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特許7535195イオンビーム装置、エミッタティップ加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-06
(45)【発行日】2024-08-15
(54)【発明の名称】イオンビーム装置、エミッタティップ加工方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 27/26 20060101AFI20240807BHJP
   H01J 37/08 20060101ALI20240807BHJP
   H01J 37/317 20060101ALI20240807BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20240807BHJP
【FI】
H01J27/26
H01J37/08
H01J37/317 D
H01J37/28 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2023546712
(86)(22)【出願日】2021-09-13
(86)【国際出願番号】 JP2021033543
(87)【国際公開番号】W WO2023037545
(87)【国際公開日】2023-03-16
【審査請求日】2023-11-09
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松原 信一
(72)【発明者】
【氏名】荒井 紀明
【審査官】小林 幹
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-181716(JP,A)
【文献】特開2013-084629(JP,A)
【文献】特開2013-200991(JP,A)
【文献】特開2010-114082(JP,A)
【文献】特開平07-240165(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/00 - 27/26
H01J 37/00 - 37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に対してイオンビームを照射することにより前記試料を観察または加工するイオンビーム装置であって、
針状の先端を持つエミッタティップ、
前記エミッタティップに対向して配置され前記エミッタティップから離れた位置に開口を有する引出電極、
前記エミッタティップの近傍に対してヘリウムガスを供給するとともに窒素ガスまたは酸素ガスのうち少なくともいずれかを供給するガス供給源、
前記エミッタティップと前記引出電極との間に電圧を印加することにより前記エミッタティップから前記イオンビームを照射させる電圧印加部、
前記イオンビームの電流量を測定する電流測定部、
前記ガス供給源から供給するガスの流量を調整するガス流量調整機構、
を備え、
前記電流測定部は、ヘリウムイオンビームの電流量、前記ヘリウムイオンビームの電流量の時間上昇率、または前記ヘリウムイオンビームの電流量の変動幅のうち少なくともいずれかを測定し、
前記イオンビーム装置は、前記電流測定部による前記ヘリウムイオンビームの測定結果にしたがって、前記ガス流量調整機構が供給する窒素ガスまたは酸素ガスの流量を調整する第1動作、または、前記電圧印加部が印加する電圧を調整する第2動作のうち、少なくともいずれかを実施することにより、前記エミッタティップを先鋭化し、
前記イオンビーム装置はさらに、前記エミッタティップを囲む隔壁を備え、
前記隔壁の一部は、前記引出電極によって構成されており、
前記イオンビーム装置はさらに、前記隔壁によって囲まれた空間の内部に対して突出することにより前記空間の内部に対してヘリウムガスを直接供給するヘリウムガス流路を備え、
前記イオンビーム装置はさらに、前記隔壁によって囲まれた空間の外部に対して窒素ガスを供給する窒素ガス流路を備え、
前記窒素ガス流路は、前記引出電極が有する開口を介して、前記空間の内部に対して窒素ガスを間接的に供給する
ことを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項2】
試料に対してイオンビームを照射することにより前記試料を観察または加工するイオンビーム装置であって、
針状の先端を持つエミッタティップ、
前記エミッタティップに対向して配置され前記エミッタティップから離れた位置に開口を有する引出電極、
前記エミッタティップの近傍に対してヘリウムガスを供給するとともに窒素ガスまたは酸素ガスのうち少なくともいずれかを供給するガス供給源、
前記エミッタティップと前記引出電極との間に電圧を印加することにより前記エミッタティップから前記イオンビームを照射させる電圧印加部、
前記イオンビームの電流量を測定する電流測定部、
前記ガス供給源から供給するガスの流量を調整するガス流量調整機構、
を備え、
前記電流測定部は、ヘリウムイオンビームの電流量、前記ヘリウムイオンビームの電流量の時間上昇率、または前記ヘリウムイオンビームの電流量の変動幅のうち少なくともいずれかを測定し、
前記イオンビーム装置は、前記電流測定部による前記ヘリウムイオンビームの測定結果にしたがって、前記ガス流量調整機構が供給する窒素ガスまたは酸素ガスの流量を調整する第1動作、または、前記電圧印加部が印加する電圧を調整する第2動作のうち、少なくともいずれかを実施することにより、前記エミッタティップを先鋭化し、
前記イオンビーム装置はさらに、前記ヘリウムイオンビームの電流量を検出して前記エミッタティップを加工する動作を制御する制御部を備え、
前記制御部は、前記エミッタティップの近傍に対してヘリウムガスを供給すると同時に、窒素ガスまたは酸素ガスを供給するように、前記ガス流量調整機構を制御することにより、前記窒素ガスまたは前記酸素ガスによって前記エミッタティップを先鋭化すると同時に、前記ヘリウムガスによって前記エミッタティップの先鋭度をモニタリングする
ことを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項3】
試料に対してイオンビームを照射することにより前記試料を観察または加工するイオンビーム装置であって、
針状の先端を持つエミッタティップ、
前記エミッタティップに対向して配置され前記エミッタティップから離れた位置に開口を有する引出電極、
前記エミッタティップの近傍に対してヘリウムガスを供給するとともに窒素ガスまたは酸素ガスのうち少なくともいずれかを供給するガス供給源、
前記エミッタティップと前記引出電極との間に電圧を印加することにより前記エミッタティップから前記イオンビームを照射させる電圧印加部、
前記イオンビームの電流量を測定する電流測定部、
前記ガス供給源から供給するガスの流量を調整するガス流量調整機構、
を備え、
前記電流測定部は、ヘリウムイオンビームの電流量、前記ヘリウムイオンビームの電流量の時間上昇率、または前記ヘリウムイオンビームの電流量の変動幅のうち少なくともいずれかを測定し、
前記イオンビーム装置は、前記電流測定部による前記ヘリウムイオンビームの測定結果にしたがって、前記ガス流量調整機構が供給する窒素ガスまたは酸素ガスの流量を調整する第1動作、または、前記電圧印加部が印加する電圧を調整する第2動作のうち、少なくともいずれかを実施することにより、前記エミッタティップを先鋭化し、
前記イオンビーム装置はさらに、
前記イオンビームの情報を用いて前記エミッタティップを加工する動作を制御する制御部、
前記エミッタティップを加熱する加熱部、
を備え、
前記制御部は、
前記ガス供給源から窒素ガスまたは酸素ガスを供給することにより前記エミッタティップを先鋭化する第1加工モード、
前記ガス供給源から水素ガスを供給するとともに前記エミッタティップを加熱することにより前記エミッタティップを先鋭化する第2加工モード、
を切り替えることができるように構成されており、
前記制御部は、前記第2加工モードを実施するよりも前に前記第1加工モードを少なくとも1回実施する
ことを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項4】
試料に対してイオンビームを照射することにより前記試料を観察または加工するイオンビーム装置であって、
針状の先端を持つエミッタティップ、
前記エミッタティップに対向して配置され前記エミッタティップから離れた位置に開口を有する引出電極、
前記エミッタティップの近傍に対してヘリウムガスを供給するとともに窒素ガスまたは酸素ガスのうち少なくともいずれかを供給するガス供給源、
前記エミッタティップと前記引出電極との間に電圧を印加することにより前記エミッタティップから前記イオンビームを照射させる電圧印加部、
前記イオンビームの電流量を測定する電流測定部、
前記ガス供給源から供給するガスの流量を調整するガス流量調整機構、
を備え、
前記電流測定部は、ヘリウムイオンビームの電流量、前記ヘリウムイオンビームの電流量の時間上昇率、または前記ヘリウムイオンビームの電流量の変動幅のうち少なくともいずれかを測定し、
前記イオンビーム装置は、前記電流測定部による前記ヘリウムイオンビームの測定結果にしたがって、前記ガス流量調整機構が供給する窒素ガスまたは酸素ガスの流量を調整する第1動作、または、前記電圧印加部が印加する電圧を調整する第2動作のうち、少なくともいずれかを実施することにより、前記エミッタティップを先鋭化し、
前記イオンビーム装置はさらに、前記イオンビームの情報を用いて前記エミッタティップを加工する動作を制御する制御部を備え、
前記制御部は、前記第1動作と前記第2動作を切り替えるように、前記ガス供給源、前記電圧印加部、および前記ガス流量調整機構を制御する
ことを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項5】
前記イオンビーム装置はさらに、
前記イオンビームを集束する集束レンズ、
前記イオンビームの径を絞り込むアパーチャ、
を備え、
前記電流測定部が前記ヘリウムイオンビームを測定するときにおける前記ヘリウムイオンビームの取り込み角度は、
前記引出電極の開口径、前記集束レンズの位置、前記アパーチャの位置、または前記アパーチャの開口径、
のうち少なくともいずれかによって、取り込み角度条件を制限されている
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項記載のイオンビーム装置。
【請求項6】
前記取り込み角度は、前記集束レンズの集束作用の強弱の変更により調整可能である
ことを特徴とする請求項記載のイオンビーム装置。
【請求項7】
前記イオンビーム装置はさらに、前記エミッタティップの周囲を真空排気する真空排気ポンプを備え、前記窒素ガス流路の先端は、前記引出電極の開口よりも前記真空排気ポンプの吸気口に近接して配置されていることを特徴とする請求項記載のイオンビーム装置。
【請求項8】
ガス電界電離イオン源が備えるエミッタティップを加工する方法であって、
前記エミッタティップの近傍へ窒素ガスまたは酸素ガスを供給するとともに前記エミッタティップに対して電圧を印加することにより前記エミッタティップを先鋭化するステップ、
前記エミッタティップの近傍へ水素ガスを供給するとともに前記エミッタティップを加熱することにより前記エミッタティップを先鋭化するステップ、
を有し、
前記水素ガスを用いて前記エミッタティップを先鋭化するステップの前に、前記窒素ガスまたは前記酸素ガスを用いて前記エミッタティップを先鋭化するステップを、少なくとも1回実施する
ことを特徴とする方法。
【請求項9】
前記方法はさらに、前記エミッタティップから発生する水素イオンビームを試料に対して照射することにより前記試料の観察画像を得るステップを有し、
前記水素ガスを用いて前記エミッタティップを先鋭化するステップにおいては、前記試料の観察画像を得るステップよりも高い温度に前記エミッタティップを加熱する
ことを特徴とする請求項記載の方法。
【請求項10】
前記ガス電界電離イオン源はさらに、前記エミッタティップの近傍のガスを溜め込むことにより前記エミッタティップの近傍を真空排気する真空排気ポンプを備え、
前記方法はさらに、前記窒素ガスまたは前記酸素ガスを用いて前記エミッタティップを先鋭化するステップの後であって、前記ガス電界電離イオン源を冷却するステップを実施する前に前記真空排気ポンプを再活性化するステップを有する
ことを特徴とする請求項記載の方法。
【請求項11】
前記窒素ガスまたは前記酸素ガスを用いて前記エミッタティップを先鋭化するステップを定期的に繰り返し実施することにより、前記エミッタティップの先鋭度を基準以上に保持することを特徴とする請求項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビーム装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電磁界レンズを通して電子ビームを集束し、これを走査しながら試料に照射して、試料から放出される荷電粒子(2次電子)を検出することにより、試料表面の構造を観察することができる。これを走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)と呼ぶ。
【0003】
FIB(Focused Ion Beam)装置の説明
【0004】
ガス電界電離イオン源(Gas Field Ionization Source:GFIS)は、FIB光学系とともにイオン源として用いることにより、試料の3次元構造を高分解能かつ短時間で評価することができる。GFISは、好ましくは先端の曲率半径を100nm程度以下にした金属製のエミッタティップに高電圧を印加し、先端に電界を集中させ、その付近にガスを導入し(イオン化ガス)そのガス分子を電界電離し、イオンビームとして引き出すものである。
【0005】
GFISを用いた走査イオン顕微鏡(GFIS-Scanning Ion Microscope:SIM)においては、液体金属のイオン源やプラズマ現象を用いたイオン源から放出されるイオンビームに比べて、GFISから放出されるイオンビームはエネルギー幅が狭く、光源サイズが小さいので、イオンビームを微細に集束することができる。ただしGFISを実用化に足る輝度とするためにはそのエミッタの先端を原子レベルで先鋭化する必要がある。
【0006】
GFISは、ガス分子を変更することによって引き出すイオン種を変更できることが特徴である。試料表面を観察したいときは質量の小さい水素やヘリウムを引き出し、試料表面を加工したいときにはネオンやアルゴンなど比較的に質量の大きいイオンを引き出すことにより、観察時の試料へのダメージを減少したり、逆に試料加工時の加工スピードを上げたりすることができる。
【0007】
GFISから放出されるイオンビームは、電子ビームに比べて加速電圧が同じであれば波長が短いという特徴がある。これにより回折の影響による収差が小さくなり、したがってビームの開き角を小さくすることができる。これは観察像(SIM像)の焦点深度が深くなることを意味する。これは、深さ方向において異なる位置にあるものを同時に観察する際に有利に働く性質である。また高加速で試料に照射しても試料内での散乱領域が狭く、極表面からのみの2次電子検出信号が得られるという特徴から、試料表面敏感性と高分解能を両立する観察が可能な点も特徴である。他方でSEMは通常試料表面敏感な像を得るために電子ビームの加速電圧を低減する必要があるが、一般に加速を低減すると分解能が低下するデメリットが存在する。
【0008】
GFIS-SIMにおける観察と加工機能を切り替える際には、FIB(Focused Ion Beam:FIB)とSEMが併設されたFIB-SEMとは異なり、唯一つのビームカラムから異なる種類のビームを放出する。したがって、異なるイオンビームを同一方向から試料に照射可能であり、かつ分解能を左右する重要な条件であるレンズと試料の距離(作動距離)を最適に保ったまま切り替え可能である。またイオンビームの輝度とエネルギー分散は、電界放出型電子銃から取り出される電子ビームのそれと同等である。したがってGFISは理論上、FIB-SEMに比べて高い分解能で試料の3次元構造を取得することができる。
【0009】
下記特許文献1は、『トリートメントによる原子の再配列によって、その最先端の結晶構造を再現性良く元の状態に戻すことができると共に、トリートメント後の引出電圧の上昇を抑制でき、長く使用し続けることができるエミッタを得ること。』を課題として、『先鋭化された針状のエミッタを作製する方法であって、導電性のエミッタ素材の先端部を電解研磨加工し、先端に向かって漸次縮径するように加工する電解研磨工程と、先端部を頂点とした先鋭部における先端の結晶構造を電界イオン顕微鏡で観察しながら、印加電圧を一定に保持した状態による電界誘起ガスエッチング加工により該先端をさらに先鋭化させ、その最先端を構成する原子数を一定数以下とさせるエッチング工程と、を備えている。』という技術を開示している(要約参照)。
【0010】
下記特許文献2には、『エミッタ先端の終端構造によらずイオン電流を安定的に得ることができる集束イオンビーム装置、および集束イオンビームの照射方法を提供する。』ことを課題として、『本発明の集束イオンビーム装置1は、先端が先鋭化されたエミッタ10と、エミッタを収容するイオン源室20と、イオン源室20にヘリウムよりも電離エネルギーが低いガスを供給するガス供給部11と、エミッタ10と引出電極14との間に引出電圧を印加して、エミッタ10の先端でガスをイオン化させてガスイオンとした後、引出電極14側に引き出す引出電源部15と、を備え、引出電源部15は、エミッタ10から放出されるイオンビームにおける電界イオン像の輝点の数を1つにするように引出電圧を印加することを特徴とする。』という技術を開示している(要約参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2020-161262号公報
【文献】特開2014-191864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述のようにGFISにおいて実用レベルのイオンビーム輝度を得るためには、エミッタの先端を原子数個で終端するほどの先鋭度を得る必要がある。この原子先鋭構造は例えば化学的に活性なガス等が吸着するなどして、突発的に破壊される可能性があり、その都度再現性良く先鋭度を再生する必要がある。その原子先鋭度をえる形成処理や再生処理の間は装置を用いて試料観察することが基本的にはできないので、装置の稼働率を上げるためには、これらの処理時間は基本的にごく短時間に終了させる必要がある。
【0013】
原子先鋭化処理としては様々な方法がある。例えば、(a)エミッタにあらかじめ電解エッチング処理によりある程度先鋭化されたタングステンの単結晶に対して、貴金属であるプラチナやイリジウム等を蒸着して、膜形成した後、真空内で加熱することによってエミッタ先端にピラミッド状の原子配列を形成する方法、(b)同様にタングステンの単結晶を電場中で加熱し原子配列を形成する方法、などがある。これらの方法は、タングステンの単結晶が加熱により熱力学的に安定な形状に自己形成する現象を用いている。一方で針状の金属単結晶を電場中で窒素ガスや酸素ガス等の反応ガスの化学的作用を用いてエミッタ側部を削るように除去することにより、先端に原子数個の構造を残すように先鋭化する手法(Field Chemical assist Etching:FCE)が存在する。この手法は自己形成型の手法と異なり、エミッタの原子先鋭度を得るためには電場の強さやガスの圧力などの調整が都度必要となるが、処理中はビームを放出させることができるので、後述する方法を用いて先端の形状を都度モニタリングすることができる。したがって、自己形成型の手法よりも処理の確実性の面で有利であると考えられる。
【0014】
エミッタ形状をモニタリングする手法としては、金属針の先端を原子レベルの分解能で観察可能な電界イオン顕微鏡(Field Ion Microscope、FIM)を用いることが最適である。この手法においてはエミッタに用いられるタングステン単結晶などの金属針に対向するように、マイクロチャンネルプレート(Micro Channel Plate:MCP)などに代表される位置敏感なイオン粒子検出器を配置する。さらに金属針に高電圧を印加したあと、ヘリウムガスなどのようなイメージガスを金属針周囲に導入することによって放出されるイメージガスイオンをMCPで検出することにより、金属針の先端の構造をモニタリングすることができる。FCE処理もFIMによるモニタリングを用いれば再現性良く繰り返し簡便に実行できる。
【0015】
ただしFIMによるモニタリングは上記のように位置敏感な検出器が必要不可欠である。またFCE処理などエミッタ先端の外側で起こるような現象をモニタリングするためには、エミッタから放出されるイメージガスイオンを広い角度で検出する必要がある。これらの要請は基本的にGFIS-SIMと両立することが難しい事項である。
【0016】
位置敏感な検出器として用いられるMCPは、多孔質構造を持つ特性上、真空装置内部に導入するとデガス現象により不純物ガスを真空装置内部に放出する可能性がある。GFISにおいて、不純物ガスの存在はイオンビームの不安定性要因となる。またMCPは非常に高価な素子であり、かつ有寿命品であるので、定期的な交換が必要であり、さらに高電圧絶縁構造や複数の電源の必要性もあり、これがGFIS-SIMの製造コストを大きく上昇させる要因となる。
【0017】
イオンビームの取り込み角に関しては、広くしようとするとGFIS-SIMの分解能に対して悪影響がある。MCPの位置としてエミッタティップと引出電極の真下を選択するとイオンビームの取り込み角は広くとることができるが、必然的にMCPの厚み分、引出電極とその次の静電レンズ素子との間の距離が延びるので、レンズ収差の影響が大きくなり分解能が劣化する。エミッタティップ、引出電極、静電レンズの構造の下に配置する場合は、静電レンズの開口径によって取り込み角が制限されることになる。この開口径を大きくしようとすれば当然取り込み角は広くなるが、レンズそのものの収差が大きくなり分解能が劣化する。MCPを挿抜する機構を設けることによってMCPの位置を調整することも考えられるが、その挿抜工程は装置のダウンタイムとなるので、装置の効率が低下することにつながる。
【0018】
FCEに使用する窒素ガスや酸素ガスはタングステンやイリジウム等の金属に対しての化学的作用が大きく加工スピードに優れる一方で、凝集温度がGFIS-SIMに用いられるヘリウムガスや水素ガスよりもかなり高いという欠点がある。GFISから放出されるイオンビーム輝度はエミッタの冷却温度に依存するが、使用するガスの凝集温度付近がイオンビーム輝度を高くするうえで最適になることが多い。つまりヘリウムや水素を放出するGFISの最適動作温度は窒素ガスや酸素ガスの凝集温度よりも低いことを意味する。具体的には約50K程度異なる。例えば水素イオンビームに対する最適温度において動作するGFISのエミッタ先端の原子構造に不具合が生じ、これをFCEにて再調整するために窒素ガスを使用するためには、動作温度を一度窒素ガスの凝集温度よりも高くしなくてはならない。GFISの昇温処理、またFCE後の降温処理には短く見積もっても半日程度は必要である。これにより装置ダウンタイムが増加するという課題がある。またもし輝度最適温度のまま窒素ガスを導入すると窒素ガスの凝集が生じ、FCEに必要な精密なガス圧の調整が著しく困難になるという課題がある。
【0019】
本発明は、上記のような課題に鑑みてなされたものであり、装置のダウンタイムを抑制しつつ、再現性良くエミッタ先端を原子レベルまで先鋭化することができるイオンビーム装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明に係るイオンビーム装置は、ヘリウムイオンビーム電流を測定し、その測定結果にしたがって、窒素ガスまたは酸素ガスの流量を調整する第1動作と、引出電圧を調整する第2動作とを切り替える。本発明に係るエミッタ加工方法は、窒素ガスまたは酸素ガスを用いてエミッタティップを先鋭化する第1加工モードと、水素ガスを用いて前記エミッタティップを先鋭化する第2モードとを切り替えることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係るイオンビーム装置によれば、MCPなどの位置敏感検出によらず、窒素を用いたFCE処理を実施することができる。これにより再現性良くエミッタを原子先鋭に形成することができる。また、試料上または光学系カラム内のファラデーカップなどによる電流検出器で測定される、ヘリウムイオンビーム電流の測定結果にしたがってエミッタ先端の先鋭度を判断できるので、装置ダウンタイムを低減することができる。本発明に係るエミッタ加工方法によれば、水素イオンビームを併用することにより、エミッタの先鋭化とモニタリングの双方において水素イオンビームを使用できる。これによりMCPなどの検出器を用いることなくモニタリングが可能であり、かつ装置の温度調整にともなうダウンタイムも抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施形態1に係るイオンビーム装置1000の構成図である。
図2】エミッタ電極11の周辺における部材配置を拡大した図である。
図3】エミッタ電極11の周辺における部材配置を拡大した別例を示す図である。
図4】エミッタ電極11の先端がFCE処理によって先鋭化される様子を示す模式図である。
図5】実際にFCE処理中に検出された、検出角度が適切に制限されたヘリウムイオンビームの電流量の推移を表したデータである。
図6】ヘリウムイオンビームの取り込み角が制限されている様子を示す、エミッタ電極11周辺の拡大図である。
図7】水素ガスを用いてFCE処理を実施する手順を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
<実施の形態1:装置構成>
図1は、本発明の実施形態1に係るイオンビーム装置1000の構成図である。ガス電界電離イオン源1は、針状の先端を有するエミッタ電極(エミッタティップ)11、引出電極13、冷凍機4、真空チャンバ17、真空排気装置16、ガス導入機構37と38、高電圧電源111と112、を備える。
【0024】
引出電極13は、エミッタ電極11と対向する位置に開口を有する。冷凍機4は、エミッタ電極11を冷却する。冷凍機4は冷凍機本体41を有し、冷凍機本体41は1stステージ412と2ndステージ413を有する。真空チャンバ17は、エミッタ電極11と1stステージ412と2ndステージ413を収容する。真空排気装置16は、真空チャンバ17を真空排気する。ガス導入機構37は、真空チャンバ17内部に水素ガスを供給する。高電圧電源111はエミッタ電極11に対して電圧を印加し、高電圧電源112は引出電極13に対して電圧を印加し、両者の間の電位差によってエミッタ電極11の先端近傍にガスを正イオン化する強電界を形成する。
【0025】
高電圧電源111と112は互いに独立して制御することができ、これによりイオンビームの加速電圧とイオン化電界形成のための引出電圧を独立に制御することができる。イオンビームの加速電圧をイオン化エネルギーの大きさにかかわらず自由に変化させるためには、引出電極13に接続する高電圧電源112は正負両極出力可能な電源もしくは高電圧電源111が供給する電位を基準として負極性の電源とすることが望ましい。これにより、水素イオンを引き出すために必要な引出電圧を下回ったイオンビームの加速電圧を設定することができる。
【0026】
ガス導入機構37は、ガスノズル371、ガス流量調整バルブ374、ガスボンベ376を有する。ガスノズル371は真空チャンバ17に対してガスを導入する。ガス流量調整バルブ374は、そのガス流量を調整する。ガスボンベ376は、水素ガスを収容している。
ガス導入機構38は、ガスノズル381、ガス流量調整バルブ384、ガスボンベ386を有する。ガスノズル381は真空チャンバ17に対してガスを導入する。ガス流量調整バルブ384は、そのガス流量を調整する。ガスボンベ386は、ヘリウムガスを収容している。
【0027】
ガス導入機構39は、ガスノズル391、ガス流量調整バルブ394、ガスボンベ396を有する。ガスノズル391は真空チャンバ17に対してガスを導入する。ガス流量調整バルブ394は、そのガス流量を調整する。ガスボンベ396は、窒素ガスを収容している。
【0028】
ガス電界電離イオン源1のエミッタ電極11からイオンビーム15を放出するためには、まずエミッタ電極11と引出電極13との間に高電圧を印加する。高電圧の印加によりエミッタ電極11の先端に電界が集中する。先端に形成された電界の強さが水素の正イオン化に足る強さとし、この状態でガス導入機構37を用いて水素ガスを含むガスを真空チャンバ17内に導入すれば、エミッタ電極11の先端から水素イオンビームが放出される。先端に形成された電界の強さがヘリウムの正イオン化に足る強さとし、この状態でガス導入機構38を用いてヘリウムガスを含むガスを真空チャンバ17内に導入すれば、エミッタ電極11の先端からヘリウムイオンビームが放出される。ネオン、アルゴン、クリプトン、窒素、酸素などのガスも同様に適する電圧調整とガス導入によってイオンビームを引き出すことができる。
【0029】
真空チャンバ17内は、ガス導入機構37、38、39によるガスの導入がない場合、10-7Pa以下の超高真空に保たれている。真空チャンバ17内を超高真空に到達するため、真空チャンバ17全体を高温に加熱するいわゆるベーキングをガス電界電離イオン源1の立ち上げ作業に含めてもよい。
【0030】
イオンビームの輝度を上昇するためには、冷凍機4によりエミッタ電極11の冷却温度を調節することが好ましい。冷凍機4は、ガス電界電離イオン源1の内部、エミッタ電極11、引出電極13などを冷却する。冷凍機4は例えばギフォードマクマホン型(GM型)やパルスチューブ型などの機械式冷凍機、または液体ヘリウムや液体窒素、固体窒素などの冷媒を用いることができる。図1では機械式の冷凍機を使用する場合の構成を例示した。機械式冷凍機は、冷凍機本体41が持つ1stステージ412と2ndステージ413からなる。2ndステージ413からの熱は伝熱手段416によってエミッタ電極11、引出電極13などに伝熱され、これらが冷却される。
【0031】
1stステージ412は2ndステージよりは冷却温度が低い。1stステージ412は熱輻射シールドを冷却するように構成してもよい。熱輻射シールドは冷凍機2ndステージを、さらに好ましくは、エミッタ電極11や引出電極13を、覆うように構成される。熱輻射シールドにより真空チャンバ17からの熱的な輻射による影響を小さくすることができ、これにより2ndステージ413、エミッタ電極11、引出電極13などを効率よく冷却することができる。
【0032】
伝熱手段416は熱導率の良い銅や銀や金などの金属で構成することができる。また熱的な輻射の影響を少なくするため、表面が金属光沢を持つような表面処理、例えば金メッキなどの処理をしてもよい。冷凍機4が生じる振動がエミッタ電極11に伝わるとイオンビームによる試料観察像の分解能の劣化等の影響があるので、伝熱手段416の一部を金属製のより線などのように振動が伝わりにくい柔軟性を持つ部品を用いて構成してもよい。同様の理由で、冷凍機4を用いて冷却したガスや液体を循環することにより、エミッタ電極11と引出電極13に熱を伝えるように、伝熱手段416を構成してもよい。このような構成を用いる場合、冷凍機4をイオンビーム装置1000本体から隔離された位置に設置することもできる。
【0033】
1stステージ412、または2ndステージ413、伝熱手段416に温度を調節する手段を設けてもよい。温度調節手段によりエミッタ電極11の温度をそれぞれのイオンビームの輝度が上昇するように調節することにより、試料観察時のシグナルノイズ比と試料加工時のスループットが向上する。
【0034】
イオンビームの輝度を上昇するためには、真空チャンバ17内に導入するガスの圧力を最適にするとよい。ガス圧値によってエミッタ電極11から放出される総イオン電流量が調整できる。水素ガスは、ガスボンベ376からガス流量調整バルブ374を通して流量を調節して導入される。真空排気装置16によるガス排気量と導入される水素ガスの流量とのバランスにより、真空チャンバ17内の圧力が決定される。ガス排気量は真空排気装置16と真空チャンバ17との間に流量調整バルブ161を設けて調節してもよい。
【0035】
図2は、エミッタ電極11の周辺における部材配置を拡大した図である。ガス導入機構37から真空チャンバ17内部全体にわたって高いガス圧でガスが導入されると、エミッタ電極11と真空チャンバ17との間に導入されたガスを介した熱交換が生じることにより、エミッタ電極11が十分に冷却されず、真空チャンバ17が結露するなどの不具合が生じる。またエミッタ電極11から放出されたイオンビーム15の光路上全体にわたって水素ガス圧が高い状態であると、イオンビーム15の一部が散乱されビームの集束性が悪くなるなどの不具合が生じる。このため真空チャンバ17に導入するガス圧としては約0.1Pa以下程度とするのが好適である。
【0036】
図3は、エミッタ電極11の周辺における部材配置を拡大した別例を示す図である。上記好適ガス圧よりもさらに導入圧力を上げる必要がある場合は、真空チャンバ17の内部にエミッタ電極11を囲む内壁として真空隔壁118を設けてもよい。真空隔壁118が引出電極13を囲むように構成し、引出電極13のイオンビーム15が通過する孔以外の部分の気密を保ち、ガスノズル371からガスをこの内壁の内部に導入すれば、エミッタ電極11の周辺のみガス圧が高めることができる。このような構成により、エミッタ電極11周辺のガス圧を約0.1Paから1Pa程度まで上げることができる。この上限は放電現象によるものであり、エミッタ電極11と接地電位を持つ構成部品、または引出電極13との間の電位差、ガスの混合比などにより導入できるガス圧は異なる。この内壁を冷凍機4により冷却してもよい。この内壁はエミッタ電極11を取り囲むので、エミッタ電極11と同程度に冷却されていれば真空チャンバ17からの熱的な輻射の影響を小さくすることができる。内壁内部が超高真空状態に保たれていれば、必ずしも真空チャンバ17全体が超高真空状態に保たれている必要はない。
【0037】
真空隔壁118および引出電極13は、絶縁碍子117によりエミッタ電極11とは電気的に絶縁されている。このような真空隔壁118を用いてエミッタ電極11を囲う構成にしたとき、FCE処理に用いる窒素ガスの導入に関してはガスノズル391の先端を真空隔壁118の外側に配置し、引出電極孔131より間接的にエミッタ電極11周囲に導入する方式が、エミッタ電極11の先端の加工の速度に係る窒素ガスの圧力を精緻に制御する上で好適となる。水素同様ノズルを内側に配置すると、内部の窒素導入圧を測定することが困難であるし、ガス流量調整バルブ394の操作量に対して、内部の窒素圧力の変動が大きくなるからである。さらに窒素ガスの圧力の制御の観点ではガスノズル391の先端が真空排気装置16による真空排気口により近い構成が好適である。これにより流量調整バルブ394の操作によるエミッタ電極11周囲の圧力変化がより反映されやすくなる。
【0038】
エミッタ電極11から放出されるイオンビーム15は非常に指向性が高いので、エミッタ電極駆動機構18によってエミッタ電極11の位置や角度を、プローブ電流151の集束のために有利な条件になるように調整できるようにしてもよい。エミッタ電極駆動機構18はユーザが手動で調整できるように、またはエミッタ電極駆動機構コントローラ181によって自動で調整できるように構成してもよい。
【0039】
イオンビーム装置1000は、ガス電界電離イオン源1、ビーム照射カラム7、試料室3を備える。ガス電界電離イオン源1から放出されたイオンビーム15がビーム照射カラム7を通り試料室3の内部の試料ステージ32の上に設置された試料31に照射される。試料31から放出された2次粒子は2次粒子検出器33で検出される。
【0040】
ビーム照射カラム7は、集束レンズ71、アパーチャ72、偏向器731、対物レンズ76を備える。集束レンズ71、偏向器731、対物レンズ76は、それぞれ集束レンズ電源711、偏向器電源736、対物レンズ電源761により電圧が供給される。偏向器の電極は必要に応じて4極、8極、16極など電場を生じる複数の電極で構成することができる。この電極の数に応じて、各偏向器の電源の極数を増加する必要がある。必要に応じてビーム照射カラム7内の偏向器の数は増やしてもよい。その分電圧を供給する電源も増やしてもよいのは言うまでもない。
【0041】
イオンビーム15は集束レンズ71により集束され、アパーチャ72によりプローブ電流151のようにビーム径を制限し、対物レンズ76により試料表面で微細な形状になるようさらに集束される。偏向器731は、レンズによる集束の際の収差を小さくなるような軸調整や、試料上でのイオンビーム走査、ファラデーカップ19にビームを投入する際などに用いられる。ファラデーカップ19に投入されたイオンビーム電流は電流計191によって測定され数値化される。上記のような電流測定は試料室3にファラデーカップ35を設けることによっても行うことができる。この際には試料ステージ32の駆動機構によって、ファラデーカップ35をイオンビーム15の照射位置に移動することによってファラデーカップ35にビームを投入することができる。ファラデーカップ35に投入されたイオンビーム電流は電流計351によって測定され数値化される。
【0042】
ビーム照射カラム7は真空ポンプ77を用いて真空排気される。試料室3は真空ポンプ34を用いて真空排気される。ガス電界電離イオン源1とビーム照射カラム7の間およびビーム照射カラム7と試料室3の間は必要に応じて差動排気構造にしてもよい。つまりイオンビーム15が通過する開口部を除いて互いの空間が気密に保たれるように構成してもよい。このように構成することにより、試料室3に試料が導入される際、発生する残留ガスがガス電界電離イオン源1に流入する量が減り、影響が少なくなる。また逆にガス電界電離イオン源1に導入されるガスが試料室3に流入する量が減り、影響が少なくなる。
【0043】
真空ポンプ34としてはたとえばターボ分子ポンプ、イオンスパッタポンプ、非蒸発ゲッターポンプ、サブリメーションポンプ、クライオポンプなどが用いられる。必ずしも単一である必要はなく上記のようなポンプを複数組み合わせてもよい。また後述するガス導入機構38と連動して、ガスノズル381からガス導入があるときのみ真空ポンプ34を動作するよう装置を構成するか、または排気量を調整するよう真空ポンプ34と試料室3の間にバルブを設けてもよい。
【0044】
イオンビーム装置1000は、ガス電界電離イオン源1のエミッタ電極11や試料室3内部に設置した試料31などが振動して、試料の観察や加工の性能を劣化しないように、例えば防振機構61およびベースプレート62からなる装置架台60の上に設置するように構成してもよい。防振機構61は例えば空気ばねや金属ばね、ゲル状の素材、ゴム等を用いて構成してよい。また図示はしていないが、イオンビーム装置1000全体または一部を覆う装置カバーを設置してもよい。装置カバーは外部からの空気的な振動を遮断、または減衰できる素材で構成するのが好ましい。
【0045】
試料室3には試料交換室(図示せず)を設けてもよい。試料交換室では試料31を交換するための予備排気を可能なように構成すると、試料交換の際に試料室3の真空度の悪化の度合いを低減することができる。
【0046】
高電圧電源111、高電圧電源112、集束レンズ電源711、対物レンズ電源762、偏向器電源736、は演算装置によって出力電圧や出力電圧の周期などを自動で変更し、イオンビーム15の走査範囲、走査速度、走査位置などを調整できるように構成してよい。また演算装置によってエミッタ電極駆動機構コントローラ181を自動で変更できるように構成してよい。演算装置には制御条件値をあらかじめ保存しておき、必要な時にすぐに呼び出してその条件値に設定できるように構成してよい。
【0047】
<実施の形態1:エミッタ先鋭化のための手法>
GFISを用いる場合においては、エミッタ電極11を先鋭化するに際して、上述のような課題がある。GFIS-SIM本体とは別にFIM装置を用意し、エミッタ電極11の原子先鋭構造をそちらの装置で準備した後に、GFIS-SIM装置に移し替える方法も考えられる。この手法においてはFIM装置の真空環境で作成した原子先鋭構造を持つエミッタ電極11を一度大気暴露してからGFIS-SIMに移し替える必要が発生する。原子先鋭構造はこの大気暴露の際に必ずしも保持されるとは限らない。さらに移し替えに成功して、原子先鋭構造がGFIS-SIM内で達成されたとしても、その構造が破壊された際には再生処理が必要になり、エミッタ電極11の交換が余儀なくされる。装置の真空度を、ベーキングを用いて向上したり、エミッタ電極11の冷却を冷凍機本体41で再度行う時間を鑑みると、この手法は現実的とは言えない。
【0048】
本発明はこのような状況を鑑みてなされたものであって、本願発明者は、以下のような条件にしたがってFCE処理を実行することにより、観察イオンビームの分解能を損なわず、安定的に繰り返しエミッタ電極11の原子先鋭構造を形成できることを見出した。
【0049】
エミッタ電極11の周囲にガスボンベ386からヘリウムを流量調整バルブ384による流量調整後、ガスノズル381を介して導入する。図示していないがガス圧測定機によってガス電界電離イオン源1内部の圧力を測定し、その測定値を使って流量調整バルブ384の調整を自動実施してもよい。エミッタ電極11の処理前にエミッタ電極11と引出電極13の間に高電圧電源111、および高電圧電源112を用いてそれぞれの電極に高電圧を印加し(引出電圧)、エミッタ電極11の先端に正の強電界を生じさせることによりエミッタ電極11の先端の原子を電界蒸発と呼ばれる現象で初期形状を整える処理を初期に実施してもよい。電界蒸発による処理により、エミッタ電極11の先端はその電界の大きさによってある程度決まった形状に整えることができる。この処理によりFCE処理の均一性をある程度高めることができる。
【0050】
電界蒸発処理の後はヘリウムイオンの電流量をファラデーカップ19もしくはファラデーカップ35を介して測定する。ヘリウムイオンの電流量測定の際には引出電圧を変更することにより、その依存性を把握する。このヘリウムイオン電流の引出電圧の依存性によりエミッタ電極11の電界の値を間接的に把握することが可能になる。
【0051】
この後、エミッタ電極11の周囲にガスボンベ396からFCE処理ガスとして窒素ガスを流量調整バルブ394による流量調整後、ガスノズル391を介して導入する。ガス圧測定機377によってガス電界電離イオン源1内部の圧力を測定し、その測定値を使って流量調整バルブ394の調整を自動実施してもよい。このときヘリウムガスの供給も止めずそのままエミッタ電極11の周囲に供給し続けてよい。エミッタ電極11先端の電界はヘリウム電流の引出電圧の依存性により決定してよい。具体的にはエミッタ電極11の先端120に窒素ガスが到達できない程度、かつ先端120においてヘリウムイオンは生成される程度には電界を強くする。さらに窒素ガスはエミッタシャンク121に到達可能でエミッタ電極11を構成する金属原子と反応できる程度の電界になるように高電圧電源111および高電圧電源112を調整する。
【0052】
従来であればMCP等の位置敏感な検出器を用いてエミッタ電極11の先端をモニタリングすることによりFCE処理を制御することが必須であったが、GFIS-SIM本体の中でそれを実施するのは困難である。ここで本願発明者等は、適切にその放射角が制限されたヘリウムイオンビームの電流量をファラデーカップ19もしくはファラデーカップ35においてモニタリングすることにより、FCE処理を制御可能であることを見出した。つまりヘリウムイオンビームの電流量とエミッタ電極11の先端先鋭度との間に以下に記すような密接な関係があることを初めて見出したのである。
【0053】
図4は、エミッタ電極11の先端がFCE処理によって先鋭化される様子を示す模式図である。FCE処理開始直後、つまり電界蒸発処理直後のエミッタ電極11の先端はその電界蒸発処理時の電界の強さに応じた該半球形形状を形成しているので、電界の強さが均一となる(図4左図)。これにより、ヘリウムイオンの放出はエミッタ先端表面に均一的に発生する。そのため取り込み角内の電流量は比較的小さくなる。換言すればイオン化されるヘリウムガスの供給を一定とすれば、エミッタ電極11の先端120においてイオン化される電流の総量はそのガス圧でおおむね律速されることになるので、イオン化される電界強度がエミッタ先端でどのように分布しているかが、イオン電流密度に影響を与える。
【0054】
FCE処理が進行するとエミッタシャンク121の個所において図4右図のように変形が生じる。このFCE加工箇所122では引出電圧を印加しても、電界が弱くヘリウムイオンビームのイオン化が発生しない。このため、供給が限られているヘリウムガスの消費、すなわちヘリウムイオンの発生は先端先鋭部123付近に集中する。これにより取り込み角が制限され、通過したヘリウムイオンビームの電流量はFCE処理が進行に伴い上昇する。
【0055】
本発明者はさらに、ヘリウムイオンビームの電流量とエミッタ電極11の先端の形状の関係は、先端原子の蒸発現象とも関係していることを見出した。FCE処理時、引出電圧を保持しておくと、図4右図のようにエミッタ電極11の先鋭化が進行する。それに伴い先端先鋭部123の電界が強くなってくる。この電界がエミッタ電極11を構成する金属原子固有の電界蒸発強度よりも大きくなると、先端先鋭部123の金属原子の電界蒸発が始まる。先端の金属原子の電界蒸発は先端構造の凹凸の変化、すなわち換言すれば先端電界の電界分布の変化を生じる。
【0056】
先端の電界の分布が変化するとヘリウムイオンビーム電流の変化が生じうる。本願発明者等は、FCE処理によってエミッタシャンク121が減少し、先端120部の先鋭化に伴う先端先鋭部123が形成され、さらにはその先端先鋭部123のさらなる先鋭化が進行することにより、先端先鋭部123の構造の凹凸の変化がヘリウムイオンビーム電流の変化に与える影響が大きくなることを見出した。先端先鋭部123の先鋭度として、例えばこの部分の原子が1000個で構成される先鋭度であれば、原子1個の電界蒸発による構造の変化は0.1%程度の影響であるが、原子が100個で構成される先端先鋭度であれば1%、原子が10個で形成される先端先鋭度であれば10%の影響が生じることになる。原子の個数の変化が与える影響は、上記の構造の変化による電界の大きさの変化だけにとどまらず、イオン化されるヘリウムガスの供給量が変化することによる影響も非常に大きい。
【0057】
これらすべての結果として、先端先鋭度が増すに従い、電界蒸発による原子構造の変化、および構成する原子数の変化により、ヘリウムイオンビームの電流量に与える影響は大きくなっていく。
【0058】
図5は、実際にFCE処理中に検出された、検出角度が適切に制限されたヘリウムイオンビームの電流量の推移を表したデータである。FCE処理開始直後は、上述のようにヘリウムイオンビーム電流は比較的小さい。FCE処理が進行するにつれて、ヘリウムイオンビーム電流が全体的に増加するとともに、電流変動幅も増加する。
【0059】
図5に示すヘリウムイオンビームの電流量の推移においては、時刻74分で評価された電流変動幅154は1pA以下であり微小であるのに対して、FCE処理が進んだ100分以降の電流変動幅155は1pA以上変動している。
【0060】
単位時間当たりの電流上昇率も電流変動と同様の理由で変化する。つまり窒素ガスなどのFCE処理ガスを一定に保てば、先鋭化が進んだ状況では上昇率はより高くなる。例えば図5の50分から75分までの電流上昇量は約0.5pAであるが75分から100分までの電流上昇量は約2pAである。
【0061】
先鋭化が進むにしたがって電流値が増えるのは、イオンビームの形状が先鋭化されることにより、検出面に対する電流密度が増すことが1因であると考えられる。換言すると本発明においては、検出面の取り込み角はこのような電流密度の増加が生じる程度に制限されていることが望ましい。取り込み角を制限するための具体例については後述する。
【0062】
先鋭化が進むにしたがって電流変動幅が増えるのは、エミッタ電極11が電界蒸発するのにともなって、イオンビームを強く出射するのに適した原子構成がエミッタ電極11の表面に現れる時点と、イオンビームがより弱く出射される原子構成が現れる時点とが、繰り返されながら先鋭化が進行するからであると考えられる。換言すると、電流変動幅が大きいときは、エミッタ電極11の電界蒸発も進行していると推定される。すなわち先鋭化が進行していると推定することができる。
【0063】
図6は、ヘリウムイオンビームの取り込み角が制限されている様子を示す、エミッタ電極11周辺の拡大図である。ヘリウムイオンビーム電流とエミッタ電極11の先鋭度との間の図5に示すような関係は、ヘリウムイオンビームの取り込み角が制限されているとき顕著に表れる。図6はそのための1構成例を示す。電圧リード線114、電圧リード線115、フィラメント119については実施形態2で説明する。
【0064】
引出電極13から、集束レンズ71もしくはアパーチャ72に至るどこかの位置において、ビームを適切に絞る必要がある。さらにこれらの素子の位置関係に基づいて引出電極13の開口径、集束レンズ71、もしくはアパーチャ72の開口径を適切に設定する必要がある。イオンビーム検出器の検出面における取り込み角は、エミッタ電極11の位置における出射角度に換算したとき、100mrad以下に制限されていることが肝要である。例えば集束レンズ71の上部に別途ビームを制限する開口を設けてもよい。このようにすれば集束レンズに直接イオンビームを照射する必要がなくなり、汚染による性能劣化の影響を軽減することができる。ここでの汚染は、ビームが集束レンズに当たることによって、その照射個所に意図しない物質が堆積するといったことを想定している。仮に堆積した物質が絶縁体であれば、帯電現象によりビームの集束径が大きくなる、ビームが振動するなどといった性能劣化が想定される。
【0065】
集束レンズ71より下部、例えばアパーチャ72により取り込み角を制限する場合は、集束レンズ71に印加する電圧の値によって、その取り込み角を調整することが可能である。具体的には、集束レンズ71によるビームのフォーカス位置がアパーチャ72より下部にある場合、集束レンズ71の集束作用を弱め、フォーカス位置を下にさげれば、取り込み角は狭く、集束作用を強め、フォーカス位置を上にあげれば取り込み角は広くなる傾向にある。このような調整により、検出されるヘリウムイオンビームの電流量の変動とエミッタティップ先端の構造変化との間の相関を調整することが可能となる。つまり検出角度の広い位置に分布するイオンビーム電流量はエミッタティップの先端よりも外側からの放出量を主に反映しており、逆に検出角度の狭い位置に分布するイオンビーム電流量はエミッタティップ先端付近からの放出量を反映している。集束レンズ71の集束作用の変更により、イオンビームの変動に基づき、先端付近の変化をより鋭敏にとらえるのか、エミッタ先端全体の変化をとらえるのか、を変更できる。このような調整により、FCE処理の進度確認の精度が向上する効果を奏する。
【0066】
図5に示す対応関係を用いて、FCE処理の終了判定や処理速度の調整をしてもよい。具体的には電流の絶対値、電流の上昇率、電流の振動幅、その周期をファラデーカップ19、もしくはファラデーカップ35に接続された、電流計191、もしくは電流計351、によって測定し、検出する。この結果をFCE制御装置113に送信する。FCE制御装置113は高電圧電源111、高電圧電源112、バルブ調整機構393、を制御することによってFCE処理の速度をはやめたり、遅くしたり、終了したりすることができる。さらに具体的には流量調整バルブ394の開度を開く方向に調整し、エミッタ電極11の周辺の窒素ガス圧を上昇すればFCE処理の速度を上げることになる。逆に流量調整バルブ394の開度を閉じる方向に調整し、エミッタ電極11の周辺の窒素ガス圧を下降せしめれば、FCE処理の速度を下げることになる。エミッタ電極11と引出電極13との間の電位差を狭める方向、またはゼロに電源を調整すればFCE処理を終了することができる。例えば図5の例では経過時間95分付近のところで窒素ガス圧を低下させている。この時間付近から電流変動の周期が遅くなっていることがわかる。これは窒素ガス圧の低下によりFCE処理の速度が落ち、先端原子の電解蒸発の頻度が低下したことによる。
【0067】
ヘリウムイオンビームの電流の絶対値は、ガス導入機構38を用いてエミッタ電極11周辺に導入されたヘリウムガスの圧力におおむね比例する。すなわち、例えば図5の電流の絶対値などの数値には本質的な意味はなく、ヘリウムの導入圧力、引出電圧などの条件、ヘリウムイオンビームの取り込み角などの装置の設計値によって異なることに留意されたい。
【0068】
<実施の形態1:まとめ>
本実施形態1に係るイオンビーム装置1000は、エミッタ電極11を窒素ガスまたは酸素ガスによって先鋭化加工しているとき、ヘリウムイオンビームの電流値によってその先鋭度をモニタリングする。これにより、モニタリングの結果に応じて、ガス供給量や引出電圧などを調整することができる。したがって、先鋭度をモニタリングするためにMCPなどの検出器をイオンビーム装置1000内にあらかじめ配置しておく必要はない。さらに、モニタリングのために同検出器をイオンビーム装置1000内へ挿抜するための工程などは必要ないので、モニタリングにともなう装置ダウンタイムは発生しない。
【0069】
本実施形態1に係るイオンビーム装置1000は、ヘリウムイオンビームの取り込み角を制限することにより、ヘリウムイオンビーム電流とエミッタ電極11の先鋭度との間に図6のような関係を成立させる。これにより、ヘリウムイオンビーム電流とエミッタ電極11の先鋭度との間の関係を正確に特定することができるので、先鋭度のモニタリング精度も向上する。
【0070】
<実施の形態2>
本発明の実施形態2では、イオンビーム装置1000がエミッタ電極11を先鋭化加工するために用いるガスとして、実施形態1に加えて水素ガスを併用する。その他の構成は実施形態1と同様である。
【0071】
FCEに使用する窒素ガスや酸素ガスは、タングステンやイリジウム等の金属に対しての化学的作用が大きく加工スピードに優れる一方で、凝集温度がGFIS-SIMに用いられるヘリウムガスや水素ガスよりもかなり高いという欠点がある。GFISから放出されるイオンビーム輝度はエミッタの冷却温度に依存するが、使用するガスの凝集温度付近がイオンビーム輝度を高くするうえで最適になることが多い。つまりヘリウムや水素を放出するGFISの最適動作温度は窒素ガスや酸素ガスの凝集温度よりも低いことを意味する。例えば水素イオンビームに対する最適温度付近において動作するGFISのエミッタ先端の原子構造に不具合が生じ、これをFCEにて再調整するために窒素ガスを使用するためには、動作温度を一度窒素ガスの凝集温度よりも高くしなくてはならない。GFISの昇温処理、またFCE後の冷却処理には短く見積もっても半日程度は必要である。これにより装置ダウンタイムが増加するという課題がある。もしこの昇温処理や冷却処理を省略し輝度最適温度のまま窒素ガスを導入すると窒素ガスの凝集が生じ、FCEに必要な精密なガス圧の調整が著しく困難になるという課題がある。
【0072】
本願発明者は、FCE効果がない、もしくは小さいと考えられていた水素ガスにおいても加熱処理と併用することにより、エミッタ電極11の先端の加工に資するFCE処理速度を得ることができることを見出した。
【0073】
水素ガスはその最適動作温度(具体的には50K程度以下)において、エミッタティップに使用される金属(具体的にはタングステン、イリジウム、白金、金などの金属)に対してエミッタシャンク121を加工する効果は小さい。それ故に安定的に水素イオンビームをGFISより生成することができる。
【0074】
水素ガスにおいてFCE処理を実施するためには、エミッタ電極11周辺にガス導入機構37を用いて水素ガスを導入し、高電圧電源111、高電圧電源112、を用いて引出電圧を印加する。先端にてエミッタ電極11を構成する金属が電界蒸発する閾値の電界程度に保持する。この電界は典型的には水素ガスをイオン化する電界よりも大きく、先端において水素ガスのイオン化はあまり多く発生しない。さらに電圧リード線114、電圧リード線115を通じてフィラメント119に電流を流す。電流源としては、高電圧電源111に内蔵してフローティングの直流電源(図示せず)を設置してよい。フィラメント119はジュール熱により加熱し、これによりエミッタ電極11も加熱される。これにより50K以下に冷却されていたエミッタ電極11が例えば室温以上に昇温される。温度の上昇により水素ガスによるFCE処理が窒素ガスと同様に進行する。
【0075】
この加熱による水素FCE処理の最中においてはエミッタ電極11が加熱されているので、ヘリウムイオンビーム電流によるモニタリングが困難である。加熱により電流量が減少するため検出が困難になるためである。そこでフィラメント119に導入する電流を間欠的に停止することによってエミッタ電極11の加熱を停止し、これによりエミッタ電極11の先端の様子をヘリウムイオンビームの電流量でモニタリングできる。間欠的に電流印加が停止している間、エミッタ電極11は再度冷凍機4によりエミッタベース116を介して冷却され50K以下に冷却される。エミッタ電極11が冷却されれば、ヘリウムイオンビームの電流量は復帰し、エミッタ電極11の先端のモニタリングに再度使用することができる。
【0076】
ヘリウムイオンビームによる構造モニタリングの代わりに、水素イオンビームの電流量を用いた先鋭度のモニタリングも可能である。この方法においては、導入するべきガス種が水素ガス1種類になり手法が非常に簡便となる。水素イオンビームを用いてモニタリングする際には、水素イオンビームを用いたFCE処理よりも、エミッタ電極11を低い温度に戻す必要がある。この冷却は上記のように冷凍機4によって実現できる。
【0077】
水素イオンビームによるFCE処理モードと水素イオンビームの電流による構造モニタリングモード、さらには水素イオンビームによる試料31の表面観察モードなど、必要な電源の電圧などの設定値をFCE制御装置113などに記憶し、高電圧電源111、高電圧電源112、さらには高電圧電源111に内蔵されたフィラメント加熱用の直流電源などの設定を瞬時に切り替えるように装置を構成してよい。
【0078】
図7は、水素ガスを用いてFCE処理を実施する手順を説明するフローチャートである。水素ガスを用いたFCE処理がエミッタ電極11の加熱により可能になったとしても、フィラメントが赤熱する温度以下(具体的には約400℃以下)ではその処理の速度は窒素ガスや酸素ガスを用いたFCE処理に及ばない。そのため図7のフローチャートに示すように、エミッタ電極11の交換直後時や、形状が大きく破損され、水素ガスエッチングによる加工では先端が再生不可であった時など、大きくエミッタ電極11の構造の先鋭度を変更しないとならないときは窒素ガスまたは酸素ガスを用いたFCE処理を実施し(S701)、軽微な先端構造破損など小さくエミッタ電極11の先鋭度を変更したい時には水素ガスを用いたFCE処理を実施する(S702)。これにより、装置のダウンタイムを大幅に低減する効果を奏する。水素エッチングによる加工回数が上限値N_limitを超えた場合は(S703:yes)、エミッタ電極11が寿命に達したとみなし、交換などを適宜実施する。エミッタ電極11を最初に加工する際(S701を最初に実施するとき)も窒素ガスまたは酸素ガスを用いることが望ましい。
【0079】
窒素ガスによるFCE処理を用いず水素ガスによるFCE処理のみを用いる場合には、加工の処理速度を窒素ガスFCE処理に近づけるために、少なくともフィラメントが赤熱する温度近傍600℃程度まで上昇することが必要になる。この場合非常に精密なフィラメントの温度制御が必要になるので、フィラメント119の抵抗値を用いて温度を制御するように、高電圧電源111に内蔵された直流電源を構成してよい。
【0080】
窒素ガスによるFCE処理を実施する際には、観察用途で水素イオンビームを引き出す場合に比べてエミッタ電極11の温度を高くするのが好適である。なぜなら窒素ガスの凝集温度は水素ガスよりも高く、水素ガスに対するGFISの動作最適温度では窒素ガスが表面に吸着しやすくなり、装置内部に残留しやすくなるためである。
【0081】
窒素FCE処理によりエミッタを処理した後は、観察用の水素イオンビームの電流値を安定化する上で、窒素ガスはイオン源から除去するのが好適である。もし真空排気装置16として非蒸発ゲッター剤を用いた物理吸着や化学吸着作用を原理とした排気手段や、チタンサブリメーション方式の排気手段など、ため込み式で再活性化が必要な形式の排気手段を用いる場合は、窒素ガスFCE処理の直後にこの再活性化を実施するのが好適である。FCE処理による窒素ガス導入によりこれら真空排気手段に窒素ガスがため込まれることが1つの理由である。もう1つの理由としては、FCE処理のためエミッタ電極11の温度を上昇しているので、再活性化の際に放出される残留ガスが、真空チャンバ内部に配置される部品の表面に吸着される可能性が低下するためである。したがって、窒素ガス(または酸素ガス)によってエミッタ電極11を先鋭化した後、イオンビーム装置1000(あるいはガス電界電離イオン源1)を冷却する工程の前に、この再活性化を実施することが望ましい。
【0082】
<実施の形態2:まとめ>
本実施形態2に係るイオンビーム装置1000は、窒素ガスまたは酸素ガスを用いたFCE処理と併用して、水素ガスを用いたFCE処理を用いる。これにより、フィラメントのみの加熱でFCE処理が可能となり、窒素ガスFCE処理の前後に必要であったGFIS全体の温度調整処理を省略することができる。したがって装置ダウンタイムを抑制することができる。
【0083】
本実施形態2に係るイオンビーム装置1000は、窒素ガスまたは酸素ガスを用いたFCE処理によるエミッタ先鋭化を、例えば適当な周期で定期的に実施してもよい。これにより平常時は水素イオンビームを用いた先鋭化を実施しつつ、定期メンテナンス時などの適当なタイミングで先鋭度を基準値以上のレベルに維持できる。
【0084】
<本発明の変形例について>
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0085】
以上の実施形態において、FCE制御装置113は、FCE処理に限らずイオンビーム装置1000の全体動作を制御してもよい。FCE制御装置113は、その機能を実装した回路デバイスなどのハードウェアによって構成することもできるし、その機能を実装したソフトウェアをCPU(Central Processing Unit)などの演算装置が実行することによって構成することもできる。
【0086】
以上の実施形態において、エミッタ電極11を構成する原子の配向方向と、イオンビームの出射方向とを揃える調整処理を、各イオンビームの照射前に実施してもよい。この調整はエミッタ電極駆動機構18またはエミッタ電極駆動機構コントローラ181がエミッタ電極11の位置や傾きを調整することによって実施できる。
【符号の説明】
【0087】
1:ガス電界電離イオン源
11:エミッタ電極(エミッタティップ)
111:高電圧電源
112:高電圧電源
113:FCE制御装置
13:引出電極
16:真空排気装置
17:真空チャンバ
37:ガス導入機構
38:ガス導入機構
4:冷凍機
1000:イオンビーム装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7