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特許7526421脂質二重膜の形成方法並びにそのための隔壁及び器具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-24
(45)【発行日】2024-08-01
(54)【発明の名称】脂質二重膜の形成方法並びにそのための隔壁及び器具
(51)【国際特許分類】
   B01J 19/00 20060101AFI20240725BHJP
   B01J 13/04 20060101ALI20240725BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20240725BHJP
【FI】
B01J19/00 K
B01J13/04
G01N27/00 Z
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020091099
(22)【出願日】2020-05-26
(65)【公開番号】P2021186701
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2023-03-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム プロジェクト支援型、「細胞内イオンチャネル創薬のためのスクリーニングプラットフォームの事業化」、 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 広峻
(72)【発明者】
【氏名】大崎 寿久
(72)【発明者】
【氏名】三村 久敏
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
【審査官】隅川 佳星
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-081405(JP,A)
【文献】特開2017-083210(JP,A)
【文献】特開2019-022872(JP,A)
【文献】特開2019-072698(JP,A)
【文献】特開2019-177304(JP,A)
【文献】特開2019-178927(JP,A)
【文献】国際公開第2010/023848(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 10/00 - 19/32
B32B 38/00 - 38/18
C12M 1/00 - 1/42
G01N 27/00 - 27/92
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質二重膜が形成される貫通孔を有する、鉛直方向に配置された隔壁であって、前記貫通孔の内壁にスリットが形成された隔壁の前記スリットに脂質膜形成性の脂質を含む脂質液を供給し、前記内壁表面に前記脂質液を露出させる工程と、
前記隔壁により隔てられる一方の側に第1の水溶液を加えて前記貫通孔に脂質一重膜を形成する工程と、
前記隔壁により隔てられる他方の側に第2の水溶液を加えて前記貫通孔に脂質二重膜を形成する工程と、
この順序で含む、脂質二重膜の形成方法。
【請求項2】
前記スリットの内面が撥水処理されている、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記貫通孔の内壁が、前記貫通孔の内部に向かって突出するテーパ状であり、該テーパ状の内壁の頂部に前記スリットが開口している、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記貫通孔の平面形状が円形であり、その直径が0.5μm~800μmである請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記スリットの厚みが0.1μm~200μmである請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記スリットが、前記内壁の全周に亘って形成されている請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1記載の脂質二重膜の形成方法に用いられる、使用時に鉛直方向に配置される隔壁であって、
脂質二重膜が形成される貫通孔と、
該貫通孔の内壁に開口し、かつ、前記隔壁の外部に連通する、脂質液を供給して前記内壁表面に該脂質液を露出させることが可能なスリットと、
を具備する、脂質二重膜形成用隔壁。
【請求項8】
前記隔壁内部に、平面的に広がり、前記隔壁の外部に開口する凹部を有し、該凹部の一端が前記スリットを形成している、請求項7記載の隔壁。
【請求項9】
前記スリットの内面が撥水処理されている、請求項7又は8記載の隔壁。
【請求項10】
前記貫通孔の内壁が、前記貫通孔の内部に向かって突出するテーパ状であり、該テーパ状の内壁の頂部に前記スリットが開口している、請求項7~9のいずれか1項に記載の隔壁。
【請求項11】
前記貫通孔の平面形状が円形であり、その直径が0.5μm~800μmである請求項7~10のいずれか1項に記載の隔壁。
【請求項12】
前記スリットの厚みが0.1μm~200μmである請求項7~11のいずれか1項に記載の隔壁。
【請求項13】
前記スリットが、前記内壁の全周に亘って形成されている請求項7~12のいずれか1項に記載の隔壁。
【請求項14】
第1のウェルと、該第1のウェルと隣接して配置される第2のウェルと、前記第1のウェルと前記第2のウェルを隔てる隔壁とを具備し、該隔壁が、請求項7~13のいずれか1項に記載の隔壁である、脂質二重膜形成器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質二重膜の形成方法並びにそのための隔壁及び器具に関する。
【背景技術】
【0002】
生物を構成する細胞や、細胞内に存在するミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体等の各種オルガネラ、細胞核等は、外側が生体膜で覆われており、この生体膜は、基本的に脂質二重膜から構成されている。生理活性を有する様々なタンパク質、すなわち、レセプターや酵素等がこの脂質二重膜を貫通する形で脂質二重膜上に保持されている。これらの膜貫通タンパク質は、生体内で重要な役割を果たしている。特に、細胞膜上に存在する各種レセプターは、生体内に存在するリガンドと結合することにより、様々な生理学的反応を引き起こす引き金になることがわかっている。このため、レセプターの機能を亢進する各種リガンドや、レセプターの機能を阻害する阻害剤等が医薬品として用いられており、また、新たな医薬品として利用可能な天然又は人工のリガンドや阻害剤が研究されている。
【0003】
また、脂質二重膜にタンパク質を保持してセンサーとして利用することも知られている。例えば、脂質二重膜に嗅覚レセプタータンパク質を保持して臭気センサーとしたり、液滴接触法で脂質二重膜を形成する際の液滴中に、被検物質と特異的に結合する特異結合性物質を含ませ、一方、脂質二重膜にイオンチャネルタンパクを保持して、被検物質が存在する場合には被検物質が特異結合性物質と結合してイオンチャネルを閉塞するようにしたセンサーも知られている。
【0004】
従来、脂質二重膜の形成方法として広く用いられている方法として、液滴接触法が知られている(特許文献1~4等)。液滴接触法では、通常、第1のウェルと、該第1のウェルと隣接して配置される第2のウェルと、前記第1のウェルと前記第2のウェルを隔てる隔壁とを具備する器具が用いられる。隔壁は、脂質二重膜が形成される貫通孔を有する。第1のウェルと第2のウェルにそれぞれ脂質膜形成性の脂質を含む脂質液を添加し、次いで、各ウェルに電解質の水溶液を添加すると、隔壁の貫通孔を塞ぐ形で脂質二重膜が形成される。脂質二重膜内に保持すべきタンパク質等は、通常、水溶液中に含まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-83210号公報
【文献】特開2019-072698号公報
【文献】特開2012-081405号公報
【文献】特開2019-022872号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の液滴接触法は、脂質二重膜の形成方法として有用であるが、もし、液滴接触法と比較して、脂質二重膜を形成するために使用する脂質の量を低減することができ、より再現性良く短時間で脂質二重膜を形成することができ、さらに、脂質二重膜に保持させるタンパク質等の使用量を低減させることができれば、有利であることは言うまでもない。
【0007】
したがって、本発明の目的は、公知の液滴接触法と比較して、脂質二重膜を形成するために使用する脂質の量を低減することができ、より再現性良く短時間で脂質二重膜を形成することができ、さらに、脂質二重膜に保持させるタンパク質等の使用量を低減させることが可能な、新規な脂質二重膜形成方法並びにそれに用いられる新規な隔壁及び脂質二重膜形成器具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、従来の液滴接触法に用いられている、2つのウェルを隔てる隔壁の貫通孔の内壁に開口するスリットを形成し、このスリットに脂質液を供給し、次いで2つのウェルの一方に水溶液を添加し、さらに他方のウェルに水溶液を添加することにより、隔壁の貫通孔を塞ぐ形で脂質二重膜が形成されることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1) 脂質二重膜が形成される貫通孔を有する、鉛直方向に配置された隔壁であって、前記貫通孔の内壁にスリットが形成された隔壁の前記スリットに脂質膜形成性の脂質を含む脂質液を供給し、前記内壁表面に前記脂質液を露出させる工程と、
前記隔壁により隔てられる一方の側に第1の水溶液を加えて前記貫通孔に脂質一重膜を形成する工程と、
前記隔壁により隔てられる他方の側に第2の水溶液を加えて前記貫通孔に脂質二重膜を形成する工程と、
この順序で含む、脂質二重膜の形成方法。
(2) 前記スリットの内面が撥水処理されている、(1)記載の方法。
(3) 前記貫通孔の内壁が、前記貫通孔の内部に向かって突出するテーパ状であり、該テーパ状の内壁の頂部に前記スリットが開口している、(1)又は(2)記載の方法。
(4) 前記貫通孔の平面形状が円形であり、その直径が0.5μm~800μmである(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5) 前記スリットの厚みが0.1μm~200μmである(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
(6) 前記スリットが、前記内壁の全周に亘って形成されている(1)~(5)のいずれか1項に記載の方法。
(7) (1)記載の脂質二重膜の形成方法に用いられる、鉛直方向に配置された隔壁であって、
脂質二重膜が形成される貫通孔と、
該貫通孔の内壁に開口し、かつ、前記隔壁の外部に連通する、脂質液を供給して前記内壁表面に該脂質液を露出させることが可能なスリットと、
を具備する、脂質二重膜形成用隔壁。
(8) 前記隔壁内部に、平面的に広がり、前記隔壁の外部に開口する凹部を有し、該凹部の一端が前記スリットを形成している、(7)記載の隔壁。
(9) 前記スリットの内面が撥水処理されている、(7)又は(8)記載の隔壁。
(10) 前記貫通孔の内壁が、前記貫通孔の内部に向かって突出するテーパ状であり、該テーパ状の内壁の頂部に前記スリットが開口している、(7)~(9)のいずれか1項に記載の隔壁。
(11) 前記貫通孔の平面形状が円形であり、その直径が0.5μm~800μmである(7)~(10)のいずれか1項に記載の隔壁。
(12) 前記スリットの厚みが0.1μm~200μmである(7)~(11)のいずれか1項に記載の隔壁。
(13) 前記スリットが、前記内壁の全周に亘って形成されている(7)~(12)のいずれか1項に記載の隔壁。
(14) 第1のウェルと、該第1のウェルと隣接して配置される第2のウェルと、前記第1のウェルと前記第2のウェルを隔てる隔壁とを具備し、該隔壁が、(7)~(13)のいずれか1項に記載の隔壁である、脂質二重膜形成器具。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、脂質液をウェルに添加するのではなく、隔壁内のスリットに供給するので、公知の液滴接触法に比較して脂質液の使用量が少なくなる。脂質としては、生体膜を模倣するために生体膜の構成成分と同様なリン脂質が用いられているが、高価なリン脂質の使用量を従来の1/100程度にまで低減することができるので有利である。また、本発明の方法によれば、液滴接触法と比較して、再現性良く短時間で脂質二重膜を形成することができる。さらに、水溶液と脂質液は、脂質二重膜を形成する貫通孔でのみ接触し、それ以外の場所では完全に分離されているので、水溶液中に含めた貴重なタンパク質等が、脂質液中に分散して無駄になることを防止することができ、したがって、脂質二重膜に保持させるタンパク質等の使用量を低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の方法に使用される脂質二重膜形成器具の一具体例の模式図である。(a)が平面図、(b)が(a)におけるb-b'線切断部端面図である。
図2】本発明の隔壁の一具体例の、貫通孔近傍の模式切断部端面図である。
図3】本発明の隔壁の一具体例の模式斜視図である。
図4図3に示す隔壁を、ダブルウェルチャンバーの2つのウェルの境界に設置した状態を模式的に示す斜視図である。
図5】本発明の隔壁の一具体例の作製方法を説明するための図である。
図6】本発明の隔壁の一具体例の、貫通孔近傍の模式切断部端面図であり、本発明の方法により脂質二重膜を形成する際の各工程における状態を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の脂質二重膜の形成方法は、公知の液滴接触法とは大きく異なるが、使用する器具としては、隔壁の構造を除けば、基本的に液滴接触法と同様な器具を使用することができる。図1は、特許文献3の図1と同じであるが、本発明の方法においても、液滴接触法で用いられる、公知の脂質二重膜形成器具と基本的に同様な構造の器具を用いることができる。
【0013】
図1は、本発明の方法においても好ましく用いることができる脂質二重膜形成器具の一具体例の模式図であり、図1(a)が平面図、図1(b)が図1(a)中のb-b'線切断部端面図である。この具体例では、基板10中に、第1のウェル16及び第2のウェル14が形成され、それらの境界が隔壁12により隔てられている。このような構成のものは、ダブルウェルチャンバー(DWC)と呼ばれている。隔壁12には、貫通孔18(図1の(b)参照)が設けられている。図1に示す例では、ウェルの平面形状が基本的に円形であり、2つの円が接する境界部分のみが直線状になっているが、ウェルの形状は限定されるものではなく、上記貫通孔を有する隔壁によって隔てられていれば、他の形状でも問題はない。ウェルのサイズは、特に限定されず、通常、直径が2mm~8mm程度、特には3mm~5mm程度、深さは通常、直径の50%~200%、特には50%~100%程度であるが、この範囲よりも大きくても小さくても本発明の方法を実施することが可能である。隔壁に設けられた貫通孔の数は1個でも複数個でもよい。
【0014】
本発明では、隔壁の構造に特徴がある。本発明で用いられる隔壁12の貫通孔18近傍の拡大模式切断部端面図を図2に示す。なお、全ての図において、説明を分かり易くするために、各構成要素のサイズの比率は、実物とは大きく異なっていることがある。図2中の各参照番号は、図1中の各参照番号を踏襲している。参照番号20は、本発明の方法により形成された脂質二重膜を示している。また、参照番号22a及び22bは、図1には図示されていないが、各ウェルの底部に設けられた電極であり、脂質二重膜を介して流れる電流を測定するための回路を接続するためのものである。このような電極も公知のDWCで通常、設けられている。
【0015】
本発明の隔壁12の内壁には、スリット24が形成されている。スリット24は、隔壁12の外部に連通しており(後述)、隔壁12の外部からスリット24に脂質液を供給することが可能になっている。隔壁12の内面は、図2に示すように、貫通孔18の内部に向かって突出するテーパ状となっており(すなわち、図2中の角度θが90度未満、好ましくは75度~60度)、このテーパ状の内壁の頂部にスリット24が開口していると、脂質二重膜が形成されやすくなるので好ましい。脂質液を流れ易くし、かつ、スリット24に供給された脂質液が、キャピラリストップバルブ(capillary stop valve)効果により、スリット24の開口部で停止するように、スリット24の内面を撥水処理(親油性処理)することにより、表面の撥水性、親油性を制御することが好ましい。表面の撥水性、親油性の制御方法は、基板の材料、濡れ性に応じて表面修飾する官能基を変更する方法などがあり、好ましくは、隔壁12の材料としてガラス基板を用いて、フルオロカーボン系の分子をガラス基板の表面官能基に修飾する方法を挙げることができる。この過程で使用する撥水性表面の形成過程及び方法、たとえばシランカップリング剤、加熱による重合の方法などについては、特に制限はなく、市販の処理剤を用いて公知の方法により行うことができる(下記実施例参照)。スリットの厚み(図2における左右方向の幅)は、脂質二重膜が形成されるのであれば特に限定されないが、通常、0.1μm~200μm、好ましくは1μm~100μm程度である。また、脂質二重膜が形成されるのであれば特に限定されないが、スリット24は、貫通孔18の内壁の全周に亘って形成されていることが、脂質二重膜を良好に形成する上で好ましく、隔壁の製造も容易になるので好ましい。また、貫通孔18の平面形状も、脂質二重膜が形成されるのであれば特に限定されないが、通常、円形又は円形に近い形状であり、円形が好ましい。貫通孔18の平面形状が円形の場合、その直径は、通常、0.5μm~800μm程度であり、好ましくは、10~400μmである。
【0016】
図3に、本発明の隔壁の好ましい一具体例の斜視図を示す。なお、図3に示す隔壁12の貫通孔18の近傍は、図2を参照して上記した通りである。図3に示す具体例では、2枚のガラス基板を積層し、貼り合わせて隔壁12を構成している。作製工程の詳細は後述するが、簡単に述べると、平面的な広がりのある凹部を形成したガラス基板2枚を凹部同士が向き合うように貼り合わせ、この凹部をスリット24としている。2枚のガラス基板を貼り合わせた後、貫通孔18を各基板に形成することにより、貫通孔の内壁の全周にスリット24を開口させている。上記した凹部は、各ガラス基板の端部まで延びているので、2枚のガラス基板を貼り合わせると、隔壁12の外部に開口する開口部26となる。開口部26は、スリット24の一端であり、また、スリット24は、貫通孔18の内壁にも開口しているので、開口部26から脂質液を供給して、貫通孔18の内壁に脂質液を露出させることが可能である。図3の隔壁12を、DWCに設置した模式的斜視図を図4に示す。
【0017】
次に、図3に示す隔壁12の作製方法の一具体例を、図5を参照して説明する。
【0018】
この具体例では、1枚の隔壁12は、上記のとおり、凹部を形成した2枚のガラス基板を貼り合わせて作製する。先ず、図5の(1)に示すように、各ガラス基板30に、フォトリソグラフィなど微細パターン形成技術によって加工領域外となるエッチングマスク32を作製する。エッチングマスク32の材料としては、例えば市販のフォトレジスト単体を用いることができる。また、より加工精度を確保するためには、ガラス基板30の材料に対してエッチングの選択性の高い材料をシード層に成膜することができる。エッチングの方法は特に限定されないが、面精度を著しく粗面化しない方法が好ましい。例えば、フォトレジストとクロム/金の薄膜をエッチングマスクとし、緩衝液を含むフッ酸でエッチングする方法を用いることができる。
【0019】
次いで、図5の(2)に示すように、エッチングした領域に撥水ポリマーを表面修飾する。好ましくは、ガラス基板30のエッチングした凹部領域に、フルオロカーボン系の分子をガラス基板の表面官能基に修飾して、フルオロカーボンコート層34を形成する方法である。この過程で使用する撥水性表面の形成過程及び方法,たとえばシランカップリング剤、加熱による重合の方法などについては、特に制限はなく、市販品を利用することができる(下記実施例参照)。
【0020】
次いで、図5の(3)に示すように、エッチングマスク32の除去を行った後,脂質二重膜を形成する開口領域を、裏面から基板貫通のエッチングによって行う。このとき,新たにフォトリソグラフィなどでエッチングマスク36を形成する。エッチングの手法は、貫通孔の内壁に順テーパが形成される、すなわち貫通エッチングにより形成される貫通孔18の内壁が、上記のようにテーパ状となる手法が好ましい。このような手法として、特に限定されないが、たとえばブラストエッチングなどが利用できる。
【0021】
次いで、図5の(4)に示すように、エッチングマスクを除去し、表面を洗浄する。この方法は、(2)のフルオロカーボン系分子の表面修飾を侵さないものが好ましい。
【0022】
次いで、図5の(5)に示すように、洗浄した2枚のガラス基板を、半導体基板接合技術によって接合する。接合の方法は,エッチングによって形成したスリットに充填する脂質液に対する薬品耐性を有するものであればとくに制約はない。たとえばエポキシ系高分子による接合、金属拡散接合、原子拡散接合、加熱による直接接合などが利用可能であり、好ましくはガラス基板の表面官能基の脱水反応などを利用した直接接合を利用する。図5の(5)に示されるように、2枚のガラス基板30にそれぞれ形成された凹部が合わさってスリット24になる。
【0023】
なお、図5の(5)に示される隔壁を用いて脂質二重膜を形成した図を図5の(6)に示す。スリット24には脂質液が充填され、貫通孔18を塞ぐ形で脂質二重膜20が形成される。
【0024】
上記した隔壁を用いて本発明の方法により脂質二重膜を形成する方法の好ましい一具体例を、図4に示すように隔壁をDWCに設置した脂質二重膜形成器具を用いて場合を例として、図6を参照してその作用と共に以下に説明する。
【0025】
図6は、隔壁12の貫通孔18近傍の模式的切断部端面図である。先ず、開口部26(図4参照)から、脂質液を供給する。そうすると、脂質液が貫通孔18の内壁に形成されたスリット24にまで到達する。図6 (a)において、下向き及び上向きの矢印は、脂質液の流れを示している。脂質液がスリット24の先端部まで到達すると、キャピラリストップバルブ効果により、脂質液は、凸状のメニスカスを形成してスリット24の先端部で停止する(図6 (a))。
【0026】
次に、隔壁12により隔てられる一方の側(図2に示す第1のウェル16)に水溶液を加える。そうすると、水溶液と脂質液の界面同士が接触し、図6(b)に示されるように、キャピラリストップバルブ効果が解除され、水溶液と脂質液の界面に、貫通孔18を塞ぐ形で、脂質単分子層である脂質一重膜28が自発的に形成される(図6(b))。
【0027】
次に、隔壁12により隔てられる他方の側(図2に示す第2のウェル14)に水溶液を加える。そうすると、図6(c)に示されるように、他方側の水溶液と脂質液の間にも、先と同様に脂質一重膜が形成され、結果として、脂質二重膜20が形成される。なお、先に形成される脂質一重膜28と、後から形成される脂質一重膜との間に挟まれた脂質液は、疎水性相互作用や毛管力等の影響によって2枚の脂質一重膜が接近して隣接することにより、押し出されて図6(c)の上向き及び下向きの矢印で示されるようにスリット24内を逆流し、2層の脂質一重膜の間から排出され、結果として、脂質液を間に含まない脂質二重膜20が形成される。
【0028】
なお、本発明の方法で使用される脂質液及び電解質水溶液は、従来の液滴接触法で用いられている脂質液及び電解質水溶液と同じものを用いることができる。すなわち、脂質二重膜を構成するリン脂質としては、例えば、ジフィタノイルフォスファチジルコリン(diphytanoyl phosphatidylcholine,DPhPC)、ジパルミトイルフォスファチジルコリン(dipalmytoyl phosphatidylcholine)、ジオレオイルフォスファチジルコリン(Dioleoyl phosphatidylcholine,DOPC)等を好ましい例として挙げることができる。これらの脂質分子は,市販品の試薬グレードのものを利用することができる。脂質二重膜を溶解する有機溶媒は、例えばn-デカンなどの脂肪族炭化水素溶媒を用いることができる。有機溶媒中の脂質分子濃度は特に限定されないが、安定した脂質二重膜の形成には通常5 mg/mL以上、好ましくは20 mg/mL以上である。また、電解質水溶液としては、通常、塩化カリウムのような塩を含むリン酸緩衝液のような水系緩衝液が用いられる。
【0029】
脂質二重膜は、該脂質二重膜に保持された状態におけるタンパク質の性質や機能を調べたり、該タンパク質に結合して、その生理活性を変化させるリガンドをスクリーニングしたりその性質を調べたりする各種測定に好適に用いられるものであるので、脂質二重膜は、タンパク質を含んでいることが好ましく、特に生体内で生体膜に保持された状態で機能している膜貫通タンパク質が好ましい。脂質二重膜に保持するタンパク質としては、各種レセプターや酵素を挙げることができ、例としては、α-ヘモリシン、グラミシジン、アラメチシンなどのペプチドタンパク質類、各種イオンチャンネル、ABCトランスポータタンパク質等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。タンパク質が水溶性の場合、上記水溶液としてタンパク質の水溶液を用いることが好ましく、水系緩衝液中にタンパク質を含む水溶液を用いることがさらに好ましい。これらの溶液中のタンパク質の濃度は、特に限定されるものではなく、適宜選択することができるが、通常、0.1nM~10nM程度、好ましくは0.5nM~2nM程度である。なお、タンパク質は、2つのウェルのいずれか一方に添加される水溶液中に含まれていればよいが、両方のウェルに添加される水溶液中に含まれていてもよい。また、2つのウェルに添加される水溶液は、同じ組成のものでも異なる組成のものでもよい。
【0030】
なお、形成した脂質二重膜を活用する場合、脂質二重膜に保持された、チャネルタンパク質等を通過する電流、すなわち、脂質二重膜を介して流れる電流の値を測定することが通常、行われる。これは、通常、上記した各ウェルの底部に設けられた電極(図2参照)に、電流測定のための増幅回路を接続して行われる。このような回路は、従来の液滴接触法で用いられているものと同じであって周知であり、例えば、特許文献1に記載されている。
【0031】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0032】
1.脂質二重膜形成器具
図1に示す脂質二重膜器具を作製した。基板10の厚さは4mm、第1のウェル16及び第2のウェル14の直径は4mm、高さは3mmであった。また、各ウェルの底部に透孔を設け、銀-塩化銀電極22a、22b(図2参照)を配置した。ウェルの交錯領域に、微細加工技術によって作製した隔壁12(後述)を設置し、シール部材によって基板10に固定した。
【0033】
2. 隔壁の作製
図5を参照して上記した方法により隔壁を作製した。2枚のガラス基板としては、厚さ0.15 mmの硼珪酸ガラス基板を用いた。基板の内部に形成する、スリット24となる凹部は、クロム、金の成膜およびフォトレジストのパターニングによってエッチングマスクを形成し、フッ化水素を含むエッチング液を用いてエッチングを行うことにより形成した。クロム、金のエッチングマスクは、スパッタリング成膜装置によって成膜され、それぞれおよそ50nm、200nm程度であった、エッチングマスクに使用するフォトレジストとしては、メッキ用フォトレジスト(PMER, 東京応化工業株式会社)を用いた。フォトリソグラフィによるエッチングマスクのパターニングは、マスクアライナ(MA6,SUSS microtech Co. Ltd)を用いて行った。ガラス基板のエッチングはウェットエッチングによって行い、フッ化水素に硫酸、硝酸を混合させた溶液を用いて行った、エッチングを平滑化するため、スターラーによる溶液の撹拌を併用した。エッチング深さは約20μmであった。凹部の表面をフルオロカーボンで撥水化するため、表面に市販のシランカップリング剤を塗布し、表面官能基と重合させた上で、真空成膜装置でフルオロカーボンを成膜した。成膜ガスはC4F8であり、100nm程度の膜を成膜した。ガラス基板を洗浄した後に、基板の裏面にブラストエッチング用のフォトレジスト(NCM250、ニッコーマテリアルズ)をラミネートし、マスクアライナを用いて脂質二重膜形成用の開口のパターンを形成した。その後、アルミナの粉体を基板に吹き付けることで側壁に順テーパが形成された開口を形成した。その後、エッチングマスクを除去し、基板を硫酸、過酸化水素を含む溶液で洗浄した後に、2枚の基板同士を、凹部が向かい合う方向に積層した状態で、300℃の加熱と加圧により直接接合を行った。なお、上記の手順は、隔壁を量産するために、大きなガラス板に各隔壁の凹部を多数形成し、最後に、基板をブレードダイサーで矩形に切り出すことで、多数の所望の隔壁を得た。各隔壁の大きさは3.2 mm x 5.3 mm、脂質二重膜を形成する開口の大きさは,直径400μmであった。
【0034】
3. 脂質およびゲル・水溶液の準備
脂質(DPhPC, Avanti Polar Lipids)を、20 mg/mLの終濃度でn-デカンに溶解して脂質液を調製した。電解質を含む水溶液としては、イオンチャネルの解析の慣例に従い、1M KClを含むリン酸緩衝液(pH7.4)を用いた。
【0035】
4. 脂質二重膜の形成
3で調製した脂質液を、隔壁12上部の開口部26に接触させて、スリット24の内部に装填した。その後、電解質を含む水溶液を、2つの対になるウェルに順次、静かに装填した。脂質二重膜の形成状態を、外部に配置した撮像光学素子によって観察し、脂質二重膜の形成の確認を行った、電解質を含む水溶液を装填した直後に自発的に脂質二重膜が形成されていく様子が、光学的なコントラストによって確認された。より具体的には、脂質二重膜の隙間部分に存在する脂質液中の有機溶媒がスリット領域に向けて取り除かれることで、光の干渉により脂質二重膜の領域が暗褐色となるコントラストが形成された。これは、脂質二重膜が、光の波長より十分小さな距離で、屈折率の異なる脂質分子の界面が接触していることに起因する現象である。また,脂質二重膜の大きさは、脂質液がスリット24に排出される作用から、時間を経るごとに増大し、貫通孔18と同程度の大きさまで脂質二重膜が成長した。この操作は再現性高く実現することができ、概ね1分以内に所望の脂質二重膜を得ることができた。以上より、本発明の方法により脂質二重膜を形成できることが示された。
【符号の説明】
【0036】
10 基板
12 隔壁
14 第2のウェル
16 第1のウェル
18 貫通孔
20 脂質二重膜
22a 電極
22b 電極
24 スリット
26 開口部
28 脂質一重膜
30 ガラス基板
32 エッチングマスク
34 フルオロカーボンコート層
θ 角度
図1
図2
図3
図4
図5
図6