(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】制御装置
(51)【国際特許分類】
G05B 13/02 20060101AFI20240730BHJP
G05B 13/04 20060101ALI20240730BHJP
【FI】
G05B13/02 A
G05B13/04
(21)【出願番号】P 2020193678
(22)【出願日】2020-11-20
【審査請求日】2023-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000246273
【氏名又は名称】コベルコ建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100118049
【氏名又は名称】西谷 浩治
(72)【発明者】
【氏名】脇谷 伸
(72)【発明者】
【氏名】山本 透
【審査官】今井 貞雄
(56)【参考文献】
【文献】尾島 康仁,"微分要素を含む非線形システムに対するデータ駆動型制御系の一設計",電気学会研究会資料 The Papers of Technical Meeting on "Control",IEE Japan,日本,一般社団法人電気学会,2016年04月04日,第1-6頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 13/02
G05B 13/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象を制御する制御装置であって、
前記制御対象から出力される制御出力と目標出力との偏差を零にするための制御入力を算出するコントローラと、
静的パラメータと前記制御入力とに基づいて、前記制御対象の静的特性の変動を補償する静的補償入力を算出する静的補償器と、
動的パラメータと前記制御出力とに基づいて前記制御対象の動的特性の変動を補償する動的補償入力を算出する動的補償器と、
前記静的補償入力と前記動的補償入力とを合成して実入力を算出し、前記制御対象に入力する合成器と、
前記制御入力と前記制御出力との理想的な入出力関係を規定する入出力モデルを用いて、前記制御入力に対応する理想出力を算出する理想出力算出器と、
前記制御出力と前記理想出力との差が最小化されるように前記静的パラメータ及び前記動的パラメータをそれぞれ調整するパラメータ調整器とを備える、
制御装置。
【請求項2】
前記動的パラメータは、比例ゲインと微分ゲインとを含み、
前記動的補償器は、前記制御出力に前記比例ゲインを乗じた値と前記制御出力の微分値に前記微分ゲインを乗じた値との和を前記動的補償入力として算出し、
前記パラメータ調整器は、前記制御出力と前記理想出力との差が最小化されるように前記静的パラメータ、前記前記比例ゲイン、及び前記微分ゲインをそれぞれ調整する、
請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
前記パラメータ調整器は、逐次最小二乗法を用いて前記静的パラメータ及び前記動的パラメータを調整する、
請求項1又は2記載の制御装置。
【請求項4】
前記合成器は、前記静的補償入力から前記動的補償入力を減じた値を前記実入力として算出する、
請求項1~3のいずれかに記載の制御装置。
【請求項5】
前記制御対象は、油圧システムであり、
前記油圧システムは、
油圧ポンプと、
前記油圧ポンプを駆動する電動機と、
前記油圧ポンプから供給される作動油によって作動するアクチュエータとを備え、
前記油圧システムは、前記アクチュエータの状態値を前記制御出力として出力し、
前記合成器は、前記電動機の指令値を前記実入力として算出する、
請求項1~4のいずれかに記載の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御対象を制御する制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
油圧ショベルをはじめとする作業機械を制御する制御装置では自動運転等の複雑な制御が要求される。このような複雑な制御が要求される制御装置では制御構造が階層化され、上流のコントローラからの指示に従って、制御対象を直接的に制御する下流の制御ループが作動される。しかしながら、制御対象の入出力特性が大きく変動して下流の制御ループの入出力特性が大きく変動すると、上流のコントローラが適切に作用せず、制御対象を適切に制御できなくなる。そのため、下流の制御ループを理想的な入出力特性に維持できれば、上流のコントローラを下流の制御ループの理想的な入出力特性に基づいて設計できる。
【0003】
そこで、下流の制御ループの入出力特性の変動を抑制する技術が提案されている。例えば、非特許文献1には、上流のコントローラから入力される制御入力(u´)及び制御対象から出力される制御出力(y)の理想的な入出力特性を示す入出力モデル(Pm)と、制御入力(u´)に対する入出力モデル(Pm)の理想出力(ym)及び制御出力(y)のモデル誤差を軽減するための補償入力(uc)を生成する補償器(D)と、制御入力(u´)から補償入力(uc)を減じて制御対象への実入力(u)を算出するする減算器とを備える制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】梅井、岡島、松永、浅井、「モデル誤差抑制補償器の多入出力システムに対する設計」、システム制御情報学会論文誌、Vol27 No.2、pp.67-72、2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1の技術では、制御対象の入出力特性が大きく変動した場合、補償器ではその変動を十分に補償できなくなり、上流のコントローラは制御対象を適切に制御することができなくなる。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、制御対象の入出力特性が大きく変動しても、設計時のコントローラを用いて制御対象を適切に制御することができる制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る制御装置は、制御対象を制御する制御装置であって、前記制御対象から出力される制御出力と目標出力との偏差を零にするための制御入力を算出するコントローラと、静的パラメータと前記制御入力とに基づいて、前記制御対象の静的特性の変動を補償する静的補償入力を算出する静的補償器と、動的パラメータと前記制御出力とに基づいて前記制御対象の動的特性の変動を補償する動的補償入力を算出する動的補償器と、前記静的補償入力と前記動的補償入力とを合成して実入力を算出し、前記制御対象に入力する合成器と、前記制御入力と前記制御出力との理想的な入出力関係を規定する入出力モデルを用いて、前記制御入力に対応する理想出力を算出する理想出力算出器と、前記制御出力と前記理想出力との差が最小化されるように前記静的パラメータ及び前記動的パラメータをそれぞれ調整するパラメータ調整器とを備える。
【0008】
本構成によれば、静的パラメータ及び動的パラメータが調整されており、固定されていないため、制御対象の入出力特性が大きく変動したとしても、制御装置の設計時のコントローラを用いて制御対象を適切に制御できる。すなわち、制御入力と制御出力との理想的な入出力特性を示す入出力モデルを用いて制御入力に対応する理想出力が算出され、理想出力と制御出力との差が最小化されるように、静的補償器が有する静的パラメータと動的補償器が有する動的パラメータとが調整されている。これにより、制御対象の入出力特性の特性が大きく変動しても、制御入力と制御出力との入出力特性は理想的な入出力特性に維持される。そのため、制御対象の入出力特性が大きく変動したとしても、設計時のコントローラを用いて制御対象を適切に制御できる。これにより、コントローラの設計が容易化され、制御装置の開発が円滑化される。
【0009】
さらに、本構成によれば、制御対象の稼働中に算出される理想出力と制御出力とを用いて静的パラメータ及び動的パラメータが調整されている。そのため、制御対象を含む機器の動作を止めることなく稼働中に静的パラメータ及び動的パラメータを調整するオンライン調整が可能となる。なお、特許文献1では、補償器のパラメータの調整は予定されていないため、パラメータを調整するためには機器の動作を止める必要がある。
【0010】
さらに、動的パラメータ及び制御出力に基づいて算出された動的補償入力によって制御入力が補正されているため、立ち上がり特性及び減衰特性等の制御対象の動的特性の変動を補償することができる。さらに、制御入力と静的パラメータとに基づいて算出された静的補償入力によって制御入力が補正されているため、動的補償入力の合成に伴う制御入力のスケールの変動等の制御特性の静的特性の変動を抑制できる。
【0011】
上記制御装置において、前記動的パラメータは、比例ゲインと微分ゲインとを含み、前記動的補償器は、前記制御出力に前記比例ゲインを乗じた値と前記制御出力の微分値に前記微分ゲインを乗じた値との和を前記動的補償入力として算出し、前記パラメータ調整器は、前記制御出力と前記理想出力との差が最小化されるように前記静的パラメータ、前記前記比例ゲイン、及び前記微分ゲインをそれぞれ調整してもよい。
【0012】
本構成によれば、制御出力に比例ゲインを乗じた値と制御出力の微分値に微分ゲインを乗じた値との和が動的補償入力として算出されているため、制御対象の動的特性の変動を正確に補償することができる。そして、このようにして調整された、静的パラメータ、比例ゲイン、及び微分ゲインを用いて制御入力が補正されている。そのため、制御対象の入出力特性が大きく変動したとしても、設計時のコントローラを用いて制御対象を適切に制御できる。
【0013】
上記制御装置において、前記パラメータ調整器は、逐次最小二乗法を用いて前記静的パラメータ及び前記動的パラメータを調整してもよい。
【0014】
本構成によれば、逐次最小二乗法を用いて静的パラメータ及び動的パラメータが調整されているため、静的パラメータ及び動的パラメータがリアルタイムに調整される。その結果、制御対象の入出力特性が変動した場合、速やかに静的パラメータ及び動的パラメータを調整することができ、制御対象を適切に制御できる。
【0015】
上記制御装置において、前記合成器は、前記静的補償入力から前記動的補償入力を減じた値を前記実入力として算出してもよい。
【0016】
本構成によれば、静的補償入力から動的補償入力を減じることで実入力が算出されているため、実入力を容易に算出できる。
【0017】
上記制御装置において、前記制御対象は、油圧システムであり、油圧システムは、油圧ポンプと、前記油圧ポンプを駆動する電動機と、前記油圧ポンプから供給される作動油によって作動するアクチュエータとを備え、前記油圧システムは、前記アクチュエータの状態値を前記制御出力として出力し、前記合成器は、前記電動機の指令値を前記実入力として算出してもよい。
【0018】
油圧システムは、例えば作動油の温度が変化して入出力特性が大きく変動することがある。例えば、油圧システムとして油圧ショベルを用いた場合、バケットが掬い上げた土砂により質量及び慣性が変化し、それに伴って油圧システムの入出力特性が大きく変動することがある。本構成では、このような変動に対して静的パラメータ及び動的パラメータが調整されるため、油圧システムを適切に制御することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、制御対象の入出力特性が大きく変動しても、設計時のコントローラを用いて制御対象を適切に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の実施の形態に係る制御装置の構成の一例を示すブロック図である。
【
図2】制御装置の処理の一例を示すフローチャートである。
【
図3】制御ループを構成するフィードバック系を示すブロック図である。
【
図4】制御対象として用いられた油圧モータ制御システムの油圧回路図である。
【
図5】油圧モータ制御システムに対する制御装置の適用結果を示すグラフである。
【
図6】静的ゲイン、比例ゲイン、及び微分ゲインの調整結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る制御装置1の構成の一例を示すブロック図である。制御装置1は、実入力up(k)に応答して制御出力y(k)を出力する制御対象100を制御する。制御対象100は、例えば、油圧ショベル及び油圧クレーンを含む作業機械であってもよいし、自動車であってもよい。詳細には、制御対象100は、作業機械の油圧システムであってもよいし、自動車の自動ブレーキシステムであってもよい。参照符号の括弧内に記載されたkは時刻を示す。
【0022】
制御装置1は、目標設定器2、減算器3、コントローラ4、静的補償器5、動的補償器6、減算器7(合成器の一例)、パラメータ調整器9、減算器8、理想出力算出器10、メモリ11、及び検出器12を含む。目標設定器2、減算器3、コントローラ4、静的補償器5、動的補償器6、減算器7、減算器8、パラメータ調整器9、及び理想出力算出器10は、例えばCPU又はASIC等のプロセッサで構成される。目標設定器2、メモリ11、及び検出器12は制御対象100の構成要素から省かれてもよい。
【0023】
目標設定器2は、制御出力y(k)の目標である目標出力r(k)を設定する。目標出力r(k)は制御対象100に応じて種々の値が採用される。例えば、制御対象100が作業機械であれば、上部旋回体を旋回する電動機に対する目標回転数が採用される。例えば、制御出力y(k)が予め定められた目標パターンに追従するように制御対象100が制御される場合、目標出力r(k)は目標パターンを構成する目標値の時系列データが採用される。例えば、目標出力r(k)は、作業装置又は上部旋回体を動作させる操作レバーに入力された操作量に応じた目標値であってもよい。例えば、目標出力r(k)は予め定められた一定の値が採用されてもよい。
【0024】
減算器3は、目標出力r(k)から制御出力y(k)を減じることで、偏差e(k)を算出する。
【0025】
コントローラ4は、制御出力y(k)に基づいて、偏差e(k)を零にするための制御入力uc(k)を算出する。コントローラ4は背景技術で説明した上流のコントローラに相当する。コントローラ4は、例えばPID制御により偏差e(k)を零にするための制御入力uc(k)を算出すればよい。PID制御に用いられる数式としては、例えば後述の式(17)が採用される。なお、コントローラ4は、PID制御以外のP制御、PD制御、及びPI制御等の種々のフィードバック制御又はフィードフォワード制御を用いて制御入力uc(k)を算出してもよい。
【0026】
静的補償器5は、静的ゲインf0(静的パラメータの一例)を制御入力uc(k)に乗じ、制御対象100の静的特性の変動を補償する静的補償入力を算出する。静的特性とは、時間に依存しない制御対象100の特性である。静的特性としては、例えば、制御出力y(k)がとり得るスケールが該当する。静的ゲインf0はこの静的特性の変動を補償するためのゲインである。例えば、動的補償器6により算出される動的補償入力が過大になると実入力up(k)が過小になって、制御出力y(k)の値が想定されるスケールよりも大幅に小さくなる。このような事態を回避するために、静的補償器5は、静的ゲインf0を制御入力uc(k)に乗じる。
【0027】
動的補償器6は、動的ゲイン(動的パラメータの一例)と制御出力y(k)とに基づいて制御対象100の動的特性の変動を補償する動的補償入力を算出する。動的特性とは、例えば制御対象100の立ち上がり特性及び減衰特性等の時間に依存する特性である。動的ゲインは、このような動的特性の変動を補償するためのゲインである。動的ゲインには、例えば比例ゲインKp及び微分ゲインKDが含まれる。動的補償器6は、例えばKp・y(k)+KD・Δy(k)の演算式により、動的補償入力を算出する。ここで、Δy(k)はy(k)の微分を表す。
【0028】
減算器7は、静的補償入力から動的補償入力を減じることにより、実入力up(k)を算出し、実入力up(k)を制御対象100に入力する。これにより、制御対象100の動的特性及び静的特性が補償されるように制御入力uc(k)が調整される。実入力up(k)は例えば、下記の式で表される。
【0029】
up(k)=f0・uc(k)-Kp・y(k)-KD・Δy(k)
上述の静的補償器5、動的補償器6、減算器7、及び制御対象100は制御ループ50を構成する。制御ループ50は、制御対象100を直接的に制御する下流の制御ループである。制御ループ50は、制御入力uc(k)に応答して制御出力y(k)を出力する。
【0030】
理想出力算出器10は、制御入力uc(k)と制御出力y(k)との理想的な入出力関係を示す伝達関数である入出力モデルGm(z-1)を用いて、制御入力uc(k)に対応する理想出力yr(k)を算出する。理想的な入出力関係とは、コントローラ4の設計時における、制御入力uc(k)と制御出力y(k)との関係が該当する。以下、制御入力uc(k)と制御出力y(k)との関係を制御ループ50の入出力特性と呼ぶ。例えば、コントローラ4が、初期の制御対象100を含む初期の制御ループ50の入出力特性に基づいて設計されている場合、入出力モデルは初期の制御ループ50の入出力特性を有している。したがって、制御対象100の入出力特性が初期の特性から変化して、制御ループ50の入出力特性が初期の入出力特性から変化したとしても、理想出力算出器10は、初期の制御ループ50の入出力特性にしたがった理想出力yr(k)を算出できる。入出力モデルGm(z-1)は例えば後述の式(19)、(20)、(21)で表される。
【0031】
減算器8は、制御出力y(k)から理想出力yr(k)を減じて差分Aを算出し、差分Aをパラメータ調整器9に入力する。
【0032】
パラメータ調整器9は、減算器8から入力された差分Aが最小化されるように静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)をそれぞれ調整する。パラメータ調整器9は例えば逐次最小二乗法により静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)を算出してもよい。この場合、制御装置1のサンプリング時間に同期して、静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)が調整される。すなわち、静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)のオンライン調整が可能となる。逐次最小二乗法としては、後述の式(9)で示す評価関数Jを後述の式(10)~(16)を用いて最小化する手法が採用できる。
【0033】
メモリ11は、例えばRAM又はフラッシュメモリで構成される。メモリ11は、制御出力y(k)及び理想出力yr(k)を記憶する。なお、メモリ11は、時刻kから数サンプル前までに算出された制御出力y(k)及び理想出力yr(k)を記憶してもよい。
【0034】
検出器12は、例えばセンサで構成され、制御対象100から出力される制御出力y(k)を検出する。例えば、制御対象100がアクチュエータで構成される場合、検出器12は、アクチュエータの状態を検出するセンサで構成される。例えば、制御対象100が上部旋回体を旋回させる電動機で構成される場合、検出器12は電動機の回転数を検出するセンサで構成される。
【0035】
次に、制御装置1の処理について説明する。
図2は、制御装置1の処理の一例を示すフローチャートである。ステップS1において、減算器3は目標出力r(k)から制御出力y(k)を減じて偏差e(k)を算出する。
【0036】
ステップS2において、コントローラ4は、偏差e(k)と制御出力y(k)とを式(17)に入力して制御入力uc(k)を算出する。
【0037】
ステップS3において、理想出力算出器10は、制御入力uc(k)と式(19)で示す入出力モデルGm(z-1)とを乗じ、理想出力yr(k)を算出する。
【0038】
ステップS4において、検出器12は、制御入力uc(k)に対する応答として制御ループ50から出力された制御出力y(k)を検出する。
【0039】
ステップS5において、減算器8は、検出器12で検出された制御出力y(k)から理想出力yr(k)を減じて差分Aを算出する。
【0040】
ステップS6において、パラメータ調整器9は差分Aが最小化されるように逐次最小二乗法を用いて静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)を算出する。ステップS6が終了すると、処理はステップS1に戻る。これにより、逐次的に静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)が調整される。
【0041】
このように、制御装置1によれば、制御入力uc(k)と制御出力y(k)との理想的な入出力特性を示す入出力モデルGm(z-1)を用いて制御入力uc(k)に対応する理想出力yr(k)が算出され、理想出力yr(k)と制御出力y(k)との差分Aが最小化されるように、静的補償器5が有する静的ゲインf0と動的補償器6が有する動的ゲイン(Kp、KD)とが調整される。これにより、制御対象100の入出力特性が大きく変動しても、制御入力uc(k)と制御出力y(k)との入出力特性は、コントローラ4の設計時における理想的な入出力特性に維持される。そのため、制御対象100の入出力特性が大きく変動しても、設計時のコントローラ4を用いて制御対象100を適切に制御できる。これにより、コントローラ4の設計が容易化され、制御装置1の開発が円滑化される。
【0042】
なお、本発明は以下の変形例が採用できる。
【0043】
(1)パラメータ調整器9は、データベース駆動型制御手法を用いて静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)を調整してもよい。データベース駆動型制御手法は、データベースに記憶された過去に算出されたパラメータに基づいて、制御対象の現在の状態に適合するパラメータを算出する手法である。
【0044】
この手法を採用する場合、制御装置1は、過去に算出された静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)を記憶するデータベースをさらに備える。パラメータ調整器9は、制御対象100の現在の状態を示す要求点をメモリ11から取得する。要求点は例えば1サンプルから数サンプル前までの制御出力y(k)及び理想出力yr(k)を含む。パラメータ調整器9は、要求点とデータベースに記憶されたパラメータセットとのそれぞれの距離を算出し、距離が短い順にk個のパラメータセットを抽出する。パラメータセットは例えば1組の静的ゲインf0、比例ゲインKp、及び微分ゲインKDを含む。パラメータ調整器9は、抽出したk個のパラメータセットのそれぞれについて距離が短いほど値が大きくなるように重み係数を求める。パラメータ調整器9は、算出した重み係数を用いてk個のパラメータセットを平均し、最終的なパラメータセットを算出し、最終的なパラメータセットを静的ゲインf0及び動的ゲイン(Kp、KD)として算出する。
【0045】
(2)動的補償器6が動的補償入力を算出する際に用いる演算式には、制御出力y(k)の2次の微分項と2次の微分ゲインとの積が含まれていてもよい。さらに、この演算式には、制御出力y(k)のi次の微分項とi次の微分ゲインとの積を、i=1からi=n(nは正の整数)まで加算した値が含まれていてもよい。
【0046】
(実施例)
次に、本発明の実施例について説明する。まず、制御ループ50の設計について説明する。
図3は、制御ループ50を構成するフィードバック系を示すブロック図である。このフィードバック系は、次式で表される。
【0047】
【0048】
ここで、up(k)、y(k)、uc(k)、Pはそれぞれ実入力、制御出力、制御入力、制御対象を表す。また、Δは差分演算子を表しており、後退演算子z-1を用いてΔ=1-z-1と表される。f0(k)、Kp(k)、KD(k)はそれぞれパラメータを表している。パラメータ調整器9は、f0(k)、Kp(k)、KD(k)のパラメータを逐次最小二乗法によりオンラインでチューニングする。逐次最小二乗法のメリットは計算コストが低いことにある。パラメータ調整器9は、操業データ(実入力up(k)、制御出力y(k))から静的補償器5及び動的補償器6のパラメータを算出する。
【0049】
次に、操業データに基づくパラメータの調整法について説明する。
f0(k)=0でないと仮定すると、式(1)は以下のように変形される。
【0050】
【0051】
但し、式(3)において、θ1(k)、θ2(k)、θ3(k)は式(4)で表される。
【0052】
また、理想的な制御ループ50の伝達関数を示す入出力モデルGm(z-1)に制御入力uc(k)を入力した際に得られる応答を理想出力yr(k,θ(k))とする。この場合、理想出力yr(k,θ(k))は式(5)で表される。
【0053】
【0054】
式(3)と式(5)の関係より次式が得られる。
【0055】
【0056】
評価関数Jは以下のように定義される。
【0057】
【0058】
但し、Nはデータの総数であり、評価関数Jを最小化することにより、制御出力y(k)が理想出力yr(k)に追従するようにパラメータθ(k)が調整される。よって、最適化されたパラメータを用いることにより、静的補償器5と動的補償器6と制御対象100とを含む制御ループ50の入出力特性と入出力モデルGm(z-1)の入出力特性とを一致させることが可能となる。
【0059】
次に、式(9)の二乗和を最小化するため以下に示す逐次最小二乗法が適用される。
【0060】
【0061】
ωは忘却係数である。θ(k)及びψ(k)は次式で表される。
【0062】
【0063】
誤差共分散行列Γ(k)の初期値Γ(0)と推定値θ(k)の初期値θ(0)とは次式で定められる。
【0064】
【0065】
αはα>0を満たす任意の実数である。Iは3×3の単位行列である。θi(0)は任意の実数である。f0は0でないとの条件よりθi(0)は0でないと定める。
【0066】
次に、本実施例に係る制御装置1の構成について説明する。制御装置1は
図1で表される。
【0067】
制御ループ50はフィードバック比例積分(F-PD)制御系で構成された下流の制御ループである。コントローラ4は、上流の制御ループである。コントローラ4は、固定の制御パラメータを有するPID(比例積分微分)制御系で構成される。
【0068】
図1の構成では、制御ループ50の入出力特性と入出力モデルGm(z
-1)の入出力特性とが一致するように静的補償器5及び動的補償器6のパラメータが調整されている。これにより、下流の制御ループ50が入出力モデルGm(z
-1)と同等の入出力特性を有することになる。その結果、上流のコントローラ4を理想的な入出力モデルGm(z
-1)に基づいて設計することが可能となる。
【0069】
本実施例ではコントローラ4は、式(17)で示すPID制御系で構成される。
【0070】
【0071】
kcは比例ゲインを示し、TIは積分時間[s]を示し、TDは微分時間[s]を示す。
【0072】
次に、実施例に係る制御装置1を油圧モータ制御システムに適用したシミュレーションについて説明する。
【0073】
図4は、制御対象100として用いられた油圧モータ制御システムの油圧回路図である。油圧モータ制御システムは、電動機401(サーボモータ)、油圧ポンプ402、配管403、油圧モータ404、慣性体405、油圧センサ406、リリーフバルブ407、オイルタンク408、及び制御装置1を含む。
【0074】
制御装置1は、アナログ電圧で表される指示回転数Npを電動機401に入力する。この指示回転数Npに従って電動機401は駆動する。油圧ポンプ402は、電動機401に接続されており、電動機401の動力によって回転する。油圧ポンプ402の回転により、オイルタンク408から配管403に作動油が流入する。油圧ポンプ402により吐出流量Qpで作動油は押し出され、配管403内に圧力Pmが発生する。この圧力Pmにより油圧モータ404は油圧動力Tで回転する。
【0075】
油圧モータ404の回転数はNmで表され、慣性体405の慣性モーメント及び粘性減衰係数はそれぞれI、Dで表される。油圧モータ404の動力として使用された作動油は再びオイルタンク408に戻り、油圧ポンプ402によって再利用される。
【0076】
制御装置1は、検出器12で回転数Nmを検出し、検出した回転数Nmが目標回転数になるように、指示回転数Npを算出する。指示回転数Npは実入力up(k)に相当し、回転数Nmは制御出力y(k)に相当する。
【0077】
次に、油圧モータ制御システムをモデル化したシミュレーションモデルによる本実施例の検証について説明する。
【0078】
本検証では、制御ループ50の理想的な入出力モデルGm(z-1)を以下のように設計した。
【0079】
【0080】
分母のP(z-1)は次式で表される。係数p1、p2は次式で表される。
【0081】
【0082】
Tsはサンプリング時間、σ,δはそれぞれ制御対象100の立ち上がり特性及び減衰特性等の動的パラメータを表している。これらの動的パラメータは、制御対象100の入出力特性に基づいて設計者が任意に設定する。
【0083】
次に、シミュレーションの結果について説明する。
図5は、油圧モータ制御システムに対する制御装置1の適用結果を示すグラフである。
図6は、静的ゲインf0、比例ゲインKp、微分ゲインK
Dの調整結果を示すグラフである。
図7は、
図6を拡大して示したグラフである。
【0084】
図5に示すように、本シミュレーションでは、開始から40[s]が経過した時点において慣性体405の慣性モーメントが1/10に変更されている。ここでは、実機の運用上の都合により、理想出力yrが100から0に変動した場合、制御出力yはランプ状に減少されている。
図5において、理想出力yr、制御出力y、制御入力uc、実入力up、圧力Pm、及び吐出流量Qpは正規化されている。
【0085】
図5に示す過渡応答において、油圧モータ404の回転数Nmである制御出力yが慣性モーメントの変動後も理想出力yrに追従していることが分かる。これは、
図6及び
図7に示すように、慣性モーメントの変動に応じて、静的ゲインf0、比例ゲインKp、微分ゲインK
Dがチューニングされているからである。
【0086】
一方、
図5に示すように、慣性モーメントの変動前後において、コントローラ4からの制御入力ucは大きく変動していないことが分かる。したがって、上流のコントローラ4は下流の制御ループ50の入出力特性の変動の影響を受けることなく動作していることが分かる。
【0087】
このように、本実施例では、静的ゲインf0、比例ゲインKp、及び微分ゲインKDがオンラインで調整されているため、制御対象100の特性が変動しても制御ループ50の入出力特性は、入出力モデルGm(z-1)の理想的な入出力特性と一致する。その結果、入出力モデルGm(z-1)に基づいて、コントローラ4を設計することができる。よって、コントローラ4の設計が容易になり、制御装置1の開発が円滑化される。さらに、下流の制御ループ50の入出力特性の変動の影響が制御装置1の全体に与える影響も抑制することが可能となる。
【符号の説明】
【0088】
1 :制御装置
2 :目標設定器
3 :減算器
4 :コントローラ
5 :静的補償器
6 :動的補償器
7 :減算器
8 :減算器
9 :パラメータ調整器
10 :理想出力算出器
11 :メモリ
12 :検出器
50 :制御ループ
100 :制御対象
Gm :入出力モデル
KD :微分ゲイン
Kp :比例ゲイン
f0 :静的ゲイン