(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-08
(45)【発行日】2024-08-19
(54)【発明の名称】チタン銅板、プレス加工品およびプレス加工品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20240809BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20240809BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240809BHJP
【FI】
C22C9/00
C22F1/08 B
C22F1/00 602
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630F
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2019190605
(22)【出願日】2019-10-17
【審査請求日】2022-10-17
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】柿谷 明宏
【審査官】田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-356726(JP,A)
【文献】国際公開第2007/015549(WO,A1)
【文献】特開2014-084514(JP,A)
【文献】特開2015-224356(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0013241(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第101748308(CN,A)
【文献】欧州特許出願公開第02196548(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00-9/10
C22F 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレス加工後に熱処理を行うノンミルハードン材であって、Tiを2.0~5.0質量%含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなり、
圧延平行方向及び圧延直角方向のばね限界値が150~400MPa、圧延平行方向の0.2%耐力が700~900MPa
、圧延面における{220}結晶面のX線回折強度ピークの最大強度と半価幅の比が15×10
2
~25×10
2
であるチタン銅板。
【請求項2】
導電率が3~8%IACSである請求項
1に記載のチタン銅板。
【請求項3】
第3元素としてFe、Co、Al、Mg、Si、Ni、Cr、Zr、Mo、Nb、Mn、B、及びPからなる群から選択された1種以上を合計0.5質量%以下で更に含有する請求項1
又は2に記載のチタン銅板。
【請求項4】
熱処理後の圧延平行方向の0.2%耐力が850MPa以上である請求項1~
3の何れか一項に記載のチタン銅板。
【請求項5】
JIS H3130(2012)に準拠した最小曲げ半径(MBR)と厚さ(t)の比(MBR/t)が3.0以下である請求項1~
4の何れか一項に記載のチタン銅板。
【請求項6】
請求項1~
5の何れか一項に記載のチタン銅板を備えたプレス加工品。
【請求項7】
請求項1~
5の何れか一項に記載のチタン銅板を、プレス加工及び熱処理をこの順に行うことを含むプレス加工品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明はチタン銅板、プレス加工品およびプレス加工品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では携帯端末などに代表される電子機器の小型化が益々進み、該電子機器に使用されるコネクタは狭ピッチ化及び低背化の傾向が著しい。小型のコネクタとなればピン幅が狭く、小さく折り畳んだ加工形状となるため、使用する部材には、必要なバネ性を得るための高い強度と、過酷な曲げ加工に耐えることのできる、優れた曲げ加工性が求められる。この点、チタンを含有する銅合金(以下、「チタン銅」と称する。)は、比較的強度が高く、応力緩和特性にあっては銅合金中最も優れているため、特に強度が要求される信号系端子用部材として、近年、需要が増大してきている。
【0003】
チタン銅は、一般的に時効硬化型の銅合金であることが知られている。具体的には、溶体化処理によって溶質原子であるTiの過飽和固溶体を形成させ、その状態から低温で比較的長時間の熱処理を施すと、スピノーダル分解によって母相中にTi濃度の周期的変動である変調構造が発達し、強度が向上する。かかる強化機構を基本としてチタン銅の更なる特性向上を目指して種々の手法が研究されている。
【0004】
この際、問題となるのは、強度と曲げ加工性が相反する特性である点である。すなわち、強度を向上させると曲げ加工性が損なわれ、その一方で、曲げ加工性を重視すると所望の強度が得られないということである。そこで、Fe、Co、Ni、Siなどの第3元素を添加する手法(特許文献1)、母相中に固溶する不純物元素群の濃度を規制し、これらを第二相粒子(Cu-Ti-X系粒子)として所定の分布形態で析出させて変調構造の規則性を高くする手法(特許文献2)、結晶粒を微細化させるのに有効な微量添加元素と第二相粒子の密度を規定する手法(特許文献3)などの観点から、チタン銅の強度と曲げ加工性の両立を図ろうとする研究開発が従来なされてきた。
【0005】
一般に、チタン銅の製造過程において第二相粒子が粗大化しすぎると、曲げ加工性が損なわれる傾向にあることが知られている。そのため、従来の最終溶体化処理においては、材料を所定の温度に加熱した後、水冷等によりできるだけ速い冷却速度で材料の冷却を行い、冷却過程での第二相粒子の析出を抑える手法が行われていた。例えば特許文献4では、特性のばらつきを抑制するために、材料の熱処理後に200K(200℃)/秒以上の冷却速度で材料を速やかに冷却する例が開示されている。また、特許文献5では、曲げ加工性を損なわずに、高強度化を図るため、圧延方向に対し直角方向にW曲げ試験を行った際、所望の曲げ半径比となるチタン銅合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-231985号公報
【文献】特開2004-176163号公報
【文献】特開2005-97638号公報
【文献】特開2001-303222号公報
【文献】特開2002-356726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1~5に記載されるような従来のチタン銅合金をプレス加工等によりコネクタ等の電子部品を製造する場合、強度が高い材料では曲げ加工後のスプリングバックが大きく、プレス後の寸法が目標寸法に収まらない場合があった。また、プレスによる歪の導入で、ばね限界値が低下する問題があった。そのため、プレス後に熱処理を行うことで高い強度と導電率が得られる合金として、CuにBeを添加した材料が知られており、例えばC17200(1.8~2.0質量%Be-0.2質量%以上のNi+Co、残部Cu)が、CDA(Copper Development Association)に登録されている。
【0008】
溶体化後に仕上冷間圧延を行った後の比較的強度が低い材料に対し、プレス加工を行って所望の寸法を得たのち、熱処理を行い強度およびばね限界値を向上させるタイプの材料(以下、「ノンミルハードン材」という)のチタン銅板を用いることもまた有効と考えられる。特願2018-161952号では、熱処理後のばね性及び熱伸縮率を制御することで、プレス加工後に熱処理を行った際の寸法精度を改善したチタン銅板が記載されているが、熱処理を行う前のプレス加工時におけるスプリングバックの影響については未だ十分な検討がなされていない。スプリングバックは、材料の0.2%耐力が高いほど大きくなるため、0.2%耐力を低くするとスプリングバックは改善する一方で、材料の0.2%耐力が低いと、熱処理を行った後の0.2%耐力も良好とならず、ばね材として問題が生じる場合がある。
【0009】
上記課題を鑑み、本開示は、プレス加工後のスプリングバックが小さく、熱処理後の強度が良好なチタン銅板及びこれを備えたプレス加工品およびプレス加工品の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、所定の組成を有し、圧延平行方向及び圧延直角方向のばね限界値及び圧延平行方向の0.2%耐力が調整されたノンミルハードン材のチタン銅板が有効であることを見出し、本開示に至った。
【0011】
以上の知見を基礎として完成した本発明の実施の形態は一側面において、プレス加工後に熱処理を行うノンミルハードン材であって、Tiを2.0~5.0質量%含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなり、圧延平行方向及び圧延直角方向のばね限界値が150~400MPa、圧延平行方向の0.2%耐力が700~900MPaであるチタン銅板である。
【0012】
本発明の実施の形態は別の一側面において、上記チタン銅板を備えたプレス加工品である。
【0013】
本発明の実施の形態は更に別の一側面において、上記チタン銅板を、プレス加工及び熱処理をこの順に行うことを含むプレス加工品の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、プレス加工後のスプリングバックが小さく、熱処理後の強度が良好なチタン銅板及びこれを備えたプレス加工品およびプレス加工品の製造方法が提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の実施の形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施の形態に限定されて解釈されるべきものではなく、本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて種々の変更が可能であることは勿論である。
【0016】
[1.チタン銅板]
本発明の実施の形態に係るチタン銅板は、Tiを2.0~5.0質量%含有し、残部が銅及び不可避的不純物からなるものであって、圧延平行方向(RD)及び圧延直角方向(TD)のばね限界値がそれぞれ150~400MPaであり、圧延平行方向の0.2%耐力が700~900MPaであるチタン銅板であり、プレス加工後に熱処理を行うことにより材料の強度を向上させるノンミルハードン材である。以下、各構成について好適な態様を説明する。
【0017】
(Ti含有量)
溶体化処理によりCuマトリックス中へTiを固溶させ、時効処理により微細な析出物を合金中に分散させることにより、強度を上昇させる観点から、Ti含有量は2.0~5.0質量%とする。特に、Ti含有量は、チタン銅板の熱処理後に十分な強度を得るという観点から、好ましくは2.5質量%以上であり、より好ましくは2.7質量%以上である。Ti含有量は、熱間圧延において材料の破断を抑制し、曲げ加工性を良好なものとするために好ましくは4.5質量%以下であり、より好ましくは3.5質量%以下である。
【0018】
(第3元素)
チタン銅板は、プレス加工後のスプリングバックを小さくし、プレス加工後の熱処理後の強度を有意に向上させる目的で、所望により、銅及びチタン以外に、所定の第3元素を含有させることができる。好適な実施の態様においては、第3元素としてFe、Co、Al、Mg、Si、Ni、Cr、Zr、Mo、V、Nb、Mn、B、及びPからなる群から選択された1種以上を合計0.5質量%以下含有させてもよい。ただし、これらの元素の合計含有量は0、つまり、これら元素を含まなくてもよい。第3元素は、例えば、0.01~0.5質量%、好ましくは0.01~0.45質量%、さらに好ましくは0.05~0.3質量%の範囲で含有させて、使用することができる。第3元素の添加によって、チタン銅の時効硬化を改善することができるが、第3元素を添加しないチタン銅もまた、本発明の優れた効果を奏するものとなっている。
【0019】
また、Feの好ましい添加量は0.5質量%以下であり、より好ましい添加量は0.25質量%以下である。Coの好ましい添加量は0.5質量%以下であり、より好ましい添加量は0.1質量%以下である。Alの好ましい添加量は0.5質量%以下であり、より好ましい添加量は0.1質量%以下である。Mgの好ましい添加量は0.1質量%以下であり、より好ましい添加量は0.05質量%以下である。Siの好ましい添加量は0.1質量%以下であり、より好ましい添加量は0.05質量%以下である。Niの好ましい添加量は0.5質量%以下であり、より好ましい添加量は0.1質量%以下である。Crの好ましい添加量は0.1質量%以下であり、より好ましい添加量は0.05質量%以下である。Zrの好ましい添加量は0.1質量%以下であり、より好ましい添加量は0.05質量%以下である。Moの好ましい添加量は0.5質量%以下であり、より好ましい添加量は0.3質量%以下である。Vの好ましい添加量は0.1質量%以下であり、より好ましい添加量は0.05質量%以下である。Nbの好ましい添加量は0.1質量%以下であり、より好ましい添加量は0.05質量%以下である。Mnの好ましい添加量は0.5質量%以下であり、より好ましい添加量は0.1質量%以下である。Bの好ましい添加量は0.1質量%以下であり、より好ましい添加量は0.05質量%以下である。Pの好ましい添加量は0.5質量%以下であり、より好ましい添加量は0.1質量%以下である。なお、上述の通り、第3元素は、本発明の課題を解決し得る程度に当業者が技術常識に基づいて適宜添加し得るものであり、上記の添加量に限定されないことは勿論である。
【0020】
(厚み)
製品の厚み、つまり板厚(t)は0.02~1.5mmであることが好ましい。特に板厚に制限はないが、板厚が大きすぎると、曲げ加工が困難になる。
【0021】
(0.2%耐力)
本発明の実施の形態に係るチタン銅板は、プレス加工等の曲げ加工後に熱処理を行って強度を向上させるタイプのノンミルハードン材であり、熱処理後に0.2%耐力が向上する銅合金板である。ばね材として用いられることを考慮すると、本発明の実施の形態に係るチタン銅板の圧延平行方向の0.2%耐力の下限値としては、700MPa以上であることが好ましく、750MPa以上がより好ましく、775MPa以上が更に好ましい。一方、チタン銅板の圧延平行方向の0.2%耐力が高すぎるとプレス加工後のスプリングバックが大きくなり、曲げ加工性が悪化する場合がある。曲げ加工性の維持およびプレス加工後のスプリングバックをより効果的に小さくするためには、チタン銅板の上限値としては、900MPa以下が好ましく、875MPa以下がより好ましく、850MPa以下が更に好ましい。
【0022】
なお、本発明の実施の形態に係るチタン銅板にプレス加工を施した後、強度及びばね限界値を向上させるための熱処理を行った後の圧延平行方向の0.2%耐力は、850MPa以上を示すことが好ましく、900MPa以上を示すことがより好ましく、950MPa以上を示すことが更に好ましい。本発明の実施の形態に係るチタン銅板によれば、プレス加工後の熱処理後においても十分な強度を有するチタン銅板が得られる。
【0023】
(ばね限界値)
プレス加工後のスプリングバックを小さくするためは、ばね限界値が低いほど好ましく、特に下限は制限されない。典型的には、圧延平行方向及び圧延直角方向のばね限界値をいずれも150MPa以上とする。一方、スプリングバックを小さくするためには、圧延平行方向及び圧延直角方向のばね限界値の上限値としていずれも400MPa以下が好ましく、375MPa以下がより好ましく、350MPa以下が更に好ましい。特に、本実施形態に係る銅合金板に熱処理等の時効または回復処理を行わずとも、0.2%耐力が高いほど圧延直角方向のばね限界値は高くなるため、制御が重要である。なお、ばね限界値の測定方法は、JIS H3130(2012)に規定されているモーメント式試験を実施する。
【0024】
(圧延面における{220}結晶面のX線回折強度ピークの最大強度と半価幅の比)
本発明の実施の形態に係るチタン銅は、圧延面における{220}結晶面のX線回折強度ピークの最大強度(cps)の半価幅(°)に対する比(以下、「{220}面のアスペクト比」ともいう。)が15×102~25×102である。
【0025】
本発明においては、X線回折装置を用いて、以下の測定条件で圧延面の回折強度曲線を取得し、{220}結晶面のX線回折強度ピークの最大強度とその半価幅を測定し、その比を算出することにより、{220}面のアスペクト比を求める。一般的には、{220}結晶面のX線回折強度ピークの最大強度が現れる入射角(2θ)は75°付近である。
・ターゲット:Cu管球
・管電圧:25kV
・管電流:20mA
・走査速度:5°/min
・サンプリング幅:0.02°
・測定範囲(2θ):60°~90°
【0026】
{220}面のアスペクト比は、転位密度を間接的に評価する指標である。{220}面のアスペクト比は転位密度が高くなるにつれて下降し、逆に、転位密度が低くなるにつれて上昇する傾向にある。本発明者は鋭意研究の結果、{220}面のアスペクト比が15×102~25×102であるときにプレス後のスプリングバックが小さく、プレス加工後の寸法精度も良好となることを見出した。{220}面のアスペクト比が高すぎるとスプリングバックが大きくなる。また、{220}面のアスペクト比が低すぎると熱処理後の強度が低くなるため、ばね材として好ましくない。{220}面のアスペクト比は好ましくは16×102~24×102であり、より好ましくは17×102~23×102である。
【0027】
(導電率)
導電率は、3~8%IACSであることが好ましい。導電率は、プレス加工後の熱処理で強度を向上させるためのTiの固溶を間接的に測定する指標であり、導電率が低いほど固溶量が多くなるため、熱処理後の強度は高くなる。下限値として好ましくは3%IACS以上であり、より好ましくは3.5%IACS以上であり、さらに好ましくは4.0%IACS以上である。また、導電率は、熱処理後の0.2%耐力の確保という観点から、好ましくは8%IACS以下であり、より上限値として好ましくは7%IACS以下であり、さらに好ましくは6%IACS以下である。 なお、導電率は、JIS H0505に準拠して測定する。
【0028】
(曲げ加工性)
本発明の実施の形態に係るチタン銅板は、JIS H3130(2012)に準拠した最小曲げ半径(MBR)と厚さ(t)の比(MBR/t)が3.0以下であり、より好ましくは1.0%以下であり、さらに好ましくは0.5%以下である。本発明の実施の形態に係るチタン銅板によれば、曲げ加工性が良好なチタン銅板が得られる。
【0029】
[2.チタン銅板の製造方法]
チタン銅板の一般的な製造プロセスでは、まず溶解炉で電気銅、Ti等の原料を溶解し、所望の組成の溶湯を得る。そして、この溶湯をインゴットに鋳造する。チタンの酸化損耗を防止するため、溶解及び鋳造は真空中又は不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。その後、熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理の順で所望の厚みおよび特性を有する板に仕上げる。溶体化処理後には、熱処理時に生成した表面酸化膜を除去するために、表面の酸洗や研磨等を行ってもよい。また、高強度化のために、溶体化処理後に冷間圧延を行ってもよい。その後、プレスメーカーにてプレスおよび熱処理を行い、所望の特性および形状を得る。
【0030】
本発明に係るチタン銅板は、特に、溶体化処理、仕上圧延、さらに仕上げ圧延後の形状矯正の工程を適切な条件で実施することにより製造可能である。以下に、好適な製造例を工程毎に順次説明する。
【0031】
1)インゴット製造
溶解及び鋳造によるインゴットの製造は、基本的に真空中又は不活性ガス雰囲気中で行う。溶解において添加元素の溶け残りがあると、強度の向上に対して有効に作用しない。よって、溶け残りをなくすため、FeやCr等の高融点の第3元素は、添加してから十分に攪拌したうえで、一定時間保持する必要がある。一方、TiはCu中に比較的溶け易いので第3元素の溶解後に添加すればよい。従って、Cuに、第3元素としてFe、Co、Al、Mg、Si、Ni、Cr、Zr、Mo、V、Nb、Mn、B、及びPよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計0.5質量%以下含有するように添加し、次いで第2元素としてTiを2.0~5.0質量%含有するように添加してインゴットを製造することが望ましい。但し、第3元素の添加量は、0.05質量%以上が好ましい。なお、CuにTiと第3元素とを添加する順序は、特に限定されるものではない。
【0032】
2)均質化焼鈍及び熱間圧延
インゴット製造時に生じた凝固偏析や晶出物は粗大なので均質化焼鈍を行うことにより、できるだけ母相に固溶させて小さくし、可能な限り無くすことが望ましい。これは曲げ割れの防止に効果があるからである。具体的には、インゴット製造工程後には、材料温度を900~970℃に加熱して3~24時間均質化焼鈍を行った後に、熱間圧延を実施するのが好ましい。液体金属脆化を防止するために、熱間圧延前及び熱間圧延中は材料温度を960℃以下とするのが好ましい。
【0033】
3)溶体化処理
その後、冷間圧延と焼鈍を適宜繰り返してから、溶体化処理を行うのが好ましい。本発明においては、溶体化温度は750~900℃であることが好ましい。上記溶体化温度は、再結晶が十分であり、Tiを母相中に固溶させるのに十分である。時効後の強度向上の観点から下限値として750℃以上が好ましく、775℃以上がより好ましく、790℃以上が更に好ましい。一方、溶体化温度が高いほど金属組織が粗大化し、0.2%耐力が700MPa未満となる上、曲げ性の悪化を招くため、上限値として900℃以下が好ましく、875℃以下がより好ましく、850℃以下が更に好ましい。このときの昇温速度は、極力速くすることが好ましい
【0034】
一方で、この溶体化処理時の冷却速度を調整し、溶体化後の冷却時に析出核を生成させることが特に重要である。冷却速度は50℃/sec以上300℃/sec未満であることが好ましい。上記冷却速度は、析出が抑制され核の生成が適度なものとなり、その後の冷間圧延時の転位密度に影響し、{220}面のアスペクト比が15×102~25×102となり、プレス加工時のスプリングバックが小さくなる。冷却速度が50℃/sec以下になると{220}面のアスペクト比が高くなり、ばね限界値が高く、スプリングバックが大きくなる。そのため、下限値として50℃/sec以上が好ましく、75℃/sec以上がより好ましく、100℃/sec以上が更に好ましい。また、冷却速度が300℃/sec以上だと{220}面のアスペクト比が低くなり、圧延直角方向のばね限界値が高くなり、スプリングバックが大きくなる。
【0035】
上記冷却速度は、析出核の生成を促すことが重要であるため、上限値として300℃/sec未満が好ましく、275℃/sec以下がより好ましく、250℃/sec以下が更に好ましい。ここで、平均冷却速度とは、例えば冷却開始時の温度が750℃の場合、から100℃まで冷却するのに要した時間(冷却時間)を計測し、(750-100)(℃)/冷却時間(秒)によって算出した値(℃/sec)をいう。
【0036】
4)仕上圧延
溶体化処理後に温間による仕上圧延(以下、「温間圧延」ともいう。)を行う。好適な実施の態様において、温間圧延の加工度(圧下率)は、10~50%であることが好ましい。上記加工度は、0.2%耐力を700MPa以上にするという観点から、下限値として10%以上が好ましく、15%以上がより好ましく、20%以上が更に好ましい。ただし、上記加工度は、0.2耐力を900MPa以下に調整しスプリングバックを小さくするために、上限値として50%以下が好ましく、45%以下がより好ましく、40%以下が更に好ましい。加工度RはR(%)=((圧延前の厚み-圧延後の厚み)/圧延前の厚み)×100で定義される。
【0037】
(仕上圧延後のカール)
冷間圧延後の材料にカール(垂下カール)をつけることもまた重要である。カールは冷間圧延時の材料に接触する上下のワークロールの大きさ(直径)を制御し、圧延平行方向における垂下カールを30mm~70mmとする。垂下カールが30mm以上だと、その後のテンションレベラーによる形状矯正後に圧延平行および圧延直角方向のばね限界値が小さくなる。一方、垂下カールが70mm以上となると、導入される歪が大きくなり、圧延直角方向のばね限界値が高く、プレス後のスプリングバックが大きくなる。冷間圧延後の垂下カールは好ましくは30mm~65mm、より好ましくは30~60mm以下である。垂下カールを制御する方法として、上記以外にも上下のワークロールの速度を別々に制御する異周速圧延、冷間圧延時の1パス加工度を低くすることによるスキンパス圧延等によっても同様の効果が得られる。なお、通常、意図的に垂下カールをつけずに圧延を行った場合のカール量は10mm未満である。
【0038】
本実施形態において、垂下カールは以下の手順で求める。試験対象となる条材から、圧延方向に平行な長手方向に500mm×圧延方向に直角な幅方向に10mmの長さをもつ細長形状の測定用サンプルを切り出し、このサンプルの長手方向の一端を把持し、他端を下方へと垂下し、この他端の鉛直線に対する反り量を測定し、これを垂下カールとする。なお、本発明においては垂下カールを上記のように測定することとしているが、圧延方向に平行な長手方向の長さが500~1000mmで、圧延方向に直角な幅方向に10~50mmの長さをもつ細長形状のサンプルであれば、垂下カールの測定結果はほとんど変わらない。
【0039】
5)形状矯正
仕上圧延で発生させた垂下カールに対し、テンションレベラーで形状矯正を行う。形状矯正によって圧延とは逆向きの歪が入り、バウシンガー効果が発生し、圧延直角方向のばね限界値が低くなる。形状矯正後の垂下カールは15mm以下にすることが好ましい。下限は0であるが、圧延直角方向のばね限界値を低くするために垂下カールの上限は15mm、好ましくは12.5mm以下、さらに好ましくは10mm以下である。通常、形状矯正の目的でテンションレベラーに材料を通板する際の材料の伸び率は0.1~1.0%程度であるが、本製造方法では伸び率が1.5~3.0%になるように高張力を付与して通板する。
【0040】
なお、当業者であれば、上記各工程の合間およびテンションレベラー工程後に適宜、表面の酸化スケール除去のための研削、研磨、ショットブラスト酸洗および脱脂等を行なうことができることは理解できるであろう。
【0041】
[3.プレス加工品の製造方法]
上述の製造方法で製造されたチタン銅板を、プレスメーカーにてプレス加工および時効処理(熱処理)によって所望の特性および形状を得る。例えば、本発明の実施の形態に係るチタン銅板に、プレス加工および時効処理をこの順で実施する。プレス加工および時効処理は、典型的な条件で実施される。時効処理の温度は360~420℃、時効処理時間は、0.5~4時間とするのが好ましい。なお 、プレス加工品は、上述の製造方法で製造されたチタン銅板を備える。
【実施例】
【0042】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0043】
[チタン銅の製造]
各実施例および各比較例のチタン銅板を製造に際しては、活性金属であるTiが第2元素として添加されることから、溶製には真空溶解炉を用いた。また、本発明で規定した元素以外の不純物元素の混入による予想外の副作用が生じることを未然に防ぐため、原料は比較的純度の高いものを厳選して使用した。
【0044】
表1に記載の濃度のTiを添加し、場合により表1に記載の第3元素を更に添加して、残部が銅及び不可避的不純物の組成を有するインゴットに対して950℃で3時間加熱する均質化焼鈍の後、900~950℃で熱間圧延を行い、板厚10mmの熱延板を得た。面削による脱スケール後、冷間圧延を行った。その後、表1に記載の材料温度及び冷却速度で溶体化および水冷を行った。具体的には、電気炉に試料を入れ、材料温度を熱電対で測定しつつ、表1に記載の材料温度に到達した時点で炉から取り出し水槽または所定の温度に保持した炉内に入れ冷却した。なお、電気炉に設置された熱電対で材料温度を測定した。また、水冷以外の冷却速度(℃/sec)は熱電対で測定した材料温度について溶体化温度から最終温度100℃となるまでの冷却時間から求めた。その後、酸洗による脱スケール後、最終圧延として仕上圧延を開始する際に、表1に記載の加工度および圧延後のカールになるように加工度および材料に接するワークロールの直径を制御し、さらにテンションレベラーで所定のカールになるように形状矯正を行い板厚0.15mmの材料を作製した。
【0045】
上記のように作製した各試験片について、以下の条件で特性評価を行った。結果を表2に示す。
【0046】
[成分]
各試験片について合金元素濃度をICP-質量分析法で分析した。その結果、添加した元素の組成比と実質的に同じであった。
【0047】
[0.2%耐力]
JIS Z2241(2011)に従い、引張試験機を用いて圧延平行方向の0.2%耐力を測定した。
【0048】
[MBR/t]
JIS H3130(2012)に準拠して、曲げ軸が圧延方向と同一方向であるBW(Badway)方向のW曲げ試験を行い、W字型の金型を用いて曲げ半径を変化させ、割れの発生しない最小曲げ半径(MBR)と厚さ(t)の比(MBR/t)を求めた。
【0049】
[導電率]
試験片の長手方向が、圧延平行方向になるように試験片を採取し、JIS H0505に準拠し四端子法により20℃での導電率を測定した。
【0050】
[{220}面のアスペクト比]
{220}面のアスペクト比は、X線回折装置(理学電機社製:型式rint Ultima2000)を用いて、上述した測定条件で求めた。
【0051】
[ばね限界値]
幅10mm、長さ100mmの短冊形状の試験片を、試験片の長手方向が、圧延平行方向および圧延直角方向になるように試験片を採取し、JIS H3130(2012)に規定されているモーメント式試験によりばね限界値を測定した。
【0052】
[スプリングバック量]
曲げ割れが生じない範囲でW曲げ加工を行った後、曲げ加工部の実際の曲げ変形角度θを求めた。曲げ方向はGoodway(曲げ軸が圧延方向と直交する方向)およびBadway(曲げ軸が圧延方向と平行する方向)で板厚(t)0.15mmの場合は曲げ条件をR/t=3.3としたが、曲げ割れが生じない範囲であれば任意の曲げRをとることができる。
以上より、スプリングバック量を曲げ加工後の曲げ変形角度θよりスプリングバック量「θ-90」の絶対値を算出した。スプリングバック量が10°未満を「◎」とし、10~15°を「○」とし、15°以上を「×」とした。なお、「◎」はプレス後の寸法安定性が優れ、「○」はプレス後の寸法安定性が良好、「×」はプレス後の寸法安定性が悪いと判断できる。またGoodwayおよびBadway共に◎の材料が最も寸法安定性が良好と判断できる。
【0053】
[熱処理後の0.2%耐力]
形状矯正後の材料を窒素雰囲気のもと400℃で2時間加熱後に空冷し、JIS Z2241(2011)に従い、引張試験機を用いて圧延平行方向の0.2%耐力を測定した。熱処理後の0.2%耐力が850MPa未満を×、850~950MPaを○、950MPa以上を◎とした。空冷時の冷却速度は(400℃から常温まで)おおむね10℃/秒であった。
【0054】
【0055】
【0056】
実施例1~15のチタン銅板によれば、プレス加工後のスプリングバックが小さく、熱処理後の強度が良好なチタン銅板が得られた。比較例1は、Ti濃度が高すぎたため熱間加工性が著しく悪く、工程を進められなかった。比較例2は、Ti濃度が低すぎたため、圧延平行方向の0.2%耐力が不足し、熱処理後の強度が不足した。比較例3は、溶体化温度が高すぎて、曲げ加工性(MBR/t)が劣るとともに、圧延平行方向の0.2%耐力が不足し、熱処理後の強度が不足した。比較例4は、溶体化温度が低すぎて熱処理後の強度が不足した。比較例5、6は、溶体化時の冷却速度が速すぎて、ばね限界値が高く、スプリングバックが大きくなった。比較例7は、溶体化時の冷却速度が遅すぎて、ばね限界値が高く、スプリングバックが大きくなった。比較例8は、仕上圧延時の加工度が高すぎて、0.2%耐力が高くなりすぎてばね限界値が高くなり、曲げ加工性が悪化して、スプリングバックが大きくなった。比較例9は、仕上圧延時の加工度が低すぎて、圧延平行方向の0.2%耐力が不足し、熱処理後の強度が不足した。比較例10は、仕上圧延後のカールが30mm未満であったためばね限界値が高くなった。比較例11は、仕上圧延後のカールが30mmを超えたため圧延直角方向のばね限界値が高くなった。比較例12及び13は、形状矯正の条件が適切でなかったため、圧延直角方向のばね限界値が高くなり、スプリングバックが大きくなった。比較例14および15は、形状矯正を行わなかったため、圧延直角方向のばね限界値が高くなり、スプリングバックが大きくなった。