(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】摺動部品用アルミニウム合金及び摺動部品
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20240709BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20240709BHJP
C22F 1/043 20060101ALI20240709BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20240709BHJP
F04C 18/02 20060101ALI20240709BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240709BHJP
【FI】
C22C21/02
C22F1/04 L
C22F1/043
C22C21/00 C
F04C18/02 311R
F04C18/02 311S
C22F1/00 602
C22F1/00 613
C22F1/00 624
C22F1/00 630A
C22F1/00 630C
C22F1/00 630D
C22F1/00 631A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 692A
(21)【出願番号】P 2020182090
(22)【出願日】2020-10-30
【審査請求日】2023-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100137017
【氏名又は名称】眞島 竜一郎
(72)【発明者】
【氏名】丸山 匠
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-158844(JP,A)
【文献】特開2020-100863(JP,A)
【文献】特開2020-125525(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/02
C22F 1/04
C22F 1/043
C22C 21/00
C22F 1/00
F04C 18/02
F04B 39/00
F04C 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siを8.5質量%以上10.5質量%以下の範囲内、Cuを0.8質量%以上1.1質量%以下の範囲内、Mgを0.4質量%以上0.6質量%以下の範囲内、Mnを0.30質量%以上0.60質量%以下の範囲内、Feを0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内、Crを0.01質量%以上0.03質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、
25℃における引張強さが330MPa以上380MPa以下の範囲内にあり、
Cuを1質量%以上含有し、円相当直径が5μmを超える晶出物を1182μm
2あたり2個以上含まず、
長さが8μm以上のCr含有金属間化合物を1182μm
2あたり2個以上含まず、
円相当直径が10μmを超える初晶Si粒を4726μm
2あたり2個以上含まないことを特徴とする摺動部品用アルミニウム合金。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部品用アルミニウム合金で構成された摺動部品。
【請求項3】
鍛造品である請求項2に記載の摺動部品。
【請求項4】
表面に、ビッカース硬さが400HV以上であるアルマイト皮膜が備えられている請求項2または3に記載の摺動部品。
【請求項5】
コンプレッサーの摺動部品である請求項2から4のいずれか一項に記載の摺動部品。
【請求項6】
スクロール型コンプレッサーの摺動部品である請求項2から4のいずれか一項に記載の摺動部品。
【請求項7】
電動スクロール型コンプレッサーの摺動部品であ請求項2から4のいずれか一項に記載の摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部品用アルミニウム合金及び摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の自動車業界における燃費向上の要求から、自動車に使用される各種部材、例えば自動車のエアコン用のコンプレッサーに対しても軽量化、高機能化が求められている。エアコン用コンプレッサーには種々の形式が存在するが、自動車のエアコン用コンプレッサーとしては、スクロール型コンプレッサーが広く利用されている。
【0003】
スクロール型コンプレッサーは、一対の渦巻き型の摺動部品(スクロール)を有し、一方の摺動部品(固定スクロール)を固定し、他方の摺動部品(旋回スクロール)を旋回運動させて、一対の摺動部品の間に形成される空間の体積を小さくすることよって圧縮空気を生成する。このような構成のスクロール型コンプレッサーに用いられる摺動部品は、引張強さと共に、摺動時の耐摩耗性に優れることが要求される。また、自動車のエアコン用として利用されるスクロール型コンプレッサーの摺動部品では、高温雰囲気下の過酷な環境でも使用できるように耐熱性に優れることも要求される。
【0004】
スクロール型コンプレッサーの摺動部品の軽量化のため、摺動部品の材料は重量に対する強度の比である比強度が大きいことが好ましい。このため、スクロール型コンプレッサーの摺動部品の材料としては、アルミニウム合金が一般に利用されている。アルミニウム合金としては、引張強さ、耐摩耗性、耐熱性の観点から、Al-Si系アルミニウム合金が用いられている。また、摺動部品の耐摩耗性を向上させるために、摺動部品の表面に陽極酸化処理(アルマイト処理)を施して、摺動部品の表面に硬度の高いアルマイト皮膜を形成することも行なわれている。
【0005】
アルミニウム合金の引張強さを向上させるために、Al-Si系アルミニウム合金に対してCu、Mg等の金属元素を添加することが検討されている(特許文献1、2)。一方、アルミニウム合金にCu、Mg等の添加金属、特にCuを高濃度で添加すると、陽極酸化処理によるアルマイト皮膜の成長が阻害され、アルマイト皮膜の形成性が低下することが知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-281742号公報
【文献】特開平8-28493号公報
【文献】特開2005-330560号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
アルミニウム合金の引張強さを向上させるために、Al-Si系アルミニウム合金に対して、Cu、Mg等の金属元素を添加することは有効である。しかしながら、金属元素の添加量が多くなると、アルミニウム合金に粗大な晶出物や金属間化合物が生成して、アルミニウム合金の引張強さが低下することやアルマイト皮膜の形成性が低下することがある。このため、引張強さとアルマイト皮膜の形成性の両者に優れたアルミニウム合金を得るのは難しい。
【0008】
本発明は、上述の技術的背景に鑑みてなされたものであって、引張強さとアルマイト皮膜の形成性とに優れた摺動部品用アルミニウム合金及び摺動部品を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するために、本発明者は鋭意研究の結果、Al-Si系アルミニウム合金に、Cu、Mg、Mn、Fe、Crの各元素を特定の量で添加することによって、引張強さが大きく、かつ粗大な晶出物や金属間化合物の混入量が少ないアルミニウム合金を得ることが可能となることを見出した。そして、そのアルミニウム合金は、陽極酸化処理によって表面に硬度の高いアルマイト皮膜を形成することが可能となることを確認して、本発明を完成した。即ち、本発明は以下の手段を提供する。
【0010】
[1]Siを8.5質量%以上10.5質量%以下の範囲内、Cuを0.8質量%以上1.1質量%以下の範囲内、Mgを0.4質量%以上0.6質量%以下の範囲内、Mnを0.30質量%以上0.60質量%以下の範囲内、Feを0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内、Crを0.01質量%以上0.03質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、25℃における引張強さが330MPa以上380MPa以下の範囲内にあり、Cuを1質量%以上含有し、円相当直径が5μmを超える晶出物を1182μm2あたり2個以上含まず、長さが8μm以上のCr含有金属間化合物を1182μm2あたり2個以上含まず、円相当直径が10μmを超える初晶Si粒を4726μm2あたり2個以上含まないことを特徴とする摺動部品用アルミニウム合金。
【0011】
[2]上記[1]に記載の摺動部品用アルミニウム合金で構成された摺動部品。
[3]鍛造品である上記[2]に記載の摺動部品。
[4]表面に、ビッカース硬さが400HV以上であるアルマイト皮膜が備えられている上記[2]または[3]に記載の摺動部品。
[5]コンプレッサーの摺動部品である上記[2]から[4]のいずれか一つに記載の摺動部品。
[6]スクロール型コンプレッサーの摺動部品である上記[2]から[4]のいずれか一つに記載の摺動部品。
[7]電動スクロール型コンプレッサーの摺動部品である上記[2]から[4]のいずれか一つに記載の摺動部品。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、引張強さとアルマイト皮膜の形成性とに優れた摺動部品用アルミニウム合金及び摺動部品を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る摺動部品の製造方法を示すフロー図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る摺動部品用アルミニウム合金(鋳造品)の一例を示す斜視図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る摺動部品(鍛造品)の一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態に係る摺動部品用アルミニウム合金及び摺動部品について、詳細に説明する。
なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を模式的に示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
【0015】
<摺動部品用アルミニウム合金>
本実施形態の摺動部品用アルミニウム合金は、Siを8.5質量%以上10.5質量%以下の範囲内、Cuを0.8質量%以上1.1質量%以下の範囲内、Mgを0.4質量%以上0.6質量%以下の範囲内、Mnを0.30質量%以上0.60質量%以下の範囲内、Feを0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内、Crを0.01質量%以上0.03質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物とされている。また、本実施形態の摺動部品用アルミニウム合金は、25℃における引張強さが330MPa以上380MPa以下の範囲内とされている。さらに、本実施形態の摺動部品用アルミニウム合金は、Cuを1質量%以上含有し、円相当直径が5μmを超える晶出物を、1182μm2あたり2個以上含まず、長さが8μm以上のCr含有金属間化合物を1182μm2あたり2個以上含まず、円相当直径が10μmを超える初晶Si粒を4726μm2あたり2個以上含まない。
【0016】
(Si:8.5質量%以上10.5質量%以下)
Si(成分)は、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。ただし、アルミニウム合金にSiを過剰に添加すると、粗大な初晶Si粒が晶出することにより、アルミニウム合金の引張強さが低下するおそれがある。また、初晶Si粒は、アルマイト皮膜の形成性を低下させるおそれがある。
Si含有率が8.5質量%未満になると、Siによる引張強さの向上効果が得られにくくなるおそれがある。一方、Si含有率が10.5質量%を超えると、粗大な初晶Si粒が晶出しやすくなるおそれがある。以上の理由から、本実施形態では、Si含有率は8.5質量%以上10.5質量%以下の範囲内とされている。Si含有率は、9.0質量%以上10.0質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0017】
(Cu:0.8質量%以上1.1質量%以下)
Cu(成分)は、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Cuは、アルミニウム合金中でG.P.ゾーンを形成する。このG.P.ゾーンが中間相となることによって、アルミニウム合金の引張強さの向上に寄与する。
Cu含有率が0.8質量%未満になると、Cuによる引張強さの向上効果が得られにくくなるおそれがある。一方、Cu含有率が1.1質量%を超えると、アルマイト皮膜の形成性が低下するおそれがある。以上の理由から、本実施形態では、Cu含有率は0.8質量%以上1.1質量%以下の範囲内とされている。Cu含有率は、0.9質量%以上1.0質量%以下の範囲内にあることが好ましい。
【0018】
(Mg:0.4質量%以上0.6質量%以下)
Mg(成分)は、Cuと同様にアルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Mgは、アルミニウム合金中でSiやCuを含む化合物を形成する。この化合物がQ相として析出することで、アルミニウム合金の引張強さの向上に寄与する。
Mg含有率が0.4質量%未満になると、Mgによる引張強さの向上効果が得られにくくなるおそれがある。一方、Mg含有率が0.6質量%を超えると、Mgによる引張強さの向上効果が低下するおそれがある。このため、本実施形態では、Mg含有率は、0.4質量%以上0.6質量%以下の範囲内とされている。Mg含有率は0.45質量%以上0.55質量%以下の範囲内にあることが好ましい。
【0019】
(Mn:0.30質量%以上0.60質量%以下)
Mn(成分)は、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Mnは、アルミニウム合金中でAl-Mn-Si金属間化合物等を含む微細な粒状の晶出物を形成することで、アルミニウム合金の引張強さの向上に寄与する。
Mn含有率が0.30質量%未満になると、Mnによる引張強さの向上効果が得られにくくなるおそれがある。一方、Mn含有率が0.60質量%を超えると、上記の金属間化合物が粗大な晶出物を形成してアルミニウム合金の引張強さを低下させるおそれがある。以上の理由から、本実施形態では、Mn含有率は、0.30質量%以上0.60質量%以下の範囲内とされている。Mn含有率は、0.35質量%以上0.55質量%以下の範囲内にあることが好ましい。
【0020】
(Fe:0.10質量%以上0.30質量%以下)
Fe(成分)は、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Feは、アルミニウム合金中でAl-Fe-Si金属間化合物、Al-Cu-Fe金属間化合物、Al-Mn-Fe金属間化合物等を含む微細な晶出物として晶出することで、アルミニウム合金の機械的特性の向上に寄与する。
Fe含有率が0.10質量%未満になると、Feによる引張強さの向上効果が得られにくくなるおそれがある。一方、Fe含有率が0.30質量%を超えると、上記金属間化合物が粗大な晶出物を形成してアルミニウム合金の引張強さを低下させるおそれがある。以上の理由から、本実施形態では、Fe含有率は0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内とされている。Fe含有量は、0.15質量%以上0.25質量%以下の範囲内にあることが好ましい。
【0021】
(Cr:0.01質量%以上0.03質量%以下)
Cr(成分)は、アルミニウム合金の機械的特性を向上させる作用を有する。Crは、アルミニウム合金中でAl-Fe-Cr金属間化合物等を含む微細なCr含有金属間化合物として晶出することで、アルミニウム合金の機械的特性の向上に寄与する。
Cr含有量が0.01質量%未満になると、Crによる引張強さの向上効果が得られにくくなるおそれがある。一方、Cr含有量が0.03質量%を超えると、Cr含有金属間化合物が粗大な晶出物を形成してアルミニウム合金の引張強さを低下させるおそれがある。以上の理由から、本実施形態では、Cr含有率は0.01質量%以上0.03質量%以下の範囲内とされている。Cr含有量は、0.015質量%以上0.02質量%以下の範囲内にあることが好ましい。
【0022】
(不可避不純物)
不可避不純物は、アルミニウム合金の原料又は製造工程から不可避的にアルミニウム合金に混入する不純物である。本実施形態のアルミニウム合金において、Zn、Ni、Zr、Tiの各元素の混入量は、これらの各元素の合計の含有率で0.5質量%を超えないことが好ましい。上記の各元素の合計含有率が0.5質量%を超えると、その各元素がAl母相より先に晶出して、粗大な晶出物を形成することで、アルミニウム合金の延性が小さくなり、引張強さが低下するおそれがある。
【0023】
(25℃における引張強さ:330MPa以上380MPa以下の範囲内)
本実施形態のアルミニウム合金は、25℃における引張強さが330MPa以上380MPa以下の範囲内にある。引張強さは、JIS4号引張試験片を用いて、JIS Z2241:2011(金属材料引張試験方法)の規定に準拠して測定した値である。
【0024】
(Cuを1質量%以上含有し、円相当直径が5μmを超える晶出物:1182μm2あたり2個以上含まない)
Cuを1質量%以上含有するCu系晶出物の円相当直径が5μmを超えると、陽極酸化処理によるアルマイト皮膜の形成を阻害するおそれがある。このため、本実施形態では、円相当直径が5μmを超える粗大なCu系晶出物を、1182μm2あたり2個以上含まないとされている。1182μm2あたりの粗大なCu系晶出物の数は1個以下であることが好ましく、粗大なCu系晶出物を含まないことがより好ましい。粗大なCu系晶出物を含まない場合、アルミニウム合金に含まれるCu系晶出物の最大円相当直径は、3μm以下であることが好ましく、1μm以下であることがより好ましい。
【0025】
Cu系晶出物の円相当直径及び個数は、例えば、アルミニウム合金を切断し、その断面の30.47μm×38.97μm(=1182μm2)の範囲について、FE-SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)/EDS(エネルギー分散型X線分析装置)を用いて観察することによって測定することができる。すなわち、EDSを用いて元素分析を実施することにより、Cu系晶出物を検出し、検出されたCu系晶出物の円相当直径及び個数をSEM画像により計測することによって測定することができる。
【0026】
(長さが8μm以上のCr含有金属間化合物:1182μm2あたり2個以上含まない)
長さが8μm以上のCr含有金属間化合物は、アルミニウム合金の引張強さを低下させるおそれがある。このため、本実施形態では、長さが8μm以上の粗大なCr含有金属間化合物を、1182μm2あたり2個以上含まないとされている。1182μm2あたりの粗大なCr含有金属間化合物の数は1個以下であることが好ましく、粗大なCr含有金属間化合物を含まないことがより好ましい。粗大なCr含有金属間化合物を含まない場合、アルミニウム合金に含まれるCr含有金属間化合物の最大長さは、6μm以下であることが好ましく、4μm以下であることがより好ましい。
Cr含有金属間化合物の長さ及び個数は、上記のCu系晶出物の場合と同様に、アルミニウム合金の断面の1182μm2の範囲について、FE-SEM/EDSを用いて、Cr含有金属間化合物を検出し、検出されたCr含有金属間化合物の長さ及び個数をSEM画像により計測することによって測定することができる。
【0027】
(円相当直径が10μmを超える初晶Si粒:4726μm2あたり2個以上含まない)
円相当直径が10μmを超える粗大な初晶Si粒は、陽極酸化処理によるアルマイト皮膜の形成を阻害するおそれがある。このため、本実施形態では、円相当直径が10μmを超える粗大な初晶Si粒を、4726μm2あたり2個以上含まないとされている。粗大な初晶Si粒の数は1以下であることが好ましく、粗大な初晶Si粒を含まないことがより好ましい。粗大な初晶Si粒を含まない場合、アルミニウム合金に含まれる初晶Si粒の最大円相当直径は、8μm以下であることが好ましく、4μm以下であることがより好ましい。
初晶Si粒の円相当直径及び個数は、アルミニウム合金の断面の60.9μm×77.6μm(=4726μm2)の範囲について、FE-SEM/EDSを用いて観察することによって測定することができる。
【0028】
<摺動部品>
本実施形態の摺動部品は、前述の本実施形態の摺動部品用アルミニウム合金で構成されている。本実施形態の摺動部品は、鍛造品であってもよい。
本実施形態の摺動部品は、表面に、ビッカース硬さが400HV以上であるアルマイト皮膜が備えられていてもよい。アルマイト皮膜は、陽極酸化処理によって形成することができる。アルマイト皮膜の膜厚は、4μm以上100μm以下の範囲内にあることが好ましい。アルマイト皮膜のビッカース硬さは、400HV以上450HV以下の範囲内にあればよい。
【0029】
次に、本実施形態の摺動部品の製造方法について説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る摺動部品の製造方法を示すフロー図である。本実施形態の摺動部品の製造方法は、
図1に示すように、アルミニウム合金の溶湯を得る溶湯形成工程S01と、溶湯を鋳造加工することによって鋳造品を得る鋳造工程S02と、鋳造品に鍛造を行なって鍛造品を得る鍛造工程S05とを有する。鋳造工程S02と鍛造工程S05との間に、均質化熱処理工程S03、切断工程S04を行なってもよい。また、鍛造工程S05の後に、溶体化処理工程S06、焼き入れ工程S07、時効処理工程S08、ショットピーニング工程S09を行なってもよい。
【0030】
(溶湯形成工程S01)
溶湯形成工程S01では、Al源、Si源、Cu源、Mg源、Mn源、Fe源、Cr源である原料を、上記の組成となるように混合し、得られた混合物を加熱して溶解させることによってアルミニウム合金溶湯を得る。Al源、Si源、Cu源、Mg源、Mn源、Fe源及びCr源はそれぞれ単一の金属材料であってもよいし、2種以上の金属を含む合金材料であってもよい。
【0031】
(鋳造工程S02)
鋳造工程S02では、溶湯形成工程S01で得られたアルミニウム合金溶湯を鋳造加工することによって鋳造品を得る。
図2は、本発明の一実施形態に係る摺動部品用アルミニウム合金(鋳造品)の一例を示す斜視図である。鋳造工程では、
図2に示すように、円柱状の鋳造品1を得る。鋳造加工の方法には、特に制限はない。鋳造加工の方法としては、例えば、連続鋳造圧延法、ホットトップ鋳造法、フロート鋳造法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等のアルミニウム合金の鋳造方法として従来より利用されている公知の方法を用いることができる。この鋳造工程により、Mnは、Al-Mn-Si金属間化合物を含む微細な粒状の晶出物を形成する。また、Feは、Al-Fe-Si金属間化合物、Al-Cu-Fe金属間化合物、Al-Mn-Fe金属間化合物等の微細な晶出物を形成する。また、Crは、Al-Fe-Cr金属間化合物等の微細なCr含有金属間化合物として晶出物を形成する。
【0032】
(均質化熱処理工程S03)
均質化熱処理工程S03では、鋳造工程S02で得られた鋳造品1に対して均質化熱処理を行なう。この均質化熱処理により、鋳造時に発生する添加元素の偏析を解消して組成を均質化させ、また、鋳造時の凝固により発生した過飽和固溶体を析出させ、さらに鋳造時の凝固により形成された準安定相を平衡相へ相変化させる。均質化熱処理における加熱温度は、例えば、420℃以上500℃以下の範囲内である。
【0033】
(切断工程S04)
切断工程S04では、均質化熱処理工程S03で均質化熱処理を施した鋳造品1を所定のサイズに切断し、鍛造用の鋳造品を得る。すなわち、切断工程S04では、鋳造品1を平面に沿って切断することによって、鍛造用の鋳造品を得る。
【0034】
(鍛造工程S05)
鍛造工程S05では、切断工程S04で得られた鍛造用の鋳造品に鍛造加工を行なって鍛造品を得る。
図2は、本発明の一実施形態に係る摺動部品(鍛造品)の一例を示す斜視図である。
図2に示す鍛造品2は、スクロール型コンプレッサー用の摺動部品(スクロール)である。鍛造品2は、円板状の基部3と、渦巻き状の突起部4とを有する。鍛造加工の方法は、熱間鍛造を用いてもよいし、冷間鍛造を用いてもよい。熱間鍛造における加熱温度は、例えば、350℃以上450℃以下の範囲内である。
【0035】
(溶体化処理工程S06)
溶体化処理工程S06では、鍛造工程S05で得られた鍛造品2に溶体化処理を行なう。この溶体化処理によって、鍛造品2中のSi、Cu、Mgなどの元素がアルミニウム合金に再固溶した固溶状態を生成させる。溶体化処理における加熱温度は、例えば、150℃以上220℃以下の範囲内である。
【0036】
(焼き入れ工程S07)
焼き入れ工程S07では、溶体化処理工程S06で固溶状態とされた鍛造品2に焼き入れ処理を行なう。この焼き入れ処理によって、鍛造品2を急冷することにより、固溶状態が維持された過飽和固溶体を生成させる。
なお、鍛造工程S05において、鍛造加工を熱間鍛造で行なった場合、溶体化処理工程S06を行なわずに、熱間鍛造時の加熱を利用し、鍛造後そのまま焼き入れを行なう鍛造焼き入れを行なってもよい。
【0037】
(時効処理工程S08)
時効処理工程S08では、焼き入れ処理工程S07で過飽和固溶体とされた鍛造品2に時効処理を行なう。この時効処理によって、鍛造品2に対して低温で焼き戻しを行なう。この時効処理により、鍛造品2を構成するアルミニウム合金中にクラスタが生成し、このクラスタを核としてCuが析出してG.P.ゾーンが生成する。また、Mgは、SiやCuと化合物を形成して、Q相として析出する。時効処理における加熱温度は、例えば、150℃以上220℃以下の範囲内である。
【0038】
(ショットピーニング工程S09)
ショットピーニング工程S09では、時効処理工程S08で時効処理を行なった鍛造品2を機械加工にて切削した後、ショットピーニングして表面近傍に塑性加工を加えることで疲労強度を向上させる。ショットピーニングで用いる砥粒のサイズは1mm以下とするのが好ましい。砥粒の材料としては、例えば、ステンレス鋼(例:SUS304)、アルミナ等を用いることができる。また、ピーニング圧力は1MPa以下とするのが好ましい。
【0039】
以上の製造方法によって、摺動部品(鍛造品)を製造することができる。得られた摺動部品は、25℃における引張強さが330MPa以上380MPa以下の範囲内にあり、Cuを1質量%以上含有し、円相当直径が5μmを超える晶出物を1182μm2あたり2個以上含まず、長さが8μm以上のCr含有金属間化合物を1182μm2あたり2個以上含まず、円相当直径が10μmを超える初晶Si粒を4726μm2あたり2個以上含まない。この摺動部品は、引張強さとアルマイト皮膜の形成性とに優れている。このため、この摺動部品は、陽極酸化処理によりビッカース硬さが400HV以上のアルマイト皮膜を形成することが可能となる。この表面に、ビッカース硬さが400HV以上であるアルマイト皮膜が備えられている摺動部品は、引張強さがより向上すると共に、耐摩耗性が向上する。
【0040】
以上のような構成を有する本実施形態の摺動部品用アルミニウム合金は、Si、Cu、Mg、Mn、Fe、Crの各添加元素を上記の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物とされていて、25℃における引張強さが330MPa以上380MPa以下の範囲内にあり、Cuを1質量%以上含有し、円相当直径が5μmを超える晶出物を、1182μm2あたり2個以上含まず、長さが8μm以上のCr含有金属間化合物を1182μm2あたり2個以上含まず、円相当直径が10μmを超える初晶Si粒を4726μm2あたり2個以上含まないことされているので、引張強さとアルマイト皮膜の形成性とに優れる。
【0041】
また、本実施形態の摺動部品は、上述の摺動部品用アルミニウム合金で構成されているので、引張強さとアルマイト皮膜の形成性とに優れる。本実施形態の摺動部品において、鍛造品である場合は、より強度が向上する。さらに、本実施形態の摺動部品において、表面に、ビッカース硬さが400HV以上であるアルマイト皮膜が備えられている場合は、強度がさらに向上すると共に、耐摩耗性が向上する。
【0042】
本実施形態の摺動部品は、コンプレッサー(圧縮機)の摺動部品として好適に使用できる。本実施形態の鍛造品は、スクロール型コンプレッサーの摺動部品、特に、旋回スクロールがモータで可動する電動スクロール型コンプレッサーの摺動部品として有利に利用できる。
【0043】
なお、本発明は、上記実施形態のものに必ずしも限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【実施例】
【0044】
次に、本発明の具体的実施例について説明するが、本発明はこれら実施例のものに特に限定されるものではない。
【0045】
<実施例1>
Siを9.5質量%、Cuを0.9質量%、Mgを0.5質量%、Mnを0.45質量%、Crを0.02質量%、Feを0.20質量%の割合で含有し、残部がAlからなるアルミニウム合金の溶湯を連続鋳造加工することによって、直径が82mmの鋳造品を得た。得られた鋳造品に均質化熱処理を施した後、鋳造品を空冷した。次いで、鋳造品を所定の長さに切断して、鍛造用の鋳造品を得た。得られた鋳造品に熱間鍛造を行なうことによって、鍛造品を得た。得られた鍛造品に溶体化処理を施した後、水焼き入れ処理を行なった。次に、水焼き入れ処理後の鋳造品に時効処理を施して、摺動部品用の鍛造品を得た。
【0046】
<実施例2、3および比較例1~12>
アルミニウム合金のSi、Cu、Mg、Mn、Cr、Feの含有量を、表1に示す割合に変えたこと以外は、実施例1と同様にして、摺動部品用の鍛造品を得た。
【0047】
【0048】
[評価]
実施例1~3及び比較例1~12で得られた摺動部品用の鍛造品について、以下の評価を行なった。
【0049】
<組成>
摺動部品用の鍛造品のSi、Cu、Mg、Mn、Cr、Feの各元素の含有率を、次のようにして測定した。摺動部品用の鍛造品を、酸塩酸と過酸化水素とを用いて溶解させる。得られた溶液中の各元素の含有量を、ICP発光分光装置を用いて測定し、その測定値を、鍛造品中の各元素の含有率に換算する。
この測定の結果、各実施例及び比較例で得られた鍛造品の各元素の含有率は、それぞれ表1に示す含有率と同じであった。
【0050】
<組織観察>
摺動部品用の鍛造品の組織を、次のようにして観察した。
摺動部品用の鍛造品を所定のサイズに切り出して観察用試料を作製する。観察用試料の鍛造方向に対して平行な面を、観察面加工して観察面とする。観察用試料の観察面を、FE-SEM/EDSを用いて観察する。FE-SEMの拡大倍率を3000倍に設定し、FE-SEMの観察視野(30.47μm×38.79μm=1182μm2)に対して、EDSを用いて元素分析を行なって、Cuを1質量%以上含むCu系晶出物とCr含有金属間化合物を特定する。特定されたCu系晶出物は円相当直径を算出し、「円相当直径が5μmを超えるCu系晶出物の個数」と「最大円相当直径」を求める。特定されたCr含有金属間化合物は長さを算出し、「長さが8μm以上のCr含有金属間化合物の個数」と「最大長さ」を求める。また、FE-SEMの拡大倍率を1500倍に設定し、FE-SEMの観察視野(60.9μm×77.6μm=4726μm2)に対して、EDSを用いて元素分析を行なって、初晶Si粒を特定する。特定された初晶Si粒は円相当直径を算出し、「円相当直径が10μmを超える初晶Si粒の個数」と「最大円相当直径」を求める。なお、Cu系晶出物、Cr含有金属間化合物及び初晶Si粒の観察は、4個の観察面に対して行なった。「円相当直径が5μmを超えるCu系晶出物の個数」、「長さが8μm以上のCr含有金属間化合物の個数」及び「円相当直径が10μmを超える初晶Si粒の個数」は、それらの観察面内で計測された個数の平均値である。また、Cu系晶出物と初晶Si粒の「最大円相当直径」及びCr含有金属間化合物の「最大長さ」は、それらの観察面内で計測された値の最大値である。その結果を、表2に示す。
【0051】
<引張強さ>
摺動部品用の鍛造品の引張強さを、次のようにして測定した。
摺動部品用の鍛造品を所定のサイズに切り出してJIS4号引張試験片を作製する。得られたJIS4号引張試験片に対して、JIS Z2241:2011(金属材料引張試験方法)の規定に準拠して引張試験を行い、25℃における引張強さ(MPa)を測定する。
その果を、表2に示す。表2において、引張強さが330MPa以上380MPa以下の範囲内にあるものを「○」と記載し、引張強さが前記範囲を逸脱しているものを「×」と記載した。
【0052】
<アルマイト皮膜の硬度>
摺動部品用の鍛造品を陽極酸化処理して、鍛造品の表面に厚さ20μmのアルマイト皮膜を形成した。そして、得られたアルマイト皮膜の硬度を測定した。
アルマイト皮膜は、次のようにして形成した。鍛造品を、遊離硫酸濃度が150g/Lで、液温5℃の電解液に浸漬する。次いで、鍛造品を陽極として、電流密度3A/dm2の電流を流して、鍛造品の表面にアルマイト皮膜を形成する。そして、アルマイト皮膜を形成した鍛造品を電解液から取り出して、アルマイト皮膜に対してバフ研磨にて鏡面仕上げを行なう。
アルマイト皮膜の硬度は、次のようにして測定した。アルマイト皮膜の硬度は、ビッカース硬度計を用いて測定する。硬度測定は、アルマイト皮膜の厚さ方向に対して実施し、荷重は0.01gとする。
測定結果を表2に示す。表2において、ビッカース硬さが400HV未満であったものを「×」と記載し、400HV以上であったものを「○」と記載した。
【0053】
<総合評価>
引張強さが「〇」で、アルマイト皮膜の硬度が「〇」のものについて、総合評価を合格(「〇」)とした。引張強さとアルマイト皮膜の硬度のどちらか一方でも「×」があったものについては、総合評価を不合格(「×」)とした。その結果を、表2に示す。
【0054】
【0055】
表2の結果から、Si、Cu、Mg、Mn、Fe、Crの各添加元素の含有量と、Cuを1質量%以上含む晶出物、Cr含有金属間化合物、初晶Si粒などの析出物の混入量が本発明の範囲内にある実施例1~3の鍛造品は、引張強さとアルマイト皮膜の硬度の両者に優れていることが確認された。これに対し、各添加元素の含有量や析出物の混入量が本発明の範囲から外れる比較例1~12では、引張強さ及びアルマイト皮膜の硬度のうち少なくとも一方の特性が不十分であった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係る摺動部品用アルミニウム合金で構成された摺動部品は、自動車エアコン用コンプレッサー(圧縮機)の摺動部品、とりわけスクロール型コンプレッサーや電動スクロール型コンプレッサーの摺動部品として好適に使用できる。
【符号の説明】
【0057】
1 鋳造品
2 鍛造品
3 基部
4 突起部