(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-18
(45)【発行日】2024-07-26
(54)【発明の名称】低アミロース含量のSART-1変異イネの判定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6858 20180101AFI20240719BHJP
C12N 15/29 20060101ALI20240719BHJP
C12Q 1/6827 20180101ALI20240719BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALI20240719BHJP
C12Q 1/6895 20180101ALI20240719BHJP
【FI】
C12Q1/6858 Z
C12N15/29 ZNA
C12Q1/6827 Z
C12Q1/6869 Z
C12Q1/6895 Z
(21)【出願番号】P 2021045654
(22)【出願日】2021-03-19
【審査請求日】2024-01-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、農林水産省、「イネのDNAマーカー育種の利用推進委託事業」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹内 善信
(72)【発明者】
【氏名】久野 陽子
(72)【発明者】
【氏名】堀 清純
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 啓太郎
(72)【発明者】
【氏名】黒木 慎
(72)【発明者】
【氏名】山内 歌子
(72)【発明者】
【氏名】平林 秀介
(72)【発明者】
【氏名】石井 卓朗
(72)【発明者】
【氏名】安東 郁男
【審査官】西澤 龍彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-144656(JP,A)
【文献】特開2008-072971(JP,A)
【文献】特開2002-369688(JP,A)
【文献】特開2000-201679(JP,A)
【文献】ACCESSION NO. KAF2944985, hypothetical protein DAI22_02g183700[Oryza sativa Japonica Group],GenBank[online],2020年02月25日,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/KAF2944985.1,[検索日2024.04.02], Retrieved from the Internet
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
C07K
A01H
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低アミロース形質のイネを判定又は選抜する方法であって、
対象のイネが、変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子を有するか否かを検出するステップ、及び前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子を有するイネを低アミロース形質のイネとして判定又は選抜するステップを含み、
前記変異型SART-1タンパク質が、配列番号2若しくは4に対して少なくとも90%の配列同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、以下:
(a)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の56位から63位に対応する位置におけるグルタミン酸及びリジン(EK)の4回反復配列中に、EKの反復数が1回増加する挿入変異、
(b)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の586位に対応する位置におけるメチオニンが、スレオニン及びセリンから選択されるアミノ酸に置換する変異、並びに
(c)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の745位に対応する位置におけるセリンが、システインに置換する変異
を含むものである、方法。
【請求項2】
前記変異型SART-1タンパク質が、(b)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の586位に対応する位置におけるメチオニンがスレオニンに置換する変異を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子が、以下:
(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、及び
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異
を含むものである、請求項1~2のいずれか1項に記載の方法。
【請求項4】
前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子の検出が、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、ハイブリダイゼーション、又は配列決定法を用いて行われる、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子の検出が、以下のプライマーセット:
(i)配列番号5の1番から389番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の390番から2500番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、
(ii)配列番号5の2500番から3791番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の3793番から5000番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、あるいは
(iii)配列番号5の2500番から4342番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の4344番から5501番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット
を使用したPCRにより行われる、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子の検出が、以下のプライマーセット:
(I)配列番号6からなるプライマー及び配列番号7からなるプライマーを含むプライマーセット、
(II)配列番号8からなるプライマー及び配列番号9からなるプライマーを含むプライマーセット、
(III)配列番号10からなるプライマー及び配列番号11からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IV)配列番号12からなるプライマー及び配列番号13からなるプライマーを含むプライマーセット、
(V)配列番号14からなるプライマー及び配列番号15からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VI)配列番号16からなるプライマー及び配列番号17からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VII)配列番号18からなるプライマー及び配列番号19からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VIII)配列番号20からなるプライマー及び配列番号21からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IX)配列番号22からなるプライマー及び配列番号23からなるプライマーを含むプライマーセット、並びに
(X)配列番号24からなるプライマー及び配列番号25からなるプライマーを含むプライマーセット
のうちの少なくとも1つを使用したPCRにより行われる、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
イネが、空育162号、国宝ローズ、きらら397、ゆきひかり、ほしのゆめ、ななつぼし、あきほ、ほしたろう、吟風、大地の星、ふっくりんこ、上育445号、彗星、はくちょうもち、風の子もち、あやひめ、彩、NM391、ミルキークイーン、おぼろづき、スノーパール、キタアケ、上育414号、道北47号、ゆめぴりか、及び北海287号からなる群より選択される少なくとも1つの品種のイネである、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
以下のプライマーセットを含むことを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載の低アミロース形質のイネを判定又は選別する方法に使用するためのキット。
(i)配列番号5の1番から389番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の390番から2500番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、
(ii)配列番号5の2500番から3791番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の3793番から5000番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、あるいは
(iii)配列番号5の2500番から4342番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の4344番から5501番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット。
【請求項9】
以下のプライマーセットのうち少なくとも1つを含むことを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載の低アミロース形質のイネを判定又は選別する方法に使用するためのキット。
(I)配列番号6からなるプライマー及び配列番号7からなるプライマーを含むプライマーセット、
(II)配列番号8からなるプライマー及び配列番号9からなるプライマーを含むプライマーセット、
(III)配列番号10からなるプライマー及び配列番号11からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IV)配列番号12からなるプライマー及び配列番号13からなるプライマーを含むプライマーセット、
(V)配列番号14からなるプライマー及び配列番号15からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VI)配列番号16からなるプライマー及び配列番号17からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VII)配列番号18からなるプライマー及び配列番号19からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VIII)配列番号20からなるプライマー及び配列番号21からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IX)配列番号22からなるプライマー及び配列番号23からなるプライマーを含むプライマーセット、並びに
(X)配列番号24からなるプライマー及び配列番号25からなるプライマーを含むプライマーセット。
【請求項10】
低アミロース形質のイネを作出する方法であって、
イネにおいてSART-1タンパク質をコードする遺伝子に以下の(d)~(f):
(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、及び
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異
を導入するステップであって、該変異が導入された遺伝子によりコードされるSART-1タンパク質が、配列番号2若しくは4に対して少なくとも90%の配列同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、イネに存在する場合に該イネが低アミロース形質を示すものである、ステップと、
得られたイネの種子におけるアミロース含有率又はアミロース含有量を測定するステップと
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネの種子中の低アミロース形質に関与する変異型タンパク質及び変異型遺伝子、それを利用した低アミロース形質のイネを判定又は選別するための方法及びキット、並びに低アミロース形質のイネの作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イネの種子中のアミロース含有率が低くなると、良食味になる傾向が知られている。アミロース含有率が5~15%程度のコメは低アミロース米と呼ばれ、低アミロース特性を有する水稲品種の育成がすすめられている(例えば、ミルキークイーン、ミルキープリンセス、ゆめぴりか、おぼろづき等)。このような低アミロース品種の育成には、アミロース合成を司る酵素タンパク質GBSSIの機能低下型の遺伝子の変異が利用されている。
【0003】
一方で、コメの胚乳中のアミロース含有率が低くなりすぎると、胚乳に白濁が生じるとともに炊飯米の粘りが強くなりすぎるといった問題が顕在化する。近年の気候の温暖化に伴い登熟気温が上昇すると、アミロース含有率の低下が顕著になると想定される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Takemoto-Kuno et al., Theor Appl Genet 第128巻第563-573頁, 2015年
【文献】竹本ら, 「イネのアミロース含有率に関与するqAC2の登熟温度に対する効果」 一般社団法人日本育種学会 第129回講演会, 2016年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したような問題を最小化するためには、登熟気温に影響を受けにくくアミロースの低減効果の小さい遺伝子の利用が効果的であると考えられる。
【0006】
本発明者を含む研究グループは、アミロース含有率がやや低いイネ系統「空育162号」の有するアミロース含有率を約1%低下させる量的形質遺伝子座(QTL)(qAC2)が第2染色体上の74.9kbの領域内にあり、この領域に7遺伝子が予測されたこと、品種「いただき」の遺伝的背景に「空育162号」のQTL(qAC2)を導入した準同質遺伝子系統(NIL110、NIL121)は、アミロース含有率が低減し、炊飯米の表層の粘りが強いこと、「いただき」の遺伝的背景に「空育162号」のQTL(qAC2)を導入した準同質遺伝子系群では、低温区で顕著にアミロース含有率が低下しており、これは低温条件でGBSSIの発現が抑制されるためであること、またこれらの結果により、qAC2領域はGBSSIの発現を制御する因子の1つであり、その機能は低温条件下でより強調されることが示唆されたこと、を報告している。
【0007】
したがって、本発明は、低アミロース形質に関与する変異遺伝子を明らかにし、低アミロース形質のイネを判定又は選別するための方法及び手段を提供することを目的とする。また本発明は、かかる変異遺伝子及びそれによりコードされる変異タンパク質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を行った結果、低アミロース形質に関与する領域(qAC2)を絞り込み、SART-1タンパク質がアミロース含有率に影響を及ぼすことを突き止め、また低アミロース形質に関与する具体的な変異部位を特定した。また、変異型SART-1タンパク質を有するイネは、低アミロース形質を有すると考えられることから、この変異を検出することにより、低アミロース形質のイネを判定及び選抜することができ、またイネのSART-1遺伝子に変異を導入することにより、低アミロース形質のイネを作出できるという知見も得た。本発明は上記知見に基づいて完成した。
【0009】
本発明は、例えば以下の実施形態を包含する:
[1]低アミロース形質のイネを判定又は選抜する方法であって、
対象のイネが、変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子を有するか否かを検出するステップを含み、
前記変異型SART-1タンパク質が、以下:
(a)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の56位から63位に対応する位置におけるグルタミン酸及びリジン(EK)の4回反復配列中に、EKの反復数が1回増加する挿入変異、
(b)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の586位に対応する位置におけるメチオニンが、スレオニン、アスパラギン、システイン、グルタミン、セリン及びチロシンから選択されるアミノ酸に置換する変異、並びに
(c)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の745位に対応する位置におけるセリンが、システイン、アスパラギン、グルタミン、スレオニン及びチロシンから選択されるアミノ酸に置換する変異
からなる群より選択される少なくとも1つの変異を含むものである、方法。
[2]前記変異型SART-1タンパク質が、(b)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の586位に対応する位置におけるメチオニンがスレオニンに置換する変異を含む、[1]に記載の方法。
[3]前記変異型SART-1タンパク質が、(c)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の745位に対応する位置におけるセリンがシステインに置換する変異を含む、[1]に記載の方法。
[3-2]前記変異型SART-1タンパク質が、配列番号4に示されるアミノ酸配列を含む、[1]に記載の方法。
[4]前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子が、以下:
(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、及び
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異
からなる群より選択される少なくとも1つの変異を含むものである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[4-2]前記変異型SART-1遺伝子が、配列番号3に示される塩基配列を含む、[4]に記載の方法。
[5]前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子の検出が、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、ハイブリダイゼーション、又は配列決定法を用いて行われる、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子の検出が、以下のプライマーセット:
(i)配列番号5の1番から389番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の390番から2500番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、
(ii)配列番号5の2500番から3791番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の3793番から5000番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、あるいは
(iii)配列番号5の2500番から4342番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の4344番から5501番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット
を使用したPCRにより行われる、[5]に記載の方法。
[7]前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子の検出が、以下のプライマーセット:
(I)配列番号6からなるプライマー及び配列番号7からなるプライマーを含むプライマーセット、
(II)配列番号8からなるプライマー及び配列番号9からなるプライマーを含むプライマーセット、
(III)配列番号10からなるプライマー及び配列番号11からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IV)配列番号12からなるプライマー及び配列番号13からなるプライマーを含むプライマーセット、
(V)配列番号14からなるプライマー及び配列番号15からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VI)配列番号16からなるプライマー及び配列番号17からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VII)配列番号18からなるプライマー及び配列番号19からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VIII)配列番号20からなるプライマー及び配列番号21からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IX)配列番号22からなるプライマー及び配列番号23からなるプライマーを含むプライマーセット、並びに
(X)配列番号24からなるプライマー及び配列番号25からなるプライマーを含むプライマーセット
のうちの少なくとも1つを使用したPCRにより行われる、[5]に記載の方法。
[8]イネが、空育162号、国宝ローズ、きらら397、ゆきひかり、ほしのゆめ、ななつぼし、あきほ、ほしたろう、吟風、大地の星、ふっくりんこ、上育445号、彗星、はくちょうもち、風の子もち、あやひめ、彩、NM391、ミルキークイーン、おぼろづき、スノーパール、キタアケ、上育414号、道北47号、ゆめぴりか、及び北海287号からなる群より選択される少なくとも1つの品種のイネである、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
【0010】
[9]以下のプライマーセットを含むことを特徴とする低アミロース形質のイネの判定又は選別用キット。
(i)配列番号5の1番から389番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の390番から2500番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、
(ii)配列番号5の2500番から3791番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の3793番から5000番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、あるいは
(iii)配列番号5の2500番から4342番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の4344番から5501番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット。
【0011】
[10]以下のプライマーセットのうち少なくとも1つを含むことを特徴とする低アミロース形質のイネの判定又は選別用キット。
(I)配列番号6からなるプライマー及び配列番号7からなるプライマーを含むプライマーセット、
(II)配列番号8からなるプライマー及び配列番号9からなるプライマーを含むプライマーセット、
(III)配列番号10からなるプライマー及び配列番号11からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IV)配列番号12からなるプライマー及び配列番号13からなるプライマーを含むプライマーセット、
(V)配列番号14からなるプライマー及び配列番号15からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VI)配列番号16からなるプライマー及び配列番号17からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VII)配列番号18からなるプライマー及び配列番号19からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VIII)配列番号20からなるプライマー及び配列番号21からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IX)配列番号22からなるプライマー及び配列番号23からなるプライマーを含むプライマーセット、並びに
(X)配列番号24からなるプライマー及び配列番号25からなるプライマーを含むプライマーセット。
【0012】
[11]以下からなる群より選択される少なくとも1つの変異を含み、イネの低アミロース形質に関与することを特徴とする変異型SART-1タンパク質。
(a)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の56位から63位に対応する位置におけるグルタミン酸及びリジン(EK)の4回反復配列中に、EKの反復数が1回増加する挿入変異、
(b)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の586位に対応する位置におけるメチオニンが、スレオニン、アスパラギン、システイン、グルタミン、セリン及びチロシンから選択されるアミノ酸に置換する変異、
(c)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の745位に対応する位置におけるセリンが、システイン、アスパラギン、グルタミン、スレオニン及びチロシンから選択されるアミノ酸に置換する変異。
[11-2]配列番号4に示されるアミノ酸配列を含む、[11]に記載のタンパク質。
【0013】
[12]以下からなる群より選択される少なくとも1つの変異を含む遺伝子によってコードされ、イネの低アミロース形質に関与することを特徴とする変異型SART-1タンパク質。(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異。
[12-2]前記変異型SART-1遺伝子が、配列番号3に示される塩基配列を含む、[12]に記載のタンパク質。
【0014】
[13][11]又は[12]に記載の変異型SART-1タンパク質をコードする核酸。
[13-2]配列番号3に示される塩基配列を含む、[13]に記載の核酸。
【0015】
[14]低アミロース形質のイネを作出する方法であって、
イネにおいてSART-1タンパク質をコードする遺伝子に以下の(d)~(f):
(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、及び
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異
の少なくとも1つの変異を導入するステップと、
得られたイネの種子におけるアミロース含有率又はアミロース含有量を測定するステップと
を含む方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、対象のイネが低アミロース形質を有するか否かを簡便かつ高精度に判定し、選別することが可能となる。また本発明に係る変異型SART-1タンパク質及び変異型SART-1遺伝子は炊飯米物性を大きく損ねることなく水稲品種の食味を向上できる可能性があり、今後の良食味品種育成のための有効な遺伝子資源となりうる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】「いただき」と「空育162号」間のBC
1F
4世代の交雑後代集団192系統におけるアミロース含有率のQTL解析の結果を示す図である。Aは検出したアミロース含有率を制御する2つのQTLの染色体上の位置を示す。Bは検出した2つのQTLの効果の大きさを示す。
【
図3】「いただき」と「空育162号」のqAC2領域における候補遺伝子のcDNA配列の比較を示す。
【
図4】qAC2領域の候補遺伝子(Os02g0511500及びLOC_Os02g30730)の全長及びエキソンとイントロン構造と、「いただき」と「空育162号」間の塩基配列の多型の位置を示す図である。矢印は設計したプライマーの位置を表す。
【
図5】実施例2の相補性検定の結果を示す。Aは、形質転換体の写真であり、Bは、形質転換体のアミロース含有率を示すグラフである。
【
図6】実施例3のRNAi形質転換体を用いた実験結果を示す。Aは、RNAiコンストラクトを導入した形質転換体におけるmRNA発現レベルとアミロース含有率(AC)を示す。Bは、RNAiコンストラクトを導入した形質転換体の植物体を示す写真である。
【
図7】アミロース合成遺伝子(Wx)の構造と、qAC2領域のタンパク質がWx遺伝子のmRNAの転写後のスプライシングを制御している説明を示す。
【
図8】種々のイネ品種における変異型SART-1を含むDNAの有無について試験した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、イネの種子中のアミロース含有率に関与する遺伝子(SART-1)を同定し、また低アミロース形質に関与するSART-1遺伝子中の変異を同定した。SART-1は、アミロースを合成するデンプン粒結合型デンプン合成酵素(GBSSI)がDNAからRNAに転写する際に必要となるスプライセオソームの構成成分の1つである。SART-1は既報の低アミロース性遺伝子(GBSSIの機能低下型アリルなど)と比較して、そのアミロース低減効果が緩やかであり、約1~2%程度である。そのため、この変異型は炊飯米物性を大きく損ねることなく水稲品種の食味を向上できる可能性がある。また、近年栽培環境の高温化により、アミロース含有率が低下して品質及び食味の低下が懸念されているが、SART-1は登熟気温によるアミロース含有率の変動が小さい効果を持つ。特に、低温条件下において強い遺伝子効果を示し、アミロース含有率を低下させやすい機能を持つ。このような特徴を示す遺伝子は、今後の良食味品種育成のための有効な遺伝子資源となりうる。
【0019】
したがって、本発明は、低アミロース形質に関与する変異型SART-1タンパク質及びこれをコードする遺伝子、並びにこれらの用途に関する。
【0020】
1.変異型SART-1タンパク質及びこれをコードする遺伝子
本発明は、イネの低アミロース形質に関与する変異型SART-1タンパク質及びこれをコードする遺伝子に関する。本発明に係る変異型SART-1タンパク質は、野生型SART-1タンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)を基準とした場合に、以下の変異のうちの少なくとも1つを含む:
(a)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の56位から63位に対応する位置におけるグルタミン酸及びリジン(EK)の4回反復配列中に、EKの反復数が1回増加する挿入変異、
(b)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の586位に対応する位置におけるメチオニン(M)が、スレオニン(T)、アスパラギン(N)、システイン(C)、グルタミン(Q)、セリン(S)及びチロシン(Y)から選択される極性非荷電アミノ酸、特にスレオニン(T)に置換する変異、
(c)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の745位に対応する位置におけるセリン(S)が、システイン(C)、アスパラギン(N)、グルタミン(Q)、スレオニン(T)及びチロシン(Y)から選択される極性非荷電アミノ酸、特にシステイン(C)に置換する変異。
【0021】
一実施形態において、変異型SART-1タンパク質は、野生型SART-1タンパク質をコードする塩基配列(配列番号1)を基準とした場合に、以下からなる群より選択される少なくとも1つの変異を含む遺伝子によってコードされる:
(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、及び
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異。
【0022】
いただきのSART-1タンパク質をコードする塩基配列(野生型配列:配列番号1)と空育162号のSART-1タンパク質のアミノ酸配列(変異型配列:配列番号3)との配列を比較が
図3に示される。変異部分は四角で囲われている。野生型配列(配列番号1)の170~193番におけるAGGAGA配列の4回反復から、変異型配列(配列番号3)ではAGGAGA配列の挿入変異のために5回反復となる(1回反復分の配列が伸長している)。また、野生型配列(配列番号1)の
1757番及び2233番における
T及びAがそれぞれ
C及びTに置換されている。
【0023】
本明細書では、野生型SART-1タンパク質又はSART-1遺伝子として、いただき由来のSART-1タンパク質(配列番号2)又はSART-1遺伝子(配列番号1)を基準として説明しているが、他のイネ品種由来の相同SART-1タンパク質及びSART-1遺伝子が存在することは当技術分野で公知である。例えば、KAF2944985.1、XP_015626546.1、KAF2944986.1、BAS78863.1、BAD23085.1、KAB8096970.1、BAS91044.1、CAJ86132.1、EEC78021.1、XP_015626544.1、EAY86008.1などが公知あり、いずれもGenBank、UniProtなどのデータベースから配列情報を入手することができる。このような相同タンパク質及び相同遺伝子も、本明細書に記載の変異のいずれか1つを有する限り、変異型SART-1タンパク質及びSART-1遺伝子として同等に使用することができる。相同タンパク質及び相同遺伝子は、野生型タンパク質及び遺伝子と配列相同性を有するものであり、本明細書において記載する「対応する位置」とは、野生型タンパク質又は遺伝子のある位置に対応する相同タンパク質又は遺伝子の位置を指し、当技術分野で公知の手法に従って容易に決定することができる。
【0024】
好ましい実施形態では、変異型SART-1タンパク質は、配列番号4に示されるアミノ酸配列を含む、又は配列番号3に示される塩基配列によってコードされるものである。
【0025】
なお、変異型SART-1タンパク質は、上記の変異の少なくとも1つを含み、イネの低アミロース形質に関与する限り、そのアミノ酸配列において複数個、好ましくは1若しくは数個のアミノ酸に欠失、置換、付加等の変異が生じてもよい。例えば、配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列の1~10個、好ましくは1~5個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列に1~10個、好ましくは1~5個のアミノ酸が付加してもよく、あるいは、配列番号2若しくは4に示されるアミノ酸配列の1~10個、好ましくは1~5個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換してもよい。上記アミノ酸の欠失、付加及び置換は、上記ポリペプチドをコードするDNAを、当該技術分野で公知の手法によって、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、改変することによって行うことができる。
【0026】
また例えば、変異型SART-1タンパク質のアミノ酸配列に対し、少なくとも70%、好ましくは80%、特に好ましくは90%の配列同一性を示すアミノ酸配列を含むタンパク質もまた、上記の変異の少なくとも1つを含み、イネの低アミロース形質に関与する限り、本発明において用いることができる。なお、アミノ酸配列の同一性は、当技術分野で公知の方法により容易に求めることができる。
【0027】
ここで、「イネの低アミロース形質に関与する」とは、イネの種子におけるアミロース含有率を低下させる形質に関与することを指し、具体的には、イネの種子におけるアミロース含有率を約5~15%に低下させる形質である。これは、当技術分野で公知の方法により確認することができ、例えば、あるタンパク質又は遺伝子をイネにおいて発現させ、得られるイネの種子のアミロース含有率又は含有量を測定することにより、そのタンパク質又は遺伝子が「イネの低アミロース形質に関与する」か否かを確認することができる。アミロース含有率又はアミロース含有量の測定は、当技術分野で慣用的な方法により実施することができ、そのような方法として、例えばヨウ素呈色反応に基づく2波長測定法が挙げられる。
【0028】
上記の変異型SART-1タンパク質は、この変異型SART-1タンパク質を有することがわかっているイネ植物又はその細胞などから単離・精製して入手してもよいし、あるいは対応するタンパク質をコードする核酸を用いて宿主を形質転換し、該宿主において発現されるタンパク質を回収することにより生成することができる。
【0029】
変異型SART-1タンパク質をコードする核酸は、上述した変異型SART-1タンパク質をコードするものである。かかる核酸は、変異型SART-1タンパク質を有することがわかっているイネ植物又はその細胞より抽出したRNAから精製したmRNAを用いて、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)又はcDNAライブラリーからのスクリーニングにより得ることができる。組織又は細胞からのmRNAの抽出及びcDNAライブラリーの作製は常法に従って行うことができる。あるいは、変異型SART-1タンパク質を発現する細胞又は組織から調製したDNAを鋳型として、変異型SART-1タンパク質をコードする核酸の塩基配列に基づいて設計したプライマーセットを用いて核酸増幅反応(例えばPCRなど)を行うことにより、所望の核酸を得ることができる。得られたcDNAが目的の配列を含む核酸であるか否かは、塩基配列を決定することにより確認することができる。
【0030】
また本発明においては、変異型SART-1タンパク質をコードする塩基配列からなる核酸の全部又は一部の配列に相補的な配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、低アミロース形質に関与するタンパク質をコードする核酸も用いることができる。ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、高い相同性(相同性が80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上)を有するポリヌクレオチドがハイブリダイズする条件をいい、当業者であれば慣用的に設定することが可能である。
【0031】
また、低アミロース形質に関与するタンパク質をコードする限り、変異型SART-1タンパク質をコードする核酸の断片もまた本発明において使用することができる。例えば、上記変異のうち少なくとも1つの変異を含み、末端切断型の核酸断片が挙げられる。
【0032】
本発明において「核酸」とは、DNA又はRNA(例えばmRNA)のいずれであってもよいし、DNA及びRNAのハイブリッド核酸、人工核酸であってもよい。
【0033】
変異型SART-1タンパク質をコードする核酸は、化学合成によって、又はクローニングされたcDNAを鋳型としたPCRによって、あるいはその塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって取得することができる。
【0034】
2.低アミロース形質のイネの判定又は選抜
上述した変異型SART-1タンパク質又はそれをコードする遺伝子(変異型SART-1遺伝子)の変異を有するイネは、低アミロース形質を有すると考えられることから、この変異を検出することにより、低アミロース形質のイネを判定又は選抜することができる。
【0035】
本発明において判定又は選抜の対象となるイネは、低アミロース形質の有無について判定又は選抜しようとするイネ品種(うるち米品種、もち米品種)であれば特に限定されるものではない。低アミロース米品種として公知の品種(例えば空育162号、国宝ローズ、きらら397、ゆきひかり、ほしのゆめ、ななつぼし、あきほ、ほしたろう、吟風、大地の星、ふっくりんこ、上育445号、彗星、はくちょうもち、風の子もち、あやひめ、彩、NM391、ミルキークイーン、おぼろづき、スノーパール、キタアケ、上育414号、道北47号、ゆめぴりか、及び北海287号)の低アミロース形質について確認してもよいし、低アミロース形質であるか否か不明のイネ品種について確認してもよい。本発明により、特に緩やかなアミロース低減形質を有し、登熟気温によるアミロース含有率の変動が小さいイネが判定又は選抜される。また、遺伝子組換えイネ、突然変異誘発を行ったイネを、判定又は選抜の対象としてもよい。
【0036】
一態様において、本発明は、低アミロース形質のイネを判定又は選抜する方法であって、
対象のイネが、変異型SART-1タンパク質又は該変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子を有するか否かを検出するステップを含み、
前記変異型SART-1タンパク質が、以下:
(a)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の56位から63位に対応する位置におけるグルタミン酸及びリジン(EK)の4回反復配列中に、EKの反復数が1回増加する挿入変異、
(b)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の586位に対応する位置におけるメチオニンが、スレオニン、アスパラギン、システイン、グルタミン、セリン及びチロシンから選択されるアミノ酸に置換する変異、並びに
(c)配列番号2に示されるSART-1タンパク質の745位に対応する位置におけるセリンが、システイン、アスパラギン、グルタミン、スレオニン及びチロシンから選択されるアミノ酸に置換する変異
からなる群より選択される少なくとも1つの変異を含むものである、方法に関する。
【0037】
一実施形態において、前記変異型SART-1タンパク質をコードする遺伝子は、以下:
(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、及び
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異
からなる群より選択される少なくとも1つの変異を含むものである。
【0038】
一実施形態では、判定又は選抜しようとするイネからゲノムDNA又はmRNA若しくはmRNAに対応するcDNAを調製する。ゲノムDNAの調製は、公知の方法、例えばフェノール/クロロホルム法などにより調製することができる。mRNAの調製もまた、公知の方法により、例えばグアニジウムチオシアネート-トリフルオロ酢酸セシウム法などにより総RNAを抽出した後、オリゴdT-セルロースやポリU-セファロース等を用いたアフィニティーカラム法により、あるいはバッチ法によりポリ(A)+RNA(mRNA)を得ることができる。cDNAは、公知の逆転写酵素を利用して調製することができる。また、必要であれば、陽性対照及び/又は陰性対照のイネ品種からゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAを調製してもよい。
【0039】
DNA又はmRNA若しくはcDNAを調製する供与源もまた特に限定されるものではなく、イネの植物体のいずれの組織からも抽出できるが、例えば、穂、葉、根、種子、精米、玄米、さらに炊飯米等からも抽出することができる。
【0040】
ゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAにおける変異型SART-1遺伝子の検出は、当技術分野で公知の任意の方法により行うことができ、限定するものではないが、増幅反応、例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を利用した方法、ハイブリダイゼーション法、直接配列決定法、制限酵素断片長多型(RFLP)を利用する方法などが挙げられる。これらの方法はいずれも当業者に周知である。以下に代表的な方法の概要を説明する。
【0041】
(1)増幅反応を利用した方法(PCR法)
本発明においては、例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を利用して変異型SART-1遺伝子を簡便かつ高精度に検出することができる。
【0042】
最初に、変異型SART-1タンパク質のアミノ酸配列又は変異型SART-1遺伝子の塩基配列と、野生型SART-1タンパク質のアミノ酸配列又は野生型SART-1遺伝子の塩基配列との比較から、両者を区別して増幅することができるプライマーを設計する。例えば、上記(a)~(c)のアミノ酸変異又は上記(d)~(f)の塩基変異のいずれか1つを含む領域が増幅されるようにプライマーセットを設計する。プライマーセットは、野生型SART-1遺伝子のcDNA配列(配列番号1)若しくは変異型SART-1遺伝子のcDNA配列(配列番号3)を基準に設計してもよいし、野生型SART-1遺伝子のゲノム配列(配列番号5)若しくは変異型SART-1遺伝子のゲノム配列を基準に設計してもよい。
【0043】
プライマーの設計手法は当技術分野で周知であり、本発明において使用可能なプライマーは、特異的なアニーリングが可能な条件を満たす、例えば特異的なアニーリングが可能な長さ及び塩基組成(融解温度)を有するように設計される。例えば、プライマーとしての機能を有する長さとしては、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは15~50塩基であり、さらに好ましくは15~30塩基である。また設計の際には、プライマーのGC含量とプライマーの融解温度(Tm)を確認することが好ましい。Tmとは、任意の核酸鎖の50%がその相補鎖とハイブリッドを形成する温度を意味し、鋳型となるDNAとプライマーとが二本鎖を形成してアニーリングするためには、アニーリングの温度を最適化する必要がある。一方、この温度を下げすぎると非特異的な反応が起こるため、温度は可能な限り高いことが望ましい。Tmの確認には、公知のプライマー設計用ソフトウエアを利用することができる。設計されたプライマーは、公知のオリゴヌクレオチド合成手法により化学合成することができるが、通常は、市販の化学合成装置を使用して合成される。
【0044】
具体的な実施形態において、本発明において使用可能なプライマーセットとしては、限定するものではないが、例えば以下のプライマーが挙げられる:
(i)配列番号5の1番から389番(例えば、配列番号5の73~92番、80~102番、117~138番、359~378番)の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の390番から2500番(例えば、配列番号5の426~443番、560~581番、656~677番、766~785番)の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー(変異(a)又は変異(d)を検出するため)、
(ii)配列番号5の2500番から3791番(例えば、配列番号5の2897~2916番、3299~3320番、3420~3441番)の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の3793番から5000番(例えば、配列番号5の3873~3898番、3997~4019番、4436~4455番)の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマー(変異(b)又は変異(e)を検出するため)、あるいは
(iii)配列番号5の2500番から4342番(例えば、配列番号5の2897~2916番、3933~3954番、4149~4170番)の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の4344番から5501番(例えば、配列番号5の4436~4455番、4459~4482番、4659~4680番)の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマー(変異(c)又は変異(f)を検出するため)。
【0045】
好ましい実施形態では、変異型SART-1遺伝子のそれぞれの変異を検出するためのプライマーセットとして、以下の表1に示される配列を有するプライマーの対が挙げられる。表1に示されるプライマーは、配列長が18~26塩基、Tm値が60~65、GC含量が38~61%となるように設計した。なお、表中、プライマー名にFを含むプライマーとRを含むプライマーをプライマー対として使用する。
【表1】
【0046】
表1に示したプライマーがSART-1遺伝子のどの領域に対応するかを
図4に示す(プライマーを矢印で表す)。
【0047】
このように設計されたプライマーセットを用いた場合、変異型SART-1遺伝子によって得られる増幅産物と、それ以外のSART-1遺伝子によって得られる増幅産物とは、その長さ及び/又は塩基配列が異なる。従って、プライマーセットを用いた増幅反応により得られる増幅産物の長さ及び/又は塩基配列の相違から、対象のイネがSART-1タンパク質又はSART-1遺伝子に低アミロース形質に関与する変異を有するか否かを判別することができる。
【0048】
増幅反応は、特に限定されないが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法の原理を利用した公知の方法を挙げることができる。増幅は、増幅産物が検出可能なレベルになるまで行う。PCRの最適条件は、当業者であれば容易に決定することができる。またRT-PCR法では、まず、mRNAを鋳型として、逆転写酵素反応によりcDNAを作製し、その後、作製したcDNAを鋳型として一対のプライマーを用いてPCR法を行う。
【0049】
上述のようにして、対象のイネに由来するゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAを鋳型として、変異型SART-1遺伝子の変異部分を含む核酸断片を特異的に増幅することができる。
【0050】
上記増幅反応後に特異的な増幅反応が起こったか否かを検出するには、増幅反応により得られる増幅産物を特異的に認識することができる公知の手段を用いることができる。例えば、アガロースゲル電気泳動法等を利用して、特定のサイズの増幅断片が増幅されているか否かを確認することにより、特異的な増幅反応を検出することができる。増幅産物のサイズは設計したプライマー間の塩基配列に基づいて推測することが可能である。
【0051】
あるいは、プライマー又は基質に標識した標識に基づいて核酸断片の増幅の有無を検出する。例えば、増幅反応の過程で取り込まれるdNTPに、放射性同位体、蛍光物質、発光物質などの標識体を作用させ、この標識体を検出することができる。放射性同位体としては、32P、125I、35Sなどを用いることができる。また蛍光物質としては、例えば、フルオレセン(FITC)、スルホローダミン(TR)、テトラメチルローダミン(TRITC)などを用いることができる。また発光物質としてはルシフェリンなどを用いることができる。これら標識体の種類や標識体の導入方法等に関しては、特に制限されることはなく、従来公知の各種手段を用いることができる。例えば標識体の導入方法としては、放射性同位体を用いるランダムプライム法が挙げられる。
【0052】
標識したdNTPを取り込んだ増幅産物を観察する方法としては、上述した標識体を検出するための当技術分野で公知の方法であればいずれの方法でもよい。例えば、標識体として放射性同位体を用いた場合には、放射活性を、例えば液体シンチレーションカウンター、γ-カウンターなどにより計測することができる。また標識体として蛍光を用いた場合には、その蛍光を蛍光顕微鏡、蛍光プレートリーダーなどを用いて検出することができる。
【0053】
これにより、対象のイネが変異型SART-1タンパク質又は変異型SART-1遺伝子の少なくとも1つの変異を有するか否か、すなわち低アミロース形質のイネであるか否かを判定し選別することができる。
【0054】
(2)ハイブリダイゼーション法
変異型SART-1遺伝子の変異は、ハイブリダイゼーション法を利用して検出することもできる。ハイブリダイゼーション法は、対象のイネ由来のゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAが、それに対し相補的なDNA分子(例えばオリゴヌクレオチドプローブ)とハイブリダイズする能力に基づいて、変異を有するか否かを決定する方法である。ハイブリダイゼーション及び検出のための種々の技術を利用してこのハイブリダイゼーション法を行うことができる。
【0055】
最初に、変異型SART-1タンパク質のアミノ酸配列又は変異型SART-1遺伝子の塩基配列と、野生型SART-1タンパク質のアミノ酸配列又は野生型SART-1遺伝子の塩基配列との比較から(例えば
図3に示した配列比較から)、両者を区別してハイブリダイズすることができるプローブを設計する。例えば、変異型SART-1タンパク質又は変異型SART-1遺伝子の上記変異に基づいて、少なくとも1つの変異部分をまたぐようにプローブを設計することができる。例えば、プローブを、変異型SART-1遺伝子に対してハイブリダイズすることができるが、それ以外のSART-1遺伝子にはハイブリダイズすることができないように設計する。このようなプローブを用いたハイブリダイゼーションの有無により、対象のイネのゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAが変異型SART-1遺伝子を含むかどうかを検出することができる。
【0056】
プローブの設計手法は当技術分野で周知であり、本発明において使用可能なプローブは、特異的なハイブリダイゼーションが可能な条件を満たす、例えば特異的なハイブリダイゼーションが可能な長さ及び塩基組成(融解温度)を有するように設計される。プローブの長さは、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは20~50塩基であり、さらに好ましくは20~30塩基である。
【0057】
本方法においては、プローブを用いて対象のイネ由来のゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAに対するハイブリダイゼーション反応を行い、その特異的結合(ハイブリッド)を検出することにより、変異型SART-1遺伝子の存在を検出する。ハイブリダイゼーション反応は、ストリンジェントな条件下で行う必要がある。そのようなストリンジェントな条件は当技術分野で周知であり、特に限定されない。
【0058】
本方法においてハイブリダイゼーションを行う場合には、プローブに蛍光標識(フルオレセイン、ローダミンなど)、放射性標識(32Pなど)、酵素標識(アルカリフォスファターゼ、西洋ワサビパーオキシダーゼ等)、ビオチン標識等の適当な標識を付加することができる。
【0059】
標識化プローブを用いた検出は、対象のイネ由来のゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAとプローブとをハイブリダイズ可能なように接触させることを含む。具体的には、例えば対象のイネ由来のゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAを、必要であれば適宜制限酵素で消化して、スライドグラス、メンブラン、マイクロタイタープレート等の適当な担体に固定し、標識したプローブを添加することにより、プローブとゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAとを接触させてハイブリダイゼーション反応を行い、ハイブリダイズしなかったプローブを除去した後、ゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAとハイブリダイズしているプローブの標識を検出する。標識が検出された場合には、対象のイネが変異型SART-1遺伝子を有していることになる。
【0060】
あるいは、ハイブリダイゼーションはDNAチップを利用して検出することもできる。この方法においては、プローブを固相支持体に貼り付ける。対象のイネ由来のゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAサンプルをDNAチップと接触させ、ハイブリダイゼーションを検出する
【0061】
(3)直接配列決定法
変異型SART-1遺伝子は、ゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAを用いて直接配列決定法により検出することができる。直接配列決定法においては、最初に、対象のイネからゲノムDNA又はmRNA若しくはcDNAを調製し、検出対象となる変異型SART-1遺伝子の少なくとも1つの変異を含む領域をベクターにクローニングし、宿主細胞(例えば細菌)において増幅させる。あるいは、検出対象のSART-1遺伝子の少なくとも1つの変異を含む領域内のDNAをPCRにより増幅することも可能である。増幅後、検出対象領域内のDNAを配列決定する。配列決定法としては、限定されるものではないが、手動式配列決定法又は自動配列決定法が挙げられる。自動配列決定法としては、ダイターミネーターを使用する方法、次世代シークエンシング(NGS)などが挙げられる。配列決定の結果に基づいて、対象のイネが変異型SART-1遺伝子を有するか否かを判定する。
【0062】
あるいは、イネが変異型SART-1タンパク質を含むか否かを検出してもよい。変異型SART-1タンパク質の検出は、当技術分野で公知の方法、例えば免疫アッセイの方法を利用して行うことができる。また変異型SART-1タンパク質の検出は、変異型SART-1タンパク質に特有の物理的又は化学的特性を測定するための手段、例えば正確な分子量又はNMRスペクトル等を測定するための手段によって行うことができる。変異型SART-1タンパク質を検出するための手段としては、バイオセンサー、プロテインチップ、免疫アッセイと連結した光学装置、質量分析計、NMR分析計、二次元電気泳動装置又はクロマトグラフィー装置等の分析装置が挙げられる。
【0063】
試料を調製する供与源もまた特に限定されるものではなく、イネの植物体のいずれの組織からも調製でき、例えば、穂、葉、根、種子、精米、玄米、さらに炊飯米等からも抽出することができる。
【0064】
例えば、試料中の変異型SART-1タンパク質の検出は、免疫アッセイ(免疫学的測定法)により行うことができる。すなわち試料中の変異型SART-1タンパク質と、該タンパク質に特異的に結合する抗体との反応に基づいて、該タンパク質の発現を測定する。免疫アッセイは、当該分野で汎用されている方法であれば液相系及び固相系のいずれで行ってもよい。また免疫アッセイの形式も限定されるものではなく、直接固相法の他、サンドイッチ法、競合法、ウエスタンブロッティング法、ELISA(enzyme linked immunosorbent assay)法などであってもよい。
【0065】
免疫アッセイを採用する場合には、変異型SART-1タンパク質に対する抗体を使用する。変異型SART-1タンパク質に対する抗体はモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよいし、その抗体断片(Fab、Fvなど)であってもよい。抗体は、当技術分野で公知の方法により調製することができる。
【0066】
変異型SART-1タンパク質と抗体との結合(反応)は、周知の方法に従って測定しうる。当業者であれば、採用する免疫アッセイの種類及び形式、使用する標識の種類などに応じて、各アッセイについての有効かつ最適な測定方法を決定することができる。例えば、試料中の変異型SART-1タンパク質と抗体との結合を容易に検出するために、該抗体を標識することにより該結合を直接検出するか、又は標識二次抗体若しくはビオチン-アビジン複合体等を用いることにより間接的に検出する。
【0067】
免疫アッセイにおいて使用する抗体を標識するための標識としては、酵素、放射性同位体、蛍光色素又はアビジン-ビオチン系を使用することができる。酵素としては、通常の酵素免疫アッセイ(EIA)に用いられる酵素、例えば、パーオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等を用いることができる。放射性同位体としては、125Iや3H等の通常のラジオイムノアッセイ(RIA)で用いられているものを使用することができる。蛍光色素としては、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)やテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等の通常の蛍光抗体法に用いられるものを使用することができる。
【0068】
標識シグナルの検出もまた、当技術分野で公知の方法に従って行うことができる。例えば、酵素標識を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。基質は、使用する酵素の種類に応じて異なり、例えば酵素としてパーオキシダーゼを使用する場合には、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジシンを、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。放射性標識を用いる場合には、放射性標識の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。蛍光標識は、例えば蛍光顕微鏡、プレートリーダー等を用いて検出及び定量することができる。
【0069】
以上の免疫学的方法では、試料中の変異型SART-1タンパク質と変異型SART-1タンパク質に対する抗体との結合量が多いほど、試料中に変異型SART-1タンパク質が多く存在することとなる。
【0070】
以上の方法により、対象のイネが、変異型SART-1タンパク質又は変異型SART-1遺伝子を有するか否かを検出し、その結果から、対象のイネが低アミロース形質を有するか否かを判定し、選別することが可能となる。本発明の方法は、遺伝的手法を利用するため、簡便かつ高精度に低アミロース形質のイネを判定し選別することができる。
【0071】
3.キット
上述した低アミロース形質のイネを判定又は選抜する方法は、キットを用いることによりさらに簡便に実施することができる。本キットは、上述したような変異型SART-1タンパク質又は変異型SART-1遺伝子を検出することができる手段、具体的にはプライマー又はプローブを少なくとも含むものである。
【0072】
一実施形態において、本発明は、以下のプライマーセット:
(i)配列番号5の1番から389番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の390番から2500番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、
(ii)配列番号5の2500番から3791番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の3793番から5000番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット、あるいは
(iii)配列番号5の2500番から4342番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度(Tm値)50℃以上のプライマー、及び配列番号5の4344番から5501番の塩基配列若しくはその相補配列のうち連続する少なくとも10塩基からなるGC含量30%以上かつアニーリング温度50℃以上のプライマーを含むプライマーセット
を含むことを特徴とする低アミロース形質のイネの判定又は選別用キットに関する。
【0073】
好ましい実施形態において、本キットは、以下のプライマーセットのうち少なくとも1つを含む:
(I)配列番号6からなるプライマー及び配列番号7からなるプライマーを含むプライマーセット、
(II)配列番号8からなるプライマー及び配列番号9からなるプライマーを含むプライマーセット、
(III)配列番号10からなるプライマー及び配列番号11からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IV)配列番号12からなるプライマー及び配列番号13からなるプライマーを含むプライマーセット、
(V)配列番号14からなるプライマー及び配列番号15からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VI)配列番号16からなるプライマー及び配列番号17からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VII)配列番号18からなるプライマー及び配列番号19からなるプライマーを含むプライマーセット、
(VIII)配列番号20からなるプライマー及び配列番号21からなるプライマーを含むプライマーセット、
(IX)配列番号22からなるプライマー及び配列番号23からなるプライマーを含むプライマーセット、並びに
(X)配列番号24からなるプライマー及び配列番号25からなるプライマーを含むプライマーセット。
【0074】
またキットは、プライマーを含む場合には、さらに、反応液を構成するバッファー、dNTP混合物、酵素類(逆転写酵素、RNaseHなど)、校正用の標準試料などを含んでもよい。また、プローブを含む場合には、さらに、ハイブリダイゼーションバッファー、洗浄バッファー、マイクロプレート、ナイロンメンブレンなどを含んでもよい。
【0075】
4.低アミロース形質のイネの作出
上述した変異型SART-1タンパク質又は変異型SART-1遺伝子は、イネの種子における低アミロース形質に関与するものである。したがって、上述した変異型SART-1タンパク質又は変異型SART-1遺伝子の少なくとも1つの変異をイネに導入することによって、低アミロース形質のイネを作出することができる。
【0076】
したがって、一態様において、本発明は、低アミロース形質のイネを作出する方法であって、
イネにおいてSART-1タンパク質をコードする遺伝子に以下の(d)~(f)の少なくとも1つの変異を導入するステップ:
(d)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の187番から188番に対応する位置におけるAGGAGA配列の挿入変異(野生型配列(配列番号1)の170~193番におけるAGGAGA配列の4回反復がAGGAGA配列の挿入変異のために5回反復となる)、
(e)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の1757番に対応する位置におけるチミンからシトシンへの変異、
(f)配列番号1に示されるSART-1遺伝子の2233番に対応する位置におけるアデニンからチミンへの変異
得られたイネの種子におけるアミロース含有率又はアミロース含有量を測定するステップ
を含む方法に関する。
【0077】
イネに特定の変異を導入する方法は、当技術分野で公知の遺伝子組換え方法を利用して行うことができる。例えば、組換えベクターを構築し、その組換えベクターをイネに導入することによって、イネに特定の変異を導入することができる。そのような組換えベクターは、変異型SART-1遺伝子を適当なベクターに挿入することによって構築できる。変異型遺伝子をイネの細胞へ導入し、発現させるためのベクターとしては、pBI系のベクター、pUC系のベクター、pTRA系のベクターが好適に用いられる。pBI系及びpTRA系のベクターは、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる。pBI系のバイナリーベクター又は中間ベクター系が好適に用いられ、例えば、pBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3等が挙げられる。pUC系のベクターは、植物に遺伝子を直接導入することができ、例えば、pUC18、pUC19、pUC9等が挙げられる。
【0078】
ベクターに変異型SART-1遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。変異型SART-1遺伝子は、その遺伝子の機能が発揮されるようにベクターに組み込まれることが必要である。そこで、ベクターには、プロモーターのほか、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、5'-UTR配列、選択マーカー遺伝子などを連結することができる。
【0079】
「プロモーター」としては、植物細胞において機能し、植物の特定の組織(特に種子)内あるいは特定の発育段階において発現を導くことのできるDNAであれば、植物由来のものであってもよいし、植物由来のものでなくてもよい。「ターミネーター」は、前記プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよい。「エンハンサー」は、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられる。「選択マーカー」は、形質転換体の選抜を容易にするために用いられ、例えばハイグロマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0080】
構築した組換えベクターを、変異型SART-1遺伝子の少なくとも1つの変異が自己の遺伝子中に組み込まれ、発現し得るように植物中に導入する。本発明において対象となるイネとしては、イネ科に属する植物、例えばイネ、オオムギ、コムギなどが挙げられるが、これらに限定はされない。イネの品種(例えばうるち米品種)も限定されるものではなく、例えばコシヒカリ、ひとめぼれ、ヒノヒカリ、あきたこまち、ななつぼし、はえぬき、まっしぐら、キヌヒカリ、あさひの夢、ゆめぴりか、きぬむすめ、こしいぶき、つや姫、夢つくし、ふさこがね、つがるロマン、あいちのかおり、彩のかがやき、天のつぶ、きらら397などが挙げられる。
【0081】
組換えベクターを導入する対象となる植物は、植物体全体、植物器官(例えば葉、根、種子等)、植物組織(例えば表皮、篩部、柔組織、木部、維管束等)又は植物培養細胞のいずれをも意味するものである。植物培養細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞から形質転換体を再生させるためには既知の組織培養法により器官又は個体を再生させればよい。
【0082】
変異型SART-1遺伝子又は組換えベクターを植物中に導入する方法としては、アグロバクテリウム法、PEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。例えばアグロバクテリウム法を用いる場合は、プロトプラストを用いる場合と組織片を用いる場合がある。プロトプラストを用いる場合は、Tiプラスミドをもつアグロバクテリウムと共存培養する方法、スフェロプラスト化したアグロバクテリウムと融合する方法(スフェロプラスト法)、組織片を用いる場合は、リーフディスクにより対象植物の無菌培養葉片に感染させる方法(リーフディスク法)やカルス(未分化培養細胞)に感染させる等により行うことができる。
【0083】
あるいは、イネにランダム変異誘発を行って、SART-1タンパク質をコードする遺伝子に上記変異のうち少なくとも1つの変異を導入してもよい。そのようなランダム変異誘発として、公知の変異誘発原(例えば、紫外線、放射線、重イオンビーム、化学変異原など)による処理が挙げられる。
【0084】
目的の遺伝子が植物に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等により行うことができる。例えば、形質転換植物からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法でもよい。
【0085】
続いて、得られたイネが低アミロース形質を有するか否かを確認する。すなわち、得られたイネの種子におけるアミロース含有率又はアミロース含有量を測定する。アミロース含有率又はアミロース含有量の測定は、当技術分野で慣用的な方法により実施することができ、そのような方法として、ヨウ素呈色比色法があり、例えばモーターミル等によって粉砕した精白米粉を水酸化ナトリウム水溶液等により糊化させた後に、ビーエルテック社製の米・麦アミロース測定装置AA3を用いて測定する方法や、糊化したサンプルにヨウ素ヨウ化カリウム液を加え、分光光度計を用いて680nmの呈色度を測定する方法が挙げられる。また、熱DMSO等により完全に糊化させた米粉サンプルより精製したアミロース画分を改良パーク・ジョンソン法で定量する方法や、Megazyme社製のアミロース/アミロペクチン分析キットを用いて定量する方法でもよい。
【0086】
上記のようにして得られるイネは、種子における低アミロース形質を獲得する。すなわち、変異型SART-1遺伝子の少なくとも1つの変異を導入することにより、植物に低アミロース形質を付与することができる。したがって、本発明により、従来は低アミロース形質ではなかった米品種、例えばコシヒカリなどにおいて低アミロース形質を付与することが可能となる。
【実施例】
【0087】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0088】
[実施例1]
本実施例では、大規模分離集団により、水稲品種「いただき」と「空育162号」の間で検出されたアミロース含有率を低下させる遺伝子座(「qAC2」遺伝子座)の高精度連鎖解析を行った。
【0089】
具体的には、「いただき」と「空育162号」間のBC
1F
4世代の交雑後代集団192系統におけるアミロース含有率のQTL解析を行った。その結果を
図1に示す。
図1のAは、検出したアミロース含有率を制御する2つのQTLの染色体上の位置を示す。垂直の棒でイネの各染色体を示し、水平の棒でQTL解析に使用したDNAマーカーの位置を示している。各染色体の長さやDNAマーカー間の距離はRAP-DBのイネゲノム配列の長さに従った。
図1のBは、検出した2つのQTLの効果の大きさを示す。第2染色体に見出されたQTLを「qAC2」、第8染色体に見出されたQTLを「qAC8-3」と名付けた。
【0090】
続いて、「いただき」と「空育162号」のBC
2F
2集団13系統でアミロース含有率のQTL解析を行った。その結果を
図2にqAC2領域の詳細な連鎖地図として示す。Aの垂直の棒は、「いただき」と「空育162号」のBC
2F
2集団13系統で構築した連鎖地図を示す。Bの垂直の棒は、SSRマーカーRM13268~RM13276の間が分離するBC
3F
3集団8系統を利用して作成した高密度連鎖地図である。その棒の右側の数字は両マーカーの間で組換えの起きた個体数を示している。qAC2領域の候補遺伝子の連鎖地図上の位置を「qAC2」の文字で示している。
【0091】
高密度連鎖地図により絞り込んだqAC2領域は約74kbpの物理距離であり、RAP-DBによるとqAC2領域内に7個の予測遺伝子が存在していた。その7個の遺伝子について開花後14日目の未熟種子からmRNAを抽出して、SuperScript II Reverse Transcriptase(Invitrogen社)によりcDNAを合成後に、プライマー(qAC2_RT_F)CATTTCGGGATCTTTCACACAA(配列番号26)と(qAC2_RT_R)GGCGCCGTTCCTGCTT(配列番号27)を使用したRT-PCRにより各遺伝子の発現量を調査したところ、1つの遺伝子「Os02g0511500及びLOC_Os02g30730」が未熟種子において高発現していることが明らかになった。Os02g0511500及びLOC_Os02g30730のmRNAのRT-PCR結果を
図2のCに示している。その結果、これまで植物で澱粉のアミロース含有率に関わっているという報告が無いSART-1と相同性を示すqAC2領域の候補遺伝子Os02g0511500及びLOC_Os02g30730がアミロース含有率を制御している可能性が考えられた。
【0092】
[実施例2]
次に、「いただき」と「空育162号」のqAC2領域の候補遺伝子(Os02g0511500及びLOC_Os02g30730)の塩基配列とそれに基づいて作成したアミノ酸配列を比較した。まず、「いただき」と「空育162号」の未熟種子からmRNAを取得して、SuperScript II Reverse Transcriptase(Invitrogen社)により完全長cDNA配列を取得した。
【0093】
図3に、「いただき」と「空育162号」のqAC2領域の候補遺伝子のcDNA配列を示す。空育162号において四角で囲んだ部位が両配列における相違を示す。
【0094】
図4に、qAC2領域における候補遺伝子(Os02g0511500及びLOC_Os02g30730)の全長及びエキソンとイントロン構造と、「いただき」と「空育162号」間の塩基配列の多型の位置を示す。四角はアミノ酸をコードするエキソン部分を示し、横棒はイントロン部分を示している。「いただき」と「空育162号」のBACライブラリーからqAC2領域を含むゲノムDNA断片を持つBACクローンを選び出し、候補遺伝子(Os02g0511500及びLOC_Os02g30730)の全長の塩基配列を解読した。
【0095】
以上の解析から、「いただき」のアミノ酸配列及び塩基配列と比較して、「空育162号」では以下の3ヶ所に変異を検出した:
(1)56位から63位のE(グルタミン酸)とK(リジン)の4回反復配列中に、EKの反復数が1回増加する挿入変異(遺伝子では「AGGAGA」配列の挿入)。
(2)586位のM(メチオニン)が、T(スレオニン)に置換する変異(遺伝子ではT→Cの変異)。
(3)745位のS(セリン)がC(システイン)に置換する変異(遺伝子ではA→Tの変異)。
【0096】
アミロース含有率を低下させる遺伝子は機能が低下又は消失することが多いことから、「空育162号」の予測タンパク質は「いただき」のものに比べて機能が低下又は消失していることが推察された。よって、実施例1の連鎖解析の結果と推定されたアミノ酸配列の比較解析結果とを考え合わせると、この候補遺伝子が低アミロース形質に関与する有力な候補であると判断した。
【0097】
[実施例3]
実施例1及び2のようにして絞り込んだ候補遺伝子が、実際にアミロース含有率に関して機能していることを確認するために相補性検定を行った。具体的には、野生型の遺伝子であると考えられる「いただき」型のゲノムDNA断片を、突然変異型の遺伝子であると考えられる「空育162号」型を持つ系統に導入した形質転換体をアグロバクテリウム法により作製し、表現型が野生型(「いただき」型)に回復するかどうかを確認した。
【0098】
まず、「いただき」のゲノムDNAをもとに候補遺伝子(Os02g0511500及びLOC_Os02g30730)の全長を含む約10.5kbpをPrimeSTAR GXL DNA Polymerase(Takara社)を用いたPCRによって増幅した。PCRには、「qAC2_T263L、AGGAGCTATCTCAAATTATGCTAG(配列番号28)」と「qAC2_T4818R、GAAATATCAACTCAAAACTAACAA(配列番号29)」のプライマーセットを用いた。精製したPCR断片をpENTR/D-TOPOベクター(Invitrogen社)に挿入し、大腸菌株DH5α株に形質転換した。抽出したプラスミドを制限酵素SalIを加えて37℃で16時間反応させて切断して、インサート断片を取得した。一方、バイナリーベクターpPZP2H-lac(Fuse et al. (2001) Plant Biotechnology, 18, 219-222)を制限酵素SalIで切断し、MinElute Gel Extraction Kit(QIAGEN社)で精製してベクターを調製した。pPZP2H-lacは選択マーカーとしてストレプトマイシン及びハイグロマイシン耐性遺伝子を有しており、ハイグロマイシン耐性遺伝子はLB (Left T-DNA border)-RB (Right T-DNA border)の間に配置されているため、それを用いてイネの形質転換体を選抜できる。以上の操作により得られたインサート及びベクターのライゲーション反応はDNA Ligation Kit LONG(Takara社)を用いて、16℃で16時間反応させた。ライゲーション反応後の反応液を大腸菌株DH5α株に形質転換して、目的のゲノムDNA断片を持つプラスミドを選抜した。選抜したクローンのインサート配列を解読し、正しい配列がクローン化されたことを確認した。この候補遺伝子のプロモーター及び構造遺伝子を含む約10.5 kbpのゲノムDNA断片を含むプラスミドをpPZP2H-lac-qAC2と命名し、以下に使用した。
【0099】
pPZP2H-lac-qAC2をアグロバクテリウムEHA101株にエレクトロポレーション法で導入して、アグロバクテリウム法によりいただきの準同質遺伝子系統(NIL)(「空育162号」のqAC2領域を持つ「いただき」背景の系統)に遺伝子導入した。アグロバクテリウム法によるイネへの遺伝子の導入、形質転換体の選抜及び再分化は、公知のイネの形質転換法(参考「寺田及び飯田:モデル植物ラボマニュアル(岩渕雅樹・岡田清孝・島本功編、シュプリンガー・フェアラーク東京)pp.110-121、2000」、「Hiei et al. (1994) Plant J. 6:271-282.」及び「Toki et al. (1997) Plant Mol. Biol. Rep. 15(1): 16-21」)に従った。イネ染色体への外来遺伝子の導入は、再分化植物体(T0世代)の葉を一部採取してゲノムDNAを抽出し、それを鋳型としたPCRによって確認した。外来遺伝子の導入の確認には、ハイグロマイシン耐性遺伝子(Hpt)上で設計したHPT-p5 「GATCAGCAATCGCGCATATG(配列番号30)」及びCaMV35プロモーター上で設計した35S-p1「ACTATCCTTCGCAAGACCCT(配列番号31)」のプライマーセットを使用した。外来遺伝子を持つT0世代の植物体から自殖種子を収穫して、T1世代の形質転換体を取得した。
【0100】
図5に相補性検定の結果を示す。
図5のAは、空育162号のアミロース含有率に関与する第2染色体上の候補遺伝子を持つゲノム相補性検定形質転換体(T
1世代)を示す写真である。左側は、候補遺伝子を含む野生型の「いただき」ゲノム断片(約10.5kb)を、「空育162号型」の遺伝子配列を持つイネ系統(いただきのNIL)に導入した形質転換体を、右側はベクターコントロールの形質転換体を示す。いずれの形質転換体も生育に異常がないことがわかる。
【0101】
図5のBは、形質転換体のアミロース含有率を示すグラフである。グラフ中、「ベクター」はベクターコントロールの形質転換体であり、「ベクター+いただきゲノム」は、ベクターといただきゲノムをいただきの準同質遺伝子系統(NIL)に導入した系統を示す。いただきゲノムとは、いただきの候補遺伝子のみを含むゲノム領域を示す。いただきのNILは、いただきに空育162号の第2染色体のゲノム領域のみを導入した準同質遺伝子系統を示す。アミロース含有率は、5個体の平均値で示す。グラフの縦棒は標準誤差値であり、* 有意差5%、** 有意差1%である。この結果、ベクターコントロールの形質転換体と比較して、「いただき」のゲノム断片を導入した形質転換体ではアミロース含有率が増加していた。すなわち、空育162号の低アミロース形質が、野生型(いただき)の遺伝子によって回復したことがわかる。
【0102】
[実施例4]
野生型の遺伝子を持つと考えられる「いただき」のSART-1遺伝子のmRNA発現を低下させたRNAi形質転換体を作製した。
【0103】
SART-1遺伝子のmRNAの一部配列をPrimeSTAR GXL DNA Polymerase(Takara社)を用いたPCRによって増幅した。PCRには「IKT4_L、AATCCACCTCTGTAGTTCTGAC(配列番号32)」と「IKT4_U、AGCAGATACCAACGACCCAT(配列番号33)」のプライマーセットを用いた。精製したPCR断片をpENTR/D-TOPO(Invitrogen社)に挿入し、大腸菌株DH5α株に形質転換した。抽出したプラスミドを制限酵素EcoRVとAflIIで切断して、MinElute Gel Extraction Kit(QIAGEN社)で精製してインサート断片を取得した。インサート断片とバイナリーベクターpANDA(Miki and Shimamoto (2004) Plant Cell Phisiology, 45, 490-495)を、Gateway LR Clonase II Enzyme Mix(Invitrogen社)によるクロナーゼ反応に供試してpANDAベクター中にインサート断片を挿入した。pANDAは選択マーカーとしてカナマイシン及びハイグロマイシン耐性遺伝子を有しており、ハイグロマイシン耐性遺伝子はLB (Left T-DNA border)-RB (Right T-DNA border)の間に配置されているため、それを用いてイネの形質転換体を選抜できる。クロナーゼ反応後の反応液を大腸菌株DH5α株に形質転換して、目的のインサート断片を持つプラスミドを選抜した。選抜したクローンのインサート配列を解読し、正しい配列がクローン化されたことを確認した。このプラスミドをpANDA-qAC2と命名し、以下に使用した。
【0104】
pANDA-qAC2をアグロバクテリウムEHA105株にエレクトロポレーション法で導入して、アグロバクテリウム法により「いただき」に遺伝子導入した。アグロバクテリウム法によるイネへの遺伝子の導入、形質転換体の選抜及び再分化は、公知のイネの形質転換法(前記参照)に従った。イネ染色体への外来遺伝子の導入は、再分化植物体(T0世代)の葉を一部採取してゲノムDNAを抽出し、それを鋳型としたPCRによって確認した。外来遺伝子の導入の確認には、ハイグロマイシン耐性遺伝子(Hpt)上で設計したHPT-p5 「GATCAGCAATCGCGCATATG(配列番号30)」及びCaMV35プロモーター上で設計した35S-p1「ACTATCCTTCGCAAGACCCT(配列番号31)」のプライマーセットを使用した。
【0105】
「いただき」のSART-1遺伝子のmRNA発現を低下させたRNAi形質転換体について、SART-1遺伝子の発現解析を行った。再分化植物体(T0世代)の葉を一部採取してmRNAを抽出し、cDNA合成後に、それを鋳型として「qAC2_RT_F、CATTTCGGGATCTTTCACACAA(配列番号26)」と「qAC2_RT_R、GGCGCCGTTCCTGCTT(配列番号27)」のプライマーセットを用いたRT-PCRを行った。PCR反応液を3%アガロース電気泳動に供試して、SART-1遺伝子の発現量を調査した。また、RNAi形質転換体のアミロース含有率を測定した。具体的には、ヨウ素呈色比色法により、精白米をモーターミルによって粉砕して米粉を作成した。米粉を水酸化ナトリウム水溶液等により糊化させた後に、ビーエルテック社製の米・麦アミロース測定装置AA3を用いてアミロース含有率を測定した。
【0106】
図6に結果を示す。
図6のAは、RNAiコンストラクトを導入した「いただき」のRNAi形質転換体における、SART-1遺伝子のmRNA発現レベルとアミロース含有率を示す。RNAi形質転換体では、SART-1遺伝子の発現量が低下していた。また
図6のBは、RNAiコンストラクトを導入した「いただき」の形質転換体の植物体を示す写真である。図中、「RNAi」は、空育162号の低アミロース性に関与する候補遺伝子を含むSART-1遺伝子のRNAi形質転換体を表し、「VC」はベクターコントロールを表し、「WT」は野生型いただき系統を表し、「NIL」はいただきNIL(qAC2)を表す。アミロース含有率(AC)において、*は有意差5%である。
【0107】
図6に示されるように、ベクターコントロールの形質転換体と比較して、RNAi形質転換体ではアミロース含有率が低下していた。これらの結果、qAC2領域の候補遺伝子として単離したSART-1遺伝子にはアミロース含有率を調節する機能を有することが明らかとなり、この遺伝子が目標としていたqAC2遺伝子座の原因遺伝子であることが明らかとなった。
【0108】
[実施例5]
SART-1遺伝子は、mRNAが転写後にスプライシングされて成熟型mRNAになる過程で働くスプライセオソームの構成タンパク質の一つであると考えられた。そこで、イネ種子におけるアミロース合成遺伝子(Wx、GBSSSI)のmRNAのスプライシング効率がRNAi形質転換体で変化しているかどうか調査した。
【0109】
「いただき」のSART-1遺伝子のmRNA発現を低下させたRNAi形質転換体について、開花後14日目の未熟種子を一部採種してmRNAを抽出し、cDNA合成後に、それを鋳型としたRT-PCRを行った。PCR反応液をアガロース電気泳動に供試して、各プライマーセットによるPCR増幅断片の量を調査した。使用したプライマーセットは以下の通りであり、各プライマーの設計部位を
図7に示す:
(484)CTTTGTCTATCTCAAGACAC(配列番号34)
(466)AGCCGGTGGCCGAGGTGGCG(配列番号35)
(EMS10)TGTTCGTCTGCAACGACTG(配列番号36)
(EMS21)CCTCCACCGGCGTGTCATAC(配列番号37)
(qWx-2F)TTGCAGACAGGTACGAGAGG(配列番号38)
(qWx-2R)CTTCTCCAGGAATGACGGAT(配列番号39)
(qWx-10F)CCCCTCTCTCACCATTCCTT(配列番号40)
(qWx-10R)CGACATGGTGGTTGTCTAGC(配列番号41)
【0110】
図7に、アミロース合成遺伝子(Wx)の構造と、SART-1遺伝子のタンパク質がWx遺伝子のmRNAの転写を制御している説明を示す。Wx遺伝子からmRNAが転写される際に、1st intronを含むpremature mRNA(3.4kb)が合成された後、スプライシングによりmature mRNA(2.3kb)が形成される。ベクターコントロールの形質転換体と比較してRNAi形質転換体では、未成熟型mRNA量(484と466のプライマーで増幅する1.3kbpの断片、及び、qWx-10FとqWx-10Rで増幅する1.3kbpの断片)が多く、成熟型mRNA量(484と466のプライマーで増幅する120bpの断片、及び、EMS10とEMS21のプライマーで増幅する218bpの断片)が少なくなっていた。この結果から、SART-1遺伝子がアミロース合成遺伝子(Wx)のmRNAのスプライシング効率を制御していることが明らかになった。
【0111】
[実施例6]
「空育162号」型の遺伝子配列(すなわち変異型SART-1)を検出するプライマー対を作成して、米国や日本の水稲品種の遺伝子配列を調査した。空育99号、空育162号、コシヒカリ、ゆきひかり、国宝ローズ及びいただきの種子からDNAを抽出し、「いただき」型と「空育162号」型のSART-1遺伝子配列を区別するプライマー対(KID3701 left primer(配列番号12)とKID3701 right primer(配列番号13))を使用して、増幅反応を行った。具体的には、PCR反応後に3%アガロースゲルの電気泳動することにより、変異型SART-1の6bp挿入の有無を判定した。変異型SART-1遺伝子が存在する場合には、挿入変異の分だけ得られる増幅産物のサイズが大きくなる。
【0112】
増幅結果を
図8に示す。低アミロース形質である「空育162号」とカリフォルニア米品種の「国宝ローズ」では増幅サイズの大きいDNA断片が検出され、「いただき」と「コシヒカリ」等の水稲品種では増幅サイズの小さいDNA断片が検出された。
【0113】
従って、本発明者らは低アミロース形質に関与する変異を含む遺伝子を単離することに成功し、種子における低アミロース含量のSART-1変異イネを判定する手法を完成するに至った。
【配列表フリーテキスト】
【0114】
配列番号6~41:人工(合成オリゴヌクレオチド)
【配列表】