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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20240717BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20240717BHJP
   H01M 4/131 20100101ALI20240717BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/131
C01G53/00 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019157312
(22)【出願日】2019-08-29
(65)【公開番号】P2021034356
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-06-06
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】相田 平
(72)【発明者】
【氏名】菅沼 慎介
(72)【発明者】
【氏名】加藤 敏弘
【審査官】梅野 太朗
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/048380(WO,A1)
【文献】特開2007-257890(JP,A)
【文献】国際公開第2016/060105(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M4/00-4/62
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前駆体としての遷移金属複合水酸化物とリチウム化合物との混合物を熱処理することで製造するリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の製造方法であって、前記熱処理は、700℃以上900℃以下の範囲内にある所定の閾値温度以下の低温域では大気雰囲気で行い、該所定の閾値温度を超えた850℃以上1050℃以下(850℃を除く)の高温域では酸素雰囲気で行い、前記熱処理における昇温の際は昇温速度を5~10℃/分にすると共にリチウム化合物の融点付近で1~5時間保持し、前記正極活物質は、そのメジアン径D50を前記前駆体としての遷移金属複合水酸化物のメジアン径D50で除して求めたD50の比が1.05未満であり且つX線回折法により測定した(003)面回折ピーク幅をシェラー式に代入することで求めた結晶子径が1000Å以上であることを特徴とする正極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記遷移金属複合水酸化物は、組成式がNiMnCo(OH)2+α(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0≦t≦0.1、-0.20≦α≦0.20、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、及びWからなる群から選択される1種以上の添加元素)で示されること特徴とする、請求項1に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記リチウム遷移金属複合酸化物は、組成式がLi1+uNiMnCo2+β(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0≦t≦0.1、-0.20≦β≦0.20、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、及びWからなる群から選択される1種以上の添加元素)で示されることを特徴とする、請求項2に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項4】
前記リチウム化合物が、炭酸リチウム、水酸化リチウム、又はこれら両者の混合物であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項5】
少なくとも正極、負極、及び電解質から構成されるリチウムイオン二次電池であって、該正極の正極材料に請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法により製造された正極活物質を用いることを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法、及び製造方法で製造された正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォンやタブレットPCなどの小型情報端末が普及するに伴い、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な二次電池の需要が高まっている。また、ハイブリット電気自動車、プラグインハイブリッド電気自動車、電池式電気自動車などの電気自動車用の電源として、高出力の二次電池の開発が強く望まれている。上記用途の二次電池として、正極、負極、非水系電解質、及びセパレータで主に構成される非水系電解質二次電池が知られている。また、固体電解質を用いた全固体二次電池が次世代エネルギー貯蔵デバイスとして期待されている。
【0003】
上記の二次電池のうち、正極材料に層状又はスピネル型のリチウム遷移金属複合酸化物からなる活物質を用い、充放電によりリチウムの脱離・挿入を行うリチウムイオン二次電池が既に実用化されている。リチウムイオン二次電池は、4V級の電圧が得られるうえ、エネルギー密度等の特性にも優れているが、更なる特性の向上のため現在も盛んに研究開発が行われている。このリチウムイオン二次電池の正極活物質に用いるリチウム遷移金属複合酸化物には、様々な組成の複合酸化物が提案されている。
【0004】
例えば、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO)、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn)やリチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi0.5Mn0.5)、コバルトの一部をニッケルとマンガンで置換した三元系のリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3)などを挙げることができる。
【0005】
また、正極活物質の形態も様々なものが提案されており、例えば特許文献1には、層状構造を有する六方晶系リチウム含有複合酸化物からなり、空隙を備えた二次粒子の形態を有する正極活物質が開示されており、平均粒径を3~12μmにすると共に粒度分布を狭く抑えることで、放電容量が大きく且つ高出力の二次電池が得られると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-229339号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1に開示されているように、比較的小粒径で粒度分布が狭い、即ち粒子径が揃った正極活物質を用いることで、サイクル特性や出力特性に優れたリチウムイオン二次電池を得ることが可能になる。しかしながら、小型情報端末や電気自動車は、近年ますます高機能化や高性能化が進められており、これらに搭載されるリチウムイオン二次電池には、より一層高い充電時の安定性が求められる傾向にある。かかる要望に応えるには、正極活物質の製造工程において、熱処理温度を上げたり、熱処理時間を長くしたりすることによって、正極活物質の結晶性を高めることが有効と考えられる。
【0008】
しかしながら、上記の熱処理条件では、正極活物質の粒子同士の凝集や焼結が促進されるため、凝集塊や焼結体が生成しやすくなって、該熱処理後に得られる粉粒体の形態を有する正極活物質の流動性が低下するなどの取り扱い上の問題が生ずるうえ、この正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池の電池特性にばらつきが生ずることがあった。本発明は上記の実状に鑑みてなされたものであり、優れた電池特性を有する正極活物質を安定的に且つ取り扱い上の問題を生ずることなく製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明に係る正極活物質の製造方法は、前駆体としての遷移金属複合水酸化物とリチウム化合物との混合物を熱処理することで製造するリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の製造方法であって、前記熱処理は、700℃以上900℃以下の範囲内にある所定の閾値温度以下の低温域では大気雰囲気で行い、該所定の閾値温度を超えた850℃以上1050℃以下(850℃を除く)の高温域では酸素雰囲気で行い、前記熱処理における昇温の際は昇温速度を5~10℃/分にすると共にリチウム化合物の融点付近で1~5時間保持し、前記正極活物質は、そのメジアン径D50を前記前駆体としての遷移金属複合水酸化物のメジアン径D50で除して求めたD50の比が1.05未満であり且つX線回折法により測定した(003)面回折ピーク幅をシェラー式に代入することで求めた結晶子径が1000Å以上であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、取り扱いが容易で且つ電池特性に優れた正極活物質を工業規模で安定的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施例の正極活物質の製造方法において採用した焼成工程の炉内温度プロフィールを示すグラフである。
図2】本発明の比較例の正極活物質の製造方法において採用した焼成工程の炉内温度プロフィールを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者は、取り扱いが容易で且つリチウムイオン二次電池の正極材料として用いたときに優れた出力特性が得られるリチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法について鋭意検討を重ねた結果、前駆体の遷移金属複合水酸化物とリチウム原料との混合物を熱処理する際の雰囲気を特定の条件下で行うことで、粒子同士の焼結を抑えつつ、リチウムイオン二次電池の正極材料として用いたときに優れた出力特性を示す正極活物質が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。以下、かかる本発明の正極活物質の製造方法の実施形態について説明する。先ず、該正極活物質の製造方法において中間原料となる前駆体としての遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法について説明する。
【0013】
1. 遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法
本発明の実施形態に係る正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物粒子は、例えば、組成式Aが、NiMnCo(OH)2+α(式中、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0≦t≦0.1、-0.20≦α≦0.20であり、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素である)で示される。
【0014】
この遷移金属複合水酸化物粒子は、原料調製工程において調製した遷移金属を含む原料水溶液、及びアンモニウムイオン供給体を含む水溶液を反応槽に供給し、該反応槽内で晶析反応によって生成するのが好ましい。この晶析反応は、核生成工程及び粒子成長工程の順に2工程に分けて行うことが好ましい。具体的には、先ず核生成工程において、該反応槽内の反応水溶液のpH値を液温25℃基準で12.0~14.0程度に調整して核の生成を行い、次に粒子成長工程において、該核生成工程で生成した核を含む反応水溶液のpH値を、液温25℃基準で該核生成工程のpH値よりも好適には0.5以上低い例えば10.5~12.0程度に調整して核を成長させる。
【0015】
上記の核生成工程及び粒子成長工程の初期段階では、該反応槽内の雰囲気を酸素濃度5容量%を超える酸化性雰囲気にし、該粒子成長工程の初期段階より後の段階では、該反応槽内の雰囲気を酸素濃度5容量%以下の非酸化性雰囲気にすることが好ましい。これにより、粒度分布が狭い遷移金属複合水酸化物粒子を効率よく生成することができる。
【0016】
なお、上記反応水溶液の液温は、上記生成工程及び粒子成長工程を通して、20~60℃の範囲内に制御することが好ましい。この液温が20℃未満では、反応水溶液の溶解度が低くなることに起因して核生成が起こりやすくなり、最終的に得られる遷移金属複合水酸化物粒子の平均粒径や粒度分布の制御が困難になる。逆に上記液温が60℃を超えると、アンモニアの揮発が促進されるので、これを補うためにアンモニウムイオン供給体を含む水溶液の供給量が増加して生産コストが増加してしまう。以下、遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法を構成する上記各工程ごとに具体的に説明する。
【0017】
1.1 原料調製工程
先ず、晶析反応が行われる反応水溶液の原料となる遷移金属の化合物を含んだ原料水溶液、該反応水溶液中において錯化剤の役割を担うアンモニウムイオン供給体を含む水溶液、及び該反応水溶液のpH値を調整する役割を担うアルカリ水溶液をそれぞれ下記に示す方法で調製する。
(a)原料水溶液
原料水溶液の調製では、該原料水溶液に含有させる遷移金属元素のモル基準の配合割合が、目的とする遷移金属複合水酸化物粒子の組成に一致するように配合する。例えば、前述した一般式Aで表される遷移金属複合水酸化物粒子を生成する場合は、原料水溶液中の金属元素のモル比が、Ni:Mn:Co:M=x:y:z:t(ただし、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0≦t≦0.1)となるように配合する。
【0018】
上記遷移金属は、各々、化合物の形態で水に添加して原料水溶液を調製する。具体的な化合物の種類には限定はないが、取り扱いの容易さの観点から硝酸塩、硫酸塩、又は塩化物などの水溶性の化合物が好ましく、これらの中ではコストやハロゲンの混入を防止する観点から硫酸塩が特に好ましい。また、遷移金属複合水酸化物粒子中に必要に応じて添加される添加元素M(Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、及びWからなる群から選択される1種以上の添加元素)においても、上記と同様に水溶性の化合物が好ましい。
【0019】
上記遷移金属の化合物及び必要に応じて添加される添加元素Mの化合物は、原料水溶液中のそれらの合計モル濃度が1.0~2.6mol/Lであるのが好ましく、1.5~2.2mol/Lであるのがより好ましい。このモル濃度が1.0mol/L未満では、反応水溶液の単位体積当たりの析出量が少なくなるので生産性が低下する。逆に、このモル濃度が2.6mol/Lを超えると、常温において飽和濃度を超えるものが生じうるため、金属化合物の結晶が再析出して配管などを詰まらせるおそれがある。なお、目的とする化合物以外の化合物が生成されるのを防ぐため、各金属化合物ごとに水溶液を調製して反応槽に導入してもよい。
【0020】
(b)アンモニウム供給体を含む水溶液
アンモニウムイオン供給体を含む水溶液の種類には特に限定はなく、例えば、アンモニア水、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、炭酸アンモニウム、フッ化アンモニウムなどの水溶液を使用することができる。これらの中ではアンモニア水が好ましい。アンモニア水を使用する場合は、その濃度は20~30質量%が好ましく、22~28質量%がより好ましい。アンモニア水の濃度を20~30質量%の範囲内に調整することにより、揮発などによるアンモニアの損失を抑制できるので生産コストを抑えることができる。
【0021】
(c)アルカリ水溶液
アルカリ水溶液の種類には特に限定はなく、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの一般的なアルカリ金属水酸化物水溶液を用いることができる。このアルカリ金属水酸化物は、pH制御を容易にするため、水溶液の形態で添加することが好ましい。この場合のアルカリ金属水酸化物の水溶液濃度は、20~50質量%が好ましく、26~30質量%がより好ましい。上記のようにアルカリ金属水酸化物の水溶液濃度を20~50質量%の範囲内に調整することにより、晶析反応系に導入される溶媒としての水の量を抑制しつつ、該アルカリ金属水酸化物の添加位置で局所的にpH値が高くなることを防止することができる。その結果、粒度分布の狭い複合水酸化物粒子を効率的に得ることが可能となる。
【0022】
1.2 核生成工程
核生成工程では、先ず反応槽に上記原料調製工程で調製したアルカリ水溶液とアンモニウムイオン供給体を含む水溶液とを導入し、pH計で測定した液温25℃基準のpH値が12.0~14.0、イオンメータで測定したアンモニウムイオン濃度が3~25g/Lの反応前水溶液を調製する。
【0023】
次に、この反応前水溶液を撹拌しながら、上記原料調製工程で調製した原料水溶液を供給する。これにより、反応槽内において、遷移金属複合水酸化物粒子の芯となる核が生成される。この核生成工程においては、核の生成が行われる反応水溶液のpH値を液温25℃基準で12.0~14.0の範囲内に制御するのが好ましい。これにより、核の成長を抑制しつつ新しい核の生成を優先させることが可能となり、よって核生成工程で生成される核を均質でかつ粒度分布の狭いものにすることができる。
【0024】
この反応水溶液のpH値が12.0未満では、核生成と共に核の成長が進行しやすくなるため、晶析工程において最終的に得られる遷移金属複合水酸化物粒子の粒径が不均一になり、粒度分布が広がるおそれがある。逆にこのpH値が14.0を超えると、生成する核が微細になりすぎるため、該反応水溶液がゲル化するおそれがある。この核生成工程においては、更にpH値の変動幅が±0.2以内に制御されることが好ましい。これにより、遷移金属複合水酸化物粒子の粒度分布をより一層狭くすることが可能になる。
【0025】
なお、核生成工程では、核生成に伴って反応水溶液のpH値及びアンモニウムイオン濃度が変化するので、上記pHの範囲及びアンモニウムイオン濃度の範囲が維持されるように、アルカリ水溶液及びアンモニウム供給体を含む水溶液を適宜供給するのが好ましい。アルカリ水溶液の供給方法には特に限定はないが、反応槽内の反応水溶液のpH値が局所的に高くならないように、反応水溶液を十分に撹拌しながら定量ポンプなどの流量制御が可能なポンプにより供給するのが好ましい。同様にアンモニウムイオン供給体を含む水溶液も、流量制御が可能なポンプにより供給するのが好ましい。
【0026】
この核生成工程は、反応水溶液中に所定量の核が生成した時点で終了する。この所定量の核が生成した時点は、反応槽に供給した原料水溶液に含まれる金属化合物の量から判断することができる。具体的には、核生成工程及び粒子成長工程を通して供給する全ての原料水溶液に含まれる金属化合物中の全金属元素に対して、好適には0.1~2原子%、より好適には0.2~1.5原子%が供給された時点で核生成工程を終了することが好ましい。これにより、粒度分布の狭い遷移金属複合水酸化物粒子を生成することができる。
【0027】
1.3 粒子成長工程
上記の核生成工程の次工程の粒子成長工程では、反応槽内の反応水溶液のpH値を液温25℃基準で10.5~12.0に調整すると共に、アンモニウムイオン濃度を3~25g/Lに調整する。これにより、新たな核の生成を抑制しつつ、反応水溶液中に含まれる核生成工程において生成した核を成長させることができる。その結果、最終的に生成される遷移金属複合水酸化物粒子をより均質でかつ粒度分布が狭いものにすることができる。
【0028】
このpH値が10.5未満では、アンモニウムイオン濃度が上昇して金属イオンの溶解度が高くなるため、晶析反応の速度が遅くなるうえ、反応水溶液中に残存する金属イオン量が増加して生産性が低下するおそれがある。逆に、このpH値が12.0を超えると、粒子成長工程中の核生成量が増加し、得られる複合水酸化物粒子の粒径が不均一になるおそれがある。この粒子成長工程では、更にpH値の変動幅が±0.2以内に制御されることが好ましい。これにより、より粒度分布の狭い遷移金属複合水酸化物粒子を生成することが可能になる。この粒子成長工程においても、粒子成長に伴って反応水溶液のpH値及びアンモニウムイオン濃度が変化するので、上記pH値及びアンモニウムイオン濃度の範囲が維持されるようにアルカリ水溶液及びアンモニア水溶液を適宜供給するのが好ましい。
【0029】
上記の核生成工程及び粒子成長工程のいずれの場合においても、アンモニウムイオン濃度が3g/L未満では、金属イオンの溶解度を一定に維持することが困難になったり、反応水溶液がゲル化しやすくなったりし、形状や粒径の整った遷移金属複合水酸化物粒子を得ることが困難となる。逆に、アンモニウムイオン濃度が25g/Lを超えると、金属イオンの溶解度が大きくなりすぎるため、反応水溶液中に残存する金属イオン量が増加し、組成ずれなどの問題が生じるおそれがある。なお、アンモニウムイオン濃度は変動幅を±5g/L程度の一定の変動幅に抑えることが好ましい。
【0030】
粒子成長工程の終了時点においては、反応槽内のスラリーは、遷移金属複合水酸化物粒子からなる固形分の濃度が、30~200g/Lの範囲内にあるのが好ましく、80~150g/Lの範囲内にあるのがより好ましい。この固形分濃度が30g/L未満では、一次粒子の凝集が不十分になる場合がある。逆に、200g/Lを超えると、反応槽内において該遷移金属複合水酸化物粒子の拡散が不十分になり、粒子成長に偏りが生じるおそれがある。
【0031】
1.4 被覆工程
必要に応じて添加される添加元素Mは、前述したように必須の遷移金属と共に原料水溶液として調製してもよいが、この被覆工程において、上記粒子成長工程により得た遷移金属複合水酸化物粒子の表面に添加元素Mを含む化合物を被覆することで添加してもよい。具体的には、上記粒子成長工程で生成した遷移金属複合水酸化物粒子に水を加えてスラリー化した後、そのスラリーのpH値を所定の範囲に制御しながら、該添加元素Mを含む化合物が溶解された被覆用水溶液を添加する。これにより遷移金属複合水酸化物の粒子表面に添加元素Mを含む化合物が析出するので、被覆された遷移金属複合水酸化物粒子が得られる。
【0032】
なお、上記の被覆用水溶液に代えて、添加元素Mのアルコキシド溶液をスラリー化した遷移金属複合水酸化物粒子に添加することで被覆してもよいし、添加元素Mを含む化合物を溶解した水溶液又はスラリーを遷移金属複合水酸化物粒子にそのまま吹き付けて乾燥することで被覆してもよい。更に別の被覆方法として、遷移金属複合水酸化物粒子と添加元素Mを含む化合物とを混合して調製したスラリーを噴霧乾燥することで被覆してもよいし、遷移金属複合水酸化物粒子と添加元素Mを含む化合物とを固相法で混合することで被覆してもよい。
【0033】
このように、遷移金属複合水酸化物粒子の表面を添加元素Mで被覆する場合は、該被覆された遷移金属複合水酸化物粒子の全体としての組成が、目的とする組成と一致するように原料水溶液及び被覆用水溶液の各々の組成及びそれらの配合割合を適宜調整することが必要となる。また、この被覆工程は、後述する正極活物質の製造方法における乾燥工程の後に行ってもよい。
【0034】
2. 正極活物質の製造方法
次に、上記の遷移金属複合水酸化物粒子を中間原料とする本発明の実施形態の正極活物質の製造方法について説明する。この本発明の実施形態の正極活物質の製造方法は、上記の遷移金属複合水酸化物粒子を加熱して乾燥する乾燥工程S1と、該加熱乾燥された遷移金属複合水酸化物粒子にリチウム化合物を添加して混合する混合工程S2と、該混合工程S2で得たリチウム混合物を好適には850~1050℃で焼成する焼成工程S3と、該焼成工程S3で生じた凝集体や焼結体を必要に応じて解砕する解砕工程S4とを有する。以下、各工程について詳細に説明する。
【0035】
2.1 乾燥工程
乾燥工程S1では、遷移金属複合水酸化物粒子を好適には105~150℃に加熱して乾燥処理する。これにより、該遷移金属複合水酸化物粒子に含まれている余剰水分をある程度除去できるので、後工程の焼成工程S3による焼成処理後の正極活物質粒子に残留する水分を効果的に減らすことができ、その結果、正極活物質の組成のばらつきを抑えることができる。
【0036】
この加熱温度が105℃未満では、遷移金属複合水酸化物粒子に含まれる余剰水分の除去が不十分になり、最終的に得られる正極活物質の組成が大きくばらつくおそれがある。逆にこの加熱温度が150℃を超えても、それ以上の効果が期待できないばかりか、かえって生産コストが増加するので好ましくない。上記熱処理時の雰囲気は、非還元性雰囲気が好ましく、簡易的に行える空気気流中がより好ましい。また、乾燥処理の時間は、遷移金属複合水酸化物粒子中の余剰水分を十分に除去する観点から、少なくとも1時間が好ましく、5~15時間がより好ましい。
【0037】
2.2 混合工程
混合工程S2では、上記乾燥工程S1で加熱乾燥された遷移金属複合水酸化物粒子にリチウム化合物を添加して十分に混合することでリチウム混合物を得る。この遷移金属複合水酸化物粒子とリチウム化合物との混合では、該リチウム混合物中のリチウム以外の金属原子であるニッケル、コバルト、マンガン、及び添加元素Mの原子数の合計(Me)に対するリチウムの原子数(Li)の比(Li/Me)が、最終的に生成される正極活物質の所望のLi/Meに一致するように配合する。その理由は、後工程の焼成工程S3の前後でLi/Meは変化しないからである。具体的には、この混合工程S2において、Li/Meを好適には0.95~1.5に、より好適には1.0~1.5に、更に好適には1.0~1.35に、最も好適には1.0~1.2になるように配合する。
【0038】
この混合工程S2において遷移金属複合水酸化物に添加するするリチウム化合物には、入手の容易さの観点から、水酸化リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、又はこれらの混合物を用いることが好ましい。これらの中では、取り扱いの容易さ及び品質の安定性の観点から水酸化リチウム又は炭酸リチウムがより好ましく、炭酸リチウムが最も好ましい。
【0039】
上記の遷移金属複合水酸化物粒子とリチウム化合物との混合には、シェーカーミキサ、レーディゲミキサ、ジュリアミキサ、Vブレンダなどの一般的な混合機を用いることができるが、その際、微粉が生じない程度に十分に混合することが好ましい。この混合が不十分では、局所的に所望のLi/Me値からの大きく逸脱する部分が生じ、良好な電池特性が得られなくなるおそれがある。
【0040】
2.3 焼成工程
焼成工程S3では、上記混合工程S2で得たリチウム混合物を焼成炉に装入し、所定の条件下で焼成処理する。これにより、遷移金属複合水酸化物が分解及び酸化すると共に、該遷移金属複合水酸化物の粒子中にリチウムが拡散してリチウム遷移金属複合酸化物が生成し、更に酸化と原子の拡散によって欠陥が低減し、各粒子の結晶性が高められたリチウム遷移金属複合酸化物粒子が生成する。この焼成工程S3で使用する上記焼成炉には特に限定はなく、バッチ式でも連続式でもかまわないが、後述する炉内雰囲気の調整を容易に行えるように、ガス発生がない電気炉が好ましい。以下、この焼成処理の処理条件について具体的に説明する。
【0041】
(a)最高温度及びその温度での保持時間
焼成工程S3では、上記リチウム混合物を焼成炉に装入し、炉内温度(雰囲気温度とも称する)を徐々に昇温させ、炉内温度が好適には850℃以上1050℃以下、より好適には900℃以上1000℃以下の最高温度(焼成温度とも称する)に到達したときに該最高温度を所定の時間保持することで焼成処理を行う。この最高温度が850℃未満では、遷移金属複合水酸化物粒子中にリチウムが十分に拡散されない場合が生じ、余剰のリチウムや未反応の遷移金属複合水酸化物粒子が残存したり、最終的に得られるリチウム遷移金属複合酸化物粒子の結晶性が不十分になったりするおそれがある。逆に、この最高温度が1050℃を超えると、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子同士の焼結が促進され、不定形な粗大粒子の含有割合が増加するおそれがある。
【0042】
上記の最高温度の保持時間は、2時間以上が好ましく、4時間以上24時間以下がより好ましい。この保持時間が2時間未満では、上記の場合と同様に遷移金属複合水酸化物粒子中にリチウムが十分に拡散されない場合が生じ、余剰のリチウムや未反応の遷移金属複合水酸化物粒子が残存したり、得られるリチウム遷移金属複合酸化物粒子の結晶性が不十分になったりするおそれがある。逆にこの保持時間が24時間を超えてもそれ以上の効果は期待できないので、生産性の観点から好ましくない。
【0043】
(b)昇温速度及び降温速度
上記最高温度に至るまでの昇温速度は、2~10℃/分が好ましく、5~10℃/分がより好ましい。これにより、遷移金属複合水酸化物粒子内での熱応力の発生を抑えることができるので、該遷移金属複合水酸化物粒子に割れ等の品質上の問題が生じるのを防ぐことができる。なお、上記昇温の際、リチウム化合物の融点付近の温度で、好ましくは1~5時間程度、より好ましくは2~5時間程度保持することが好ましい。これにより、遷移金属複合水酸化物粒子とリチウム化合物とをより均一に反応させることができる。上記最高温度での所定の保持時間の経過後は、該最高温度から200℃に到達するまでは、好ましくは2~10℃/分、より好ましくは3~7℃/分の降温速度で冷却することが好ましい。これにより、生産性を確保しつつ、匣鉢などの設備が急冷により破損することを防止することができる。
【0044】
(c)焼成雰囲気
上記焼成処理では、上記炉内温度が昇温を開始してから所定の閾値温度に到達するまでの低温域と、該閾値温度を超えてから上記最高温度での所定の保持時間が経過するまでの高温域とで焼成炉内の雰囲気を切り替える。具体的には、前述したように、リチウム混合物を焼成炉に装入して所定の温度プロフィールに沿って熱処理する焼成処理において、炉内温度が昇温を開始してから上記最高温度以下の所定の閾値温度に到達するまでの低温域においては大気雰囲気で熱処理し、該閾値温度を超えてから上記最高温度での所定の保持時間が経過するまでの高温域においては酸素雰囲気で熱処理する。上記の閾値温度は700℃以上900℃以下の範囲内にあることが好ましい。
【0045】
上記のように閾値温度の前後で焼成雰囲気を切り替えることで、上記最高温度を高めたり該最高温度での保持時間を延長したりすることなく遷移金属複合酸化物粒子の結晶性を高めることができるので、結晶性の高い正極活物質を凝集体や焼結体の含有割合を増やすことなく生成することができる。特に前駆体である遷移金属複合水酸化物にタングステン(W)が含まれる場合は、従来は結晶性を高めるために高い熱処理温度で処理が行われていたが、本発明の実施形態の方法により熱処理温度を従来に比べて下げることができるので効果的である。
【0046】
すなわち、従来、正極活物質の結晶性を高めるためには、その前駆体の焼成処理の際、熱処理温度を高めたり熱処理時間を延長したりすることが行われていたが、これら処理法ではいずれも遷移金属複合水酸化物粒子やその酸化物粒子が粒子同士焼結しやすくなるため、得られた正極活物質は流動性の低下などの取り扱い上の問題が生じたり、正極材として用いたときに品質が大きくばらつく問題が生じたりしていた。この場合、酸素雰囲気で焼成処理することで、酸素欠陥部を低減させて遷移金属の拡散速度を低下させ、これにより上記粒子同士の焼結を抑えることが考えられるが、この処理条件では結晶性を十分に高くすることができなかった。
【0047】
これに対して、上記のように本発明の実施形態の製造方法では、上記閾値温度以下の低温域においては、大気雰囲気でリチウム混合物に熱処理を施すことにより、遷移金属複合水酸化物粒子及び結晶性が高まる前のリチウム遷移金属複合酸化物粒子の結晶構造内に適度な酸素欠陥部が導入されるので、結晶成長を促進することが可能になる。他方、遷移金属の拡散速度が顕著に速くなる上記閾値温度を超えた後の高温域においては、酸素雰囲気でリチウム混合物に熱処理を施すので、遷移金属複合水酸化物粒子及び/又はその酸化物粒子の表面部の酸素欠陥部が減少するので、遷移金属の拡散が抑制され、その結果、リチウム遷移金属複合酸化物粒子が粒子同士焼結するのを抑えることができる。
【0048】
2.4 解砕工程
上記したように焼成工程S3では焼結しにくい条件で熱処理を行うものの、二次粒子同士の焼結ネッキングなどにより、焼成処理後のリチウム遷移金属複合酸化物粒子には凝集体や軽度に焼結した焼結体が含まれる場合がある。そこで、必要に応じて解砕工程S6を経ることで、このリチウム遷移金属複合酸化物粒子の凝集体や焼結体に対して機械的エネルギーを働かせて解砕することが好ましい。これにより、最終的に得られる正極活物質の平均粒径や粒度分布を好適な範囲内に調整することができる。
【0049】
この解砕を行う装置としては、二次粒子自体をほとんど破壊することなく上記凝集体や焼結体をほぐすことができるものであれば特に限定はなく、例えば、ピンミルやハンマーミルなどを好適に使用することができる。これら装置を用いて解砕処理を行う場合は、予めサンプリングしたリチウム遷移金属複合酸化物粒子を用いて、例えば解砕装置の回転数等の条件を様々に変えたときの解砕状態を調べ、これにより二次粒子を破壊しない程度の適度な解砕力が作用する回転数等の条件を求めておき、その条件で解砕処理を行うことが好ましい。
【0050】
3.リチウムイオン二次電池用正極活物質
上記の本発明の実施形態のリチウム遷移金属複合酸化物の製造方法で作製した正極活物質は、例えば必須元素としてのリチウム、ニッケル及びマンガンと、任意元素としてのコバルト及び添加元素Mとを含むリチウムニッケルマンガン複合酸化物であり、その組成式Bは、Li1+uNiMnCo2+β(-0.05≦u≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.95、0.05≦y≦0.55、0≦z≦0.4、0≦t≦0.1、-0.2≦β≦0.2、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で示される。この複合酸化物は、六方晶系の層状結晶構造を有している。
【0051】
(a)体積平均粒径比
上記の本発明の実施形態の製造方法で作製した正極活物質は、該正極活物質のメジアン径D50を、該正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物粒子のメジアン径D50で除して求めたD50の比「以降、D50(正極材)/D50(前駆体)とも称する」を好適には1.05未満に、より好適には1.0以下にすることができる。すなわち、上記焼成工程S3における焼成処理の前後で粒子径が大きく増大することがないので品質のばらつきを抑えることができる。
【0052】
上記の焼成処理前後の粒子のメジアン径D50の比である「D50(正極材)/D50(前駆体)」が1.05以上の場合、正極活物質に凝集体や焼結体が含まれる割合が高くなるので、この正極活物質を正極材料に用いたリチウムイオン二次電池の電池特性が低下するおそれがある。なお、正極活物質や遷移金属複合水酸化物粒子のメジアン径D50は、例えば、レーザー光回折散乱式粒度分析計で測定した体積積算値から求めることができる。
【0053】
(b)結晶子径
上記の本発明の実施形態の製造方法で作製した正極活物質は、X線回折法(XRD)により(003)面回折ピークを測定し、そのピーク幅をシェラー式に代入することで求められる結晶子径(以下、(003)面結晶子径)を好適には1000Å(100nm)以上に、より好適には1200Å(120nm)以上にすることができる。この(003)面結晶子径が1000Å以上の高い結晶性を有する正極活物質を正極材料に用いた二次電池は、正極抵抗が低くなるため出力特性が向上し、熱安定性も向上する。一方、(003)面結晶子径が1000Å未満である場合、結晶性が十分でない場合や、二次電池の熱安定性が低下する場合が生じ得る。なお、上記の(003)面結晶子径は、上記の焼成工程S3における焼成温度や保持時間を適宜変えることで調整することができる。
【0054】
4.リチウムイオン二次電池
4.1 非水系電解質二次電池
上記した本発明の実施形態の製造方法で作製した正極活物質は、正極、負極、セパレータ、及び非水系電解液から主に構成される一般的なリチウムイオン二次電池である非水系電解質二次電池の該正極の材料として好適に用いることができる。この非水系電解質二次電池の形状には特に限定はなく、円筒形や積層形など様々な形状にすることができる。いずれの形状を採る場合であっても、セパレータを介して配置した正極及び負極からなる電極体に非水系電解液を含浸させ、該正極の集電体と外部に通ずる正極端子との間、及び該負極の集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いてそれぞれ接続し、電池ケースに収容して密閉することで、非水系電解質二次電池を作製することができる。以下、各構成要素ごとに説明する。
【0055】
(a)正極
先ず、上記した本発明の実施形態の製造方法で作製した粉末状の正極活物質に、導電材及び結着剤を混合し、更に必要に応じて、電気二重層容量を増加させるための活性炭及び粘度調整等のための溶剤を添加し、これらを混練して正極合剤ペーストを作製する。この正極合剤ペーストを構成する材料の配合比は、非水系電解質二次電池の性能を左右するので適切な配合比となるようにする。例えば、溶剤を除いた正極合剤の固形分を100質量部とした場合、一般的な非水系電解質二次電池の正極と同様に、正極活物質の含有量を60~95質量部、導電材の含有量を1~20質量部、及び結着剤の含有量を1~20質量部とするのが好ましい。
【0056】
得られた正極合剤ペーストを、例えば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥により溶剤を蒸発させる。電極密度を高めるため、必要に応じてロールプレスなどにより加圧してもよい。これにより、シート状の正極を作製した後、目的とする電池形状に応じて適当な大きさに裁断することで、正極を作製することができる。なお、正極の作製方法は、これに限定されるものではなく、他の方法で作製してもよい。
【0057】
上記正極合合剤ペーストの原料に用いる導電材としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛等の黒鉛、アセチレンブラックやケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料を用いることができる。結着剤は、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂、又はポリアクリル酸等を用いることができる。また、上記の正極活物質、導電材及び必要に応じて添加する活性炭を分散させると共に、結着剤を溶解する役割を担う溶剤を正極合剤に添加してもよい。この溶剤には、例えばN-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶媒を用いることができる。
【0058】
(b)負極
負極には、金属リチウムやリチウム合金など、又はリチウムイオンを吸蔵及び脱離できる負極活物質を用意し、これに結着剤と適当な溶剤とを加えて混練することでペースト状の負極合剤を作製する。この負極合剤ペーストを銅などの金属箔集電体の表面に塗布した後、乾燥し、電極密度を高めるため必要に応じて圧縮する。これにより、負極を作製することができる。
【0059】
上記のように、負極には金属リチウムやリチウム合金などのリチウムを含有する物質を用いてもよいし、リチウムイオンを吸蔵・脱離できる天然黒鉛、人造黒鉛及びフェノール樹脂などの有機化合物焼成体、又はコークスなどの炭素物質の粉状体を用いてもよい。また、負極の結着剤には、上記正極と同様に、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これら活物質及び結着剤を分散させる溶剤には、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶媒を用いることができる。
【0060】
(c)セパレータ
セパレータは、上記した正極と負極との間に介在してこれら正極と負極とを分離すると共に、電解質を保持する役割を担う。そのため、このセパレータの材料には、限定するものではないが、無数の微細な孔を有する例えばポリエチレンやポリプロピレンなどからなる薄膜が好適に用いられる。
【0061】
(d)非水系電解液
非水系電解液には、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものが好適に用いられるが、イオン液体にリチウム塩が溶解したものを用いてもよい。なお、イオン液体とは、リチウムイオン以外のカチオン及びアニオンから構成され、常温でも液体状を示す塩をいう。また、非水系電解液には、電池特性の改善のため、ラジカル捕捉剤、界面活性剤、難燃剤などが含まれる場合がある。
【0062】
上記支持塩には、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、LiN(CFSO)、及びそれらの複合塩などを用いることができる。一方、上記有機溶媒には、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、トリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン、ジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホンやブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチルやリン酸トリオクチルなどのリン化合物などからなる群から選択した1種を単独で用いてもよいし、これら群から2種類以上を混合して用いてもよい。
【0063】
4.2 全固体二次電池
上記した本発明の実施形態の製造方法で作製した正極活物質は、次世代のリチウムイオン二次電池として期待されている全固体二次電池の正極材料としても好適に用いることができる。この全固体二次電池に用いる固体電解質には、高電圧に耐えうる性質を有するものを用いるのが好ましい。このような固体電解質としては、無機固体電解質、有機固体電解質を挙げることができる。前者の無機固体電解質としては、酸化物系固体電解質や硫化物系固体電解質が好適に用いられる。
【0064】
上記酸化物系固体電解質には、限定するものではないが、酸素(O)を含有し、且つリチウムイオン伝導性及び電子絶縁性を有するものが好適に用いられる。具体的には、リン酸リチウム(LiPO)、LiPO、LiBO、LiNbO、LiTaO、LiSiO、LiSiO-LiPO、LiSiO-LiVO、LiO-B-P、LiO-SiO、LiO-B-ZnO、Li1+xAlTi2-x(PO)(0≦x≦1)、Li1+xAlGe2-x(PO)(0≦x≦1)、LiTi(PO)、Li3xLa2/3-xTiO(0≦x≦2/3)、LiLaTa12、LiLaZr12、LiBaLaTa12、Li3.6Si0.60.4等を挙げることができる。
【0065】
また、硫化物系固体電解質には、限定するものではないが、硫黄(S)を含有し、且つリチウムイオン伝導性及び電子絶縁性を有するものが好適に用いられる。具体的には、LiS-P、LiS-SiS、LiI-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiS-B、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiPO-P等を挙げることができる。
【0066】
更に、上記以外の無機固体電解質を用いてもよく、例えば、LiN、LiI、LiN-LiI-LiOH等を挙げることができる。一方、後者の有機固体電解質としては、イオン伝導性を示す高分子化合物であれば特に限定はなく、例えば、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、これらの共重合体などを用いることができる。なお、有機固体電解質は、支持塩(リチウム塩)を含んでいてもよい。
【0067】
以上、本発明の実施形態に係る正極活物質及びその製造方法、並びに該正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池の製造方法について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、種々の変更例、代替例を含むものである。すなわち、本発明の権利範囲は特許請求の範囲及びその均等の範囲に及ぶものである。次に、本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0068】
先ず、正極活物質の前駆体を一般的な湿式法により作製するため、遷移金属の化合物を含んだ原料水溶液、錯化剤の役割を担うアンモニウムイオン供給体を含む水溶液、及びアルカリ水溶液を用意し、これらを反応槽に供給して晶析させることで、前駆体としてのニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を生成した。なお、上記原料水溶液の調製の際、金属元素の化合物の配合割合を、モル基準で、ニッケル:コバルト:マンガン:タングステン=0.375:0.319:0.299:0.007に調整した。
【0069】
この複合水酸化物をアルミナ製の匣鉢に入れてローラーハースキルンシミュレーター炉(株式会社ノリタケカンパニー製)に装入し、105℃の大気雰囲気で3時間かけて乾燥処理した後、別途用意した水酸化リチウムを添加し、これをシェーカーミキサ装置(ウィリー・エ・バッコーフェン(WAB)社製TURBULA TypeT2C)に装入して混合することでリチウム混合物を得た。なお、上記水酸化リチウムは、該リチウム混合物のLi/Me比が1.1となるように配合した。
【0070】
上記にて得たリチウム混合物を、アルミナ製の匣鉢に入れてローラーハースキルンシミュレーター炉(株式会社ノリタケカンパニー製)に装入し、図1に示す温度プロフィールに沿って焼成処理を行った。この焼成処理の際、炉内温度が室温から850℃までの低温域では炉内雰囲気を大気雰囲気とし、850℃を超える高温域では炉内雰囲気を酸素雰囲気とした。このようにして、組成式がLiNi0.375Co0.319Mn0.2990.007からなる試料1のリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を作製した。
【0071】
上記焼成処理の際の処理条件を様々に変更した以外は上記試料1の場合と同様にして、試料2~8のリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を作製した。特に、試料4及び5においては図2に示す温度プロフィール及び炉内雰囲気に基づいて焼成処理を行った。これら試料1~8のリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の正極活物質のD50(正極材)を、レーザー光回折散乱式粒度分布計で測定した体積分布から求め、これをその前駆体である遷移金属複合水酸化物粒子に対して同様の方法で測定したD50(前駆体)で除して焼成処理による粒度の変化を調べた。また、正極活物質の結晶子径[Å]をXRD法により測定した(003)面回折ピーク幅をシェラー式に代入して求めた。その結果を、焼成処理の処理条件と共に下記表1に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
上記表1の結果から、本発明の要件を満たす製造方法で作製した試料1~3のリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、いずれも上記の「D50(正極材)/D50(前駆体)」の値が1.0以下となり、結晶子径は1200Åを超えた。これに対して、本発明の要件を満たさない製造方法で作製した試料4~8のリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、「D50(正極材)/D50(前駆体)」の値が1.0を超えるか、又は結晶子径が1200Å未満になった。
図1
図2