(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-04
(45)【発行日】2024-07-12
(54)【発明の名称】レボグルコサンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07H 3/10 20060101AFI20240705BHJP
【FI】
C07H3/10
(21)【出願番号】P 2022503731
(86)(22)【出願日】2021-02-26
(86)【国際出願番号】 JP2021007228
(87)【国際公開番号】W WO2021172482
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-09-20
(31)【優先権主張番号】P 2020032050
(32)【優先日】2020-02-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河本 晴雄
(72)【発明者】
【氏名】南 英治
(72)【発明者】
【氏名】野村 高志
(72)【発明者】
【氏名】水野 ひなの
(72)【発明者】
【氏名】小林 一人
(72)【発明者】
【氏名】三木 晃子
【審査官】安藤 倫世
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-152001(JP,A)
【文献】特開2006-028040(JP,A)
【文献】Fuel,2020年01月09日,Vol.265. 116965, 1-7,doi: 10.1016/j.fuel.2019.116965
【文献】Cellulose,2019年,Vol.26 No.18,Page.9687-9708
【文献】Energy Conversion and Management,2019年,Vol.199 111894, 1-7,doi: 10.1016/j.enconman.2019.111894
【文献】Polymers,2017年,Vol.9 No.11 599,1-12,doi: 10.3390/polym9110599
【文献】Bioresource Technology,2015年,Vol.196,Page.194-199,doi : 10.1016/j.biortech.2015.07.078
【文献】Chemical Engineering Research and Design,2019年,Vol.152,Page.193-200,doi : 1016/j.cherd.2019.09.016
【文献】Fuel,2012年,Vol.95,Page.146-151,doi: 10.1016/j.fuel.2011.08.032
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07H
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)グリセリンの存在下で、還元性末端を有する多糖類で構成される原料を280~350℃にて加熱する第1の加熱処理を行う工程、
(2)前記第1の加熱処理した多糖類で構成される原料を加熱して熱分解させ、気体状のレボグルコサンを生成すると共に、チャーを生成せず又はフィルム状のチャーを生成し、かつ一酸化炭素を生成せず又は生成してもその生成量が前記多糖類の絶乾質量100質量部当たり5質量部以下となる第2の加熱処理を行う工程、及び
(3)前記気体状のレボグルコサンをその沸点以下の温度まで冷却して回収する回収工程
を含むレボグルコサンの製造方法。
【請求項2】
前記第2の加熱処理が、赤外線を照射して加熱するものである請求項1記載のレボグルコサンの製造方法。
【請求項3】
前記第2の加熱処理における多糖類で構成される原料を加熱する時間が長くとも60秒間である請求項1又は2記載のレボグルコサンの製造方法。
【請求項4】
前記第2の加熱処理における多糖類自体の温度(品温)が400~500℃になっている請求項1~3のいずれか1項記載のレボグルコサンの製造方法。
【請求項5】
前記還元性末端を有する多糖類が、セルロースである請求項1~4のいずれか1項記載のレボグルコサンの製造方法。
【請求項6】
前記第1の加熱処理を行う工程が、セルロースで構成されるシート状、粉末状、繊維状又は粒状の原料
(ただし、トウモロコシの穂軸、松材又はサトウキビバガスであるものを除く)とグリセリンとを混合した状態で280~350℃に加熱するものである請求項1~5のいずれか1項記載のレボグルコサンの製造方法。
【請求項7】
前記第1の加熱処理を行う工程における加熱温度が280~320℃である請求項1~6のいずれか1項記載のレボグルコサンの製造方法。
【請求項8】
前記第1の加熱処理を行う工程における加熱温度が280~300℃である請求項1~6のいずれか1項記載のレボグルコサンの製造方法。
【請求項9】
前記第1の加熱処理を行う工程が、前記多糖類の還元性末端とグリセリンとを反応させてグリコシド結合を形成させるものである請求項1~8のいずれか1項記載のレボグルコサンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レボグルコサンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
木材や綿花等の植物を起源とするセルロース系バイオマスは、地球上で最も豊富かつアクセスしやすいバイオマス資源であり、非可食性故に人類の歴史上、主に燃料、建築材料、衣類等の繊維、紙又は半化学合成高分子のベースポリマーとして使用されてきた。近年、セルロース系バイオマスは、石油や天然ガス等の化石資源に代わる再生資源として有用な化学物質への変換に利用することにより、地球温暖化の原因とされる大気中の二酸化炭素増加抑制に貢献することが期待されるが、現段階では十分解明・開発されていない状況である。
【0003】
セルロースは、β-グルコースが直鎖上に重合した天然高分子であり、これを変換して得られる糖類及びその無水物である糖無水物は、医薬品の合成原料等に利用可能である有用な化学物質である。もし、これらの化学物質が非可食性セルロース系バイオマスから経済的かつ合理性をもって変換可能であれば、これらの化学物質を得るために用いられている、本来食料として用いることが可能な穀物等の可食性資源の代替とすることができるだけでなく、現在も増加を続ける人類への食糧供給の観点から、その意義は非常に大きい。
【0004】
従来、前記変換技術の1つであるセルロース系バイオマスの糖化として、酸加水分解法、超・亜臨界水法及び熱分解法が知られている。ここで、酸加水分解法及び超・亜臨界水法には、廃酸処理や厳しい反応条件、糖水溶液の高濃度化が困難である点等、実用化における種々の課題が存在する。
【0005】
一方、熱分解法は、熱分解により生じた糖無水物を加水分解して糖を得る手法であって、酸が不要であり、ドライ条件で行われる場合には、糖溶液の高濃度化が容易といった利点を有する。この利点を生かして、高濃度の糖溶液が好まれる発酵原料として利用することができる。
【0006】
しかし、熱分解法は、熱分解反応によりフルフラール類等の種々の揮発性生成物及び炭化物が副生することに加え、生成した糖無水物が、気相中では更に分解して一酸化炭素、二酸化炭素、メタン、エチレン等のより小さな分子になるフラグメンテーションにより、液相中では重合により、二次分解を起こすことが原因となり、糖無水物を高収率で得ることが困難である。しかも、副生するフルフラール類は、発酵阻害物質であることから、その後の発酵工程にも影響を与える。
【0007】
この課題に対処すべく、セルロース系バイオマスの熱分解による糖無水物の製造方法として、例えば、酸洗により無機物を除去したセルロース含有材料を、減圧下又は窒素フロー下、管状炉中で300~500℃の温度に加熱するレボグルコサン(1,6-アンヒドロ-β-D-グルコピラノース)の製造方法(非特許文献1)が報告されている。また、ヘキソサン又はヘキソサンを含む原料を高沸点有機溶媒中で均一に懸濁させ、常圧下、190~300℃の温度に加熱し、生成するアンヒドロ糖を含む反応混合物から、カラムクロマトグラフィーにより単離精製するレボグルコサン等のアンヒドロ糖の製造方法(特許文献1)も報告されている。更に、固体若しくは液体の有機物を不活性雰囲気下で加熱して蒸発させ、又は熱分解させて揮発性の低分子化合物として気化させ、これらの二次的熱分解を防ぎつつ回収するための装置を用いたレボグルコサンの製造方法(特許文献2、非特許文献2)も報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2006-28040号公報
【文献】特開2007-21471号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】J. Appl. Polym. Sci. (1979), 23, pp. 3525-3539
【文献】J. Anal. Appl. Pyrolysis (2007), 80, pp. 1-5
【文献】J. Anal. Appl. Pyrolysis 109 (2014) pp. 185-195
【文献】ChemSusChem, 8 (2015) pp. 2240-2249
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、セルロースを原料とするレボグルコサンの精製前収率は、非特許文献1においては最大58質量%、特許文献1においては39~58質量%、特許文献2においては37.1~70.4質量%に留まっており、精製後の収率は更に低下することも考慮すると、更なる収率の改善が求められる。
【0011】
更に、非特許文献1において生成物として回収されたタール中のレボグルコサンの濃度は、30~68質量%であり、特許文献2において生成物として回収されたシロップ中のレボグルコサンの濃度は、セルロースを原料とした場合、55.0~81.1質量%であることから、回収された生成物中のレボグルコサンの純度についても改善が求められる。特に、発酵原料として使用する場合、発酵阻害物質であるフルフラール類を除くための精製操作が必須となる。
【0012】
加えて、特許文献1においては、高沸点有機溶媒を使用する上、原料を均一に懸濁させるために原料を微粉末状にする必要があること、特許文献2においては減圧下、特殊な装置を必要とするほか、粉末あるいは顆粒状の原料を5mm以下の薄い層状にして供給し、原料5gの処理に30分間以上の熱分解時間を要することから、製造方法の簡便性の観点からも改善が求められる。
【0013】
本発明は、前記事情に鑑みなされたもので、レボグルコサンを簡便かつ高収率で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、アセタール構造を有しない炭素数1~10のアルコール化合物の存在下で、還元性末端を有する多糖類を加熱した後、熱分解に供することにより、糖無水物を簡便かつ高収率で得られることを見出し、本発明をなすに至った。
【0015】
本発明の1つの態様では、グリセリンの存在下で、還元性末端を有する多糖類で構成される原料を280~350℃にて加熱する第1の加熱処理を行う工程、前記第1の加熱処理した多糖類を加熱して熱分解させ、気体状のレボグルコサンを生成すると共に、チャーを生成せず又はフィルム状のチャーを生成し、かつ一酸化炭素を生成せず又は生成してもその生成量が前記多糖類の絶乾質量100質量部当たり5質量部以下となる第2の加熱処理を行う工程、及び前記気体状のレボグルコサンをその沸点以下の温度まで冷却して回収する回収工程を含むレボグルコサンの製造方法が提供される。
【0016】
また、他の態様によれば、前記方法により得られたレボグルコサンを固体酸触媒存在下、加熱しながら加水分解する工程を含む糖類の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、多糖類から糖無水物及び糖を高収率かつ高純度で得ることができる。また、多糖類の熱分解は、特殊な装置を必要とせず、常圧下、60秒間以下という短時間で完了することができる。更に、原料の多糖類は、シート状、粉末状、繊維状、粒状等のいずれの形態でも使用可能である。加えて、有機溶媒を使用しないドライ条件で熱分解するため、糖溶液の高濃度化が容易である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<糖無水物の製造方法>
本発明の糖無水物の製造方法は、(1)アセタール構造を有しない炭素数1~10のアルコール化合物の存在下で、還元性末端を有する多糖類を130~350℃にて加熱する第1の加熱処理を行う工程(第1の加熱工程)、(2)前記第1の加熱処理した多糖類を加熱して熱分解させ、気体状の糖無水物を生成すると共に、チャーを生成せず又はフィルム状のチャーを生成し、かつ一酸化炭素を生成せず又は生成してもその生成量が前記多糖類の絶乾質量100質量部当たり5質量部以下となる第2の加熱処理を行う工程(第2の加熱工程)、及び(3)前記気体状の糖無水物をその沸点以下の温度まで冷却して回収する回収工程を含むものである。
【0019】
[工程(1):第1の加熱工程]
第1の加熱工程は、アセタール構造を有しない炭素数1~10のアルコール化合物の存在下で、還元性末端を有する多糖類を130~350℃にて加熱する第1の加熱処理を行う工程である。
【0020】
前記多糖類は、還元性末端を有するものであれば特に制限はなく、例えば、セルロース、パルプ等のセルロース含有材料、デンプン、アミロース、アミロペクチン、ヘミセルロース(キシラン、グルコマンナン、ガラクタン等)、キチン、キトサン等が挙げられる。紙、フィルム、衣料品等として広く利用されている観点から、セルロース又はセルロース含有材料が好ましく、特にセルロースが好ましい。
【0021】
前記多糖類の形態は、特に限定されず、シート状、粉末状、繊維状、粒状等のいずれであってもよい。
【0022】
前記アルコール化合物は、アセタール構造を有しないものであれば特に制限はないが、炭素数1~10の脂肪族アルコールが好ましい。また、前記アルコール化合物は、多糖類の分子構造の小さな隙間に入り込み、多糖類内部の還元性末端にも作用することができる構造の小さいものを使用する観点から、その炭素数が1~10であり、好ましくは1~5、より好ましくは1~3である。
【0023】
前記脂肪族アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、シクロヘキサノール等の1価脂肪族アルコール;エチレングリコールモノメチルエーテル(2-メトキシエタノール)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル(2-(2-メトキシエトキシ)エタノール)等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル;エチレングリコール、プロピレングリコール等のアルキレングリコール;グリセリンや、エリスリトール、キシリトール、マンニトール、グルシトール等の糖アルコール等の多価脂肪族アルコールが挙げられる。
【0024】
これらの中でも、多糖類の分子構造の小さな隙間に入り込み、多糖類内部の還元性末端にも作用するよう構造の小さいものを使用する観点から、炭素数1~3の1価脂肪族アルコール、炭素数2又は3のアルキレングリコール及びグリセリンが好ましく、特に、メタノール、エチレングリコール及びグリセリンが好ましい。なお、アルコール化合物は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0025】
アルコール化合物の添加方法は、第1の加熱工程における加熱を行う前に、還元性末端を有する多糖類とアルコール化合物が混合された状態にすることができる方法であれば特に制限されず、還元性末端を有する多糖類にアルコール化合物を添加してもよく、アルコール化合物中に還元性末端を有する多糖類を添加してもよい。また、アルコール化合物は液体でも気体でもよい。例えば、多孔質状のセルロースシート(つまり、ろ紙)に液体のアルコール化合物を添加して該セルロースシート中にアルコール化合物を含浸させた状態にするとよい。
【0026】
前記アルコール化合物の配合量は、多糖類の還元性末端と脱水縮合反応してグリコシド結合を形成させることができる十分な量であればよく、例えば還元性末端を有する多糖類100質量部に対して10質量部以上であることが好ましく、30質量部以上であることがより好ましい。アルコール化合物の配合量の上限に特に制限はない。アルコール化合物の配合量が10質量部未満では、多糖類の還元性末端とアルコールとのグリコシド結合が十分に形成されないおそれがある。気体のアルコール化合物を吹き込む場合には、気体中のアルコール化合物の濃度は、0.05~0.45モル/Lが好ましい。
【0027】
第1の加熱工程における加熱温度は、多糖類の還元性末端とアルコール化合物とを反応させてグリコシド結合を形成させる観点から、130~350℃であり、好ましくは150~320℃、より好ましくは170~300℃である。加熱温度が130℃未満の場合、多糖類の還元性末端とアルコールとのグリコシド結合が十分に形成されない。一方、加熱温度が350℃を超える場合、多糖類(セルロースなど)の熱分解が開始してしまう。なお、ここでいう加熱温度は多糖類及びアルコール化合物を加熱する加熱装置の内部温度であるが、多糖類自体の温度(品温)とみなしてよい。
【0028】
加熱装置としては、所望の温度まで加熱することができれば特に制限されないが、例えば、マッフル炉、電気炉、赤外線炉、マイクロ波合成装置等が挙げられる。
【0029】
第1の加熱工程における加熱時間は、多糖類の還元性末端とアルコール化合物とを反応させてグリコシド結合を形成させる観点から、好ましくは5~90分間、より好ましくは10~60分間である。
【0030】
第1の加熱工程後、未反応のアルコール化合物を除去する観点から、必要に応じてイオン交換水等で洗浄し、乾燥することができる。
【0031】
[工程(2):第2の加熱工程]
第2の加熱工程は、前記第1の加熱処理した多糖類を加熱して熱分解させ、気体状の糖無水物を生成すると共に、チャーを生成せず又はフィルム状のチャーを生成し、かつ一酸化炭素を生成せず又は生成してもその生成量が前記多糖類の絶乾質量100質量部当たり5質量部以下となる第2の加熱処理を行う工程である。
【0032】
前記第2の加熱処理における多糖類自体の温度(品温)が400~500℃になっていることが好ましい。
ここで、第2の加熱工程において、加熱される多糖類の温度(品温)は、チャー(炭化した固体残渣)の生成の有無及び生成される場合のその形態、及びガスの組成(詳しくは、一酸化炭素の生成の有無、及び生成される場合のその生成量等)から推定することができる。多糖類の品温が400℃未満の場合、チャーは元の多糖類の形態を保持するが、多糖類の品温が400℃以上の場合、チャーを生成しないか、生成しても加熱下で液状化した後にフィルム状のチャーとなる(J. Anal. Appl. Pyrolysis 109 (2014) pp. 185-195)。また、多糖類の品温が500℃を超えると、熱分解して生成される糖無水物がさらにフラグメンテーションを起こして主に一酸化炭素が生成され(ChemSusChem, 8 (2015) pp. 2240-2249)、このときの一酸化炭素の生成量は、多糖類絶乾質量100質量部当たり5質量部を超えるようになる。
したがって、第1の加熱処理した多糖類を加熱処理した際、チャーを生成せず又はフィルム状のチャーを生成し、かつ一酸化炭素を生成せず又は生成してもその生成量が前記多糖類の絶乾質量100質量部当たり5質量部以下となる場合、このときの多糖類の品温は400~500℃であると推定される。一酸化炭素の生成量は、多糖類絶乾質量100質量部当たり3質量部以下が好ましく、1質量部以下がより好ましく、0.5質量部以下が更に好ましい。なお、一酸化炭素の生成量の下限は、0質量部である。
【0033】
加熱後の多糖類の品温が400℃未満と推定される場合、加熱が不十分となり、多糖類の一部分が熱分解されなかったり、熱分解反応の選択性が低下して副生成物が増加したり、生成した糖無水物が液化して重合したりすることがある。一方、加熱後の多糖類の品温が500℃を超えると推定される場合、生成した糖無水物がフラグメンテーションを起こし、一酸化炭素、二酸化炭素、メタン、エチレン等のより小さな分子へと分解することがある。なお、多糖類の温度は、熱電対、赤外線放射温度計等の既知の方法により直接測定することもできる。
【0034】
第2の加熱工程における昇温速度は、多糖類の熱分解反応の選択性が低下して副生成物が増加したり、生成した糖無水物が液化して重合したりすることを防ぐ観点から、好ましくは10℃/秒以上、より好ましくは30℃/秒以上、更に好ましくは50℃/秒以上である。なお、昇温速度の上限は特に制限されないが、取り扱い上の観点から、5,000℃/秒以下である。
【0035】
第2の加熱工程において、上記多糖類を加熱する時間(すなわち、多糖類の品温が400~500℃であると推定される温度に到達してからの加熱時間)は、目的生成物製造効率の観点及び低温、過熱域での反応による二次分解に起因する収率低下抑制の観点から、好ましくは長くても60秒間であるが、より好ましくは30秒間以下であり、さらに好ましくは15秒間以下、特に好ましくは10秒間以下である。
【0036】
第2の加熱工程において、加熱方法は特に制限されないが、例えば、赤外線やマイクロ波を照射して間接的に加熱する方法、流動層等で高温の気体、例えば、空気や窒素に接触させて加熱する方法、撹拌槽等で加熱したジャケット壁や撹拌機パドルに直接接触させて加熱する方法、又はこれらの方法の組み合わせが挙げられる。周囲の雰囲気が加熱されないため、生成した気体状の糖無水物を急冷することができ、糖無水物の二次分解が抑制される観点から、赤外線を照射して間接的に加熱する方法が好ましい。
【0037】
なお、加熱工程は、原料の多糖類を加熱装置に一定量供給し、加熱処理して生成物を回収するバッチプロセスでも、原料の多糖類を連続的に加熱装置に供給し、生成物を連続的に回収する連続プロセスでもよい。
【0038】
更に、加熱処理する加熱装置内雰囲気は大気圧に限定されるものではなく、最適プロセス設計の観点から、不活性ガス雰囲気や、さらにその減圧又は加圧でも可能である。
【0039】
第2の加熱工程により得られる糖無水物は、通常気体状であり、多糖類としてセルロースやデンプンを用いた場合にはレボグルコサンであり、ヘミセルロースを用いた場合にはキシロサン、レボグルコサン、マンノサン、ガラクトサンのいずれか又は複数の混合物である。
【0040】
[工程(3):回収工程]
回収工程は、第2の加熱工程により得られた気体状の糖無水物をその沸点以下の温度まで冷却して回収する工程である。生成した糖無水物は、約400℃以下で二次分解を起こすため、安定的に存在する100℃以下まで急冷することにより、糖無水物の二次分解を抑制し、目的物である糖無水物収率を向上させることができる。
【0041】
気体状の糖無水物をその沸点以下の温度まで冷却することができれば、回収方法は特に制限されないが、例えば、気体状の糖無水物を含む高温気流に低温の空気や窒素を急速混合させて冷却することによりエアロゾル状にして回収する方法、スクラバー等の低温液体に接触、溶解させて回収する方法、低温固体に接触させ液体又は固体状にして回収する方法等が挙げられる。
【0042】
例えば、糖無水物がレボグルコサンの場合には、好ましくは300℃以下、より好ましくは200℃以下、更に好ましくは100℃以下まで冷却する。
【0043】
<糖類の製造方法>
本発明の糖類の製造方法は、上述した本発明の糖無水物の製造方法により得られた糖無水物を固体酸触媒存在下、加熱しながら加水分解する工程を含むことを特徴とする。
【0044】
前記固体酸触媒は特に制限されないが、例えば、ポリスチレンスルホン酸等の陽イオン交換樹脂、シリカ-アルミナ、ゼオライト等の無機酸化物、ポリリン酸等が挙げられる。これらは、1種単独で用いてもよく、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0045】
前記固体酸触媒の使用量は特に制限されないが、反応を円滑に進行させる観点から、糖無水物100質量部に対し、好ましくは100~5,000,000質量部、より好ましくは200~10,000質量部、更に好ましくは300~1,000質量部である。
【0046】
前記加水分解を行う方法は特に制限されないが、例えば、糖無水物の溶液と固体酸触媒を攪拌して混合する方法、固体酸触媒を充填したカラムに糖無水物の溶液を通過させる方法等が挙げられる。
【0047】
糖無水物の溶液を調製するための溶媒としては、例えば、水、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトン、アセトニトリル等が挙げられるが、経済的な観点から、好ましくは水である。溶媒は、水のみでもよく、水と前記有機溶媒との混合溶媒としてもよい。溶媒中の水の含有量は、反応を円滑に進行させる観点から、糖無水物100モル部に対し、好ましくは500モル部以上である。
【0048】
糖無水物の溶液中、糖無水物の濃度は特に制限されないが、高濃度の糖溶液を得る観点から、好ましくは0.001~50質量%、より好ましくは0.1~30質量%、更に好ましくは1~30質量%である。
【0049】
加熱装置としては、所望の温度まで加熱することができれば特に制限されないが、例えば、マッフル炉、電気炉、赤外線炉、マイクロ波合成装置等が挙げられる。固体酸を選択的に加熱して反応を効率的に進行させる観点から、マイクロ波合成装置が好ましい。加熱温度は、糖類を高収率で得る観点から、好ましくは80~200℃、より好ましくは90~180℃、更に好ましくは100~160℃である。加熱は糖無水物が消費されるまで継続すればよいが、副反応を抑制する観点から、好ましくは1~120分間、より好ましくは3~60分間、更に好ましくは5~30分間である。
【0050】
なお、前述した方法以外の方法で得られた糖無水物を用いても、固体酸触媒存在下、加水分解して、同様に糖類を得ることができる。
【0051】
加水分解の結果得られる糖類としては、例えば、糖無水物がレボグルコサンの場合にはグルコースが、キシロサンの場合にはキシロースが、マンノサンの場合にはマンノースが、ガラクトサンの場合にはガラクトースが得られる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。下記実施例等で行った定量方法を以下に示す。
【0053】
[実施例1、比較例1及び2におけるレボグルコサンの定量]
実施例1、比較例1及び2におけるレボグルコサンは、以下の条件にて1H-NMRにより定量した。
・試料溶媒:オキシム化試薬(NH2OH・HCl)5mgと重水一滴を添加した重ジメチルスルホキシド0.7mL
・内部標準物質:マレイン酸0.46mg
・装置:核磁気共鳴装置、BRUKER社製、Avance III 400
【0054】
[一酸化炭素、メタン及び水素の定量]
第2の加熱工程において生成したガス(一酸化炭素、メタン及び水素)は、以下の条件にてガスクロマトグラフィーにより定量した。
・装置:Varian社製、CP-4900 Micro GC
・カラム:CP-Molsieve 5Å(長さ10m、内径0.32mm、膜厚0.12μm、Agilent Technologies製)
・検出器:熱伝導度検出器(μTCD)
・キャリアガス:アルゴン、15mL/min
・カラム温度:100℃
【0055】
[二酸化炭素及びエチレンの定量]
第2の加熱工程において生成したガス(二酸化炭素及びエチレン)は、以下の条件にてガスクロマトグラフィーにより定量した。
・装置:Varian社製、CP-4900 Micro GC
・カラム:CP-PoraPLOT Q(長さ10m、内径0.32mm、膜厚0.10μm、Agilent Technologies製)
・検出器:熱伝導度検出器(μTCD)
・キャリアガス:ヘリウム、15mL/min
・カラム温度:80℃
【0056】
なお、一酸化炭素、メタン、水素、二酸化炭素及びエチレンの生成量を足した値をガスの総量とした。
【0057】
[グルコース及び実施例2におけるレボグルコサンの定量]
グルコース及び実施例2におけるレボグルコサンは、以下の条件にてイオンクロマトグラフィーにより定量した。
・試料溶媒:イオン交換水
・装置:イオンクロマトグラフ、(株)島津製作所製、LC-20ADsp
・検出器:電気化学検出器、Antec Scientific社製、DECADE Elite SCC 175.0035
・ガードカラム:Thermo Scientific社製、Dionex CarboPacTM PA1、粒径:10μm、内径:4mm、長さ:50mm
・カラム:Thermo Scientific社製、Dionex CarboPacTM PA1、粒径:10μm、内径:4mm、長さ:250mm
・移動相:イオン交換水(85体積%)及び0.2mol/L水酸化ナトリウム水溶液(15体積%)の混合液、流量1mL/分
・注入量:10μL
・カラム温度:35℃
【0058】
[実施例1]
セルロース(Whatman No. 42のろ紙、縦4.3cm、横1.0cm、厚さ0.2mm、質量30mg)を、グリセリン13gを加えた試験管中に入れ、マッフル炉を用いて窒素雰囲気下、280℃で30分間加熱した(第1の加熱工程)。その後、イオン交換水で洗浄し、オーブン(105℃、一晩)によって乾燥させ、常温(20℃)に戻して気乾とすることにより、第1の加熱工程後のセルロースを作製した。
次に、赤外線炉(アドバンス理工(株)製、赤外線ゴールドイメージ炉、RHL-E45N、ランプ電圧100V、電力4.0kW、加熱長140mm、管内径52mm)を用い、赤外線炉の反応管内を窒素で通気しながら第1の加熱工程後のセルロースを加熱した(第2の加熱工程)。赤外線炉の出力電力は2.0kW、加熱時間は10秒間、窒素の線速は2.4m/分とした。赤外線炉の反応管出口には、メタノール30mLを含むガスバッグ(テドラーバッグ、容量5L)を設置した。
なお、第2の加熱工程終了後の赤外線炉内にはフィルム状のチャーが生成されており、一酸化炭素が検出されなかったことから、第2の加熱工程は400~500℃にて行われたと考えられる。また、10秒間の加熱時間によりフィルム状のチャーが生成されていることから、少なくとも昇温速度は、70℃/秒以上であったと考えられる。
加熱により生じた気体状の生成物は、窒素フローにより冷却されてエアロゾル状となり、ガスバッグに捕集された(回収工程)。30分間静置した後、ガスバッグに標準物質としてネオンガス5mLを加え、ガスクロマトグラフィーによりガスの同定と定量を行った。
その後、生成物が溶解したメタノールを回収し、ガスバッグ内壁に凝集した生成物は、メタノール200mLに溶解して回収した。回収したメタノール溶液のうち60mLについて、エバポレーターを用いてメタノールを除去して溶媒抽出成分を得た。
得られた溶媒抽出成分を重ジメチルスルホキシド0.7mLに溶解し、1H-NMRによりレボグルコサンであることを確認した。また、その収率を求めたところ、セルロース絶乾質量100質量部に対し、78.2質量部であった。
【0059】
[比較例1]
第1の加熱工程を実施しない以外は、実施例1と同様の操作を行い、レボグルコサンを得た。得られたレボグルコサンは、セルロース絶乾質量100質量部に対し、52.7質量部であった。また、加熱工程終了後の赤外線炉内には、フィルム状のチャーが生成された。
【0060】
[比較例2]
第1の加熱工程を実施せず、かつ第2の加熱工程における赤外線炉の出力電力を4.0kWとした点以外は、実施例1と同様の操作を行い、レボグルコサンを得た。得られたレボグルコサンは、セルロース絶乾質量100質量部に対し、42.6質量部であった。また、加熱工程終了後の赤外線炉内には、フィルム状のチャーが生成された。
【0061】
実施例1、比較例1及び2の結果をまとめて表1に示す。
【0062】
【0063】
実施例1及び比較例1の結果から、第2の加熱工程の前に第1の加熱工程を行うことにより、多糖類(セルロース)から糖無水物(レボグルコサン)を高収率かつ高純度(溶媒抽出成分中のレボグルコサン濃度)で得ることができた。実施例1において第1の加熱工程により還元性末端部分をアルコール化合物由来の基で保護するようにした多糖類を用いた結果、多糖類が350℃付近で熱分解して生じるガスやグリコールアルデヒドの生成が抑えられ、第2の加熱工程において主に400~500℃において熱分解したと推定され、その結果、選択的にレボグルコサンが生成したと考えられる。
【0064】
[実施例2]
実施例1で回収したメタノール溶液のうち2mLについて、エバポレーターを用いてメタノールを除去し、実施例1の溶媒抽出成分を得た。その後、10mL容の反応容器に溶媒抽出成分を移し、蒸留水に浸された固体酸触媒(Amberlyst 15 JWET、かさ体積2mL)に蒸留水4mLを加えて十分に振り混ぜた。その後、上澄み1mLを取り出し、イオンクロマトグラフィーによりレボグルコサンの溶液濃度を求めたところ、0.0076質量%であった。
その後、スターラーで攪拌しながら120℃、30分間の条件でマイクロ波により加熱処理した。マイクロ波加熱には、マイクロ波合成装置(CEM Corporation社製、Discover SP)を使用した。
加熱処理後、イオンクロマトグラフィーによりグルコースの収率を求めた。
その結果、セルロース絶乾質量100質量部に対して94質量部のグルコースが、レボグルコサン100質量部に対して126質量部のグルコースが得られた。すなわち、実施例2で用いたレボグルコサン100モル部に対し、113モル部のグルコースが得られた。
なお、レボグルコサンに対してグルコースの量が超過した理由としては、実施例1の溶媒抽出成分に含まれるセロビオサン等のオリゴ糖が加水分解してグルコースが生成したためと考えられる。
【0065】
[参考例1]
10mgのレボグルコサン(東京化成工業(株)製、純度>99.0%)を蒸留水50mLに溶解し、0.02質量%の標準レボグルコサン溶液を調製した。その後、蒸留水に浸された固体酸触媒(Amberlyst 15 JWET、かさ体積20mL)に蒸留水30mLを加え、更に標準レボグルコサン溶液10mLを加えて十分に振り混ぜた。上澄み1mLを取り出し、イオンクロマトグラフィーによりレボグルコサン溶液濃度を求めたところ、0.0048質量%であった。その後、固体酸触媒(かさ体積2mL)と上澄み(3mL)とを取り出して10mL容の反応容器に入れ、スターラーで攪拌しながら120℃、22.5分間の条件でマイクロ波合成装置を使用して、マイクロ波により加熱処理した。
加熱処理後、イオンクロマトグラフィーによりグルコースの収率を求めたところ、レボグルコサン100質量部に対して93.7質量部のグルコースが得られた。
【0066】
[参考例2]
加熱処理の条件を140℃、7.5分間とした点以外は、参考例1と同様の操作を行った。
【0067】
[参考例3]
レボグルコサン溶液濃度を10質量%とし、加熱処理の条件を140℃、7.5分間とした点以外は、参考例1と同様の操作を行った。
【0068】
実施例2、参考例1~3の結果をまとめて表2に示す。
【0069】
【0070】
実施例2、参考例1~3の結果から、糖無水物は、固体酸触媒下の加熱という簡便な方法により、糖に変換することができた。本発明により得られた糖無水物を含む溶媒抽出成分は、副生したオリゴ糖を含有する。そのため、溶媒抽出成分を固体酸触媒下で加熱すると、オリゴ糖も加水分解により糖に変換され、糖の収率が高まる。糖溶液と固体酸触媒は、ろ過等により容易に分離することができる。更に、糖溶液を発酵原料として使用するための要件である高濃度化も可能であることが確かめられた。