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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】カウンターセレクションマーカー
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20240717BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20240717BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20240717BHJP
   C12Q 1/25 20060101ALI20240717BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12N15/11 Z
C12Q1/68
C12Q1/25
C12N9/16 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021015667
(22)【出願日】2021-02-03
(65)【公開番号】P2021136997
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-04-20
(31)【優先権主張番号】P 2020039295
(32)【優先日】2020-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加藤 祐輔
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/038195(WO,A1)
【文献】特開2016-032440(JP,A)
【文献】特開2014-161229(JP,A)
【文献】SCHUSTER, C. F. et al.,Use of the counter selectable marker PheS* for genome engineering in Staphylococcus aureus,Microbiology,2019年,Vol. 165,P. 572-584
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞において機能するカウンターセレクションマーカーをスクリーニングする方法であって、
(1)前記細胞に、
特定のコドンを認識し、かつ非天然アミノ酸に結合し得る、被検ピロリジンtRNAと、
前記非天然アミノ酸と前記被検ピロリジンtRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼとを、発現させる工程、
(2)前記細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養し、生細胞数を検出する工程、及び、
(3)前記工程にて検出された生細胞数が、前記非天然アミノ酸非存在下にて培養した際の生細胞数と比較して少ない場合、前記被検ピロリジンtRNAは、前記細胞において機能するカウンターセレクションマーカーであると判定する工程を、含み、
前記非天然アミノ酸が、N ε -ベンジルオキシカルボニル-L-リジンである、方法
【請求項2】
(A)保持するアンチコドンが異なる複数種の前記被検ピロリジンtRNAからなるライブラリーをコードするDNA構築物と、(B)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物と、(D)前記非天然アミノ酸との組み合わせ、又は、
(C)保持するアンチコドンが異なる複数種の前記被検ピロリジンtRNAからなるライブラリー及び前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物と、(D)前記非天然アミノ酸との組み合わせを、含み、
前記非天然アミノ酸が、N ε -ベンジルオキシカルボニル-L-リジンである、請求項1に記載の方法に用いられるためのキット
【請求項3】
細胞においてカウンターセレクションマーカーとして機能するtRNAをコードするDNAを含み、
前記tRNAが、特定のコドンを認識し、かつ非天然アミノ酸に結合し得る、ピロリジンtRNAであり、
前記細胞が大腸菌であり、
前記特定のコドンが、AUG、UUU、UCU、UCC、UCA、UCG、UAC、UGC、UGG、CUU、CUC、CUA、CCU、CCC、CCA、CCG、CAU、CAC、CAA、CAG、CGU、CGC、CGG、AUC、ACU、ACC、ACA、ACG、AAC、AAG、GUU、GUC、GUA、GUG、GCU、GCC、GCA、GCG、GAU、GAC、GAG、GGU、GGC及びGGAから選択される、少なくとも1のコドンであり、
前記非天然アミノ酸が、N ε -ベンジルオキシカルボニル-L-リジンである、DNA構築物
【請求項4】
細胞をカウンターセレクションする方法であって、
(1)前記細胞に、請求項3に記載のDNA構築物を導入して前記ピロリジンtRNAを発現させ、かつ非天然アミノ酸と前記ピロリジンtRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼを発現させる工程、及び、
(2)前記細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養し、生細胞を回収する工程を、含み、
前記細胞が大腸菌であり、
前記非天然アミノ酸が、N ε -ベンジルオキシカルボニル-L-リジンである、方法
【請求項5】
(A)請求項に記載のDNA構築物と、
(B)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物と、
(D)前記非天然アミノ酸との組み合わせ、又は、
(C)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNAを更に含む、請求項3に記載のDNA構築物と、
(D)前記非天然アミノ酸との組み合わせ
を含み、
前記非天然アミノ酸が、N ε -ベンジルオキシカルボニル-L-リジンである、
請求項4に記載の方法に用いられるためのキット
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カウンターセレクションマーカー、そのスクリーニング方法、及びその利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え等の遺伝子工学は、生命現象を研究する上で極めて重要な技術である。また、新たな食物、医薬品、化学物質等の開発においても多大な貢献をもたらしている。しかしながら、多くの場合、遺伝子組換え等が成功した形質転換体と非形質転換体では外観上に差はない。また、その効率は非常に低いため、大量の細胞の中から形質転換体を効率よく検出する必要がある。そのため、遺伝子組換え等の有無を確認するための目印となるマーカー遺伝子の利用は、遺伝子工学において必須である。
【0003】
マーカー遺伝子には、その遺伝子を含むDNA構築物(プラスミド等)が導入された細胞に、生存能力等を付与することにより、当該細胞の選択、検出を容易にするもの(所謂、ポジティブセレクションマーカー遺伝子)がある。アンピシリン耐性等の薬剤耐性遺伝子、トリプトファン合成酵素等の栄養要求性遺伝子、GFP等のレポーター遺伝子などなど、様々なものが開発され、多様な生物種を対象として利用されている。
【0004】
その一方で、マーカー遺伝子には、逆に生育等を阻害することにより、DNA構築物導入の有無の判断を可能にするマーカー遺伝子(所謂、カウンターセレクションマーカー遺伝子、ネガティブセレクションマーカー遺伝子)も存在する。かかる遺伝子は、一度細胞内に導入されたDNA構築物又はその断片の脱落、例えば、プラスミドキュアリング(plasmid curing)、ゲノム編集等における2段階選抜(double-selection strategy)を行なう上で利用される。
【0005】
カウンターセレクションマーカー遺伝子についても、例えば、非特許文献1の表1に示してあるとおり、いくつか報告はあるが、その多くは、変異導入や遺伝子組換え等により、特殊な遺伝子型を有するように改変された宿主にしか適用できない。
【0006】
例えば、rpsL遺伝子がコードするタンパク質にストレプトマイシン(Sm)が結合することによって、生育等の阻害が引き起こされるため、この遺伝子はカウンターセレクションマーカー遺伝子として用いられている。しかしながら、この遺伝子は、大腸菌等の細菌が生来保持しているため、これをカウンターセレクションマーカー遺伝子として利用するためには、Sm耐性を有するよう、大腸菌等の内在性rpsL+遺伝子を改変する必要がある(非特許文献2 参照)。
【0007】
また、カウンターセレクションマーカー遺伝子は、ポジティブセレクションマーカー遺伝子ほど充実はしていないため、適用できる細胞(微生物等)の種類も限られる。
【0008】
そのため、宿主の遺伝子を改変せず、また様々な生物種に対応する、汎用性の高いカウンターセレクションマーカーの提供が求められているが、そのような提供方法は未だ開発されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Reyrat JM.ら、Infect Immun.、1998年、66巻、9号、4011~4017ページ
【文献】Dean D.、Gene.、1981年、15巻、1号、99~102ページ
【文献】Yanagisawa T.ら、Chem Biol.、2008年、15巻、11号、1187~1197ページ
【文献】P Kast、Gene、1994年、138(1-2)、109~114ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、細胞種に応じたカウンターセレクションマーカーを提供できる、汎用性の高い方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、細菌から多細胞真核生物まで保存されている、コドンとアミノ酸の対応に着目した。そして、この保存性の高い対応関係を乱せば、様々な細胞においても、それらの生育等を阻害できるのではないかと着想した。すなわち、特定のコドンに、それが定義するアミノ酸とは異なる化合物を導入し、タンパク質を合成させた場合に、当該タンパク質の中で、細胞に対して毒性を示し得るものも生じてくるのではと考えた。
【0012】
また、コドンとアミノ酸の対応関係を乱す手段として、非天然アミノ酸のタンパク質への導入技術(非特許文献3等 参照)を用いることも着想した。この技術は、タンパク質合成(翻訳)の過程にて、人為的に改変したtRNA及びアミノアシルtRNAシンテターゼ(aaRS)を用い、非天然アミノ酸とmRNA内のコドンとを対応させ、該非天然アミノ酸をタンパク質に導入するものである。しかしながら、当該技術において、通常用いられるコドンは、終止コドン(UAG等)や、対応する天然アミノ酸をコードするコドンに限られる(図1、並びに非特許文献3及び4等 参照)。
【0013】
そこで、本発明者らは、tRNAのコドン認識部位であるアンチコドンの配列をランダムに変更したライブラリーを調製し、それを非天然アミノ酸と前記tRNAとの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼと共に大腸菌において発現させた。そして、当該非天然アミノ酸存在下にて培養することにより、特定のコドンにおいて非天然アミノ酸が導入されたタンパク質を、各大腸菌株に発現させ、その毒性を評価した。
【0014】
その結果、64種あるコドンにおいて、非天然アミノ酸が導入されたタンパク質が発現しても、大腸菌の生存等に殆ど影響しないコドンがある一方で、強い毒性を示すコドンがあることが明らかになった。そして、このように選抜した強い毒性を示すコドンが、カウンターセレクション、ひいてはプラスミドキュアリングにおいて有効であることを確認し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下<1>~<6>を提供するものである。
<1> 細胞において機能するカウンターセレクションマーカーをスクリーニングする方法であって、下記(1)~(3)の工程を含む方法
(1)前記細胞に、
特定のコドンを認識し、かつ非天然アミノ酸に結合し得る、被検tRNAと、
前記非天然アミノ酸と前記被検tRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼとを、発現させる工程、
(2)前記細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養し、生細胞数を検出する工程、
(3)前記工程にて検出された生細胞数が、前記非天然アミノ酸非存在下にて培養した際の生細胞数と比較して少ない場合、前記被検tRNAは、前記細胞において機能するカウンターセレクションマーカーであると判定する工程。
<2> 下記(A)~(D)から選択される少なくとも1の物品を含み、<1>に記載の方法に用いられるためのキット
(A)前記被検tRNAをコードするDNA構築物
(B)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物
(C)前記被検tRNA及び前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物
(D)前記非天然アミノ酸。
<3> 細胞においてカウンターセレクションマーカーとして機能するtRNAをコードするDNAを含み、前記tRNAが、特定のコドンを認識し、かつ非天然アミノ酸に結合し得る、ピロリジンtRNAである、DNA構築物。
<4> 前記細胞が大腸菌であり、
前記特定のコドンが、AUG、UUU、UCU、UCC、UCA、UCG、UAC、UGC、UGG、CUU、CUC、CUA、CCU、CCC、CCA、CCG、CAU、CAC、CAA、CAG、CGU、CGC、CGG、AUC、ACU、ACC、ACA、ACG、AAC、AAG、GUU、GUC、GUA、GUG、GCU、GCC、GCA、GCG、GAU、GAC、GAG、GGU、GGC及びGGAから選択される、少なくとも1のコドンであり、かつ
前記非天然アミノ酸が、Nε-ベンジルオキシカルボニル-L-リジンである、<3>に記載のDNA構築物。
<5> 細胞をカウンターセレクションする方法であって、下記(1)~(2)の工程を含む方法
(1)前記細胞に、<3>又は<4>に記載のDNA構築物を導入して前記ピロリジンtRNAを発現させ、かつ前記非天然アミノ酸と前記ピロリジンtRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼを発現させる工程、
(2)前記細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養し、生細胞を回収する工程。
<6> 下記(A)~(E)から選択される少なくとも1の物品を含み、<5>に記載の方法に用いられるためのキット
(A)<3>又は<4>に記載のDNA構築物
(B)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物
(C)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNAを更に含む、<3>又は<4>に記載のDNA構築物
(D)前記非天然アミノ酸
(E)前記細胞。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、細胞種に応じ、汎用性高く、カウンターセレクションマーカー、及びそれを利用したカウンターセレクション法を提供することが可能となる。また、このようにして提供される本発明のマーカーは、導入するだけで細胞において機能する、優性型のカウンターセレクションマーカーである。そのため、従前のカウンターセレクションマーカー(rpsL等)の利用において必要となる、宿主細胞における遺伝子改変を要さない。
【0016】
なお、非特許文献4に示すとおり、非天然アミノ酸を、特定のセンスコドンに導入し、異常タンパク質を作らせることにより、毒性を発揮させるカウンターセレクションについての報告はある。しかしながら、当該方法において、非天然アミノ酸が導入されるセンスコドンは、予めフェニルアラニンを定義するコドンに限定されている。そのため、汎用性に乏しい。また、導入される非天然アミノ酸も、フェニルアラニンの類縁体(パラクロロフェニルアラニン)であり、本来定義されているフェニルアラニンと類似の構造をとるため、毒性の発揮が困難となる。一方、本発明によれば、本来定義される天然のアミノ酸とかけ離れた構造を有する非天然アミノ酸を任意のコドンに導入できるため、強い毒性の発揮は容易である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】タンパク質合成(翻訳)の過程にて、tRNA及びアミノアシルtRNAシンテターゼ(aaRS)を用い、非天然アミノ酸(図中「unAA」)とmRNA内のコドン(図中、UAG)とを対応させ、該非天然アミノ酸をタンパク質に導入する工程を示す、概略図である。
図2A】標的DNAを含むゲノムDNAと、改変された標的DNA配列及びポジティブセレクションマーカー(PS)、並びにその両側に相同配列及びカウンターセレクションマーカー(CS)を含むDNA構築物との、相同組み換えを示す、概略図である。
図2B図2Aに示すDNA構築物が、ゲノム中にランダムに挿入されることを示す、概略図である。
図3A】標的DNAを含むゲノムDNAと、PS及びCS、並びにその両側に相同配列を含むDNA構築物との、相同組み換えを示す、概略図である。
図3B図3Aに示す相同組み換え後のゲノムDNAと、改変された標的DNA配列、及びその両側に相同配列を含むDNA構築物との、相同組み換えを示す、概略図である。
図4A】CAGコドンに相補的なアンチコドンを保持するピロリジンtRNAを発現させた大腸菌株を、Z-リジン非存在下(図中(-))又は存在下(図中(+))にて培養した結果を示す写真である。
図4B】ACCコドンに相補的なアンチコドンを保持するピロリジンtRNAを発現させた大腸菌株を、Z-リジン非存在下(図中(-))又は存在下(図中(+))にて培養した結果を示す写真である。
図5】GGCコドンに相補的なアンチコドンを保持するピロリジンtRNA発現させた大腸菌株を、Z-リジン非存在下(図中(-))若しくは存在下(図中(+))、又はクロラムフェニコール非存在下(図中(-))若しくは存在下(図中(+))にて培養した結果を示す写真である。
図6】異なる特定のコドンを各々認識する2種のピロリジンtRNAを発現させた大腸菌株を、Z-リジン非存在下(図中「-ZK」)又は存在下(図中「+ZK」)にて培養した結果を示す写真である。
図7】本発明のカウンターセレクションマーカーを利用し、同種プラスミドの交換が出来たことを示す写真である。交換する2つの同種プラスミド(pACYC184及びpTK2-1 ZLysRS1-GGU+CGC(pTK2-1-GGU+CGC))を識別できる2種のコロニーPCR反応を行った結果を示す。図中、「M」は分子量マーカー(日本ジーン、Marker 6)を示し、「1~24」は、分離した大腸菌コロニーの識別番号を示し、「C1」及び「C2」は各々、ポジティブコントロール(pACYC184及びpTK2-1-GGU+CGC)を示す。また、上部のアガロースゲル電気泳動写真は、pACYC184のみを検出した結果を示し、下部のそれは、pTK2-1-GGU+CGCのみを検出した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<カウンターセレクションマーカーのスクリーニング方法>
後述の実施例において示すとおり、アンチコドンの配列をランダムに改変した、非天然アミノ酸に結合し得るtRNAと、前記非天然アミノ酸と前記tRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼとを、大腸菌において発現させ、前記非天然アミノ酸の存在下で培養した。その結果、合成されるタンパク質において、本来導入されるアミノ酸の代わりに非天然アミノ酸が導入されることにより、当該タンパク質が大腸菌に対して毒性を示すものが生じた。そして、それら毒性が示された大腸菌に導入された、tRNAのアンチコドンの配列を解析することにより、非天然アミノ酸を導入することにより、前記毒性を発揮するコドンを選抜することができた。
【0019】
したがって、本発明は、
細胞において機能するカウンターセレクションマーカーをスクリーニングする方法であって、下記(1)~(3)の工程を含む方法を、提供する。
(1)前記細胞に、
特定のコドンを認識し、かつ非天然アミノ酸に結合し得る、被検tRNAと、
前記非天然アミノ酸と前記被検tRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼとを、発現させる工程、
(2)前記細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養し、生細胞数を検出する工程、
(3)前記工程にて検出された生細胞数が、前記非天然アミノ酸非存在下にて培養した際の生細胞数と比較して少ない場合、前記被検tRNAは、前記細胞において機能するカウンターセレクションマーカーであると判定する工程。
【0020】
(カウンターセレクションマーカー)
本発明において、「カウンターセレクションマーカー」とは、細胞においてその機能を発現することにより、生育等(生育、若しくは増殖)を阻害、又は細胞死を誘導する等、選択条件下における適応性を阻害し得る分子を意味する。また当該分子は、脱落等することにより、それが発現しない細胞を選択するためのマーカーとしても機能する。
【0021】
(非天然アミノ酸)
本発明において、「非天然アミノ酸」とは、天然アミノ酸(遺伝的にコードされるα-アミノ酸。アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン)以外のアミノ酸を意味し、前記天然アミノ酸の類縁体(修飾体、置換体、標識化合物が付加されたもの等)含まれる。
【0022】
本発明にかかる「非天然アミノ酸」としては、例えば、リジン類縁体(Nε-ベンジルオキシカルボニル-L-リジン(Z-リジン、ZLys)、Nε-アセチル-L-リジン(AcLys)、Nε-tert-ブチルオキシカルボニル-L-リジン(BocLys)、Nε-アリルオキシカルボニル-L-リジン(AlocLys)、Nε-ニコチノイル-L-リジン(NicLys)、Nε-N-Me-アントラニロイル-L-リジン(NmaLys)、Nε-シクロペンチルオキシカルボニル-L-リジン(CycLys)、Nε-o-アジドベンジルオキシカルボニル-L-リジン(AzZLys)、Nε-o-ヨード-ベンジルオキシカルボニル-リジン、Nε-o-エチニル-ベンジルオキシカルボニル-リジン、Nε-プロパルギルオキシカルボニル-L-リジン、Nε-2-アジドエトキシカルボニル-L-リジン、Nε-D-プロリル-L-リジン、Nε-σ-ビオチニル-L-リジン、Nε-9-フルオレニルメトキシカルボニル-L-リジン、Nε-メチル-L-リジン、Nε-ジメチル-L-リジン、Nε-トリメチル-L-リジン、Nε-イソプロピル-L-リジン、Nε-ダンシル-L-リジン、Nε-o,p-ジニトロフェニル-L-リジン、Nε-p-トルエンスルホニル-L-リジン、Nε-DL-2-アミノ-2カルボキシエチル-L-リジン、Nε-フェニルピルバミド-L-リジン、Nε-ピルバミド-L-リジン等)、チロシン類縁体(3-ハロゲン置換チロシン、3-ヒドロキシチロシン、3-アジドチロシン)、フェニルアラニン類縁体(パラベンゾイルフェニルアラニン、p-ヨードフェニルアラニン、p-アジドフェニルアラニン、p-ブロモフェニルアラニン、アジドフェニルアラニン、アセチルフェニルアラニン、エチニルフェニルアラニン等)、アラニン類縁体(アジドホモアラニン等)、グリシン類縁体(アリルグリシン、プロパルギルグリシン、ホモプロパルギルグリシン、ホモアリルグリシン、ビニルグリシン等)、システイン類縁体(ベンジルオキシカルボニル-アミノエチル-セレノシステイン等)、ヒスチジン類縁体、ピロリジン類縁体が挙げられる。
【0023】
また、本発明にかかる非天然アミノ酸として、例えば、Robin Brabham,Martin A Fascione、Chembiochem、2017年、18(20),1973~1983ページ等において開示されている非天然アミノ酸も挙げられる。
【0024】
(tRNA)
本発明にかかるtRNA(転移RNA)としては、特定のコドンを認識し、かつ前述の非天然アミノ酸に結合し得るものであれば特に制限はされない。
【0025】
なお、本発明において、「コドン」とは、20種のアミノ酸のいずれかに対応したヌクレオチド3個の配列、又はいずれのアミノ酸にも対応せず、ペプチド鎖合成の終了を示すヌクレオチド3個の配列(所謂、終止コドン)を意味する。「特定のコドン」とは、4種のヌクレオチド3個によって構成される4×4×4=64種のコドンのうちの1のコドンを意味する。
【0026】
本発明にかかるtRNAとしては、導入される細胞が保有する通常のアミノアシルtRNAシンテターゼの基質として認識されにくいtRNA(orthogonal tRNA)であることが好ましく、また、アミノアシルtRNAシンテターゼが対合するtRNAを認識する過程において、該tRNAに含まれるアンチコドンの配列が関与しないものが好ましく、例えば、ピロリジンtRNA、より好ましくは古細菌由来のピロリジンtRNA、さらに好ましくは、メタノサルシナ・マゼイ由来のピロリジンtRNA(GenBankアクセッション番号:5UD5_C)が挙げられる(Tateki Suzukiら、Nat Chem Biol.、2017年、13(12),1261~1266ページ 参照)。
【0027】
しかしながら、かかる古細菌由来のピロリジンtRNAが認識するコドンは、UAG(アンバー)コドンのみである。そのため、かかるtRNAを本発明において用いるためには、アンチコドンをコードする配列を他のコドンを認識できるよう、適宜変更する必要がある。かかる変更は、後述の実施例に示すように、ランダム化したアンチコドン配列を有するプライマーを用い、公知の部位特異的変異誘発法(site-directed mutagenesis)により、当業者であれば行なうことができる。
【0028】
また、本発明のスクリーニング方法において発現させるtRNA(被検tRNA)としては、後述の実施例に示すような、異なる特定のコドンを各々認識する、複数種のtRNAの集合(ライブラリー)であってもよい。
【0029】
(アミノアシルtRNAシンテターゼ)
本発明にかかるアミノアシルtRNAシンテターゼとしては、上述の非天然アミノ酸とtRNAとの結合を特異的に触媒し得るものであれば特に制限はされないが、好ましくは、本発明にかかるtRNAを認識する過程において該tRNAに含まれるアンチコドンの配列が関与しないものであり、例えば、ピロリジル-tRNA合成酵素(PylRS)、より好ましくは古細菌由来のPylRS、さらに好ましくはメタン生成古細菌由来のPylRS、より好ましくは、メタノサルシナ・マゼイ(Methanosarcina mazei)由来のPylRS、メタノサルシナ・バルケリ(Methanosarcina barkeri)由来のPylRS又はメタノサルシナ・アセチボランス(Methanosarcina acetivorans)由来のPylRS、さらに好ましくはメタノサルシナ・マゼイ由来のPylRSが挙げられる。
【0030】
なお、メタノサルシナ・マゼイ由来のPylRSの典型的な例として、GenBankアクセッション番号:AAM31141に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられ、メタノサルシナ・バルケリ由来のPylRSの典型的な例として、GenBankアクセッション番号:AAL40867に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられ、メタノサルシナ・アセチボランス由来のPylRSの典型的な例として、GenBankアクセッション番号:AAM03608に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。
【0031】
また、タンパク質のアミノ酸配列は、自然界において(すなわち、非人工的に)変異し得る。また、人為的に変異を導入することもできる。そのため、前記典型的なアミノ酸配列からなるPylRSに限らず、このような相同体、改変体も、tRNAとの結合を特異的に触媒し得る限り、本発明において用いることができる。
【0032】
かかる相同体、改変体としては、例えば、上記典型的なアミノ酸配列と60%以上であり、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)の相同性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。なお、配列の相同性は、BLASTP(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al.J.Mol.Biol.,215:403-410,1990)を利用して決定することができる。BLASTPによってアミノ酸配列を解析する方法の具体的な手法は公知であり、当業者であれば、例えば、当該プログラムのデフォルトパラメーターを用いて解析を行なうことができる。
【0033】
本発明にかかるアミノアシルtRNAシンテターゼとしては、非天然アミノ酸とtRNAとの結合を特異的に触媒する活性を増強するという観点から、例えば、メタノサルシナ・マゼイ由来のPylRSの384位のチロシンが、フェニルアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン又はヒスチジン置換されたものが好ましく、より好ましくはフェニルアラニン又はヒスチジンであり、さらに好ましくはフェニルアラニンである。また、131位のグリシンがグルタミン酸に置換されていてもよい。さらに、前記384位における置換に加え、306位若しくは309位のアミノ酸置換との二重変異体、又は309位及び348位のアミノ酸置換との三重変異体であることが好ましく、306位及び384位のチロシンが、各々アラニン及びフェニルアラニンに置換された変異体PylRSがより好ましい。なお、このような変異体の作製は、当業者であれば、公知の部位特異的突然変異導入方法によって行うことができる。
【0034】
(細胞)
本発明は、上述のとおり又は後述の実施例に示すとおり、細菌から多細胞真核生物まで保存されている、コドンとアミノ酸の対応を乱すことによって、細胞に毒性をもたらすものである。したがって、本発明の対象となる「細胞」としては特に制限はされず、原核細胞であってもよく、真核細胞であってもよい。原核細胞とは、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウム・メリロティ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌が挙げられる。また、真核細胞としては、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等の酵母、COS細胞、CHO細胞等の動物細胞、植物細胞、昆虫細胞が挙げられる。
【0035】
(細胞における発現)
本発明の方法においては、前記細胞にて、上述の本発明にかかるtRNA及びアミノアシルtRNAシンテターゼを発現させる。これら分子の発現は、目的に応じて、一過性の発現であってもよく、恒常的な発現であってもよい。かかる発現は、後述の本発明にかかるDNA構築物を後述の細胞に導入することにより行うことができる。細胞にDNA構築物を導入する公知の手法としては、大腸菌に対しては、熱ショック法(例えば、塩化カルシウム法、塩化ルビジウム法)、電気穿孔法等が挙げられる。酵母に対しては、酢酸リチウム法、電気穿孔法、スフェロプラスト法等が挙げられる。動物細胞に対しては、リポフェクション法、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、ウィルス(アデノウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス等)を利用した方法等が挙げられる。昆虫細胞に対しては、動物細胞に用いられる方法に加え、バキュロウィルスを利用した方法等が挙げられる。また、植物細胞に対しては、アグロバクテリウム法、電気穿孔法、パーティクルガン法等が挙げられる。
【0036】
(培養)
本発明の方法においては、本発明にかかるtRNA及びアミノアシルtRNAシンテターゼを発現させた細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養する。「非天然アミノ酸存在下」の状態とは、例えば、非天然アミノ酸の培地への添加等によって、非天然アミノ酸が本発明にかかる細胞内に導入された状態が挙げられる。
【0037】
かかる「培地」としては、特に制限はなく、当業者であれば、各種細胞に合わせた公知の培地を選択することができる。例えば、大腸菌に対してはLB培地、酵母に対してはYPD培地、動物細胞に対してはDMEM培地、MEM培地、F12培地、RPMI1640培地、昆虫細胞に対してはグレース培地、植物細胞に対してはムラシゲ・スクーグ培地が挙げられる。また、その形態についても特に制限はなく、固形培地であってもよく、液体培地であってもよい。
【0038】
非天然アミノ酸の培地への添加濃度も、各種細胞及び用いる非天然アミノ酸の種類等に合わせて適宜調整し得るが、通常、0.001~100mM、好ましくは0.001~10mM、より好ましくは0.001~5mM、さらに好ましくは0.001~2mMである。
【0039】
非天然アミノ酸存在下での培養期間としては、当該非天然アミノ酸導入によって細胞の生育等を抑制又は細胞が死滅する期間であれば、特に制限はないが、通常12時間~1週間である。
【0040】
(生細胞数の検出)
前記培養後に検出される「生細胞数」としては、生細胞の絶対数であってもよく、またそれを反映する測定値(例えば、下記コロニー数、吸光度等)であってもよい。生細胞数の検出方法としては、各種細胞に併せて公知の手法が適宜採用される。例えば、後述の実施例において示すように、固形培地にて形成されたコロニー数を測定すること(コロニー形成法)が挙げられる。液体培養の場合には、その培地の濁度(吸光度)を測定することも挙げられる。さらに、[H]チミジン取り込み法、MTT法、WST法等が挙げられるが、これらに制限されるものではない。
【0041】
そして、本発明のスクリーニング方法においては、このようにして検出される生細胞数が、非天然アミノ酸の非存在下にて培養した際の生細胞数と比較して少ない場合、被検tRNAは、前記細胞において機能するカウンターセレクションマーカーであると判定される。
【0042】
以上、本発明のスクリーニング方法の好適な態様について説明したが、本発明のスクリーニング方法は上記に限定されるものではなく、例えば、以下のような態様もとり得る。
【0043】
特定の非天然アミノ酸の存在下において標的となる細胞に毒性を示すtRNAをスクリーニングする方法であって、
前記tRNAが、特定のコドンを認識し、かつ非天然アミノ酸に結合し得るtRNAであり、下記(1)~(3)の工程を含む方法。
(1)被検細胞に、前記tRNAと、前記非天然アミノ酸と前記被検tRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼとを、発現させる工程、
(2)前記被検細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養し、生細胞数を検出する工程、
(3)前記工程にて検出された生細胞数が、前記非天然アミノ酸非存在下にて培養した際の生細胞数と比較して少ない場合、前記被検細胞は、前記tRNAに対して感受性を示すと判定する工程。
【0044】
<カウンターセレクション法>
上述のとおり、本発明においては、細胞においてカウンターセレクションマーカーとして機能するtRNAを提供することが可能となる。したがって、本発明は、かかるtRNAを利用した、下記カウンターセレクション法も提供される。
【0045】
細胞をカウンターセレクションする方法であって、下記(1)~(2)の工程を含む方法
(1)前記細胞に、
細胞においてカウンターセレクションマーカーとして機能するtRNAをコードするDNAを含み、前記tRNAが、特定のコドンを認識し、かつ非天然アミノ酸に結合し得る、ピロリジンtRNAである、DNA構築物を導入して、
前記ピロリジンtRNAを発現させ、かつ
前記非天然アミノ酸と前記ピロリジンtRNAの結合を特異的に触媒するアミノアシルtRNAシンテターゼを発現させる工程、
(2)前記細胞を、前記非天然アミノ酸存在下にて培養し、生細胞を回収する工程。
【0046】
細胞と、ピロリジンtRNA及びアミノアシルtRNAシンテターゼ、並びにそれらの発現方法とについては上述のとおりであるが、後述の実施例に示すとおり、カウンターセレクションマーカーとしての機能を増強するために、異なる特定のコドンを各々認識する、複数種のピロリジンtRNAを用いていてもよい。複数種としては、特に制限はなく、例えば、2種以上(例えば、3種、4種)、5種以上(例えば、6種、7種、8種、9種)、10種以上(例えば、15種以上、20種以上)が挙げられる。また、非天然アミノ酸存在下での培養についても上述のとおりである。
【0047】
当該培養後の生細胞の回収方法としては特に制限はなく、公知の手法が適宜採用される。かかる方法としては、コロニー形成方法、フローサイトメトリーによる回収等が挙げられる。
【0048】
そして、このようにして回収される生細胞は、一度細胞内に導入された本発明にかかるDNA構築物又はその一部(本発明にかかるtRNAをコードするDNAを含む断片)が除去(脱落)されたものである。したがって、本発明のカウンターセレクション法は、所謂、プラスミドキュアリング(plasmid curing)としても用いることができる。
【0049】
また、例えば、図2Aに示すような、相同組み換えにより、標的DNAの配列を改変する方法において、標的DNAの両側にある相同配列の外側の少なくとも一方に、本発明にかかるカウンターセレクションマーカー(CS)を配置することによって、当該相同配列において組み換えが適切に生じた細胞を選抜することができる。
【0050】
すなわち、ポジティブセレクションマーカー(PS)によって、改変された標的DNAの配列が挿入されたことは確認できるものの、図2Bに示すようなランダムに挿入された細胞も生じ得る。しかしながら、非天然アミノ酸下で培養することにより、これらPS等と共にCSがゲノムに挿入された細胞は、CSによる毒性によって細胞死等が誘導されるため、排除される。そして、図2Aに示すような、前記相同配列において組み換えが適切に生じ、標的DNAの配列が改変された細胞が、選抜されることになる。
【0051】
また、本発明のカウンターセレクション法は、図3A及び3Bに示す2段階選抜においても有用である。かかる方法においては、先ず図3Aに示すように、本発明にかかるCSをPSと共に相同組み換えにより挿入することにより、PSを利用したポジティブセレクションによって、該挿入が生じた細胞を選抜する。次に、図3Bに示すように、前後に相同配列を配置した、改変された標的DNA配列と、相同組み換えを生じさせる。そして、かかる細胞を、非天然アミノ酸下で培養することにより、CSが残存している細胞を除去し、CS及びPSが、改変された標的DNA配列に置換された細胞が選抜されることになる。
【0052】
<DNA構築物>
本発明にかかるDNA構築物としては、本発明にかかる細胞において導入されることにより、挿入されたDNAを発現(転写及び/又は翻訳)するのに必要な制御配列を含むものであればよく、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA、エピソーマルベクター、ウィルスベクターが挙げられる。
【0053】
かかる制御配列としては、プロモーター(例えば、lppプロモーター、T7プロモーター、CMVプロモーター、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、tacプロモーター等)、エンハンサー、サイレンサー、ターミネーター(rrnCターミネーター等)、ポリAテール、リボソーム結合配列(シャイン・ダルガノ(SD)配列)が挙げられる。
【0054】
さらに、本発明にかかるベクターにおいては、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性遺伝子、レポーター遺伝子等を、例えば、上述のポジティブセレクションマーカー(PS)遺伝子として含んでいてもよい。薬剤耐性遺伝子としては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、除草剤耐性遺伝子、スルホニル尿素系耐性遺伝子が挙げられる。栄養要求性遺伝子としては、例えば、トリプトファン合成酵素遺伝子が挙げられる。レポーター遺伝子としては、例えば、GFP(緑色蛍光タンパク質)遺伝子、YFP(黄色蛍光タンパク質)遺伝子、RFP(赤色蛍光タンパク質)遺伝子、エクオリン遺伝子等の蛍光タンパク質遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子等の発色酵素遺伝子、βグルクロニダーゼ(GUS)遺伝子、βガラクトシダーゼ遺伝子、アルカリフォスファターゼ遺伝子、SEAP遺伝子等の発色酵素遺伝子が挙げられる。
【0055】
本発明にかかるDNA構築物においてコードされるtRNA及び/又はアミノアシルtRNAシンテターゼとしては、これら分子の発現効率をより向上させるという観点から、発現させる細胞の種類に合わせてコドンを最適化したDNAが、本発明にかかるDNA構築物には、挿入されていてもよい。
【0056】
また、IRES等を用いることにより、本発明にかかるtRNA及びアミノアシルtRNAシンテターゼは、1のDNA構築物においてポリシストロニックに発現させてもよい。同様に、本発明にかかるtRNAを複数種用いる場合には、これらtRNAを1のDNA構築物においてポリシストロニックに発現させてもよい。
【0057】
さらに、本発明にかかるDNA構築物には、任意のDNAの挿入を可能にするクローニング部位」を含むものであってもよい。かかる部位としては、例えば、1又は複数の制限酵素認識部位を含むマルチクローニング部位、TAクローニング部位、GATEWAY(登録商標)クローニング部位が挙げられる。
【0058】
また、本発明において、「任意のDNA」としては、特に制限はされないが、細胞において発現を所望する任意のタンパク質、RNAをコードするDNA、上述の改変した標的遺伝子の配列、相同配列等が挙げられる。
【0059】
<キット>
本発明においては、上述のとおり、下記物品が用いられる。したがって、本発明は、下記(A)~(E)から選択される少なくとも1の物品を含むキットも提供される。
(A)前記tRNAをコードするDNA構築物
(B)前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物
(C)前記被検tRNA及び前記アミノアシルtRNAシンテターゼをコードするDNA構築物
(D)前記非天然アミノ酸
(E)前記細胞。
【0060】
例えば、本発明のスクリーニング方法においては、前記(A)~(D)から選択される少なくとも1の物品を含み、前記(A)及び(B)、又は(C)と、(D)とを含むことが好ましい。
【0061】
また、本発明のカウンターセレクション法においては、前記(A)~(E)から選択される少なくとも1の物品を含み、前記(A)及び(B)、又は(C)と、(D)及び(E)とを含むことが好ましい。
【0062】
さらに、本発明のカウンターセレクション法において、対象とする細胞が大腸菌であり、非天然アミノ酸としてNε-ベンジルオキシカルボニル-L-リジンを用いる場合に、本発明にかかるtRNAは、後述の実施例に示すとおり、AUG、UUU、UCU、UCC、UCA、UCG、UAC、UGC、UGG、CUU、CUC、CUA、CCU、CCC、CCA、CCG、CAU、CAC、CAA、CAG、CGU、CGC、CGG、AUC、ACU、ACC、ACA、ACG、AAC、AAG、GUU、GUC、GUA、GUG、GCU、GCC、GCA、GCG、GAU、GAC、GAG、GGU、GGC及びGGAから選択される、少なくとも1のコドンを認識するピロリジンtRNAが好ましく、AUGを認識するピロリジンtRNAがより好ましい。
【0063】
本発明のキットには、さらに使用説明書を含むものであってもよい。使用説明書は、前記DNA構築物及び非天然アミノ酸等を本発明の方法に利用するための説明書である。説明書は、例えば、本発明の方法の実験手法や実験条件、及び本発明にかかる物品に関する情報(例えば、DNA構築物の塩基配列やクローニングサイト等が示されているマップ等の情報、細胞の由来、性質、培養条件等の情報)を含むことができる。
【実施例
【0064】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
(実施例1) カウンターセレクションマーカーのスクリーニング
カウンターセレクションマーカーとして大腸菌において機能するtRNA(ピロリジンtRNA)のスクリーニングを、以下のとおり行なった。
【0066】
(ランダムアンチコドンライブラリーの構築)
ピロリジンtRNA及びZ-リジルtRNA合成酵素をコードするDNAが挿入されている、プラスミドDNA pTK2-1 ZLysRS1を鋳型として、配列をランダム化したアンチコドン配列及び末端に共通配列をもつプライマーを用い、インバースPCRを行い、前記プラスミドDNA全体を増幅した。
【0067】
得られたPCR産物を、InFusion法(タカラバイオ株式会社)を用いて、前記プライマーに含まれる共通配列の組換えによる再環状化を行い、ピロリジンtRNAのアンチコドン配列をランダムに変化させたプラスミドDNAライブラリーを作成した。
【0068】
なお、前記pTK2-1 ZLysRS1を基にするプラスミドDNAライブラリーにおいて、アンチコドン配列がランダムに変化しているピロリジンtRNAは、大腸菌lppプロモーター及びrrnCターミネーターの制御下で発現される。Z-リジルtRNA合成酵素は、大腸菌TyrRSプロモーター及びターミネーターの制御下で発現される。Z-リジルtRNA合成酵素は、古細菌(Methanosarcina mazei)由来のピロリジルtRNA合成酵素のY306A/Y384F変異体であり、当該変異酵素によって、非天然アミノ酸 Z-リジン(H-Lys(Z)-OH)をピロリジンtRNAに結合させることが可能となる。また、前記pTK2-1 ZLysRS1には、ポジティブマーカー遺伝子として、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子が含まれているため、このプラスミドが導入された宿主細胞は、クロラムフェニコール耐性を獲得する(Yanagisawa et al,Chem. Biol 15,1187-1197,2008 参照)。
【0069】
(スクリーニング)
前記プラスミドDNAライブラリーを、エレクトロポレーション法により、大腸菌 BL21-AI株(Invitrogen,Thermo Fisher Scientific社製)に導入し、64種のアンチコドンのうち、無作為のひとつを保持するピロリジンtRNAを発現させる大腸菌株を、多種調製し、各々シングルコロニーとした。そして、各大腸菌株を培地で1000倍に希釈し、その250μlを、1mM Z-リジン(Bachem社製)を含む又は含まない固形培地に播種した。
【0070】
なお、大腸菌株の培養は、LB培地(1% Bacto-trypton,0.5% Yeast extract,1% NaCl)又はその固形培地(2% 寒天含有)を用い、37℃にて行なった。また適宜、選択マーカーとしてクロラムフェニコール(終濃度:50μg/ml)を加えた。
【0071】
固形培地にて一夜培養した後、発生したコロニー数を、Z-リジンを含む培地と含まない培地とで比較し、発生したコロニー数がZ-リジン添加によって、殆ど変化しない、減少が認められる(>1/1000)、顕著な減少が認められる(<1/1000)、完全に消失する、の4段階で評価した。さらに、それぞれの大腸菌株から、プラスミドDNAを分離して、サンガー法でアンチコドンの配列を決定し、示した毒性との対応を明らかにした。
【0072】
その結果、AUG(Metをコード)に相補的なアンチコドンを保持するピロリジンtRNAを発現させた大腸菌株のコロニーは、Z-リジン存在下、完全に消失した。
【0073】
また、UUU(Pheをコード)、UCU、UCC、UCA及びUCG(Serをコード)、UAC(Tyrをコード)、UGC(Cysをコード)、UGG(Trpをコード)、CUU、CUC及びCUA(Leuをコード)、CCU、CCC、CCA及びCCG(Proをコード)、CAU及びCAC(Hisをコード)、CAA及びCAG(Glnをコード)、CGU、CGC及びCGG(Argをコード)、AUC(Ileをコード)、ACU、ACC、ACA及びACG(Thrをコード)、AAC(Asnをコード)、AAG(Lysをコード)、GUU、GUC、GUA及びGUG(Valをコード)、GCU、GCC、GCA及びGCG(Alaをコード)、GAU及びGAC(Aspをコード)、GAG(Gluをコード)、並びにGGU、GGC及びGGA(Glyをコード)の各々に相補的なアンチコドンを保持するピロリジンtRNAを発現させた大腸菌株において、コロニー数の顕著な減少が認められた(例として、CAGコドン及びACCコドンを各々認識するピロリジンtRNAを発現させた大腸菌株のコロニーを、図4A及び図4Bに示す)。
【0074】
したがって、上記コドンを認識し、かつZ-リジンに結合し得る、ピロリジンtRNAは、当該Z-リジンの存在下、カウンターセレクションマーカーとして機能することが明らかになった。
【0075】
また、このような方法により、細胞の種類に応じ、カウンターセレクションマーカーとして有用なtRNAを選抜できることも明らかになった。
【0076】
(実施例2) プラスミドキュアリングの実証
実施例1において顕著なコロニー数の減少(<10-6)が認められたアンチコドンGCC(対応するコドン:GGC)を保持する大腸菌株を、選択マーカーであるクロラムフェニコール及びZ-リジンを含まない培地で、一夜培養(約11世代)した。
【0077】
次いで、新鮮な培地で10,000倍に希釈し、その250μlを、1mM Z-リジンを含む又は含まない固形培地(クロラムフェニコールは含まない)に播種した。そして、Z-リジンを含む培地に生じたコロニー(総菌数の約2%)を、前記プラスミドを喪失した菌と評価した(図5 参照)。
【0078】
さらに、これらから任意に分離した64のZ-リジン抵抗性コロニーは、全てクロラムフェニコール感受性を示したため、大腸菌に当該薬剤の抵抗性を付与する前記プラスミドが喪失していることが確認された。
【0079】
したがって、実施例1にて選抜されたtRNAをカウンターセレクションマーカーとしてコードするプラスミドが導入された大腸菌を、Z-リジン非存在下にて培養し、さらにZ-リジン存在下にて培養することによって、前記プラスミドを除去(プラスミドキュアリング)できることが明らかになった。
【0080】
(実施例3) 複数種のtRNAを用いたプラスミドキュアリングの実証
本発明において、非天然アミノ酸をタンパク質に導入するために必要な酵素とtRNAのうち、tRNAを複数種用いることによって、カウンターセレクションマーカーとしての機能を増強できるかにつき、検証した。
【0081】
具体的には、先ず、実施例1において顕著なコロニー数の減少(<10-6)が認められたアンチコドンGGU(対応するコドン:ACC)及びCGC(対応するコドン:GCG)をそれぞれlppプロモーターによって恒常的に発現する、プラスミドDNA pTK2-1 ZLysRS1-GGU+CGC(pTK2-1-GGU+CGC)の変異体を、調製した。そして、実施例1に記載の方法と同様にして、大腸菌BL21(DE3)に導入し、Z-リジン感受性を調べた。
【0082】
その結果、図6に示した結果から明らかなように、エスケーパー(Z-リジン存在下でも生き残る確率)の発生率は極めて低く(<1ppm)、良好な成績が確認された。
【0083】
(実施例4) 同じ選択マーカーしか持たない類似のプラスミドの交換に応用した例
実施例3において調製した大腸菌株に、実施例1と同じ手順で、プラスミド pACYC184をエレクトロポレーション法により導入した。この操作により得られたのは、多数のpTK2-1-GGU+CGCのみを保持する元株に混じる、少数のpTK2-1-GGU+CGC及びpACYC184の両方をもつ大腸菌が得られた。なお、pTK2-1-GGU+CGCとpACYC184とは、共にクロラムフェニコール耐性遺伝子及びp15Aプラスミド複製起点をもつ同種のプラスミドである。
【0084】
次に、得られた大腸菌を、SOC培地中、37℃において2時間ヒーリングを行った。及びさらにクロラムフェニコール(終濃度:50μg/ml)を含むLB培地で1000倍希釈の後、37℃において一夜前培養した。その後、3mMのZ-リジン及びクロラムフェニコール(終濃度:50μg/ml)を含むLB培地で100倍(10μL/1mL)に希釈し、更に37℃で8時間培養した。培養後、10-6倍に希釈して、その希釈培養液250μLを、3mMのZ-リジン及びクロラムフェニコール(終濃度:50μg/ml)を含むLB寒天培地に播種した。
【0085】
そして、生じたコロニーを、新しいZ-リジン及びクロラムフェニコールを含む寒天培地に、番号を付けて識別できるようにして、スロットレプリカを作製した。それぞれのスロットについて、pTK2-1-GGU+CGC及びpACYC184を識別できるPCR反応を行い、いずれのプラスミドを保持しているかを、アガロースゲルに電気泳動にて展開し、分析した。
【0086】
その結果、図7に示すとおり、分離した24クローンの大腸菌の全てが、プラスミド交換に成功したクローンとして同定された。
【0087】
したがって、本方法により、同じ選択マーカー及び同じ複製起点をもつ同種のプラスミドの交換ができることが明らかになった。
【0088】
このような同種のプラスミドの交換は、実施例2に示した、プラスミドを完全に除去するプラスミドキュアリングとは異なる。また、ゲノム上の必須遺伝子を破壊し、プラスミド上に同じ遺伝子で救済する手法を用いて、プラスミドを強制的に維持する場合、実施例2のようにいったん全てのプラスミドを除去することは許されず、常にプラスミドが存在しなければならない。そのため、このような本発明による同種のプラスミド交換は有用である。
【産業上の利用可能性】
【0089】
以上説明したように、本発明によれば、細胞種に応じたカウンターセレクションマーカーを提供できる、汎用性の高い方法を提供することが可能となる。
【0090】
したがって、本発明は、一度細胞内に導入されたDNA構築物又はその断片の脱落、例えば、プラスミドキュアリング、ゲノム編集等における2段階選抜を行なう上で有用であり、ひいては遺伝子工学を通して、新たな食物、医薬品、化学物質等の開発においても多大な貢献をもたらすものである。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6
図7