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特許7529384脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物
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  • 特許-脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物 図1
  • 特許-脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/00 20060101AFI20240730BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20240730BHJP
【FI】
A61K33/00
A61P9/10
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019072780
(22)【出願日】2019-04-05
(65)【公開番号】P2020169158
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2022-03-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成30年10月9日 ウェブサイトのアドレス(URL) http://www.asaabstracts.com/strands/asaabstracts/abstract.htm?year=2018&index=10&absnum=4605 〔刊行物等〕 開催日 平成30年10月16日 集会名、開催場所 ANESTHESIOLOGY 2018 Annual Meeting(サンフランシスコ(米国))
(73)【特許権者】
【識別番号】000195661
【氏名又は名称】住友精化株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519122529
【氏名又は名称】木田 康太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100140578
【弁理士】
【氏名又は名称】沖田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100135242
【弁理士】
【氏名又は名称】江守 英太
(72)【発明者】
【氏名】木田 康太郎
【審査官】大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】日臨麻会誌,2007年,Vol.27, No.7,pp.599-607
【文献】Nat. Med.,2017年,Vol.23, No.6,pp.733-741 (page 1-29),SUPPLEMENTARY INFORMATION (pp.1-24)
【文献】日本整形外科学会雑誌,52(10),1978年,pp.1518-1519
【文献】胸腹部大動脈手術脊髄虚血予防・治療マニュアル,JSEPTIC,2017年,URL:https://www.jseptic.com/journal/mm110602_01.pdf
【文献】JOURANL OF SURGICAL RESEARCH,1996年,Vol.62,pp.59-62,ARTICLE NO.0173
【文献】OKABE, H. et al.,Hypercapnia Prevents Delayed Onset Paraplegia in a Mouse Model of Spinal Cord Ischemia,The anesthesiology annual meeting (Abstract) [online],2018年10月,<URL: http://www.asaabstracts.com/strands/asaabstracts/abstract.htm?year=2018&index=10&absnum=4605>,retrieved on 27 January 2023
【文献】心臓,2002年,Vol.34, SUPPL.6,pp.30-31
【文献】Ann Thorac Surg,2002年,Vol.74,pp.S1821-S1824
【文献】日本臨床高気圧酸素・潜水医学会雑誌,12,2015年,24-31
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 33/00
A61P 9/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化炭素ガス及び酸素ガスを含有する、胸部・胸腹部大動脈の手術における脊髄虚血障害を抑制するための気体状医薬組成物であって、前記医薬組成物中における二酸化炭素濃度が1~10%であり、前記医薬組成物中における酸素濃度が21~99%である、医薬組成物
【請求項2】
前記脊髄虚血障害が遅発性対麻痺である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記医薬組成物の投与が虚血前に開始される、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記医薬組成物の投与が生体内における血中二酸化炭素分圧50mmHg以上200mmHg以下となるように調整される、請求項1~3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
胸部・胸腹部大動脈の手術件数は高齢化社会に伴い世界的に増加しており、日本においても年間に1万件を超えている。術式や周術期管理の進歩により胸部・胸腹部大動脈手術の周術期死亡率は減少傾向にあるものの、脊髄虚血障害による術後対麻痺は未だ解決されていない重大な合併症である。
【0003】
胸部・胸腹部大動脈手術後の脊髄虚血に対しては、脳脊髄液ドレナージにより血流の改善をする方法がとられている。また、急性対麻痺に対しては、脳脊髄液ドレナージによる治療により、一定の改善効果を示すことが報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Journal of Vascular Surgery、35(4):631-639(2002)、Coselliら
【文献】Anesth & Analgesia、111(1):46-58(2010)、Fedorow CAら
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、脳脊髄液ドレナージを過剰に行うと、頭蓋内出血、感染症などの合併症を引き起こす可能性が指摘されている(非特許文献2)。また、胸部・胸腹部大動脈手術後の脊髄虚血障害により発現する遅発性対麻痺の詳しい発症機序については依然として不明であり、脳脊髄液ドレナージを含むあらゆる治療法を用いても遅発性対麻痺に対する改善効果が見られない。そのため、術後の脊髄虚血障害を抑制し、遅発性対麻痺の発症を抑えることができる治療法の確立が急務となっている。
【0006】
本発明の課題は、脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、マウス一過性脊髄虚血モデルを用いた試験において、意外にもマウスに二酸化炭素ガスを吸入させることにより、虚血状態にあった脊髄血流を改善できること、特に、遅発性対麻痺の発症を顕著に抑制できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は以下の[1]~[7]を提供する。
[1]二酸化炭素ガスを含有する、脊髄虚血障害を抑制するための気体状医薬組成物。
[2]前記脊髄虚血障害が遅発性対麻痺である、[1]に記載の医薬組成物。
[3]前記医薬組成物中における二酸化炭素濃度が1%以上である、[1]又は[2]に記載の医薬組成物。
[4]前記医薬組成物の投与が虚血前に開始される、[1]~[3]のいずれかに記載の医薬組成物。
[5]二酸化炭素ガスを、それを必要とする対象に投与することを含む、脊髄虚血障害を抑制する方法。
[6]脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物を製造するための、二酸化炭素ガスの使用。
[7]対象の血中二酸化炭素分圧を高値に調整することを含む、脊髄虚血障害を抑制する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】マウス一過性脊髄虚血モデルにおいて、脊髄血流(SCBF)を示すグラフである。
図2】マウス一過性脊髄虚血モデルにおいて、Basso Mouse Scale(BMS)を示すグラフである。(a)はコントロールにおけるBMSを示し、(b)は5%の二酸化炭素ガスを吸入したマウスにおけるBMSを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
【0012】
本明細書において、濃度の単位「%」は「v/v%」を意味する。
【0013】
本実施形態に係る医薬組成物は、二酸化炭素ガスを有効成分として含有する気体状の医薬組成物であって、脊髄虚血障害を抑制するための医薬組成物である。
【0014】
本明細書において「脊髄虚血障害」とは、脊髄の虚血後に発現する障害を意味する。脊髄虚血障害としては、例えば、遅発性対麻痺、筋力低下、麻痺、感覚障害、自律神経障害、尿失禁、便失禁、勃起障害、異常反射などが挙げられる。本発明者らは、二酸化炭素ガスを含有する医薬組成物が、虚血状態にあった脊髄血流を改善することを後述の実施例において確認しており、脊髄血流の改善が上述の障害の抑制に寄与していると考えている。
【0015】
本実施形態に係る医薬組成物中における二酸化炭素濃度は、脊髄虚血障害を抑制する効果を発揮できる濃度を下限値として適宜設定することができる。二酸化炭素濃度の下限値としては、1~20%の任意の濃度、例えば、1%、3%、5%、7%、10%、15%、又は20%とすることができる。また、本実施形態に係る医薬組成物中における二酸化炭素濃度は、二酸化炭素による副作用が発現しない濃度を上限値として適宜設定することができる。二酸化炭素濃度の上限値としては、例えば、20%、15%、又は10%とすることができる。したがって、本実施形態に係る医薬組成物中における二酸化炭素濃度は、上述の下限値及び上限値を組み合わせた範囲内で設定することができる。
【0016】
本実施形態に係る医薬組成物は、酸素ガス、不活性ガス(例えば、窒素ガス、アルゴンガス、ネオンガス、ヘリウムガス)、水素ガス、一酸化窒素、空気等の二酸化炭素ガス以外のガスを更に含有してもよい。本実施形態に係る医薬組成物に含まれる二酸化炭素ガス以外のガスは1種であってもよく、複数種であってもよい。また、二酸化炭素ガス以外のガスは、あらかじめ二酸化炭素ガスと混合された混合ガスの形態であってもよく、投与直前又は投与時に二酸化炭素ガスと混合されてもよい。
【0017】
一実施形態では、本実施形態に係る医薬組成物は、二酸化炭素ガス及び酸素ガスを含有する。この場合、医薬組成物中における酸素濃度は、例えば、21%~99%、21%~90%、21%~85%、又は21%~80%とすることができる。
【0018】
本発明の一実施形態において、本実施形態に係る医薬組成物は、対象にそのまま投与し得る形態で提供される。具体的には、本実施形態に係る医薬組成物は、二酸化炭素ガスそのものの形態、又は二酸化炭素及び酸素ガス等の二酸化炭素ガス以外のガスが混合された混合ガスの形態で提供される。
【0019】
別の態様において、本実施形態に係る医薬組成物は、対象への投与直前又は投与時に調製される形態で提供される。具体的には、本実施形態に係る医薬組成物は、二酸化炭素ガスを収容した容器、及び必要に応じて酸素ガス等の二酸化炭素ガス以外のガスを収容した容器が配管を介して吸入手段(麻酔器等)に接続され、二酸化炭素ガス、及び必要に応じて酸素ガス等の二酸化炭素以外のガスを適切な濃度となるように流量を調節して吸入手段に送気することで提供される。ガスを収容する容器としては、例えばガスボンベが挙げられる。また、ガスは圧縮ガスの形態で容器に収容されてもよく、液化ガスの形態で容器に収容されてもよい。
【0020】
別の態様において、本実施形態に係る医薬組成物は、対象が存在する密閉された空間に二酸化炭素ガスを送気することによって提供される。具体的には、本実施形態に係る医薬組成物は、対象が存在する密閉された空間に、前記空間中の二酸化炭素濃度が適切な濃度となるように流量を調節して、二酸化炭素ガス、及び必要に応じて酸素ガス等の二酸化炭素ガス以外のガスを送気することによって提供される。
【0021】
本実施形態に係る医薬組成物の投与は、胸部・胸腹部大動脈の手術において、虚血前、虚血中、虚血後から虚血再灌流前、虚血再灌流中又は虚血再灌流後のいずれの時点においても開始することができる。中でも、脊髄虚血障害を抑制する効果をより顕著に発揮できることから、虚血前に投与を開始することが好ましい。
【0022】
本実施形態に係る医薬組成物の投与回数は特に制限されず、患者の重症度、性別、年齢等に応じて、単回又は複数回投与することができる。
【0023】
本実施形態に係る医薬組成物の一回あたりの投与時間(投与開始から投与終了までの時間)は、脊髄虚血障害を抑制する効果を発揮できる時間であれば、特に制限されず、患者の重症度、年齢、性別等に応じて、適宜設定することができる。一回あたりの投与時間としては、例えば、5分~24時間、10分~12時間、20分~6時間、又は30分~3時間であってよい。
【0024】
本実施形態に係る医薬組成物の投与対象は特に制限されないが、好適にはヒトである。
【0025】
本発明者らの知見によれば、生体内における血中二酸化炭素分圧(PaCO)を高くすることで、脊髄虚血障害の発症を顕著に抑制することができる。したがって、本発明の一実施形態として、対象における血中二酸化炭素分圧を高値(例えば、50mmHg以上)に調整することを含む、脊髄虚血障害を抑制する方法が提供される。
【0026】
本実施形態における血中二酸化炭素分圧の下限値は、脊髄虚血障害を抑制する効果を発揮できる値であれば特に制限されず、例えば、50mmHg、55mmHg、60mmHg、65mmHg、又は70mmHgであってもよい。また、本実施形態に係る血中二酸化炭素分圧は、二酸化炭素による副作用が発現しない分圧を上限値として適宜設定することができる。血中二酸化炭素分圧の上限値としては、例えば、200mmHg、150mmHg、又は100mmHgとすることができる。したがって、本実施形態に係る医薬組成物中における二酸化炭素濃度は、上述の下限値及び上限値を組み合わせた範囲内で設定することができる。なお、血中二酸化炭素分圧の調整は、対象への二酸化炭素ガスの投与(吸入)し、対象の呼吸回数を低下させること等により行うことができる。また、血中二酸化炭素分圧は、血液ガス分析装置によって測定することができる。
【実施例
【0027】
以下に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
(1)マウス一過性脊髄虚血モデルの作製
マウス一過性脊髄虚血モデルの作製には、8~12週齢の雄性マウスを使用した。マウスをイソフルランの吸入による麻酔下に、気管内挿管し、左大腿動脈に血圧測定のためのカニュレーションを行なった。頚部と一部胸骨を切開し、左総頚動脈、大動脈弓、左鎖骨下動脈を露出した。血管クリップを2本使用し、大動脈弓と左鎖骨下動脈基部で血流を遮断した。血流遮断4分30秒後に血管クリップを外し、血流遮断を解除した。遮断解除後10分で左大腿動脈に留置したカニューレを抜去、傷を縫合し、マウス一過性脊髄虚血モデルを作製した。
【0029】
(2)脊髄血流の測定及び運動機能の評価
マウス一過性脊髄虚血モデルの作製過程におけるカニュレーション後より、5%の二酸化炭素ガスの吸入を開始し、モデル作製終了時まで吸入を継続した。当該二酸化炭素ガスを吸入したマウスの血中二酸化炭素分圧はおよそ60mmHgであった。血流遮断前の脊髄血流(SCBF)を100%とし、血流遮断を解除した後480秒まで脊髄血流を測定した。その結果を図1に示す。また、公知(Bassoら J Nurotrauma,23(5):635-59,2006)の方法を一部改変し、脊髄虚血から24、48、及び72時間後の運動機能をBasso Mouse Scale(BMS)により連続的に評価した。その結果を図2に示す。図2において「BMS=0~5」は死亡、又は歩行できない状態(すなわち、対麻痺の状態)、「BMS=6~9」は歩行できる状態をそれぞれ示す。なお、マウス一過性脊髄虚血モデルの作製過程におけるカニュレーション後より、100%の酸素ガスの吸入を開始し、モデル作製終了時まで吸入を継続したマウスをコントロールとした。コントロールの血中二酸化炭素分圧はおよそ35mmHgであった。
【0030】
図1より、5%の二酸化炭素ガスを吸入したマウスでは、コントロールと比較して虚血状態にあった脊髄血流がより早く改善することが確認された。また、図2より、5%の二酸化炭素ガスを吸入したマウスでは、コントロールと比較して運動機能の低下がほとんど見られず、遅発性対麻痺の発症が顕著に抑制されることが確認された。すなわち、二酸化炭素ガスを含有する医薬組成物は、脊髄虚血障害を抑制することが確認された。
図1
図2