(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-04
(45)【発行日】2024-07-12
(54)【発明の名称】ウシの発情周期を誘起する方法
(51)【国際特許分類】
A61K 38/22 20060101AFI20240705BHJP
A61P 15/00 20060101ALI20240705BHJP
【FI】
A61K38/22
A61P15/00 171
(21)【出願番号】P 2020097592
(22)【出願日】2020-06-04
【審査請求日】2023-02-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、農林水産省、繁殖性の改善による家畜の生涯生産性向上技術の開発委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹之内 直樹
(72)【発明者】
【氏名】法上 拓生
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】BICALHO, R.C. et al.,J Dairy Sci,2007年,Vol. 90,pp. 1193-1200
【文献】堂地修, 外1名,Holstein,2010年,Vol. 492,pp. 4-7
【文献】香川県畜産試験場,黒毛和種の生産性効率化に関する定時人工授精,2016年,pp. 1-3
【文献】上村圭一, 外4名,香川畜試報告,2011年,Vol. 45,pp. 1-3
【文献】増川慶大, 外3名,香川畜試報告,2019年,Vol. 54,pp. 11-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウシの発情周期を誘起する方法であって、
分娩後の初回排卵以前のウシに、分娩後35~49日目から、膣内において黄体ホルモンを持続的に放出する工程と、
前記放出開始後11~13日目に持続的放出を停止し、前記ウシにおける血中の黄体ホルモン濃度を急激に低下させ、該ウシの発情を誘起する工程
とを含む、方法。
【請求項2】
前記膣内における黄体ホルモンの持続的放出を、膣内留置型黄体ホルモン製剤を前記ウシの膣内に留置することにより行なう、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
分娩後35~49日目に、ウシの卵巣における黄体の有無を検出し、黄体の存在が認められなかった場合に、該ウシは初回排卵前であると判定し、膣内における黄体ホルモンの持続的放出を開始する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ウシを作出する方法であって、
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載の方法により、ウシの発情周期を誘起する工程と、
人工授精、胚移植又は自然交配により、前記ウシを妊娠させ、仔ウシを分娩させる工程とを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシの発情周期を誘起する方法に関する。より詳しくは、分娩後のウシにおいて、初回排卵前の所定期間に、黄体ホルモンを膣内に持続的に放出することによって、ウシの発情周期を誘起する方法に関する。本発明はまた、該方法に用いるための膣内留置型黄体ホルモン製剤、及び前記方法を用いたウシの作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今の人口の増加や開発途上国等の経済発展に伴う食生活の変化によって、家畜、特に肉類の需要が、世界規模にて増大しており、その生産性の向上が希求されている。
【0003】
日本においても、家畜改良増殖目標(令和2年(2020年)3月)では、肉用牛の生涯生産性の向上のために、受胎率向上及び分娩間隔の短縮が主たる方向性とされている。分娩間隔については特に、2020年時の13.2ヶ月を、2030年には12.5ヶ月に短縮することが目標値として掲げられており、その達成のために、分娩間隔が長期化する個体の減少が求められている。
【0004】
その一方で、経済形質、すなわち産肉量と肉質の改良に特化した現在の肉用牛では、繁殖形質のうち妊娠期間は従来の285日から290日以上に延長しており、分娩間隔が更に延長する可能性がある。
【0005】
かかる状況を鑑み、ウシにおける分娩間隔を短縮する方法が求められている。ウシの分娩間隔が長くなる理由として、分娩後の初回授精日及び/又は受胎受精日が遅いことが挙げられる。そのため、分娩後の発情周期を早期に誘起させることができれば、それに続く、これらの日にちも早まり、分娩間隔の短縮に資することが考えられる。しかしながら、このような分娩後の発情周期の誘起方法はまだ開発されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開97/40776号
【文献】国際公開99/26556号
【非特許文献】
【0007】
【文献】秋山清ら、「黄体ホルモン製剤を用いた受卵牛の発情同期化」、神奈川県畜産研究所研究報告、日本、2001年3月、No.88、1~4ページ
【文献】藤島信賢ら、「膣内留置型プロジェステロン製剤による牛の繁殖障害への応用」、東北家畜臨床研究会誌、日本、1998年5月、21巻、1号、20~22ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、ウシの発情周期を誘起する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
ウシは通常、分娩後約30日で子宮が分娩前の大きさまでに回復し、その頃に初回排卵が生じる。その後、分娩後初めての発情が認められる初回発情が生じ、妊娠が可能となる。例えば、自然哺乳下にある黒毛和種は、分娩後の初回排卵時期により、早期区(分娩後40日以内)、正常区(分娩後60日未満)及び遅延区(分娩後60日以降)に区分される。また、早期区における初回発情日数は分娩後約57日となっている。
【0010】
そこで、正常区及び遅延区の初回発情日数を、早期区のそれと同等にまで短縮すべく、本発明者らは、鋭意検討を重ねた。その結果、正常区及び遅延区では初回排卵が生じていない時期より、分娩後のウシの膣内にて黄体ホルモンを持続的に一定期間(12日間程)放出させた後、当該放出を停止させることにより、前記ウシにおける血中の黄体ホルモン濃度を急激に低下させ、発情周期を誘起させることを着想した。
【0011】
そして、実際に、前記黄体ホルモン放出開始を分娩後30日目からと40日目からとで行い比較した。その結果、いずれも発情周期は誘起されるが、妊娠が可能となる明瞭な発情の発現率は後者にて顕著に優れていることが明らかになった。すなわち、早期かつ妊娠が可能となる機能的な発情周期は、分娩後40日前後から膣内において黄体ホルモンを、一定期間持続的に放出することにより、誘起できることが明らかになった。
【0012】
なお、膣内における黄体ホルモンの持続的放出には、腟内留置型黄体ホルモン製剤(例えば、特許文献1及び2)を用いた。同製剤は主として、健常な個体に対し、胚移植(非特許文献1)や人工授精の前処置として発情を同期化又は誘起するために利用されている。しかしながら、いずれも処置は発情周期を営むウシに対してであり、例えば、非特許文献1においても黄体が確認されたウシに同製剤を適用している。すなわち、初回排卵が生じていない、つまり、卵巣中に黄体が存在していない状況における、上述の使用とは異なる。
【0013】
また、黄体が存在しない状況における腟内留置型黄体ホルモン製剤の利用としては、卵巣静止(繁殖時期になっても卵巣上に卵胞や黄体が存在しない)や卵胞嚢腫(卵胞が腫瘍化し排卵が起こらない)の治療報告(非特許文献2)がある。ただし、これらは繁殖障害(一時的又は永続的に妊娠できない病的状態)の治療目的であり、上述のような、健常な個体における利用ではない。
【0014】
本発明者らはさらに、上述の方法にて機能的な発情周期を早期に誘起したウシ群を、人工授精に供した結果、分娩後の初回受精日数及び受胎日数は平均値として、各々通常より約24日及び約46日も短縮することができた。さらに、分娩間隔も試算上約44日短縮することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、ウシの発情周期を誘起する方法、該方法に用いるための膣内留置型黄体ホルモン製剤、及び前記方法を用いたウシの作出方法に関し、具体的には以下を提供する。
<1> ウシの発情周期を誘起する方法であって、
分娩後の初回排卵以前のウシに、分娩後35~49日目から、膣内において黄体ホルモンを持続的に放出する工程と、
前記放出開始後6~14日目に持続的放出を停止し、前記ウシにおける血中の黄体ホルモン濃度を急激に低下させ、該ウシの発情を誘起する工程
とを含む、方法。
<2> 前記膣内における黄体ホルモンの持続的放出を、膣内留置型黄体ホルモン製剤を前記ウシの膣内に留置することにより行なう、<1>に記載の方法。
<3> 分娩後35~49日目に、ウシの卵巣における黄体の有無を検出し、黄体の存在が認められなかった場合に、該ウシは初回排卵前であると判定し、膣内における黄体ホルモンの持続的放出を開始する、<1>又は<2>に記載の方法。
<4> 分娩後の初回排卵以前のウシの膣内に、分娩後35~49日目から6~14日間留置され、黄体ホルモンを持続的に放出することを特徴とする、発情周期を誘起するための、膣内留置型黄体ホルモン製剤。
<5> ウシを作出する方法であって、
<1>~<3>のうちのいずれか一項に記載の方法により、ウシの発情周期を誘起する工程と、
人工授精、胚移植又は自然交配により、前記ウシを妊娠させ、仔ウシを分娩させる工程とを含む、方法。
【0016】
なお、本発明において、「分娩後何日目」及び「放出開始後何日目」とは、各々分娩した日及び放出を開始した日を0日目とする日数を意味する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、分娩後のウシに、妊娠が可能となる機能的な発情周期を誘起することが可能となる。本発明によれば特に、前記機能的な発情周期を、分娩後早期(例えば、分娩後57日以内)に誘起することができる。そして、この発情周期の早期誘起に伴い、分娩間隔を短縮させることも可能となる。さらには、ウシの生涯生産性を向上させることも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の方法の一態様を示す概略図である。より具体的には、本発明の一例として、発情の早期化処置を要する分娩後のウシの選抜工程を含む、ウシの発情周期の誘起方法、並びにそれに続く人工授精及び妊娠の工程を含む、ウシの作出方法を示す概略図である。
【
図2】膣内留置型黄体ホルモン製剤の処置に関する方法の概要を示す図である。図中の上部に示すように、従来法における発情周期の人為的調整は、初回排卵後の繁殖時期において前記ホルモン製剤を、分娩後のウシに処置することによって行われる。一方、本発明においては、前記ホルモン製剤を、分娩から初回排卵前の期間(生理的空胎期間)に処置することによって発情周期が誘起される。
【
図3A】各処置区分における初回発情日を示すグラフである。より具体的には、
図1に示すように、分娩後40日目前後における黄体の有無を指標として、無処置(早期区、前記黄体があったウシ群)と処置(正常/遅延区、前記黄体がなかったウシ群)に分けられた、分娩後のウシ群における各初回発情日(最小自乗平均±標準誤差)を
図3Aに示す。なお、「初回発情日」は、分娩後の初回排卵日の前日又は前々日に発現する発情日を意味し、この時の発情には乗駕許容を認めない発情(鈍性発情等)も含まれる。また「a,b」は有意差(p<0.05)が認められたことを示す。
【
図3B】各処置区分における初回乗駕許容発情日を示すグラフである。図中の表記については、
図3Aと同様である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(ウシの発情期間の誘起方法)
後述の実施例に示すとおり、分娩後40日前後に初回排卵が生じていないウシにおいて、黄体ホルモンを膣内に約12日間持続的に放出することによって、妊娠が可能となる機能的な発情期間を誘起できることが明らかになった。
【0020】
したがって、本発明は、分娩後の初回排卵以前のウシに、分娩後35~49日目から、膣内において黄体ホルモンを持続的に放出する工程と、
前記放出開始後6~14日目に持続的放出を停止し、前記ウシにおける血中の黄体ホルモン濃度を急激に低下させ、該ウシの発情を誘起する工程
とを含む、方法を提供する。
【0021】
本発明の対象となるウシは、分娩後の初回排卵が生じていない雌ウシである。なお、本発明において「初回排卵が生じていない」とは、発情の有無に関わらず、分娩後の最初の排卵がまた生じていないことを意味する。また、本発明適用前の分娩回数としては特に制限はない。
【0022】
また、本発明の対象となるウシの品種は特に限定されるものではない。ウシの繁殖生理は異なる品種でもほぼ共通であり、黄体ホルモンの作用機序は同一であることが知られている。したがって、品種間での薬物の感受性の違いを考慮する必要はあるが、本発明の方法は実施例で確認された品種(黒毛和牛)だけではなく、他の品種(特に、他の肉用品種)への適応も可能である。例えば、本発明の対象となるウシとしては、日本で飼養されている黒毛和牛(Japanese black)、日本短角種(Japanese Shorthorn)、褐毛和種(熊本)(Japanese Brown(Kumamoto))、褐毛和種(高知)(Japanese Brown(Kochi))、無角和種(Japanese Polled)、見島牛(Mishima Cattle)等の品種やそれらの交雑種、さらには世界で飼養されているウシのうち人工授精等の人為的繁殖が実施されている品種等が挙げられる。
【0023】
また、本発明の対象となるウシは、好ましくは、繁殖障害を伴わないウシである。「繁殖障害」とは、一時的又は永続的に妊娠できない病的状態を意味し、例えば、卵巣静止(繁殖時期になっても卵巣上に卵胞や黄体が存在しない状態)、卵胞嚢腫(卵胞が腫瘍化し排卵が起こらない状態)が挙げられる。
【0024】
本発明の方法においては、分娩後40日目前後に、前述のウシ膣内における黄体ホルモンの持続的放出が開始される。かかる開始日としては、分娩後の子宮が回復されており、また妊娠が可能となる機能的な発情周期を高確率にて誘起し易いという観点から、35~49日目であり、好ましくは37~45日目であり、より好ましくは38~42日目であり、さらに好ましくは40~41日目である。
【0025】
かかる黄体ホルモンの持続的放出の開始時点において、本発明にかかるウシの初回排卵が生じていないことは、当業者であれば、例えば、超音波画像検査、直腸検査、血中プロゲステロン値の測定を行うことによって判断することができる。より具体的には、かかる検査によって、卵巣における黄体の存在が認められない場合に、このウシは排卵が生じていないと判断することができる。なお、黄体は、排卵後の卵胞が変化して形成される構造物を意味する。したがって、卵胞の中で一番成熟し、排卵され得る大きな卵胞(主席卵胞、例えば8mm以上)が少なくとも1個(例えば、2個以内、または3個以上)存在することも、本発明における黄体ホルモンの持続的放出の開始時点の指標として用いることができる。
【0026】
本発明において、膣内における黄体ホルモンの持続的放出は、本発明にかかるウシにおける血清中黄体ホルモン濃度を、少なくとも2ng/mL(好ましくは3ng/mL以上、より好ましくは4ng/mL以上)に維持できればよく、例えば、後述の黄体ホルモン製剤を用いることによって行なうことができる。より具体的には、固体形態、半固体形態又は液体形態の黄体ホルモン製剤を継続的に膣内に投与することによって行なうことができる。また膣内留置型黄体ホルモン製剤を、膣内に留置することによっても行なうことができる。これらの中で、一定量の膣内における黄体ホルモンの持続的放出を、より簡便かつ効率的に行なえるという観点から、膣内留置型黄体ホルモン製剤を用いることが好ましい。
【0027】
かかる黄体ホルモンの持続的放出期間としては、排卵を引き起こすホルモンである下垂体からの黄体形成ホルモンのサージ状分泌を引き起こさせる観点から、当該放出開始後6~14日迄であり、好ましくは8~13日迄であり、より好ましくは11~13日迄であり、さらに好ましくは12日迄である。
【0028】
そして、本発明においては、前記持続的放出を停止することにより、前記ウシにおける血中の黄体ホルモン濃度が急激に低下する(例えば、1ng/mL以下となる)。なお、持続的放出の停止は、黄体ホルモン製剤を膣内から除去(膣内留置型黄体ホルモン製剤であれば抜去)することにより行なうことができる。次いで、当該急激な低下に伴い、ウシの品種・個体によって差はあるが、前記停止後2~3日目に、該ウシの発情が誘起することになる。
【0029】
なお、「発情」とは、雄ウシの交尾を許容する状態、又は他の雌ウシの乗駕を許容する状態(スタンディング発情)を意味する。「発情徴候」とは、発情に伴って、その徴候として認められる所見を意味し、外部生殖器又は挙動の変化等(外部発情徴候)と、膣検査又は直腸検査で認められる生殖器の変化(内部発情徴候)とがある。また「発情周期」とは、妊娠していない雌ウシにおいて営まれる生殖活動の周期的営みを意味し、より具体的には、発情及び発情徴候が認められる、乗駕許容日(スタンディング発情が認められた日)から次の乗駕許容日迄の期間とも言える。本発明において「発情周期」は、好ましくは、更に人工授精等の妊娠が可能となる機能的な周期であり、より具体的には、下記2点を満たす発情周期が挙げられる。
1)明瞭な発情を示す。
2)正常な発情周期長を有する。
1)に関しては、繁殖の基点となる発情行動(乗駕許容)が明瞭であることにより、繁殖計画(人工授精、胚移植又は交配)が立て易くなるという観点から好ましい(一方、鈍性発情の場合は、発情か否かの判断がつかず、また発情の開始が不明であることから、人工授精等の適切な実施時間(授精適期等)の推定が困難となる)。
2)に関しては、発情周期の長さは黄体機能を反映する。すなわち、正常な発情周期(21~23日間)は妊娠をさせる可能性が十分に高くなるため、本発明に係る発情周期は、当該正常な日数を有していることが好ましい(一方、分娩後の初回の発情周期は1~2週間程度の短い周期となることが多い。これは機能が低い黄体の形成を意味し、人工授精等を実施した場合でも受胎率が低いことが知られている)。
【0030】
以上のように、本発明によれば、妊娠が可能となる機能的な発情周期を、分娩後のウシに早期(例えば、分娩後57日以内)に誘起することができる。そして、この発情周期の早期誘起に伴い、分娩間隔を短縮させることも可能となる。
【0031】
(ウシの作出方法)
本発明はまた、上述したような発情誘起を利用して、ウシを作出する方法を提供する。具体的には、上記方法により、ウシの発情周期を誘起する工程と、人工授精、胚移植又は自然交配により、前記ウシを妊娠させ、仔ウシを分娩させる工程とを含む、ウシの作出方法を提供する。
【0032】
発情周期誘起化後のウシの妊娠は、当技術分野で公知の方法、例えば人工授精、胚移植、自然交配等で行うことができる。より具体的に、自然交配によりウシを作出する場合には、発情予定日前後にある処置した雌ウシと種雄ウシとを混牧叉は同居させる。人工授精によりウシを作出する場合には、例えば、処置した雌ウシの発情日に、同種の又は異種の雄ウシ由来の精液を注入する。胚移植を行う場合には、例えば、処置した雌ウシの発情後約7日目に胚を移植する。移植する胚は、仮親(すなわち処置した雌ウシ)と同種であってもよいし、又は異種であってもよい。例えば、日本短角種の雌ウシに対して本発明の発情周期誘起化方法を実施し、その雌ウシを受胚ウシとして、黒毛和牛種の胚を移植し、黒毛和牛種の仔ウシを作出することができる。
【0033】
上記方法において、発情の確認は、行動観察、発情発見器具を用いた検査、卵巣の変化の観察、内分泌物(例えば、黄体ホルモン、発情ホルモン)の検査等によって行うことができる。また受胎の確認は、当技術分野で公知の方法により行うことができる。例えば、直腸検査又は超音波画像診断を利用することが可能である。ウシは、およそ285日間の妊娠期間後に、仔ウシを分娩することになる。
【0034】
上述のとおり、本発明の発情周期の誘起方法によれば、妊娠が可能となる機能的な発情周期を、分娩後のウシに早期に誘起することができる。そして、この発情周期の早期誘起に伴い、分娩間隔を短縮させることも可能となる。そのため、ウシの生涯における作出数(生涯生産性)を向上させることも可能となる。
【0035】
(黄体ホルモン製剤)
上述のとおり、本発明においては、黄体ホルモンを膣内において持続的に放出する必要がある。かかる放出には、製剤化された黄体ホルモンが好適に用いられ、非経口投与、局所投与等に適した種々の形態に製剤することができる。
【0036】
黄体ホルモン製剤に有効成分として含有される「黄体ホルモン」は、ステロイドホルモンの一種であり、プロゲステロン(Progesterone)とも称される化合物である。本発明にかかる黄体ホルモンは、天然のもの(天然プロゲステロン)であってもよく、黄体ホルモン作用を有する限り、合成プロゲステロン(プロゲスチン、プロゲストーゲン)であってもよい。かかる合成プロゲステロンとしては、例えば、酢酸メレンゲステロール等の17-アセトキシプロゲステロン誘導体、酢酸メドロキシプロゲステロン、酢酸クロルマジノン、ジエノゲスト、ジドロゲステロンが挙げられる。
【0037】
また、本発明にかかる製剤化においては、この種の薬剤に通常使用される、薬理学上許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、防腐剤、等張化剤、安定化剤、分散剤、酸化防止剤、着色剤、香味剤、緩衝剤等の添加物が使用される。そして、その用途に応じて、固体形態(例えば、硬カプセル剤、軟カプセル剤、錠剤、顆粒剤、散剤、細粒剤、丸剤)、半固体形態(例えば、ゲル剤、軟膏)及び液体形態(例えば、乳剤、懸濁液、ローション、スプレー)のいずれかの製剤形態に調製することができる。使用し得る上記添加物としては、例えば、でん粉、ゼラチン、ブドウ糖、乳糖、果糖、マルトース、炭酸マグネシウム、タルク、ステアリン酸マグネシウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース又はその塩、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、p-ヒドロキシ安息香酸アルキルエステル、シロップ、エタノール、プロピレングリコール、ワセリン、カーボワックス、グリセリン、塩化ナトリウム、亜硫酸ソーダ、リン酸ナトリウム、クエン酸等が挙げられる。本発明にかかる黄体ホルモン製剤はまた、発情周期の誘起等において有用な他の薬剤を含有することもできる。
【0038】
また、本発明にかかる黄体ホルモン製剤は、膣内において持続的な放出をし易くなるという観点から、徐放性を有していることが望ましい。徐放性は、例えば、後述の樹脂組成物に黄体ホルモンを含有させておくことにより奏することができる。また、生分解性であり徐々に溶解する重合物質を、黄体ホルモン製剤に含有させることにより、徐放性を奏することもできる。かかる重合物質としては、例えば、ポリ(ε-カプロラクトン)、シクロデキストリン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリビニルピロリドン、澱粉状多糖類、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、架橋カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチル澱粉、メタクリル酸ジビニルベンゼンカリウムコポリマー、又はこれらの組み合わせが挙げられる。
【0039】
さらにまた、本発明にかかる黄体ホルモン製剤は、ウシの膣内に留置するための形態を有する樹脂組成物に含有(含漬等)叉は担持されるものであってもよい。かかる形態としては特に制限はないが、Y字状、T字状、t字状、V字状、C字状、X字状、M字状、螺旋形、叉骨形、凧形、菱形が挙げられる。このような形態を有する樹脂組成物を構成し、含まれるポリマーとしては、非分解性熱硬化性ポリマー、非分解性熱可塑性ポリマー、生分解性ポリマー、又はこれらの組み合わせが挙げられる。より具体的には、シリコーン、エチレン酢酸ビニル、ポリカプロラクトン、天然(ラテックス)ゴム、スチレンブタジエンゴム、ポリウレタン、ポリアミド(ナイロン)、低密度ポリエチレン(LDPE)、高密度ポリエチレン(HDPE)、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリアクリロニトリル、ポリオレフィン、ポリメタクリル酸メチル等のアクリル樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリフッ化ビニル、ポリメタクリレート、耐衝撃性ポリスチレン、ポリスチレン、ポリスルホン、ポリブタジエン、ポリアリールエヘテルケトン、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリ(ε-カプロラクトン)、シクロデキストリン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリビニルピロリドン、澱粉状多糖類、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、架橋カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチル澱粉、メタクリル酸ジビニルベンゼンカリウムコポリマー、ポリラティック-グリコール酸共重合体、ポリブチレンサクシネート、ポリp-ジオキサン、ポリ-3-ヒドロキシブチレート、又はこれらの組み合わせが挙げられる。
【0040】
また製剤中における黄体ホルモンの含有量は、ウシ血清中黄体ホルモン濃度を、少なくとも2ng/mLに維持できればよく、その種類に応じて異なるが、通常0.1~100重量%、好ましくは1~70重量%、より好ましくは5~70重量%、さらに好ましくは10~50重量%である。
【0041】
本発明の黄体ホルモン製剤としては、一定量の膣内における黄体ホルモンの持続的放出を、より簡便かつ効率的に行なえるという観点から、徐放性を有し、かつウシの膣内留置が可能な形態を供えた、膣内留置型黄体ホルモン製剤が好ましい。かかる膣内留置型黄体ホルモン製剤としては、イージーブリード(CIDR(controlled intravaginal drug releasing device)、InterAg社)、シダー1900(Zoetis社製)、オバプロンV(共立製薬株式会社製)、プリッドデルタ(あすか製薬株式会社)が挙げられる。
【0042】
また、本発明の黄体ホルモン製剤又はその説明書は、分娩後の初回排卵以前のウシに、分娩後35~49日目から投与され、膣内において黄体ホルモンを持続的に6~14日間持続的放出した後、前記ウシにおける血中の黄体ホルモン濃度を急激に低下させ、該ウシの発情を誘起するために用いられる旨の表示を付したものであり得る。ここで「製品又は説明書に表示を付した」とは、製品の本体、容器、包装等に表示を付したこと、あるいは製品の情報を開示する説明書、添付文書、宣伝物、その他の印刷物等に表示を付したことを意味する。
【実施例】
【0043】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0044】
(実施例1) 膣内留置型黄体ホルモン製剤による早期化処置の予備試験
自然哺乳下にある黒毛和種は、分娩後の初回排卵時期により早期区(分娩後40日以内)、正常区(60日目未満)及び遅延区(60日目以降)に区分される。肉用牛の初回人工授精日数の全国平均値は73.2日であり(LIAJ NEWS No.140(2013年5月25日)のトピックス「肉用牛の繁殖成績について」の
図6等 参照)、分娩間隔の延長原因となる初回人工授精日がこれ以降となるウシは正常区と遅延区に含まれる。
【0045】
また、本発明者らは、自然哺乳下にある黒毛和種繁殖牛31頭について、分娩後約40日目に、直腸検査及び超音波画像によって初回排卵の有無を調べた。その結果、初回排卵後の個体(すなわち黄体形成が認められた個体)、初回排卵前で8mm以上の主席卵胞数が2個以下の個体及び初回排卵前で8mm以上の主席卵胞数が3個以上の個体を各々、早期区(n=13)、正常区(n=16)及び遅延区(n=2)として区分できることを確認している(
図1に示す、早期区:41.9%、それ以外:58.1%)。
【0046】
したがって、各排卵時期から牛群の分娩間隔短縮のためには早期区以外の区で初回排卵時期を早期化する必要があると判断し、正常区と遅延区を早期化の対象牛群とした。
【0047】
農研機構九州沖縄農業研究センターで飼養されている分娩後初回排卵前の経産黒毛和種繁殖牛6頭(3~6産)を供試した。供試牛を3頭ずつの2群に分け、置型黄体ホルモン製剤(シダー1900、Zoetis社製)を分娩後約30日目(CDR30日区、n=3)及び約40日目(CDR40日区、n=3)に、各々の腟内に8~13日間留置した。そして、抜去後の発情発現、排卵及び次の発情日を調べた。各供試牛のスケジュールについて、下記表1に示す。
【0048】
【0049】
発情の発見及び発情徴候の診断については、腟内黄体ホルモン製剤の抜去後、原則として連日の目視観察により行い、発情発見補助器具(ヒートマウントディテクター、Karma社)に着色が認められたものをスタンディング発情とした。また、発情検知システム(牛歩、コムテック社)で歩数の上昇は認めるものの発情発見補助器具に変化が認められなかったものを鈍性発情とした。スタンディング発情と鈍性発情については、発情日に直腸検査及び超音波画像により発情卵胞の存在を確認し、数日後に排卵を確認した。さらに、発情発見補助器具及び発情検知システムに変化は認めないが、分娩後30日以降10日間隔で実施している直腸検査及び超音波画像診断により排卵が確認されたものは無発情性排卵に分類し、観察時の主席卵胞の大きさから発情日と初回排卵日を推定した。
【0050】
獲られた結果を、下記表2に示す。
【0051】
【0052】
なお、表2に示すとおり、CDR30日区の3頭において、スタンディング発情が認められたのは1頭のみであった。そのため、当該表において、CDR30日区の「発現周期長」は、鈍性発情又はスタンディング発情が認められた日から、次の鈍性発情又はスタンディング発情が認められた日迄の日数を示している。
【0053】
表2に示すとおり、正常区と遅延区の初回排卵前の時期である、分娩後約30日目又は40日目に処置を開始した結果を比較した結果、いずれも発情周期の誘起は認められた。しかしながら、明瞭な発情発現率は後者の方が顕著に優れていた。また、表2に示すCDR40日区の「発情までの日数」は平均2.3日と黄体期中にCIDRを処置した場合での一般的な発情誘起日数である約2日と一致しており、かつ「発情徴候率」が100%であったことは、CIDR抜去後の発情卵胞の発育及び成熟は正常と考えられた。さらに、「発現周期長」が平均20.0日であったことは、発情に続く排卵後の黄体形成も健常と考えられた。これらのことから、初回排卵前の分娩後40日前後のウシにおいて、CIDRの処置により視床下部―下垂体―性腺軸の機能を回復させうることが期待できる。
【0054】
したがって、明瞭な発情発現を伴い、妊娠が可能となる機能的な発現周期の誘起を行なう上で、初回排卵前である分娩後約40日目に、腟内留置型黄体ホルモン製剤の留置を開始することが有効であることが明らかとなった。そして、以上の結果に基づき、
図1に示す早期化プロトコールを作成した。
【0055】
(実施例2) 膣内留置型黄体ホルモン製剤による早期化処置の実証試験
上記実施例の結果を鑑み、
図1に示すフローチャートに沿って、更なる検証を行なった。具体的には、分娩後の自然哺乳下にある黒毛和種繁殖牛10頭(初産~6産)を供試した。分娩後約40日目の直腸検査及び超音波画像により、初回排卵後の個体(黄体形成が認められた個体)、及び初回排卵前で主席卵胞が複数個認められた個体を、それぞれ早期区(n=4)、及び正常区・遅延区(n=6)とした。そして、各区について早期化手順に従い繁殖計画を進めた(
図1)。発情発見は目視観察、発情発見補助器具(ヒートマウントディテクター、Karma社)により行い、乗駕許容を伴う発情が発現時した場合、発情検知システム(牛歩、コムテック社)により授精適期を推定し、人工授精を行った。そして、得られたデータから早期化処置導入による分娩間隔短縮の効果を調べた。なお、宮崎県下での自然哺乳牛群における繁殖成績を対象データとした。得られた結果を、下記表3及び表4、並びに
図3A及び3Bに示す。
【0056】
【0057】
【0058】
表3に示すとおり、早期化処置後2日目を中心に、80%以上の確率で明瞭な発情が発現し、さらに排卵後に一般的な長さを有する発情周期が誘起された。この反応は、従来の方法(黄体が存在する時期に行う腟内留置型黄体ホルモン製剤処置)の反応とほぼ同等であった。このように、従来にはなかった、初回排卵前の生理的空胎期間において、腟内留置型黄体ホルモン製剤を利用することにより、同製剤による繁殖機能回復後での一般的な発情同期化と同等の発情周期を、誘起できることが明らかになった(
図2 参照)。
【0059】
さらに、
図1に示すとおり、分娩後40日目前後における黄体の有無を指標として、早期区(前記黄体があったウシ群)と正常/遅延区(前記黄体がなかったウシ群)に分け、前者と早期化処置を施した後者とにおいて、初回発情日及び初回乗駕許容発情日を比較した。その結果、
図3Aに示すとおり、初回発情日は無処置(早期区)で有意に早かったものの、人工授精が実施可能となる明瞭な発情を示す初回発情日(初回乗駕許容発情日)は、共に約58日となった。すなわち、上記早期化処置により、分娩後40日前後で初回排卵が生じていないウシであっても、当該時期に初回排卵が生じているウシと同等にまで、機能的な発情発現を短縮できることが明らかになった。
【0060】
また、本実施例における繁殖成績を、宮崎県(日本)下の自然哺乳牛群データ(Sasaki Y.ら、Theriogenology、2016年,86巻、9号、2156~2161ページ 参照)と比較した結果、表4に示すとおり、初回人工授精日及び受胎人工授精日は大きく短縮しており、分娩間隔は365日以下と試算される。このことから、早期離乳より繁殖機能回復が遅い自然哺乳においても、年1産が達成できる可能性が示される。なお、この分娩間隔日数は日本の家畜改良増殖目標(2020年度)にて掲げられている、2025年度の目標値380日をすでに達成している。このように、本発明によれば、正常区と遅延区での初回人工授精日を早期区と同等まで短縮でき、牛群全体の分娩間隔を大きく短縮できる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上説明したように、本発明によれば、分娩後のウシに、妊娠が可能となる機能的な発情周期を誘起することが可能となる。特に、前記機能的な発情周期を、分娩後早期(例えば、分娩後57日以内)に誘起することができる。そして、この発情周期の早期誘起に伴い、分娩間隔を短縮させることも可能となる。さらには、ウシの生涯生産性を向上させることも可能となる。したがって、本発明は、畜産業におけるウシの生産量向上に大きく貢献するものである。