(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-22
(45)【発行日】2024-07-30
(54)【発明の名称】強酸性陽イオン交換体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 39/05 20170101AFI20240723BHJP
B01J 39/22 20060101ALI20240723BHJP
C08F 251/00 20060101ALI20240723BHJP
【FI】
B01J39/05
B01J39/22
C08F251/00
(21)【出願番号】P 2020098475
(22)【出願日】2020-06-05
【審査請求日】2023-05-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】井上 洋
(72)【発明者】
【氏名】東郷 英一
【審査官】相田 元
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2014/061411(JP,A1)
【文献】特開2010-001392(JP,A)
【文献】特開2017-221928(JP,A)
【文献】特表2011-529508(JP,A)
【文献】再公表特許第2010/095673(JP,A1)
【文献】特開2002-355564(JP,A)
【文献】特開2018-159039(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 39/00-49/90
B01J 20/00-20/28
B01J 20/30-20/34
C08F 251/00-283/00
C08F 283/02-289/00
C08F 291/00-297/08
C02F 1/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖類にスルホン酸基を有するポリマーセグメントがグラフトした強酸性陽イオン交換体であり、重量平均分子量が30,000~3,000,000であり、強酸性陽イオン交換容量が2.5~4.9meq/gであ
り、下記一般式(1)で示される構造である強酸性陽イオン交換体。
【化1】
(式中、m及びnは互いに独立して1以上の整数を表し、R
1
は同一でもことなっていてもよくそれぞれ水素、アルカリ金属、アルカリ土類金属または-R
3
-OHで示される基を表し、R
3
は炭素数2~6の2価の炭化水素基を表し、R
2
は同一でも異なっていてもよくそれぞれスルホン酸基を有するポリマーセグメントまたは水素を表し、R
2
の少なくとも一つはスルホン酸基を有するポリマーセグメントである。)
【請求項2】
極性溶媒中、多糖類にスルホン酸基含有ビニルモノマーをグラフト重合させる強酸性陽イオン交換体の製造方法であって、極性溶媒に不溶の
下記一般式(2)で示されるアルギン酸、アルギン酸塩、またはアルギン酸エステルを前記多糖類として用い、スラリー系で反応させることを特徴とする、強酸性陽イオン交換体の製造方法。
【化2】
(式中、m及びnは互いに独立して1以上の整数を表し、R
1
は同一でも異なっていてもよくそれぞれ水素、アルカリ金属、アルカリ土類金属または-R
3
-OHで示される基を表し、R
3
は炭素数2~6の2価の炭化水素基を表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強酸性陽イオン交換体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強酸性陽イオン交換体は強酸性陽イオン交換基を有しているため、カルボキシル基等の弱酸性陽イオン交換基を有する陽イオン交換体とは異なり、pHが中性域であっても陽イオンの捕捉が可能であり、イオン交換体として優れた特性を有している。この優れたイオン交換特性を利用して、強酸性陽イオン交換体はイオン交換樹脂やイオン交換膜として純水・超純水製造装置や電気透析装置、糖類の精製や異性化、クロマト充填剤、触媒、燃料電池等幅広い分野で用いられている。しかし、従来の強酸性陽イオン交換体は、ポリスチレンやスチレン-ジビニルベンゼン共重合体、フッ素系ポリマー等の母体ポリマーにスルホン酸基などの強酸性陽イオン交換基を導入したものであるため母体ポリマーの疎水性が強く、疎水吸着により油等の疎水性物質や疎水部を有するタンパク質等がイオン交換体に吸着し、イオン交換体を汚染、イオン交換特性が低下するといった問題点があった。
【0003】
一方、親水性の高い多糖類を母体ポリマーに選定し、硫酸基等の強酸性陽イオン交換基を導入して強酸性陽イオン交換体を製造することが提案されている(例えば、特許文献1~3参照。)。母体ポリマーに多糖類を用いることで疎水吸着の抑制は可能になったが、これらの方法では、硫酸基導入反応時母体ポリマーの分子鎖切断反応も併発するため強酸性陽イオン交換体の分子量が低下し、機械的特性が著しく低下してしまうといった問題点を有していた。
【0004】
多糖類に官能基を導入する方法としては、カチオン性モノマーをアニオン性多糖類にグラフト重合する方法が特許文献4に、海藻由来の多糖類に酢酸ビニルをグラフト重合することが特許文献5に開示されているが、多糖類へのアニオン性モノマーのグラフト重合については記載がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭59-133201号公報
【文献】特開2005-344073号公報
【文献】特開2008-27767号公報
【文献】特表2008-516891号公報
【文献】特表2016-500721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、従来技術では困難であった強酸性陽イオン交換容量が大きく、かつ、高分子量の強酸性陽イオン交換体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、特定の条件下で多糖類にスルホン酸基を有するモノマーをグラフト重合することで、強酸性陽イオン交換容量が大きく、かつ、高分子量の強酸性陽イオン交換体が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の各態様は、以下に示す[1]~[3]に係るものである。
[1]多糖類にスルホン酸基を有するポリマーセグメントがグラフトした強酸性陽イオン交換体であり、重量平均分子量が30,000~3,000,000であり、強酸性陽イオン交換容量が2.5~4.9meq/gである強酸性陽イオン交換体。
[2]下記一般式(1)で示される構造である請求項1に記載の強酸性陽イオン交換体。
【0009】
【0010】
(式中、m及びnは互いに独立して1以上の整数を表し、R1は同一でも異なっていてもよくそれぞれ水素、アルカリ金属、アルカリ土類金属または-R3-OHで示される基を表し、R3は炭素数2~6の2価の炭化水素基を表し、R2は同一でも異なっていてもよくそれぞれスルホン酸基を有するポリマーセグメントまたは水素を表し、R2の少なくとも一つはスルホン酸基を有するポリマーセグメントである。)
[3]極性溶媒中、多糖類にスルホン酸基含有ビニルモノマーをグラフト重合させる強酸性陽イオン交換体の製造方法であって、極性溶媒に不溶の多糖類を用い、スラリー系で反応させることを特徴とする、強酸性陽イオン交換体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、親水性に優れた多糖類を母体ポリマーとし、強酸性陽イオン交換容量が大きく、かつ、高分子量の強酸性陽イオン交換体を提供することができる。
【0012】
本発明の強酸性陽イオン交換体は、イオン交換容量が大きく機械的特性にも優れるため、イオン交換樹脂やイオン交換膜として純水・超純水製造装置や電気透析装置、糖類の精製や異性化、クロマト充填剤、触媒、燃料電池等幅広い分野に応用でき、実用性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例1で製造したグラフトポリマーの塩化カルシウム水溶液不溶部のGPC溶出曲線であり、RI検出器とUV検出器を併用して測定した。
【
図2】実施例1で製造したグラフトポリマーの塩化カルシウム水溶液可溶部のGPC溶出曲線であり、RI検出器とUV検出器を併用して測定した。
【
図3】実施例3で製造したグラフトポリマーの1H-NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0015】
本発明の一態様である強酸性陽イオン交換体は、多糖類にスルホン酸基を有するポリマーセグメントをグラフトしたグラフトポリマーである。
【0016】
多糖類とは、単糖がグリコシド結合により多数連結した構造を有するものを指す。多糖類の例としては、アミロース、アミロペクチン、デキストリン、グリコーゲン、セルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシアルキルセルロース、アセチルセルロース、ペクチン、プルラン、カードラン、キチン、キトサン、アガロース、キサンタンガム、グアーガム、ジェランガム、ローカストビーンガム、カラギーナン、アルギン酸、アルギン酸塩、アルギン酸エステル、ヘパリン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、キシログルカン、グルコマンナン等が挙げられる。本発明においては、中性多糖類や酸性多糖類が好ましく用いられ、具体例としては、アミロース、アミロペクチン、セルロース、カルボキシメチルセルロース、グアーガム、ジェランガム、アルギン酸、アルギン酸塩、アルギン酸エステル、アガロース、カラギーナン、カードラン、キサンタンガム、コンドロイチン硫酸が挙げられる。更に好ましい多糖類としては、下記一般式(2)で示されるアルギン酸、アルギン酸塩、アルギン酸エステルが挙げられる。
【0017】
【0018】
(式中、m及びnは互いに独立して1以上の整数を表し、R1は同一でも異なっていてもよくそれぞれ水素、アルカリ金属、アルカリ土類金属または-R3-OHで示される基を表し、R3は炭素数2~6の2価の炭化水素基を表す。)
R3の炭素数2~6の炭化水素基としては、エチレン基、エチリデン基、ビニレン基、トリメチレン基、メチルエチレン基、1-メチルエチリデン基、プロペニレン基、テトラメチレン基、メチルトリメチレン基、ジメチルエチレン基、1-エチルエチリデン基、エチルエチレン基、ペンタメチレン基、メチルテトラメチレン基、ジメチルトリメチレン基、メチルエチルエチレン基、ヘキサメチレン基、シクロへキシレン基、シクロヘキシリデン基が挙げられ、-R3-OHで示される基としては、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基、ヒドロキシブチル基、ヒドロキシペンチル基、ヒドロキシヘキシル基、ヒドロキシシクロヘキシル基等が挙げられる。
【0019】
アルギン酸とは、式(2)中のR1が全て水素の場合であり、アルギン酸塩とは式(2)中のR1の少なくとも一部がアルカリ金属(例えば、リチウム、ナトリウム、カリウム)やアルカリ土類金属(例えば、マグネシウム、カルシウム)の場合であり、アルキギン酸エステルとは式(2)中のR1の少なくとも一部が-R3-OH(R3は炭素数2~6の炭化水素基)で示される基の場合を指し、このようなアルギン酸エステルはアルギン酸とエポキシ化合物を反応させることにより製造できる。
【0020】
アルギン酸の構成成分であるマンヌロン酸とグルロン酸の比率は任意であり、柔軟なゲルを生成するマンヌロン酸比率の高いアルギン酸、剛直なゲルが得られるグルロン酸比率の高いアルギン酸、いずれも用いることができる。
【0021】
強酸性陽イオン交換体に導入されているスルホン酸基は、塩基性塩のみならずNaClやCaCl2等の中性塩もイオン交換可能な強酸性陽イオン交換基である。スルホン酸基を有するポリマーセグメントからなるグラフト鎖の導入位置は、多糖類の2位炭素および/または3位炭素である。スルホン酸基は再生型(-SO3H)であっても良いが、スルホン酸基の水素イオンがアルカリ金属イオンにイオン交換されたスルホン酸アルカリ金属塩基(-SO3M’、M‘はアルカリ金属を表す)であっても良い。
【0022】
グラフトセグメント中に含まれるスルホン酸基由来の強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は、2.5~4.9meq/gであり、好ましくは2.7~4.9meq/gである。イオン交換容量が2.5meq/g未満であるとイオン交換特性が十分でないため好ましくなく、一方、イオン交換容量が4.9meq/gを超えると、強酸性陽イオン交換体中のグラフト鎖の分率が高くなりすぎて、多糖類由来の優れた特性が消失してしまうため好ましくない。
【0023】
グラフトセグメントの種類としてはスルホン酸基が含まれていれば特に制約はなく、その若干の例としては、ポリ(2-スルホエチルメタクリレート)、ポリ(2-スルホエチルアクリレート)、ポリ(3-スルホプロピルメタクリレート)、ポリ(3-スルホプロピルアクリレート)、ポリ(4-スルホブチルメタクリレート)、ポリ(4-スルホブチルアクリレート)、ポリ(2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸)、ポリ(2-メタクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸)、ポリ(ビニルスルホン酸)、ポリ(スチレンスルホン酸)及びこれらの塩や、上記セグメントを構成するスルホン酸基を有するビニルモノマー間の共重合体や、上記セグメントを構成するスルホン酸基を有するビニルモノマーとスルホン酸基を有しないビニルモノマーとの共重合体等が挙げられる。
【0024】
強酸性陽イオン交換体の分子量は、重量平均分子量で30,000~3,000,000である。重量平均分子量が30,000未満であるとイオン交換体が脆くなり、機械的特性に劣るため好ましくなく、一方、重量平均分子量が3,000,000を超えると、グラフト重合時に系の粘性が大きくなりすぎて重合の制御が困難になるため好ましくない。なお、主鎖である多糖類の分子量に制約はないが、強酸性陽イオン交換体の機械的特性が主鎖骨格である多糖類の特性を反映するため、重量平均分子量は20,000~1,500,000の範囲が好ましい。また、グラフトセグメントの分子量にも特に制約はないが、陽イオン交換容量と機械的特性のバランスを考慮すると、重量平均分子量は10,000~2,000,000の範囲が好ましい。
【0025】
また、前記一般式(1)中のm及びnは、互いに独立してそれぞれ1以上の整数であればよいが、それぞれ30~3000であることが好ましい。
【0026】
本発明の一態様である強酸性陽イオン交換体の製造方法は、極性溶媒中、極性溶媒に不溶の多糖類を用い、スラリー系で反応させることを特徴とする。極性溶媒に可溶の多糖類を用いると、重合系の粘度が著しく上昇してしまい重合反応が不均一になり、強酸性陽イオン交換体の品質が低下する、重合熱の除熱が困難となり重合反応が暴走してしまうといった問題点が生じるため好ましくない。極性溶媒に可溶の多糖類を用いても、希薄状態で重合を行えば上記の問題点は解決できるが、生産性が著しく低下してしまうため好ましくない。
【0027】
強酸性陽イオン交換体の製造方法に用いられる極性溶媒とは、プロトン性極性溶媒や非プロトン性極性溶媒やそれらの混合溶媒を指す。プロトン性極性溶媒は、酸性水素を有し、水素結合性があり、高い誘電率を有している。プロトン性極性溶媒の具体例としては、水;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコール、ジエチレングリコール等のグリコール類;ギ酸、酢酸、プロピオン酸、安息香酸等のカルボン酸類やそれらの混合溶媒が挙げられる。一方、非プロトン性極性溶媒とは、酸性水素は有していないが高い誘電率と高い双極子モーメントを有している溶媒であり、それらの具体例としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;酢酸エチル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル等のエステル類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;アセトニトリル;ジメチルスルホキシド;ホルムアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン、N-シクロヘキシル-2-ピロリドン、ヘキサメチルリン酸トリアミド等のアミド系溶媒;1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、テトラメチル尿素、N,N’-ジメチルプロピレン尿素等の尿素系溶媒;炭酸エチレン、炭酸プロピレン、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、ジエチルカーボネート等のカーボネート系溶媒が挙げられる。
【0028】
強酸性陽イオン交換体の製造方法に用いられる多糖類としては極性溶媒に不溶の多糖類が好ましく、極性溶媒が水の場合は、セルロース、アルギン酸、カードラン等が用いられる。極性溶媒がアルコールの場合は、アミロース、アミロペクチン、セルロース、カルボキシメチルセルロース、グアーガム、ジェランガム、アルギン酸、アルギン酸塩、アルギン酸エステル、アガロース、カラギーナン、カードラン、キサンタンガム等を用いることができる。
【0029】
グラフトセグメントを構成するスルホン酸基を有するビニルモノマーの具体例としては、2-スルホエチルメタクリレート、2-スルホエチルアクリレート、3-スルホプロピルメタクリレート、3-スルホプロピルアクリレート、4-スルホブチルメタクリレート、4-スルホブチルアクリレート、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、2-メタクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ビニルスルホン酸、スチレンスルホン酸及びこれらの塩が挙げられ、これらのモノマーは単独で用いても、二種類以上を併用してもかまわない。
【0030】
上記スルホン酸基を有するビニルモノマーは、スルホン酸を有さないビニルモノマーと共重合してグラフトセグメントを構成することもできる。スルホン酸を有さないビニルモノマーの例としては、アクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸グリシジル、アクリロニトリル、スチレン、ビニルトルエン、クロロメチルスチレン、ジビニルベンゼン、塩化ビニル、塩化ビニリデン、フッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン、イソブテン、ブタジエン、イソプレン、クロロプレン、酢酸ビニル、無水マレイン酸、N-メチルマレイミド、N-フェニルマレイミド、N-シクロヘキシルマレイミド、フマル酸ジエチル、フマル酸ジイソプロピル、イタコン酸、無水イタコン酸、イタコン酸ジメチル、ビニレンカーボネート等が挙げられる。
【0031】
スルホン酸基含有ビニルモノマーのグラフト重合において用いられるラジカル重合開始剤に特に制限はなく、アゾビスイソブチロニトリル、アゾビス(4-メトキシ‐2,4-ジメチルバレロニトリル、アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、4,4‘-アゾビス(4-シアノ吉草酸)、2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)、2,2’-アゾビス(2-(2-イミダゾリン‐2-イル)プロパン)等のアゾ化合物や、過酸化ベンゾイル、ジ‐t-ブチルペルオキシド、t-ブチルペルオキシド、メチルエチルケトンペルオキシド等の有機過酸化物、過酸化水素と鉄(II)塩、過硫酸塩と亜硫酸水素ナトリウムなどのレドックス開始剤、硝酸アンモニウムセリウム(IV)、過硫酸カリウムなどを用いることができる。
【0032】
グラフト重合は、一般的なグラフト重合方法を用いることができる。例えば、モノマーを極性溶媒に溶解もしくは分散させた後、多糖類を添加し撹拌してスラリーを調製し、次いで系を窒素置換した後、開始剤溶液をスラリーに滴下し撹拌下昇温してグラフト重合を行う。グラフト重合開始時のモノマー濃度は0.1~5モル/Lの範囲で適宜設定可能である。添加する多糖類の量はモノマー100重量部に対して5~200重量部の範囲であり、開始剤濃度は開始剤の種類によって変動するが、1~10ミリモル/L程度である。重合温度はモノマーの種類や開始剤の種類によって幅広く選択可能であり、10~120℃の範囲から選択できる。重合時間も同様に幅広く選択可能であり、10分~50時間の範囲から選択できる。
【0033】
重合終了後の溶液からグラフトポリマーを単離する方法についても特に制限はなく、溶媒を加熱除去しポリマーを単離する方法や、貧溶媒中に重合後の溶液を滴下してポリマーを沈殿させ、ろ過回収する方法等を用いることができる。なお、グラフト重合終了後のポリマー中には、グラフトされなかった多糖類や多糖類にグラフトしていないポリマーが含まれているので、分別沈殿等で精製することが好ましい。
【0034】
上記の製造方法で得られる強酸性陽イオン交換体は、スルホン酸基がアルカリ金属塩型(-SO3M’、M’はアルカリ金属を表す)になっているものが多いが、イオン交換体として用いる際にはスルホン酸基が再生型(-SO3H)になっていることが好都合であり、その場合はイオン交換基であるスルホン酸基をアルカリ金属塩型から再生型にイオン交換する。上記アルカリ金属塩型から再生型へのイオン交換は、通常の強酸性イオン交換樹脂と同様に、アルカリ金属塩型の強酸性陽イオン交換体を塩酸や硫酸等に接触させることで再生型にイオン交換できる。具体的には、アルカリ金属塩型強酸性陽イオン交換体を、塩酸に溶解させ、一定時間混合した後、透析により過剰の酸及び塩を除去する。イオン交換を行う際の強酸性陽イオン交換体の濃度に特に制限はないが、濃度が高すぎると撹拌が困難になるため好ましくなく、0.1~5重量%の範囲が好ましい。イオン交換反応時間にも特に制約はなく、10分~5時間の範囲内で適宜選択可能である。
【0035】
また、本発明の強酸性陽イオン交換体は水に可溶な場合が多いが、用途によっては水中で形状を保持することが要求される。そのような場合には、適宜、母体ポリマーである多糖類を架橋させればよい。例えば、母体ポリマーがアルギン酸ナトリウムの場合、ナトリウムをカルシウムやマグネシウム、亜鉛といった二価カチオンにイオン交換することで母体ポリマーをイオン架橋し、水中でも形状保持が可能なハイドロゲルを調製することができる。
【実施例】
【0036】
以下に、本発明を更に詳細に実施例に基づき説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
実施例1
エタノール30mlにスチレンスルホン酸リチウム(東ソーファインケム製、以下LiSSと略す)5.51g(29mmol)を撹拌下少量ずつ添加し、スラリー状とした。次いで、アルギン酸(株式会社キミカ製、キミカアシッドSA)1.0g(単糖ユニットとして5.7mmol)を撹拌下少量ずつ添加してスラリー状とし、窒素下で8時間撹拌を継続し、系内の酸素をパージした。アゾビス(イソブチロニトリル)(以下AIBNと略す)27mgをメタノール2.5mlに溶解させた溶液を窒素下シリンジで滴下し、滴下終了後、系を密封して昇温し60℃で15時間グラフト重合を行った。重合終了後、スラリーをテトラヒドロフラン(以下THFと略す)に滴下し、固形物をガラスフィルターで捕集し、更にTHFで洗浄した後、室温で減圧乾燥し生成物を単離した。単離収量は6.3g、収率は95%であった。なお、収率は単離収量からアルギン酸仕込量を差し引き、モノマー仕込量で除して求めた。
【0038】
この単離生成物中には未反応アルギン酸やグラフトしていないポリLiSSが混入している可能性があるため、分別沈殿により精製を行った。単離生成物1gを純水15mlに溶解させ、10%塩化カルシウム水溶液に滴下すると不溶解成分が生じた。この不溶解成分をエタノールで洗浄し、単離・乾燥したところ、収量は0.14gであった。この分画を水系GPCを用いRI検出器とUV検出器を併用して測定したところ、UV吸収が主ピークに認められず(
図1参照)、主ピークの重量平均分子量68,000と原料アルギン酸の重量平均分子量60,000とがほぼ一致すること、硫黄含有量が0.7%と低いことからLiSSがグラフトしていない未反応アルギン酸の分画と同定された。一方、塩化カルシウム水溶液可溶部は、エタノールに滴下・沈殿させ単離した。収量は0.84gであり、水系GPCを用いRI検出器とUV検出器を併用して測定したところ、いずれの検出器を用いてもピーク形状が同一であること(
図2参照)、FT-IR測定よりアルギン酸由来のエステルカルボニルの吸収(1650cm
-1)とポリLiSS由来のS=Oの吸収(1190cm
-1)の両方が認められることから、グラフトポリマーの分画と同定された。数平均分子量は82,000、重量平均分子量は311,000であり、硫黄含有量は10.6重量%であった。また、下記に示す方法で測定した強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は3.3meq/gであった。結果を表1にまとめて示すが、本発明の製造方法を用いることで、強酸性陽イオン交換容量が大きく、かつ、高分子量の強酸性陽イオン交換体を得ることができた。
(強酸性陽イオン交換容量測定方法)
反応生成物を所定量採取し水に溶解させた後、この水溶液を1N塩酸水溶液に滴下してグラフトポリマーを再生型とし、透析により塩類を除去した後、水溶液をTHF中に滴下し、生じた沈殿をろ過回収後し乾燥・単離した。得られた再生型グラフトポリマーを所定量採取し、飽和塩化ナトリウム水溶液に2時間浸漬した後、水溶液を分取して生成した塩酸量を定量(指示薬:フェノールフタレイン、水酸化ナトリウム水溶液を用いて滴定により定量)し、強酸性陽イオン交換容量を求めた。
【0039】
実施例2
モノマーとして、LiSSの代わりにLiSSとメタクリル酸3-スルホプロピルカリウム(以下SPMAKと略す)の混合物を用い、開始剤として、AIBNに代えて硝酸アンモニウムセリウム(IV)(以下CANと略す)用いたこと、および溶媒としてエタノールの代わりに水を用い、60℃で24時間重合したことを除いて、実施例1と同様の方法でグラフトポリマーを製造し、精製した。結果を表1に示す。単離収量は6.9g、収率は93%であり、精製後のグラフトポリマーの数平均分子量は80,000、重量平均分子量は570,000であり、硫黄含有量は10.2重量%、強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は3.2meq/gであった。
【0040】
実施例3
アルギン酸仕込量を0.75gとしたこと、モノマーとしてSPMAKを単独で用いたこと、重合条件を55℃にて15時間としたことを除いて、実施例2と同様の方法でグラフトポリマーを製造し、精製した。結果を表1に示す。単離収量は3.6g、収率は101%であり、精製後のグラフトポリマーの数平均分子量は60,000、重量平均分子量は270,000であり、硫黄含有量は9.0重量%、強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は2.8meq/gであった。また、精製後のグラフトポリマーについて1H-NMR測定を行った。NMRスペクトルを
図3に示すが、4.5~5.0ppmにアルギン酸の1位由来のピークが、0.8~3.0ppmにSPMAKポリマー由来のピークが認められたことから、グラフトポリマーの生成が確認できた。
【0041】
実施例4
アルギン酸としてキミカアシッドGを0.2g用いたことを除いて実施例3と同様の方法でグラフトポリマーを製造し、精製した。結果を表1に示す。単離収量は3.0g、収率は100%であり、精製後のグラフトポリマーの数平均分子量は90,000、重量平均分子量は430,000であり、硫黄含有量は9.5重量%、強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は3.0meq/gであった。
【0042】
実施例5
アルギン酸仕込量を1.0gとしたことと、モノマーとしてSPMAKの代わりに2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸リチウム(以下AMPSLiと略す)を用いたことを除いて、実施例43と同様の方法でグラフトポリマーを製造し、精製した。結果を表1に示す。単離収量は4.4g、収率は56%であり、精製後のグラフトポリマーの数平均分子量は70,000、重量平均分子量は1,300,000であり、硫黄含有量は9.3重量%、強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は2.9meq/gであった。
【0043】
実施例6
アルギン酸仕込量を0.5gとしたことと、モノマーとしてSPMAKの代わりに2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸カリウム(以下AMPSKと略す)を用いたこと、重合時間を24時間としたことを除いて、実施例4と同様の方法でグラフトポリマーを製造し、精製した。結果を表1に示す。単離収量は6.7g、収率は88%であり、精製後のグラフトポリマーの数平均分子量は120,000、重量平均分子量は1,900,000であり、硫黄含有量は10.6重量%、強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は3.3meq/gであった。
【0044】
実施例7
モノマーとしてAMPSKの代わりに2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸ナトリウム(以下AMPSNaと略す)を用いたことを除いて、実施例6と同様の方法でグラフトポリマーを製造し、精製した。結果を表1に示す。単離収量は6.9g、収率は90%であり、精製後のグラフトポリマーの数平均分子量は180,000、重量平均分子量は2,400,000であり、硫黄含有量は10.6重量%、強酸性陽イオン交換容量(中性塩分解容量)は3.3meq/gであった。
【0045】
比較例1
多糖類としてアルギン酸ナトリウム(株式会社キミカ製、キミカアルギンI-3G)を用いたことを除いて、実施例3と同様の方法でグラフトポリマーを製造しようとしたが、系の粘性が高すぎて撹拌ができなかったため、グラフト重合を断念した。(表1参照)
【0046】
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の強酸性陽イオン交換体は、イオン交換容量が大きく機械的特性にも優れ、親水性が高く耐汚染性にも優れるため、イオン交換樹脂やイオン交換膜として純水・超純水製造装置や電気透析装置、糖類の精製や異性化、クロマト充填剤、触媒、燃料電池等幅広い分野に応用可能である。