(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】溶液を用いた薬物送達系
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20240801BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20240801BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240801BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20240801BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N15/09 110
A61K48/00
A61P21/00
(21)【出願番号】P 2020557853
(86)(22)【出願日】2019-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2019046777
(87)【国際公開番号】W WO2020111229
(87)【国際公開日】2020-06-04
【審査請求日】2022-11-14
(31)【優先権主張番号】P 2018224965
(32)【優先日】2018-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002934
【氏名又は名称】武田薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】堀田 秋津
(72)【発明者】
【氏名】石原 直子
(72)【発明者】
【氏名】西垣 竜一
(72)【発明者】
【氏名】瀬藤 正記
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-535999(JP,A)
【文献】特開2015-097508(JP,A)
【文献】特開平09-020661(JP,A)
【文献】特表2010-513354(JP,A)
【文献】国際公開第2017/093326(WO,A1)
【文献】化学と生物,2008年,Vol.46, No.6,pp.400-404
【文献】Cell,2015年,Vol.161,pp.674-690
【文献】Acta Biochimica et Biophysica Sinica,2006年,Vol.38, No.11,pp.780-787
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体外または培養環境下で、あるいはヒト以外の哺乳動物の生体内で、哺乳動物由来の細胞と、関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる工程を含む、該細胞に該関心対象分子を形質導入するための方法であって、
前記形質導入用溶液は、下記(A1)と、(B)塩とを含む、前記方法:
(A1)生体のタンパク質の構成ユニットとなるL-アミノ酸20種およびS-メチル-L-メチオニンを除く、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩:
【化1】
[式中、nは、0または1であり、
R
1およびR
2はそれぞれ独立して、水素原子またはCOR
3を示し、
R
0は、置換基を有していてもよいC
1-6アルキル基を有していてもよい、アルギニン、ヒスチジン
もしくはアスパラギン
酸を構成する側鎖を示し、
R
3は、置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC
1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR
4R
5を示し、
R
4およびR
5はそれぞれ独立して、水素原子またはC
1-4アルキル基を示す。]
。
【請求項2】
(A1)が、アルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(A1)が、1-メチル-L-ヒスチジン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記塩(B)が、塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記関心対象分子が、タンパク質および/または核酸を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記関心対象分子が、Casタンパク質および/またはgRNAを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞が、筋細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
生体外または培養環境下で、あるいはヒト以外の哺乳動物の生体内で、哺乳動物由来の細胞と、関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる工程を含む、該関心対象分子が形質導入された細胞の製造方法であって、
前記形質導入用溶液は、下記(A1)と、(B)塩とを含む、前記製造方法:
(A1)生体のタンパク質の構成ユニットとなるL-アミノ酸20種およびS-メチル-L-メチオニンを除く、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩:
【化2】
[式中、nは、0または1であり、
R
1およびR
2はそれぞれ独立して、水素原子またはCOR
3を示し、
R
0は、置換基を有していてもよいC
1-6アルキル基を有していてもよい、アルギニン、ヒスチジン
もしくはアスパラギン
酸を構成する側鎖を示し、
R
3は、置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC
1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR
4R
5を示し、
R
4およびR
5はそれぞれ独立して、水素原子またはC
1-4アルキル基を示す。]
。
【請求項9】
(A1)が、アルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
(A1)が、1-メチル-L-ヒスチジン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩である、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
前記塩(B)が、塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項8に記載の方法。
【請求項12】
前記関心対象分子が、タンパク質および/または核酸を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項13】
前記関心対象分子が、Casタンパク質および/またはgRNAを含む、請求項8に記載の方法。
【請求項14】
前記細胞が、筋細胞である、請求項8に記載の方法。
【請求項15】
下記(A1)と、(B)塩とを含む、形質導入用溶液:
(A1)生体のタンパク質の構成ユニットとなるL-アミノ酸20種およびS-メチル-L-メチオニンを除く、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩:
【化3】
[式中、nは、0または1であり、
R
1およびR
2はそれぞれ独立して、水素原子またはCOR
3を示し、
R
0は、置換基を有していてもよいC
1-6アルキル基を有していてもよい、アルギニン、ヒスチジン
もしくはアスパラギン
酸を構成する側鎖を示し、
R
3は、置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC
1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR
4R
5を示し、
R
4およびR
5はそれぞれ独立して、水素原子またはC
1-4アルキル基を示す。]
。
【請求項16】
(A1)が、アルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩である、請求項15に記載の形質導入用溶液。
【請求項17】
(A1)が、1-メチル-L-ヒスチジン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩である、請求項15に記載の形質導入用溶液。
【請求項18】
前記塩(B)が、塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項15に記載の形質導入用溶液。
【請求項19】
請求項15に記載の形質導入用溶液と、Casタンパク質および/またはgRNAとを含む、遺伝子疾患の予防・治療用の医薬組成物。
【請求項20】
前記遺伝子疾患がジストロフィン異常症である、請求項19に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に関心対象分子(核酸、タンパク質等)を送達して形質導入するための溶液に関する。さらに本発明は、そのような溶液を用いた、細胞に関心対象分子を形質導入する方法、および関心対象分子が形質導入された細胞の製造方法に関する。
【0002】
[発明の背景]
核酸、タンパク質、またはこれらの複合体等を細胞内へ効率的にトランスフェクションするために、様々な細胞内デリバリーシステムが本領域において研究されている。
【0003】
特許文献1には、(i)形質導入化合物、(ii)塩、またはナトリウム-水素輸送体の活性化因子/増強因子、および好ましくは(iii)浸透圧保護剤を含む、形質導入バッファーが記載されている。形質導入化合物としては、ベタイン(例:非界面活性剤スルホベタイン)、GABA(γ-アミノ酪酸)等が記載されている。また、実施例として、gRNAおよびCas9タンパク質をKBM7細胞中に形質導入し、WDR85遺伝子の切断が認められたことが記載されている。
【0004】
非特許文献1には、特許文献1に記載されている特定の化合物(GABAおよびNon-detergent Sulfobetaine 201 (NDSB-201)等)を用いてsgRNA-Cas9 proteinを形質導入し、WDR85遺伝子の切断が認められたことが記載されている。
【0005】
特許文献2には、(i)形質導入化合物、(ii)一以上の塩(Na, Rb, Li, K or Cs)250 - 2500 mM、(iii)浸透圧誘導剤(浸透圧:500 - 5000 mOsmol/kg)および(iv)浸透圧保護剤を含む、形質導入バッファーが記載されている。また、実施例として、gRNAおよびCas9タンパク質をKBM7細胞中に形質導入し、標的遺伝子の切断が認められたことが記載されている。
【0006】
非特許文献2には、Cas9タンパク質のN末端にSV40 NLSを1-4個付加することにより、Cas9/gRNA複合体の形質導入による標的遺伝子の切断が、in vitro(神経前駆細胞)およびin vivo(マウス脳内へのインジェクション)において認められたことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2015/028969号
【文献】国際公開第2017/093326号
【非特許文献】
【0008】
【文献】D’Astolfo et al., Cell, 161, 674-690, Apr. 23, 2015
【文献】Brett T Staahl et al., Nature Biotechnology, 35, 431-434, 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、細胞への核酸、タンパク質またはこれらの複合体等の導入効率に優れた手段、特に形質導入用溶液を用いた方法を提供することにある。また、別の観点では、本発明の目的は、そのような手段を利用した形質導入された細胞の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、特定の化合物または分子等の溶液を用いることにより、高い効率で核酸、タンパク質またはこれらの複合体等を細胞内に導入することができ、上記課題を解決可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は少なくとも以下の発明に関する。
[1]
細胞と、関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる工程を含む、該細胞に該関心対象分子を形質導入するための方法であって、
前記形質導入用溶液は、下記(A1)~(A5)の少なくとも1つと、(B)塩とを含む、前記方法:
(A1)生体のタンパク質の構成ユニットとなるL-アミノ酸20種およびS-メチル-L-メチオニンを除く、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩:
【化1】
[式中、nは、0または1であり、
R
1およびR
2はそれぞれ独立して、水素原子またはCOR
3を示し、
R
0は、C
1-6アルキル基を除く、置換基を有していてもよいC
1-6アルキル基を有していてもよい生体のタンパク質の構成ユニットとなるアミノ酸を構成する側鎖を示し、
ただし、R
0が水素原子の場合、R
1はCOR
3を示し、R
2は水素原子を示し、
R
3は、置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC
1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR
4R
5を示し、
R
4およびR
5はそれぞれ独立して、水素原子またはC
1-4アルキル基を示す。]、
(A2)下記一般式(II)で表される化合物またはその塩:
【化2】
[式中、Xは酸素原子またはNR
11を示し、
R
11は、水素原子、置換基を有していてもよいC
1-4アルキル基またはCOR
12を示し、
R
12はC
1-6アルキル基を示し、
Yは水素原子またはOR
10を示し、
R
6、R
7、R
8およびR
10はそれぞれ独立して水素原子またはホスホン酸基を示し、
R
9は水素原子、水酸基またはリン酸基を示し、
R
10が水素原子のとき、OR
6、OR
7、OR
8、R
9のうち少なくとも1つはリン酸基である。]、
但し、一般式(II)で表される化合物には、水溶液中で一般式(II)と平衡関係にある鎖状構造を取っているものも含まれるものとする、
(A3)核酸塩基、ヌクレオシドまたはヌクレオチド、あるいはその塩、
(A4)リンゴ酸を除く、一般式(III)で表される化合物またはその塩:
Rx-CRyRzCOOH III
[式中、Rxは、C
1-6アルキル基、置換されていてもよい水酸基、オキソ基およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1種で置換されている直鎖状C
2-4アルキル基を示し、
RyおよびRzは、それぞれ独立して水素原子または水酸基を示す(但し、少なくとも1つは水酸基である)か一緒になってオキソ基を示す。]、
(A5)クレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、トリエンチン、D-セロビオース、1,3-ジメチルウレア、パントラクトンおよびトリメタジオンからなる群より選択される少なくとも1種またはその塩。
[2]
(A1)がアルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、パントテン酸、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A2)がミグリトール、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、α-D-グルコース1-リン酸、1-デオキシノジリマイシンより選択される化合物またはその塩であり;
(A3)がシトシン、シチジン、デオキシウリジン、デオキシシチジン、5’-イノシン酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A4)が6-ホスホ-D-グルコン酸、3-メチル-2-オキソブタン酸、2-ヒドロキシグルタル酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A5)がクレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、1,3-ジメチルウレア、D-セロビオース、1,3-ジメチルウレア、パントラクトン、トリメタジオンより選択される化合物またはその塩である、項1に記載の方法。
[3]
(A1)~(A5)の少なくとも1つが、1-メチル-L-ヒスチジン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸、デオキシシチジン、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、6-ホスホ-D-グルコン酸より選択される化合物またはその塩である、項1に記載の方法。
[4]
前記塩(B)が、塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムからなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の方法。
[5]
前記関心対象分子が、タンパク質および/または核酸を含む、項1に記載の方法。
[6]
前記関心対象分子が、Casタンパク質および/またはgRNAを含む、項1に記載の方法。
[7]
前記細胞が生体内に存在する、項1に記載の方法。
[8]
前記細胞が、筋細胞である、項1に記載の方法。
[9]
細胞と、関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる工程を含む、該関心対象分子が形質導入された細胞の製造方法であって、
前記形質導入用溶液は、下記(A1)~(A5)の少なくとも1つと、(B)塩とを含む、前記製造方法:
(A1)生体のタンパク質の構成ユニットとなるL-アミノ酸20種およびS-メチル-L-メチオニンを除く、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩:
【化3】
[式中、nは、0または1であり、
R
1およびR
2はそれぞれ独立して、水素原子またはCOR
3を示し、
R
0は、C
1-6アルキル基を除く、置換基を有していてもよいC
1-6アルキル基を有していてもよい生体のタンパク質の構成ユニットとなるアミノ酸を構成する側鎖を示し、
ただし、R
0が水素原子の場合、R
1はCOR
3を示し、R
2は水素原子を示し、
R
3は、置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC
1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR
4R
5を示し、
R
4およびR
5はそれぞれ独立して、水素原子またはC
1-4アルキル基を示す。]、
(A2)下記一般式(II)で表される化合物またはその塩:
【化4】
[式中、Xは酸素原子またはNR
11を示し、
R
11は、水素原子、置換基を有していてもよいC
1-4アルキル基またはCOR
12を示し、
R
12はC
1-6アルキル基を示し、
Yは水素原子またはOR
10を示し、
R
6、R
7、R
8およびR
10はそれぞれ独立して水素原子またはホスホン酸基を示し、
R
9は水素原子、水酸基またはリン酸基を示し、
R
10が水素原子のとき、OR
6、OR
7、OR
8、R
9のうち少なくとも1つがリン酸基である。]、
但し、一般式(II)で表される化合物には、水溶液中で一般式(II)と平衡関係にある鎖状構造を取っているものも含まれるものとする、
(A3)核酸塩基、ヌクレオシドまたはヌクレオチド、あるいはその塩、
(A4)リンゴ酸を除く、一般式(III)で表される化合物またはその塩:
Rx-CRyRzCOOH III
[式中、Rxは、C
1-6アルキル基、置換されていてもよい水酸基、オキソ基およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1種で置換されている直鎖状C
2-4アルキル基を示し、
RyおよびRzは、それぞれ独立して水素原子または水酸基を示す(但し、少なくとも1つは水酸基である)か一緒になってオキソ基を示す。]、
(A5)クレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、トリエンチン、D-セロビオース、1,3-ジメチルウレア、パントラクトンおよびトリメタジオンからなる群より選択される少なくとも1種またはその塩。
[10]
(A1)がアルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、パントテン酸、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A2)がミグリトール、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、α-D-グルコース1-リン酸、1-デオキシノジリマイシンより選択される化合物またはその塩であり;
(A3)がシトシン、シチジン、デオキシウリジン、デオキシシチジン、5’-イノシン酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A4)が6-ホスホ-D-グルコン酸、3-メチル-2-オキソブタン酸、2-ヒドロキシグルタル酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A5)がクレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、1,3-ジメチルウレア、D-セロビオース、1,3-ジメチルウレア、パントラクトン、トリメタジオンより選択される化合物またはその塩である、項9に記載の方法。
[11]
(A1)~(A5)の少なくとも1つが、1-メチル-L-ヒスチジン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸、デオキシシチジン、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、6-ホスホ-D-グルコン酸より選択される化合物またはその塩である、項9に記載の方法。
[12]
前記塩(B)が、塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種である、項9に記載の方法。
[13]
前記関心対象分子が、タンパク質および/または核酸を含む、項9に記載の方法。
[14]
前記関心対象分子が、Casタンパク質および/またはgRNAを含む、項9に記載の方法。
[15]
前記細胞が生体内に存在する、項9に記載の方法。
[16]
前記細胞が、筋細胞である、項9に記載の方法。
[17]
下記(A1)~(A5)の少なくとも1つと、(B)塩とを含む、形質導入用溶液:
(A1)生体のタンパク質の構成ユニットとなるL-アミノ酸20種およびS-メチル-L-メチオニンを除く、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩:
【化5】
[式中、nは、0または1であり、
R
1およびR
2はそれぞれ独立して、水素原子またはCOR
3を示し、
R
0は、C
1-6アルキル基を除く、置換基を有していてもよいC
1-6アルキル基を有していてもよい生体のタンパク質の構成ユニットとなるアミノ酸を構成する側鎖を示し、
ただし、R
0が水素原子の場合、R
1はCOR
3を示し、R
2は水素原子を示し、
R
3は、置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC
1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR
4R
5を示し、
R
4およびR
5はそれぞれ独立して、水素原子またはC
1-4アルキル基を示す。]、
(A2)下記一般式(II)で表される化合物またはその塩:
【化6】
[式中、Xは酸素原子またはNR
11を示し、
R
11は、水素原子、置換基を有していてもよいC
1-4アルキル基またはCOR
12を示し、
R
12はC
1-6アルキル基を示し、
Yは水素原子またはOR
10を示し、
R
6、R
7、R
8およびR
10はそれぞれ独立して水素原子またはホスホン酸基を示し、
R
9は水素原子、水酸基またはリン酸基を示し、
R
10が水素原子のとき、OR
6、OR
7、OR
8、R
9のうち少なくとも1つがリン酸基である。]、
但し、一般式(II)で表される化合物には、水溶液中で一般式(II)と平衡関係にある鎖状構造を取っているものも含まれるものとする、
(A3)核酸塩基、ヌクレオシドまたはヌクレオチド、あるいはその塩、
(A4)リンゴ酸を除く、一般式(III)で表される化合物またはその塩:
Rx-CRyRzCOOH III
[式中、Rxは、C
1-6アルキル基、置換されていてもよい水酸基、オキソ基およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1種で置換されている直鎖状C
2-4アルキル基を示し、
RyおよびRzは、それぞれ独立して水素原子または水酸基を示す(但し、少なくとも1つは水酸基である)か一緒になってオキソ基を示す。]、
(A5)クレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、トリエンチン、D-セロビオース、1,3-ジメチルウレア、パントラクトンおよびトリメタジオンからなる群より選択される少なくとも1種またはその塩。
[18]
(A1)がアルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、パントテン酸、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A2)がミグリトール、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、α-D-グルコース1-リン酸、1-デオキシノジリマイシンより選択される化合物またはその塩であり;
(A3)がシトシン、シチジン、デオキシウリジン、デオキシシチジン、5’-イノシン酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A4)が6-ホスホ-D-グルコン酸、3-メチル-2-オキソブタン酸、2-ヒドロキシグルタル酸より選択される化合物またはその塩であり;
(A5)がクレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、1,3-ジメチルウレア、D-セロビオース、1,3-ジメチルウレア、パントラクトン、トリメタジオンより選択される化合物またはその塩である、項17に記載の形質導入用溶液。
[19]
(A1)~(A5)の少なくとも1つが、1-メチル-L-ヒスチジン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸、デオキシシチジン、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、6-ホスホ-D-グルコン酸より選択される化合物またはその塩である、項17に記載の形質導入用溶液。
[20]
前記塩(B)が、塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種である、項17に記載の形質導入用溶液。
[21]
項17に記載の形質導入用溶液および関心対象分子を含む、医薬組成物。
[22]
前記関心対象分子が、タンパク質および/または核酸を含む、項21に記載の医薬組成物。
[23]
前記関心対象分子が、Casタンパク質および/またはgRNAを含む、項21に記載の医薬組成物。
【0012】
なお、本明細書において、「一般式(I)で表される化合物」、「一般式(II)で表される化合物」、「一般式(III)で表される化合物」を、それぞれ「化合物(I)」、「化合物(II)」、「化合物(III)」と記載することがある。前記(A1)~(A5)の項に記載された化合物およびその塩等を、それぞれ「(A1)の化合物」~「(A5)の化合物」と記載することがある。前記(A1)~(A5)の少なくとも1つと、(B)塩とを、「成分(A1)~(A5)および(B)」と記載することがある。
【発明の効果】
【0013】
本発明の形質導入方法により、核酸、タンパク質またはそれらの複合体等を高い効率で細胞内に導入することが可能となる。例えば、CRISPRシステムで用いられているgRNAおよびCas9タンパク質の複合体を本発明の形質導入方法により高い効率で細胞内に導入することにより、CRISPRシステムによる高いDNA切断活性が達成できる。このような本発明の形質導入方法を利用することにより、形質導入された細胞を効率的に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、EGFPレポーター細胞の樹立のレポーターカセットを示す。
【
図2】
図2は、EGFPレポーター細胞のEGFP、HOECHST及び可視光でスキャンを行った画像解析の結果を示す。
【
図3】
図3は、Cas9タンパク質の発現部分を示す。
【
図4-1】
図4(
図4-1および
図4-2)は、種々の濃度の(A1)~(A5)の化合物を用いた場合のEGFP陽性率およびHOECHST細胞数の測定結果を示す(実施例1参照)。
【
図5】
図5は、(A1)~(A5)の化合物について、それぞれ特定の濃度で用いた場合のEGFP陽性率およびHOECHST細胞数の測定結果を示す(実施例1参照)。
【
図6】
図6は、(A1)~(A5)の化合物について、それぞれ特定の濃度で用いた場合のEGFP陽性率およびHOECHST細胞数の測定結果を示す(実施例2参照)。
【
図7】
図7は、種々の濃度の(B)の塩を用いた場合のEGFP陽性率およびHOECHST細胞数の測定結果を示す(実施例3参照)。
【
図8】
図8は、(A1)~(A5)の化合物について、塩(B)としての塩化ナトリウムの濃度を変化させた場合の、EGFP陽性率の測定結果を示す(実施例4参照)。
【
図9】
図9は、(A3)の化合物である2’-デオキシシチジンと、種々の濃度の塩化ナトリウムと、mRosa26 gRNAおよびCas9タンパク質の複合体とを含む投与液(投与液1)をマウス右下肢腓腹筋に局所投与したときの、変異導入効率(indel (%))の測定結果を示す(実施例5参照)。
【
図10】
図10は、各種の(A1)~(A5)の化合物と、塩化ナトリウムと、mRosa26 gRNAおよびCas9タンパク質の複合体とを含む投与液(投与液2)をマウス右下肢腓腹筋に局所投与したときの、変異導入効率(indel (%))の測定結果を示す(実施例6参照)。
【
図11】
図11は、種々の濃度の6-ホスホ-D-グルコン酸またはN-カルバミル-L-アスパラギン酸と、塩化ナトリウムと、mRosa26 gRNAおよびCas9タンパク質の複合体とを含む投与液(投与液3)をマウス前脛骨筋に局所投与したときの、スキッピング効率(skipping efficiency (%))の測定結果を示す(実施例7参照)。
【
図12】
図12は、6-ホスホ-D-グルコン酸またはN-カルバミル-L-アスパラギン酸(あるいは対照としてのGABA)と、塩化ナトリウムとを含む形質導入用溶液を用いて、蛍光標識デキストランの細胞内取り込み評価を行ったときの、蛍光顕微鏡写真である(実施例8参照)。蛍光顕微鏡写真中の明部が細胞内に取り込まれた蛍光標識デキストランを表す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、「形質導入」(トランスフェクション)とは、任意の物質を細胞の内部に導入することを意味する。細胞の内部には、少なくとも、細胞質内及び核内が包含される。
【0016】
「培養(Culture)」又は「培養する」とは、組織外又は体外で、例えば、ディッシュ、シャーレ、フラスコ、あるいは培養槽(タンク)中で細胞を維持し、増殖させ、かつ/又は分化させることを意味する。
【0017】
「~を含む(comprise(s)又はcomprising)」とは、その語句に続く要素の包含を示すがこれに限定されないことを意味する。したがって、その語句に続く要素の包含は示唆するが、他の任意の要素の除外は示唆しない。
「~からなる(consist(s) of又はconsisting of)」とは、その語句に続くあらゆる要素を包含し、かつ、これに限定されることを意味する。したがって、「~からなる」という語句は、列挙された要素が要求されるか又は必須であり、他の要素は実質的に存在しないことを示す。「~から本質的になる」とは、その語句に続く任意の要素を包含し、かつ、その要素について本開示で特定された活性又は作用に影響しない他の要素に限定されることを意味する。したがって、「~から本質的になる」という語句は、列挙された要素が要求されるか又は必須であるが、他の要素は任意選択であり、それらが列挙された要素の活性又は作用に影響を及ぼすかどうかに応じて、存在させる場合もあり、存在させない場合もあることを示す。
【0018】
本明細書において、クラスタ化調節的散在型短パリンドローム反復配列(clustered regularly interspersed short palindromic repeats:CRISPR)/CRISPR-関連(CRISPR-associated:Cas)システムを「CRISPRシステム」と記載する。
【0019】
以下、本明細書中で用いられる各置換基の定義について詳述する。特記しない限り各置換基は以下の定義を有する。
【0020】
本明細書中、「C1-4アルキル基」としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチルが挙げられる。
【0021】
本明細書中、「C1-6アルキル基」としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、1-エチルプロピル、ヘキシル、イソヘキシル、1,1-ジメチルブチル、2,2-ジメチルブチル、3,3-ジメチルブチル、2-エチルブチルが挙げられる。
【0022】
本明細書中、「直鎖状C2-4アルキル基」としては、例えば、エチル、プロピル、ブチルが挙げられる。
【0023】
本明細書中、C1-6アルキル基またはC1-4アルキル基が有していてもよい「置換基」としては、例えば、C1-6アルキル基、水酸基、アミノ基、カルボキシル基が挙げられる。本明細書中で特別に規定されている場合を除き、C1-6アルキル基またはC1-4アルキル基は、置換可能な任意の部位に、1つの置換基、または互いに独立な複数の置換基を有することができる。
【0024】
以下、本発明の形質導入用溶液について説明する。
【0025】
本発明の形質導入用溶液は、下記(A1)~(A5)の少なくとも1つと、(B)塩とを含む。
【0026】
(A1)の化合物は、生体のタンパク質の構成ユニットとなるL-アミノ酸20種およびS-メチル-L-メチオニンを除く、下記一般式(I)で表される化合物またはその塩である。(A1)の化合物は、水和物であってもよい。(A1)の化合物は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
【0028】
式(I)中、
nは、0または1であり、
R1およびR2はそれぞれ独立して、水素原子またはCOR3を示し、
R0は、C1-6アルキル基を除く、置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を有していてもよい生体のタンパク質の構成ユニットとなるアミノ酸を構成する側鎖を示し、
ただし、R0が水素原子の場合、R1はCOR3を示し、R2は水素原子を示し、
R3は、置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR4R5を示し、
R4およびR5はそれぞれ独立して、水素原子またはC1-4アルキル基を示す。
なお、R0の定義に係る「生体のタンパク質の構成ユニットとなるアミノ酸を構成する側鎖」には、ピロリンの一部を構成する、R0が結合している炭素原子およびR1が結合している窒素原子と一体となって形成される環(ピロリジン環)は含まれない。
【0029】
式(I)におけるn、R1、R2、R3、R0、R4およびR5の各々の好ましい例は次の通りである。
nは、好ましくは0または1である。
R1は、好ましくは水素原子またはCOR3である。
R2は、好ましくは水素原子である。
R3は、好ましくは置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC1-6アルキル基(メチル基を除く)、またはNR4R5である。
R0は、好ましくは水素原子、または置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を有していてもよい、アルギニン、ヒスチジン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、リシン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、システインもしくはメチオニンを構成する側鎖である。
R4は、好ましくは水素原子またはC1-4アルキル基である。
R5は、好ましくは水素原子またはC1-4アルキル基である。
【0030】
化合物(I)の好適な具体例は次の通りである。下記の化合物は、塩および/または水和物であってもよい。
化合物(I-i):nが0または1であり、R1が水素原子またはCOR3であり、R2が水素原子であり、R3が置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC1-6アルキル基(メチル基を除く)であり、R0が水素原子、または置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を有していてもよい、アルギニン、ヒスチジン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、リシン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、システインもしくはメチオニンを構成する側鎖である化合物。
化合物(I-ii):nが0または1であり、R1がCOR3であり、R2が水素原子であり、R3が置換基(チオール基およびジスルフィド基を除く)を有していてもよいC1-6アルキル基(メチル基を除く)であり、R0が水素原子、または置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を有していてもよい、アルギニン、ヒスチジン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、リシン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、システインもしくはメチオニンを構成する側鎖である化合物。
化合物(I-iii):nが0または1であり、R1がCOR3であり、R2が水素原子であり、R3がNR4R5であり、R0が水素原子、または置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を有していてもよい、アルギニン、ヒスチジン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、リシン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、システインもしくはメチオニンを構成する側鎖であり、R4が水素原子であり、R5が水素原子である化合物。
【0031】
化合物(I)のより好適な具体例は次の通りである。下記の化合物は、塩および/または水和物であってもよい。
化合物(I-a):nが0であり、R1が水素原子であり、R2が水素原子であり、R0が置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を有していてもよいアルギニンを構成する側鎖である化合物、例えば、アルギニノコハク酸。
化合物(I-b):nが0であり、R1が水素原子であり、R2が水素原子であり、R0がC1-6アルキル基を有していてもよいヒスチジンを構成する側鎖である化合物、例えば、1-メチル-L-ヒスチジン。
化合物(I-c):nが1であり、R1がCOR3であり、R2が水素原子であり、R3がC1-6アルキル基または水酸基を有していてもよいプロピル基であり、R0が水素原子である化合物、例えば、パントテン酸。
化合物(I-d):nが0であり、R1がCOR3であり、R2が水素原子であり、R3がアミノ基を有していてもよいエチル基であり、R0がC1-6アルキル基を有していてもよいヒスチジンを構成する側鎖である化合物、例えば、L-カルノシン。
化合物(I-e):nが0であり、R1がCOR3であり、R2が水素原子であり、R3がNR4R5であり、R0がC1-6アルキル基を有していてもよいアスパラギン酸を構成する側鎖であり、R4が水素原子であり、R5が水素原子である化合物、例えば、N-カルバミル-L-アスパラギン酸(N-カルバモイル-L-アスパラギン酸と呼ばれることもある)。
【0032】
本発明の一側面において、(A1)は、アルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、パントテン酸、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であること、中でもアルギニノコハク酸、1-メチル-L-ヒスチジン、L-カルノシン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であることが、特に好ましい。
本発明の他の一側面において、(A1)は、1-メチル-L-ヒスチジン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸より選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であることが特に好ましい。
【0033】
(A2)の化合物は、下記一般式(II)で表される化合物またはその塩である。(A2)の化合物は、水和物であってもよい。(A2)の化合物は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0034】
【0035】
式(II)中、
Xは酸素原子またはNR11を示し、
R11は、水素原子、置換基を有していてもよいC1-4アルキル基またはCOR12を示し、
R12はC1-6アルキル基を示し、
Yは水素原子またはOR10を示し、
R6、R7、R8およびR10はそれぞれ独立して水素原子またはホスホン酸基(-P(=O)(OH)2)を示し、
R9は水素原子、水酸基またはリン酸基(-O-P(=O)(OH)2)を示し、
R10が水素原子のとき、OR6、OR7、OR8、R9のうち少なくとも1つがリン酸基である。
但し、一般式(II)で表される化合物には、水溶液中で一般式(II)と平衡関係にある鎖状構造を取っているものも含まれるものとする。
【0036】
式(II)におけるX,Y,R11、R6、R7、R8、R9およびR10の各々の好ましい例は次の通りである。
Xは、好ましくは酸素原子またはNR11である。
Yは、好ましくは水素原子またはOR10である。
R11は、好ましくは水素原子または置換基を有していてもよいC1-4アルキル基である。
R6は、好ましくは水素原子またはホスホン酸基である。
R7は、好ましくは水素原子またはホスホン酸基である。
R8は、好ましくは水素原子またはホスホン酸基である。
R9は、好ましくは水素原子、水酸基またはリン酸基である。
R10は、好ましくは水素原子またはホスホン酸基である。
【0037】
化合物(II)の好適な具体例は次の通りである。下記の化合物は、塩および/または水和物であってもよい。
化合物(II-i):XがNR11であり、Yが水素原子であり、R6が水素原子またはホスホン酸基であり、R7が水素原子またはホスホン酸基であり、R8が水素原子またはホスホン酸基であり、R9が水酸基またはリン酸基であり、R10が水素原子またはホスホン酸基であり、R11が水素原子または置換基を有していてもよいC1-4アルキル基である化合物。
化合物(II-ii):Xが酸素原子であり、YがOR10であり、R6が水素原子またはホスホン酸基であり、R7が水素原子またはホスホン酸基であり、R8が水素原子またはホスホン酸基であり、R9が水素原子、水酸基またはリン酸基であり、R10が水素原子またはホスホン酸基である化合物。
【0038】
化合物(II)のより好適な具体例は次の通りである。下記の化合物は、塩および/または水和物であってもよい。
化合物(II-a):XがNR11であり、Yが水素原子であり、R6が水素原子であり、R7が水素原子であり、R8が水素原子であり、R9が水酸基であり、R11が2-ヒドロキシエチル基である化合物、例えば、ミグリトール。
化合物(II-b):Xが酸素原子であり、YがOR10であり、R6がリン酸基であり、R7が水素原子であり、R8が水素原子であり、R9が水素原子であり、R10が水素原子である化合物、例えば、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸。
化合物(II-c):Xが酸素原子であり、YがOR10であり、R6が水素原子であり、R7が水素原子であり、R8が水素原子であり、R9が水酸基であり、R10がホスホン酸基である化合物、例えば、α-D-グルコース1-リン酸。
化合物(II-d):XがNR11であり、Yが水素原子であり、R6が水素原子であり、R7が水素原子であり、R8が水素原子であり、R9が水酸基であり、R11が水素原子である化合物、例えば、1-デオキシノジリマイシン。
【0039】
本発明の一側面において、(A2)は、ミグリトール、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、α-D-グルコース1-リン酸、1-デオキシノジリマイシンより選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であることが特に好ましい。
本発明の他の一側面において、(A2)は、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸またはその塩(水和物であってもよい。)であることが特に好ましい。
【0040】
(A3)の化合物は、核酸塩基、ヌクレオシドまたはヌクレオチド、あるいはその塩である。(A3)の化合物は、水和物であってもよい。(A3)の化合物は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0041】
なお、一実施形態において関心対象分子は「核酸」であってもよいが、その「核酸」がポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドであるのに対し、(A3)の化合物としての「ヌクレオチド」はモノヌクレオチドまたはジヌクレオチドである点で、両者は区別される。
【0042】
核酸塩基としては、アデニン、グアニン、シトシン、チミンおよびウラシル、ならびにこれらの修飾塩基等、例えばメチル化シトシン、ヒドロキシメチル化シトシン、メチル化グアニン、ヒポキサンチン(脱アミノ化したアデニン、6-ヒドロキシプリン)、シュードウラシル、ジヒドロウラシル、チオウラシル、メチルアミノセレノウラシル、タウリノメチルウラシル、リジシン、アグマチニルシトシン、アーキオシン、キューオシン、ワイオシン、その他のゲノムDNA、mRNA、tRNA、rRNAなどに含まれている修飾核酸塩基等が挙げられる。
【0043】
ヌクレオシドは、塩基にリボースまたはその他の糖が結合した化合物であり、リボヌクレオシド、デオキシリボヌクレオシド等が包含される。リボヌクレオシドとしては、アデノシン、グアノシン、シチジン、ウリジン、5-メチルウリジン、およびその他の前記修飾核酸塩基等にリボースが結合した化合物が挙げられる。デオキシリボヌクレオチドとしては、デオキシアデノシン、デオキシグアノシン、デオキシシチジン、チミジン、デオキシウリジン、およびその他の前記修飾核酸塩基等にデオキシリボースが結合した化合物が挙げられる。ヌクレオシドには、イノシン(ヒポキサンチンにリボースが結合した化合物)、リボフラビン(ビタミンB2、ジメチルイソアロキサジンに還元されて鎖状になったリボース(リビトール)が結合した化合物)なども包含される。
【0044】
ヌクレオチドは、リボヌクレオシド、デオキシリボヌクレオシド等の糖残基にリン酸基が結合した化合物である。ヌクレオチドとしては、アデノシン一リン酸(AMP)、アデノシン二リン酸(ADP)、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン一リン酸(GMP)、グアノシン二リン酸(GDP)、グアノシン三リン酸(GTP)、シチジン一リン酸(CMP)、シチジン二リン酸(CDP)、シチジン三リン酸(CTP)、ウリジン一リン酸(UMP)、ウリジン二リン酸(UDP)、ウリジン三リン酸(UTP)、その他のリボヌクレオシドにリン酸基が1つ以上結合した化合物;デオキシアデノシン一リン酸(dAMP)、デオキシアデノシン二リン酸(dADP)、デオキシアデノシン三リン酸(dATP)、デオキシグアノシン一リン酸(dGMP)、デオキシグアノシン二リン酸(dGDP)、デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)、デオキシシチジン一リン酸(dCMP)、デオキシシチジン二リン酸(dCDP)、デオキシシチジン三リン酸(dCTP)、チミジン一リン酸(dTMP)、チミジン二リン酸(dDMP)、チミジン三リン酸(dTMP)、デオキシウリジン一リン酸(dUMP)、デオキシウリジン二リン酸(dUDP)、デオキシウリジン三リン酸(dUTP)、その他のデオキシリボヌクレオシドにリン酸基が1つ以上結合した化合物が挙げられる。ヌクレオチドには、イノシン酸(イノシン一リン酸)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)なども包含される。また、サイクリックAMP(cAMP)、サイクリックGMP(cGMP)のように、ヌクレオシドに環状のリン酸基が結合した化合物も、ヌクレオチドに包含される。
【0045】
(A3)の化合物の好適な具体例は次の通りである。下記の化合物は、塩および/または水和物であってもよい。
核酸塩基:アデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシルおよびヒポキサンチン。
ヌクレオシド:アデノシン、グアノシン、シチジン、ウリジン、5-メチルウリジン、デオキシアデノシン、デオキシグアノシン、デオキシシチジン、チミジン、デオキシウリジン、イノシン。
ヌクレオチド:アデノシン一リン酸、グアノシン一リン酸、シチジン一リン酸、ウリジン一リン酸、デオキシアデノシン一リン酸、デオキシアデノシン二リン酸、デオキシグアノシン一リン酸、デオキシシチジン一リン酸、デオキシシチジン二リン酸、チミジン一リン酸、デオキシウリジン一リン酸、イノシン酸。
【0046】
(A3)の化合物のより好適な具体例は次の通りである。下記の化合物は、塩および/または水和物であってもよい。
核酸塩基:シトシン。
ヌクレオシド:シチジン、デオキシウリジン、デオキシシチジン。
ヌクレオチド:5’-イノシン酸。
【0047】
本発明の一側面において、(A3)は、シトシン、シチジン、デオキシウリジン、デオキシシチジン、5’-イノシン酸より選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であること、中でもシチジン、デオキシシチジン、5’-イノシン酸より選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であることが、特に好ましい。
本発明の他の一側面において、(A3)は、デオキシシチジンまたはその塩(水和物であってもよい。)であることが特に好ましい。
【0048】
(A4)の化合物は、リンゴ酸を除く、一般式(III)で表される化合物またはその塩である。(A4)の化合物は、水和物であってもよい。(A4)の化合物は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
Rx-CRyRzCOOH III
【0049】
式(III)中、
Rxは、C1-6アルキル基、置換されていてもよい水酸基、オキソ基およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1種で置換されている直鎖状C2-4アルキル基を示し、
RyおよびRzは、それぞれ独立して水素原子または水酸基を示す(但し、少なくとも1つは水酸基である)か一緒になってオキソ基を示す。
【0050】
Rxにおける置換されていてもよい水酸基としては、例えば、ホスホン酸基で置換されていてもよい水酸基が挙げられる。
【0051】
式(III)におけるRx、RyおよびRzの各々の好ましい例は次の通りである。
Rxは、好ましくはC1-6アルキル基、水酸基、リン酸基、オキソ基およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1種で置換されている直鎖状C2-4アルキル基である。
Ryは、好ましくは水酸基、あるいはRzとオキソ基を形成している。
Rzは、好ましくは水素原子、あるいはRyとオキソ基を形成している。
【0052】
化合物(III)の好適な具体例は次の通りである。
化合物(III-i):RxがC1-6アルキル基、水酸基、リン酸基、オキソ基およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1種で置換されている直鎖状C2-4アルキル基であり、Ryが水酸基であり、Rzが水素原子である化合物。
化合物(III-ii):RxがC1-6アルキル基、水酸基、オキソ基およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1種で置換されている直鎖状C2-4アルキル基であり、RyとRzがオキソ基を形成している化合物。
【0053】
化合物(III)のより好適な具体例は次の通りである。
化合物(III-a):Rxが水酸基およびリン酸基で置換されているブチル基であり、Ryが水酸基であり、Rzが水素原子である化合物、例えば、6-ホスホ-D-グルコン酸。
化合物(III-b):RxがC1-6アルキル基で置換されているエチル基であり、RyとRzがオキソ基を形成している化合物、例えば、3-メチル-2-オキソブタン酸。
化合物(III-c):Rxがカルボキシル基で置換されているエチル基であり、Ryが水酸基であり、Rzが水素原子である化合物、例えば、2-ヒドロキシグルタル酸。
【0054】
本発明の一側面において、(A4)は、6-ホスホ-D-グルコン酸、3-メチル-2-オキソブタン酸、2-ヒドロキシグルタル酸より選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であることが特に好ましい。
本発明の他の一側面において、(A4)は、6-ホスホ-D-グルコン酸またはその塩(水和物であってもよい。)であることが特に好ましい。
【0055】
(A5)の化合物は、クレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、トリエンチン、D-セロビオース、1,3-ジメチルウレア、パントラクトンおよびトリメタジオンからなる群より選択される少なくとも1種またはその塩である。(A5)の化合物は、水和物であってもよい。
【0056】
本発明の一側面において、(A5)は、クレアチニン、ヒドロキシプロリン、1,3-ブタンジオール、1,3-ジメチルウレア、パントラクトン、トリメタジオンより選択される化合物またはその塩(水和物であってもよい。)であることが特に好ましい。
【0057】
(A1)~(A5)の各定義に含まれる塩としては、薬理学的に許容される塩が好ましく、例えば、無機塩基との塩、有機塩基との塩、無機酸との塩、有機酸との塩、塩基性または酸性アミノ酸との塩が挙げられる。
【0058】
無機塩基との塩の好適な例としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アルミニウム塩、アンモニウム塩が挙げられる。好ましくは、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩であり、より好ましくは、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩である。
【0059】
有機塩基との塩の好適な例としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トロメタミン[トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミン]、tert-ブチルアミン、シクロヘキシルアミン、ベンジルアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N-ジベンジルエチレンジアミンとの塩が挙げられる。
【0060】
無機酸との塩の好適な例としては、フッ化水素酸、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸との塩が挙げられる。好ましくは、塩酸との塩、リン酸との塩である。
【0061】
有機酸との塩の好適な例としては、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、フタル酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸との塩が挙げられる。
【0062】
塩基性アミノ酸との塩の好適な例としては、アルギニン、リジン、オルニチンとの塩が挙げられる。
【0063】
酸性アミノ酸との塩の好適な例としては、アスパラギン酸、グルタミン酸との塩が挙げられる。
【0064】
(B)の塩は、(A1)~(A5)の各定義に含まれる塩とは別に、本発明の形質導入用溶液が含有する化合物である。本発明において、(A1)~(A5)に該当する塩は、(B)の塩からは除外される。
【0065】
(B)の塩としては、例えば、リチウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、ルビジウム塩、セシウム塩などのアルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩;炭酸塩、スルホン酸塩、硫酸塩などの無機酸塩;アスパラギン酸塩などの有機酸塩;硫化物;塩化物、臭化物、ヨウ化物、フッ化物などのハロゲン化物が挙げられる。(B)の塩のうち、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩、有機酸塩ならびに塩化物が好ましく、例えば、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、塩化カリウム、アスパラギン酸マグネシウムなどのように、アルカリ金属またはアルカリ土類金属(陽イオン)と有機酸またはハロゲン原子(陰イオン)とによって形成される塩がより好ましい。(B)の塩は、これらの2種類以上の組み合わせであることが好ましい。2種類以上の(B)の塩の組合せとしては特に限定されないが、塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムの3種類の組み合わせが好ましい。塩化ナトリウム、塩化マグネシウムおよび塩化カリウムの3種類の組み合わせを用いる場合、そのモル比としては、塩化ナトリウムが0.75~0.95、塩化マグネシウムが0.05~0.15、塩化カリウムが0.025~0.075が好ましい。
【0066】
本発明の形質導入用溶液に含まれる成分(A1)~(A5)および(B)として用いる化合物の種類(組み合わせ)およびその濃度は、細胞内への関心対象分子の導入効率等の観点から、例えば対象細胞の種類に応じて、適宜調節することができ、特に限定されるものではない。
【0067】
(A1)~(A5)の化合物の形質導入用溶液中の濃度は、通常0.1mM~1000mMであるが、形質導入物質により最適濃度が異なる。2’-デオキシシチジンの場合は12.5mM以上が好ましく、100mM~250mMがより好ましい。パントテン酸カルシウムの場合は160mMから250mMが好ましい。アルギニノコハク酸二ナトリウム水和物の場合は30mM以上が好ましく、100mM~250mMがより好ましい。3-メチル2-オキソブタン酸ナトリウムの場合は40mM以上が好ましく、100mM~200mMがより好ましい。1,3-ブチレングリコールの場合は0.6mM以上が好ましく0.6mM~3mMがより好ましい。1,3-ジメチルウレアの場合は30mM以上が好ましく、60mM~500mMがより好ましい。2’-デオキシウリジンの場合は10mM以上が好ましく、100mM以上がより好ましい。6-ホスホ-D-グルコン酸の場合は60mM以上が好ましく、100mM~500mMがより好ましい。クレアチニンの場合は5mM以上が好ましく、100mM~500mMがより好ましい。シトシンの場合は20mM以上が好ましく、25mM~250mMがより好ましい。D(+)-セロビオースの場合は3mM以上が好ましく、200mM~500mMがより好ましい。2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸の場合は30mM以上が好ましく、125mM~500mMがより好ましい。α-D-グルコース-1-リン酸は、60mM以上が好ましく、125mM~500mMがより好ましい。N-カルバミル-L-アスパラギン酸の場合は60mM以上が好ましく、125mM~500mMがより好ましい。L-カルノシンの場合は1mM以上が好ましく、60mM~500mMがより好ましい。ミグリトールの場合は1mM以上が好ましく、60mM~250mMがより好ましい。イノシン5’-リン酸二ナトリウム水和物の場合は100mM以上が好ましく250mM~500mMがより好ましい。2-ヒドロキシグルタル酸の場合は1mM以上が好ましく、60mM~500mMがより好ましい。1-メチル-L-ヒスチジンの場合は10mM以上が好ましく、100mM~250mMがより好ましい。シチジンの場合は100mM以上が好ましく、125mM~500mMがより好ましい。6-ホスホ-D-グルコン酸の場合は30mM以上が好ましく、100mM~250mMがより好ましい。
【0068】
(B)の塩の形質導入用溶液中の濃度において、1種類、または2種類以上組み合わせた場合の合計濃度は、通常200mM以上であり、好ましくは200~2000mMであり、より好ましくは300mM~900mMである。
【0069】
(A1)~(A5)の化合物および(B)の塩は、公知の方法によって製造(合成、単離、精製等)することが可能であり、また市販されている製品を用いることもできる。
【0070】
本発明の形質導入用溶液は、(A1)~(A5)の少なくとも1つの化合物と、(B)の塩とを、適切な溶媒に溶解させることによって調製することができる。
【0071】
成分(A1)~(A5)および(B)を溶解するための溶媒は、これらの成分を所定の量で溶解することのできるものであれば特に限定されないが、緩衝液(バッファー)が好適である。緩衝液としては、例えば、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)緩衝液、リン酸緩衝液などの酸性緩衝液;および4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)緩衝液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などの中性緩衝液が挙げられる。
【0072】
本発明の形質導入溶液の浸透圧は、特に限定されるものではないが、通常300mOsmol/kg以上だが、好ましくは300~2000mOsmol/kg、より好ましくは700~1700mOsmol/kgである。
【0073】
なお、本発明では、公知の形質導入(トランスフェクション)方法で用いられている、ウイルスプラスミド、ナノ粒子、リポソーム、カチオン性脂質、外膜小胞もしくは他の脂質小胞等(ミセルを含む)、細胞膜透過性ペプチドなどから選択される膜貫通担体を伴わなくても、本発明としての作用効果を奏することができ、関心対象分子を高い効率で細胞内に導入することができる。
【0074】
以下、本発明の形質導入方法について説明する。
【0075】
本発明の形質導入方法は、少なくとも、細胞と、関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる工程(本明細書において「接触工程」と称する)を含み、必要に応じてさらに、細胞内に関心対象分子を導入することに関するその他の工程を含んでいてもよい。また、本発明の形質導入方法は、細胞内に関心対象分子を導入するために本明細書に記載した所定の形質導入用溶液を用いるが、それ以外の技術的事項は基本的に、従来の溶液を用いて細胞内に関心対象分子を導入する方法に準じたものとすることが可能である。
【0076】
なお、本発明では、公知の形質導入(トランスフェクション)方法で用いられている、エレクトロポレーションなどの特殊な処理を行わなくても、本発明としての作用効果を奏することができ、関心対象分子を高い効率で細胞内に導入することができる。
【0077】
・関心対象分子
本発明において、形質導入用溶液を用いて細胞内に導入する関心対象分子は、細胞内で所期の目的を果たすことのできるものであればよく、特に限定されるものではない。関心対象分子としては、例えば、核酸、タンパク質、およびそれらの複合体、ならびに高分子化合物(例:デキストラン)が挙げられ、好ましい関心対象分子としては、例えば、核酸、タンパク質およびそれらの複合体が挙げられる。
【0078】
「核酸」とは、ヌクレオチドおよび該ヌクレオチドと同等の機能を有する分子が重合した分子であればいかなるものでもよく、例えば、リボヌクレオチドの重合体であるRNA、デオキシリボヌクレオチドの重合体であるDNA、リボヌクレオチドおよびデオキシリボヌクレオチドが混合した重合体、および、ヌクレオチド類似体を含むヌクレオチド重合体を挙げることができ、さらに、核酸誘導体を含むヌクレオチド重合体であってもよい。また、核酸は、一本鎖核酸または二本鎖核酸であってもよい。また二本鎖核酸には、一方の鎖に対し、他方の鎖がストリンジェントな条件でハイブリダイズする二本鎖核酸も含まれる。
【0079】
ヌクレオチド類似体としては、RNAまたはDNAと比較して、ヌクレアーゼ耐性の向上または、安定化させるため、相補鎖核酸とのアフィニティーを上げるため、あるいは細胞透過性を上げるため、あるいは可視化させるために、リボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチド、RNAまたはDNAに修飾を施した分子であればいかなる分子でもよい。ヌクレオチド類似体としては、天然に存在する分子でも非天然の分子でもよく、例えば、糖部修飾ヌクレオチド類似体やリン酸ジエステル結合修飾ヌクレオチド類似体等が挙げられる。
【0080】
糖部修飾ヌクレオチド類似体としては、ヌクレオチドの糖の化学構造の一部あるいは全てに対し、任意の化学構造物質を付加あるいは置換したものであればいかなるものでもよく、その具体例としては、2’-O-メチルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’-O-プロピルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’-メトキシエトキシリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’-O-メトキシエチルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’-O-[2-(グアニジウム)エチル]リボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’-フルオロリボースで置換されたヌクレオチド類似体、糖部をモルフォリノ環に置換した核酸類縁体(モルフォリノ核酸)、糖部に架橋構造を導入することにより2つの環状構造を有する架橋構造型人工核酸(Bridged Nucleic Acid)(BNA)、より具体的には、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子がメチレンを介して架橋したロックド人工核酸(Locked Nucleic Acid)(LNA)、およびエチレン架橋構造型人工核酸(Ethylene bridged nucleic acid)(ENA)[Nucleic Acid Research, 32, e175(2004)]、2’位の炭素原子と4’位の炭素原子がアミド結合を介して架橋したアミド架橋構造型人工核酸(Amido‐Bridged Nucleic Acids)(AmNA)が挙げられ、さらにペプチド核酸(PNA)[Acc. Chem. Res., 32, 624(1999)]、オキシペプチド核酸(OPNA)[J. Am.Chem. Soc., 123, 4653 (2001)]、およびペプチドリボ核酸(PRNA)[J.Am. Chem. Soc., 122, 6900 (2000)]等を挙げることができる。
【0081】
リン酸ジエステル結合修飾ヌクレオチド類似体としては、ヌクレオチドのリン酸ジエステル結合の化学構造の一部あるいは全てに対し、任意の化学物質を付加あるいは置換したものであればいかなるものでもよく、その具体例としては、ホスホロチオエート結合に置換されたヌクレオチド類似体、N3’-P5’ホスホアミデート結合に置換されたヌクレオチド類似体等を挙げることができる[細胞工学, 16, 1463-1473 (1997)][RNAi法とアンチセンス法、講談社(2005)]。
【0082】
核酸誘導体としては、核酸に比べ、ヌクレアーゼ耐性を向上させるため、安定化させるため、相補鎖核酸とのアフィニティーを上げるため、細胞透過性を上げるため、あるいは可視化させるために、該核酸に別の化学物質を付加した分子であればいかなる分子でもよく、その具体例としては、5’-ポリアミン付加誘導体、コレステロール付加誘導体、ステロイド付加誘導体、胆汁酸付加誘導体、ビタミン付加誘導体、Cy5付加誘導体、Cy3付加誘導体、6-FAM付加誘導体、およびビオチン付加誘導体等を挙げることができる。
【0083】
核酸の具体例としては、mRNA、siRNA、shRNA、miRNA、miRNA mimic、アンチセンス核酸、リボザイム、デコイ核酸、アプタマー、プラスミドDNA、Cosmid DNA、BAC DNAならびにCRISPRシステムにおけるガイドRNA(gRNA)が挙げられる。これらの核酸は、人工的な修飾が施された類似体もしくは誘導体であってもよい。
【0084】
タンパク質の具体例としては、酵素、転写因子、サイトカイン、組織成長因子、抗体、治療用タンパク質が挙げられる。酵素としては、例えば、制限酵素、エンドヌクレアーゼ、Creリコンビナーゼ、フリッパーゼなど、核酸(特に標的細胞内のゲノムDNA)を標的とし、その塩基配列を改変するための酵素が挙げられる。エンドヌクレアーゼとしては、例えば、TALエフェクターヌクレアーゼ(TALEN)、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、メガヌクレアーゼ(ホーミングヌクレアーゼ)、ガイド分子(RNA)誘導型エンドヌクレアーゼ(例:Cas9、Cas12a)、その他のゲノム編集システムで用いられるエンドヌクレアーゼが挙げられる。
【0085】
本発明における関心対象分子の好適な具体例としては、細胞中の標的遺伝子座における遺伝子改変を誘導するための、いわゆるゲノム編集用の物質、特にCRISPRシステムによって遺伝子改変を誘導するため物質が挙げられる。具体的には、本発明の好ましい一実施形態において、核酸は、CRISPRシステムにおけるガイドRNA(gRNA)であり、タンパク質は、CRISPRシステムにおけるRNA誘導型ヌクレアーゼである。本発明の好ましい一実施形態において、関心対象分子は、CRISPRシステムにおけるgRNAとCas9等のRNA誘導型ヌクレアーゼとの複合体である。
【0086】
CRISPRシステムに関する基本的な事項は周知であり、様々な応用的な事項も公知になっている。当業者であれば、目的に応じて、CRISPRシステムの核酸、タンパク質、その他の各要素について、適切なものを設計、選択、製造し、それらを用いてCRISPRシステムによる遺伝子改変を行うことが可能である。
【0087】
「ガイドRNA」は、crRNAおよびtracrRNAが連結された1本のRNAの形態、すなわちキメラRNA(シングルガイドRNA、sgRNAなどと呼ばれることもある)であってもよいし、連結されていないそれぞれ1本ずつのRNA(2本のRNAの組み合わせ、またはそれ以上の本数のRNAの組み合わせ)の形態であってもよい。また、ガイドRNAは、1つの塩基配列を標的とする形態(1本のsgRNA、または1組のcrRNA及びtracrRNA)であってもよいし、2つ以上の塩基配列を標的とする形態(2本以上のsgRNA、または2組以上のcrRNA及びtracrRNA)であってもよい。
【0088】
crRNAは、細胞内のゲノムまたは遺伝子座位において遺伝子改変のための標的とする塩基配列(本明細書中「標的配列」と称することがある)にハイブリダイズする、17~20塩基程度の核酸配列(本明細書中「標的認識配列」と称することがある)を含む。標的配列は、CRISPRシステムにより認識される短い配列(PAM(プロトスペーサー隣接モチーフ))と隣接する。PAMの配列および長さの条件は、使用されるヌクレアーゼの種類に応じて異なるが、PAMは、典型的には、標的配列に隣接する2~5塩基対配列である。
【0089】
標的配列は、上記のPAMの条件を満たす限り特に限定されるものではなく、目的に応じて適宜選択することができる。標的配列は、典型的には、遺伝子疾患に関与しており、遺伝子治療の対象となり得る遺伝子座に含まれる配列、あるいは、細菌やウイルスなどの病原体の感染に関与している遺伝子座に含まれる配列である。
【0090】
本発明の好ましい一実施形態において、標的配列は、ジストロフィン遺伝子が含まれる遺伝子座の塩基配列である。より具体的には、標的配列は、その塩基配列に対する改変(欠失または挿入)によりジストロフィン遺伝子のフレームシフト変異またはナンセンス変異を修復することによって、ジストロフィン異常症(例えば筋ジストロフィー(例:デュシェンヌ型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィー)、ジストロフィン遺伝子拡張型心筋症)を予防または治療することができる塩基配列である。あるいは、標的配列は、フレームシフト変異またはナンセンス変異の修復により修復型ジストロフィンタンパク質を産生することができる、ジストロフィン遺伝子上の塩基配列である。
【0091】
ジストロフィン異常症とは、ジストロフィン遺伝子変異が原因で、機能欠損型または機能異常型ジストロフィンタンパク質によって引き起こされる種々の疾患を指し、デュシェンヌ(Duchenne)型筋ジストロフィー、ベッカー(Becker)型筋ジストロフィー、ジストロフィン遺伝子関連拡張型心筋症などが含まれる。骨格筋障害が主な症状である場合が多いが、骨格筋症状が見られないケースも存在する。高CK血症、ミオグロビン尿症、拡張型心筋症、認知機能障害、などを伴う場合もある。
【0092】
筋ジストロフィーとは、「骨格筋の変性、壊死を主病変とし、臨床的には進行性の筋力低下をみる遺伝性の疾患」と定義されている。筋ジストロフィーとしては、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィー、エミリ・ドレフェス型筋ジストロフィー、肢帯型筋ジストロフィー、先天性筋ジストロフィー、三好型筋ジストロフィー、遠位型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、そして筋強直性ジストロフィーなどが知られている。
【0093】
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは小児の筋ジストロフィーの中でもっとも患者数の多い疾患であり、有病率は人口10万人当たり4~5名とされている。進行性の筋萎縮を主症状とし、X染色体上のジストロフィン遺伝子が変異により機能不全となることが原因である。デュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、半分以上の患者が単一、または複数のエクソンの欠損を持っている。ジストロフィン遺伝子変異によってタンパク質読み枠のずれが生じ、途中に終始コドンが現れ、ジストロフィンタンパク質が合成されなくなることで一連の症状が引き起こされる。
【0094】
ジストロフィン遺伝子は、X染色体上に存在する、220万塩基を超える巨大な遺伝子である。転写開始点の違いにより、様々なアイソフォームが存在し、全身で発現するDp71、末端神経細胞で発現するDp116、脳や腎臓で発現するDp140、網膜で発現するDp260、プルキンエ神経細胞で発現するDp417p、脳で発現するDp427b、そして骨格筋で発現するDp427mなどが知られている。この中でも、Dp427mアイソフォームから産生されるジストロフィンタンパク質は、主に筋細胞内に発現するタンパク質であり、N末端側に存在するアクチン結合ドメインで細胞骨格アクチンと結合し、C末端側に存在する高システインドメインによってジストログリカン複合体とも結合しアクチンと共に細胞骨格を構成している。Dp427mアイソフォームのジストロフィン遺伝子は79個のエクソンにより構成されている。
【0095】
デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者の場合、ジストロフィン遺伝子のいずれかのエクソンの欠損または重複変異を持つことにより、あるいはエクソン中の塩基の点変異(ナンセンス変異)または挿入欠損変異(フレームシフト変異)によって、機能性のジストロフィンタンパク質はほとんど発現していない(ウェスタンブロット法による検出で健常人の3%以下のタンパク質量)。一方で、デュシェンヌ型筋ジストロフィーよりも比較的軽症なベッカー型筋ジストロフィーの患者の場合、エクソンの欠失や塩基の点変異が存在してもストップコドンが途中に生じていない場合には、正常なジストロフィンタンパク質よりアミノ酸配列が短い、または一部のアミノ酸が置換されたジストロフィンタンパク質を発現している。
【0096】
ジストロフィン遺伝子の変異としては、デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーにおいて、単一または複数のエクソンの欠失が半分以上を占める。特に欠失が多く見られる部位として、エクソン44とエクソン55の間が知られている。ジストロフィン遺伝子の欠損エクソンの部位に応じて、例えば既報の論文等(例えば、van Deutekom JC, van Ommen GJ., Nat Rev Genet. 2003)を参照することによって、どのエクソンを対象としてエクソンスキッピングを行えば適切な修復型ジストロフィンを発現させることができるか確認することができる。また、ゲノム編集を用いた修復型ジストロフィンの発現方法としては、エクソンスキッピング以外でも、ジストロフィン遺伝子中に微小欠損または挿入を導入してリーディングフレームを調節する方法、または欠損しているエクソンを相同組換え等により挿入することによっても実施可能である。
【0097】
上記のようなジストロフィン遺伝子に異常が起きている場合、(i)1つまたは2つ以上のエクソンをmRNAに組み込まない(スキップする)ことにより、フレームシフトが起きないようにその前後のエクソン同士を連結させる、(ii)1つまたは2つ以上の塩基を挿入または欠失させることにより、フレームシフトを修正する、(iii)欠損したエクソンをノックインする、などのいずれかの操作によりその異常を修正することができる。上記(i)または(ii)の場合、正常なジストロフィンタンパク質よりもアミノ酸配列が短いもしくは長い、または一部のアミノ酸が置換されたジストロフィンタンパク質が産生される。また、上記(ii)または(iii)によって、正常なジストロフィンタンパク質を産生することもできる。このようなジストロフィン遺伝子の修正により、筋ジストロフィー等の疾患を予防または治療することが可能となる。
【0098】
ヒトのジストロフィン遺伝子のヌクレオチド配列は、例えば、National Center for Biotechnology Informationから、入手可能である(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/1756)。
【0099】
修復型ジストロフィンタンパク質とは、ゲノム編集の結果、発現が回復したジストロフィンタンパク質を指す。特に、フレームシフト変異またはナンセンス変異を持つジストロフィン遺伝子に対し、ゲノム編集を用いることにより発現が回復した、N末端のアクチン結合ドメインと、C末端の高システインドメインを保持したジストロフィンタンパク質を指す。エクソン重複によりフレームシフト変異が生じている場合、ゲノム編集により当該重複エクソンの片方をスキップした場合、健常型と100%相同性をもつ修復型ジストロフィンタンパク質の発現を回復させる場合もあり得る。修復型ジストロフィンタンパク質としては、特に、エクソン44を欠失したヒトジストロフィン遺伝子においてエクソン45がスキップされ、エクソン43とエクソン46とが連結したmRNAから翻訳されるヒトジストロフィンタンパク質を指す。この他にも、例えば、エクソン12-44、18-44、46-47、46-48、46-49、46-51、46-53、または46-55を欠失したヒトジストロフィン遺伝子において、それぞれ所定のエクソンをスキップすることにより産生されるヒトジストロフィンタンパク質も修復型ジストロフィンタンパク質に含まれるが、これらに限定されるものではない。修復型ジストロフィンタンパク質が産生されるようになったか否かは、例えば、細胞内における修復型ジストロフィンタンパク質をコードするmRNAをPCRにより検出することにより確認することができる。あるいは、ジストロフィンタンパク質を認識する抗体を用いてウェスタンブロット法を行い、ジストロフィンタンパク質の分子量から確認することもできる。
【0100】
また、別の本発明の好ましい一実施形態において、標的配列は、ミオスタチン遺伝子が含まれる遺伝子座の塩基配列である。より具体的には、標的配列は、その塩基配列に対する改変(欠失または挿入)によりミオスタチン遺伝子のフレームシフト変異またはナンセンス変異を誘導することによって、ミオスタチンタンパク質の機能を欠損または減弱することにより、筋肥大を誘導することができる塩基配列である。
【0101】
本発明の一実施形態において、ガイドRNAの少なくとも一部は、本明細書に記載したようなヌクレオチド類似体とすることが好ましい。ヌクレオチド類似体としては、糖部修飾ヌクレオチドおよびリン酸ジエステル結合修飾ヌクレオチドが好ましく、より具体的には2’-O-メチルリボースおよびリン酸ジエステル結合のホスホロチオエート結合への置換体が好ましい。ガイドRNAにおいて、少なくとも配列の3’および5’の両末端の一塩基ずつがヌクレオチド類似体であることが好ましく、少なくとも配列の3’および5’の両末端の二塩基ずつまたは三塩基ずつがヌクレオチド類似体であることがより好ましい。
【0102】
ガイドRNAがcrRNAおよびtracrRNAのキメラRNAである場合には、少なくともその配列の3’および5’の両末端一塩基ずつをヌクレオチド類似体とすることが好ましい。ガイドRNAが、crRNAおよびtracrRNAが連結されていないそれぞれ1本ずつのRNA(2本のRNAの組み合わせ)またはそれ以上の本数のRNAの形態である場合には、少なくともそれぞれのRNAの配列の3’および5’の両末端の一塩基ずつをヌクレオチド類似体とすることが好ましい(例えば、crRNAの3’および5’の両末端、および、tracrRNAの3’および5’の両末端をヌクレオチド類似体とすることが好ましい)。
【0103】
「RNA誘導型エンドヌクレアーゼ」は、少なくとも1つのヌクレアーゼドメインおよびgRNAと相互作用する少なくとも1つのドメインを含み、gRNAと複合体を形成することによって標的部位に誘導されるタンパク質である。
【0104】
RNA誘導型エンドヌクレアーゼは、CRISPRシステムに由来しうる。CRISPRシステムは、クラス1の中のタイプI、タイプIII、タイプIV、あるいはクラス2の中のタイプII、タイプV、およびタイプVIシステムとすることができる。適当なCRISPR/Casタンパク質の非限定的な例には、Cas3、Cas4、Cas5、Cas5e(又は、CasD)、Cas6、Cas6e、Cas6f、Cas7、Cas8a1、Cas8a2、Cas8b、Cas8c、Cas9、Cas10、Cas10d、Cas12a(又は、Cpf1)、Cas12b(又は、C2c1)、Cas12c、Cas13a1(又は、C2c2)、Cas13a2、Cas13b、CasF、CasG、CasH、Csy1、Csy2、Csy3、Cse1(又は、CasA)、Cse2(又は、CasB)、Cse3(又は、CasE)、Cse4(又は、CasC)、Csc1、Csc2、Csa5、Csn2、Csm2、Csm3、Csm4、Csm5、Csm6、Cmr1、Cmr3、Cmr4、Cmr5、Cmr6、Csb1、Csb2、Csb3,Csx17、Csx14、Csx10、Csx16、CsaX、Csx3、Csz1、Csx15、Csf1、Csf2、Csf3、Csf4及びCu1966が含まれる。
【0105】
一態様において、RNA誘導型エンドヌクレアーゼは、クラス2タイプIIのCRISPRシステム由来である。特定の態様において、RNA誘導型エンドヌクレアーゼは、Cas9タンパク質に由来する。Cas9タンパク質は、化膿性レンサ球菌(ストレプトコッカス・ピオゲネス)、ストレプトコッカス・サーモフィルス、ストレプトコッカス属、黄色ブドウ球菌、スタフィロコッカス属、ノカルジオプシス・ダッソンビエイ、ストレプトマイセス・プリスチナエスピラリス、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス(Streptomyces viridochromogenes)、ストレプトスポランギウム・ロセウム、アリサイクロバチルス・アシドカルダリウス、バチルス・シュードマイコイデス、バチルス・セレニティレドセンス、イグジォバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)、フランシセラ・ノビシダ(Francisella novicida)、ラクトバチラス・デルブリッキー、ラクトバチルス・サリヴァリゥス、ゲオバチルス・ステアロサーモフィルス、マイクロシーラ・マリナ、バークホルデリア細菌、ポラロモナス・ナフタレニボランス、ポラロモナス種、クロコスファエラ・ワストニイ(Crocosphaera watsonii)、シアノセイス属、ミクロシスティス・アエルギノーサ(Microcystis aeruginosa)、シネココッカス属、アセトハロビウム・アラバチカム、アモニフェクス・デジェンシー(Ammonifex degensii)、カルジセルロシルプトル・ベクシ(Caldicellulosiruptor becscii)、カンピロバクター・ジェジュニ(Campylobacter jejuni)、カンピロバクター・コリー(Campylobacter coli)、ナイセリア・メニンギティディス(Neisseria meningitides)カンジダ・デスルフォルディス(Candidatus Desulforudis)、クロストリジウム・ボツリヌス、クロストリジウム・ディフィシル、フィネゴルディア・マグナ、ナトラナエロビウス・テルモフィルスム(Natranaerobius thermophilusm)、ペロトマキュラム・サーモプロピオニカム、アシディチオバチルス・カルダス、アシディチオバチルス・フェロオキシダンス、アロクロマチウム・ビノスム、マリノバクター属、ニトロソコッカス・ハロフィルス(Nitrosococcus halophilus)、ニトロソコッカス・ワッソニ(Nitrosococccus watsoni)、シュードアルテロモナス・ハロプランクティス、クテドノバクテル・ラセミファー(Ktedonobacter racemifer)、メタノハロビウム・エベスチガタム(Methanohalbium evestigatum)、アナベナ・バリアビリス、ノジュラリア・スプミゲナ、ノストック属、アルスロスピラ・マキシマ、アルスロスピラ・プラテンシス、アルスロスピラ属、リングビア属、ミクロコレス・クソノプラステス(Microcoleus chthonoplastes)、オシラトリア属、ペトロトガ・モビリス、サーモシホ・アフリカヌス、又はアカリオクロリス・マリーナに由来していてよい。
【0106】
一態様において、RNA誘導型エンドヌクレアーゼは、クラス2タイプVのCRISPR-Cas12a/Cpf1システム由来である。特定の態様において、RNA誘導型エンドヌクレアーゼは、Cpf1タンパク質に由来する。Cpf1タンパク質は、Acidaminococcus、Lachnospiraceae、Chlamydomonas reinhardtii、又はFrancisella novicidaに由来していてよい。
【0107】
CRISPR/Casタンパク質は、野生型CRISPR/Casタンパク質、修飾型CRISPR/Casタンパク質、又は、野生型もしくは修飾型CRISPR/Casタンパク質のフラグメントでありうる。CRISPR/Casタンパク質は、核酸結合親和性及び/又は特異性を増大し、酵素活性を変更し、あるいはタンパク質の別の特性を変更するために修飾されていてよい。
【0108】
RNA誘導型ヌクレアーゼは、Casヌクレアーゼ又はCasニッカーゼであってよい。ここで、Casヌクレアーゼ又はCasニッカーゼとは、CRISPR/Casシステムにおいて必須のタンパク質成分を指し、CRISPR RNA(crRNA)及びトランス活性化crRNA(tracrRNA)と呼ばれる2つのRNAと複合体を形成した場合に、活性を有するエンドヌクレアーゼ又はニッカーゼを意味する。ニッカーゼは、一方のDNA鎖のみにニック(nick)を入れるDNA切断酵素をいう。一般的に、Cas9タンパク質は、少なくとも2つのヌクレアーゼ(すなわち、DNase)ドメインを含む。例えば、Cas9タンパク質は、RuvC様ヌクレアーゼドメインおよびHNH様ヌクレアーゼドメインを含み得る。RuvCおよびHNHドメインは、DNA中に二本鎖の切断を行うために、一本鎖を切断するのに協働する(Jinek et al., Science, 337: 816-821)。ある態様において、Cas9由来のタンパク質は、1つの機能的ヌクレアーゼドメイン(RuvC様またはHNH様ヌクレアーゼドメインのいずれか)のみを含むように修飾されていてよい。例えば、Cas9由来のタンパク質は、ヌクレアーゼドメインの1つが、それがもはや機能しない(すなわち、ヌクレアーゼ活性が存在しない)ように欠失または変異するように修飾されていてよい。ヌクレアーゼドメインの1つが不活性である態様において、Cas9由来のタンパク質は、二本鎖核酸にニックを導入することができるが、二本鎖DNAを切断することはできない。例えば、RuvC様ドメインにおけるアスパラギン酸からアラニンへの変換(D10A)は、Cas9由来のタンパク質をニッカーゼに変換する。同様に、HNHドメインにおけるヒスチジンからアラニンへの変換(H840AまたはH839A)は、Cas9由来のタンパク質をニッカーゼに変換する。各ヌクレアーゼドメインは、部位特異的突然変異誘発法、PCR仲介性突然変異誘発法、および全遺伝子合成、ならびに当技術分野で公知の他の方法のような周知の方法を用いて修飾され得る。
【0109】
RNA誘導型ヌクレアーゼには、特にストレプトコッカス属菌(Streptococcus sp.)又はスタフィロコッカス属菌(Staphylococcus sp.)フランシセラ・ノビシダ(Francisella novicida)、カンピロバクター・ジェジュニ(Campylobacter jejuni)由来のCasヌクレアーゼ又はCasニッカーゼが用いられうる。このうち、由来元としては、ストレプトコッカス属菌においては、化膿性レンサ球菌(S.pyogenes)が好ましく、スタフィロコッカス属菌においては、黄色ブドウ球菌(S.aureus)が好ましい。化膿性レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼ又はCas9ニッカーゼは、PAM配列としてNGGまたはNAGトリヌクレオチドを認識する。
【0110】
RNA誘導型ヌクレアーゼとしては、Cas9が好ましい。本発明の好ましい一実施形態において、Cas9は、化膿性レンサ球菌(化膿性レンサ球菌)(S.pyogenes)由来Cas9(SpCas9)である。Cas9としては様々な細菌または古細菌に由来するものが知られており、本発明ではSpCas9以外にも、例えば黄色ブドウ球菌(S.aureus)由来Cas9(SaCas9)など、所望のヌクレアーゼ活性を有するCas9を用いることができる。
【0111】
本発明の形質導入方法における関心対象分子の使用量は、形質導入の条件や目的などによって変動しうるものであり、当業者であれば適宜調節することができる。例えば、関心対象分子がgRNAである場合の使用量は、1×104個の細胞に対して、通常10ng~510ng、好ましくは16ng~255ngであり、関心対象分子がCas9タンパク質である場合の使用量は、通常60ng~3200ng、好ましくは100ng~1600ngである。
【0112】
・細胞
本発明の形質導入用溶液によって関心対象分子を導入する対象とする細胞は特に限定されるものではなく、目的に応じて適宜選択することができる。対象細胞としては、例えば、間葉系幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞、牌細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓B細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、内皮細胞、繊維芽細胞、繊維細胞、筋細胞(例、骨格筋細胞、心筋細胞、筋芽細胞、筋衛星細胞、平滑筋細胞)、脂肪細胞、血球細胞(例、マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、白血球、好中球、好塩基球、好酸球、単球、巨核球、造血幹細胞)、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞、間質細胞、卵細胞および精細胞、ならびにこれら細胞に分化誘導可能な前駆細胞、幹細胞(例えば、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)を含む)、始原生殖細胞、卵母細胞および受精卵が挙げられる。これらの細胞は、癌化した細胞(癌細胞)であってもよい。
【0113】
本発明の形質導入方法を生体外(ex vivo)または培養環境下(in vitro)で行う場合に対象細胞が由来する、あるいは本発明の形質導入方法を生体内(in vivo)で行う場合に対象細胞が存在する、組織または臓器は、対象細胞を含む組織または臓器であれば特に限定されるものではない。対象細胞を含む組織または臓器としては、例えば、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁頭核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、視床下核、大脳皮質、延髄、小脳、後頭葉、前頭葉、側頭葉、被殻、尾状核、脳染、黒質)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆のう、骨髄、副腎、皮膚、肺、消化管(例、大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、牌臓、顎下腺、末梢血、末梢血球、前立腺、胎盤、子宮、骨、関節及び、筋肉(例、骨格筋、平滑筋、心筋)等が挙げられる。本発明の好ましい一実施形態において、対象細胞を含む組織または臓器は筋肉、脳、および脳の各部位である。本発明のより好ましい一実施形態において、対象細胞を含む組織または臓器は筋肉である。これらの組織または臓器は、癌化した組織または臓器(癌組織等)であってもよい。
【0114】
対象細胞は、ヒト由来の細胞であってもよいし、ヒト以外の哺乳動物(非ヒト哺乳動物)由来の細胞であってもよい。非ヒト哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヒト以外の霊長類(非ヒト霊長類、例:カニクイザル、アカゲザル、チンパンジー)が挙げられる。
【0115】
本発明の好ましい一実施形態において、対象細胞は筋細胞(例:心筋細胞、骨格筋細胞、筋衛星細胞)、神経幹細胞、神経細胞、グリア細胞、線維芽細胞、間葉系幹細胞、血球細胞またはiPS細胞である。本発明のより好ましい一実施形態において、対象細胞は筋細胞、とりわけ、骨格筋細胞または筋衛星細胞である。筋細胞としては、例えば、ヒト(患者もしくは健常者)またはその他の哺乳動物(例えば非ヒト霊長類(例:カニクイザル、アカゲザル、チンパンジー)、ウシ、ブタ、マウス、ラット等の疾患モデル動物)から採取された筋細胞、生体内に存在する(例:ヒト等の生体内の組織中の)筋細胞、筋細胞株、および幹細胞(例:iPS細胞、ES細胞)から分化誘導された筋細胞が挙げられる。
【0116】
・細胞と関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる工程
本発明の形質導入方法において、細胞と関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる様式は特に限定されるものではなく、所望の効率で細胞内に関心対象分子を導入することができる、各種の様式を選択することができる。
【0117】
本発明の形質導入方法を生体外(ex vivo)または培養環境下(in vitro)で行う場合、関心対象分子および形質導入用溶液を(必要に応じてそれらをあらかじめ混合した溶液の形態で)培地に添加し、その培地で対象とする細胞を培養することにより、関心対象分子および形質導入用溶液を細胞に接触させることができる。
【0118】
培地としては、対象細胞を含む細胞集団の培養にとって適切な、従来公知の培地を用いることができる。例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM(IMEM)培地、Improved MDM(IMDM)培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(High glucose、Low glucose)、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、StemFit AK02N、Primate ES Cell Medium及びこれらの混合培地などが用いられる。培地の種類および使用量は、当業者であれば、細胞や培養条件に応じて適宜設定することができる。
【0119】
培地には、必要に応じて、必須または非必須アミノ酸、GlutaMAX(製品名)、ビタミン、抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、又はこれらの混合物)、抗菌剤(例えば、アンホテリシンB)、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等の添加物を添加してもよい。添加物の種類および使用量は、当業者であれば、細胞や培養条件に応じて適宜設定することができる。
【0120】
培養環境下(in vitro)で細胞と関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる場合、その工程の時間(期間)は特に限定されるものではなく、所望の導入効率を達成するに適したものとすることができるが、通常10分~180分、好ましくは15分~60分である。期間(時間)以外の各種の培養条件、例えば温度、雰囲気(二酸化炭素濃度)などについても、当業者であれば適宜調節することができる。
【0121】
本発明の形質導入方法を生体内(in vivo)で行う場合、関心対象分子を形質導入用溶液に混合して、静脈内注射、動脈内注射、筋肉内注射、皮下注射、腹腔内注射などの注射剤を調製して生体に投与することにより、関心対象分子および形質導入用溶液を対象とする細胞に接触させることができる。そのような実施形態で用いられる形質導入用溶液は、成分(A1)~(A5)および(B)に加えて、注射剤として薬学的に許容される添加剤、例えば、生理食塩水、緩衝生理食塩水、注射用水、安定剤、可溶化剤、界面活性剤、緩衝剤、防腐剤、等張化剤、充填剤、潤滑剤、増粘剤などを含んでいてもよい。
【0122】
本発明の好ましい一実施形態において、形質導入方法は、筋細胞においてCRISPRシステムによりジストロフィン遺伝子を改変するために、換言すればCRISPRシステムによりジストロフィン遺伝子が改変された細胞を製造するために、あるいはジストロフィン遺伝子の改変により修復型ジストロフィンタンパク質を産生するために、利用される。
【0123】
以下、本発明の細胞製造方法について説明する。
【0124】
本発明の細胞製造方法は、少なくとも、細胞と、関心対象分子および形質導入用溶液とを接触させる工程(接触工程)を含み、必要に応じてさらに、関心対象分子が形質導入された細胞を製造することに関するその他の工程を含んでいてもよい。また、本発明の細胞製造方法は、細胞内に関心対象分子を導入するために本明細書に記載した所定の形質導入用溶液を用いるが、それ以外の技術的事項は基本的に、従来の溶液を用いて関心対象分子が導入された細胞を製造する方法に準じたものとすることが可能である。
【0125】
本発明の細胞製造方法が含む接触工程は、本発明の形質導入方法との関係で本明細書に記載した接触工程と同様である。
【0126】
本発明の細胞製造方法が必要に応じてさらに含んでいてもよい、関心対象分子が形質導入された細胞を製造することに関するその他の工程としては、例えば、(a)接触工程の後に行われる、関心対象分子が導入された細胞を選択する工程、(b)接触工程の前に行われる、iPS細胞等の多能性幹細胞またはその他の幹細胞等から対象細胞を分化誘導する工程、が挙げられる。
【0127】
上記工程(a)における、関心対象分子が導入された細胞の選択は、公知の手法を用いて行うことができる。例えば、関心対象分子がCRISPRシステム用のもの(代表的にはgRNAおよびCas9タンパク質の複合体)である場合、塩基配列のPCRおよびシーケンス確認によって、または電気泳動による発現タンパク質の確認によって、関心対象分子が導入され、所期の遺伝子の改変が行われた細胞を選択することができる。あるいは、関心対象分子と共に、薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質をコードする遺伝子、その他の陽性選択マーカー遺伝子または陰性選択マーカー遺伝子を細胞に導入し、それぞれの遺伝子に対応した処理を行う(例えば、薬剤耐性遺伝子に対応する薬剤を培地に添加する、または蛍光タンパク質に対応する励起波長の光を照射し、その照射により発せられる蛍光を蛍光顕微鏡、セルソーター等で検出する、あるいは、遺伝子より生成されるタンパク質を認識する抗体を添加し、結合した抗体を蛍光標識して発した蛍光を蛍光顕微鏡、セルソーター等で検出する)ことで、関心対象分子が導入された細胞を選択することができる。
【0128】
上記工程(b)における、iPS細胞等の多能性幹細胞またはその他の幹細胞等からの対象細胞への分化誘導は、公知の手法を用いて行うことができる。例えば、多能性幹細胞から対象細胞への分化誘導方法としては、Laflamme MAらにより報告された方法が挙げられる(Laflamme MA & Murry CE, Nature 2011, Review)。なお、対象細胞がそのような分化誘導によって得られるものである場合、対象細胞を含む細胞集団は胚様体であってもよい。
【0129】
以下、本発明の医薬組成物について説明する。なお、当業者であれば、以下の記載およびその他の明細書中の記載や技術常識に基づいて、「医薬組成物」に係る本発明を、例えば「治療方法」(例えば、ヒトまたはその他の動物に形質導入用溶液および関心対象分子の有効量を投与する工程を含む方法)に係る発明などに、さらに変換することができることができる。
【0130】
本発明の医薬組成物は、本発明の形質導入用溶液および関心対象分子を含む。「形質導入用溶液」および「関心対象分子」の詳細、好ましい実施形態等については、本明細書において別途記載されている通りである。
【0131】
本発明の医薬組成物の用途は、そこに含まれる関心対象分子に応じたものとなる。関心対象分子の選択によって、様々な用途を有する医薬組成物を調製することが可能である。
【0132】
本発明の好ましい一実施形態において、医薬組成物は、ジストロフィン異常症の予防・治療薬、または修復型ジストロフィンタンパク産生薬である。この実施形態において、関心対象分子は、ストロフィン遺伝子が含まれる遺伝子座の塩基配列を標的とし、その塩基配列を改変するためのCRISPRシステムを構成する要素、例えば所定の塩基配列を標的とするgRNAと、Casタンパク質との複合体とすることができる。
【0133】
本発明の医薬組成物の剤形は特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜選択することができる。例えば、本発明の形質導入方法との関係で前述したように、本発明の医薬組成物は、静脈内注射、動脈内注射、筋肉内注射、皮下注射、腹腔内注射などの注射剤として調製することができる。
【0134】
本発明の医薬組成物は、剤形に応じて、形質導入用溶液および関心対象分子以外にも、製薬学的に許容できる添加剤等の物質をさらに含むことができる。本発明の医薬組成物における活性成分(関心対象分子)の量ないし濃度は、所望の予防または治療の効果にとって有効な量の活性成分が目的とする細胞に送達できるよう、剤型、投与経路、1回あたりの投与量、一定期間中の投与回数等を勘案しながら、適宜調節することができる。
【実施例】
【0135】
以下の実施例では、下記表に示す化合物を用いた。
【0136】
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【表1-5】
【0137】
材料
BL21(DE3) Competent E. coli (NEB, C2527)
Ni-NTA Superflow Cartridges (GE, 30765)
HiLoad 26/60 Superdex 200pg (GE, 17-1071-01)
Resource S (GE, 17-1180-01)
TEV protease (Sigma, T4455)
Complete, EDTA free (Roche, 1873580)
SEM Nuclease, recombinant, solution (WAKO, 196-16181)
DTT (WAKO, 049-08972)
イミダゾール (WAKO, 095-00015)
1M 塩化マグネシウム水溶液 (WAKO, 310-90361)
アスパラギン酸マグネシウム (MP Biomedicals Inc., 150496)
10× TBS (Takarabio, T9141)
1M HEPES buffer (ナカライテスク, 17557-94)
0.5M EDTA solution (Invitrogen, 15575-038)
LB 培地(Lennox), (Sigma, L7275-500TAB)
2× YT 培地, (Sigma, Y2627-1kg)
IPTG (WAKO, 096-05143)
アンピシリンナトリウム(WAKO, 014-23302)
塩化カリウム (WAKO, 161-03541)
Pierce 660nm protein assay (Thermo scientific, 22660)
D-MEM (High Glucose) with L-Glutamine and Phenol Red (WAKO, 044-29765)
0.25w/v% Trypsin-1mmol/l EDTA・4Na Solution with Phenol Red (WAKO, 201-16945)
D-PBS(-) , (WAKO, 043-29791)
5M 塩化ナトリウム, (Invitrogen, AM9759)
UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Water (Invitrogen, 10977015)
Fetal Bovine Serum, qualified, USDA-approved regions (Gibco, 10437028)
CellCarrier Ultra PDL coated 96-well plate (PerkinElmer, 6055500)
HOECHST(登録商標)33342 (ThermoFisher, H3570)
C2C12 (ATCC(登録商標), CRL-1772(商標))
Millex-GV 0.22μm PVDF 4mm EtO Ster滅菌済 (Merck, SLGV004SL)
3-(1-ピリジノ)プロパンスルホン酸 (NDSB-201) (TCI-JP, S0813)
グリセロール (WAKO, 075-00616)
グリシン (WAKO, 070-05281)
L-グルタミン水溶液, ×100 (WAKO, 073-05391)
NEAA, ×100 (Life technologies, 11140-035)
N2 supplement, ×100 (Gibco, 17502-048)
B27 Supplement (Gibco, 12587-010)
EGF (WAKO, 059-07873)
bFGF (WAKO, 064-05381)
Opti-MEM(商標) I Reduced Serum Medium (Life technologies, 31985-062)
10×PBS - Phosphate-Buffered Saline (10×) pH 7.4, RNase-free (Invitrogen)
Amicon(R) Ultra 2 mL Centrifugal Filters 10kDa (Merck)
Dextran, Alexa FluorTM 488; 10,000 MW, Anionic, Fixable (Thermo Scientific)
4% パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液 (WAKO)
ProLongTM Glass Antifade Mountant with NucBlueTM Stain (Thermo Scientific)
【0138】
crRNAおよびgRNAの塩基配列
MmDmdEx51 crRNA (GeneDesign, Inc):配列番号1
5’- mC*mA*mC*UAGAGUAACAGUCUGACGUUUUAGAGCUAUGCUGUmU*mU*mU*G -3’
(mN:2’-Oメチル RNA修飾、*:Phosphorothioate修飾)
tracrRNA (GeneDesign, Inc):配列番号2
5’- mC*mA*mA*AACAGCAUAGCAAGUUAAAAUAAGGCUAGUCCGUUAUCAACUUGAAAAAGUGGCACCGAGUCGmG*mU*mG*C -3’
(mN:2’-Oメチル RNA修飾、*:Phosphorothioate修飾)
MmDmd Ex51 gRNA#1 (mod):配列番号3
5’- mU*mC*mA*CUAGAGUAACAGUCUGACGUUUUAGAGCUAGAAAUAGCAAGUUAAAAUAAGGCUAGUCCGUUAUCAACUUGAAAAAGUGGCACCGAGUCGGUGCmU*mU*mU*U -3’
(mN:2’-Oメチル RNA修飾、*:Phosphorothioate修飾、GeneDesign, Inc)
mRosa26 gRNA (mod):配列番号4
5’- mG*mA*mU*GGGCGGGAGUCUUCUGUUUUAGAGCUAGAAAUAGCAAGUUAAAAUAAGGCUAGUCCGUUAUCAACUUGAAAAAGUGGCACCGAGUCGmG*mU*mG*C -3’
(mN:2’-Oメチル RNA修飾、*:Phosphorothioate修飾、GeneDesign, Inc,もしくはSumitomokagaku, Inc. )
hEx45#1 gRNA (mod):配列番号5
5’- mU*mG*mG*UAUCUUACAGGAACUCCGUUUUAGAGCUAGAAAUAGCAAGUUAAAAUAAGGCUAGUCCGUUAUCAACUUGAAAAAGUGGCACCGAGUCGmG*mU*mG*C -3’
(mN:2’-Oメチル RNA修飾、*:Phosphorothioate修飾、GeneDesign, Inc)
hEx45#23 gRNA (mod):配列番号6
5’- mA*mG*mC*UGUCAGACAGAAAAAAGGUUUUAGAGCUAGAAAUAGCAAGUUAAAAUAAGGCUAGUCCGUUAUCAACUUGAAAAAGUGGCACCGAGUCGmG*mU*mG*C -3’
(mN:2’-Oメチル RNA修飾、*:Phosphorothioate修飾、GeneDesign, Inc)
【0139】
<備品>
FACS Asia(商標) (BD)
NEPA21 transfection sysytem (NEPA GENE)
AKTAprime (GE)
Opera Phenix(商標) High-Content Screening System (PerkinElmer)
Harmony(商標) (PerkinElmer)
【0140】
<化合物>
化合物の購入先とカタログ番号および化合物ストック溶液の濃度は表1にまとめた。
【0141】
<用いた用語の説明>
EGFP-SSAアッセイ:EGFP-single strand annealing アッセイの略。EGFPレポーター細胞には
図1のレポーターカセットが挿入されており、このEGFP配列の真ん中にはMmDMD-Ex51配列が挿入されている。通常、このMmDMD-Ex51配列がありEGFP ORFが分断されているためにEGFPタンパク質は翻訳されない。だがCas9タンパク質/gRNA複合体によりMmDMD-Ex51のターゲット配列が切断されると、EGFP ORFの上流(EG部位)と下流(FP部位)が相同領域を介して一本鎖アニーリングを起こし、全長型のEGFP ORFが出現し、EGFPタンパク質が産生される。この原理を利用してEGFP-SSAアッセイはEGFP産生細胞数の割合を調べることで、Cas9タンパク質/gRNA複合体の細胞内送達量を予測する。
【0142】
<試薬の準備、反応液および投与液の調製>
Lysis buffer
終濃度1×TBS、20 mM イミダゾール、0.005 U/μL SEM nuclease、1 mM DTT、0.5 mM EDTA 2Na、1 mM 塩化マグネシウムとなるように、10×TBSを20 mL、500 U/μL SEM nucleaseを0.002 mL、0.5 M EDTA solutionを0.2mL、1 M 塩化マグネシウム水溶液を0.2 mL、DTTを30.85 mg、イミダゾールを272.308 mg加えmilliQ水で溶解したのち200 mLまでメスアップした。Complete EDTA freeを6錠加え攪拌した後、ポアサイズ0.22 μmフィルターを用いてフィルター滅菌した。
【0143】
GF buffer
終濃度20 mM HEPES、150 mM 塩化カリウム、1 mM DTT (pH 7.5)となるように、1 M HEPES solutionを20 mL、塩化カリウムを11.182 g、DTTを154.25 mg加え、milliQ水で溶解した。pH 7.5に調製した後、1000 mLまでメスアップしポアサイズ0.22 μmフィルターを用いてフィルター滅菌した。
【0144】
C2C12(マウス横紋筋細胞)細胞培地
10% FBS(容積/容積)を含有するD-MEM (High Glucose) with L-Glutamine and Phenol Red培地。
【0145】
ストック化合物溶液
化合物の購入先とストック化合物の終濃度を表1に記す。各化合物を秤量し表1の終濃度となるようにUltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで溶解後、0.22 μmフィルターを用いてフィルター滅菌しストック化合物溶液とした。
【0146】
反応液1
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracr RNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、1 mM HEPES、550 mM塩化ナトリウム、250 mM 化合物となるように、Cas9タンパク質 0.4 μg、tracrRNA 34.18 ng、MmDmd Ex51 crRNA 29.48 ng、1 M HEPES buffer 0.05 μL、5 M塩化ナトリウム水溶液5.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 37.5 μLに調整した。この溶液に対して1000 mM 化合物溶液を12.5 μL加え、常温で15分間インキュベーションした。なお、化合物の終濃度が0.1 mM、0.15 mM、0.34 mM、0.69 mM、1 mM、1.38 mM、5 mM、6.38 mM、10 mM、20 mM、40 mM、60 mM、80 mM、100 mM、125 mM、200 mM、500 mMの場合は、ストック化合物溶液をUltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで0.4 mM、0.6 mM、1.36 mM、2.76 mM、4 mM、5.52 mM、20 mM、25.5 mM、40 mM、80 mM、160 mM、240 mM、320 mM、400 mM、500 mM、800 mM、2000 mMの濃度にそれぞれ希釈して加えた。
【0147】
反応液2
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracr RNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、50 mM HEPES、485 mM塩化ナトリウム、250 mM 化合物となるように、Cas9タンパク質 0.4 μg、tracrRNA 34.18 ng、MmDmd Ex51 crRNA 29.48 ng、1 M HEPES buffer 2.5 μL、5 M塩化ナトリウム水溶液4.85 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 37.5 μLに調整した。この溶液に対して1000 mM化合物溶液を12.5 μL加え、常温で15分インキュベーションした。なお、化合物の終濃度が0.69 mM、25 mM、100 mM、125 mM、160 mM、200 mM、500 mMの場合は、ストック化合物溶液をUltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで2.76 mM、100 mM、400 mM、500 mM、640 mM、800 mM、2000 mMの濃度にそれぞれ希釈して加えた。
【0148】
iTOP-1250 buffer
特許文献2に従い、iTOP-1250 bufferを作製した。Opti-MEMベースの溶液に対して、終濃度が200 mM GABA、50 mM NDSB-201、15 mM グリシン、30 mM グリセロール、425 mM 塩化ナトリウム、0.75×グルタミン、0.75×Non-Essential amino Acids、0.75×N-2サプリメント、0.75×B-27サプリメント、100 ng/μL FGF2、100 ng/μL EGF、8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracrRNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNAとなるよう各試薬を添加し15分間常温でインキュベーションした。調製の際は非特許文献1を参考にした。iTOP-1250 bufferにはOpti-MEMが60%含まれている。
【0149】
反応液3-1
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracr RNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、50 mM HEPES、250 mM GABA、367 mM塩化ナトリウムとなるように、Cas9タンパク質 2.0 μg、tracrRNA 170.9 ng、MmDmd Ex51 crRNA 147.4 ng、1 M HEPES buffer 12.5 μL、5 M塩化ナトリウム水溶液18.35 μL、1 M GABA水溶液 62.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整した。常温で15分インキュベーションした。なお485 mM 塩化ナトリウムの場合は5 M塩化ナトリウム水溶液の添加量を24.25 μL、同様に550 mM 塩化ナトリウムの場合は27.5 μLに変更した。
【0150】
反応液3-2
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracr RNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、50 mM HEPES、250 mM GABA、367mM塩化カリウムとなるように、Cas9タンパク質 2.0 μg、tracrRNA 170.9 ng、MmDmd Ex51 crRNA 147.4 ng、1 M HEPES buffer 12.5 μL、1 M塩化カリウム水溶液91.75 μL、1 M GABA水溶液 62.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整した。常温で15分インキュベーションした。なお485 mM 塩化カリウムの場合は1 M塩化カリウム水溶液の添加量を121.25 μL、同様に550 mM 塩化カリウムの場合は137.5 μLにそれぞれ変更した。
【0151】
反応液3-3
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracr RNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、50 mM HEPES、250 mM GABA、367 mM塩化マグネシウムとなるように、Cas9タンパク質 2.0 μg、tracrRNA 170.9 ng、MmDmd Ex51 crRNA 147.4 ng、1 M HEPES buffer 12.5 μL、1 M塩化マグネシウム水溶液91.75 μL、1 M GABA水溶液 62.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整した。常温で15分インキュベーションした。なお323 mM 塩化マグネシウムの場合は1 M塩化マグネシウム水溶液の添加量を80.75 μL、同様に485 mM 塩化マグネシウムの場合は121.25 μL、550 mM 塩化マグネシウムの場合は137.5 μLにそれぞれ変更した。
【0152】
反応液3-4
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracrRNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、50 mM HEPES、250 mM GABA、485 mMアスパラギン酸マグネシウムとなるように、Cas9タンパク質 2.0 μg、tracr RNA 170.9 ng、MmDmd Ex51 crRNA 147.4 ng、1 M HEPES buffer 12.5 μL、1 M アスパラギン酸マグネシウム水溶液121.25 μL、1 M GABA水溶液 62.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整した。常温で15分インキュベーションした。なお550 mMアスパラギン酸マグネシウムの場合は1 M アスパラギン酸マグネシウム水溶液の添加量を137.5 μLに変更した。
【0153】
反応液3-5
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracr RNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、50 mM HEPES、250 mM GABA、395.8 mM 塩化ナトリウム、45.2 mM 塩化マグネシウム、21.4 mM 塩化カリウムとなるように、Cas9タンパク質 2.0 μg、tracrRNA 170.9 ng、MmDmd Ex51 crRNA 147.4 ng、1 M HEPES buffer 12.5 μL、5 M 塩化ナトリウム水溶液19.8 μL、1 M 塩化マグネシウム水溶液11.3 μL、1 M 塩化カリウム水溶液5.4 μL、1 M GABA水溶液 62.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整した。常温で15分インキュベーションした。
【0154】
反応液3-6
終濃度8 ng/μL Cas9タンパク質、0.68 ng/μL tracrRNA、0.59 ng/μL MmDmd Ex51 crRNA、50 mM HEPES、250 mM GABA、447.4 mM 塩化ナトリウム、51.1 mM 塩化マグネシウム、24.2 mM 塩化カリウムとなるように、Cas9タンパク質 2.0 μg、tracrRNA 170.9 ng、MmDmd Ex51 crRNA 147.4 ng、1 M HEPES buffer 12.5 μL、5 M 塩化ナトリウム水溶液22.4 μL、1 M 塩化マグネシウム水溶液12.8 μL、1 M 塩化カリウム水溶液6.1 μL、1 M GABA水溶液 62.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整した。常温で15分インキュベーションした。
【0155】
反応液4
終濃度16 ng/μL Cas9タンパク質、4 ng/μL MmDmd Ex51 gRNA、1 mM HEPES、550 mM塩化ナトリウム、250 mM 化合物となるように、Cas9タンパク質 800 ng、MmDmd Ex51 gRNA 200 ng、1 M HEPES buffer 0.05 μL、5 M塩化ナトリウム水溶液5.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 25 μLに調整した。この溶液に対して化合物ストック溶液を終濃度250mMになるよう所定の量を加え、常温で15分インキュベーションした。なお塩化ナトリウムの終濃度が150 mM、350 mMの場合は、5M塩化ナトリウム水溶液を1.5μL、3.5μLずつ加えた。
【0156】
反応液5
終濃度1mg/mL Fluorescein isothiocyanate-dextran, average mol wt 70,000 (FITC-Dextran)、1 mM HEPES、550 mM塩化ナトリウム、250 mM 化合物となるように、100mg/mL FITC-Dextran 2.5 μL、1 M HEPES buffer 0.25 μL、5 M塩化ナトリウム水溶液27.5 μLを混合し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整した。この溶液に対して化合物ストック溶液を終濃度になるよう所定の量を加え、反応液を調製した。
【0157】
投与液1
終濃度400 ng/μL Cas9タンパク質、100 ng/μL mRosa26 gRNA、533 mM塩化ナトリウム、250 mM 2’-デオキシシチジン水溶液となるように、Cas9タンパク質 20 μg、mRosa26 gRNA 5 μg、10×PBS 5 μL、2.0M 2’-デオキシシチジン水溶液 6.25 μLを混合し、5 M塩化ナトリウム水溶液を用いて533mMに濃度調製したのち、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 50 μLに調整し常温で15分インキュベーションした。なお5M 塩化ナトリウムの添加量は終濃度が163 mM、233 mM、333 mM、433mMの場合に合わせ適宜調整した。また使用したCas9タンパク質はAmicon(R) Ultra 2 mL Centrifugal Filters を用いて250 mM 塩化ナトリウムにバッファー置換を行ったものを使用した。
【0158】
投与液2
終濃度800 ng/μL Cas9タンパク質、200 ng/μL mRosa26 gRNA、533 mM塩化ナトリウム、250 mM 化合物となるように、Cas9タンパク質 40 μg、mRosa26 gRNA 10 μg、10×PBS 5 μL、500 M 化合物ストック溶液 25 μLを混合し、5 M塩化ナトリウム水溶液を用いて533mMに濃度調製したのち、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 50 μLに調整し常温で15分インキュベーションした。なお終濃度が25mM 化合物の場合は500 mM 化合物ストック溶液2.5μLを添加した。使用したCas9タンパク質はAmicon(R) Ultra 2 mL Centrifugal Filters を用いて500 mM 塩化ナトリウムにバッファー置換を行ったものを使用した。
【0159】
投与液3
終濃度2400 ng/μL Cas9タンパク質、300 ng/μL hDMD Ex45#1 gRNA、300 ng/μL hDMD Ex45#23 gRNA、158 mM塩化ナトリウム、25 mM もしくは250mM 化合物となるように、Cas9タンパク質 120 μg、hDMD Ex45#1 gRNA 15 μg、hDMD Ex45#23 gRNA 15 μg、10×PBS 25 μLを混合し、25mMもしくは250mMになるよう500 mM化合物ストック溶液を添加したのち、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで液量を 250 μLに調整し常温で15分インキュベーションした。使用したCas9タンパク質はAmicon(R) Ultra 2 mL Centrifugal Filters を用いて250 mM 塩化ナトリウムにバッファー置換を行ったものを使用した。
【0160】
<方法>
EGFP-SSAレポーター細胞の樹立
細胞内へのCas9の取り込みを評価するため、EGFP-SSAレポーター細胞株を樹立した。エレクトロポレーション法(NEPA21 transfection system)により、EF1α-EGxxFP-MmDMD-Ex51のレポーターカセットを含むプラスミドを、C2C12細胞にトランスフェクションした(
図1)。NEPA21を用いたエレクトロポレーションには1×10
6の細胞を使用し、200 V、5 msのポアーリングパルス条件で行った。その後、ピューロマイシンを1 mg/mLの濃度で培地に加え、EF1α-EGxxFP-MmDMD-Ex51のレポーターカセットを含む細胞のセレクションを行い、さらにEGFP陰性細胞をクローン化するため、セルソーター(FACS Aria,BD)で分取した(
図2)。
【0161】
Cas9タンパク質の発現・精製
関心対象の遺伝子を有するタンパク質発現プラスミドは下記論文(Jinek, et al. 2012)のpMJ806を参考に構築した。具体的にはS.pyogenes Cas9 遺伝子に6×Hisタグ配列、MBP配列、TEVプロテアーゼ切断配列と2つのSV40由来核移行(NLS)配列を発現するベクターを構築した(
図3)。このベクターを大腸菌系統BL21(DE3)コンピテントセルに形質転換しタンパク質を過剰発現させた。形質転換はメーカーのプロトコルに従って行った。培養および精製プロトコルは(Jinek, et al. 2012)を参照した。形質転換体を0.1 mg/mL アンピシリンナトリウムを添加したLB培地にて37℃で一晩振とう培養し、その培養液を2×YT培地に添加しOD 0.6まで37℃で振とう培養した。IPTGを添加し氷上で30分間静置した後、16℃でさらに18時間振とう培養し、遠心して得た菌体をLysis bufferで溶菌した。溶解物を遠心分離により浄化し、Ni-NTA Superflow Cartridgesにロードし、メーカーのプロトコル(Ni-NTA Superflow Cartridge Handbook)に従ってイミダゾール勾配によりHisタグの付加したCas9タンパク質を溶出した。この溶出画分のイミダゾールを除去するためにHiLoad 26/60 Superdex 200pgをもちいたゲル濾過クロマトグラフィーを行い、タンパク質分子量画分をプールした。このタンパク質画分にメーカーの指示書に従ってTEV消化を行い、6×His-MBPタグとCas9タンパク質を切断分離した。TEV消化タンパク質液をNi-NTAカラムにロードしてメーカーのプロトコルに従い6×His-MBPタグを吸着除去し、フロースルーからCas9タンパク質を含む画分を回収した。この回収画分をResource Sカラムにロードし、塩化カルシウム勾配にてCas9タンパク質を溶出した。溶出バッファー中の塩化カルシウムを除去するためにGF bufferで平衡化したHiLoad 26/60 Superdex 200pgカラムにてゲル濾過クロマトグラフィーを行い、Cas9タンパク質画分を回収した。溶出画分はPierce 660nm protein assay法、およびSDSゲル電気泳動とクマシー染色によりタンパク質測定を実施して、タンパク質の濃度および純度を判定した。純度判定後、フィルター滅菌を行った。
【0162】
実施例の参考にした論文
Jinek, Martin, Krzysztof Chylinski, Ines Fonfara, Michael Hauer, Jennifer A Doudna, and Emmanuelle Charpentier. "A Programmable Dual-RNA-Guided DNA Endonuclease in Adaptive Bacterial Immunity." Science, 2012: 816-821
【0163】
EGFP-SSAアッセイ
EGFPレポーター細胞を該当培地に1×104 /wellで96 well plateに播種し、24時間、5 % CO2にて37℃で培養した。PBS 100 μL/wellで洗浄後、反応液1または反応液2を50 μL/wellで添加し、5 % CO2にて30分間37℃でインキュベーションした。その後、C2C12細胞培地 100 μL/wellに置き換えて5 % CO2にて37℃で48時間培養した。HOECHST(登録商標)33342を1/2000量加えたC2C12細胞培地に交換し5 % CO2、37℃で1時間培養後、Opera Phenix(商標)にてEGFP/HOECHST/可視光でScanを行った。得られた画像を付属のHarmony(商標)で解析をおこない、HOECHSTにより染色された核のカウント、EGFP陽性細胞のカウントを行った。EGFP陽性細胞のカウントは、HOECHSTで染色された細胞領域にEGFPが検出されるかどうかで判定した。wellあたりのEGFP陽性率は、下記式から算出した。
EGFP陽性率 (%) = (EGFP陽性細胞数/ HOECHST検出数) ×100
【0164】
ヒトDMD エクソン 45ノックイン-マウスDmd エクソン 44ノックアウトマウスの作製
10 μgのヒトDMD エクソン45およびその5’側0.7 kb、3’側0.6 kbを含む配列1.5kb、FRT配列で挟まれたネオマイシン耐性遺伝子発現ユニットおよびマウスDmd イントロン 44とイントロン 45由来配列各1.5 kbからなるノックインベクターを、2.5 μgのpCAG-Cas9発現ベクターおよび2種類の2.5 μgのpU6-sgRNA発現ベクター(ターゲット配列;配列番号7および配列番号8)とともに、5×105個のC57BL/6Jマウス由来のES細胞にエレクトロポレーションし、PCRおよびシーケンス確認により相同組み換え細胞株を選抜した。Flpe(フリッパーゼ)処理によりネオマイシン耐性ユニットを除去した後、当該ES細胞株をICRマウスの4倍体胚盤胞に顕微注入し、キメラマウスを取得した。キメラマウスと雌性C57BL/6Jマウスとの体外受精により雌性ヒトDMD エクソン45ヘテロノックインマウスを取得した。続いて、雄性C57BL/6Jマウスと雌性ヒトDMD エクソン45ヘテロノックインマウスの受精卵に100 ng/μLのCas9 mRNA(TriLink BioTechnologies)、2種類のマウスDmd エクソン 44ノックアウト用sgRNA(ターゲット配列;配列番号9および配列番号10、株式会社FASMAC)およびssODN 50 ng/μL(配列番号11、ユーロフィンジェノミクス株式会社)を顕微注入し、得られた雄性産仔について、PCRおよびシーケンス確認による遺伝子判定を行い、ヒトDMD エクソン45ノックイン-マウスDmd エクソン44ノックアウトマウスを選抜した。
【0165】
配列番号7
5’- ATGAATGTGCCTACATATGG -3’
配列番号8
5’- CATAGCATGCATTTGGCTTC -3’
配列番号9
5’- GAATGAGGTAGTGTTGTAGG -3’
配列番号10
5’- GCAGGAAATCATCTTATAGC -3’
配列番号11
5’- GAGCAAGCTGGGTTAGAACAAAGGTCTGTCAGAGTCAGCATGGGAATGAGGTAGTGTTGTAGCAGGAAATAGTGTGGTTTAGGTCTCTCCCCGCCCTCTGTGTATGTGTGTGTGTGTGTT -3’
【0166】
C57BL/6JマウスにおけるmRosa26 gRNAを用いたDNA変異導入効率評価
9週齡の雄性C57BL/6Jマウス(日本クレア)の右下肢腓腹筋に、投与液1もしくは投与液2、PBSを50 μL投与した。投与液1は同じ個所に一日1回、合計3回投与した。投与液2は1回投与のみ行った。最終投与から4日後に3.5%イソフルラン麻酔下で頸椎脱臼にて安楽死させた後、右下肢腓腹筋組織を摘出しドライアイスで速やかに凍結させた。凍結筋組織からQIAamp Fast DNA Tissue Kit(Qiagen)を用いてゲノムDNAを抽出精製し、PrimeSTAR GXL DNA polymerase(TAKARA)を用いてPCR(Forward primer;配列番号12、Reverse primer;配列番号13)を行った。PCR産物をQIAquick PCR purification kit(QIAGEN)で精製し、T7 Endonuclease I(NEB)で処理後、Agilent 4200 TapeStation(Agilent)を用いて解析した。得られた数値を用いて、変異導入効率を下記の計算式(数1)で求めた。
【0167】
配列番号12
5’- CTCCGAGGCGGATCACAAGCAATAATAACCTGTAG -3’
配列番号13
5’- TGCAAGCACGTTTCCGACTTGAGTTGCCTCAAGAG -3’
【0168】
【0169】
ヒトDMD エクソン 45ノックイン-マウスDmd エクソン 44ノックアウトマウスの骨格筋におけるエクソンスキッピング効率評価
4週齡の雄性ヒトDMD エクソン 45ノックイン-マウスDmd エクソン 44ノックアウトマウスの前脛骨筋に、投与液3をそれぞれ50 μLずつ1回投与した。投与から7日後に前脛骨筋組織を摘出しドライアイスで速やかに凍結させた。凍結筋組織にQIAzol Lysis Reagent(QIAGEN)を加え組織を破砕した後、クロロフォルム(WAKO)を添加し、混合・遠心後にRNAを含む水槽を分離回収し、Total RNAをHigh Capacity RNA-to-cDNA kit(Thermo Fisher scientific.Inc)を用いて逆転写した。続けて、スキップされた産物の定量測定にはFastStart Universal Probe Master(Roche)と配列番号14、15のプライマーおよび配列16のプローブを用いた。またスキップされていない産物の定量測定にはFastStart Universal Probe Master(Roche)と配列番号17、18のプライマーおよび配列19のプローブを用いた。各PCR産物の測定はViiA7TMリアルタイムPCRシステムを用いて行った。いずれの増幅時にも濃度が定められている標準産物を同時に増幅させることで絶対量を算出した。算出には付属のソフトウエアを用いた。得られえた数値を用いてエクソンスキッピング効率(exon skipping efficiency)を下記の計算式(数2)で求めた。
【0170】
配列番号14
5’- CGTGGCACAGATGGATTTCC -3’
(mEx43-46skipTaqF114: Thermo Fisher Scientific)
配列番号15
5’- TTCTTTTGTTCTTCAATCCCTTGTC -3’
(mEx43-46skipTaqR191: Thermo Fisher Scientific)
配列番号16
5’- ACTTCATAGAATGTACAAGGAA -3’
(FAM label, mEx43-46skipTaqP144: Thermo Fisher Scientific)
配列番号17
5’- TCCTCAAAAACAGATGCCAGTATTC -3’
(hEx45 TaqF252: Thermo Fisher Scientific)
配列番号18
5’- TCCTGCCACCGCAGATTC -3’
(hEx45 TaqR316: Thermo Fisher Scientific)
配列番号19
5’- ACAGGAAAAATTGGGAAGC -3’
(FAM label, hEx45 TaqP278: Thermo Fisher Scientific)
【0171】
【0172】
デキストランを用いた細胞内取り込み評価
C2C12細胞細胞を1×104 /wellで8ウェルチャンバースライドに播種し、翌日反応液5を250 μLを添加して5% CO2にて37℃で30分インキュベーションした。培地で2回洗浄後、培地にて30分もしくは90分インキュベーションした。さらに4%パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液で室温15分静置して固定したサンプルをProLongTM Glass Antifade Mountant with NucBlueTM Stainで包埋し、共焦点レーザー顕微鏡で検鏡を行った。
【0173】
統計処理
図10および
図11において、GABAと各化合物条件の統計的有意差を調べるために、DNA変異導入効率Indel(%)、およびエクソンスキッピング効率(exon skipping efficiency)をもちいてDunnett type多重比較検定を実施した。P値が0.05未満のときに統計的有意差があると判断した。統計処理はEXSUS Ver 8.0を用いた。
【0174】
[実施例1]
下記の手順で、各種の(A1)~(A5)の化合物と(B)の塩とを含む形質導入用溶液を調製し、その溶液にgRNAとCas9タンパク質の複合体をさらに溶解した後、in vitroでマウス筋芽細胞(C2C12細胞)と接触させて、標的遺伝子切断活性および細胞生存率を評価した。
【0175】
形質導入化合物の活性評価およびGABAとの相対比較
化合物ごとの活性をCas9タンパク質/gRNA複合体を用いたEGFP-SSAアッセイで評価した。EGFPレポーター細胞を1×10
4 /wellで96 well plateに播種し、翌日反応液1 50 μLを添加して5% CO
2にて30分間37℃でインキュベーションした。以降の操作はEGFP-SSAアッセイに従った。化合物は終濃度が 0.1 mM,から500 mMの範囲となるようストック化合物溶液をUltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで希釈して調製した。化合物の希釈系列は化合物ごとに同一plateで評価した。各Plateには250 mM GABA、および化合物なし(溶媒であるH
2Oのみ)の条件を3 wellずつ用意した。WellごとのHOECHST検出数、EGFP陽性細胞数から化合物濃度ごとのEGFP陽性率を算出した。その結果を
図4に記す。
【0176】
表2は、
図4-1および
図4-2の矢印で表記された濃度におけるEGFP陽性率とHOECHST細胞数、また該当する化合物と同じPlate上に設定されたポジティブコントロールのEGFP陽性率とHOECHST細胞数を記載した。下記の(1)、(2)の式により化合物ごとの相対活性を算出し、
図5のグラフを作成した。
EGFP陽性率(GABA相対比) = 化合物の記載濃度でのEGFP陽性率(%)
/ 同一PlateのポジティブコントロールのEGFP陽性率(%)・・・・・(1)
HOECHST検出数(GABA相対比) = 化合物の記載濃度でのHOECHST検出数
/ 同一PlateのポジティブコントロールのHOECHST検出数・・・・・(2)
【0177】
【0178】
GABAよりもEGFP陽性率(形質導入効率)が1.2倍以上高かった化合物は、4-ヒドロキシプロリン、N-カルバミル-L-アスパラギン酸、1-メチル-L-ヒスチジン、6-ホスホ-D-グルコン酸、1,3-ブチレングリコール、2-ヒドロキシグルタル酸、1,3-ジメチルウレア、クレアチニン、ミグリトール、α-D-グルコ-ス-1-リン酸、アルギニノコハク酸二ナトリウム水和物、L-カルノシン、シチジン、3-メチル-2-オキソブタン酸ナトリウム、イノシン5’-リン酸二ナトリウム水和物、であった。
【0179】
[実施例2]形質導入化合物についてiTOP-1250との活性比較
化合物ごとのCas9タンパク質/gRNA複合体の細胞内導入効率をEGFP-SSAアッセイで評価した。EGFPレポーター細胞を1×10
4 /wellで96 well plateに播種し、翌日反応液2 50 μLを添加して5% CO
2にて30分間37℃でインキュベーションした。同様にiTOP-1250 50μLを添加してインキュベーションしたWellを用意した。以降の操作はEGFP-SSAアッセイ法に従った。化合物は表2の終濃度となるようストック化合物溶液をUltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterで希釈して調製した。各Plateには250 mM GABA、および化合物なし(溶媒であるH
2Oのみ)の条件のWellを用意した。得られたHOECHST検出数、EGFP陽性細胞率について(1)(2)の式を用いて化合物ごとのGABAとの相対比を算出した。同一Plate内で3 wellずつで行い、その平均値をプロットし標準偏差をエラーバーとして
図6に表示した。化合物名で記載したものは反応液2で処理した細胞である。ポジティブコントロールとネガティブコントロールのEGFP陽性率の比が2以上であったため試験成立と判定した。未処理はCas9/gRNAを添加せずPBS洗浄のみ行ったウェルである。iTOP-1250よりもEGFP陽性率が1.2倍以上高かった化合物は、N-カルバミル-L-アスパラギン酸、3-メチル-2-オキソブタン酸ナトリウム、2-ヒドロキシグルタル酸、アルギニノコハク酸二ナトリウム水和物、2’-デオキシシチジン、イノシン5’-リン酸二ナトリウム水和物、1-デオキシノジリマイシン、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、L-カルノシン、α-D-グルコ-ス 1-リン酸、クレアチニン、(R)-パントラクトン、トリメタジオン、6-ホスホ-D-グルコン酸、であった。
【0180】
[実施例3]
(B)の塩におけるCas9タンパク質/gRNA複合体の細胞内導入効率をEGFP-SSAアッセイで評価した。EGFPレポーター細胞を1×10
4 /wellで96 well plateに播種し、翌日反応液3-1、3-2、3-3、3-4、3-5、または3-6をそれぞれ50 μLを添加して5% CO
2にて30分間37℃でインキュベーションした。同様にiTOP-1250 50μLを添加してインキュベーションしたWellを用意した。以降の操作はEGFP-SSAアッセイ法に従った。得られたHOECHST検出数、EGFP陽性細胞率を
図7に示した。塩化ナトリウムの項目は反応液3-1、塩化カリウムの項目は反応液3-2、塩化マグネシウムの項目は反応液3-3、アスパラギン酸マグネシウムの項目は反応液3-4、混合液の低濃度の項目は反応液3-5、高濃度の項目は反応液3-6、iTOP-1250の項目はiTOP-1250 bufferを用いた。同一Plate内で3 wellずつで行い、その平均値をプロットし標準偏差をエラーバーで表示した。また反応液中に含まれる無機塩のイオン(Na
+, Mg
2+, K
+, Cl
-)の電解質濃度についてミリ当量(mEq/L)で表示した。どの塩も電解質濃度が高くなるに従いEGFP陽性率が上昇している。最も活性が高いのは塩化ナトリウム、塩化カリウムおよび塩化マグネシウムの3種類の塩を混合した条件であり、iTOP-1250と比較しても活性が高い。また塩化ナトリウムと塩化マグネシウムは、同じ電解質濃度で比較した場合、ほぼ同等の活性を有した。
【0181】
[実施例4]塩化ナトリウムの各濃度におけるCas9/gRNA 複合体の細胞内導入評価
(B)の塩化ナトリウムの各濃度における化合物ごとのCas9タンパク質/gRNA複合体の細胞内導入効率をEGFP-SSAアッセイで評価した。EGFPレポーター細胞を1×10
4 /wellで96 well plateに播種し、翌日反応液3-7を50μLを添加して5% CO
2にて30分間37℃でインキュベーションした。以降の操作はEGFP-SSAアッセイ法に従った。(A)の化合物は終濃度250mMとなるよう添加した。Plateには250mM GABA、化合物なし(溶媒であるH
2Oのみ)の条件のWellを用意した。同一Plate内で3 wellずつで行い、EGFP陽性率の平均値をプロットし標準偏差をエラーバーとして
図8に表示した。塩化ナトリウム濃度が150mM~550mMにおいて化合物なしではEGFP陽性率は1%未満であった。GABAは塩化ナトリウム濃度550mMにおいてEGFP陽性率1.4%を示したものの、150mM、350mMでは陽性率は1%未満であった。それに比べて塩化ナトリウム濃度150mMでEGFP陽性率が1%を超えた化合物はN-カルバミル-L-アスパラギン酸、6-ホスホ-D-グルコン酸であり、特に6-ホスホ-D-グルコン酸のEGFP陽性率は2.2%とGABAよりも高い活性が確認された。350mM塩化ナトリウム濃度において、GABAのEGFP陽性率1.4%よりも高い活性を示した化合物はアルギニノコハク酸二ナトリウム水和物、N-カルバミル-L-アスパラギン酸、α-D-グルコ-ス 1-りん酸、6-ホスホ-D-グルコン酸、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸、イノシン5’-りん酸二ナトリウム水和物であった。550mM 塩化ナトリウム濃度における化合物のEGFP陽性率は、4-ヒドロキシプロリンを除くいずれの化合物もGABAよりも高い活性を示した。
【0182】
[実施例5]C57BC/6Jマウスをもちいた(B)の塩濃度におけるDNA変異導入効率評価
(A3)の化合物である2’-デオキシシチジンと、(B)の塩である塩化ナトリウムとを含む形質導入用溶液を調製し、その溶液にmRosa26 gRNAとCas9タンパク質の複合体をさらに溶解したものを、実施例5の投与液(投与液1、前記調製参照)として用いた。投与液1をマウス右下肢腓腹筋に局所投与して、標的遺伝子切断活性を評価した。投与液1は塩化ナトリウム濃度が163mM、233mM、333mM、433mMもしくは533mMとなるよう調製した。投与液は1回50μL、3日間連続で投与し、最終投与から4日目に右下肢腓腹筋組織を抽出し、T7E1アッセイを行った。その結果を
図9に示す。いずれの塩濃度においても正常マウスにおいてゲノム編集が確認された。
【0183】
[実施例6]C57BC/6Jマウスをもちいた(A)の各化合物濃度におけるDNA変異導入効率評価
各種の(A1)~(A5)の化合物と、(B)の塩である塩化ナトリウムとを含む形質導入用溶液を調製し、その溶液にmRosa26 gRNAとCas9タンパク質の複合体をさらに溶解したものを、実施例6の投与液(投与液2、前記調製参照)として用いた。投与液2をマウス右下肢腓腹筋に局所投与して、標的遺伝子切断活性を評価した。投与液2は、化合物として2’-デオキシシチジン、6-ホスホ-D-グルコン酸、N-カルバミル-L-アスパラギン酸または2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸を含み、投与液中の終濃度が25mMまたは250mMになるよう調製した。投与液2は50μLを1回投与し、4日目に右下肢腓腹筋組織を抽出し、T7E1アッセイを行った。その結果を
図10に示す。いずれの化合物も正常マウスにおいて対照化合物である250mM GABAと同等もしくはそれ以上のゲノム編集効率を示した。特にN-カルバミル-L-アスパラギン酸、2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸はGABAと比較して統計的に有意な結果が得られた。
【0184】
[実施例7]ヒトDMDエクソン45ノックイン-マウスDmd エクソン44ノックアウトマウスにおけるh DMD Ex45#1 gRNA、hDMD Ex45#23 gRNAを用いたエクソンスキッピング効果
各種の(A1)、(A4)の化合物と、(B)の塩である塩化ナトリウムとを含む形質導入用溶液を調製し、その溶液にhEx45#1 gRNA、hEx45#23 gRNAとCas9タンパク質の複合体をさらに溶解したものを、実施例7の投与液(投与液3、前記調製参照)として用いた。投与液3をマウス前脛骨筋に局所投与して、ヒトDMDエクソン45配列のスキッピング効率を評価した。投与液3は、化合物として6-ホスホ-D-グルコン酸またはN-カルバミル-L-アスパラギン酸、あるいは対照化合物としてGABAを含み、投与液中の終濃度が25mMまたは250mMになるよう調製した。投与液3は50μLを1回投与し、7日目に前脛骨筋組織を抽出し、エクソンスキッピング効率の測定を行った。その結果を
図11に示す。いずれの化合物もhEx45KI-mdx44マウスにおいて250mM GABAより高い標的遺伝子(ジストロフィン遺伝子)のExon Skipping活性を示した。特に25mM N-カルバミル-L-アスパラギン酸は250mM GABAと比較して統計的に有意な結果が得られた。
【0185】
[実施例8]デキストランを用いた細胞内取り込み試験
蛍光標識したデキストラン(FITC-Dextran)を用いてC2C12細胞の細胞内取り込み評価を行った。塩化ナトリウム濃度は550mMであり、化合物の終濃度は250mM GABA(対照)、125mM N-カルバミル-L-アスパラギン酸、250mM 2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸である。各化合物を添加した反応液5を細胞に添加し30分後、培地に切り替えて30分もしくは90分インキュベーションした結果を
図12に表示した。本発明で規定する化合物を塩と併用することにより、蛍光標識デキストランの細胞内透過が促進された。本発明により、タンパク質(Cas9)、核酸(gRNA)だけでなく、デキストランのような高分子化合物も高効率に送達できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0186】
本発明の形質導入用溶液、およびそれを用いる本発明の形質導入方法は、核酸、タンパク質等の関心対象分子を高い効率で種々の細胞内に導入することを可能とする。例えば、CRISPRシステムに用いられるgRNAおよびCasタンパク質の複合体を、本発明の形質導入用溶液と一緒に細胞に接触させることによってその細胞内に高効率で導入し、CRISPRシステムによるゲノム編集を行うことができる。また、本発明の形質導入方法により、核酸、タンパク質等の関心対象分子が形質導入された細胞を効率的に製造することができる。
【配列表】