(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-05
(45)【発行日】2024-07-16
(54)【発明の名称】光ファイバの製造方法および装置
(51)【国際特許分類】
C03B 37/027 20060101AFI20240708BHJP
G02B 6/02 20060101ALI20240708BHJP
【FI】
C03B37/027 Z
G02B6/02 356A
(21)【出願番号】P 2020156571
(22)【出願日】2020-09-17
【審査請求日】2023-05-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武笠 和則
(72)【発明者】
【氏名】ヴァーラヤイ ゾルターン
(72)【発明者】
【氏名】ネメス ベンス
(72)【発明者】
【氏名】チャングリ ベラ
(72)【発明者】
【氏名】プシューカシュ ジョルト
(72)【発明者】
【氏名】セレシュテイ ペーテル
(72)【発明者】
【氏名】ヴァルガ ガボール
【審査官】安積 高靖
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-083003(JP,A)
【文献】特開昭61-191535(JP,A)
【文献】特開2020-169113(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B 37/027
G02B 6/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光ファイバ母材の一端部を加熱して溶融変形し、光ファイバを引き出す線引き工程を含み、前記線引き工程では、前記溶融変形させる溶融変形部を
1MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことを特徴とする光ファイバの製造方法。
【請求項2】
前記線引き工程では、前記溶融変形させる溶融変形部を10MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことを特徴とする請求項1に記載の光ファイバの製造方法。
【請求項3】
前記線引き工程では、前記溶融変形させる溶融変形部を100MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことを特徴とする請求項1に記載の光ファイバの製造方法。
【請求項4】
前記溶融変形部を加圧媒体によって加圧することを特徴とする請求項1~
3のいずれか1つに記載の光ファイバの製造方法。
【請求項5】
前記光ファイバ母材の一端部を2000℃以上に加熱して前記溶融変形部を形成することを特徴とする請求項1~
4のいずれか1つに記載の光ファイバの製造方法。
【請求項6】
前記光ファイバは、コア部と、前記コア部の外周を取り囲むクラッド部とを含み、前記コア部は、ゲルマニウム,塩素,フッ素,カリウム,ナトリウムのいずれか1つ以上が添加されたシリカガラスからなり、
前記コア部の前記シリカガラスに対する比屈折率差が-0.2%以上0.2%以下であり、
前記クラッド部の前記シリカガラスに対する比屈折率差が0%より小さいことを特徴とする請求項1~
5のいずれか1つに記載の光ファイバの製造方法。
【請求項7】
波長1550nmにおける伝送損失が0.15dB/km以下であることを特徴とする請求項1~
6のいずれか1つに記載の光ファイバの製造方法。
【請求項8】
光ファイバ母材の一端部を加熱して溶融変形する加熱器と、
前記光ファイバ母材を収容する圧力容器を備え、前記光ファイバ母材の溶融変形された溶融変形部を
1MPa以上の圧力で加圧する加圧機構と、
前記溶融変形部から引き出された光ファイバに被覆層を形成する被覆層形成機構と、
を備えることを特徴とする光ファイバの製造装置。
【請求項9】
前記光ファイバ母材を保護する光ファイバ母材保護部と、
前記光ファイバ母材保護部で保護した光ファイバ母材を収容する光ファイバ母材収容機構と、
をさらに備えることを特徴とする請求項
8に記載の光ファイバの製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバの製造方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の光通信システムでは、光ファイバの伝送損失の低減がより強く要請されている。その理由の一つは、光通信伝送路としての光ファイバの伝送損失を低減することにより、長距離光通信システム、たとえば海底線ケーブルなどで使用する中継器の数を減らすことができるので、光通信システムの構築や維持におけるコストメリットが大きいからである。
【0003】
光ファイバの伝送損失を低減するためには、レイリー散乱損失の低減が有効である。レイリー散乱は、光ファイバの製造工程における透明ガラス化時のひずみや、局部的に生じる特性低下領域の影響で、ガラスネットワークに粗密(密度ゆらぎ)ができることで生じる(非特許文献1、2)。このガラスネットワーク構造の緩和を目的として、線引き条件やアニール炉の導入により仮想温度を制御する方法が開示されている(非特許文献3、4)。また、レイリー散乱損失の低減の方法として、ガラスに圧力を加える方法が開示されている(特許文献1、非特許文献5、非特許文献6)。たとえば、特許文献1では、光ファイバ母材に熱間等方圧加圧法(Hot Isotropic Pressure:HIP)と呼ばれる高温加圧工程を施す手法が開示されている。また、非特許文献6では、HIP処理によれば、光ファイバ母材中のガラスネットワーク構造の緩和が進行するので、レイリー散乱損失が低下するとされている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Marie Wandel, “Attenuation in Silica-Based Optical Fibers,” PhD Thesis, Industrial PhD program (EF 954), December 2005.
【文献】B. Champagnon, C. Chemarin, E. Duval and R. Le Parc, “Glass structure and light scattering,” Journal of Non-Crystalline Solids, vol. 274, pp. 81-86, 2000.
【文献】P. Koziatek, J. L. Barrat, D. Rodney, “Short- and medium-range orders in as-quenched and deformed SiO2 glasses: An atomistic study,” J. Non-Crystalline Solids, vol. 414, pp. 7-15, 2015.
【文献】Yoshiaki Tamura, Hirotaka Sakuma, Keisei Morita, Masato Suzuki, Yoshinori Yamamoto, Kensaku Shimada, Yuya Honma, Kazuyuki Sohma, Takashi Fujii, and Takemi Hasegawa “The First 0.14-dB/km Loss Optical Fiber and its Impact on Submarine Transmission” Journal of Lightwave Technology Vol. 36, Issue 1, pp. 44-49 (2018)
【文献】M. Ono, S. Aoyama, M. Fujinami, and S. Ito, “Significant suppression of Rayleigh scattering loss in silica glass formed by the compression of its melted phase,” Optics Express, vol. 26, pp. 7942-7948, 2018.
【文献】小野円佳 他、「超低損失ファイバの実現に向けたシリカガラスの空隙構造制御」、シンポジウム S1012p V03、レーザ学会学術講演会第39回年次大会講演予稿集、平成31年1月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来検討されているHIP処理は、いずれもが、光ファイバ母材におけるHIP処理に関するものである。このHIP処理によって、光ファイバ母材におけるガラスネットワーク構造の緩和とそれによるレイリー散乱損失の低減は実現できると考えられる。
【0007】
しかしながら、光ファイバは、一般的に光ファイバ母材の一端部を加熱炉にて加熱溶融し、そこから鉛直下方に引き出す線引き工程を行うことによって製造される。線引き工程において、光ファイバ母材は、2000℃程度まで加熱される。したがって、光ファイバ母材において行ったHIP処理よるガラスネットワーク構造の緩和効果は、線引き工程におけるこのような高温処理で何らかの影響を受けると考えられるが、従来検討はされていなかった。さらに、光ファイバ母材にHIP処理を行なう場合、光ファイバ製造のリードタイムが非常に長くなるという課題があった。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、その目的は、より効率的に伝送損失が低減された光ファイバを製造できる光ファイバの製造方法および装置を提供することにある。
【0009】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、光ファイバ母材の一端部を加熱して溶融変形し、光ファイバを引き出す線引き工程を含み、前記線引き工程では、前記溶融変形させる溶融変形部を加圧しながら線引きを行うことを特徴とする。
【0010】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、前記線引き工程では、前記溶融変形させる溶融変形部を1MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことを特徴とする。
【0011】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、前記線引き工程では、前記溶融変形させる溶融変形部を10MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことを特徴とする。
【0012】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、前記線引き工程では、前記溶融変形させる溶融変形部を100MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことを特徴とする。
【0013】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、前記溶融変形部を加圧媒体によって加圧することを特徴とする。
【0014】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、前記光ファイバ母材の一端部を2000℃以上に加熱して前記溶融変形部を形成することを特徴とする。
【0015】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、前記光ファイバは、コア部と、前記コア部の外周を取り囲むクラッド部とを含み、前記コア部は、ゲルマニウム,塩素,フッ素,カリウム,ナトリウムのいずれか1つ以上が添加されたシリカガラスからなり、前記コア部の前記シリカガラスに対する比屈折率差が-0.2%以上0.2%以下であり、前記クラッド部の前記シリカガラスに対する比屈折率差が0%より小さいことを特徴とする。
【0016】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造方法は、波長1550nmにおける伝送損失が0.15dB/km以下であることを特徴とする。
【0017】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造装置は、光ファイバ母材の一端部を加熱して溶融変形する加熱器と、前記光ファイバ母材を収容する圧力容器を備え、前記光ファイバ母材の溶融変形された溶融変形部を加圧する加圧機構と、前記溶融変形部から引き出された光ファイバに被覆層を形成する被覆層形成機構と、を備えることを特徴とする。
【0018】
本発明の一態様に係る光ファイバの製造装置は、前記光ファイバ母材を保護する光ファイバ母材保護部と、前記光ファイバ母材保護部で保護した光ファイバ母材を収容する光ファイバ母材収容機構と、をさらに備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれは、伝送損失が低減された光ファイバを製造できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、実施形態に係る製造方法および光ファイバの製造装置の模式図である。
【
図3】
図3は、実施形態に係る光ファイバにおいて用いることができる屈折率プロファイルの模式図である。
【
図5】
図5は、シリカガラスの員環数と存在率との関係を表す図である。
【
図6】
図6は、線引き時の圧力と光ファイバの密度との関係を表す図である。
【
図7】
図7は、線引き時の圧力と6員環の存在確立との関係を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、図面を参照しながら、本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態により本発明が限定されるものではない。また、各図面において、同一又は対応する構成要素には適宜同一の符号を付している。また、本明細書において特に定義しない用語については、ITU-T G.650.1およびG.650.2における定義、測定方法に従うものとする。
【0022】
図1は、実施形態に係る製造方法および光ファイバの製造装置の模式図であり、全体の構成図とその一部を拡大して切り欠いた図とを含む。この製造装置100は、加圧機構1と、加熱器であるヒータ2と、光ファイバ母材収容機構3と、冷却部4と、被覆層形成機構5と、プライマリ樹脂供給部6aと、セカンダリ樹脂供給部6bと、ガイドロール7と、巻取装置8と、チャック9と、回転軸体10と、光ファイバ母材保護部11と、を備えている。
【0023】
加圧機構1は、圧力容器1aと加圧部1bとを備えている。加圧部1bは、圧力容器1aに対して加圧媒体を送排出することによって圧力容器1a内の圧力を調整できるように構成されている。加圧媒体は流体であり、たとえば不活性ガスである。
【0024】
ヒータ2は、圧力容器1aを囲むように配設されており、光ファイバ母材Pを加熱変形するためのものである。
【0025】
光ファイバ母材収容機構3は、圧力容器1a内に収容されており、光ファイバ母材Pを収容する。
【0026】
冷却部4は、圧力容器1a内に収容されかつ光ファイバ母材収容機構3の下方に配置されている。冷却部4は、光ファイバ母材Pから線引きされたガラス光ファイバF1を冷却するものであり、たとえばヘリウムガスのような冷却媒体を流すことによってガラス光ファイバF1を冷却するように構成されている。
【0027】
被覆層形成機構5は、ダイス5a、5b、および紫外線照射装置5cを備えている。ダイス5a、5b、および紫外線照射装置5cは、圧力容器1a内に収容されかつ冷却部4の下方にこの順番で配置されている。プライマリ樹脂供給部6aおよびセカンダリ樹脂供給部6bは、圧力容器1a外に配置されている。プライマリ樹脂供給部6aは、タンク内に収容された紫外線硬化樹脂であるプライマリ樹脂をダイス5aに供給する。セカンダリ樹脂供給部6bは、タンク内に収容された紫外線硬化樹脂であるセカンダリ樹脂をダイス5bに供給する。
【0028】
ガイドロール7および巻取装置8は、圧力容器1aの下方に配置されている。
【0029】
光ファイバ母材Pは、コア母材の周囲にクラッド部が形成された公知の材料および構造を有する。光ファイバ母材Pは、たとえば、VAD(Vapor Axial Deposition)法にて、コア部とクラッド部の一部とからなるコア母材を作製し、OVD(Outside Vapor Deposition)法にて、コア母材の周囲に残りのクラッド部を形成したものである。なお、光ファイバ母材Pは、コア母材を、残りのクラッド部となるガラス管に挿入し、両者を加熱一体化することで製造したものでもよい。光ファイバ母材Pの上端にはコア母材の作製時に使用した円柱状の出発材Paの一部が突出している。
【0030】
光ファイバ母材Pを線引きして製造される光ファイバは、コア部と、コア部の外周を取り囲むクラッド部とを含む。コア部は、ゲルマニウム,塩素,フッ素,カリウム,ナトリウムのいずれか1つ以上が添加されたシリカガラス、又は添加物を含まないシリカガラスからなる。クラッド部は、添加物を含まないシリカガラスであってもよいが、フッ素等を添加するとコア部のドーパントの添加量を減らすことができるため、レイリー散乱による伝送損失を低減させる観点から好ましい。ここで、添加物を含まないシリカガラスとは、屈折率を変化させる添加物を実質的に含まず、波長1550nmにおける屈折率が約1.444である、きわめて高純度のシリカガラスであるが、製造中に意図せず混入する程度の塩素は含まれていてもよい。
【0031】
図3は、実施形態に係る光ファイバにおいて用いることができる屈折率プロファイルの模式図である。
図3において、プロファイルP11がコア部の屈折率プロファイルを示し、プロファイルP12がクラッド部の屈折率プロファイルを示す。なお、屈折率プロファイルは、シリカガラスに対する比屈折率差を示しており、シリカガラスの屈折率を0としている。コア部のシリカガラスに対する比屈折率差Δ1は-0.2%以上0.2%以下であることが好ましい。クラッド部のシリカガラスに対する比屈折率差Δ2は0より小さいことが好ましい。クラッド部のシリカガラスに対する比屈折率差は、0%であってもよい。
【0032】
チャック9は、出発材Paを把持して光ファイバ母材Pを上方から保持する。回転軸体10はチャック9および不図示の回転昇降機構と連結しており、回転昇降機構によって軸心回りに回転して光ファイバ母材Pを回転昇降させる。
【0033】
光ファイバ母材保護部11は、光ファイバ母材収容機構3内に収容され、かつ光ファイバ母材Pが周囲の要素(たとえば光ファイバ母材収容機構3や圧力容器1a)と直接接触しないように保護するものである。
【0034】
つぎに、製造装置100を用いた光ファイバの製造方法について説明する。まず、光ファイバ母材Pを光ファイバ母材保護部11とともに光ファイバ母材収容機構3内に収容する。このときチャック9で出発材Paを把持する。
【0035】
つづいて、
図2に示すように、光ファイバ母材Pを回転降下させながら、一端部である下端部をヒータ2にて加熱し、溶融変形して溶融変形部Pbを形成し、溶融変形部Pbからガラス光ファイバF1を引き出す線引き工程を行う。このとき、光ファイバ母材Pの下端部をたとえば2000℃以上に加熱して溶融変形部Pbを形成する。ただし、下端部の加熱温度は溶融変形部Pbを形成できる温度であればよい。
【0036】
線引き工程では、溶融変形させる溶融変形部Pbを1MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行う。具体的には、加圧機構1の加圧部1bが圧力容器1aに対して加圧媒体を送排出し、溶融変形部Pbを1MPa以上の圧力で加圧する。これにより、ガラス光ファイバF1におけるガラスネットワーク構造の緩和とそれによるレイリー散乱損失の低減が実現される。
【0037】
このとき、溶融変形部Pbが1MPa以上の圧力で加圧されればよい。したがって、圧力容器1a内全体の圧力が1MPa以上であってもよいし、溶融変形部Pbの周囲だけが1MPa以上の圧力であってもよい。また、引き出されたガラス光ファイバF1の外径Dfはたとえば150μm以下である。ガラス光ファイバF1の外径Dfは、溶融変形部Pbを加圧する圧力を制御することによって調整してもよい。2000℃以上に加熱して溶融変形部Pbを形成すれば、圧力による外径Dfの調整は容易となる。たとえば、圧力を高めると外径Dfは小さくなる。外径Dfはたとえば125μmとしてもよい。
【0038】
冷却部4は、ガラス光ファイバF1を冷却する。ダイス5aは、冷却されたガラス光ファイバF1の外周にプライマリ樹脂を塗布する。ダイス5bは、ガラス光ファイバF1のプライマリ樹脂のさらに外周にセカンダリ樹脂を重ねて塗布する。紫外線照射装置5cは、ガラス光ファイバF1の外周に塗布された2層の樹脂に紫外線を照射して硬化させ、2層構造の被覆層とする。これにより被覆層を有する光ファイバF2が製造される。
【0039】
図4は、ダイスの模式的上面図である。ダイス5aには、ガラス光ファイバF1が通過する孔5aaが形成されている。ガラス光ファイバF1が孔5aaを通過する際に樹脂が塗布される。この孔5aaの直径Dhは、ガラス光ファイバF1が通過可能であればよいが、たとえば50mm以下であることが好ましい。
【0040】
つづいて、ガイドロール7は、光ファイバF2を巻取装置8にガイドする。巻取装置8は、光ファイバF2をボビンに巻き取る。このボビンの回転速度によって、ガラス光ファイバF1および光ファイバF2の線引き速度が変更される。
【0041】
製造された光ファイバF2は、伝送損失の低減が実現されている。本実施形態によれば、ガラスネットワーク構造の緩和と線引きとを一つの加熱処理により行うので、緩和の効果が光ファイバF2において維持されやすい。また、光ファイバ母材Pに対してHIP処理を行う場合よりもリードタイムが大幅に短縮され、かつ加熱に掛かる電力が節約される。
【0042】
また、製造装置100は、被覆層形成機構5が圧力容器1aに収容されているので、装置が構成し易い。
【0043】
なお、光ファイバ母材Pにおいて、たとえばコア部にカリウムなどのアルカリ金属が添加され、クラッド部にフッ素が添加されている場合、コア部の仮想温度が低くなるため、コア部に圧縮応力、クラッド部に引張応力が発生している状態とすることができる。そのため、ガラスネットワーク構造の緩和の効果を、線引き後の光ファイバF2のコア部においても、より一層維持しやすいと考えられる。光ファイバの伝送損失の低減のためには、特にコア部におけるレイリー散乱損失の低減が重要なので、コア部に圧縮応力が発生している方が好ましい。
【0044】
以下、本発明者らがシミュレーション計算を用いて鋭意検討した結果について説明する。シリカガラス中では、四面体構造のSiO
4が、酸素を共有しながらリング構造を形成することが知られている。たとえば、3個のSiO
4がリング構造を形成している場合は3員環などと呼ばれる。
図5は、シリカガラスの員環数と存在率との関係を表す図である。
図5は、3-body termsの力学場(P. Vashishta, R. K. Kalia, J. P. Rino and I. Ebbsjo, “Interaction potential for SiO2: A molecular dinamics study of structural correlations,” Physical Review B, vol. 41, pp. 12197-12209, 1990.を参照)を用いて、数千の原子数の分子動力学シミュレーションにより算出した典型的な線引き後の光ファイバの員環数の分布を表す。
図5において、横軸はシリカガラスの員環数、縦軸は各員環数のシリカガラスの存在率を表す。このシミュレーションにおいて、光ファイバは2000℃において線引きされ、10
12K/sの冷却率で冷却されたものとした。
【0045】
図5によれば、線引き後の光ファイバは、様々な員環数の分布を有していることがわかる。この員環数の存在率のばらつきが光ファイバのガラス構造の乱れの原因であり、この構造の乱れによりレイリー散乱による伝送損失が引き起こされる。この構造の乱れは、光ファイバを構成するガラスが2000℃から冷却される際に、熱的な振動によってガラス構造に乱れが生じ、その状態で凍結することに起因する。
【0046】
図6は、線引き時の圧力と光ファイバの密度との関係を表す図である。
図6は、3-body termsの力学場とTersoff potential(J. Tersoff, “New empirical approach for the structure and energy of covalent systems,” Physical Review B, vol. 37, pp. 6991-7000, 1988.を参照)とNPTアンサンブル条件とを用いて、3375の原子数の分子動力学シミュレーションにより算出した。
図6において、横軸は線引きから凍結までにかける圧力、縦軸は製造された光ファイバの密度を表す。このシミュレーションにおいて、光ファイバは2000℃において線引きされ、10
12K/sの冷却率で冷却されたものとした。
【0047】
図6によれば、圧力を1Mpaから100MPaまで上昇させることにより、密度が約0.05g/cm
3上昇していることを確認することができる。さらに、圧力を100MPa以上に上昇させると、急激に密度が上昇することを確認することができる。これは、線引き時に加圧することにより、ガラス構造に変化が生じたことを意味している。すなわち、線引き工程では、溶融変形させる溶融変形部を1MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことにより、光ファイバのガラス構造を均質にし、レイリー散乱による伝送損失を低減させることができる。さらに、線引き工程では、溶融変形させる溶融変形部を100MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことにより、光ファイバのガラス構造をより均質にし、レイリー散乱による伝送損失をさらに低減させることができる。
【0048】
さらに、ガラスの員環構造についてもシミュレーション解析を行った。
図7は、線引き時の圧力と6員環の存在確立との関係を表す図である。
図7に示すシミュレーション結果より明らかなように、加圧すると、特に1MPaを超えたあたりからガラス構造も急激に変化し、より好ましい6員環が存在する割合が増えていることが分かる。
【0049】
以上説明したように、線引き工程において、例えば1MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことにより、ガラス構造の乱れを低減させることができる。さらに、線引き工程において、10MPa以上の圧力で加圧しながら線引きを行うことにより、密度を増大させることができる。その結果、光ファイバのガラス構造をより均質にし、レイリー散乱による伝送損失をさらに低減させることができる。この伝送損失を低減させる効果は、線引き時にかける圧力が高いほど大きくなるため、圧力が1MPa以上であることが好ましく、圧力が10MPa以上であることがさらに好ましく、圧力が100MPa以上であることがさらに好ましい。そして、線引き時の圧力を適切に制御することにより、波長1550nmにおける伝送損失を0.15dB/km以下とすることが好ましい。
【0050】
なお、上記実施形態では、圧力容器1a内に冷却部4、ダイス5a、5b、および紫外線照射装置5cが収容されている。しかしながら圧力容器1a内の圧力によっては、さらにガイドロール7が圧力容器1aに収容されていてもよく、さらには巻取装置8が圧力容器1aに収容されていてもよい。また、光ファイバ母材収容機構3と光ファイバ母材保護部11とは実施形態において必須の構成ではなく、適宜削除してもよい。
【0051】
また、上記実施形態により本発明が限定されるものではない。上述した各構成要素を適宜組み合わせて構成したものも本発明に含まれる。また、さらなる効果や変形例は、当業者によって容易に導き出すことができる。よって、本発明のより広範な態様は、上記の実施形態に限定されるものではなく、様々な変更が可能である。
【符号の説明】
【0052】
1 加圧機構
1a 圧力容器
1b 加圧部
2 ヒータ
3 光ファイバ母材収容機構
4 冷却部
5 被覆層形成機構
5a、5b ダイス
5aa 孔
5c 紫外線照射装置
6a プライマリ樹脂供給部
6b セカンダリ樹脂供給部
7 ガイドロール
8 巻取装置
9 チャック
10 回転軸体
11 光ファイバ母材保護部
100 製造装置
F1 ガラス光ファイバ
F2 光ファイバ
P 光ファイバ母材
Pa 出発材
Pb 溶融変形部