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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-02
(45)【発行日】2024-08-13
(54)【発明の名称】生物の死亡時期の判定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20240805BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240805BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALI20240805BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240805BHJP
   C12Q 1/6888 20180101ALI20240805BHJP
【FI】
C12Q1/68
C12Q1/686 Z ZNA
C12Q1/6876 Z
C12N15/09 Z
C12Q1/6888 Z
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2020033867
(22)【出願日】2020-02-28
(65)【公開番号】P2020162586
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2019065875
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】510115247
【氏名又は名称】株式会社ハウス食品分析テクノサービス
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】真野 潤一
(72)【発明者】
【氏名】橘田 和美
(72)【発明者】
【氏名】門田 陽子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】鶴澤 勝男
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-033112(JP,A)
【文献】特開2019-027966(JP,A)
【文献】特開2015-035977(JP,A)
【文献】特開2016-082971(JP,A)
【文献】特表2012-531907(JP,A)
【文献】特表2006-506057(JP,A)
【文献】特開2003-274947(JP,A)
【文献】特開2019-062815(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品中に混入していた生物の死骸の食品への混入時期を判定する方法であって、
前記生物の死骸由来の核酸の断片化の程度を評価し、その断片化の程度に基づいて、前記生物が食品の製造過程における核酸の分解作用を受けたか否かを評価することを含み、
前記核酸の断片化の程度を、ポリメラーゼ連鎖反応の条件の下、前記生物の死骸由来の核酸を鋳型核酸として用いて、少なくとも2種類の異なるプライマーペアを用いたPCRにより配列長がそれぞれ異なる少なくとも2種類の増幅産物を生成し、前記少なくとも2種類の増幅産物の生成効率の差の値を、前記分解作用に付したもしくは前記分解作用に付されていない前記生物と同じ又は同じと思われる生物の死骸より抽出した核酸を鋳型核酸として用いて、前記ポリメラーゼ連鎖反応にて生成された少なくとも2種類の増幅産物の生成効率の差の値である基準値と比較することによって評価する、方法。
【請求項2】
分解作用が食品の製造過程における加熱処理である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
加熱処理が100℃以上の条件で行われる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記生物が昆虫である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記核酸の断片化の程度を、前記少なくとも2種類の増幅産物のそれぞれの生成効率に基づいて評価し、前記評価を以下の式:
ΔCt(サンプル)=Ct標的A(サンプル)-Ct標的B(サンプル)・・・式(4)
[前記少なくとも2種類の増幅産物のうち標的AのCt値(Ct標的A(サンプル))から標的BのCt値(Ct標的B(サンプル))を差し引いた値を示す]
により得られたΔCt値に基づいて行う、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
標的Aが長鎖増幅産物を生成し、標的Bが短鎖増幅産物を生成する、あるいは、標的Aが短鎖増幅産物を生成し、標的Bが長鎖増幅産物を生成する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
標的AがゲノムDNA上に設計されたものであり、標的BがミトコンドリアDNA上に設計されたものである、あるいは、標的AがミトコンドリアDNA上に設計されたものであり、標的BがゲノムDNA上に設計されたものである、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記核酸の断片化の程度を、前記少なくとも2種類の増幅産物のそれぞれの生成効率に基づいて評価し、前記評価を以下の式:
ΔΔCt=ΔCt(サンプル)-ΔCt(NFC)・・・式(1)
[式中、ΔCt(サンプル)は以下の式:
ΔCt(サンプル)=Ct長鎖(サンプル)-Ct短鎖(サンプル)・・・式(2)
で表され、前記少なくとも2種類の増幅産物のうち長鎖増幅産物のCt値(Ct長鎖(サンプル))から短鎖増幅産物のCt値(Ct短鎖(サンプル))を差し引いた値を示し、
ΔCt(NFC)は以下の式:
ΔCt(NFC)=Ct長鎖(NFC)-Ct短鎖(NFC)・・・式(3)
で表され、前記鋳型核酸に対応する断片化していないDNA(NFC:No Fragmetation Control)より、前記ポリメラーゼ連鎖反応と同じ条件のもと生成された少なくとも2種類の増幅産物うち長鎖増幅産物のCt値(Ct長鎖(NFC))から短鎖増幅産物のCt値(Ct短鎖(NFC))を差し引いた値を示す]
により得られたΔΔCt値に基づいて行う、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記鋳型核酸が18SrRNAをコードする核酸、又はミトコンドリアDNAの少なくとも一部を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記生物がクロゴキブリであり、複数の異なるプライマーペアが、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含み、前記変異体が、以下の配列と相補的な塩基配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、以下の配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなる、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法:
フォワードプライマー
5'-ACTAGTCGCATCCGGTATCCTC-3'(配列番号1);
短鎖増幅用リバースプライマー
5'-CTCAATCTCGTGCGGCTAGA-3'(配列番号2);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5'-AAGGGCAGGGACGTAATCAA-3'(配列番号3)。
【請求項11】
生物がチャバネゴキブリであり、複数の異なるプライマーペアが、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含み、前記変異体が、以下の配列と相補的な塩基配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、以下の配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなる、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法:
フォワードプライマー
5'-TAGTCGCATCCGGCATCCTT-3'(配列番号4);
短鎖増幅用リバースプライマー
5'-CTCAATCTCGTGCGGCTAGG-3'(配列番号5);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5'-AAGGGCAGGGACGTAATCAC-3'(配列番号6)。
【請求項12】
生物がクロゴキブリであり、複数の異なるプライマーペアが、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含み、前記変異体が、以下の配列と相補的な塩基配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、以下の配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなる、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法:
フォワードプライマー
5'-GAACATCATTGAGAATATTAATTCGTGCT-3'(配列番号9);
短鎖増幅用リバースプライマー
5'-GAAAGCATGTGCAGTTACAATCAC-3'(配列番号10);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5'-ATGGTGGGTATACTGTTCAACCTGTA-3'(配列番号11)。
【請求項13】
前記鋳型核酸より生成される増幅産物の有無に基づいて前記生物の種を同定する工程をさらに含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
請求項1~9のいずれか一項に記載の方法において使用するための、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含み、前記変異体が、以下の配列と相補的な塩基配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、以下の配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなる、クロゴキブリ 18SrDNA用プライマーペア:
フォワードプライマー
5'-ACTAGTCGCATCCGGTATCCTC-3'(配列番号1);
短鎖増幅用リバースプライマー
5'-CTCAATCTCGTGCGGCTAGA-3'(配列番号2);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5'-AAGGGCAGGGACGTAATCAA-3'(配列番号3)。
【請求項15】
請求項1~9のいずれか一項に記載の方法において使用するための、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含み、前記変異体が、以下の配列と相補的な塩基配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、以下の配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなる、チャバネゴキブリ 18SrDNA用プライマーペア:
フォワードプライマー
5'-TAGTCGCATCCGGCATCCTT-3'(配列番号4);
短鎖増幅用リバースプライマー
5'-CTCAATCTCGTGCGGCTAGG-3'(配列番号5);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5'-AAGGGCAGGGACGTAATCAC-3'(配列番号6)。
【請求項16】
請求項1~9のいずれか一項に記載の方法において使用するための、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含み、前記変異体が、以下の配列と相補的な塩基配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、以下の配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなる、クロゴキブリ ミトコンドリアDNA用プライマーペア:
フォワードプライマー
5'-GAACATCATTGAGAATATTAATTCGTGCT-3'(配列番号9);
短鎖増幅用リバースプライマー
5'-GAAAGCATGTGCAGTTACAATCAC-3'(配列番号10);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5'-ATGGTGGGTATACTGTTCAACCTGTA-3'(配列番号11)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物死骸よりその生物の死亡時期を、前記生物死骸由来の核酸の断片化の程度に基づいて判定する方法に関する。
特に本発明は、食品中に混入していた生物死骸の混入時期を、前記生物死骸由来の核酸の断片化の程度に基づいて判定することも可能とする。
【背景技術】
【0002】
食品は、体内に取り入れられるものであり、当然、その安全性が確保されていなければならない。そのため、食品製造の品質管理において、例えば、異物混入の原因となり得る事項は、徹底的に排除しなければならない。
【0003】
かかる品質管理を徹底するにあたっては、異物混入の実態を正確に把握することが必要であり、そのために、まず、食品に混入していた異物が、製造過程において混入したものか、あるいは製品開封後に混入したものか、その異物混入時期についての検証を行うことが重要とされる。
【0004】
そのため毛髪やプラスチック等の異物の混入時期を判別する方法が開発・検討されており(非特許文献1,2)、また、食品に混入していた異物内への、食品成分中の無機化合物(例えば、塩化ナトリウム)や有機物(例えば、ブドウ糖等)の浸透度合いを分析し、その結果に基づき、異物の混入時期を判別する方法等が報告されている(特許文献1、2)。
【0005】
一方、特許文献3には、調整されたポリメラーゼ連鎖反応(以下、「PCR」と記載する)の条件の下、分解作用を受けた鋳型核酸から、複数のプライマーペアを用いて複数の増幅産物を生成し、複数の増幅産物のそれぞれ異なる生成効率を求め、それら生成効率に基づいて、分解作用による鋳型核酸の損傷の程度を求めること、食品の加工の程度を求めること、ならびに分解作用を受ける前の鋳型核酸の量を求めることが記載されている。しかしながら、特許文献3には、食品中の異物の混入時期を判別することについて何ら開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-83804号公報
【文献】特開2017-146282号公報
【文献】特開2015-35977号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】佐藤元著、「混入毛髪鑑別法」株式会社サイエンスフォーラム発行、2000年
【文献】コンバーテック、2002年11月号、(株)加工技術研究会出版、「CPPフィルムのDSC分析でレトルト熱処理の履歴がわかるスメクチック型からα晶への相転位を利用」(味の素(株)生産技術開発センター)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、異物の混入時期の判定は、顕微鏡観察等に基づく異物中への食品色素や成分の浸透度合い(浸透状況や浸透量等)、あるいは異物中の酵素活性の有無等に基づいて行われてきた。
【0009】
しかしながら、混入異物が小さいと食品色素や成分の浸透度合いを観察・測定することができない場合があり、また、微生物の増殖に伴い微生物由来の酵素活性が高まることにより異物由来の酵素活性の有無を判別することができない場合があり、異物の混入時期の判定が困難となる場合があった。
【0010】
当該分野においては、異物への食品色素や成分の浸透度合い、ならびに異物中の酵素活性の有無に依拠することなく、異物の混入時期の判定を可能とする、新たな手法の開発が切望されていた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、生物の死骸由来の核酸の断片化の程度を評価し、その断片化の程度に基づいて、前記生物の死亡時期を判定できることを見出した。また、生物の死骸が食品中に異物として混入していたものである場合には、同様に当該生物の死骸由来の核酸の断片化の程度を評価することによって、当該生物もしくはその死骸の食品中への混入時期も含めて判定できることを見出した。
【0012】
本発明はこれらの知見に基づくものであり、以下の発明を包含する。
[1] 生物の死骸よりその生物の死亡時期を判定する方法であって、
前記生物の死骸由来の核酸の断片化の程度を評価し、その断片化の程度に基づいて前記生物の死亡時期を判定する工程を含む、方法。
[2] 前記核酸の断片化の程度が小さい程、前記生物が死亡して間もないことを示す、[1]の方法。
[3] 前記生物の死骸が食品中に混入していたものであり、前記核酸の断片化の程度に基づいて前記生物の食品への混入時期を判定する工程をさらに含む、[1]の方法。
[4] 前記核酸の断片化の程度に基づいて、前記生物が食品の製造過程における核酸の分解作用を受けたか否かを評価することを含む、[3]の方法。
[5] 分解作用が食品の製造過程における加熱処理である、[3]又は[4]の方法。
[6] 加熱処理が100℃以上の条件で行われる、[5]の方法。
[7] 前記生物が昆虫である、[1]~[6]のいずれかの方法。
[8] 前記核酸の断片化の程度を電気泳動によって評価する、[1]~[7]のいずれかの方法。
[9] 前記核酸の断片化の程度を、ポリメラーゼ連鎖反応の条件の下、前記生物の死骸由来の核酸を鋳型核酸として用いて、少なくとも2種類の異なるプライマーペアを用いたPCRにより配列長がそれぞれ異なる少なくとも2種類の増幅産物を生成し、前記少なくとも2種類の増幅産物の生成効率より評価する、[1]~[7]のいずれかの方法。
[10] 前記核酸の断片化の程度を、前記少なくとも2種類の増幅産物のそれぞれの生成効率に基づいて評価し、前記評価を以下の式:
ΔCt(サンプル)=Ct標的A(サンプル)-Ct標的B(サンプル)・・・式(4)
[前記少なくとも2種類の増幅産物のうち標的AのCt値(Ct標的A(サンプル))から標的BのCt値(Ct標的B(サンプル))を差し引いた値を示す]
により得られたΔCt値に基づいて行う、[9]の方法。
[11] 標的Aが長鎖増幅産物を生成し、標的Bが短鎖増幅産物を生成する、あるいは、標的Aが短鎖増幅産物を生成し、標的Bが長鎖増幅産物を生成する、[10]の方法。
[12] 標的AがゲノムDNA上に設計されたものであり、標的BがミトコンドリアDNA上に設計されたものである、あるいは、標的AがミトコンドリアDNA上に設計されたものであり、標的BがゲノムDNA上に設計されたものである、[10]の方法。
[13] 前記核酸の断片化の程度を、前記少なくとも2種類の増幅産物のそれぞれの生成効率に基づいて評価し、前記評価を以下の式:
ΔΔCt=ΔCt(サンプル)-ΔCt(NFC)・・・式(1)
[式中、ΔCt(サンプル)は以下の式:
ΔCt(サンプル)=Ct長鎖(サンプル)-Ct短鎖(サンプル)・・・式(2)
で表され、前記少なくとも2種類の増幅産物のうち長鎖増幅産物のCt値(Ct長鎖(サンプル))から短鎖増幅産物のCt値(Ct短鎖(サンプル))を差し引いた値を示し、
ΔCt(NFC)は以下の式:
ΔCt(NFC)=Ct長鎖(NFC)-Ct短鎖(NFC)・・・式(3)
で表され、前記鋳型核酸に対応する断片化していないDNA(NFC:No Fragmetation Control)より、前記ポリメラーゼ連鎖反応と同じ条件のもと生成された少なくとも2種類の増幅産物うち長鎖増幅産物のCt値(Ct長鎖(NFC))から短鎖増幅産物のCt値(Ct短鎖((NFC))を差し引いた値を示す]
により得られたΔΔCt値に基づいて行う、[9]の方法。
[14] 前記鋳型核酸が18SrRNAをコードする核酸、又はミトコンドリアDNAの少なくとも一部を含む、[13]の方法。
[15] 前記生物がクロゴキブリであり、複数の異なるプライマーペアが、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含む、[9]~[14]のいずれかの方法:
フォワードプライマー
5’-ACTAGTCGCATCCGGTATCCTC-3’(配列番号1);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-CTCAATCTCGTGCGGCTAGA-3’(配列番号2);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-AAGGGCAGGGACGTAATCAA-3’(配列番号3)。
[16] 生物がチャバネゴキブリであり、複数の異なるプライマーペアが、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含む、[9]~[14]のいずれかの方法:
フォワードプライマー
5’-TAGTCGCATCCGGCATCCTT-3’(配列番号4);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-CTCAATCTCGTGCGGCTAGG-3’(配列番号5);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-AAGGGCAGGGACGTAATCAC-3’(配列番号6)。
[17] 生物がクロゴキブリであり、複数の異なるプライマーペアが、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含む、[9]~[14]のいずれかの方法:
フォワードプライマー
5’-GAACATCATTGAGAATATTAATTCGTGCT-3’(配列番号9);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-GAAAGCATGTGCAGTTACAATCAC-3’(配列番号10);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-ATGGTGGGTATACTGTTCAACCTGTA-3’(配列番号11)。
[18] 前記鋳型核酸より生成される増幅産物の有無に基づいて前記生物の種を同定する工程をさらに含む、[9]~[14]のいずれかの方法。
[19] [9]~[14]のいずれかの方法において使用するための、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含む、クロゴキブリ 18SrDNA用プライマーペア:
フォワードプライマー
5’-ACTAGTCGCATCCGGTATCCTC-3’(配列番号1);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-CTCAATCTCGTGCGGCTAGA-3’(配列番号2);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-AAGGGCAGGGACGTAATCAA-3’(配列番号3)。
[20] [9]~[14]のいずれかの方法において使用するための、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含む、チャバネゴキブリ 18SrDNA用プライマーペア:
フォワードプライマー
5’-TAGTCGCATCCGGCATCCTT-3’(配列番号4);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-CTCAATCTCGTGCGGCTAGG-3’(配列番号5);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-AAGGGCAGGGACGTAATCAC-3’(配列番号6)。
[21] [9]~[14]のいずれかの方法において使用するための、以下の配列を含むプライマー又はその変異体を含む、クロゴキブリ ミトコンドリアDNA用プライマーペア:
フォワードプライマー
5’-GAACATCATTGAGAATATTAATTCGTGCT-3’(配列番号9);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-GAAAGCATGTGCAGTTACAATCAC-3’(配列番号10);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-ATGGTGGGTATACTGTTCAACCTGTA-3’(配列番号11)。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、生物の死亡時期を判定するための新たな手法、ならびに、食品中に異物として混入していた生物の死骸の混入時期を判定するための新たな手法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1はクロゴキブリより抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とDFI値及びΔΔCt値を示す。(A)は未加熱、(B)は110℃、30分加熱、(C)は121℃、8分加熱、ならびに(D)は121℃、30分加熱の結果を示す。
図2図2はチャバネゴキブリより抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とDFI値及びΔΔCt値を示す。(A)は未加熱、(B)は110℃、30分加熱、(C)は121℃、8分加熱、ならびに(D)は121℃、30分加熱の結果を示す。
図3図3はクロゴキブリより抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とDFI値及びΔΔCt値を示す。(A)は未加熱、(B)は70℃、30分加熱、(C)は80℃、30分加熱、(D)は90℃、30分加熱、ならびに(E)は95℃、30分加熱の結果を示す。
図4図4はチャバネゴキブリより抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とDFI値及びΔΔCt値を示す。(A)は未加熱、(B)は70℃、30分加熱、(C)は80℃、30分加熱、(D)は90℃、30分加熱、ならびに(E)は95℃、30分加熱の結果を示す。
図5図5はクロゴキブリ又はチャバネゴキブリより抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とDFI値及びΔΔCt値を示す。(A)はクロゴキブリ、未加熱、(B)はクロゴキブリ、電子レンジ(500W、2分)加熱、(a)はチャバネゴキブリ、未加熱、(b)はチャバネゴキブリ、電子レンジ(500W、2分)加熱の結果を示す。
図6図6は、クロゴキブリ又はチャバネゴキブリより抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とDFI値及びΔΔCt値を示す。(A)はクロゴキブリ、未加熱、(B)はクロゴキブリ、カレーソース中にて121℃、8分加熱、(C)はクロゴキブリ、カレーソース中にて121℃、30分加熱、(a)はチャバネゴキブリ、未加熱、(b)はチャバネゴキブリ、カレーソース中にて121℃、8分加熱、(c)はチャバネゴキブリ、カレーソース中にて121℃、30分加熱の結果を示す。
図7図7は、一つのプライマーペアのみを利用したPCRを用いた電気泳動法による加熱処理判定の結果を示す写真図である。各レーンは以下の加熱処理サンプルを示す。1:95℃30分、2:110℃30分、3:121℃8分、4:121℃30分、5:ネガティブコントロール、M:マーカー。
図8図8は、鋳型DNAを異なる量で用いた、一つのプライマーペアのみを利用したPCRの結果を示す写真図である。短鎖増幅用のプライマーペアのみを用いた場合(左)、及び長鎖増幅用のプライマーペアのみを用いた場合(右)を示し、各レーンは以下の鋳型DNA量のサンプルを示す。1:25ng、2:2.5ng、3:0.25ng、4:0.025ng、5:ネガティブコントロール、M:マーカー。
図9図9は、121℃8分加熱されたクロゴキブリより抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とDFI値及びΔΔCt値を示す。(A)は鋳型DNA 25ng量、(B)は鋳型DNA 2.5ng量、(C)は鋳型DNA 0.25ng量、(D)は鋳型DNA 0.025ng量の結果を示す。
図10図10は未処理のクロゴキブリ(後足脛部)より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値及びΔCt値を示す。(A)は18SrDNAプライマーセットを用いた場合、(B)はミトコンドリアDNAプライマーセットを用いた場合の結果を示す。
図11図11は121℃にて20分間の加熱処理を施したクロゴキブリ(後足脛部)より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値及びΔCt値を示す。(A)は18SrDNAプライマーセットを用いた場合、(B)はミトコンドリアDNAプライマーセットを用いた場合の結果を示す。
図12図12は25℃のカレー中にて3日間保存したクロゴキブリ(後足脛部)より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値及びΔCt値を示す。(A)は18SrDNAプライマーセットを用いた場合、(B)はミトコンドリアDNAプライマーセットを用いた場合の結果を示す。
図13-1】図13-1は(A)未処理のクロゴキブリの死骸、ならびに(B)25℃で1日間保管、(C)25℃で2日間保管、及び(D)25℃で3日間保管したクロゴキブリの死骸より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値を示す。
図13-2】図13-2は(E)25℃で4日間保管、(F)25℃で5日間保管、(G)25℃で6日間保管、及び(H)25℃で7日間保管、及び(I)25℃で10日間保管したクロゴキブリの死骸より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値を示す。
図14図14は、(レーン1)未処理のクロゴキブリの死骸、ならびに、(レーン2)25℃で7日間保管、及び(レーン3)25℃で3日間カレー中に保管したクロゴキブリの死骸より抽出されたDNAを電気泳動した結果を示す写真図を示す。(レーンM)200bp DNA Ladder。
図15図15は(A)未処理のゴミムシダマシ幼虫の死骸、及び(B)121℃にて20分間加熱処理したゴミムシダマシ幼虫の死骸より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値を示す。
図16図16は、(レーン1)未処理のゴミムシダマシ幼虫の死骸、及び、(レーン2)121℃にて20分間加熱処理したゴミムシダマシ幼虫の死骸より抽出されたDNAを電気泳動した結果を示す写真図を示す。(レーンM)1kb DNA Ladder。
図17図17は(A)未処理のゴミムシダマシ幼虫の死骸、ならびに(B)25℃で2日間保管、及び(C)25℃で5日間保管したゴミムシダマシ幼虫の死骸より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値を示す。
図18図18は、(レーン1)未処理のゴミムシダマシ幼虫の死骸、ならびに、(レーン2)25℃で2日間保管、及び(レーン3)25℃で5日間保管したゴミムシダマシ幼虫の死骸より抽出されたDNAを電気泳動した結果を示す写真図を示す。(レーンM)1kb DNA Ladder。
図19図19は、(レーン1)未処理のチャバネゴキブリの死骸、ならびに、(レーン2)80℃で30分間加熱処理、及び(レーン3)100℃で30分間加熱処理したチャバネゴキブリの死骸より抽出されたDNAを電気泳動した結果を示す写真図を示す。(レーンM)1kb DNA Ladder。
図20図20は、(A)未処理のチャバネゴキブリの死骸、ならびに、(B)80℃で30分間加熱処理、及び(C)100℃で30分間加熱処理したチャバネゴキブリの死骸より抽出されたDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより得られた短鎖増幅産物及び長鎖増幅産物の各増幅曲線を示すグラフ図とΔΔCt値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において「生物の死骸」又は「生物死骸」とは、核酸を有する、生物に由来する任意の物質が挙げられ、例えば、動物や植物の死骸やその一部等が挙げられるがこれらに限定はされない。「核酸」には、一本鎖DNA、二本鎖DNA、一本鎖RNA、二本鎖RNA、DNA-RNAハイブリッド等が挙げられる。より具体的には、本発明における「生物の死骸」又は「生物死骸」には、例えば、毛髪等の人毛や動物毛等の毛、爪、木片、植物原料のへた、茎、根、動物原料の骨片、昆虫等、あるいはそれらの一部分が挙げられるが、これらに限定はされない。好ましくは、本発明において「生物の死骸」又は「生物死骸」とは、昆虫の死骸や昆虫の一部であり、昆虫としては例えば、ゴキブリ(クロゴキブリ(Periplaneta fuliginosa)、チャバネゴキブリ(Blattella germanica)、ゴミムシダマシ(Neatus picipes)等の成虫や幼虫が挙げられる。
【0016】
本発明において「食品」とは、レストラン等で提供される料理、冷凍、チルド、常温等で流通可能な各種加工食品を意味する。加工食品としては例えば、カレー、シチュー、スープ、ソース等のレトルト製品、カレー、シチュー等のルウ製品、冷凍食品、練りわさび、練りからし、マスタード等の各種スパイス製品、マヨネーズ、ドレッシング等の調味料製品、ヨーグルト、バター、チーズ、アイスクリーム等の乳製品、ゼリー、プリン等のデザート製品、チョコレート、クッキー等の菓子製品、お茶、コーヒー、果実飲料、清涼飲料等の飲料製品等を挙げることができるが、これらに限定はされない。
【0017】
本発明は生物の死骸よりその生物の死亡時期を判定する方法に関するものであり、前記生物の死骸由来の核酸の断片化の程度を評価し、その断片化の程度に基づいて前記生物の死亡時期を判定する工程を含む。
【0018】
「生物の死骸由来の核酸」は、生物の死骸より任意の核酸抽出法を用いて単離/精製することができる。核酸抽出法としては、例えば、フェノール/クロロホルム法、界面活性剤による細胞溶解やプロテアーゼ酵素による細胞溶解、ガラスビーズによる物理的破壊方法、凍結溶融を繰り返す処理方法、及びそれらの組合せ等を利用することができる。また、市販の核酸抽出キット(例えば、DNeasy Blood & Tissue Kit、DNeasy Plant mini Kit、Genomic-tip 20/G、DNeasy Mericon Food Kit(いずれもQIAGEN社)等)を利用することもできる。
【0019】
本発明において「核酸の断片化」とは、核酸が分解作用を受けて細分化又は分解されることを意味する。「分解作用」には、生物が有する消化酵素による消化反応、生物の死骸がおかれた環境に生息する微生物による消化反応、加熱による分解作用、酸による分解作用、アルカリによる分解作用、物理的な力による分解作用等が挙げられる。特に、生物の死骸が食品中に混入していたものである場合には、「分解作用」とは、食品の製造過程における加熱による分解作用であり、例えば、65℃またはそれ以上、好ましくは70℃またはそれ以上、より好ましくは80℃またはそれ以上、さらに好ましくは90℃またはそれ以上、とりわけ好ましくは100℃またはそれ以上、特に好ましくは120℃またはそれ以上(例えば、121℃)、あるいはさらにそれ以上の加熱による分解作用である。より詳細には、加熱による分解作用としては、レトルト殺菌(121℃、4分間以上)処理が挙げられる。好ましくは、これらの加熱温度は湿熱温度である。生物の死骸より抽出された核酸の断片化の程度が小さい場合には、核酸が分解作用による影響をあまり受けていないことを意味し、当該核酸の断片化の程度が大きい場合には、核酸が分解作用による影響を受けていることを意味する。
【0020】
本発明の一実施形態において、「核酸の断片化の程度」は、当該死骸より抽出された核酸と、当該死骸と同じ又は同じと考えられる生物であって、かつ死亡直後の未処理の生物より、同様に抽出された核酸(断片化されていない比較対象)とを電気泳動することによって評価することができる。電気泳動を行った結果、2つの核酸について同じ又はほぼ同じ泳動像が認められる場合には、当該死骸の生物は死亡して間もない可能性が高いと判断することができる。一方、当該死骸より抽出された核酸が、断片化されていない比較対象と比べてより小さなサイズで検出される場合や、あるいは検出されない場合には、当該核酸は分解作用を受けていることを示し、当該生物が死亡して間もないものではない可能性が高いことを示す。特に、生物の死骸が食品中に混入していたものである場合、当該生物の死骸が食品の製造過程における加熱による分解作用を受けた可能性が高いことを示し、これは当該生物の死亡時期が少なくとも製造過程における加熱処理以前であること、すなわち、当該生物又はその死骸の食品への混入が食品の製造過程である可能性が高いことを示す。なお、核酸の断片化の程度は、生物が死亡してからの時間が長いほど、また、加熱処理の温度が高いほど大きくなる。
【0021】
また、本発明の別の実施形態において、「核酸の断片化の程度」の評価は、生物の死骸由来の核酸を鋳型核酸として用いて、少なくとも2種類の異なるプライマーペアを用いたPCRにより、配列長がそれぞれ異なる少なくとも2種類の増幅産物を生成し、前記少なくとも2種類の増幅産物の生成効率より前記鋳型核酸の断片化の程度を評価することにより行うことができる。
【0022】
本発明において「鋳型核酸」としては、任意の配列を有する核酸を利用することが可能であるが、好ましくはリボソームRNA(rRNA)又はその一部をコードする核酸を含むか、又は当該核酸からなる。rRNAをコードする核酸は、ゲノムDNAあたりのコピー数が多く、また断片化された鋳型核酸からも比較的容易に検出することができる。より好ましくは、鋳型核酸は、18SrRNA、ITS1、5.8SrRNA、ITS2、28SrRNA、及びそれらの一部からなる群より選択される一又は複数をコードする核酸を含むか、又は当該核酸からなるものを利用することができる。さらに好ましくは、鋳型核酸は、18SrRNA、ITS1及びそれらの一部からなる群より選択される一又は複数をコードする核酸を含むか、又は当該核酸からなるものを利用することができる。18SrRNAやITS1をコードする核酸は種内の保存性が高いため、特定の生物種に特異的なプライマーの設計を比較的容易に行うことができ、死骸の生物種を同定するのにも利用することができる。様々な生物種に由来するrRNAをコードする核酸が公知であり、GenBank等の公知のデータベースにその遺伝子情報が登録されている。例えば、クロゴキブリ由来のrRNAをコードする核酸がGenBankにAF321250、DQ874171等として登録されており、またチャバネゴキブリ由来のrRNAをコードする核酸がGenBankにDQ874116、FJ806322、AF005243等として登録されている。本発明においては、これらの遺伝子情報を利用することができる。
【0023】
また、本発明において「鋳型核酸」としては、ミトコンドリアDNAもしくはその一部を含むか、又はそれからなる。ミトコンドリアDNAは、生物の死骸において当該生物が有する酵素による消化反応や、生物の死骸がおかれた環境に生息する微生物による消化反応等の分解作用の影響を上述のrRNAをコードする核酸(例えば、18SrRNAをコードするDNA(以下、「18SrDNA」と記載する))等と比較して受けづらいことから、より正確に生物の死亡時期を判定することができ好ましい。様々な生物種に由来するミトコンドリアDNAが公知であり、GenBank等の公知のデータベースにその遺伝子情報が登録されている。例えば、クロゴキブリ由来のミトコンドリアDNAがGenBankにMH184372等として登録されている。本発明においては、これらの遺伝子情報を利用することができる。
【0024】
本発明において「少なくとも2種類の異なるプライマーペア」とは、増幅産物の配列長がそれぞれ異なるように同一遺伝子の鋳型核酸上に設計された2又はそれ以上のプライマーペアを意味する。少なくとも2種類の異なるプライマーペアはそれぞれ別々のプライマーを有していてもよいが、例えば、一のプライマー(例えば、フォワードプライマー)を共通のものとし、他方のプライマー(例えば、リバースプライマー)をそれぞれ別々のものとしてもよい。各プライマーペアより得られる増幅産物の配列長は特に限定されず、それぞれおよそ100bpもしくはそれ以上、およそ200bpもしくはそれ以上、およそ300bpもしくはそれ以上、およそ400bpもしくはそれ以上、およそ500bpもしくはそれ以上、およそ600bpもしくはそれ以上、およそ700bpもしくは以上、およそ800bpもしくは以上、又はおよそ900bpもしくはそれ以上、の範囲より適宜選択することができる。例えば、複数の異なるプライマーペアは、およそ100bpの短鎖増幅産物が得られる第1のプライマーペアと、およそ200bp、およそ300bp、およそ400bp又はおよそ500bpの長鎖増幅産物が得られる第2のプライマーペアとを用意できる。
【0025】
あるいは、本発明において「少なくとも2種類の異なるプライマーペア」とは、異なる遺伝子の鋳型核酸上にそれぞれ設計された2又はそれ以上のプライマーペアを意味する。各プライマーペアより得られる増幅産物の配列長は特に限定されず、それぞれおよそ100bpもしくはそれ以上、およそ200bpもしくはそれ以上、およそ300bpもしくはそれ以上、およそ400bpもしくはそれ以上、およそ500bpもしくはそれ以上、およそ600bpもしくはそれ以上、およそ700bpもしくは以上、およそ800bpもしくは以上、又はおよそ900bpもしくはそれ以上、の範囲より適宜選択することができる。各プライマーペアより得られる増幅産物の配列長は同一であってもよいし、異なっていてもよい。例えば、複数の異なるプライマーペアは、ゲノムDNAの一部を標的とするプライマーペア、好ましくはrRNAをコードするDNA、より好ましくは18SrDNAを標的とするプライマーペアとミトコンドリアDNAを標的とするプライマーペアとを用意できる。また、複数の異なるプライマーペアとして、ゲノムDNAの異なる領域を標的とするプライマーペアの組み合わせを用意できる。また、複数の異なるプライマーペアとして、ミトコンドリアDNAの異なる領域を標的とするプライマーペアの組み合わせを用意できる。
【0026】
少なくとも2種類の異なるプライマーペアは、鋳型核酸の遺伝子情報に基づいて公知の手法により設計することができる。公知のプライマー設計ソフトウェア(例えば、OLIGO Primer Analysis Software(Molecular Biology Insights社)、Beacon Designer(PREMIER Biosoft社)、Primer Expressソフトウェア(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)等)を用いて設計しても良い。
【0027】
本発明において利用可能な少なくとも2種類の異なるプライマーペアとして、上記クロゴキブリ又はチャバネゴキブリに由来する鋳型核酸の遺伝子情報に基づいて設計された以下の配列を含む、又は配列からなるプライマーが挙げられる。
【0028】
(クロゴキブリ 18SrDNA用プライマーペア)
フォワードプライマー(共通)
5’-ACTAGTCGCATCCGGTATCCTC-3’(配列番号1);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-CTCAATCTCGTGCGGCTAGA-3’(配列番号2);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-AAGGGCAGGGACGTAATCAA-3’(配列番号3)。
【0029】
(チャバネゴキブリ 18SrDNA用プライマーペア)
フォワードプライマー(共通)
5’-TAGTCGCATCCGGCATCCTT-3’(配列番号4);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-CTCAATCTCGTGCGGCTAGG-3’(配列番号5);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-AAGGGCAGGGACGTAATCAC-3’(配列番号6)。
【0030】
(クロゴキブリ ミトコンドリアDNA用プライマーペア)
フォワードプライマー(共通)
5’-GAACATCATTGAGAATATTAATTCGTGCT-3’(配列番号9);
短鎖増幅用リバースプライマー
5’-GAAAGCATGTGCAGTTACAATCAC-3’(配列番号10);及び
長鎖増幅用リバースプライマー
5’-ATGGTGGGTATACTGTTCAACCTGTA-3’(配列番号11)。
【0031】
また、本発明においては、上記配列番号1~11に示す塩基配列と相補的な塩基配列に対しストリンジェントな条件下で結合する(ハイブリダイズする)塩基配列を有し、同様にプライマーとしての機能を有するオリゴヌクレオチドも、上記プライマーとして利用することができる。ここで「ストリンジェントな条件」とは、例えば以下の式で求められるTm値を基準としてハイブリダイゼーション(例えば約3.0×SSCまたは2.0×SSC、30℃または37℃)を行った後、ハイブリダイゼーションの条件よりストリンジェンシーの高い条件での洗浄(例えば約2.0×SSC、30℃、37℃、40℃、44℃もしくは48℃以上、または1.0×SSCもしくは0.5×SSC、37℃以上など)を行うことを意味する。ハイブリダイズする塩基配列などに応じて適宜ハイブリダイゼーションおよび洗浄に適切な「ストリンジェントな条件」を選択することは、当技術分野では周知技術である。
【0032】
Tm=81.5+16.6(log10[Na+])+0.41(fraction G+C)-(600/N)
[Na+]:Na+のモル濃度(mol/L)
fraction G+C:オリゴヌクレオチド中のGおよびCの割合(%)
N:オリゴヌクレオチドの長さ(塩基数)
【0033】
本明細書においては、このようなプライマーのことを上記配列番号1~11に示す塩基配列を有するプライマーの「変異体」と記載する場合があるが、特に記載しない限り、上記配列番号1~11に示す塩基配列を有するプライマーには当該「変異体」も含まれる。このような変異体には、上記配列番号1~11に示す塩基配列において数塩基の付加、置換、欠失又は挿入を有する塩基配列からなるオリゴヌクレオチドや(ここで「数塩基」とは、4塩基以内、3塩基以内、又は2塩基以内の塩基数を意味する)、上記配列番号1~11に示す塩基配列と、BLAST等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列からなるオリゴヌクレオチド等が含まれ得る。
【0034】
「PCR」は増幅産物の検出と定量を可能とする手法であればよく、特に限定はされないが、リアルタイムPCR、デジタルPCR等を用いることができる。
【0035】
本発明において「鋳型核酸の断片化の程度」は、前記少なくとも2種類の増幅産物の生成効率に基づいて評価することができる。「増幅産物の生成効率」は、PCRがリアルタイムPCRである場合、例えば、増幅産物が所定の量生成される時のPCRのサイクル数を示す閾値サイクル(Threshold Cycle)値(すなわち、Ct値)で表すことができる。Ct値は、増幅曲線において指数関数的に増幅する領域より選択される。
【0036】
また、PCRがデジタルPCRである場合、「増幅産物の生成効率」は、PCRを複数回実施した際に増幅産物が生成する確率、もしくは、PCRを所定の回数実施した際に増幅産物が生成する回数で表すことができる。より具体的には、デジタルPCRにおける増幅産物の生成効率とは、PCRプレート上の複数のウェルで所定のPCRを行い、増幅産物が観察されたウェルの数(以下、「陽性ウェルの数」ともいう。)、あるいは、陽性ウェルの数又は割合をポアソン分布モデルに適合させて解析して算出したコピー数で表すことができる。
【0037】
PCRには、増幅産物を検出するためにプローブを含めることができる。プローブは増幅産物中の標的配列にストリンジェントな条件下で結合する(ハイブリダイズする)ことができるものであればよく特に限定はされない。プローブは、蛍光物質(例えば、FAMTM、TETTM、VICTM、HEXTM、NEDTM、PET等)及び/又は消光物質(クエンチャー)(例えば、TAMRA、ROX等)で標識されていてもよい。
【0038】
一態様において、鋳型核酸の断片化の程度は、配列長の異なる少なくとも2種類の増幅産物の生成効率に基づいて評価することができる。鋳型核酸が分解作用を受けると、当該鋳型核酸には部分的に断片化された核酸が混在する。通常、核酸の配列長が短いほうが、長いものと比べて分解作用の影響を受けにくく、断片化されずに残存する確率が高くなる傾向にある。したがって、上記少なくとも2種類の異なるプライマーペアにより増幅される領域についても、当該領域の配列長が短いもののほうが、長いものと比べて分解作用の影響を受けにくく、当該領域の配列長が長いものほど分解作用の影響を受けやすく、断片化されずに残存する確率は低くなる傾向にある。
【0039】
このため、分解作用を受けていない鋳型核酸から、配列長がそれぞれ異なる複数の増幅産物を実質的に同じ生成効率で生成可能な条件下でPCRを実施したとしても、鋳型核酸が分解作用を受けている場合には、分解作用の影響を受けにくい配列長が短い領域から複製される増幅産物と比べて、分解作用の影響を受けやすい配列長が長い領域から複製される増幅産物の生成効率は低下するため、鋳型核酸の分解作用の有無に応じて、各増幅産物の生成効率に差異が生じ得る。
【0040】
具体的には、鋳型核酸が分解作用を受けている場合には、リアルタイムPCRにおいて、短鎖増幅産物のCt値と比較して、長鎖増幅産物のCt値が大きくなる。また、デジタルPCRにおいては、短鎖増幅産物が確認されるウェルの数又はコピー数と比較して、長鎖増幅産物が確認されるウェルの数又はコピー数が減少する。
【0041】
この複数の増幅産物の生成効率に生じる差異の有無に基づいて、鋳型核酸の断片化の程度評価することができる。
【0042】
鋳型核酸の断片化の評価は、以下の式:
ΔΔCt=ΔCt(サンプル)-ΔCt(NFC)・・・式(1)
に基づいて行うことができる。
【0043】
式中、ΔCt(NFC)とは、以下の式:
ΔCt(NFC)=Ct長鎖(NFC)-Ct短鎖(NFC)・・・式(3)
で表され、鋳型核酸に対応する断片化していないDNA(NFC:No Fragmetation Control)から、少なくとも2種類の異なるプライマーペアを用いたPCRにより配列長がそれぞれ異なる少なくとも2種類の増幅産物を生成し、得られた増幅産物より選択された2種類の増幅産物について、比較的長鎖の増幅産物(長鎖増幅産物)のCt値(Ct長鎖(NFC))から、比較的短鎖の増幅産物(短鎖増幅産物)のCt値(Ct短鎖(NFC))を差し引いた値として示される。「鋳型核酸に対応する断片化していないDNA」とは、上記のいずれの分解作用も受けていないPCRの標的配列を含む任意の形態の対照DNAを意味し、分解作用を受けていない、前記生物と同じ又は同じと思われる生物より抽出されたDNAやPCRの標的配列を含むプラスミドDNAを利用することができる。例えば、生物がゴキブリであれば、死亡直後のゴキブリのDNAを「鋳型核酸に対応する断片化していないDNA」として用いてもよいし、あるいはゴキブリDNA中のPCRの標的配列を含むプラスミドDNAを「鋳型核酸に対応する断片化していないDNA」として用いてもよい。
【0044】
式中、ΔCt(サンプル)とは、以下の式:
ΔCt(サンプル)=Ct長鎖(サンプル)-Ct短鎖(サンプル)・・・式(2)
で表され、前記鋳型核酸から、少なくとも2種類の異なるプライマーペアを用いたPCRにより配列長がそれぞれ異なる少なくとも2種類の増幅産物を生成し、得られた増幅産物より選択された2種類の増幅産物について、比較的長鎖の増幅産物(長鎖増幅産物)のCt値(Ct長鎖(サンプル))から、比較的短鎖の増幅産物(短鎖増幅産物)のCt値(Ct短鎖(サンプル))を差し引いた値として示される。
【0045】
得られたΔΔCtの値が、基準値を超えない場合には前記鋳型核酸は分解作用を受けていないか、もしくはあまり受けておらず、当該生物が死亡して間もない可能性が高いことを示す。一方、得られたΔΔCtの値が、基準値を超える場合には前記鋳型核酸は分解作用を受けていることを示し、当該生物が死亡して間もないものではない可能性が高いことを示す。特に、生物の死骸が食品中に混入していたものである場合、ΔΔCtの値が基準値を超える場合には、当該生物の死骸が食品の製造過程における加熱による分解作用を受けた可能性が高いことを示す。
【0046】
「基準値」となるΔΔCtの値は、好ましくは以下の手法により設定することができる。上記のいずれの分解作用をも受けていない、前記生物と同じ又は同じと思われる生物を、所定の分解作用処理(例えば、死亡後所定の期間保管、製造工程と同条件の加熱処理等)に付した後、各生物の死骸より抽出した核酸を鋳型核酸として用いて、上述のとおりΔΔCt値をそれぞれ所得する。この所定の分解作用処理に付された生物の死骸より得られた特定のΔΔCt値を「基準値」とすることができる。例えば、死亡後3日間保管した生物の死骸について得られたΔΔCt値が1.0である場合、検体である生物の死骸について得られたΔΔCt値が基準値1.0以下である場合には、当該生物は死亡して3日以内である可能性が高いと判断することができ、一方、基準値1.0を超える場合には死亡して4日以上である可能性が高いことを示す。また、100℃を超える温度にて加熱処理した生物の死骸について得られたΔΔCt値が2.0である場合、検体である生物の死骸について得られたΔΔCt値が基準値2.0以上である場合には、当該生物もしくはその死骸は当該加熱処理に付された可能性が高いことを示す。基準値は予め設定しておいてもよいし、検体を解析する度にそれぞれ設定してもよい。
【0047】
あるいは、鋳型核酸の断片化の評価は、以下の式:
ΔCt(サンプル)=Ct標的A(サンプル)-Ct標的B(サンプル)・・・式(4)
に基づいて行うことができる。
【0048】
一態様において、式(4)の「標的A」及び「標的B」はそれぞれ「長鎖」及び「短鎖」とすることができ、各Ct値は、上記定義のとおりとすることができる。上記と同じく、得られたΔCt値が基準値を超えない場合には、当該生物が死亡して間もない可能性が高いことを示す。一方、得られたΔCtの値が、基準値を超える場合には、当該生物が死亡して間もないものではない可能性が高いことを示し、特に、生物の死骸が食品中に混入していたものである場合、当該生物の死骸が食品の製造過程における加熱による分解作用を受けた可能性が高いことを示す。なお、標的Aと標的Bを入れ替えてもΔCt(サンプル)の絶対値は変化しないことから、その結果を用いても同等の評価を行うことができる。
【0049】
「基準値」となるΔCt値は、上述のΔΔCt基準値と同様に求めることができる。
【0050】
また別の態様において、式(4)の「標的A」及び「標的B」は異なる遺伝子標的とすることができ、「標的A」は標的Bと比べて分解作用の影響を受けやすい標的核酸を意味し、「標的B」は標的Aと比べて分解作用の影響を受けにくい標的核酸を意味する。下記実施例にて詳述するとおり、分解作用の影響は標的核酸によって異なり、同一の生物の死骸から抽出されたものであっても、標的核酸ごとに断片化の程度は異なる。
【0051】
分解作用を受けていない鋳型核酸と分解作用を受けている鋳型核酸から標的核酸の増幅産物を生成した場合、鋳型核酸が分解作用を受けている場合、分解作用の影響を受けやすい標的核酸からの増幅産物の生成効率は低下する。一方、分解作用の影響を受けにくい標的核酸から複製される増幅産物の生成効率は、鋳型核酸が分解作用を受けている場合においても大きく変化することはない。このため分解作用を受けている場合といない場合とでΔCt値に差異を生じる。
【0052】
例えば、ミトコンドリアDNAは18SrDNA等のゲノムDNAと比べて分解作用の影響を受けにくく、断片化されずに残存する確率が高くなる傾向にある。したがって、ミトコンドリアDNAは「標的B」に該当する。一方、18SrDNAは「標的A」に該当する。リアルタイムPCRにおいて、鋳型核酸が分解作用を受けていない場合の18SrDNAの増幅産物のCt値と比較して、鋳型核酸が分解作用を受けている場合の18SrDNAの増幅産物のCt値が大きくなる。したがって、18SrDNAのCt値(Ct標的A(サンプル)に該当)から、ミトコンドリアDNAの増幅産物のCt値(Ct標的B(サンプル))を差し引いた値として示されるΔCt値は鋳型核酸が分解作用を受けている場合と受けていない場合とで相違する。なお、標的Aと標的Bを入れ替えてもΔCt(サンプル)の絶対値は変化しないことから、その結果を用いても同等の評価を行うことができる。
【0053】
これら増幅産物の生成効率に生じる差異の有無に基づいて、鋳型核酸の断片化の程度評価することができる。上記と同じく、得られたΔCt値が基準値を超えない場合には、当該生物が死亡して間もない可能性が高いことを示す。一方、得られたΔCtの値が、基準値を超える場合には、当該生物が死亡して間もないものではない可能性が高いことを示し、特に、生物の死骸が食品中に混入していたものである場合、当該生物の死骸が食品の製造過程における加熱による分解作用を受けた可能性が高いことを示す。
【0054】
「基準値」となるΔCt値は、上述のΔΔCt基準値と同様に求めることができる。
【0055】
さらに、本発明においては、生物の死骸由来の鋳型核酸より生成される増幅産物の有無に基づいて、前記生物の死骸の生物種を同定することができる。
本発明において、複数の異なるプライマーペア、好ましくは18SrDNA用プライマーペアは、特定の生物種の鋳型核酸に基づいて設計されており、それ故、いずれかのプライマーペア、好ましくは複数のプライマーペアを用いて増幅産物が生成されている場合には、生物の死骸は当該特定の生物種又はその一部であると判定することができる。例えば、上記クロゴキブリ用プライマーペアを用いた場合に増幅産物の生成が認められれば、生物の死骸はクロゴキブリ又はその一部であると判定され、上記チャバネゴキブリ用プライマーペアを用いた場合に増幅産物の生成が認められれば、生物の死骸はチャバネゴキブリ又はその一部であると判定され、さらに、上記クロゴキブリ用プライマーペア及びチャバネゴキブリ用プライマーペアのいずれを用いても増幅産物の生成が認められない場合には、生物の死骸はクロゴキブリでもチャバネゴキブリでもなく、その他の昆虫であると判定することができる。
以下、本発明を実施例により、更に詳しく説明する。
【実施例
【0056】
(鋳型DNA溶液の調整)
<クロゴキブリ用>
分解作用を受けていないクロゴキブリ18SrRNAをコードするDNA(Accession No.DQ874171)をプラスミドDNAに導入した。得られた組換えプラスミドDNAを制限酵素NdeIを用いて切断し、分解作用を受けていない18SrRNA遺伝子が挿入された直鎖状組換えプラスミドDNAを105コピー/μL及び102コピー/μLの量でそれぞれ含む鋳型DNA溶液を調製した。
【0057】
<チャバネゴキブリ用>
分解作用を受けていないチャバネゴキブリ18SrRNAをコードするDNA(Accession No.DQ874116又はFJ806322)をプラスミドDNAに導入した。得られた組換えプラスミドDNAを制限酵素NdeIを用いて切断し、分解作用を受けていない18SrRNA遺伝子が挿入された直鎖状組換えプラスミドDNAを105コピー/μL及び102コピー/μLの量でそれぞれ含む鋳型DNA溶液を調製した。
【0058】
(リアルタイムPCR条件)
表1に記載した短鎖増幅用と長鎖増幅用の2つのプライマーペアと、蛍光標識核酸プローブをクロゴキブリとチャバネゴキブリ用にそれぞれ用意した。
【0059】
<クロゴキブリ 18SrDNA用>
2つのプライマーペアは、共通するフォワードプライマー(配列番号1)を有する。また、短鎖増幅用のプライマーペアは配列番号2で表されるリバースプライマーを有し、長鎖増幅用のプライマーペアは配列番号3で表されるリバースプライマーを有する。
【0060】
<チャバネゴキブリ 18SrDNA用>
2つのプライマーペアは、共通するフォワードプライマー(配列番号4)を有する。また、短鎖増幅用のプライマーペアは配列番号5で表されるリバースプライマーを有し、長鎖増幅用のプライマーペアは配列番号6で表されるリバースプライマーを有する。
【0061】
クロゴキブリ用及びチャバネゴキブリ用のいずれにおいても、短鎖増幅用のプライマーペアにより、鋳型DNAから配列長が約100bpの増幅産物が得られる。長鎖増幅用のプライマーペアにより、鋳型DNAから配列長が約300bpの増幅産物が得られる。各蛍光標識プローブは、5’末端をFAMで修飾し、3’末端をTAMRAで修飾して合成した。
【0062】
【表1】
【0063】
反応液は以下の組成のものを用いた。表中の各成分の配合量はμLの量で表される。
【0064】
【表2】
【0065】
リアルタイムPCRは、7900HT Fast Real Time PCR System(Applied Biosystems)を用いて、以下の条件で行った:95℃で10分間保持し、以後95℃で30秒保持、58℃で10秒保持、及び72℃で2分保持を1サイクルとして、45サイクルを繰り返した。
【0066】
(プライマーセットの特異性確認)
上記の調製したPCR反応液の鋳型DNAプラスミド溶液に代えて、クロゴキブリ由来DNAとチャバネゴキブリ由来DNAをそれぞれ2.5μL加えた反応液を調製した。それ以外は上記の調整されたPCRの条件を用いて、リアルタイムPCRを実施した。
【0067】
その結果、クロゴキブリ用のプライマーセットを用いた場合は、クロゴキブリ由来DNAのみが増幅されて、増幅産物が増幅曲線としてグラフに現れ、チャバネゴキブリ由来DNAは増幅されず、増幅曲線は現れなかった。
【0068】
同様に、チャバネゴキブリ用のプライマーセットを用いた場合は、チャバネゴキブリ由来のDNAのみが増幅されて、増幅産物が増幅曲線としてグラフに現れ、クロゴキブリ由来のDNAは増幅されず、増幅曲線は現れなかった。
【0069】
よって、クロゴキブリ用のプライマーセットはチャバネゴキブリ由来DNAと交差せず、また、チャバネゴキブリ用のプライマーセットはクロゴキブリ由来のDNAと交差しないことが確認され、各プライマーセットの特異性が確認された。
【0070】
(100℃以上の加熱によるDNA断片化の確認)
加熱していないクロゴキブリからBlood & Tissue kit(QUIAGEN社製)を用いて、加熱による分解作用を受けていないDNAを抽出した。また、クロゴキブリをレトルトパウチにて水の中に完全に入れて密封し、110℃30分、121℃8分、121℃30分の加圧加熱処理(オートクレーブHG-50LB(平山製作所製))を施した。加熱後にクロゴキブリを取り出し、水分を除去した。加熱処理を受けたクロゴキブリから、Blood & Tissue kitを用いてDNAを抽出した。チャバネゴキブリについても同様に加熱を受けていないものと加熱処理を受けたものについて、DNA抽出を行った。その後、抽出したDNAを鋳型DNAとして用いた以外は、上記PCRの条件を用いて、リアルタイムPCRを実施した。得られた結果より任意に設定した閾値0.256におけるΔΔCt値を算出した。また、得られたΔΔCt値から以下の
式:
DFI=1-(1/2)ΔΔCt/2
に基づいて、DNA断片化指数(DFI:DNA fragmentation Index)求めた。DFI値が0以下の数値を示した場合は、DFI=0に補正した。なお、実験に用いたゴキブリはすべて冷凍保管品を使用して実験を行った。
【0071】
その結果、クロゴキブリについて、算出されたΔΔCt値及びDFI値は、未加熱、110℃30分;121℃8分;及び121℃30分にてそれぞれ、ΔΔCt値0.7、DFI値0.217(図1(A));ΔΔCt値3.2、DFI値0.665(図1(B));ΔΔCt値2.7、DFI値0.606(図1(C));ΔΔCt値8.9、DFI値0.955(図1(D))となった。
【0072】
また、チャバネゴキブリについて、任意に設定した閾値0.256において算出されたΔΔCt値及びDFI値は、未加熱、110℃30分;121℃8分;及び121℃30分にてそれぞれ、ΔΔCt値1.4、DFI値0.379(図2(A));ΔΔCt値6.6、DFI値0.881(図2(B));ΔΔCt値5.0、DFI値0.821(図2(C));ΔΔCt値>17.0、DFI値>0.996(図2(D))となった。
【0073】
100℃以上の加熱処理に付されたことにより、ΔΔCt値及びDFI値のいずれも高くなることが確認された。クロゴキブリについては、加熱処理に付された場合、ΔΔCt値は0.7を越え、DFI値は0.2を越えることが確認された。チャバネゴキブリについては、加熱処理に付された場合、ΔΔCt値は1.4を越え、DFI値は0.3を越えることが確認された。また、加熱温度が高いほどΔΔCt値が大きくなることが確認された。さらに、同じ加熱温度であっても、加熱時間が長いほどΔΔCt値が大きくなることが確認された。すなわち、ΔΔCt値及び/又はDFI値によれば、レトルト調理加熱の程度も推測することができることが明らかとなった。
【0074】
(100℃未満の加熱によるDNAの断片化確認)
次に、100℃未満の加熱によるDNA断片化の程度を確認した。
クロゴキブリを50mLの遠心チューブにて完全に水中に入れ、未加熱、70℃、80℃、90℃、95℃でそれぞれ30分ずつ加熱した。加熱処理後に水より取り出し、Blood & Tissue KitでDNAを抽出した。チャバネゴキブリについても同様に加熱処理を行い、DNAを抽出した。
【0075】
抽出したDNAを鋳型DNAとして用いた以外は、上記PCRの条件を用いて、リアルタイムPCRを実施した。
【0076】
その結果、クロゴキブリについて、未加熱の場合にはΔΔCt値0.7、DFI値0.227、ならびに70℃;80℃;90℃;及び95℃、30分の加熱の場合にはそれぞれ、ΔΔCt値0.4、DFI値0.137;ΔΔCt値0.3、DFI値0.084;ΔΔCt値0.5、DFI値0.158;ΔΔCt値0.7、DFI値0.201となり、未加熱の各値と大きな差は認められず、顕著なDNAの断片化も確認されなかった(図3)。チャバネゴキブリについても、未加熱、ならびに70℃;80℃;90℃;及び95℃、30分の加熱の場合にはそれぞれ、ΔΔCt値0.2、DFI値0.054;ΔΔCt値0.4、DFI値0.127;ΔΔCt値0.1、DFI値0.05;ΔΔCt値0.5、DFI値0.152;ΔΔCt値0.8、DFI値0.237となり、各値に大きな差は認められず、顕著なDNAの断片化も確認されなかった(図4)。
【0077】
このことから、ΔΔCt値、及び/又は、DFI値を指標にして、サンプルのDNAがレトルト処理のような高温の加熱処理を受けたものであるのか、あるいは比較的低温の加熱処理のみを受けたものであるのかを判定することができる。すなわち、本手法によれば混入したゴキブリの加熱履歴を判定することが可能であり、ゴキブリが製造工程での加熱(レトルト殺菌処理)を受けたものであるのか、家庭での加熱調理(湯せん)のみを受けたものであるのかを判定することができる。
【0078】
(電子レンジ加熱によるDNAの断片化確認)
次に、電子レンジ加熱によるDNA断片化の程度を確認した。
電子レンジ対応パウチにクロゴキブリが水に浸るように入れて密封し、500Wで2分間加熱した。加熱処理後に水より取り出し、Blood & Tissue KitでDNAを抽出した。チャバネゴキブリについても同様に加熱処理を行い、DNAを抽出した。
【0079】
抽出したDNAを鋳型DNAとして用いた以外は、上記の調整されたPCRの条件を用いて、リアルタイムPCRを実施した。
【0080】
その結果、500W,2分間の加熱では、短鎖増幅産物と長鎖増幅産物の2つの増幅曲線のCt値に大きな差は認められず、顕著なDNAの断片化は確認されなかった(図5)。
【0081】
このことから、短鎖増幅産物と長鎖増幅産物の2つの増幅曲線のCt値及び/又はDNAの断片化を指標にして、サンプルのDNAがレトルト処理のような高温の加熱処理を受けたものであるのか、あるいは電子レンジによる加熱処理のみを受けたものであるのかを判定することができる。すなわち、本手法によれば混入したゴキブリの加熱履歴を判定することが可能であり、ゴキブリが製造工程での加熱(レトルト殺菌処理)を受けたものであるのか、家庭での加熱調理(電子レンジ調理)のみを受けたものであるのかを判定することができる。
【0082】
(クロゴキブリ・チャバネゴキブリの食品中での混入時期推定)
加熱していないクロゴキブリからBlood & Tissue kit(QUIAGEN社製)を用いて、加熱による分解作用を受けていないDNAを抽出した。また、クロゴキブリを市販レトルトカレーソースの中に入れて密封し、121℃8分、121℃30分の加圧加熱処理を施した。加熱後にクロゴキブリを取り出し、滅菌水で付着しているカレーソース成分を除去した。加熱処理を受けたクロゴキブリから、Blood & Tissue kitを用いてDNAを抽出した。チャバネゴキブリについても同様に加熱を受けていないものと加熱処理を受けたものについて、DNA抽出を行った。その後、抽出したDNAを鋳型DNAとして用いた以外は、上記PCRの条件を用いて、リアルタイムPCRを実施した。
【0083】
その結果、図6に示すように、クロゴキブリが加熱されていない場合、ΔΔCt値は0.5、DFI値は0.146となった(図6(A))。一方、クロゴキブリが加熱されていた場合、121℃8分の加熱にてΔΔCt値は2.1、DFI値は0.516となり、121℃30分の加熱にてΔΔCt値は10.9、DFI値は0.977となり、未加熱の場合と比べて両値は共に大きくなった(図6(B),(C))。さらに、加熱時間が長いほど、ΔΔCt値、及びDFI値が大きくなることが確認された。
【0084】
チャバネゴキブリにおいても同様に、未加熱の場合のΔΔCt値は0.6、DFI値は0.197であったのに対して(図6(a))、加熱された場合、121℃8分の加熱にてΔΔCt値は6.3、DFI値は0.889となり、121℃30分の加熱にてΔΔCt値は>20.0、DFI値は>0.999となり、両値は共に大きくなった(図6(b),(c))。さらに、加熱時間が長いほど、ΔΔCt値、及びDFI値が大きくなることが確認された。
【0085】
このことから、未知の試料よりDNAを抽出してリアルタイムPCRを行い、ΔΔCt値、及び/又は、DFI値を得ることによって、未知の試料がレトルト殺菌程度の加熱工程を経たのかどうか、またその加熱はどの程度のものであったのかを判定することができる。
【0086】
(電気泳動法を利用した加熱処理の判定)
次に、一つのプライマーペアのみを利用したPCRを用いた電気泳動法による加熱処理の有無の判定方法を検討した。一般的に、加熱処理により鋳型DNAが断片化されるため、本手法によれば、電気泳動法によりPCR産物が確認されない場合には、サンプルは加熱処理に付されていると判断される。
クロゴキブリを50mLの遠心チューブにて水の中に完全に浸かるように入れて、95℃30分加熱した。また、クロゴキブリをレトルトパウチにて水の中に完全に浸かるように入れて密封し、110℃30分、121℃8分、121℃30分の加圧加熱処理(オートクレーブHG-50LB(平山製作所製))を施した。加熱後にクロゴキブリを取り出し、水分を除去した。加熱処理を受けたクロゴキブリから、Blood & Tissue kitを用いてDNAを抽出した。その後、抽出したDNAを鋳型DNAとし、長鎖増幅用のプライマーペアのみを用いてPCR(27サイクル)を行った。反応後、電気泳動法により増幅産物を確認した。
【0087】
結果を、図7に示す。95℃30分、110℃30分、121℃8分の加熱処理サンプルにおいてはバンドが検出されたが、121℃30分の加熱処理サンプルにおいてはバンドが検出されなかった。増幅産物の有無のみに基づいて加熱処理の有無を判定しようとした場合、95℃30分、110℃30分、121℃8分の加熱処理サンプルは区別することができず、また、加熱処理なしとの誤判定を生じる虞がある。一方、上述のとおり、本発明によれば、加熱処理の有無だけでなく、加熱の程度も判断することができるため、95℃30分、110℃30分、121℃8分の加熱処理サンプルも区別して判定することができる。
【0088】
(鋳型DNA量の違いによる結果への影響)
次に、電気泳動法を利用した加熱処理の有無の判定方法における鋳型DNA量の違いによる結果への影響を確認した。
クロゴキブリをレトルトパウチにて水の中に完全に入れて密封し、121℃8分の加圧加熱処理を施した。加熱処理後に水より取り出し、Blood & Tissue KitでDNAを抽出した。
【0089】
抽出したDNAを、25ng、2.5ng、0.25ng、又は0.025ngの量となるように反応系に加え、短鎖増幅用のプライマーペアのみ、又は長鎖増幅用のプライマーペアのみを用いてPCR(27サイクル)を行った。反応後、電気泳動法により増幅産物を確認した。反応後、電気泳動法により増幅産物を確認した。
【0090】
結果を図8に示す。短鎖増幅用のプライマーペアのみを用いた場合(左)、及び長鎖増幅用のプライマーペアのみを用いた場合(右)のいずれにおいても、DNAを25ng及び2.5ngで用いた場合にはバンドを確認することができたが、0.25ng、及び0.025ngの量で用いた場合にはバンドを確認することができなかった。増幅産物の有無のみ基づいて加熱処理の有無の判定しようとした場合、バンドが検出されなかった場合に、加熱処理によりDNAが断片化されたことによるものなのか、異物より十分な量のDNAが抽出できていないのか判断することは困難である。
【0091】
次に、本発明方法にしたがって、上記抽出したDNAを、25ng、2.5ng、0.25ng、又は0.025ngの量となるように反応系に加え、短鎖増幅用のプライマーペア及び長鎖増幅用のプライマーペアを用いた上記PCRの条件を用いて、リアルタイムPCRを実施した。
【0092】
結果を図9に示す。鋳型DNAを25ngの量で用いた場合にはΔΔCt値3.4、DFI値0.697であり、2.5ngの量で用いた場合にはΔΔCt値2.9、DFI値0.633であり、0.25ngの量で用いた場合にはΔΔCt値3.1、DFI値0.653であり、0.025ngの量で用いた場合にはΔΔCt値3.3、DFI値0.659であった。
【0093】
このことから、鋳型DNA量が異なっていても、得られるΔΔCt値、及びDFI値は同等の結果を示すことが確認された。一般的に、食品から見つかる異物は、小さく一部だけである可能性が高い。そのため、十分な量のDNA量が得られる保証はなく、DNA濃度を、一定の濃度にそろえてPCRに付すことは困難である。一方、本発明によれば、鋳型DNA量を調整することなくPCRに付することができ、ΔΔCt値、及びDFI値に基づいて加熱処理の有無を判定することができる。
【0094】
(異物の同定)
リアルタイムPCRに用いるプライマーセットは、クロゴキブリとチャバネゴキブリのDNAをそれぞれ特異的に増幅させることができるため、どちらのプライマーセットで増幅したかが確認できれば抽出した試料は何であったのか判断することができる。ゴキブリと思われる昆虫が食品から発見された場合、混入時期推定と同時に昆虫の種同定も行うことができる。
【0095】
これにより今までは混入時期推定と昆虫の種同定は別々の工程で実施しなければならなかったが、本方法の導入により、1回のリアルタイムPCRで両方の結果を得ることができる。
【0096】
(ミトコンドリアDNAプライマーセットによる断片化測定)
18SrDNAとは領域の異なるミトコンドリアDNA(mtDNA)上(Accession No.MH184372等)で、同様にクロゴキブリに特異的なプライマーとプローブを設計し、DNA断片化を測定した。
【0097】
(リアルタイムPCR条件の調整)
表3に記載した2つのmtDNAプライマーペアと、蛍光標識核酸プローブをクロゴキブリ用にそれぞれ用意した。
<クロゴキブリ用>
当該2つのプライマーペアは、配列番号9の共通するフォワードプライマーを有する。また、第1のプライマーペアは配列番号10のリバースプライマーを有し、第2のプライマーペアは配列番号11のリバースプライマーを有する。
第1のプライマーペアにより、鋳型DNAから配列長が約100bpの増幅産物が得られる。第2のプライマーペアにより、鋳型DNAから配列長が約300bpの増幅産物が得られる。配列番号12の蛍光標識プローブは、5’末端をFAMで修飾し、3’末端をTAMRAで修飾して合成した。
【0098】
【表3】
【0099】
反応液は以下の組成のものを用いた。表中の各成分の配合量はμLの量で表される。
【0100】
【表4】
【0101】
リアルタイムPCRは、上記18SrDNAを増幅するために用いた条件と同じ条件にて実施した。
【0102】
(18SrDNAとミトコンドリアDNAのプライマーセットの比較)
生きた状態で急速凍結し、断片化が進んでいないと考えられるクロゴキブリ(未処理のクロゴキブリ)から、Blood & Tissue kitにて、後足脛部のDNAを抽出した。
一方、レトルトパウチに、クロゴキブリが完全に浸るようにカレー中に完全に入れて密封し、121℃20分の加圧加熱処理(オートクレーブHG-50LB(平山製作所製)を施した。加熱後にクロゴキブリを取り出し、滅菌水でカレー成分を除去し、後足脛部より同様にDNAを抽出した。
また、50mLの遠心チューブに、クロゴキブリが完全に浸るようにレトルトカレーを入れ、25℃恒温槽(LU-112T ESPEC製)に3日間保持した。3日間保持後、クロゴキブリを取り出し、滅菌水でカレー成分を除去し、後足脛部より同様にDNAを抽出した。
【0103】
上記のように準備した3種のDNA抽出液を用いて、18SrDNAプライマーセットとmtDNAプライマーセットにて、それぞれリアルタイムPCRを実施した。なお、mtDNAプライマーセットでは、生成効率が同じになるようにPCR反応液を調製せずにリアルタイムPCRを実施している為、ΔCtとして値を算出した。
【0104】
未処理のクロゴキブリより抽出したDNAの断片化の結果を図10に示す。18SrDNAプライマーセットを用いた場合に測定されたΔΔCtは0.1であり、抽出したDNAはほとんど断片化が進んでいないことが確認された。一方、同じ抽出液を利用してmtDNAプライマーセットを用いて測定されたΔCtは1.1であった。mtDNAプライマーセットは、生成効率が同じになるように反応液を調製していない為、この数値を断片化が進んでいない状態の基準値として、以下の比較を行った。
【0105】
次いで、121℃20分加熱処理を施したクロゴキブリより抽出したDNAの断片化の結果を図11に示す。18SrDNAプライマーセットを用いた場合、及びmtDNAプライマーセットを用いた場合のいずれにおいても、長鎖増幅産物と短鎖増幅産物との間に差が見られ、かつ上記の各基準値を上回ることから、DNAの断片化が確認できた。
【0106】
さらに、25℃3日間カレー中で放置したクロゴキブリのDNAより抽出したDNAの断片化の結果を図12に示す。18SrDNAプライマーセットを用いた場合では、基準値を上回ることから断片化が進んでいることが確認されたのに対し、mtDNAプライマーセットを用いた場合では、未処理のクロゴキブリ由来のDNAと同程度のΔCt値であることが示され、断片化がほとんど進んでいないことが確認できた。mtDNAプライマーセットの結果からわかるように、NFCを分析してΔΔCt値を算出することなく、ΔCt値だけでも断片化の程度を評価できることが確認された。
【0107】
18SrDNAプライマーセットを用いた場合の結果によれば、25℃3日間カレー中で放置したクロゴキブリではDNAの断片化が比較的進んだことが示されるが、これは自身の持つ酵素や微生物等の影響によるDNAの断片化であると考えられる。一方、mtDNAプライマーセットを用いた場合にはDNAの断片化は認められなかったことから、mtDNAをターゲットとしたプライマーでは、酵素や微生物による影響を極力少なくすることができることが明らかになった。これは、昆虫自身が持つ酵素や微生物等が与える影響の大きさが、ゲノムDNA上に存在する18SrDNAとミトコンドリアDNAとで異なるためと考えられる。
【0108】
図10図12の結果から、18SrDNAプライマーセットの長鎖増幅産物とmtDNAプライマーセットの長鎖増幅産物のΔCt値を算出した。このようにゲノムDNA上に設計したPCRのCt値とミトコンドリアDNA上に設計したPCRのCt値とを比較することでも昆虫の死亡時期を推定することができる。
【0109】
【表5】
【0110】
(クロゴキブリの死亡時期の判定)
クロゴキブリは、市販の試験用昆虫を入手し、冷凍処理で死亡したものを実験に用いた。未処理のクロゴキブリの一部を、バイオマッシャーII(ニッピ社製)にて破砕した。破砕した虫体からBlood & Tissue Kit(QUIAGEN社製)を用いて、DNAを抽出した。次に、50mLの遠心チューブにクロゴキブリを1匹いれ、軽く蓋をして25℃の恒温槽(LU-112T エスペック社製)にいれ、1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日、10日保管した後に取り出した。このように25℃で一定時間保管したクロゴキブリからも同様に一部をバイオマッシャーで破砕し、Blood & Tissue Kitを用いて、DNAを抽出した。その後、抽出したDNAを鋳型DNAとして用い、リアルタイムPCRを実施した。
【0111】
リアルタイムPCRは、7900HT Fast Real Time PCR System(Applied Biosystems)を用いて以下の条件で行った。95℃で10分間保持し、以後95℃で30秒保持、58℃で10秒保持、及び72℃で2分保持を1サイクルとして、45サイクルを繰り返した。得られた結果より、任意に設定した閾値0.256におけるΔΔCt値を算出した。
【0112】
結果を図13-1,13-2に示す。クロゴキブリを死後25℃で一定期間保存した場合、未処理のものと比較して、時間の経過と共にΔΔCt値が増加する傾向が見られた。この結果より、クロゴキブリについては、ΔΔCt値が1.0以下である場合、死後3日以内であると判断することができる。
【0113】
(電気泳動による死亡時期の判定)
クロゴキブリは、市販の試験用昆虫を入手し、冷凍処理で死亡したものを実験に用いた。死亡直後のクロゴキブリより一部を切り取り、バイオマッシャーIIで破砕したのち、Blood & Tissue KitでDNAを抽出した。また、クロゴキブリを25℃7日間保存した後、同様にDNAを抽出した。さらに、50mL遠心チューブにクロゴキブリを入れた後、クロゴキブリ全体が浸るようにカレーを入れ、同様に25℃3日間保存した。保管後、クロゴキブリを取り出し、滅菌水で付着しているカレーソース成分を除去した。25℃一定期間保管したクロゴキブリからBlood & Tissue Kitを用いてDNAを抽出した。
【0114】
1%のアガロースを溶解し、0.5μg/mLになるようエチジウムブロミド(BIORAD社製)を加えて電気泳動用のアガロースゲルを調製した。死亡直後のクロゴキブリに由来するDNA、25℃7日間保存したクロゴキブリに由来するDNA、25℃でカレー中に3日間保存したクロゴキブリ由来のDNAをそれぞれ電気泳動した。電気泳動は、Mupid-2(ミューピッド社製)を用いて100Vで実施した。分子量マーカーには、200bp DNA ladder(TAKARA社製)を用いた。電気泳動終了後、FluorImager595(GEヘルスケア社製)を用いて解析したところ、死亡直後の試料由来DNAと虫体死亡後25℃で一定期間保存した試料由来DNAの電気泳動像に大きな違いが生まれた(図14)。このように、未知の試料よりDNAを抽出して電気泳動を行うことでも、死亡直後か死後一定期間経過しているかを判定することができる。
【0115】
(ゴミムシダマシ幼虫の加熱処理の判定)
ゴミムシダマシ幼虫は、市販のペット餌用のものを入手し、冷凍処理で死亡したものを実験に使用した。未加熱のゴミムシダマシ幼虫虫体をバイオマッシャーII(ニッピ社製)で摩砕した。摩砕した虫体からISOHAIR(ニッポンジーン社製)を用いて、核酸を抽出した。この時、RNase処理は行わず、核酸試料はDNAだけでなくRNAを含みうる。続いて、ゴミムシダマシ幼虫を水の中に入れて密封し、121℃20分の加熱処理を施した。加熱後に虫体を取り出し、水分を除去した。虫体をバイオマッシャーIIで摩砕し、ISOHAIRで核酸を抽出した。この時、RNase処理は行わず、核酸試料はDNAだけでなくRNAを含みうる。
【0116】
7900HT Fast Real Time PCR System(Applied Biosystems)を用いてリアルタイムPCRを行った。熱サイクルは、95℃で10分間保持し、以後95℃で30秒保持、58℃で10秒保持、及び72℃で2分保持を1サイクルとして、45サイクルを繰り返した。プライマー及びプローブはFRED Assay Kit for Eukaryotic DNA(ニッポンジーン製)に含まれているE100 Primer & Probe Mix(増幅長約100塩基対)とE350 Primer & Probe Mix(増幅長約350塩基対)を使用した。
【0117】
結果を図15に示す。ゴミムシダマシ幼虫が加熱されていない場合、E100 Primer & Probe Mixによる短鎖増幅曲線及びE350 Primer & Probe Mixによる長鎖増幅曲線が任意に設定した閾値0.256においてCt値が実質的に同じになった(ΔΔCt値=1.5)。一方、ゴミムシダマシ幼虫が加熱されていた場合、長鎖増幅産物の生成効率が低下し、設定した閾値0.256において短鎖増幅産物とのCt値の差が大きくなった(ΔΔCt値=13.5)。この結果より、未知の試料より核酸を抽出してリアルタイムPCRを行い、短鎖増幅産物の増幅曲線と、長鎖増幅産物の増幅曲線を比較することで、未知の試料がレトルト殺菌程度の加熱工程を経たのかどうか判定できることが確認された。
【0118】
Tris-acetate EDTA Buffer(ニッポンジーン社製)に1%のアガロースを溶解し、0.5μg/mLになるようエチジウムブロミド(ニッポンジーン社製)を加えて電気泳動用のアガロースゲルを調製した。ゴミムシダマシ幼虫未加熱試料に由来する核酸と121℃20分加熱試料に由来する核酸を電気泳動した。電気泳動は、Mupid-2 plus(ミューピッド社製)を用いて100Vで約30分間実施した。分子量マーカーには、1kb DNA ladder(New England Biolabs社製)を用いた。電気泳動終了後、UV撮影装置プリントグラフ(アトー社製)を用いて泳動像を解析したところ、未加熱試料と加熱試料の電気泳動像に大きな違いが生まれた(図16)。このように、未知の試料より核酸を抽出して電気泳動を行うことでも、試料がレトルト殺菌程度の加熱工程を経たのかどうか判定することができる。
【0119】
(ゴミムシダマシ幼虫の死亡時期の判定)
冷凍処理で死亡した直後のゴミムシダマシ幼虫の虫体をバイオマッシャーII(ニッピ社製)で摩砕した。ISOHAIR(ニッポンジーン社製)を用いて、摩砕虫体から核酸を抽出した。この時、RNase処理は行わず、核酸試料はDNAだけでなくRNAを含みうる。また、ゴミムシダマシ幼虫をプラスチックチューブに入れて密封し、25℃2日間もしくは5日間放置した。処理後にゴミムシダマシ幼虫虫体を取り出し、バイオマッシャーIIで摩砕し、ISOHAIRで核酸を抽出した。この時、RNase処理は行わず、核酸試料はDNAだけでなくRNAを含みうる。
【0120】
7900HT Fast Real Time PCR Systemを用いてリアルタイムPCRを行った。熱サイクルは、95℃で10分間保持し、以後95℃で30秒保持、58℃で10秒保持、及び72℃で2分保持を1サイクルとして、45サイクルを繰り返した。プライマー及びプローブはFRED Assay Kit for Eukaryotic DNAに含まれているE100 Primer & Probe Mix(増幅長約100塩基対)とE350 Primer & Probe Mix(増幅長約350塩基対)を使用した。
【0121】
結果を図17に示す。ゴミムシダマシ幼虫が死亡直後の場合、E100 Primer & Probe Mixによる短鎖増幅曲線及びE350 Primer & Probe Mixによる長鎖増幅曲線が任意に設定した閾値0.256においてCt値が実質的に同じになった(ΔΔCt値=1.5)。一方、ゴミムシダマシ幼虫が加熱されていた場合、長鎖増幅産物の生成効率が低下し、設定した閾値0.256において短鎖増幅産物とのCt値の差が大きくなった(ΔΔCt値=4.1(2日後)、4.8(5日後))。このように、未知の試料より核酸を抽出してリアルタイムPCRを行い、短鎖増幅産物の増幅曲線と、長鎖増幅産物の増幅曲線を比較することで、試料の死亡時期を評価することができる。
【0122】
Tris-acetate EDTA Buffer(ニッポンジーン社製)に1%のアガロースを溶解し、0.5μg/mLになるようエチジウムブロミド(ニッポンジーン社製)を加えて電気泳動用のアガロースゲルを調製した。死亡直後のゴミムシダマシ幼虫試料に由来する核酸と死後2日経過した試料に由来する核酸、5日間経過した試料に由来する核酸を電気泳動で分析した。電気泳動は、Mupid-2 plus(ミューピッド社製)を用いて100Vで約30分間実施した。分子量マーカーには、1kb DNA ladder(New England Biolabs社製)を用いた。電気泳動終了後、UV撮影装置プリントグラフ(アトー社製)を用いて泳動像を解析したところ、未加熱試料と死亡後日数が経過した試料の電気泳動像に大きな違いが生まれた(図18)。このように、未知の試料より核酸を抽出して電気泳動を行うことでも試料の死亡時期を評価することができる。
【0123】
(100℃以下の加熱によって断片化した核酸の電気泳動による解析)
未加熱のチャバネゴキブリ虫体をバイオマッシャーII(ニッピ社製)で摩砕した。ISOHAIR(ニッポンジーン社製)を用いて、核酸を抽出した。この時、RNase処理は行わず、核酸試料はDNAだけでなくRNAを含みうる。また、チャバネゴキブリを水の中に入れて密封し、80℃30分もしくは100℃30分の加熱処理を施した。加熱後にチャバネゴキブリを取り出し、水分を除去した。加熱された虫体をバイオマッシャーIIで摩砕し、ISOHAIRで核酸を抽出した。この時、RNase処理は行わず、核酸試料はDNAだけでなくRNAを含みうる。
【0124】
Tris-acetate EDTA Buffer(ニッポンジーン社製)に1%のアガロースを溶解し、0.5μg/mLになるようエチジウムブロミド(ニッポンジーン社製)を加えて電気泳動用のアガロースゲルを調製した。チャバネゴキブリ未加熱試料に由来する核酸と80℃処理試料に由来する核酸、100℃処理試料に由来する核酸をそれぞれ電気泳動で分析した。電気泳動は、Mupid-2 plus(ミューピッド社製)を用いて100Vで約30分間実施した。分子量マーカーには、1kb DNA ladder(New England Biolabs社製)を用いた。電気泳動終了後、UV撮影装置プリントグラフ(アトー社製)を用いて泳動像を解析したところ、各試料の電気泳動像に大きな違いが生まれた(図18)。このように、未知の試料より核酸を抽出して電気泳動を行うことでも試料の加熱の程度を評価することができる。リアルタイムPCRによる方法では、95℃以下の加熱による核酸の断片化を評価することは困難であったが、電気泳動では評価を行うことができる。
【0125】
次いで、各核酸試料を用いて、7900HT Fast Real Time PCR Systemを用いてリアルタイムPCRを行った。熱サイクルは、95℃で10分間保持し、以後95℃で30秒保持、58℃で10秒保持、及び72℃で2分保持を1サイクルとして、45サイクルを繰り返した。プライマー及びプローブはFRED Assay Kit for Eukaryotic DNAに含まれているE100 Primer & Probe Mix(増幅長約100塩基対)とE350 Primer & Probe Mix(増幅長約350塩基対)を使用した。
【0126】
結果を図20に示す。チャバネゴキブリ未加熱試料及び80℃処理試料に由来する核酸と比べて、100℃処理試料に由来する核酸では、任意に設定した閾値0.256において、長鎖増幅産物の生成効率が大きく低下し、短鎖増幅産物とのCt値の差が大きくなった(ΔΔCt値=未加熱試料、80℃処理試料、及び100℃処理試料についてそれぞれ、-0.4、0.6、2.0)。
【0127】
以上の結果より、電気泳動及びリアルタイムPCRによる方法により100℃の加熱による核酸の断片化も評価できることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
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図13-1】
図13-2】
図14
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【配列表】
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