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特許7515021荷電粒子線装置及び磁界レンズの消磁方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-03
(45)【発行日】2024-07-11
(54)【発明の名称】荷電粒子線装置及び磁界レンズの消磁方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/141 20060101AFI20240704BHJP
   H01F 13/00 20060101ALI20240704BHJP
【FI】
H01J37/141 Z
H01J37/141 A
H01F13/00 620
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023529277
(86)(22)【出願日】2021-06-22
(86)【国際出願番号】 JP2021023618
(87)【国際公開番号】W WO2022269757
(87)【国際公開日】2022-12-29
【審査請求日】2023-10-23
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】林 真悟
(72)【発明者】
【氏名】数見 秀之
(72)【発明者】
【氏名】程 朝暉
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-187732(JP,A)
【文献】特開2013-065484(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/141
H01F 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁界レンズと、
前記磁界レンズに励磁電流を印加する磁界レンズ制御器と、
制御部と、を備え、
前記制御部は、前記磁界レンズを消磁するために、前記励磁電流として、nを振幅変動回数とするとき、電流値が交互に第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)となるように振動する交流減衰電流を印加し、
前記交流減衰電流は、第1極性から振動を開始し、
前記第1極性の電流の振幅をA、非対称係数をβ、前記第1極性の電流の減衰関数をα(n)、前記第2極性の電流の減衰関数をα(n)とするとき、
前記第1極性の電流I(n)=A・α(n)
前記第2極性の電流I(n)=-A・β・α(n)
と表され、
前記第1極性の電流の振幅Aは前記磁界レンズの飽和電流未満であり、α(1)=α(1) =1かつ0<β<1である荷電粒子線装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記交流減衰電流は、所定の時間間隔で交互に前記第1極性の電流I(n)と前記第2極性の電流I(n)となる電流値をとる荷電粒子線装置。
【請求項3】
請求項1において、
前記非対称係数βは、前記磁界レンズへの前記交流減衰電流の印加後に取得した観察像の鮮鋭度に基づき設定する荷電粒子線装置。
【請求項4】
請求項1において、
減衰定数をγとするとき、
前記第1極性の電流の減衰関数α(n)=α(n,γ)
前記第2極性の電流の減衰関数α(n)=α(n,γ)
と表され、前記減衰関数は、1次関数、指数関数、べき減衰関数のいずれかである荷電粒子線装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記減衰定数γは、前記磁界レンズへの前記交流減衰電流の印加後の荷電粒子ビームのビーム形状が真円になるように設定する荷電粒子線装置。
【請求項6】
請求項5において、
前記減衰定数γを仮置きした前記交流減衰電流の前記磁界レンズへの印加後に取得した観察像の鮮鋭度に基づき前記非対称係数βを設定し、
前記非対称係数βが設定された前記交流減衰電流の前記磁界レンズへの印加後の荷電粒子ビームのビーム形状が真円になるように前記減衰定数γを設定する荷電粒子線装置。
【請求項7】
請求項6において、
前記制御部は、設定された前記非対称係数β、前記減衰定数γ、前記第1極性の電流の減衰関数α(n,γ)及び前記第2極性の電流の減衰関数α(n,γ)を記憶する記憶装置を備える荷電粒子線装置。
【請求項8】
請求項1において、
前記第1極性の電流の減衰関数α(n)と前記第2極性の電流の減衰関数α(n)とは等しい荷電粒子線装置。
【請求項9】
請求項1において、
前記磁界レンズは多極子レンズであって、
前記制御部は、前記多極子レンズのうち、4極子場または斜め4極子場または4極子場及び斜め4極子場を重畳した極子場を発生させる極子に対して、前記交流減衰電流を印加する荷電粒子線装置。
【請求項10】
磁界レンズの消磁方法であって、
前記磁界レンズを消磁するために、励磁電流として、nを振幅変動回数とするとき、電流値が交互に第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)となるように振動する交流減衰電流を印加し、
前記交流減衰電流は、第1極性から振動を開始し、
前記第1極性の電流の振幅をA、非対称係数をβ、前記第1極性の電流の減衰関数をα(n)、前記第2極性の電流の減衰関数をα(n)とするとき、
前記第1極性の電流I(n)=A・α(n)
前記第2極性の電流I(n)=-A・β・α(n)
と表され、
前記第1極性の電流の振幅Aは前記磁界レンズの飽和電流未満であり、α(1)=α(1) =1かつ0<β<1である消磁方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子線装置及び磁界レンズの消磁方法に関する。
【背景技術】
【0002】
走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)において磁場応答の再現性を向上したり、機差を抑制したりするためには、その電子光学系に使用されている磁界レンズを高精度に消磁する必要がある。
【0003】
磁界レンズを消磁するため、磁界レンズに振幅対称の交流減衰電流を印加する方法が知られている。図2に、磁界レンズに対して励磁電流200Iを印加したときの磁界レンズに生じる磁場200Bの変化を示す。磁界レンズには印加電流が0(電流201)であっても残留磁化213があり、その大きさをBrsとする。この残留磁化を消去するため、励磁電流200Iを磁界レンズに印加する。励磁電流200Iは振幅対称の交流減衰電流であり、磁界レンズには正極性(第1極性)の電流203,206,208と負極性(第2極性)の電流205,207,209とが交互に印加される。正極性の振幅202、負極性の振幅204は互いに等しく、また、振幅202,204は磁界レンズの飽和電流以上の大きさを有している。正極性の電流203,206,208の電流値は包絡線211で示すように、また負極性の電流205,207,209の電流値は包絡線212で示すように、振幅変動回数につれて減衰している。このような励磁電流200Iが印加されることにより、磁界レンズに発生する磁場200Bは、磁場213,214,215,216,217,218,219と変化し、交流減衰電流印加後の残留磁化Breは磁場220として極小化される。なお、この例では、正極性の電流を先に印加する例を示しているが、負極性の電流を先に印加してもよい。
【0004】
交流減衰電流により磁界レンズを消磁するには、交流減衰電流の振幅が磁界レンズの飽和電流以上である必要がある。図3に、磁界レンズに対して励磁電流300Iを印加したときの磁界レンズに生じる磁場300Bの変化を示す。励磁電流300Iも励磁電流200Iと同様に振幅対称の交流減衰電流であるが、振幅302,304は磁界レンズの飽和電流未満の大きさである点が異なる。この場合、磁界レンズのもつヒステリシスの影響を受けて、交流減衰電流印加後の残留磁化Bre’ は磁場320となり、図2の例のように極小化されない。
【0005】
このように、磁界レンズに振幅対称の交流減衰電流を印加して、磁界レンズの残留磁化を極小にするには飽和電流以上の大電流を流すことのできる電源が必要となるため、装置構成が高コストになる。特許文献1では、振幅が磁界レンズの飽和電流未満の交流減衰電流により磁界レンズの残留磁束密度を0とするため、交流減衰電流印加後の残留磁化を打ち消すためのバイアス電流を印加する。図3の場合を例にとると、残留磁化Bre’ を打ち消すための磁化(-Bre’ )を発生させるバイアス電流を磁界レンズに印加する。
【0006】
特許文献2には、1方向からのビームに対しては双極子場と4極子場とが互いに打ち消しあい、逆方向からのビームに対しては双極子場と4極子場の双方が作用するE×B偏向器が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2003-187732号公報
【文献】特開2013-239329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
図4に励磁電流を変化させたときの磁界レンズの磁場の変化(磁場応答)を示す。磁場応答401は残留磁化のない場合の磁場応答であり、磁場応答402は残留磁化のある場合の磁場応答である。
【0009】
特許文献1ではバイアス電流を印加することで、交流減衰電流印加後の残留磁化を打ち消しているに過ぎないため、特許文献1の方式による消磁を行ったとしても、磁界レンズには残留磁化が存在している。このため、特許文献1の方式により消磁した磁界レンズの磁場応答は磁場応答401を示すわけではなく、磁場応答402、したがって残留磁場の大きさに応じて異なる磁場応答特性を示すことになる。残留磁化の大きさは装置ごとにばらつくため、機差の原因にもなる。磁場応答の再現性を向上するためには、印加電流=0のときの残留磁化を0とみなせる程度に極小化することが不可欠である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施態様である荷電粒子線装置は、磁界レンズと、磁界レンズに励磁電流を印加する磁界レンズ制御器と、制御部と、を備え、
制御部は、磁界レンズを消磁するために、励磁電流として、nを振幅変動回数とするとき、電流値が交互に第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)となるように振動する交流減衰電流を印加し、交流減衰電流は、第1極性から振動を開始し、第1極性の電流の振幅をA、非対称係数をβ、第1極性の電流の減衰関数をα(n)、第2極性の電流の減衰関数をα(n)とするとき、
第1極性の電流I(n)=A・α(n)
第2極性の電流I(n)=-A・β・α(n)
と表され、第1極性の電流の振幅Aは磁界レンズの飽和電流未満であり、α(1)=α(1) =1かつ0<β<1である。
【発明の効果】
【0011】
磁界レンズを高精度に消磁可能とし、機差を抑制できる。その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】走査電子顕微鏡の概略図である。
図2】磁界レンズに対して振幅対称の交流減衰電流(振幅≧飽和電流)を印加したときの磁界レンズに生じる磁場の変化を示す図である。
図3】磁界レンズに対して振幅対称の交流減衰電流(振幅<飽和電流)を印加したときの磁界レンズに生じる磁場の変化を示す図である。
図4】励磁電流を変化させたときの磁界レンズの磁場応答を示す図である。
図5】本実施例の磁界レンズの消磁方法を説明するための図である。
図6A】振幅非対称の交流減衰電流の波形の例である。
図6B】振幅非対称の交流減衰電流の波形の例である。
図6C】振幅非対称の交流減衰電流の波形の例である。
図6D】振幅非対称の交流減衰電流の波形の例である。
図7A】非対称係数βを決定する方法について説明するための図である。
図7B】減衰定数γを決定する方法について説明するための図である。
図8】消磁パラメータ(非対称係数β、減衰定数γ)を設定するフローチャートである。
図9】E×Bレンズの概略図である。
図10】多極子レンズの消磁における課題について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1を参照して走査型電子顕微鏡の概要を説明する。陰極101、第1陽極102及び第2陽極103は荷電粒子源(電子銃)を構成し、電子銃制御部104により制御される。電子銃制御部104が陰極101と第1陽極102との間に引出電圧を印加することにより、陰極101から所定の電流密度で一次電子が放出される。さらに陰極101と第2陽極103との間に印加される加速電圧により、一次電子は加速されて後段に放出される。
【0014】
放出された一次電子は、その励磁電流が第1コンデンサレンズ制御部105により制御される第1コンデンサレンズ106により集束される。第1コンデンサレンズ106により集束された一次電子は、対物可動絞り107の開口部で所定の電流量に制限される。対物可動絞り107を通過した一次電子は、その励磁電流が第2コンデンサレンズ制御部108で制御される第2コンデンサレンズ109により光軸110上の適切な位置に集束される。第2コンデンサレンズ109で集束された一次電子は、その励磁電流が対物レンズ制御部111で制御される対物レンズ112により、ステージ113に配置された試料114に集束される。対物レンズ112の励磁電流は、ステージ制御部115により制御される試料高さ計測器116で計測されたワーキングディスタンスに基づいて設定される。
【0015】
ステージ113にはリターディング電圧制御部117で制御されるリターディング電源118が接続されている。リターディング電源118で対物レンズ112と試料114との間に電圧を発生させることにより、一次電子を減速させる。
【0016】
偏向器制御部119で制御される走査偏向器120により一次電子は試料114上を2次元に走査される。一次電子と試料114との相互作用により二次電子が発生する。発生した二次電子は対物レンズ112を通過し、二次電子変換板121上で広がりを持ったスポットを形成する。二次電子は走査偏向器120によって二次電子変換板121上を走査され、二次電子変換板121との相互作用により三次電子が発生する。三次電子は、E×B制御部122により印加電圧及び励磁電流が制御されるE×Bレンズ123によって、検出器制御部124により制御される検出器125の方向へ偏向され、検出器125によって検出される。検出された三次電子は電気信号に変換され、制御部126で演算され、表示装置127にSEM画像として表示される。E×Bレンズ123は多極子構造とすることで、光軸110から電子を偏向させた際に生じる収差(非点、色収差、偏向歪など)も補正できる。詳細については後述する。
【0017】
SEM像の視野を移動させる場合は、ステージ制御部115によりステージ113を動かすか、偏向器制御部119で制御されるイメージシフト偏向器128によって一次電子の試料114上の照射位置を移動させる。非点補正器制御部129により制御される非点補正器130は、電子光学系の寄生非点収差を補正する。
【0018】
なお、本実施例の荷電粒子線装置は図1に示す走査電子顕微鏡に限られず、走査透過電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、走査イオン顕微鏡や集束イオンビーム装置などであってもよい。
【0019】
図5を用いて、本実施例における磁界レンズの消磁方法について説明する。図5に、磁界レンズに対して励磁電流500Iを印加したときの磁界レンズに生じる磁場500Bの変化を示す。励磁電流500Iは交流減衰電流であり、磁界レンズには正極性(第1極性)の電流503,506,508と負極性(第2極性)の電流505,507,509とが交互に印加される。励磁電流500Iは、正極性の振幅502、負極性の振幅504が異なっており(この例では振幅502>振幅504)、また、振幅502,504は磁界レンズの飽和電流未満の大きさを有している。正極性の電流503,506,508の電流値は包絡線511で示すように、また負極性の電流505,507,509の電流値は包絡線512で示すように、振幅変動回数につれて減衰している。このような励磁電流500Iが印加されることにより、磁界レンズに発生する磁場500Bは、磁場513,514,515,516,517,518,519と変化し、交流減衰電流印加後の残留磁化は磁場520として極小化される。なお、ここでは、正極性の電流を先に印加する例を示しているが、負極性の電流を先に印加してもよい。また、振幅は正極性と負極性とで非対称であればよく、消磁処理において、先に印加される極性の電流の振幅を基準に、後に印加される極性の電流の振幅が設定される。
【0020】
本実施例における磁界レンズの消磁のために印加する交流減衰電流は次のように定式化できる。
【0021】
交流減衰電流は、電流値が交互に第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)となるように振動する(nは振幅変動回数)。第1極性から振動を開始するとして、第1極性の振幅502をA、非対称係数をβ、第1極性の減衰関数(包絡線511に相当)をα(n)、第2極性の減衰関数(包絡線512に相当)をα(n)とすると、第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)は、それぞれ
(n)=A・α(n)
(n)=-A・β・α(n)
と表される。なお、0<β < 1である。また、減衰関数は、α(1)=α(1) =1であり、α(n)≧α(n+1)、α(n)≧α(n+1)の関係を満たす関数である。
【0022】
なお、第1極性の減衰関数α(n)と第2極性の減衰関数α(n)とは同じであっても違っていてもよい。同じ場合は制御を単純化することができ、異なる場合には残留磁化に起因する寄生収差の種類と大きさを変えることができる。
【0023】
図3に示したように、振幅対称の交流減衰電流のまま振幅を飽和電流未満とする場合、振幅変動回数nを大きくしていくにつれて、残留磁化の値は収束していくが、0とは異なる値であるBre’ に収束していく。本実施例では、交流減衰電流の振幅に自由度を与えることにより、すなわち、交流減衰電流の振幅を非対称とすることにより、残留磁化の集束先を0にとするよう調整可能とする。適切なβを設定することにより、残留磁化を0とみなせる値に極小化することが可能となる。
【0024】
加えて、振幅の減衰の程度を示す減衰定数γを定義し、第1極性の減衰関数をα(n,γ)、第2極性の減衰関数をα(n,γ)とすることが望ましい。減衰定数は、振幅変動回数1回あたりの電流値の減衰量、すなわちα(n)とα(n+1)との差分、α(n)とα(n+1)との差分の大きさを制御する定数である。交流減衰電流の電流値が急速に減衰するほど消磁時間を短縮することが可能になる一方、振動変動回数1回あたりの減衰量が小さい程、交流減衰電流印加後の残留磁化と0との差をより小さくするよう制御することができる。
【0025】
例えば、減衰関数α(n,γ)は、1次関数、指数関数、べき減衰関数のいずれかとすることができ、
減衰関数が1次関数の場合、α(n,γ)=-γ・n+1(0<γ<1)
減衰関数が指数関数の場合、α(n,γ)=exp(-γ・n)(0<γ<1)
減衰関数がべき減衰関数の場合、α(n,γ)=(1/γ)(γ>1)
と表すことができる。
【0026】
振幅非対称の交流減衰電流の波形の例を図6A~Dに示す。
【0027】
(1)図6A
図5に示した交流減衰電流である。振幅変動回数n=1において、電流値Aの電流(I(1))を印加し、電流値-Aβの電流(I(1))を印加する。続いて、振幅変動回数n=2において、電流値A・α(2)の電流(I(2))を印加し、電流値-Aβ・α(2)の電流(I(2))を印加する。この処理を所定の振動変動回数だけ繰り返した後、印加電流を0とする。
【0028】
(2)図6B
横軸を時間軸とした交流減衰電流波形であり、所定の時間間隔Tで交互に第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)となる電流値をとる。これにより、磁界レンズに印加する励磁電流を時間駆動させることができる。
【0029】
(3)図6C
振幅変動回数k回(図6Cでは2回)に亘って電流値を等しくした波形である。複数回数振動させることにより励磁経路が磁気記憶されるため、磁場応答の再現性を向上させることができる。
【0030】
(4)図6D
波形を正弦波とした例である。波形を正弦波にすることにより、励磁電流の立上り時間と立下り時間とが緩やかになり、オーバーシュートやリンギング等の電源揺らぎを抑制できる。これにより、電源揺らぎに追従する磁場応答が抑制され、磁場応答の再現性を向上させることができる。ここで、正弦波に限定されるものではなく、励磁電流の立上り時間、立下り時間を遅らせるものであれば、台形波や三角波などであってもよい。
【0031】
図7Aを用いて、非対称係数βを決定する方法について説明する。非対称係数βの大きさにより、交流減衰電流印加後の残留磁化の大きさを調整できる。磁界レンズの残留磁化そのものを測定することはできないため、走査型電子顕微鏡による観察像の鮮鋭度に基づき、適切な非対称係数βを設定する。非対称係数βは、磁界レンズの材質や構造で変わるが、残留磁化が大きい程、観察像は劣化する、すなわち鮮鋭度は低下する。観察像における直線や曲線の特徴を捉えられる程度の鮮鋭度を鮮鋭度の閾値701とし、閾値701を超えるβを選択する。図7Aの例であれば、0.4<β<0.8とすればよい。鮮鋭度は、観察像に対して鮮鋭度評価用フィルタ(微分、2次微分、ソーベル、ラプラシアン、フーリエ変換等)を施し、鮮鋭度評価画像を作成し、算出できる。方位ごとの鮮鋭度を算出して評価値としてもよい。
【0032】
図7Bを用いて、減衰定数γを決定する方法について説明する。非対称係数βの調整が残留磁化の大きさを粗調整するのに対し、減衰定数γの調整は残留磁化の大きさを微調整するものと位置づけられる。調整には、交流減衰電流印加後の電子ビームの形状を測定し、電子ビーム形状が真円となる減衰定数γであって最も大きな値を減衰定数γとして選択する。減衰定数γが大きい程消磁に要する時間を短縮できる利点があるためである。図7Bの場合であれば、ビーム形状712を与える減衰定数γを選択するとよい。
【0033】
図8に消磁パラメータ(非対称係数β、減衰定数γ)を設定するフローチャートを示す。まず、減衰定数γを仮決めする(S802)。この段階では大きめの減衰定数γを設定する。次に振幅A、非対称係数βを設定する(S803)。振幅Aは磁界レンズの実使用時(観察時)の電流量よりは大きな電流値を設定する。非対称係数βは仮決めする。以上仮決めし消磁パラメータによる第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)との間で振動する交流減衰電流を磁界レンズに印加(S804)した後、観察像を取得する。図7Aで説明したように観察像の鮮鋭度を評価し(S805)、鮮鋭度が閾値を超えているかどうか判定する(S806)。鮮鋭度が閾値を超えていなければ、非対称係数βを変更し、再度ステップS804に戻る。鮮鋭度が閾値を超えていれば、非対称係数βを決定し、S808に進む。
【0034】
続いて、減衰定数を設定する(S808)。決定した非対称係数β、ステップS808で仮決めした減衰定数γによる第1極性の電流I(n)と第2極性の電流I(n)との間で振動する交流減衰電流を磁界レンズに印加(S809)した後、電子ビームの形状を評価する(S810)。ビーム形状を判定し(S811)、ビーム形状が真円でなければ減衰定数γを小さくし、ビーム形状が真円であれば減衰定数γを大きくする変更を行い(S812)、ステップS809~S811の処理を繰り返す。ビーム形状が真円であり、最も大きい減衰定数を減衰定数γとして決定する。磁界レンズごとに、決定した消磁パラメータ、減衰関数を制御部126の記憶装置(メモリ)に記憶して設定フローを終了する(S813)。磁界レンズの消磁を行う場合には、記憶装置に記憶された消磁パラメータ、減衰関数を読み出して、磁界レンズの消磁を実行する。
【0035】
本実施例による磁界レンズの消磁方法をE×Bレンズ123に対して行う例について説明する。E×Bレンズ123は特許文献2に開示される構造を有するものであり、図9を参照してE×Bレンズ123の概要を説明する。E×Bレンズ123は、例えば8極子の電場型偏向器(V~Vに対応)と8極子の磁場型偏向器(I~Iに対応)で構成される。このように面内で複数に分割されたレンズを多極子レンズと呼ぶ。なお、8極子に限定されるものではなく、4極子や6極子、10極子、12極子等の多極子レンズに対しても適用可能である。E×Bレンズ123は、各極子の電場または励磁電流を所定の比率で印加することにより、所定の多極子場を発生させることができる。多極子場としては例えば2極子場、4極子場、6極子場、8極子場などが挙げられる。E×Bレンズ123は、2極子場を用いて信号電子を光軸110から検出器125の方向へ偏向させる役割や、光軸110から電子を偏向させた際に生じる収差(非点、色収差、偏向歪など)を補正する役割を果たす。多極子場の出力方法や収差補正方法については、特許文献2に記載されている。
【0036】
このように、E×Bレンズを構成する磁場型偏向器(極子)は夫々異なる磁気特性を有するため、それぞれの磁場型偏向器を同一の消磁方法によって消磁すると面内に不均一な残留磁化が生じる。この残留磁化は装置ごとにばらつくため機差が生じる原因となる。例えば、図10は、I極子に最適な消磁方法をE×Bレンズを構成する全ての極子に適用した場合の残留磁化を示している。このように、極子ごとに異なる残留磁化が生じていると、コマ収差などの寄生収差が発生するため、分解能が劣化し、その劣化の程度も装置ごとに異なることで機差の発生原因となる。
【0037】
多極子レンズには面内に不均一な磁気特性があるため、全ての極子の残留磁化を極小にすることは難しい。このため、分解能に影響しやすい寄生収差の発生を重点的に抑制することが効果的である。例えば、4極子場、斜め4極子場、あるいは4極子場と斜め4極子場とを重畳した極子場を発生させ、方位ごとの非点収差を抑制する4極子レンズを発生させる極子に対して、本実施例の消磁方法を適用することにより、残留磁化に起因する分解能の劣化を大きく抑制することができる。4極子場、斜め4極子場または4極子場及び斜め4極子場を重畳した極子場を発生させる極子以外の極子に対しては、一般的な消磁方法を適用する。
【符号の説明】
【0038】
101:陰極、102:第1陽極、103:第2陽極、104:電子銃制御部、105,108:コンデンサレンズ制御部、106,109:コンデンサレンズ、107:対物可動絞り、110:光軸、111:対物レンズ制御部、112:対物レンズ、113:ステージ、114:試料、115:ステージ制御部、116:試料高さ計測器、117:リターディング電圧制御部、118:リターディング電源、119:偏向器制御部、120:走査偏向器、121:二次電子変換板、122:E×B制御部、123:E×Bレンズ、124:検出器制御部、125:検出器、126:制御部、127:表示装置、128:イメージシフト偏向器、129:非点補正器制御部、130:非点補正器、200I,300I,500I:励磁電流、200B,300B,500B:磁場、202,204,302,304,502,504:振幅、203,206,208,303,306,308,503,506,508:第1極性の電流、205,207,209,305,307,309,505,507,509:第2極性の電流、211,212,311,312,511,512:包絡線、213,220,313,320,513,520:残留磁化、214,215,216,217,218,219,314,315,316,317,318,319,514,515,516,517,518,519:磁場、401,402:磁場応答、701:閾値、711,712,713:ビーム形状。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図6D
図7A
図7B
図8
図9
図10