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特許7517101高分子圧電材料の品質管理方法、樹脂組成物の製造方法、ケーブル又はチューブの製造方法、圧電素子の製造方法、焦電型センサの製造方法、及び不揮発性薄膜メモリの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】高分子圧電材料の品質管理方法、樹脂組成物の製造方法、ケーブル又はチューブの製造方法、圧電素子の製造方法、焦電型センサの製造方法、及び不揮発性薄膜メモリの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/857 20230101AFI20240709BHJP
   H10N 30/098 20230101ALI20240709BHJP
   H10N 30/20 20230101ALI20240709BHJP
   H10N 30/30 20230101ALI20240709BHJP
   G01N 21/65 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
H10N30/857
H10N30/098
H10N30/20
H10N30/30
G01N21/65
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020190925
(22)【出願日】2020-11-17
(65)【公開番号】P2022080001
(43)【公開日】2022-05-27
【審査請求日】2023-06-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】末永 和史
(72)【発明者】
【氏名】中村 孔亮
【審査官】脇水 佳弘
(56)【参考文献】
【文献】特開昭48-006298(JP,A)
【文献】特開2011-014337(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0093966(US,A1)
【文献】特開2011-029272(JP,A)
【文献】特開2017-183570(JP,A)
【文献】特表2008-541444(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-1668104(KR,B1)
【文献】特開2005-200623(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/857
H10N 30/098
H10N 30/20
H10N 30/30
G01N 21/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子圧電材料にレーザー光を照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、
前記ラマンスペクトルにおける、圧電性を示す結晶相における振動に帰属される第1のピークと圧電性を示さない結晶相における振動に帰属される第2のピークの強度に基づいて、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断する診断工程と、を含み、
前記圧電性を示す結晶相がβ型結晶相であり、
前記圧電性を示さない結晶相がα型結晶相であり、
前記診断工程は、前記第1のピークの積分強度の前記第2のピークの積分強度に対する比の値が1.0以上であるか否かの結果によって、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断するか、又は前記第1のピークのピーク高さの前記第2のピークのピーク高さに対する比の値が1.3以上であるか否かの結果によって、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断する
高分子圧電材料の品質管理方法。
【請求項2】
前記高分子圧電材料がポリフッ化ビニリデンである、
請求項1に記載の高分子圧電材料の品質管理方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて樹脂組成物を形成する、
樹脂組成物の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、絶縁体層又は誘電体層を形成する工程を含む、
ケーブル又はチューブの製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、圧電体を形成する工程を含む、
圧電素子の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、焦電体を形成する工程を含む、
焦電型センサの製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、強誘電体薄膜を形成する工程を含む、
不揮発性薄膜メモリの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子圧電材料の品質管理方法、樹脂組成物の製造方法、ケーブル又はチューブの製造方法、圧電素子の製造方法、焦電型センサの製造方法、及び不揮発性薄膜メモリの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高分子圧電材料を圧電変形させて、その変形量に基づいて圧電特性を測定する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1の方法によれば、高分子圧電材料の両面には電極膜が形成され、その電極膜を介して交流電圧が印加されることにより、高分子圧電材料が圧電変形する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-163502号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の方法によれば、高分子圧電材料の両面に電極膜を形成することにより高分子圧電材料へダメージが生じるため、原姿情報を保持することができない。例えば、電極膜の形成方法としては、一般的に、真空蒸着、イオンスパッタリング、スクリーン印刷などが挙げられるが、これらの形成方法に伴う熱、プラズマ、印刷薬液などが高分子圧電材料へダメージを与える。また、電極膜の形成には、検査工程数や検査時間の増加という問題もある。
【0005】
本発明の目的は、原姿情報を保持したまま、かつ簡単に高分子圧電材料の圧電性能を診断することのできる高分子圧電材料の品質管理方法、並びにこの高分子圧電材料の品質管理方法を利用した、樹脂組成物の製造方法、ケーブル又はチューブの製造方法、圧電素子の製造方法、焦電型センサの製造方法、及び不揮発性薄膜メモリの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、高分子圧電材料にレーザー光を照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、前記ラマンスペクトルにおける、圧電性を示す結晶相における振動に帰属される第1のピークと圧電性を示さない結晶相における振動に帰属される第2のピークの強度に基づいて、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断する診断工程と、を含む、高分子圧電材料の品質管理方法を提供する。
【0007】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、前記高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて樹脂組成物を形成する、樹脂組成物の製造方法を提供する。
【0008】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、前記高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、絶縁体層又は誘電体層を形成する工程を含む、ケーブル又はチューブの製造方法を提供する。
【0009】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、前記高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、圧電体を形成する工程を含む、圧電素子の製造方法を提供する。
【0010】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、前記高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、焦電体を形成する工程を含む、焦電型センサの製造方法を提供する。
【0011】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、前記高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、強誘電体薄膜を形成する工程を含む、不揮発性薄膜メモリの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、原姿情報を保持したまま、かつ簡単に高分子圧電材料の圧電性能を診断することのできる高分子圧電材料の品質管理方法、並びにこの高分子圧電材料の品質管理方法を利用した、樹脂組成物の製造方法、ケーブル又はチューブの製造方法、圧電素子の製造方法、焦電型センサの製造方法、及び不揮発性薄膜メモリの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の実施例における評価対象である板状のPVDFの光学写真である。
図2図2(a)、(b)、(c)は、それぞれ図1に示されるPVDFの測定点1、測定点2、測定点3の近傍の拡大写真である。
図3図3(a)は、図1に示されるPVDFの測定点1、測定点2、測定点3のそれぞれにおいて測定されたラマンスペクトルを示す。図3(b)は、図3(a)に示されるラマンスペクトルの750~950cm-1の部分を拡大したものである。
図4図4(a)は、測定点1~3のラマンスペクトルにおける、α振動に帰属されるピークとβ振動に帰属されるピークのピーク高さを示すグラフである。図4(b)は、測定点1~3のラマンスペクトルにおける、α振動に帰属されるピークとβ振動に帰属されるピークの積分強度を示すグラフである。
図5図5は、測定点1~3のラマンスペクトルにおける、β振動に帰属されるピークのピーク高さのα振動に帰属されるピークのピーク高さに対する比の値、及びβ振動に帰属されるピークの積分強度のα振動に帰属されるピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。
図6図6(a)は、PVDFの延伸された部分と延伸されていない部分の境界近傍の236.32μm×240μmの領域における、ラマン散乱測定により測定されたβ/α積分強度比のマッピング像である。図6(b)は、図6(a)のマッピング像を3次元化した3次元マッピング像である。
図7図7は、図6(a)のマッピング領域内の測定点A、B、Cにおいて測定されたラマンスペクトルを示す。
図8図8(a)、(b)は、PVDFの延伸された部分内の259.8μm×284μmの領域における、ラマン散乱測定により測定されたβ/α積分強度比の三次元マッピング像である。
図9図9(a)、(b)は、それぞれ図8(a)、(b)のマッピング領域におけるβ/α積分強度比の高い点と低い点において測定されたラマンスペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔実施の形態〕
(高分子圧電材料の構造)
まず、本発明の実施の形態に係る高分子圧電材料の典型例であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)の構造について説明する。PVDFの結晶構造には、ねじれ構造を有するα型、平面ジグザグ構造を有するβ型、α型とβ型の中間のγ型の3種が存在する。これらの結晶構造のうちのβ型の結晶構造では、水素とフッ素で配向分極が起きている。このため、β型の結晶構造を有するPVDFは圧電性を示す。
【0015】
一方で、エネルギー的に最も安定なのはα型の結晶構造であり、圧電性を示すPVDFにおいても、通常、β型の結晶構造を有する結晶相(β型結晶相)とα型の結晶構造を有する結晶相(α型結晶相)が混在している。そして、α型結晶相の体積に対するβ型結晶相の体積の比の値が大きいほど、優れた圧電性を示す。例えば、α型の結晶構造を有するPVDFに、延伸などによりストレスを印加すると、一部の結晶相がβ型に相転移して圧電性が生じるが、このとき、β型に相転移する結晶相の割合が大きいほど圧電性が大きくなる。
【0016】
また、シアノビニリデンCHC(CN)、酢酸ビニルCHCH(COOCH)共重合体、ナイロン7、ナイロン11、ポリペプチドや合成ポリアミノ酸などのPVDF以外の高分子圧電材料となり得る材料の結晶構造にも、それぞれPVDFと同様に、圧電性を示す結晶構造と圧電性及び焦電性を示さない結晶構造が存在する。そして、それらの圧電性を示す材料には、圧電性を示すPVDFと同様に、通常、圧電性を示す結晶相と圧電性を示さない結晶相が混在している。
【0017】
(高分子圧電材料の品質管理方法)
本実施の形態に係る高分子圧電材料の品質管理方法によれば、ラマン散乱測定を用いて、高分子圧電材料に含まれる圧電性を示す結晶相と圧電性を示さない結晶相の存在比を求めて、高分子圧電材料の圧電性能を診断することができる。ラマン散乱測定によれば非接触かつ非破壊の診断が可能であり、圧電性能を診断後も高分子圧電材料の原姿情報を保持することができる。また、ラマン散乱測定においては、高分子圧電材料の表面に照射されるレーザーのスポット径が測定領域となるため、直径が1μm以下(例えば、0.5~1.0μm)の微小領域内で圧電性能を診断することができる。
【0018】
本実施の形態に係る高分子圧電材料の品質管理方法は、高分子圧電材料にレーザー光を照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、前記ラマンスペクトルにおける、圧電性を示す結晶相における振動に帰属される第1のピークと圧電性を示さない結晶相における振動に帰属される第2のピークの強度(例えば、積分強度又はピーク強度)に基づいて、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断する診断工程と、を含む。
【0019】
例えば、測定されたラマンスペクトルにおける、圧電性を示す結晶相における振動に帰属される第1のピークの強度の、圧電性を示さない結晶相における振動に帰属される第2のピークの強度に対する比の値が大きいほど、測定範囲内における圧電性を示す結晶相の濃度が高いということがわかる。
【0020】
以下、本実施の形態に係る高分子圧電材料の品質管理方法の具体例として、高分子圧電材料としてPVDFを用いる場合の例について説明する。高分子圧電材料がPVDFである場合、本実施の形態に係る高分子圧電材料の品質管理方法における、圧電性を示す結晶相はβ型結晶相であり、圧電性を示さない結晶相はα型結晶相である。
【0021】
そして、β型結晶相における振動に帰属される第1のピークは、測定温度26℃の条件下で測定されたラマンスペクトルにおいて820cm-1以上865cm-1以下の範囲内で最大強度をとる。また、α型結晶相における振動に帰属される第2のピークは、測定温度26℃の条件下で測定されたラマンスペクトルにおいて725cm-1以上820cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークである。なお、第1のピークと第2のピークの位置は、測定時の高分子圧電材料の温度などによって、上記の波数範囲内でシフトし得る。
【0022】
上記の診断工程においては、第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値が1.0以上であるか否かの結果によって、高分子圧電材料の圧電性能を診断することができる。この場合、これを高分子圧電材料の圧電性能の合否の判定基準として用いて、第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値が1.0以上である場合に合格、1.0に満たない場合に不合格、と判定してもよい。
【0023】
また、上記の診断工程においては、第1のピークのピーク高さの第2のピークのピーク高さに対する比の値が1.3以上であるか否かの結果によって、高分子圧電材料の圧電性能を診断することができる。この場合、これを高分子圧電材料の圧電性能の合否の判定基準として用いて、第1のピークのピーク高さの第2のピークのピーク高さに対する比の値が1.3以上である場合に合格、1.3に満たない場合に不合格、と判定してもよい。
【0024】
(樹脂組成物の製造方法)
本発明の実施の形態によれば、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて樹脂組成物を製造することができる。この樹脂組成物の製造方法によれば、圧電性能に優れると診断された高分子圧電材料を選別して用いることができるため、圧電性能に優れる樹脂組成物を得ることができる。
【0025】
ここで、樹脂組成物の形態は、高分子圧電材料を含むものであれば特に限定されず、例えば、ポリエチレンなどの圧電性を有しない材料からなる繊維に高分子圧電材料からなる繊維を編み込んだものや、圧電性を有しない材料からなる下地材の上に高分子圧電材料からなる膜を積層したものに適用することができる。
【0026】
また、高分子圧電材料を含む樹脂組成物において、高分子圧電材料が表面に露出している場合やラマン散乱測定に用いられるレーザー光を透過する材料で覆われている場合は、上述の高分子圧電材料の品質管理方法により、高分子圧電材料の圧電性能を非破壊評価することができる。樹脂組成物の完成後の非破壊評価ができない場合は、樹脂組成物の製造過程において高分子圧電材料の圧電性能を評価してもよい。
【0027】
(ケーブル又はチューブの製造方法)
本発明の実施の形態によれば、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、ケーブル又はチューブの絶縁体層又は誘電体層を形成することができる。すなわち、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、絶縁体層又は誘電体層を形成する工程を含む、ケーブル又はチューブの製造方法を提供することができる。このケーブル又はチューブの製造方法によれば、圧電性能に優れると診断された高分子圧電材料を選別して用いることができるため、圧電性能に優れる絶縁体層又は誘電体層を備えたケーブル又はチューブを得ることができる。
【0028】
ここで、ケーブル又はチューブに含まれる絶縁体層又は誘電体層は、例えば、ケーブルの最外層に設けられたシース、チューブ本体を構成する中空の絶縁体、金属線やポリエチレンなどの圧電性を有しない材料からなる繊維に高分子圧電材料からなる繊維を編み込んだ編組である。このような高分子圧電材料からなる絶縁体層又は誘電体層を備えたケーブル又はチューブにおいては、屈曲した際に絶縁体層又は誘電体層に圧力が印加されて電圧が発生するため、この電圧を測定することにより、ケーブル又はチューブの屈曲を検知することができる。
【0029】
また、高分子圧電材料からなる絶縁体層又は誘電体層を備えたケーブル又はチューブにおいて、絶縁体層又は誘電体層が表面に露出している場合やラマン散乱測定に用いられるレーザー光を透過する材料で覆われている場合は、上述の高分子圧電材料の品質管理方法により、絶縁体層又は誘電体層の圧電性能を非破壊評価することができる。ケーブル又はチューブの完成後の非破壊評価ができない場合は、ケーブル又はチューブの製造過程において絶縁体層又は誘電体層の圧電性能を評価してもよい。
【0030】
(圧電素子の製造方法)
本発明の実施の形態によれば、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、圧電素子に用いられる圧電体を形成することができる。すなわち、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、圧電体を形成する工程を含む、圧電素子の製造方法を提供することができる。
【0031】
ここで、圧電素子は、例えば、圧電型のヘッドフォン、スピーカー、マイクロフォン、音波送受波素子、振動発電型のエナジーハーベスタなどに含まれる。これらの圧電素子の圧電材料として、優れた圧電性能を有する高分子圧電材料を用いることにより、優れた性能を有する上述のヘッドフォンなどの圧電素子を用いる機器を製造することができる。
【0032】
また、高分子圧電材料からなる圧電体を備えた圧電素子において、圧電体が表面に露出している場合やラマン散乱測定に用いられるレーザー光を透過する材料で覆われている場合は、上述の高分子圧電材料の品質管理方法により、圧電体の圧電性能を非破壊評価することができる圧電素子の完成後の非破壊評価ができない場合は、圧電素子の製造過程において圧電体の圧電性能を評価してもよい。
【0033】
(焦電型センサの製造方法)
本発明の実施の形態によれば、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、焦電型の赤外センサ、感熱センサなどの焦電型センサに用いられる焦電体を形成することができる。すなわち、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、焦電体を形成する工程を含む、焦電型センサの製造方法を提供することができる。
【0034】
ここで、焦電体は圧電体の一種であり、一般的に、優れた圧電性能を有する物質は、優れた焦電性能を有する。このため、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を焦電性能に優れた焦電体として用いることができる。
【0035】
また、高分子圧電材料からなる焦電体を備えた焦電型センサにおいて、焦電体が表面に露出している場合やラマン散乱測定に用いられるレーザー光を透過する材料で覆われている場合は、上述の高分子圧電材料の品質管理方法により、焦電体の圧電性能(焦電性能)を非破壊評価することができる。焦電型センサの完成後の非破壊評価ができない場合は、焦電型センサの製造過程において焦電体の圧電性能を評価してもよい。
【0036】
(不揮発性薄膜メモリの製造方法)
本発明の実施の形態によれば、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、不揮発性薄膜メモリに用いられる強誘電体薄膜を形成することができる。すなわち、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、強誘電体薄膜を形成する工程を含む、不揮発性薄膜メモリの製造方法を提供することができる。
【0037】
ここで、強誘電体は圧電体の一種であり、一般的に、優れた圧電性能を有する物質は、優れた強誘電性能を有する。このため、上述の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を強誘電性能に優れた強誘電体として用いることができる。
【0038】
また、高分子圧電材料からなる強誘電体薄膜を備えた不揮発性薄膜メモリにおいて、強誘電体薄膜が表面に露出している場合やラマン散乱測定に用いられるレーザー光を透過する材料で覆われている場合は、上述の高分子圧電材料の品質管理方法により、強誘電体薄膜の圧電性能(強誘電性能)を非破壊評価することができる。不揮発性薄膜メモリの完成後の非破壊評価ができない場合は、不揮発性薄膜メモリの製造過程において強誘電体薄膜の圧電性能を評価してもよい。
【0039】
(実施の形態の効果)
上記実施の形態に係る高分子圧電材料の品質管理方法によれば、ラマン散乱測定による非接触かつ非破壊の診断を実施することにより、原姿情報を保持したまま、かつ簡単に高分子圧電材料の圧電性能を診断することができる。また、レーザーを用いたラマン散乱測定により微小領域の測定を行うことができ、それによって圧電性を示す結晶相の分布を示すマッピング像を詳細に形成することができる。
【0040】
また、この高分子圧電材料の品質管理方法を利用することにより、圧電性能に優れる高分子圧電材料を選別して用いて、高性能の樹脂組成物、ケーブル又はチューブ、圧電素子、焦電型センサ、不揮発性薄膜メモリなどを製造することができる。なお、上記実施の形態に係る高分子圧電材料の品質管理方法やそれを利用した樹脂組成物などの製造方法は、機械学習や人工知能(AI)などを活用してデータを分析するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を用いた材料開発に適用することもできる。
【実施例
【0041】
本実施例においては、PVDFの圧電性を示す結晶相と圧電性を示さない結晶相のそれぞれにラマン散乱測定を行い、ラマンスペクトルと圧電性の関係を評価した。以下、具体的な評価方法とその結果について説明する。
【0042】
図1は、本発明の実施例における評価対象である板状のPVDFの光学写真である。図1に示される板状のPVDFは、左側の細い部分が延伸されており、圧電性を示す。一方で延伸されていない部分は圧電性を示さない。
【0043】
本実施例では、このPVDFの延伸された部分と、延伸されていない部分と、それらの境界部分においてラマン散乱測定を実施した。図1に示される測定点1は、延伸されていない部分に含まれ、測定点2は、延伸された部分と延伸されていない部分の境界部分に含まれ、測定点3は、延伸された部分に含まれる。
【0044】
図2(a)、(b)、(c)は、それぞれ図1に示されるPVDFの測定点1、測定点2、測定点3の近傍の拡大写真である。図2(a)、(b)、(c)に含まれる十字マークが、測定点1、測定点2、測定点3のそれぞれの位置を示している。
【0045】
図3(a)は、図1に示されるPVDFの測定点1、測定点2、測定点3のそれぞれにおいて測定されたラマンスペクトルを示す。図3(b)は、図3(a)に示されるラマンスペクトルの750~950cm-1の部分を拡大したものである。
【0046】
図3(a)、(b)のラマンスペクトルの測定は、ナノフォトン株式会社製のRAMANforce Standard VIS-NIR-HSを用いて、レーザー波長が532nm、分光器の入射スリットの幅が50μm、回折格子の刻線数が300gr/mm、NDフィルタのレーザー最大光量に対する減弱後の光量の比の値(減弱比)が220/255、対物レンズの倍率が20倍(NA0.45)、計数時間が1秒×40サイクル、測定温度が26℃の条件で実施した。
【0047】
図3(a)、(b)のラマンスペクトルにおける800cm-1付近のピークはPVDFのα型結晶相における振動(α型振動)に帰属される第2のピークであり、840cm-1付近のピークはPVDFのβ型結晶相における振動(β型振動)に帰属される第1のピークである。
【0048】
図4(a)は、測定点1~3のラマンスペクトルにおける、α振動に帰属される第2のピークとβ振動に帰属される第1のピークのピーク高さを示すグラフである。図4(b)は、測定点1~3のラマンスペクトルにおける、α振動に帰属される第2のピークとβ振動に帰属される第1のピークの積分強度を示すグラフである。
【0049】
図5は、測定点1~3のラマンスペクトルにおける、β振動に帰属されるピークのピーク高さのα振動に帰属されるピークのピーク高さに対する比の値(以下、β/αピーク高さ比とする)、及びβ振動に帰属されるピークの積分強度のα振動に帰属されるピークの積分強度に対する比の値(以下、β/α積分強度比とする)を示すグラフである。
【0050】
次の表1に、測定点1~3のラマンスペクトルのα振動に帰属されるピーク及びβ振動に帰属されるピークに関する数値を示す。表中の“ピーク高さ比”は、β/αピーク高さ比であり、“積分強度比”は、β/α積分強度比である。
【0051】
【表1】
【0052】
これらの結果から、PVDFの延伸されていない圧電性を示さない部分においてはα型結晶相の割合が高く、延伸された圧電性を示す部分においてはβ型結晶相の割合が高く、延伸された部分と延伸されていない部分の境界部分ではα型結晶相とβ型結晶相の割合が比較的近いことがわかる。なお、延伸された部分と延伸されていない部分の境界部分にはγ型結晶相が混在している可能性もある。
【0053】
図6(a)は、PVDFの延伸された部分と延伸されていない部分の境界近傍の236.32μm×240μmの領域における、ラマン散乱測定により測定されたβ/α積分強度比のマッピング像である。図6(a)に示されるマッピング像の左側は、延伸された領域側の領域であり、β/α積分強度比が大きく、圧電性を示す領域である。マッピング像の右側は、延伸されていない領域側の領域であり、β/α積分強度比が小さく、圧電性を示さない領域である。
【0054】
図6(a)のマッピング像を得るためのラマン散乱測定は、ナノフォトン株式会社製のRAMANforce Standard VIS-NIR-HSを用いて、レーザー波長が532nm、分光器の入射スリットの幅が50μm、回折格子の刻線数が300gr/mm、NDフィルタのレーザー最大光量に対する減弱後の光量の比の値(減弱比)が205/255、対物レンズの倍率が20倍(NA0.45)、係数時間が1秒×1サイクル、測定温度が26℃の条件で実施した。また、マッピングの条件において、マッピングステップを4μmとした。
【0055】
図6(b)は、図6(a)のマッピング像を3次元化した3次元マッピング像である。図6(a)の3次元マッピング像は、上述のラマン測定装置のZ-トラッキングモードにより3次元化されたマッピング像である。Z-トラッキングモードは、凹凸のある試料表面の高さ情報を取得し、各測定点の焦点位置に試料ステージの高さを自動で調整して表面形状に沿ったマッピング測定を実施する機能を用いるモードである。このZ-トラッキングモードの機能によれば、試料の表面凹凸(高低差)による焦点位置のずれを補正できるので,マッピング時の各測定点において正確なラマンスペクトルを計測することができる。
【0056】
図7は、図6(a)のマッピング領域内の測定点A、B、Cにおいて測定されたラマンスペクトルを示す。測定点Aは、β/α積分強度比が大きい圧電性を示す領域上の点であり、測定点Cは、β/α積分強度比が小さい圧電性を示さない領域上の点であり、測定点Bは、マッピング領域中におけるβ/α積分強度比が中間程度である弱い圧電性を示す領域上の点である。
【0057】
次の表2に、測定点A~Cのラマンスペクトルのα振動に帰属されるピーク及びβ振動に帰属されるピークに関する数値を示す。表中の“ピーク高さ比”は、β/αピーク高さ比であり、“積分強度比”は、β/α積分強度比である。
【0058】
【表2】
【0059】
表2によれば、PVDFの延伸された部分と延伸されていない部分の境界近傍の領域において中間程度のβ/α積分強度比を有し、弱い圧電性を示す領域上の点である測定点Bにおけるβ/α積分強度比とβ/αピーク高さ比が、それぞれおよそ1.0、1.3である。このため、例えば、圧電性能を判定するためのβ/α積分強度比の基準値を1.0として、β/α積分強度比が1.0以上である場合に優れた圧電性を示すと判定することができる。同様に、圧電性能を判定するためのβ/αピーク高さ比の基準値を1.3として、β/αピーク高さ比が1.3以上である場合に優れた圧電性を示すと判定することができる。
【0060】
図8(a)、(b)は、PVDFの延伸された部分内の259.8μm×284μmの領域における、ラマン散乱測定により測定されたβ/α積分強度比の三次元マッピング像である。図8(a)、(b)のマッピング像は、マッピング領域内にβ/α積分強度比が比較的高い領域と低い領域が含まれていることを示している。図8(a)、(b)のマッピング像を得るためのラマン散乱測定に用いた装置、測定条件、及びマッピング条件は、図6(a)のマッピング像を得るためのものと同様(マッピング領域のサイズのみ異なる)である。
【0061】
図9(a)、(b)は、それぞれ図8(a)、(b)のマッピング領域におけるβ/α積分強度比の高い点と低い点において測定されたラマンスペクトルを示す。図9(a)、(b)によれば、PVDFの延伸された部分においては、β/α積分強度比のばらつきが小さく、一様に圧電性を示すことがわかる。
【0062】
(実施の形態のまとめ)
次に、以上説明した実施の形態及び実施例から把握される技術思想について記載する。ただし、以下の記載は、特許請求の範囲における構成要素を実施の形態及び実施例に具体的に示した材料等に限定するものではない。
【0063】
[1]高分子圧電材料にレーザー光を照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、前記ラマンスペクトルにおける、圧電性を示す結晶相における振動に帰属される第1のピークと圧電性を示さない結晶相における振動に帰属される第2のピークの強度に基づいて、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断する診断工程と、を含む、高分子圧電材料の品質管理方法。
【0064】
[2]前記高分子圧電材料がポリフッ化ビニリデンであり、前記圧電性を示す結晶相がβ型結晶相であり、前記圧電性を示さない結晶相がα型結晶相である、上記[1]に記載の高分子圧電材料の品質管理方法。
【0065】
[3]前記診断工程において、前記第1のピークの積分強度の前記第2のピークの積分強度に対する比の値が1.0以上であるか否かの結果によって、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断する、上記[2]に記載の高分子圧電材料の品質管理方法。
【0066】
[4]前記診断工程において、前記第1のピークのピーク高さの前記第2のピークのピーク高さに対する比の値が1.3以上であるか否かの結果によって、前記高分子圧電材料の圧電性能を診断する、上記[2]又は[3]に記載の高分子圧電材料の品質管理方法。
【0067】
[5]上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて樹脂組成物を形成する、樹脂組成物の製造方法。
【0068】
[6]上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、絶縁体層又は誘電体層を形成する工程を含む、ケーブル又はチューブの製造方法。
【0069】
[7]上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、圧電体を形成する工程を含む、圧電素子の製造方法。
【0070】
[8]上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、焦電体を形成する工程を含む、焦電型センサの製造方法。
【0071】
[9]上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の高分子圧電材料の品質管理方法により圧電性能を診断された高分子圧電材料を用いて、強誘電体薄膜を形成する工程を含む、不揮発性薄膜メモリの製造方法。
【0072】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、本発明は、上記実施の形態及び実施例に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施が可能である。また、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9