(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-30
(45)【発行日】2024-08-07
(54)【発明の名称】感磁ワイヤおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/153 20060101AFI20240731BHJP
C22C 19/07 20060101ALI20240731BHJP
C22F 1/10 20060101ALI20240731BHJP
G01R 33/06 20060101ALI20240731BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240731BHJP
【FI】
H01F1/153 116
H01F1/153 133
H01F1/153 141
H01F1/153 191
C22C19/07 C
C22F1/10 B
G01R33/06
C22F1/00 601
C22F1/00 625
C22F1/00 660Z
C22F1/00 661Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
(21)【出願番号】P 2020052064
(22)【出願日】2020-03-24
【審査請求日】2022-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下出 晃広
(72)【発明者】
【氏名】立松 峻一
【審査官】久保田 昌晴
(56)【参考文献】
【文献】特許第6428884(JP,B1)
【文献】特開昭62-027540(JP,A)
【文献】特開2000-164414(JP,A)
【文献】国際公開第2009/119081(WO,A1)
【文献】特開平11-194158(JP,A)
【文献】特許第6791227(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/03、1/153
C22C 19/07
C22F 1/00、1/10
G01R 33/06
H10N 50/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Feを含むCo基合金からなり、
該Co基合金は、全体が非晶質で零磁歪となる基準組成よりもFeを多く含
み、Co、FeおよびNiからなる磁性元素群の合計量に対するFe量の原子割合であるFe比(Fe/(Co+Fe+Ni))が7~9.5%であると共に
、非晶質相中に結晶粒が分散した複合組織からなる感磁ワイヤ。
【請求項2】
前記Fe比
は、7.5~
9%である請求項1に記載の感磁ワイヤ。
【請求項3】
前記Co基合金は、その全体に対して前記磁性元素群を合計で65~85at%含む請求項2に記載の感磁ワイヤ。
【請求項4】
前記Co基合金は、前記磁性元素群の合計量全体に対してNiを0.1~3.5at%含む請求項2または3のいずれかに記載の感磁ワイヤ。
【請求項5】
前記Co基合金は、その全体に対して、さらに、Siおよび/またはBを合計で15~33at%含む請求項1~4のいずれかに記載の感磁ワイヤ。
【請求項6】
前記Co基合金は、その全体に対して、さらに、Moを0.1~2.3at%含む請求項1~5のいずれかに記載の感磁ワイヤ。
【請求項7】
異方性磁界が5~70Oeであると共に応力感受性が-30~30mOe/MPaである請求項1~6のいずれかに記載の感磁ワイヤ。
【請求項8】
全体が非晶質で零磁歪となる基準組成よりもFeを多く含むCo基合金からなる非晶質ワイヤを、結晶化開始温度以上かつ結晶化終了温度未満の特定温度で加熱する熱処理工程を備え、
請求項1~7のいずれかに記載の感磁ワイヤが得られる製造方法。
【請求項9】
前記熱処理工程は、前記非晶質ワイヤに引張応力を印加しつつなされるテンションアニール工程である請求項8に記載の感磁ワイヤの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気センサに使用される感磁ワイヤ等に関する。
【背景技術】
【0002】
フラックスゲートセンサ(FGセンサ)、ホールセンサ、巨大磁気抵抗センサ(GMRセンサ)、マグネトインピーダンスセンサ(MIセンサ)等の磁気センサが利用されている。そのなかでもMIセンサは、他のセンサよりも、感度、応答性、消費電力等の点で優れている。このためMIセンサは、地磁気(約50μT)を測定する電子コンパスに留まらず、スマートフォン等のモバイル機器をはじめ、自動車分野や医療分野などの様々な製品に利用されつつある。
【0003】
MIセンサが搭載される機器の高機能化やその用途拡大に伴い、MIセンサには、環境磁界中でも動作する測定レンジの拡大や、外的な環境変動に対する特性の安定性(耐環境性能)が求められている。
【0004】
MIセンサは、高周波電流又はパルス電流を印加した感磁ワイヤ(感磁体)の円周方向に、周囲の磁場の強さに応じて生じる磁化回転の大きさを、インピーダンスの変化または電圧として検出している。MIセンサの測定レンジは、感磁ワイヤ内における磁化回転のしやすさと相関している。磁化回転のしやすさは、感磁ワイヤの異方性磁界(Hk)に大きく依存している。異方性磁界が小さいと、磁化回転が生じ易くなり測定レンジは狭くなる。逆に、異方性磁界が大きいと、磁化回転が生じ難くなり測定レンジは広くなる。
【0005】
従来の感磁ワイヤは、全体が非晶質であるアモルファスワイヤ(単に「非晶質ワイヤ」という。)からなり、非晶質ワイヤ内に残留させる内部応力により異方性磁界が調整されてきた。内部応力が大きくなると異方性磁界も大きくなり、内部応力が小さくなると異方性磁界も小さくなる。内部応力は、引張応力(テンション)を印加しつつ、非晶質ワイヤを加熱するテンションアニール(TA)により付与され、内部応力はテンションアニール条件により調整されてきた。
【0006】
なお、テンションアニールは、テンションを印加したワイヤを、炉内加熱や通電加熱してなされる。いずれにしても従来のテンションアニールは、ワイヤの非晶質状態の維持を前提としてなされてきた。具体的にいうと、ワイヤの加熱温度(炉内温度等)を結晶化温度未満としたり、加熱温度を結晶化温度以上にするときでも極短時間の加熱により結晶化が進まないようにされてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1は、従来の感磁ワイヤと異なり、テンションアニール条件を根本的に見直し、非晶質相中に微細な結晶粒(単に「微結晶」ともいう。)を析出させた複合組織からなる感磁ワイヤを提案している。その微結晶により感磁ワイヤの異方性磁界が増大し、MIセンサの測定レンジも拡張し得る。
【0009】
特許文献1は、その実施例欄で、熱処理前の非晶質ワイヤとして、2種類の合金組成からなるCo基合金を例示している。すなわち、Co―4.6Fe―11.7Si―11.6BとCo―4.7Fe―10.5Si―10.6Bである(組成単位:at%)。いずれもCoとFeの原子割合(Fe/Co)が5.9~6%となっている。これらのCo基合金は、その全体が非晶質なときに、磁歪が実質的に零(単に「零磁歪」という。)となるように設計されている。しかし、磁歪は、合金組成のみならず、合金組織にも敏感に反応するため、テンションアニールにより微結晶が析出したCo基合金は、もはや零磁歪とはならない。
【0010】
ちなみに、特許文献1([0042])にも、磁歪に関する記載がある。すなわち、磁歪は、合金組成と熱処理条件により制御される旨と、全体組成よりも非晶質相の成分組成(結晶粒を除いた組成)による影響が大きい旨が記載されている。しかし、特許文献1には、異方性磁界の制御について具体的な記載があるのみで、磁歪の制御について具体的な記載はない。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、異方性磁界と磁歪を調整した感磁ワイヤ等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、零磁歪となる基準組成よりもFeを多く含むCo基合金からなるワイヤを用いることにより、異方性磁界と磁歪を所望範囲とした感磁ワイヤを得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0013】
《感磁ワイヤ》
(1)本発明は、Feを含むCo基合金からなり、該Co基合金は、全体が非晶質で零磁歪となる基準組成よりもFeを多く含むと共に非晶質相中に結晶粒が分散した複合組織からなる感磁ワイヤである。
【0014】
(2)本発明の感磁ワイヤによれば、異方性磁界(Hk)を大きくしつつ、磁歪を零付近にすることができる。異方性磁界の増大により、感磁ワイヤを用いた磁気センサの測定レンジの拡大が図られる。磁歪の制御により、その磁気センサの耐環境性能が確保される。
【0015】
ちなみに、磁気センサの環境性能の一例として、感度の温度依存性がある。具体的にいうと、磁気センサの周囲の温度が変化すると、樹脂等で固定されている感磁ワイヤに熱応力が作用し得る。感磁ワイヤの磁歪が大きい場合、その熱応力により感磁ワイヤの磁気特性が変化して、磁気センサの感度も変化し得る。逆にいえば、感磁ワイヤの磁歪が零付近の所定範囲内に収まっていれば、環境(温度等)が変動しても、磁気センサは所望の性能を安定的に発揮し得る。
【0016】
なお、本発明の感磁ワイヤは、残留内部応力のみならず、非晶質相中で微細な結晶相(結晶粒)が出現(析出)することで、異方性磁界を増大させている。こうして発現される異方性磁界は、高温環境下でも安定的である。従って本発明の感磁ワイヤを用いれば、磁気センサの測定レンジも環境変動(温度変化等)に対して安定的となる。
【0017】
《感磁ワイヤの製造方法》
(1)本発明は感磁ワイヤの製造方法としても把握できる。例えば、本発明は、上述したように、Feが基準組成よりも多いCo基合金からなる非晶質ワイヤを、結晶化開始温度以上かつ結晶化終了温度未満の特定温度で加熱する熱処理工程を備え、上述した感磁ワイヤが得られる製造方法でもよい。熱処理工程は、例えば、非晶質ワイヤに引張応力を印加しつつなされるテンションアニール工程によりなされる。
【0018】
(2)零磁歪となる合金組成よりもFeを多く含む非晶質ワイヤを、結晶化開始温度以上で所定時間加熱すると、Feを核とした微細な結晶粒(微結晶)が非晶質相中に析出した感磁ワイヤが得られる。
【0019】
微結晶は、スピンの磁化回転(特に円周方向の回転)をピン止めする。微結晶(結晶質相)は非晶質相よりも高密度であり、その密度差に起因した収縮方向の内部応力(圧縮応力)も、非晶質相内に生じさせる。こうして感磁ワイヤの異方性磁界が増大し得る。
【0020】
また、磁性材料の磁歪は、その構造(組成と組織)に敏感に反応して変化する。非晶質相内で、Feは磁歪を正側にし、Co(さらにはNi)は磁歪を負側にする。非晶質相内なら、Fe、CoおよびNi(磁性元素群)の組成割合により、磁歪の正負と磁歪の絶対値がほぼ定まる。
【0021】
非晶質相中からFeを核とした結晶粒が析出すると、非晶質相中のFe量(濃度)が低下する。これにより、軟磁性材である非晶質なCo基合金の磁歪(単に「感磁ワイヤの磁歪」という。)は、その正負と絶対値の大小は別にして、例えば、正側から負側へ向けて変化し得る。このため、Fe量と熱処理条件を調整すれば、感磁ワイヤの磁歪を零磁歪付近にすることも可能となる。
【0022】
このように感磁ワイヤの磁歪は、結晶粒の析出による異方性磁界の増加に応じて変化し得るが、その形態はFe量(Fe比)により異なる。具体的にいうと、異方性磁界が相対的に小さい範囲では、感磁ワイヤの磁歪は正側から負側へ向かう減少傾向となる。しかし、異方性磁界が相対的に大きい範囲では、感磁ワイヤの磁歪は略一定(飽和)になったり、負側から正側へ向かう増加傾向となったりする。このような傾向は、Fe量と熱処理条件に応じて、微結晶の析出と共に非晶質相の構造緩和の影響と考えられる。
【0023】
なお、非晶質ワイヤの結晶化開始と終了温度はFe比に応じて変化し得るため、特定温度はFe比に応じて調整されるとよい。
【0024】
《素子/センサ》
本発明は、上述した感磁ワイヤを用いた素子またはセンサとしても把握できる。例えば、感磁ワイヤとその周囲に巻回された検出コイルとを備えたマグネトインピーダンス素子(MI素子)、またはそのMI素子を備えたマグネトインピーダンスセンサ(MIセンサ)等として、本発明を把握してもよい。
【0025】
《その他》
(1)本発明の「感磁ワイヤ」は、非晶質相中に結晶粒が分散した複合組織からなる。その結晶粒には、Feを核としない結晶粒が含まれてもよい。Feを核とする結晶粒でも、Feの存在形態(化合物、固溶等)やFe濃度等は問わない。
【0026】
(2)磁歪(磁気ひずみ)は、磁場の印加により形状変化(歪)が生じる現象である。本明細書でいう零磁歪は飽和磁歪(磁歪定数/λs)の絶対値が10-6以下となる場合をいう。
【0027】
磁歪には、零磁歪を境界として、正磁歪(磁歪係数>0)と負磁歪(磁歪係数<0)がある。正磁歪は、磁性材(感磁体、ワイヤ)が磁場の印加により膨脹することを意味し、負磁歪は、磁性材が磁場の印加により収縮することを意味する。
【0028】
磁歪の一般的な測定は、磁場を印加したときの試料の寸法変化を、試料に直接取り付けた歪みゲージ等で測定してなされる。但し、極細な軟磁性ワイヤの磁歪を直接測定することは難しい。そこで磁歪の代替指標として、応力感受性を用いるとよい。応力感受性は、磁性材に印加した応力に対する磁気特性の変化割合である。具体的にいうと、応力感受性は、ワイヤの長手方向に印加した引張応力に対する異方性磁界(Hk)の変化率(傾き)として定義される。
【0029】
応力感受性と磁歪の関係を模式的に
図3に示した。
図3からわかるように、正磁歪(λs>0)のとき応力感受性は負となり、負磁歪(λs<0)のとき応力感受性は正となる。応力感受性が±10mOe/MPa以内にあるとき(その絶対値が10mOe/MPa以下であるとき)を、上述した零磁歪と考えればよい。
【0030】
(3)基準組成は、Co基合金が全体的に非晶質構造で、かつ零磁歪となるときの合金組成である。上述したように、磁歪の正負は磁性元素群(Fe、Co、Ni)の組成割合により決定され、特にFe比(=Fe/(Co+Fe+Ni))が5.9~6%のときに零磁歪となる。
【0031】
基準組成に対するFe量の増加分は、基準組成に対する他の元素量により調整される。例えば、磁性元素群(Co、Fe、Ni)内で調整するなら、基準組成に基づいて、Feの増加分は、Coおよび/またはNiの減少分として調整される。なお、本明細書でいう合金組成は、特に断らない限り、原子割合(at%)である。また本明細書では、Fe組成が基準組成よりも大きい場合、または結晶粒中のFe濃度が母相(非晶質相)中よりも大きい場合を、適宜、「Feリッチ」という。
【0032】
(4)本明細書中でいう「結晶粒」は、通常、非常に微細であり、少なくとも透過型電子顕微鏡(TEM)で観察可能な範囲の大きさである。その粒径(TEM像で観察される最大長)は、例えば、1~100nm、5~70nmさらには10~50nm程度である。
【0033】
なお、本明細書でいう「非晶質(相)」とは、少なくとも、TEMで結晶が観察され得ない程度の非晶質状態であれば足る。
【0034】
(5)本明細書でいう「結晶化開始温度」と「結晶化終了温度」は、それぞれ、非晶質ワイヤを示差走査熱量(DSC)測定したときに出現する最初の(発熱)ピーク温度(Tx1:1次結晶化温度)とそれに続く次の(発熱)ピーク温度(Tx2:2次結晶化温度)として求まる。結晶化開始温度は、通常、結晶粒が非晶質相中から出現(析出)し始めるときの温度である。結晶化終了温度は、通常、その非晶質相全体が結晶質化し、結晶粒の出現が停止するときの温度である。
【0035】
(6)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また特に断らない限り、本明細書でいう「x~ynm」はxnm~ynmを意味する。他の単位系(mOe/MPa等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1A】感磁ワイヤのFe比毎に、異方性磁界(Hk)と応力感受性の関係を示したグラフである。
【
図1B】Hk毎に、Fe比と応力感受性の関係を示したグラフである。
【
図1C】Fe比が8.2%である感磁ワイヤの断面を、高分解能透過電子顕微鏡(HR-TEM)で観察した明視野(BF)像である。
【
図1D】微結晶周辺を3次元アトムプローブで分析して得た磁性元素濃度の分布図である。
【
図2】感磁ワイヤの応力感受性と、その感磁ワイヤを用いたMIセンサの感度変化率との関係を示す表である。
【
図3】磁歪(λs)と応力感受性の関係を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の感磁ワイヤのみならず、その製造方法等にも適宜該当する。方法的な構成要素であっても物に関する構成要素となり得る。
【0038】
《Co基合金》
(1)Co基合金は、Coと合金元素(群)からなり、非晶質な軟磁性合金を構成し得る。先ず、主成分(残部)であるCoは、Co基合金全体に対して、例えば、50at%超、60at%以上、65at%以上さらには70at%以上含まれる。敢えていうと、Coは、Co基合金全体に対して、85at%以下、80at%以下さらには75at%以下でもよい。
【0039】
本明細書でいう合金組成は、特に断らない限り、原子割合(原子比率/化学量論比)で示す。合金組成には、Co基合金全体(100at%)に対する割合と、磁性元素群(Co+Fe+Ni)の合計量全体(100at%)に対する割合がある。特に断らない場合、Co基合金全体(100at%)に対する割合で示す。
【0040】
Feは、Co基合金の必須元素であるが、Niはその必須元素ではない。本明細書でいう「磁性元素群の合計量」は、CoとFeの合計量、またはCo、FeおよびNiの合計量である。本明細書では、Niの有無を問わず、適宜、磁性元素群の合計量を「Co+Fe+Ni」のように示す。
【0041】
磁性元素群の合計量は、Co基合金全体に対して、例えば、65~85at%、70~80at%さらには72~78at%である。
【0042】
Niを含有する場合、Niは磁性元素群の合計量全体(100at%)に対して、例えば、0.1~3.5at%、1~3at%さらには1.5~2.5at%含まれる。Co基合金全体(100at%)に対していうと、磁性元素群のCo基合金全体に対する比率にも依るが、例えば、Niは0.1~2.7at%、0.7~2.3at%さらには1.2~1.8at%含まれる。
【0043】
(2)Feは、磁性元素群の合計量全体(100at%)に対して、例えば、6.1~9.5at%、7~9at%、7.5~8.8at%さらには8~8.5at%含まれるとよい。本明細書では、磁性元素群の合計量全体に対するFe量の原子割合[Fe/(Co+Fe+Ni)]を特に「Fe比」といい、上記の原子割合を単なる百分率(%)で示す。ちなみに、Co基合金全体(100at%)に対していうと、磁性元素群のCo基合金全体に対する比率にも依るが、例えば、Feは4.5~7.2at%、5.2~6.8at%、5.6~6.6at%さらには6~6.4at%含まれるとよい。
【0044】
なおFeは、非晶質相から出現(析出)する結晶粒の生成核となる。Feは、結晶化開始温度を僅かに高温化し、特定温度域(結晶化開始温度~結晶化終了温度)を若干狭くする傾向がある。Feが過少では、微結晶の析出量が減少し、異方性磁界増加効果が十分に得られなくなる。Feが過多では、Co基合金全体が結晶化し易くなり保磁力の増加を招き、また感磁ワイヤの磁歪が正側で安定となる。
【0045】
(3)Co基合金は、Siおよび/またはBを含んでもよい。軽元素であるSiとBは、Co基合金の非晶質化と結晶粒の出現に関与し得る。それらが過多になると、処理温度に対して異方性磁界が急変し易くなる。
【0046】
それらの合計(Si+B)は、Co基合金全体に対して、例えば、15~33at%、20~28at%さらには22~26at%含まれる。SiとBは、一方のみが含まれてもよい。SiとBの両方が含まれる場合、SiとBの合計量(100at%)に対して、一方が30~70at%、40~60at%さらには45~55at%であるとよい。
【0047】
(4)Co基合金は、さらに、Mo、Nb、Zr、W、Cr、Ti、V等を含んでもよい。これらの元素はCo基合金の非晶質化に寄与し得る。これら元素の合計は、Co基合金全体に対して、例えば、0.5~4at%さらには1~3at%含まれる。Moだけなら、Co基合金全体に対して、例えば、0.1~2.3at%さらには0.8~1.8at%含まれるとよい。
【0048】
《複合組織》
全体が非晶質相からなるワイヤ(非晶質ワイヤ)に適切な熱処理(テンションアニール等)を施すと、非晶質相中に結晶粒が分散した複合組織からなる感磁ワイヤが得られる。結晶粒は微細であり、既述したようにTEMにより観察される。その視野内で観察される各結晶粒の粒径(最大長)の算術平均値(平均径)は、例えば、1~150nm、5~70nmさらには10~50nmである。なお、結晶粒の粗大化は、保磁力の増加(ヒステリシスの増大)等を招く。
【0049】
複合組織内における結晶粒の粒子数密度は、例えば、5.5~10(×10-6/nm3)さらには6~9(×10-6/nm3)となる。粒子数密度が過小では、十分な異方性磁界が得られない。過大な粒子数密度は、磁気センサの感度低下やヒステリシスの増大を招く。粒子数密度も、TEMに付属の解析ソフトで観察像を画像処理することにより求まる。
【0050】
《製造方法》
(1)非晶質ワイヤ
非晶質ワイヤは、種々の方法により製造され得る。代表的な非晶質ワイヤの製法として、改良テーラー法(参照:WO93/5904号公報/特表平8-503891号公報等)や回転液中紡糸法(参照:特開昭57-79052号公報等)がある。非晶質ワイヤは、熱処理工程前に、適宜、所望のワイヤ径まで伸線処理される。
【0051】
(2)熱処理工程
複合組織からなる感磁ワイヤは、例えば、非晶質ワイヤを熱処理して得られる。熱処理 温度(特定温度:T)は、所望する異方性磁界と磁歪に応じて、結晶化開始温度(Tx1)と結晶化終了温度(Tx2)の間(Tx1≦T<Tx2)で調整されるとよい。特定温度がTx1未満では、異方性磁界または磁歪の調整が難しくなる。特定温度がTx2超では、感磁ワイヤの保磁力の増大または磁気センサの感度の低下を招く。
【0052】
特定温度は、例えば、異方性磁界(Hk)が5Oeさらには10Oeとなる感磁ワイヤが得られる第1温度(T1)以上とされてもよい(Tx1≦T1≦T)。また、特定温度は、異方性磁界が60Oeさらには50Oeとなる感磁ワイヤが得られる第2温度(T2)以下とされてもよい(T≦T2<Tx2)。なお、非晶質ワイヤを炉内加熱するとき、特定温度(T)は炉内の雰囲気温度とする。
【0053】
処理時間は、非晶質ワイヤの成分組成やワイヤ径等にも依るが、例えば、0.5~15秒、1~10秒さらには2~5秒である。処理時間が過短では結晶粒の出現が不十分となり、過長では結晶粒が成長して粗大化し得る。熱処理は、大気雰囲気の他、不活性ガス雰囲気または真空雰囲気でなされてもよい。
【0054】
熱処理工程は、非晶質ワイヤに引張応力(外部応力)を印加せずに行うアニール工程でも、非晶質ワイヤに引張応力を印加しつつ行うテンションアニール工程でもよい。テンションアニール(TA)を行うと、複合組織に起因した内部応力に加えて、外部応力に起因した内部応力も相加的または相乗的に感磁ワイヤへ導入される。なお、非晶質ワイヤは破断しない限り、引張応力により弾性変形のみならず、塑性変形してもよい。
【0055】
《感磁ワイヤ》
感磁ワイヤは、例えば、上述したFe比と熱処理条件の調整により、磁気センサ等の仕様に応じた異方性磁界と磁歪(応力感受性)を発揮し得る。なお、磁歪は、実質的に零磁歪でもよいし、仕様に適した所定範囲内でもよい。
【0056】
異方性磁界は、例えば、5~70Oe、10~60Oeさらには20~50Oeである。また応力感受性は、例えば、-30~30mOe/MPa、-20~20mOe/MPa、-10~10mOe/MPa、-5~5mOe/MPaさらには-2~2mOe/MPaである。
【0057】
感磁ワイヤは、通常、断面が円形である。ワイヤ径(直径)は、例えば、1~150μm、3~80μmさらには5~30μmである。ワイヤ径が過小になると、磁気センサの感度が低下する。ワイヤ径が過大になると、非晶質化できる冷却速度の管理が厳格になる。
【0058】
《用途》
本発明の感磁ワイヤは、種々の磁気センサに利用され得る。例えば、応答性、感度、消費電力等に優れるMIセンサの感磁体として、特に磁場測定範囲が広いMIセンサの感磁体として、本発明の感磁ワイヤは好適である。
【実施例】
【0059】
Fe比が異なるCo基合金からなる非晶質ワイヤを熱処理(テンションアニール)して、複数の感磁ワイヤを製造した。それらについて、磁気特性(異方性磁界と応力感受性)の測定と組織観察を行った。また、その感磁ワイヤを搭載したMIセンサ(磁気センサ)の耐環境性能を評価した。このような具体例を挙げつつ、以下に本発明をさらに詳しく説明する。
【0060】
[第1実施例]
《試料の製作》
(1)非晶質ワイヤ
原料をアーク溶解して、Fe比の異なるCo基合金からなるアモルファスワイヤ(線径:約125μm)を、回転液中紡糸法により製造した。このアモルファスワイヤを伸線および洗浄して、線径18μmの非晶質ワイヤを得た。なお、伸線には、サイカワ社製HSS-21型伸線機を使用した。洗浄はエタノールで行った。
【0061】
Co基合金の合金組成は、次の一基準組成例またはその基準組成例に対してFeとCoの含有量だけが異なる組成とした。いずれのCo基合金も、その全体に対して、Ni、Si、BおよびMoの各含有量と、磁性元素群(Co+Fe+Ni)の合計量(75.2at%)とは一定にした。
基準組成:(Co0.922Fe0.059Ni0.019)75.2(Si0.51B0.49)23.5Mo1.3
⇔ Co69.3Fe4.5Ni1.4Si12B11.5Mo1.3 (at%)
【0062】
Fe含有量は、磁性元素群(Co+Fe+Ni)の合計量全体(100at%)に対して5.9~9.2at%の範囲で変化させた。ちなみに、Co基合金全体に対していうなら、Fe含有量は4.4~6.9at%となる。こうして、Fe比が5.9~9.2%の範囲で異なるCo基合金からなる非晶質ワイヤを複数用意した。上述した基準組成のCo基合金は、Fe比が5.9%である。ちなみに、X線回折法により確認したところ、各ワイヤは、組織全体が非晶質(相)であった。
【0063】
(2)熱処理工程
張力を付与しつつ巻き取り、途中に配設した加熱炉を通過させることにより、各ワイヤに連続的な熱処理(テンションアニール)を施した。このときの処理条件は次の通りとした。
【0064】
印加した引張応力σ=150MPa、加熱炉内の通過時間(炉内時間):3秒、通過する加熱炉長:0.52m、処理雰囲気:大気中とした。通過させる加熱炉内の雰囲気温度(処理温度/特定温度)は、Fe比が異なる各ワイヤ毎に、500~580℃の範囲で種々変化させた。
【0065】
《測定》
(1)異方性磁界
合金組成(Fe比)と熱処理条件(処理温度)が異なる各ワイヤの異方性磁界(Hk)を、振動試料型磁力計(東栄科学産業製 PV‐M10‐5)で測定した。
【0066】
(2)応力感受性
各ワイヤについて、磁歪の指標となる応力感受性を測定した。具体的にいうと、ワイヤの長手方向に、歪みゲージ型ロードセルを備えた荷重可変型ダンサにより応力(0~300MPa)を印加しながら、同方向に磁場(0~50Oe)を印加したときに、ワイヤに生じるインダクタンス変化を、LCRメータで測定した。そのインダクタンスを異方性磁界に換算して、各ワイヤの応力感受性を求めた。
【0067】
こうして非晶質ワイヤを熱処理して得られたワイヤ(感磁ワイヤ)について、Fe比、異方性磁界および応力感受性の関係を
図1Aと
図1Bにまとめて示した。
【0068】
《観察》
(1)熱処理した各ワイヤの断面を高分解能透過電子顕微鏡(HR-TEM:日本電子製 JEM-2100F)により観察した。その一例として、Fe比:8.2%、異方性磁界:39Oe、応力感受性:9mOe/MPaであるワイヤのTEM像(BF像)を
図1Cに示した。TEM像中に観られる粒状の白黒の点が微結晶を示す。TEM像中の色(白黒)の相違は結晶方位の相違を示す。
【0069】
(2)基準組成(Fe比5.9%)からなる非晶質ワイヤについて別途行った示差走査熱量(DSC)の測定結果から、その結晶化開始温度(Tx1)は514℃、その結晶化終了温度(Tx2)は553℃と特定された。基準組成よりもFe比が大きい非晶質ワイヤは、Fe比に応じて、結晶化開始温度がわずかに高温化し、温度域(結晶化開始温度~結晶化終了温度)の範囲は若干狭くなる傾向がみられた。例えば、Fe比が9.2%のとき、結晶化開始温度(Tx1)は517℃、結晶化終了温度(Tx2)は548℃であった。
【0070】
《評価》
(1)異方性磁界と応力感受性(磁歪)
図1Aと
図1Bから明らかなように、Fe比と熱処理条件を調整することにより、感磁ワイヤの異方性磁界と応力感受性を幅広く調整できることがわかった。具体的にいうと、例えば、磁歪を零付近にしつつ、異方性磁界を5~60Oeさらには10~55Oeの範囲で調整できた。
【0071】
なお、
図1Aからも明らかなように、Fe比が基準組成(Fe比5.9%)よりも大きい非晶質ワイヤを熱処理した場合、異方性磁界が相対的に大きい範囲(例えば35Oe以上さらには40Oe以上)で、応力感受性(磁歪)が概ね零付近に収束する傾向があった。
【0072】
また、Fe比が所定範囲内(例えばFe比が7.5~8.5%)の非晶質ワイヤを熱処理した場合、異方性磁界が相対的に小さい範囲(例えば35Oe以下さらには25Oe以下)で、応力感受性(磁歪)が略零になるポイント(正磁歪から負磁歪になるポイント)があった。
【0073】
(2)複合組織
図1Cに示したように、熱処理後のワイヤを観察したTEM像から、非晶質相中に、微細な結晶粒が多数、略均一的に出現した複合組織が得られていることも確認された。結晶粒のサイズ(最大長)は、最大でも50nm程度であり、非常に微細であった。ちなみに、結晶粒中にFeが含まれていることは、
図1Dに示すように、3次元アトムプローブ(AMTEK社製 LEAP4000XSi)により確認された。
【0074】
[第2実施例]
(1)MIセンサ
上述した感磁ワイヤを搭載したMIセンサを製作した。感磁ワイヤには、Fe比と熱処理条件を調整して、応力感受性が0~100mOe/MPaである6種類を用意した(
図2参照)。
【0075】
各MIセンサの製作は、特許第4650591号公報または愛知製鋼株式会社製AMI306(市販品)の仕様書に記載された仕様に基づいて行った。
【0076】
(2)環境試験
各MIセンサを環境試験に供した。環境試験は、温度:80℃、湿度:85%である処理室内にMIセンサを入れて、100時間保持して行った。この高温高湿試験の前・後で、各MIセンサの感度を測定した。試験前後の感度差を、試験前の感度で除した感度変化率を、各MIセンサ(感磁ワイヤ)毎に求めた。感磁ワイヤの応力感受性とMIセンサの感度変化率との対応させた一覧表を
図2に示した。
【0077】
(3)評価
図2から明らかなように、応力感受性(磁歪)が小さい感磁ワイヤを用いることにより、環境変動下でも、MIセンサの感度変化率を抑制できることがわかった。具体的にいうと、例えば、感磁ワイヤの応力感受性が±30mOe/MPaの範囲内なら、MIセンサの感度低下は3%未満にできた。なお、環境試験として、上述した高温高湿試験に替えて、気相の温度サイクル試験、液相の熱衝撃試験等を行ってもよい。いずれの場合でも、同様な結果となり得る。
【0078】
以上のことから、本発明の感磁ワイヤによれば、所望する異方性磁界と磁歪(応力感受性)が実現される。また、この感磁ワイヤを用いれば、測定レンジの拡張と耐環境性能の向上を両立した磁気センサが得られる。