(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼箔
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240709BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240709BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20240709BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
(21)【出願番号】P 2022557009
(86)(22)【出願日】2021-10-12
(86)【国際出願番号】 JP2021037756
(87)【国際公開番号】W WO2022080374
(87)【国際公開日】2022-04-21
【審査請求日】2023-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2020172594
(32)【優先日】2020-10-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020172595
(32)【優先日】2020-10-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021140134
(32)【優先日】2021-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】米村 光治
(72)【発明者】
【氏名】木村 圭一
(72)【発明者】
【氏名】平賀 拓也
(72)【発明者】
【氏名】隈 裕二
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-041203(JP,A)
【文献】特開2020-041204(JP,A)
【文献】特開平05-078789(JP,A)
【文献】特開2003-342693(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.045%以下、
S:0.0300%以下、
Cr:16.00~20.00%、
Ni:6.00~10.50%、
N:0.100%以下、
Mo:0~2.50%、
Nb:0~0.12%、
V:0~1.00%、
Ta:0~0.50%、
Hf:0~0.10%、
Co:0~0.50%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0200%、
Mg:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.0100%、
Al:0~0.010%、
Ti:0~0.500%、
Zr:0~0.100%、
Cu:0~3.00%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて、{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°よりも大きい、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
Mo:0.01~2.50%、
Nb:0.01~0.12%、
V:0.01~1.00%、
Ta:0.01~0.50%、
Hf:0.01~0.10%、
Co:0.01~0.50%、
B:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0001~0.0200%、
Mg:0.0001~0.0200%、
希土類元素:0.0001~0.0100%、
Al:0.001~0.010%、
Ti:0.001~0.500%、
Zr:0.001~0.100%、及び、
Cu:0.01~3.00%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【請求項3】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
均一ひずみeが-2.89×10
-4未満である、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【請求項4】
請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
均一ひずみeが-2.89×10
-4未満である、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比が、式(1)を満たす、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
{111}γ/{110}α′≧1.0220 (1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ステンレス鋼箔に関し、さらに詳しくは、オーステナイト系ステンレス鋼箔に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器の発達により、これまでよりも過酷な環境で用いられる材料が求められてきている。たとえば、折り曲げられるスマートフォン(フォルダブルスマートフォン)では、繰り返し曲げ応力が負荷されるため、優れた疲労強度を有する材料が求められる。そこで、従来用いられてきた樹脂や軽金属材料に代わり、優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔が、電子機器材料として求められてきている。なお、本明細書において「鋼箔」とは、厚さが100μm以下の鋼板を意味する。
【0003】
近年、オーステナイト系ステンレス鋼箔の疲労強度をさらに高める技術が提案されている。たとえば、特開平1-309919号公報(特許文献1)、及び、特開2005-307295号公報(特許文献2)は、オーステナイト系ステンレス鋼箔の疲労強度を高める技術を提案する。
【0004】
特許文献1に開示されるステンレス鋼箔は、重量%で、C:0.02~0.2%、Si:0.1~2%、Mn:0.1~2%、S:0.006%以下、Ni:6.0~10.5%、Cr:16~20%、Al:0.01%以下、O:0.01%以下、Mg:0.001%以下、Ca:0.0001~0.005%、N:0.01~0.2%、残部Feからなるステンレス鋼を冷間圧延と焼鈍とを繰り返して冷間圧延の総圧延率98%以上で最終板厚100μm以下とし、介在物の大きさを7μm以下とする。上記ステンレス鋼箔は疲労特性に優れる、と特許文献1には記載されている。
【0005】
特許文献2に開示されるばね用オーステナイト系ステンレス鋼箔は、JIS Z 4313 SUS301-CSPのばね用ステンレス鋼帯であって、圧延方向に対して垂直方向の表面断面曲線の平均山間隔Smが40μmである。上記ばね用オーステナイト系ステンレス鋼箔は耐久性(疲労特性)に優れる、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平1-309919号公報
【文献】特開2005-307295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1及び2が提案する技術によれば、優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得ることができる。しかしながら、上記特許文献1及び2が提案する技術以外の技術によって、優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔が得られてもよい。
【0008】
本開示の目的は、優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.045%以下、
S:0.0300%以下、
Cr:16.00~20.00%、
Ni:6.00~10.50%、
N:0.100%以下、
Mo:0~2.50%、
Nb:0~0.12%、
V:0~1.00%、
Ta:0~0.50%、
Hf:0~0.10%、
Co:0~0.50%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0200%、
Mg:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.0100%、
Al:0~0.010%、
Ti:0~0.500%、
Zr:0~0.100%、
Cu:0~3.00%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて、{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°よりも大きい。
【発明の効果】
【0010】
本開示によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、優れた疲労強度を有する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本実施例のCuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwと、疲労回数との関係を示す図である。
【
図2】
図2は、オーステナイト系ステンレス鋼箔のオーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比Fn1(={111}γ/{110}α′)と、耐久性の指標である曲げ癖角度との関係を示す図である。
【
図3】
図3は、
図2に示す曲げ癖角度の測定方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼箔の疲労強度を高める手法を調査及び検討した。その結果、次の知見を得た。
【0013】
まず、本発明者らは、化学組成に着目して、優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得る方法を検討した。その結果、質量%で、C:0.150%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.045%以下、S:0.0300%以下、Cr:16.00~20.00%、Ni:6.00~10.50%、N:0.100%以下、Mo:0~2.50%、Nb:0~0.12%、V:0~1.00%、Ta:0~0.50%、Hf:0~0.10%、Co:0~0.50%、B:0~0.0100%、Ca:0~0.0200%、Mg:0~0.0200%、希土類元素:0~0.0100%、Al:0~0.010%、Ti:0~0.500%、Zr:0~0.100%、Cu:0~3.00%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔であれば、疲労強度を高められる可能性があると考えた。
【0014】
そこで本発明者らは、上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を種々製造して、その疲労強度を調査した。その結果、上述の化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼箔であっても、優れた疲労強度を有さない場合があることが明らかになった。そこで本発明者らは、上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔において、疲労強度が低下する原因と、疲労強度を高める方法とについて検討した。その結果、次の知見を得た。
【0015】
具体的に本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼箔のミクロ組織における格子ひずみのうち、不均一ひずみに着目した。不均一ひずみとは、結晶内の格子ひずみがランダムに分布していることを意味し、その要因は転位に代表される。すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼箔のミクロ組織において、不均一ひずみが多いほど、転位密度が高まる可能性がある。ここで、鋼材中の転位密度を高めれば、転位強化によって鋼材の強度が高まる。鋼材の強度が高まれば、鋼材の疲労限度が高まり、応力が繰り返し負荷された場合に、破断するまでの繰り返し数が増加する可能性がある。すなわち、鋼材の転位密度を高めれば、転位強化によって鋼材の強度が高まり、鋼材の疲労強度が高まる可能性がある。
【0016】
そこで本発明者らは、上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔において、不均一ひずみと疲労強度との関係を詳細に調査及び検討した。ここで、ランダムな格子ひずみ(不均一ひずみ)が多いほど、X線回折プロファイルにおける{111}面のピーク形状がブロード化する。そこで本発明者らは、X線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅であれば、不均一ひずみの指標として用いることができると考えた。この点について、図面を用いて詳細に説明する。
【0017】
図1は、本実施例のCuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwと、疲労回数との関係を示す図である。
図1は、上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔において、不均一ひずみの指標であるCuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwと、疲労強度の指標である疲労回数とを用いて作成した。なお、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwと、疲労回数とは、後述する方法によって求めた。
【0018】
図1を参照して、上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔では、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwと疲労回数との関係において、半値幅Fw=0.366°近傍には、変曲点が存在する。そして、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°を超えれば、鋼材の疲労回数が顕著に高まることが確認できる。したがって、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、上述の化学組成を有し、さらに、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwを0.366°より大きくする。その結果、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、優れた疲労強度を有する。
【0019】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の要旨は、次のとおりである。
【0020】
[1]
質量%で、
C:0.150%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.045%以下、
S:0.0300%以下、
Cr:16.00~20.00%、
Ni:6.00~10.50%、
N:0.100%以下、
Mo:0~2.50%、
Nb:0~0.12%、
V:0~1.00%、
Ta:0~0.50%、
Hf:0~0.10%、
Co:0~0.50%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0200%、
Mg:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.0100%、
Al:0~0.010%、
Ti:0~0.500%、
Zr:0~0.100%、
Cu:0~3.00%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて、{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°よりも大きい、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【0021】
[1]のオーステナイト系ステンレス鋼箔は、優れた疲労強度を有する。
【0022】
[2]
[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
Mo:0.01~2.50%、
Nb:0.01~0.12%、
V:0.01~1.00%、
Ta:0.01~0.50%、
Hf:0.01~0.10%、
Co:0.01~0.50%、
B:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0001~0.0200%、
Mg:0.0001~0.0200%、
希土類元素:0.0001~0.0100%、
Al:0.001~0.010%、
Ti:0.001~0.500%、
Zr:0.001~0.100%、及び、
Cu:0.01~3.00%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【0023】
[3]
[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
均一ひずみeが-2.89×10-4未満である、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【0024】
[4]
[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
均一ひずみeが-2.89×10-4未満である、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
【0025】
[3]又は[4]のオーステナイト系ステンレス鋼箔は、さらに優れた疲労強度を有する。
【0026】
[5]
[1]~[4]のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼箔であって、
CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比が、式(1)を満たす、
オーステナイト系ステンレス鋼箔。
{111}γ/{110}α′≧1.0220 (1)
【0027】
[5]のオーステナイト系ステンレス鋼箔はさらに、曲げ応力に対する優れた耐久性を有する。本明細書において「曲げ応力に対する優れた耐久性」とは、繰り返し曲げ応力が負荷されても、永久変形が起こりにくいことを意味する。
【0028】
以下、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0029】
[化学組成]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の化学組成は、次の元素を含有する。
【0030】
C:0.150%以下
炭素(C)は不可避に含有される。すなわち、C含有量の下限は0%超である。Cは炭化物を形成して鋼材の強度を高める。しかしながら、C含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粒界に炭化物が析出して、粒界の金属間化合物の析出量が減少することにより、粒界の安定性が低下する。C含有量が高すぎればさらに、炭化物が過剰に析出して、鋼材の靭性が低下する。したがって、C含有量は0.150%以下である。C含有量の好ましい上限は0.140%であり、さらに好ましくは0.130%であり、さらに好ましくは0.120%である。ここで、C含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、C含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0031】
Si:1.00%以下
シリコン(Si)は不可避に含有される。すなわち、Si含有量の下限は0%超である。Siは鋼を脱酸する。しかしながら、Si含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が鋼材中に残留し、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は1.00%以下である。Si含有量の好ましい上限は0.95%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。ここで、Si含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、Si含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0032】
Mn:2.00%以下
マンガン(Mn)は不可避に含有される。すなわち、Mn含有量の下限は0%超である。Mnは鋼を脱酸する。Mnはさらに、オーステナイト相を安定化させる。Mnはさらに、鋼材中のSを硫化物として固定して、鋼材の熱間加工性を高める。しかしながら、Mn含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、スピネル型酸化皮膜の形成が促進され、高温における鋼材の耐酸化性が低下する。Mn含有量が高すぎればさらに、冷間加工によって生じる加工誘起マルテンサイト変態が十分に得られない場合がある。この場合、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、Fn1を十分に高められない。したがって、Mn含有量は2.00%以下である。Mn含有量の好ましい上限は1.90%であり、さらに好ましくは1.80%であり、さらに好ましくは1.70%である。上記効果を有効に得るためのMn含有量の好ましい下限は0.30%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0033】
P:0.045%以下
リン(P)は不純物である。すなわち、P含有量の下限は0%超である。P含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粒界が脆化されて、鋼材の応力緩和割れ感受性が高まる。したがって、P含有量は0.045%以下である。P含有量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.035%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0034】
S:0.0300%以下
硫黄(S)は不純物である。すなわち、S含有量の下限は0%超である。S含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが粒界に偏析して、鋼材の応力緩和割れ感受性が高まる。したがって、S含有量は0.0300%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0200%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0100%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%である。
【0035】
Cr:16.00~20.00%
クロム(Cr)は鋼材の耐酸化性、耐水蒸気酸化性、耐高温腐食性等の耐食性を高める。Crはさらに、炭化物を形成して鋼材の強度を高め、オーステナイト相の面間隔を大きくする。Cr含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。Cr含有量が低すぎればさらに、冷間加工によって加工誘起マルテンサイト変態が過剰に生成し、オーステナイト相が十分に得られない場合がある。一方、Cr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、α-Cr相やσ相が過剰に析出して、鋼材の耐食性が低下する。したがって、Cr含有量は16.00~20.00%である。Cr含有量の好ましい下限は16.05%であり、さらに好ましくは16.10%であり、さらに好ましくは16.20%である。Cr含有量の好ましい上限は19.95%であり、さらに好ましくは19.90%であり、さらに好ましくは19.80%である。
【0036】
Ni:6.00~10.50%
ニッケル(Ni)はオーステナイトを安定化させる。Niはさらに、鋼材の延性を高める。Ni含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ni含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粒内の変形抵抗が増大し、鋼材の延性が低下する。Ni含有量が高すぎればさらに、冷間加工によって生じる加工誘起マルテンサイト変態が十分に得られない場合がある。したがって、Ni含有量は6.00~10.50%である。Ni含有量の好ましい下限は6.10%であり、さらに好ましくは6.20%であり、さらに好ましくは6.30%である。Ni含有量の好ましい上限は10.40%であり、さらに好ましくは10.20%であり、さらに好ましくは10.00%である。
【0037】
N:0.100%以下
窒素(N)は不可避に含有される。すなわち、N含有量は0%超である。Nは鋼材中に固溶して、鋼材の強度を高める。Nはさらに、オーステナイト相を安定化させる。一方、N含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の延性が低下する。N含有量が高すぎればさらに、冷間加工によって生じる加工誘起マルテンサイト変態が十分に得られない場合がある。したがって、N含有量は0.100%以下である。上記効果を有効に得るためのN含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。N含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。
【0038】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、オーステナイト系ステンレス鋼箔を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼箔に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0039】
[任意元素]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔はさらに、Feの一部に代えて、Mo、Nb、V、Ta、Hf、及び、Coからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の強度を高める。
【0040】
Mo:0~2.50%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Mo含有量は0%であってもよい。含有される場合、Moは鋼材に固溶して、鋼材の強度を高める。この場合さらに、Moは鋼材中で炭化物を形成して、鋼材の強度を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Mo含有量は0~2.50%である。Mo含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Mo含有量の好ましい上限は2.20%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは1.70%である。
【0041】
Nb:0~0.12%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nbは鋼材の結晶粒を微細化し、鋼材の耐食性を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な炭化物が形成され、鋼材の強度、延性、及び、熱間加工性が低下する。したがって、Nb含有量は0~0.12%である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Nb含有量の好ましい上限は0.10%であり、さらに好ましくは0.09%である。
【0042】
V:0~1.00%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、Vは炭窒化物及び/又は金属間化合物を形成し、鋼材の強度を高める。この場合さらに、鋼材の結晶粒を微細化する。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、高温腐食の発生と脆化相の析出により、鋼材の延性及び靭性が低下する。したがって、V含有量は0~1.00%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。V含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0043】
Ta:0~0.50%
タンタル(Ta)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ta含有量は0%であってもよい。含有される場合、Taは粒界を強化して、鋼材の強度を高める。Taが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ta含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間加工性が低下する。したがって、Ta含有量は0~0.50%である。Ta含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。Ta含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0044】
Hf:0~0.10%
ハフニウム(Hf)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Hf含有量は0%であってもよい。含有される場合、Hfは粒界を強化して、鋼材の強度を高める。Hfが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Hf含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間加工性が低下する。したがって、Hf含有量は0~0.10%である。Hf含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。Hf含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.08%である。
【0045】
Co:0~0.50%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、Coは鋼材に固溶して、鋼材の強度を高める。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Co含有量は0~0.50%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。Co含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0046】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔はさらに、Feの一部に代えて、B、Ca、Mg、及び、希土類元素からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の熱間加工性を高める。
【0047】
B:0~0.0100%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、B含有量は0%であってもよい。含有される場合、Bは炭化物の析出を抑制し、析出物を微細化する効果により鋼材の高温靭性を高める。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、ボロン窒化物(BN)が生成し、鋼材の靱性を低下させる。したがって、B含有量は0~0.0100%である。B含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。B含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0048】
Ca:0~0.0200%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは鋼材中のSを硫化物として固定して、鋼材の熱間加工性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成され、鋼材の熱間加工性及び延性が低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0200%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0150%である。
【0049】
Mg:0~0.0200%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは鋼材中のSを硫化物として固定して、鋼材の熱間加工性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成され、鋼材の熱間加工性及び延性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0200%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0150%である。
【0050】
希土類元素:0~0.0100%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、REMは鋼材中のSを硫化物として固定して、鋼材の熱間加工性を高める。REMはさらに、鋼材表面のCr2O3保護皮膜の密着性を高め、鋼材の耐酸化性を高める。REMはさらに、粒界を強化して、鋼材の強度及び破断ひずみを高める。REMが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、REM含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成され、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.0100%である。REM含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%である。REM含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%である。
【0051】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1元素以上である。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量である。
【0052】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔はさらに、Feの一部に代えて、Al、Ti、及び、Zrからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材を脱酸する。
【0053】
Al:0~0.010%
アルミニウム(Al)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Al含有量は0%であってもよい。含有される場合、Alは鋼を脱酸する。Alが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Al含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な介在物が形成され、鋼材の疲労強度が低下する。したがって、Al含有量は0~0.010%である。Al含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Al含有量の好ましい上限は0.009%であり、さらに好ましくは0.008%である。
【0054】
Ti:0~0.500%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ti含有量は0%であってもよい。含有される場合、Tiは鋼を脱酸する。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な介在物が形成され、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Ti含有量は0~0.500%である。Ti含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Ti含有量の好ましい上限は0.450%であり、さらに好ましくは0.400%である。
【0055】
Zr:0~0.100%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zrは鋼を脱酸する。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靭性及び熱間加工性が低下する。したがって、Zr含有量は0~0.100%である。Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Zr含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0056】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔はさらに、Feの一部に代えて、Cuを含有してもよい。
【0057】
Cu:0~3.00%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは鋼材の耐食性、及び、耐酸化性を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、高温における粒界脆化が促進され、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は0~3.00%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Cu含有量の好ましい上限は2.20%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは1.70%である。
【0058】
[オーステナイト系ステンレス鋼箔の化学組成の測定方法]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の化学組成は、周知の成分分析法によって測定することができる。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼箔のから切粉を採取する。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求める。
【0059】
なお、各元素含有量は、本実施形態で規定された元素含有量の端数(最小桁の一つ下の位の数)を四捨五入して求めた数値とする。たとえば、C含有量は、上述の方法で求めた値の小数第四位を四捨五入して得られた小数第三位までの数値とする。本実施形態において、C含有量以外の元素含有量も同様に、上述の方法で求めた値に対して、本実施形態で規定された元素含有量の端数を四捨五入して得られた数値を、当該元素含有量とする。なお、四捨五入とは、端数が4以下であれば切り捨て、端数が5以上であれば切り上げることを意味する。
【0060】
[不均一ひずみ]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きい。ここで、X線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwは、転位に代表されるランダムな格子ひずみに対応する。具体的に、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが大きいほど、不均一ひずみが大きくなる。また、上述のとおりランダムな格子ひずみである不均一ひずみの要因は、転位に代表される。すなわち、転位密度が高いほど、転位強化により鋼材の強度が高まり、疲労強度も高まる可能性がある。
【0061】
さらに、上述のとおり、
図1を参照して、上述の化学組成を有する本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔では、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwと疲労回数との関係において、半値幅Fw=0.366°近傍には、変曲点が存在する。そして、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°を超えれば、鋼材の疲労回数が顕著に高まる。
【0062】
したがって、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔では、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwを0.366°より大きくする。その結果、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、優れた疲労強度を有する。本実施形態において、オーステナイト系ステンレス鋼箔の{111}面のピークの半値幅Fwの好ましい下限は0.368°であり、さらに好ましくは0.370°であり、さらに好ましくは0.380°であり、さらに好ましくは0.390°であり、さらに好ましくは0.400°であり、さらに好ましくは0.410°であり、さらに好ましくは0.420°であり、さらに好ましくは0.430°であり、さらに好ましくは0.440°である。本実施形態において、オーステナイト系ステンレス鋼箔の{111}面のピークの半値幅Fwの上限は特に限定されないが、たとえば、0.600°である。
【0063】
本実施形態において、{111}面のピークの半値幅Fwは次の方法で求めることができる。本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔から、試験片を作製する。試験片の大きさは特に限定されず、試験片の厚さは鋼箔の厚さと同じとする。試験片の観察面(鋼箔の表面)に対して、X線回折法(XRD)で測定し、回折プロファイルを得る。XRDにおいては、線源をCuKα線、管電圧を45kV、管電流を200mAとする。また、回折角(2θ)を40~50度の範囲として、0.01度ピッチ、1°/minとして、集中法により測定した。得られた回折プロファイルから{111}面のピークを特定し、半値幅Fwを求めることができる。
【0064】
[均一ひずみ]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔において、均一ひずみは特に限定されない。しかしながら、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔では、均一ひずみeが-2.89×10-4未満であってもよい。ここで、「均一ひずみ」とは、面間隔の変化を伴う格子ひずみを意味する。より具体的には、本明細書において「均一ひずみ」とは、(111)面の均一ひずみを意味する。均一ひずみeが小さいほど、単位格子が微視的に圧縮される方に歪んでいる。一方、均一ひずみeが大きいほど、単位格子が微視的に引っ張られる方に歪んでいる。
【0065】
ここで、{111}面のピークの半値幅Fwは、転位密度に代表される不均一ひずみと相関を有する。つまり、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwを0.366°より大きくする本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、転位密度が高まっている可能性がある。一方、繰り返し応力が負荷された鋼材中のミクロ組織では、転位が動いて集積することにより、き裂の起点となる場合がある。
【0066】
すなわち、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、転位密度が高くなりやすいことから、転位の集積による疲労強度の低下が顕在化する可能性がある。そこで、本実施形態では、均一ひずみeを-2.89×10-4未満まで低減させることが好ましい。均一ひずみを低減させれば、仮に転位の集積によってき裂が発生した場合であっても、き裂の進展を抑制することができる。
【0067】
したがって、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔では、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwを0.366°より大きくした上で、さらに、均一ひずみeを-2.89×10-4未満とするのが好ましい。その結果、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、さらに優れた疲労強度を有する。本実施形態において、オーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみeのさらに好ましい上限は-2.90×10-4であり、さらに好ましくは-3.50×10-4であり、さらに好ましくは-3.90×10-4であり、さらに好ましくは-4.20×10-4であり、さらに好ましくは-4.60×10-4であり、さらに好ましくは-5.20×10-4であり、さらに好ましくは-5.60×10-4であり、さらに好ましくは-6.10×10-4であり、さらに好ましくは-6.50×10-4であり、さらに好ましくは-6.80×10-4であり、さらに好ましくは-7.20×10-4であり、さらに好ましくは-7.50×10-4である。本実施形態において、オーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみeの下限は特に限定されないが、たとえば、-37.20×10-4である。
【0068】
本実施形態において、均一ひずみeは次の方法で求めることができる。上述の不均一ひずみを測定する方法と同様に、X線回折法(XRD)により回折プロファイルを得る。具体的には、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔から、試験片を作製する。試験片の大きさは特に限定されず、試験片の厚さは鋼箔の厚さと同じとする。試験片の観察面(鋼箔の表面)に対して、XRDで測定し、回折プロファイルを得る。XRDにおいては、線源をCuKα線、管電圧を45kV、管電流を200mAとする。また、回折角(2θ)を40~50度の範囲として、0.01度ピッチ、1°/minとして、集中法により測定する。
【0069】
得られた回折プロファイルから(111)面のピークを特定し、格子面間隔d(Å)を求める。格子面間隔d(Å)は、(111)面のピーク位置(2θ)と、ブラッグの式(式(A))とを用いることにより、求めることができる。
d=λ/2sinθ (A)
ここで、式(A)中のλにはX線の波長がÅで代入され、θには(111)面のピーク位置を2で除した値が°で代入される。
【0070】
得られた(111)面の格子面間隔d(Å)と、次の式(B)とを用いて、均一ひずみeを求めることができる。
e=(d-d0)/d0 (B)
ここで、式(B)中のdには格子面間隔がÅで代入され、d0には焼戻しされた場合における(111)面の格子面間隔がÅで代入される。なお、本実施形態ではd0として、測定値2.0782Åを用いる。
【0071】
[面間隔]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔さらに、CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比が、次の式(1)を満たしてもよい。
{111}γ/{110}α′≧1.0220 (1)
【0072】
ここで、繰り返し曲げ応力が負荷されるオーステナイト系ステンレス鋼箔には、優れた疲労強度だけでなく、曲げ応力に対する優れた耐久性も有している方が好ましい。本明細書において「曲げ応力に対する優れた耐久性」とは、繰り返し曲げ応力が負荷されても、永久変形が起こりにくいことを意味する。曲げ応力に対する耐久性が高ければ、繰り返し曲げ応力が負荷されても、形状を維持することができる。
【0073】
一方、後述するように、オーステナイト系ステンレス鋼箔は、厚さが100μm以下の箔帯形状であり、非常に薄い。このようなオーステナイト系ステンレス鋼箔を製造する場合、後述する好ましい製造方法によって説明されるように、高い加工度で冷間加工が実施される。上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材に対して、高い加工度で冷間加工が実施されると、製造された鋼箔中には加工誘起マルテンサイト変態が生じる。その結果、上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔のミクロ組織には、オーステナイト相だけでなく、マルテンサイト相も含まれる。
【0074】
本発明者らの詳細な検討の結果、繰り返しの曲げ応力に対する耐久性には、オーステナイト相とマルテンサイト相との界面におけるひずみが関係していることが明らかになった。具体的に、ミクロ組織の格子ひずみのうち、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比が、曲げ応力に対する耐久性に関与することが明らかになった。この点について、図面を用いて詳細に説明する。
【0075】
Fn1={111}γ/{110}α′と定義する。
図2は、Fn1(={111}γ/{110}α′)と、耐久性の指標である曲げ癖角度との関係を示す図である。なお、曲げ癖とは、繰り返しの曲げ応力が負荷された際、鋼箔を曲げた方向に残存する永久変形を意味する。つまり、曲げ癖角度が小さいほど、繰り返しの曲げ応力に対する耐久性が高いことを意味する。
【0076】
図2は、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の一例について、後述する方法で求めたFn1と、後述する方法で求めた曲げ癖角度(°)とを用いて得られた。
図2を参照して、上述の化学組成を有し、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きいオーステナイト系ステンレス鋼箔では、Fn1と曲げ癖角度との関係において、Fn1=1.0220近傍には変曲点が存在する。そして、Fn1が1.0220以上になれば、曲げ癖角度が安定して低下することが確認できる。
【0077】
したがって、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、上述の化学組成を有し、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きく、さらに、Fn1を1.0220以上とするのが好ましい。その結果、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、優れた疲労強度を有し、さらに、繰り返しの曲げ応力に対して優れた耐久性も有する。
【0078】
なお、この理由について、本発明者らは、次のように推測している。繰り返しの曲げ応力によって、オーステナイト系ステンレス鋼箔には、転位が導入される。結晶中を転位が移動することにより、せん断変形に代表される塑性変形が生じる可能性がある。一方、オーステナイト相の{111}面の面間隔の、マルテンサイト相の{110}面の面間隔に対する比を大きくした場合、オーステナイト相とマルテンサイト相との界面のひずみが大きくなり、当該界面における転位の移動が抑制される。このようにして、転位の移動が阻害されることによって、塑性変形が生じにくくなる。その結果、オーステナイト系ステンレス鋼箔の耐久性が高まる、と本発明者らは推測している。
【0079】
本実施形態において、Fn1のさらに好ましい下限は1.0221であり、さらに好ましくは1.0222であり、さらに好ましくは1.0223であり、さらに好ましくは1.0224であり、さらに好ましくは1.0225であり、さらに好ましくは1.0226である。本実施形態において、Fn1の好ましい上限は特に限定されず、たとえば、1.0230である。
【0080】
本実施形態において、Fn1は次の方法で求めることができる。まず、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γと、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′とを求める。具体的に、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔から、試験片を作製する。試験片の大きさは特に限定されず、試験片の厚さは鋼箔の厚さと同じとする。試験片の観察面(鋼箔の表面)に対して、X線回折法(XRD)で測定し、回折プロファイルを得る。XRDにおいては、線源をCuKα線、管電圧を40kV、管電流を40mAとする。また、回折角(2θ)を40~50度の範囲として、0.01度ピッチ、1°/minとする。さらに、測定方法は、集中法を用いる。
【0081】
得られた回折プロファイルからオーステナイト相の{111}面と、マルテンサイト相の{110}面とのピークを特定する。特定した各ピークの位置(2θ)と、上述のブラッグの式(式(A))とを用いることにより、オーステナイト相の{111}面、及び、マルテンサイト相の{110}面の格子面間隔d(Å)をそれぞれ求めることができる。
d=λ/2sinθ (A)
ここで、式(A)中のλにはX線の波長がÅで代入され、θには各ピークの位置を2で除した値が°で代入される。
【0082】
得られたオーステナイト相の{111}面、及び、マルテンサイト相の{110}面の面間隔と、式(1)とから、Fn1を求めることができる。なお、本実施形態では、Fn1が1.0220以上であれば足り、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γと、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′とは、特に限定されない。オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γは、たとえば、2.0730~2.0760Åである。マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′は、たとえば、2.0250~2.0350Åである。
【0083】
[オーステナイト系ステンレス鋼箔の厚さ]
上述のとおり、本明細書において「鋼箔」とは、厚さが100μm以下の鋼板を意味する。そのため、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、厚さが100μm以下の箔帯形状であり、非常に薄い。要するに、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の厚さは、100μm以下である。好ましくは、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の厚さは約10~100μmである。この場合、高い疲労強度を求められる電子機器材料として好適である。
【0084】
[疲労強度]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、上述の化学組成を有し、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きい。その結果、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、優れた疲労強度を有する。ここで、本実施形態において、優れた疲労強度とは、以下のとおりに定義される。
【0085】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、繰り返し曲げ試験を実施する。具体的に、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔から、試験片を作製する。試験片の大きさは、たとえば、鋼箔の圧延方向に110mm、鋼箔の幅方向に100mm、鋼箔の厚さと同じ厚さとする。作製された試験片を汎用繰り返し曲げ試験機により、試験片が破断するまで繰り返し曲げ応力を付与する。曲げ応力を付与する方向は、鋼箔の圧延方向に垂直な方向とする。このとき、曲げ周期を1.25Hzとし、曲げ半径を2mmとし、曲げ角度を0~125°とする。破断するまでの繰り返し曲げ回数を疲労回数と定義する。上記定義による疲労回数が4.5×104回以上の場合、優れた疲労強度を有すると判断する。
【0086】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、上述の化学組成を有し、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きく、さらに、均一ひずみeが-2.89×10-4未満とするのが好ましい。その結果、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、さらに優れた疲労強度を有する。ここで、本実施形態において、優れた疲労強度とは、以下のとおりに定義される。
【0087】
上述の方法で、繰り返し曲げ試験を実施する。その結果得られる、上記定義による疲労回数が5.0×104回以上の場合、さらに優れた疲労強度を有すると判断する。
【0088】
[曲げ応力に対する耐久性]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔は、上述の化学組成を有し、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きく、さらに、Fn1(={111}γ/{110}α′)を1.0220以上とするのが好ましい。この場合、オーステナイト系ステンレス鋼箔は、優れた疲労強度を有し、さらに、曲げ応力に対する優れた耐久性も有する。ここで、本実施形態において、優れた耐久性とは、以下のとおりに定義される。
【0089】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、繰り返し曲げ試験を実施する。具体的に、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔から、試験片を作製する。試験片の大きさは、たとえば、鋼箔の圧延方向に110mm、鋼箔の幅方向に100mm、鋼箔の厚さと同じ厚さとする。作製された試験片に対して、汎用繰り返し曲げ試験機により、繰り返し曲げ応力を付与する。曲げ応力を付与する方向は、鋼箔の圧延方向に垂直な方向とする。このとき、曲げ周期を1.25Hzとし、曲げ半径を2.5mmとし、曲げ角度を0~125°とする。
【0090】
繰り返し曲げ応力を付与する回数は、20000回(2万回)とする。2万回の繰り返し曲げ応力が付与された試験片の曲げ癖角度を、次のとおり定義する。繰り返し曲げ応力付与試験前の試験片は、側面視で直線である。
図3は、
図2に示す曲げ癖角度の測定方法を説明するための模式図である。
図3に示すとおり、試験片10の側面視において、試験後の試験片10の折れ曲がった部分と、直線Lとがなす角度100を、曲げ癖角度と定義する。
【0091】
曲げ癖角度はたとえば、次の方法で測定する。試験後の試験片10を、水平な板の上に立てて静置する。静置後、曲げ癖角度を測定する。なお、曲げ癖角度が小さく試験片が自立しない場合、試験片が変形しない程度に、試験片10の両端各々を板部材で挟み、静置しやすくしてもよい。本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔では、上記のとおりに定義された曲げ癖角度が6.0°以下であれば、曲げ応力に対する優れた耐久性を有すると判断する。
【0092】
[製造方法]
上述の構成を有する本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の製造方法の一例を、以下に説明する。すなわち、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の製造方法は、以下に説明する製造方法に限定されない。
【0093】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の製造方法の一例は、中間鋼材準備工程と、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程と、テンションアニーリング工程とを含む。なお、第一冷間圧延工程と光輝焼鈍工程とは、複数回繰り返して実施されてもよい。
【0094】
[中間鋼材準備工程]
中間鋼材準備工程では、上述の化学組成を有する中間鋼材を準備する。中間鋼材とは、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔を製造するための中間品であり、厚さ数百μm~数mmの鋼板を意味する。中間鋼材は、たとえば、熱間圧延コイルに冷間圧延を実施した冷間圧延コイルである。中間鋼材は製造して準備してもよく、第三者から購入することによって準備してもよい。すなわち、中間鋼材を準備する工程は特に限定されない。
【0095】
中間鋼材を製造する場合、たとえば、次の方法で製造する。上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。溶鋼を用いて造塊法により鋼塊(インゴット)を製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、ビレットを製造してもよい。
【0096】
製造された鋳片又は鋼塊(スラブ、ブルーム、ビレット、又は、インゴット)に対して熱間加工を実施して、厚さ数百μm~数mmの鋼板を製造する。熱間加工の方法は特に限定されず、周知の方法を用いればよい。熱間加工はたとえば、熱間圧延である。熱間圧延によって中間鋼材を製造する場合、たとえば、次の方法で製造することができる。
【0097】
製造された鋳片又は鋼塊を加熱した後、粗圧延と、仕上げ圧延とを実施する。このとき、熱間圧延の条件は特に限定されず、周知の条件を適宜設定すればよい。熱間圧延された中間鋼材に対して、必要に応じて、冷間圧延と焼鈍処理とを繰り返し実施してもよい。熱間圧延された中間鋼材に対してさらに、必要に応じて、スキンパス圧延を実施してもよい。熱間圧延された中間鋼材に対してさらに、必要に応じて、焼鈍処理を実施してもよい。以上の工程により、本実施形態による中間鋼材が準備される。
【0098】
[第一冷間圧延工程]
第一冷間圧延工程では、上記中間鋼材準備工程で準備された中間鋼材に対して、冷間圧延を実施する。本実施例では、第一冷間圧延における冷間圧延は、周知の装置を用いて実施することができる。たとえば、複数の冷間圧延スタンドを備える連続圧延機を用いてもよい。
【0099】
本実施形態による第一冷間圧延工程では、好ましい冷間圧延率CR1が45%以上である。ここで、冷間圧延率CR1(%)とは、第一冷間圧延工程の開始前から、第一冷間圧延工程の終了後における、中間鋼材の厚さの減少率(%)を意味する。すなわち、第一冷間圧延工程における冷間圧延率CR1は、次の式(C)で定義される。
CR1(%)=100-(第一冷間圧延工程後の中間鋼材の厚さ)/(第一冷間圧延工程前の中間鋼材の厚さ)×100 (C)
【0100】
第一冷間圧延工程における冷間圧延率CR1が低すぎれば、中間鋼材のミクロ組織において、導入される転位が低下する。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが十分に高められない場合がある。冷間圧延率CR1が低すぎればさらに、中間鋼材の結晶格子において、付与される圧縮ひずみが小さくなる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみeを十分に低下できない場合がある。冷間圧延率CR1が低すぎればさらに、オーステナイト相に付与されるひずみが小さくなる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、Fn1を十分に高められない場合がある。
【0101】
したがって、本実施形態の第一冷間圧延工程では、冷間圧延率CR1は45%以上とするのが好ましい。第一冷間圧延工程の冷間圧延率CR1のさらに好ましい下限は47%であり、さらに好ましくは50%である。第一冷間圧延工程の冷間圧延率CR1の上限は特に限定されないが、たとえば、75%である。
【0102】
[光輝焼鈍工程]
光輝焼鈍工程では、上記第一冷間圧延工程で冷間圧延された中間鋼材に対して、光輝焼鈍処理を実施する。光輝焼鈍処理とは、極低酸素雰囲気下での焼鈍処理を意味する。極低酸素雰囲気下であるため、光輝焼鈍処理が実施された中間鋼材は、その表面がほとんど酸化されず、表面光沢を保つことができる。
【0103】
光輝焼鈍工程における好ましい焼鈍温度は900~1200℃である。焼鈍温度が低すぎれば、構成元素が不均一に分布し、かつ再結晶も生じず、不均質な組織となる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、{111}面の半値幅Fwが低下して、疲労強度が低下する場合がある。焼鈍温度が低すぎればさらに、構成元素が不均一に分布し、かつ再結晶も生じず、不均質な組織となる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみeを十分に低下できない場合がある。
【0104】
一方、焼鈍温度が高すぎれば、結晶粒が粗大化した結果、{111}面の半値幅Fwが低下して、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の疲労強度が低下する場合がある。したがって、本実施形態の光輝焼鈍工程では、焼鈍温度は900~1200℃とするのが好ましい。光輝焼鈍工程におけるさらに好ましい焼鈍温度の下限は920℃である。光輝焼鈍工程におけるさらに好ましい焼鈍温度の上限は1180℃である。
【0105】
光輝焼鈍工程における好ましい焼鈍時間は5~10秒である。焼鈍時間が短すぎれば、内在する応力が十分に緩和できず、不均質な組織となる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、{111}面の半値幅Fwが低下して、疲労強度が低下する場合がある。その結果さらに、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみeを十分に低下できない場合がある。
【0106】
一方、焼鈍時間が長すぎれば、結晶粒が粗大化した結果、{111}面の半値幅Fwが低下して、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の疲労強度が低下する場合がある。したがって、本実施形態の光輝焼鈍工程では、焼鈍時間は5~10秒とするのが好ましい。なお、本明細書において光輝焼鈍の「焼鈍温度」とは、焼鈍処理を実施するための熱処理炉の温度(℃)を意味する。なお、本明細書において光輝焼鈍の「焼鈍時間」とは、焼鈍処理を実施するための熱処理炉の中を中間鋼材が通過するのにかかる時間(秒)を意味する。
【0107】
光輝焼鈍工程では、H2ガスとN2ガスとの混合ガス雰囲気とするのが好ましい。この場合、雰囲気ガス中の好ましいN2分率は、体積率で35~65%である。雰囲気ガス中のN2分率が低すぎれば、製造コストが大幅に高まる。一方、雰囲気ガス中のN2分率が高すぎれば、鋼材の表層において、Cr窒化物析出が促進される場合がある。この場合、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔においても、Cr窒化物が残存する。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼箔の母相において、Cr濃度が低下することにより固溶Crによる転位を固着する効果が低下する。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の表層における転位密度が低下して、{111}面の半値幅Fwが低下し、疲労強度が低下する。したがって、本実施形態による光輝焼鈍工程では、雰囲気ガスは35~65体積%のN2ガスと、残部がH2ガスとの混合ガスにするのが好ましい。
【0108】
光輝焼鈍工程において、雰囲気ガスの露点は特に限定されない。しかしながら、さらに優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得ようとする場合、雰囲気ガスの露点を-73℃未満とするのが好ましい。雰囲気ガスの露点が高いと、光輝焼鈍中の中間鋼材において、Cr窒化物が析出しやすくなる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔においても、Cr窒化物が残存する場合がある。この場合、オーステナイト系ステンレス鋼箔の母相のCr濃度が低下することにより、格子面間隔d0が低下して、均一ひずみeが高くなる可能性がある。雰囲気ガスの露点が高すぎればさらに、中間鋼材の表層に厚い酸化皮膜が形成される場合がある。この場合、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、外観品質が低下する。この場合さらに、後述する第二冷間圧延工程において、表面疵が形成され、繰り返し曲げにおける破壊起点となる場合がある。
【0109】
一方、雰囲気ガスの露点を-73℃未満とすれば、Cr窒化物の析出を安定して抑制でき、オーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみeを低下させることができる。この場合さらに、厚い酸化皮膜の形成を抑制し、外観品質の低下と、表面疵の形成とを防止することができる。したがって、さらに優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得ようとする場合、雰囲気ガスの露点は-73℃未満とするのが好ましい。
【0110】
光輝焼鈍工程において、炉圧は特に限定されない。しかしながら、優れた耐久性も有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得ようとする場合、炉圧を100~800Paとするのが好ましい。本明細書において、「炉圧」とは、炉内圧力と大気圧の差を意味する。すなわち、「光輝焼鈍工程における炉圧が100~800Paである」とは、光輝焼鈍工程の炉内圧力が、大気圧よりも100~800Pa高いことを意味する。炉圧が低すぎれば、炉内に中間鋼材を導入する際、大気も炉内に導入されやすくなる。その結果、炉内雰囲気が変化して、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の疲労強度が低下する場合がある。
【0111】
一方、炉圧が高すぎれば、炉内雰囲気由来の窒素が中間鋼材の表層に過剰に導入され、表層に窒化物が形成される場合がある。この場合、中間鋼材の固溶窒素量がかえって減少して、オーステナイト相の面間隔が低下する。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、Fn1が十分に高められない可能性がある。したがって、優れた耐久性も有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得ようとする場合、本実施形態の光輝焼鈍工程では、炉圧は100~800Paとするのが好ましい。
【0112】
なお、上述のとおり、第一冷間圧延工程と光輝焼鈍工程とは、複数回繰り返して実施してもよい。たとえば、第一冷間圧延と光輝焼鈍とを2回繰り返して実施する場合、1回めの第一冷間圧延と、1回めの光輝焼鈍とを実施した後、2回めの第一冷間圧延と、2回めの光輝焼鈍とを実施する。この場合であっても、第一冷間圧延と光輝焼鈍とは、いずれも上述の条件で実施するのが好ましい。
【0113】
[第二冷間圧延工程]
第二冷間圧延工程では、上記光輝焼鈍工程で光輝焼鈍処理が実施された中間鋼材に対して、第二の冷間圧延を実施する。第二冷間圧延工程における冷間圧延も、第一冷間圧延工程における冷間圧延と同様に、周知の装置を用いて実施することができる。たとえば、複数の冷間圧延スタンドを備える連続圧延機を用いてもよい。
【0114】
本実施形態による第二冷間圧延工程では、好ましい冷間圧延率CR2が45%以上である。ここで、冷間圧延率CR2(%)とは、第二冷間圧延工程の開始前から、第二冷間圧延工程の終了後における、中間鋼材の厚さの減少率(%)を意味する。すなわち、第二冷間圧延工程における冷間圧延率CR2は、次の式(D)で定義される。
CR2(%)=100-(第二冷間圧延工程後の中間鋼材の厚さ)/(第二冷間圧延工程前の中間鋼材の厚さ)×100 (D)
【0115】
第二冷間圧延工程における冷間圧延率CR2が低すぎれば、中間鋼材のミクロ組織において、導入される転位が低下する。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが十分に高められない場合がある。冷間圧延率CR2が低すぎればさらに、中間鋼材の結晶格子において、付与される圧縮ひずみが小さくなる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみeを十分に低下できない場合がある。冷間圧延率CR2が低すぎればさらに、オーステナイト相に付与されるひずみが小さくなる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、Fn1を十分に高められない場合がある。
【0116】
したがって、本実施形態の第二冷間圧延工程では、冷間圧延率CR2は45%以上とするのが好ましい。第二冷間圧延工程の冷間圧延率CR2のさらに好ましい下限は47%であり、さらに好ましくは50%である。第二冷間圧延工程の冷間圧延率CR2の上限は特に限定されないが、たとえば、75%である。
【0117】
[テンションアニーリング工程]
テンションアニーリング工程では、上記第二冷間圧延工程で冷間圧延が実施された中間鋼材に対して、テンションアニーリングを実施する。テンションアニーリングとは、張力を付与しながら、焼鈍処理を実施することを意味する。テンションアニーリングが実施された中間鋼材は、張力により中間鋼材の平坦度を維持できる。
【0118】
テンションアニーリング工程における好ましい焼鈍温度は350~850℃である。焼鈍温度が低すぎれば、十分なひずみ時効が得られない場合がある。一方、焼鈍温度が高すぎれば、中間鋼材のミクロ組織において、導入された転位密度が低下しすぎる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが十分に高められない場合がある。
【0119】
したがって、本実施形態のテンションアニーリング工程では、焼鈍温度は350~850℃とするのが好ましい。テンションアニーリング工程におけるさらに好ましい焼鈍温度の下限は360℃である。テンションアニーリング工程におけるさらに好ましい焼鈍温度の上限は800℃である。
【0120】
テンションアニーリング工程において、焼鈍時間は特に限定されない。焼鈍時間は、たとえば、5~10秒である。なお、本明細書においてテンションアニーリングの「焼鈍温度」とは、焼鈍処理を実施するための熱処理炉の温度(℃)を意味する。なお、本明細書においてテンションアニーリングの「焼鈍時間」とは、焼鈍処理を実施するための熱処理炉の中を中間鋼材が通過するのにかかる時間(秒)を意味する。
【0121】
テンションアニーリング工程における好ましい張力は2.0~6.0N/mm2である。中間鋼材に付与する張力が低すぎれば、オーステナイト系ステンレス鋼箔の平坦度が低下する場合がある。一方、張力が高すぎれば、導入された転位密度が低下しすぎる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼箔において、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが十分に高められない場合がある。したがって、本実施形態のテンションアニーリング工程では、付与する張力は2.0~6.0N/mm2とするのが好ましい。テンションアニーリング工程におけるさらに好ましい張力の下限は3.0N/mm2である。テンションアニーリング工程におけるさらに好ましい張力の上限は5.0N/mm2である。
【0122】
このようにして、中間鋼材準備工程と、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程と、テンションアニーリング工程とが実施される。ここで、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwは、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程とから強く影響を受け、その値が変化する。すなわち、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程とのバランスにより、{111}面の半値幅Fwの値は変化する。
【0123】
そこで、本実施形態による製造方法では、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程との条件が、次の式(2)を満たすことにより、上述の化学組成と、0.366°より大きい{111}面の半値幅Fwとを有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を安定して製造することができる。
【数1】
ここで、式(2)中のEq1、Eq2、Eq3、Eq4、Eq5、及び、Eq6は、次の式(3)~(8)によって定義される。
【数2】
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【数7】
ここで、式(3)中のCR1には第一冷間圧延工程における冷間圧延率が%で代入される。式(4)中のCR2には第二冷間圧延工程における冷間圧延率が%で代入される。式(5)及び(6)中のLMは、以下の式(9)によって定義される。式(7)中のT
Tにはテンションアニーリング工程における焼鈍温度が℃で代入される。式(8)中のF
Tにはテンションアニーリング工程における張力がN/mm
2で代入される。
【数8】
ここで、式(9)中のTには光輝焼鈍工程における焼鈍温度が℃で代入され、tには光輝焼鈍工程における焼鈍時間が時間で代入される。
【0124】
式(2)の左辺を「FnA」と定義する。FnAは本実施形態による製造方法において、CuKα線によるX線回折プロファイルでの{111}面の半値幅Fwを高められる条件の指標である。本実施形態による製造方法においては、上述の条件を満たし、さらにFnAが0.80以下であれば、上述の化学組成と、CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて0.366°より大きい{111}面の半値幅Fwとを有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を安定して製造することができる。したがって、本実施形態による製造方法においては、FnAを0.80以下とすることが好ましい。
【0125】
さらに、均一ひずみeは、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程とから強く影響を受け、その値が変化する。すなわち、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程とのバランスにより、均一ひずみeの値は変化する。したがって、さらに優れた疲労強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得ようとする場合、上述の条件に加えて、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程との条件が、次の式(10)を満たすのが好ましい。この場合、上述の化学組成と、CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて0.366°より大きい{111}面の半値幅Fwとを有し、さらに、-2.89×10
-4未満の均一ひずみeとを有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を安定して製造することができる。
【数9】
ここで、式(10)中のEq1、Eq2、及び、Eq3は、上記式(3)~(5)によって定義される。式(10)中のEq7は、次の式(11)によって定義される。
【数10】
【0126】
式(10)の中辺を「FnB」と定義する。FnBは、本実施形態による製造方法において、均一ひずみを安定して低下させる条件の指標である。本実施形態による製造方法においては、上述の条件を満たし、さらにFnBが0.15~1.00の範囲内であれば、上述の化学組成と、CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて0.366°より大きい{111}面の半値幅Fwとを有し、さらに、-2.89×10-4未満の均一ひずみeを有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を安定して製造することができる。したがって、本実施形態による製造方法においては、FnBを0.15~1.00とすることが好ましい。
【0127】
さらに、Fn1は、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程とから強く影響を受け、その値が変化する。すなわち、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程とのバランスにより、Fn1の値は変化する。したがって、優れた耐久性を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を得ようとする場合、上述の条件に加えて、第一冷間圧延工程と、光輝焼鈍工程と、第二冷間圧延工程との条件が、次の式(12)を満たすのが好ましい。この場合、上述の化学組成と、CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて0.366°より大きい{111}面の半値幅Fwとを有し、さらに、1.0220以上のFn1を有するオーステナイト系ステンレス鋼箔を安定して製造することができる。
【数11】
ここで、式(12)中のEq1、Eq2、Eq3、Eq4、及び、Eq5は、上記式(3)~(7)によって定義される。式(12)中のEq8は、次の式(13)によって定義される。
【数12】
ここで、式(13)中のPには光輝焼鈍工程における炉圧がPaで代入される。
【0128】
式(13)の左辺を「FnC」と定義する。FnCは本実施形態の製造方法において、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比(Fn1={111}γ/{110}α′)を高められる条件の指標である。本実施形態においては、上述の条件を満たし、さらに、FnCが1.70以下であれば、上述の化学組成と、CuKα線によるX線回折プロファイルにおいて0.366°より大きい{111}面の半値幅Fwとを有し、さらに、Fn1が1.0220以上のオーステナイト系ステンレス鋼箔を安定して製造することができる。したがって、本実施形態による製造方法では、FnCを1.70以下とするのが好ましい。
【0129】
以上の工程により、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔を製造することができる。なお、上述する製造方法は、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔を製造するための方法の一例である。すなわち、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の製造方法は、上述する製造方法に限定されず、他の製造方法であってもよい。
【0130】
以下、実施例によって本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔をさらに具体的に説明する。なお、以下に説明する実施例は、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼箔の効果を確認するための一例であり、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0131】
表1に示す化学組成を有する溶鋼から、連続鋳造によりスラブを製造した。なお、表1中の「-」は、表1に記載されている数値の端数を四捨五入したときに、0%であったことを意味する。
【0132】
【0133】
鋼A~Lのスラブに対して熱間圧延、及び、焼鈍を実施して、厚さ4mmの熱間圧延コイルを製造した。製造された鋼A~Lの熱間圧延コイルに対して冷間圧延、及び、焼鈍を繰り返し実施して、厚さ300μmの箔帯形状の中間鋼材(冷間圧延コイル)を製造した。
【0134】
試験番号1-1~1-21について、鋼A~Lの中間鋼材を用いて、表2に記載の条件で、第一冷間圧延を実施した。具体的に、試験番号1-1~1-21の中間鋼材に対して、表2に記載の回数、第一冷間圧延と光輝焼鈍とを繰り返した。より具体的に、表2に「1回」と記載される場合、第一冷間圧延と光輝焼鈍とを1回ずつ実施したことを意味する。表2に「2回」と記載される場合、第一冷間圧延と光輝焼鈍との組合せを2回繰り返したことを意味する。
【0135】
【0136】
試験番号1-1~1-21の中間鋼材に対して実施した、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1(%)を表2に示す。なお、第一冷間圧延を2回実施した試験番号1-11、1-12、及び、1-14の中間鋼材について、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1は、2回とも同じ冷間圧延率であった。第一冷間圧延が実施された試験番号1-1~1-21の中間鋼材に対して、光輝焼鈍を実施した。試験番号1-1~1-21の中間鋼材に実施した光輝焼鈍の焼鈍温度(℃)、及び、焼鈍時間(秒)を表2に示す。さらに、光輝焼鈍の雰囲気ガスにおけるN2分率(%)を表2に示す。
【0137】
光輝焼鈍が実施された試験番号1-1~1-21の中間鋼材に対して、第二冷間圧延を実施した。試験番号1-1~1-21の中間鋼材に実施した第二冷間圧延の冷間圧延率CR2(%)を表2に示す。第二冷間圧延が実施された中間鋼材に対して、テンションアニーリングを実施した。試験番号1-1~1-21の中間鋼材に実施した、テンションアニーリングの焼鈍温度(℃)を表2に示す。さらに、試験番号1-1~1-21の中間鋼材に実施した、テンションアニーリングの張力(N/mm2)を表2に示す。
【0138】
さらに試験番号1-1~1-21について、第一冷間圧延、光輝焼鈍、第二冷間圧延、及び、テンションアニーリングの条件と、上述の式(2)~(9)とを用いて、Eq1、Eq2、Eq3、Eq4、Eq5、Eq6、LM、及び、FnAを求めた。求めたFnAを表2に示す。求めたEq1、Eq2、Eq3、Eq4、Eq5、Eq6、LM、及び、FnAを表3に示す。
【0139】
【0140】
[評価試験]
試験番号1-1~1-21のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、半値幅Fw測定試験、及び、繰り返し曲げ試験を実施した。
【0141】
[半値幅Fw測定試験]
試験番号1-1~1-21のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、上述の条件で{111}面の半値幅Fwを求めた。具体的に、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔から試験片を作製して、XRDにより回折プロファイルを得た。XRDでは、線源をCuKα線、管電圧を45kV、管電流を200mAとした。また、回折角(2θ)を40~50度の範囲として、0.01度ピッチ、1°/minとして、集中法により測定した。得られた回折プロファイルから{111}面のピークを特定し、半値幅Fwを求めた。求めた{111}面の半値幅Fw(°)を表2に示す。
【0142】
[繰り返し曲げ試験]
試験番号1-1~1-21のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、上述の条件で繰り返し曲げ試験を実施した。具体的に、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔から試験片を作製して、繰り返し曲げ試験を実施した。試験片の大きさは、鋼箔の圧延方向に110mm、幅方向に100mm、厚さを鋼箔の厚さを同じとした。試験片に対して、圧延方向と垂直な方向に、曲げ応力を繰り返し付与した。曲げ周期を1.25Hzとし、曲げ半径を2mmとし、曲げ角度を0~125°とした。試験片が破断するまでの曲げ応力の付与した回数を「疲労回数」とした。得られた疲労回数(回)を表2に示す。
【0143】
[評価結果]
表1及び表2を参照して、試験番号1-1~1-13のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、本実施形態の化学組成の範囲を全て満たし、さらに、製造方法において、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1、光輝焼鈍の焼鈍温度と焼鈍時間とN2分率と、第二冷間圧延の冷間圧延率CR2、テンションアニーリングの焼鈍温度と張力と、及び、FnAが、いずれも明細書に記載の好ましい範囲を満たした。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きかった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回を超え、優れた疲労強度を有していた。
【0144】
一方、試験番号1-14のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1が低すぎ、さらに、FnAが0.80を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0145】
試験番号1-15のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の焼鈍温度が高すぎ、さらに、FnAが0.80を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0146】
試験番号1-16のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の焼鈍時間が短すぎ、さらに、FnAが0.80を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0147】
試験番号1-17のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、第二冷間圧延の冷間圧延率CR2が低すぎ、さらに、FnAが0.80を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0148】
試験番号1-18のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、テンションアニーリングの張力が高すぎ、さらに、FnAが0.80を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0149】
試験番号1-19のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、テンションアニーリングの焼鈍温度が高すぎ、テンションアニーリングの張力が高すぎ、さらに、FnAが0.80を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0150】
試験番号1-20のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、テンションアニーリングの張力が高すぎた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0151】
試験番号1-21のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、FnAが0.80を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【実施例2】
【0152】
実施例1と同様に、表1に記載の鋼A~Lのスラブに対して熱間圧延、及び、焼鈍を実施して、厚さ4mmの熱間圧延コイルを製造した。実施例1と同様に、製造された鋼A~Lの熱間圧延コイルに対して冷間圧延、及び、焼鈍を繰り返し実施して、厚さ300μmの箔帯形状の中間鋼材(冷間圧延コイル)を製造した。
【0153】
試験番号2-1~2-18について、鋼A~Lの中間鋼材を用いて、表4に記載の条件で、第一冷間圧延を実施した。具体的に、試験番号2-1~2-18の中間鋼材に対して、表4に記載の回数、第一冷間圧延と光輝焼鈍とを繰り返した。より具体的に、表4に「1回」と記載される場合、第一冷間圧延と光輝焼鈍とを1回ずつ実施したことを意味する。表4に「2回」と記載される場合、第一冷間圧延と光輝焼鈍との組合せを2回繰り返したことを意味する。
【0154】
【0155】
試験番号2-1~2-18の中間鋼材に対して実施した、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1(%)を表4に示す。なお、第一冷間圧延を2回実施した試験番号2-11、2-12、及び、2-14の中間鋼材について、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1は、2回とも同じ冷間圧延率であった。第一冷間圧延が実施された試験番号2-1~2-18の中間鋼材に対して、光輝焼鈍を実施した。試験番号2-1~2-18の中間鋼材に実施した光輝焼鈍の焼鈍温度(℃)、焼鈍時間(秒)を表4に示す。
【0156】
さらに、光輝焼鈍の雰囲気ガスにおいて、露点が-73℃未満の場合は適切(表4中の「A」(Acceptable))と判断した。一方、光輝焼鈍の雰囲気ガスにおいて、露点が-73℃以上の場合は不適切(表4中の「NA」(Not Acceptable))と判断した。なお、試験番号2-18の露点は、-50℃であった。また、試験番号2-1~2-18の露点は、光輝焼鈍を実施するための熱処理炉のうち、加熱帯にて測定した。また、光輝焼鈍の雰囲気ガスにおけるN2分率(%)を表4に示す。
【0157】
光輝焼鈍が実施された試験番号2-1~2-18の中間鋼材に対して、第二冷間圧延を実施した。試験番号2-1~2-18の中間鋼材に実施した第二冷間圧延の冷間圧延率CR2(%)を表4に示す。第二冷間圧延が実施された中間鋼材に対して、テンションアニーリングを実施した。試験番号2-1~2-18の中間鋼材に実施した、テンションアニーリングの焼鈍温度(℃)を表4に示す。さらに、試験番号2-1~2-18の中間鋼材に実施した、テンションアニーリングの張力(N/mm2)を表4に示す。
【0158】
さらに第一冷間圧延、光輝焼鈍、第二冷間圧延、及び、テンションアニーリングの条件と、上述の式(2)~(11)とを用いて、Eq1、Eq2、Eq3、Eq4、Eq5、Eq6、LM、Eq7、FnA、及び、FnBを求めた。求めたFnA及びFnBを表4に示す。求めたEq1、Eq2、Eq3、Eq4、Eq5、Eq6、LM、Eq7、FnA、及び、FnBを表5に示す。
【0159】
【0160】
[評価試験]
試験番号2-1~2-18のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、半値幅Fw測定試験、均一ひずみ測定試験、及び、繰り返し曲げ試験を実施した。
【0161】
[半値幅Fw測定試験]
半値幅Fw測定試験は、実施例1と同様に、上述の条件で実施した。試験番号2-1~2-18について、求めた{111}面の半値幅Fw(°)を表4に示す。
【0162】
[均一ひずみ測定試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、上述の条件で均一ひずみeを求めた。具体的に、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔から試験片を作製して、XRDにより回折プロファイルを得た。XRDでは、線源をCuKα線、管電圧を45kV、管電流を200mAとした。また、回折角(2θ)を40~50度の範囲として、0.01度ピッチ、1°/minとして、集中法により測定した。得られた回折プロファイルから(111)面のピークを特定し、上述の式(A)に示されるブラッグの式により、格子面間隔d(Å)を求めた。得られた(111)面の格子面間隔d(Å)と、上述の式(B)とを用いて、均一ひずみeを求めた。なお、本実施例では、d0として、測定値2.0782Åを用いた。求めた各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔の均一ひずみe(×10-4)を表4に示す。
【0163】
[繰り返し曲げ試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、上述の条件で繰り返し曲げ試験を実施した。具体的に、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔から試験片を作製して、繰り返し曲げ試験を実施した。試験片の大きさは、鋼箔の圧延方向に110mm、幅方向に100mm、厚さを鋼箔の厚さを同じとした。試験片に対して、圧延方向と垂直な方向に、曲げ応力を繰り返し付与した。曲げ周期を1.25Hzとし、曲げ半径を2mmとし、曲げ角度を0~125°とした。試験片が破断するまでの曲げ応力の付与した回数を「疲労回数」とした。得られた疲労回数(回)を表4に示す。
【0164】
[評価結果]
表1及び表4を参照して、試験番号2-1~2-13及び2-18のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、本実施形態の化学組成の範囲を全て満たし、さらに、製造方法において、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1、光輝焼鈍の焼鈍温度と焼鈍時間とN2分率と、第二冷間圧延の冷間圧延率CR2、テンションアニーリングの焼鈍温度と張力と、及び、FnAが、いずれも明細書に記載の好ましい範囲を満たした。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きかった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回を超え、優れた疲労強度を有していた。
【0165】
試験番号2-1~2-13のオーステナイト系ステンレス鋼箔ではさらに、製造方法において、光輝焼鈍の雰囲気ガスにおける露点が-73℃未満であった。その結果、均一ひずみeが-2.89×10-4未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が5.0×104回を超え、さらに優れた疲労強度を有していた。
【0166】
一方、試験番号2-14のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1が低すぎ、テンションアニーリングの張力が高すぎ、さらに、FnBが0.15未満であった。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、均一ひずみeが-2.89×10-4以上であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0167】
試験番号2-15のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の焼鈍温度が低すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnBが0.15未満であった。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、均一ひずみeが-2.89×10-4以上であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0168】
試験番号2-16のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、第二冷間圧延の冷間圧延率CR2が低すぎ、テンションアニーリングの張力が高すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnBが0.15未満であった。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、均一ひずみeが-2.89×10-4以上であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【0169】
試験番号2-17のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、テンションアニーリングの張力が低すぎ、さらに、FnBが0.15未満であった。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、均一ひずみeが-2.89×10-4以上であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。
【実施例3】
【0170】
実施例1と同様に、表1に記載の鋼A~Lのスラブに対して熱間圧延、及び、焼鈍を実施して、厚さ4mmの熱間圧延コイルを製造した。実施例1と同様に、製造された鋼A~Lの熱間圧延コイルに対して冷間圧延、及び、焼鈍を繰り返し実施して、厚さ300μmの箔帯形状の中間鋼材(冷間圧延コイル)を製造した。
【0171】
試験番号3-1~3-22について、鋼A~Lの中間鋼材を用いて、表6に記載の条件で、第一冷間圧延を実施した。具体的に、試験番号3-1~3-22の中間鋼材に対して、表6に記載の回数、第一冷間圧延と光輝焼鈍とを繰り返した。より具体的に、表6に「1回」と記載される場合、第一冷間圧延と光輝焼鈍とを1回ずつ実施したことを意味する。表6に「2回」と記載される場合、第一冷間圧延と光輝焼鈍との組合せを2回繰り返したことを意味する。
【0172】
【0173】
試験番号3-1~3-22の中間鋼材に対して実施した、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1(%)を表6に示す。なお、第一冷間圧延を2回実施した試験番号3-11、3-12、及び、3-14の中間鋼材について、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1は、2回とも同じ冷間圧延率であった。第一冷間圧延が実施された試験番号3-1~3-22の中間鋼材に対して、光輝焼鈍を実施した。試験番号3-1~3-22の中間鋼材に実施した光輝焼鈍の焼鈍温度(℃)及び焼鈍時間(秒)を表6に示す。さらに、光輝焼鈍の雰囲気ガスにおけるN2分率(%)及び炉圧(Pa)を表6に示す。
【0174】
光輝焼鈍が実施された試験番号3-1~3-22の中間鋼材に対して、第二冷間圧延を実施した。試験番号3-1~3-22の中間鋼材に実施した第二冷間圧延の冷間圧延率CR2(%)を表6に示す。第二冷間圧延が実施された中間鋼材に対して、テンションアニーリングを実施した。試験番号3-1~3-22の中間鋼材に実施した、テンションアニーリングの焼鈍温度(℃)を表6に示す。さらに、試験番号3-1~3-22の中間鋼材に実施した、テンションアニーリングの張力(N/mm2)を表6に示す。
【0175】
さらに第一冷間圧延、光輝焼鈍、第二冷間圧延、及び、テンションアニーリングの条件と、上述の式(2)~(9)、(12)及び(13)とを用いて、Eq1、Eq2、Eq3、Eq4、Eq5、Eq6、LM、Eq8、FnA、及び、FnCを求めた。求めたFnA及びFnCを表6に示す。求めたEq1、Eq2、Eq3、Eq4、Eq5、Eq6、LM、Eq8、FnA、及び、FnCを表7に示す。
【0176】
【0177】
[評価試験]
試験番号3-1~3-22のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、半値幅Fw測定試験、Fn1測定試験、繰り返し曲げ試験、及び、曲げ癖角度測定試験を実施した。
【0178】
[半値幅Fw測定試験]
半値幅Fw測定試験は、実施例1と同様に、上述の条件で実施した。試験番号3-1~3-22について、求めた{111}面の半値幅Fw(°)を表6に示す。
【0179】
[Fn1測定試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、上述の条件で、CuKα線によるX線回折プロファイルにおけるオーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比Fn1を求めた。具体的に、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔から試験片を作製して、XRDにより回折プロファイルを得た。XRDでは、線源をCuKα線、管電圧を40kV、管電流を40mAとした。また、回折角(2θ)を40~50度の範囲として、0.01度ピッチ、1°/minとして、集中法により測定した。得られた回折プロファイルからオーステナイト相の{111}面と、マルテンサイト相の{110}面とのピークを特定し、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γと、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′とを求めた。求めた{111}γと、{110}α′とから、Fn1を求めた。求めたFn1を表6に示す。
【0180】
[繰り返し曲げ試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、上述の条件で繰り返し曲げ試験を実施した。具体的に、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔から試験片を作製して、繰り返し曲げ試験を実施した。試験片の大きさは、鋼箔の圧延方向に110mm、幅方向に100mm、厚さを鋼箔の厚さを同じとした。試験片に対して、圧延方向と垂直な方向に、曲げ応力を繰り返し付与した。曲げ周期を1.25Hzとし、曲げ半径を2mmとし、曲げ角度を0~125°とした。試験片が破断するまでの曲げ応力の付与した回数を「疲労回数」とした。得られた疲労回数(回)を表6に示す。
【0181】
[曲げ癖角度測定試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔に対して、上述の条件で曲げ癖角度測定試験を実施した。具体的に、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼箔から試験片を作製して、曲げ癖角度測定試験を実施した。試験片の大きさは、鋼箔の圧延方向に110mm、幅方向に100mm、厚さを鋼箔の厚さを同じとした。試験片に対して、圧延方向と垂直な方向に、曲げ応力を20000回(2万回)繰り返し付与した。曲げ周期を1.25Hzとし、曲げ半径を2.5mmとし、曲げ角度を0~125°とした。
図3に示されるとおりに、各試験番号の試験片を平坦な机に静止して、机の天板の上方向から写真を撮影した。得られた写真画像から、
図3中に符号100で示される曲げ癖角度を求めた。得られた曲げ癖角度(°)を表6に示す。
【0182】
[評価結果]
表1及び表6を参照して、試験番号3-1~3-13、3-21、及び、3-22のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、本実施形態の化学組成の範囲を全て満たし、さらに、製造方法において、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1、光輝焼鈍の焼鈍温度と焼鈍時間とN2分率と、第二冷間圧延の冷間圧延率CR2、テンションアニーリングの焼鈍温度と張力と、及び、FnAが、いずれも明細書に記載の好ましい範囲を満たした。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°より大きかった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回を超え、優れた疲労強度を有していた。
【0183】
試験番号3-1~3-13のオーステナイト系ステンレス鋼箔ではさらに、製造方法において、光輝焼鈍の炉圧が100~800Paであった。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける、オーステナイト相の{111}面の面間隔{111}γの、マルテンサイト相の{110}面の面間隔{110}α′に対する比Fn1が1.0220以上であった。その結果、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°以下となり、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していた。
【0184】
一方、試験番号3-14のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、第一冷間圧延の冷間圧延率CR1が低すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnCが1.70を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、Fn1が1.0220未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。その結果さらに、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°を超え、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していなかった。
【0185】
試験番号3-15のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の焼鈍温度が高すぎ、光輝焼鈍の炉圧が低すぎ、テンションアニーリングの張力が高すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnCが1.70を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、Fn1が1.0220未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。その結果さらに、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°を超え、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していなかった。
【0186】
試験番号3-16のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の焼鈍時間が短すぎ、光輝焼鈍の炉圧が低すぎ、テンションアニーリングの張力が高すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnCが1.70を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、Fn1が1.0220未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。その結果さらに、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°を超え、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していなかった。
【0187】
試験番号3-17のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の炉圧が高すぎ、第二冷間圧延の冷間圧延率CR2が低すぎ、さらに、FnCが1.70を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、Fn1が1.0220未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。その結果さらに、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°を超え、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していなかった。
【0188】
試験番号3-18のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の炉圧が低すぎ、テンションアニーリングの張力が高すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnCが1.70を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、Fn1が1.0220未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。その結果さらに、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°を超え、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していなかった。
【0189】
試験番号3-19のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、テンションアニーリングの焼鈍温度が高すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnCが1.70を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、Fn1が1.0220未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。その結果さらに、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°を超え、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していなかった。
【0190】
試験番号3-20のオーステナイト系ステンレス鋼箔では、製造工程において、光輝焼鈍の炉圧が高すぎ、FnAが0.80を超え、さらに、FnCが1.70を超えた。その結果、CuKα線によるX線回折プロファイルにおける{111}面のピークの半値幅Fwが0.366°以下であった。その結果さらに、Fn1が1.0220未満であった。その結果、繰り返し曲げ試験において疲労回数が4.5×104回未満であり、優れた疲労強度を有していなかった。その結果さらに、曲げ癖角度測定試験において曲げ癖角度が6.0°を超え、曲げ応力に対して優れた耐久性を有していなかった。
【0191】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。