(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-11
(45)【発行日】2024-07-22
(54)【発明の名称】レンズアンテナ、これを用いたレーダ装置、及び無線通信装置
(51)【国際特許分類】
H01Q 3/12 20060101AFI20240712BHJP
H01Q 15/02 20060101ALI20240712BHJP
H01Q 19/02 20060101ALI20240712BHJP
G01S 7/03 20060101ALI20240712BHJP
【FI】
H01Q3/12
H01Q15/02
H01Q19/02
G01S7/03 230
(21)【出願番号】P 2021540707
(86)(22)【出願日】2020-08-03
(86)【国際出願番号】 JP2020029659
(87)【国際公開番号】W WO2021033525
(87)【国際公開日】2021-02-25
【審査請求日】2023-06-05
(31)【優先権主張番号】P 2019150591
(32)【優先日】2019-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】門内 靖明
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 和人
【審査官】赤穂 美香
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第5966103(US,A)
【文献】特表2001-506817(JP,A)
【文献】特開平10-327014(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01Q 3/12
H01Q 15/02
H01Q 19/02
G01S 7/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1プレートと、
前記第1プレートと対向する第2プレートと、
を有し、
前記第1プレートと第2プレートの少なくとも一方は、他方との対向面に所定の曲率の湾曲部を有し、
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、入力ビームの光軸と平行な軸を回動軸として、前記光軸と直交する面でチルト可能であることを特徴とするレンズアンテナ。
【請求項2】
前記湾曲部によって前記第1プレートと前記第2プレートの間に形成される第1空間が所定の伝搬モードに対してレンズとして作用することを特徴とする請求項1に記載のレンズアンテナ。
【請求項3】
前記レンズは、ルネベルグレンズの屈折率条件を満たすことを特徴とする請求項2に記載のレンズアンテナ。
【請求項4】
前記湾曲部は、複数の伝送周波数に対して計算された曲率から得られる形状であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のレンズアンテナ。
【請求項5】
前記湾曲部から連続する平坦部が設けられ、前記平坦部によって前記第1プレートと前記第2プレートの間に第2空間が形成され、前記第1空間と前記第2空間で前記入力ビームの導波路が形成されることを特徴とする請求項2または3に記載のレンズアンテナ。
【請求項6】
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、プレートの外周に向かって厚さが減少する傾斜部を有し、
前記傾斜部によって前記第1プレートと前記第2プレートの間にテーパ空間が形成されることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載のレンズアンテナ。
【請求項7】
前記第1プレートと前記第2プレートは少なくとも表面が金属で形成されていることを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載のレンズアンテナ。
【請求項8】
前記前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方の前記表面に形成される前記金属は、使用波長よりも小さな開口パターンを有することを特徴とする、請求項7に記載のレンズアンテナ。
【請求項9】
前記第1プレートと前記第2プレートは、円、楕円、または多角形の少なくとも一部を構成する平面形状を有することを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載のレンズアンテナ。
【請求項10】
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、前記光軸と平行な第1の軸のまわりに回動またはチルト可能であり、前記第1の軸のまわりのチルトにより、前記第1の軸と直交する第1の面内で、前記第1プレートと前記第2プレートの間に形成される空間の実効屈折率分布に勾配が生じ、前記入力ビームはプレートチルト角に応じた方向に偏向することを特徴とする請求項1~9のいずれか1項に記載のレンズアンテナ。
【請求項11】
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、プレート面内で前記第1の軸と直交する第2の軸のまわりに、回動またはチルト可能であることを特徴とする、請求項10に記載のレンズアンテナ。
【請求項12】
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は漏れ波放射構成を有し、前記第2の軸のまわりの回動またはチルトにより、前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方から放射される漏れ波の放射の広がりが制御されることを特徴とする、請求項11に記載のレンズアンテナ。
【請求項13】
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、前記他方のプレートと垂直な方向へ並進移動が可能であることを特徴とする、請求項10に記載のレンズアンテナ。
【請求項14】
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は漏れ波放射構成を有し、前記並進移動により、前記第1プレートと前記第2プレートの前記少なくとも一方から放射される漏れ波の放射方向が制御されることを特徴とする、請求項13に記載のレンズアンテナ。
【請求項15】
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、前記他方のプレートと垂直な方向へ並進移動が可能、またはプレート面内で前記第1の軸と直交する第2の軸の周りに、回動またはチルト可能であり、
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は漏れ波放射構成を有し、前記並進移動により、前記第1プレートと前記第2プレートの前記少なくとも一方から放射される漏れ波の放射方向が制御され、前記第2の軸の周りの回動またはチルトにより、前記漏れ波の放射の広がりが制御される、請求項10に記載のレンズアンテナ。
【請求項16】
請求項1~15のいずれか1項に記載のレンズアンテナと、
前記レンズアンテナの前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方を駆動するアクチュエータと、
前記レンズアンテナから送信する信号を生成し、前記レンズアンテナで受信した信号を受信する送受信機と、
前記アクチュエータを制御し、かつ前記送受信機で受信された信号を解析するプロセッサと、
を有するレーダ装置。
【請求項17】
前記プロセッサは、あらかじめ前記レンズアンテナのチルト角と前記入力ビームの偏向角の対応関係を表わす情報を保持し、前記情報に基づいて、前記レンズアンテナで受信された信号から、物体の方向と距離を決定することを特徴とする請求項16に記載のレーダ装置。
【請求項18】
前記レンズアンテナは漏れ波を放射し、
前記プロセッサは、あらかじめ前記第1プレートと前記第2プレートの間隔と、前記漏れ波の放射方向の対応関係を表す第2情報を保持し、前記第2情報に基づいて、前記レンズアンテナで受信された信号から、物体の方向と距離を決定することを特徴とする請求項16に記載のレーダ装置。
【請求項19】
請求項1~15のいずれか1項に記載のレンズアンテナと、
前記レンズアンテナに接続される送信器及び受信器と、
を有し、所定の無線通信帯域内で、前記レンズアンテナでビームを送受信する無線通信装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビームステアリングを実現するレンズアンテナと、これを用いたレーダ装置及び無線通信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高速無線通信や高解像度レーダへのテラヘルツ波の応用が検討されている。自由空間におけるテラヘルツ波の伝送は、マイクロ波と比較して放射開口部の小型化と、空間分解能の向上を実現し、センシング、イメージング等への適用も見込まれている。一方、波長が短くなると、波長の二乗に反比例して経路損失が生じる。通信、レーダ等の分野では、指向性の高いビームを走査して回折減衰を補償し高空間解像を維持するビームステアリングの実現が不可欠である。
【0003】
マイクロ波、またはミリ波の周波数帯域では、低損失な移相器が存在しており、移相器をアレイ化したフェーズドアレイによるビーム走査が可能である。しかし、テラヘルツ帯では、現時点で低損失かつ広帯域の移相器が存在せず、マイクロ波、またはミリ波と同様の考え方でビームステアリングを実現するのは困難である。
【0004】
ルネベルグレンズをテラヘルツ帯で実装して、その給電位置を切り替えることでビーム方向を変化させる手法が提案されている(たとえば、非特許文献1参照)。また、Maxwellのフィッシュアイレンズにより平板に挟まれた空間でテラヘルツ波のビームフォーミングを行う構成が知られている(たとえば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Daniel Headland et al., "Terahertz multi-antenna using photonic crystal waveguide and Luneburg lens", APL Photonics 3, 126105 (2018)
【文献】Jingbo Liu, Rajind Mendis, and Daniel M. Mittleman, "Maxwell's fish eye lens for the terahertz region", Applied Physics Letters 103, 031104 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ルネベルグレンズを用いる構成では、給電位置を切り替えるための機械的駆動が必要である。また、高い屈折率を有する誘電体構造を外部空間と結合するための手段が不可欠であり、集積性と高速性の観点で課題が残る。フィッシュアイレンズを用いた公知の構成では、自由空間への放射も、効率的なビーム走査も実現されていない。
【0007】
本発明は、低損失かつ広い角度範囲でビーム走査が可能なレンズアンテナと、これを用いたレーダ装置、及び無線通信装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を実現するため、実施形態では、一対のプレートを用いてルネベルグレンズを等価的に実現し、少なくとも一方のプレートを傾けることでビームを走査する。具体的には、本発明のレンズアンテナは、
第1プレートと、
前記第1プレートと対向する第2プレートと、
を有し、
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、他方との対向面に所定の曲率の湾曲部を有し、
前記第1プレートと前記第2プレートの少なくとも一方は、入力ビームの光軸と平行な軸を回動軸として、前記光軸と直交する面でチルト可能である。
【発明の効果】
【0009】
低損失かつ広い角度範囲でビーム走査が可能になる。本発明の構成は、無線通信、レーダ計測をはじめとして、光波を空中で伝送するすべてのアプリケーションに適している。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第1実施形態のレンズアンテナの構成図である。
【
図3】第1実施形態のレンズアンテナによるビームステアリングの図である。
【
図4】第1実施形態のレンズアンテナの屈折率分布とそれを生み出すための湾曲構造の図である。
【
図5】第1実施形態のレンズアンテナの分光透過スペクトルを示す図である。
【
図6】第1実施形態のレンズアンテナのレンズの効果確認に用いるモデルの図である。
【
図7】
図6のモデルによる電磁界シミュレーション図である。
【
図8】給電点を変えた放射パターン測定のためのセットアップ模式図である。
【
図9】給電点を変えながら測定した放射パターンの測定結果である。
【
図10】給電点を固定し、レンズのチルト角を変えた放射パターン測定のためのセットアップ模式図である。
【
図11】チルト角を変えながら測定した放射パターンの測定結果である。
【
図12】チルト角の関数としてのビーム方向の変化を示す図である。
【
図14】第1実施形態のレンズアンテナを用いたレーダ装置の模式図である。
【
図15A】レーダ測定の実験セットアップ図である。
【
図15B】
図15Aと異なる距離、方向でのレーダ測定の実験セットアップ図である。
【
図15C】
図15Aと異なる距離、方向でのレーダ測定の実験セットアップ図である。
【
図16A】
図15Aのセットアップで受信されたレーダ信号から得られたTOF信号である。
【
図16B】
図15Bのセットアップで受信されたレーダ信号から得られたTOF信号である。
【
図16C】
図15Bのセットアップで受信されたレーダ信号から得られたTOF信号である。
【
図17A】
図15Aのセットアップでチルト角の関数としてプロットされたTOF信号の図である。
【
図17B】
図15Bのセットアップでチルト角の関数としてプロットされたTOF信号の図である。
【
図17C】
図15Cのセットアップでチルト角の関数としてプロットされたTOF信号の図である。
【
図18A】レンズアンテナのチルト駆動の構成例を示す図である。
【
図18B】レンズアンテナのチルト駆動の構成例を示す図である。
【
図18C】レンズアンテナのチルト駆動の構成例を示す図である。
【
図19B】レンズアンテナの別の変形例の図である。
【
図20A】第2実施形態のレンズアンテナの第1のレンズ構成を説明する図である。
【
図20B】第2実施形態のレンズアンテナの第2のレンズ構成を説明する図である。
【
図21】第1のレンズ構成の断面形状の一例を示す図である。
【
図22】第1のレンズ構成の帯域幅拡張効果を示す図である。
【
図23】第2のレンズ構成の断面形状の一例を示す図である。
【
図24】第2のレンズ構成の帯域幅拡張効果を示す図である。
【
図25】第1のレンズ構成、及び第2のレンズ構成を用いたレンズアンテナの電磁界シミュレーションを、特定周波数対応のレンズアンテナの電磁界シミュレーションとともに示す図である。
【
図26A】特定周波数対応のレンズアンテナのy方向の電場分布とその周波数変化を示す図である。
【
図26B】第1のレンズ構成のレンズアンテナのy方向の電場分布とその周波数変化を示す図である。
【
図26C】第2のレンズ構成のレンズアンテナのy方向の電場分布とその周波数変化を示す図である。
【
図28】様々なレンズの終端部に対する中心部の屈折率比の周波数依存性を示す図である。
【
図29】第3実施形態のレンズアンテナの模式図である。
【
図30】
図29のレンズアンテナのZ方向への電磁界シミュレーション図である。
【
図31】第3実施形態のレンズアンテナでプレート間隔を変化させることによるビーム掃引を示す図である。
【
図32】第3実施形態のレンズアンテナの変形例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施形態では、一対の平板で、ルネベルグレンズと等価のレンズを有するレンズアンテナを実現し、広帯域に渡ってビームステアリングを実現する。一対の平板のうちレンズを形成する部分は金属、または表面が金属コートされた高分子材料で形成されている。誘電体材料を用いずにルネベルグレンズと等価のレンズを実現するので、誘電損失を低減できる。また、移相器を用いず、かつ、周波数を変えることなく、ビーム走査を実現する新たな構成を提供する。良好な構成例では、一対の平板のいずれか一方に、漏れ波ビームを出射する放射部を設け、所望の方向にビームを掃引する。
【0012】
<第1実施形態のレンズアンテナの構成と原理>
図1は、第1実施形態のレンズアンテナ10の構成例を示す。レンズアンテナ10は、自由空間を挟んで配置される第1プレート110と第2プレート120によって構成される。
【0013】
第1プレート110は、第2プレート120との対向面に、所定の曲率で湾曲する湾曲部111と、平坦部112と、プレートの外周に向かって厚さが減少する傾斜部113を有する。
【0014】
第2プレート120は、第1プレート110との対向面に、平坦部121と、プレートの外周に向かって厚さが減少する傾斜部123を有する。第1プレート110と第2プレート120の間に形成される空間が、レンズアンテナ10の導波路となる。
【0015】
レンズアンテナ10の導波路は、レンズ101と、レンズ101の周囲に位置するパラレル部102と、パレレル部に連通するテーパ部103を含む。レンズ101は、第1プレート110の湾曲部111によって、第2プレート120との間の空間に形成される。パラレル部102は、第1プレートの平坦部112と、第2プレート120の平坦部121との間に形成される。テーパ部103は、第1プレートの傾斜部113と、第2プレート120の傾斜部123との間に形成される。
【0016】
第1プレート110と第2プレート120の間隔dは、レンズ101においてはレンズ径rの関数として変化し、パラレル部102で一定、テーパ部103でプレートのエッジに向かって単調増加する。
【0017】
図1の最下段は、第1プレート110と第2プレート120の間に形成される導波路の実効屈折率分布を示す。以下、「実効屈折率」というときは、金属で囲まれた空間中を光波が伝搬するときの屈折率をさす。導波路の一部であるレンズ101は、ルネベルグレンズと同様に、レンズ中心の実効屈折率が、レンズ周縁部の実効屈折率の√2倍になる。ここで、レンズ中心とは、レンズ101の頂点をさす。パラレル部102の屈折率は一定であり、テーパ部103はパラレル部102よりも大きな屈折率を持つ。
【0018】
レンズ101は、入射ビームをコリメートするとともに、給電位置に応じて入射ビームの進行方向を可変にする。パラレル部102は、ビームを整形する機能と、ビームの方向を制御する機能を持つ。テーパ部103は必須ではないが、テーパ部103を設けることによって、徐々に拡がる導波路空間からビームを効率的に放射し、かつ入力ビームと出力ビームのインピーダンス整合を改善することができる。
【0019】
第1プレート110と第2プレート120の重ね合わせの方向、または厚さ方向をz方向とする。z方向と直交する面内で、
図1のようにx軸とy軸をとる。x方向は、入射ビームの光軸と平行な方向、y方向は、x方向とz方向に垂直な方向である。
【0020】
レンズアンテナ10の特徴として、第1プレート110と第2プレート120の少なくとも一方は、プレート間の空間の厚さがy方向に勾配を持つように、チルト可能に保持されている。たとえば、第1プレート110を固定し、第2プレート120がx軸を回動軸としてy-z面に沿って傾斜可能となるように保持する。
【0021】
第1プレート110と第2プレート120の間の距離にy方向の勾配をつけることで、レンズ101とパラレル部102での屈折率分布がy方向に変化し、入射ビームの進行方向を変化させることができる。テーパ部103でもy方向の屈折率分布に多少の勾配がつくが、プレートチルトによる屈折率分布の変化の影響は、レンズ101とパラレル部102と比較して小さい。テーパ部103のY方向の長さは、レンズ101とパラレル部102を併せた領域と比較して小さく、また、テーパ部103では、導波路空間それ自体が傾斜をもって拡がっているからである。y-z面でのプレートチルトによるビームステアリングの詳細については、後述する。
【0022】
図1の構成例では、第1プレート110と第2プレート120の平面形状は半円形または半円に近い形状であり、半円の直線部104の中央に、レンズ101の外周の一部となる突起105が設けられている。レンズ101の中心は、直線部104よりもプレートの内側に位置する。プレートの直線部104をレンズ101の中心よりも入射側(マイナスx側)に配置することで、レンズ101を取り囲むパラレル部102の面積を拡張して、ビームを効果的に走査することができる。
【0023】
レンズアンテナ10のプレート形状は、
図1の例に限定されない。パラレル部102の面積を広くとることができれば、レンズ101の中心は直線部104の上にあってもよいし、直線部104よりも外側にあってもよい。また、平坦部の形状は必ずしも半円である必要はなく、半円よりも広がった(中心角が180°よりも大きい)扇型、矩形、多角形の一部、楕円形の一部などであってもよい。
【0024】
図2は、実際に作製されたアンテナ部品である。第1プレート110、第2プレート120ともにアルミニウムで形成されている。第1プレート110の湾曲部111の径Llensは15mm、平坦部112の幅Lparallelは15mm、傾斜部113の幅Ltaperは10mmである。第2プレート120で、突起105の先端から平坦部121の反対側の外周までの長さは30mm、傾斜部123の幅は10mmである。
【0025】
チルト前の初期位置で、第1プレート110と第2プレート120のパラレル部102の間隔dは、0.6mmに設定されている。第1プレート110と第2プレート120の全体を金属で形成する替わりに、プレート本体を高分子材料の3D印刷で形成し、表面を金属コーティングしてもよい。
【0026】
図3は、第1実施形態のレンズアンテナ10によるビームステアリングの図である。
図3の(A)は、y-z面でのプレートのチルト角θtiltが0°のとき、すなわち第1プレート110と第2プレート120が平行に保持されているときの電磁界シミュレーションである。
図3の(B)は、y-z面での一方のプレートの他方のプレートに対する相対的なチルト角θtiltの絶対値が25'(約0.42°)のときの電磁界シミュレーションである。なお、
図3の座標系では、このチルト角は負の方向のチルトになる。
図3の(A)と(B)では、電界(y方向)成分を計算している。
【0027】
図3の(A)において、チルト角θtiltが0のとき、入射ビームは直進する。
図3の(B)において、一方のプレートをy-z面で25'の角度に傾けることで、ビームは進行方向(x方向)からy方向に向かって25°の角度で曲がる(θdef=25°)。わずかなチルト角θtiltで、約60倍以上のビーム偏向角θdefが得られる。
【0028】
プレートの微小なチルトは、機械的手段、音響的手段、電気光学的手段などを用いて実現することができる。レンズアンテナ10に微細な駆動を与えることで、広い角度範囲にわたってビーム走査が可能になる。
【0029】
たとえば、バイモルフ圧電アクチュエータ、誘電エラストマー、MEMSアクチュエータ等を使用して、一方のプレートのチルト角θtiltを-0.42°から+0.42°の範囲で変化させると、入射ビームの方向を直進方向に対して-25°から+25°の範囲で走査して60倍以上の角度テコ比を実現することができる。移相器を用いずに、また、周波数の掃引なしに、低損失で広範囲のビームステアリングが可能になる。
【0030】
図4は、レンズアンテナ10のレンズ101の実効屈折率分布と、その実効屈折率分布を生成するための湾曲構造の図である。点線のラインaは、第1プレート110の湾曲部111の湾曲面の設計値、太線のラインbは、実際に作製した部品の測定値、実線のラインcは、TE1モードの基本波に対するレンズ101の実効屈折率である。湾曲部111の形状は、レンズ101の中心(すなわち頂点)での実効屈折率が、レンズの周縁部の実効屈折率の√2倍になるように設計されている。これにより、固体の誘電体球では作り得ない実効屈折率分布が実現される。
【0031】
第1プレート110と第2プレート120の間に形成されるレンズ101は、空気レンズに限定されず、その他の気体、液体等で構成されてもよい。用いる媒体に応じて、ルネベルグレンズと同じ実効屈折率分布となるように、湾曲部111の曲率が決定される。
【0032】
図5は、レンズアンテナ10の分光透過特性を示す。横軸は周波数、縦軸は複素透過係数S21である。実線はシミュレーション値、黒丸のデータ点は実験値である。実験値は、数値シミュレーションとよく一致している。
【0033】
レンズアンテナ10は、260GHz~330GHzの広いテラヘルツ帯域にわたって使用可能であり、特に、280~320GHzでの透過率は高い。300GHz付近の36GHzの帯域幅(3dB基準)においても、60GHzの帯域幅(10dB基準)においても、自由空間での伝送が実現される。255GHz未満ではカットオフ状態になる。
【0034】
図6は、湾曲部111で形成されるレンズ101の効果を確認するためのシミュレーションモデルの模式図である。ボトムプレートBPとトッププレートTPを、0.6mmの間隔で配置し、給電点を半円形の突起105の頂点に固定する。このシミュレーションモデルでは、各プレートの主要領域は矩形であり、プレートのエッジに傾斜部を設けていない。平板の矩形領域のx方向のサイズは26.25mm、y方向のサイズは30mmである。
【0035】
ボトムプレートBPに湾曲部を設けてレンズを構成するモデルと、湾曲部を設けずにレンズを構成しないモデルの2種類を用意する。レンズを構成するモデルでは、ボトムプレートBPの突起105の位置に、直径15mmの湾曲部が設けられる。湾曲部の湾曲面は、上述した実効屈折率条件(ルネベルグレンズの実効屈折率分布)を満たす曲率をもつ。湾曲部の中心は、ボトムプレートBPの入射側(励起点)のエッジよりもプレートの内側に位置する。一方、レンズを構成しないモデルでは、ボトムプレートBPの全体が平坦なプレートである。
【0036】
図7は、
図6のモデルによる電磁界シミュレーション図である。ここでも電界のみを計算している。給電点を突起105の頂点に固定し、TE1モードのテラヘルツ波を290GHz、300GHz、310GHzで入力する。
図7の(A)のレンズ有りの構成では、
図7の(B)のレンズなしの構成と比較して、各周波数でビームの拡がりが抑制され、指向性ビームに変換されている。レンズ101のコリメート機能が確認される。
【0037】
図8は、給電点を変えて放射パターンを測定するセットアップ模式図である。このセットアップでは、レンズアンテナ10のプレートはチルトされず、2枚のプレートは平行に維持される。
【0038】
送受信機能を有するベクトルネットワークアナライザ(VNA)に、ポート1とポート2を接続する。ポート1は送信側、ポート2は検出側である。ポート1は、レンズアンテナ10のレンズ101にビームを直接入力できるように配置される。ポート2は、レンズアンテナ10の外周から200mm離れた位置に配置される。
【0039】
ポート1から延びる導波路フランジ25aと、ポート2から延びる導波路フランジ25bは、電界がy方向に平行になりTE1モードに結合するように配向されている。VNAは、たとえば220~330GHzのテラヘルツ波を出力可能である。
【0040】
ポート1の給電位置を、レンズ101の外周に沿って変化させる。レンズ101への入射位置を、x方向に対して-10°から+10°の範囲で、5°刻みで変化させる。各入射位置で、検出側のポート2をx軸に対して-30°から+30°の範囲で動かして、放射ビームを検出する。ポートから見てx軸の左側をマイナス側、右側をプラス側とする。
【0041】
図9は、
図8のモデルでの放射パターンの測定結果である。300GHzのテラヘルツ波を測定している。プロットAは入射位置が-10°のときの放射パターン、プロットBは入射位置が-5°のときの放射パターン、プロットCは入射位置が0°のときの放射パターン、プロットDは入射位置が+5°のときの放射パターン、プロットEは入射位置が+10°のときの放射パターンである。
【0042】
各入射位置で、テラヘルツ波はプレート間の導波路を進行し、ビームが平行に整形されて、受信側で検出されている。レンズアンテナ10から放射される各ビームの3dB幅は6°に相当し、入射位置に拠らずにほぼ一定である。給電点に応じた方向に指向性ビームが出力されているということは、レンズアンテナ10のレンズ101が、ルネベルグレンズを実現していることを示している。
【0043】
図10は、給電点を固定し、プレートのチルト角を変えた放射パターン測定のセットアップ模式図である。給電点(励起点)を固定した状態でのビーム走査を実証する。
図8と同じVNAを用いて、ポート1を入射位置0°の位置に固定する。x軸を回動軸とするプレートのチルト角がゼロのときは(配置(i))、2枚のプレートは平行であり、レンズアンテナ10へのビームの入射方向と、レンズアンテナ10からの出射方向は、x軸と平行である。
【0044】
レンズアンテナ10の一方のプレートのx軸まわりのチルト角を、-25'~+25'の範囲で、10'刻みに変化させる(配置(ii))。各チルト角において、検出側のポート2をx軸に対して-30°から+30°の範囲で動かして、放射ビームを検出する。
【0045】
図11は、チルト角を変えながら測定した放射パターンの測定結果である。レンズアンテナ10のチルト角を-25'、-15'、-5'、5'、15'、25'と変えることで、-23.5°、-16°、-7.5°、5.5°、17°、24.5°の位置で各ビームのピークが測定されている。わずかなチルト角の変化で、60倍以上のビーム偏向角が実現されることがわかる。
【0046】
図12は、チルト角の関数としてのビーム方向の変化を示す図である。黒丸マークはプレートチルト角の実験値、三角マークはプレート角度の計算値、点線は三次多項式による補間、実線は線形理論値である。プレートのチルト角を適切に設定することで、所望の方向にビームを偏向させることができる。
【0047】
レンズアンテナ10によるビームの偏向は、以下のように説明できる。TE1モードの光波にとって、実効屈折率npは第1プレート110と第2プレート120の間の間隔dに依存し、式(1)で表される。
【0048】
【数1】
ここで、cは光速、ωは角周波数である。式(1)から、c/2dのカットオフ周波数を超えるすべての周波数で、実効屈折率が1より小さくなることがわかる。TE1モードは、カットオフ周波数を含むが、伝搬中の多重反射が少ないため、カットオフ周波数を超える広い帯域で低損失の伝送が可能になる。
【0049】
光波が感じる実効屈折率が2枚のプレート間の間隔dに依存するので、プレートの湾曲部111の形状を制御することで、実効屈折率分布に勾配をもたせることができる。ルネベルグレンズを実現するために、レンズ101の実効屈折率nLを、式(2)にしたがって径方向に変化させる。
【0050】
【数2】
ここで、Rはレンズ半径である。
図1の座標系で、x-y面内でのレンズ中心の座標を(x,y)=(R,0)とすると、レンズ中心からの距離rはr=[(x-R)2+y2]1/2と表される。実効屈折率は、レンズ中心(r=0)で最大となり、外周(r=R)に向かうにつれて連続的に減少する。
【0051】
従来は、レンズ外周は自由空間になり、実効屈折率nL(R)は1となるので、考慮の対象外とされていた。これに対し、第1実施形態のレンズアンテナ10では、レンズ101の周囲にパラレル部102が設けられており、r=Rでの実効屈折率nL(R)は1よりも小さいので、パラレル部102での実効屈折率も考慮に入れる。すなわち、レンズ101は、曲率だけではなく、周囲を囲むパラレル部102の実効屈折率によっても規定される。式(2)のnL(r)が、式(1)のnP(d)と一致すると考えると、径方向の距離rの関数としてのプレート間の間隔d(r)は、式(3)で表される。
【0052】
【数3】
レンズ101の外周での間隔(最小間隔d(R))は、次の2つの条件を満たす必要がある。第1の条件は、着目する周波数のカットオフ状態を回避するのに十分な大きさの間隔をもつこと、第2の条件は、レンズ中心部の実効屈折率はレンズ周辺部の実効屈折率の√2倍であるが、その値はどちらも1よりも小さい値をとることである。この2つの条件は、式(4)の不等式で表される。
【0053】
【数4】
式(3)と式(4)に基づき、300GHzのビームをコリメートするために、レンズアンテナ10のレンズ101の半径Rを7.5mm、レンズ外周でのプレート間の間隔d(R)を0.6mmに設計する。このレンズ設計によって、
図7に示したように、入射テラヘルツ波は指向性ビームに変換される。
【0054】
次に、チルト角制御によるビーム偏向を説明する。レンズアンテナ10の一方のプレートをx軸の周りに回動してy-z面で傾けると、2枚のプレート間の間隔dはy方向に線形に変化する。座標(x,y)におけるプレート間の間隔d(x,y)は、式(5)で表される。
【0055】
【数5】
ここで、係数bは、式(3)で表される初期間隔に付加される線形の傾きまたは摂動である。
【0056】
実効屈折率は、式(1)で表されるように、プレート間の間隔に依存するので、摂動の影響を受ける。摂動bが小さいときは、実効屈折率はy方向に線形に変化するとみなすことができる。実効屈折率の線形勾配の下では、伝搬時間を最小にするパスを決定する変分原理に基づいて、ビーム軌道を計算することができる。
【0057】
図13Aにおいて、ビームの軌跡をy=f(x)と表すと、f(x)は変分原理に基づいて、以下のように伝搬時間最小化問題の解として与えられる。
【0058】
【数6】
ここで、cは高速、dはレンズアンテナ10のプレート間の距離、ωは角周波数である。
【0059】
ビーム軌跡は上記の方程式の解y=f(x)で与えられるが、y=f(x)を解析的に求めるのは困難である。そこで、
図13Bのように、レンズでの軌跡T1と、パラレル部における軌跡T2の2段階の折れ線として近似する。軌跡T1とT2は、
図12の線形理論にあたる。
【0060】
レンズの半径をRとすると、レンズでの伝搬距離は2R(=15mm)である。パラレル部の幅Lとすると、パラレル部での伝搬距離はL(=15mm)である。ビームの偏向角は、y=f(x)の微分
φ(x)=df(x)/dx
として与えられる。
【0061】
【数7】
ここで、d
L(バー)は、レンズ101における平均的なプレート間距離、d(R)はレンズ101の外周、すなわちパラレル部102でのプレート間距離である。
【0062】
最終的に求めたいビーム方向は、x=2R+Lでの角度φ(2R+L)として与えられる。
図12におけるビーム偏向角θdefは、プレートの勾配(チルト)の関数として、式(7)から求められている。
【0063】
<レーダ装置への適用>
図14は、第1実施形態のレンズアンテナ10を用いたレーダ装置1の模式図である。上述したレンズアンテナ10によるビームステアリングは、送信信号と受信信号の両方に有効である。したがって、テラヘルツ波の放射を、自由空間でのセンシング、イメージング、無線通信など、広範囲の用途に適用できる。一例として、CW(連続波)レーダへの適用を説明する。
【0064】
レーダ装置1は、レンズアンテナ10と、送受信機21と、プロセッサ22と、レンズを駆動するアクチュエータ23を有する。送受信機21とレンズアンテナ10は、たとえば導波路フランジ25で接続されている。送受信機21は、レンズアンテナ10から送信するテラヘルツ波を発信し、また、レンズアンテナ10で受信された反射波を検波する。送信波と受信波は、たとえば、方向性結合器によって分離される。
【0065】
プロセッサ22は、送受信機21による検波結果を用いて、後述するように物体の位置(距離と方向)を算出する。プロセッサ22はまた、アクチュエータ23の駆動を制御して、レンズアンテナ10のチルト角を制御する。
【0066】
図15A~
図15Cは、
図14のレーダ装置1の実験セットアップ図である。ターゲット130として、直径12mmの金属ロッドをレンズアンテナ10の放射側に配置する。
図10のセットアップで使用したポート2に替えて、ポート1の導波路フランジ25を介してで、ターゲット130からの反射レーダ信号を複素反射率S11として受信する。受信信号はVNAX(Vector Network Analyzer Extender)に入力される。
【0067】
図15Aでは、ターゲット130を出力ビームの方向から+15°の方向で、レンズアンテナ10の外周から135mmの位置に配置する。
図15Bでは、ターゲット130を出力ビームの直進方向、かつ、レンズアンテナ10の外周から210mmの位置に配置する。
図15Cでは、ターゲット130を出力ビームの方向から-20°の方向、かつ、レンズアンテナ10の外周から210mmの位置に配置する。
【0068】
図15A~
図15Cの各セットアップにおいて、レンズアンテナ10の第1プレートをチルトさせながらテラヘルツビームを異なる方向に放射し、ターゲット130からの反射波(S11)を測定して、ターゲットの距離と方向を決定する。
【0069】
図16A~
図16Cは、レーダ信号の周波数スペクトルを逆フーリエ変換(IFT:Inverse Fourier Transform)して得られるTOF(Time of Flight)信号である。縦軸はTOF信号の大きさ、横軸はターゲット130までの往復の伝搬時間である。
図16A~
図16Cは、
図15A~
図15のセットアップのそれぞれに対応する。ターゲット130の距離は、一般的には、TOF信号のピークが得られるときの往復伝搬時間に光速を乗算し、2で割ることで計算できる。
【0070】
レンズアンテナ10での受信信号からターゲット130の距離を正確に抽出するには、レンズアンテナ10内の往復伝搬時間を補正することが望ましい。距離の補正は、TE1モードの群速度Vgを考慮して行われる。群速度Vgは、
【0071】
【0072】
レンズアンテナ10の第1プレート110と第2プレート120の間の平均間隔が0.65mmであると仮定すると、300GHzでの群速度は、自由空間の場合よりも0.64倍遅くなる。したがって、0.42nsの遅延が、
図16A~
図16Cのオフセットとして現れる。ピーク位置の時間からオフセットを差し引いて計算すると、
図16A~
図16Cにおいて、ターゲット130の距離は、それぞれ134mm、212mm、及び209mmと計算される。これらの計算値は、
図15A~
図15Cの実際のセットアップ距離である135mm、210mm、及び210mmとよく整合している。
【0073】
図17A~
図17Cは、TOF信号をプレートのチルト角の関数としてプロットした図である。ターゲット130の方向が未知の場合、TOF信号のピーク与えるチルト角から、
図12の相関関係を用いてビーム偏向角を決定し、ビーム偏向角からターゲットの方向を決定することができる。
図12の相関関係、またはこの相関関係を記述する関数を、あらかじめプロセッサ22のメモリ内に格納しておいてもよい。
【0074】
図17A~
図17Cのピーク位置を与えるチルト角を、
図12の多項式補間を用いてビーム偏向角に変換すると、それぞれ17°、0.15°、-22°の偏向角が得られる。これらの計算値は、
図15A~
図15Cの実際のターゲット位置である15°、0°、-20°とよく整合している。
【0075】
このように、使用ビームの周波数に設計された非誘電のルネベルグレンズを用い、少なくとも一方のプレートをチルトしてレンズアンテナ10の実効屈折率を空間変調することで、正確なビームステアリングが実現される。
【0076】
レンズアンテナ10に固体の誘電体を用いないので、挿入損失を最小にできるだけでなく、実効屈折率の空間的摂動を利用することが可能になる。レンズアンテナ10をポリマーで形成する場合は、3D印刷等で軽量のレンズアンテナが簡単に作製できる。レンズアンテナ10のレンズ101を含む導波路に線形摂動を加えることで、自由空間の任意の方向に指向性ビームを放射することができる。
【0077】
第1実施形態の構成と手法では、ビーム走査のために励起点(給電点)を移動する必要がない。大きな角度テコ作用が得られるので、プレートのチルトに必要な駆動量は、非常に小さくてよい。一方のプレートを、たとえば-25'~+25'(-0.42°~+0.42°)のわずかな範囲でチルトすることで、ビームの方向を-25°~+25°の範囲で連続的に変えることができる。
【0078】
図18A~
図18Cは、レンズアンテナのチルト駆動の構成例を示す図である。チルト駆動は、
図14のプロセッサ22の制御下で、アクチュエータ23によって実行される。
【0079】
図18Aでは、アクチュエータ23として、ゴニオステージ31が用いられる。レンズアンテナ10Aの第1プレート110は、ゴニオステージ31に保持されている。ゴニオステージ31に支持体220Aが設けられ、支持体220Aのうち第1プレート110と対向する平坦面が、第2プレート120として機能する。
【0080】
第1プレート110と支持体220Aの対向面との間の空間が導波路となり、ビームは紙面の奥行方向に入射する。ゴニオステージ31で第1プレート110を傾斜させることによって、入射ビームを偏向することができる。
【0081】
図18Bでは、アクチュエータ23として、屈曲アクチュエータ32が用いられる。レンズアンテナ10Bの第1プレート110は、屈曲アクチュエータ32によって、支持体220Bに保持されている。支持体220Bのうち、第1プレート110と対向する平坦面が、第2プレート120として機能する。第1プレート110と支持体220Bの対向面の間の空間が導波路となり、ビームは紙面の奥行方向に入射する。
【0082】
屈曲アクチュエータ32は、たとえばバイモルフを用いており、印加電圧の方向と大きさによって、屈曲の方向と屈曲量を制御することができる。屈曲アクチュエータ32で第1プレート110を傾斜させることによって、入射ビームを偏向することができる。
【0083】
図18Cでは、アクチュエータ23として、伸縮アクチュエータ33が用いられている。レンズアンテナ10Cの第1プレート110は、伸縮アクチュエータ33によって、支持体220Cに保持されている。支持体220Cのうち、第1プレート110と対向する平坦面が、第2プレート120として機能する。第1プレート110と支持体220Cの対向面の間の空間が導波路となり、ビームは紙面の奥行方向に入射する。
【0084】
伸縮アクチュエータ33は、たとえばピエゾ素子を用いており、印加電圧の方向と大きさによって伸縮する方向と伸縮量を制御することができる。伸縮アクチュエータ33で第1プレート110を傾斜させることによって入射ビームを偏向することができる。
【0085】
図19A、及び
図19Bは、レンズアンテナの変形例の図である。
図19Aで、レンズアンテナ10Dの第1プレート110の平坦部112(
図1参照)と、第2プレート120の平坦部121の平面形状は、180°よりも大きい中心角を有する扇型である。平坦部121の面積は、
図1のように半円形状の場合よりも広くなる。突起105はレンズ101の外周の一部を構成する。レンズ101の中心は、扇型の中心と一致していてもよいし、扇型の中心よりも内側に入っていてもよい。
【0086】
図19Bで、レンズアンテナ10Eの第1プレート110の平坦部112(
図1参照)と、第2プレート120の平坦部121の平面形状は、多角形の一部である。この例では、
図19Aと同様に、180°よりも大きい中心角で多角形の一部を構成しているが、180°以下の中心角で多角形の一部を用いてもよい。突起105はレンズ101の外周の一部を構成する。レンズ101の中心は、多角形の中心と一致していてもよいし多角形の中心よりも内側に入っていてもよい。
【0087】
いずれの構成でも、第1プレート110と第2プレート120のいずれかを、レンズ101への入射ビームの光軸(図の例ではx軸)を回動軸としてチルトすることで、チルト角の60倍以上の角度テコ倍率で、チルト角に応じた方向にビームを偏向することができる。
【0088】
<第2実施形態>
第2実施形態では、レンズアンテナ10の広帯域化を実現する。第1実施形態で、式(3)に基づいて設計されたレンズは、特定の周波数(一例では300GHz)に対してルネベルグレンズとして有効に機能し、それ以外の周波数に対しても近似的に動作することができる。第2実施形態では、より広い周波数帯域で、ルネベルグレンズとして有効に動作するレンズ設計を提案する。
【0089】
レンズアンテナ10を広帯域化するには、次の2つの構成が考えられる。
(第1の構成)複数の周波数でレンズを設計し、複数のレンズ設計の重みづけ平均をとってレンズ面を形成する。この重みづけ平均レンズは、図面中で「WA-lens」とも表記される。
(第2の構成)レンズの曲面を半径方向に複数の領域に分割し、複数の周波数に応じて設計された異なる曲率を組み合わせる。このレンズを曲率分割レンズと呼び、図面中では「CD-lens」とも表記される。
【0090】
図20Aは、重みづけ平均レンズの設計例を示す。この例では、280GHz、290GHz、300GHz、310GHz、320GHzという5つの伝送周波数でのレンズ設計の重みづけ平均を用いて、レンズ面を作製する。各周波数での設計に重みづけ係数a1~a5が設定される。どの周波数の設計にどの程度の重みづけをするかは、目的とする伝送特性に応じて決められる。ここでは説明を簡便にするために、たとえば、a1=a2=1、a3=a4=a5=10に設定するが、求める伝送特性によっては、重み係数を所定の関数にしたがって大きくしてもよいし、不規則に増大させてもよい。
【0091】
図20Bは、曲率分割レンズの設計例を示す。この例では、レンズ面を中心から5つの同心円領域に分割して、それぞれの周波数に応じた曲面を形成する。一例として、中心から外周に向かって、310GHz、305GHz、300GHz、295GHz、290GHzに合わせて設計された異なる曲率の面が組み合わせられる。周波数に基づく曲率の組み合わせはこの例に限定されず、周波数を規則的または不規則に変化させてもよい。
【0092】
図21は、
図20Aの重みづけ平均レンズの断面形状の一例を示す。横軸はレンズ中心からの距離、縦軸は曲率である。曲率は曲率半径r'の逆数で表され、凸形状をプラス、凹形状をマイナスとする。280GHz設計の重みづけ係数a1と、290GHz設計の重みづけ係数a2は「1」、300GHz設計の重みづけ係数a3は「10」、310GHz設計の重みづけ係数a4と、320GHz設計の重みづけ係数a5は「15」である。
【0093】
各周波数で式(3)から設計されたレンズの断面形状を、5つの点線で示す。周波数が高くなるほど、曲率は大きくなる。第2実施形態の重みづけ平均レンズの断面形状を実線で示す。上記の重みづけ係数の設定により、300GHzをターゲットとするンズと比べて、レンズ中心部で曲率の大きい湾曲面が形成される。
【0094】
図22は、
図21の重みづけ平均レンズの周波数特性を示す。横軸は伝送周波数(GHz)、縦軸はy方向の電場の強さ(V/m)である。y方向とは、
図6に示すように、ビーム入射方向(x方向)と、レンズの厚さ方向(z方向)の両方に直交する方向である。ここでは、重みづけ平均レンズのx方向の最外周から同方向に15mmの位置での電界のy成分を計算している。比較のため、300GHz設計のレンズアンテナの、同じ位置での電界y成分を点線で示す。
【0095】
300GHz設計のレンズアンテナの3dB幅は263GHz~293GHzであるのに対し、第2実施形態の重みづけ平均レンズを用いたレンズアンテナの3dB幅は、270GHz~302GHzとやや高周波側にシフトし、かつ帯域幅が幾分広くなっている。3dB幅とは、最大放射強度から3dB低下する位置での帯域幅である。重みづけ平均レンズの3dB幅は、各周波数設計に対する重みづけ係数を適切に設定することで、さらに拡張され得る。
【0096】
図23は、
図20Bの曲率分割レンズの断面形状の一例を示す。横軸はレンズ中心からの距離、縦軸は曲率である。レンズ面を半径方向に4つの同心円領域に分割し、中心から外周に向かって、310GHz設計と300GHz設計を交互に繰り返す。
【0097】
式(3)を用いて300GHz設計と310GHz設計のそれぞれで計算されたレンズの断面形状を、2つの点線で示す。実線は、第2実施形態の曲率分割レンズの断面形状である。曲率分割レンズは、半径方向に2つの周波数での設計形状が交互に繰り返された断面形状を有する。
【0098】
図24は、
図23の曲率分割レンズの周波数特性である。横軸は伝送周波数(GHz)、縦軸はy方向の電場の強さ(V/m)である。ここでは、曲率分割レンズのx方向の最外周から同方向に15mmの位置での電界のy成分を計算している。比較のため、300GHz設計のレンズアンテナの同じ位置での電界y成分を点線で示す。
【0099】
300GHz設計のレンズアンテナの3dB幅は263GHz~293GHzであるのに対し、第2実施形態の曲率分割レンズを用いたレンズアンテナの3dB幅は、267GHz~310GHzと高周波側にシフトし、かつ帯域幅が十数GHzも拡張されている。上述した重みづけ平均レンズよりも、周波数帯域がさらに拡張されている。
【0100】
図25は、300GHz設計のレンズアンテナ、重みづけ平均レンズを用いたレンズアンテナ、及び、曲率分割レンズを用いたレンズアンテナの電界シミュレーションである。伝送周波数を280GHz、290GHz、300GHz、310GHz、320GHzと変えている。
【0101】
第1実施形態の300GHz設計のレンズアンテナで、伝送周波数が変化してもビームパターンはある程度維持されている。第2実施形態の重みづけ平均レンズ、または曲率分割レンズを用いることで、伝送周波数が変化しても、300GHz設計のレンズアンテナよりもさらに効果的にビームパターンを一定に保つことができる。
【0102】
図26Aは300GHz設計のレンズアンテナの電場分布とその周波数依存性を示す。
図26Bは、第2実施形態の重みづけ平均レンズを用いたレンズアンテナの電場分布とその周波数依存性を示す。
図26Cは、第2実施形態の曲率分割レンズを用いたレンズアンテナの電場分布とその周波数依存性を示す。
【0103】
図26A、
図26B、
図26Cのそれぞれで、横軸は位置(mm)、縦軸は電場のy成分である。これらの図は、
図25の各レンズアンテナの電界シミュレーションの右端(破線で囲んだ位置)での電場のy成分を、y方向にプロットしたものである。同じ位置での電場y成分を、270GHz~330GHzまで10GHzごとにプロットしている。
図25の破線で示す位置は、レンズの最外周からx方向に15mmの位置に相当する。
【0104】
図26Aの300GHz設計のレンズアンテナでは、特定の伝送周波数で指向性のある電場分布が得られるが、その他の伝送周波数で電場分布がy方向に広がり、伝送周波数によって電場分布がばらつく。
【0105】
図26Bの重みづけ平均レンズを用いたレンズアンテナでは、
図26Aと比較して、伝送周波数の変化にもかかわらず、電場分布が収束する傾向をもつ。
図26Cの曲率分割レンズを用いたレンズアンテナでは、伝送周波数が変化しても電波分布はさらに収束する。これは、第2実施形態のレンズアンテナの広帯域化の根拠となる。
【0106】
図27は、
図26A~
図26Cの電界分布の半値幅(3dB幅)の平均値と標準偏差を示す。300GHz設計のレンズアンテナでは、270~330GHzの範囲で周波数を変えたときの電界分布の半値幅の平均が8.5mm、標準偏差は4.5mmである。重みづけ平均レンズを用いたレンズアンテナでは、同範囲で周波数を変えたときの電界分布の半値幅の平均が6.1mm、標準偏差は3.0mmに低減されている。曲率分割レンズを用いたレンズアンテナでは、同範囲で周波数を変えたときの電界分布の半値幅の平均が4.7mm、標準偏差はわずか0.85mmである。第2実施形態のレンズアンテナを用いることで、第1実施形態のレンズアンテナよりも広い周波数帯域にわたって、ビーム形状のばらつきが抑制されることがわかる。
【0107】
図28は、様々なレンズの終端部に対する中心部の屈折率比の周波数依存性を示す。屈折率比はルネベルグレンズの定義より、中心部分と終端部での屈折率の比は、関心のある全帯域幅にわたって√2(2
1/2)になることが望ましい。しかし、実際には周波数分散の影響によりルネベルグレンズの条件を完全に満たす周波数は設計周波数においてのみである(第1実施形態の例では300GHzのみ)。
【0108】
理論的には、設計周波数よりも低い周波数では、屈折率比は√2よりも大きく、設計周波数よりも高い周波数では、屈折率比は√2よりも小さくなる。屈折率比は式(9)で表される。
【数9】
ここでn(0,ω)は角周波数ωでのレンズ中心での屈折率、n(R,ω)は角周波数ωでのレンズ最外周での屈折率、ω0は設計角周波数、d(R)はレンズ外周でのプレート間距離である。
【0109】
屈折率比が√2を上回る場合、ビームがより強く収束するので、ある程度は許容できるが、√2を下回ると、ビームが収束せずに発散してしまうので好ましくない。この意味で「関心のある全帯域幅にわたって屈折率比が√2を下回らない」ようにすることが設計指針である。
【0110】
図28を参照すると、ラインHは300GHz設計レンズの屈折率比を示す。ラインIは、280GHz、290GHz、300GHz、310GHz、及び320GHzの各設計の単純平均をとったレンズの屈折率比を示す。ラインJは、上記の各周波数の設計の重みづけ係数が(1,1,10,10,10)のときの重みづけ平均レンズ(
図20A参照)の屈折率比を示す。ラインLは、上記の各周波数の設計の重みづけ係数が(10,10,10,2,2)のときの屈折率比を示す。ラインMは、上記の各周波数の設計の重みづけ係数が(1,1,5,5,5)のときの屈折率比を示す。
【0111】
ラインKは、レンズ中心から最外周に向かって310GHz、305GHz、300GHz、295GHz、及び290GHzの設計を組み合わせた曲率分割レンズ(
図20B参照)の屈折率比を示す。ラインKの曲率分割レンズと、高周波側で重みづけ係数を大きくしたラインJ及びラインMの重みづけ平均レンズが、280GHz~310GHzの全範囲にわたって、屈折率比を√2以上に維持している。
【0112】
曲率分割レンズ、または重みづけ係数が適切に選択された重みづけ平均レンズを用いることで、広帯域にわたってルネベルグレンズとして動作させることができる。曲率分割レンズ、または重みづけ平均レンズは、互いに対向する2枚のプレートのいずれか一方の対向面に上述した形状の湾曲部111を設けることで、2枚のプレートの間の空間に形成される。第2実施形態のレンズを用いたレンズアンテナは、拡張された周波数帯域にわたって放射ビームのパターンを良好に維持することができる。なお、少なくとも一方のプレートをx軸回りにチルトさせてることで、放射ビームをx‐y面内に走査できることは、第1実施形態と同じである
【0113】
<第3実施形態>
第3実施形態では、ビーム走査の自由度を高める。第1実施形態では、レンズアンテナを構成する2枚のプレートのいずれか一方を、ビーム入射方向と平行なx軸の周りにチルトさせ、チルト角度をわずかに変化させることで、x‐y面内で放射ビームを大きく走査した。第3実施形態では、x‐y面内でのビーム走査に加えて、x‐z面内でのビーム走査を実現する。
【0114】
図29は、第3実施形態のレンズアンテナ10Fの模式図である。レンズアンテナ10Fは、第1プレート(BP)と、第1プレートと向かい合う第2プレート(TP)を有する。第1プレート(BP)と第2プレート(TP)の少なくとも一方は、他方との対向面に所定の曲率の湾曲を有し、2枚のプレート間にレンズ101が形成されている。
図29の例では、下側のボトムプレートBPの内側に湾曲面が形成されて、上側のトッププレートTPとの間にレンズ101を形成する。
【0115】
レンズ101を形成する湾曲面は、第1実施形態のように特定周波数に対応する形状に設計されていてもよいし、第2実施形態のように重みづけ平均レンズ、または曲率分割レンズの形状に設計されていてもよい。
図29の左側の円形の領域が
図1の湾曲部111に対応し、湾曲部111に対応する円形の領域からx方向に平坦部が延びている。
【0116】
第1プレート(BP)と第2プレート(TP)の少なくとも一方は、入力ビームの光軸と平行なx軸のまわりに回動またはチルト可能である。第3実施形態の特徴として、第1プレート(BP)と第2プレート(TP)の少なくとも一方は、漏れ波LWを空中に放射する漏れ波放射構成145を有する。たとえば、チルト可能なトッププレートTPに、漏れ波放射構成145が設けられてもよい。
【0117】
漏れ波放射構成145は、波長よりも十分に小さな間隔で穴、スリット等が形成された金属板、金属メッシュ、金属格子などで構成され得る。いずれの場合も、回折格子として働かないように使用波長よりも十分に小さい開口が設けられる。トッププレートTPとボトムプレートBPの間を伝搬する電磁波は、漏れ波放射構成145の開口から空中に漏れ出る。開口から放射される漏れ波LWは、「ペンシルビーム」と呼ばれる高い指向性をもつビームである。
【0118】
図30は、漏れ波の電界シミュレーションである。伝搬につれて、x-z面内でビームが+z方向に放射される様子がわかる。2枚のプレートの間隔dを変えることで、または周波数を掃引することで、図の双方向矢印で示すように、高指向性ビームをx-z面内で走査することができる。このうち、プレート間の間隔dは、一方のプレート(たとえばトッププレートTP)をx軸回りにチルトさせることで、変化させることができる。このチルトにより、同時にプレート間を伝搬するビームをx‐y面内で偏向でき、また、放射の広がりを制御することができる。
【0119】
x軸まわりのチルト手段(たとえば
図18A~
図18Cのチルト駆動構成)に加えて、2枚のプレートを平行に保ったまま間隔dを変える並進移動手段を設けてもよい。一方のプレート(たとえばレンズ面が形成されたボトムプレートBP)に対して、他方のプレート(たとえばトッププレートTP)の高さ位置を相対的に変えることで、漏れ波の放射方向を制御することができる。これにより、周波数を掃引しなくてもビームを走査することができる。このとき、一方のプレートを、x軸を回動軸としてチルト可能にすることによって、ビームの放射方向とともに、ビームの広がりを制御してもよい。x軸まわりのチルト手段なしに、並進移動手段のみを設けてもよい。この場合も、周波数の掃引なしにx‐z面内で所定の方向にビームを走査することができる。
【0120】
図31は、プレート間隔の変更、または周波数掃引によるビーム走査を示す図である。プレート間の間隔dを、0.5mm、0.6mm、0.7mmと変える。周波数は、300GHz、310GHz、320GHzと変える。
【0121】
間隔dの変化に着目すると、周波数一定の場合、プレート間隔を狭くすることでプレート面からの放射角度を大きくすることができる。周波数の掃引に着目すると、プレート間隔一定の場合、周波数を下げることでプレート面からの放射角度を大きくすることができる。間隔dまたは周波数(または角周波数ω)を変えることによる放射角の変化は、式(1)で表されるとおりである。
【0122】
図32は、漏れ波放射構成146を有するレンズアンテナ10Gの模式図、
図33は、
図32のI-I'断面図である。レンズ101を形成する湾曲部111に隣接して、平坦部112が設けられ、漏れ波放射構成146は、たとえば平坦部112と対向する位置に設けられる。
【0123】
漏れ波放射構成146は、使用波長に対して透明な誘電体147と、誘電体147の表面に形成された金属パターン148を有する。金属パターンは、メッシュパターン、格子パターンなど、使用波長よりも十分に小さい開口を持つパターンである。誘電体147は透明な絶縁フィルム、絶縁性のポリマープレートなどであってもよい。
【0124】
図32の構成は、
図29のレンズアンテナと比較して作製が容易であり、軽量である。
図29と
図32のいずれの構成でも、ビームの走査方向に2つの自由度(x-y面内での走査と、x-z面内での走査)を与えることができる。
【0125】
漏れ波放射構成145または146に設けられる穴またはメッシュ開口は、必ずしも同一サイズでなくてもよい。たとえば、開口サイズをx方向に向かって徐々に大きくすることで、漏れ波の放射強度を徐々に強めることも可能である。この場合、漏れ波放射構成145、146は、放射率調整器としても機能し得る。すなわち、漏れ波としてz方向に放射される成分と、プレート間を伝搬して漏れ波と異なる方向(たとえばy方向)に偏向される成分の割合を調整することができる。
【0126】
第3実施形態の構成により、ビーム走査の自由度を増やすことができる。第3実施形態の構成は、第1実施形態のレンズアンテナと、第2実施形態のレンズアンテナのいずれにも適用可能である。第3実施形態のレンズアンテナをレーダ装置1(
図14参照)に適用する場合は、あらかじめプロセッサ22に2枚のプレート間の間隔dと、漏れ波の放射方向(または角度)の対応関係を保存し、対応関係に基づいて、レンズアンテナで受信された信号から物体の方向と距離を決定してもよい。
【0127】
以上、特定の実施例に基づいて本発明を説明してきたが、本発明は実施例の構成に限定されない。本発明のレンズアンテナは、特にテラヘルツ波の走査に有用であるが、ミリ波やマイクロ波の走査にも適用可能であり、小型で軽量、かつ小消費電力のミリ波レーダ等が実現可能である。
【0128】
湾曲部111が形成されるのは、第1プレート110または第2プレート120の一方に限定されず、第1プレート110と第2プレート120の双方に湾曲部が形成されてもよい。第1プレート110の湾曲部と第2プレート120の湾曲部を同じ形状にする場合は同じ部品を用いることができ、生産効率が向上する。第1プレート110と第2プレート120の湾曲部の深さ割合は、必ずしも0.5対0.5である必要はない。たとえば、第1プレート110の湾曲部を第1実施形態の0.7倍の深さに形成し、第2プレート120に、第1実施形態の0.3倍の深さの浅い湾曲部を形成してもよい。
【0129】
第1プレート110と第2プレート120(またはボトムプレートBPとトッププレートTP)に形成される湾曲部は、必ずしも凹形状である必要はなく、上述したルネベルグレンズの実効屈折率分布が得られる限り、一方の湾曲部を凸形状、他方の湾曲部を、凸形状を上回る曲率の凹形状にすることでメニスカス形状のレンズを実現してもよい。
【0130】
第1プレート110と第2プレート120のそれぞれに所定曲率の湾曲部を設ける場合に、一方のプレートの曲率がゼロ(すなわち曲率半径が無限大)のときは、そのプレートは平坦面だけを有し、
図1~
図7等を参照して説明した実施形態の構成となる。
【0131】
プレートの外周にテーパ部を設ける場合、第1プレート110と第2プレートの双方に傾斜部を設ける必要はなく、いずれか一方に傾斜部を設ける構成としてもよい。
【0132】
レンズアンテナ10のチルトは、第1プレート110と第2プレート120が互いに対して相対的に傾斜すればよいので、第1プレート110を固定して第2プレート120を傾斜してもよい。また、第1プレート110と第2プレートをそれぞれ逆方向にチルトすることで、ビーム偏向角を2倍に拡張してもよい。チルトの回動軸は1つに限定されず、たとえば、直交するニ軸方向にそれぞれ独立してチルト可能にすることで、ビーム走査の自由度を向上してもよい。
【0133】
漏れ波放射構成を用いる場合、開口パターンを必ずしも平坦部112と対向する領域に設ける必要はなく、レンズ101が形成される領域に設けてもよい。たとえば、透明な誘電体でトッププレートTPを形成し、トッププレートTPのうちボトムプレートBPの湾曲部111と対向する領域に金属膜で開口パターンを形成してもよい。この場合は、誘電体自体にビーム整形機能を持たせることが望ましい。
【0134】
所望の周波数、あるいは所望の周波数帯域に対して、レンズ101を形成するプレート内面の湾曲面を、ルネベルグレンズの実効屈折率分布を満たすように設計することで、わずかのチルト角で大きくビームを偏向することができる。レンズ101はエアレンズに限定されず、第1プレートと第2プレートの間に適切な気体または液体を満たしてもよい。プレートのチルトによって導波路を形成する媒質の実効屈折率分布に勾配をつけることで、周波数の掃引なしに、かつ、給電点の切り替えなしに、効率的にビームを偏向することができる。
【0135】
本発明は、ドローン等の移動体に搭載して、詳細な位置測定が可能である。また、センサー技術に適用して、人体の微細変位の測定等が可能である。さらに、送信波または受信波の指向性を切り換えながら情報伝送を行う無線通信装置に適用することもできる。この場合は、送信器と受信器をレンズアンテナに取り付け、レンズアンテナのチルト角を制御することで指向性を切り替えることができる。2台以上の無線通信装置を用いて双方向通信を行うことも可能である。使用波にテラヘルツ波を用いる場合は、リンクが途切れがちなテラヘルツ無線通信でビームの指向性を自動調整(トラッキング)しながら安定かつ高速、広帯域の無線通信を実現できる。第2実施形態の漏れ波を利用したレンズアンテナでは、周波数の掃引なしにビームを走査することができるので、所定の通信帯域内で無線通信する無線通信装置に特に好適に適用される。
【0136】
この出願は、2019年8月20日に出願された日本国特許出願第2019-150591号に基づきその優先権を主張するものであり、その全内容を含むものである。
【符号の説明】
【0137】
1 レーダ装置
10、10A、10B、10C、10D、10E、10F、10G レンズアンテナ
21 送受信機
22 プロセッサ
23 アクチュエータ
31 ゴニオステージ
32 屈曲アクチュエータ
33 伸縮アクチュエータ
101 レンズ
102 パラレル部
103 テーパ部
104 直線部
105 突起
110 第1プレート
111 湾曲部
112 平坦部
113 傾斜部
120 第2プレート
121 平坦部
123 傾斜部
130 ターゲット
145,146 漏れ波放射構成
TP トッププレート
BP ボトムプレート