(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-19
(45)【発行日】2024-07-29
(54)【発明の名称】鉄鋼材の表面改質方法及び鉄鋼構造物
(51)【国際特許分類】
C21D 1/34 20060101AFI20240722BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240722BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240722BHJP
B23K 20/12 20060101ALI20240722BHJP
【FI】
C21D1/34 S
C22C38/00 301Z
C22C38/60
B23K20/12 360
(21)【出願番号】P 2021508877
(86)(22)【出願日】2020-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2020008623
(87)【国際公開番号】W WO2020195569
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2019060873
(32)【優先日】2019-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】藤井 英俊
(72)【発明者】
【氏名】森貞 好昭
(72)【発明者】
【氏名】青木 祥宏
【審査官】村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/023500(WO,A1)
【文献】特開2018-095956(JP,A)
【文献】特開2012-066287(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103849741(CN,A)
【文献】特開2006-075844(JP,A)
【文献】特開2018-153848(JP,A)
【文献】特開2017-179475(JP,A)
【文献】特開2002-273579(JP,A)
【文献】特開2014-162971(JP,A)
【文献】特開2016-182628(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/00-11/00
C22C 38/00-38/60
B23K 20/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦攪拌プロセスを用いて
インフラ構造物を構成する鉄鋼材の表面に摩擦攪拌領域を形成させる
インフラ構造物の補修方法であって、
前記鉄鋼材の硫黄(S)の含有量が530ppm以上であること、
を特徴とする
インフラ構造物の補修方法。
【請求項2】
亀裂及び/又は腐食孔が存在する領域に摩擦攪拌プロセスを施すこと、
を特徴とする請求項1に記載の
インフラ構造物の補修方法。
【請求項3】
前記鉄鋼材の溶融溶接部に摩擦攪拌プロセスを施すこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載の
インフラ構造物の補修方法。
【請求項4】
前記鉄鋼材の板厚が6~600mmであること、
を特徴とする請求項1~3のうちのいずれかに記載の
インフラ構造物の補修方法。
【請求項5】
前記鉄鋼材が、一般構造用圧延鋼材、溶接構造用圧延鋼材、溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材、建築構造用圧延鋼材、一般構造用炭素鋼鋼管、建築構造用炭素鋼鋼管及び一般構造用角形鋼管のうちのいずれかであること、
を特徴とする請求項1~4のうちのいずれかに記載の
インフラ構造物の補修方法。
【請求項6】
前記摩擦攪拌プロセスの処理温度を前記鉄鋼材の化学組成で決定されるA
3点以下又はA
cm点以下とすること、
を特徴とする請求項1~5のうちのいずれかに記載の
インフラ構造物の補修方法。
【請求項7】
前記摩擦攪拌プロセスの処理温度を前記鉄鋼材の化学組成で決定されるA
1変態点以下とすること、
を特徴とする請求項1~6のうちのいずれかに記載の
インフラ構造物の補修方法。
【請求項8】
少なくとも一部に鉄鋼材を含む
インフラ構造物であって、
前記鉄鋼材の硫黄(S)の含有量が530ppm以上であり、
前記鉄鋼材に摩擦攪拌領域が存在すること、
を特徴とする
インフラ構造物。
【請求項9】
前記鉄鋼材の板厚が6~600mmであること、
を特徴とする請求項8に記載の
インフラ構造物。
【請求項10】
前記鉄鋼材が、一般構造用圧延鋼材、溶接構造用圧延鋼材、溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材、建築構造用圧延鋼材、一般構造用炭素鋼鋼管、建築構造用炭素鋼鋼管及び一般構造用角形鋼管のうちのいずれかであること、
を特徴とする請求項8又は9に記載の
インフラ構造物。
【請求項11】
前記摩擦攪拌領域に等軸再結晶粒を含むこと、
を特徴とする請求項8~10のうちのいずれかに記載の
インフラ構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硫黄の含有量が多い鉄鋼材の表面改質方法及び当該表面改質が施された鉄鋼構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材に含まれる硫黄は基本的に有害な成分であり、硫黄の含有量が多い場合は溶接等に伴う溶融凝固時に高温割れが発生してしまう。これに対して、近年では製鋼技術の高度化により硫黄の含有量は極力低減されているが、当該含有量が十分に低減されていない不良品も存在する。このような鉄鋼材に関しては、溶融溶接を用いた継手の作製や溶融凝固を伴う補修作業等を行うことが極めて困難である。
【0003】
また、国内のインフラ(橋梁や高速道路等の一般インフラ及びプラント等の産業インフラ)の多くは高度経済成長期に整備されており、その老朽化の影響は今後加速的に深刻さを増すことが予想されている。
【0004】
具体的には、岡山県の道路建設課が「道路橋梁の長寿命化」としてウェブサイト(http://www.pref.okayama.jp/page/detail-66940.html)に掲載している内容においては、「岡山県が管理する道路橋梁は、橋長15m以上が995橋、橋長15m未満が2,090橋の計3,085橋(平成27年3月時点)あります。これらの橋梁は、高度経済成長期に建設されたものが多く、50年経過橋梁数は、現在の514橋(20%)から20年後には1852橋(74%)となり、急速に高齢化が進行する見込みです。」とされている。
【0005】
このような状況下において、当該インフラの老朽化問題に適切に対処していくためには、老朽化したインフラを低コストで長寿命化できる補修技術を早急に確立する必要がある。ここで、鉄鋼構造物の補修には溶融溶接が効果的であるが、高度経済成長期に使用された鉄鋼材には硫黄(S)が多く含まれていることが多い。
【0006】
硫黄(S)を多く含む鉄鋼材は、溶接時に接合部の最終凝固域で低融点化合物が母材結晶粒界に残留し、凝固収縮時のひずみにより粒界が開口して高温割れが発生しやすいことが知られている。即ち、老朽化したインフラの長寿命化のために溶融溶接を用いることは極めて困難である。
【0007】
これに対し、特許文献1(特開2008-246501号公報)では、ニッケル基合金またはオーステナイト系ステンレス鋼製の溶接材からなる溶接部で部材を接合して構成された溶接構造物において、溶接部の表面、又は溶接部と溶接部近傍の部材との表面に、回転するツールを表面垂直方向の荷重負荷により圧着させた状態で移動させて摩擦攪拌処理を行い、摩擦攪拌処理を行った摩擦攪拌処理部の柱状晶方向を表面面内方向とすることを特徴とする溶接構造物の応力腐食割れ進展性の改善方法が提案されている。
【0008】
前記特許文献1に記載の溶接構造物の応力腐食割れ進展性の改善方法においては、摩擦攪拌処理部の柱状晶方向を表面面内方向とすることにより、溶接部での応力腐食割れの発生を抑制し、また、溶接部に応力腐食割れが発生しても、深さ方向のき裂進展は、柱状晶方向が応力腐食割れ方向と垂直になっているので、応力腐食割れのき裂進展速度を応力腐食割れが柱状晶方向に沿って発生する場合と比べ1/10程度に減速させることが可能となる。これにより、溶接部の耐用年数を長くすることができ、溶接構造物の寿命を長くすることができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1に開示されている溶接構造物の応力腐食割れ進展性の改善方法は、溶接部の柱状晶方向を表面面内方向とすることを特徴としており、効果を奏する対象材がニッケル基合金及びオーステナイト系ステンレス鋼製の溶接材からなる溶接部に限定されている。加えて、腐食環境下にない場合の疲労強度に関する効果については記載されておらず、硫黄(S)含有量が多い鉄鋼材に対する効果については全く開示されていない。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、硫黄(S)含有量が多い鉄鋼材からなる鉄鋼構造物を長寿命化するための効果的かつ簡便な表面改質方法、及び当該表面改質方法によって長寿命化された鉄鋼構造物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記目的を達成すべく、鉄鋼材の硫黄(S)含有量と摩擦攪拌プロセスによって得られる作用効果の関係について鋭意研究を重ねた結果、硫黄(S)含有量が一定値以上となる鉄鋼材に関しては、溶融溶接よりも摩擦攪拌プロセスを用いた補修(表面改質)がより効果的であること等を見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
摩擦攪拌プロセスを用いて鉄鋼材の表面に摩擦攪拌領域を形成させる表面改質方法であって、
前記鉄鋼材の硫黄(S)の含有量が200ppm以上であること、
を特徴とする鉄鋼材の表面改質方法、を提供する。
【0014】
本発明の鉄鋼材の表面改質方法においては、前記硫黄(S)の含有量が300ppm以上であること、が好ましい。鉄鋼材の硫黄(S)の含有量が200ppm以上となる場合は溶融溶接中に割れが誘発されることが多く、当該含有量が300ppm以上となると、殆どの場合で割れが発生する。これに対し、鉄鋼材を溶融させない固相プロセスである摩擦攪拌プロセスを用いることで、硫黄(S)を200ppm以上含有する鉄鋼材であっても良好な改質領域(摩擦攪拌領域)を得ることができ、当該含有量が300ppm以上であっても同様に良好な改質領域(摩擦攪拌領域)を得ることができる。
【0015】
図1は橋梁鋼材の製造年と硫黄(S)含有量の関係を示すグラフであるが(菅野良一、”鋼構造とそれを支える鋼材の発展と今後の展望”、第225・226回西山記念技術講座、(2016)、49.)、上述の老朽化問題に関係する1960~1980年代の橋梁鋼材には、0.02%(200ppm)以上の硫黄(S)を含んでいるものが多く存在している。即ち、本発明の鉄鋼材の表面改質方法は、老朽化したインフラの鉄鋼材に対して好適に用いることができる。
【0016】
摩擦攪拌プロセスは、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の方法で摩擦攪拌プロセスを施すことができる。なお、摩擦攪拌プロセスとは、金属材の固相接合技術である摩擦攪拌接合(FSW:Friction Stir Welding)を金属材の表面改質技術として利用するものである。
【0017】
また、本発明の鉄鋼材の表面改質方法では、亀裂及び/又は腐食孔が存在する領域に摩擦攪拌プロセスを施すこと、が好ましい。摩擦攪拌プロセスにおいては改質領域において鉄鋼材の材料流動が生じ、当該材料流動によって亀裂や腐食孔を除去することができる。ここで、摩擦攪拌プロセスの材料流動で1mm幅程度の亀裂は除去されることから、鉄鋼構造物の補修対象領域に一般的に存在する亀裂や腐食孔は容易に除去することができる。
【0018】
また、本発明の鉄鋼材の表面改質方法では、前記鉄鋼材の溶融溶接部に摩擦攪拌プロセスを施すこと、が好ましい。船舶、海洋構造物及び橋梁等の大型溶接構造物には様々な鉄鋼材が利用されており、鉄鋼材の高張力化によって母材の疲労強度は向上するが、溶接構造物全体としての信頼性・安全性は、最も靭性や疲労強度が低い溶融溶接部の特性によって律速されてしまう。特に、硫黄(S)を多く含有する鉄鋼材においては、溶融溶接部における割れを抑制できた場合であっても、当該溶融溶接部の靭性は母材よりも大きく低下する。即ち、老朽化が進んだ鉄鋼構造物に溶融溶接部が存在する場合、当該溶融溶接部に対して摩擦攪拌プロセスを施すことによって、極めて効率的に鉄鋼構造物全体の長寿命化を図ることができる。
【0019】
また、本発明の鉄鋼材の表面改質方法では、前記鉄鋼材の板厚が6~600mmであること、が好ましい。各種インフラ構造物には厚鋼板が使用されるところ、摩擦攪拌プロセスによって厚鋼板の表面近傍のみを改質することによって、十分な長寿命化を図ることができる。ここで、深い摩擦攪拌領域を形成するためには当該深さに応じた突起部(プローブ部)を有するツール(摩擦攪拌用工具)を用いる必要があるが、プローブ部が長い場合は摩擦攪拌プロセス中にツール破断が生じ易い。これに対し、本発明の鉄鋼材の改質方法では、厚鋼板に対しても表面近傍における摩擦攪拌領域の形成で効果を得ることができることから、容易に処理を施すことができる。
【0020】
鉄鋼材の表面に形成させる摩擦攪拌領域の深さは特に限定されず、鉄鋼構造物の形状、サイズ及び材質等によって適宜決定すればよいが、例えば、0.2~6mmとすることが好ましく、0.5~3mmとすることがより好ましく、1~2mmとすることが最も好ましい。摩擦攪拌領域の厚さをこれらの範囲とすることで、ツールの寿命と摩擦攪拌領域の形成による改質効果を両立することができる。
【0021】
また、本発明の鉄鋼材の表面改質方法では、前記鉄鋼材が、一般構造用圧延鋼材、溶接構造用圧延鋼材、溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材、建築構造用圧延鋼材、一般構造用炭素鋼鋼管、建築構造用炭素鋼鋼管及び一般構造用角形鋼管のうちのいずれかであること、が好ましい。これらの鉄鋼材は橋梁や建築鉄骨として用いられるところ、摩擦攪拌プロセスによって比較的容易に摩擦攪拌領域を形成することができる。
【0022】
また、本発明の鉄鋼材の表面改質方法では、前記摩擦攪拌プロセスの処理温度を前記鉄鋼材の化学組成で決定されるA3点以下又はAcm点以下とすること、が好ましい。摩擦攪拌領域の少なくとも一部の処理温度を鉄鋼材のA3点以下又はAcm点以下とすることで、当該摩擦攪拌領域の一部分の母材結晶粒が微細等軸粒となり(マルテンサイト等の脆い変態組織とならず)、より効果的に靭性を向上させることができる。また、硫黄(S)に起因する脆化を低減することができる。
【0023】
更に、本発明の鉄鋼材の表面改質方法では、前記摩擦攪拌プロセスの処理温度を前記鉄鋼材の化学組成で決定されるA1変態点以下とすること、が好ましい。摩擦攪拌領域の少なくとも一部の処理温度を鉄鋼材のA1点以下とすることで、当該摩擦攪拌領域の母材結晶粒が微細等軸粒となり(マルテンサイト等の脆い変態組織とならず)、より効果的に靭性を向上させることができる。また、硫黄(S)に起因する脆化をより効果的に低減することができる。なお、摩擦攪拌プロセスの処理温度は、被処理領域に挿入する回転ツールの材質、形状、回転速度、移動速度及び荷重等によって制御できる。また、必要に応じて種々の外部冷却手段を用いてもよい。
【0024】
また、本発明は、
少なくとも一部に鉄鋼材を含む鉄鋼構造物であって、
前記鉄鋼材の硫黄(S)の含有量が200ppm以上であり、
前記鉄鋼材に摩擦攪拌領域が存在すること、
を特徴とする鉄鋼構造物、も提供する。
【0025】
本発明の鉄鋼構造物においては、鉄鋼材の表面に摩擦攪拌領域が存在し、当該摩擦攪拌領域によって鉄鋼材の硬度、強度及び靭性等が調整されており、鉄鋼構造物の長寿命化が図られている。また、当該摩擦攪拌領域には等軸状の再結晶粒が含まれていることが好ましい。摩擦攪拌領域に等軸状の再結晶粒が存在することで、鉄鋼材の靭性を向上させることができる。ここで、摩擦攪拌領域は表面改質を目的としたものに限られず、摩擦攪拌接合で形成される摩擦攪拌領域であってもよい。
【0026】
また、本発明の鉄鋼構造物においては、硫黄(S)の含有量が300ppm以上であること、が好ましい。老朽化問題に関係する1960~1980年代の橋梁鋼材には、200ppm以上の硫黄(S)を含んでいるものが多く存在しており、300ppmの硫黄(S)を含んでいるものも存在する。本発明の鉄鋼構造物では、硫黄(S)の含有量が300ppm以上であっても、摩擦攪拌領域の存在によって長寿命化が図られている。
【0027】
また、本発明の鉄鋼構造物においては、前記鉄鋼材の板厚が6~600mmであること、が好ましい。各種インフラ構造物には厚鋼板が使用されるところ、摩擦攪拌プロセスによって厚鋼板の表面近傍のみが改質されていることによって、十分な長寿命化が図られている。
【0028】
鉄鋼材の表面に形成させる摩擦攪拌領域の深さは特に限定されず、鉄鋼構造物の形状、サイズ及び材質等によって適宜決定すればよいが、例えば、0.2~6mmとすることが好ましく、0.5~3mmとすることがより好ましく、1~2mmとすることが最も好ましい。摩擦攪拌領域の厚さをこれらの範囲とすることで、安価かつ長寿命な鉄鋼構造物とすることができる。
【0029】
また、本発明の鉄鋼構造物においては、前記鉄鋼材が、一般構造用圧延鋼材、溶接構造用圧延鋼材、溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材、建築構造用圧延鋼材、一般構造用炭素鋼鋼管、建築構造用炭素鋼鋼管及び一般構造用角形鋼管のうちのいずれかであること、が好ましい。これらの鉄鋼材を用いることで、鉄鋼構造物を種々のインフラ構造物とすることができる。
【0030】
本発明の効果を損なわない限りにおいて、摩擦攪拌領域の場所は特に限定されず、鉄鋼構造物として強度や信頼性を向上させたい領域に形成させればよい。例えば、亀裂や腐食孔が存在する場合や溶融溶接部が存在する場合は、当該領域に摩擦攪拌領域を形成させることで、鉄鋼構造物全体としての寿命を長くすることができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、硫黄(S)含有量が多い鉄鋼材からなる鉄鋼構造物を長寿命化するための効果的かつ簡便な表面改質方法、及び当該表面改質方法によって長寿命化された鉄鋼構造物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】橋梁鋼材の製造年と硫黄(S)含有量の関係を示すグラフである。
【
図2】本発明の鉄鋼材の表面改質方法の模式図である。
【
図3】本発明の鉄鋼材の表面改質方法で用いる摩擦攪拌用工具の一例を示す概略正面図である。
【
図4】本発明の鉄鋼構造物に関して、溶融溶接部に摩擦攪拌領域を形成させた場合における、当該摩擦攪拌領域近傍の概略断面図である。
【
図5】実施例1~実施例3で形成させた摩擦攪拌領域の外観写真である。
【
図6】実施例1~実施例3で形成させた摩擦攪拌領域の断面マクロ写真である。
【
図8】供試鋼板1~供試鋼板3に高温処理条件で形成させた摩擦攪拌領域の組織写真である。
【
図9】供試鋼板1~供試鋼板3に低温処理条件で形成させた摩擦攪拌領域の組織写真である。
【
図10】摩擦攪拌領域及びその近傍の硬度分布を示すグラフである(供試鋼板1)。
【
図11】摩擦攪拌領域及びその近傍の硬度分布を示すグラフである(供試鋼板2)。
【
図12】摩擦攪拌領域及びその近傍の硬度分布を示すグラフである(供試鋼板3)。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照しながら本発明の鉄鋼材の表面改質方法及び鉄鋼構造物の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一または相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0034】
(1)鉄鋼材の表面改質方法
図2は、本発明の鉄鋼材の表面改質方法の模式図である。なお、
図2においては、溶融溶接部に対して摩擦攪拌プロセスを施す場合について示しており、摩擦攪拌プロセスを用いて溶融溶接部2の表面に摩擦攪拌領域4を形成させている。ここで、鉄鋼材6の硫黄(S)の含有量が200ppm以上であることが、本発明の鉄鋼材の表面改質方法の最大の特徴であり、当該含有量は300ppm以上であることが好ましい。
【0035】
硫黄(S)は鉄鋼材6にとっては基本的に有害な成分であり、鉄鋼材6における硫黄(S)含有量は可能な限り低減されている。即ち、意図的に混入させない限り、現在製造されている鉄鋼材6の硫黄(S)含有量は200ppm未満となっている。これに対し、製鋼技術が現在のレベルに達していなかった1980年代以前に製造された鉄鋼材6では、硫黄(S)含有量が200ppm以上や300ppm以上となっている場合が多く存在する。
【0036】
ここで、鉄鋼材6の硫黄(S)含有量の測定方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の測定方法を用いることができる。当該測定方法としては、例えば、スパーク放電発光分光分析(カントバック)や波長分散型の蛍光X線分析を用いることが好ましいが、簡易的にハンディタイプのエネルギー分散型の蛍光X線分析を用いてもよい。
【0037】
また、鉄鋼材6の板厚は6~600mmであることが好ましい。各種インフラ構造物には厚鋼板が使用されるところ、摩擦攪拌プロセスによって厚鋼板の表面近傍のみを改質することによって、十分な長寿命化を図ることができる。
【0038】
鉄鋼材6の表面に形成させる摩擦攪拌領域4の深さは特に限定されず、鉄鋼構造物の形状、サイズ及び材質等によって適宜決定すればよいが、例えば、0.2~6mmとすることが好ましく、0.5~3mmとすることがより好ましく、1~2mmとすることが最も好ましい。摩擦攪拌領域4の厚さをこれらの範囲とすることで、ツールの寿命と摩擦攪拌領域4の形成による改質効果を両立することができる。
【0039】
また、鉄鋼材6は、一般構造用圧延鋼材、溶接構造用圧延鋼材、溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材、建築構造用圧延鋼材、一般構造用炭素鋼鋼管、建築構造用炭素鋼鋼管及び一般構造用角形鋼管のうちのいずれかであることが好ましい。これらの鉄鋼材は橋梁や建築鉄骨として用いられるところ、摩擦攪拌プロセスによって比較的容易に摩擦攪拌領域4を形成することができる。
【0040】
摩擦攪拌処理とは、摩擦攪拌接合を金属材の表面改質に応用したものであり、用いる工具の形状等が異なる場合がある他は、基本的には摩擦攪拌接合と同様の技術である。具体的には、回転工具の先端に設けられた突起部(プローブ部)を被処理材(鉄鋼材6)に挿入し、回転工具を回転させつつ移動させることによって、摩擦攪拌領域4を得る方法である。
【0041】
図3は、本発明の鉄鋼材の表面改質方法で用いる摩擦攪拌用工具の一例を示す概略正面図である。摩擦攪拌用工具10の底面には長さが3mm以下のプローブ12を有していることが好ましく、長さが2mm以下のプローブ12を有していることがより好ましい(
図3a)。また、プローブ12を有していない底面が略平面のフラットツール(
図3b)を用いることもできる。更には、プローブ12を有しておらず、摩擦攪拌用工具10の底面が凸形状となっているツールを用いることもできる。特に、摩擦攪拌用工具10の底面が球冠状のツールを用いることで、ツール寿命を向上させることができ、摩擦攪拌プロセスの処理コストを低減することができる。また、摩擦攪拌用工具10の底面を球冠状とすることで、平面とした場合よりも摩擦攪拌領域4を深く形成することができる。
【0042】
プローブ12を有する摩擦攪拌用工具10を、高い融点及び高温変形抵抗を有する鉄鋼材6に圧入して移動させる場合、プローブ12の根本から破断して摩擦攪拌用工具10の寿命となることが多い。これに対し、底面が略平面や球冠状の摩擦攪拌用工具10を用いることでプローブ12の破断による工具寿命を考慮する必要がなくなり、長さが2mm以下のプローブ12を有する摩擦攪拌用工具10を用いることで、プローブ12の破断を抑制することができる。
【0043】
プローブ12の形状は特に限定されず、単純な円柱状や根本が太く先端が細いテーパー状等を用いることができる。プローブ12にはネジ加工や面取り加工等を施してもよいが、工具寿命の観点からはそれらの加工を施さない方が好ましい。
【0044】
摩擦攪拌用工具10の底面を略平面や球冠状とすることで、摩擦攪拌用工具10の素材として用いることができる材料の範囲を広くすることができる。プローブ12を有さない場合、摩擦攪拌用工具10の形状は基本的に円柱状であるため、難焼結材や難加工材を用いることも可能である。なお、本発明で用いることができる摩擦攪拌用工具10には、底面が凹形状を有するものも含まれる。
【0045】
摩擦攪拌用工具10の材質は、例えば、JISに規格されているSKD61鋼等の工具鋼や、タングステンカーバイト(WC)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)からなる超硬合金、コバルト(Co)基合金、タングステン(W)合金、イリジウム(Ir)等の高融点金属及びその合金、またはSi3N4、PCBN等のセラミックスからなるものとすることができる。ここで、被溶接材6が高張力鋼等の鋼材である場合、タングステンカーバイト(WC)、コバルト(Co)からなる超硬合金、コバルト(Co)基合金、イリジウム(Ir)等の高融点金属及びその合金、またはSi3N4、PCBN等のセラミックスならなるものを使用することが好ましい。
【0046】
摩擦攪拌処理によって得られる摩擦攪拌領域4の組織は、急冷凝固組織を有する溶融溶接部2や鉄鋼材6の母材と比較して微細化及び均質化されている。また、溶融溶接部2の靭性は母材と比較して大幅に低下しているが、発明者が鋭意研究を重ねた結果、溶融溶接部2の表面に優れた機械的性質を有する摩擦攪拌領域4を形成させることで、鉄鋼構造物全体の信頼性を担保することができることが明らかとなった。
【0047】
摩擦攪拌プロセスの処理温度は鉄鋼材6の化学組成で決定されるA3点以下又はAcm点以下とすることが好ましい。摩擦攪拌領域4の少なくとも一部の処理温度を鉄鋼材6のA3点以下又はAcm点以下とすることで、摩擦攪拌領域4の一部分の母材結晶粒が微細等軸粒となり(マルテンサイト等の脆い変態組織とならず)、より効果的に靭性を向上させることができる。また、硫黄(S)に起因する脆化を低減することができる。
【0048】
ここで、摩擦攪拌領域4の靭性については、例えば、当該領域から切り出した微小試験片を用いた微小衝撃試験等によって衝撃吸収エネルギーを測定することで評価できる。より具体的には、衝撃吸収エネルギーを測定したい箇所にノッチを形成し、当該箇所に衝撃を印加した際の荷重変位曲線の積分により吸収エネルギーを算出することができる。
【0049】
摩擦攪拌領域4の衝撃吸収エネルギーが鉄鋼材6の衝撃吸収エネルギーの80%以上となっていることで、鉄鋼構造物に高い信頼性を付与することができ、例えば、橋梁や海洋構造物等の長期間の高い信頼性が要求される構造物として好適に用いることができる。摩擦攪拌領域4の衝撃吸収エネルギーは鉄鋼材6の衝撃吸収エネルギーの90%以上となることが好ましく、95%以上となることがより好ましく、100%以上となることが最も好ましい。
【0050】
更に、摩擦攪拌プロセスの処理温度は鉄鋼材6の化学組成で決定されるA1変態点以下とすることがより好ましい。摩擦攪拌領域4の少なくとも一部の処理温度を鉄鋼材6のA1点以下とすることで、摩擦攪拌領域4の母材結晶粒が微細等軸粒となり(マルテンサイト等の脆い変態組織とならず)、より効果的に靭性を向上させることができる。また、硫黄(S)に起因する脆化をより効果的に低減することができる。なお、摩擦攪拌プロセスの処理温度は、被処理領域に挿入する摩擦攪拌用工具10の材質、形状、回転速度、移動速度及び荷重等によって制御できる。また、必要に応じて種々の外部冷却手段を用いてもよい。
【0051】
本発明における摩擦攪拌プロセスとは、(1)摩擦攪拌用工具10を回転させつつ処理方向に向けて移動させる態様、(2)摩擦攪拌用工具10を回転させつつ処理位置で移動させない態様、(3)(1)で形成される処理領域を重畳させる態様、(4)(2)で形成される処理領域を重畳させる態様、及び(5)(1)~(4)の処理を任意に組み合わせる態様、が含まれる。
【0052】
(2)鉄鋼構造物
本発明の鉄鋼構造物は、上記本発明の鉄鋼材の表面改質方法によって形成された摩擦攪拌領域4を有する鉄鋼構造物を提供する。鉄鋼構造物全体の機械的性質を律速する領域(特に、老朽化によって信頼性の低下が深刻な領域)が摩擦攪拌領域4で改質されていることで、鉄鋼材6の機械的性質を十分に発現し得る鉄鋼構造物を得ることができる。
【0053】
本発明の鉄鋼構造物に関して、溶融溶接部に摩擦攪拌領域を形成させた場合における、当該摩擦攪拌領域近傍の概略断面図を
図4に示す。本発明の鉄鋼構造物は、鉄鋼材6の硫黄(S)の含有量が200ppm以上であり、当該含有量は300ppm以上であることが好ましい。また、摩擦攪拌領域4には等軸状の再結晶粒が含まれていることが好ましい。摩擦攪拌領域4に等軸状の再結晶粒(フェライトの再結晶粒)が存在することで、鉄鋼材6の靭性を向上させることができる。
【0054】
鉄鋼材6の板厚は6~600mmであることが好ましい。各種インフラ構造物には厚鋼板が使用されるところ、摩擦攪拌プロセスによって厚鋼板の表面近傍のみが改質されていることによって、十分な長寿命化が図られている。
【0055】
鉄鋼材6の表面に形成させる摩擦攪拌領域4の深さは特に限定されず、鉄鋼構造物の形状、サイズ及び材質等によって適宜決定すればよいが、例えば、0.2~6mmとすることが好ましく、0.5~3mmとすることがより好ましく、1~2mmとすることが最も好ましい。摩擦攪拌領域4の厚さをこれらの範囲とすることで、安価かつ長寿命な鉄鋼構造物とすることができる。
【0056】
また、鉄鋼材6は、一般構造用圧延鋼材、溶接構造用圧延鋼材、溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材、建築構造用圧延鋼材、一般構造用炭素鋼鋼管、建築構造用炭素鋼鋼管及び一般構造用角形鋼管のうちのいずれかであることが好ましい。これらの鉄鋼材を用いることで、鉄鋼構造物を種々のインフラ構造物とすることができる。
【0057】
本発明の効果を損なわない限りにおいて、摩擦攪拌領域4の場所は特に限定されず、鉄鋼構造物として強度や信頼性を向上させたい領域に形成させればよい。例えば、亀裂や腐食孔が存在する場合や溶融溶接部が存在する場合は、当該領域に摩擦攪拌領域4を形成させることで、鉄鋼構造物全体としての寿命を長くすることができる。
【0058】
本発明の鉄鋼構造物においては、亀裂や腐食孔が存在する領域や溶融溶接部の全ての領域が改質されている必要はないが、鉄鋼構造物の機械的性質を律速する領域に摩擦攪拌領域4が形成されていることが好ましい。
【0059】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0060】
≪実施例1:0.03質量%S鋼板≫
真空誘導溶解により表1に示す値を目標組成とする鋼のインゴットを作製し、950℃の熱間圧延にて90mm(厚さ)×145mm(幅)×380mm(長さ)の鋼板を得た。その後、鋸切断にて90mm(厚さ)×145mm(幅)×180mm(長さ)とした後、950℃の熱間圧延にて板厚を4.5mmとした。なお、表1に示す値は質量%である。
【0061】
【0062】
その後、950℃に加熱した炉に鋼板を挿入し、15分保持した後に取り出して空冷した。最後に仕上げの切削加工を施し、4.5mm(厚さ)×100mm(幅)×200mm(長さ)の供試鋼板1を得た。スパーク放電発光分光分析(カントバック)を用いて測定した供試鋼板1の組成を質量%で表2に示す。硫黄(S)の含有量は0.027質量%となっている。
【0063】
【0064】
供試鋼板1に対し、ショルダ径15mm、プローブ径6mm、プローブ長2.9mmの形状を有する超硬合金製ツール(プローブにネジを有していない)を用い、ツール回転速度:400rpm、接合速度:150mm/min、接合荷重:2.5ton、ツール前進角:3°、接合雰囲気:Arの条件で摩擦攪拌プロセスを施し(高温処理条件:A3点以上)、供試鋼板1の表面に摩擦攪拌領域を形成させた。
【0065】
また、供試鋼板1に対し、ショルダ径15mm、プローブ径6mm、プローブ長2.9mmの形状を有する超硬合金製ツール(プローブにネジを有していない)を用い、ツール回転速度:100rpm、接合速度:150mm/min、接合荷重:4.5ton、ツール前進角:3°、接合雰囲気:Arの条件でも摩擦攪拌プロセスを施し(低温処理条件:A1変態点以下)、供試鋼板1の表面に摩擦攪拌領域を形成させた。
【0066】
≪実施例20.06質量%S鋼板≫
表1に示す実施例2の値を目標組成とする鋼のインゴットを作製したこと以外は実施例1と同様にして、供試鋼板2を得た。供試鋼板2の実際の組成は表2に示すとおりであり、硫黄(S)の含有量は0.053質量%となっている。また、実施例1と同様にして、高温処理条件及び低温処理条件で摩擦攪拌プロセスを施した。
【0067】
≪実施例30.10質量%S鋼板≫
表1に示す実施例3の値を目標組成とする鋼のインゴットを作製したこと以外は実施例1と同様にして、供試鋼板3を得た。供試鋼板3の実際の組成は表2に示すとおりであり、硫黄(S)の含有量は0.100質量%となっている。また、実施例1と同様にして、高温処理条件及び低温処理条件で摩擦攪拌プロセスを施した。
【0068】
[評価試験]
(1)断面マクロ観察及び組織観察
摩擦攪拌プロセス方向に対して垂直に摩擦攪拌領域を含む領域を切り出し、断面を研磨及び電解腐食(過塩素酸+酢酸)した後、光学顕微鏡を用いて断面マクロ観察及び組織観察を行った。なお、研磨にはエメリー紙(#600~#4000)を用いた。また、母材観察用の試料も同様に準備した。
【0069】
(2)ビッカース硬度測定
(1)と同様にして断面試料を作製し、摩擦攪拌領域及びその近傍におけるビッカース硬度の水平分布を測定した。微小硬度計FM-300(株式会社フューチュアテック製)を用い、測定荷重を300gf、保持時間を15sとして測定を行った。
【0070】
図5に実施例1~実施例3で形成させた摩擦攪拌領域の外観写真(表面写真)を示す。全ての摩擦攪拌領域及びその近傍で亀裂等は発生しておらず、良好な摩擦攪拌領域が得られていることが分かる。当該結果は、鉄鋼材の硫黄(S)含有量が多い場合であっても、摩擦攪拌プロセスによる表面改質や摩擦攪拌接合が可能であることを示している。
【0071】
また、
図6に実施例1~実施例3で形成させた摩擦攪拌領域の断面マクロ写真を示す。断面においても全ての摩擦攪拌領域及びその近傍で亀裂等は発生しておらず、鉄鋼材の硫黄(S)含有量が多い場合であっても、良好な摩擦攪拌領域が得られていることが分かる。
【0072】
供試鋼板1~供試鋼板3の組織写真を
図7に、供試鋼板1~供試鋼板3に高温処理条件で形成させた摩擦攪拌領域の組織写真を
図8に、供試鋼板1~供試鋼板3に低温処理条件で形成させた摩擦攪拌領域の組織写真を
図9に、それぞれ示す。何れも基本的にフェライト-パーライトからなる組織となっているが、摩擦攪拌領域の組織は供試鋼材の組織よりも微細となっていることかが分かる。また、高温条件で形成させた摩擦攪拌領域においては硫黄の偏析が抑制されており(特に、
図8の供試鋼板1及び供試鋼板3)、硫黄の偏析を抑制することが望まれる場合は、A
3点以上の温度で摩擦攪拌プロセスを施すことが好ましい。一方で、A
1変態点以下の摩擦攪拌プロセスにおいても、母材結晶粒の微細化により結晶粒界が増加し、結晶粒界に偏析する硫黄をある程度希釈することができる。
【0073】
高温処理条件及び低温処理条件で形成させた摩擦攪拌領域の硬度分布について、供試鋼板1~供試鋼板3の結果を
図10~
図12にそれぞれ示す。高温条件で得られた摩擦攪拌領域の硬度は母材と同等程度、低温条件で得られた摩擦攪拌領域の硬度は母材よりも高くなっている。当該結果は、摩擦攪拌プロセス条件によって摩擦攪拌領域の硬度を制御できることを示しており、所望の特性(硬度、強度及び靭性等)に応じて摩擦攪拌プロセス条件を決定すればよい。なお、低温処理条件で形成された摩擦攪拌領域は等軸粒を含んでいることから、老朽化したインフラを構成する鉄鋼材の表面改質(長寿命化)に好適に用いることができる。また、低温条件で得られる摩擦攪拌領域の硬度は硫黄含有量の増加に伴って高くなっており、表面の高硬度化が求められる場合は硫黄含有量が多い鉄鋼材料に対して摩擦攪拌プロセスを施すことが好ましい。
【符号の説明】
【0074】
2・・・溶融溶接部、
4・・・摩擦攪拌領域、
6・・・鉄鋼材、
10・・・摩擦攪拌用工具、
12・・・プローブ。