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特許7531919走査型プローブ顕微鏡及び走査型プローブ顕微鏡の駆動制御装置
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  • 特許-走査型プローブ顕微鏡及び走査型プローブ顕微鏡の駆動制御装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-02
(45)【発行日】2024-08-13
(54)【発明の名称】走査型プローブ顕微鏡及び走査型プローブ顕微鏡の駆動制御装置
(51)【国際特許分類】
   G01Q 10/06 20100101AFI20240805BHJP
   G01Q 60/32 20100101ALI20240805BHJP
【FI】
G01Q10/06
G01Q60/32
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021543722
(86)(22)【出願日】2020-08-27
(86)【国際出願番号】 JP2020032335
(87)【国際公開番号】W WO2021044934
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2023-05-16
(31)【優先権主張番号】P 2019162391
(32)【優先日】2019-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(個人型研究(さきがけ))「生細胞膜分子動態を観る極限時空間分解能AFMの創成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100166545
【弁理士】
【氏名又は名称】折坂 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】山下 隼人
(72)【発明者】
【氏名】阿部 真之
(72)【発明者】
【氏名】折口 直紀
【審査官】松岡 智也
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-033567(JP,A)
【文献】特開昭53-054673(JP,A)
【文献】特開昭61-143801(JP,A)
【文献】米国特許第06530266(US,B1)
【文献】山岡 武博 他3名,”高感度・高分解能MFMシステムの開発”,日本応用磁気学会誌,2003年,第27巻,429頁-433頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q10/00-90/00
G05D 3/00-3/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動信号に応じて駆動体を変位させるアクチュエータに対し前記駆動信号を印加する走査型プローブ顕微鏡用の駆動制御回路であって、
所望の変位量に対応する走査信号に、前記駆動体の変位量の2階微分に比例する信号を加算した信号を前記駆動信号として出力することを特徴とする駆動制御回路。
【請求項2】
前記駆動体の変位量を測定して、測定された前記駆動体の変位量を表す変位信号を出力する変位計を備えることを特徴とする請求項1に記載の駆動制御回路。
【請求項3】
前記駆動体を模擬して前記駆動体の変位量を表す変位信号を出力する駆動体模擬回路を備えることを特徴とする請求項1に記載の駆動制御回路。
【請求項4】
前記駆動体は、試料ステージを変位させるスキャナであることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の駆動制御回路。
【請求項5】
前記駆動体は、原子間力顕微鏡のプローブとして用いられるカンチレバーチップを含むことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の駆動制御回路。
【請求項6】
前記走査信号を出力する走査制御回路と、
請求項1から5のいずれかに記載の駆動制御回路と、
前記駆動制御回路が出力する駆動信号に応じて前記駆動体を変位させるアクチュエータと
を備える走査型プローブ顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子間力顕微鏡をはじめとする走査型プローブ顕微鏡における走査を高速化するための駆動制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡(SPM)は機械的探針を機械的に走査して試料表面の情報を得る走査型顕微鏡であって、走査型トンネリング顕微鏡(STM)、原子間力顕微鏡(AFM)、走査型磁気力顕微鏡(MFM)、走査型電気容量顕微鏡(SCaM)、走査型近接場光顕微鏡(SNOM)、走査型熱顕微鏡(SThM)などの総称である。走査型プローブ顕微鏡は、試料ステージと、プローブと、該試料ステージまたは該プローブを走査のために変位させるスキャナ(アクチュエータ)と、プローブで起こる物理量の変化を検出する検出器とを、原理上の共通の要素として有している。走査型プローブ顕微鏡は、プローブと試料とを相対的にXY方向にラスター走査し所望の試料領域の表面情報をプローブを介して得て、モニタ上にマッピング表示することができる。なお、本明細書では、試料の高さ方向をZ方向とし、Z方向と直交する面内において直交する2方向をX方向及びY方向とする。
【0003】
走査型プローブ顕微鏡の典型的なものとして、原子間力顕微鏡が挙げられる。原子間力顕微鏡では、プローブとしてカンチレバーチップ(カンチレバーの先端に極めて微小な探針が付与された部材)が用いられる。
【0004】
図1は、走査のために試料ステージ側を変位させるタイプの原子間力顕微鏡の主要部分の構成例を示す図である。図1に示すように、試料ステージ変位型の装置では、顕微鏡筐体100上に、試料が配置されるステージ122を走査するためのスキャナ200が設けられる。スキャナ200は、コントローラ102からの制御信号に応じてZ方向(図の上下方向)に変位可能なZスキャナと、X-Y方向(図の紙面に垂直な平面に沿った直交する2方向)に変位可能なX-Yスキャナとを有して構成される。カンチレバーチップ110は、カンチレバー112と探針114とを有し、その基部が励振用圧電体115等を介して顕微鏡筐体100に固定される。
【0005】
コントローラ102によりスキャナが制御され、カンチレバー112に対し相対的に試料が変位すると、カンチレバー112に変化が生じ、その変化が光センサユニット116によって検出され、各測定点のデータから、試料表面の起伏の様子がコンピュータ104により画像化されて、モニタ106に表示される。原子間力顕微鏡の各部の構造やフィードバック制御については、例えば、特許文献1、2などに詳細に説明されている。
【0006】
走査型プローブ顕微鏡の時間分解能を高める(別の表現では、1フレームをスキャンするのに要する時間を短縮する)には、スキャナの応答の律速となるスキャナ自身の共振周波数(固有振動数)を高めることが重要となる。この点、駆動体(スキャナ自体、ステージ、カンチレバー等)について、強度(剛性・硬度)を高める、小型化する、といった手法により共振周波数を高めることが、高速の走査型プローブ顕微鏡に用いられている(例えば、非特許文献1を参照)。しかし、駆動体の高強度化、小型化の取り組みにも限界が近づきつつある。
【0007】
また、走査型プローブ顕微鏡による測定対象は様々であり、旧来から測定されてきた金属、半導体、セラミックスなどの材料の表面の他、近年では、医学・生物学研究の分野において細胞、タンパク質分子なども測定対象とされている。従来のタンパク質分子の測定は、細胞から取り出したタンパク質分子を支持基板上に固定してイメージングしたものであり、細胞中において実際に機能している分子をイメージングしたものではなかった。カンチレバーを有する原子間力顕微鏡により細胞中において実際に機能している分子をイメージングすることを想定した場合、走査中にカンチレバーが細胞に衝突して細胞を傷つけないよう、柔らかいカンチレバーを用いることが求められる。この要求は走査を高速化するためにカンチレバーを硬くしたいという要求と相反するものであり、細胞のような柔らかい測定対象を傷つけることなく高速走査する際の障害となっている。また、同様の課題は原子間力顕微鏡以外の走査型プローブ顕微鏡においても生じ得るものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2010/087114号
【文献】国際公開第2006/129561号
【0009】
【文献】T.Ando et al., e-J. Surf. Sci. Nanotech. 3, 384 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、上記の問題を解決し、駆動体を変えずに高速走査を可能とする走査型プローブ顕微鏡用の駆動制御回路、及び当該駆動制御回路を備える走査型プローブ顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決すべく、本発明の一実施形態に係る走査型プローブ顕微鏡用の駆動制御回路は、駆動信号に応じて駆動体を変位させるスキャナに対し駆動信号を印加する。この駆動制御回路は、所望の変位量に対応する走査信号に、駆動体の変位量に基づく信号を加算した信号を駆動信号として出力することを特徴とする。
【0012】
本発明では、駆動制御回路は、走査信号に、駆動体の変位量の2階微分に比例する信号を加算した信号を駆動信号として出力するとよい。このようにすれば、駆動体の実効的な質量を減少させることができる。その結果、共振角周波数を高めるとともに、Q値を減少させることができる。したがって、比較的柔らかいカンチレバーを用いても、従来と比較して高速での走査を実現することができる。
【0013】
本発明では、駆動制御回路は、走査信号に、駆動体の変位量に比例する信号を加算した信号を駆動信号として出力してもよい。このようにすれば、駆動体の実効的なばね定数を高めることができる。その結果、共振角周波数を高めることができる。駆動制御回路は、走査信号に、駆動体の変位量の1階微分に比例する信号をさらに加算した信号を駆動信号として出力するとよい。変位量の1階微分に比例する外力を加えることで、駆動体の実効的な粘性抵抗を高めることができる。さその結果、Q値を減少させることができる。すなわち、駆動体固有の質量mやばね定数kを一定に保ったまま、共振角周波数を高めるとともに、Q値を減少させることができる。したがって、比較的柔らかいカンチレバーを用いても、従来と比較して高速での走査を実現することができる。
【0014】
本発明では、駆動制御回路は、駆動体の変位量を測定して変位信号を出力する変位計を備えるとよい。変位計から出力される変位信号を用いれば、駆動体の変位を正確に反映した駆動信号を出力することができる。
【0015】
あるいは、駆動制御回路は、駆動体を模擬して駆動体の変位量を表す変位信号を出力する駆動体模擬回路を備えてもよい。駆動体模擬回路の出力する変位信号を用いれば、駆動体の変位量を計測することが難しい場合でも、変位量に応じた駆動信号を出力することができる。
【0016】
上記の課題を解決すべく、本発明の一実施形態に係る走査型プローブ顕微鏡用は、走査信号を出力する走査制御回路と、上記いずれかの駆動制御回路と、駆動制御回路が出力する駆動信号に応じて駆動体を変位させるスキャナとを備える。このような構成を有する走査型プローブ顕微鏡では、スキャナによる高速走査が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】原子間力顕微鏡の構成を模式的に示す図である。
図2】スキャナの構成を示す斜視図である。
図3】第1実施形態におけるコントローラの構成の一部を示すブロック図である。
図4】第2実施形態におけるコントローラの構成の一部を示すブロック図である。
図5】実施例1及び比較例1に用いた回路の構成を示すブロック図である。
図6】実施例1及び比較例1における応答特性を示す。
図7】実施例2、実施例3、及び比較例2に用いた回路の構成を示すブロック図である。
図8】実施例2、実施例3、及び比較例2における応答特性を示す。
【0018】
〔第1実施形態〕
以下に、図を参照しながら、本発明の第1実施形態に係る原子間力顕微鏡の構成を説明する。なお、本明細書において、各図面では、その主要な特徴を説明するために構成要素の形状、寸法等を誇張したり変形したりして描いている場合があり、図面に描かれた形状は実物の形状を忠実に描いたものとは限らない。図1は、本発明の第1実施形態に係る原子間力顕微鏡1の構成例を示している。
【0019】
原子間力顕微鏡1は、プローブとしてカンチレバーチップ110(カンチレバー112の先端に極めて微小な突起針である探針114が付与された部材)を用い、探針114と試料表面との間の相互作用によるカンチレバー112の変化(DCモード(接触モードや非接触モード)での原子間力によるカンチレバー先端部分の変位や、ACモード(タッピングモードと称される場合もある)でのカンチレバーの振動の変化など)を通じて、試料表面の起伏の様子を画像化する顕微鏡である。
【0020】
図1に示したように、原子間力顕微鏡1は、顕微鏡筐体100、カンチレバーチップ110、光センサユニット116、ステージ122、スキャナ200、コントローラ102、コンピュータ104、及びモニタ106を備える。
【0021】
カンチレバーチップ110は、上述のとおり、カンチレバー112の先端に極めて微小な探針114が付与された部材である。カンチレバーチップ110は、ACモードでの測定を実施するために、カンチレバー112を振動させるための励振用圧電体115を介して顕微鏡筐体100に固定されている。
【0022】
スキャナ200は、駆動信号に基づき駆動体を変位させるアクチュエータを備えている。アクチュエータはいかなる方式の物であってもよい。例えば、ピエゾ圧電体に電圧を印加することにより駆動するアクチュエータを用いてもよいし、強度変調したレーザ光を形状記憶合金等に照射することにより変位を生じさせる光学式のアクチュエータを用いてもよい。ここで、駆動体とは、駆動信号により変位する部材であり、スキャナに支持されるステージ、試料、カンチレバー等の他、スキャナ自身を含む場合がある。本実施形態では、スキャナ200は、試料が固定されるステージ122を、X、Y、Zの3方向に変位させる。
【0023】
図2は、スキャナ200の構造の一例を示している。スキャナ200は、外枠210の内側に、Y方向に撓むことができる板バネ202を介して内枠204が支持され、内枠204の内側に、X方向に撓むことができる板バネ205を介して土台部207が支持された構造を有する。外枠210の内側面と内枠204の外側面の間には、印加する電圧に応じてY方向に伸縮するYアクチュエータ203が設けられ、Yアクチュエータ203の伸縮に応じて内枠204及び内枠204に支持されている部材は外枠210に対してY方向に相対的に移動する。内枠204の内側面と土台部307の外側面の間には、印加する電圧に応じてX方向に伸縮するXアクチュエータ206が設けられ、Xアクチュエータ206の伸縮に応じて土台部207及び土台部207に支持されている部材は内枠204及び外枠210に対してX方向に相対的に移動する。土台部207の上には印加する電圧に応じてZ方向に伸縮するZアクチュエータ208を介してステージ122が設けられる。Zアクチュエータ208の伸縮に応じてステージ122およびステージ122に配置された試料は土台部207及び外枠210に対してZ方向に相対的に移動する。このような構造のスキャナ200は、Yアクチュエータ203とXアクチュエータ206をコントローラ102からの駆動信号により駆動してステージ122をX-Y方向に変位させ、Zアクチュエータ208をコントローラ102からの駆動信号により駆動してステージ209をZ方向に変位させる。
【0024】
スキャナ200は、顕微鏡筐体100に着脱自在に取り付けられる。スキャナ200が顕微鏡筐体100に取り付けられた状態において、ステージ122はカンチレバー112の先端にある探針114と対向する位置に配置される。ステージ122には、原子間力顕微鏡1による測定対象である試料(または試料を保持した試料台)が固定される。
【0025】
光センサユニット116は、カンチレバー112の先端にある探針114と試料表面との相互作用に基づくカンチレバー112の変位を検出し、その変位に基づく信号を出力する。光センサユニット116は、例えば、光てこ式光学センサとして知られるセンサを備えてもよい。この光てこ式光学センサは、カンチレバー112の背面に、必要に応じてレンズ、ミラー等の光学系を介して、レーザ光を照射し、その反射光をフォトダイオードにて受光する。そして、光てこ式光学センサは、フォトダイオード上のレーザ光スポットの移動としてカンチレバー112の変位を検出する。
【0026】
カンチレバー112の変位を検出する光センサユニット116はコンピュータ104に接続されている。また、コンピュータ104にはモニタ106が接続されている。コントローラ102は、例えば、半導体レーザ駆動回路、プリアンプ回路、発振回路、AC/DC変換回路、フィードバック回路、走査制御回路、アクチュエータ駆動回路等を含んでいる。コントローラ102は、駆動体の変位量を表す変位信号を出力する構成をさらに備えてもよい。具体的には、駆動体の変位量を測定して出力する変位計を備えてもよいし、スキャナの等価回路のように変位量に対応する信号を出力する駆動体模擬回路を備えてもよい。コントローラ102、コンピュータ104、及びモニタ106は、原子間力顕微鏡機構の制御駆動や信号処理を行ない、最終的に試料の凹凸情報をモニタ106上に表示し、これにより、使用者は試料の表面情報に関する知見を得ることができる。
【0027】
〔コントローラによる駆動の詳細〕
続いて、コントローラ102によるスキャナ200に対する駆動制御の詳細を説明する。
本実施形態のコントローラ102は、図3に示すように、走査制御回路が出力する所望の変位量に対応する走査信号に、駆動体の変位量を表す変位信号の2階微分に比例する信号を加算し、これを駆動信号としてスキャナ200に印加する。すなわち、駆動体には、通所の走査を行う駆動力に加え、駆動体の変位の2階微分に比例する外力が印加される。
【0028】
一般に、駆動体の運動方程式は、次の式(1)で表される。
ここで、mは駆動体の質量であり、γは粘性抵抗であり、kは駆動体(例えばカンチレバー)のばね定数である。この運動方程式から、共振角周波数ωは、
となり、Q値は、
となる。
【0029】
駆動体の運動を制御する外力として、変位の2階微分に比例する力
(ただしaは正とする)を与えるための信号をスキャナに印加すると、駆動体の運動方程式は式(2)となる。
このとき、共振角周波数は、
となり、Q値は
となる。
【0030】
つまり、変位量の2階微分に比例する外力を加えることで、駆動体の実効的な質量を減少させることができる。これにより、駆動体固有の質量mやばね定数kを一定に保ったまま、共振角周波数を高めるとともに、Q値を減少させることができる。したがって、比較的柔らかいカンチレバーを用いても、従来と比較して高速での走査を実現することができる。
【0031】
〔第2実施形態〕
以下、本発明の第2実施形態について説明する。第2実施形態は、コントローラ102によるスキャナ200に対する駆動制御を除き、第1実施形態と共通である。このため、
以下では第1実施形態と異なる構成についてのみ詳述し、共通する説明は省略する。
【0032】
第2実施形態において、コントローラ102は、図4に示すように、走査制御回路が出力する所望の変位量に対応する走査信号に、駆動体の変位量を表す変位信号の1階微分に比例する信号、および変位信号に比例する信号を加算し、これを駆動信号としてスキャナ200に印加する。すなわち、駆動体には、通所の走査を行う駆動力に加え、駆動体の変位の1階微分に比例する外力および駆動体の変位に比例する外力が印加される。
【0033】
このように、駆動体の変位の1階微分に比例する外力
(ただしbは正とする)および駆動体の変位に比例する外力
(ただしcは正とする)を与えるための信号をスキャナに印加すると、駆動体の運動方程式は式(3)となる。
このとき、共振角周波数は、
となり、Q値は
となる。
【0034】
つまり、変位量の1階微分に比例する外力を加えることで、駆動体の実効的な粘性抵抗を高めることができる。また、変位量に比例する外力を加えることで、駆動体の実効的なばね定数を高めることができる。変位量に比例する外力を駆動体に与えることにより、共振角周波数を高めることができる。さらに、変位量の1階微分に比例する外力の比例定数bと、変位量に比例する外力の比例定数cを適切に選択することで、Q値を減少させることができる。すなわち、第1実施形態と同様、駆動体固有の質量mやばね定数kを一定に保ったまま、共振角周波数を高めるとともに、Q値を減少させることができる。したがって、比較的柔らかいカンチレバーを用いても、従来と比較して高速での走査を実現することができる。
【実施例
【0035】
以下では、上述の各実施形態に関し、その効果を実証した結果を説明する。
【0036】
第1実施形態の効果を確認すべく、駆動体を模擬した電子回路(LCR回路)に対し、駆動信号を印加し、その応答特性を確認した。図5は、実験に用いた回路のブロック図である。図5において、入力(走査信号)に、変位量zの2階微分に比例する信号を加算した場合(実施例1)と加算しない場合(比較例1について、周波数応答特性を測定した結果を図6に示す。
【0037】
図6に示されるように、変位量zの2階微分に比例する信号を加算した実施例1では共振周波数が約90kHzとなり、比較例1(共振周波数約20kHz)と比較して共振周波数を高めることに成功したことがわかる。また共振周波数におけるピークの先鋭度が低下していることから、Q値を減少させることに成功したことがわかる。
【0038】
続いて、第2実施形態の効果を確認すべく、駆動体の変位量の1階微分に比例する信号、および変位量に比例する信号を、入力(走査信号)に加算する回路を構成した。そして、当該回路を通して駆動信号を、駆動体をZ方向に変位させるスキャナのアクチュエータに印加した。図7は、実験に用いた回路のブロック図である。図7の構成においては、スキャナの等価回路からスキャナの変位量に対応する変位信号を得ている。図7において、入力(走査信号)に、変位量zに比例する信号を加算した場合(実施例2)、変位量zに比例する信号および変位量の1階微分に比例する信号を加算した場合(実施例3)、並びにいずれも加算しない場合(比較例2について、周波数応答特性を測定した結果を図8に示す。
【0039】
図8に示されるように、比較例2では約88kHzに比較的急峻な共振ピークが見られるのに対し、実施例2では共振周波数を約103kHzに高めることができた。さらに実施例3では、比較例2や実施例2で見られたディップ(105kHz付近)より低周波数での共振ピークが消失し、共振周波数は約117kHとなった。このように、第2実施形態の手法によっても、駆動体の固有の特性を変更することなく共振周波数を高め、高速走査を実現することができることがわかる。
【0040】
なお、上記に本発明の各実施形態を説明したが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。例えば、上記の実施形態ではアクチュエータによって試料が載置されるステージ側を変位させる構成としたが、プローブ側(例えばカンチレバーチップ)をアクチュエータによって変位させてもよい。また、一部の方向(例えばXY方向)については試料側を変位させ、他の方向(例えばZ方向)についてはプローブ側を変位させるようにしてもよい。
【0041】
また、上記の実施形態では、原子間力顕微鏡における駆動制御を例に説明したが、本発明は原子間力顕微鏡以外の走査型プローブ顕微鏡における駆動制御にも幅広く適用することができる。
【0042】
また、前述の各実施形態に対して、当業者が適宜、構成要素の追加、削除、設計変更を行ったものや、各実施形態の特徴を適宜組み合わせたものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含有される。
【符号の説明】
【0043】
1 原子間力顕微鏡
100 顕微鏡筐体
102 コントローラ
104 コンピュータ
106 モニタ
110 カンチレバーチップ
112 カンチレバー
114 探針
115 励振用圧電体
116 光センサユニット
122 ステージ
200 スキャナ

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8