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特許7515940被検出物質の検出方法、検出キットおよび検出システム、ならびに、検出キットの製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-05
(45)【発行日】2024-07-16
(54)【発明の名称】被検出物質の検出方法、検出キットおよび検出システム、ならびに、検出キットの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/01 20060101AFI20240708BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20240708BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20240708BHJP
   G01N 27/06 20060101ALI20240708BHJP
【FI】
G01N21/01 B
G01N21/27 A
G01N21/64 F
G01N27/06 Z
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2023518698
(86)(22)【出願日】2022-05-02
(86)【国際出願番号】 JP2022019532
(87)【国際公開番号】W WO2022234849
(87)【国際公開日】2022-11-10
【審査請求日】2023-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2021079295
(32)【優先日】2021-05-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、創発的研究支援事業、「バイオミメティック電極による外場誘導型エコシステムの創成」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願,平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業、「低侵襲ハイスループット光濃縮システムの開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】床波 志保
(72)【発明者】
【氏名】飯田 琢也
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0293731(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0316480(US,A1)
【文献】国際公開第2020/218347(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/207937(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/159706(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/077756(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/192937(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/090087(WO,A1)
【文献】特開2018-194550(JP,A)
【文献】特開2005-283556(JP,A)
【文献】プラズモニック・ナノボウル基板によるナノ粒子の光濃縮検出,第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集,公益社団法人応用物理学会,2020年02月28日,12p-N107-11
【文献】Damage-free light-induced assembly of intestinal bacteria with a bubble-mimetic substrate,COMMUNICATIONS BIOLOGY,2021年03月22日,4:385,pp. 1-7, pp. S1-S10,doi: 10.1038/s42003-021-01807-w
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-G01N 21/83
G01N 33/48-G01N 33/98
G01N 35/00-G01N 35/10
G01N 37/00
G01N 15/00-G01N 15/1492
G01N 25/00-G01N 25/72
G02B 21/00-G02B 21/36
B01J 19/00―B01J 19/32
C12M 1/00-C12M 1/42
C12Q 1/00-C12Q 1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580 (JDreamIII)
ACS PUBLICATIONS
Nature
JJAP
APEX
KAKEN
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料に含まれる可能性がある被検出物質を検出キットを用いて検出する、被検出物質の検出方法であって、
前記検出キットは、光を吸収して熱に変換する光熱変換領域を含み、
前記光熱変換領域には、複数の細孔が配置されており、
前記複数の細孔の各々は、
前記被検出物質のサイズよりも大きく、かつ、前記被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体の各々のサイズよりも大きい開口と、
前記複数の微小物体の各々のサイズよりも深い深さとを有し、
前記検出方法は、
前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップと、
前記光熱変換領域の吸収波長域に含まれる波長の光を前記光熱変換領域に照射することによって前記液体試料を加熱して前記液体試料中に熱対流を生じさせるステップと、
前記光の照射後の前記検出キットを監視することにより前記被検出物質を検出するステップとを含み、
前記導入するステップは、前記熱対流を生じさせるステップに先立ち、前記複数の微小物体が前記複数の細孔の内部に非固定的でありつつも安定的に保持されるように、前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、被検出物質の検出方法。
【請求項2】
前記複数の微小物体の各々は、コアを含み、
前記光熱変換領域は、前記光を熱に変換する薄膜を含み、
前記コアの熱伝導率は、前記薄膜の熱伝導率よりも低い、請求項1に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項3】
前記複数の細孔は、ハニカム状に配列されている、請求項1に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項4】
前記複数の微小物体の各々は、磁性粒子を含み、
前記導入するステップは、外部磁場により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項5】
前記導入するステップは、超音波の照射に伴う攪拌作用により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項6】
前記導入するステップは、前記光を前記光熱変換領域に照射することで生じる熱対流により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項7】
前記複数の微小物体の比重は、前記液体試料の比重よりも大きく、
前記導入するステップは、前記複数の微小物体の自然沈降により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項8】
前記被検出物質を検出するステップは、
前記光の照射後の前記液体試料からの光を受光器により検出するステップと、
前記受光器からの信号に基づいて、前記液体試料中における前記被検出物質の濃度を算出するステップとを含む、請求項1に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項9】
前記受光器は、撮影機器を含み、
前記被検出物質の濃度を算出するステップは、
前記撮影機器により撮影された画像から前記被検出物質の集積面積を算出するステップと、
前記被検出物質の濃度と前記被検出物質の集積面積との間の相関関係を参照することによって、算出された集積面積から前記被検出物質の濃度を算出するステップとを含む、請求項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項10】
前記被検出物質は、蛍光色素により標識され、
前記被検出物質の集積面積を算出するステップは、蛍光面積を算出するステップを含む、請求項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項11】
前記被検出物質を検出するステップは、前記被検出物質を含む複数の物質の中から前記被検出物質を選択的に検出するステップを含む、請求項1に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項12】
前記液体試料は、夾雑物を含む液体試料であり、
前記被検出物質を検出するステップは、前記夾雑物を含む液体試料に含まれる前記被検出物質を検出するステップを含む、請求項1に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項13】
前記受光器は、前記液体試料からの光のスペクトルを測定する分光器を含み、
前記被検出物質の濃度を算出するステップは、前記分光器により測定されたスペクトルに基づいて前記被検出物質の濃度を算出するステップを含む、請求項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項14】
前記検出キットは、前記光熱変換領域を挟むように互いに離間して配置された第1および第2の電極をさらに含み、
前記被検出物質を検出するステップは、前記第1の電極と前記第2の電極との間の電気抵抗の変化に基づいて前記被検出物質を検出するステップを含む、請求項1に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項15】
液体試料に含まれる可能性がある被検出物質の検出に用いられる、被検出物質の検出キットであって、
光を吸収して熱に変換する光熱変換領域を備え、
前記光熱変換領域には、複数の細孔が配置されており、
前記被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を前記複数の細孔内にさらに備え、
前記複数の細孔の各々は、
前記複数の微小物体の各々のサイズよりも大きい開口と、
前記複数の微小物体の各々のサイズよりも深い深さとを有し、
前記複数の微小物体は、前記複数の細孔の内部に非固定的に捕捉されて安定的に保持されている、被検出物質の検出キット。
【請求項16】
請求項15に記載の検出キットと、
前記光熱変換領域の吸収波長域に含まれる波長の光を発する光源と、
前記光源からの光の照射後に前記検出キットを監視することにより前記被検出物質を検出する検出装置とを備える、被検出物質の検出システム。
【請求項17】
液体試料に含まれる可能性がある被検出物質の検出に用いられる検出キットの製造方法であって、
複数の細孔が配置された光熱変換領域を有する基板を準備するステップと、
前記被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップとを含み、
前記複数の細孔の各々は、
前記被検出物質のサイズよりも大きく、かつ、前記複数の微小物体の各々のサイズよりも大きい開口と、
前記複数の微小物体の各々のサイズよりも深い深さとを有し、
前記導入するステップは、前記複数の微小物体が前記複数の細孔の内部に非固定的でありつつも安定的に保持されるように、前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、検出キットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被検出物質の検出方法、検出キットおよび検出システム、ならびに、検出キットの製造方法に関し、より特定的には、液体試料に含まれる可能性がある被検出物質の検出技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特開2017-202446号(特許文献1)は、液体中に分散した複数の微小物体を捕集する、微小物体の捕集装置を開示する。この補修装置は、光を発する光源と、液体を保持可能に構成された保持部材とを備える。保持部材には、液体中に分散した複数の微小物体が捕捉される空間を規定するための内壁部が形成されるとともに、光源からの光を熱に変換する材料を含む光熱変換領域が形成されている。光熱変換領域は、光源からの光を熱に変換して液体を加熱することによって液体中に対流を生じさせる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-202446号公報
【文献】国際公開第2018/207937号
【文献】特許第6375578号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
液体試料に含まれる可能性がある被検出物質を選択的かつ迅速に検出する技術に対する要求が常に存在する。
【0005】
本開示は上記課題を解決するためになされたものであり、本開示の目的は、液体試料に含まれる可能性がある被検出物質を選択的かつ迅速に検出することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のある態様において、被検出物質の検出方法は、液体試料に含まれる可能性がある被検出物質を検出キットを用いて検出する。検出キットは、光を吸収して熱に変換する光熱変換領域を含む。光熱変換領域には複数の細孔が配置されている。検出方法は、第1~第3のステップを含む。第1のステップは、被検出物質に特異的に(選択的に)結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を複数の細孔に導入するステップである。第2のステップは、光熱変換領域の吸収波長域に含まれる波長の光を光熱変換領域に照射することによって液体試料を加熱して液体試料中に熱対流を生じさせるステップである。第3のステップは、光の照射後の検出キットを監視することにより被検出物質を検出するステップである。
【0007】
本開示の他の一態様において、被検出物質の検出キットは、液体試料に含まれる可能性がある被検出物質の検出に用いられる。検出キットは、光を吸収して熱に変換する光熱変換領域を備える。光熱変換領域には複数の細孔が配置されている。検出キットは、被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を複数の細孔内にさらに備える。
【0008】
本開示のさらに他の一態様において、被検出物質の検出システムは、上記の検出キットと、光熱変換領域の吸収波長域に含まれる波長の光を発する光源と、光源からの光の照射後に検出キットを監視することにより被検出物質を検出する検出装置とを備える。
【0009】
本開示のさらに他の一態様において、検出キットは、液体試料に含まれる可能性がある被検出物質の検出に用いられる。検出キットの製造方法は、複数の細孔が配置された光熱変換領域を有する検出キットを準備するステップと、被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を複数の細孔に導入するステップとを含む。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、液体試料に含まれる可能性がある被検出物質を選択的かつ迅速に検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施の形態1に係る細菌の検出システムの全体構成図である。
図2】検出キットの構成を説明するための概念図である。
図3図2のIII-III線に沿う検出キットの断面図である。
図4】本実施の形態において作製されたハニカム高分子膜の上面SEM像を示す図である。
図5】本実施の形態において作製されたハニカム高分子膜の斜視SEM像を示す図である。
図6】本実施の形態における微小物体を示す図である。
図7】ハニカム高分子膜に配置された複数の細孔に抗体修飾ビーズが導入される様子を示す概念図である。
図8】抗体修飾ビーズが導入された検出キットの上面の光学透過像を示す図である。
図9図8に示した光学透過像の拡大図である。
図10】検出キットを用いて細菌が集積される様子を説明するための概念図である。
図11】比較例における細菌の集積態様を説明するための図である。
図12】本実施の形態における細菌の集積態様を説明するための図である。
図13】実施の形態1における細菌の検出方法の処理手順を示すフローチャートである。
図14】波長1064nmのレーザ光を照射した場合/照射しなかった場合の検出キットの画像、および、細菌が集積された領域の抽出結果を示す図である。
図15】細菌濃度が互いに異なるサンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。
図16図15に示した画像から求められた、細菌濃度と蛍光面積(細菌の集積面積)との間の相関関係を示す図である。
図17】様々な種類の細菌の集積結果を示す図である。
図18図17に示した画像から求められた、細菌の種類ごとの蛍光面積の算出結果を示す図である。
図19】2種類の細菌を含む混合細菌サンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。
図20図19に示した画像から求められた、蛍光面積の算出結果を示す図である(測定回数n=3)。
図21】4種類の細菌を含む混合細菌サンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。
図22図21に示した画像から求められた、蛍光面積の算出結果を示す図である(測定回数n=3)。
図23】夾雑物サンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。
図24図23に示した画像から求められた、細菌濃度と蛍光面積との間の相関関係を示す図である(測定回数n=3)。
図25】夾雑物サンプルにおける様々な種類の細菌の集積結果を示す図である。
図26図25に示した画像から求められた、細菌の種類ごとの蛍光面積の算出結果を示す図である(測定回数n=3)。
図27】実施の形態2に係る細菌の検出システムの全体構成図である。
図28】実施の形態2における細菌の検出方法の処理手順を示すフローチャートである。
図29】実施の形態3に係る細菌の検出システムの全体構成図である。
図30】実施の形態3における検出キットの構成を詳細に説明するための図である。
図31】実施の形態3における細菌の検出方法の処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<用語の定義>
本開示および実施の形態において、「ナノメートルオーダー」には、1nmから1000nm(=1μm)までの範囲が含まれる。「マイクロメートルオーダー」には、1μmから1000μm(=1mm)までの範囲が含まれる。したがって、「ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲」には、1nmから1000μmまでの範囲が含まれる。「ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲」は、典型的には数nm~数百μmの範囲を示し、好ましくは100nm~100μmの範囲を示し、より好ましくは数百nm~数十μmの範囲を示し得る。
【0013】
本開示およびその実施の形態において、「試料」とは、被検出物質を含む物質または被検出物質を含む可能性がある物質を意味する。試料は、たとえば動物(たとえばヒト、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ニワトリ、ラット、マウスなど)からの生体試料であり得る。生体試料は、たとえば、血液、組織、細胞、分泌液、体液等を含み得る。「試料」はそれらの希釈物を含んでもよい。また、試料は食品由来の物質であってもよい。
【0014】
本開示およびその実施の形態において、「被検出物質」とは、ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲のサイズを有し、検出キットを用いて検出される物質を意味する。被検出物質の形状は特に限定されず、たとえば球形、楕円球形、ロッド状(棹形)等である。被検出物質が楕円球形の場合、楕円球の長軸方向の長さおよび短軸方向の長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。被検出物質がロッド状の場合、ロッドの幅および長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。
【0015】
被検出物質の例としては、細胞、微生物(細菌、真菌等)、低分子(分子量が数百程度の分子)、中分子(分子量が500~2000程度の分子)、生体高分子(タンパク質、核酸、脂質、多糖類等)、抗体、抗原(アレルゲン等)およびウイルスなどが挙げられる。ただし、被検出物質は、生体由来の物質(生体物質)に限定されず、金属ナノ粒子、金属ナノ粒子集合体、金属ナノ粒子集積構造体、半導体ナノ粒子、有機ナノ粒子、樹脂ビーズ、マイクロ粒子などであってもよい。「金属ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する金属粒子である。「金属ナノ粒子集合体」とは、複数の金属ナノ粒子が凝集することによって形成された集合体である。「金属ナノ粒子集積構造体」とは、たとえば複数の金属ナノ粒子が相互作用部位を介してビーズの表面に固定され、互いに隙間を設けて、金属ナノ粒子の直径以下の間隔で配置された構造体である。「半導体ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する半導体粒子である。「有機ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する、有機化合物からなる粒子である。「樹脂ビーズ」とは、ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでのサイズを有する、樹脂からなる粒子である。マイクロ粒子は、マイクロメートルオーダーサイズを有する粒子であり、たとえば、金属マイクロ粒子、半導体マイクロ粒子、樹脂マイクロビーズを含む。PM2.5などの有害微粒子およびマイクロプラスチックもマイクロ粒子に含まれ得る。
【0016】
本開示およびその実施の形態において、「ホスト物質」とは、被検出物質を特異的に結合させることが可能な物質を意味する。被検出物質を特異的に結合させることが可能なホスト物質と被検出物質との組み合わせとしては、たとえば、抗原と抗体、糖鎖とタンパク質、脂質とタンパク質、低分子化合物(リガンド)とタンパク質、タンパク質とタンパク質、一本鎖DNAと一本鎖DNA、タンパク質と核酸分子(アプタマー)などが挙げられる。これらの特異的親和性を有する両者のうちのいずれか一方が被検出物質である場合に、他方をホスト物質として用いることができる。すなわち、たとえば抗原が被検出物質である場合には、抗体をホスト物質として用いることができる。逆に抗体が被検出物質である場合には、抗原をホスト物質として用いることができる。また、DNAのハイブリダイゼーションにおいては、被検出物質がターゲットDNAであり、ホスト物質がプローブDNAである。なお、抗原は、アレルゲン、微生物(細菌、真菌など)、ウイルスなどを含み得る。また、抗体の種類を変えることによって、検出可能なアレルゲンあるいはウイルスの種類を変えることもできる。したがって、本開示により検出可能なアレルゲンまたはウイルスの種類は特に限定されるものではない。また、被検出物質が重金属である場合には、重金属イオンを捕集可能な物質をホスト物質として利用することができる。
【0017】
本開示およびその実施の形態において、「微小物体」との用語は、ナノメートルのオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲のサイズを有する物体を意味する。被検出物質と同様に微小物体の形状は特に限定されず、たとえば球形、楕円球形、ロッド状である。微小物体が楕円球形の場合、楕円球の長軸方向の長さおよび短軸方向の長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。微小物体がロッド状の場合、ロッドの幅および長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。
【0018】
本開示およびその実施の形態において、「光を吸収する」との用語は、物質により吸収される光の強度がゼロより大きいという性質を意味する。光の波長領域は、紫外領域、可視領域、および近赤外領域のいずれかの領域、これら3つの領域のうちの2つの領域にまたがる領域、3つの領域のすべての領域にまたがる領域のいずれもよい。光吸収性は、たとえば光の吸収率の範囲によって定義することができる。この場合、吸収率の範囲の下限はゼロよりも大きければよく、特に限定されない。吸収率の範囲の上限は100%である。
【0019】
本開示およびその実施の形態において、「ハニカム状」とは、複数の正六角形が2次元方向に六方格子状(ハチの巣状)に配列された形状である。複数の正六角形の各々には細孔が形成される。複数の細孔がハニカム状に配列された構造を「ハニカム構造」と称する。各細孔は、ナノメートルのオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲の開口を有する孔である。細孔は、貫通孔であってもよく非貫通孔であってもよい。また、細孔の形状は特に限定されず、円柱形、角柱形、真球形を除く球形(たとえば半球形または半楕円球形)等の任意の形状を含み得る。
【0020】
本開示およびその実施の形態において、「マイクロバブル」とは、マイクロメートルオーダーの気泡である。
【0021】
本開示および実施の形態において、可視域とは、360nm~760nmの波長域を意味する。近赤外域とは、760nm~2μmの波長域を意味する。
【0022】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付して、その説明は繰り返さない。x方向およびy方向は水平方向を表す。x方向とy方向とは互いに直交する。z方向は鉛直方向を表す。重力の向きはz方向下方である。z方向上方を「上方」と略し、z方向下方を「下方」と略す場合がある。
【0023】
[実施の形態1]
本実施の形態では被検出物質が細菌である例について説明する。検出対象の細菌を「ターゲット細菌」とも記載する。
【0024】
<検出システムの全体構成>
図1は、実施の形態1に係る細菌の検出システム1の全体構成図である。検出システム1は、検出キット10と、XYZ軸ステージ20と、磁石30と、調整機構40と、レーザ光源50と、光学部品60と、対物レンズ70と、照明光源80と、撮影機器91と、コントローラ100とを備える。
【0025】
検出キット10は、滴下されたサンプル(SPで示す)を保持する。本実施の形態において、サンプルは、ターゲット細菌が含まれる可能性がある液体試料である。検出キット10は、XYZ軸ステージ20上に設置される。検出キット10の詳細な構成については図2図5にて説明する。
【0026】
XYZ軸ステージ20は、調整機構40によってx方向、y方向およびz方向に移動可能に構成されている。
【0027】
磁石30は、検出キット10の下方に配置され、検出キット10に外部磁場を印加するように構成されている。磁石30は、永久磁石(フェライト磁石、ネオジム磁石など)であってもよいし、電磁石であってもよい。磁石30が電磁石である場合には、磁石30の通電/非通電がコントローラ100により制御されてもよい。なお、磁石30は、微小物体の検出キット10への導入時(後述)に用いられる。したがって、磁石30は、微小物体の導入時には検出キット10の下方に配置される一方で、レーザ光源50を用いた光濃縮時(後述)には検出キット10の下方以外の場所に移動可能に構成されていることが好ましい。
【0028】
調整機構40は、コントローラ100からの指令に従って、XYZ軸ステージ20のx方向、y方向およびz方向の位置を調整する。本実施の形態では対物レンズ70の位置が固定されているので、XYZ軸ステージ20の位置を調整することにより、検出キット10と対物レンズ70との相対的な位置関係が調整される。調整機構40としては、たとえば顕微鏡に付属のサーボモータおよび焦準ハンドルなどの駆動機構を用いることができるが、調整機構40の具体的な構成は特に限定されるものではない。なお、調整機構40は、固定された検出キット10に対して対物レンズ70の位置を調整するように構成されていてもよい。
【0029】
レーザ光源50は、コントローラ100からの指令に従って、連続波(CW:Continuous Wave)のレーザ光(L1で示す)を発する。レーザ光の波長は、薄膜13(図2および図5参照)の吸収波長域に含まれる波長であり、たとえば近赤外域の波長(たとえば800nm、1064nm)である。レーザ光の波長は可視域に含まれる波長であってもよい。
【0030】
光学部品60は、たとえばミラー、ダイクロイックミラー、プリズムを含む。検出システム1の光学系は、レーザ光源50からのレーザ光が光学部品60により対物レンズ70へと導かれるように調整される。
【0031】
対物レンズ70は、レーザ光源50からのレーザ光を集光する。対物レンズ70により集光された光は検出キット10に照射される。ここで「照射する」とは、レーザ光が検出キット10を通過する場合を含む。すなわち、対物レンズ70により集光された光のビームウエストが検出キット10内に位置する場合に限定されない。なお、光学部品60および対物レンズ70は、たとえば倒立型顕微鏡本体または正立型顕微鏡本体に組み込むことができる。この例では、対物レンズ70は倒立型顕微鏡本体に組み込まれており、その倍率は40倍(ドライ)である。
【0032】
照明光源80は、コントローラ100からの指令に従って、検出キット10上のサンプルを照らすための白色光(L2で示す)を発する。1つの実施例として、ハロゲンランプを照明光源80として用いることができる。対物レンズ70は、照明光源80から検出キット10に照射された白色光を取り込むためにも用いられる。対物レンズ70により取り込まれた白色光は、光学部品60により撮影機器91へと導かれる。
【0033】
撮影機器91は、コントローラ100からの指令に従って、白色光が照射された検出キット10上のサンプルを撮影し、撮影された画像をコントローラ100に出力する。撮影機器91により撮影される画像は、静止画であっても動画であってもよい。撮影機器91には、CCD(Charge Coupled Device)イメージセンサまたはCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサを含むカメラを用いることができる。なお、撮影機器91は、本開示に係る「受光器」および「検出装置」の一例である。
【0034】
コントローラ100は、いずれも図示しないが、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサと、ROM(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory)などのメモリと、各種信号が入手される入出力ポートとを含む。コントローラ100は、検出システム内の各機器(調整機構40、レーザ光源50、照明光源80および撮影機器91)を制御する。また、コントローラ100は、撮影機器91により撮影された画像に所定の画像処理を施すことによってサンプル中のターゲット細菌を検出する。
【0035】
なお、検出システム1の光学系は、レーザ光源50からのレーザ光を検出キット10に照射することが可能であるととともに検出キット10からの白色光を撮影機器91に取り込むことが可能であれば、図1に示した構成に限定されない。検出システム1の光学系は、たとえば他の光学部品(フィルタ、光ファイバなど)を含んでもよい。
【0036】
<検出キットの構成>
図2は、検出キット10の構成を説明するための概念図である。図3は、図2のIII-III線に沿う検出キット10の断面図である。検出キット10は、基板11と、ハニカム高分子膜12と、薄膜13とを含む。
【0037】
基板11は、検出キット10に機械的強度を与える。本実施の形態ではレーザ光が下方から検出キット10に照射されるため、基板11の材料にはレーザ光に対して透明な材料が用いられる。たとえばガラスを採用できる。
【0038】
ハニカム高分子膜12は、基板11上に配置されている。ハニカム高分子膜12は、その表面に沿って複数の細孔14がハニカム状に配列された高分子膜である。各細孔14は非貫通孔であってもよいし、隣接する細孔と連通する貫通孔であってもよい。ハニカム高分子膜12の材料には樹脂(たとえばポリスチレン)を用いることができる。ハニカム高分子膜の作製方法については特許文献1を参照できる。
【0039】
薄膜13は、ハニカム高分子膜12上に配置されている。レーザ光が照射される領域(レーザスポットの位置)に部分的に薄膜13を形成してもよいが、実施の形態1ではハニカム高分子膜12の表面全体を覆うように、薄膜13が形成されている。薄膜13の膜厚はナノメートルオーダーである。したがって、薄膜13は、ハニカム高分子膜12の構造を反映してハニカム構造を有する。
【0040】
薄膜13は、レーザ光源50からのレーザ光を吸収して光エネルギーを熱エネルギーに変換する。薄膜13の材料は、レーザ光の波長域(本実施の形態では近赤外域)に対する光吸収性(たとえば光熱変換効率)が高い材料であることが好ましい。本実施の形態では、金薄膜が薄膜13として形成されている。金薄膜表面の自由電子は表面プラズモンを形成し、レーザ光によって振動する。これにより分極が生じる。この分極のエネルギーは、自由電子と原子核との間のクーロン相互作用により格子振動のエネルギーに変換される。その結果、金薄膜は熱を発生させる。以下では、この効果を「光発熱効果」とも称する。
【0041】
なお、薄膜13の材料は金に限定されるものではなく、光発熱効果を生じ得る金以外の金属元素(たとえば銀、白金)または金属ナノ粒子集積構造体(たとえば金ナノ粒子もしくは銀ナノ粒子を用いた構造体)などであってもよい。あるいは、薄膜13の材料は、レーザ光の波長域における光吸収性が高い金属以外の材料であってもよい。そのような材料としては、黒体に近い材料(たとえばカーボンナノチューブ黒体)が挙げられる。ハニカム高分子膜12および薄膜13は、本開示に係る「光熱変換領域」に相当する。
【0042】
図4は、本実施の形態において作製されたハニカム高分子膜12の上面SEM(Scanning Electron Microscope)像を示す図である。図5は、本実施の形態において作製されたハニカム高分子膜12の斜視SEM像を示す図である。この例では、細孔14の直径(細孔径)は4~5μmであった。細孔14の深さは約3μmであった。
【0043】
<微小物体の構成>
本実施の形態では、ターゲット細菌を検出するための複数の微小物体がサンプルに含有されている。
【0044】
図6は、本実施の形態における微小物体を示す図である。図6に示す例において、微小物体は磁気ビーズ21を含む。磁気ビーズ21は、高分子ポリマーのコア211と、コア211を覆うマグネタイト層212と、マグネタイト層212を覆う保護層(たとえば親水性ポリマー層)213とを有する。マグネタイト層212および保護層213の各層は2層以上であってもよい。磁気ビーズ21としては、たとえば、Thermo Fisher Scientific社製のThermo Scientific Pierce Protein A/G磁気ビーズ(粒子直径1μm)を用いることができる。マグネタイト層212には磁性体(γFeおよびFeなど)が含有されている。磁気ビーズ21は常磁性を示す。したがって、外部磁場が印加されていない場合、磁気ビーズ21はサンプル中に分散している。
【0045】
磁気ビーズ21の表面はホスト物質により修飾されている。この例では、ホスト物質は、ターゲット細菌に特異的に結合可能な抗体22である。様々な種類の抗体が磁気ビーズの表面に公知の手法により修飾可能である。以下、抗体22により修飾された磁気ビーズ21を「抗体修飾ビーズ23」とも記載する。なお、抗体修飾ビーズ23は、本開示に係る「磁性粒子」の一例である。
【0046】
検出キット10を市場に流通させる際には、所定濃度の抗体修飾ビーズ23を含有する液体とともに(言い換えるとウェットの状態で)容器内にパッケージングすることができる。流通する検出キット10においては、抗体修飾ビーズ23の大部分が細孔14の外部に分散していてもよい。この場合、測定に先立ち、測定者によって抗体修飾ビーズ23が細孔14内に導入される。あるいは、抗体修飾ビーズ23の大部分が細孔14内に導入された状態で検出キット10を流通させてもよい。
【0047】
<抗体修飾ビーズの導入>
図7は、ハニカム高分子膜12に配置された複数の細孔14に抗体修飾ビーズ23が導入される様子を示す概念図である。図7に示すように、検出キット10の下方に磁石30を配置すると、磁石30の磁場によって抗体修飾ビーズ23が下方に引き付けられ、細孔14へと導入される。
【0048】
図8は、抗体修飾ビーズ23が導入された検出キット10の上面の光学透過像を示す図である。図9は、図8に示した光学透過像の拡大図である。この測定には倍率100倍の対物レンズ70を用いた。抗体修飾ビーズ23(磁気ビーズ21)の直径は1μmであった。つまり、抗体修飾ビーズ23は細孔径(4~5μm)よりも小さい。この例では、各細孔14の内部に2,3個程度の抗体修飾ビーズ23が捕捉されていることが確認された。このように抗体修飾ビーズ23を細孔14の内部に捕捉することで、抗体修飾ビーズ23を検出キット10上に安定的に保持できる。
【0049】
ただし、抗体修飾ビーズ23が捕捉されることは必須ではない。抗体修飾ビーズ23が細孔径よりも大きい場合には、細孔14の開口部分に乗った態様で抗体修飾ビーズ23が捕集され得る。抗体修飾ビーズ23を細孔14の内部に捕捉される場合と比べると安定性では及ばないものの、このような捕集態様も採用可能である。
【0050】
抗体修飾ビーズ23の細孔14への導入手法は、磁石30を用いて外部磁場をサンプルに印加する手法に限定されるものではない。たとえばサンプルに超音波を照射してもよい。これによっても超音波の攪拌作用により、サンプル中の抗体修飾ビーズ23を細孔14に導入できる。また、サンプル(抗体修飾ビーズ23は非含有)の滴下に先立ち、抗体修飾ビーズ23を含有する液体を検出キット10上に滴下して、熱対流を利用して抗体修飾ビーズ23を細孔14に導入することも可能である(後述する光濃縮)。さらに、外部磁場、超音波または熱対流を利用する手法と比べると時間を要し得るが、自然沈降またはピペッティングによっても抗体修飾ビーズ23を細孔14に導入できる。抗体修飾ビーズ23の比重の方がサンプルの分散媒(典型的には水)の比重よりも大きいためである。なお、外部磁場を利用しない場合には、磁気ビーズ21に代えて、常磁性を示さない微小物体(一般的な樹脂ビーズまたは金属ビーズなど)を使用できる。
【0051】
<細菌の検出>
図10は、検出キット10を用いて細菌(Bで示す)が集積される様子を説明するための概念図である。検出キット10へのレーザ光の照射を開始すると、レーザ光の照射領域(以下、「レーザスポット」とも称する)での薄膜13の光発熱効果により、レーザスポット近傍が局所的に加熱される。そうすると、レーザスポット近傍のサンプルの分散媒(この例では水)が沸騰するなどしてレーザスポットにマイクロバブル(MBで示す)が発生する。マイクロバブルは時間の経過とともに成長する。
【0052】
レーザ光の照射に伴い、分散媒中にはマイクロバブルに加えて、規則的な熱対流が定常的に発生する。熱対流の方向は、矢印で示すように、一旦マイクロバブルに向かい、その後、マイクロバブルから遠ざかる方向である。熱対流が発生する理由は以下のように説明できる。熱対流は、浮力対流とマランゴニ対流とに分類される。
【0053】
レーザスポットに近いほど分散媒の温度は高くなる。つまり、光照射により分散媒中に温度勾配が生じる。この温度勾配に起因して浮力対流が発生する。より詳細には、マイクロバブルが生じた領域の上方に存在する分散媒が加熱により相対的に希薄となり浮力によって上昇する。それとともに、マイクロバブルの水平方向に存在する相対的に低温の分散媒がマイクロバブルに向けて流入する。
【0054】
また、一般に、気泡表面に生じる界面張力は気泡表面における分子密度に依存し、分子密度が高いほど界面張力は小さくなる。本実施の形態における分子密度は、分散媒を構成する分子の密度に加えて、被検出物質の密度にも影響され得る。そのため、マイクロバブルと周囲の分散媒との間の気液界面に細菌の密度の勾配が存在する場合、細菌の密度が高い領域(通常、下方の領域)は、界面張力が釣り合うように、細菌の密度が低い領域(上方の領域)の方向に引っ張られる。このときの気液界面の動きが液体内部(バルク)に伝わり、マランゴニ対流が発生する。
【0055】
細菌は、熱対流(浮力対流および/またはマランゴニ対流)によってマイクロバブルに向けて輸送され、マイクロバブルによって捕捉される。より詳細には、マイクロバブルとボウル領域との間には、熱対流の流速が略ゼロとなる領域である「よどみ領域」が生じる。熱対流によって輸送された細菌がよどみ領域に捕捉される結果、細菌がレーザスポット近傍に集積される。このように、マイクロバブルは、細菌を堰き止める「ストッパ」として機能することで細菌の集積サイトとなる。このメカニズムに従って、サンプル中に分散した細菌をレーザスポット近傍に濃縮して集積する作用を「光濃縮」とも呼ぶことができる。
【0056】
図11は、比較例における細菌の集積態様を説明するための図である。図12は、本実施の形態における細菌の集積態様を説明するための図である。
【0057】
比較例に示すように、抗体22を薄膜13に直接修飾することも考えられる。しかしながら、その場合、集積された細菌と薄膜13との間には抗体22しか介在していない。そのため、光発熱効果により薄膜13において発生した熱がレーザスポット近傍の細菌に伝導し、それらの細菌に熱的なダメージを与え得る。この場合、細菌の高密度集積には成功するものの、レーザスポット近傍において一部の細菌が死滅することで、集積された細菌全体での生存率(=生存している細菌数/集積された細菌の総数)が低下する可能性がある。
【0058】
これに対し、本実施の形態においては、磁気ビーズ21をコアとする抗体修飾ビーズ23が細菌と薄膜13との間に介在する。磁気ビーズ21の熱伝導率は、薄膜13の熱伝導率と比べて著しく低い。具体的な数値を例示すると、薄膜13の代表的な材料である金の熱伝導率が320[W/(m・K)]であるのに対し、磁気ビーズ21のコア材料であるポリマー(たとえばポリスチレン)の熱伝導率は0.1[W/(m・K)]程度である。このように細菌と薄膜13との間に熱伝導率が低い材料が介在することで、細菌と薄膜13との間の距離を確保するとともに、薄膜13から細菌への熱伝導を抑制できる。よって、細菌への熱的なダメージが低減されるため、集積された細菌の生存率を向上させることが可能になる。
【0059】
図2図4に示したように、薄膜13の隣接する細孔14間には隔壁が形成されている。レーザ光が隔壁(特に隔壁上面)に照射されるように検出システム2の光学系を調整することが望ましい。隔壁は液体中に突出しているため、隔壁上面で発生した熱は、隔壁上面近傍の液体を集中的に加熱する。そうすると、レーザスポットがいわば「点熱源」として作用することになるので、レーザスポットを中心に過度の温度上昇が起こる範囲が狭くなる。さらに、細孔底面へのレーザ照射時とは異なり、液体中に突出している隔壁へのレーザ照射時には熱対流の妨げとなる障害物が存在しないため、熱対流を相対的に低いレーザ出力で発生させることができる(詳細については特許文献3参照)。このように、抗体修飾ビーズ23を導入するのに加えてレーザスポットを適切な位置に調整することで、細菌への熱的なダメージをさらに低減し、細菌の生存率を一層向上させることができる。
【0060】
<検出フロー>
図13は、実施の形態1における細菌の検出方法の処理手順を示すフローチャートである。図13ならびに後述する図28および図31に示すフローチャートは、予め定められた条件成立時(たとえば測定者が図示しない測定開始ボタンを操作したとき)に実行される。各ステップは、基本的にはコントローラ100によるソフトウェア処理により実現されるが、コントローラ100内に配置されたハードウェア(電気回路)により実現されてもよい。以下、ステップをSと略す。
【0061】
S101において、複数の抗体修飾ビーズ23が分散したサンプルが準備され、検出キット10上に滴下される。サンプルの滴下量は、たとえば数μL~数百μL程度の微量であってもよいし、より多量であってもよい。この処理は測定者により行われてもよいが、ディスペンサ(図示せず)を用いて自動化することも可能である。
【0062】
S102において、検出キット10がXYZ軸ステージ20上に設置される。この処理も測定者により行われてもよいが、たとえば検出キット10を送り出す機構(図示せず)により自動化できる。
【0063】
S103において、磁石30が検出キット10の下方に配置される。測定者が手動で検出キット10の下方から磁石30を検出キット10に近付けてもよい。あるいは、磁石30が可動ステージ(図示せず)上に設置されており、磁石30が検出キット10の下方に移動するようにコントローラ100が可動ステージを制御してもよい。また、磁石30が電磁石である場合、磁石30は、コントローラ100からの指令に従って通電されて外部磁場を発生するように構成されていてもよい。外部磁場の印加により、抗体修飾ビーズ23が細孔14へと導入される(図7参照)。
【0064】
なお、S103の処理は、S102の処理に先立って実施されてもよい。すなわち、抗体修飾ビーズ23の細孔14への導入後に検出キット10がXYZ軸ステージ20上に設置されてもよい。
【0065】
S104において、レーザ光源50からのレーザ光がサンプルに照射されるように、XYZ軸ステージ20の水平方向(x方向、y方向)および鉛直方向(z方向)の位置が調整される。この処理は、測定者による調整機構40の手動操作により実現されてもよい。あるいは、この処理は、コントローラ100が調整機構40を制御することによって実現されてもよい。水平方向の位置調整は、たとえば、撮影機器91により撮影された画像からパターン認識の画像処理技術を用いてサンプルの外形を抽出することによって実現できる。また、レーザ光のビームウエストの鉛直方向の位置は、レーザ光の波長および対物レンズ70の仕様(倍率等)から既知である。よって、XYZ軸ステージ20の鉛直方向の位置を調整することで、狙った高さにビームウエストを設定できる。
【0066】
S105において、コントローラ100は、サンプルに向けて所定時間だけレーザ光を照射するようにレーザ光源50を制御する。レーザ光の出力(レーザ出力)および照射時間(レーザ照射時間)は、たとえば、検出キット10の仕様(薄膜13の材料、膜厚など)、細菌の特性(想定濃度、サイズなど)に応じて、事前の実験またはシミュレーションの結果に基づいて定められる。レーザ出力およびレーザ照射時間は、サンプル中にマイクロバブルおよび対流を発生可能である程度に大きく/長く、かつ、細菌に過度な熱的ダメージを与えない程度に小さく/短く設定することが望ましい。典型的には、レーザ出力は数mW~数十mWであり、レーザ照射時間は数十秒~数分である。レーザ光の照射により、図10にて説明したメカニズムに従って細菌がレーザスポットに集積される。
【0067】
S106において、測定者により検出キット10が洗浄される。これにより、抗体修飾ビーズに特異的に結合されるターゲット細菌は検出キット10に残り、それ以外は洗い流される。洗浄後の検出キット10は、再びXYZ軸ステージ20上に設置される。
【0068】
S107において、コントローラ100は、検出キット10を照射するための白色光を発するように照明光源80を制御するとともに、検出キット10を撮影するように撮影機器91を制御する。
【0069】
S108において、コントローラ100は、撮影機器91により撮影された画像に細菌の集積体が観察されるかどうかを判定する。細菌の集積体が観察されなかった場合(S107においてNO)、コントローラ100は、サンプルにはターゲット細菌が含有されていない(サンプル中の細菌の濃度が検出限界を下回っている)と判定する(S109)。
【0070】
一方、細菌の集積体が観察された場合(S108においてYES)、コントローラ100は、ターゲット細菌がサンプルに含有されていると判定する(S110)。この場合、コントローラ100は、細菌が集積された領域の面積(集積面積)を算出する(S111)。コントローラ100は、たとえば、細菌が集積された領域をパターン認識の画像処理技術を用いて抽出することで、その領域の面積を算出できる。さらに、コントローラ100は、予め求められた検量線(図16参照)を参照することで、S111にて算出された集積面積から、サンプルに含有される細菌の濃度(細菌濃度)を算出する(S112)。S109またはS112の処理が終了すると、コントローラ100は、処理をメインルーチンへと戻す。
【0071】
<実施例>
≪1.蛍光像および蛍光面積の説明≫
図14は、波長1064nmのレーザ光を照射した場合/照射しなかった場合の検出キット10の画像、および、細菌が集積された領域の抽出結果を示す図である。この例ではターゲット細菌として大腸菌E. coli(Escherichia coli)を用いた。細菌を蛍光染色して蛍光像を撮影した。対物レンズ70通過後のレーザ出力は30mWに設定し、レーザ照射時間は3分間に設定した。蛍光面積(ターゲット細菌の集積面積)を算出するための画像処理には市販のソフトウエア(ニコン社製NIS-Elements)を用いた。図14に示すように、レーザ光の照射によって細菌を集積可能であることが確認されるとともに、画像処理によって蛍光面積を算出可能であることが確認された。また、レーザ光を照射しなかった場合、同一時間放置しても細菌の集積は確認されなかったため、上記の結果は、光濃縮によりターゲット細菌検出の迅速化が可能であることを示すものとも言える。
【0072】
≪2.濃度依存性≫
図15は、細菌濃度が互いに異なるサンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。ターゲット細菌には大腸菌を用いた。細菌濃度が10[cells/mL]~10[cells/mL]の範囲で互いに異なる6つのサンプルを準備した。この例でも細菌を蛍光染色して蛍光像を撮影した。レーザ出力は20mWに設定し、レーザ照射時間は7分間に設定した。細菌濃度が最も低い10[cells/mL]のサンプルにおいても蛍光(すなわち細菌の集積)を確認できた。
【0073】
図16は、図15に示した画像から求められた、細菌濃度と蛍光面積との間の相関関係を示す図である。横軸は細菌濃度を対数目盛で表す。縦軸は蛍光面積(細菌の集積面積)を対数目盛で表す。各細菌濃度における測定回数は3回とした。図24(後述)においても同様である。図16に示すように、細菌濃度と蛍光面積との間の相関関係は両対数グラフ上で直線状に表された。このような相関関係を事前に求めて検量線として利用することで、蛍光面積から細菌濃度を算出することが可能になる(図13のS112参照)。
【0074】
≪3.選択的検出≫
図17は、様々な種類の細菌の集積結果を示す図である。この例では4通りのサンプルを準備して4種類の細菌を集積した。具体的には、ターゲット細菌である大腸菌に加えて、黄色ブドウ球菌S. aureus(Staphylococcus aureus)、肺炎桿菌K. pneumoniae(Klebsiella pneumoniae)およびサルモネラ菌S. enterica(Salmonella enterica)を使用した。各細菌を蛍光染色した。この例では、各サンプルは、いずれか1種類の細菌のみを含む。各サンプルにおける細菌濃度は10[cells/mL]であった。レーザ出力は30mWに設定し、レーザ照射時間は3分間に設定した。抗体修飾ビーズ23には大腸菌に特異的に結合する抗体22を使用した。この場合、大腸菌以外の細菌では抗体修飾ビーズ23への特異的結合は起こらないにも拘わらず、洗浄後も円形の蛍光が観察された。これは、大腸菌以外の細菌であっても高密度に集積された場合には、それらの細菌の非特異吸着が無視できないためと考えられる。
【0075】
図18は、図17に示した画像から求められた、細菌の種類ごとの蛍光面積(集積面積)の算出結果を示す図である。エラーバーは3回の測定における標準偏差を表す。大腸菌の集積面積は、他の3種類の細菌の集積面積の5倍~15倍程度も大きかった。このように集積面積に顕著な差異が生じ、大腸菌を他の細菌から明確に区別できるため、大腸菌の選択的検出(特異検出)に成功したと言える。
【0076】
≪4.混合細菌サンプル≫
図19は、2種類の細菌を含む混合細菌サンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。この測定では大腸菌および黄色ブドウ球菌を含む混合細菌サンプルを使用した。大腸菌および黄色ブドウ球菌の両方を蛍光染色した。大腸菌の比率(=大腸菌の含有数/全細菌数)が0%から100%までの範囲で異なる8種類のサンプルを準備した。各サンプルにおける2種類の細菌の合計濃度は10[cells/mL]であった。レーザ出力(対物レンズ透過前の出力)は20mWに設定し、レーザ照射時間は7分間に設定した。抗体修飾ビーズ23には大腸菌に特異的に結合する抗体22を使用した。これらの条件は後述する図21および図22に関しても共通である。図19に示すように、大腸菌の比率が高いほど蛍光面積が大きくなる傾向が観察された。
【0077】
図20は、図19に示した画像から求められた、蛍光面積の算出結果を示す図である。横軸は大腸菌の比率を表す。縦軸は蛍光面積(大腸菌の集積面積)を表す。エラーバーは3回の測定結果における標準偏差を表す。測定回数n=3であった。図22(後述)においても同様である。図20に示すように、大腸菌の比率に高くなるに従って蛍光面積が単調増加することが確認された。このことから、2種類の細菌を含む混合細菌サンプルにおける大腸菌の選択的検出に成功したと言える。
【0078】
図21は、4種類の細菌を含む混合細菌サンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。この測定では大腸菌、黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌およびサルモネラ菌を含む混合細菌サンプルを使用した。大腸菌、黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌およびサルモネラ菌の全ての細菌を蛍光染色した。大腸菌の比率が0%から100%までの範囲で異なる8種類のサンプルを準備した。各サンプルにおける4種類の細菌の合計濃度は10[cells/mL]であった。この測定においても、大腸菌の比率が高いほど蛍光面積が大きくなる傾向が観察された。
【0079】
図22は、図21に示した画像から求められた、蛍光面積の算出結果を示す図である。大腸菌の比率に高くなるに従って蛍光面積が単調増加することが確認された。このように、4種類の細菌を含む混合細菌サンプルにおいても大腸菌の選択的検出に成功した。
【0080】
≪5.夾雑物サンプル≫
図23は、夾雑物サンプルにおける細菌の集積結果を示す図である。夾雑物サンプルとは、被検出物質に加えて、被検出物質以外の物質を夾雑物として含むサンプルである。この測定ではリンゴジュース中に大腸菌を含む夾雑物サンプルを使用した。より具体的には、リンゴジュースに下記の濃度系列の細菌を添加(標準添加)して10分間静置した。さらに遠心分離後にリン酸緩衝液に細菌を再分散した。図15および図16と同様に、細菌濃度が10[cells/mL]~10[cells/mL]の範囲で互いに異なる6つのサンプルを準備した。この例でも細菌を蛍光染色して蛍光像を撮影した。レーザ出力は20mWに設定し、レーザ照射時間は7分間に設定した。夾雑物を含むリンゴジュース中であっても細菌濃度が最も低い10[cells/mL]のサンプルにおいて蛍光を確認できた。
【0081】
図24は、図23に示した画像から求められた、細菌濃度と蛍光面積との間の相関関係を示す図である。測定回数n=3であった。図16と同様に、細菌濃度と蛍光面積との間の相関関係は両対数グラフ上でほぼ直線状に表された。このような検量線を準備することで、蛍光面積から細菌濃度を算出できる。食中毒は、夾雑物を含む食料品または飲料中で原因菌が繁殖することで引き起こされることが多い。また、食器(皿、コップなど)、調理器具(まな板、包丁など)に付着した夾雑物中の細菌が原因で食中毒が引き起こされる場合もある。図23および図24の結果は、実際の環境に近い条件下での検出成功を示したものと言える。なお、食料品の場合、従来はストマッカなどで振盪した後、上清に含まれる夾雑物中で細菌検査をすることが一般的である。
【0082】
図25は、夾雑物サンプルにおける様々な種類の細菌の集積結果を示す図である。図17と同様に4種類のサンプルを準備した。各サンプルは、4種類の細菌(大腸菌、黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌およびサルモネラ菌)のうちのいずれか1種類の細菌を含む。各細菌を蛍光染色した。抗体修飾ビーズ23には大腸菌に特異的に結合する抗体22を使用した。各サンプルにおける細菌濃度は10[cells/mL]であった。レーザ出力は20mWに設定し、レーザ照射時間は7分間に設定した。4種類のサンプルの全部で蛍光が観察されたが、大腸菌を含むサンプルにおける蛍光が最も顕著であった。
【0083】
図26は、図25に示した画像から求められた、細菌の種類ごとの蛍光面積の算出結果を示す図である。エラーバーは3回の測定結果における標準偏差を表す。大腸菌の蛍光面積は、他の3種類の細菌の蛍光面積の8倍~15倍も大きかった。このように、夾雑物を含むリンゴジュース中においても大腸菌の選択的検出に成功した。
【0084】
以上のように、実施の形態1においては、抗体修飾ビーズ23が細孔14に導入された検出キット10を用いて細菌の集積および検出が行われる。抗体修飾ビーズ23の表面にはターゲット細菌に特異的に結合する抗体22が修飾されているため、ターゲット細菌を選択的に検出できる。また、レーザ光の照射に伴う光発熱効果により発生する熱対流を利用することで細菌を高効率に集積できるため、集積時間が数十秒~数分に短縮される。よって、実施の形態1によれば、サンプルに含まれる可能性がある被検出物質を高感度かつ選択的かつ迅速に検出できる。
【0085】
[実施の形態2]
実施の形態2においては、検出キット10のスペクトルに基づいてターゲット細菌を検出する構成について説明する。
【0086】
図27は、実施の形態2に係る細菌の検出システム2の全体構成図である。検出システム2は、撮影機器91に代えて分光光度計92を備える点において、実施の形態1に係る検出システム1(図1参照)と異なる。
【0087】
分光光度計92は、コントローラ100からの指令に従って検出キット10の反射スペクトルを測定し、その測定結果をコントローラ100に出力する。分光光度計92は、たとえば回折格子と、受光素子と、シャッタと、スリット(いずれも図示せず)とを含む。分光光度計92に入射した光は、スリットを通過後、回折格子に到達する。回折格子において、入射光は、その波長に応じた方向に反射する。受光素子の表面は複数の単位領域に区切られている。回折格子により反射された光は、受光素子の複数の単位領域のうち波長に応じた単位領域に入射する。そして、各単位領域での強度値に基づいて反射スペクトルが取得される。分光光度計92は、薄膜13の吸収波長域よりも広い波長域(たとえば可視域から近赤外域までの波長域)で反射スペクトルを測定可能であることが好ましい。また、分光光度計92の波長分解能は、より小さいほど好ましい。分光光度計92の波長分解能は、たとえば10nm以下、5nm以下、2nm以下または1nm以下であるが、これに限定されない。分光光度計92は、本開示に係る「受光器」、「分光器」および「検出装置」に相当する。
【0088】
検出システム2の分光光度計92以外の構成は、検出システム1の対応する構成と同様であるため、説明は繰り返さない。なお、図27には検出キット10の透過スペクトルを測定するための光学系が示されているが、検出システム2は、他のスペクトル(反射スペクトル、散乱スペクトル等)を測定するように構成されていてもよい。
【0089】
図28は、実施の形態2における細菌の検出方法の処理手順を示すフローチャートである。S201~S204の処理は、実施の形態1におけるS101~S104の処理(図13参照)とそれぞれ同様である。
【0090】
S205において、コントローラ100は、白色光を照射するように照明光源80を制御する。そして、コントローラ100は、レーザ光の照射に先立ち、レーザ光を照射しようとする領域の透過スペクトルを分光光度計92から取得する。
【0091】
S206において、コントローラ100は、所定出力のレーザ光を所定時間だけ出力するようにレーザ光源50を制御する。細菌の集積後、レーザ光の照射は停止される。その後、測定者により検出キット10が洗浄され、ターゲット細菌以外は洗い流される(S207)。洗浄後の検出キット10は、再びXYZ軸ステージ20上に設置される。
【0092】
S208において、コントローラ100は、レーザ光を照射した領域における透過スペクトルを分光光度計92から取得する。透過スペクトルの取得後は白色光の照射を終了できる。なお、検出システム2において取得されるスペクトルの種類は特に限定されない。検出システム2は、反射スペクトルまたは消衰スペクトルを取得してもよいし、蛍光スペクトルを取得してもよい。
【0093】
S209において、コントローラ100は、S205にて取得された透過スペクトルとS208にて取得された透過スペクトルとを比較することで、透過スペクトルの強度変化の有無を判定する。たとえば、コントローラ100は、予め定められた特定の波長において所定量以上の強度変化が検出された場合に強度変化ありと判定できる。透過スペクトルの強度変化が検出されなかった場合(S209においてNO)、コントローラ100は、サンプルにはターゲット細菌が含まれていないと判定する(S210)。
【0094】
一方、透過スペクトルの強度変化が検出された場合(S209においてYES)、コントローラ100は、サンプルにターゲット細菌が含まれていると判定する(S211)。そして、コントローラ100は、強度変化量からターゲット細菌の濃度を算出する(S212)。この処理も図16にて説明した検量線と同様に、特定波長における強度変化量と細菌濃度との間の相関関係を事前に求めておくことにより実現される。S210またはS212の処理が終了すると、コントローラ100は、処理をメインルーチンへと戻す。
【0095】
以上のように、実施の形態2においても、抗体修飾ビーズ23が細孔14に導入された検出キット10を用いて細菌が集積される。これにより、ターゲット細菌を選択的かつ高効率に集積できる。また、ターゲット細菌の検出には細菌の集積面積に代えてスペクトルが用いられるが、この場合でも実施の形態1と同様に、ターゲット細菌を選択的に検出可能である。よって、実施の形態2によれば、サンプルに含まれる可能性がある被検出物質を選択的かつ迅速に検出できる。
【0096】
[実施の形態3]
実施の形態3においては、検出キットの電気抵抗(インピーダンス)に基づいてターゲット細菌を検出する構成について説明する。
【0097】
図29は、実施の形態3に係る細菌の検出システム3の全体構成図である。検出システム3は、検出キット10に代えて検出キット10Aを備える点、および、照明光源80および撮影機器91に代えてマルチメータ93を備える点において、実施の形態1に係る検出システム1(図1参照)と異なる。
【0098】
マルチメータ93は、検出キット10Aに設けられた電極31と電極32との間(図30参照)の電気抵抗を測定するように構成されたインピーダンス測定装置である。より具体的には、マルチメータ93は、コントローラ100からの指令に従って、たとえば、電極31と電極32との間に定電流を流しつつ電極31と電極32との間の電圧を測定する。マルチメータ93による測定結果はコントローラ100に出力される。マルチメータ93は、本開示に係る「検出装置」の他の一例である。
【0099】
なお、ここでは、マルチメータ93により定電流制御を行いつつ電極31,32間の電圧を測定する構成、すなわち、マルチメータ93がガルバノスタットとして機能する構成を例に説明する。しかし、マルチメータ93に代えてポテンショスタットを用いてもよい。ポテンショスタットを用いた場合には、電極31,32間に定電圧が印加された場合に電極31,32間を流れる電流が測定される。
【0100】
図30は、実施の形態3における検出キット10Aの構成を詳細に説明するための図である。検出キット10Aは、基板11、ハニカム高分子膜12および薄膜13に加えて、電極31,32をさらに含む。
【0101】
電極31,32の各々は基板11上に配置されている。電極31は陽極であり、電極32は陰極である。各電極31,32は、膜厚がナノメートルオーダーの金属薄膜であり、たとえば白金薄膜である。基板11と電極31との間には、検出キット10Aと電極31との接着性を高めるための接着層(たとえばチタン薄膜)が配置されていてもよい。電極32についても同様である。
【0102】
電極31と電極32とは、ハニカム高分子膜12および薄膜13を挟むように、互いに離間して配置されている。レーザ光の照射により電極31と電極32との間にターゲット細菌が集積される。ターゲット細菌の集積が進むと、ある時点で電極31と電極32との間がターゲット細菌により架橋される。そうすると、マルチメータ93により測定される電気抵抗の主成分が、サンプルの分散媒の電気抵抗から、電極31と電極32との間に集積されたターゲット細菌の電気抵抗へと変化する。分散媒として十分に高い絶縁性を有する液体(たとえば水)を用いた場合、ターゲット細菌の電気抵抗率は、分散媒の電気抵抗率よりも低い。したがって、電気抵抗の低下が検出された場合には、電極31と電極32との間がターゲット細菌により架橋された、言い換えるとターゲット細菌が検出されたと判定できる。なお、電極31,32間の電気的特性の測定メカニズムの詳細については特許文献2を参照できる。なお、電極31,電極32は、本開示に係る「第1の電極」および「第2の電極」に相当する。
【0103】
図31は、実施の形態3における細菌の検出方法の処理手順を示すフローチャートである。S303~S306の処理は、実施の形態1におけるS101~S106の処理(図13参照)とそれぞれ同様であるため、説明は繰り返さない。
【0104】
S307において、コントローラ100は、洗浄後の検出キット10Aにおける電極31と電極32との間の電圧をマルチメータ93から取得する。そして、コントローラ100は、電極31と電極32との間の電気抵抗を算出する。
【0105】
S308において、コントローラ100は、S307にて算出された電気抵抗と基準値との差分(絶対値)がマルチメータ93の特性に応じた所定の測定範囲に収まるかどうかを判定する。基準値は、ターゲット細菌を含まないサンプル(分散媒)の電気抵抗に基づいて設定される。
【0106】
差分が測定範囲から外れた場合(S308においてNO)、コントローラ100は、サンプルにはターゲット細菌が含まれていないと判定する(S309)。一方、差分が測定範囲に収まる場合(S308においてYES)、コントローラ100は、サンプルにターゲット細菌が含まれていると判定する(S310)。S309またはS310の処理が終了すると、コントローラ100は、処理をメインルーチンへと戻す。
【0107】
以上のように、実施の形態3においても、抗体修飾ビーズ23が細孔14に導入された検出キット10を用いて細菌が集積される。これにより、ターゲット細菌を選択的かつ高効率に集積できる。また、実施の形態3では、ターゲット細菌の検出に電気抵抗率の変化が用いられる。この場合でも実施の形態1,2と同様に、ターゲット細菌を選択的に検出可能である。よって、実施の形態3によれば、サンプルに含まれる可能性がある被検出物質を選択的かつ迅速に検出できる。
【0108】
[付記]
最後に本開示の諸態様を付記としてまとめて記載する。
【0109】
(付記1)
液体試料に含まれる可能性がある被検出物質を検出キットを用いて検出する、被検出物質の検出方法であって、
前記検出キットは、光を吸収して熱に変換する光熱変換領域を含み、
前記光熱変換領域には、複数の細孔が配置されており、
前記検出方法は、
前記被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップと、
前記光熱変換領域の吸収波長域に含まれる波長の光を前記光熱変換領域に照射することによって前記液体試料を加熱して前記液体試料中に熱対流を生じさせるステップと、
前記光の照射後の前記検出キットを監視することにより前記被検出物質を検出するステップとを含む、被検出物質の検出方法。
【0110】
(付記2)
前記複数の微小物体の各々のサイズは、前記複数の細孔の各々の孔径よりも小さい、付記1に記載の被検出物質の検出方法。
【0111】
(付記3)
前記複数の微小物体の各々は、コアを含み、
前記光熱変換領域は、前記光を熱に変換する薄膜を含み、
前記コアの熱伝導率は、前記薄膜の熱伝導率よりも低い、付記1または2に記載の被検出物質の検出方法。
【0112】
(付記4)
前記複数の細孔は、ハニカム状に配列されている、付記1~3のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0113】
(付記5)
前記複数の微小物体の各々は、磁性粒子を含み、
前記導入するステップは、外部磁場により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、付記1~4のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0114】
(付記6)
前記導入するステップは、超音波の照射により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、付記1~4のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0115】
(付記7)
前記導入するステップは、前記光を前記光熱変換領域に照射することで生じる熱対流により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、付記1~4のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0116】
(付記8)
前記複数の微小物体の比重は、前記液体試料の比重よりも大きく、
前記導入するステップは、前記複数の微小物体の自然沈降により前記複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップを含む、付記1~4のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0117】
(付記9)
前記被検出物質を検出するステップは、
前記光の照射後の前記液体試料からの光を受光器により検出するステップと、
前記受光器からの信号に基づいて、前記液体試料中における前記被検出物質の濃度を算出するステップとを含む、付記1~8のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0118】
(付記10)
前記受光器は、撮影機器を含み、
前記被検出物質の濃度を算出するステップは、
前記撮影機器により撮影された画像から前記被検出物質の集積面積を算出するステップと、
前記被検出物質の濃度と前記被検出物質の集積面積との間の相関関係を参照することによって、算出された集積面積から前記被検出物質の濃度を算出するステップとを含む、付記9に記載の被検出物質の検出方法。
【0119】
(付記11)
前記被検出物質は、蛍光色素により標識され、
前記被検出物質の集積面積を算出するステップは、蛍光面積を算出するステップを含む、付記10に記載の被検出物質の検出方法。
【0120】
(付記12)
前記被検出物質の検出するステップは、前記被検出物質を含む複数の物質の中から前記被検出物質を選択的に検出するステップを含む、付記1~11のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0121】
(付記13)
前記液体試料は、夾雑物を含む試料であり、
前記被検出物質を検出するステップは、前記夾雑物を含む液体試料に含まれる前記被検出物質を検出するステップを含む、付記1~12のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0122】
(付記14)
前記受光器は、前記液体試料からの光のスペクトルを測定する分光器を含み、
前記被検出物質の濃度を算出するステップは、前記分光器により測定されたスペクトルに基づいて前記被検出物質の濃度を算出するステップを含む、付記9に記載の被検出物質の検出方法。
【0123】
(付記15)
前記検出キットは、前記光熱変換領域を挟むように互いに離間して配置された第1および第2の電極をさらに含み、
前記被検出物質を検出するステップは、前記第1の電極と前記第2の電極との間の電気抵抗の変化に基づいて前記被検出物質を検出するステップを含む、付記1~8のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【0124】
(付記16)
液体試料に含まれる可能性がある被検出物質の検出に用いられる、被検出物質の検出キットであって、
光を吸収して熱に変換する光熱変換領域を備え、
前記光熱変換領域には、複数の細孔が配置されており、
前記被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を前記複数の細孔内にさらに備える、被検出物質の検出キット。
【0125】
(付記17)
付記16に記載の検出キットと、
前記光熱変換領域の吸収波長域に含まれる波長の光を発する光源と、
前記光源からの光の照射後に前記検出キットを監視することにより前記被検出物質を検出する検出装置とを備える、被検出物質の検出システム。
【0126】
(付記18)
液体試料に含まれる可能性がある被検出物質の検出に用いられる検出キットの製造方法であって、
複数の細孔が配置された光熱変換領域を有する前記検出キットを準備するステップと、
前記被検出物質に特異的に結合可能なホスト物質により各々の表面が修飾された複数の微小物体を前記複数の細孔に導入するステップとを含む、検出キットの製造方法。
【0127】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0128】
本開示は、液体試料中に分散した各種被検出物質(たとえば、PM2.5などの有害微粒子、マイクロプラスチックもしくはナノプラスチックなどの環境負荷物質、または、様々な細菌もしくはウイルスなど)を高効率に集積することで被検出物質を高感度かつ迅速に検出する態様で利用可能である。また、本開示は、液体試料に微小物体が含まれるか否かの判定、および/または、液体試料中の微小物体の濃度の特定にも利用できる。
【符号の説明】
【0129】
1~3 検出システム、10,10A 検出キット、11 基板、12 ハニカム高分子膜、13 薄膜、14 細孔、20 XYZ軸ステージ、21 磁気ビーズ、211 コア、212 マグネタイト層、213 保護層、22 抗体、23 抗体修飾ビーズ、30 磁石、31,32 電極、40 調整機構、50 レーザ光源、60 光学部品、70 対物レンズ、80 照明光源、91 撮影機器、92 分光光度計、93 マルチメータ、100 コントローラ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
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図22
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図26
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図28
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