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  • 特許-結晶粒度特性に優れた浸炭用肌焼鋼 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】結晶粒度特性に優れた浸炭用肌焼鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240729BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20240729BHJP
   C23C 8/22 20060101ALI20240729BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20240729BHJP
   C21D 9/28 20060101ALN20240729BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20240729BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/18
C23C8/22
C21D8/06 A
C21D9/28 A
C21D9/32 A
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019232533
(22)【出願日】2019-12-24
(65)【公開番号】P2021101034
(43)【公開日】2021-07-08
【審査請求日】2022-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】大西 真也
(72)【発明者】
【氏名】松尾 健太
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和弥
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-106079(JP,A)
【文献】特開2016-050350(JP,A)
【文献】特開2010-242209(JP,A)
【文献】特開2016-204752(JP,A)
【文献】特開平06-158266(JP,A)
【文献】特開2012-229475(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
B21B 1/00- 3/02
C21D 7/00- 8/10
C21D 9/00- 9/44
C21D 9/50
C23C 8/00-12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が質量%で、C:0.13~0.35%、Si:0.25~0.80%、Mn:0.10~0.60%、P:≦0.030%、S:≦0.030%、Cr:1.30~2.50%、Al:0.010~0.040%、N:50~200ppmを含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼がさらに圧延された状態であって、粒子径10~90nmのAlNを5×105~40×105個/mm2含有し、JIS G0551に規定されるフェライト結晶粒度番号が9~11番であること、を特徴とする浸炭用肌焼鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間鍛造で成形された高温浸炭部品のギヤやシャフト用の浸炭用肌焼鋼に関し、詳細には圧延後の鋼の状態を規定することで本発明の鋼に対して高温浸炭処理したときに優れた結晶粒度が得られる浸炭用肌焼鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度が要求される自動車や建設機械、産業機械などのギヤやシャフトなどにはJIS規格鋼であるSCR420やSCM420が使用される。これらの鋼材を所望の部品形状に加工後、浸炭処理等の表面硬化処理を施し、機械構造部品が製造される。このように1つの部品を製造する場合でも複数の工程を経なければならないため、低コスト化の観点から少しでも効率よく製造することが求められる。
【0003】
そこで、浸炭処理工程に焦点を当てたとき、条件を最適化することで浸炭時間を短縮できる余地がある。これを実現できる手法として知られているのが高温浸炭法である。しかしながら、通常冷鍛時に使用される鋼は硬さを下げるために球状化炭化物組織を冷鍛前組織としているため、高温浸炭を施すと結晶粒が異常粒成長しやすく、粗大粒となる問題があった。粗大粒の発生は熱処理歪みの大きな原因であり、熱処理歪みが大きければ騒音や振動が生じることとなる。
【0004】
通常条件の浸炭ではAlなどの化合物を固溶させ、粒界に析出させることで旧オーステナイト粒をピン止めし、粗大粒の発生を抑制できることが知られている。しかしながら、高温浸炭法を適用する場合、その高い熱エネルギーを駆動力として結晶粒の粗大化を抑制しているピンニング粒子が凝集し、結果としてピン止め効果が減少してしまう場合もある。この問題を解決するために取られている手段が焼きならし処理を施すことであるが、工程が増えるため、コストの増加を招く。
【0005】
そこで、高温浸炭の適用と焼きならしの省略を両立させるために、従来法ではAlなどの化合物を高温下で鋼中に固溶させ、ピンニング粒子として粒界に多量分散析出させることにより、オーステナイト粒界がピン止めされ、高温浸炭においても粗大粒の発生を抑制する技術が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4073860号公報
【文献】特許第3738004号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これらの特許はピン止め効果を発揮させるためピンニング粒子を300×105個/mm2以上、その中でも、粒子径100nm以下のAlN粒子を50×105個/mm2以上含むことを必要としている。しかしながら、ピンニング粒子が析出しすぎた場合、フェライト・パーライト組織が必要以上に細かくなり、高温浸炭時にかえって結晶粒の粗大化を招く可能性があることがわかった。他方、ピンニング粒子が少なすぎても十分なピンニング効果が発揮されず、粗大化を招くこととなる。
【0008】
そこで、本発明が解決する課題は、ピンニング粒子を形成させる元素を多量に添加することなく、浸炭用肌焼鋼中のAlNの量と大きさのバランスおよびフェライト・パーライト組織を適正化することで、高温浸炭時に粗大粒の発生が抑制される鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、浸炭用肌焼鋼の圧延後のAlNの大きさと量を規定し、さらにフェライト結晶粒の大きさを限定するものである。このために、圧延後において10~90nmのAlNを5×105~40×105個/mm2とするものであり、フェライト結晶粒度番号が9~11番に規定されるものであり、さらにそのための化学成分として、質量%で、Alを0.01~0.04%を添加するものである。
【0010】
すなわち、本発明の課題を解決するための手段は、化学成分が質量%で、C:0.13~0.35%、Si:0.25~0.80%、Mn:0.10~0.60%、P:≦0.030%、S:≦0.030%、Cr:1.30~2.50%、Al:0.010~0.040%、N:50~200ppmを含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼がさらに圧延された状態であって、粒子径10~90nmのAlNを5×105~40×105個/mm2含有し、JIS G0551に規定されるフェライト結晶粒度番号が9~11番であること、を特徴とする浸炭用肌焼鋼である。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、上記の手段の肌焼鋼とすることで、その後に920℃という高温で浸炭処理した場合でも、JIS G0551に規定される結晶粒度番号が5番以下の大きさであるオーステナイト粒の粗大粒を生じないものとなるなど、結晶粒が粗大化しにくい浸炭用肌焼鋼を得ることができる。
【0012】
そこで、本発明の肌焼鋼は浸炭処理を通常よりもさらに高温で行うことができるので部品のリードタイムの大幅な短縮ができ、かつ粗大粒を発生させることなく、迅速に浸炭することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】棒鋼の圧延時の昇温速度、保持温度、保持時間、冷却速度を示す図である。
図2】疑似浸炭時の昇温速度、保持温度、保持時間、冷却方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ここで、本発明の方法における浸炭鋼の化学組成割合の限定理由を述べる。以下%は質量%である。
【0015】
C:0.13~0.35%
Cは、機械構造用部品として浸炭処理後の浸炭層ならびに芯部強度を確保するために必要な元素である。0.13%未満ではその効果が十分に得られず、反対に0.35%を超えると芯部の靭性を低下させる。そのため含有量を0.13~0.35%とする。
【0016】
Si:0.25~0.80%
Siは、鋼の溶製時の脱酸に必要な元素であるとともに、転動疲労中の組織変化の遅延および焼入性に効果のある元素であるが、0.25%未満では脱酸効果が十分でなく、0.8%を超えると加工性を低下させる。そのため含有量を0.25~0.8%とする。
【0017】
Mn:0.10~0.60%
Mnは、鋼の溶製時の脱酸に必要な元素であるとともに、焼入性を向上させる元素であるが、0.10%未満では脱酸効果が十分でなく、0.60%を超えるとベイナイト組織が発生し加工性、粒度特性が低下する。そのため含有量を0.10~0.60%とする。より好ましくは0.20~0.60%未満とする。
【0018】
P:≦0.030%
Pは不可避的不純物であり、0.030%を超えると、粒界偏析によって靱性が低下することとなる。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0019】
S:≦0.030%
Sは不可避的不純物であり、0.030%を超えると、MnSの形成によって靱性が低下し、疲労強度も低下する。そこで、Sは0.030%以下とする。
【0020】
Cr:1.30~2.50%
Crは球状化焼きなまし時のラメラー状炭化物の形成を抑制し、浸炭時の粗大粒の発生を防止する元素であることが知られている。1.30%未満だと、その効果が十分ではないではなく、ラメラー状の炭化物を形成し、高温浸炭時に粗大化を招く。しかし、Crが2.50%を超えると素材硬さ上昇することで加工性が低下する。そこで、Crは1.30~2.50%とする。より好ましくは1.70~2.40%未満とする。
【0021】
Al:0.010~0.040%
Alは、脱酸のために必要な元素であるとともに、AlNとして存在することでピン止め効果を発揮し、粗大粒発生を抑制する元素である。しかし、0.010%未満ではその効果が十分得られず、0.040%を超えてもその効果は飽和し、フェライト・パーライト組織が必要以上に細かくなり、かえって高温浸炭時に結晶粒の粗大化を招く可能性がある。さらに、Alの添加量を増やすと、鋼中に生成されるアルミナ系介在物が増加することにより、疲労強度が低下する。そのため含有量を0.010~0.040%とした。より好ましくは0.010~0.030%未満とする。
【0022】
N:50~200ppm
Nは鋼中のAlと結合し、AlNを生成し、結晶粒粗大化防止に有効なピン止め効果を発揮する元素である。Nが50ppm未満では十分なピン止め効果を発揮できない。一方、Nを200ppmを超えて含有すると必要以上にAlNが多く、疲労強度が低下する。加えて、Alと同様にフェライト・パーライト組織が必要以上に細かくなり、かえって高温浸炭時に結晶粒の粗大化を招く可能性がある。そこで、Nの含有量を50~200ppmとする。より好ましくは100~200ppm未満とする。
【0023】
本発明の鋼が圧延された状態で、AlNからなるピンニング粒子を10~90nmと規定した理由は以下のとおりである。
まず、ピンニング粒子の状態は本発明において重要な点である。鋼塊圧延時に固溶しなかった粒子の中には凝集・合体により成長し、90nmを超えてピンニング効果を失うものもある。そこで、浸炭時に結晶粒度粗大化抑制に寄与する粒子量を規定するだけでは不十分であり、その粒子径を10~90nmに限定する必要がある。ただし、10nm未満の析出物については、電子顕微鏡で観察してもその組成分析が困難なため、本発明の規定する範囲ならびに個数のカウントからは除外する。
【0024】
さらに、AlNからなる析出物のうち、10~90nmの粒子からなる析出物を5×105~40×105個/mm2とするのは、ピンニング粒子が多すぎるとフェライト・パーライト組織の微細化しすぎるため、結晶粒の粗大化を招く可能性があるからであり、また、少なすぎるとピンニング粒子のピン止め効果が不十分であるためこれもまた結晶粒の粗大化を招くからである。そこで、5×105~40×105個/mm2とする。
【0025】
圧延後のフェライト結晶粒度番号を9~11番に限定した理由を述べる。肌焼鋼のフェライト粒が微細化していると浸炭時に粗大粒の発生を招きやすくなり、JIS G0551に規定される結晶粒度番号11番を超えると、その傾向が顕著になる。加えて、フェライト粒が大きいとそれに付随して浸炭後のオーステナイト粒も大きくなってしまうからである。他方、結晶粒度番号が9番未満であると混粒が発生する可能性がある。
【0026】
よって、920℃の浸炭温度において、結晶粒の粗大化を抑制するためには、圧延した後の鋼中に存在する10~90nmのAlNを5×105~40×105個/mm2とし、フェライト結晶粒度番号を9~11番とすることが有効である。
【実施例
【0027】
以下に本発明の実施の形態について、適宜、表を参照しつつ説明する。
まず、表1に示す成分A~Jの化学組成を有する100kg鋼塊をそれぞれ真空溶解炉にて溶製した。その後、表2に示す工程を経て、本発明鋼No.1~24を得た。また、表3に示す工程を経て、比較鋼No.25~48を得た。
【0028】
【表1】
【0029】
また、表2、3には圧延した後のフェライト粒の結晶粒とその時のAlNの個数(10~90nmの大きさ)、疑似浸炭の温度を示す。また、「粗大粒」の欄を設け、JIS G0551に規定される5番以下の大きさであるオーステナイト粒の粗大粒が見られたものに「有」を、粗大粒が見られなかったものに「無」と記載した。
【0030】
まず、量産材の製造方法を記す。電気炉にて目的の成分に調製した鋼を溶製し、鋳造することでブルームとする。これを所定の温度で加熱圧延することでビレットする。再び所定の温度で加熱圧延を行い所定の寸法にする。
【0031】
上記と対比しつつ、本発明の詳細な実験手順を記す。表1のA~Jの化学成分について、真空溶解炉にて100kg鋼塊をそれぞれ溶製した。その後、一般的に通常では1200~1300℃で圧延されるところ、本発明ではブルーム圧延模擬工程として、より低温の1100℃以下の温度でφ32mmの棒鋼材に鍛造した。さらに、鋼材中心部よりφ20mm×30Lの試験片を採取し、ビレット圧延模擬工程として熱間据込みを行った。ビレット圧延の具体的な工程を図1に示す。一般的に1000℃以上に加熱するが本発明では900℃に加熱し、600sec保持した後、高さ50%になるまで圧縮を行い、室温になるまで冷却することで供試鋼を得た。
【0032】
<評価項目>
各供試材の特性は、(1)圧延後のフェライト粒の結晶粒度(光学顕微鏡(ア)を用いてミクロ組織を観察)、(2)ピンニング粒子のAlNの個数および大きさ(圧延後に抽出レプリカ法によりピンニング粒子を採取し、透過型電子顕微鏡(イ)により大きさと個数を測定)、(3)浸炭後の旧オーステナイト粒の結晶粒度および粗大粒発生の有無(光学顕微鏡(ア)を用いてミクロ組織を観察)を評価した。
【0033】
上記における、(ア)、(イ)は以下のものを用いた。
(ア)光学顕微鏡
(イ)透過型電子顕微鏡:HF-2500型電界放出型電子顕微鏡
加速電圧:200kV
観察倍率:100000倍
【0034】
(1)圧延後の供試鋼を圧延方向に平行な断面を切り出し、研磨を行った後、ナイタールでエッチングを行った。その後、中心部のミクロ組織を(ア)の光学顕微鏡を用いて観察倍率100倍、400倍で観察を行い、JIS G0551に従い、フェライト粒の結晶粒度を判定した。
【0035】
(2)電子顕微鏡観察用の試料を抽出レプリカ法にて作製し、ピンニング粒子の大きさと個数を上記(イ)の透過型電子顕微鏡を用いて観察した。なお、10nm未満の析出物については、その組成分析が困難なため、個数のカウントから除外した。
【0036】
球状化焼きなまし処理として試験片をA1点以上の800℃に加熱し、650℃に徐冷した後、空冷を行った。最後に、試験片中周部よりφ8mm×12Lの試験片を採取し、70%冷間据え込みを行った。その後、図2に示すように疑似浸炭工程として、室温から920℃に加熱し、3h保持した後、室温になるまで水冷した。
【0037】
(3)浸炭後の供試鋼を圧延方向に平行な断面を切り出し、研磨を行った後、飽和ピクリン酸でエッチングを行った。その後、中心部のミクロ組織を(ア)の光学顕微鏡を用いて観察倍率100倍、400倍で観察を行い、粗大粒発生の有無を確認した。なお、浸炭後においてJIS G0551に規定される5番以下の大きさであるオーステナイト粒の粗大粒を有していないものを結晶粒の粗大化を防止していると評価した。
【0038】
具体的にA~Hの成分の鋼を用いて上記の評価を行った。本発明鋼の供試材No.1~12を表2に、比較鋼をNo.13~52を表3に示す。
【0039】
【表2】
【0040】
【表3】
【0041】
供試鋼No.1~12は請求項1の化学組成、AlN粒子の大きさと個数およびフェライト結晶粒度を満たす本発明鋼である。AlNの大きさと個数およびフェライト結晶粒の大きさが適正化されているため、圧延した後に920℃という高温浸炭処理を行っても、粗大粒が発生しておらず、優れた特性を示した。
【0042】
他方、供試鋼No.13、15~27は請求項1の化学組成は満たしているが、10~90nmのAlN粒子が5×105~40×105個/mm2およびフェライト結晶粒度番号が9~11番という条件を満たしておらず、900℃の浸炭においてもJIS G0551に規定される5番以下の大きさであるオーステナイト粒の粗大粒が発生していることが確認された。
【0043】
供試鋼No.14、28は請求項1の化学組成およびAlN粒子の大きさと個数は満たしているが、フェライト結晶粒度番号を満たしていない。高温浸炭を施してみると、粗大粒の発生が認められたため、これらの場合も高温浸炭の適用には十分とはいえない。
【0044】
成分Gである供試鋼No.29~34は、Nが上限より多く、請求項1を満たさない比較鋼である。すべての条件で粗大粒の発生が確認された。この鋼は粗大なピンニング粒子(90nm以上)が数多く生成していることが認められた。結果として、ピン止め効果が有効に発揮される10~90nmの大きさを有するピンニング粒子が少なかった。
【0045】
成分Hである供試鋼No.35~40は、Alが上限より多く、請求項1を満たさない比較鋼である。すべての条件で粗大粒の発生が確認された。この鋼はAlが上限より多いため、Al系酸化物を数多く生成し、硬質な介在物を形成し、疲労強度が低下する原因となる。また、粗大なピンニング粒子(90nm以上)が数多く生成していることが認められた。結果として、成分Gである供試鋼と同様にピン止め効果が有効に発揮される10~90nmの大きさを有するピンニング粒子が少なかった。
【0046】
成分Iである供試鋼No.41~46は、Crが下限より少なく、請求項1を満たさない比較鋼である。Crが少ないため、ラメラー状の炭化物を形成しており、高温浸炭時に粗大粒の発生を確認した。
【0047】
成分Jである供試鋼No.47~52は、Mnが下限より少なく、請求項1を満たさない比較鋼である。Mnが少ないため焼き入れ性が確保できない。さらに、脱酸が不十分であるため、アルミナ系の介在物が多くなり、粗大粒の発生を確認した。
【0048】
表2に見られるとおり、本発明の方法における鋼を発明鋼とするとき、発明鋼の鋼塊加熱温度を1050~1100℃とし、さらに、棒鋼加熱温度を900℃とすることで圧延後のAlNの析出物のうち、10~90nmの粒子が5×105個/mm2~40×105個/mm2であり、かつ、フェライト結晶粒度番号がJIS G0551で規定されている9~11番を満たすとき、920℃という高温で浸炭した場合でも粗大粒の発生は認められず、本発明の目的とする鋼が得られていることが確認された。
【0049】
以上から、同じ化学組成の鋼材でも、粗大粒の発生を抑制できる場合もあれば、できない場合もあり、化学組成を制限するのみでは粗大粒を防止することはできない。化学組成以外の要因として、圧延後の鋼材のピンニング粒子の析出状態とフェライトの結晶粒度が重要であることが確認された。
【0050】
圧延後の組織の状態を限定するために、結晶粒の粗大化が抑制されるAlNの個数と大きさ、フェライトの結晶粒度の関係を調査した。その結果、浸炭温度920℃において、請求項1を満たす成分の鋼材中に、10~90nmであり5×105~40×105個/mm2のAlNがあり、フェライト結晶粒度番号がJIS G0551で規定されている9~11番を満たせば、結晶粒の粗大化を抑制することができることが確認された。すなわち、表2に示す実際の例として、10~90nmの粒子が5.4×105~39.7×105個/mm2存在し、フェライト結晶粒度番号が9.2~10.9番であった。これらの鋼では、粗大化防止が有効に発揮されていることが確認された。
図1
図2