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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】多極子レンズおよび荷電粒子線装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/141 20060101AFI20240801BHJP
   H01J 37/147 20060101ALI20240801BHJP
   H01J 37/153 20060101ALI20240801BHJP
   H01J 37/05 20060101ALI20240801BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20240801BHJP
【FI】
H01J37/141 Z
H01J37/147 B
H01J37/153 B
H01J37/05
H01J37/28 B
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2023565735
(86)(22)【出願日】2021-12-07
(86)【国際出願番号】 JP2021044948
(87)【国際公開番号】W WO2023105632
(87)【国際公開日】2023-06-15
【審査請求日】2024-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】木澤 駿
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 康平
(72)【発明者】
【氏名】備前 大輔
(72)【発明者】
【氏名】水原 譲
(72)【発明者】
【氏名】水谷 俊介
(72)【発明者】
【氏名】三羽 貴文
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/213171(WO,A1)
【文献】特開2020-123455(JP,A)
【文献】特開2018-190709(JP,A)
【文献】特開昭52-025562(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のスリットが設けられた空芯円筒状の非磁性体ボビンと、
金属導線とを有し、
前記非磁性体ボビンは、前記複数のスリットが設けられるスリット部と前記スリット部を挟んで設けられる第1及び第2の円周部とを備え、
前記複数のスリットは、隣接するスリット間の中心角が、Nを自然数として、(360/12N)°となるように配置され、
前記金属導線は、前記第1の円周部から前記第2の円周部に向けた前記複数のスリットのうちのあるスリットの通過、前記第2の円周部に沿った前記あるスリットから前記複数のスリットのうちの他のスリットへの移動、及び前記第2の円周部から前記第1の円周部に向けた前記他のスリットの通過、前記第1の円周部に沿った前記他のスリットから前記複数のスリットのうちのさらに他のスリットへの移動を繰り返すように、前記非磁性体ボビンに巻かれており、
前記複数のスリットのそれぞれにおける前記金属導線の巻き数は等しく、
前記非磁性体ボビンの前記スリットの長手方向に直交する断面を、中心角が等しく、かつ2以上の前記スリットを含む偶数個の領域に区分したとき、前記領域に含まれる前記スリットにおいて前記金属導線が通過する方向は等しく、隣接する前記領域に含まれる前記スリットにおいて前記金属導線が通過する方向とは反転している多極子レンズ。
【請求項2】
請求項1において、
前記領域に含まれる前記スリットのうち、隣接する前記領域との境界にそれぞれ最も近接する2つのスリットにおける前記金属導線間の中心角が60±3°におさまる大きさであり、
前記金属導線は、n1を自然数として、1スリットあたりn1回巻かれる多極子レンズ。
【請求項3】
請求項1において、
前記領域に含まれる前記スリットのうち、隣接する前記領域との境界にそれぞれ最も近接する2つのスリットにおける前記金属導線間の中心角が90±3°におさまる大きさであり、
前記金属導線は、n2を自然数として、1スリットあたりn2回巻かれる多極子レンズ。
【請求項4】
請求項1において、
前記非磁性体ボビンに巻かれる前記金属導線として、第1の金属導線と第2の金属導線とが重畳され、
前記第1の金属導線の前記スリットの通過方向を定める前記領域の中心角と前記第2の金属導線の前記スリットの通過方向を定める前記領域の中心角とは異なる多極子レンズ。
【請求項5】
請求項4において、
前記第1の金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を6個または4個に区分するものであり、前記第2の金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を2個に区分するものである多極子レンズ。
【請求項6】
請求項4において、
前記第1の金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を6個に区分するものであり、前記第2の金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を4個に区分するものである多極子レンズ。
【請求項7】
請求項6において、
前記非磁性体ボビンに巻かれる前記金属導線として、さらに第3の金属導線が重畳され、
前記第3の金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を2個に区分するものである多極子レンズ。
【請求項8】
請求項5において、
前記非磁性体ボビン内に配置される偏向電極を有する多極子レンズ。
【請求項9】
試料を搭載する試料ステージと、
荷電粒子線の照射点を前記試料上で移動させるイメージシフト用偏向器と、請求項1に記載の多極子レンズとを含む荷電粒子線光学系と、
前記イメージシフト用偏向器を制御するイメージシフト用偏向器用制御器と、
前記多極子レンズの前記金属導線と接続され、前記多極子レンズにおける多極子場の発生を制御する多極子レンズ用制御器とを有する荷電粒子線装置。
【請求項10】
請求項9において、
前記金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を6個に区分するものであり、
前記多極子レンズ用制御器は、前記イメージシフト用偏向器が発生させる偏光コマ収差を前記多極子レンズが発生させる偏向コマ収差で打ち消すように、前記イメージシフト用偏向器用制御器と連動して前記多極子レンズを制御する荷電粒子線装置。
【請求項11】
請求項9において、
前記試料にリターディング電圧を印加するためのリターディング電圧源と、
前記試料ステージを制御する試料ステージ用制御器とをさらに有し、
前記金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を6個に区分するものであり、
前記多極子レンズ用制御器は、前記試料の端部を観察する際に生じる偏光コマ収差を前記多極子レンズが発生させる偏向コマ収差で打ち消すように、前記試料ステージ用制御器が管理するステージ座標に基づき前記多極子レンズを制御する荷電粒子線装置。
【請求項12】
請求項9において、
偏向コイル用制御器と、
偏向電極用制御器とをさらに有し、
前記荷電粒子線光学系は、偏向コイルと偏向電極とを備えるExBフィルタを含み、
前記偏向コイル用制御器は前記偏向コイルを制御し、前記偏向電極用制御器は前記偏向電極を制御し、
前記偏向コイル用制御器及び前記偏向電極用制御器は、ウィーン条件を満たし、かつ、前記イメージシフト用偏向器が発生させる偏向色収差を、前記ExBフィルタが発生させる偏向色収差で打ち消すように、ExBフィルタを制御し、
前記金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を6個に区分するものであり、
前記多極子レンズ用制御器は、前記イメージシフト用偏向器及び前記ExBフィルタが発生させる偏光コマ収差を前記多極子レンズが発生させる偏向コマ収差で打ち消すように、前記イメージシフト用偏向器用制御器、前記偏向コイル用制御器及び前記偏向電極用制御器と連動して前記多極子レンズを制御する荷電粒子線装置。
【請求項13】
請求項9において、
偏向コイル用制御器と、
偏向電極用制御器とをさらに有し、
前記非磁性体ボビンに巻かれる前記金属導線として、第1の金属導線と第2の金属導線とが重畳され、前記第1の金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を6個に区分するものとし、前記第2の金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を2個に区分するものとし、前記非磁性体ボビン内に偏向電極を配置して、前記多極子レンズをExBフィルタ搭載型六極子レンズとし、
前記偏向コイル用制御器は、前記第2の金属導線に接続され前記ExBフィルタ搭載型六極子レンズにおける偏向場の発生を制御し、前記偏向電極用制御器は前記偏向電極を制御し、
前記多極子レンズ用制御器は、前記第1の金属導線に接続されており、
前記偏向コイル用制御器及び前記偏向電極用制御器は、ウィーン条件を満たし、かつ、前記イメージシフト用偏向器が発生させる偏向色収差を、前記ExBフィルタが発生させる偏向色収差で打ち消すように、前記ExBフィルタを制御し、
前記多極子レンズ用制御器は、前記イメージシフト用偏向器及び前記ExBフィルタが発生させる偏光コマ収差を前記ExBフィルタ搭載型六極子レンズが発生させる偏向コマ収差で打ち消すように、前記イメージシフト用偏向器用制御器、前記偏向コイル用制御器及び前記偏向電極用制御器と連動して六極子場の発生を制御する荷電粒子線装置。
【請求項14】
請求項9において、
前記金属導線の前記領域の中心角は前記非磁性体ボビンの断面を4個に区分するものであり、
前記多極子レンズ用制御器は、前記荷電粒子線のイメージシフト偏向に起因して生じる偏向非点収差を前記多極子レンズが発生させる偏向非点収差で打ち消すように、前記イメージシフト用偏向器用制御器と連動して前記多極子レンズを制御する荷電粒子線装置。
【請求項15】
複数のスリットが設けられた空芯円筒状の非磁性体ボビンと、
金属導線とを有し、
前記非磁性体ボビンは、前記複数のスリットが設けられるスリット部と前記スリット部を挟んで設けられる第1及び第2の円周部とを備え、
前記複数のスリットは、隣接するスリット間の中心角が、Nを自然数として、(360/12N)°となるように配置され、
前記金属導線は、前記第1の円周部から前記第2の円周部に向けた前記複数のスリットのうちのあるスリットの通過、前記第2の円周部に沿った前記あるスリットから前記複数のスリットのうちの他のスリットへの移動、及び前記第2の円周部から前記第1の円周部に向けた前記他のスリットの通過、前記第1の円周部に沿った前記他のスリットから前記複数のスリットのうちのさらに他のスリットへの移動を繰り返すように、前記非磁性体ボビンに巻かれており、
前記非磁性体ボビンに巻かれる前記金属導線として、第1の金属導線、第2の金属導線及び第3の金属導線が重畳されており、
前記非磁性体ボビンの前記スリットの長手方向に直交する断面を、中心角が等しく、かつ1以上の前記スリットを含む12個の領域に区分し、前記非磁性体ボビンの周方向に沿って順に第1乃至第12の領域と定義し、前記スリットに沿って前記第1の円周部から前記第2の円周部に向かう方向を第1の方向、前記スリットに沿って前記第2の円周部から前記第1の円周部に向かう方向を第2の方向と定義し、前記n3を自然数とするとき、
前記第1の金属導線は、前記第1の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向に3n3回巻かれており、前記第4の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向に3n3回巻かれており、前記第7の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向に3n3回巻かれており、前記第10の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向に3n3回巻かれており、
前記第2の金属導線は、前記第2の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向に2n3回巻かれており、前記第3の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向にn3回巻かれており、前記第5の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向に2n3回巻かれており、前記第6の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向にn3回巻かれており、前記第8の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向に2n3回巻かれており、前記第9の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向にn3回巻かれており、前記第11の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向に2n3回巻かれており、前記第12の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向にn3回巻かれており、
前記第3の金属導線は、前記第2の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向にn3回巻かれており、前記第3の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向に2n3回巻かれており、前記第5の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向にn3回巻かれており、前記第6の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向に2n3回巻かれており、前記第8の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向にn3回巻かれており、前記第9の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向に2n3回巻かれており、前記第11の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第1の方向にn3回巻かれており、前記第12の領域に含まれる前記スリットにおいて前記第2の方向に2n3回巻かれている多極子レンズ。
【請求項16】
請求項15において、
前記非磁性体ボビン内に配置される偏向電極を有する多極子レンズ。
【請求項17】
試料を搭載する試料ステージと、
荷電粒子線の照射点を前記試料上で移動させるイメージシフト用偏向器と、請求項15に記載の多極子レンズとを含む荷電粒子線光学系と、
前記イメージシフト用偏向器を制御するイメージシフト用偏向器用制御器と、
前記多極子レンズの前記第1の金属導線と接続される第1の制御器と、
前記多極子レンズの前記第2の金属導線と接続される第2の制御器と、
前記多極子レンズの前記第3の金属導線と接続される第3の制御器とを有し、
前記多極子レンズに六極子場を発生させる六極子場発生モードにおいて、前記第1の制御器は前記第1の金属導線に第1の直流電流を印加し、前記第2の制御器及び前記第3の制御器は、それぞれ前記第2の金属導線及び前記第3の金属導線に前記第1の直流電流とは同一電流量で逆方向の第2の直流電流を印加し、
前記多極子レンズに双極子場を発生させる双極子場発生モードにおいて、前記第1の制御器及び前記第2の制御器は、それぞれ前記第1の金属導線及び前記第2の金属導線に互いに同一電流量で同方向の第3の直流電流を印加し、前記第3の制御器は、前記第3の金属導線に直流電流を印加しない荷電粒子線装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多極子レンズおよび荷電粒子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
EUV(Extreme Ultraviolet)リソグラフィ技術を用いた最先端の半導体プロセスにおいては、EUV光源のショットノイズやレジスト材料の不均一性に起因するStochastic欠陥を効率よく検出・管理することが製造の歩留まり向上にとって重要である。Stochastic欠陥のサイズはナノメートルサイズにまで及ぶため、この検出には欠陥サイズと同等以上の分解能を有する荷電粒子線装置が用いられる。また、Stochastic欠陥の発生確率は100万分の1以下という場合があるため、大量の計測点を短時間で計測するためのスループットが必要とされる。
【0003】
特許文献1には、鞍型偏向コイルにおいて多極子場を最小化するコイルの巻き方が提案されている。この巻き方はコサイン分布巻きとして知られている。コサイン分布巻きを備えた鞍型偏向コイルを用いることで、多極子場に起因する収差を抑制した荷電粒子線偏向を実現できる。
【0004】
特許文献2には、磁極を用いた多極子レンズを備えるExBフィルタを配置して、ExBフィルタを適切に制御することで偏向色収差を、多極子レンズを適切に制御することで偏向コマ収差を補正する方法が提案されている。
【0005】
特許文献3には、対物レンズの内外に複数の偏向器を配置し、各偏向器の偏向色・コマ収差係数の違いを利用して、偏向色収差および偏向コマ収差が発生しないようにビームを偏向させる方法が提案されている。
【0006】
特許文献4には、対物レンズの上流に複数のレンズと偏向器を配置して、対物レンズで発生する偏向収差を対物レンズ上流に配置したレンズの軸外収差で打ち消す方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭59-154732号公報
【文献】特開2001-15055号公報
【文献】特開2008-153131号公報
【文献】特開2015-95297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
荷電粒子線装置のスループットを上げるためには、高速に視野移動(イメージシフト)を繰り返しながら撮像を行うイメージシフト機能が必須であるが、イメージシフト動作は、付随して発生する偏向色収差や偏向コマ収差によって空間分解能を劣化させる要因となる。
【0009】
また、半導体プロセスでは、ウェハ1枚当たりの取得チップ数を増やすため、ウェハ端までパターニングが行われる。一方でウェハ端ではリソグラフィやエッチングが難しく歩留まりが低下しやすい傾向があり、検査・計測のニーズが高い。しかしながら、荷電粒子線装置を用いてウェハ端を観察する場合には、高分解能化に必須なリターディング電界がウェハ面の非連続性に起因して乱され、偏向場や多極子場が発生する。これに伴い偏向コマ収差等の偏向収差が発生する為、半導体ウェハ端部のSEM画像を取得する際には空間分解能の劣化が避けられない。
【0010】
特許文献1に記載の技術を用いることにより、多極子場に起因する高次収差を抑制した荷電粒子線偏向を実現できるものの、双極子場に起因する偏向収差の残存が課題となる。この課題を解決するためには、何らかの手段で偏向収差を補正する必要がある。
【0011】
特許文献2-4に記載の技術を用いることにより、偏向収差を補正することは可能であるものの、いずれの技術もハードウェアや制御系の複雑さや製造コストが課題となる。このため、これらの方法はコスト低減が重要視される用途には適さない。
【0012】
特許文献2に記載の技術は、様々な多極子場を発生できる多極子レンズを用いていることから、偏向非点収差等の寄生収差をも補正できる。一方で、この多極子レンズは磁極を用いているため、磁性材料特有の応答遅延が生じることが課題となる。このため、高速動作するイメージシフト用偏向器と連動して制御を行うことは困難である。
【0013】
特許文献3に記載の技術は、対物レンズの内側に偏向器を配置する必要があるため、空間的な制約が生じる。このため、対物レンズの構造によっては実装が困難な場合がある。
【0014】
特許文献4に記載の技術は、複数のレンズを用いているために加工や組み立て精度の誤差に起因する寄生収差の影響を強く受ける。この影響は原理的には補正可能であるものの、複雑で高コストな制御や構造が必要となる。
【0015】
本発明は上記のような課題に鑑みてなされたものであり、偏向色・コマ収差フリーでのイメージシフト偏向及びウェハ端部観察の実現に向け、簡易構成かつ高速動作可能な多極子レンズ、及びこれを備えた荷電粒子線装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一実施例である多極子レンズは、複数のスリットが設けられた空芯円筒状の非磁性体ボビンと、金属導線とを有し、
非磁性体ボビンは、複数のスリットが設けられるスリット部とスリット部を挟んで設けられる第1及び第2の円周部とを備え、複数のスリットは、隣接するスリット間の中心角が、Nを自然数として、(360/12N)°となるように配置され、
金属導線は、第1の円周部から第2の円周部に向けた複数のスリットのうちのあるスリットの通過、第2の円周部に沿ったあるスリットから複数のスリットのうちの他のスリットへの移動、及び第2の円周部から第1の円周部に向けた他のスリットの通過、第1の円周部に沿った他のスリットから複数のスリットのうちのさらに他のスリットへの移動を繰り返すように、非磁性体ボビンに巻かれており、
複数のスリットのそれぞれにおける金属導線の巻き数は等しく、
非磁性体ボビンのスリットの長手方向に直交する断面を、中心角が等しく、かつ2以上のスリットを含む偶数個の領域に区分したとき、領域に含まれるスリットにおいて金属導線が通過する方向は等しく、隣接する領域に含まれるスリットにおいて金属導線が通過する方向とは反転している。
【発明の効果】
【0017】
イメージシフト偏向時またはウェハ端部の観察時に生じる偏向収差を、低コストかつ高速に補正することができる多極子レンズ、及びそれを用いた荷電粒子線装置を提供する。その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1A】ボビン(スリット部)の断面図である。
図1B】ボビン(スリット部)の断面図である。
図1C】多極子レンズにおける金属導線の巻き方を説明するための図である。
図2A】六極子レンズの構成を示す断面図である。
図2B】六極子レンズの巻き数分布、及び双極子場と六極子場の簡易計算結果を示す表である。
図3A】四極子レンズの構成を示す断面図である。
図3B】四極子レンズの巻き数分布、及び双極子場と四極子場の簡易計算結果を示す表である。
図4】四極子レンズ重畳型六極子レンズの構成を示す断面図である。
図5A】偏向コイル重畳型六極子レンズの構成を示す断面図である。
図5B】偏向コイル重畳型四極子レンズの構成を示す断面図である。
図5C】偏向コイル・四極子レンズ重畳型六極子レンズの構成を示す断面図である。
図6A】ExBフィルタ重畳型六極子レンズの構成を示す断面図である。
図6B】ExBフィルタ重畳型四極子レンズの構成を示す断面図である。
図6C】ExBフィルタ・四極子レンズ重畳型六極子レンズの構成を示す断面図である。
図7A】第1の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図7B】第1の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図8A】第2の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図8B】第2の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図9A】第3の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図9B】第3の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図10A】第4の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図10B】第4の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図11A】第5の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図11B】第5の例に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
図12A】実施例3に係る多極子レンズの巻き数分布を説明する表である。
図12B】実施例3に係る多極子レンズの制御方法を説明する表である。
図12C】六極子場発生モードにおける、巻き数、及び双極子場と六極子場の簡易計算結果を示す表である。
図12D】双極子場発生モードにおける、巻き数、及び双極子場と六極子場の簡易計算結果を示す表である。
図12E】実施例3に係る荷電粒子線装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本開示においては、等角度で複数のスリットが設けられた空芯円筒状の非磁性体ボビンに対して、金属導線を一定角度ごとに方向を反転させながら巻くことで、簡易構成かつ高速動作可能なサドルコイル型の多極子レンズおよびそれを用いた荷電粒子線装置を提案する。
【実施例1】
【0020】
図1A,Bは、それぞれ多極子レンズを構成する金属導線(コイル)を巻くためのボビン(スリット部)の断面図を表す。本実施例の多極子レンズを構成するボビン101は、その円周上に沿って12N個(Nは任意の自然数)のスリットを、隣接するスリット間の中心角が(360/12N)°の等間隔となるように設けている。実装上、スリットはボビン101の周方向に幅をもって形成されるので、隣接するスリットそれぞれにおいて金属導線が配置される位置(図1A,Bのスリット形状例ではスリットの最奥部)間の中心角が(360/12N)°となっていればよい。
【0021】
本実施例では、少なくとも四極子場と六極子場の双方を発生可能とするため、ボビン101に設けるスリットの数を4と6の最小公倍数である12の倍数としている。図1AはN=1の場合の断面図、図1BにN=2の場合の断面図である。ボビン101に設けられたスリットに対して、特定の角度ごとに巻き線方向を反転させながら、各スリットで巻き数が同一になるように金属導線を巻くことで、六極子レンズや四極子レンズを実現することができる。金属導線の巻き方はより具体的には以下のようになる。ボビン101のスリットの長手方向に直交する断面を、中心角が等しく、かつ2以上のスリットを含む偶数個の領域に区分する。このとき、一つの領域に含まれるスリットにおける金属導線が通過する方向は等しく、当該一つの領域に隣接する領域に含まれるスリットにおける金属導線が通過する方向とは反転しているように、金属導線はボビン101に巻かれている。このように金属導線を巻くことにより、後述するように、ボビン101の断面を6個の領域に区分した場合には六極子場を発生させることができ、4個の領域に区分した場合には四極子場を発生させることができ、2個の領域に区分した場合には偏向場を発生させることができる。Nを大きくすることにより、一つの領域に存在する金属導線の密度が高まることにより生成される極子場の感度を高くすることができる。また、金属導線の位置ずれの影響を小さくすることができる効果がある。
【0022】
なお、ボビン101の材料は非磁性体であり、コアを有さない。これにより、磁性材料に特有の応答遅延を回避することができる。また、金属導線同士または金属導線とボビン101との接触により電気的に導通しないよう、金属導線は絶縁被覆されている。
【0023】
図2Aに六極子場を生成させるときのコイルの巻き方を示す。六極子場を生成させる多極子レンズ201は、ボビン101と金属導線202とを備え、金属導線202は60°ごとにスリットの通過方向が反転されながら、1スリットあたりn1(n1は任意の自然数)回巻かれる。寸法ずれや製造誤差などにより、金属導線202の位置にずれが生じるおそれがあるが、60±3°以内におさまるようであれば問題ない。図2Aには、N=1かつn1=1である場合の構成例を示したが、本実施例はこれらの条件に制限されない。これらの値にかかわらず、隣接する領域との境界にそれぞれ最も近接する2つのスリットにおける金属導線間の中心角が60±3°におさまる大きさであればよい。ただし、Nおよびn1は加工寸法等の実設計上の制約によって制限されるため、有限の値をとる。
【0024】
図2Bは、図2Aに示した多極子レンズ201の巻き数分布、及び双極子場と六極子場の簡易計算結果を説明する表である。図2Bの表において、第一列のスリット番号は多極子レンズ201に付したスリット番号である。第二列の角度θは0°方向(y方向)を基準としてスリットの位置を示すものであり、右回り方向を正にとっている。第三列の巻き数の符号は、金属導線202のスリットの通過方向に対応しており、図2Aにおいて紙面表側に向かって通過する場合を正、紙面裏側に向かって通過する場合を負としている。多極子レンズ201では巻き数n1=1であるため、どのスリットにおいても絶対値は1になっている。第四列には巻き数n1とcosθの積、第五列には巻き数n1とcos3θの積を示しており、これらの積分値はそれぞれ多極子レンズ201が生成する双極子場の大きさと六極子場の大きさを議論する指標となる。
【0025】
図2Bの表によれば、多極子レンズ201は双極子場を発生させずに、六極子場を発生させる。すなわち六極子レンズとして機能する。これは、全スリットに対するn1cosθの総和がゼロになっている一方で、全スリットに対するn1cos3θの総和が有限の値を持っているためである。図2Bは、N=1かつn1=1の場合の結果を示すものであるが、この性質は任意の自然数で与えられるNとn1に対して成立する。
【0026】
図3Aに四極子場を生成させるときのコイルの巻き方を示す。四極子場を生成させる多極子レンズ301は、ボビン101と金属導線302とを備え、金属導線302は90°ごとにスリットの通過方向が反転されながら、1スリットあたりn2(n2は任意の自然数)回巻かれる。金属導線302の位置にずれが生じても、90±3°以内におさまるようであれば問題ない。図3Aには、N=1かつn2=1である場合の構成例を示したが、本実施例はこれらの条件に制限されない。これらの値にかかわらず、隣接する領域との境界にそれぞれ最も近接する2つのスリットにおける金属導線間の中心角が90±3°におさまる大きさであればよい。ただし、Nおよびn2は加工寸法等の実設計上の制約によって制限されるため、有限の値をとる。
【0027】
図3Bは、図3Aに示した多極子レンズ301の巻き数分布、及び双極子場と四極子場の簡易計算結果を説明する表である。図3Bの表において、第一列のスリット番号は多極子レンズ301に付したスリット番号である。第二列の角度θは0°方向(y方向)を基準としてスリットの位置を示すものであり、右回り方向を正にとっている。第三列の巻き数の符号は、金属導線302のスリットの通過方向に対応しており、図3Aにおいて紙面表側に向かって通過する場合を正、紙面裏側に向かって通過する場合を負としている。多極子レンズ301では巻き数n1=1であるため、どのスリットにおいても絶対値は1になっている。第四列には巻き数n2とcosθの積、第五列には巻き数n2とcos2θの積を示しており、これらの積分値はそれぞれ多極子レンズ301が生成する双極子場の大きさと四極子場の大きさを議論する指標となる。
【0028】
図3Bの表によれば、多極子レンズ301は双極子場を発生させずに、四極子場を発生させる。すなわち四極子レンズとして機能する。これは、全スリットに対するn2cosθの総和がゼロになっている一方で、全スリットに対するn2cos2θの総和が有限の値を持っているためである。図2Bは、N=1かつn2=1の場合の結果を示すものであるが、この性質は任意の自然数で与えられるNとn2に対して成立する。
【0029】
このように、六極子場を発生させる多極子レンズと四極子場を発生させる多極子レンズとを、コイルの巻き数分布を変更することにより実現できる。
【0030】
本実施例における多極子レンズにおける金属導線(コイル)の巻き方について説明する。多極子レンズ201における金属導線の巻き方の一例を図1Cに示す。図1Cはボビン101の側面を平面に展開して示した模式図である。ボビン101には、スリット101sが設けられたスリット部101Aとその上下に金属導線を他のスリットに移動させるための円周部101Bとが設けられている。金属導線はスリットを通過するごとにボビンの円周部101Bを経由して異なるスリットへと移動し、一つ前の通過方向とは逆向きとなるようにスリットを通過することを繰り返す。このとき、スリット通過⇒円周部移動⇒スリット通過の各サイクルにおいて、金属導線が次に通過するスリットには、一つ前の通過方向に対して逆向きに通過すべきスリットのうち、前後のスリット同士を繋ぐボビン円周上の経路が最短となるようなスリットが選択される。なお、このときの円周経路は順周りと逆回りどちらでもよいものとする。また、各サイクルで金属導線が通過する円周上の経路も同様に最短経路が選択されるものとする。多極子レンズにおける金属導線(コイル)の巻き方は、以下の変形例においても同様である。
【0031】
(変形例1)
図4は、変形例1に係る多極子レンズ401の構成を説明する断面図である。多極子レンズ401は、ボビン101、六極子レンズ用金属導線202、及び四極子レンズ用金属導線302から構成される。金属導線202及び金属導線302は同一のボビン101に対して重畳され、後述するように、金属導線202及び金属導線302はそれぞれの制御器によって制御される。このとき、金属導線202及び金属導線302はボビン101に対して独立に重畳されている、という。
【0032】
多極子レンズ(四極子レンズ重畳型六極子レンズ)401では、四極子場と六極子場の両方を同時かつ独立に発生させることができる。なお、図4では四極子レンズ用金属導線302を六極子レンズ用金属導線202の外側に重畳させた例を示しているが、重畳する順序は限定しない。以下の変形例においても同様である。
【0033】
(変形例2)
図5A~Cは、変形例2に係る多極子レンズ501a~cの構成を説明する断面図である。多極子レンズ501a~cはそれぞれ、多極子レンズ201, 301, 401に偏向コイル502を独立に重畳させたものである。すなわち、多極子レンズ501aはボビン101、六極子レンズ用金属導線202、及び偏向コイル502から構成される。多極子レンズ501bはボビン101、四極子レンズ用金属導線302、及び偏向コイル502から構成される。多極子レンズ501cはボビン101、六極子レンズ用の金属導線202、四極子レンズ用の金属導線302、及び偏向コイル502から構成される。
【0034】
変形例2に係る多極子レンズは、偏向場を重畳させることで多極子場のレンズ中心を仮想的にずらすことができる。多極子レンズに組み立て誤差や加工誤差が含まれる場合、レンズの中心が光軸からずれる可能性があるが、変形例2のように偏向場を重畳させることでこの問題を対策できる。
【0035】
(変形例3)
図6A~Cは、変形例3に係る多極子レンズ601a~cの構成を説明する断面図である。多極子レンズ601a~cはそれぞれ、変形例2として示した多極子レンズ501a~cを構成するボビン101の内部に偏向電極602を設けている。このとき、偏向電極602による静電偏向場を偏向コイル502による電磁偏向場と直交させるように偏向電極602を配置させることで、ExBフィルタを構成する。また、ExBフィルタを構成するために、荷電粒子ビームに対する静電偏向と電磁偏向の作用が等量逆向きとなるウィーン条件が成り立つように、偏向電極602と偏向コイル502とを動作させる。
【0036】
多極子レンズ601aは六極子場レンズとExBフィルタ、多極子レンズ601bは四極子場レンズとExBフィルタ、多極子レンズ601cは六極子場レンズ、四極子場レンズ及びExBフィルタとしてそれぞれ機能する。
【実施例2】
【0037】
実施例2として、実施例1として説明した多極子レンズを搭載する荷電粒子線装置について説明する。
【0038】
(第1の例)
第1の例は、イメージシフト偏向時の偏向コマ収差を補正するため六極子レンズを搭載した荷電粒子線装置である。図7A,Bの荷電粒子線装置はどちらも、イメージシフト用偏向器の上流に偏向コマ収差補正用の六極子レンズを備えている。
【0039】
荷電粒子源701で生成された荷電粒子ビーム702は六極子レンズ201(図7A)あるいは偏向コイル重畳型六極子レンズ501a(図7B)を通過し、イメージシフト用偏向器703および撮像用偏向器704にて偏向された後、対物レンズ705にて細く絞られ、試料ステージ707上の試料706に入射する。試料706にはリターディング電圧源708により、高分解能化に必要なリターディング電圧が印加される。図7Bの構成における偏向コイル重畳型六極子レンズ501aは、六極子レンズ用金属導線202に対して偏向コイル502を重畳した多極子レンズであり(図5A参照)、六極子場のレンズ中心を仮想的にずらす機能を有する。
【0040】
六極子レンズ201あるいは偏向コイル重畳型六極子レンズ501aを構成する六極子レンズ用金属導線202は六極子レンズ用制御器709に、イメージシフト用偏向器703はイメージシフト用偏向器用制御器710に、偏向コイル重畳型六極子レンズ501aを構成する偏向コイル502は偏向コイル用制御器711にそれぞれ接続される。
【0041】
イメージシフト偏向に起因する偏向コマ収差に対して、逆向きの偏向コマ収差を六極子レンズで生成し、互いの偏向コマ収差をキャンセルアウトさせる。このプロセスをイメージシフト偏向と連動して行うため、イメージシフト用偏向器用制御器710の出力と連動して六極子レンズ用制御器709の出力を制御させる。
【0042】
この制御条件はイメージシフト偏向に伴う対物レンズの偏向コマ係数(対物レンズ像面換算値)をCco_IS 、対物レンズ像面における一次ビームの開き角をαi 、イメージシフト偏向量をIS=(ISX+iISY) 、多極子レンズによる偏向コマ収差係数(対物レンズ物面換算値)をCco_ML 、多極子レンズの感度をSML 、多極子レンズの使用電流をIML=(IMLX+iIMLY) 、対物レンズの結像倍率をMとすると、(数1)で表される。
【0043】
【数1】
【0044】
(数1)において、第一項はイメージシフト用偏向器の作る偏向コマ収差、第二項は多極子レンズの作る偏向コマ収差をそれぞれ意味する。理想的な多極子レンズでは双極子場がゼロとなるが、ボビンのスリット分割数Nは有限であるため、実際には微小な双極子場が生じる。このため、多極子レンズの感度SMLは0にはならず、(数1)を満たすイメージシフト偏向量ISと六極子レンズ電流IMLとの関係が一意に定まる。したがってこの関係を満たすように、イメージシフト偏向量ISを決めるイメージシフト用偏向器用制御器710の出力に応じて、六極子レンズ電流IMLを決める六極子レンズ用制御器709の出力を制御すれば、偏向コマ収差フリーでの広領域イメージシフト偏向を実現できる。
【0045】
偏向コイル用制御器711は六極子レンズのレンズ場中心を光軸と一致させるように、偏向コイルに流す電流を制御するために用いられる。
【0046】
(第2の例)
第2の例は、ウェハ端部の観察時に生じる偏向コマ収差を補正するため六極子レンズを搭載した荷電粒子線装置である。図8A,Bの荷電粒子線装置はどちらも、イメージシフト用偏向器の上流に偏向コマ収差補正用の六極子レンズを備えている。図8Bは六極子レンズとして偏向コイル重畳型六極子レンズ501aを用いた例である。
【0047】
荷電粒子源701で生成された荷電粒子ビーム702は六極子レンズ201(図8A)あるいは偏向コイル重畳型六極子レンズ501a(図8B)を通過し、イメージシフト用偏向器703および撮像用偏向器704にて偏向された後、対物レンズ705にて細く絞られ、リターディング電圧源708によりリターディング電圧がかけられた試料ステージ707上の試料706に入射される。試料ステージ707はステージ用制御器801によりステージの動作と座標が管理されている。
【0048】
六極子レンズ201あるいは偏向コイル重畳型六極子レンズ501aを構成する六極子レンズ用金属導線202は六極子レンズ用制御器709に、偏向コイル重畳型六極子レンズ501aを構成する偏向コイル502は偏向コイル用制御器711にそれぞれ接続される。
【0049】
ステージ移動により半導体ウェハ端部まで視野移動を行う場合には、試料706上のリターディング電界が乱され、偏向場や多極子場が発生する。これに伴う偏向コマ収差に対して、逆向きの偏向コマ収差を六極子レンズで生成し、互いの偏向コマ収差をキャンセルアウトさせる。このプロセスをステージ移動と連動して行うため、ステージ用制御器801の出力と連動して六極子レンズ用制御器709の出力を制御させる。
【0050】
この制御条件は、ステージ座標をP=(PX+iPY) 、ステージ座標に対して非線形的に生じる偏向コマ収差をdco_stage(P) とすると、(数2)で表される。
【0051】
【数2】
【0052】
(数2)において、第一項はステージ座標に応じて生じる偏向コマ収差、第二項は多極子レンズの作る偏向コマ収差をそれぞれ意味する。既に述べたようにボビンのスリット分割数Nは有限であることから多極子レンズの感度SMLは0にはならず、(数2)を満たすようなステージ座標Pと六極子レンズ電流IMLとの関係が一意に定まる。したがってこの関係を満たすように、ステージ座標Pを決めるステージ用制御器801の出力に応じて、六極子レンズ電流IMLを決める六極子レンズ用制御器709の出力を制御すれば、偏向コマ収差フリーでのウェハ端観察を実現できる。
【0053】
(第3の例)
第3の例は、イメージシフト偏向時の偏向コマ収差とウェハ端部の観察時に生じる偏向コマ収差の両方を同時補正するため六極子レンズを搭載した荷電粒子線装置である。したがって、第1の例の構成(図7A,B)と第2の例の構成(図8A,B)とを組み合わせた構成を有していることを特徴とする(図9A,B)。
【0054】
イメージシフト偏向時の偏向コマ収差とウェハ端部の観察時に生じる偏向コマ収差の両方を同時補正するためには、(数3)の関係が成り立つように、イメージシフト偏向量ISを決めるイメージシフト用偏向器用制御器710の出力とステージ座標Pを決めるステージ用制御器801の出力に応じて、六極子レンズ電流IMLを決める六極子レンズ用制御器709の出力を制御すればよい。
【0055】
【数3】
【0056】
(第4の例)
第4の例は、イメージシフト偏向時の偏向コマ収差と偏向色収差の両方を同時補正するため、六極子レンズ及びExBフィルタを搭載した荷電粒子線装置である。ExBフィルタ1001と六極子レンズ201を多段配置する構成(図10A)と、ExBフィルタ搭載型六極子レンズ601aを用いる構成(図10B)との二通りの構成を示している。
【0057】
図10Aの荷電粒子線装置において、六極子レンズ201を構成する六極子レンズ用金属導線202は六極子レンズ用制御器709に、イメージシフト用偏向器703はイメージシフト用偏向器用制御器710に、ExBフィルタ1001を構成する偏向電極1002は偏向電極用制御器1004に、ExBフィルタ1001を構成する偏向コイル1003は偏向コイル用制御器1005にそれぞれ接続される。
【0058】
図10Bの荷電粒子線装置において、ExBフィルタ搭載型六極子レンズ601a(図6A参照)を構成する六極子レンズ用金属導線202は六極子レンズ用制御器709に、ExBフィルタ搭載型六極子レンズ601aを構成する偏向電極602は偏向電極用制御器1004に、ExBフィルタ搭載型六極子レンズ601aを構成する偏向コイル502は偏向コイル用制御器1005に、イメージシフト用偏向器703は制御器710にそれぞれ接続される。
【0059】
ここで、偏向電極用制御器1004と偏向コイル用制御器1005とはウィーン条件が成り立つ条件下で偏向電極602の電圧と偏向コイル502の電流とを制御する。
【0060】
イメージシフト偏向時の偏向コマ収差と偏向色収差の両方を同時補正するためには、以下に示す(数4)及び(数5)の関係が成り立つように、イメージシフト偏向量ISを決めるイメージシフト用偏向器用制御器710の出力に応じて、六極子レンズ電流IMLを決める六極子レンズ用制御器709の出力、ExBフィルタの電圧VExBを決める偏向電極用制御器1004の出力、及びExBフィルタの電流IExBを決める偏向コイル用制御器1005の出力を制御する。(数4)及び(数5)において、以下の変数を新たに定義する。
CCc_IS :イメージシフト偏向に伴う対物レンズの偏向色収差係数(対物レンズ像面換算値)
Vacc :一次ビームの加速電圧
dV :一次ビームのエネルギー分散
Cco_E :ExB用偏向電極の偏向コマ収差係数(対物レンズ物面換算値)
Cco_B :ExB用偏向コイルの偏向コマ収差係数(対物レンズ物面換算値)
CCc_E :ExB用偏向電極の偏向色収差係数(対物レンズ物面換算値)
CCc_B :ExB用偏向コイルの偏向色収差係数(対物レンズ物面換算値)
SE :ExB用偏向電極の偏向感度
SB :ExB用偏向コイルの偏向感度
【0061】
【数4】
【0062】
【数5】
【0063】
(数4)において、左辺の第一項と第二項はイメージシフト偏向に起因する偏向コマ収差と偏向色収差をそれぞれ意味する。また、左辺の第三項は六極子レンズによる偏向コマ収差を意味し、左辺の第四項と第五項はExBフィルタによる偏向コマ収差と偏向色収差をそれぞれ意味する。(数4)の関係が成り立つ場合には、イメージシフト偏向に起因する偏向コマ収差と偏向色収差が、六極子レンズとExBフィルタとによって同時に補正される。また、(数5)はウィーン条件を意味する。したがって、(数4)と(数5)とが同時に成り立つよう制御することにより、イメージシフト偏向に起因する偏向コマ収差と偏向色収差とを同時補正することができる。
【0064】
(第5の例)
第5の例は、第4の例の荷電粒子線装置を機能拡張したものであり、六極子レンズに対して四極子レンズを重畳させている。四極子レンズを搭載することで、六極子レンズやExBフィルタに起因する寄生偏向非点収差、及びイメージシフト偏向に起因する偏向非点収差を補正することが可能となる。ExBフィルタ1001と四極子レンズ重畳型六極子レンズ401を多段配置する構成(図11A)と、ExBフィルタ・四極子レンズ重畳型六極子レンズ601cを用いる構成(図11B)との二通りの構成を示している。
【0065】
図11A記載の荷電粒子線装置において四極子レンズ重畳型六極子レンズ401(図4参照)を構成する六極子レンズ用金属導線202は六極子レンズ用制御器709に、四極子レンズ用金属導線302は四極子レンズ用制御器1101に、イメージシフト用偏向器703はイメージシフト用偏向器用制御器710に、ExBフィルタ1001を構成する偏向電極1002は制御器1004に、偏向コイル1003は偏向コイル用制御器1005にそれぞれ接続される。
【0066】
図11B記載の荷電粒子線装置において、ExBフィルタ・四極子レンズ重畳型六極子レンズ601c(図6C参照)を構成する六極子レンズ用金属導線202は六極子レンズ用制御器709に、四極子レンズ用金属導線302は四極子レンズ用制御器1101に、偏向電極602は偏向電極用制御器1004に、偏向コイル502は偏向コイル用制御器1005に、イメージシフト用偏向器703はイメージシフト用偏向器用制御器710にそれぞれ接続される。
【0067】
六極子レンズやExBフィルタに起因する寄生偏向非点収差とイメージシフト偏向に起因する偏向非点収差を補正するためには、ウィーン条件を意味する(数5)及び以下に示す(数6)が同時に成り立つよう、イメージシフト偏向量ISを決めるイメージシフト用偏向器用制御器710の出力に応じて、六極子レンズ電流IMLを決める六極子レンズ用制御器709の出力、四極子レンズ電流IML2を決める四極子レンズ用制御器1101の出力、ExBフィルタの電圧VExBを決める偏向電極用制御器1004の出力、及びExBフィルタの電流IExBを決める偏向コイル用制御器1005の出力を制御する。(数6)において、以下の変数を新たに定義する。
CAs :寄生偏向非点収差係数とイメージシフト偏向に起因する対物レンズでの偏向非点収差係数の和(対物レンズ像面換算値)
CAs_ML2 :四極子場生成用多極子レンズによる偏向非点収差係数(対物レンズ物面換算値)
SML :四極子場生成用多極子レンズの感度
【0068】
【数6】
【0069】
(数6)において、左辺の第一~第五項は(数5)の左辺と同じ内容を意味する。左辺の第六項は寄生偏向非点収差とイメージシフト偏向に起因する偏向非点収差の和を、左辺の第七項は四極子場生成用多極子レンズによる偏向非点収差をそれぞれ意味する。(数6)が成り立つ場合には、イメージシフト偏向に起因する偏向コマ・色・非点収差、及び寄生収差に起因する偏向非点収差が六極子レンズ、ExBフィルタ、及び四極子レンズによって同時に補正される。
【実施例3】
【0070】
図12Aは、実施例3に係る多極子レンズの巻き数分布を示す表である。実施例3の多極子レンズは六極子場と双極子場とを切り替えて発生させる。巻き数分布の符号は、金属導線がスリットを通過する方向を示している。この機能を実現させるために、図12Aの表に記載のように巻き数分布の異なる3種類の金属導線A、B、Cを、実施例1に記載のボビンに重ねて巻く。図12AはN=1の例であるが、この値には限られない。Nが1より大きい場合には、ボビンのスリットの長手方向に直交する断面を、中心角が等しい12個の領域に区分し、それぞれの領域に含まれるスリットが図12Aの表に記載の巻き数分布となるように金属導線をボビンに巻く。すなわち、ボビンの周方向に沿って順に第1乃至第12領域と定義するとき、図12Aのスリット番号を領域番号として読み替えればよい。
【0071】
図12Bは、実施例3に係る多極子レンズの制御方法を示す表である。六極子場を発生させる場合(六極子場発生モード)では、金属導線Aに直流電流+Iを、金属導線B及びCのそれぞれに対して同一電流量で逆方向の直流電流-Iを印加する。これにより、金属導線A、B、Cによる電流線分布が六極子レンズと一致する。図12Cが、実施例3の多極子レンズ(六極子場発生モード)の巻き数分布、及び双極子場と六極子場の簡易計算結果を説明する表である。この表の各カラムは、図2Bに示した表の各カラムと同じである。巻き数nの値は図12Aに示した各金属導線の巻き数分布と図12Bに示した六極子場発生モードにおいて各金属導線に印加される電流とにより求められる。スリット1の巻き数nは巻き数分布3の金属導線Aにのみ電流+Iが印加されることにより、3となる。スリット2の巻き数nは巻き数分布2の金属導線Bと巻き数分布1の金属導線Cにそれぞれ電流-Iが印加されることにより、-3となる。図12Cの表より、実施例3の多極子レンズは双極子場を発生させずに、六極子場を発生させる、すなわち六極子レンズとして機能することが分かる。
【0072】
これに対して、双極子場を発生させる場合(双極子場発生モード)では、図12Bの表に示されるように金属導線Aと金属導線Bに対して同一電流量かつ同一方向の直流電流+Iを印加し、金属導線Cに対しては電流を印加しない。これにより、金属導線A、B、Cによる電流線分布がコサイン巻き偏向コイルと一致する。図12Dが、実施例3の多極子レンズ(双極子場発生モード)の巻き数分布、及び双極子場と六極子場の簡易計算結果を説明する表である。この表の各カラムも、図2Bに示した表の各カラムと同じである。図12Dの表より、実施例3の多極子レンズは六極子場を発生させずに、双極子場を発生させる、すなわち双極子レンズとして機能することが分かる。
【0073】
実施例3に係る多極子レンズを構成するボビンの内部に偏向電極を設けることにより、双極子場発生時にはExBフィルタを構成することができる。このような構成をとることで、図12Bの表に示した制御の切り替えにより、偏向色収差補正用のExBフィルタと偏向コマ収差補正用の六極子レンズとを切り替えられるようになる。
【0074】
図12Eに、本実施例の多極子レンズを搭載する荷電粒子線装置の構成例を示す。荷電粒子源701で生成された荷電粒子ビーム702は双極子場・六極子場切り替え型多極子レンズ1201を通過し、イメージシフト用偏向器703および撮像用偏向器704にて偏向された後、対物レンズ705にて細く絞られ、試料ステージ707上の試料706に入射する。双極子場・六極子場切り替え型多極子レンズ1201のボビン内部には偏向電極602が配置されている。
【0075】
双極子場・六極子場切り替え型多極子レンズ1201を構成する金属導線A 1202、金属導線B 1203、金属導線C 1204はそれぞれ異なる制御器1205、1206、1207によって制御される。双極子場・六極子場切り替え型多極子レンズ1201を双極子場発生モードで動作させる場合には、この双極子場とのウィーン条件が成り立つように、制御器1004により偏向電極602を制御する。
【0076】
図12Eに示す荷電粒子線装置によると、ExBフィルタと六極子レンズの機能とを切り替えることで、偏向色収差補正と偏向コマ収差補正を選択的に実施することができる。イメージシフト時の偏向収差は、低加速時には偏向色収差が、高加速時には偏向コマ収差が支配的となるため、その両方を同時に補正する必要がない場合もある。このように、使用する加速電圧に応じて偏向色収差と偏向コマ収差を選択的に補正する用途に、実施例3に係る荷電粒子線装置を使用できる。
【0077】
このようなExBフィルタと六極子レンズの切り替え機能は、双極子場発生用のコイルと六極子レンズを独立に重畳することでも行えるが、本実施例により合計の導線巻き数を節約することができる。巻き線数の節約は、コイルの重ね巻きに伴う組み立て誤差の低減に役立つ。
【0078】
本発明は上記の実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。また、上記に記載した実施例、変形例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例、変形例の構成の一部を他の実施例、変形例の構成に置き換えることもできる。また、ある実施例、変形例の構成に他の実施例、変形例の構成を加えることもできる。また、各実施例、変形例の構成の一部について、他の構成を追加・削除・置換することもできる。
【符号の説明】
【0079】
101:ボビン、201:六極子レンズ、202:六極子レンズ用金属導線、301:四極子レンズ、302:四極子レンズ用金属導線、401:四極子レンズ重畳型六極子レンズ、501:偏向コイル重畳型多極子レンズ、502:偏向コイル、601:ExBフィルタ搭載型多極子レンズ、602:偏向電極、701:荷電粒子源、702:荷電粒子ビーム、703:イメージシフト用偏向器、704:撮像用偏向器、705:対物レンズ、706:試料、707:試料ステージ、708:リターディング電圧源、709:六極子レンズ用制御器、710:イメージシフト用偏向器用制御器、711:偏向コイル用制御器、801:ステージ用制御器、1001:ExBフィルタ、1002:偏向電極、1003:偏向コイル、1004:偏向電極用制御器、1005:偏向コイル用制御器、1101:四極子レンズ用制御器、1201:双極子場・六極子場切り替え型多極子レンズ、1202:金属導線A、1203:金属導線B、1204:金属導線C、1205:金属導線A用制御器、1206:金属導線B用制御器、1207:金属導線C用制御器。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図10A
図10B
図11A
図11B
図12A
図12B
図12C
図12D
図12E