係る炭化タンタル被覆炭素材料を例示する模式断面図である。
【
図2】本実施形態に係る外熱型減圧CVD装置の概略図である。
【
図3】本実施形態に係る炭化タンタル被覆炭素材料の製造方法を例示するフローチャートである。
【
図4】実施例1の炭化タンタル被覆炭素材料のGDMS分析の結果である。
【
図5】実施例2の炭化タンタル被覆炭素材料のGDMS分析の結果である。
【
図6】実施例3の炭化タンタル被覆炭素材料のGDMS分析の結果である。
【
図7】比較例1の炭化タンタル被覆炭素材料のGDMS分析の結果である。
【
図8】比較例2の炭化タンタル被覆炭素材料のGDMS分析の結果である。
【
図9】比較例3の炭化タンタル被覆炭素材料のGDMS分析の結果である。
【
図10】本実施形態に係る実施例1~5および比較例2の炭化タンタル被覆炭素材料中の塩素濃度勾配と密着強度との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、炭化物として炭化タンタルを例に挙げて、本発明の炭化物被覆炭素材料を説明する。
【0009】
[炭化タンタル被覆炭素材料について]
以下、
図1を参照して本発明の一実施形態の炭化タンタル被覆炭素材料を説明する。
本発明の一実施形態の炭化タンタル被覆炭素材料1は、炭素を主成分とし、塩素を含む基材10と、基材10の上に設けられた、炭化タンタルを主成分とし、塩素を含む炭化タンタル層20とを備える。基材1は、炭化タンタル層20との界面近傍に、塩素濃度が炭化タンタル層20への方向に対して連続的に変化する基材緩衝領域11を有する。また、炭化タンタル層20は、基材10との界面近傍に、塩素濃度が基材10への方向に対して連続的に変化する炭化タンタル層緩衝領域21を有する。なお、符号30は基材10および炭化タンタル層20の界面を示す。これにより、基材10と炭化タンタル層20との間の密着強度を高めることができる。なお、炭化タンタル層20は基材10の一部を被覆してもよいし、基材10の全部を被覆してもよい。また、本明細書において塩素濃度は質量基準である。
【0010】
次の説明は本発明を限定しないが、基材10および炭化タンタル層20の界面近傍に塩素を含有させることで基材10と炭化タンタル層20との間の密着強度を高めることができる理由の一つとして、次のようなことが考えられる。すなわち、基材10および炭化タンタル層20の界面付近の塩素濃度を変化させることで、基材10の界面付近の領域の熱膨張率および炭化タンタル層20の界面付近の熱膨張率が変化して、基材10および炭化タンタル層20の間の界面付近における熱膨張率差が小さくなったためと考えられる。すなわち、基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21が、基材10および炭化タンタル層20の間の熱膨張率差を緩和する緩衝層としての役割を果たしたためであると考えられる。また、塩素濃度は連続的に変化するので、熱膨張率を徐々に変化させることができる。これにより、塩素濃度の違いによる熱膨張率差によって生ずる応力を緩和することができる。
【0011】
基材10としては、例えば、等方性黒鉛、押出成形黒鉛、熱分解黒鉛、炭素繊維強化炭素複合材料(C/Cコンポジット)などの炭素材料の基材を用いることができる。基材10の形状や特性は特に限定されない。基材10は、用途などに応じた任意形状に加工して用いることができる。
【0012】
基材緩衝領域11では、塩素濃度が炭化タンタル層20への方向に対して連続的に変化し、炭化タンタル層20では、塩素濃度が基材10への方向に対して連続的に変化する。ここで、「連続的に変化する」とは、炭化タンタル層20から基材10への方向で、連続的に、深さ1μmに対して塩素濃度が1.0ppm以上変化することをいう。すなわち、本明細書において、「連続的に変化する」とは、塩素濃度が連続的に変化し、かつ、塩素濃度の濃度勾配が1.0ppm/μm以上、または-1.0ppm/μm以下であることをいう。したがって、塩素濃度が連続的に変化しても、塩素濃度の濃度勾配が-1.0ppm/μm超および1.0ppm/μm未満である場合は、「連続的に変化する」とはいわない。
【0013】
基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21は、それぞれ、炭化タンタル層20から基材10への方向に対して塩素濃度が連続的に増加する第1の緩衝領域、または炭化タンタル層20から基材10への方向に対して塩素濃度が連続的に減少する第2の緩衝領域であることが好ましい。これにより、基材10および炭化タンタル層20の熱膨張率を、それぞれ、徐々に大きくしたり小さくしたりすることができる。そして、基材10および炭化タンタル層20の間の熱膨張率の差をさらに小さくすることができる。
【0014】
炭化タンタル層20は全体において塩素を含有してもよい。この場合も炭化タンタル層20の密着強度を高くすることができる。この場合、炭化タンタル層20全体が炭化タンタル層緩衝領域であるといえる。しかし、塩素が炭化タンタル層の耐熱性、化学的安定性、強度、靭性、耐食性などの特性を劣化させるおそれがある。このような観点から、基材10および炭化タンタル層20の界面近傍においてのみ、基材10および/または炭化タンタル層20の塩素濃度が高いことが好ましい。このような観点から、基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21の合計の厚さは、好ましくは200μm以下であり、より好ましくは100μm以下であり、さらに好ましくは50μm以下である。また、基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21の厚さは、それぞれ、好ましくは100μm以下であり、より好ましくは50μm以下であり、さらに好ましくは30μm以下である。
【0015】
上述したように、塩素は基材10および炭化タンタル層20の間の密着強度を高めることができるが、炭化タンタル層20の特性を劣化させるおそれがある。このような観点から、基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21の塩素濃度が基材10および炭化タンタル層20の界面付近で極大となることが好ましい。
【0016】
基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21の塩素濃度の最大値は10000ppm以下である。基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21の塩素濃度の最大値が10000ppmよりも大きいと、基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21の塩素濃度が高くなりすぎてしまい、却って炭化タンタル層20の密着強度が低下する場合がある。このような観点から、基材緩衝層11および炭化タンタル層緩衝領域21の塩素濃度の最大値は、好ましくは8000ppm以下であり、より好ましくは6000ppm以下であり、さらに好ましくは5000ppm以下である。
【0017】
基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21では、塩素濃度が、それぞれ10ppm以上5000ppm以下の範囲内で変化することが好ましい。塩素濃度が10ppm以上であると、基材10および炭化タンタル層20の間の密着強度をさらに高めることができる。一方、塩素濃度が5000ppm以下であると、塩素濃度が高すぎてしまい、却って密着強度が低下することを抑制することができる。このような観点から、基材緩衝領域11および炭化タンタル層緩衝領域21では、塩素濃度が、それぞれ30ppm以上3500ppm以下の範囲内で変化することがより好ましい。
【0018】
炭化タンタル層緩衝領域21が炭化タンタル層20から基材10への方向に対して塩素濃度が連続的に増加する場合、基材10および炭化タンタル層20の界面近傍における炭化タンタル層緩衝領域21の塩素濃度の濃度勾配は1.5ppm/μm以上であることが好ましい。塩素濃度の濃度勾配が1.5ppm/μm以上であると、炭化タンタル層緩衝領域21が薄くても、基材10および炭化タンタル層20の界面付近における塩素濃度を、基材10および炭化タンタル層20の熱膨張率差を十分に小さくできる程度まで高くすることができる。このような観点から、塩素濃度の濃度勾配は10ppm/μm以上であることがより好ましく、50ppm/μm以上であることがさらに好ましく、100ppm/μm以上であることがよりさらに好ましく、200ppm/μm以上であることが特に好ましい。
【0019】
炭化タンタル層20は、炭化タンタルを主成分とし、塩素をさらに含むが、炭素、タンタルおよび塩素以外の原子を微少量含有していても構わない。具体的には、炭化タンタル層は、炭素、タンタルおよび塩素以外の不純物元素やドーピング元素を100ppm以下含有していてもよい。
【0020】
本発明の一実施形態の炭化タンタル被覆炭素材料は、基材の表面に炭化タンタル層を形成することによって、作製することができる。炭化タンタル層は、例えば、化学気相堆積(CVD)法、焼結法、炭化法などの方法により基材の表面に形成することができる。なかでも、CVD法は均一で緻密な膜を形成することができるため、炭化タンタル層の形成方法として好ましい。
【0021】
さらに、CVD法には、熱CVD法や、光CVD法、プラズマCVD法などがあり、炭化タンタル層の形成に、例えば熱CVD法を用いることができる。熱CVD法は、装置構成が比較的簡易で、プラズマによる損傷がないなどの利点がある。熱CVD法による炭化タンタル被覆膜の形成は、例えば、
図2に示すような外熱型減圧CVD装置51を用いて行うことができる。外熱型減圧CVD装置51では、ヒーター53、原料供給部56、排気部57などを備えた反応室52内で、炭素基材54は支持手段55によって支持される。
【0022】
本発明の一実施形態に係る炭化タンタル被覆炭素材料の製造方法を、
図2および
図3を参照して説明する。
先ず、炭素基材54を外熱型減圧CVD装置51の反応室52内に載置する(ステップS101)。炭素基材54は、先端が尖った形状の支持部を3つ有する支持手段55によって支持される。炭素基材54の表面粗さRaは1.0~10.0μmであることが好ましい。
【0023】
次に、反応室52の加熱を行う(ステップS102)。例えば、気圧10~100Paおよび温度1100℃の条件で反応室52を加熱する。
【0024】
次に、炭素基材54に基材緩衝領域の形成を行う(ステップS103)。炭素基材54の表面から塩素(Cl)を拡散させて、基材54の表面近傍に塩素(Cl)濃度が高い領域を形成する。具体的には、先のステップS102で加熱した炭素基材54を載置している反応室52へ原料供給部56から塩素ガス(または塩化水素ガス)とキャリアガスとしてのアルゴン(Ar)を供給する。なお、ステップS103においても温度1100℃で反応室52を加熱している。
【0025】
次に、炭素基材54の表面で炭化タンタル層を形成する(ステップS104)。原料ガスとして、原料供給部56から、炭素数が1~3である炭化水素などの炭素原子を含む化合物のガスと、五塩化タンタル(TaCl5)のようなハロゲン化タンタルガスとを反応室52へ供給する。炭素数が1~3の炭化水素には、例えば、メタン(CH4)、エタン(C2H6)、プロパン(C3H8)などのアルカン、エチレン(C2H4)、プロピレン(C3H6)などのアルケン、アセチレン(C2H2)、プロピン(C3H4)などのアルキンなどが挙げられる。これらの炭化水素の中で、メタン(CH4)、エタン(C2H6)、プロパン(C3H8)、エチレン(C2H4)、及びアセチレン(C2H2)が好ましく、メタン(CH4)、エタン(C2H6)、及びプロパン(C3H8)がより好ましい。ハロゲン化タンタルガスは、例えば、ハロゲン化タンタルを加熱気化させる方法、タンタル金属とハロゲンガスとを反応させる方法などにより発生させることができる。続いて、原料供給部56から供給される原料ガスを1550℃および1~100Paの高温減圧下で熱CVD反応させ、炭素基材54上に炭化タンタル層を形成する。このとき、ステップS103で導入した炭素基材54の基材緩衝領域に存在する塩素が拡散して、炭化タンタル層の炭素基材近傍の領域に炭化タンタル層緩衝領域が形成される。
【0026】
ステップS103を行った後に、ステップS104を行うことが好ましい。しかし、ステップS103とステップS104を同時に行うことも可能である。この場合、炭化タンタル層全体が塩素を含有することになり、炭化タンタル層全体が炭化タンタル層緩衝領域となる。また、炭化タンタル層から塩素が拡散して基材に基材緩衝領域が形成される。
【0027】
以上の本発明の一実施形態の炭化タンタル被覆炭素材料は、本発明の炭化物被覆炭素材料の一例であり、本発明の炭化物被覆炭素材料は炭化タンタル被覆炭素材料に限定されない。また、本発明の炭化物被覆炭素材料の炭化物は、炭化タンタルに限定されない。本発明の炭化物被覆炭素材料の炭化物には、例えば、炭化タンタル、炭化ニオブ、炭化ジルコニア、炭化ハフニウム、炭化タングステンなどが挙げられる。これらの炭化物は1種を単独で、2種以上を組み合わせて使用することができる。これらの炭化物の中で、融点が最も高く、化学的安定性、強度および耐食性も優れていることから、炭化タンタルが好ましい。
【実施例】
【0028】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
以下のようにして実施例1~5および比較例1~3の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
(実施例1)
先ず、
図2に示す外熱型減圧CVD装置51の反応室内に、炭素基材54を載置した(ステップS101)。炭素基材54として等方性黒鉛で作成した円板部材を用いた。炭素基材54は先端が尖った形状の支持部を3つ有する支持手段55によって支持された。炭素基材54の表面粗さRaは5.0μmであった。
【0030】
次に、気圧50Pa、温度1100℃の条件で反応室52を加熱した(ステップS102)。ステップS102で加熱した炭素基材54に原料供給部56から塩素ガスとキャリアガスとしてのアルゴン(Ar)とを反応室52へ供給した(ステップS103)。なお、マスフローコントローラーにより塩素ガスおよびアルゴンガスの流量を、それぞれ0.25SLM(Standard Litter/Minutes)および1.00SLMになるように制御した。ガス供給時間は30分間であった。また、ステップS103においても温度1100℃で反応室52を加熱している。
【0031】
次に、温度1550℃に反応室52を加熱した後、TaCl5ガス、CH4ガスおよびArガスを混合して、得られた混合ガスを反応室52へ供給し、炭素基材54の表面に炭化タンタル層を形成し(ステップS104)、実施例1の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。炭化タンタル層の成膜時間は3時間であった。なお、マスフローコントローラーによりTaCl5ガス、CH4ガスおよびキャリアガス(Ar)の流量を、それぞれ、0.125SLM、0.25SLMおよび1.00SLMになるように制御した。また、TaCl5ガス、CH4ガスおよびキャリアガス(Ar)のモル比は、1:2:8であった。炭化タンタル層の厚さは24μmであった。ステップS104では、炭素基材54から塩素が拡散して、炭化タンタル層に炭化タンタル層緩衝領域が形成された。
【0032】
(実施例2)
ステップS103における塩素ガスおよびアルゴンガスのガス供給時間を30分から15分に変更した以外は、実施例1と同様の方法で実施例2の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
【0033】
(実施例3)
ステップS102の加熱温度を1100℃から1550℃に変更し、ステップS103およびステップS104を同時に行い、ステップS103における塩素ガスおよびアルゴンガスのガス供給時間を30分から180分(3時間)に変更し、塩素ガスの流量を0.25SLMから0.01SLMに変更した以外は、実施例1と同様の方法で実施例3の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
【0034】
(実施例4)
ステップS104において反応室52へ供給する混合ガス中の炭素を含む化合物のガス(C系ガス)をCH4ガスからC2H6ガスに変更し、C系ガスの流量を0.25SLMから0.125SLMに変更した以外は、実施例1と同様の方法で実施例4の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
【0035】
(実施例5)
ステップS104において反応室52へ供給する混合ガス中のC系ガスをCH4ガスからC3H8ガスに変更し、C系ガスの流量を0.25SLMから0.083SLMに変更した以外は、実施例1と同様の方法で実施例5の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
【0036】
(比較例1)
ステップS103における塩素ガスおよびアルゴンガスのガス供給時間を30分から60分に変更した以外は、実施例1と同様の方法で比較例1の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
【0037】
(比較例2)
ステップS103を実施しなかった以外は、実施例1と同様の方法で比較例2の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
【0038】
(比較例3)
比較例3では、炭素基材に炭化タンタルのペーストを塗布し、2000℃の温度で3時間加熱して塗布した炭化タンタルを焼結させることで比較例3の炭化タンタル被覆炭素材料を作製した。
【0039】
実施例1~5および比較例1~3の炭化タンタル被覆炭素材料の作製条件を表1に示す。
【表1】
【0040】
以上のように作製した実施例1~5および比較例1~3の炭化タンタル被覆炭素材料ついて以下の評価を行った。
(1)炭化タンタル層の密着強度
薄膜密着強度測定機(フォトテクニカ株式会社製、商品名「ロミュラスIV」)を用いて炭化タンタル層の密着強度を測定した。
【0041】
(2)塩素の濃度および濃度勾配測定
グロー放電質量分析法(GDMS)により、炭化タンタル層表面から炭素基材への深さ方向の塩素濃度および塩素濃度の濃度勾配を測定した。
【0042】
実施例1~5および比較例1~3の炭化タンタル被覆炭素材料の評価結果を表2および
図4~
図10に示す。
【表2】
【0043】
(GDMS分析の説明)
実施例1の炭化タンタル被覆炭素材料(
図4)では、塩素の濃度が増加し始めた膜厚13μmから炭化タンタル層および炭素基材の界面(膜厚25μm)までが炭化タンタル層緩衝領域であり、炭化タンタル層および炭素基材の界面から塩素濃度の減少勾配がなくなる膜厚50μmまでが基材緩衝領域である。
実施例2の炭化タンタル被覆炭素材料(
図5)では、塩素の濃度が増加し始めた膜厚8μmから炭化タンタル層および炭素基材の界面(膜厚20μm)までが炭化タンタル層緩衝領域であり、炭化タンタル層および炭素基材の界面から塩素濃度の減少勾配がなくなる膜厚45μmまでが基材緩衝領域である。
実施例3の炭化タンタル被覆炭素材料(
図6)では、塩素の濃度が増加し始めた膜厚3μmから炭化タンタル層および炭素基材の界面(膜厚45μm)までが炭化タンタル層(炭化タンタル層緩衝領域)であり、炭化タンタル層および炭素基材の界面から塩素濃度の減少勾配がなくなる膜厚50μmまでが基材緩衝領域である。
実施例4及び5の炭化タンタル被覆炭素材料については、図によるGDMS分析の結果の説明を省略する。
比較例1の炭化タンタル被覆炭素材料(
図7)では、塩素の濃度が増加し始めた膜厚1μmから炭化タンタル層および炭素基材の界面(膜厚17μm)までが炭化タンタル層緩衝領域であり、炭化タンタル層および炭素基材の界面から塩素濃度の減少勾配がなくなるまで(膜厚22μm)が基材緩衝領域である。
比較例2の炭化タンタル被覆炭素材料(
図8)では、膜厚20μmまでが炭化タンタル層であり、そこから先は炭素基材である。
比較例3の炭化タンタル被覆炭素材料(
図9)では、膜厚10μmまでが炭化タンタル層であり、そこから先は炭素基材である。
【0044】
(評価結果について)
実施例1~5の炭化タンタル被覆炭素材料では、基材が、炭化タンタル層との界面近傍に、塩素濃度が炭化物層への方向に対して連続的に変化する基材緩衝領域を有し、炭化タンタル層が、基材との界面近傍に、塩素濃度が基材への方向に対して連続的に変化する炭化物層緩衝領域を有し、基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域の塩素濃度の最大値が10000ppm以下であったので、炭化タンタル層の密着強度が高かった。
実施例2の炭化タンタル被覆炭素材料および実施例3の炭化タンタル被覆炭素材料を比較すると、ステップS103の後にステップS104を行った方が好ましいが、スップS103とステップS104とを同時に行った場合でも、高い密着強度が得られることがわかった。
一方、比較例1の炭化タンタル被覆炭素材料では、基材緩衝領域および炭化物層緩衝領域の塩素濃度の最大値が10000ppmよりも大きかったので、炭化タンタル層の密着強度が低かった。
また、比較例2および3の炭化タンタル被覆炭素材料では、基材が、炭化タンタル層との界面近傍に、塩素濃度が炭化物層への方向に対して連続的に変化する基材緩衝領域を有しておらず、炭化タンタル層が、基材との界面近傍に、塩素濃度が基材への方向に対して連続的に変化する炭化物層緩衝領域を有していなかったため、炭化タンタル層の密着強度が低かった。なお、上述したように、本明細書では、「連続的に変化する」とは、塩素濃度が連続的に変化し、かつ、塩素濃度の濃度勾配が1ppm/μm以上、または-1ppm/μm以下であることをいう。
【符号の説明】
【0045】
1 炭化タンタル被覆炭素材料
10 基材
11 基材緩衝領域
20 炭化タンタル層
21 炭化タンタル層緩衝領域
30 基材および炭化タンタル層の界面
51 外熱型減圧CVD装置
52 反応室
53 ヒーター
54 炭素基材
55 支持手段
56 原料供給部
57 排気部