(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-30
(45)【発行日】2024-08-07
(54)【発明の名称】真空蒸着装置用の蒸着源及び真空蒸着方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/24 20060101AFI20240731BHJP
【FI】
C23C14/24 N
C23C14/24 A
C23C14/24 D
C23C14/24 E
(21)【出願番号】P 2024061189
(22)【出願日】2024-04-05
【審査請求日】2024-04-05
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】横山 礼寛
(72)【発明者】
【氏名】倉内 利春
【審査官】吉森 晃
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第113716552(CN,A)
【文献】特開2014-051712(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/24
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内に設置される坩堝と、当該坩堝を加熱する加熱手段とを備え、加熱された坩堝に銅からなる蒸着材料を連続的または間欠的に供給し、坩堝内で蒸着材料を溶解、蒸発させることで被蒸着物に対して銅膜を蒸着するための真空蒸着装置用の蒸着源において、
坩堝が、セラミックスまたはカーボンで構成されると共に、チタン、ジルコニウム及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素からなる添加金属材料を含み、坩堝内で蒸着材料を溶解させると、蒸着材料の溶湯中に添加金属材料が溶け込むように構成したことを特徴とする真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項2】
前記添加金属材料が、帯状、線状または粒状のものであり、前記蒸着材料が溶解したときにその溶湯に触れるように、被蒸着物への蒸着に先立って坩堝に設けられることを特徴とする請求項1記載の真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項3】
前記坩堝に、前記被蒸着物への蒸着に先立って、前記添加金属材料に接触させた状態で銅材が設けられることを特徴とする請求項2記載の真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項4】
前記添加金属材料がチタンであり、前記坩堝が窒化ホウ素とホウ化チタンを主成分とする原料を焼結して構成される蒸着ボートであることを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項5】
真空チャンバ内に設置される坩堝を加熱し、当該坩堝に銅からなる蒸着材料を連続的または間欠的に供給し、坩堝内で蒸着材料を溶解、蒸発させることで被蒸着物に対して銅膜を蒸着するための真空蒸着方法において、
坩堝としてセラミックスまたはカーボンで構成されるものを用い、被蒸着物への蒸着に先立って、当該坩堝内に、チタン、ジルコニウム及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素からなる添加金属材料を設ける工程を有し、蒸着材料が溶解したときにその溶湯に添加金属材料が溶け込むようにしたことを特徴とする真空蒸着方法。
【請求項6】
前記工程は、前記坩堝内に前記添加金属材料に接触させた状態で銅材を設けることを含むことを特徴とする請求項5記載の真空蒸着方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャンバ内に設置される坩堝と、当該坩堝を加熱する加熱手段とを備え、加熱された坩堝に銅からなる蒸着材料を連続または間欠的に供給し、坩堝内で蒸着材料を溶解、蒸発させることで被蒸着物に対して銅膜を蒸着するための真空蒸着装置用の蒸着源及び真空蒸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、銅(Cu)膜は、表示デバイスの電極または機能性薄膜、プリント配線板の配線や、光学特性や分子透過を制御する薄膜といった多種多様な用途に使用されている。Cu膜の成膜には、真空蒸着装置が利用され、真空蒸着装置の真空チャンバ内に設置される蒸着源としては、黒鉛性の坩堝とこの坩堝内に充填される蒸着材料を誘導加熱する加熱手段とを備えるものや、蒸着ボートとこの蒸着ボートに通電する電源とを備えるものが一般に用いられる(例えば、特許文献1,2参照)。そして、このように真空蒸着装置を用いて被蒸着物にCu膜を成膜する際には、Cu膜の品質だけでなく、成膜速度(生産性)の向上も強く求められる。
【0003】
成膜速度を向上させる(つまり、十分に速い成膜レートを得る)には、坩堝や蒸着ボートの表面にて蒸着材料が溶解して広範囲に濡れ拡がった溶湯を形成する必要がある。坩堝や蒸着ボートの表面に対する蒸着材料の濡れ性は、坩堝や蒸着ボートの表面と蒸着材料との反応性や、坩堝や蒸着ボートの表面の清浄性に依存することが知られている。ここで、蒸着ボートを用いてCu膜を蒸着する場合、通常は、カーボン製のボートや、窒化ホウ素と蒸着ボートに導電性を付与するホウ化チタンとを含む原料を主成分とし、更に2種類程度の材料を添加したものを焼結したセラミックス製のボートが利用される。然し、これらのボートを用いてCu膜を蒸着しようとすると、蒸着ボート表面に対するCuの濡れ性が悪く、広範囲に濡れ拡がった溶湯を形成することが難しいという問題があり、これでは、成膜速度を向上するには限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-23376号公報
【文献】特開2018-176565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上の点に鑑み、広範囲に濡れ拡がった溶湯が形成されて比較的速い成膜速度でCu膜を蒸着することができる真空処理装置用の蒸着源及び真空蒸着方法を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、真空チャンバ内に設置される坩堝と、当該坩堝を加熱する加熱手段とを備え、加熱された坩堝に銅からなる蒸着材料を連続的または間欠的に供給し、坩堝内で蒸着材料を溶解、蒸発させることで被蒸着物に対して銅膜を蒸着するための本発明の真空蒸着装置用の蒸着源は、坩堝が、セラミックスまたはカーボンで構成されると共に、チタン、ジルコニウム及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素からなる添加金属材料を含み、坩堝内で蒸着材料を溶解させると、蒸着材料の溶湯中に添加金属材料が溶け込むように構成したことを特徴とする。本発明における「添加金属材料を含み」とは、チタン、ジルコニウムやバナジウムといった金属元素がイオン結合または共有結合した状態で坩堝に存在しないこと(言い換えると、Cuの溶湯に溶け込む状態にあること)をいい、例えば添加金属材料の溶射により坩堝表面に金属元素が付着しているような状態も含む。
【0007】
本発明によれば、真空雰囲気の真空チャンバ内で坩堝に電流を流して所定温度に誘導加熱または抵抗加熱し、坩堝にその上方から銅(Cu)を連続的または間欠的に供給すると、坩堝内でCuが溶解し、この溶解したCuの溶湯中のものが蒸発してCu膜が蒸着(成膜)される。このとき、蒸着材料の溶湯中に溶け込む添加金属材料により濡れ性が促進され、添加金属材料を含むCu合金の溶湯として坩堝内で広範囲に濡れ拡がる。結果として、被蒸着物への成膜速度を飛躍的に向上させることができる。
【0008】
ここで、坩堝が、例えば、窒化ホウ素と蒸着ボートに導電性を付与するホウ化チタンとを含む原料を主成分としたものを焼結したセラミックス製のものである場合、坩堝に、蒸着材料のない状態で電力投入して高温(例えば、1500℃)に加熱すると、ホウ素などの坩堝含有の元素や、酸素などの坩堝製造時に不回避的に混入している不純物が気相として放出される場合がある。本発明では、Cu合金の溶湯中に含まれるチタン、ジルコニウムやバナジウムといった金属元素が不純物ガスのゲッタリング材として機能し、不純物ガスとの反応で生ずる反応生成物は、蒸着時の坩堝の加熱温度(例えば、1400℃~1700℃の範囲)にてCuより非常に蒸気圧が低い(例えば、1/10000以下)ことや、Cuより蒸気圧が高い化合物(例えば、酸化ホウ素)の生成が抑制されることが相俟って、突沸の発生も効果的に抑制することができる。その上、金属元素自体もCuと比較して上記加熱温度における蒸気圧が非常に低いため、蒸着されるCu膜中に金属元素や反応生成物が混入することはなく、突沸の発生が可及的に抑制されることと相俟ってCu膜の品質も高く保持することができる。
【0009】
本願発明者らの鋭意研究によれば、例えば、坩堝としてのカーボン製やセラミックス製の蒸着ボートに、上記金属元素を含む所定厚さで帯状の添加金属材料を敷設し、真空雰囲気の真空チャンバ内で蒸着ボートに通電して上記温度範囲に加熱しても、添加金属材料は殆ど溶解しない。一方、蒸着ボートに蒸着材料としてCuを供給して溶解させ、この溶解したCuの溶湯が添加金属材料に触れると、特段、真空チャンバ内の圧力や蒸着ボートの加熱温度を変更することなく(つまり、添加金属材料が溶解する温度まで加熱することなく)、添加金属材料が溶解して溶湯中に添加金属材料が溶け込むことを知見するのに至った。そこで、本発明では、添加金属材料が、帯状、線状または粒状のものであり、蒸着材料が溶解したときにその溶湯に触れるように、被蒸着物への蒸着に先立って坩堝に設けられる構成を採用することができる。これによれば、既存の坩堝を利用し、帯状、線状や粒状の添加金属材料を坩堝に予め設けておけば、蒸着時に広範囲に濡れ拡がった溶湯を形成することが簡単に実現でき、しかも、突沸の発生を可及的に抑制することができる。また、蒸着を繰り返すことで仮に金属元素が枯渇してくると、溶湯の濡れ拡がりが不十分となり球状になっていく虞があるが、このような場合には、坩堝に追加の添加金属材料を設けるだけで、常時、広範囲に濡れ拡がった溶湯を維持でき、有利である。
【0010】
ところで、蒸着開始当初には、溶解したCuの溶湯を速やかに添加金属材料に触れさせる必要があり、これには、例えば、蒸着ボートに大電流を流し、これにより発生するジュール熱で蒸着ボートを高温に加熱することになるが、これでは、蒸着ボートの耐久性を確保できない虞がある。本発明では、坩堝に、被蒸着物への蒸着に先立って、添加金属材料に接触させた状態で銅材(例えば、蒸着材料と同等の純度を有して帯状、線状の銅材または粒状に成形したもの)を設けることが好ましい。例えば、坩堝の加熱に伴って加熱されるように坩堝に銅材を予め敷設しておけば、蒸着材料の供給に先立って蒸着ボートに電流を流して加熱していくと、比較的融点の低いCuが先ず溶解し、この溶解したCu溶湯中に添加金属材料が溶け込むことにより蒸着ボート内で広範囲に濡れ拡がったCu合金の溶湯を形成することができる。これにより、蒸着開始当初に蒸着ボートに大電流を流すといったことを不要にでき、有利である。そして、Cu合金の溶湯が広範囲に濡れ拡がったことを確認した後に、蒸発材料の供給を開始すれば、十分に速い成膜レートで安定して蒸着することができる。なお、銅に所定の重量割合で添加金属材料を添加して帯状、線状または粒状に成形したものを予め製作し、これを設けるようにしてもよい。
【0011】
本発明においては、添加金属材料がチタンであり、坩堝が窒化ホウ素とホウ化チタンを主成分とする原料を焼結して構成される蒸着ボートであることが好ましい。ここで、Cuとチタン(Ti)との二元系状態図からすると、上記温度範囲では、Cuの溶湯に溶け込むTiの重量比が最大約60wt%である。そのため、蒸着中におけるCuの溶湯の体積を基準に、敷設すべき添加金属材料の重量を設定すればよい。一方で、突沸の発生を抑制する金属元素の枯渇を防止する目的でそれ以上の重量で添加金属材料を敷設しても、Cuの溶湯中でのスラグの発生が見られず、また、金属元素としてのチタンはそれ以外の金属元素と比較して上記温度範囲での蒸気圧は高いものの、成膜されたCu膜中に、Tiやこれとの反応生成物(酸化チタン等)が混入してその品質を低下させるといった不具合も見られないことが確認された。更に、添加する金属元素としてTiを選択すれば、Tiとの反応で生じる反応生成物は、主として蒸着ボートの含有成分であるホウ化チタンとなり、これがCuの濡れ拡がる蒸着ボートの面を覆うことで、Cuより蒸気圧が高い化合物(例えば、酸化ホウ素)の生成がより抑制され、突沸の発生をより一層抑制することができる。
【0012】
更に、上記課題を解決するために、真空チャンバ内に設置される坩堝を加熱し、当該坩堝に銅からなる蒸着材料を連続的または間欠的に供給し、坩堝内で蒸着材料を溶解、蒸発させることで被蒸着物に対して銅膜を蒸着するための本発明の真空蒸着方法は、坩堝としてセラミックスまたはカーボンで構成されるものを用い、被蒸着物への蒸着に先立って、当該坩堝内に、チタン、ジルコニウム及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素からなる添加金属材料を設ける工程を有し、蒸着材料が溶解したときにその溶湯に添加金属材料が溶け込むようにしたことを特徴とする。この場合、添加金属材料に接触させた状態で銅材を更に設けておくことが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態の蒸着源を備えるインライン式の真空蒸着装置の構成を説明する断面図。
【
図2】(a)は、
図1に示す蒸着源の拡大平面図、(b)は、その拡大断面図。
【
図3】(a)は、変形例の蒸着源の拡大平面図、(b)は、その拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、坩堝を蒸着ボート、加熱手段をこの蒸着ボートに通電してジュール熱で加熱する電源とし、また、被蒸着物を矩形のガラス基板(以下、「基板Sg」という)として真空雰囲気の真空チャンバ内で銅(Cu)からなるワイヤ状の蒸着材料Emを連続して供給しながら蒸発させて基板Sgの成膜面にCu膜を蒸着する場合を例に本発明の真空蒸着装置用の蒸着源BS及び真空蒸着方法の実施形態を説明する。以下において、上、下といった方向を示す用語は、蒸着源BSの設置姿勢である
図1を基準とする。
【0015】
図1を参照して、インライン式の真空蒸着装置Esは真空チャンバ1を備え、真空チャンバ1には、図示省略の排気管を介して真空ポンプが接続され、その内部を所定圧力(真空度)に真空排気して真空雰囲気を形成できる。この場合、蒸着時の真空チャンバ1内が、1×10
-2Pa~5×10
-4Paの圧力範囲に維持されるようにしている。真空チャンバ1の上方空間には基板搬送装置2が設けられている。基板搬送装置2は、成膜面としての下面を開放した状態で基板Sgを保持するキャリア21を有し、図外の駆動装置によってキャリア21、ひいては基板Sgを真空チャンバ1内の一方向に所定速度で搬送できる。基板搬送装置2としては、既知のものが利用できるため、これ以上の説明は省略する。そして、一方向に搬送される基板Sgに対向させて真空チャンバ1の下方空間には本実施形態の蒸着源BSが設けられている。
【0016】
図2も参照して、蒸着源BSは、セラミックス製の蒸着ボート3を備える。蒸着ボート3は、平坦な内底面を持つ凹部31aを有するボート本体31を備え、凹部31aの長手方向(
図1中、左右方向)両側に夫々延出するボート本体31の部分で電極取付板部31bが構成されるようにしている。蒸着ボート3としては、窒化ホウ素(BN)と導電性を付与するホウ化チタン(TiB
2)とを主成分とし、これらを所定の重量比で含有する原料を焼結したものが利用される。この場合、濡れ性を付与するために窒化アルミニウムや炭化タングステンなどの金属化合物を添加することもできる。焼結方法としては既知のものが利用できるため、これ以上の説明は省略する。
【0017】
真空チャンバ下壁1aの内面には、長手方向に間隔を存して絶縁材料で構成される2個の支持台4,4が設置されている。支持台4,4の上面には、導電性の良い銅などの金属で構成される左右一対の電極クランプ5,5が夫々設置され、ボート本体31の各電極取付板部31bをその長手方向両側から押し付けることによって蒸着ボート3を着脱自在に保持することができる。そして、蒸着ボート3の保持状態では、ボート本体31の底面が水平となる姿勢で蒸着ボート3が真空チャンバ下壁1aの内面から所定の高さ位置に設置される。
【0018】
真空チャンバ1内には、凹部31aに対してワイヤ状の蒸着材料Emを連続して供給するための材料供給手段6が設けられている。材料供給手段6は、真空チャンバ1内に配置される防着板11の蒸着源BSと背向する側に設置される筐体61を有する。筐体61内には、繰出ローラ62と、繰出ローラ62を回転駆動するモータ63と、上下一対のガイドローラ64,64とが格納されている。蒸着源BS側に位置する筐体61の側壁には突出管部61aが形成され、突出管部61aが防着板11に形成した透孔11aを挿通するようにして筐体61が真空チャンバ1内に設置される。突出管部61aの先端には、下方に向けて湾曲させた先端部分を持つ所定長さのガイド管65が取り付けられ、ワイヤ状の蒸着材料Emを凹部31aに向けて案内するようにしている。蒸着材料Emは、成膜しようとするCu膜の品質に応じた純度を有するCuをΦ1mm~5mmの外径に成形したものであり、繰出ローラ62に予め巻回される。そして、繰出ローラ62に巻回されたワイヤ状の蒸着材料Emの先端Em1を引き出して上下一対のガイドローラ64,64の間を通し、突出管部61a内の空間からガイド管65内を挿通させる。ガイド管65から突出する蒸着材料Emの先端部Em1を凹部31aの長手方向中央領域でその内底面にその上方から当接するようにしてワイヤ状の蒸着材料Emが準備される。
【0019】
本実施形態の真空蒸着法により真空雰囲気の真空チャンバ1内で基板Sgの下面にCu膜を蒸着する場合、真空チャンバ1外に設置される電源Psによって電極クランプ5,5を介して両電極取付板部31b,31bの間に通電する。これにより、ボート本体31がジュール熱で加熱される。このときの投入電力は、基板Sgの下面にCu膜を蒸着するときの成膜レートに応じて設定される。本実施形態では、高い成膜レートが安定して得られる1400℃~1700℃の温度範囲に蒸着ボート3が加熱できるように、9kW~14kWの範囲に設定される。なお、1400℃より低い温度では、ワイヤ状の蒸着材料Emを効率よく溶融させて高い成膜レートを安定して得ることができない一方で、1700℃を超えると、周辺温度が高くなり過ぎることでワイヤ状の蒸着材料Emが軟化してガイド管65内で詰まるなどして、円滑に連続して供給できない虞がある。そして、蒸着ボート3が所定温度に達すると、モータ63により繰出ローラ62を回転駆動してワイヤ状の蒸着材料Emを繰り出す。これにより、凹部31a内で蒸着材料Emが溶解し、この溶解したCuの溶湯中の蒸着材料Emが蒸発することで、一方向に移動する基板Sgの下面にCu膜が蒸着される。ワイヤ状の蒸着材料Emの供給速度は、成膜レートに応じて、例えば、7g/min~17g/minの範囲に設定される。このとき、蒸着ボート3の表面に対するCuの濡れ性が悪いので、十分に速い成膜レートを得るために、蒸着材料Emが溶解して比較的広範囲に濡れ拡がった溶湯を形成する必要がある。また、蒸着ボート3が上記温度範囲に加熱されると、蒸着ボート3含有のホウ素や蒸着ボート3の製造時に不回避的に含まれた酸素などの不純物が気相として放出されるため、蒸着中、不純物ガスの放出で突沸が発生しないようにしておく必要もある。
【0020】
本実施形態では、チタン、ジルコニウム及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素からなり且つ0.5mm~2mmの範囲の厚さで帯状に成形した添加金属材料7を準備する。そして、蒸着ボート3の加熱により蒸着材料Emが溶解したときにその溶湯に触れて蒸着材料Emの溶湯中に添加金属材料7が溶け込むように、蒸着に先立って、添加金属材料7を凹部31aの内底面に設けることとした(本実施形態の真空蒸着法にて、坩堝に添加金属材料7を設ける工程)。具体的には、蒸着材料Emの先端部Em1が接する凹部31a内底面部分の近傍に位置させて、その長手方向両側に2枚の添加金属材料7を敷設している(
図2参照)。この場合、Cuと各金属元素の二元系状態図から上記温度範囲にてCuの溶湯中に溶かし込み可能な各金属元素の重量比を得て、蒸着中における凹部31a内でのCuの溶湯の体積を基準に、敷設すべき帯状の添加金属材料7の重量を設定すればよい。但し、長時間に亘って基板Sgへの蒸着を繰り返したときに、金属元素の枯渇を防止する目的でそれ以上の重量で添加金属材料7を設けることもできる。
【0021】
以上によれば、真空雰囲気の真空チャンバ1内で蒸着ボート3を加熱し、蒸着ボート3の凹部31aにその上方から蒸着材料EmとしてのCuを連続的または間欠的に供給すると、凹部31a内でCuが溶解し、この溶解したCuの溶湯中のものが蒸発してCu膜が蒸着(成膜)される。このとき、蒸着材料Emの溶湯中に溶け込む添加金属材料7により濡れ性が促進され、添加金属材料7を含むCu合金の溶湯として蒸着ボート3の凹部31a内底面で広範囲に濡れ拡がる。これにより、成膜レートを飛躍的に向上させることができる。このとき、凹部31aの内底面に添加金属材料7を設ければ済むため、蒸着ボート3としても既存のものを利用することができる。そして、仮に金属元素が枯渇してくると、蒸着ボート3の凹部31aに追加の添加金属材料7を設けるだけで、常時、広範囲に濡れ拡がった溶湯を維持できる。また、加熱により蒸着ボート3含有のホウ素や不回避的に混入している酸素といった不純物が気相として溶湯中に放出されても、この不純物ガスとゲッタリング材として機能する金属元素とが反応する。不純物ガスとの反応で生ずる反応生成物は、上記温度範囲にて蒸着材料EmとしてのCuより非常に蒸気圧が低いことや、Cuより蒸気圧が高い化合物(例えば、酸化ホウ素)の生成が抑制されることが相俟って、突沸の発生が可及的に抑制することができる。その上、蒸着されるCu膜中に金属元素や反応生成物が混入することはなく、突沸の発生が可及的に抑制されることと相俟ってCu膜の品質も高く保持することができる。
【0022】
また、添加金属材料としてチタン(Ti)を選択し、Tiの枯渇を防止する目的でそれ以上の重量で添加金属材料7を敷設した場合でも、Cuの溶湯中でのスラグの発生は見られず、また、金属元素としてのチタンはそれ以外の金属元素と比較して上記温度範囲での蒸気圧は高いものの、成膜されたCu膜中に、Tiやこれとの反応生成物(酸化チタン等)が混入してその品質を低下させるといった不具合も見られないことが確認された。しかも、Tiとの反応で生じる反応生成物は、主として蒸着ボート3の含有成分であるホウ化チタンとなり、これがCu合金として濡れ拡がる凹部31aの内底面を覆うことで、Cuより蒸気圧が高い化合物(例えば、酸化ホウ素)の生成がより抑制され、突沸の発生をより一層抑制することができる。
【0023】
以上の効果を確認するために、
図1に示す真空蒸着装置Esを用いて次の実験を行った。即ち、真空チャンバ1内で蒸着ボート3から所定距離離した直上位置に一辺が200mmの正方形のステンレス基板を取り付け、次の蒸着条件でCuを連続的に1時間蒸着し、成膜レートと突沸発生量とを確認する実験を行った。評価用蒸着ボート3として、主原料としてのBN、TiB
2と、添加材としてのAlNやWCを所定の重量比で混合して焼結したものを用いた(外形寸法:38mm×150mm×厚さ9mm)。
【0024】
蒸着条件としては、蒸着ボートに投入する電力を14kW(蒸着ボートの加熱温度が約1600℃)とし、また、Cu製の蒸着材料Emの外形を2mmとして20g/minの供給速度で繰出ローラ61から蒸着材料Emを繰り出すようにし、蒸着中の真空チャンバ1内の圧力は5×10ー3Paに維持されるようにした。そして、発明実験として、夫々重量が1.8gである帯状のチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びバナジウム(V)の3種類の添加金属材料7を夫々準備し、蒸着に先立って、各添加金属材料7を蒸着材料Emが溶解したときにその溶湯に触れるように蒸着ボート3の凹部31aに敷設することとした。比較実験として、添加金属材料7を敷設することなく、上記同一の蒸着条件で蒸着をした。
【0025】
表1は、ステンレス基板に0.5mm以上で付着したときの最大成膜レートと突沸付着数との測定結果を示す。なお、突沸付着数は10倍の拡大鏡を用いて測定した。これによれば、比較実験では、1000個以上の突沸が付着することが確認された。それに対して、発明実験では、いずれの添加金属材料7でも突沸付着数を飛躍的に低減できることが確認された。また、加熱された蒸着ボート3の凹部31aに蒸着材料Emを供給したときの凹部31a内底面でのCuの濡れ性を目視で確認したところ、比較実験では、蒸着材料Emの先端部Em1が接する凹部31a内底面部分で球状になって濡れ拡がっていないのに対して、発明実験では、いずれの添加金属材料7でも凹部31a内底面略全面に亘って蒸着材料Emが濡れ拡がっていることが確認でき、比較実験と比べて約5倍の高い成膜レートが得られていることが確認できた。更に、XRFによりCu膜中におけるTi及びZrの各金属元素の混入を確認したところ、いずれの元素とも検出限界以下であることが確認された。
【表1】
【0026】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記実施形態では、蒸着ボート3内で蒸着材料Emを溶解させると、溶湯中にチタン、ジルコニウム、及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素が含まれるように、基板Sgへの蒸着に先立って蒸着ボート3の凹部31aに帯状に成形した添加金属材料7を敷設するものを例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、蒸着材料Emの先端部Em1が接する凹部31a内底面部分を含む所定範囲に金属元素からなる添加金属材料7を予め溶射するようにしてもよく、また、添加金属材料7は、所定の線径や粒径に成形した線状または粒状のものであってもよい。また、上記実施形態では、蒸着材料Emをワイヤ状とし、これを蒸着ボート3に供給するものを例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、蒸着材料Emを粒状とし、これを定期的(完結的)に坩堝に投入するようなものにも本発明は広く適用することができる。更に、上記実施形態では、坩堝をセラミックス製の蒸着ボートとしたものを例に説明したが、これに限定されるものではなく、誘導加熱により加熱される黒鉛性の坩堝(特に、その内面にPBNがコーティングされているもの)にも、本発明は適用することができる。
【0027】
次に、上記実施形態と同様の部材、部位には上記と同一の符号を付している
図3(a)及び(b)を参照して、変形例の真空蒸着装置用の蒸着源BSについて説明する。このものでは、蒸着ボート3の凹部31aに、蒸着に先立って、添加金属材料7に接触させた状態で銅材8が敷設されている。銅材8としては、蒸着材料Emと同等の純度を有して帯状、線状の銅材または粒状に成形したものが利用される。具体的には、蒸着材料Emと同等の純度を持つ銅を1mm~3mmの範囲の厚さで帯状に成形した銅材8と、上述したようにチタン、ジルコニウム及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素からなり且つ0.5mm~2mmの範囲の厚さで帯状に成形した添加金属材料7とを準備し、蒸着材料Emの先端部Em1が接する凹部31a内底面部分の周囲に位置させて、銅材8と添加金属材料7とが順次積層されるように敷設している。このときの銅材8に対する添加金属材料7の重量割合は、上記実施形態と同様に、蒸着中における凹部31a内でのCuの溶湯の体積を基準に設定され、例えば、1/5に設定される。
【0028】
蒸着時には、蒸着材料Emの蒸着ボート3への供給に先立って、蒸着ボート3に電流を流して加熱していくと、比較的融点の低い銅材8が先ず溶解し、この溶解したCu溶湯中に添加金属材料7が溶け込むことにより蒸着ボート3内の凹部31a内底面で広範囲に濡れ拡がったCu合金の溶湯が形成される。これにより、溶解したCuの溶湯を速やかに添加金属材料7に触れさせるために、蒸着開始当初に蒸着ボート3に大電流を流すといったことを不要にできる。そして、Cu合金の溶湯が広範囲に濡れ拡がったことを確認した後に、蒸発材料Emの供給を開始すれば、十分に速い成膜レートで安定して蒸着することができる。なお、銅に所定の重量割合で添加金属材料を添加して帯状、線状または粒状に成形したものを予め製作し、これを敷設するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0029】
BS…真空蒸着装置用の蒸着源、Em…蒸着材料(ワイヤ状の銅)、Es…真空蒸着装置、Sg…基板(被蒸着物)、1…真空チャンバ、3…蒸着ボート(坩堝)、7…添加金属材料、8…銅材。
【要約】
【課題】広範囲に濡れ拡がった溶湯が形成されて比較的速い成膜速度でCu膜を蒸着することができる真空処理装置用の蒸着源を提供する。
【解決手段】真空チャンバ1内に設置される蒸着ボート3と、蒸着ボートに通電する電源Psとを備える。加熱された蒸着ボートに銅からなる蒸着材料Emを連続的または間欠的に供給して蒸着材料を溶解、蒸発させることで被蒸着物に対して銅膜を蒸着する。蒸着ボートが、セラミックスまたはカーボンで構成されると共に、チタン、ジルコニウム及びバナジウムの少なくとも一種の金属元素からなる添加金属材料7を含み、蒸着ボートで蒸着材料を溶解させると、蒸着材料の溶湯中に添加金属材料が溶け込むように構成した
【選択図】
図2