(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-02
(45)【発行日】2024-08-13
(54)【発明の名称】騒音性難聴の予防剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4738 20060101AFI20240805BHJP
A61P 27/16 20060101ALI20240805BHJP
C07D 471/04 20060101ALN20240805BHJP
【FI】
A61K31/4738
A61P27/16
C07D471/04 102
(21)【出願番号】P 2020184254
(22)【出願日】2020-11-04
【審査請求日】2023-08-29
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000115991
【氏名又は名称】ロート製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【氏名又は名称】坂西 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100135242
【氏名又は名称】江守 英太
(72)【発明者】
【氏名】鴨頭 輝
(72)【発明者】
【氏名】山岨 達也
(72)【発明者】
【氏名】藤本 千里
(72)【発明者】
【氏名】西巻 賢一
(72)【発明者】
【氏名】上田 寿枝
(72)【発明者】
【氏名】蔀 美和子
【審査官】田澤 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/119578(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/025247(WO,A1)
【文献】特開2019-182842(JP,A)
【文献】特開2019-116453(JP,A)
【文献】特表2011-513420(JP,A)
【文献】Kazuhiro Saihara et al.,"Pyrroloquinoline Quinone, a Redox-Active o-Quinone, Stimulates Mitochondrial Biogenesis by Activating the SIRT1/PGC-1α Signaling Pathway",Biochemistry,2017年,Vol.56,p.6615-6625,DOI: 10.1021/acs.biochem.7b01185
【文献】Yilin Shen et al.,"Cognitive Decline, Dementia, Alzheimer’s Disease and Presbycusis: Examination of the Possible Molecular Mechanism",Frontiers in Neuroscience,2018年,Vol.12, Article 394,p.1-14,DOI: 10.3389/fnins.2018.00394
【文献】Xue-min Chen et al.,"Ginsenoside Rd Ameliorates Auditory Cortex Injury Associated With Military Aviation Noise-Induced Hearing Loss by Activating SIRT1/PGC-1α Signaling Pathway",Frontiers in Physiology,2020年07月21日,Vol.11, Article 788,p.1-14,DOI: 10.3389/fphys.2020.00788
【文献】鹿島直子,「騒音負荷後のABRとその聴器微細構造について」,耳鼻と臨床,1982年,28巻1号,p.14-26
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
C07D 471/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピロロキノリンキノン又はその塩を含有する、騒音性難聴の予防剤。
【請求項2】
ピロロキノリンキノン又はその塩を含有する、騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度改善剤。
【請求項3】
騒音に曝露される前に投与される、請求項1又は2に記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、騒音性難聴の予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境騒音、携帯型音響機器による音響等、幅広い年齢層の人々にとって大音量にさらされる機会が増えている。このような大音量は、騒音性難聴の発症を促進することが指摘されている(非特許文献1)。しかしながら、騒音性難聴に対しては有効な予防法又は治療法が存在しないのが実情である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】耳鼻咽喉科臨床、1979年、72巻、3号、p.448-454.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、騒音性難聴の予防剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、ピロロキノリンキノン又はその塩が騒音性難聴の発症を抑制することを見出した。また、本発明者らは、ピロロキノリンキノン又はその塩が、騒音に曝露された後における音刺激に対する応答の低下を改善させることを見出した。本発明はこの新規な知見に基づくものである。
【0006】
本発明は、例えば、以下の各発明を提供する。
[1]
ピロロキノリンキノン又はその塩を含有する、騒音性難聴の予防剤。
[2]
ピロロキノリンキノン又はその塩を含有する、騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度改善剤。
[3]
騒音に曝露される前に投与される、[1]又は[2]に記載の剤。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、騒音性難聴の予防剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】マウスに対する聴性脳幹反応検査において、各周波数の音についての聴力(閾値)を示すグラフである。グラフの縦軸は音圧レベルを示す。
【
図2】マウスに対する聴性脳幹反応検査において、各周波数の音について音刺激を与えてから聴性脳幹反応のI波が生じるまでの時間(潜時)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0010】
音は外耳道を経由して鼓膜を振動させ、その振動エネルギーが耳小骨を介して内耳(蝸牛)に伝えられる。蝸牛には音を感じる有毛細胞が存在し、振動を電気的エネルギーに変換して神経に伝達する。ここで、大音量にさらされて強い音振動が蝸牛に伝わると、有毛細胞が障害を起こして音を感じる働きが低下し、難聴になると考えられている。このような大音量に起因する難聴には、極めて大きな音によって短時間で起こる急性難聴(音響外傷又は急性音響性難聴)と長期間騒音にさらされたことによって起こる慢性難聴があるが、本明細書における「騒音性難聴」は急性難聴及び慢性難聴の両者を含む。なお、本明細書において「騒音」とは、概ね85dB(デシベル)以上の音量で、騒音性難聴を発症する可能性が高くなるとされる音を意味する。
【0011】
ピロロキノリンキノン又はその塩は、騒音性難聴の発症を抑制することができるという効果を奏する。したがって、本発明の一実施形態として、ピロロキノリンキノン又はその塩を含有する、騒音性難聴の予防剤が提供される。また、本発明の一実施形態として、ピロロキノリンキノン又はその塩の有効量をそれを必要とする対象(好ましくはヒト)に投与することを含む、騒音性難聴の予防方法が提供される。
【0012】
本明細書において「騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度」とは、対象(ヒト等)が一定時間騒音にさらされた後に、対象の耳に音の刺激を与えてから当該音刺激に対して対象が反応する速さを意味する。「音刺激に対する応答速度」は、例えば、聴力の閾値変化を誘起させた対象に対して、音の刺激を与えてから聴性脳幹反応が起こるまでの時間(潜時)を測定することで求めることができる。閾値変化には永続性閾値変化(PTS)と一過性閾値変化(TTS)とがあり、より精密に評価できる観点から永続性閾値変化(PTS)が好ましい条件である。聴性脳幹反応とは、音刺激に対応した脳波の変動を指し、その起源となる組織によりI波、II波、III波、IV波、V波、VI波、VII波等があり、中でもI波が好ましい。
【0013】
ピロロキノリンキノン又はその塩は、騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度を改善することができるという効果を奏する。したがって、本発明の一実施形態として、ピロロキノリンキノン又はその塩を含有する、騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度改善剤が提供される。また、本発明の一実施形態として、ピロロキノリンキノン又はその塩の有効量をそれを必要とする対象(好ましくはヒト)に投与することを含む、騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度の改善方法が提供される。
【0014】
本実施形態に係る、騒音性難聴の予防剤及び騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度改善剤(以下、これらをまとめて「本実施形態に係る剤」ともいう。)は、有効成分としてピロロキノリンキノン又はその塩を含有する。
【0015】
ピロロキノリンキノンは、下記式:
【化1】
で表される公知の化合物である。
【0016】
ピロロキノリンキノンの塩としては、例えば、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩及びアンモニウム塩が挙げられる。アルカリ金属塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩及びリチウム塩が挙げられる。アルカリ土類金属塩としては、例えば、カルシウム円及びマグネシウム塩が挙げられる。
【0017】
ピロロキノリンキノン又はその塩としては、ピロロキノリンキノンのアルカリ金属塩が好ましく、ピロロキノリンキノンのナトリウム塩がより好ましく、ピロロキノリンキノン二ナトリウム塩が更に好ましい。
【0018】
ピロロキノリンキノン又はその塩は、市販されているものを使用することもできる。また、ピロロキノリンキノン又はその塩として、例えば、納豆、大豆、ココアパウダー、カカオマス、カカオ、パセリ、ピーマンなど、ピロロキノリンキノン又はその塩を含有するものを使用してもよい。
【0019】
本実施形態に係る剤におけるピロロキノリンキノン又はその塩の含有量は、投与する製剤の安定性の観点から、本実施形態に係る剤の総量を基準として、ピロロキノリンキノン又はその塩の総含有量が、0.01~30重量%であることが好ましく、0.2~10重量%であることがより好ましく、1.3~8重量%であることが更に好ましい。
【0020】
本実施形態に係る剤において、ピロロキノリンキノン又はその塩の一日あたりの摂取量は摂取する個体の状態(体重、年齢、性別等)、製剤形態等に応じて異なりうるが、1回量としての摂取しやすさの観点、ピロロキノリンキノン又はその塩に基づく生理作用の有効性の観点、安全性の観点から、好ましくは7~100mg、より好ましくは10~40mg、更に好ましくは20~25mgである。
【0021】
本実施形態に係る剤は、本発明の効果を損なわない範囲であれば、ピロロキノリンキノン又はその塩以外の薬理活性成分又は生理活性成分を含むことができる。薬理活性成分又は生理活性成分は、1種を単独で使用してもよく、又は2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0022】
本実施形態に係る剤は、本発明の効果を損なわない範囲であれば、上記成分の他に種々の添加剤を含むことができる。このような添加剤の具体例としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤、糖類、糖アルコール・多価アルコール類、高甘味度甘味料、油脂、乳化剤、増粘剤、酸味料、果汁類等が挙げられる。
【0023】
本実施形態に係る剤の剤形としては特に限定されず、例えば、錠剤(口腔内崩壊錠、チュアブル錠、トローチ錠等を含む)、顆粒剤、散剤、ソフトカプセル剤、ハードカプセル剤、トローチ剤、ゼリー剤又は液剤(懸濁剤、乳剤、シロップ剤等を含む)等の内服剤;軟膏剤、坐剤、貼付剤、噴霧剤等の外用剤;注射剤等が挙げられる。これらの中でも、取り扱いやすさの観点、本発明による効果をより一層高める観点から、内服剤であることが好ましく、錠剤、顆粒剤、ソフトカプセル剤、ハードカプセル剤であることがより好ましい。
【0024】
本実施形態に係る剤は、例えば、医薬品、医薬部外品、化粧品、飲食品(飲料、食品)の成分として使用することができる。また、本実施形態に係る剤は、例えば、医薬製剤、医薬部外品製剤、特定保健用食品、栄養機能食品、老人用食品、特別用途食品、機能性表示食品、健康補助食品(サプリメント)、食品用製剤(例、製菓錠剤)、明らか食品として使用することもできる。さらに、本実施形態に係る剤は、例えば、動物用医薬品、飼料添加物として使用することもできる。
【0025】
本実施形態に係る剤が食品として使用される場合、当該食品は一般食品にピロロキノリンキノン又はその塩、及び必要に応じてその他の成分を配合したものであってもよい。このような食品としては、クッキー、ビスケット、スナック菓子、ゼリー、グミ、チョコレート、ガム、飴、チーズ等の固体食品;栄養ドリンク、ジュース、茶飲料、コーヒー飲料、乳飲料等の液体食品が挙げられる。
【0026】
本実施形態に係る剤は、難聴の発症を極力抑制する観点、騒音に曝露された後の音刺激に対する反応をより一層速める観点から、いずれも騒音に曝露される前に投与されることが好ましい。
【0027】
本実施形態に係る剤は、騒音性難聴の予防を必要とする対象(例えば、ヒト;ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、スナネズミ、ハムスター、フェレット等の非ヒト動物)に好適に使用することができる。対象としては、本発明による効果をより一層高める観点から、ヒトが好ましい。また、本発明による効果をより一層高める観点から、非ヒト動物の中でもマウスが好ましい。
【実施例】
【0028】
以下、実施例等に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0029】
〔試験例1:聴性脳幹反応検査(ABR)及び潜時の測定〕
8週齢のC57/BL6マウスに4mg/kg/日の投与量でピロロキノリンキノン2ナトリウム塩(以下、「PQQ二ナトリウム塩」ともいう)を14日間飲水投与した(n=5)。また、コントロールとして8週齢のC57/BL6マウスに水道水を14日間投与した。14日間経過後、PQQ二ナトリウム塩投与群のマウスにはPQQ二ナトリウム塩を20mg/kgの投与量で皮下注射し、コントロール群のマウスには生理食塩水を皮下注射した。その直後にマウスに以下の条件で音響外傷を与えて永続性閾値変化(PTS)を誘起させた。その後、4~32kHzの各周波数の音について公知の条件(Neuroscience Letters,642(2017),p123-128)にて聴性脳幹反応検査(ABR)を行うことで、マウスの聴力の閾値(反応した音圧レベル)を測定した。結果を
図1に示す(t検定)。
(音響外傷の条件)
・音の種類:中心周波数8kHzのオクターブバンドノイズ
・時間:4時間
・音圧レベル:120dBSPL
【0030】
図1に示すように、PQQ二ナトリウム塩を投与したマウスでは、コントロール群と比較して4~32kHzのすべての周波数の範囲で聴力の閾値が低下し、特に4~16kHzの周波数の範囲で聴力の閾値が顕著に低下した。すなわち、PQQ二ナトリウム塩を投与することにより、騒音に曝露された後であってもより小さな音を聴くことができ、騒音性難聴の発症を抑制できることが確認された。
【0031】
〔試験例2:潜時の測定〕
試験例1と同様の条件でPQQ二ナトリウム塩投与群のマウス及びコントロール群のマウスに対して聴性脳幹反応検査(ABR)を行った。すなわち、マウスに音響外傷を与えて永続性閾値変化(PTS)を誘起させた後、4~32kHzの各周波数の音についてマウスに音の刺激を与えてから聴性脳幹反応のI波が観測されるまでの時間(潜時;単位はミリ秒)を測定した。結果を
図2に示す(t検定)。
【0032】
図2に示すように、PQQ二ナトリウム塩を投与したマウスでは、コントロール群と比較して4~32kHzのすべての周波数の範囲で潜時が短縮し、特に8~32kHzの周波数の範囲で潜時が顕著に短縮した。すなわち、PQQ二ナトリウム塩を投与することにより、騒音に曝露された後であってもより早く音に反応することができ、騒音に曝露された後の音刺激に対する応答速度を改善できることが確認された。