(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-09
(45)【発行日】2024-07-18
(54)【発明の名称】電気泳動装置および電気泳動方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/447 20060101AFI20240710BHJP
【FI】
G01N27/447 315C
G01N27/447 325B
(21)【出願番号】P 2023531150
(86)(22)【出願日】2021-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2021024357
(87)【国際公開番号】W WO2023275933
(87)【国際公開日】2023-01-05
【審査請求日】2023-11-13
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 未真
(72)【発明者】
【氏名】横井 崇秀
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-001773(JP,A)
【文献】特表2018-523094(JP,A)
【文献】米国特許第5449446(US,A)
【文献】特開2006-177732(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/447
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気泳動装置において、
生体物質を泳動分離するための分離媒体と、
緩衝液を収容する緩衝液槽と、
目的生体物質を回収するための回収チャンバと、
前記緩衝液槽と前記回収チャンバとを隔てる分離壁であって、前記分離壁は、緩衝液の水位に応じて前記緩衝液槽と前記回収チャンバとの間の緩衝液の流通を制御する、分離壁と、
前記分離媒体内を泳動する目的生体物質の位置を検出する位置検出部と、
前記目的生体物質の位置に応じて、前記緩衝液槽内の緩衝液の水位を制御する水位制御部と、
を備えることを特徴とする電気泳動装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電気泳動装置であって、
前記電気泳動装置は、前記緩衝液の液面位置を検出する液面検出部を備え、
前記水位制御部は、前記目的生体物質の位置および前記液面位置に応じて水位の変更量を決定することを特徴とする電気泳動装置。
【請求項3】
請求項1に記載の電気泳動装置であって、
前記水位制御部の制御に応じて注排水を行う注排水部を備えることを特徴とする電気泳動装置。
【請求項4】
請求項3に記載の電気泳動装置であって、
前記注排水部は調整弁を備え、前記調整弁は前記分離壁の上端よりも低い位置にあることを特徴とする電気泳動装置。
【請求項5】
請求項3に記載の電気泳動装置であって、
前記注排水部は分注機を備えることを特徴とする電気泳動装置。
【請求項6】
請求項1に記載の電気泳動装置であって、
前記水位制御部は、緩衝液槽内に配置される空間占有部材を上下することによって水位を制御することを特徴とする電気泳動装置。
【請求項7】
請求項1に記載の電気泳動装置であって、前記分離壁の上端は、前記分離媒体のうち前記回収チャンバに面する部分の上端と同じ高さか、またはこれより高い位置に設けられる、ことを特徴とする電気泳動装置。
【請求項8】
電気泳動装置を用いた電気泳動方法であって、
前記電気泳動装置は、
生体物質を泳動分離するための分離媒体と、
緩衝液を収容する緩衝液槽と、
目的生体物質を回収するための回収チャンバと、
前記緩衝液槽と前記回収チャンバとを隔てる分離壁であって、前記分離壁は、緩衝液の水位に応じて前記緩衝液槽と前記回収チャンバとの間の緩衝液の流通を制御する、分離壁と、
前記分離媒体内を泳動する目的生体物質の位置を検出する位置検出部と、
水位制御部と、
を備え、
前記電気泳動方法は、前記水位制御部が、前記目的生体物質の位置に応じて、前記緩衝液槽内の緩衝液の水位を制御することを備える、電気泳動方法。
【請求項9】
請求項8に記載の電気泳動方法であって、
前記緩衝液槽内の緩衝液を排出することと、
前記回収チャンバ内の緩衝液を除去することと、
前記回収チャンバ内の緩衝液を除去した後に、溶媒を前記回収チャンバに注入することと、
を備えることを特徴とする電気泳動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動装置と、これを用いた電気泳動方法とに関する。一例として、電気泳動を用いて幾つかの生体物質から目的物質のみを高純度かつ高濃度の回収液として簡便に回収するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲル電気泳動方法は、電荷を持った物質に電場を印加すると、物質が逆極性の電極方向へ移動する現象を利用して、核酸やたんぱく質などの生体物質を分析する手法である。一般に、生体物質の支持体として、アガロースゲルやアクリルアミドゲルなどの電気泳動ゲルが用いられる。生体物質の分子量によって電気泳動ゲル中の移動速度が異なるため、分子量毎に異なるバンドとして生体物質が分離される。ゲル電気泳動方法は、生体物質の分離に関し高い分解能を持つため、目的とする分子量の生体物質を他の分子量の生体物質から分離し、回収するためにも採用される。
【0003】
目的とする分子量の生体物質の回収方法として、電気泳動により分離した目的のバンドに対し、周囲の電気泳動ゲルごと切除し、切除された電気泳動ゲルから生体物質を回収する方法が一般に採用される。しかし、切除された電気泳動ゲルから生体物質を回収する際に、生体物質の濃度が変化したり、切除のための工程が余計に必要になったりするという課題があった。
【0004】
電気泳動ゲルを切除する必要がなく、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献1及び2には、予め電気泳動ゲルに生体物質の回収チャンバを設けることが開示されている。生体物質の回収チャンバを設ける方法は、目的生体物質よりも早く泳動する不要物が回収チャンバを通り抜けて泳動を続けることからコンタミの可能性がなくなるという利点があるが、同様の理由から目的生体物質も回収チャンバを通り抜けやすく、目的生体物質の高回収率化がみこめないという問題があった。
【0005】
同様に、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献3には、電気泳動の流路が二股に分かれていて、電極のスイッチングによって目的生体物質のみを回収用チャンバに移動させ、回収膜を使って高分子を補足する方法が開示されている。
【0006】
同様に、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献4には、回収膜が設置された回収チャンバを使って高分子を補足する方法が開示されている。
【0007】
同様に、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献5には回収膜が設置された回収チャンバを電気泳動ゲルの目的バンド付近に差し込んで高分子を補足する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2004-290109号公報
【文献】特表2010-502962号公報
【文献】米国特許第9719961号明細書
【文献】米国特許第6264814号明細書
【文献】特開平8-327595号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の構成では目的生体物質の回収率を向上させること、および安定して電気泳動を実施することが困難であるという課題があった。
【0010】
たとえば特許文献1及び2の構成は、ゲルの途中に孔が空いた構成のため、回収チャンバに到達した生体物質は回収チャンバ以降にも電気泳動を続けるため、高効率に目的生体物質を回収することは困難である。
【0011】
なお、特許文献3の構成では、電気的および物理的に分離された2個の回収用チャンバが必要で、その分必要な面積および体積が大きくなるという課題がある。
【0012】
なお、特許文献4及び5の構成では、電気泳動の途中で回収チャンバを差し込む作業が必要という課題がある。
【0013】
また、特許文献4の実施例には回収チャンバを電気泳動流路に差し込んだまま使用する方法が開示されているが、その際に容器壁面に発生する電気二重層による電気浸透流の影響は対策がされておらず、泳動中に回収チャンバ内の緩衝液が枯渇する可能性がある。
【0014】
そこで、本発明は、上記の欠陥の1つまたは複数を軽減しまたは未然に防ぐことで簡素な構成で目的生体物質を安定して分離回収することができる、電気泳動装置および電気泳動方法を提供することを目的とする。
【0015】
また、そのような電気泳動装置および電気泳動方法において、電気浸透流による緩衝液の減少を補い安定して導通状態を維持できるものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る電気泳動装置の一例は、
生体物質を泳動分離するための分離媒体と、
緩衝液を収容する緩衝液槽と、
目的生体物質を回収するための回収チャンバと、
前記緩衝液槽と前記回収チャンバとを隔てる分離壁であって、前記分離壁は、緩衝液の水位に応じて前記緩衝液槽と前記回収チャンバとの間の緩衝液の流通を制御する、分離壁と、
前記分離媒体内を泳動する目的生体物質の位置を検出する位置検出部と、
前記目的生体物質の位置に応じて、前記緩衝液槽内の緩衝液の水位を制御する水位制御部と、
を備える。
【0017】
本発明に係る電気泳動方法の一例は、
電気泳動装置を用いた電気泳動方法であって、
前記電気泳動装置は、
生体物質を泳動分離するための分離媒体と、
緩衝液を収容する緩衝液槽と、
目的生体物質を回収するための回収チャンバと、
前記緩衝液槽と前記回収チャンバとを隔てる分離壁であって、前記分離壁は、緩衝液の水位に応じて前記緩衝液槽と前記回収チャンバとの間の緩衝液の流通を制御する、分離壁と、
前記分離媒体内を泳動する目的生体物質の位置を検出する位置検出部と、
水位制御部と、
を備え、
前記電気泳動方法は、前記水位制御部が、前記目的生体物質の位置に応じて、前記緩衝液槽内の緩衝液の水位を制御することを備える。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る電気泳動装置および電気泳動方法によれば、簡素な構成で目的生体物質を安定して分離回収することができる。
【0019】
また、簡素な構成で電気浸透流による電気泳動分離中の緩衝液の減少を補い、安定して導通状態を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る電気泳動装置の垂直断面図。
【
図4】分離壁の位置関係の別の例を説明する模式図。
【
図5】
図1の電気泳動装置を用いた回収方法を説明するワークフロー図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本実施の形態を説明するための全図において、同一機能を有するものには同一の符号を付すようにし、その繰り返しの説明は省略する場合がある。また、本発明は、以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本発明は添付の特許請求の範囲によって定義されるが、その思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で、その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0022】
図面等において示す各構成の位置、大きさ、形状、範囲などは、発明の理解を容易にするため、実際の位置、大きさ、形状、範囲などを表していない場合がある。このため、本発明は、必ずしも、図面等に開示された位置、大きさ、形状、範囲などに限定されない。
本明細書において単数形で表される構成要素は、特段文脈で明らかに示されない限り、複数形を含むものとする。
【0023】
[第1の実施形態]
第1の実施形態に係る電気泳動装置および電気泳動方法について、
図1~
図5を用いて説明する。
図1は、第1の実施形態に係る電気泳動装置の構成である。
図1の例では分離媒体はゲル2であり、ゲル2を覆う支持体1が設けられる。支持体1は電気抵抗性(たとえば絶縁性。以下同じ)である。
【0024】
電気泳動装置は、電圧を印加するための正極6および負極7を備える。正極6および負極7には電源12が接続され、正極6および負極7の間に電圧を印加できるように構成される。図示しないが、電源12の動作を制御する電圧制御装置が電源12に接続されてもよい。
【0025】
なお、以下において、回収の対象となる生体物質(目的生体物質)が核酸である場合を例に説明する。核酸は、マイナスに帯電しているため、電気泳動の向きは電場の向きとは逆になり、負極7側から正極6側に向かって電気泳動する。なお、プラスに帯電している生体物質を回収する場合は、電気泳動装置において正極6及び負極7の配置を逆にする。
【0026】
ゲル2は、生体物質を泳動分離するための分離媒体の例であり、たとえば目的生体物質と不要物とを分離するために用いられる。ゲル2として、例えばアガロースゲル又はポリアクリルアミドゲルなど公知のものを用いることができる。ゲル2の厚みに特に限定はないが、電気泳動により得られる生体物質のバンドがシャープで視認しやすいという観点から、2~18mmであることが好ましい。なおゲル2の厚みは一定でなくてもよい。
【0027】
ゲル2に関連して、注入チャンバ3が設けられる。注入チャンバ3は、目的生体物質を含む試料を注入するための構造であり、様々な分子量を有する生体物質の混合物を注入することができる。注入チャンバ3は、本実施形態では、ゲル2の一端またはその近傍において、上面に向かって開口する凹部として形成される。注入チャンバ3を設けることにより、注入操作が容易に行える。
【0028】
生体物質は、緩衝液5より比重の大きい液体と混合した注入液として、注入チャンバ3に注入される。生体物質が混合される溶媒として、例えば、グリセロール水溶液や砂糖水等が挙げられる。溶媒がグリセロール水溶液である場合には、グリセロール濃度を例えば6%とすることができる。注入液の粘度は、例えば1mPa・sとすることができる。
【0029】
回収チャンバ4は、分離された目的生体物質(たとえば目的の分子量を有する生体物質)を回収するための構造である。回収チャンバ4は、本実施形態では、ゲル2の一端(ただし注入チャンバ3とは反対側の端)またはその近傍において、上面に向かって開口する凹部として形成される。回収チャンバ4を設けることにより、回収操作が容易に行える。
【0030】
注入チャンバ3及び回収チャンバ4の間隔は任意に設定することができるが、回収チャンバ4は、電気泳動中または電気泳動後に目的の分子量の生体物質がバンドとして現れる位置近傍に設けられることが好ましい。この位置は、分離媒体の組成(たとえばゲル濃度)、目的生体物質の分子量、不要物(たとえば目的生体物質とは区別して廃棄したい物質)の分子量、泳動時間、等に応じて適宜設計することができる。
【0031】
さらに、本実施形態では、回収チャンバ4の側面の一部(一面)がゲル2の端面によって構成され、他の部分がゲル2以外の構造によって構成される。具体的には、側面の残部が支持体1によって構成されている。しかしながら、回収チャンバ4の具体的構成はこれに限られず、たとえば回収チャンバ4の側面全体をすべてゲル2によって構成することも可能である。
【0032】
注入チャンバ3及び回収チャンバ4を形成する方法として、例えば、ゲル2を固める前にコームを差し込む方法、固まったゲル2を切除して注入チャンバ3及び回収チャンバ4を形成する方法、固まったゲル2に熱をかけて溶かすことにより注入チャンバ3及び回収チャンバ4を形成する方法、などが挙げられるが、特に限定はない。
【0033】
支持体1は、注入チャンバ3の開口を形成する上部開口部9と、回収チャンバ4の開口を形成する上部開口部10とを有する。支持体1は、電気抵抗性の容器(チャンバ)として構成することができ、たとえばゲル2、注入チャンバ3、および回収チャンバ4を覆う形状とすることができる。このような支持体1を設けることにより、分離媒体を物理的に支持しつつ、電流の経路を適切に形成することができる。
【0034】
本実施形態において、注入チャンバ3及び回収チャンバ4は略直方体であるが、その構造、形状、大きさ等は図示のものに限定されない。注入チャンバ3及び回収チャンバ4の構造、形状、大きさ等は、任意に設定することができる。注入チャンバ3及び回収チャンバ4の幅方向寸法(すなわち電場の向きと直交する水平方向の寸法。
図2には表れない)は等しくしてもよく、異なっていてもよい。また、試料の注入位置の構造によっては、注入チャンバ3を設けないことも可能である。
【0035】
回収チャンバ4は、溶媒を収容できるように構成される。溶媒は、目的生体物質を懸濁可能なものとする。回収チャンバ4内に目的生体物質が存在している場合には、回収チャンバ4内の溶液を回収することにより、溶媒とともに目的生体物質を回収することができる。
【0036】
分離媒体の正極側端および負極側端、またはそれらの近傍において、緩衝液5を収容する緩衝液槽8が設けられる。負極側の緩衝液槽8は、負極7について設けられる。負極7は、緩衝液槽8において緩衝液5に浸される。正極側の緩衝液槽8は、正極6について設けられる。正極6は、緩衝液槽8において緩衝液5に浸される。
図1には正極6及び負極7の具体的構造をとくに図示しないが、当業者は適宜、電気泳動装置内に電場を発生させるよう正極6及び負極7を配置することができる。
【0037】
回収チャンバ4は、正極側の緩衝液槽8に隣接して設けられる。また、正極側の緩衝液槽8と回収チャンバ4との間には分離壁17が配置される。分離壁17は、緩衝液槽8と回収チャンバ4とを隔てる。
図1の例では、電気抵抗性の分離壁17によって、緩衝液槽8のうち、分離壁17の上端から下端までの高さ位置の部分と、回収チャンバ4とが分離されている。
【0038】
分離壁17は、緩衝液5の水位に応じて緩衝液槽8と回収チャンバ4との間の緩衝液5の流通を制御するように配置される。
【0039】
図3は、回収チャンバ4と緩衝液槽8と分離壁17との位置関係の一例を説明する模式図である。
図3の例では、分離壁17の上端はゲル2の上端と同じ高さ位置に設けられている。また、分離壁17の上端は、支持体1のうち回収チャンバ4を構成する部分の上端1aおよび緩衝液槽8の上端8bよりも低い位置に配置される。この配置により、緩衝液5の水位は、分離壁17の上端よりも高い位置(たとえば液面18)に達することが可能となる。
【0040】
緩衝液5の水位が液面18であるとき、緩衝液槽8と回収チャンバ4との間を緩衝液5が自由に出入りすることが可能である。また、緩衝液5の水位が液面19であるとき、緩衝液槽8と回収チャンバ4との間の緩衝液5の出入りは妨げられる。
【0041】
なお当然ながら、緩衝液槽8および回収チャンバ4のうち一方の水位が液面19の位置にあっても、他方の水位が分離壁17の上端に達していれば、水位が高い側から低い側への分離壁17を越えての移動は可能である。
【0042】
以上のように、緩衝液5の水位が分離壁17の上端より高い場合には、緩衝液5は分離壁17によって妨げられることなく、緩衝液槽8と回収チャンバ4との間を自由に移動することができる。なおこの場合には、緩衝液槽8の水位と回収チャンバ4の水位とは等しくなる。
【0043】
一方で、回収チャンバ4の水位が分離壁17の上端より低い場合には、緩衝液5が回収チャンバ4から緩衝液槽8へと移動することが禁止される。また、緩衝液槽8の水位が分離壁17の上端より低い場合には、緩衝液5が緩衝液槽8から回収チャンバ4へと移動することが禁止される。このようにして、緩衝液槽8と回収チャンバ4との間の緩衝液5の流通が制御される。
【0044】
なお、分離壁17の上端は、
図1の例ではゲル2のうち回収チャンバ4に面する部分の上端と同じ高さに設けられている。分離壁17の上端を、このような高さか、またはこれより高い位置に設けることにより、ゲル2のうち回収チャンバ4に面する部分の全体を緩衝液に浸しつつ、緩衝液槽8と回収チャンバ4との間の液体(緩衝液5または他の溶媒)の行き来を禁止することが可能となる。
【0045】
図4は、回収チャンバ4と緩衝液槽8と分離壁17との位置関係の別の例を説明する模式図である。この例では、鉛直方向から見た場合に、緩衝液槽8の少なくとも一部が回収チャンバ4の少なくとも一部と重複するように設けることも可能である。
【0046】
図4の例では、緩衝液槽8の一部は回収チャンバ4の側方に設けられている。また、緩衝液槽8は、上に向かって開口する開口部8aを持つ。開口部8aを設けることにより、緩衝液槽8への緩衝液5の供給作業が容易に行える。
【0047】
回収チャンバ4の底面には回収膜11が配置され、回収チャンバ4は回収膜11を介して緩衝液槽8と連通する。すなわち、回収膜11の片面は回収チャンバ4内の溶媒または溶液と接触し、回収膜11のもう片面は緩衝液槽8内の緩衝液5と接触する。
【0048】
図2は、回収膜11の性質を説明する模式図である。回収膜11の性質は任意であるが、目的生体物質のみを効率的に回収する観点からは、目的生体物質が矢印Aに示すように回収チャンバ4に留まり、それ以外のイオンが矢印Bに示すように緩衝液槽8へと透過するようにすると好適である。
【0049】
一例として、回収膜11が目的生体物質の透過を阻害するようにすると好適であり、実質的に透過しないようにするとさらに好適である。別の例として、回収膜11が目的生体物質以外のイオンを透過するようにすると好適であり、実質的に透過を阻害しないようにするとさらに好適である。また別の例として、回収膜11を選択透過膜とし、目的生体物質に対する回収膜11の透過率が、少なくとも1種類の別のイオン(すなわち目的生体物質以外のイオン)に対する回収膜11の透過率よりも低くなるように構成すると好適である。上記各例の性質を組み合わせてもよい。
【0050】
また、回収膜11は、緩衝液5の透過を阻害するよう構成することができる。分離壁17および回収膜11によって緩衝液槽8と回収チャンバ4とが分離されることにより、回収チャンバ4の構成を簡素にすることができ、たとえば正極6を回収チャンバ4の外部に設置することができる。
【0051】
なお、分離壁17はたとえば樹脂から製造することができるが、回収膜11と同じ素材で製造される構成も除外しない(そのような構成では回収膜11が分離壁17としても機能するということができる)。
【0052】
位置検出部13(
図1)は、ゲル2内を泳動する目的生体物質の位置を検出するための構造である。位置検出の方法は任意に選択できる。例えばカメラやフォトダイオードなどを用いることができる。位置検出部13の配置は
図1ではゲル2の上方としているが、下方に配置する、支持体1に埋め込むなどが考えられ、特に限定はない。
【0053】
液面検出部14は、回収チャンバ4内の緩衝液5の水位すなわち液面位置を検出するための構造である。液面検出の方法は任意に選択できる。例えば超音波式、電波式、レーザー式などの非接触液面センサーや電極式の液面センサー、カメラなどを用いることができる。液面検出部14の配置は
図1では回収チャンバ4の上方としているが、下方に配置する、回収チャンバ4に差し込むなどが考えられ、特に限定はない。
【0054】
水位制御部15は、事前に定めた判断規則に従って、位置検出部13の検出値(たとえば目的生体物質の位置)に基づき、さらに場合によっては液面検出部14の検出値(たとえば液面位置)に基づき、水位の変更量を決定し、注排水を制御するための構造である。注排水を実施すると判断した場合には注排水部16に伝え、注排水操作を実行させる。
【0055】
注排水部16は水位制御部15の制御に応じて注排水を行うための構造である。注排水部16は、緩衝液槽8に対して注排水を行うように構成される。注排水部16を備えることにより、水位の制御を能動的に行うことができる。注排水部16の具体的な構成例は、
図6に関して後述する。
【0056】
次に、
図5を参照して、
図1の電気泳動装置による分離回収ワークフローを説明する。このワークフローは電気泳動方法に係るものであり、とくに、上述の電気泳動装置を用いた電気泳動方法を表す。
図5においてハッチングを付したステップ(後述のステップ22および25)は、変形例において省略可能である。
【0057】
本実施形態に係る電気泳動方法は、ステップ20~29の各工程を有する。
【0058】
ステップ20は、電源12が注入チャンバ3及び回収チャンバ4を通る電場を印加して電気泳動を行う工程である。ステップ20には電気泳動の最初の開始タイミングのみを示すが、電気泳動の停止または終了のタイミングは当業者が適宜設計することができる。たとえば、後述のステップ24の直前に停止してもよく、ステップ25の直後に再開してもよく、ステップ26の直前に再停止してもよい。
【0059】
ステップ21は、注排水を実行するタイミングを決定するために、ゲル内を泳動する目的生体物質の位置を検出する工程である。例えば泳動中継続的または断続的に目的生体物質位置を検出することができる。また、特定の位置を目的生体物質が通過したかどうかを検出してもよい。目的生体物質の位置を検出することにより、たとえば目的生体物質が回収チャンバ4付近(たとえば回収チャンバ4からの距離が所定値以内となる領域)に到達したか否かを判定することができる。
【0060】
ステップ22は、液面検出部14が回収チャンバ4の液面位置を検出する工程である。なお、変形例として、液面検出部14は、回収チャンバ4の液面位置に代えて、またはこれに加えて、緩衝液槽8の液面位置を検出してもよい。
【0061】
ステップ23は、後述のステップ29とともに、水位制御部15が、目的生体物質の位置に応じて、正極側の緩衝液槽8内の緩衝液5の水位を制御する工程である。水位制御部15は、さらに緩衝液の液面位置に応じて、緩衝液槽8内の緩衝液の水位の変更量を決定してもよい。これによって緩衝液槽8内の水位が制御される。なお、ここで緩衝液5の液面位置に応じた制御を行わない場合には、ステップ22は省略可能である。
【0062】
ステップ23において、目的生体物質が回収チャンバ4付近に到達していない場合(または、目的生体物質が回収チャンバ4付近に到達しておらず、かつ回収チャンバ4内の液面が分離壁17の上端よりも低くなった場合)には、水位制御部15はステップ29を実行すると決定する。
【0063】
ステップ29は、水位制御部15が緩衝液槽8に緩衝液を注入する工程である。水位制御部15は、緩衝液槽8または回収チャンバ4の水位が分離壁17の上端を超える所定高さに達するまで、緩衝液を継続的に注入してもよい。
【0064】
電気泳動の進行に伴い、電気浸透流によって回収チャンバ4内の緩衝液が減少するが、ステップ29の実行により、回収チャンバ4内に十分な緩衝液が供給されるので、安定した導通状態を維持することができる。
【0065】
電気浸透流による回収チャンバ4内の緩衝液の減少量が予測できる場合には、これに応じて緩衝液の供給量を決定することができる。また、液面検出部14が設けられる場合には、水位制御部15は、液面位置に応じて水位の変更量を決定することができるので、より適切に供給量を決定することができる。
【0066】
ステップ29の実行後、処理はステップ21に戻る。
【0067】
ステップ23において、目的生体物質が回収チャンバ4付近に到達した場合には、水位制御部15はステップ24を実行すると決定する。
【0068】
ステップ24は、目的生体物質が回収チャンバ4に到達する前に、水位制御部15が緩衝液槽8内の緩衝液5の水位を下げ、これによって緩衝液槽8と回収チャンバ4との間の緩衝液5の行き来を禁止する工程を含む。
【0069】
緩衝液の水位は、たとえば緩衝液槽8から緩衝液を排出することによって下げることができる。排出される緩衝液の量は、緩衝液槽8内の液面が分離壁17の上端未満となり、これによって緩衝液槽8と回収チャンバ4との緩衝液の行き来が禁止されるような量である。このような量の具体的な値は、事前に設計されてもよいし、水位制御部15が回収チャンバ4内の緩衝液の液面位置に応じて自動的に計算してもよい。
【0070】
ステップ25は、回収チャンバ4内の緩衝液を除去し、その後、目的生体物質を回収するための溶媒を回収チャンバ4に注入する工程である。この工程は、たとえば手作業で行うことができる。このように、回収チャンバ4内の緩衝液を除去することにより、目的生体物質より早く回収チャンバ4に到達していた不要物(たとえば目的外の生体物質)を除去することができるので、回収される溶液中における目的生体物質の濃度を向上させることができる。
【0071】
場合によっては、緩衝液を除去した後、溶媒を注入する前に、洗浄液を用いて回収チャンバ4を洗浄する工程と、回収チャンバ4から洗浄液を除去する工程とを含んでもよい。洗浄に係る工程は人間が行ってもよいし、電気泳動装置が自動的に行うよう構成されてもよい。洗浄を行うことにより、回収される溶液中における目的生体物質の濃度をさらに向上させることができる。
【0072】
なお、条件(たとえば目的生体物質の種類または後続処理の内容等)によっては、ステップ25は省略可能である。
【0073】
ステップ26は、ユーザーが回収チャンバ4に到達した目的生体物質を回収チャンバ4から回収する工程(回収工程)である。たとえば、ユーザーは、回収チャンバ4内の試料溶液を取得することによって目的生体物質を回収する。
【0074】
ステップ27は、他に目的生体物質があるかを決定する工程である。ステップ27にて他に目的生体物質がある場合には、ステップ29が実行され、その後ステップ21からの工程が繰り返される。このような繰り返しにより、複数種類の目的生体物質を、分子量が小さい順に分画して回収することができる。ステップ27において他に目的生体物質がない場合には、ステップ28において
図5の処理が終了する。
【0075】
図6に、注排水部16の具体的な構成例を示す。注排水部16は、例えば調整弁16a、分注機16b、重り16c、ポンプ(図示せず)、等のいずれかまたは複数を備える。
【0076】
調整弁16aを用いる場合には、調整弁16aを分離壁17の上端より低い位置に設けることができる。このような構成によれば、緩衝液槽8の水位が分離壁17の上端より高い場合に、調整弁16aを開いて排水することにより、緩衝液槽8の水位を分離壁17の上端より低い位置にまで低下させることができる。調整弁16aを用いることにより、緩衝液槽8の内部の構造を簡素にすることができる。
【0077】
また、分注機16bを用いる場合には、分注機16bのノズルを緩衝液槽8内に配置し、緩衝液5の吸入または分注を行うことにより、緩衝液槽8の水位を上下させることができる。分注機16bを用いることにより、液量の制御をより精密に行うことができる。
【0078】
重り16cは、緩衝液槽8内に配置される空間占有部材の例である。重り16cの重さおよび比重に限定はない。重り16cの材質および形状は適宜設計可能である。水位制御部15は、重り16cを上下することによって水位を制御することができる。すなわち、重り16cを下降させ、液面より下において重り16cが占有する空間を増加させることにより、緩衝液槽8内の水位が上昇する。逆に、重り16cを上昇させ、液面より下において重り16cが占有する空間を減少させることにより、緩衝液槽8内の水位が低下する。重り16cを用いることにより、電気泳動時の緩衝液槽8に対する緩衝液の供給または排出を不要とし、あるいは、供給量および排出量を抑制することができる。
【0079】
なお、注排水部16を省略することも可能である。そのような場合には、たとえば水位制御部15の制御に応じてゲル2を上下させることにより、液面に対するゲル2の相対的位置を変更できるような構成としてもよい。これによって、ゲル2に対する液面位置を相対的に変更することができる。
【0080】
このように、第1の実施形態に係る電気泳動装置および電気泳動方法によれば、電気浸透流による電気泳動中の緩衝液の減少を補い、安定した導通状態を維持することができる。
【0081】
また、そのような効果を簡素な構成で得ることができる。たとえば、従来の構成には分離媒体の流路を分岐させたものがあるが(特許文献3等)、そのような構成と比較すると、本発明の第1の実施形態に係る電気泳動装置および関連する生体物質回収方法では分離媒体の流路を一続きにできるため、一サンプルの処理に必要な体積を小さくすることができ、構成が簡素となる。
【0082】
[実施例]
以下、第1の実施形態の実施例について説明する。
【0083】
(電気泳動ゲルの作製)
注入チャンバ3及び回収チャンバ4を有するアガロースゲルを作製した。アガロースゲルは、3%SeaKem(登録商標)GTG-TAE(Lonza社製)をプラスチック容器の支持体に流し入れて成型した。注入チャンバ3は、開口寸法1mm×5mm、深さ3mmになるように、回収チャンバ4は、開口寸法2mm×5mm、深さ4mmになるように、アガロースゲルが固まる前にコームを差し込むことで、それぞれ形成した。注入チャンバ3及び回収チャンバ4の距離は20mmとした。
【0084】
(電気泳動)
1×TAE緩衝液(TrisAcetateEDTABuffer)を両極の緩衝液槽8に注いだ。注入チャンバ3及び回収チャンバ4の内部もTAE緩衝液で満たした。その後、種々の長さの核酸を含む試料溶液5μLに、6×DNALoadingDye(ThermoFisherScientific社製)1μLを混合して注入液とし、注入チャンバ3に注入した。
【0085】
注入液の注入後、135Vの電圧を印加し電気泳動を行った。
【0086】
次に、生体物質位置が検出され、目的長さの核酸が回収チャンバ4の直前にあるときに今度は液面位置が検出された。液面位置に応じて緩衝液槽の緩衝液を除去する量が決定された。
【0087】
決定した除去量に従い緩衝液槽の緩衝液が分注機により除去され、緩衝液槽と回収チャンバ間の緩衝液の行き来が遮断された。
【0088】
続いて回収チャンバ4内の緩衝液が除去され、蒸留水40μLが注入され、20回ピペッティングされた後除去され、回収チャンバが洗浄された。次に、溶媒として蒸留水40μLが注入された。
【0089】
目的長さの核酸が回収チャンバに入った後に電圧が停止され、核酸溶液が取得された。
【0090】
取得された溶液は、核酸定量装置TapeStation4200(AgilentTechnologies,Ltd.)を用いて定量した。定量結果から、目的核酸をコンタミなく80%回収できていることを確認した。
【符号の説明】
【0091】
1…支持体
2…ゲル(分離媒体)
3…注入チャンバ
4…回収チャンバ
5…緩衝液
6…正極
7…負極
8…緩衝液槽(8a…開口部)
9,10…上部開口部
11…回収膜
12…電源
13…位置検出部
14…液面検出部
15…水位制御部
16…注排水部
16a…調整弁
16b…分注機
16c…重り(空間占有部材)
17…分離壁
18…液面
19…液面