(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質、及びその製造方法、並びにリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20240806BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20240806BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
C01G53/00 A
(21)【出願番号】P 2020083755
(22)【出願日】2020-05-12
【審査請求日】2023-03-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】軍司 章
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
【審査官】渡部 朋也
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-122626(JP,A)
【文献】特開2005-044743(JP,A)
【文献】特開2020-070211(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
H01M 4/505
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dX
eO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、Xは
Tiを表し、-0.1≦a≦0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、
前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、
A0>A1>A2であり、かつ、
前記一次粒子の界面を跨った領域のNiおよびXの元素分布において、Niの濃度勾配の変曲点に相当する位置β1とβ2の間隔|β1―β2|=L(β)を粒界とみなし、それに対してXの濃度勾配の変曲点に相当する位置α1とα2がそれぞれ一次粒子内部側にあり、その距離を|α1―α2|=L(α)としたとき、1nm≦L(α)-L(β)≦3nmであることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項2】
下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dX
eO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、Xは
Tiを表し、-0.1≦a≦0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、
前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、
A1×3.5>A0>A1>A2であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項3】
前記二次粒子の表面にある一次粒子の表面におけるXの濃度B0と、
前記二次粒子の表面にある一次粒子の表面から深さ1nmにおけるXの原子濃度B1と、
前記二次粒子の表面にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度B2とが、
B1×2.5>B0>B1>B2であることを特徴とする請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
前記組成式(1)において0≦c≦0.05であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項5】
請求項1から請求項
4のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項6】
下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dX
eO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、Xは
Tiを表し、-0.9<a<0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池であって、
前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、
A0>A1>A2であり、かつ、
前記一次粒子の界面を跨った領域のNiおよびXの元素分布において、Niの濃度勾配の変曲点に相当する位置β1とβ2の間隔|β1―β2|=L(β)を粒界とみなし、それに対してXの濃度勾配の変曲点に相当する位置α1とα2がそれぞれ一次粒子内部側にあり、その距離を|α1―α2|=L(α)としたとき、1nm≦L(α)-L(β)≦3nmであることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項7】
下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dX
eO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、Xは
Tiを表し、-0.9<a<0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池であって、
前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、
A1×3.5>A0>A1>A2であることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項8】
下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dX
eO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、Xは
Tiを表し、-0.1≦a≦0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
前記組成式(1)中のLi、Ni、Co、M、Xの金属元素を含む化合物を混合して、混合物を得る混合工程と、
前記混合物を焼成して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得る焼成工程と、を有し、
前記焼成工程は、750℃以上900℃以下で保持される段階を含み、
その後に最高温度から降温し700℃以上800℃以下の温度帯に1.5時間以上保持されるアニール処理の段階を含み、
前記リチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質は、一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、
前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、
A0>A1>A2であり、かつ、
前記一次粒子の界面を跨った領域のNiおよびXの元素分布において、Niの濃度勾配の変曲点に相当する位置β1とβ2の間隔|β1―β2|=L(β)を粒界とみなし、それに対してXの濃度勾配の変曲点に相当する位置α1とα2がそれぞれ一次粒子内部側にあり、その距離を|α1―α2|=L(α)としたとき、1nm≦L(α)-L(β)≦3nmであることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質、及びその製造方法と、その正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
高いエネルギー密度を有する軽量な二次電池として、リチウムイオン二次電池が広く普及している。リチウムイオン二次電池は、ニッケル・水素蓄電池や、ニッケル・カドミウム蓄電池等の他の二次電池と比較して、エネルギー密度が高く、メモリ効果が小さいといった特徴を有している。そのため、携帯電子機器、電動工具、家庭用電気機器等の小型電源から、電力貯蔵装置、無停電電源装置、電力平準化装置等の定置用電源や、船舶、鉄道車両、ハイブリッド鉄道車両、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源等、中型・大型電源に至るまで、その用途が拡大している。
【0003】
リチウムイオン二次電池は、用途の拡大に伴って、更なる高容量化が求められている。また、優れた充放電サイクル特性、用途に応じた出力特性等も必要とされている。定置用電源、駆動電源等の各種の用途では、高出力化の要求が高いし、車載用に関しては、より長距離のEV走行を可能とするために、出力安定性が要求される。放電を通じて出力が安定しており、充電深度(State of Charge:SOC)に依らず高出力運転を続けられる出力特性が望まれている。
【0004】
このような状況下、電池特性を大きく左右する正極活物質について、高容量や量産性の確立に加え、リチウムイオンの抵抗の低減や、結晶構造の安定化等に関する検討がなされている。リチウムイオン二次電池用の正極活物質としては、α-NaFeO2型の結晶構造(以下、層状構造ということがある。)を有するリチウム遷移金属複合酸化物が広く知られている。層状構造を有する酸化物としては、従来、LiCoO2が用いられてきたが、高容量化や量産性等の要求から、Li(Ni,Co,Mn)O2で表される三元系や、LiNiO2を異種元素置換したニッケル系等の開発がなされている。
層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物のうち、ニッケル系は、寿命特性が必ずしも良好でないという短所を有している。しかしながら、ニッケル系は、コバルト等と比較して安価なニッケルで組成され、比較的高容量を示すため、各種の用途への応用が期待されている。特に、リチウムを除いた金属(Ni、Co、Mn等)当たりのニッケルの割合を高くした化学組成について期待が高まっている。
【0005】
例えば、特許文献1には、リチウム遷移金属系化合物の主成分原料と、原子価が5価または6価を取りうる金属元素から構成される化合物(添加剤)との、微細かつ均一な混合物が焼成されたものであり、添加元素が、粒子表面から深さ方向に、具体的には深さ10nm程度の範囲に濃度勾配を持って存在する連続的組成傾斜構造を有することを特徴とするリチウム二次電池正極材料用リチウム遷移金属系化合物粉体が記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、Li1+aNibMncCodTieMfO2+α …(1)
(ただし、前記式(1)中、Mは、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7<b≦0.9、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0<e≦0.25、0≦f<0.3、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)で表され、かつX線光電子分光分析に基づくTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるリチウムイオン二次電池用正極材料が記載されている。
【0007】
また、特許文献3には、一般式:LitNi1-x-y-zCoxAlyTizO2( 0.98≦t≦1.10、0<x≦0.30、0.03≦y≦0.15、0.001≦z≦0.03)で表され、一次粒子表面および/または一次粒子間の粒界にチタン濃縮層が形成されている非水系電解質二次電池用正極活物質が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許5428251号公報
【文献】特許6197981号公報
【文献】特許4807467号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
リチウムを除いた金属当たりのニッケルの割合が80%以上であり、ニッケルの含有率が高いニッケル系は、結晶構造の安定性が低いため、特に高温での充放電サイクルにおいて容量低下や抵抗上昇が起きやすいという欠点を持つ。一般的に、ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物は、充放電時、結晶構造が不安定になり易い性質を有している。LiMeO2(Meは、Ni等の金属元素を表す)の結晶構造においては三価のNiが多く存在するが、Liが脱離した充電状態においてNiは、MeO2で構成される層を形成しており、四価のNiが多く存在する。四価のNiはより安定な二価のNiになりやすい。二価のNiはイオン半径がLi+に近いことからLiサイトを占有(これをカチオンミキシングという)しやすい。また表面付近では酸素の脱離が起きやすいこともあり、NiO2からNiO様結晶構造に転移した異相が形成しやすい。この異相形成は不可逆であるため充放電を伴ってもLiMeO2に戻ることはなく、結果として容量低下や抵抗上昇が起こる。そこで、表面の構造安定化のため、結晶構造を安定させる添加元素を結晶表面に配置する手法がある。
【0010】
上述した特許文献1から3は、Ni-Co-Mn系の正極活物質の表面に添加元素による濃度勾配や表面濃化層を形成することで結晶構造変化を抑制し、一定の効果を得ている。しかしながら、高容量化等の目的でニッケルの割合を80%以上に高くすると、安定性の維持が更に困難になる。また、安定性を増すために添加元素量を増やしすぎると、容量低下やレート特性の低下が起こる。よって、Ni比がより高い正極活物質において、高い放電容量、良好な出力特性(レート特性)に加え、耐久性(充放電サイクル特性)の改善が求められている。
【0011】
そこで、本発明は、Niの割合を80%以上にした高Ni比の正極活物質に係わり、高い放電容量と、良好なレート特性及び良好な充放電サイクル特性を備えたリチウムイオン二次電池用正極活物質(以下、単に「正極活物質」ということがある。)、及びその製造方法、並びにこの正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、下記組成式(1);
Li1+aNibCocMdXeO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはTiを表し、-0.1≦a≦0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、A0>A1>A2であり、かつ、前記一次粒子の界面を跨った領域のNiおよびXの元素分布において、Niの濃度勾配の変曲点に相当する位置β1とβ2の間隔|β1―β2|=L(β)を粒界とみなし、それに対してXの濃度勾配の変曲点に相当する位置α1とα2がそれぞれ一次粒子内部側にあり、その距離を|α1―α2|=L(α)としたとき、1nm≦L(α)-L(β)≦3nmであるリチウムイオン二次電池用正極活物質である。
【0013】
本発明に係る他のリチウムイオン二次電池用正極活物質は、下記組成式(1);
Li1+aNibCocMdXeO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはTiを表し、-0.1≦a≦0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、前記正極活物質は一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、A1×3.5>A0>A1>A2であるリチウムイオン二次電池用正極活物質である。
【0014】
また、本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、上記したリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、前記二次粒子の表面にある一次粒子の表面におけるXの濃度B0と、前記二次粒子の表面にある一次粒子の表面から深さ1nmにおけるXの原子濃度B1と、前記二次粒子の表面にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度B2とが、B1×2.5>B0>B1>B2であることが好ましい。
【0015】
さらに、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質は、前記組成式(1)において0≦c≦0.05であることは好ましい。
【0016】
本発明は、前記組成式(1)で表されるリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池である。
上記リチウムイオン二次電池は、前記リチウムイオン二次電池用正極活物質における組成式(1)において-0.9<a<0.1であることがある。
【0017】
本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、下記組成式(1);
Li1+aNibCocMdXeO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはTiを表し、-0.1≦a≦0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、前記組成式(1)中のLi、Ni、Co、M、Xの金属元素を含む化合物を混合して、混合物を得る混合工程と、前記混合物を焼成して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得る焼成工程と、を有し、前記焼成工程は、750℃以上900℃以下で保持される段階を含み、その後に最高温度から降温し700℃以上800℃以下の温度帯に1.5時間以上保持されるアニール処理の段階を含み、前記リチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質は、一次粒子が複数個凝集して構成される二次粒子を含み、前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面におけるXの原子濃度A0と、前記二次粒子の内部にある一次粒子同士の界面から深さ1nmにおけるXの原子濃度A1と、前記二次粒子の内部にある一次粒子の中央部におけるXの原子濃度A2とが、A0>A1>A2であり、かつ、前記一次粒子の界面を跨った領域のNiおよびXの元素分布において、Niの濃度勾配の変曲点に相当する位置β1とβ2の間隔|β1―β2|=L(β)を粒界とみなし、それに対してXの濃度勾配の変曲点に相当する位置α1とα2がそれぞれ一次粒子内部側にあり、その距離を|α1―α2|=L(α)としたとき、1nm≦L(α)-L(β)≦3nmであるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、Niの割合を80%以上にした高Ni比の正極活物質において、高い放電容量と、良好なレート特性及び良好な充放電サイクル特性を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の正極活物質の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図2】リチウムイオン二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
【
図3】正極活物質の二次粒子並びに一次粒子の一例を模式的に示す図である。
【
図4】比較例1における一次粒子のSTEM像である。
【
図5】実施例2における一次粒子のSTEM像である。
【
図6】比較例1における一次粒子のSTEM-EELS分析による各元素の強度分布を示す図である。
【
図7】実施例2における一次粒子のSTEM-EELS分析による各元素の強度分布を示す図である。
【
図8】比較例1における一次粒子のSTEM-EELS分析による各元素の強度分布をスムージングした図である。
【
図9】実施例2における一次粒子のSTEM-EELS分析による各元素の強度分布をスムージングした図である。
【
図10】比較例1における一次粒子のSTEM-EELSの強度変化の絶対値を示す図である。
【
図11】実施例2における一次粒子のSTEM-EELSの強度変化の絶対値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質、及び、それを用いたリチウムイオン二次電池について詳細に説明する。
【0021】
<正極活物質>
本実施形態に係る正極活物質は、層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を有し、リチウムと遷移金属とを含んで組成されるリチウム遷移金属複合酸化物を含む。この正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物の一次粒子や一次粒子が複数個凝集して構成された二次粒子を主成分としている。また、リチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムイオンの挿入及び脱離が可能な層状構造を主相として有する。
【0022】
本実施形態に係る正極活物質は、主成分であるリチウム遷移金属複合酸化物の他、原料や製造過程に由来する不可避的不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分、例えば、ホウ素成分、リン成分、硫黄成分、フッ素成分、有機物等や、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される他成分等を含んでもよい。
【0023】
本実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物は、下記組成式(1)
Li1+aNibCocMdXeO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表し、-0.1≦a≦0.1、0.8≦b<1.0、0≦c≦0.3、0≦d<0.2、0<e<0.05、b+c+d+e=1、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表される。
【0024】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムを除いた金属当たりのニッケルの割合が80%以上である。すなわち、Ni、Co、M及びXの合計に対する原子数分率で、Niが、80at%以上含まれている。ニッケルの含有率が高いため、高い放電容量を実現することができるニッケル系酸化物である。また、ニッケルの含有率が高いため、LiCoO2等と比較して原料費が安価であり、原料コストを含めた生産性の観点からも優れている。
【0025】
一般的に、ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物は、充放電時、結晶構造が不安定になり易い性質を有している。結晶構造中において、Niは、MeO2(Meは、Ni等の金属元素を表す。)で構成される層を形成しており、四価のNiが多く存在する。四価のNiは安定な二価のNiになりLiサイトを占有(この状態をカチオンミキシングという)しやすいため、結晶構造の表面付近からNiO様結晶構造に転移し、容量低下や抵抗上昇が起こる。
【0026】
そこで、上述したように表面の構造安定化のため、カチオンミキシングを抑制できる安定な添加元素を結晶表面に配置する手法がある。上述した特許文献1から3もその例であるが、従来は、専ら結晶の外から表面を保護する、あるいは一次粒子間の主成分原子移動を妨げて粒成長を抑制するに留まり、表面付近の結晶の内部は改善の余地があった。そこで、本実施形態では、添加元素の結晶内部への固溶挙動に着目し、その濃度分布の影響について検討を加えたものである。
【0027】
即ち、本実施形態では、二次粒子の内部に位置する個々の一次粒子(以下、単に一次粒子と言うことがある。)において、上記組成式中の金属元素Xの濃化領域を一次粒子の結晶内部まで広げることで、Niの価数変化に伴う一次粒子の表面近傍の結晶構造変化が低減される。そのため、二次粒子についても格子歪みや結晶構造変化をより抑制することができる。また、その結晶内部の濃化領域は、3nm以下と非常に薄いため、充放電を阻害しない。その結果、良好なレート特性と良好な充放電サイクル特性を得ることができることを見出したものである。
【0028】
(化学組成)
ここで、組成式(1)で表される化学組成の意義について説明する。
【0029】
組成式(1)におけるaは、-0.1以上0.1以下が望ましく、-0.04以上0.04以下とすることがより好ましく、-0.02以上0.02以下とすることがさらに好ましい。aは、化学量論比のLi(Ni,Co,M, X)O2に対するリチウムの過不足を表している。aは、原料合成時の仕込み値ではなく、焼成して得られるリチウム遷移金属複合酸化物における値である。以下の元素についても同様である。組成式(1)におけるリチウムの過不足が過大である場合、すなわち、Ni、Co及びMの合計に対し、リチウムが過度に少ない組成や、リチウムが過度に多い組成であると、焼成時、合成反応が適切に進行しなくなり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが生じ易くなったり、結晶性が低下し易くなったりする。特に、ニッケルの割合を80%以上に高くする場合には、このようなカチオンミキシングの発生や結晶性の低下が顕著になり易く、放電容量、充放電サイクル特性が損なわれ易い。これに対し、aが前記の数値範囲であれば、カチオンミキシングが少なくなりやすく、各種電池性能を向上させることができる。そのため、ニッケルの含有率が高い組成においても、高い放電容量、良好なレート特性及び充放電サイクル特性を得ることに寄与する。
【0030】
以上は正極活物質として製造された粉末の状態でのaの好適範囲を述べたが、組成式(1)で表される正極活物質がリチウムイオン二次電池の正極に組み込まれている場合においては、Liの挿入脱離を伴う充放電が実施されているため、aは-0.9から0.1の範囲が好ましい。初期状態のaが-0.1以上0.1以下である場合はLi量が原子比で0.9以上1.1となるため、充放電を伴った場合のLiは0から1.1の範囲で変化することになり、aの範囲として-0.9<a<0.1が妥当である。
【0031】
組成式(1)におけるニッケルの係数bは、0.80以上1.00未満とする。bが0.80以上であると、ニッケルの含有率が低い他のニッケル系酸化物や、Li(Ni,Co,M)O2で表される三元系酸化物等と比較して、高い放電容量を得ることができる。また、ニッケルよりも希少な遷移金属の量を減らせるため、原料コストを削減することができる。
【0032】
ニッケルの係数bは、0.85以上としてもよいし、0.90以上としてもよいし、0.92以上としてもよい。bが大きいほど、高い放電容量が得られる傾向がある。また、ニッケルの係数bは、0.95以下としてもよいし、0.90以下としてもよいし、0.85以下としてもよい。bが小さいほど、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が小さくなり、焼成時、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングや結晶性の低下が生じ難くなるため、良好なレート特性及び充放電サイクル特性が得られる傾向がある。
【0033】
組成式(1)におけるコバルトの係数cは、0以上0.2未満が好ましい。コバルトは積極的に添加されていてもよいし、不可避的不純物相当の組成比であってもよい。コバルトが前記の範囲であると、結晶構造がより安定になり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが抑制される等の効果が得られる。そのため、高い放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。一方、コバルトが過剰であると、正極活物質の原料コストが高くなる。また、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、放電容量が低くなったり、Mで表される金属元素による効果が低くなったりする虞がある。これに対し、cが前記の数値範囲であれば、高い放電容量、良好なレート特性及び充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物の原料コストを削減できる。
【0034】
コバルトの係数cは0以上0.3以下が好ましい。コバルトはカチオンミキシングを抑制する効果があるものの、原料コストを削減するためには含有量が少ない方が好ましい。より好ましくは0以上0.1以下、さらに好ましくは0以上0.05以下である。後述する添加元素Xが0を超えて添加されている場合はcを0.05超とせずに結晶構造を安定にすることができる。
【0035】
組成式(1)におけるMは、Al、Mnから選択される少なくとも1種以上の金属元素とする。これらの元素はNiサイトに置換可能で、かつAlは典型元素なので充放電中も価数変化することなく安定に存在し、Mnは遷移金属ではあるものの、充放電中も+4価のまま安定に存在すると考えられる。そのため、これらの金属元素を用いると、充放電中の結晶構造が安定する効果が得られる。
【0036】
組成式(1)におけるMの係数dは、0以上0.2未満とすることが好ましい。Mで表される金属元素が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の放電容量が低くなる虞がある。これに対し、dが前記の数値範囲であれば、より高い放電容量、良好なレート特性及び充放電サイクル特性が得られる傾向がある。
【0037】
組成式(1)におけるXは、Li、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素とする(以下、X元素あるいは元素Xと言うことがある)。これらの元素としては、LiとNiが反応して層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を形成し始めた後に、Liと反応して濃化層を形成する金属元素とする。この場合、LiとNiの反応が開始する比較的低温の焼成工程で正極活物質の一次粒子表面にX元素が存在し、その後の高温焼成工程においてX元素が一次粒子表面に濃化層を形成しやすい。特に、固相法を用いてX元素を含む全ての元素を予め混合し、微粉砕することによって、X元素は一次粒子表面に分布することが可能になる。X元素としては、Ti、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される少なくとも1種以上の元素であることが好ましい。このうち、少なくともTiを含有することがより好ましい。Tiは4価をとりうるので、Oとの結合が強く結晶構造の安定化の効果が大きい。また、分子量が比較的小さく、添加したときの正極活物質の理論容量の低下が小さいためである。このような性質の金属元素を用いると、適切な合成条件を選択することで、一次粒子の表面に濃化して分布させることが可能となる。そのため、これらの金属元素Xを用いると、充放電中における正極活物質表面近傍からの結晶構造劣化を抑制する効果が得られる。
【0038】
(X元素の濃度分布測定方法)
合成した正極活物質のX元素の濃度分布は走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いることが好ましい。二次粒子内部の一次粒子界面、あるいは二次粒子表面の所定元素の濃度を分析するには、電子線エネルギー損失分光(EELS)分析やエネルギー分散型X線分光(EDS)分析を用いる。前記界面あるいは表面付近を線分析することで着目元素の濃度分布を得ることができる。本発明ではNiおよびX元素の分布に着目しており、特に界面を垂直に横切るように走査すると、主成分元素であるNiは界面で極小となるピークを示す。一方、X元素は界面で極大となるピークを示し、一次粒子の界面で濃化していることが分かる。
【0039】
X元素が界面から一次粒子の内側へ固溶していることを定量的に評価するため、以下に示す方法で濃度分布を解析した。EELSによる線分析で得たNi強度プロファイルIを位置xで微分してdI/dxを算出する。次にdI/dxの絶対値を縦軸とし、横軸をxとしたグラフを作成する。界面を横切るNi強度プロファイルは単一の極小ピークであるため、変曲点に対応する位置で|dI/dx|のピークが2本現れる。この2本のピーク(以後、ダブルピークと記す)の間隔(以後、L(β)と記す)を粒界とみなす。同様にX元素の強度プロファイルからも|dI/dx|のダブルピークが得られる。このピーク間隔(以後、L(α)と記す)がX元素の濃化領域である。L(α)>L(β)であればX元素が一次粒子内部に固溶していることを示す。
L(α)-L(β)は1.0nm以上、3.0nm以下が好ましい。L(α)-L(β)が1.0nm未満であると、X元素が一次粒子の内側へ固溶している効果が得られない。またL(α)-L(β)が3.0nmを超えると一次粒子表面から深さ1nmという薄さでX元素の濃化を実現できず、放電容量やレート特性が低下するため好ましくない。
【0040】
(二次粒子を構成する一次粒子)
本発明の実施形態の正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物の複数の一次粒子が凝集した二次粒子を含み、二次粒子の内部は、複数の一次粒子同士が界面を介して隣接し合って構成されている。但し、全ての一次粒子同士が界面を形成しているものではなく、多くの一次粒子同士が界面を形成していることでよい。この二次粒子内部の一次粒子において、その界面(一次粒子の表面と言ってもよい)におけるX元素の原子濃度A0(at%)、その界面から深さ1nmにおけるX元素の原子濃度A1(at%)と、一次粒子の中央部におけるX元素の原子濃度A2(at%)について、A0>A1>A2としたものである。ここで、X元素の原子濃度A0、A1、A2は(X/(Ni+Co+M+X))で表されEDS等で確認することができる。EDS分析では、装置性能やビーム電流などの分析条件を適切に選択することで、0.2nm以下の空間分解能と0.1at%以下の分析精度を両立することができ、1nm間隔での分析が可能である。また、この表面が濃化された一次粒子は、二次粒子内部の一次粒子の個数のうち少なくとも50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは100%であることが良い。
【0041】
ここで、二次粒子の表面だけでなく二次粒子内部の個々の一次粒子においても表面濃化層があり、特に表面から深さ数nmという極薄い領域でX元素が濃化していることが効果的である。一般的に、絶縁体であっても10nm以下の厚さであればトンネル効果により電子伝導性を有することが知られている。よって、濃化層が10nmより薄ければ、絶縁性であっても充放電反応が進むと言える。本実施形態では個々の一次粒子に深さ数nmの極薄い濃化層を有するようにしているので、一次粒子間の充放電反応は均一に生じる。
X元素が一次粒子界面から粒子内部へ数nm固溶することにより、濃化層が極薄くても相対的にNiの比率が低下するため、表面近傍の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることに繋がる。高い放電容量とレート特性を維持させるためには、より薄い方が好ましいが、5nm以上では放電容量が下がる恐れがあるため、5nm未満が好ましく、より好ましくは3nm以下である。
【0042】
一方、X元素が濃化した層が10nmを超えると、X元素の濃化層が抵抗成分となってLiの挿入脱離を阻害してレート特性が低下する。また、X元素の濃化層が二次粒子表面だけにある場合は、二次粒子内部に浸透した電解液が接触すると、一次粒子界面から結晶構造の劣化が始まり、充放電サイクル特性が低下する要因となる。一次粒子の中央部と比較してX元素の濃度が高い状態が、一次粒子の表面からの深さが10nm以内であれば、結晶構造の劣化を抑止することができ、高い放電容量、良好なレート特性及び充放電サイクル特性を得ることができる。なお、本発明では、一次粒子の表層にX元素が濃化した層が存在することを示す指標として、一次粒子同士の界面におけるX元素の濃度A0、その界面からの深さ1nmにおけるX元素の濃度A1を用いる。また、一次粒子の中央部とは、一次粒子の平均粒子径をrとしたとき、一次粒子の所定方向の直径がr±10%の範囲である一次粒子を選択し、一次粒子の表面から一次粒子の中央部に向かって0.2r以上の深さである範囲とする。
【0043】
X元素の原子濃度A0、A1、A2は、A0>A1>A2であることが好ましい。A0>A1であると、一次粒子の最表面で粒内深さ1nm位置よりもX元素が濃化していることを表しており、最表面ではNi濃度が粒内部よりも低減して結晶構造の安定性を維持する効果を十分得ることができる。またA1>A2であると、一次粒子の内部1nm深さまでの表面近傍において、X元素が一次粒子内で均一に分布しているときの濃度より高いので、相対的に一次粒子の表面近傍のNi比率が低下する。よって、表面近傍の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
さらに3.5×A1>A0であることが好ましい。本発明は一次粒子表面から深さ1nmという薄さでX元素の濃化を実現し、R-3m構造であるリチウム遷移金属複合酸化物を減じることなく容量を維持したまま結晶構造の安定化を図るものである。一次粒子同士の界面A0が3.5×A1以上であると、一次粒子内に固溶しているX元素自体が少なく結晶構造の安定化効果が十分得られない。また、充放電サイクルにおけるLiの挿入脱離に伴う結晶構造の膨張収縮に表面と内部1nm深さで大きな差が生じず、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0044】
二次粒子の最表面に位置する一次粒子においても、二次粒子内部の一次粒子界面と同様にX元素が表面に濃化していることが好ましい。二次粒子の最表面に位置する一次粒子の表面において、X元素の原子濃度B0(at%)、その表面から深さ1nmにおけるX元素の原子濃度B1(at%)と、一次粒子の中央部におけるX元素の原子濃度B2(at%)と表した時、B0>B1>B2であることが好ましい。ここで、X元素の原子濃度B0、B1、B2は(X/(Ni+Co+M+X))で表される。
さらにB1×2.5>B0であることが好ましい。B0がB1×2.5未満であることで、一次粒子内に固溶しているX元素自体が少なくならず結晶構造の安定化の効果が得られる。二次粒子の最表面では内部界面よりもLiの挿入脱離が顕著であるため、X元素の一次粒子内部への固溶量は二次粒子内部の一次粒子同士の界面よりも多い方が好ましい。また、充放電サイクルにおけるLiの挿入脱離に伴う結晶構造の膨張収縮に表面と内部1nm深さで大きな差が生じず、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0045】
(組成分析)
正極活物質の粒子の平均組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry;AAS)等によって確認することができる。
【0046】
(粉末物性)
正極活物質の一次粒子の平均粒径は、0.05μm以上かつ2μm以下であることが好ましい。正極活物質の一次粒子の平均粒径を2μm以下とすることで、正極活物質の反応場を確保でき、高い放電容量と良好なレート特性が得られる。より好ましくは1.5μm以下、さらに好ましくは1.0μm以下である。一次粒子径は正極活物質をSEMで観察した画像から計測することができる。即ち、一次粒子の内接円と外接円の各直径を平均して一次粒子の粒径とする。これを50粒について計測し平均化したものを平均粒径とする。
また、正極活物質の二次粒子の平均粒径は、例えば、3μm以上かつ50μm以下であることが好ましい。
【0047】
正極活物質の二次粒子は、後述する正極活物質の製造方法によって製造された一次粒子を、乾式造粒又は湿式造粒によって造粒することによって二次粒子化することができる。造粒手段としては、例えば、スプレードライヤーや転動流動層装置等の造粒機を利用することができる。
【0048】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、BET比表面積が、好ましくは0.1m2/g以上、より好ましくは0.2m2/g以上、更に好ましくは0.3m2/g以上である。また、BET比表面積が、好ましくは1.5m2/g以下、より好ましくは1.2m2/g以下である。BET比表面積が0.1m2/g以上であると、成形密度や正極活物質の充填率が十分に高い正極を得ることができる。また、BET比表面積が1.5m2/g以下であると、リチウム遷移金属複合酸化物の加圧成形時や充放電に伴う体積変化時に、破壊、変形、粒子の脱落等を生じ難くなると共に、細孔による結着剤の吸い上げを抑制することができる。そのため、正極活物質の塗工性や密着性が良好になり、高い放電容量、良好なレート特性や充放電サイクル特性を得ることができる。
【0049】
<正極活物質の製造方法>
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物が組成式(1)で表される化学組成となるような原料比の下、適切な焼成条件によって、リチウムと、ニッケル等との合成反応を確実に進行させることにより製造できる。本発明の実施形態に係る正極活物質の製造方法としては、以下に説明する製造方法を用いるものであるが、これに限定されない。
【0050】
[第1の製造方法]
図1(A)は、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の第1の製造方法のフロー図である。
図1(A)に示すように、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、混合工程S10と、造粒工程S20と、焼成工程S30と、をこの順に含む。なお、これらの工程以外の工程が加わっても良い。例えば、焼成工程S30で得られた正極活物質に炭酸リチウムが多く残留している場合は、
図2に示す正極111を作製するための合剤塗工工程において、スラリー状の電極合剤がゲル化するため、焼成工程S30に引き続き、水洗工程及び乾燥工程を追加して、残留している炭酸リチウムを低減させることができる。なお、水洗および乾燥工程を追加する場合は、水洗および乾燥工程後に得られた正極活物質において、組成式(1)を満たすものとする。焼成工程で終了する場合は、焼成工程後に得られた正極活物質において、組成式(1)を満たすものとする。なぜならaに関しては、電池に使用する状態における正極活物質での値が重要であるからである。また、正極活物質が電池に組み込まれ充放電された後でも本発明の特徴は保持されているが、Li量についてはLiが抜けてaの値は-0.99~0程度まで変化していると考えられる。
【0051】
混合工程S10では、リチウムを含む化合物と、組成式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物とを混合する。例えば、これらの原料をそれぞれ秤量し、粉砕及び混合することにより、原料が均一に混和した粉末状の混合物を得ることができる。原料を粉砕する粉砕機としては、例えば、ボールミル、ジェットミル、ロッドミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。原料の粉砕は、乾式粉砕としてもよいし、湿式粉砕としてもよい。乾式粉砕の後、水等の溶媒を加えて原料と溶媒から構成されるスラリーとしてもよいし、予め原料に水等の溶媒を加えてスラリー化してから湿式粉砕してもよい。平均粒径0.3μm以下の均一で微細な粉末を得る観点からは、水等の媒体を使用した湿式粉砕を行うことがより好ましい。
【0052】
本実施形態において、X元素を一次粒子の表面近傍で濃化させるには、原料を溶媒に溶解・析出させる共沈法ではなく、原料を粉砕混合する固相法を用い、原料を混合する工程でその他の原料と同時にX元素の原料も粉砕し、平均粒径0.3μm以下、好ましくは0.1μm以上0.3μm以下の均一で微細な粉末となして混合することが重要である。さらに、原料を均一に分散させることが重要となる。例えば、湿式混合においては分散剤を用いてスラリー中の原料の分散性を向上させることが良い。原料の分散性が向上すると、X元素の濃化層の厚さにムラがなくなるので好ましい。分散剤は、ポリカルボン酸系、ウレタン系、アクリル樹脂系を用いることができ、アクリル樹脂系が好ましい。分散剤の添加量はスラリーの粘度を調整するため任意に加えることができる。
【0053】
本実施形態では、上述の通り原料の平均粒径を0.3μm以下、好ましくは0.1μm以上0.3μm以下の均一で微細な粉末とし、さらに均一分散を実施している。このため、正極活物質の一次粒子である数百nm~数μmレベルよりも原料が微細に粉砕されていることになる。この原料から個々の一次粒子が均一に結晶核生成し、結晶成長することができる。この結晶核生成と、結晶成長反応の過程では、比較的低温でLiとNiが反応し層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を一次粒子として形成し始める。そして、その後にX元素がLiと反応して一次粒子の濃化層を形成することになる。このときのX元素の分散性が重要であり、微細、且つ均一に分散することにより、濃化層を一次粒子表面から深さ数nmレベルの非常に薄くて均一な厚さに実現できる。
【0054】
リチウムを含む化合物としては、例えば、炭酸リチウム、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等が挙げられるが、
図1(A)に示すように、炭酸リチウムを用いることが好ましく、リチウムを含む原料中、炭酸リチウムを80質量%以上の割合で用いることがより好ましい。炭酸リチウムは、リチウムを含む他の化合物と比較して供給安定性に優れ、安価であるため、容易に入手することができる。また、炭酸リチウムは、弱アルカリ性であるため、製造装置へのダメージが少なく、工業利用性や実用性に優れている。
【0055】
Li以外の金属元素を含む化合物としては、リチウム遷移金属複合酸化物の組成に応じて、ニッケルを含む化合物、コバルトを含む化合物、Mで表される金属元素を含む化合物、Xで表される金属元素を含む化合物を混合する。Li以外の金属元素を含む化合物としては、炭酸塩、水酸化物、オキシ水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、酸化物等のC、H、O、Nで組成された化合物が好ましく用いられる。粉砕の容易性や、熱分解によるガスの放出量の観点からは、炭酸塩、水酸化物、又は、酸化物が特に好ましい。
【0056】
混合工程S10では、焼成工程S30に供される焼成前駆体が、組成式(1)で表される化学組成となるように原料を混合することが好ましい。具体的には、焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、焼成前駆体に含まれるリチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)を0.96以上1.08以下に調整することが好ましく、0.96以上1.04以下がより好ましい。原子濃度比が0.96未満であると、リチウムが不足するため、異相が少ない適切な主相を焼成できない可能性が高い。一方、原子濃度比が1.08を超えると、合成反応が適切に進行せず、層状構造の結晶化度が低くなる虞がある。
【0057】
遷移金属サイトを占有するニッケルは2価と3価が混在しており、b<0.8の場合は他の遷移金属元素コバルトやマンガンが4価となり価数補償をしてくれるため2価のニッケル割合が高い。リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得るには、遷移金属サイトを占有する2価のニッケル割合を可能な限り多くした方が好ましい。しかしb≧0.8の高Ni組成においては2価のニッケルはリチウムサイトを占有する所謂カチオンミキシングが生じやすく、これを十分に抑制する必要がある。焼成時、カチオンミキシングを十分に抑制する観点からは、リチウムと、ニッケル等との合成反応を確実に進行させる必要があるため、リチウムと、ニッケル等とを、化学量論比のとおり、略1:1で反応させることが望ましい。
【0058】
よって、精密粉砕混合を行える混合工程S10の段階で、これらの原子濃度比を予め調整しておくことが好ましい。予め調整しておく場合、焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)は、より好ましくは0.98以上1.02以下である。但し、焼成時、焼成前駆体に含まれているリチウムが焼成用容器と反応したり、揮発したりする可能性がある。リチウムの一部が、焼成に用いる容器との反応や、焼成時の蒸発によって滅失することを考慮し、仕込み時に、リチウムを過剰に加えておくことは妨げられない。
【0059】
また、遷移金属サイトを占有する2価のニッケルの割合が高く、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得るには、混合工程S10の後、且つ、焼成工程S30の前に、リチウム以外の金属元素、例えば、製造過程に由来する不可避的不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される他成分等を混入させないことが好ましい。
【0060】
造粒工程S20では、混合工程S10で得られた混合物を造粒して粒子同士が凝集した二次粒子(造粒体)を得る。混合物の造粒は、乾式造粒及び湿式造粒のいずれを利用して行ってもよい。混合物の造粒には、例えば、転動造粒法、流動層造粒法、圧縮造粒法、噴霧造粒法等の適宜の造粒法を用いることができる。
【0061】
混合物を造粒する造粒法としては、噴霧造粒法が特に好ましい。噴霧造粒機としては、2流体ノズル式、4流体ノズル式、ディスク式等の各種の方式を用いることができる。噴霧造粒法であれば、湿式粉砕によって精密混合粉砕したスラリーを、乾燥しながら造粒させることができる。また、スラリーの濃度、噴霧圧、ディスク回転数等の調整によって、二次粒子の粒径を所定範囲に精密に制御することが可能であり、真球に近く、化学組成が均一な造粒体を効率的に得ることができる。造粒工程S20では、混合工程S10で得られた混合物を平均粒径(D50)が3μm以上50μm以下となるように造粒することが好ましい。本実施形態において、より好ましい造粒体の二次粒子は平均粒径(D50)が5μm以上20μm以下である。
【0062】
焼成工程S30では、造粒工程S20で造粒された造粒体を熱処理して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を焼成する。焼成工程S30は、熱処理温度が一定の範囲に制御される一段の熱処理で行ってもよいし、熱処理温度が互いに異なる範囲に制御される複数段の熱処理で行ってもよい。但し、結晶の純度が高く、高い放電容量、良好なレート特性や充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物を得る観点からは、
図1に示すように、第1熱処理工程S31と、第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33と、を含むことが好ましく、特に、第2熱処理工程S32と第3熱処理工程S33の条件を満たすことが好ましい。
【0063】
第1熱処理工程S31では、造粒工程S20で造粒された造粒体を200℃以上600℃未満の熱処理温度で、0.5時間以上5時間以下にわたって熱処理して第1前駆体を得る。第1熱処理工程S31は、焼成前駆体(造粒工程S20で造粒された造粒体)から、リチウム遷移金属複合酸化物の合成反応を妨げる水分等を除去することを主な目的とする。
【0064】
第1熱処理工程S31において、熱処理温度が200℃以上であれば、不純物の燃焼反応や原料の熱分解等が十分に進むため、以降の熱処理で不活性な異相、付着物等が形成されるのを抑制することができる。また、熱処理温度が600℃未満であれば、この工程でリチウム遷移金属複合酸化物の結晶が完成されることがほぼ無いため、水分、不純物等の存在下、純度が低い結晶相が残存するのを防ぐことができる。
【0065】
第1熱処理工程S31における熱処理温度は、250℃以上550℃以下であることが好ましく、300℃以上500℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこの範囲であれば、水分、不純物等を効率的に除去する一方、この工程でリチウム遷移金属複合酸化物の結晶が完成するのを確実に防ぐことができる。なお、第1熱処理工程S31における熱処理時間は、例えば、熱処理温度、混合物に含まれている水分や不純物等の量、水分や不純物等の除去目標、結晶化の度合いの目標等に応じて、適宜の時間とすることができる。
【0066】
第1熱処理工程S31は、雰囲気ガスの気流下や、ポンプによる排気下で行うことが好ましい。このような雰囲気下で熱処理を行うと、水分、不純物等が含まれているガスを反応場から効率的に排除できる。雰囲気ガスの気流の流量や、ポンプによる時間当たりの排気量は、焼成前駆体から生じるガスの体積よりも多くすることが好ましい。焼成前駆体から生じるガスの体積は、例えば、原料の使用量や、燃焼や熱分解でガス化する成分の原料当たりのモル比等に基づいて求めることができる。
【0067】
第1熱処理工程S31は、酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、非酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、減圧雰囲気下で行ってもよい。酸化性ガス雰囲気としては、酸素ガス雰囲気及び大気雰囲気のいずれであってもよい。また、減圧雰囲気としては、例えば、大気圧以下等、適宜の真空度の減圧条件であってよい。
【0068】
第2熱処理工程S32では、第1熱処理工程S31で得られた第1前駆体を600℃以上750℃未満の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理して第2前駆体を得る。第2熱処理工程S32は、炭酸リチウムとニッケル化合物等との反応により、炭酸成分を除去すると共に、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶を生成させることを主な目的とする。焼成前駆体中のニッケルを十分に酸化させて、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングを抑制し、ニッケルによる立方晶ドメインの生成を抑制する。また、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化を小さくするために、Mで表される金属元素を十分に酸化させて、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くし、イオン半径が大きい2価のニッケルの割合を増加させる。
【0069】
第2熱処理工程S32では、第2前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムが、投入した第1前駆体の総質量当たり、0.3質量%以上3質量%以下に低減されることが好ましく、0.3質量%以上2質量%以下に低減されることがより好ましい。第2前駆体に残留している炭酸リチウムの残留量が多すぎると、第3熱処理工程S33において、炭酸リチウムが溶融し、液相を形成する可能性がある。液相中でリチウム遷移金属複合酸化物を焼成すると、過焼結によって、層状構造を有する一次粒子が過剰に配向した状態になったり、比表面積が低下したりする。その結果、放電容量、レート特性等が悪化する虞がある。さらに、X元素が一次粒子内部にまで浸透してしまい、一次粒子表面近傍でX元素の濃化層が得られなくなる。また、第2前駆体に残留している炭酸リチウムの残留量が少なすぎると、焼成されるリチウム遷移金属複合酸化物の比表面積が過大になり、電解液との接触面積が拡大したり、X元素が一次粒子表面近傍で濃化しなかったりするため、充放電サイクル特性が悪化する虞がある。これに対し、未反応の炭酸リチウムの残留量が前記の範囲であれば、高い放電容量、良好なレート特性や充放電サイクル特性を得ることができる。
【0070】
また、第2熱処理工程S32において、炭酸リチウムの反応が不十分で炭酸リチウムが多量に残留していると、第3熱処理工程S33において炭酸リチウムが溶融し、液相を形成する虞がある。液相中でリチウム遷移金属複合酸化物を焼成すると、結晶粒が粗大化し易いため、出力特性が悪化する虞がある。これに対し、第2熱処理工程S32で炭酸リチウムの大部分を反応させておくと、第3熱処理工程S33で液相が生じ難くなるので、熱処理温度を高くしたとしても、結晶粒が粗大化し難くなる。そのため、結晶粒の粗大化を抑制しつつ、結晶の純度が高いリチウム遷移金属複合酸化物を高温で焼成することが可能になる。
【0071】
また、第2熱処理工程S32において、炭酸リチウムの反応が不十分で炭酸リチウムが多量に残留していると、前駆体に酸素が行き渡り難くなる。第3熱処理工程S33で第2前駆体に酸素が行き渡らないと、ニッケルが十分に酸化しないため、2価のニッケルによってカチオンミキシングを生じ易くなる。これに対し、第2熱処理工程S32で炭酸リチウムの大部分を反応させておくと、粉末状である第2前駆体に酸素が行き渡り易くなる。そのため、マンガン等を十分に酸化させてMeO2で構成される層における2価のニッケルの割合を増加させつつ、カチオンミキシングを生じ易い2価のニッケルの過剰な残留を抑制することができる。
【0072】
第2熱処理工程S32において、熱処理温度が600℃以上であれば、炭酸リチウムとニッケル化合物等との反応により結晶の生成が進むため、未反応の炭酸リチウムが大量に残留するのを避けることができる。そのため、以降の熱処理で炭酸リチウムが液相を形成し難くなり、結晶粒の粗大化が抑制されて、良好な出力特性等が得られるし、第2前駆体に酸素が行き渡り易くなり、カチオンミキシングが抑制され易くなる。また、熱処理温度が750℃未満であれば、第2熱処理工程S32において、粒成長が過度に進行することが無いし、マンガン等を十分に酸化させて、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くすることができる。
【0073】
第2熱処理工程S32における熱処理温度は、650℃以上であることが好ましく、680℃以上であることがより好ましい。熱処理温度がこのように高いほど、合成反応がより促進し、炭酸リチウムの残留がより確実に防止される。さらに、700℃以上であれば、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くすることができると共に、X元素が一次粒子表面に拡散されやすくなる。従って、一次粒子の表面近傍にX元素の濃化層を形成するためには700℃程度の比較的高温であることがより好ましい。
【0074】
第2熱処理工程S32における熱処理温度は、750℃未満であることが好ましい。熱処理温度が750℃を超えると、第1熱処理工程S31において未反応だった炭酸リチウムが液相を形成し、結晶粒が粗大化する。また、元素Xが一次粒子界面だけでなく一次粒子内部まで拡散して界面近傍に濃化層が形成され難くなる。
【0075】
第2熱処理工程S32における熱処理時間は、4時間以上とすることが好ましい。また、熱処理時間は、15時間以下とすることが好ましい。熱処理時間がこの範囲であると、炭酸リチウムの反応が十分に進むため、炭酸成分を確実に除去することができる。また、熱処理の所要時間が短縮されて、リチウム遷移金属複合酸化物の生産性が向上する。
【0076】
第2熱処工程S32は、酸化性雰囲気で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、50%以上とすることが好ましく、60%以上とすることがより好ましく、80%以上とすることが更に好ましい。また、Niの割合を80%以上にした高Ni比の正極活物質の場合、二酸化炭素濃度が高い雰囲気では、正極活物質のLiが二酸化炭素と反応して炭酸リチウムを形成してしまう。炭酸リチウムを形成するため正極活物質からLiが引き抜かれると結晶性が低下して、放電容量の低下や充放電サイクル特性の低下の原因となる。そのため、雰囲気の二酸化炭素濃度は、5%以下とすることが好ましく、1%以下とすることがより好ましい。また、第2熱処理工程S32は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケルを確実に酸化させることができるし、雰囲気中に放出された二酸化炭素を確実に排除することができる。
【0077】
第3熱処理工程S33では、第2熱処理工程S32で得られた第2前駆体を750℃以上900℃以下の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理してリチウム遷移金属複合酸化物を得る。第3熱処理工程S33は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を、適切な粒径や比表面積まで粒成長させることを主な目的とする。
【0078】
第3熱処理工程S33において、熱処理温度が750℃以上であれば、ニッケルを十分に酸化させてカチオンミキシングを抑制しつつ、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を適切な粒径や比表面積に成長させることができる。また、Mで表される金属元素を十分に酸化させて、2価のニッケルの割合を高くすることができる。a軸の格子定数が大きく、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されている主相が形成されるため、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。また、熱処理温度が900℃以下であれば、リチウムが揮発し難く、層状構造が分解し難いため、結晶の純度が高く、放電容量、レート特性等が良好なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0079】
第3熱処理工程S33における熱処理温度は、780℃以上であることが好ましく、800℃以上であることがより好ましく、820℃以上であることが更に好ましい。熱処理温度がこのように高いほど、ニッケルやMで表される金属元素を十分に酸化し、リチウム遷移金属複合酸化物の粒成長を促進させることができる。
【0080】
第3熱処理工程S33における熱処理温度は、880℃以下であることが好ましく、860℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこのように低いほど、リチウムがより揮発し難くなるため、リチウム遷移金属複合酸化物の分解を確実に防止して、放電容量、レート特性等が良好なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0081】
第3熱処理工程S33における熱処理時間は、2時間以上とすることが好ましい。また、熱処理時間は、15時間以下とすることが好ましい。熱処理時間がこの範囲であると、ニッケル等を十分に酸化して、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。また、熱処理の所要時間が短縮されるため、リチウム遷移金属複合酸化物の生産性を向上させることができる。
【0082】
第3熱処理工程S33は、所定の温度で熱処理した後、最高温度から降温する過程で700℃以上800℃以下の温度帯で1.5時間以上保持されるアニール段階を含む。700℃未満であるとX元素が十分拡散できず一次粒子内部への固溶が不十分となる。800℃を超えるとX元素は一次粒子界面に濃化したままA0が過大となる。X元素はTi、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される少なくとも1種以上の元素であることが好ましく、表1に示すように、その他の成分金属元素(Ni、Co、Mn、Al)に比べてイオン半径が大きいため、α―NaFeO2型の結晶構造に置換固溶できるのは微量である。その結果、添加したX元素全量を均一に固溶させることが難しく、二次粒子表面あるいは二次粒子内部の一次粒子同士の界面に濃化する。本発明ではX元素の一次粒子内への固溶を可能な限り促進するにあたり、第3熱処理の降温過程において700℃以上800℃以下の温度帯で1.5時間以上保持するアニール処理を行うことが有効な手段であることを見出したものである。
【0083】
【0084】
第3熱処理工程S33は、酸化性雰囲気で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましく、95%以上とすることが更に好ましい。また、雰囲気の二酸化炭素濃度は、2%以下とすることが好ましく、0.5%以下とすることがより好ましい。第3熱処理工程では、第2熱処理工程を経た第2前駆体を用いるため、前駆体に含まれる炭酸成分が低く、第2熱処理工程よりも低い二酸化炭素濃度の雰囲気で熱処理することが可能になる。そのため、第2前駆体と比較して、第3熱処理工程後のリチウム遷移金属複合酸化物は、より結晶性の高い状態となる。また、第3熱処理工程S33は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケル等を確実に酸化させることができるし、雰囲気中に放出された二酸化炭素を確実に排除することができる。
【0085】
焼成工程S20においては、熱処理の手段として、ロータリーキルン等の回転炉、ローラーハースキルン、トンネル炉、プッシャー炉等の連続炉、バッチ炉等の適宜の熱処理装置を用いることができる。第1熱処理工程S31、第2熱処理工程S32、及び、第3熱処理工程S33は、それぞれ、同一の熱処理装置を用いて行ってもよいし、互いに異なる熱処理装置を用いて行ってもよい。また、各熱処理工程は、雰囲気を入れ替えて断続的に行ってもよいし、雰囲気中のガスを排気しながら熱処理を行う場合は、連続的に行ってもよい。なお、第1熱処理工程S31は、水分等を除去することを主な目的とするため、原料として水酸化物でなく酸化物を用いる場合のように、原料に由来する水分を脱水する必要がない場合には、第1熱処理工程S31を省略して第2熱処理工程S32から始めてもよい。第2前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムを、投入した第1前駆体の総質量当たり、0.3質量%以上2質量%以下に低減して、より二酸化炭素濃度の低い雰囲気である第3熱処理工程S33で焼成することによって元素Xを一次粒子界面近傍に濃化させると共に、十分にカチオンミキシングを低減させて、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を示す本発明の正極活物質を得ることができる。
【0086】
以上の混合工程S10、造粒工程S20、及び、焼成工程S30を経ることにより、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物で構成された正極活物質を製造することができる。元素Xの分布や、カチオンミキシング量や、比表面積は、主として、熱処理前の前駆体の作製方法、ニッケル等の金属元素の組成比、第2前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムの残留量、第2熱処理工程S32と第3熱処理工程S33の熱処理温度や熱処理時間の調整によって制御することができる。組成式(1)で表される化学組成において、元素Xを一次粒子界面近傍に濃化させると共に、十分にカチオンミキシングを低減させると、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を示す優れた正極活物質が得られる。
【0087】
なお、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物は、不純物を除去する目的等から、焼成工程S30の後に、脱イオン水等によって水洗を施す洗浄工程、洗浄されたリチウム遷移金属複合酸化物を乾燥させる乾燥工程等に供してもよい。また、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物を解砕する解砕工程、リチウム遷移金属複合酸化物を所定の粒度に分級する分級工程等に供してもよい。
【0088】
[第2の製造方法]
図1(B)は、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の第2の製造方法のフロー図である。
図1(B)に示すように、出発原料をLi以外の金属原料とする以外は製法Aと同様に原料を混合、造粒乾燥し、第一熱処理を実施する(
図1(B)の混合工程B10、造粒工程B20、第一熱処理工程B31)。
乾式混合工程B11では、B31を経た第一前駆体に対してリチウム源として例えば水酸化リチウムを組成式(1)で表される化学組成となるよう秤量し、乾式にて混合して、原料混合粉を得る。この工程では、ボールミル、アトライター、V型混合機、ヘンシェルミキサー、ロッキングミキサー、などを用いることができる。ただし、混合中に造粒乾燥粉を破壊しない程度の解砕力となるよう調整を要する。
【0089】
第2熱処理工程B32では、例えば、原料混合粉を460℃以上、550℃未満の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理して第2前駆体を得る。第2熱処理工程B32は、水酸化リチウムとニッケル化合物等との反応により、水和物や水酸基を除去すると共に、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶を生成させることを主な目的とする。
第2熱処理工程B32における熱処理温度時間は4時間以上とすることが好ましい。4時間未満であるとリチウム遷移金属複合酸化物の生成が不十分となる。また雰囲気は酸化性雰囲気が好ましく、酸素濃度50%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上である。熱処理する手段は製法Aの第二熱処理工程S32と同様である。
次の第3熱処理工程B33は製法Aと同様に実施されることが好ましい。
【実施例】
【0090】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
本発明の実施例に係る正極活物質を合成し、元素分布、X線回折プロファイル、放電容量、放電レート特性、充放電サイクル特性(容量維持率)について評価した。また、実施例の対照として、化学組成やアニール条件を変えた比較例に係る正極活物質を合成し、同様に評価した。
【0091】
[実施例1]
はじめに、原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン、酸化チタンを用意し、各原料を金属元素のモル比でLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.03:0.85:0.03:0.10:0.02となるように秤量し、固形分比が50質量%となるように純水を加えた。そして、粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して平均粒径が0.2μm未満となるよう原料スラリーを調製した。(混合工程S10)。
続いて、得られた原料スラリーをノズル式のスプレードライヤー(大川原化工機社製、ODL-20型)で噴霧乾燥させて平均粒径が3μm以上50μm以下の造粒体を得た(造粒工程S20)。噴霧圧は0.13MPa、噴霧量は260g/minである。そして、乾燥させた造粒体を熱処理してリチウム遷移金属複合酸化物を焼成した(焼成工程S30)。具体的には、造粒体を、連続搬送炉で、大気雰囲気下、400℃で5時間にわたって熱処理して第1前駆体を得た(第1熱処理工程S31)。そして、第1前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、700℃で20時間にわたって熱処理して第2前駆体を得た(第2熱処理工程S32)。その後、第2前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、820℃で10時間にわたって熱処理(本焼成)した(第3熱処理工程S33)。その後、5℃/分で740℃まで降温して740℃で4時間保持し、740℃から700℃の降温速度を5℃/分となるように調整し、800℃から700℃の温度帯での保持時間を4.3時間となるようにして、リチウム遷移金属複合酸化物を得た(アニール処理)。焼成によって得られた焼成粉は、目開き45μmの篩を用いて分級し、篩下の粉体を試料の正極活物質とした。
【0092】
[実施例2]
アニール処理における740℃での保持時間を20時間として、800℃から700℃の温度帯での保持時間を20.3時間とした以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0093】
[実施例3]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.80:0.15:0.04:0.01のモル比となるように秤量し、本焼成温度を800℃とした以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0094】
[実施例4]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.90:0.03:0.04:0.03のモル比となるように秤量し、本焼成温度を840℃とした以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0095】
[実施例5]
アニール処理において5℃/分で710℃まで降温して710℃で4時間保持し、710℃から700℃の降温速度を5℃/分となるように調整し、800℃から700℃の温度帯での保持時間を4.3時間となるようにした以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0096】
[比較例1]
アニール処理において740℃で保持せず、5℃/分で700℃まで降温し、800℃から700℃の温度帯での保持時間を0.3時間となるようにした以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0097】
[比較例2]
アニール処理において740℃で0.7時間保持し、800℃から700℃の温度帯での保持時間を1.0時間となるようにした以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0098】
[比較例3]
アニール処理において740℃で保持せず、5℃/分で700℃まで降温し、800℃から700℃の温度帯での保持時間を0.3時間となるようにした以外は、実施例3と同様にして正極活物質を得た。
【0099】
[比較例4]
アニール処理において740℃で保持せず、5℃/分で700℃まで降温し、800℃から700℃の温度帯での保持時間を0.3時間となるようにした以外は、実施例4と同様にして正極活物質を得た。
【0100】
[比較例5]
原料に酸化チタンを使用せず、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.03:0.60:0.20:0.20のモル比となるように秤量し、本焼成温度を900℃とした以外は、比較例1と同様にして正極活物質を得た。
【0101】
(正極活物質の化学組成、比表面積の測定)
合成した正極活物質の化学組成を、ICP-AES発光分光分析装置「OPTIMA8300」(パーキンエルマー社製)を使用して、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析によって分析した。その結果、実施例1~6に係る正極活物質、比較例1~5に係る正極活物質は、いずれも、リチウムのみが仕込みと異なる、表2に示すとおりの化学組成であった。また、正極活物質の比表面積を、自動比表面積測定装置「BELCAT」(日本ベル社製)を使用してBET法により求めた。その結果を表2に示す。
【0102】
【0103】
(元素濃度分布)
合成した正極活物質の元素Xの濃度分布は次の手順で測定した。はじめに、作製した正極活物質の粉末を集束イオン/電子ビーム加工観察装置「nano DUET NB5000」(日立ハイテクノロジーズ製)を使用して加速電圧:30kV(サンプリング)、10kV(仕上げ)の条件でFIB加工して薄片化した。次に、走査透過型電子顕微鏡「JEM-ARM200F」(日本電子製)を使用してSTEM観察して、二次粒子内部の一次粒子界面を特定した。そして、エネルギーフィルター「GIF-Quantum」(Gatan製)を使用して一次粒子の界面近傍から一次粒子の中央部方向へ深さ50nmまでEELSスペクトルを測定してXを含む各元素の濃度分布を求めた。さらに、エネルギー分散型X線分析装置「JED-2300T」(日本電子製)を用いて、二次粒子内部の一次粒子界面のXの濃度A0、二次粒子内部の一次粒子界面から深さ1nmのXの濃度A1と、一次粒子中央部のXの濃度A2を測定した。測定箇所は3ヶ所とし、平均値を用いた。その結果、実施例1~6に係る正極活物質、比較例1~4に係る正極活物質は、いずれも、表3に示すA0、A1、A2を有することが確認された。また、二次粒子表面の一次粒子についても、同様の測定を行い、二次粒子表面のX濃度B0、二次粒子表面から深さ1nmのX濃度B1、二次粒子表面の一次粒子中央部のX濃度B2を測定した。その結果、実施例1~6に係る正極活物質、比較例1~4に係る正極活物質は、いずれも、表3に示すB0、B1、B2を有することが確認された。
【0104】
【0105】
二次粒子内部の一次粒子界面におけるSTEM-EELS分析を実施した。
図4に比較例1、
図5に実施例2の分析位置のSTEM像を示す。また、
図6には比較例1、
図7には実施例2について、二次粒子内部の一次粒子界面を跨るように測定したSTEM-EELS分析でのNiおよびTiの強度プロファイルを示す。
図6の比較例1では、STEM像の一次粒子同士の粒界において、正極活物質の主成分であるNiの強度がスパイク状に低下しており、ほぼ同じ位置でTiの強度がスパイク状に高くなっている。このことから、Tiが一次粒子同士の粒界に偏析していることがわかる。一方、
図7の実施例2ではNiの強度がスパイク状に低下している一次粒子同士の粒界よりも1~2nm程度広い範囲において、矩形状にTiの強度が高くなっている。このことから、実施例2ではアニール処理により、Tiは正極活物質の結晶内へ1~2nm程度固溶したことがわかる。
上記のようにアニール処理により、元素Xの濃度分布は変化する。アニール処理条件における800℃から700℃の温度帯での保持時間が4.3~20.3時間であった実施例1~6では、A0/A1の値は1.1~3.0となっており、一方で、アニール処理条件における800℃から700の温度帯での保持時間が0.3~1.0時間であった比較例1~4では、A0/A1の値は3.7~4.0であった。
【0106】
また、上記STEM-EELSの強度プロファイルを
図8(比較例1)および
図9(実施例2)のようにスムージング(Ni:細線、Ti:破線)し、スムージングされたプロファイル強度Iの位置xに対する微分値(強度変化)の絶対値|dI/dx|を算出した。その結果、位置毎の強度変化の絶対値について
図10(比較例1)および
図11(実施例2)に示す。図ではNi、Tiの強度変化の変曲点に相当する位置で共に2つのピークを持っており、Niについてのピーク位置をそれぞれβ1、β2、Tiについてのピーク位置をそれぞれα1、α2とする。このβ1とβ2との間が一次粒子同士の粒界であるとみなし、その間隔を|β1-β2|=L(β)と記載する。また、Tiのピークの間が高濃度領域を示しており、その間隔を|α1-α2|=L(α)と記載する。比較例1では、L(α)=2.4nmに対してL(β)=1.9nmであり、L(α)-L(β)は0.5nmと1.0nmよりも小さく、Ti濃化領域は一次粒子同士の粒界とほぼ一致することが分かる。なお、
図10の31~33nm位置のNiピークのようにピークトップがスプリットしてピーク位置が不明確な場合はスプリットした部分を含むピーク全体の中央をピーク位置としている。これに対して、
図11の実施例2では、L(α)=4.3nmに対してL(β)=2.4nmであり、L(α)-L(β)は1.9nmであることから、Ti濃化領域は粒界だけでなく1.9nm程度だけ粒界を挟んで両側の一次粒子の内部側に広がっていることが分かる。即ち、Tiが結晶内部へ固溶している。
【0107】
比較例1と実施例2の電極性能を比較すると(表3参照)、実施例2は容量維持率が高くサイクル耐性に優れている。比較例1と実施例2の組成は同一であるため、実施例2の良好なサイクル耐性は上述のL(α)-L(β)が1.0nm以上であることに起因していると考える。一次粒子表面に濃化したTiは最表面に露出するNi量を低減し、これによって充放電サイクルに伴う電解液の分解反応を抑制したり、電解液に溶出するNiイオンを抑制していると考えられる。その結果、電池内部の分解副生成物の生成を抑制するだけでなく正極活物質の劣化を抑制するため、サイクル耐性が改善された(作用効果A)。実施例2ではアニール処理を施すことによって、粒界に偏析していたTiを1.9nm程度まで粒界を挟んだ両側の一次粒子内部に固溶させることができ、各一次粒子表層にTi濃化層を十分形成させて作用効果Aを増強できたと推定される。
【0108】
(放電容量、レート特性、容量維持率、抵抗上昇率)
合成した正極活物質を正極の材料として用いてリチウムイオン二次電池を作製し、リチウムイオン二次電池の放電容量、容量維持率、レート特性、抵抗上昇率を求めた。はじめに、作製した正極活物質と、炭素系の導電材と、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)に予め溶解させた結着剤とを質量比で94:4.5:1.5となるように混合した。そして、均一に混合した正極合剤スラリーを、厚さ20μmのアルミニウム箔の正極集電体上に、塗布量が16mg/cm2となるように塗布した。次いで、正極集電体に塗布された正極合剤スラリーを120℃で熱処理し、溶媒を留去することによって正極合剤層を形成した。その後、正極合剤層を熱プレスで加圧成形し、2.5cm×4.1cmに打ち抜いて正極とした。
【0109】
続いて、作製した正極と負極とセパレータを用いて、リチウムイオン二次電池を作製した。負極は以下のように作製した。黒鉛系負極活物質とカルボキシルメチルセルロースとスチレンブタジエンゴムとが質量比で98:1:1となるように混合し純水を溶媒としたスラリーを作製し、厚さ10μmの銅箔の負極集電体上に塗布量が10mg/cm2となるように塗布した。負極集電体に塗布された正極合剤スラリーを100℃で熱処理し、溶媒を留去することによって負極合剤層を形成した。その後、負極合剤層を熱プレスで加圧成形し、2.7cm×4.2cmに打ち抜いて正極とした。
セパレータとしては、厚さ30μmのポリプロピレン製の多孔質セパレータを用いた。正極と負極とをセパレータを介して非水電解液中で対向させて、リチウムイオン二次電池を組み付けた。
非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させ、さらにビニレンカーボネートを1質量%溶解させた溶液を用いた。
【0110】
正極材、セパレータ、負極材と重ね、アルミラミネートの袋に挿入し、非水電解液を注入後、真空中で熱シールし、リチウムイオン二次電池とした。
作製したリチウムイオン二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の重量基準で40A/kg、上限電圧4.2Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の重量基準で40A/kgの定電流で下限電圧2.5Vまで放電し、放電容量(初期容量)を測定した。
【0111】
続いて、初期容量を測定したリチウム二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の重量基準で40A/kg、上限電圧4.2Vの定電流/定電圧で充電した後、正極合剤の重量基準で40または600A/kgの定電流で、下限電圧2.5Vまで放電した。40A/kgに対する600A/kgの放電容量の比を放電レート特性として算出した。
【0112】
次に、50℃の環境下で、正極合剤の重量基準で200A/kg、上限電圧4.2Vの定電流で充電した。そして、正極合剤の重量基準で200A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電するサイクルを計100サイクル行い、100サイクル後の放電容量を測定した。初期容量に対する100サイクル後の放電容量の分率を容量維持率として計算した。その結果を表3に併せて示す。
【0113】
表3に示すように、実施例1~5は、800℃から700℃の温度帯での保持時間が4.3時間~20.3時間であるため、一次粒子表面から内部への固溶が進んでおり、この場合のA0/A1は1.1~3.0と3.5以下となっていることが分かる。また、B0/B1については1.1~2.0と2.5以下となっている。そして、これらの実施例1~5においては、180Ah/kg以上の高容量、85%以上の容量維持率、85%以上の放電レート特性を兼ね備えた電極特性が得られている。
【0114】
一方、比較例1~4は、降温過程で800℃から700℃の温度帯での保持時間が0.3時間~1.0時間と短いため、一次粒子表面から内部への固溶が不十分であり、A0/A1は3.7~4.0と3.5以上となっている。また、B0/B1については2.7~3.1と2.5以上となっている。このため、容量維持率が80%未満と低かった。
なお、比較例5は、Ni比率60%と低いため、元素Xが無添加であっても、85%以上の容量維持率、85%以上の放電レート特性が得られた。しかし、Ni比率が低いため、180Ah/kg以上の高容量が得られなかった。
【0115】
Ni比率の高い正極活物質では、結晶からNiOライクな結晶へ転移が表面付近から内部へ進行していくことで、容量低下や抵抗上昇を起こすことが知られている。本発明では、結晶内部へ元素Xが固溶し表面付近の結晶のNi濃度を下げ、かつ、元素Xの結晶安定化の効果で、50℃における高い容量維持率が得られたと考えられる。また、元素Xが固溶することで、二次粒子表面や一次粒子同士の粒界に存在する元素Xの濃化層と正極材結晶の間の密着性が増し、温度変化や充放電に伴う体積変化によって生じる応力で剥離しづらくなり、電解液との反応が抑制されたことも考えられる。
また、結晶内部へ固溶した高濃度領域が1~2nm程度と非常に薄いため、高いレート特性や高容量が維持されたと考えられる。
【符号の説明】
【0116】
100 リチウムイオン二次電池
101 電池缶
102 電池蓋
103 正極リード片
104 負極リード片
105 絶縁板
106 シール材
110 捲回電極群
111 正極
111a 正極集電体
111b 正極合剤層
112 負極
112a 負極集電体
112b 負極合剤層
113 セパレータ