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特許7531199タンパク質の製造方法及び無細胞タンパク質合成系キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-01
(45)【発行日】2024-08-09
(54)【発明の名称】タンパク質の製造方法及び無細胞タンパク質合成系キット
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/00 20060101AFI20240802BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20240802BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20240802BHJP
   C07K 14/245 20060101ALN20240802BHJP
   C07K 14/32 20060101ALN20240802BHJP
   C07K 14/195 20060101ALN20240802BHJP
【FI】
C12P21/00 C
C12P21/02 C
C12N15/31
C07K14/245
C07K14/32
C07K14/195
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021533988
(86)(22)【出願日】2020-07-16
(86)【国際出願番号】 JP2020027679
(87)【国際公開番号】W WO2021015095
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2023-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2019134081
(32)【優先日】2019-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】矢吹 孝
(72)【発明者】
【氏名】木川 隆則
(72)【発明者】
【氏名】樋口 佳恵
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0262946(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0316397(US,A1)
【文献】特開2005-006646(JP,A)
【文献】特開2007-259852(JP,A)
【文献】FEBS Journal,2005年,Vol.272, No.18,pp.4691-4702
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12P 1/00-41/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS (STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コールドショックタンパク質、及びコールドショックタンパク質のアミノ酸配列をコードするコード領域を含む核酸のいずれか一方又は両方を含む無細胞タンパク質合成系の反応液でタンパク質を製造する方法であり、
下記条件Xを満たすことにより、前記反応液中に合成される前記タンパク質の量を、下記条件Xを満たさない場合よりも増加させる、タンパク質の製造方法。
[条件X]前記反応液中の前記コールドショックタンパク質の含有量を0.5μg/μL~1.5μg/μLとし、かつ、前記反応液の反応温度を4~23℃として、前記反応液中で前記タンパク質を合成する。
【請求項2】
前記コールドショックタンパク質が、大腸菌由来のCspA、CspB、CspC、CspE、CspG、又はCspIである、請求項1に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項3】
前記コールドショックタンパク質が、大腸菌由来のCspAである、請求項2に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項4】
前記コールドショックタンパク質が、シュワネラ属のShewanella livingstonensis由来のSliCspCである、請求項1に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項5】
前記コールドショックタンパク質が、Bacillus属のBacillus subtilis由来のBsuCspBである、請求項1に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項6】
前記反応温度を1216℃とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項7】
前記反応液中の前記コールドショックタンパク質の含有量が0.8μg/μL~1.5μg/μLである、請求項1~6のいずれか一項に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項8】
前記反応液が、細胞抽出液を含む溶液である、請求項1~7のいずれか一項に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項9】
前記細胞抽出液が、大腸菌由来の細胞抽出液である、請求項8に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項10】
前記反応液が、L-アミノ酸、緩衝液、塩、エネルギー源、及びエネルギー再生系を含む、請求項9に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載のタンパク質の製造方法に使用されるキットであり、コールドショックタンパク質、及びコールドショックタンパク質のアミノ酸配列をコードするコード領域を含む核酸のいずれか一方又は両方と、無細胞タンパク質合成系の反応液と、を備える、無細胞タンパク質合成系キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の製造方法及び無細胞タンパク質合成系キットに関する。
本願は、2019年 7月19日に、日本に出願された特願2019-134081号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の製造方法としては、無細胞タンパク質合成系を用いる方法が知られている。無細胞タンパク質合成系は、タンパク質合成に必要な因子を含む細胞抽出液に、基質となるアミノ酸、アデノシン三リン酸(ATP)等のエネルギー源、エネルギー再生系、マグネシウムイオン等の塩、及び目的タンパク質の遺伝子を加え、試験管内でタンパク質を合成する技術である。細胞抽出液としては、大腸菌、昆虫細胞、コムギ胚芽、タバコ細胞及び動物細胞由来の細胞抽出液が知られており、キット化されたものが市販されている。
【0003】
無細胞タンパク質合成系は、基礎的な研究だけでなく、分子診断や、ハイスループットな医薬品ターゲットの発見等の応用分野でも利用されている。タンパク質合成量を飛躍的に増大させる技術(特許文献1、2)が開発されたことから、X線結晶解析やNMR等による立体構造解析用のタンパク質試料の大量合成にも利用されるようになっている。
【0004】
無細胞タンパク質合成系は、生物を用いた細胞発現系に比べ、以下の利点がある。
(1)反応条件を自由に設定できる。
(2)発現ベクターとして、目的遺伝子をクローニングした環状DNAだけでなく、PCR産物等の直鎖状DNAも利用できる。
(3)様々な標識タンパク質を容易に合成できる。
(4)細胞毒性を有するタンパク質を容易に合成できる。
(5)自動化が可能である。
【0005】
大腸菌由来の細胞抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系では、反応温度を30~37℃とすることでタンパク質の合成量が高くなる。しかし、タンパク質によっては、30~37℃で合成すると、タンパク質の高次構造が適切に形成されずに沈殿が生じたり、不活性型のタンパク質が合成されたりする場合がある。
【0006】
大腸菌を宿主としたタンパク質発現系では、大腸菌の培養温度を低くすることで、活性型のタンパク質の発現量が増加することが知られている(非特許文献1、2)。これは、翻訳速度が遅くなって目的タンパク質が正しく折り畳まれるための時間的余裕が生まれることや、低温環境下でタンパク質分解酵素の働きが鈍くなることで発現されたタンパク質の安定性が増すためと推測される。
【0007】
無細胞タンパク質合成系においても、反応温度を20℃程度に下げることで、沈殿を抑制できる場合があるものの、反応温度が低いとタンパク質の合成量が著しく低下する傾向がある。できるだけ少量の反応液で可溶性かつ活性型のタンパク質を効率良く得ることは経済的にも重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特公平7-110236号公報
【文献】特開平4-200390号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Mujacic, M., Cooper, K. W. and Baneyx, F. (1999) Gene 238, 325-332.
【文献】Qing, G., Ma, L. C., Khorchid, A., Swapna, G. V., Mal, T. K., Takayama, M. M., Xia, B., Phadtare, S., Ke, H., Acton, T., Montelione, G. T., Ikura, M. and Inouye, M. (2004) Nat. Biotechnol. 22, 877-882.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、低温でも活性型のタンパク質を高効率に製造できるタンパク質の製造方法、及び無細胞タンパク質合成系キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題に鑑みて、本発明者らは低温環境下への適応に関する種々のコールドショックタンパク質が無細胞タンパク質合成系での合成活性に与える影響と、合成されるタンパク質の可溶性について調べた。その結果、コールドショックタンパク質を用いることで、無細胞タンパク質合成系によるタンパク質の合成において、30℃未満の低温でも高いタンパク質合成活性が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、以下の構成を有する。
[1]コールドショックタンパク質、及びコールドショックタンパク質のアミノ酸配列をコードするコード領域を含む核酸のいずれか一方又は両方を含む無細胞タンパク質合成系の反応液でタンパク質を製造する、タンパク質の製造方法。
[2]前記コールドショックタンパク質が、大腸菌由来のCspA、CspB、CspC、CspE、CspG、又はCspIである、[1]に記載のタンパク質の製造方法。
[3]前記コールドショックタンパク質が、大腸菌由来のCspAである、[2]に記載のタンパク質の製造方法。
[4]前記コールドショックタンパク質が、シュワネラ属のShewanella livingstonensis由来のSliCspCである、[1]に記載のタンパク質の製造方法。
[5]前記コールドショックタンパク質が、Bacillus属のBacillus subtilis由来のBsuCspBである、[1]に記載のタンパク質の製造方法。
[6]反応温度を4~30℃とする、[1]~[5]のいずれかに記載のタンパク質の製造方法。
[7]反応液中の前記コールドショックタンパク質の含有量が0.5~1.5μg/μLである、[1]~[6]のいずれかに記載のタンパク質の製造方法。
[8]前記反応液が、細胞抽出液を含む溶液である、[1]~[7]のいずれかに記載のタンパク質の製造方法。
[9]前記細胞抽出液が、大腸菌由来の細胞抽出液である、[8]に記載のタンパク質の製造方法。
[10]前記反応液が、L-アミノ酸、緩衝液、塩、エネルギー源、及びエネルギー再生系を含む、[9]に記載のタンパク質の製造方法。
[11]コールドショックタンパク質、及びコールドショックタンパク質のアミノ酸配列をコードするコード領域を含む核酸のいずれか一方又は両方と、無細胞タンパク質合成系の反応液と、を備える、無細胞タンパク質合成系キット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低温でも活性型のタンパク質を高効率に製造できるタンパク質の製造方法、及び無細胞タンパク質合成系キットを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】例1におけるGFPS1の合成の電気泳動結果である。
図2】例1におけるGFPS1の合成量(蛍光値)を示した図である。
図3】例1におけるGFPS1の合成量のCspA濃度依存性を示した図である。
図4】例2における各タンパク質の合成反応後の全画分(T)及び可溶性画分(S)の電気泳動結果である。
図5】例3におけるhAK1の合成反応後の全画分(T)及び可溶性画分(S)の電気泳動結果である。
図6】例4におけるGFPS1の合成量のCsp(CSD)濃度依存性を示した図である。
図7】例5におけるGFPS1とCATの合成量の反応温度依存性を示した図である。
図8】例6におけるGFPS1とCATの合成量の反応温度依存性を示した図である。
図9】例7における各反応温度でのGFPS1の合成量の経時変化を示した図である。
図10】例8におけるGFPS1の合成量(蛍光値)を示した図である。
図11】例8におけるGFPS1の合成量のCspA鋳型DNA濃度依存性を示した図である。
図12】例9における各タンパク質の合成反応後の全画分(T)及び可溶性画分(S)の電気泳動結果である。
図13】例10における各低分子化抗体(一本鎖抗体)の合成反応後の全画分(T)及び可溶性画分(S)の電気泳動結果である。
図14】例10における各低分子化抗体(Fab)の合成反応後の全画分(T)及び可溶性画分(S)の電気泳動結果である。
図15】例11におけるGFPS1の合成量のCsp濃度依存性を示した図である。
図16】例11におけるGFPS1の合成量のCsp相補性を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書及び特許請求の範囲における以下の用語は、以下の意味を示す。
「無細胞タンパク質合成系」とは、タンパク質の翻訳に必要なタンパク質因子を細胞抽出液として取り出し、細胞内の反応系を試験管内で再構成することで目的とするタンパク質を合成する系である。無細胞タンパク質合成系には、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系、及びmRNAの情報を読み取ってリボソーム上でタンパク質を合成する無細胞翻訳系を含む無細胞転写翻訳系と、無細胞翻訳系との両方が包含される。
「コールドショックタンパク質」とは、Pfamデータベース(バージョン32.0)のCSDファミリー(PF00313)に対してスコア値100以上で適合するアミノ酸配列を有するタンパク質ないしはタンパク質ドメインである。
「~」で表される数値範囲は、~の前後の数値を下限値及び上限値として含む数値範囲を意味する。
【0016】
[タンパク質の製造方法]
本発明のタンパク質の製造方法は、コールドショックタンパク質(以下、「Csp」とも記す。)、及びCspのアミノ酸配列をコードするコード領域を含む核酸(以下、「Csp鋳型核酸」とも記す。)のいずれか一方又は両方を含む無細胞タンパク質合成系の反応液で目的タンパク質を製造する方法である。目的タンパク質のアミノ酸配列をコードするコード領域を含む、鋳型となる核酸(DNA、mRNA)を反応液に添加することで、目的タンパク質を製造できる。
【0017】
無細胞タンパク質合成系には、無細胞タンパク質合成系に必要な成分を含む細胞から抽出した細胞抽出液、あるいはタンパク質合成に必要な因子を個別に精製して混合した再構成型無細胞タンパク質合成法に用いられる溶液を用いることができる。タンパク質合成に必要な因子としては、リボソーム、アミノアシルtRNA合成酵素、tRNA、翻訳終結因子等が挙げられる。
反応液としては、細胞抽出液を含む溶液が好ましい。
【0018】
細胞抽出液としては、例えば、リボソーム、アミノアシルtRNA合成酵素、tRNA等のタンパク質合成に関与する翻訳系に必要な成分、又は、転写系及び翻訳系に必要な成分を含む植物細胞、動物細胞、真菌細胞、細菌細胞から抽出した細胞抽出液が挙げられる。具体的には、例えば、大腸菌、小麦胚芽、タバコ細胞、ウサギ網赤血球、マウスL-細胞、エールリッヒ腹水癌細胞、HeLa細胞、CHO細胞、出芽酵母等からの細胞抽出液が挙げられる。
【0019】
細胞抽出液としては、抽出液調製の安定性とスケーラビリティの点から、大腸菌由来の細胞抽出液が好ましい。大腸菌由来の細胞抽出液としては、例えば、大腸菌(BL21等)細胞からのS30抽出液(以下、「大腸菌S30抽出液」とも記す。)、S12抽出液等が挙げられる。大腸菌S30抽出液は、転写及び翻訳に必要な大腸菌の全ての酵素と因子を含んでいる。
【0020】
細胞抽出液の調製方法は、特に限定されず、公知の方法を採用できる。例えば、大腸菌S30抽出液は、Zubay G., Ann Rev Genet, (1973) 7, 267-287、Seki, E., Matsuda, N., Yokoyama, S., and Kigawa, T. (2008), Anal. Biochem.等に記載の方法で調製できる。
細胞抽出液の調製方法としては、具体的には、まず大腸菌を培養し、菌体を遠心分離等により回収する。回収された菌体を洗浄した後、緩衝液に再懸濁し、フレンチプレスやガラスビーズ、ワーリングブレンダー等を用いて破砕する。破砕された大腸菌の不溶物質を遠心分離で除去し、プレインキュベーション混合液と混合してインキュベーションする。この操作によって内在性の核酸(DNA、RNA)は分解されるが、さらにカルシウム塩やマイクロコッカスのヌクレアーゼ等を添加して内在性の核酸を分解させてもよい。続いて、透析により内在性のアミノ酸、核酸、ヌクレオシド等を除き、適量ずつ分注して、液体窒素中、又は-80℃にて保存する。
なお、細胞抽出液は、市販品を使用してもよい。
【0021】
反応液中の細胞抽出液の含有量は、反応液中の終濃度(細胞抽出液の260nmの吸光度A260換算量)として40~200であることが好ましく、50~150がより好ましい。細胞抽出液の含有量が前記範囲内であれば、目的タンパク質を高効率に合成しやすい。
【0022】
細胞抽出液には、転写及び翻訳に必要な全ての酵素と因子が含まれているが、タンパク質合成の反応液に用いる際に、さらに補充的な成分を添加してもよい。
補充的な成分としては、例えば、基質となるL-アミノ酸、エネルギー源、塩、各種イオン、緩衝液、エネルギー再生系、核酸分解酵素阻害剤、還元剤、抗菌剤が挙げられる。
【0023】
L-アミノ酸としては、例えば、天然の20種類のアミノ酸、又はそれらの誘導体が挙げられる。目的タンパク質として、同位体標識された標識タンパク質を製造する場合は、安定同位元素もしくは、放射性同位元素で標識された標識アミノ酸を用いる。
エネルギー源としては、例えば、アデノシン三リン酸(ATP)、シチジン三リン酸(CTP)、グアノシン三リン酸(GTP)、ウリジン三リン酸(UTP)(以下、この4つを総称してNTPと呼ぶ。)、クレアチンホスフェート(CP)、ホスホエノールピルビン酸(PEP)、グルコースが挙げられる。また、NTPの代わりにアデノシン一リン酸(AMP)、シチジン一リン酸(CMP)、グアノシン一リン酸(GMP)、及びウリジン一リン酸(UMP)(以下、この4つを総称してNMPと呼ぶ。)を反応液に添加し、代謝酵素を利用することによってNTPを系内で合成させてもよい(Calhoun KA and Swartz JR, Biotechnol. Prog., 2005, 21, 1146-1153)。
塩としては、例えば、酢酸アンモニウム、酢酸カリウム、グルタミン酸カリウム、酢酸マグネシウム、塩化マグネシウム、酢酸カリウム、塩化カルシウムが挙げられる。
緩衝液としては、例えば、Tris-酢酸、HEPES-KOHが挙げられる。
【0024】
エネルギー再生系としては、ATP再生系が好ましい。ATP再生系としては、例えば、10~100mMのCPと0.02~5μg/μLのクレアチンキナーゼ(CK)との組み合わせや、1~20mMのPEPと0.01~1μg/μLのピルビン酸キナーゼ(PK)との組み合わせ等が挙げられる。PK及びCKは、いずれもADPをATPに再生する酵素であり、それぞれPEP及びCPを基質として必要とする。
【0025】
核酸分解酵素阻害剤としては、例えば、RNaseインヒビターが挙げられる。
還元剤としては、例えば、ジチオスレイトール(DTT)が挙げられる。
抗菌剤としては、例えば、アジ化ナトリウム、アンピシリンが挙げられる。
【0026】
タンパク質合成活性を増強させる目的で、ポリエチレングリコール(PEG)、葉酸、cAMP、tRNA等を反応液に添加してもよい。また、目的タンパク質の鋳型としてDNAを用いる場合には、RNA合成の基質であるNTPかその前駆体、RNAポリメラーゼ等を反応液に添加することができる。NTPの前駆体としては、例えば、NMP、ヌクレオシド等が挙げられる。RNAポリメラーゼとしては、例えば、T7 RNAポリメラーゼ、T3 RNAポリメラーゼ、SP6 RNAポリメラーゼ等が挙げられる。タンパク質が三次元構造を形成するのを助ける働きを持つシャペロンタンパク質類や、ジスルフィド結合異性化酵素を反応液に添加してもよい。シャペロンタンパク質類としては、例えば、DnaJ、DnaK、GroE、GroEL、GroES、HSP70等が挙げられる。ジスルフィド結合異性化酵素としては、例えば、DsbC等が挙げられる。
補充的な成分は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0027】
大腸菌S30抽出液を用いる場合、反応液は、大腸菌S30抽出液、L-アミノ酸、緩衝液、塩、NTP、及びエネルギー源を含むことが好ましい。例えば、大腸菌S30抽出液、HEPES-KOH、DTT、NTP(ATP、CTP、GTP、UTP)、CP、CK、少なくとも1種のアミノ酸(天然の20種類のアミノ酸、又はそれらの誘導体)を含む反応液が挙げられる。
【0028】
補充的な成分は、細胞抽出液とは別に保存しておき、使用直前に混合することが好ましい。補充的な成分を細胞抽出液に予め混合して凍結融解を行い、RNA分解酵素複合体を除去することもできる(国際公開第2000/183805号)。
【0029】
本発明では、無細胞タンパク質合成系の反応液に、Csp及びCsp鋳型核酸のいずれか一方、又は両方が含まれる。本発明では、Cspを用いることが好ましい。
Cspは、低温環境下への適応に関与すると考えられており、細菌から高等動植物に至るまで多く見出されている。Cspとしては、例えば、大腸菌由来のCspA、CspB、CspC、CspE、CspG及びCspI、シュワネラ属のShewanella livingstonensis由来のSliCspC、Bacillus属のBacillus subtilis由来のBsuCspBが挙げられる。大腸菌由来のCspAは、低温環境下で最も顕著に発現されるCspである。Cspとしては、野生型のCspA、野生型のSliCspCが好ましい。反応液に含まれるCspは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0030】
Pfamデータベース(バージョン32.0)のCSDファミリー(PF00313)に対する、各タンパク質又はタンパク質ドメインのスコア値(S値)を表1に示す。用いるCsPのS値は、100以上であればよく、高ければ高いほど、低温でも活性型のタンパク質を高効率に製造できる効果が得られやすい。CsPのS値の上限は、特に限定されないが、入手性の点では、例えば、115とすることができる。
【0031】
【表1】
【0032】
Cspを用いる場合、反応液中のCspの含有量は、0.5~1.5μg/μLが好ましく、反応温度が16~23℃の場合には0.8~1.2μg/μL、16℃よりも低温の場合には1.2~1.5μg/μLがより好ましい。Cspの含有量が前記範囲内であれば、目的タンパク質を高効率に合成しやすい。
【0033】
反応液中のCsp含有量を調節する方法は、特に限定されない。例えば、細胞抽出液にCspを反応液に添加してCsp含有量を前記範囲に調節することができる。また、細胞抽出液調製用の細胞として、Cspを発現できる細胞を用い、培養中に低温ショックをかける等によって得たCspを含む細胞抽出液を用いて反応液中のCsp含有量を前記範囲に調節してもよい。また、細胞抽出液調製用の細胞に、Csp発現用のプラスミド鋳型DNAを形質転換しておき、それを培養して得たCspを含む細胞抽出液を用いて反応液中のCsp含有量を前記範囲に調節してもよい。
【0034】
Csp鋳型核酸は、無細胞タンパク質合成系において、Cspを合成するための鋳型となる核酸である。無細胞タンパク質合成系の反応液中にCsp鋳型核酸が含まれることで、反応中にCspが合成されて、Cspを含む反応液となる。Cspは低温環境においても速やかに合成されるため、Csp鋳型核酸を用いる場合でもCspの存在下で目的タンパク質が合成される。反応液に含まれるCsp鋳型核酸は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0035】
Csp鋳型核酸を用いる場合、反応液中のCsp鋳型核酸の含有量は、0.1~1.0ng/μLが好ましく、0.2~0.8ng/μLがより好ましく、0.2~0.4ng/μLがさらに好ましい。Csp鋳型核酸の含有量が前記範囲内であれば、目的タンパク質を高効率に合成しやすい。
【0036】
本発明では、目的タンパク質のアミノ酸配列をコードする鋳型DNAを無細胞転写翻訳系に加えて目的タンパク質を合成してもよく、目的タンパク質のアミノ酸配列をコードする鋳型RNAを無細胞翻訳系に加えて目的タンパク質を合成してもよい。
目的タンパク質の鋳型DNAとしては、組み換えDNA技術により作製されたプラスミドDNA等の環状二本鎖DNA、あるいはPCRによって調製した直鎖状DNAのいずれでもよい。本発明では、直鎖状鋳型DNAを用いても安定かつ高効率に目的タンパク質を合成できる。
【0037】
反応液中の鋳型DNA又は鋳型RNAの含有量は、細胞抽出液のタンパク質合成活性、目的タンパク質の種類等によって適宜設定でき、例えば、0.5~10μg/mL程度とすることができる。
【0038】
本発明におけるタンパク質の合成方法としては、透析法、バッチ法、及び重層法(Sawasaki, T., Hasegawa, Y., Tsuchimochi, M., Kamura, N., Ogasawara, T., Kuroita, T. and Endo, Y. (2002) FEBS Lett. 514, 102-105)を適用でき、透析法が好ましい。
透析法は、反応液である内液と反応基質を含む外液とを透析膜(限外ろ過膜)によって隔離し、振盪又は撹拌可能な閉鎖系で合成する方法である。透析法では、透析膜を介して、合成に必要な基質が外液から反応液に供給されるとともに、反応液中の余計な副産物を外液中に拡散させることで、より長時間反応を持続させることができる。そのため、より高いタンパク質合成量を得ることが可能となる。
【0039】
反応温度は、4~30℃が好ましく、16~23℃がより好ましい。
反応時間は、バッチ法の場合、2~6時間が好ましく、16℃以下の反応においては4~6時間がより好ましい。透析法の場合、1~40時間が好ましく、5~40時間がより好ましい。
【0040】
透析内液と透析外液を隔てる透析膜の分画分子量は、3,500~100,000が好ましく、10,000~50,000がより好ましい。
振盪速度又は撹拌速度は、例えば、100~300rpmとすることができる。
【0041】
目的タンパク質を合成した後は、目的タンパク質を精製することが好ましい。目的タンパク質の精製方法としては、公知のタンパク質の精製方法を採用でき、例えば、硫酸アンモニウム沈殿、アセトン沈殿、酸抽出、アニオン交換クロマトグラフィー、カチオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイト、等電点クロマトグラフィー、クロマトフォーカシング等が挙げられる。これらの精製方法は、単独で行ってもよく、2つ以上を組み合わせて行ってもよい。また、合成時に目的タンパク質にタグを付加し、前記タグを特異的に認識した吸着材を利用するアフィニティー精製法を使用してもよい。タグとしては、例えば、ヒスチジンタグ、GSTタグ、マルトース結合性タグ等が挙げられる。
目的タンパク質の同定及び定量は、活性測定、免疫学的測定、分光学的測定、アミノ酸分析等により、必要に応じて標準サンプルと比較しながら行うことができる。
【0042】
本発明のタンパク質の製造方法で製造したタンパク質の用途は、特に限定されない。例えば、X線結晶解析やNMR測定による立体構造の解析、酵素活性測定等に用いることができる。本発明では、低温で沈殿や不活性化を抑制しつつ目的タンパク質を高効率に製造できるため、多量のタンパク質が必要な立体構造の解析や酵素活性測定に好適である。
【0043】
[無細胞タンパク質合成系キット]
本発明の無細胞タンパク質合成系キットは、Csp及びCsp鋳型核酸のいずれか一方又は両方と、無細胞タンパク質合成系の反応液と、を備える。
本発明の無細胞タンパク質合成系キットにおいては、Csp及びCsp鋳型核酸が予め混合されていてもよく、細胞抽出液とは別にされていてもよい。また、反応液に使用する補充的な成分が細胞抽出液とは別にされて、使用直前に混合するようになってもよい。細胞抽出液に代えて、前記した再構成型無細胞タンパク質合成法に用いられる溶液を備えてもよい。
【0044】
無細胞タンパク質合成系キットにおいては、各成分を使用し易いように一定量ごと分注する。各成分は凍結又は乾燥状態で保存することができ、保存及び輸送に適した容器に収容してキットとする。キットには取扱説明書や陽性コントロールDNA、ベクターDNA等を添付することができる。
【0045】
以上説明したように、本発明では、Csp及びCsp鋳型核酸のいずれか一方又は両方を含む無細胞タンパク質合成系の反応液で目的タンパク質を製造する。無細胞タンパク質合成系の反応液中にCspが存在することで、低温でも活性型の目的タンパク質を高効率に製造することができる。このような効果が得られる要因は必ずしも明らかではないが、反応液中のmRNAの分解が抑制される、mRNAが高次構造を形成することが抑制される、といったことが要因として考えられる。
【0046】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載によっては限定されない。
[例1]GFPタンパク質合成のCspA濃度依存性
大腸菌S30抽出液としては、大腸菌BL21 codon plus株から調製された安定同位体標識セルフリー合成用酵素液(大陽日酸)を使用した。酵素やアミノ酸等を除くタンパク質合成用試薬として、LMCP(D-Glu)-tRNA(大陽日酸)を使用した。
GFPタンパク質の鋳型DNAとしては、プラスミドDNAであるpCR2.1-N11-GFPS1を用いた。このプラスミドは、T7プロモーター、リボソーム結合配列、アフィニティー精製用Hisタグ配列、GFPタンパク質の改変体(GFPS1)遺伝子、及びT7ターミネーターから構成されている(Seki, E., Matsuda, N., Yokoyama, S., and Kigawa, T. (2008), Anal. Biochem. 377, 156-161, [Anal. Biochem. 517, (2017), 22])。
【0047】
タンパク質合成反応は下記の表2に示した組成の反応液を、表3に示した組成の透析外液に対して透析し、4℃、8℃、12℃、16℃、20℃、23℃、30℃で18時間行った。反応スケールとしては、内液(反応液)を30μL、透析外液500μLとした。大腸菌由来の精製CspA(S値:111.9)を、0~1.5μg/μLの範囲で種々の濃度となるように反応液に添加して反応を行った。なお、精製CspAは、無細胞タンパク質合成系で合成した。
また、表2及び表3中の「LMCP(D-Glu)-tRNA」とは、緩衝液としてHepesKOH(pH7.5)、塩としてD-グルタミン酸カリウム及び酢酸アンモニウム、エネルギー源としてATP、転写用基質としてGTP、CTP及びUTP、その他の試薬としてcyclicAMP、フォリン酸、DTT及びポリエチレングリコールを含む混合物である。
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
反応後の全画分を、トリシンを15%含むSDS(Sodium dodecyl sulfate)-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(15%Tricine-SDS-PAGE)に供した後、CBB染色した。結果を図1に示す。
また、合成されたGFPS1の合成量は、GFPS1の蛍光値で示した。反応液を緩衝液(20mM Tris-HCl、pH7.5、300mM NaCl)で希釈後、マルチモードマイクロプレートリーダーSpectraMax i3(Molecular Devices)を用いて励起485nm、蛍光535nmでGFPS1の蛍光値を測定した。結果を図2に示す。
また、CspA非存在下のGFPS1の合成量を基準とする、GFPS1の合成量の相対値で表したCspA濃度依存性を図3に示す。
【0051】
図1~3に示すように、4℃~23℃での反応において、CspAの濃度が高くなるにつれてGFPS1の合成量が増加し、30℃での反応に比べて合成量の増加率が高かった。反応温度が23℃、CspAの添加量(含有量)が0.75~1.25μg/μLの範囲と、反応温度が20℃、CspAの添加量が1.0~1.25μg/μLの範囲の場合では、反応温度が30℃の場合と同等以上の高い合成量が得られた。反応温度が16℃、CspAの添加量が1.0~1.25μg/μLの範囲と、反応温度が12℃、CspAの添加量が1.25μg/μL以上の場合では、CspA非存在下に比べてGFPS1の合成量が6倍以上高かった。
【0052】
[例2]CspA存在下におけるタンパク質合成
鋳型DNAを変更し、反応温度を20℃として、例1と同様の方法により、CspA存在下(1.0μg/μL)と非存在下で、タンパク質としてCAT(鋳型DNA:pUC-CAT)、hAK1(鋳型DNA:pCR2.1-NHis-hAK1)、hPGK(鋳型DNA:pCR2.1-N11-hPGK)、GFPS1(鋳型DNA:pCR2.1-N11-GFPS1)を合成した。
反応後の反応液の全画分(T)及び可溶性画分(S)を15%Tricine-SDS-PAGEに供した後、CBB染色した。結果を図4に示す。
【0053】
図4に示すように、GFPS1だけでなく、他のタンパク質合成においても、CspA非存在下に比べて、CspA存在下ではタンパク質の合成量が増加した。
【0054】
[例3]沈殿傾向タンパク質の可溶性発現
反応温度を20℃又は30℃として、例2と同様の方法でhAK1の合成を行った。反応後の反応液の全画分(T)及び可溶性画分(S)を15%Tricine-SDS-PAGEに供した後、CBB染色した。結果を図5に示す。
【0055】
図5に示すように、反応温度30℃で合成すると沈殿する傾向が高いhAK1でも、20℃の反応では沈殿が抑制された。また、CspA存在下では、高い可溶性を維持しつつ、タンパク質の合成量が増加した。
【0056】
[例4]CspA以外のCsp(CSD)を用いたタンパク質合成
CspAとアミノ酸配列上の同一性が高いタンパク質は多く知られている。CspAは核酸との結合能を有するが、核酸と結合しないCspAホモログも存在する。これらのCspAホモログを用いて、実施例1と同様の方法でGFPS1の合成を行った。具体的には、大腸菌由来のCspA、CspB(S値:107.8)、CspC(S値:113.4)、CspD(S値:99.5)、CspE(S値:114.4)、CspG(S値:113.4)、CspH(S値:79.4)、CspI(S値:107.0)、ヒト由来のhCSDE1-CSD1(S値:61.7)、Shewanella livingstonensis由来のSliCspC(S値:102.0)、シロイヌナズナ由来のAtCSP3-CSD(S値:83.7)、Bacillus subtilis由来のBsuCspB(S値:103.3)を用い、例1と同様の方法により、23℃でGFPS1を合成した。
例1と同様にしてGFPS1の蛍光値を測定した。GFPS1の合成量のCsp濃度依存性を図6に示す。
【0057】
図6に示すように、大腸菌由来のCspB、CspC、CspE、CspG、CspIと、Shewanella livingstonensis由来のSliCspC、Bacillus subtilis由来のBsuCspBは、大腸菌由来のCspAと同様の作用を持つことが分かった。
【0058】
[例5]各反応温度におけるタンパク質合成
例1と同様の方法により、反応温度を16℃、23℃、30℃、37℃として、CspA存在下(添加量:1.0μg/μL)と非存在下でGFPS1とCATを合成した。
CATの鋳型DNAとしては、pk7-CAT(KimDM, Kigawa T, Choi CY, Yokoyama S (1996) EurJ Biochem 239:881-886)を用いた。CATタンパク質の合成量は、Kigawaらの方法(Kigawa T, YabukiT, Matsuda N, Matsuda T, Nakajima R, Tanaka A, Yokoyama S. (2004) J Struct Funct Genomics 5, 63-68)に従って換算した。
CspA存在下(CspA+)と非存在下(CspA-)におけるGFPS1とCATの合成量の反応温度依存性を図7に示す。
【0059】
図7に示すように、GFPS1とCATのいずれのタンパク質の場合も、反応温度が低いほど、CspA存在下ではCspA非存在下と比べてタンパク質の合成量が大きく増加した。図7における相対値は、CspA非存在下(CspA-)の合成量を基準とするCspA存在下(CspA+)の合成量の比率である。
【0060】
[例6]各反応温度におけるタンパク質合成
下記の表4に示した組成の溶液を反応液とし、合成方法を透析法からバッチ法に変更し、反応時間を4時間、反応温度を16℃、23℃、30℃、37℃として、CspA存在下(添加量:1.0μg/μL)と非存在下でGFPS1とCATを合成した。CATの鋳型DNAとしては、例5と同じものを使用した。
CspA存在下(CspA+)と非存在下(CspA-)におけるGFPS1とCATの合成量の反応温度依存性を図8に示す。図8における相対値は、CspA非存在下(CspA-)の合成量を基準とするCspA存在下(CspA+)の合成量の比率である。
【0061】
【表4】
【0062】
図8に示すように、バッチ法においても、GFPS1とCATのいずれのタンパク質の場合も、反応温度が低いほど、CspA存在下ではCspA非存在下と比べてタンパク質の合成量が大きく増加した。
【0063】
[例7]各反応温度でのGFPS1タンパク質合成の経時変化
例1と同様の方法により、反応温度を16℃、23℃、30℃とし、反応時間を0~40時間としてCspA存在下(添加量:1.0μg/μL)と非存在下でGFPS1を合成した。
例1と同様にしてGFPS1の蛍光値を測定した。CspA存在下(CspA+)と非存在下(CspA-)における各反応温度でのGFPS1の合成量の経時変化を図9に示す。
【0064】
図9に示すように、CspA存在下におけるタンパク質の合成は、CspA非存在下と比べて、より長時間継続した。また、30℃での合成反応は16時間で停止しているのに対し、CspA存在下の23℃での合成反応は40時間まで継続したため、最終的なタンパク質の合成量は30℃での合成反応による合成量を大きく上回った。
【0065】
[例8]CspA鋳型DNAを用いたGFPS1タンパク質合成
例1と同様の方法により、酢酸マグネシウムを10mM、反応温度を23℃、反応時間を18時間としてGFPS1を合成した。CspA鋳型DNAを、0~0.8ng/μLの範囲で種々の濃度となるように反応液に添加して反応を行った。CspA鋳型DNAとしては、T7プロモーター、リボソーム結合配列、アフィニティー精製用Hisタグ配列、CspAタンパク質遺伝子(大腸菌由来のCspA(S値:111.9)のアミノ酸配列をコードするコード領域を含む遺伝子)、及びT7ターミネーターから構成された直鎖状N11-CspAを用いた。
例1と同様にしてGFPS1の蛍光値を測定した。結果を図10に示す。また、CspA非存在下のGFPS1の合成量を基準とする、GFPS1の合成量の相対値で表したCspA鋳型DNA濃度依存性を図11に示す。
【0066】
図10~11に示すように、23℃での反応において、CspA鋳型DNAの濃度が高くなるにつれてGFPS1の合成量が増加し、添加量が0.4ng/μLを超えると徐々に減少した。CspA鋳型DNAの添加量が0.2~0.4ng/μLの範囲では、CspA非存在下に比べてGFPS1の合成量が約1.5倍高かった。
【0067】
[例9]ヒト由来タンパク質の可溶性発現
例5と同様の方法により、反応温度を16℃又は30℃として、Human Universal QUICK-CloneTM cDNA II(Clontech)からクローニングしたヒト由来タンパク質の遺伝子TRIB2(鋳型DNA:pCR2.1-N11-TRIB2)、CASP7(鋳型DNA:直鎖状N11-CASP7)、MAP2K6(鋳型DNA:直鎖状N11-MAP2K6)、AURKB(鋳型DNA:直鎖状N11-AURKB)の合成を行った。
【0068】
反応後の反応液の全画分(T)及び可溶性画分(S)を15%Tricine-SDS-PAGEに供した後、CBB染色した。結果を図12に示す。
【0069】
図12に示すように、反応温度30℃で合成すると沈殿する傾向が高いヒトcDNA由来タンパク質の合成においても、16℃の反応では沈殿が抑制された。また、CspA存在下では、高い可溶性を維持しつつ、タンパク質の合成量が増加した。30℃において低発現のCASP7は、16℃におけるCspA存在下で高い可溶性を維持しつつ、タンパク質の合成量が増加した。
【0070】
[例10]低分子化抗体の可溶性発現
大腸菌S30抽出液としては、大腸菌BL21 codon plus株から調製された安定同位体標識セルフリー合成用酵素液(大陽日酸)を透析によってDTTを含まない溶媒に交換して使用した。酵素やアミノ酸等を除くタンパク質合成用試薬として、LMCP(D-Glu)-tRNA-DTT(大陽日酸)を使用した。
低分子化抗体である一本鎖抗体(single chain Fv: scFv)の鋳型DNAとして、Cetuximab scFv(pCR2.1-N11-Cetu-VLVH-SBP)、Infliximab scFv(pCR2.1-N11-Inf-VLVH-SBP)、Bevacizumab scFv(pCR2.1-N11-Beva-VLVH-SBP)、Tocilizumab scFv(pCR2.1-N11-Toci-VLVH-SBP)を用い、各々のscFvの合成を行った。これらのプラスミドは、T7プロモーター、リボソーム結合配列、アフィニティー精製用Hisタグ配列、可溶化SUMOタグ配列、各抗体の抗原結合部位(VL及びVH)遺伝子、VLとVHを連結させるリンカー配列、アフィニティ精製用SBPタグ配列、及びT7ターミネーターから構成されている。また、低分子化抗体のうちFabの鋳型DNAとして、Cetuximab Fab(H鎖:pCR2.1-N11-Cetu-VHCH1-SBP、L鎖:pCR2.1-N11-Cetu-VLCL)、Infliximab Fab(H鎖:pCR2.1-N11-Inf-VHCH1-SBP、L鎖:pCR2.1-N11-Cetu-VLCL)、Bevacizumab Fab(H鎖:pCR2.1-N11-Beva-VHCH1-SBP、L鎖:pCR2.1-N11-Beva-VLCL)、Tocilizumab Fab(H鎖:pCR2.1-N11-Toci-VHCH1-SBP、L鎖:pCR2.1-Toci -VLCL)を用いて、H鎖とL鎖を共発現させることで各々のFabの合成を行った。H鎖用プラスミドは、T7プロモーター、リボソーム結合配列、アフィニティー精製用Hisタグ配列、可溶化SUMOタグ配列、各抗体のH鎖(VH、CH1)遺伝子、アフィニティ精製用SBPタグ配列、及びT7ターミネーターから構成されている。L鎖用プラスミドは、T7プロモーター、リボソーム結合配列、アフィニティー精製用Hisタグ配列、各抗体のL鎖(VL、CL)遺伝子、及びT7ターミネーターから構成されている。
【0071】
タンパク質反応は下記の表5に示した組成の反応液を、表6に示した組成の透析外液に対して透析し、反応温度を16℃、23℃として、CspA存在下(添加量(16℃):1.0μg/μL、添加量(23℃):0.67μg/μL)と非存在下で20時間合成した。また、反応温度30℃のCspA非存在下でも同様に合成を行った。
【0072】
【表5】
【0073】
【表6】
【0074】
反応後の反応液の全画分(T)及び可溶性画分(S)を15%Tricine-SDS-PAGEに供した後、CBB染色した。結果を図13図14に示す。
【0075】
図13図14に示すように、反応温度30℃又は23℃で合成すると沈殿する傾向が高いscFvやFabのH鎖でも、16℃の反応では沈殿が抑制された。また、CspA存在下では、高い可溶性を維持しつつ、タンパク質の合成量が増加した。
【0076】
[例11]複数種のCspsを用いたタンパク質合成
例6と同様の方法により、反応時間を6時間、反応温度を16℃として、大腸菌由来のCspA、CspB、CspC、CspD、CspE、CspG、CspH、CspI、Shewanella livingstonensis由来のSliCspC、Bacillus subtilis由来のBsuCspBを用いて、GFPS1を合成した。
例1と同様にしてGFPS1の蛍光値を測定した。GFPS1の合成量のCsp濃度依存性(CSP添加量:0.2、0.5、1.0、1.4μg/μL)を図15に、相補性を図16に示す。図16における「A/B、0.5each」は、CspAとCspBの添加量が0.5μg/μLずつであることを意味し、他の表記も同様である。
【0077】
図15に示すように、大腸菌由来のCspA、CspB、CspC、CspE、CspG、CspIと、Shewanella livingstonensis由来のSliCspC、Bacillus subtilis由来のBsuCspBは、バッチ法においてもGFPS1の合成量を増加させた。また、図16に示すように、合成量を増加させるCspは互いに相補的な効果を示した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16