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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】育種選抜へのペプチド検出技術の活用
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240801BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240801BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/53 D
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021058303
(22)【出願日】2021-03-30
(65)【公開番号】P2022155000
(43)【公開日】2022-10-13
【審査請求日】2024-01-04
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】米丸 淳一
(72)【発明者】
【氏名】小川 大輔
(72)【発明者】
【氏名】高橋 史憲
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/127559(WO,A1)
【文献】米丸淳一,(29002A)高温耐性に優れた水稲を創出するペプタイピング技術の開発,イノベーション創出強化研究推進事業(基礎研究ステージ)研究紹介2020,日本,2020年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インド型イネ特異的発現タンパク質の発現を指標として、インド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜する工程を含む、インド型イネの染色体断片を有するイネ個体の選抜方法であって、
前記インド型イネ特異的発現タンパク質が、配列番号1記載のアミノ酸配列を含むOs11g25330.1タンパク質、配列番号2記載のアミノ酸配列を含むOs02g36140.2タンパク質、配列番号3記載のアミノ酸配列を含むOs02g52730.1タンパク質、配列番号4記載のアミノ酸配列を含むOs02g57010.1タンパク質、配列番号5記載のアミノ酸配列を含むOs03g21370.1タンパク質、配列番号6記載のアミノ酸配列を含むOs03g29810.1タンパク質、配列番号7記載のアミノ酸配列を含むOs04g11970.1タンパク質、配列番号8記載のアミノ酸配列を含むOs04g53810.1タンパク質、配列番号9記載のアミノ酸配列を含むOs06g04610.1タンパク質、配列番号10記載のアミノ酸配列を含むOs06g18790.1タンパク質、配列番号11記載のアミノ酸配列を含むOs06g35540.1タンパク質、配列番号12記載のアミノ酸配列を含むOs09g23540.1タンパク質、配列番号13記載のアミノ酸配列を含むOs11g02369.1タンパク質、配列番号14記載のアミノ酸配列を含むOs11g42550.1タンパク質及び配列番号15記載のアミノ酸配列を含むOs12g39860.2タンパク質から成る群より選択される、
前記方法
【請求項2】
抗インド型イネ特異的発現タンパク質抗体又はその断片を含む、請求項1記載の方法によりインド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜するためのキットであって、
前記インド型イネ特異的発現タンパク質が、配列番号1記載のアミノ酸配列を含むOs11g25330.1タンパク質、配列番号2記載のアミノ酸配列を含むOs02g36140.2タンパク質、配列番号3記載のアミノ酸配列を含むOs02g52730.1タンパク質、配列番号4記載のアミノ酸配列を含むOs02g57010.1タンパク質、配列番号5記載のアミノ酸配列を含むOs03g21370.1タンパク質、配列番号6記載のアミノ酸配列を含むOs03g29810.1タンパク質、配列番号7記載のアミノ酸配列を含むOs04g11970.1タンパク質、配列番号8記載のアミノ酸配列を含むOs04g53810.1タンパク質、配列番号9記載のアミノ酸配列を含むOs06g04610.1タンパク質、配列番号10記載のアミノ酸配列を含むOs06g18790.1タンパク質、配列番号11記載のアミノ酸配列を含むOs06g35540.1タンパク質、配列番号12記載のアミノ酸配列を含むOs09g23540.1タンパク質、配列番号13記載のアミノ酸配列を含むOs11g02369.1タンパク質、配列番号14記載のアミノ酸配列を含むOs11g42550.1タンパク質及び配列番号15記載のアミノ酸配列を含むOs12g39860.2タンパク質から成る群より選択される、
前記キット
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばペプチド検出技術を用いた育種選抜(ペプタイピング)を利用したイネ品種の選抜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
育種では、数千の個体を圃場で栽培し、各個体の表現型を観察して選抜をするため、多大な時間と労力を要する。その一方で、各個体で見られる特徴的な何かを指標にできれば、圃場で栽培する個体を減らすことができ、省力化が可能と考えられる。
【0003】
育種では、DNAマーカーによる遺伝子型の選抜が利用されている。しかしながら、DNAマーカーによる遺伝子型の選抜では、DNA抽出、PCR、電気泳動といった工程があり、煩雑なステップと多大な時間を要する。その一方で、タンパク質は、DNAと比較して構造的特徴が多いため、免疫学的な手法により簡易にその差異を識別することが可能である。
【0004】
近年の稲の品種改良は、日本型品種へのインド型品種の染色体断片の導入により行われており、日本型品種におけるインド型品種の染色体領域の有無を評価する方法が求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述の実情に鑑み、イネにおいて日本型品種へのインド型品種の染色体断片の導入を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、イネのインド型品種で特異的に発現するタンパク質を網羅的なタンパク質解析から明らかにし、それを指標としてイネにおける日本型品種へのインド型品種の染色体断片の導入を評価できることを見出し、本発明を完成するに至った。ペプチドの発現を指標に型(タイプ)を判定する手法の総称をペプタイピングと命名、定義し、ここでは日本型とインド型のペプチド型(ペプタイプ)の判定が可能な手法を構築した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
(1)インド型イネ特異的発現タンパク質の発現を指標として、インド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜する工程を含む、インド型イネの染色体断片を有するイネ個体の選抜方法。
(2)インド型イネ特異的発現タンパク質が、配列番号1記載のアミノ酸配列を含むOs11g25330.1タンパク質、配列番号2記載のアミノ酸配列を含むOs02g36140.2タンパク質、配列番号3記載のアミノ酸配列を含むOs02g52730.1タンパク質、配列番号4記載のアミノ酸配列を含むOs02g57010.1タンパク質、配列番号5記載のアミノ酸配列を含むOs03g21370.1タンパク質、配列番号6記載のアミノ酸配列を含むOs03g29810.1タンパク質、配列番号7記載のアミノ酸配列を含むOs04g11970.1タンパク質、配列番号8記載のアミノ酸配列を含むOs04g53810.1タンパク質、配列番号9記載のアミノ酸配列を含むOs06g04610.1タンパク質、配列番号10記載のアミノ酸配列を含むOs06g18790.1タンパク質、配列番号11記載のアミノ酸配列を含むOs06g35540.1タンパク質、配列番号12記載のアミノ酸配列を含むOs09g23540.1タンパク質、配列番号13記載のアミノ酸配列を含むOs11g02369.1タンパク質、配列番号14記載のアミノ酸配列を含むOs11g42550.1タンパク質及び配列番号15記載のアミノ酸配列を含むOs12g39860.2タンパク質から成る群より選択される、(1)記載の方法。
(3)抗インド型イネ特異的発現タンパク質抗体又はその断片を含む、(1)又は(2)記載の方法によりインド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜するためのキット。
(4)日本型イネと比較してインド型イネで特異的に発現するタンパク質を同定する工程を含む、インド型イネの染色体断片を有するイネ個体のバイオマーカーをスクリーニングする方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、イネ育種集団から、日本型イネへのインド型イネの染色体断片の導入の品種改良等によるインド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】国内で栽培される76品種を例に日本型品種とインド型品種の分類の定義を示す。
図2】実施例におけるインド型品種特異的に発現するタンパク質の抽出を示す。日本型品種とインド型品種の葉のプロテオーム解析データから抽出したインド型品種特異的タンパク質15種類について、稲の染色体上に矢印で遺伝子位置を示した。
図3】実施例における抗Os11g25330タンパク質(Nucleoside-triphosphatase)を用いたウェスタンブロット解析によるペプタイピングを示す。日本型品種「タチアオバ」とインド型品種「ルリアオバ」の交雑系統(RUTC-RIL)の葉の可溶性タンパク質から抗Os11g25330タンパク質抗体を用いたウェスタンブロットにより、標的タンパク質の有無を評価した(上)。CBB染色によるローディングコントロールを示す(下)。
図4】実施例におけるRUTC-RILの11番染色体の遺伝子型調査結果とペプチド検出の対応を示す。表2に示すDNAマーカーを用いて、11番染色体に関し遺伝子型調査を行った。Mbは染色体位置を示す。Os11g25330遺伝子は、14.4Mbに位置し、その領域を矢印で示す。cMは100回の減数分裂機会で1度組換えが起こる距離を意味し、ここではOs11g25330の遺伝子位置と各DNAマーカーの間の連鎖程度を示す。例としてRUTC-RILの1番から15番までの系統の結果を示した。全てのデータは表3に示す。aが「タチアオバ」型ホモ、bが「ルリアオバ」型ホモ、hがヘテロ型を示す。一番右側の列に、抗Os11g25330抗体を用いたウェスタンブロット解析での検出結果を示す。
図5】実施例におけるペプタイピング精度を示す。RUTC-RIL79系統について、ペプチド検出結果と遺伝子型調査結果を比較した。
図6】実施例におけるジェノタイプとペプタイプの一致率と遺伝距離の関係を示す。ジェノタイプとペプタイプが一致した70系統を用いて、二者の関係性を調査した。矢印の数字は、左から90%、80%、70%、60%の一致率が見込まれる遺伝距離を示す。
図7】実施例におけるジェノタイプとペプタイプの一致率とマーカー遺伝子からの物理距離の関係を示す。ジェノタイプとペプタイプが一致した70系統を用いて、二者の関係性を調査した。矢印の数字は、左から90%、80%、70%、60%の一致率が見込まれる物理距離を示す。
図8】実施例におけるマーカー位置におけるジェノタイプとペプタイプの一致率の変化を示す。14.4MbにOs11g25330遺伝子が位置する。
図9】実施例における日本型品種やインド型品種の特異的タンパク質の数を示す。プロテオーム解析により検出したタンパク質に関して、日本型品種とインド型品種間で比較した。(A)品種名の右側(インド型品種)、あるいは下側(日本型品種)に示す数字は、各品種で検出したタンパク質の数を示す。セル内の数字は、「インド型品種特異的に発現するタンパク質_共通して発現するタンパク質_日本型品種特異的に発現するタンパク質」の数を示す。(B)「あきだわら」と「ルリアオバ」を例に、特異的タンパク質の遺伝子位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明に係るインド型イネの染色体断片を有するイネ個体の選抜方法(以下、「本方法」と称する)は、日本型イネと比較してインド型イネにおいて特異的に発現するタンパク質(インド型イネ特異的発現タンパク質)の発現を指標として、インド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜する工程を含むものである。本方法によれば、インド型イネ特異的発現タンパク質の発現とインド型イネの染色体断片の存在とが相関することから、イネ育種集団において、インド型イネ特異的発現タンパク質の発現を指標としてインド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜できる。
【0012】
インド型イネ特異的発現タンパク質は、1種又は複数種(例えば2種以上、3種以上)の日本型イネのタンパク質発現プロファイルと比較して1種又は複数種(例えば2種以上、3種以上)のインド型イネのタンパク質発現プロファイルにおいてインド型イネ特異的に発現するタンパク質をインド型イネの染色体断片を有するイネ個体のバイオマーカーとして同定(スクリーニング)することにより得ることができる。
【0013】
国内で栽培されている様々なイネ76品種のゲノム情報の解析を行い、欠損値が無くMAF(Minor allele frequency)>0.1を満たすBiallelicな1,090,923カ所のSNPを選抜した。そのうち12本のイネ染色体に対してランダムかつ比較的等間隔に各100カ所ずつ選択した計1,200カ所のSNPを集団構造解析に利用した。集団構造解析はInStruct(Gao, H., Williamson,S., and Busta-mante, C.D. 2007.An MCMC Approach for Joint Inference of Population Structure and Inbreeding Rates from Multi-Locus Genotype Data. Genetics (online))を用いて、K=2として行った。ランダムに選択した異なる5組のSNPセットから得られた2回の解析結果で得られた日本型およびインド型クラスター値の平均値(n=10)を日本型およびインド型の定義に利用した。クラスター値は、日本型クラスター値+インド型クラスター値=1の関係にある。図1に、日本型のクラスター値を灰色、インド型のクラスター値を黒色で示す。
【0014】
本発明では、日本型クラスター値>インド型クラスター値を示す品種を日本型品種、その逆をインド型品種と定義した。インド型品種の例として、以下の実施例で用いた「ルリアオバ」(0.89、括弧内はインド型クラスター値)、「水原258号」、「北陸193号」があり、他には、「密陽25号」、「桂朝2号」、「密陽42号」、「もちだわら」、「タカナリ」、「オオナリ」、「ハバタキ」が挙げられる(0.91~0.93)。日本型品種の例として、以下の実施例で用いた「タチアオバ」(0.09)、「あきだわら」(0.08)、「ミズホチカラ」(0.42)があり、その他には、「コシヒカリ」、「あきたこまち」、「ヒノヒカリ」、「どんとこい」、「べこごごみ」、「きぬむすめ」、「黄金晴」、「さとじまん」、「ほしじるし」、「きらら397」などがある(0.07~0.08)。また、「とよめき」(0.18)、「やまだわら」(0.24)なども日本型品種として定義される。
【0015】
具体的なインド型イネ特異的発現タンパク質としては、3種類の日本型品種の「あきだわら」「タチアオバ」、「ミズホチカラ」と3種類のインド型品種「水原258号」、「北陸193号」、「ルリアオバ」との間で比較し、3種類のインド型品種で共通して特異的に発現する以下の15種のタンパク質が挙げられる(表1):配列番号1記載のアミノ酸配列を含むOs11g25330.1タンパク質、配列番号2記載のアミノ酸配列を含むOs02g36140.2タンパク質、配列番号3記載のアミノ酸配列を含むOs02g52730.1タンパク質、配列番号4記載のアミノ酸配列を含むOs02g57010.1タンパク質、配列番号5記載のアミノ酸配列を含むOs03g21370.1タンパク質、配列番号6記載のアミノ酸配列を含むOs03g29810.1タンパク質、配列番号7記載のアミノ酸配列を含むOs04g11970.1タンパク質、配列番号8記載のアミノ酸配列を含むOs04g53810.1タンパク質、配列番号9記載のアミノ酸配列を含むOs06g04610.1タンパク質、配列番号10記載のアミノ酸配列を含むOs06g18790.1タンパク質、配列番号11記載のアミノ酸配列を含むOs06g35540.1タンパク質、配列番号12記載のアミノ酸配列を含むOs09g23540.1タンパク質、配列番号13記載のアミノ酸配列を含むOs11g02369.1タンパク質、配列番号14記載のアミノ酸配列を含むOs11g42550.1タンパク質及び配列番号15記載のアミノ酸配列を含むOs12g39860.2タンパク質(下記の表1において各タンパク質の機能を記載する)。また、これらタンパク質の各配列番号に記載のアミノ酸配列に対して少なくとも90%、好ましくは少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ各タンパク質の機能又は活性を有するタンパク質も、インド型イネ特異的発現タンパク質として使用することができる。
【0016】
例えば、Os11g25330.1タンパク質の発現は、11番染色体の14.4Mb付近がインド型イネの染色体断片を有する個体と相関する。
【0017】
本方法においては、選抜すべきイネ育種集団から得たサンプルにおいて、インド型イネ特異的発現タンパク質の発現を測定する。イネ由来のサンプルとしては、例えば植物体全体、植物器官(例えば葉、果梗、葉柄、花弁、茎、根、種子、果実等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、植物培養細胞等が挙げられる。
【0018】
イネ由来のサンプルから常法によりタンパク質を回収する。次いで、回収したタンパク質を、抗原抗体反応に基づく、抗インド型イネ特異的発現タンパク質抗体又はその断片を使用する免疫学的測定方法に供する。免疫学的測定方法としては、例えばウェスタンブロッティング法、酵素免疫測定法(ELISA)等が挙げられる。抗インド型イネ特異的発現タンパク質抗体としては、例えばモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、組換え抗体等が挙げられる。また、抗インド型イネ特異的発現タンパク質抗体の断片としては、例えばFab、Fab'、F(ab')2等が挙げられる。
【0019】
次いで、本方法では、免疫学的測定方法により抗インド型イネ特異的発現タンパク質が検出されたサンプルが由来する個体をインド型イネの染色体断片を有するイネ個体として選抜する。
【0020】
また、本方法に準じて、本発明は、抗インド型イネ特異的発現タンパク質抗体又はその断片を含む、本方法によりインド型イネの染色体断片を有するイネ個体を選抜するためのキットに関する。当該キットは、抗インド型イネ特異的発現タンパク質抗体又はその断片に加えて、例えば免疫学的測定方法において使用する試薬、容器、プレート、使用説明書等をさらに含むことができる。
【実施例
【0021】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0022】
1.材料と方法
1-1.「ルリアオバ」と「タチアオバ」の交雑集団(RUTC-RIL)の作出
稲品種「ルリアオバ」と「タチアオバ」の交雑集団(RUTC-RIL)の81系統は、「ルリアオバ」と「タチアオバ」を交配した種子から単粒系統法により作出した。本実験には、F8世代の系統を用いた。
【0023】
1-2.RUTC-RILの栽培
各系統の種子を、400mLのスポルタックスターナSE((株)日産化学工業)200倍希釈液で、暗所30℃で1日間殺菌処理した。その後、水に置換し暗所30℃の1日間処理を2回行い、35gの土(ボンソル2号)を詰めた育苗トレー(RLプラグトレーRL-40PT、(株)東海化成)に播種し、人工気象器(日本医科:LPH-411SP)内で、明期28℃14時間、暗期23℃10時間の周期で栽培した。
【0024】
1-3.MS解析のためのタンパク質抽出
3種類の日本型品種の「あきだわら」「タチアオバ」、「ミズホチカラ」と3種類のインド型品種「水原258号」、「北陸193号」、「ルリアオバ」の葉身をカットし、液体窒素下で粉々にすり潰した。0.5 mL抽出緩衝液(50 mM Hepes KOH (pH 7.5); 5 mM EDTA; 25 mM EGTA; 25 mM NaF; 50 mM -glycerophosphate; 20% Glycerol; 1 mM Na3VO4)と混合し、1.5 mLチューブに移した。15000 rpm、4℃、15 分間の遠心分離後、さらに上清を15000 rpmで10分間 4℃にて遠心分離し、上清をタンパク質溶液として回収した。タンパク質濃度はBio-Rad Protein Assay Dye Reagent Concentrate (Bio-Rad Laboratories, Inc.)を用いて調べた。
【0025】
1-4.断片化・脱塩処理
100 μgのタンパク質抽出液に対して、1/10倍量のDTT緩衝液(100 mM DTT; 500 mM NH4HCO3)を加え、室温で1時間反応させた。さらにDTT緩衝液と等量のヨードアセトアミド緩衝液(550 mM IAA; 50 mM NH4HCO3)を加え、アルミホイルで包み遮光し、室温で1時間反応させた。その後、1 μgのトリプシン溶液(Tripsin/Lys-C Mix, Mass Spec Grade, Promega)を加え、室温にて20時間反応させた。GL-Tip SDB(GLサイエンス)およびGL-Tip GC(GLサイエンス)を用いて2段階の脱塩処理を行った。カラムに試薬B(80% アセトニトリル; 0.1% TFA)を20 μl加え、室温3,000 x gで2分間遠心した。その後、試薬A(0.1% TFA)を20 μl加え、室温3,000 x gで2分間遠心した。断片化させたタンパク質溶液をカラムに充填し、室温3,000 x gで5分間遠心した。その後、試薬Aを20 μl加え、室温3,000 x gで2分間遠心した。カラムを回収用チューブに付け替え、試薬Bを50 μl加え、室温3,000 x gで2分間遠心し、断片化させたタンパク質を回収した。濃縮遠心機で溶媒を乾燥させた後、0.1% FA溶液を20 μl加えタンパク質試料を溶解させ、Ultrafree-MC-VVカラム(Durapore PVDF 0.1 μm、Merck Millipore)に充填し、室温15,000 x rpmで10分間遠心し、MS解析用サンプルとした。
【0026】
1-5.MS解析
Nano-LC 部にはAutosampler-2 1D plus (Eksigent)とNanoLC Ultra (Eksigent)を使用した。濃縮カラムにはL-column2 ODS(カラム長5 mm x 内径0.3 mm、粒子径5 μm、化学物質評価研究機構)、分析カラムはMonoCap C18 High Resolution 2000カラム(カラム長2000 mm x 内径0.1 mm、粒子径2 μm、GLサイエンス)を使用し、スプレーチップにはPicoTip emitter SilicaTip(内径20 μm、先端内径10 μm、New Objective Inc.)を使用した。濃縮カラムへのサンプル濃縮固定には、10 μlのサンプルを0.1%(v/v)ギ酸溶液を用いて、流速1 μL/minの速度で10分間かけて濃縮を行った。サンプルの溶出および分離には、流速500 nL/minの速度で行い、移動相には、溶媒A[2% (v/v) アセトニトリル; 0.1% (v/v) ギ酸]と溶媒B[80% (v/v) アセトニトリル; 0.1% (v/v) ギ酸]を使用した。分離プログラムには、溶媒A:溶媒B=98:2(0分)-リニアグラジエント60:40(300分)-10:90(20分)-98:2(40分)の4ステップで合計所要時間360分間のプログラムを使用した。
【0027】
MS部はTripleTOF5600システム(AB SCIEX)を用い、イオンスプレー電圧を2300Vに設定し、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法を用いてサンプルをイオン化し、ポジティブモードで分析を行った。MS解析には、飛行時間型質量分析計(Time-of-Flight mass spectrometer; TOF-MS)を用いて、1回の測定蓄積時間を250 msとし、400-1250 m/zの質量範囲を測定した。MS/MS解析ではHigh Sensitivity Modeを用い、Collision energyを37.0 V、測定する質量範囲を100-1600 m/z、1つのプリカーサーイオンあたりの測定蓄積時間を100 msとして1回のサイクル(1.3 s)内に20種類のプリカーサーイオンのMS/MSスペクトルを取得した。また、1度MS/MSスペクトルを取得したプリカーサーイオンと同一のイオンに関しては、その後10秒間は再分析しないよう設定した。
【0028】
MS/MSスペクトルの解析にはProteinPilot ソフトウェア(AB SCIEX)を使用した。解析プログラムの設定はタンパク質同定を目的とし、還元アルキル化の方法をIodoacetamideまたはMethyl methanehiosulfonate(MMTS)、消化酵素の種類をTrypsinと設定して解析を行った。タンパク質決定には、The Arabidopsis Information Resource (TAIR)のタンパク質配列データベースを指標に同定を行った。また、リン酸化ペプチド配列を予測する実験では、リン酸化ペプチド配列予測アルゴリズムを用いて、選択的にリン酸化ペプチド配列の同定を行った。得られた結果はFalse Discovery Rate (FRD)を用いて、閾値q < 0.05を指標に解析を行い、統計学的に優位であることを確認した。
【0029】
1-6.インド型品種特異的なタンパク質の選抜
3種類の日本型品種の「あきだわら」「タチアオバ」、「ミズホチカラ」と3種類のインド型品種「水原258号」、「北陸193号」、「ルリアオバ」の葉身で発現するタンパク質のデータ各2反復分、取得した。各品種、2反復のうち一度でも発現したタンパク質を発現タンパク質とした。インド型3品種で共通して発現するタンパク質の総数は651であった。そのうち、日本型の3品種で一度でも発現したことのないタンパク質の総数は15であった(表1)。その中から、Os11g25330.1に対する抗体を作製した。
【0030】
【表1】
【0031】
1-7.ペプチド抗体の作製
Os11g25330.1のタンパク質(配列番号1)の一部分(NH2-EKAKGVVPKQLQKRTPLK-COOH:配列番号16)を合成しウサギに免疫した。採血し得られた血清からアフィニティ精製したものを抗Os11g25330.1抗体として実験に用いた。
【0032】
1-8.タンパク質抽出とウェスタンブロッティング
RT-RILの各系統の葉を約1cm x 10 cmにカットし、液体窒素下で粉々にすり潰した。0.5 mL抽出緩衝液(10 mM Tris-HCl (pH 8.0); 8 M Urea)と混合し、1.5 mLチューブに移した。15000 rpm、4℃、15分間の遠心分離後、さらに上清を15000 rpmで10分間 4℃にて遠心分離し、上清をタンパク質溶液として回収した。タンパク質濃度はBio-Rad Protein Assay Dye Reagent Concentrate(Bio-Rad Laboratories, Inc.)を用いて調べ、抽出緩衝液や3xSDS緩衝液(3% (w/v) SDS; 30 mM Tris-HCl (pH 8.0); 3 mM EDTA (pH 8.0); 30% Sucrose; 0.012% CBB; 15% (v/v) 2-Mercaptoethanol)を加えて、各サンプル1 mg protein/ml)に調整し、40μgを10% SDS-PAGE用のゲルで電気泳動した。
【0033】
電気泳動したゲルは、クマシーステイン(Bio-SafeTM Coomassie G-250 Stain、Bio-Rad Laboratories, Inc.)を用いて染色し、等量泳動されていることを確認した。また、ウェスタンブロッティングのため、ゲルからニトロセルロースメンブレンへブロッティングし、ブロッキング液(5% スキムミルク、1% 牛血製アルブミンを含むTBS緩衝液)に浸し、室温で一時間振とうした。2000倍希釈の一次抗体(LOC Os11g25330.1のペプチドに対する抗体)を含むブロッキング液にメンブレンを浸し室温で1時間振とうした。TTBS緩衝液(50 mM Tris-HCl (pH 7.8); 150 mM NaCl; 0.05% (v/v) Tween-20)下で5分間の洗浄を3回行った。2500倍希釈の二次抗体(Goat Anti-Rabbit (GAR)-HRP conjugate)を含むブロッキング駅にメンブレンを浸し室温で1時間振とうした。メンブレンをTTBS緩衝液で5分間3回の洗浄、その後TBS 緩衝液で5分間3回の洗浄を行い、Luminata Forte Western HRP基質(Millipore Corporation)に浸けて、超高感度化学発光撮影装置(Lumino Graph III、(株)アトー)にセットし露光し、LOC Os11g25330.1のタンパク質のバンドを検出した。
【0034】
1-9.RUTC-RILのDNA抽出と遺伝子型解析
ディープウェルプレート(ディープウェルプレート 96well 丸底、BM6012、ビーエム機器)に各ウェル個の3 mmジルコニアビーズを入れ、その後、幅1~2 mm長さ1 cmの葉1枚をウェルに入れた。TPE 緩衝液(1 M KCl; 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0); 10 mM EDTA (pH 8.0))を300 μLずつ分注し、プレートマット(BM6015、ビーエム機器)をして、多検体細胞破砕装置シェイクマスターオート(BMS-A20TP、(株)バイオメディカルサイエンス)を用いて1000 rpmで2 分間粉砕した。その後、プレートを3000 rpmで15分間4℃にて遠心した。100 μL上清に100 μLイソプロパノール(富士フイルム和光純薬)を加え混合後、4000 rpmで15 分間4℃にて遠心した。沈殿物を150 μL 70%エタノールで洗い、風乾後、100 μLの緩衝液 (1 mM Tris-HCl (pH 8.0); 0.1 mM EDTA (pH 8.0))に溶かした。
【0035】
遺伝子型解析のためのPCRに15種類のプライマーセット(MAGIC-Indel-Primer: 607, 610, 615, 618, 619, 622, 623, 624, 626, 628, 632, 1052, 644, 645, 660)を用いた(表2)。
【0036】
【表2】
【0037】
PCRは、3.75 μL滅菌水、5.0 μL 2×KAPA反応用緩衝液(KAPA2G Fast ReadyMix、Kapa Biosystems)、0.25μL フォワードプライマー(20 nM)、0.25μL リバースプライマー(20 nM)、各DNA サンプル 1.0 μLを混合し合計 10.0 μLに対して、95℃2分間の前処理後、95℃ 10秒、55℃ 10秒、72℃ 1秒のセットを35回行い、72℃ 30秒の後処理を行った。
【0038】
電気泳動には、水平型電気泳動ユニット(ELECTRO-4 Gel System、(株日本エイドー)とパワーサプライ(PowerPacTMUniversal, Bio-Rad Laboratories, Inc.)を用いた。PCR産物を1xTBE中で3%アガロースゲル(SeaKem(登録商標) LE Agarose、ロンザジャパン)で電気泳動し、その後、アガロースゲルをエチジウムブロマイド染色し、撮影システム(AE-6931FXCF、(株)ATTO)を用いてUV照射下でバンドパターンの差異を観察し遺伝子型を決定した。
【0039】
2.結果と考察
タンパク質は構造的に多様な特徴を有し、免疫学的に検出することで簡易識別が可能である。本発明ではその実現に向けた基盤部分を示す。
【0040】
具体的には、先ず、日本型品種とインド型品種のタンパク質発現プロファイルを比較し、稲のインド型品種特異的に発現するタンパク質群を抽出した(図2)。
【0041】
そして、その中に含まれる遺伝子番号Osllg25330由来のタンパク質を指標とすることで(図3)、日本型品種とインド型品種を交雑し作出した育種集団の中から11番染色体の14.4Mb付近がインド型品種の染色体断片を持つ個体を識別できることを示した(表3並びに図4)。
【0042】
【表3】
【0043】
ペプタイピングの特異性は100%で、偽陽性検体は見られず、感度は84%であった(図5)。また、ペプタイプと遺伝距離や物理距離との関係性を調査し、90%から60%の精度にあたる想定距離を示した(図6及び7)。11番染色体におけるDNAマーカーの位置と、ジェノタイプとペプタイプの一致率を図示した(図8)。
【0044】
1種類の日本型品種と1種類のインド型品種を比較すると(図9)、1000前後の検出タンパク質のうち2割程度がペプチド指標の候補となり、これらのマーカー検出手法を構築することで、染色体の様々な領域を網羅できると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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