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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-04
(45)【発行日】2024-07-12
(54)【発明の名称】熱電変換素子及び熱電変換デバイス
(51)【国際特許分類】
   H10N 15/20 20230101AFI20240705BHJP
【FI】
H10N15/20
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023072584
(22)【出願日】2023-04-26
(62)【分割の表示】P 2019527731の分割
【原出願日】2018-07-03
(65)【公開番号】P2023083615
(43)【公開日】2023-06-15
【審査請求日】2023-05-24
(31)【優先権主張番号】62/528,236
(32)【優先日】2017-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、研究タイプ「チーム型研究(CREST)」、研究領域「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」、研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」、研究代表者「中辻 知」、研究題目「カイラル反強磁性体における起電力機能の実験的開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中▲辻▼ 知
(72)【発明者】
【氏名】酒井 明人
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-084854(JP,A)
【文献】特開2016-080394(JP,A)
【文献】LUNDGREN, Rex,Thermoelectric properties of Weyl and Dirac semimetals,Physical Review. B. Condensed matter and Materials Physics,米国,American Physical Society,2014年10月13日,Vol.90, No.16,p.165115-1-165115-16
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイル金属により構成され、異常ネルンスト効果により起電力を生じさせる、熱電変換素子。
【請求項2】
前記ワイル金属は、CoTXの組成を有し、前記Tは遷移金属元素であり、前記XはSi、Ge、Sn、Al、及びGaのいずれか1つである、請求項1に記載の熱電変換素子。
【請求項3】
前記ワイル金属は、CoMnGaである、請求項2に記載の熱電変換素子。
【請求項4】
前記ワイル金属は、CoMnAl、CoMnIn、FeNiGa、CoTiSb、CoVSb、CoCrSb、CoMnSb、及びTiGaMnのいずれか1つである、請求項1に記載の熱電変換素子。
【請求項5】
前記熱電変換素子は0.1μm以上の厚さを有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の熱電変換素子。
【請求項6】
基板と、
前記基板に設けられ、請求項1~5のいずれか1項に記載の熱電変換素子と、
を備える熱電変換デバイス。
【請求項7】
前記熱電変換素子は、前記基板の平面に沿って一方向に延在して設けられ、前記基板の平面に沿って前記一方向に直交する方向に磁化されている、請求項6に記載の熱電変換デバイス。
【請求項8】
前記基板に、各々が前記熱電変換素子と同一の前記ワイル金属からなる複数の熱電変換素子が設けられ、前記複数の熱電変換素子は、前記基板の平面に沿って前記一方向に直交する方向に並列して設けられる、請求項7に記載の熱電変換デバイス。
【請求項9】
前記複数の熱電変換素子は、電気的に直列に接続されている、請求項8に記載の熱電変換デバイス。
【請求項10】
前記複数の熱電変換素子は、第1熱電変換素子と、前記第1熱電変換素子に隣接して設けられた第2熱電変換素子とを有し、
前記第1熱電変換素子の前記一方向における端部と、前記第2熱電変換素子の前記一方向における前記端部とは反対側の端部とが、電気的に接続されて蛇行形状をなし、
前記第1熱電変換素子及び前記第2熱電変換素子は、同符号のネルンスト係数を有し、磁化の方向が互いに逆になるように配置され、又は、前記第1熱電変換素子及び前記第2熱電変換素子は、互いに逆符号のネルンスト係数を有し、磁化の方向が同一となるように配置されている、請求項9に記載の熱電変換デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電変換素子、及び熱電変換素子を備えた熱電変換デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、異常ネルンスト効果(Anomalous Nernst effect)を利用した熱電変換デバイスが提案されている(例えば、特許文献1参照)。異常ネルンスト効果とは、磁性体に熱流を流して温度差が生じたときに、磁化方向と温度勾配の双方に直交する方向に電圧が生じる現象である。
【0003】
同じく温度勾配によって電圧を発生させる熱電機構として、ゼーベック効果(Seebeck effect)がよく知られている。ゼーベック効果では、温度勾配と同じ方向に電圧が生じることから、熱電モジュールが複雑な3次元構造となり、大面積化やフィルム化が困難である。また、毒性や希少性の高い材料が用いられており、脆弱で振動に弱く、さらに製造コストが高いという課題がある。一方、異常ネルンスト効果では、温度勾配に直交する方向に電圧が生じることから、熱電モジュールは、熱源に沿うように展開することができ、大面積化及びフィルム化に有利である。更に、廉価で毒性が少なく、且つ耐久性の高い材料を選択することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6079995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように、異常ネルンスト効果はゼーベック効果に対して優位性があるものの、通常の磁性体を用いた異常ネルンスト効果による現状の発電量は、本格的な実用化のためにはまだ小さい。
【0006】
そこで、本発明は、従来よりも大きな異常ネルンスト効果をもたらす熱電変換素子、及び熱電変換素子を備えた熱電変換デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様に係る熱電変換素子は、ワイル金属により構成され、異常ネルンスト効果により起電力を生じさせる。
【0008】
本発明の第2の態様に係る熱電変換デバイスは、基板と、基板に設けられた上述の熱電変換素子と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ワイル金属により構成された熱電変換素子を用いることにより、従来よりも大きな異常ネルンスト効果をもたらすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】ワイル粒子のエネルギーと運動量との関係(バンド分散)を示す模式図である。
図2】CoMnGaの結晶構造を示す模式図である。
図3】本発明の実施形態に係る熱電変換素子の構成を示す模式図である。
図4】熱電変換素子のネルンスト効果とホール効果と磁化の磁場依存性及び温度依存性を測定した結果を示すグラフである。
図5】ゼロ磁場での熱電変換素子の縦抵抗率とゼーベック係数の温度依存性を示すグラフである。
図6A】熱電変換素子のホール伝導度及びペルティエ係数の温度依存性を示すグラフである。
図6B図6Aのペルティエ係数の温度依存性を量子臨界点付近のスケーリング関数によって示すグラフである。
図7A】第1原理計算によって得られたCoMnGaのバンド構造を示す図である。
図7B】CoMnGaのフェルミエネルギー近傍のバンド分散と、第1ブリルアンゾーン及び面心立方格子の対称点(挿入図)と、を示す模式図である。
図7C】エネルギーE~20meV付近でのU‐Z‐Uに沿ったバンド構造(上部)と、運動量kUZ(U‐Z方向)とkcによって張られるka=kb平面におけるベリー曲率の分布(下部)と、を示す模式図である。
図8A】第1原理計算によって得られたCoMnGaのスピン分解状態密度を示すグラフである。
図8B図8Aにおいて、フェルミエネルギー近傍での状態密度を示すグラフである。
図9】ワイル点の数のエネルギー依存性と、第1原理計算から得られた、熱電変換素子の絶対零度でのホール伝導度及び-αyx/Tのエネルギー依存性と、を示すグラフである。
図10A】TypeIのバンド分散とネルンスト係数との関係を示す模式図である。
図10B】量子臨界点におけるバンド分散とネルンスト係数との関係を示す模式図である。
図11A】電流の方向ごとに熱電変換素子の縦伝導度の磁場依存性を測定した結果を示すグラフである。
図11B】電流の方向ごとに熱電変換素子の磁気伝導率の角度(磁場と電流との間の角度)依存性を測定した結果を示すグラフである。
図12】様々な強磁性体及び反強磁性体MnSnについてペルティエ係数の大きさを比較した結果を示すグラフである。
図13】本実施形態の熱電変換素子を備えた熱電変換デバイスの一例を示す外観図である。
図14】本実施形態の熱電変換素子を備えた熱電変換デバイスの他の例を示す外観図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付の図面を参照して、本発明の例示の実施形態について説明する。
【0012】
近年、電子構造のトポロジーが異常ネルンスト効果による熱電機構に関与していることが理論的に知られている。特に、フェルミエネルギーEの近傍に存在するワイル点(Weyl points)のベリー曲率(Berry curvature)によって、異常ネルンスト効果を高める可能性があることが示唆されていることから、ワイル粒子(Weyl fermion)を有する物質の探索や物質合成が、異常ネルンスト効果を用いた熱電変換デバイスの開発に有効であると期待されている。
【0013】
ワイル粒子は、ディラック方程式によって記述される質量ゼロの粒子である。ワイル点は、図1に示すように、線形のバンド分散が交差する点に存在し、異なるカイラリティ(右巻き、左巻き)を有する対として出現する。ワイル点の対は、運動量空間における仮想磁場(ベリー曲率)の正負の磁極とみなすことができ、実空間の磁場と同様、物質中の電子の運動に影響を及ぼしていると考えられている。
【0014】
近年の第1原理計算により、CoTX組成の金属が、運動量空間においてフェルミエネルギーEの近傍にワイル点が存在するワイル金属の候補であることが示されている。ここで、Tは遷移金属元素であり、XはSi、Ge、Sn、Al、及びGaの何れか一つである。本実施形態では、このような金属の一例として、フルホイスラー強磁性体であるCoMnGaに着目する。
【0015】
図2に、CoMnGaの結晶構造を模式的に示す。図2に示すように、CoMnGaはL2型立方晶のフルホイスラー構造を有する。L2構造の単位格子は4つの面心立方格子(fcc)からなり、格子座標において、Co原子は(1/4、1/4、1/4)及び(3/4、3/4、3/4)、Mn原子は(0、0、0)、Ga原子は(1/2、1/2、1/2)に位置する。CoMnGaの結晶構造は、X線回折等の様々な回折法によって判定することができる。
【0016】
次に、図3を参照して、本発明の実施形態に係る熱電変換素子及びその熱電機構について説明する。本実施形態に係る熱電変換素子1は、CoMnGaからなり、図3に示すように、一方向(y方向)に延在する直方体状をなし、0.1μm以上の厚さ(z方向の長さ)を有し、+z方向に磁化しているものとする。熱電変換素子1に+x方向の熱流Q(~∇T)が流れると、+x方向に温度差が生じる。これにより、熱電変換素子1には、異常ネルンスト効果によって、熱流Qの方向(+x方向)及び磁化Mの方向(+z方向)の双方に直交する外積の方向(y方向)に起電力V(~M×∇T)が発生する。
【0017】
次に、熱電変換素子1の異常ネルンスト効果を検証した実験について説明する。
【0018】
CoMnGaの単結晶は、適切な比のCoとMnとGaとをアーク溶解することによって多結晶の試料を作製した後、チョクラルスキー法により準備した。X線回折によると、作製されたCoMnGaは、格子定数a=5.77(3)Åを示した。実験では、熱電変換素子1として、サイズが7.5×2.0×1.3mmの直方体状の3個の試料を作製した。3個の試料は、磁場Bの方向に平行な結晶の方位によって区別され、B||[100]の試料、B||[110]の試料、及びB||[111]の試料を、それぞれ、#100、#110、及び#111と表記する。本実施形態では、輸送現象(ネルンスト効果、ゼーベック効果、及びホール効果)を公知の方法を用いて試料ごとに測定した。
【0019】
試料ごとにネルンスト効果、ゼーベック効果及びホール効果を測定した結果を図4図6Aに示す。
【0020】
図4のグラフaは、室温(T=300K)でのネルンスト係数-Syxの磁場依存性を示しており、[100]に平行な磁場B、[110]に平行な磁場B、及び[111]に平行な磁場Bを印加し、且つ[001]又は[10-1]に平行な熱流Qを流したときの観測結果を示している。図4のグラフbは、各試料にB=2Tの磁場を印加したときの-Syxの温度依存性を示す。図4のグラフbから明らかなように、-Syxは温度の上昇とともに増加し、室温では|Syx|~6μV/Kに達し、400Kでは|Syx|~8μV/Kまで達しており、異常ネルンスト効果の従来の観測値よりも一桁大きな値を示している。
【0021】
-Syxの観測値は、図5のグラフbに示すゼーベック係数Sxxに対する比(すなわち、ネルンスト角θ≒tanθ=Syx/Sxx)においても、かつてないほどの大きな値を示している。実際、図4のグラフaの右側縦軸に示すように、|Syx/Sxx|は0.2よりも大きな値をとっている。また、図4のグラフa及びbより、Syxにはほとんど異方性がないことがわかる。
【0022】
ホール抵抗率ρyxは、図4のグラフc及びdに示すように、室温で15μΩcmまで達し、320K付近で最大値16μΩcmに達する。ホール角θ≒tanθ=ρyx/ρxx図4のグラフcの右側縦軸)も、室温で0.1を超える大きな値をとる。ここで、ρxxは縦抵抗率である。図5のグラフaに、ゼロ磁場でのρxxの温度依存性を示している。
【0023】
図4のグラフe及びfに、室温での磁化Mの磁場依存性と、磁場B=2Tでの磁化Mの温度依存性をそれぞれ示す。図4のグラフa、c及びeから、ホール効果もネルンスト効果も、磁化曲線とほぼ同じ磁場依存性を示していることがわかる。このことは、T=300Kにおいて、ホール効果及びネルンスト効果に対する異常項の寄与(∝M)が優勢である一方、正常項の寄与(∝B)が極めて小さいことを示している。図4のグラフe及びfに示すように、飽和磁化Msは、T=300Kで3.8μまで達し、温度の下降にともなって上昇し、T=5Kで約4μに達しており、スレーター・ポーリング則に基づいて予測された値と一致する。また、図4のグラフe及びfより、T=300Kにおいて、磁化の異方性はほとんど無視することができ、立方晶の構造と完全に一致することがわかる。
【0024】
観測されたホール抵抗率|ρyx|~15μΩcmは、異常ホール効果のこれまでの観測値の中でも最大級の大きさである。同様に、ホール伝導度も非常に大きな値を示す。図6Aのグラフaに、B=2Tでのホール伝導度σyxの温度依存性を示す。ここで、σyx=-ρyx/(ρxx +ρyx )である。-σyxは、温度の下降にともなって単調増加し、絶対零度で-σyx~2000Ω-1cm-1に達する。この値は、積層量子ホール効果で知られる値と同じオーダーの大きさである。
【0025】
ネルンスト係数Syxは、ペルティエ係数αyxによって定義することができる。一般に、電流は、電場εと温度勾配∇Tによって生成され、J=σ・ε-α・∇Tと表される。ここで、J、σ、及びαは、それぞれ、電流密度テンソル、電気伝導度テンソル、及び熱電伝導率テンソルである。磁場Bの方向がz方向に平行で、温度勾配∇Tがx方向に平行とし、J=0に設定すると、J=σyxxx+σxxyx-αyx=0となる。ここで、立方対称性よりσxx=σyyである。すなわち、横方向(transverse)の熱電係数であるペルティエ係数は式(1)のように与えられる:
ペルティエ係数αyx=ホール伝導度σyx×ゼーベック係数Sxx+縦伝導度σxx×ネルンスト係数Syx …(1)
式(1)より、ペルティエ係数によってネルンスト係数の大きさが定まり、異常ネルンスト効果を判断する上でペルティエ係数を評価することは有効である。
【0026】
式(1)と、図4図5及び図6Aのグラフaから得られた値とを用いて、-αyxの温度依存性を算出した結果を図6Aのグラフbに示す。図6Aのグラフbに示すように、-αyxはT~25KまではTとともにほぼ線形に増加し、T~140Kで最大値をとり、以降はTが上昇するにしたがって徐々に減少する。ここで、-αyxの温度依存性の曲線は、-TlogTに非常に類似した振る舞いをしていることがわかる。より詳細には、logTに対して-αyx/T(図6Bの右側縦軸)のデータをプロットすると、低温における-αyx~Tの振る舞いと、高温における-αyx~-TlogTの振る舞いとの間にクロスオーバーがあることがわかる。
【0027】
低温での-αyx~Tの振る舞いは、低温(kBT<< E)でのαyxとT=0でのホール伝導度σyxのエネルギー微分との関係を定めたモット(Mott)の式に一致している(αyx~-(π T/3e)(∂σyx/∂E))。ここで、kBはボルツマン定数である。一方、高温(T~30Kと400Kの間)での-αyx~-TlogTの振る舞いはモットの式に従っていない。熱電係数の-TlogTの振る舞いは、以下に説明するように、ワイル粒子によって理解することができる。
【0028】
ワイル点の存在を示すために、まず、CoMnGaのフェルミエネルギーEに最も近いフェルミ面に着目する。図7Aに、第1原理計算から得られたCoMnGaのバンド構造を示す。ここで、磁化M=4.2μであり、磁化方向は[110]に沿った方向である。図7Aにおいて、ブリルアンゾーン境界の近傍に位置し、且つフェルミエネルギーE(=0eV)に最も近いフェルミ面(最も大きなフェルミ面)を形成するバンドを太線で示している。図7A図7Cより、フェルミエネルギーE近傍のE≒20meV付近にワイル点(+-)があり、このフェルミ面は、ワイル点(+-)の近傍で大きなベリー曲率|Ω|を有する(図7C)。
【0029】
図7B及び図7Cより、ワイル点(+-)は、運動量kUZ(U‐Z方向)とkcによって張られるka=kb平面において、ブリルアンゾーン境界上のU‐Z‐U線に沿って±k=±(2π/a)×0.15に位置する。図7Cでは、ka=kb平面におけるベリー曲率のz成分|Ω|の分布を濃淡によって示しており、ベリー曲率|Ω|が相対的に大きい箇所(濃淡の濃い部分)にワイル点(+-)が出現している。ブリルアンゾーンにおけるワイル点の探索は、Fukui-Hatsugai-Suzuki(J. Phys. Soc. Jpn 74, 1674-1677 (2005))の方法によって行うことができる。
【0030】
図7A及び図7Bより、フェルミエネルギーE近傍では、最も大きなフェルミ面を形成するバンドと別のバンドが交差して線形分散をなしているが、双方のバンドの分散がほぼフラットになるため、状態密度(density of states:DOS)が大きくなる。図8Aに、第1原理計算によって得られたCoMnGaのスピン分解状態密度を示し、図8Bに、フェルミエネルギーE近傍での状態密度を示している。図8Bに示すように、状態密度は、フェルミエネルギーEと60 meV付近とで、それぞれピークを示している。すなわち、フェルミエネルギーE近傍でCoMnGaの状態密度は極大値をとることがわかる。
【0031】
右巻き(+)と左巻き(-)のワイル粒子は、式(2)のように、低エネルギーのハミルトニアンによって記述される。
【数1】
ここで、v、v及びvは3つの独立な速度パラメータであり、hはプランク定数である。上述のCoMnGaの第1原理計算により、ワイル粒子は、E≒20meV付近の±k~(2π/a)×0.15に位置し、傾きパラメータv/v=0.99、v≒10m/sとなった。傾きパラメータv/v=1は量子臨界点に対応し、v/v<1はTypeIのワイル粒子に対応し、v/v>1はTypeIIのワイル粒子に対応する。TypeIのワイル粒子(v/v<1)では、ワイル点での状態密度はゼロであるが、TypeIIのワイル粒子(v/v>1)では、ワイル点での状態密度が有限となり、電子ポケットと正孔ポケットが接触する。
【0032】
量子臨界点(v/v=1)において、ホール伝導度のエネルギー微分∂σyx/∂Eは低エネルギーで対数発散する。ここで、低エネルギー理論を適用すると、量子臨界点付近でのペルティエ係数の温度及び化学ポテンシャル依存性を示すαyx(T、μ)は、広い温度範囲にわたって、無次元のスケーリング関数Gによって記述することができる(図6B参照)。ここで、μは化学ポテンシャルである。図6Bは、実験(T=550K)及び密度汎関数理論(DFT)計算(T=6000K)から求めたスケーリング関数が、広い温度範囲にわたって、低エネルギー理論から求めた結果(図6Bの実線:(μ―E)/k=-0.05のとき)と一致していることを示している。
【0033】
すなわち、低エネルギー理論のスケーリング関数から、量子臨界点における∂σyx/∂Eの対数発散は、低温でαyx~Tlog(|E-E|/(hv/2π))の振る舞いを導くことができる。一方、この対数発散は、kT>|E-E|の高温で、αyx~Tlog(kT/(hv/2π))の振る舞いを導くことができるが、モットの式(αyx~T)に従っていない。このように、αyxの温度依存性は、広い温度範囲にわたって、TypeIとTypeIIとの間の量子臨界点付近における低エネルギー理論のスケーリング関数によって理解することができる。
【0034】
なお、化学ポテンシャルμがワイル点にチューニングされた場合(μ=E)、スケーリング関数は任意の低温においてもモットの式に従っていない(図6Bの破線)。
【0035】
図9のグラフaに、[110]に沿った磁化に対するワイル点の数のエネルギー依存性を示し、グラフbに、T=0Kでの-σyxのエネルギー依存性を示し、グラフcに、T=0Kでの-αyx/Tのエネルギー依存性を示す。図9のグラフaにおいて、+1及び-1は、ワイル点のカイラリティ(右巻き、左巻き)を示している。これらのグラフa~cによると、E~0.02eV付近で-αyx/Tは鋭いピークを示しており、ワイル点の数が多くなっている。また、E~-0.1eV近傍でも-αyx/Tは極値をとっており、ワイル点の数が一層多くなっていることがわかる。このように、ワイル点はフェルミエネルギーEから±0.1eVの範囲内に存在し得る。
【0036】
図10A及び図10Bに、バンド分散とネルンスト係数との関係を模式的に示す。図10Aに示すように、量子臨界点(v=v)から離れたTypeIのワイル粒子では、2つのエネルギーバンドが点で接触しており、ワイル点での状態密度はゼロである。このときのネルンスト係数は約0.7μV/Kである。量子臨界点に近づくにつれてネルンスト係数は増大し、量子臨界点に達すると(図10B)、2つのエネルギーバンドの分散がフラットとなり、ワイル点での状態密度が大きくなる。このとき、ネルンスト係数は極大となり、約7μV/Kに達する。このように、フラットな分散によって、ネルンスト係数の大きさが一桁大きくなる。
【0037】
上述のように、CoMnGaの第1原理計算により、E≒20meV付近の±k~(2π/a)×0.15に位置し、且つ傾きパラメータがv/v=0.99のTypeIのワイル粒子の存在が示され、量子臨界点付近のネルンスト係数を得ることができた。
【0038】
CoMnGaにワイル粒子が存在する証拠をさらに示すため、熱電変換素子1に対し、電流方向ごとに縦伝導度σxxの磁場依存性の測定を行うとともに、電流方向ごとに磁気伝導率σxx(B)-σxx(0)(magneto-conductivity)の角度依存性の測定を行った。
【0039】
図11Aは、磁場Bと電流Iが平行な場合(I||B)と磁場Bと電流Iが垂直な場合(I⊥B)のそれぞれについてT=0.1KとT=5Kでの縦伝導度σxxの磁場依存性を測定した結果を示すグラフである。図11Bは、T=5K及び|B|=9Tの下で、I||[100]、I||[110]、及びI||[111]のそれぞれについて、磁気伝導率の角度(磁場Bと電流Iとの間の角度θ)依存性を測定した結果を示すグラフである。θ=0°、180°、及び360°はI||Bに対応し、θ=90°及び270°はI⊥Bに対応する。図11Bから、磁気伝導率がcosθの振る舞いを示していることがわかる。また、図11A及び図11Bから明らかなように、高磁場(例えば、|B|~6T以上)において、磁場Bと電流Iが平行になったときに電流Iが流れやすくなっていることがわかる。これは、ワイル粒子を含む物質に現れるカイラル異常(chiral anomaly)が生じていることを意味する。
【0040】
図12に、様々な強磁性体及び反強磁性体MnSnについて、ペルティエ係数の大きさ|αyx|を比較した結果を示す。図12から明らかなように、CoMnGaのペルティエ係数の大きさは、他の強磁性体及び反強磁性体MnSnよりも群を抜いて大きいことがわかる。
【0041】
次に、本実施形態の熱電変換素子をモジュール化した熱電変換デバイスについて説明する。
【0042】
図13に、本実施形態に係る熱電変換デバイス20の外観構成を示す。熱電変換デバイス20は、基板22と、基板22上に載置された発電体23と、を備える。熱電変換デバイス20において、基板22側から発電体23に向けて熱流Qが流されると、発電体23に熱流方向の温度差が生じ、異常ネルンスト効果によって発電体23に電圧Vが生じる。
【0043】
基板22は、発電体23が載置される第1面22aと、第1面22aと反対側の第2面22bと、を有する。第2面22bには、熱源(図示せず)からの熱が当てられる。
【0044】
発電体23は、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25とを有し、各々は、L字の立体的形状をなし、図3に示す熱電変換素子1と同一の物質からなる。図13に示すように、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25は、基板22上に、各々の長手方向(x方向)と垂直な方向(y方向)に、交互に並列に配置されている。なお、発電体23を構成する熱電変換素子24及び熱電変換素子25の数は限定されない。
【0045】
また、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25は、熱電変換素子24の磁化M1の方向と熱電変換素子25の磁化M2の方向が逆になるように配置される。また、複数の熱電変換素子24及び複数の熱電変換素子25は、同符号のネルンスト係数を有する。
【0046】
熱電変換素子24は、長手方向(x方向)に平行な第1端面24aと第2端面24bとを有している。熱電変換素子25は、長手方向(x方向)に平行な第1端面25aと第2端面25bとを有している。熱電変換素子25の第1端面25aと、隣接する熱電変換素子24の第2端面24bが接続され、当該熱電変換素子25の第2端面25bと、反対側に隣接する熱電変換素子24の第1端面24aが接続されている。これにより、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25とが電気的に直列に接続される。すなわち、発電体23は、基板22の第1面22a上に蛇行状に設けられている。
【0047】
熱源から基板22の第2面22bに熱が当てられると、発電体23に向けて+z方向の熱流Qが流れる。熱流Qにより温度差が生じると、異常ネルンスト効果により、熱電変換素子24では、磁化M1の方向(-y方向)及び熱流Qの方向(+z方向)の双方に直交する方向(-x方向)に起電力E1が生じる。熱電変換素子25では、異常ネルンスト効果により、磁化M2の方向(+y方向)及び熱流Qの方向(+z方向)の双方に直交する方向(+x方向)に起電力E2が生じる。
【0048】
上述のように、並列に配置された熱電変換素子24と熱電変換素子25は、電気的に直列に接続されていることから、一の熱電変換素子24で発生した起電力E1が、隣接する熱電変換素子25に印加され得る。また、一の熱電変換素子24で発生する起電力E1と、隣接する熱電変換素子25で発生する起電力E2が逆方向であることから、隣接する熱電変換素子24及び熱電変換素子25のそれぞれで起電力が加算され、出力電圧Vを増大させることができる。
【0049】
なお、図13の熱電変換デバイス20の変形例として、熱電変換素子24と熱電変換素子25が互いに逆符号のネルンスト係数を有し、且つ複数の熱電変換素子24及び複数の熱電変換素子25の磁化方向が同一となるように(すなわち、磁化M1の方向と磁化M2の方向が同一となるように)配置した構成を採用してもよい。
【0050】
本実施形態の熱電変換デバイスは、図13に示した態様に限定されない。異常ネルンスト効果では、温度勾配と磁化方向と電圧の方向が互いに直交しているため、薄いシート状の熱電変換素子を作製することが可能である。
【0051】
図14に、シート状の熱電変換素子32を備えた熱電変換デバイス30の外観構成を示す。具体的には、熱電変換デバイス30は、中空部材31と、中空部材31の外表面を覆うように(巻き付くように)設けられた、長尺のシート状の熱電変換素子32と、を備える。熱電変換素子32は、図3に示す熱電変換素子1と同一の物質からなる。熱電変換素子32の磁化の方向は中空部材31の長手方向(x方向)に平行である。中空部材31の長手方向(x方向)と垂直な方向に熱流が生じ、中空部材31の内部から外部の方向に温度勾配が生じると、異常ネルンスト効果によって、長尺の熱電変換素子32の長手方向(磁化の方向及び熱流の方向に垂直な方向)に沿って電圧Vが発生する。
【0052】
ここで、図13及び図14において、熱電変換素子の長手方向の長さをL、厚さ(高さ)をHとすると、異常ネルンスト効果により発生する電圧はL/Hに比例する。すなわち、熱電変換素子が長く薄いほど、発生する電圧が大きくなる。よって、複数の熱電変換素子24と複数の熱電変換素子25とを電気的に直列に接続して蛇行形状をなす発電体23(図13)や、長尺のシート状の熱電変換素子32(図14)を採用することによって、異常ネルンスト効果の向上を期待することができる。
【0053】
熱電変換デバイス20及び熱電変換デバイス30は、様々な装置に適用することができる。例えば、熱電変換デバイスを熱流センサに設けることで、建築物の断熱性能の良否を判定することができる。また、自動二輪車等の排気装置に熱電変換デバイスを設けることで、排気ガスの熱(廃熱)を利用して発電することができ、熱電変換デバイスを補助電源として有効利用することができる。
【0054】
本実施形態では、異常ネルンスト効果によって生じる電圧に着目したが、温度勾配によって生じたゼーベック効果による電圧と、ゼーベック効果が作り出した電圧に基づいて生じるホール効果と、異常ネルンスト効果によって生じる電圧との相乗効果により、出力電圧を高めることが可能である。
【0055】
本実施形態では、CoMnGaがワイル粒子の存在によって異常ネルンスト効果を高める物質であることを説明した。CoMnGa以外に、ワイル粒子の存在によって異常ネルンスト効果を高める可能性がある候補物質として、CoMnAl、CoMnIn、MnGa、MnGe、FeNiGa、CoTiSb、CoVSb、CoCrSb、CoMnSb、TiGaMnなどを挙げることができる。
【符号の説明】
【0056】
1、24、25、32 熱電変換素子
20、30 熱電変換デバイス
22 基板
23 発電体
31 中空部材

図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図7C
図8A
図8B
図9
図10A
図10B
図11A
図11B
図12
図13
図14