(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-06
(45)【発行日】2024-08-15
(54)【発明の名称】アセトンを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたアセトンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20240807BHJP
C12P 7/28 20060101ALI20240807BHJP
C12N 15/54 20060101ALN20240807BHJP
C12N 15/55 20060101ALN20240807BHJP
C12N 15/60 20060101ALN20240807BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240807BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P7/28
C12N15/54
C12N15/55
C12N15/60
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020096417
(22)【出願日】2020-06-02
【審査請求日】2023-03-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「再生可能エネルギーを活用した有用物質高生産微生物デザイン」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03217
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】中島田 豊
(72)【発明者】
【氏名】加藤 淳也
(72)【発明者】
【氏名】加藤 節
(72)【発明者】
【氏名】竹村 海生
【審査官】阪▲崎▼ 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/068011(WO,A1)
【文献】Biotechnology for Biofuels,2017年,10:150
【文献】Biotechnology and Bioengineering,2018年,115,2951-2961
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/21
C12P 7/28-7/36
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有する好熱性ホモ酢酸菌
であるモーレラ(Moorella)属細菌由来の組換え細菌であって、
遺伝子工学的手法により
ホスホアセチルトランスフェラーゼであるPduL1又はPduL2の一方が欠損され、
2分子のアセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素を発現
し、
前記耐熱性酵素はいずれも至適温度が55℃~65℃の範囲内にあることを特徴とするアセトンを生成する組換え好熱性細菌。
【請求項2】
前記アセチル‐CoAを基質としてアセトアセチル‐CoAを生成する外来の耐熱性酵素は、Caldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼであることを特徴とする請求項
1に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項3】
前記アセトアセチル‐CoAを基質としてアセト酢酸を生成する外来の耐熱性酵素は、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼであることを特徴とする請求項1
又は2に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項4】
前記アセト酢酸を基質としてアセトンを生成する外来の耐熱性酵素は、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼであることを特徴とする請求項1~
3のいずれか1項に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項5】
受
託番号NITE
P-03217として寄託された請求項1~
4のいずれか1項に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項6】
糖、一酸化炭素又は二酸化炭素の存在下で請求項1~
5のいずれか1項に記載の組換え好熱性細菌を培養してアセトンを生成させるステップを備えていることを特徴とするアセトンの製造方法。
【請求項7】
生成されたアセトンを回収するステップをさらに備えていることを特徴とする請求項
6に記載のアセトンの製造方法。
【請求項8】
前記アセトンを生成させるステップにおいて、糖、一酸化炭素又は二酸化炭素に加えてさらに水素及びメタノールの少なくとも一方が存在する条件下で前記組換え好熱性細菌を培養することを特徴とする請求項
6又は
7に記載のアセトンの製造方法。
【請求項9】
前記アセトンを生成させるステップにおいて、前記組換え好熱性細菌を55℃~65℃で培養することを特徴とする請求項
6~
8のいずれか1項に記載のアセトンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アセトンを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたアセトンの製造方法に関し、特に遺伝子工学的手法により代謝経路が改変された好熱性ホモ酢酸菌及びそれを用いたアセトンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで人類は石炭や石油等の化石燃料の消費によって産業を発達させてきた一方で、二酸化炭素(CO2)の排出による環境問題を引き起こしてきた。また、これら化石燃料は限りある資源であるため枯渇が懸念されており、代替エネルギーや材料の開発は急務である。CO2を固定し再利用することがCO2削減の有効な手段の1つであるが、さらに固定したCO2をエネルギーや材料として利用することが望ましい。
【0003】
近年、廃棄物を合成ガス(水素(H2)、一酸化炭素(CO)を主成分としCO2等も含まれるガス)化した上で利用する技術が発展してきており、再生可能エネルギーとしてH2の利用も進展してきている。その中でも、これらのガスを炭素源又はエネルギー源として用いた微生物発酵により有用物質を生成する種々の技術が開発されている。例えば、特許文献1及び2には、遺伝子組換え微生物を利用して、合成ガスから有用物質としてアセトンを生成する技術が提示されている。アセトンは有機溶媒として用いられ、またイソブチレン、プロピレン、ジェット燃料などの合成前駆物質として用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2016-538869号公報
【文献】特許6199747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の特許文献1及び2に開示された微生物を用いた方法ではアセトン以外にも多種の副生物が生成し、アセトンの生成効率が高いとは言えない。このため、未だ更に生成効率が高い方法と共に、その方法を可能とするための微生物が求められている。
【0006】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、微生物発酵によって、糖や二酸化炭素又は一酸化炭素といった炭素源を基質としてアセトンを高効率で得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、好熱性ホモ酢酸菌に対して、遺伝子組み換え技術により内在性の酢酸生成の代謝経路の一部を破壊すると共に、アセチル-CoAからアセトンを生合成するための耐熱性酵素の発現遺伝子を導入することで、アセトンを高効率で生成できることを見出して本発明を完成した。
【0008】
具体的に、本発明に係るアセトンを生成する組換え好熱性細菌は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有する好熱性ホモ酢酸菌由来の組換え細菌であって、遺伝子工学的手法によりアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損され、2分子のアセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素を発現することを特徴とする。
【0009】
本発明に係る組換え好熱性細菌は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する好熱性ホモ酢酸菌に由来する細菌であるが、アセチル‐CoAから順にアセトアセチル‐CoA、アセト酢酸、アセトンを生成する代謝経路を確立する3種の外来酵素を発現するように組換えがなされたものである。このため、当該組換え細菌は、糖、CO2及びCOといった炭素源からアセチル‐CoAを中間体として、アセトンを生成することができる。さらに、本発明に係る組換え好熱性細菌は、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの内在性の代謝経路に関わる酵素の一部が欠損されているため、アセチル‐CoAからの酢酸の生成が抑制され、代わりに多くのアセチル‐CoAをアセトンの生成のために利用可能となる。また、本発明に係る組換え好熱性細菌において、アセト酢酸を生成する際にアセトアセチル‐CoAと酢酸とを反応させるが、酢酸の生成は上記の通り一部の酵素の欠損により抑制されているものの、その代謝が完全に阻害されてはおらず生成はなされるため、生成された酢酸はアセト酢酸の生成のために利用され得る。これらによって、本発明に係る組換え好熱性細菌では、炭素源から、副生物の酢酸を利用しながらアセトンを高効率で生成することができる。さらに、本発明に係る細菌は、好熱性細菌であるため、中温菌等と比較して代謝反応速度が大きく、アセトン生成に有利であり、また、多くの汚染微生物の生育温度より高い温度が至適生育温度であるため安全性も高い。さらに、ガス発酵及び生成物精製における冷却、加熱のコストが節約できるといった利点もあり、また、アセトンの沸点である56℃前後又はそれ以上の温度で培養を行うことで細菌の増殖阻害を起こすことなくアセトンの蒸留精製が可能となり、アセトンの回収を容易にすることもできる。特に、本発明に係る組換え好熱性細菌の副生物は酢酸のみであり、酢酸の沸点が118℃であるため、アセトンの分離は容易である。
【0010】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、前記好熱性ホモ酢酸菌は、モーレラ(Moorella)属細菌であることが好ましい。
【0011】
モーレラ属細菌は、WLP(Wood-Ljungdahl pathway, 別名還元的アセチル‐CoA経路)を用いることで糖代謝により生ずるCO2、又はガスとして添加するCOやCO2を固定して唯一の最終代謝産物として酢酸を生産するが、代謝経路の改変により酢酸に代えて様々な物質生産株の構築が可能な細菌である。従って、糖はもちろんのこと、廃ガスやガス化した廃棄物やバイオマスからの有用物質生産を可能であり、上記のように本発明に係る組換え好熱性細菌の親株としてモーレラ属細菌を用いることは好ましい。
【0012】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、アセチル‐CoAを基質としてアセチルリン酸を生成する酵素の一部が欠損されていることが好ましい。
【0013】
このように、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素のうちアセチル‐CoAを基質としてアセチルリン酸を生成する酵素の一部が欠損されることにより、上述の通り、酢酸の生成を抑制できる。このため、細菌中のアセチル‐CoAの多くをアセトンの生成に利用できると共に、アセト酢酸の生成のために利用される酢酸の生成も維持される。その結果、アセトンの生成効率を向上することができる。
【0014】
その場合、アセチル‐CoAを基質としてアセチルリン酸を生成する酵素として、ホスホアセチルトランスフェラーゼであるPduL1又はPduL2が欠損されていることが好ましい。
【0015】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、前記アセチル‐CoAを基質としてアセトアセチル‐CoAを生成する外来の耐熱性酵素は、Caldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼとすることができる。
【0016】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、前記アセトアセチル‐CoAを基質としてアセト酢酸を生成する外来の耐熱性酵素は、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼとすることができる。
【0017】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、前記アセト酢酸を基質としてアセトンを生成する外来の耐熱性酵素は、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼとすることができる。
【0018】
本発明に係る組換え好熱性細菌は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に受託日2020年5月15日、受託番号NITE P-03217として寄託された細菌であることが好ましい。
【0019】
本発明に係るアセトンの製造方法は、糖、一酸化炭素又は二酸化炭素の存在下で上記本発明に係る組換え好熱性細菌を培養してアセトンを生成させるステップを備えていることを特徴とする。
【0020】
本発明に係るアセトンの製造方法によると、上記本発明に係る組換え好熱性細菌を炭素源存在下で培養するため、上述の通り、当該組換え細菌の代謝によって高効率でアセトンを得ることができる。
【0021】
本発明に係るアセトンの製造方法は、生成されたアセトンを回収するステップをさらに備えていてもよい。
【0022】
本発明に係るアセトンの製造方法は、前記アセトンを生成させるステップにおいて、糖、一酸化炭素又は二酸化炭素に加えてさらに水素やメタノールといったエネルギー源として用いられ得る電子供与体が存在する条件下で前記組換え好熱性細菌を培養することが好ましい。
【0023】
このようにすると、水素等の電子供与体によりアデノシン三リン酸(ATP)の合成を促進できるため、細菌増殖を促進できてアセトン生成に有利となり、また、ATP不足に起因するCO2の代謝が例えばギ酸で停止する等してアセトン生成量が低減することを防止できる。
【0024】
本発明に係るアセトンの製造方法は、前記アセトンを生成させるステップにおいて、前記組換え好熱性細菌を55℃~65℃で培養することが好ましい。
【0025】
好熱性細菌として特にモーレラ属細菌を用いた場合、上記温度範囲で特に優れた代謝速度を示し、アセトンの生成に有利であり、また、上述した通りアセトンの回収にも有利である。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係るアセトンを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたアセトンの製造方法によると、微生物発酵によって、糖、CO又はCO2といった炭素源を基質としてアセトンを高効率で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】(a)はアセトン生合成遺伝子群の導入プラスミド及びそれを用いた相同組換えによる遺伝子導入方法を説明するための図であり、(b)は本実施例において行われたモーレラ・サーモアセチカ細菌への遺伝子導入の成否の確認のための電気泳動の結果を示す写真である。
【
図2】本実施例におけるpduL2::acetone株のアセトン生成能を評価したHPLCの結果を示す図である。
【
図3】本実施例におけるpduL2::acetone株のアセトン生成能を評価したGC-MSの結果を示す図である。
【
図4】(a)は本実施例におけるpduL2::acetone株のフルクトースを炭素源として加えた場合の菌体増殖の評価結果を示すグラフであり、(b)は本実施例におけるpduL2::acetone株のフルクトースを炭素源として加えた場合の代謝産物量の測定結果を示すグラフである。
【
図5】(a)は本実施例におけるpduL2::acetone株をCO、CO
2及びH
2の存在下で培養した場合の菌体増殖の評価結果を示すグラフであり、(b)はその場合の代謝産物量の測定結果を示すグラフである。(c)は本実施例におけるpduL2::acetone株をCO及びCO
2の存在下で培養した場合の菌体増殖の評価結果を示すグラフであり、(d)はその場合の代謝産物量の測定結果を示すグラフである。(e)は本実施例におけるpduL2::acetone株をCO
2及びH
2の存在下で培養した場合の菌体増殖の評価結果を示すグラフであり、(f)はその場合の代謝産物量の測定結果を示すグラフである。
【
図6】(a)は本実施例におけるpduL2::acetone株をフルクトース並びにCO
2及びH
2の存在下で培養した場合の菌体増殖の評価結果を示すグラフであり、(b)はその場合の代謝産物量の測定結果を示すグラフである。(c)は本実施例におけるpduL2::acetone株をフルクトースの存在下で培養した場合の菌体増殖の評価結果を示すグラフであり、(d)はその場合の代謝産物量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0029】
本発明の一実施形態は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有する好熱性ホモ酢酸菌由来の組換え細菌である。特に、本実施形態の細菌は、遺伝子工学的手法によりアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損され、2分子のアセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素を発現する。
【0030】
好熱性ホモ酢酸菌とは、至適生育温度が45℃以上であり、糖などの有機物に加えて、一酸化炭素、又は二酸化炭素と水素といったガス基質を利用して酢酸を生成する細菌である。好熱性ホモ酢酸菌は、水素等の電子供与体をエネルギー源として利用できるが、水素以外にもメタノールを利用することもできる(Arch Microbiol (2003) 179, p315-320を参照)。本実施形態の組換え細菌の親細菌としての好熱性ホモ酢酸菌は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有するものであれば、特に限定はされない。古細菌が含まれてもよい。本実施形態においては、モーレラ属細菌であることが好ましく、そのような細菌として例えばモーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica)又はモーレラ・サーモオートトロフィカ(Moorella thermoautotrophica)を用いることができる。モーレラ属細菌以外の例としては、サーモアナエロバクター・キウビ(Thermoanaerobacter kiuvi)が挙げられ、古細菌の例としてはアルカエオグロブス・フルギダス(Archaeoglobus fulgidus)が挙げられる。
【0031】
本実施形態に係る組換え細菌は、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損されているが、そのために、種々の遺伝子工学的手法を用いることができる。その手法は、細菌のゲノム上の当該酵素の発現遺伝子を除去する又は変異させる等により、当該酵素を安定的に発現させないことができるものであれば特に限定されない。当該遺伝子工学的手法としては、例えば相同組換えを利用した遺伝子ノックアウト法等を用いることができる。
【0032】
欠損させるアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素は、当該代謝経路に関わる酵素であれば特に限定されない。好熱性ホモ酢酸菌の場合、炭素源から種々の酵素の作用によりアセチル‐CoAを生成した後に、所定の酵素の作用によりアセチル‐CoAからCoAを脱離させ、リン酸を付加させてアセチルリン酸を生成し、その後、他の酵素によってリン酸を脱離させて酢酸を生成する。このため、これらの過程に関わる酵素の一部の発現を欠損させることが好ましいが、当該欠損により、酢酸が全く生成できなくなるのではなく、酢酸の生成量が低減するような酵素が選択されることが好ましい。欠損させる酵素としては、例えばアセチル‐CoAからアセチルリン酸を生成するホスホアセチルトランスフェラーゼであることが好ましい。モーレラ属の場合、例えば2つのホスホアセチルトランスフェラーゼのうちの1つの酵素を欠損させることが好ましい。
【0033】
本実施形態に係る組換え細菌は、上記3種の外来の耐熱性酵素を発現でき、すなわち、アセチル‐CoAからアセトンを生成する代謝経路が導入されている。具体的に、下記式に係る代謝経路が導入されている。
【化1】
【0034】
本実施形態において、上記3種の外来の耐熱性酵素は、上記式のようにアセチル‐CoAからアセトンを生成させることができるものであって、例えばそれぞれチオラーゼ、CoAトランスフェラーゼ、アセト酢酸デカルボキシラーゼであるが、当該細菌の至適生育温度で作用することができるものであれば特に限定されない。従って、好熱性細菌由来の酵素を用いることが好ましい。アセチル‐CoAを基質としてアセトアセチル‐CoAを生成する外来の耐熱性酵素としては、Caldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼ(thl、遺伝子番号TTE0549)を用いることができる。アセトアセチル‐CoAを基質としてアセト酢酸を生成する外来の耐熱性酵素としては、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼ(ctfA及びctfBにコードされる2つのタンパク質による複合体ctfAB、遺伝子番号Tmel_1135及びTmel_1136)を用いることができる。アセト酢酸を基質としてアセトンを生成する外来の耐熱性酵素としては、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼ(adc、遺伝子番号CA_P0165)を用いることができる。
【0035】
本実施形態において、上記3種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子は、種々の遺伝子工学的手法を用いることによって細菌内に導入される。当該手法は、それらの酵素を安定的に発現できるように細菌のゲノム内に導入させることができものであれば特に限定されない。本実施形態において、当該遺伝子工学的手法としては、例えば相同組換えを利用した遺伝子ノックイン法等を用いることができる。特に、上記アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部を欠損させるのと同時に上記3種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子を導入することが好ましい。すなわち、細菌のゲノム上における欠損させるためのアセチル‐CoAから酢酸を生成するための酵素の遺伝子座と上記3種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子群とを相同組換えすることにより、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部を欠損させるのと同時に上記3種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子を導入することが好ましい。これにより、1度の工程で上記内在酵素の発現遺伝子の欠損と外来酵素の発現遺伝子の導入とを同時にできる。
【0036】
本実施形態に係る組換え細菌としては、例えば受託番号NITE P-03217の細菌を用いることができる。当該細菌は、モーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica)を親株として、内在のホスホアセチルトランスフェラーゼのうちの1つであるPduL2の発現遺伝子が欠損され、且つCaldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼ、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼ、及びClostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼの発現遺伝子が導入されたものである。
【0037】
本発明に係る他の実施形態は、上記組換え細菌を用いたアセトンの製造方法である。本実施形態の方法は、上記組換え細菌を培養してアセトンを生成させるステップを備えている。組換え細菌の培養は、炭素源からアセトンを生成できるように糖、一酸化炭素又は二酸化炭素の存在下で行われる。本実施形態では、組換え細菌は、上記の炭素源に加えて水素の存在下で培養されることが好ましい。特に、上記炭素源として二酸化炭素が選択される場合、アセトン生成の代謝を促進させるためにエネルギー源として利用される電子供与体である水素を加えることが好ましい。また、水素以外に上述の通りエネルギー源として利用され得るメタノールを加えて培養してもよい。
【0038】
また、組換え細菌の培養は、可能な限り高い効率でアセトンを生成させるために、当該細菌の至適生育温度で行われることが好ましく、モーレラ属細菌を用いる場合、55℃~65℃で培養することが好ましい。
【0039】
本実施形態に係る方法において、上記細菌の培養によってアセトンを生成させた後に、当該アセトンを回収するステップをさらに備えていることが好ましい。アセトンを回収する方法は、他の成分からアセトンを分離して、純度高いアセトンのみを得ることができる方法であれば特に限定されない。そのような方法として、例えば細菌の培養液の蒸留によってアセトンを分離精製する方法を用いることができる。本実施形態において、上記組換え細菌は、アセトンと酢酸とを生成するが、アセトンの沸点は56℃であり、酢酸は118℃であり、蒸留によりそれらの分離は容易にでき、また、56℃前後で細菌を培養することで、アセトンの蒸留精製と細菌培養とを同時にすることができて好ましい。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明に係るアセトンを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたアセトンの製造方法について詳細に説明するための実施例を示す。
【0041】
[使用菌株、プラスミド及びプライマー]
本実施例で使用した菌株、プラスミド及びPCRプライマーをそれぞれ下記表1~表3に示す。
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
[基本培地及び基本溶液の調製]
(モーレラ細菌用基本培地の調製)
本実施例では、C. ljungdahliiの培養に用いられるATCC 1754 PETC培地を改変したものを基本培地として用いた。改変として、塩酸システイン・一水和物の最終濃度を1.2g/Lに減らし、Na2S・9H2Oを除いた。培地の作製において、還元剤(システイン及びTi(III)クエン酸)及び基質(フルクトース等)は別に調製した。嫌気的に培地を調製する方法として、Hungateの方法(Hungate, R. E., 1969, Methods Microbiol., 3B: 117-132)を改変したMillerらの方法(Miller, T. L. et al., 1974, Appl. Microbiol., 27: 985-987)を用いた。各成分の組成は以下の通りである。1.0gのNH4Cl、0.1gのKCl、0.2gのMgSO4・7H2O、0.8gのNaCl、0.1gのKH2PO4、0.02gのCaCl2・2H2O、1.0gの酵母エキス(酵母エキス無添加の場合は0.01gのウラシル)、2.0gのNaHCO3、10mlの微量元素溶液、10mlのビタミン溶液、1000mlのイオン交換水、(必要に応じて20gのアガー)、(必要に応じて2.0gのフルクトース)。調製手順は以下の通りである。まず、上記各成分を混合し、5NHClでpH6.9に調整後、イオン交換水で900mLにメスアップし、培地を湯浴でボイル(20分間)した。その後、N2/CO2(80:20)を注入しながら氷中で冷却(20分間)し、予めN2/CO2を注入しておいた125mLバイアル瓶に45mLずつ分注し、さらに、N2/CO2を3分間注入した後、ブチルゴム栓及びアルミシールで密閉した。その後、当該バイアル瓶をオートクレーブ(121℃、15分)した。
【0046】
(微量元素溶液の調製)
イオン交換水に以下の成分を溶解後、1Lにフィルアップした。2.0gのニトリロトリ酢酸(ニトリロトリ酢酸を溶解させた後、KOHでpH6.0に調整)、1.0gのMnSO4・H2O、0.8gのFe(SO4)2(NH4)2・6H2O、0.2gのCoCl2・6H2O、0.2mgのZnSO4・7H2O、20.0mgのCuCl2・2H2O、20.0mgのNiCl2・6H2O、20.0mgのNa2MoO4・2H2O、20.0mgのNa2SeO4、20.0mgのNa2WO4。溶液は遮光し4℃で保存した。
【0047】
(ビタミン溶液の調製)
イオン交換水に以下の成分を溶解後、1Lにフィルアップした。2.0mgのビオチン、2.0mgの葉酸、10.0mgのピリドキシン塩酸塩、5.0mgのチアミン・HCl、5.0mgのリボフラビン、5.0mgのニコチン酸、5.0mgのカルシウム D-(+)-パントテン酸、0.1mgのビタミンB12、5.0mgのp-アミノ安息香酸、5.0mgのチオクト酸。溶液は遮光し4℃で保存した。
【0048】
(フルクトース溶液(200g/L)の調製)
フルクトースをイオン交換水と混合して200g/Lの濃度で調製し、バイアル瓶に分注した後、20分間ボイルした。その後、N2ガスを注入しながら氷冷し20分間冷却後、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉した。その後、オートクレーブ(121℃、15分)を行った後、室温保存した。
【0049】
(還元剤システイン(60g/L)の調製)
L-システイン・HCl・H2Oをイオン交換水と混合して60g/Lの濃度で調製し、バイアル瓶に分注した後、20分間ボイルした。その後、N2ガスを注入しながら氷冷し20分間冷却後、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉した。その後、オートクレーブ(121℃、15分)を行った後、遮光し室温保存した。培地使用前に1/50量を添加した。
【0050】
(還元剤Ti(III)クエン酸溶液の調製)
イオン交換水にクエン酸ナトリウム二水和物(11.76g)を加えて、200mLにメスアップした。20分間ボイルして脱気後、N2を注入しつつ氷中で20分間冷却した。その後、20%塩化チタン(III)水溶液(ナカライテスク)(10.6mL)を混合し、湯煎で沈殿を溶解させた飽和炭酸ナトリウム水溶液でpH6.0に調整後、予めN2を注入しておいた125mLバイアル瓶に80mLずつ分注した。さらにN2を3分間注入した後、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉した。オートクレーブ(121℃、15分)後に遮光し室温保存した。これを培地に対して1、2滴添加した。
【0051】
(ウラシル溶液(10mg/mL)の調製)
ウラシル(300mg)をジメチルスルホオキシド(DMSO)(30mL)に溶解した。バイアル瓶に移し、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉、遮光し室温保存した。
ウラシル溶液は、ウラシル要求性変異株(ΔpyrF株)培養時のみ培地に対して1/1000量を添加した。
【0052】
(モーレラ属細菌用エレクトロポレーション・バッファー(272mMスクロース溶液)の調製)
スクロースをミリQ水に溶解し、272mM溶液を調製した。20分間ボイルして脱気後、N2を注入しつつ氷中で20分間冷却した。ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉し、オートクレーブ(121℃、15分)後に室温保存した。
【0053】
(LB培地の作製)
10gのトリプトン(ナカライテスク)、5gの酵母エキス(ナカライテスク)、10gのNaClを1000mLのイオン交換水に溶かしてオートクレーブした。プレート作成時には寒天末を1.5%添加した。
【0054】
(2×YT培地の作製)
16gのトリプトン(ナカライテスク)、10gの酵母エキス(ナカライテスク)、5gのNaClを1000mLのイオン交換水に溶かしてオートクレーブした。プレート作成時には寒天末を1%添加した。
【0055】
(SOB培地の作製)
950mLのイオン交換水に対して、20gのトリプトン(ナカライテスク)、 5gの酵母エキス(ナカライテスク)、 0.5gのNaCl、及び10mLの250mM KClを溶解後、pHを7.0に調整し、イオン交換水で1000mLにメスアップした。オートクレーブ後、使用直前にオートクレーブ滅菌した2MMgCl2(5mL)を添加した。
【0056】
(Inoueトランスフォーメーションバッファーの調製)
まず以下の手順で、0.5MPIPES(piperazine-1,2-bis[2-ethanesulfonicacid])を準備した。PIPES(15.1g)をミリQ水(80mL)に溶解し、5NKOHを用いてpHを6.7に調整後、ミリQ水で100mLにメスアップした。その後、0.45μmフィルターで濾過滅菌し、-20℃で保存した。次に、以下の試薬をミリQ水(800mL)に溶解して、Inoueトランスフォーメーションバッファーを調製した。10.88gのMnCl2・4H2O、2.20gのCaCl2・2H2O、18.65gのKClを溶解後、0.5MPIPES(20mL)を添加し、ミリQ水で1000mLにメスアップした。その後、0.45μmフィルターで濾過滅菌し、-20℃で保存した。
【0057】
[使用機器]
本実施形態において使用した機器は以下の通りである。
インキュベーター
BR-43FH(タイテック):振とう培養(55℃、180rpm)
TVA660DA(アドバンテック):静置培養(55℃)
IS-61(ヤマト科学):静置培養(37℃)
遠心分離機 MX300(トミー精工) Centrifuge5410(エッペンドルフ)
吸光光度計 Ultrospec 3300pro(アマシャムバイオサイエンス):菌体濃度測定
DNA、RNA濃度測定 UV-1600(島津製作所):酵素活性測定
pHメーター F-21(堀場製作所):電極はCM057-BNC(CEMCO)を使用
PCR装置 PC808(アステック) GeneAmpPCR System 2400(パーキンエルマー)
ブロックインキュベーター BI-525A (アステック)
超音波破砕機 Digital Sonifier(ブランソン)
qRT-PCR Light Cycler 1.5(ロシュ・ダイアグノスティックス)
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)装置(詳細は後に説明する。)
ガスクロマトグラフィー(GC-MS)装置(詳細は後に説明する。)。
【0058】
HPLCのシステムは、以下の通りである。
PU-2080 Plus(HPLCポンプ)、RI-2031 Plus(RIディテクター)、CO-2065 Plus(カラムオーブン)、AS-2057 Plus(オートサンプラー)を用いた(いずれもJASCO)。移動相は0.1%(v/v)H3PO4を用い、0.7mL/分の流速で流した。分離カラムには、RSpakKC-811(Shodex)を用いた。また、ガードカラムとして、RSpak KC-G(Shodex)を分離カラムの前に設置した。カラムオーブンの温度は、60℃に設定した。測定時にはサンプルの上清に、内部標準として100mMのクロトン酸を含む0.2%(v/v)H3PO4を1:1で混合し、酢酸セルロース親水性フィルター0.20μm(Dismic(登録商標)-13CP)で濾過してから測定を行った。オートサンプラーのインジェクションボリュームは10μLとした。
【0059】
GC-MSのシステムは、Agilent 7000 GC/MS Triple Quad(Agilent社)を用いた。移動相はヘリウムを用い、0.7ml/minの流速で流した。分離カラムには、J&W GC columns DB-WAX (Agilent社)を用いた。分析は40℃で4分間保持した後、5℃/minで100℃まで加熱、さらに10℃/minで200℃まで加熱後、10分間保持することにより行った。注入口温度は250℃とした。
【0060】
[組換え細菌(モーレラ・サーモアセチカ)の作製]
(大腸菌の培養)
大腸菌をLB培地、2×YT培地及びSOB培地を使用し、37℃で培養した。カナマイシン耐性株のスクリーニングはカナマイシン(50μg/mL)を含むプレートを、クロラムフェニコール耐性株のスクリーニングにはクロラムフェニコール(10μg/mL)を含むプレートを使用した。
【0061】
(大腸菌コンピテントセルの作製)
ヒートショックによる形質転換に用いるコンピテントセルの作製は、井上法(Inoue et al., 1990, Gene 96: 23-28)を参考に、以下の手順で行った。まず、大腸菌を寒天入りLB培地に塗布し、37℃で1晩培養した。得られたシングルコロニーを2×YT(5mL)に植菌し、6~8時間振とう培養(37℃、280rpm)した。さらに、得られた培養液(2mL)をSOB培地(100mL)に植菌し、OD600=0.55程度になるまで振とう培養(18℃、120rpm)した。得られた培養液を50mlずつ分注し、10分間氷上静置した。10分後、遠心分離(2500×g、4℃)し、上清を取り除いた後、氷冷した Inoueトランスフォーメーションバッファー(16mL)で菌体ペレットをタッピングにより静かに懸濁した。懸濁後、氷上で10分間静置し、遠心分離(2500×g、4℃)した。遠心分離後、上清を取り除き、氷冷したInoueトランスフォーメーションバッファー(4mL)で菌体ペレットをタッピングにより静かに懸濁した。DMSO(ジメチルスルホオキシド)(300μL)を添加し、混合した後、適当量分注し、液体窒素により急速冷凍した。作製したコンピテントセルは-80℃で保存した。エレクトロポレーションによる形質転換に用いるコンピテントセルの作製は、上記と同様に培養した菌体を滅菌水にて2回洗浄後、菌体量と同量の10%グリセロールに懸濁し行った。作製したコンピテントセルは-80℃で保存した。
【0062】
(プラスミドの構築)
モーレラ・サーモアセチカ細菌の内在性ホスホアセチルトランスフェラーゼ発現遺伝子(PduL2)の破壊、及び外来のアセトン合成遺伝子(チオラーゼ、CoAトランスフェラーゼ、及びアセト酢酸デカルボキシラーゼの発現遺伝子)導入用のプラスミドpK18-ΔpduL2::acetoneは以下の手順で構築した。プライマーセットJK50、JK51を用いてG3PDプロモーターとそれに続く4つのアセトン合成遺伝子群をKOD plus ver.2(TOYOBO)を用いてPCR法により増幅した。ここで、4つのアセトン合成遺伝子群としては、Caldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼ(thl、遺伝子番号TTE0549:配列番号7)、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼ(ctfA及びctfBにコードされる2つのタンパク質による複合体ctfAB、遺伝子番号Tmel_1135:配列番号8及びTmel_1136:配列番号9)、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼ(adc、遺伝子番号CA_P0165:配列番号10)を用いた。プロトコルは添付のマニュアルに従った。鋳型となるDNAは人工遺伝子合成(GenScript)により用意し、それぞれの遺伝子の配列はモーレラ・サーモアセチカ細菌での発現に最適となるようコドン最適化を行ったものを用いた(thl:配列番号11、ctfA:配列番号12、ctfB:配列番号13、adc:配列番号14)。同様に、プライマーセットJK52、JK53を用いてpduL2の上流と下流それぞれ約1kbp、及びウラシル選択制のマーカーであるpyrFマーカーがpK18mobベクターにつながれた配列を同様にPCR法により増幅した。鋳型としてはpK18-ΔpduL2::ldh(Iwasaki et al.,2017, Appl.Environ. Microbiol. 83(8) e00247-17)を用いた。これら2つのPCR増幅DNA断片をIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)を用いてつなげ、大腸菌HST08株を形質転換することでクローニングした。得られたDNAコンストラクト(
図1(a)のpduL2::acetone導入用プラスミドを参照)はサンガーシーケンスによりPCRエラーなどがないことを確認した。参考として、得られたプラスミドにおけるpduL2上流からpduL2下流までの配列は、配列表に配列番号15として示す。
【0063】
(モーレラ・サーモアセチカへのアセトン合成遺伝子群導入)
Kita et al.,2013, J. Biosci.Bioeng. 115(4):347-352にて確立された方法に従いモーレラサーモアセチカ(ATC39073株)の形質転換を行った。構築したプラスミドpK18-ΔpduL2::acetoneは、モーレラサーモアセチカ(ATC39073株)のDNAメチラーゼ遺伝子を導入したプラスミドpBAD1281とともに大腸菌Top10株にエレクトロポレーション法により導入した。この大腸菌よりDNAを調整することでモーレラ・サーモアセチカ(ATC39073株)型にメチル化されたDNAを取得した。モーレラサーモアセチカ(ATC39073株)の形質転換法は、以下の点を改変した。ウラシル要求性をマーカーとして用いるため、菌株はΔpyrF株を用いた。菌体は、上述の基本培地に糖源として終濃度11mMフルクトースを添加し、47℃~55℃で培養、吸光度OD600の値が0.3~1.1程度となった培養から用意した。添加したDNA量は10~30μgとした。形質転換により得られたクローンはPCR法によってpduL2領域のDNAを増幅し、遺伝子導入により相当の大きさにサイズが変化したことにより確認した(
図1(a)及び(b)を参照)。
図1(b)に示すように、野生型(ここではΔpyrF株)では増幅サイズが960bpだが、遺伝子群の導入により4854bpにサイズが増大することが示された。
【0064】
以上のようにして、モーレラ・サーモアセチカを親株とし、内在性PduL2が欠損し、thl、ctfAB及びadcを発現する組換え株(pduL2::acetone)を得た。なお、この株は受託番号NITE P-03217として寄託されている。
【0065】
[組換え株のアセトン生成能の評価]
上記のようにして得られた組換え株(pduL2::acetone)のアセトン生成能を以下の通りに評価した。
【0066】
まず、モーレラ属が資化する糖の1種であるフルクトースを基質として、組換え株(pduL2::acetone)と、コントロールとして内在性PduL2の遺伝子座に、相同組換えにより外来のアセトン合成遺伝子の代わりに乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子ldhが導入されたpduL2::ldh株とを培養した。用いた培地は上述の基本培地であり、フルクトース濃度は2.0g/Lとし、培養温度は55℃とした。72時間の培養後にその培養上清を回収し、それぞれ培養上清及び市販のアセトン標品をHPLCにより解析し、それらの結果を比較した。
図2に示すように、pduL2::acetone株の培養上清において、標品のアセトンと同じ保持時間に検出されるピークを確認した。このピークはpduL2::ldh株では検出されないため、pduL2::acetone株に特異的なピークであり、pduL2::acetone株のアセトン生成を示すものである。
【0067】
さらに、これらの培養上清について、GC-MSによる解析も行った。その結果、
図3に示すように、アセトンを示す質量電荷比58のピークが、アセトン標品とpduL2::acetone株の培養上清で同じ保持時間に検出された。なお、pduL2::ldh株ではピークは検出されなかった。これらのピークについてMS/MS解析を行うとアセトンに特徴的な質量電荷比58、43のピークが検出された。これらの結果から本発明で構築したpduL2::acetone株はアセトンを生成しているといえる。
【0068】
次に、pduL2::acetone株について、炭素源としてフルクトースを加えた培養の菌体増殖、及び生産物の生成量の測定を経時的に行った。培養条件は上記HPLC及びGC-MS試験での培養条件と同様の条件とした。菌体増殖は吸光光度計による菌体濁度OD600をもとに菌体重量を算出して評価した。具体的に、OD600と乾燥菌体重量(dry cell weight)は正比例の関係にあり、OD600=1.0のとき0.383g/Lである(Iwasaki et al.,2017, Appl.Environ. Microbiol. 83(8) e00247-17)ため、関係式に基づき、測定したODより乾燥菌体重量を算出した。一方、生産物の測定はHPLCにより糖及び生産物濃度を経時的に測定した。その結果、
図4(a)に示すように、pduL2::acetone株の菌体重量は24時間まで増加を続け、その後、緩やかに低減した。これは、基質であるフルクトースを全て消費したためと考えられる。また、
図4(b)に示すように、培養開始から約20時間後にpduL2::acetone株は13.3mMのフルクトースを完全に消費し、アセトン19.6mMを生産した。副生物の酢酸は4.7mM生産された。以上の結果から、pduL2::acetone株は、糖を基質としてアセトンを生成でき、また、副生物として酢酸を生成することが示された。
【0069】
次に、pduL2::acetone株について、CO、H
2、CO
2から構成される合成ガスの存在下での菌体増殖、並びにアセトン、酢酸及びギ酸の生成量を経時的に測定した。測定方法は、上記試験と同様に、菌体増殖は菌体濁度OD600をもとに菌体重量を算出して評価し、生産物の測定はHPLCにより生産物濃度を経時的に測定した。まず、ヘッドスペースに注入したH
2とCOとの比が1:1(それぞれ0.4気圧)、CO
2が培地中の炭酸水素ナトリウム(2.0g/L)から供給される系で培養すると、pduL2::acetone株は、
図5(a)に示すように、菌体重量は60時間まで増加を続け、その後、緩やかに低減した。また、この系においてpduL2::acetone株は、
図5(b)に示すように、5.2mMのアセトンを生産し、7.0mMの酢酸を生産した。エネルギー源となるH
2を添加しない条件でも同様に測定を行ったところ、
図5(c)に示すように、水素添加時と同様に菌は増殖したが、
図5(d)に示すように物質生産は低下し、最終生産量はアセトン1.8mM、副生物の酢酸は4.2mMであった。また、COを添加しない条件でも測定を行い、ヘッドスペースにCO
2+H
2ガスを比1:4で合計2気圧注入し測定を行った。
図5(e)に示すように、この場合の菌体増殖はわずかであり、
図5(f)に示すように、アセトンの生産は1.8mM、酢酸は3.3mM生産した。この場合、ギ酸(formate)も生産物として蓄積したことから、ATPが不足したために固定したCO
2の代謝が途中からギ酸で停止したこと、及びATP不足が増殖が少なかった原因であることが考えられた。
【0070】
そこで、次に、CO
2+H
2に加えて少量のフルクトースを添加し、ATP生成を補い経時的に生産物を定量した。比較はCO
2+H
2培養にフルクトース4mMを添加した場合と、フルクトース4mMのみの場合で行った。CO
2+H
2培養にフルクトース4mMを添加した場合では、
図6(a)に示すように、菌体重量は24時間まで増加を続け、その後、緩やかに低減した。また、この系においてpduL2::acetone株は、
図6(b)に示すように、フルクトースを完全に消費し、アセトンの最終濃度は5.8mM、酢酸は5.3mMであった。一方、フルクトースのみで培養を行った場合、
図6(c)に示すように、菌体増殖はCO
2+H
2培養にフルクトース4mMを添加した場合と同様の結果であったが、
図6(d)に示すように、アセトン4.0mM、酢酸4.5mMであった。この場合も、フルクトースは完全に消費した。最終生産物量を比較するとCO
2+H
2を添加した場合は明らかに酢酸およびアセトンの生産量が増加していた。この生産物量増加はCO
2を資化して酢酸およびアセトンを合成したものに由来し、ATP生成が担保されれば副生物は酢酸のみでギ酸の蓄積はおこらないことが示された。
【0071】
以上から、本発明に係る組換え細菌によると、糖やCO等の炭素源からアセトンを高い効率で生成できることが示された。また、糖やH2の存在下ではATP生成が担保されて、より高い効率でアセトンを生成できて好ましいといえる。
【配列表】