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特許7520175血中デカン酸濃度の上昇方法、血中デカン酸濃度上昇剤、医薬組成物、食品組成物
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  • 特許-血中デカン酸濃度の上昇方法、血中デカン酸濃度上昇剤、医薬組成物、食品組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-11
(45)【発行日】2024-07-22
(54)【発明の名称】血中デカン酸濃度の上昇方法、血中デカン酸濃度上昇剤、医薬組成物、食品組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/23 20060101AFI20240712BHJP
   A61K 31/231 20060101ALI20240712BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20240712BHJP
   A61P 3/04 20060101ALI20240712BHJP
   A23L 33/115 20160101ALI20240712BHJP
   A23D 9/00 20060101ALI20240712BHJP
【FI】
A61K31/23
A61K31/231
A61P3/10
A61P3/04
A23L33/115
A23D9/00 518
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2023037718
(22)【出願日】2023-03-10
(62)【分割の表示】P 2022565919の分割
【原出願日】2022-03-16
(65)【公開番号】P2023060897
(43)【公開日】2023-04-28
【審査請求日】2023-03-10
(31)【優先権主張番号】P 2021053119
(32)【優先日】2021-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100169317
【弁理士】
【氏名又は名称】濱野 愛
(72)【発明者】
【氏名】辻野 祥伍
(72)【発明者】
【氏名】高木 哲雄
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】特許第7245399(JP,B2)
【文献】特表2018-534342(JP,A)
【文献】特開2018-052818(JP,A)
【文献】特開2010-043098(JP,A)
【文献】特表平10-504021(JP,A)
【文献】国際公開第2016/121675(WO,A1)
【文献】特表平02-502010(JP,A)
【文献】STRAARUP, E. M. et al.,"Structured Lipids Improve Fat Absorption in Normal and Malabsorbing Rats",Nutrient and Metabolism,2000年,Vol.130,pp.2802-2808, ISSN: 1743-7075
【文献】PUJOL, J.B. et al.,"Coordination of GPR40 and Ketogenesis Signaling by Medium Chain Fatty Acids Regulates Beta Cell Fun,Nutrients,2018年,Vol.10, No.473,ISSN: 2072-6643
【文献】MU, H. et al.,"Intestinal absorption of specific structured triacylglycerols",Journal of Lipid Research,2001年,Vol.42,pp.792-798, ISSN: 0022-2275
【文献】KISHI, T. et al.,"Structured triglycerides containing medium-chain fatty acids and linoleic acid differently influenc,Nutrition Research,2002年,Vol.22,pp.1343-1351, ISSN: 0271-5317
【文献】長鎖脂肪酸,生化学辞典,第3版,p.883
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 3/00
A23L 33/00-33/29
A23D 9/00- 9/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOS
IS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肥満又は糖尿病の治療又は予防に使用するための医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを含み、
構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなる前記トリグリセリドの含有量が、前記医薬組成物に含まれるトリグリセリド全体に対して、20質量%以上80質量%以下であり、
前記構成脂肪酸が、前記構成脂肪酸全体に対して、53.7質量%以上のデカン酸を含有し、
前記長鎖脂肪酸の炭素数が、14以上22以下である、
医薬組成物。
【請求項2】
食後の血糖値上昇抑制、痩身、肥満予防、又は肥満改善のいずれか1つに使用するための食品組成物であって、
前記食品組成物は、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを含み、
構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなる前記トリグリセリドの含有量が、前記食品組成物に含まれるトリグリセリド全体に対して、20質量%以上80質量%以下であり、
前記構成脂肪酸が、前記構成脂肪酸全体に対して、53.7質量%以上のデカン酸を含有し、
前記長鎖脂肪酸の炭素数が、14以上22以下である、
食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中デカン酸濃度の上昇方法、血中デカン酸濃度上昇剤、医薬組成物、食品組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素数6~12の中鎖脂肪酸を摂取する場合、通常、グリセリンとエステル結合した中鎖脂肪酸トリグリセリド(以下、MCTともいう。)として摂取されている。また、MCTは摂取後、速やかに肝臓で酸化され、ケトン体となって血液によって各種の臓器に運ばれることが知られている。そして、前記ケトン体は細胞中のミトコンドリアのエネルギー源となり、神経細胞のエネルギーとなるため、てんかん、アルツハイマー病等に利用されている。
【0003】
上述のように、これまでMCTが発揮する生理機能の多くは、ケトン体を介したものと考えられてきたが、近年、炭素数10の中鎖脂肪酸(以下、デカン酸ともいう。)が骨格筋の脂質酸化能を亢進させることが報告されている(非特許文献1)。また、炭素数10の中鎖脂肪酸が膵β細胞におけるグルコース応答性インスリン分泌を亢進することも報告されている(非特許文献2)。
さらに、炭素数10~12の中鎖脂肪酸をリガンドとするレセプター(GPR84:G protein-coupled receptor 84)が様々な臓器に発現していることが報告されており(非特許文献3)、同レセプターを介して骨格筋ミトコンドリアを増加させ(非特許文献4)、体脂肪を燃焼しやすい体質にする効果が期待されている。
【0004】
通常、摂取されたMCTは、消化吸収された後、ほとんどが門脈を経由して肝臓でケトン体に代謝されるため、末梢組織にデカン酸等の中鎖脂肪酸を届けること(すなわち、末梢血中の中鎖脂肪酸の濃度を高めること)は、前記の消化吸収の特性上困難であった。また、末梢血中の中鎖脂肪酸の濃度を高めるには、一度に大量のMCTを摂取する必要があり、摂取による胃部不快感が発生する問題もあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Journal of Nutritional Science and Vitaminology,62,32-39(2016)
【文献】Nutrients,10,473(2018)
【文献】Journal of Biological Chemistry,281,34457-34464(2006)
【文献】The FASEB Journal,33,12264-12276(2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の問題を鑑み、一度に大量のデカン酸を摂取しなくとも、末梢血中のデカン酸濃度を高め、末梢組織に生理作用の発現に有効なデカン酸を届けることができる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを摂取することにより、意外にも、末梢血中のデカン酸濃度が著しく上昇できる点を見出し、本発明を完成した。具体的に、本発明は以下を提供する。
【0008】
(1)構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを摂取することによる、血中デカン酸濃度の上昇方法。
(2)前記トリグリセリド中に、構成脂肪酸の2つがデカン酸及び1つが長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを50質量%以上含有する、(1)に記載の血中デカン酸濃度の上昇方法。
(3)前記長鎖脂肪酸が不飽和脂肪酸である、(1)又は(2)に記載の血中デカン酸濃度の上昇方法。
(4)前記不飽和脂肪酸がオレイン酸である、(3)に記載の血中デカン酸濃度の上昇方法。
(5)血中デカン酸濃度を上昇させることにより、痩身、肥満予防、又は肥満改善する、(1)~(4)のいずれか1つに記載の血中デカン酸濃度の上昇方法。
(6)血中デカン酸濃度を上昇させることにより、食後の血糖値上昇抑制、糖尿病治療、又は糖尿病予防する、(1)~(4)のいずれか1つに記載の血中デカン酸濃度の上昇方法。
(7)構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを有効成分とする、血中デカン酸濃度上昇剤。
(8)前記トリグリセリド中に、構成脂肪酸の2つがデカン酸及び1つが長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを50質量%以上含有する、(7)に記載の血中デカン酸濃度上昇剤。
(9)前記長鎖脂肪酸が不飽和脂肪酸である、(7)又は(8)に記載の血中デカン酸濃度上昇剤。
(10)前記不飽和脂肪酸がオレイン酸である、(9)に記載の血中デカン酸濃度上昇剤。
(11)(7)~(10)のいずれかに記載の血中デカン酸濃度上昇剤を含む、肥満又は糖尿病の治療又は予防に使用される医薬組成物。
(12)(7)~(10)のいずれかに記載の血中デカン酸濃度上昇剤を含む、食後の血糖値上昇抑制、痩身、肥満予防、又は肥満改善のいずれか1つに使用される食品組成物。
(13)血中デカン酸濃度上昇剤の製造のための、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドの使用。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを摂取することで、構成脂肪酸がデカン酸である中鎖脂肪酸トリグリセリドのみを摂取する方法と比べて、末梢血中のデカン酸濃度を、より高濃度にできる技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法による、末梢血中のデカン酸濃度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の具体的な実施形態について、詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、以下で例示する好ましい態様やより好ましい態様等は、「好ましい」や「より好ましい」等の表現にかかわらず適宜相互に組み合わせて使用することができる。また、数値範囲の記載は例示であって、「好ましい」や「より好ましい」等の表現にかかわらず各範囲の上限と下限、並びに実施例の数値とを適宜組み合わせた範囲も好ましく使用することができる。さらに、「含有する」又は「含む」等の用語は、適宜「本質的になる」や「のみからなる」と読み替えてもよい。
【0012】
〔血中デカン酸濃度の上昇方法〕
本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法は、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを摂取することにより、末梢血中のデカン酸濃度を、生理作用が発現する濃度まで高める方法である。また、本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法は、デカン酸の摂取量が同じとなるように、構成脂肪酸がデカン酸のみからなるトリグリセリド(以下、トリデカノインともいう。)を摂取した場合と比べて、末梢血中の最高ピーク濃度が2倍以上に上昇することが好ましい。
【0013】
本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法によれば、トリデカノインを摂取した場合よりも、末梢血中のデカン酸濃度を高める効果に優れる。したがって、トリデカノインを摂取するよりも少量の摂取で、所望の血中デカン酸濃度を得ることができ、さらには、トリデカノインを多く摂取した際の胃部不快感も低減することができる。
【0014】
本発明において、「血中デカン酸濃度の上昇」とは、末梢血中のデカン酸濃度を、所望の生理作用が発現する程度まで高めることを指す。末梢血中のデカン酸濃度は、所望の生理作用が発現すればよく、特に限定されないが、例えば、ヒトの場合、好ましくは0.5~2000μM、より好ましくは1~1000μM、さらにより好ましくは5~500μM、最も好ましくは10~200μMである。末梢血中のデカン酸濃度は、血清中の全脂質画分をガスクロマトグラフィー法で測定することができる。
本発明において、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを摂取する方法は、好ましくは経口摂取である。
【0015】
本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法は、末梢血中のデカン酸が、ケトン体に代謝されることなく、デカン酸のまま骨格筋細胞に到達し、直接、及び/又はGPR84のリガンドとして作用し、骨格筋ミトコンドリアの増加、及び/又は骨格筋の脂質酸化能を亢進できると考えられる。したがって、体脂肪を燃焼しやすい体質にする効果が期待されるため、体脂肪の減少、及び/又は体脂肪の蓄積抑制による、肥満の予防又は改善、並びに痩身効果が期待できる。
【0016】
また、本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法は、末梢血中のデカン酸が、ケトン体に代謝されることなく、デカン酸のまま膵β細胞に到達して作用し、グルコース応答性インスリン分泌を亢進できると考えられる。したがって、食後の血糖値上昇を抑制する効果や、糖尿病の治療又は予防効果が期待できる。
【0017】
本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法は、上記の生理効果以外にも、GPR84を介して発現する生理効果を増強・亢進させることが期待できる。
【0018】
〔構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリド〕
本発明における、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドは、該トリグリセリドの分子内に1つ又は2つのデカン酸が、エステル結合したトリグリセリドである。具体的には、トリグリセリドの分子内にデカン酸が1つ、及び長鎖脂肪酸が2つエステル結合したトリグリセリド(以下、DL2ともいう。)、並びに、トリグリセリドの分子内にデカン酸が2つ、及び長鎖脂肪酸が1つエステル結合したトリグリセリド(以下、D2Lともいう。)から選ばれる1種又は2種からなるトリグリセリドを指す。DL2に結合する長鎖脂肪酸は異なる長鎖脂肪酸でもよい。なお、本発明におけるデカン酸は、n-デカン酸である。
【0019】
前記長鎖脂肪酸は、炭素数14~24の脂肪酸であり、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸等の長鎖飽和脂肪酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸、イコサペンタエン酸等の長鎖不飽和脂肪酸が挙げられる。また、前記長鎖脂肪酸は、本発明の効果を奏しやすい点で、不飽和脂肪酸が好ましく、オレイン酸がより好ましい。
DL2及び/またはD2Lの全構成脂肪酸中の長鎖脂肪酸において、該長鎖脂肪酸に占める不飽和脂肪酸の割合は、好ましくは70~100質量%、より好ましくは80~98質量%、最も好ましくは90~96質量%である。また、DL2及び/またはD2Lの全構成脂肪酸中の長鎖脂肪酸において、該長鎖脂肪酸に占めるオレイン酸の割合は、好ましくは70~100質量%、より好ましくは80~98質量%、最も好ましくは90~96質量%である。不飽和脂肪酸、又はオレイン酸の割合が上記の範囲にあると、本発明の効果を奏しやすい。
【0020】
本発明における、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドは、該トリグリセリドの合計中に、構成脂肪酸の2つがデカン酸及び1つが長鎖脂肪酸からなるトリグリセリド(D2L)を好ましくは50質量%以上、より好ましくは50~100質量%、さらにより好ましくは70~100質量%、最も好ましくは85~100質量%含有する。D2Lの含有量が上記の範囲にあると、デカン酸の摂取量が増えるため、血中デカン酸濃度の上昇効果がより得られる。
【0021】
本発明における、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドの分子種(DL2及び/またはD2L)を確認、定量する方法としては、例えば、ガスクロマトグラフ法(JAOCS,vol70,11,1111-1114(1993)及び、銀イオンカラム-HPLC法(J.High Resol.Chromatogr.,18,105-107(1995)準拠)を用いた方法が挙げられる。また、前記トリグリセリド中のデカン酸及び長鎖脂肪酸を確認、定量する方法としては、例えば、日本油化学会制定「基準油脂分析試験法 2.4.2.3-2013 脂肪酸組成(キャピラリーガスクロマトグラフ法)」に準拠して定量分析する方法が挙げられる。
【0022】
本発明における、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドの製造方法は、特に限定されるものではないが、グリセリン、デカン酸、トリデカノイン、長鎖脂肪酸トリグリセリド(以下、LCTともいう。)等を原料として、従来公知のエステル化反応、又はエステル交換反応を利用する製造方法が挙げられる。エステル化反応としては、例えば、脂肪酸とグリセリンとを減圧下で加熱・脱水縮合させることにより製造できる。エステル交換反応としては、例えば、ナトリウムメトキシド等の無機触媒を用いた化学的なエステル交換反応、リパーゼ等を用いた酵素によるエステル交換反応が挙げられる。エステル交換反応は、選択的エステル交換反応、又は非選択的エステル交換反応のいずれであってもよい。
例えば、D2Lを製造する場合、デカン酸とLCTとを、sn-1,3位特異性酵素を用いてエステル交換反応してデカン酸及び長鎖脂肪酸を構成脂肪酸とするトリグリセリドを含有する反応物を得る。次に、得られた反応物を精製して、トリグリセリドのsn-1,3位がデカン酸、sn-2位が長鎖脂肪酸であるD2Lを得る方法が挙げられる。
【0023】
〔血中デカン酸濃度上昇剤〕
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤は、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドを有効成分とする。そして、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤を摂取することで、末梢血中のデカン酸濃度を、生理作用が発現する濃度まで高めることができる。
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤は、トリデカノインを摂取した場合よりも、末梢血中のデカン酸濃度を高める効果に優れる。したがって、トリデカノインを摂取するよりも少量の摂取で、所望の血中デカン酸濃度を得ることができ、さらには、トリデカノインを多く摂取した際の胃部不快感も低減することができる。
【0024】
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤は、本発明の効果を阻害しない限り、DL2及びD2L以外のトリグリセリド分子種を含有してもよい。前記トリグリセリド分子種としては、MCT、LCT等が挙げられる。また、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤は、前記トリグリセリド分子種を含む油脂を含有してもよい。前記油脂は、食用として使用される油脂であれば特に限定されないが、例えば、大豆油、高オレイン酸大豆油、菜種油、高オレイン酸菜種油、コーン油、ゴマ油、ゴマサラダ油、シソ油、亜麻仁油、落花生油、紅花油、高オレイン酸紅花油、ひまわり油、高オレイン酸ひまわり油、綿実油、ブドウ種油、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油、カボチャ種子油、クルミ油、椿油、茶実油、エゴマ油、ボラージ油、オリーブ油、米糠油、小麦胚芽油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、カカオ脂、牛脂、ラード、鶏脂、乳脂、魚油、アザラシ油、藻類油等である。また、これらの油脂の2種以上をエステル交換したエステル交換油脂、これら油脂の水素添加油脂、これらの油脂の分別油脂等である。上記油脂は単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0025】
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤は、有効成分であるDL2及び/またはD2Lを、全トリグリセリド中に好ましくは50~100質量%、より好ましくは70~95質量%、最も好ましくは80~90質量%含有する。また、前記DL2及び/またはD2Lは、該トリグリセリドの合計中に、D2Lを好ましくは50質量%以上、より好ましくは50~100質量%、さらにより好ましくは70~100質量%、最も好ましくは85~100質量%含有する。D2Lの含有量が上記の範囲にあると、デカン酸の摂取量が増えるため、血中デカン酸濃度の上昇効果がより得られる。
【0026】
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤の、有効成分であるDL2及び/またはD2Lの製造方法、所望の生理活性が発現するための有効血中濃度、並びに期待される健康機能及び薬理効果は、本発明の血中デカン酸濃度の上昇方法と同様である。
【0027】
〔医薬組成物〕
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤は、肥満又は糖尿病の治療又は予防に使用される医薬組成物の製造のために適用できる。本発明の血中デカン酸濃度上昇剤を含む肥満又は糖尿病の治療又は予防に使用される医薬組成物(以下、「本発明の医薬組成物」ともいう。)は、副作用の懸念が少なく、継続投与に適した医薬品として好ましく利用できる。
【0028】
本発明の医薬組成物の形態としては特に限定されないが、継続的に摂取しやすいという観点から、本発明の医薬組成物は経口投与用医薬組成物であることが好ましい。本発明の医薬組成物は、固形状、液状、ゲル状のいずれであってもよい。
【0029】
経口投与用医薬組成物の形態としては、例えば、カプセル剤、錠剤、丸剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、シロップ剤等の製剤が挙げられる。
【0030】
本発明の医薬組成物は、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤、及び、薬理上及び製剤上許容し得る添加物を含む組成物であることが好ましい。「薬理上及び製剤上許容し得る添加物」としては、通常、製剤分野において賦形剤等として常用され、かつ、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤に含まれる有効成分(つまり、DL2及び/またはD2L)と反応しない物質を使用できる。
【0031】
本発明の医薬組成物の投与量は、投与目的(予防又は治療)、投与方法、投与期間、その他の諸条件(例えば、患者の症状、年齢、体重)に応じて、適宜設定できる。
本発明の医薬組成物の投与量は、経口投与の場合、下限値を、本発明の医薬組成物中のデカン酸の量に換算して、好ましくは1mg/kg体重/日以上、さらに好ましくは5mg/kg体重/日以上に設定できる。上限値については、本発明の医薬組成物中のデカン酸の量に換算して、好ましくは2500mg/kg体重/日以下、さらに好ましくは1000mg/kg体重/日以下に設定できる。
【0032】
本発明の医薬組成物は、副作用の懸念が少ないうえ、一般的な有効成分との相互作用が生じる可能性が低いため、既存薬(抗肥満薬、糖尿病治療薬等)と組み合わせて用いてもよい。本発明の医薬組成物と組み合わされる既存薬が糖尿病治療薬である場合、既存薬の用量を下げることができると考えられるので、該既存薬が有する副作用を低減できる可能性がある。
【0033】
本発明の医薬組成物は、副作用の懸念が少ないため、継続投与に適する。投与期間としては特に限定されないが、糖尿病又は肥満症の予防や治療において症状の改善が認められる場合、継続摂取が好ましい。投与は、上記期間中、数時間おきに行ってもよいし、間隔(例えば、1日~数日)をあけて行ってもよい。
【0034】
〔食品組成物〕
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤は、食後の血糖値上昇抑制、痩身、肥満予防、又は肥満改善に使用される食品組成物の製造のために適用できる。本発明の血中デカン酸濃度上昇剤の有効成分であるトリグリセリド(DL2及び/またはD2L)は、副作用の懸念が少ないだけではなく、食品の風味や嗜好性を損ないにくい。そのため、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤を含む食後の血糖値上昇抑制、痩身、肥満予防、又は肥満改善に使用される食品組成物(以下、「本発明の食品組成物」ともいう。)は摂食しやすい食品として好ましく利用できる。
【0035】
本発明の食品組成物の形態としては、サプリメントや、一般食品、動物用食品、動物用飼料が挙げられる。また、本発明の食品組成物は、固形状、液状、ゲル状のいずれであってもよい。
【0036】
サプリメントの形態は特に限定されず、固形製剤又は液体製剤のいずれでもよい。例えば、錠剤、被覆錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、粉剤、徐放性製剤、懸濁液、エマルジョン剤、内服液、糖衣錠、丸剤、細粒剤、シロップ剤、エリキシル剤等の製剤が挙げられる。
【0037】
一般食品の形態は特に限定されず、例えば、パン・菓子類(パン、ケーキ、クッキー、ビスケット、ドーナツ、マフィン、スコーン、チョコレート、スナック菓子、ホイップクリーム、アイスクリーム等)、飲料類(果汁飲料、栄養ドリンク、スポーツドリンク等)、スープ類、調味加工食品(ドレッシング、ソース、マヨネーズ、バター、マーガリン、調製マーガリン等)、ファットスプレッド、ショートニング、ベーカリーミックス、炒め油、フライ油、フライ食品、加工肉製品、冷凍食品、フライ食品、麺、レトルト食品、流動食、嚥下食等が挙げられる。
【0038】
本発明の血中デカン酸濃度上昇剤を一般食品の製造のために使用する場合は、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤の有効成分であるトリグリセリド(DL2及び/またはD2L)を、そのまま原材料に追加するか、原材料の油脂の一部又は全部を、該トリグリセリドに置き換えて使用することが好ましい。
【0039】
本発明の食品組成物中の全トリグリセリドに含まれる、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤の有効成分であるトリグリセリド(DL2及び/またはD2L)は、好ましくは20質量%以上であり、より好ましくは30質量%以上、さらにより好ましくは50質量%以上である。また、上限値は、好ましくは80質量%以下、さらに好ましくは70質量%以下である。上記範囲であれば、本発明の食品組成物を一般食品と同様に無理なく摂取しやすい。
【0040】
本発明の食品組成物の摂取量は、摂取目的(予防又は改善)、摂取期間、その他の諸条件(例えば、摂食者の症状、年齢、体重)に応じて、適宜設定できる。
本発明の食品組成物の摂取量は、下限値を、本発明の食品組成物中のデカン酸の量に換算して、好ましくは1mg/kg体重/日以上、さらに好ましくは5mg/kg体重/日以上に設定できる。上限値については、本発明の食品組成物中のデカン酸の量に換算して、好ましくは2500mg/kg体重/日以下、さらに好ましくは1000mg/kg体重/日以下に設定できる。
【0041】
本発明の食品組成物は、血糖値上昇の抑制又は高血糖状態の改善のために用いられる物である旨の表示を付してもよい。例えば、「血糖値が気になる方に」、「食後の血糖値が気になる方に」、「血糖値が気になりはじめた方に」、「血糖値の上昇をおだやかにする」、「糖の吸収をおだやかにする」、「血糖値の急激な上昇を抑えたい方に」、「血糖値を下げる」等の表示を付すことができる。
【0042】
本発明の食品組成物は、体脂肪の減少、及び/又は体脂肪の蓄積抑制による肥満の予防又は改善のために用いられる物である旨の表示を付してもよい。例えば、「体重が気になる方へ」、「代謝を高める」、「肥満気味の方の体脂肪を減らすことを助ける」、「脂肪を代謝する力を高める」、「スタイルをサポート」、「体脂肪が気になる方へ」、「肥満気味な方へ」、「体重(BMI)が気になる方へ」、「体重やお腹の脂肪(内臓脂肪と皮下脂肪)を減らす」、「ウエスト周囲長を減らす」、「痩せる」、「理想のカラダへ」、「ダイエット」、「スリム」等の表示を付すことができる。
【実施例
【0043】
次に、実施例および比較例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
【0044】
〔トリグリセリドの準備〕
以下に記載するとおり、各種トリグリセリド(TG1~4)を準備した。なお、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリド(すなわち、本発明の血中デカン酸濃度上昇剤)は、TG2及びTG3である。
TG1~4中のトリグリセリド分子種の含有量を、ガスクロマトグラフ法(JAOCS,vol70,11,1111-1114(1993)及び、銀イオンカラム-HPLC法(J.High Resol.Chromatogr.,18,105-107(1995)準拠)を用いて測定した。また、各種トリグリセリド中の脂肪酸組成を、日本油化学会制定「基準油脂分析試験法 2.4.2.3-2013 脂肪酸組成(キャピラリーガスクロマトグラフ法)」に準拠して測定した。測定結果を表1及び2に示した。
【0045】
〔TG1〕
構成脂肪酸がデカン酸のみからなるトリグリセリド(トリデカノイン:日清オイリオグループ(株)製造品)をTG1とした。
【0046】
〔TG2〕
ハイオレイックひまわり油(商品名:日清ひまわり油、日清オイリオグループ(株)製)と、デカン酸エチル(東京化成(株)製)とを質量比4:6で混合し、sn-1,3位特異性リパ-ゼ(商品名:Lipozyme RMIM、ノボザイム社製)を対油0.3質量%となるように添加し、反応フラスコ中で撹拌しながら50℃で24時間酵素反応を行い、反応油を得た。前記反応油から常法により酵素、遊離脂肪酸、及びエステルを除去し、精製反応油を得た。前記精製反応油と、前記デカン酸エチルとを質量比2:8で混合し、上記と同じ酵素反応、及び、上記と同じ精製を行い、さらに、常法により脱色と脱臭を行い、TG2を得た。
【0047】
〔TG3〕
トリデカノイン(日清オイリオグループ(株)製造品)と、オレイン酸エチル(和光純薬工業(株)製)とを質量比8:2で混合し、sn-1,3位特異性リパ-ゼ(商品名:Lipozyme RMIM、ノボザイム社製)を対油0.3質量%となるように添加し、反応フラスコ中で撹拌しながら50℃で10時間酵素反応を行い、反応油を得た。前記反応油から常法により酵素、遊離脂肪酸、及びエステルを除去し、さらに、さらに、常法により脱色と脱臭を行い、TG3を得た。
【0048】
〔TG4〕
トリグリセリドの全構成脂肪酸中のデカン酸含量が、TG2のデカン酸含量と同等となるように、トリデカノイン(日清オイリオグループ(株)製造品)と、ハイオレイックひまわり油(商品名:日清ひまわり油、日清オイリオグループ(株)製、トリグリセリド含有量98質量%)とを混合して、TG4を得た。
【0049】
【表1】
【0050】
表2中の「C10-P-C10」、「C10-C10-P」、「C10-O-C10」、「C10-C10-O」、「C10-L-C10」、及び「C10-C10-L」は、D2Lに該当し、「C10-O-O」、及び「O-C10-O」はDL2に該当する。また、「その他」はLCTに該当する。
【0051】
【表2】
【0052】
〔ラットへのトリグリセリドの投与試験〕
7週齢のSD系雄性ラット(日本SLC)をTPX製ケージ(W21.8×D37.3×H18.1cm)を用いて3匹以下/ケージで飼育した。飼育期間を通して、放射線滅菌された固形飼料「ラボMRストック」(日本農産工業株式会社)を自由摂取させ、試験油脂投与の約16時間前から絶食させた。飲料水は、給水瓶を用いて蒸留水を自由摂取させた。馴化期間は1週間とし、馴化期間最終日に、一般状態の異常が認められないことを確認して、電子天秤(GX-3000;A&D)を用いて体重を測定した。体重が各群ほぼ均等になるように群分けソフト(Statlight;Yukms)を用いて、試験油脂ごとに6群に振り分けた(各群6匹)。
【0053】
各TGを1mLディスポーザブルシリンジおよびラット用ディスポーザブル胃ゾンデを用いて1mL/Body単回経口投与した。投与1時間後に、イソフルラン吸入による麻酔下で腹大動脈より採血した。血液を血清分離剤入りのチューブ(BDバキュテイナ採血管 凝固促進用シリカ微粒子/血清分離剤;日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に入れ、30分以上室温放置した後、冷却小型遠心機(H-60R;株式会社コクサン)を用いて3,000rpmで15分間遠心分離して血清を得た。
【0054】
ガラス試験管にクロロホルム/メタノール/血清=1:2:0.8(v/v/v)を加え、タッチミキサーでよく攪拌した。10分間遮光・室温で静置し、クロロホルム/メタノール/血清+水=1:1:0.9(v/v/v)となるようにクロロホルム及び蒸留水を加えた。タッチミキサーで攪拌後、遠心分離(4℃,1,500rpm,10min)を行った。下層のクロロホルム層をパスツールピペットで回収し、ガラス試験管(日電理化硝子)に移した。残った水層に、取り出した量と同量のクロロホルムを加え、タッチミキサーで攪拌後、同様に遠心分離して下層を回収した。回収したクロロホルム層をドライアップして全脂質画分とした。
【0055】
抽出した脂質画分に0.5mol/L NaOH-メタノール溶液を2ml加えた。タッチミキサーでよく攪拌し、100℃のブロックヒーターで7分間静置した。室温まで放冷した後、三フッ化ほう素メタノール錯体溶液(Sigma-Aldrich)を3mL加えた。タッチミキサーでよく攪拌し、100℃のブロックヒーターで5分間静置した。室温まで放冷した後、ヘキサン0.8mLを加え、激しく攪拌した。飽和食塩水を7mL加え、激しく攪拌した。ヘキサン層をバイアルに移し、表3に示す条件でGC(Agilent)に供し、内部標準法により血中デカン酸濃度を定量した。測定結果を表4及び図1に示した。
【0056】
TG1~4投与群のそれぞれの血中デカン酸濃度の差異について、Tukey-kramer’s Test法を用いて多重比較検定し、危険率5%未満(p<0.05)を統計学的に有意であるとした。結果を図1に示した。
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
上記の結果より、TG1投与群、TG2又はTG3投与群、及びTG4投与群には、それぞれ有意差が認められた(図1)。また、TG2又はTG3投与群は、TG1投与群と比べて、血中デカン酸濃度が9倍以上上昇し、TG4投与群と比べて、血中デカン酸濃度が約2.5倍上昇した。
したがって、TG2及びTG3のような、構成脂肪酸がデカン酸及び長鎖脂肪酸からなるトリグリセリドの摂取は、血中デカン酸濃度を効果的に上昇することができるので、痩身、肥満予防又は改善、食後の血糖値上昇抑制、糖尿病治療又は予防等の効果が期待できた。

図1