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特許7515855非特異的吸着抑制効果の高い糖鎖リガンド、および該糖鎖リガンドを固定化した毒素検知チップ
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  • 特許-非特異的吸着抑制効果の高い糖鎖リガンド、および該糖鎖リガンドを固定化した毒素検知チップ 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-05
(45)【発行日】2024-07-16
(54)【発明の名称】非特異的吸着抑制効果の高い糖鎖リガンド、および該糖鎖リガンドを固定化した毒素検知チップ
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240708BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20240708BHJP
   G01N 33/569 20060101ALI20240708BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240708BHJP
【FI】
G01N33/53 S
G01N33/543 501A
G01N33/569 F
G01N33/569 G
C12M1/34 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020071741
(22)【出願日】2020-04-13
(65)【公開番号】P2021167797
(43)【公開日】2021-10-21
【審査請求日】2022-12-28
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】鵜沢 浩隆
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/146694(WO,A1)
【文献】特表2018-525637(JP,A)
【文献】特表2008-541011(JP,A)
【文献】特開2017-044482(JP,A)
【文献】国際公開第2013/146741(WO,A1)
【文献】米国特許第05955293(US,A)
【文献】特開2006-208352(JP,A)
【文献】特開2006-177914(JP,A)
【文献】国際公開第2003/076933(WO,A1)
【文献】特開2009-236848(JP,A)
【文献】国際公開第2010/082681(WO,A1)
【文献】特開2009-216483(JP,A)
【文献】特開2014-149199(JP,A)
【文献】特表2008-539270(JP,A)
【文献】Daiki Tanaka,Silicon nitride sugar chips for detection of Ricinus communis proteins and Escherichia coli O157 Shiga toxins,Analytical Biochemistry,2019年06月04日,Vol.580,Page.42-48
【文献】Roza Trzcinska,Relevance of the Poly(ethylene glycol) Linkers in Peptide Surfaces for Proteases Assays,Langmuir,2014年04月03日,Vol.30 No17,Page.5015-5025
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
G01N 33/543
G01N 33/569
C12M 1/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式1に示す糖鎖誘導体化合物を有し、
【化1】
前記糖鎖誘導体化合物が、表面をアルキン(三重結合)で修飾した基体表面に対して、糖鎖誘導体化合物のアジド基と基体表面のアルキン間の1,3-双極子付加環化反応(クリック反応)により形成したトリアゾール環を介して、糖鎖リガンドとして固定化されている、下記式2に示す毒素検知チップ。
【化2】
【請求項2】
請求項に記載の毒素検知チップを用いる、大腸菌O157ベロ毒素の高選択的検出方法。
【請求項3】
食品中の大腸菌O157ベロ毒素を検出する、請求項に記載の方法。
【請求項4】
培地中の大腸菌O157ベロ毒素を検出する、請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食中毒の原因となる病原菌や毒素を検出するための技術に関する。これらの病原菌や毒素を高選択的に、かつ、高感度に検出するためには、食品等に多数含まれている夾雑物質の影響を排除した、高選択的な検出技術が必要であり、本発明は、そのために、毒素に対する特異的吸着能(結合能)が高く、非特異的吸着(偽陽性)抑制の効果が著しく高い、新規糖鎖リガンド誘導体を提供する。
【背景技術】
【0002】
食中毒の原因となる病原菌や毒素の検出にあたっては、食品中に含まれるさまざまな夾雑物質、たとえば、甘味料、塩類、ビタミン、脂質、蛋白質や添加物等の存在下においても、食品中に含まれる微量の標的毒素のみを正確に検出できることが求められる。そのためには、このような夾雑物質による影響を排除した正確な検出が必要であり、即ち、偽陽性を示すことなく、選択的に毒素を検出することが必要である。
【0003】
現行の食中毒の原因となる毒素を検出する方法では、PCR法により毒素関連遺伝子を増幅して、毒素の存在を推定するか、あるいは、検体を培養し十分な毒素量まで毒素を増量させた後、免疫抗体法にて毒素を検出する。これらの方法は、試料に含まれる毒素や毒素関連物質の量を特異的に増やすことで、毒素の検出手段の感度不足を補うものであり、また、夾雑物質による影響を排除しようとするものでもある。しかしながら、PCR法では、試料に含まれる阻害物質により目的遺伝子の増幅が困難であったり、以前に行ったPCR増殖産物のキャリーオーバーによる偽陽性が生じたりすることがある。さらに、PCR法では、遺伝子の増幅に数時間の時間を要する。さらに、PCR法では、毒素遺伝子を検出しても、病原菌が毒素を生産するとは限らず、遺伝子を検出したからと言って、毒素の存在を証明するものではない。即ち、毒素生産遺伝子の検出と、実際の毒素の検出は、同義ではない。また、免疫化学法(抗体法)による検出では、検体の培養に20時間程度の培養時間が必要であり、培養後の培地の夾雑物による不正確な検出も生じ得る。
このような状況の下、食品を摂取する前に、PCRや培養などの時間を要する処理を必要とせず、迅速かつ正確に毒素の有無を判定できる技術が望まれている。
【0004】
上述の毒素を検出する手段として、これと特異的に結合する糖鎖化合物が知られており、当該糖鎖を基体上に固定化したチップを当該毒素の検出に用いることができる。しかしながら、当該チップを用いて、試料中に微量含まれる毒素をそのまま増量せずに検出を行うと、試料中に含まれる夾雑物質がチップに非特異的に吸着することにより、微量の毒素を正確に検出することができない。
【0005】
このような、基体への非特異的吸着を抑制する手段として、基体表面をエチレングリコールのオリゴマーからなる自己集積化単分子膜で被覆することが検討されている:
例えば、非特許文献1には、エチレングリコール基が2個(以下、EG2とする)、4個および末端にカルボキシル基を有する6個(EG4/COEG6)、または6個(EG6)、それぞれ直列に連結したアルカンチオールの金表面への自己集積化単分子膜について、ウシ胎児血清、および脳脊髄液を用いた非特異的吸着を調べたところ、ウシ胎児血清では、非特異的吸着の結合の程度がEG2>(EG4/COEG6)>EG6の順となり、脳脊髄液では(EG4/COEG6)>EG2>EG6となったことが記載されている。このことは、非特異的吸着抑制効果が高いと期待されているエチレングリコール基の重合度が増大しても、必ずしも、非特異的吸着をより抑制できるとはかぎらないことを意味している。
また、非特許文献2では、金表面に自己集積化膜法により固定化した単分子膜について、エリプソメトリー法による膜厚変化を測定することで、非特異的吸着を評価し、その結果、直列に連結したエチレングリコール基の数が2個、3個、および6個のアルカンチオールにおいて、非特異的吸着の効果に差はなかったと報告されている。
さらに、非特許文献3では、エチレングリコール基が直列に連結したアルカンチオールの自己集積化単分子膜に対するアオサ遊走子(Ulva zoospores)の非特異的結合について検討しているが、結合の程度は、EG1>EG6>EG5>EG4>EG3=EG2であり、必ずしも、直列に連結したエチレングリコール基の数が多いほど効果的に非特異的結合を抑制しているとは限らない。
非特許文献4においては、エリプソメトリー法または表面プラズモン共鳴(SPR)法により、エチレングリコール基のオリゴマー体:HS(CH2)11(EG)nOH(n=2,3,4,6)において、フィブリノーゲンおよびリゾチームの非特異的吸着の程度の差に違いはなかったと報告されている。
【0006】
上記非特許文献1~4は、エチレングリコールオリゴマーの非特異的吸着抑制効果についての研究に関するものであり、これらの研究では、エチレングリコールオリゴマーに毒素認識素子である糖鎖化合物は接合されていない。エチレングリコールオリゴマーに加えて、このような糖鎖化合物を含むものとしては、非特許文献5に、エチレングリコール基が3個連結したラクトース誘導体の合成や、そのガラス基板への固定化について、報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Macromol. Biosci. 2012, 12, 1413-1422.
【文献】J. AM. CHEM. SOC. 2003, 125, 9359-9366.
【文献】Langmuir 2009, 25(17), 10077-10082.
【文献】Langmuir 2001, 17(18), 5605-5620.
【文献】Bioconjugate Chem. 2006, 17, 52-57.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、PCRや培養などの時間を要する処理を必要とせず、食品などに含まれるさまざまな夾雑物質による影響を排除した正確なベロ毒素の検出を行うことができる技術を提供し、これにより、食品などにおけるベロ毒素の有無を迅速かつ正確に判定することを課題とする。
本発明は、また、食品や培地中に微量に含まれる、ベロ毒素以外の毒素や病原ウイルスについても、さまざまな夾雑物質による影響を排除して正確に検出するために適用することができる手法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、大腸菌O157のベロ毒素に特異的に結合する糖鎖化合物である4-O-(4-O-α-D-ガラクトピラノシル-β-D-ガラクトピラノシル)-D-グルコピラノース(略称Gb3)のグルコピラノース残基の1位に、エチレングリコール基が12個直列に連結したスペーサー(リンカー)が、β-配置で結合した糖鎖誘導体化合物(化合物1、図1)を、基体表面に、糖鎖リガンドとして固定化することで、大腸菌O157のベロ毒素を高感度で検出し、夾雑物質による非特異的吸着が見られない、ベロ毒素検出チップが得られることを見出した。
具体的には、Gb3のグルコピラノースの1位に、エチレングリコール基が直列に12個連結し、末端のOH基がアジド基(N3)により置換されたオリゴマーをβ-配置で結合した糖鎖誘導体化合物(化合物1、図1)を新たに合成し、当該化合物1を、表面をアルキン(三重結合)で修飾したSiN(窒化ケイ素)チップからなる基体(チップA)表面に対して、糖鎖誘導体化合物1のアジド基と基体表面のアルキン間の1,3-双極子付加環化反応(クリック反応)により形成したトリアゾール環を介して、糖鎖リガンドとして固定化する(図3)ことで、反射干渉バイオセンサ(RIFS)において、大腸菌O157のベロ毒素を100ng/mLの検出感度で検出でき(図5)、かつ、ネガコン蛋白質である牛血清アルブミン(BSA)の濃度が1000μg/mL(即ち、1mg/mL)という、目的のベロ毒素に対して1万倍の非常に高い濃度であっても、BSAを検出しない(図4)、高選択的で高感度なベロ毒素検出を可能とする毒素検出チップ(チップB)が得られた。
これに対し、Gb3のグルコピラノースの1位にβ-配置で結合した、直列に連結しているエチレングリコール基が3個である点を除いて上記化合物と同一の糖鎖誘導体化合物(化合物2、図2)の合成を行い、当該化合物2を糖鎖リガンドとして固定化したチップ(チップC、図3)では、100μg/mL~1000μg/mLのBSAに対して非特異的吸着を示し、RIFSにおいて、チップBにおける100ng/mLのベロ毒素の検出信号に匹敵する強度の信号を発した(図4)。
【0010】
本発明者は、さらに、食品(具体的には、キュウリの淺漬けから固形物を濾過したろ液)に大腸菌O157ベロ毒素を加えたモデルサンプルと加えないサンプルについて(図6)、RIFSによるサンプル中のベロ毒素の検出試験を行ったところ、チップBを用いた場合は、食品に由来する夾雑物質の非特異的吸着による検出信号は観測されず、大腸菌O157ベロ毒素を検出することができた(図7)のに対し、チップCでは、食品に由来する夾雑物質の非特異的吸着による検出信号が観測され、また、大腸菌O157ベロ毒素に基づく検出信号も、チップBを用いた場合に比べて小さいことを見出した(図8)。
本発明者は、また、細胞培養用の培地に大腸菌O157ベロ毒素を加えたモデルサンプルと加えないサンプルについて(図9)、同様に、RIFSによるサンプル中のベロ毒素の検出試験を行い、食品の場合と同様の知見を得た(図10図11)。
【0011】
上記知見は、毒素に特異的に結合する糖鎖化合物として、大腸菌O157ベロ毒素に特異的に結合するGb3を用い、これをエチレングリコールが12個重合したエチレングリコールオリゴマーを介して基体表面に固定化した毒素検知チップについて得られた知見であるが、糖鎖化合物として、例えば、ボツリヌス毒素に特異的に結合することが知られているGT1b-ガングリオシドや、コレラ毒素に特異的に結合することが知られているGM1-ガングリオシド、あるいは、インフルエンザウイルスに特異的に結合することが知られているGM3-ガングリオシドなどを用いても、同様に、食品中や培地中の夾雑成分の影響を受けることなく、これらの毒素ないし病原ウイルスを高い感度で検出できることが、合理的に予測される。
また、上記知見によれば、糖鎖化合物をエチレングリコールが12個重合したエチレングリコールオリゴマーを介して基体表面に固定化した毒素検知チップは、エチレングリコールが3個重合したエチレングリコールオリゴマーを用いた場合と対比して、格別に高い感度で毒素を検出できるという優れた効果を有しており、エチレングリコールが10~14個程度の範囲で重合したエチレングリコールオリゴマーを用いても、同様の効果が期待できる。
本発明は、本発明者による、これらの知見に基づいてなされたものである。
【0012】
すなわち、この出願は、以下の発明を提供するものである。
〈1〉毒素または病原ウイルスに特異的に結合する糖鎖化合物が、エチレングリコールが10~14個重合したエチレングリコールオリゴマーを介して、糖鎖リガンドとして基体表面に固定化されている、毒素または病原ウイルス検知チップ。
〈2〉毒素が大腸菌O157ベロ毒素であり糖鎖化合物がGb3であるか、毒素がボツリヌス毒素であり糖鎖化合物がGT1b-ガングリオシドであるか、毒素がコレラ毒素であり糖鎖化合物がGM1-ガングリオシドであるか、または、病原ウイルスがインフルエンザウイルスであり糖鎖化合物がGM3-ガングリオシドである、〈1〉に記載のチップ。
〈3〉基体がSiNチップであり、一方端に糖鎖化合物が結合したエチレングリコールオリゴマーが、その他方端に設けたアジド基と、基体を修飾することにより設けた基体表面のアルキン間の1,3-双極子付加環化反応(クリック反応)により形成したトリアゾール環を介して、糖鎖リガンドとして基体表面に固定化されている、〈1〉または〈2〉に記載のチップ。
〈4〉基体が少なくともその表面が金からなる基体であり、一方端に糖鎖化合物が結合したエチレングリコールオリゴマーが、その他方端に設けたチオール基またはジスルフィド基と、基体表面の金原子間に形成したAu-S結合を介して、糖鎖リガンドとして基体表面に固定化されている、〈1〉または〈2〉に記載のチップ。
〈5〉下記式1に示す糖鎖誘導体化合物。
【化1】
〈6〉〈5〉に記載の糖鎖誘導体化合物が、表面をアルキン(三重結合)で修飾した基体表面に対して、糖鎖誘導体化合物のアジド基と基体表面のアルキン間の1,3-双極子付加環化反応(クリック反応)により形成したトリアゾール環を介して、糖鎖リガンドとして固定化されている、下記式2に示す毒素検知チップ。
【化2】
〈7〉〈1〉~〈4〉に記載の毒素または病原ウイルス検知チップを用いる、毒素または病原ウイルスの高選択的検出方法。
〈8〉〈6〉に記載の毒素検知チップを用いる、大腸菌O157ベロ毒素の高選択的検出方法。
〈9〉食品中の大腸菌O157ベロ毒素を検出する、〈8〉に記載の方法。
〈10〉培地中の大腸菌O157ベロ毒素を検出する、〈8〉に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、ベロ毒素認識素子である糖鎖にエチレングリコール基12個が直列に連結したリンカーを導入することで、基体上に固定化した際に、非特異的吸着を抑制でき、高感度で偽陽性のないベロ毒素の検出が可能な、高機能の糖鎖誘導体リガンドを開発することができた。
本発明の糖鎖誘導体化合物1を基体上に糖鎖リガンドとして固定化したチップは、大腸菌O157のベロ毒素を100ng/mLの検出感度で検出でき、かつ、ネガコン蛋白質である牛血清アルブミン(BSA)については、濃度が1000μg/mL(即ち、1mg/mL)という、目的のベロ毒素に対して1万倍の非常に高い濃度であっても、全く検出しない、高選択的で高感度な毒素検出を可能とする。
これにより、本発明では、従来の食品中の毒素の検出において行われていた、PCRによる遺伝子増幅や培地による培養を必要とせず、固形物を除去し、遠心分離により毒素よりも低分子量の成分を除去する程度の簡単な前処理を施した後に、直接、食品中の標的毒素を検出することができる。
すなわち、現行の公定法では、大腸菌の付着した食品を20時間程度培養後に、PCR法や免疫化学法(抗体法)で毒素を検出するが、本発明の糖鎖リガンドを固定化したチップでは、食品中の夾雑物による影響を受けることなく、ベロ毒素の高選択的かつ高感度の検出が可能であるため、培養することなく、食品について、固形物を除去し、遠心分離により毒素よりも低分子量の成分を除去する程度の簡単な前処理をするだけで、食品添加物を多く含んだ食品中のベロ毒素を高選択的かつ高感度で検出することができ、前処理から検出に至るまで1時間以内程度で結果が得られる迅速で正確な分析方法を提供することができる。
また、本発明の糖鎖リガンドを固定化したチップは、培地中のベロ毒素を高選択的かつ高感度で検出することができるので、公定法に従い、培地中の毒素を検出することも可能であり、現行の抗体法に代わる技術としての利用も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明のベロ毒素検出用糖鎖リガンド1として用いる、12分子のエチレングリコールが直列に連結したEG12リンカー構造を有する化合物1の合成工程を示す図。
図2】比較例のベロ毒素検出用糖鎖リガンド2として用いる、3分子のエチレングリコールが直列に連結したEG3リンカー構造を有する化合物2の合成工程を示す図。
図3】本発明の糖鎖リガンド1および比較例の糖鎖リガンド2を、プロパルギル基で修飾されたSiNチップ(チップA)に、それぞれ固定化し、本発明のチップBおよび比較例のチップCを作製する工程を示す図。各糖鎖リガンドは、糖鎖リガンドのリンカー末端のアジド基とチップAのプロパルギル基から形成されるトリアゾール環を介して、チップAに固定化される。
図4】本発明のチップBおよび比較例のチップCを用いた、ネガコンタンパク質(牛血清アルブミン(BSA))の非特異的吸着試験の結果を示すグラフ。a、bは、それぞれ、1000μg/mlおよび100μg/mlのBSA溶液について、チップCにより得られた結果、c、dは、同じく、チップBにより得られた結果を示す。
図5】本発明のチップBを用いた、チップに固定化された糖鎖リガンド1の本来の特異的検出対象である大腸菌O157ベロ毒素の吸着試験の結果を示すグラフ。a、b、c、dは、それぞれ、1μg/ml、500ng/ml、100ng/mlおよび0ng/mlのベロ毒素溶液について得られた結果を示す。
図6】ベロ毒素で汚染させた毒素検出用のモデル食品サンプルを作製する工程を示す図。
図7】本発明のチップBを用いた、食品サンプル中の大腸菌O157ベロ毒素の検出試験の結果を示すグラフ。
図8】比較例のチップCを用いた、食品サンプル中の大腸菌O157ベロ毒素の検出試験の結果を示すグラフ。
図9】ベロ毒素で汚染させた毒素検出用のモデル培地サンプルを作製する工程を示す図。
図10】本発明のチップBを用いた、培地サンプル中の大腸菌O157ベロ毒素の検出試験の結果を示すグラフ。
図11】比較例のチップCを用いた、培地サンプル中の大腸菌O157ベロ毒素の検出試験の結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、毒素または病原ウイルスに特異的に結合する糖鎖化合物が、エチレングリコールが10~14個重合したエチレングリコールオリゴマーを介して、糖鎖リガンドとして基体表面に固定化されている、毒素または病原ウイルス検知チップに関する。
【0016】
本発明の毒素または病原ウイルス検知チップに用いられる糖鎖化合物は、検出対象の毒素または病原ウイルスに特異的に結合するものであればよい。
このような糖鎖化合物としては、実施例において用いられている、大腸菌O157のベロ毒素に特異的に結合するGb3の他に、例えば、7糖の糖脂質GT1b(GT1b-ガングリオシド)を用いれば、ボツリヌス菌が生産し、食中毒の原因となるボツリヌス毒素を検出することができ、また、5糖の糖脂質GM1(GM1-ガングリオシド)を用いれば、コレラ菌の生産するコレラ毒素を検出できる。さらに、毒素以外としては、例えば、3糖のGM3-ガングリオシドを用いれば、インフルエンザウイルスを検出できる。このように、糖鎖を変えることで、それに対応した毒素や病原ウイルスを検出することが可能である。
【0017】
本発明の毒素または病原ウイルス検知チップにおいて、糖鎖化合物の基体への固定に用いられるエチレングリコールオリゴマーとしては、エチレングリコールが10~14個重合したものが用いられる。
【0018】
本発明の毒素または病原ウイルス検知チップにおいて用いられる基体としては、例えば、SiNチップや表面が金で被覆された基体などが好適に用いられる。表面が金で被覆された基体としては、SiNチップ表面に金ナノ粒子を固定化することで、SiNチップ表面に金表面を担持させたチップなどが挙げられる(窒化ケイ素膜チップの活性化法、特開 2013-167626)。
【0019】
基体への糖鎖化合物の固定は、エチレングリコールオリゴマーを介して行われる。
具体的には、基体としてSiNチップを用いる場合は、一方端に糖鎖化合物が結合したエチレングリコールオリゴマーの他端にアジド基などの官能基を設け、一方で、基体を修飾することで基体表面にアルキン基などの対応する官能基を設け、これらの官能基間の反応により、エチレングリコールオリゴマーの他端を基体に固定化する。官能基がアジド基とアルキン基の場合は、エチレングリコールオリゴマーの他端は、1,3-双極子付加環化反応(クリック反応)により形成したトリアゾール環を介して、基体に固定化される。
基体として、表面が金で被覆された基体を用いる場合は、エチレングリコールオリゴマーの上記他端にチオール基またはジスルフィド基を設けることで、これと基体表面の金原子間に形成したAu-S結合を介して、基体に固定化される。
【0020】
基体としてSiNを用いた場合は、反射干渉バイオセンサ(RIFS)法により、毒素や病原ウイルスを検出することができる。基体として表面が金で被覆された基体を用いる場合は、表面プラズモン共鳴(SPR)法や局在表面プラズモン共鳴(LSPR)法、さらには、水晶振動子(QCM)法により検出することができる。
【実施例
【0021】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明する。但し、実施例は本発明の例示であって、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0022】
実施例1.本発明の化合物1の合成
本発明のベロ毒素検出用糖鎖リガンド1として用いる化合物1を、図1に示す工程(I)~(v)によって調製した。工程(I)~(v)の詳細は、以下のとおりである:
【0023】
(I)4-メトキシフェニル O-(2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-O-(2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-グルコピラノシド(化合物4)の合成
4-メトキシフェニル O-α-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-β-D-グルコピラノシド(以下、Gb3-MPという)(化合物3)(1.39g、2.28mmol、東京化成から入手可能)、無水酢酸(3.1mL、28.8mmol)、およびピリジン(20mL)と触媒量のN、N-ジメチルアミノピリジン(DMAP)の撹拌混合物を60℃で2時間加熱した。反応混合物を冷却し、真空下で減圧濃縮させ、残渣を熱エタノールから結晶化させて、パー-O-アセチル化 Gb3-MP(化合物4)を得た(2.0g、93%)。
化合物4の1H NMR及びESI-MSによる質量分析の測定値を以下に示す:
1H NMR (400 MHz, CDCl3): 6.93 and 6.81 (d × 2, 4H, H of MP), 5.589 (br d, 1H, Gal H-4’, J = 3.3 Hz), 5.396 (dd, 1H, Gal H-3’, J = 3.3 and 11.0 Hz), 5.270 (dd, 1H, Glc H-3, J = 8.8 and 9.0 Hz), 5.185 (dd, 1H, Gal H-2’, J = 3.6 and 11.0 Hz), 4.990 (br d, 1H, Gal H-1’, J = 3.6 Hz), 4.939 (d, 1H, Glc H-1, J = 7.7 Hz), 4.743 (dd, 1H, Gal H-3, J = 2.6 and 10.8 Hz), 4.541 (d, 1H, Gal H-1, J = 7.8 Hz), 4.020 (br d, 1H, Gal H-4, J = 2.6 Hz), 3.772 (s, 3H, CH3 of MP), 2.132 (s, 3H, -OAc), 2.106 (s, 3H, -OAc), 2.089 (s × 2, 6H, -OAc), 2.073 (s × 2, 6H, -OAc), 2.069 (s, 3H, -OAc), 2.057 (s, 3H, -OAc), 2.051 (s, 3H, -OAc), 1.987 (s, 3H, -OAc). ESI-MS (positive): 計算値 C45H58O27Na (M+Na+), 1053.3; 実測値 1053.0.
【0024】
(II)O-(2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-O-(2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-2,3,6-トリ-O-アセチル-D-グルコピラノース(化合物5)の合成
硝酸第二セリウムアンモニウム(CAN、1.4 g、2.55mmol)を、0℃で、20%水性アセトニトリル(30mL)中のパー-O-アセチル化 Gb3-MP(化合物4)(819mg、0.85mmol)の溶液に加えた。0℃で30分間撹拌した後、反応混合物を酢酸エチル(EtOAc)に注ぎ込み、水で洗浄した。水層をEtOAcで抽出し、合わせた有機層をブラインで洗浄し、乾燥させた(MgSO4)。有機層を真空下で減圧濃縮させ、EtOAc-クロロホルムを使用したシリカゲルクロマトグラフィーにより、ヘミアセタール(化合物5)(639mg、88%)を得た。ESI-MS(positive): 計算値 C38H52O26Na(M+Na+), 947.3; 実測値, 947.1.
【0025】
(III)O-(2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-O-(2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-2,3,6-トリ-O-アセチル-α-D-グルコピラノシル トリクロロアセトイミデート(化合物6)の合成
ジクロロメタン(20mL)中のヘミアセタール(化合物5)(693mg、0.75mmol)の攪拌溶液に、0℃でトリクロロアセトニトリル(Cl3CCN、300μL、2.99mmol)および1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]-7-ウンデセン(DBU、22μL、0.15 mmol)を連続して加えた。0℃で3時間撹拌した後、反応混合物を減圧下で濃縮し、残渣をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、EtOAc-クロロホルムで溶出させ、トリクロロアセトイミデート体(化合物6)を得た(584 mg, 73 %)。
化合物6の1H NMRの測定値を以下に示す:
1H NMR (400 MHz, CDCl3): 8.648 (s, 1H, C=NH), 6.482 (d, 1H, Glc H-1, J = 3.8 Hz), 5.589 (br s, 1H, Gal H-4’), 5.565 (dd, 1H, Glc H-3, J = 9.4 and 9.4 Hz), 5.408 (dd, 1H, Gal H-3’, J = 3.4 and 11.0 Hz), 5.185 (dd, 1H, Gal H-2’, J = 3.6 and 11.0 Hz), 4.999 (d, 1H, Gal H-1’, J = 3.6 Hz), 4.737 (dd, 1H, Gal H-3, J = 2.6 and 10.8 Hz), 4.539 (d, 1H, Gal H-1, J = 7.8 Hz), 4.024 (br d, 1H, Gal H-4, J = 2.6 Hz), 2.131 (s, 3H, -OAc), 2.108 (s, 3H, -OAc), 2.095 (s, 3H, -OAc), 2.092 (s, 3H, -OAc), 2.074 (s, 3H, -OAc), 2.066 (s, 3H, -OAc), 2.062 (s, 3H, -OAc), 2.041 (s, 3H, -OAc), 2.011 (s, 3H, -OAc), 1.986 (s, 3H, -OAc).
【0026】
(IV)1- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2-(2-アジドエトキシ)エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ]エチル] O-(2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-O-(2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-ガラクトピラノシル)-(1 →4)-2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-グルコピラノシド(化合物7)の合成
トリクロロアセトイミデート体(化合物6)(207mg、0.194mmol)と粉末モレキュラーシーブ4A(MS4A、0.1g)の混合物をジクロロメタン(1.1mL)中、N2雰囲気下、室温で1時間攪拌した。当該溶液に、アジド-PEG12-アルコール(110μL、0.192mmol、2-[2-[2-[2-[2-[2-[2-[2-[2-[2-[2-(2-azidoethoxy)ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethoxy]ethanol、BroadPharm社、カタログNo.BP-22594)およびトリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート(TMSOTf、7μL、0.0387mmol)を加えた。30分間撹拌した後、トリエチルアミン(30μL)を加えて反応を停止し、反応混合物をEtOAcで希釈し、セライトでろ過した。濾液をブラインおよび水で洗浄し、乾燥させ(MgSO4)、減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製し、EtOAc-トルエン(9:1、v / v)、次いでCHCl3-MeOH(95:5、v / v)で溶出させ、化合物7(152mg、53%)を粗生成物として得た。粗生成物の一部を分取ODS C-18 HPLCカラム(Waters、X-Bridge、ф4.6mm×25 cm)でさらに精製して、純粋な化合物7を得た。
1H NMR (400 MHz, CDCl3): 5.587 (br d, 1H, Gal H-4’, J = 3.3Hz), 5.389 (dd, 1H, Gal H-3’, J = 3.3 and 11.0 Hz), 5.198 (dd, 1H, Glc H-3, J = 9.2 and 9.2 Hz), 5.180 (dd, 1H, Gal H-2’, J = 3.6 and 11.0 Hz), 5.103 (dd, 1H, Gal H-2, J = 7.8 and 10.9 Hz), 4.983 (d, 1H, Gal H-1’, J = 3.6 Hz), 4.894 (dd, 1H, Glc H-2, J = 8.0 and 9.6 Hz), 4.726 (dd, 1H, Gal H-3, J = 2.6 and 11.0 Hz), 4.558 (d, 1H, Glc H-1, J = 7.9 Hz), 4.512 (d, 1H, Gal H-1, J = 7.8 Hz), 4.010 (br d, 1H, Gal H-4, J
= 2.6 Hz), 3.82 - 3.58 (m, 46H, -CH2-), 3.395 (t, 2H, -CH2-N3, J = 5.1 Hz), 2.132 (s, 3H, -OAc), 2.117 (s, 3H, -OAc), 2.084 (s, 3H, -OAc), 2.076 (s, 3H, -OAc), 2.069 (s, 3H, -OAc), 2.066 (s, 3H, -OAc), 2.059 (s, 3H, -OAc), 2.047 (s, 3H, -OAc), 2.038 (s, 3H, -OAc), 1.986 (s, 3H, -OAc). ESI-MS (positive): 計算値 C62H99N3O37Na (M+Na+), 1500.6; 実測値 1500.6.
【0027】
(V)1- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2- [2-(2-アジドエトキシ)エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ] エトキシ]エチル] O-α-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-β-D-グルコピラノシド(化合物1)の合成
化合物7(100mg、0.0676mmol)をメタノール(2mL)に溶解し、28%NaOMe-MeOH(50μL)溶液を加え、室温で30分間撹拌した。反応終了後、Dowex 50H+樹脂で中和し、減圧濃縮した。残渣をODS C-18 HPLCカラム(Waters、X-Bridge、ф4.6mm×25cm)で精製して、化合物1(44.7mg、62%)を得た。
化合物1の1H NMR及びESI-MSによる質量分析の測定値を以下に示す:
1H NMR (400 MHz, D2O, tert-BuOH = 1.230 ppm): 4.933 (d, 1H, Gal H-1’, J = 3.9 Hz), 4.502 (d, 1H, Gal H-1 or Glc H-1, J = 8.0 Hz), 4.494 (d, 1H, Gal H-1 or Glc H-1, J = 7.8 Hz), 4.344 (m, 1H, H-5), 3.563 (dd, 1H, H-2, J = 7.7 and 10.3 Hz), 3.491 (br t, 2H, -CH2-, J = 4.9 Hz), 3.321 (m, 1H, -CH2-N3). ESI-MS (positive): 計算値 C42H79N3O27Na (M+Na+), 1080.5; 実測値 1080.5.
【0028】
比較例1.比較例化合物2の合成
比較例のベロ毒素検出用糖鎖リガンド2として用いる化合物2を、図2に示す工程(i)~(ii)によって調製した。工程(i)~(ii)の詳細は、以下のとおりである:
【0029】
(i)1- [2- {2-(2-アジドエトキシ)エトキシ}エチル] O-(2,3,4,6-テトラ-O-アセチル-α-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-O-(2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-ガラクトピラノシル)-(1→4)-2,3,6-トリ-O-アセチル-β-D-グルコピラノシド(化合物8)の合成
トリクロロアセトイミデート体(化合物6)(288mg、0.27mmol)と粉末モレキュラーシーブ4A(MS4A、0.5g)の混合物を、ジクロロメタン(14mL)中、N2雰囲気下、室温で1時間攪拌した後、-40°Cに冷却した。 この溶液に、2- [2-(2-アジドエトキシ)エトキシ]エタノール(60μL、32μmol、Toronto Research Chemicals社、カタログNo.A848550)およびトリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート(TMSOTf、20μL、0.11mmol)を連続して加えた。同じ温度で5分間撹拌した後、反応混合物を室温に戻し、撹拌を30分間続けた。トリエチルアミン(56μL)を加えて反応を停止し、反応混合物をEtOAcで希釈し、セライトでろ過した。濾液をブラインおよび水で洗浄し、乾燥させ(MgSO4)、減圧濃縮した。残渣を、EtOAc-トルエンで溶出させ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製して、化合物8(145mg、48%)を得た。
化合物8の1H NMR及びESI-MSによる質量分析の測定値を以下に示す:
1H NMR (400 MHz, CDCl3): 5.585 (br d, 1H, Gal H-4’, J = 3.3Hz), 5.391 (dd, 1H, Gal H-3’, J = 3.3 and 11.0 Hz), 5.204 (dd, 1H, Glc H-3, J = 9.4 and 9.4 Hz), 5.180 (dd, 1H, Gal H-2’, J = 3.6 and 11.0 Hz), 5.106 (dd, 1H, Gal H-2, J = 7.7 and 10.8 Hz), 4.983 (d, 1H, Gal H-1’, J = 3.6 Hz), 4.897 (dd, 1H, Glc H-2, J = 7.9 and 9.4 Hz), 4.730 (dd, 1H, Gal H-3, J = 2.6 and 10.8 Hz), 4.583 (d, 1H, Glc H-1, J = 7.9 Hz), 4.514 (d, 1H, Gal H-1, J = 7.7 Hz), 4.009 (br d, 1H, Gal H-4, J = 2.6 Hz), 3.82 - 3.60 (m, 10H, -CH2-), 3.399 (t, 2H, -CH2-N3, J = 5.1 Hz), 2.130 (s, 3H, -OAc), 2.115 (s, 3H, -OAc), 2.082 (s, 3H, -OAc), 2.077 (s, 3H, -OAc), 2.067 (s, 3H, -OAc), 2.065 (s, 3H, -OAc), 2.057 (s, 3H, -OAc), 2.044 (s, 3H, -OAc), 2.041 (s, 3H, -OAc), 1.985 (s, 3H, -OAc). ESI-MS (positive): 計算値 C44H63N3O28Na (M+Na+), 1104.4; 実測値 1104.5.
【0030】
(ii)1- [2- {2-(2-アジドエトキシ)エトキシ}エチル] O-α-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-β-D-グルコピラノシド(化合物2)の合成
化合物8(144mg、0.13mmol)をメタノール(10mL)に溶解し、28%NaOMe-MeOH(60μL)溶液を加えて、室温で1.5時間攪拌した。反応終了後、Dowex 50H+樹脂で中和し、減圧濃縮した。残渣をODS C-18 HPLCカラム(Waters、X-Bridge、ф4.6mm×25cm)で精製して、化合物2(84mg、98%)を得た。
化合物2の1H NMR及びESI-MSによる質量分析の測定値を以下に示す:
1H NMR (400 MHz, D2O, tert-BuOH = 1.230 ppm): 4.934 (d, 1H, Gal H-1’, J = 3.9 Hz), 4.509 (d, 1H, Gal H-1 or Glc H-1, J = 7.9 Hz), 4.494 (d, 1H, Gal H-1 or Glc H-1, J = 7.7 Hz), 4.342 (m, 1H, H-5), 3.981 (dd, 1H, H-6, J = 2.0 and 12.3 Hz), 3.564 (dd, 1H, H-2, J = 7.7 and 10.3 Hz), 3.496 (br t, 2H, -CH2-, J = 4.9 Hz), 3.324 (m, 1H, -CH2-N3). ESI-MS (positive): 計算値 C24H43N3O18Na (M+Na+), 684.2; 実測値 684.2.
【0031】
実施例2.糖鎖リガンド1(本発明)および糖鎖リガンド2(比較例)のSiNチップへの固定化
図3に示すように、プロパルギル基で修飾されたSiNチップ(チップA)に、本発明の化合物1からなる糖鎖リガンド1および比較例の化合物2からなる糖鎖リガンド2を、それぞれ固定化し、本発明のチップBおよび比較例のチップCを作製した。
(1)チップAの作製手順は、以下のとおりである:
SiNチップを、2 M NaOH 水溶液を用いて、室温で2分間、活性化し、水で充分に洗浄した。活性化されたSiNチップは、直ちに、O-プロパルギルオキシ-N-トリエトキシシリルプロピル カルバメート/酢酸/ H2O /エタノール(1/1/5/93、v / v、10mL)の溶液で1.5時間、処理された。得られたチップ(チップA)をエタノールですすぎ、真空下、50℃で3時間焼結処理させた。
(2)チップBおよびチップCの作製手順は、以下のとおりである:
冷却後、チップAを、DMF(1mL)に溶解した糖鎖リガンド1(10mM)または糖鎖リガンド2(10mM)とアセトニトリル(1mL)に溶解した5mMのCuI(1mL)との混合物(総量:2mL)で、65時間、室温で処理した。これらの糖鎖リガンドで修飾されたSiNチップは、その後、アセトニトリル、DMF、および水で洗浄された。このプロセスにより、本発明の糖鎖リガンド1(EG12リンカーを持つGb3三糖)で修飾されたSiNチップ(チップB)、及び、比較例の糖鎖リガンド2(EG3リンカーを持つGb3三糖)で修飾されたSiNチップ(チップC)が、それぞれ得られた。
【0032】
実施例3.チップB(本発明)およびチップC(比較例)によるネガコン蛋白質(牛血清アルブミン、BSA)の非特異的吸着(図4)と、チップB(本発明)による大腸菌O157ベロ毒素の特異的吸着(図5)
実施例2において作製した本発明のチップBおよび比較例のチップCを用いて、ネガコンタンパク質として牛血清アルブミン(BSA)を用いた、ネガコンタンパク質の非特異的吸着試験、および、本発明のチップBを用いて、これらのチップに固定化された糖鎖リガンド1の本来の特異的検出対象である大腸菌O157ベロ毒素の吸着試験を行った。その結果得られた反射干渉バイオセンサ(RIFS)のセンサグラムを、図4及び図5にそれぞれ示す。
図4は、チップBとチップCにおけるBSAの非特異的吸着の比較図であり、a)では、チップCを用いて1000μg/mLのBSAを、b)では、チップCを用いて100μg/mLのBSAを、c)では、チップBを用いて1000μg/mLのBSAを、d)では、チップBを用いて100μg/mLのBSAを、それぞれ反射干渉バイオセンサ(RIFS)により測定している。本発明の糖鎖リガンド(式1、化合物1)を固定化したチップ(チップB)を用いると、ネガコン蛋白質であるBSAを100μg/mL~1000μg/mLという非常に高濃度で作用させても、非特異的吸着は観測されなかった(図4c及びd)。一方、図2の化合物2を固定化した図3のチップCは、100μg/mL~1000μg/mLのBSAに対して、非特異的吸着を示した(図4a及びb)。
図5は、チップBを用いて大腸菌O157ベロ毒素を検出した時の反射干渉センサグラムを示す:(a) 1μg/mL, (b)500ng/mL, (c)100ng/mL, (d)buffer (0ng/mL).
100ng/mLの検出感度でベロ毒素を検出できている。図4図5より、式1の化合物1をSiNチップに固定化したチップBは、正確に目的のベロ毒素を検出できる。
このように、式2のチップBは、比較例の糖鎖誘導体(化合物2)をSiNチップ(チップA)にクリック反応により固定化した毒素検知チップ(チップC)に比べて、BSAの非特異的吸着抑制効果が著しく大きく、偽陽性を示さない(図4)。
【0033】
実施例4.チップB(本発明)およびチップC(比較例)による、食品サンプル中の大腸菌O157ベロ毒素の検出(図7及び図8)
実施例2において作製した本発明のチップBおよび比較例のチップCを用いて、以下のとおり、キュウリ浅漬け中の大腸菌O157ベロ毒素の検出のモデル試験を行った:
(1)毒素検体の調製
以下の手順で、キュウリ浅漬けに由来する食品サンプル中にベロ毒素を1μg/mlの濃度で含む毒素検体を調製した(図6):
キュウリ浅漬けの液体画分(200mL)を、5μmおよび0.2μmのメンブレンフィルターで、それぞれ、ろ過した。ろ液(200μL)を150mM NaCl 含有10mM HEPES buffer (pH7.4) の1800μLで希釈し、希釈サンプル(ろ液Aと定義)を得た。100μg/mLのベロ毒素1型(Stx-1)(10μL)をその希釈サンプル(ろ液A、490μL)に加えて、2μg/mLの毒素溶液(総量:500μL)とした。得られたサンプルの400μLを、ろ液A(400μL)でさらに希釈し、800μLの毒素含有食品サンプル溶液(Stx-1:1μg/mL)を得た。毒素を含むこのモデルサンプル(800μLのうちの500μLを使用)は、Amicon Ultra-0.5の遠心フィルター(3,000MWCO)で遠心ろ過して(14,000g、30分、25℃)、約10μg/mL(~50μL)にまで濃縮した。この濃縮したサンプル(毒素含有画分、約10μg/ mL(~50μL))を、150mM NaCl含有10mM HEPES buffer (pH7.4)の450μLで希釈して、毒素検出試料(毒素の最終濃度:1μg/mL)とし、RIfS分析に供した。
(2)本発明のチップB及び比較例のチップCを用いた、毒素検体中の大腸菌O157ベロ毒素の検出試験
実施例2において作製した本発明のチップBおよび比較例のチップCを用いて、上記手順で調製した毒素検体、及び比較対象として毒素を添加していない検体(キュウリ浅漬けに、毒素を添加する代わりに、150mM NaCl 含有10mM HEPES buffer (pH7.4)を添加した試料)について、反射干渉バイオセンサ(RIfS)による、大腸菌O157ベロ毒素の検出試験を行った。結果を、図7及び図8にそれぞれ示す。
図7は、化合物1をSiNチップに固定化した、本発明の毒素検知チップBによる、1μg/mlのベロ毒素を含む毒素検体および毒素を添加していない検体の、RIfSによる毒素の検出結果である。図に示すように、本発明のチップBを用いた場合は、毒素検体について、RIfSにより毒素を検出することができ、一方、毒素を添加していない検体については、検出レスポンスは無視できた(偽陽性なし)。
図8は、化合物2をSiNチップに固定化した、比較例の毒素検知チップCによる、1μg/mlのベロ毒素を含む毒素検体および毒素を添加していない検体の、RIfSによる毒素の検出結果である。図に示すように、比較例のチップCを用いた場合、毒素検体についてRIfSにより毒素を検出することはできたが、一方で、毒素を添加していない検体についても、浅漬けに由来する夾雑物質により非特異的吸着(偽陽性)が見られた。また、毒素検体の検出レスポンスも、図7のチップBを用いた場合よりも、低かった。
【0034】
実施例5.チップB(本発明)およびチップC(比較例)による、培地サンプル中の大腸菌O157ベロ毒素の検出(図10及び図11)
実施例2において作製した本発明のチップBおよび比較例のチップCを用いて、以下のとおり、培地中の大腸菌O157ベロ毒素の検出のモデル試験を行った:
(1)毒素検体の調製
以下の手順で、培地に由来するサンプル中にベロ毒素を1μg/mlの濃度で含む毒素検体を調製した(図9):
ノボビオシン加EC(mEC)培地をモデル培地として使用した。100μg/mLの大腸菌O157ベロ毒素1型(Stx-1、10μL)を培地(90μL)に加え、得られた毒素サンプルの50μLを150mM NaCl 含有10mM HEPES buffer(pH7.4)の450μLで希釈し、最終濃度を約1μg/ mLとした。毒素を含むこのモデルサンプル(500μL)は、Amicon Ultra-0.5の遠心フィルター(30,000MWCO)で遠心ろ過して(14,000 g、10分、25℃)、約22μg/mL(~23μL)にまで濃縮した。この濃縮したサンプル(毒素含有画分、約22μg/mL(~23μL))を、477μLの150mM NaCl含有10mM HEPES buffer(pH7.4)で希釈して、毒素検出試料(毒素の最終濃度:1μg/mL)とし、RIfS分析に供した。
(2)本発明のチップB及び比較例のチップCを用いた、培地中の大腸菌O157ベロ毒素の検出試験
実施例2において作製した本発明のチップBおよび比較例のチップCを用いて、上記手順で調製した毒素培地、及び比較対象として毒素を添加していない培地について、反射干渉バイオセンサ(RIfS)による、大腸菌O157ベロ毒素の検出試験を行った。結果を、図10及び図11にそれぞれ示す。
図10は、化合物1をSiNチップに固定化した、本発明の毒素検知チップBによる、毒素を添加した培地および毒素を添加していない培地の、RIfSによる毒素の検出結果である。図に示すように、本発明のチップBを用いた場合は、毒素を添加した培地について、RIfSにより毒素を検出することができ、一方、毒素を添加していない培地については、検出レスポンスは無視できた(偽陽性なし)。
図11は、化合物2をSiNチップに固定化した、比較例の毒素検知チップCによる、毒素を添加した培地および毒素を添加していない培地の、RIfSによる毒素の検出結果である。図に示すように、比較例のチップCを用いた場合、毒素を添加した培地についてRIfSにより毒素を検出することはできたが、一方で、毒素を添加していない培地についても、培地に含まれる夾雑物質により非特異的吸着(偽陽性)が見られた。また、毒素を添加した培地の検出レスポンスも、図10のチップBを用いた場合よりも、大幅に低かった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明により、従来よりもセンサーチップの検出感度を高めることができ、食中毒の原因毒素、生物毒素の高感度検出など、安全・安心な社会を実現するために、本発明を活用できる。
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