(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブ被覆電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/36 20060101AFI20240813BHJP
H01B 1/04 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
H01B7/36
H01B1/04
(21)【出願番号】P 2018201691
(22)【出願日】2018-10-26
【審査請求日】2021-06-23
【審判番号】
【審判請求日】2023-07-10
(31)【優先権主張番号】P 2017207660
(32)【優先日】2017-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】會澤 英樹
(72)【発明者】
【氏名】山崎 悟志
(72)【発明者】
【氏名】山下 智
(72)【発明者】
【氏名】畑本 憲志
【合議体】
【審判長】小宮 慎司
【審判官】中野 浩昌
【審判官】松永 稔
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-171545(JP,A)
【文献】実開昭51-49484(JP,U)
【文献】特開2002-371191(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/36
H01B 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の単数または複数を有するカーボンナノチューブ線材と、該カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層と、
を備え、
前記カーボンナノチューブ線材が撚り線であり、
前記カーボンナノチューブ線材は、識別マークを有し、
前記識別マークはカプセルを含み、
前記カプセルは蛍光物質を含み、
前記絶縁被覆層が薄膜化して窪んだ形状を有する薄膜部が生じた場合、該薄膜部の近傍に位置するカプセルに応力が負荷されて該カプセルから蛍光物質が放出されて前記カーボンナノチューブ線材の撚り方向に沿って流れ、前記蛍光物質は薄膜部に
留まるように構成され、
前記絶縁被覆層は透明又は半透明であるカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項2】
複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の複数を撚り合わせてなるカーボンナノチューブ線材と、該カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層と、
を備え、
前記カーボンナノチューブ線材が撚り線であり、
前記カーボンナノチューブ集合体またはカーボンナノチューブ線材の複数の間隙に、識別マークを有し、
前記識別マークはカプセルを含み、
前記カプセルは蛍光物質を含み、
前記絶縁被覆層が薄膜化して窪んだ形状を有する薄膜部が生じた場合、該薄膜部の近傍に位置するカプセルに応力が負荷されて該カプセルから蛍光物質が放出されて前記カーボンナノチューブ線材の撚り方向に沿って流れ、前記蛍光物質は薄膜部に
留まるように構成され、
前記絶縁被覆層は透明又は半透明であるカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項3】
前記識別マークは、蛍光物質を含むコア部と、シリカを含むシェル部とからなる、請求項1又は2に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項4】
前記絶縁被覆層を構成する材料の屈折率n
Dは1.5未満であり、前記絶縁被覆層の膜厚/前記カーボンナノチューブ線材の線径の比は0.2未満である、請求項1から
3までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項5】
前記絶縁被覆層を構成する材料の、JIS 7375:2008に規定する全光線透過率は75%以上であり、前記絶縁被覆層の膜厚/前記カーボンナノチューブ線材の線径の比は0.2未満である、請求項1から
3までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項6】
前記カーボンナノチューブ線材が、複数の前記カーボンナノチューブ集合体からなり、
複数の該カーボンナノチューブ集合体の配向性を示す小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが60°以下である、請求項1から
5までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項7】
複数の前記カーボンナノチューブの密度を示すX線散乱による散乱強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値が2.0nm
-1以上5.0nm
-1以下であり、且つ半値幅Δqが0.1nm
-1以上2.0nm
-1以下である、請求項1から
6までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ線材を絶縁材料で被覆したカーボンナノチューブ被覆電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(以下、「CNT」ということがある。)は、様々な特性を有する素材であり、多くの分野への応用が期待されている。
【0003】
例えば、CNTは、六角形格子の網目構造を有する筒状体の単層、または略同軸で配された多層で構成される3次元網目構造体であり、軽量であると共に、導電性、熱伝導性、機械的強度等の諸特性に優れる。しかし、CNTを線材化することは容易ではなく、CNTを線材として利用している技術は少ない。
【0004】
例えば、CNT材料の導電性をさらに向上させるために、隣接したCNT線材の電気的接合点に、金属等からなる導電性堆積物を形成したカーボンナノチューブ材料が提案され、このようなカーボンナノチューブ材料は広汎な用途に適用できることが開示されている(特許文献1)。
【0005】
一方で、自動車や産業機器などの様々な分野における電力線や信号線として、一又は複数の線材からなる芯線と、該芯線を被覆する絶縁被覆とからなる電線が用いられている。芯線を構成する線材の材料としては、通常、電気特性の観点から銅又は銅合金が使用されるが、近年、軽量化の観点からアルミニウム又はアルミニウム合金が提案されている。例えば、アルミニウムの比重は銅の比重の約1/3、アルミニウムの導電率は銅の導電率の約2/3(純銅を100%IACSの基準とした場合、純アルミニウムは約66%IACS)であり、アルミニウム線材に、銅線材と同じ電流を流すためには、アルミニウム線材の断面積を、銅の線材の断面積の約1.5倍と大きくする必要があるが、そのように断面積を大きくしたアルミニウム線材を用いたとしても、アルミニウム線材の質量は、純銅の線材の質量の半分程度であることから、アルミニウム線材を使用することは、軽量化の観点から有利である。
【0006】
また、自動車、産業機器等の高性能化・高機能化が進められており、これに伴い、各種電気機器、制御機器などの配設数が増加するとともに、これら機器に使用される電気配線体の配線数と芯線からの発熱も増加する傾向にある。そこで、絶縁被覆による絶縁性を損なうことなく、電線の放熱特性を向上させることが要求されている。また、その一方で、環境対応のために自動車等の移動体の燃費を向上させるため、線材の軽量化も要求されている。
【0007】
更に、従来から、電線の種類・用途を識別するために、電線の外表面に識別マークが付与されていた。例えば、自動車には、多種多様な電気部品や電子機器が搭載され、電気部品(電子機器)間に電力や制御信号などを伝えるために、ワイヤハーネスが配索されている。このような各種の電線において、電気回路ごとに対応する電線を識別するための識別マークが付与されている。このような識別マークを外表面に付与した場合、摩耗などにより識別性が低下してしまう。一方、識別マークを外表面より内側に付与しようとする場合、金属線のように加工をすることや加工後に導電性を維持することは容易ではなく、カーボンナノチューブそのものへ加工をすることは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、カーボンナノチューブ線材を用いたカーボンナノチューブ被覆電線の識別性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の各実施態様を有する。
【0011】
[1]複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の単数または複数を有するカーボンナノチューブ線材と、該カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層と、
を備え、
前記カーボンナノチューブ線材は、識別マークを有する、カーボンナノチューブ被覆電線。
[2]複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の複数を撚り合わせてなるカーボンナノチューブ線材と、該カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層と、
を備え、
前記カーボンナノチューブ集合体またはカーボンナノチューブ線材の複数の間隙に、識別マークを有する、カーボンナノチューブ被覆電線。
[3]前記カーボンナノチューブ線材は、前記識別マークとして、前記カーボンナノチューブ集合体とは異なる色を有する他の線を有する、上記[1]又は[2]に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[4]前記識別マークは、カプセルを含む、上記[1]又は[2]に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[5]前記カプセルは、蛍光物質を含む、上記[4]に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[6]前記識別マークは、蛍光物質を含むコア部と、シリカを含むシェル部とからなる、上記[1]又は[2]に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[7]前記識別マークは、前記カーボンナノチューブ被覆電線の温度変化又は応力変化に応じて色が変化する材料を含む、上記[1]又は[2]に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[8]前記識別マークは、磁性材料を含む、上記[1]又は[2]に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[9]前記識別マークは、互いに線幅が異なる3種以上のバーコード線からなるバーコードまたはQRコード(登録商標)である、上記[1]又は[2]に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[10]前記識別マークは、前記カーボンナノチューブ被覆電線の長手方向に一定間隔で位置する、上記[4]から[9]までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[11]前記識別マークは、前記カーボンナノチューブ被覆電線の長手方向の少なくとも一方の端部に位置する、上記[4]から[9]までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[12]前記識別マークには特定の情報が付与されている、上記[1]から[11]までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[13]前記絶縁被覆層を構成する材料の屈折率nDは1.5未満であり、前記絶縁被覆層の膜厚/前記カーボンナノチューブ線材の線径は0.2未満である、上記[1]から[12]までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[14]前記絶縁被覆層を構成する材料の、JIS 7375:2008に規定する全光線透過率は75%以上であり、前記絶縁被覆層の膜厚/前記カーボンナノチューブ線材の線径は0.2未満である、上記[1]から[12]までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[15]前記カーボンナノチューブ線材が、複数の前記カーボンナノチューブ集合体からなり、複数の該カーボンナノチューブ集合体の配向性を示す小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが60°以下である、上記[1]から[14]までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
[16]複数の前記カーボンナノチューブの密度を示すX線散乱による散乱強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値が2.0nm-1以上5.0nm-1以下であり、且つ半値幅Δqが0.1nm-1以上2.0nm-1以下である、上記[1]から[15]までの何れか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【発明の効果】
【0012】
カーボンナノチューブ線材は識別マークを有することにより、カーボンナノチューブ被覆電線は優れた識別性を有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】一実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線の説明図である。
【
図2】一実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線に用いるカーボンナノチューブ線材の説明図である。
【
図3】(a)図は、SAXSによる複数のカーボンナノチューブ集合体の散乱ベクトルqの二次元散乱像の一例を示す図であり、(b)図は、二次元散乱像において、透過X線の位置を原点とする任意の散乱ベクトルqの方位角-散乱強度の一例を示すグラフである。
【
図4】カーボンナノチューブ集合体を構成する複数のカーボンナノチューブのWAXSによるq値-強度の関係を示すグラフである。
【
図5】一実施形態に係る、識別マークを有するカーボンナノチューブ被覆電線の説明図である。
【
図6】一実施形態に係る、識別マークを有するカーボンナノチューブ被覆電線の説明図である。
【
図7】一実施形態に係る、識別マークを有するカーボンナノチューブ被覆電線の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.カーボンナノチューブ被覆電線
以下に、一実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線について、図面を用いながら説明する。
【0015】
図1に示すように、一実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線(以下、「CNT被覆電線」ということがある。)1は、カーボンナノチューブ線材(以下、「CNT線材」ということがある。)10の外周面に絶縁被覆層21が被覆された構成となっている。すなわち、CNT線材10の長手方向に沿って絶縁被覆層21が被覆されている。CNT被覆電線1では、CNT線材10の外周面全体が、絶縁被覆層21によって被覆されている。また、CNT被覆電線1では、絶縁被覆層21はCNT線材10の外周面と直接接した態様となっている。この場合、CNT被覆電線1は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の単数または複数を有するカーボンナノチューブ線材と、カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層とを備える。また、
図1には示していないが、CNT線材10は識別マークを有する。なお、
図1では、CNT線材10は、1本のCNT線材10からなる素線(単線)となっているが、CNT線材10は、複数本のCNT線材10を撚り合わせた撚り線としてもよい。CNT線材10を撚り線の形態とすることで、CNT線材10の円相当直径や断面積を適宜、調節することができる。この場合、CNT被覆電線1は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の複数を撚り合わせてなるカーボンナノチューブ線材と、カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層とを備える。また、CNT被覆電線1は、カーボンナノチューブ集合体またはカーボンナノチューブ線材の複数の間隙に、識別マークを有する。
【0016】
図2に示すように、CNT線材10は、1層以上の層構造を有する複数のCNT11a,11a,・・・で構成されるカーボンナノチューブ集合体(以下、「CNT集合体」ということがある。)11の単数から、または複数が束ねられて形成されている。ここで、CNT線材とはCNTの割合が90質量%以上のCNT線材を意味する。なお、CNT線材におけるCNT割合の算定においては、メッキとドーパントは除く。
図2では、CNT線材10は、CNT集合体11が、複数、束ねられた構成となっている。CNT集合体11の長手方向が、CNT線材10の長手方向を形成している。従って、CNT集合体11は、線状となっている。CNT線材10における複数のCNT集合体11,11,・・・は、その長軸方向がほぼ揃って配されている。従って、CNT線材10における複数のCNT集合体11,11,・・・は、配向している。素線であるCNT線材10の円相当直径は、特に限定されないが、例えば、0.01mm以上4.0mm以下である。また、撚り線としたCNT線材10の円相当直径は、特に限定されないが、例えば、0.1mm以上15mm以下である。
【0017】
CNT集合体11は、1層以上の層構造を有するCNT11aの束である。CNT11aの長手方向が、CNT集合体11の長手方向を形成している。CNT集合体11における複数のCNT11a,11a、・・・は、その長軸方向がほぼ揃って配されている。従って、CNT集合体11における複数のCNT11a,11a、・・・は、配向している。CNT集合体11の円相当直径は、例えば、20nm以上1000nm以下であり、より典型的には、20nm以上80nm以下である。CNT11aの最外層の幅寸法は、例えば、1.0nm以上5.0nm以下である。
【0018】
CNT集合体11を構成するCNT11aは、単層構造又は複層構造を有する筒状体であり、それぞれ、SWNT(single-walled nanotube)、MWNT(multi-walled nanotube)と呼ばれる。
図2では、便宜上、2層構造を有するCNT11aのみを記載しているが、CNT集合体11には、3層構造以上の層構造を有するCNTや単層構造の層構造を有するCNTも含まれていてもよく、3層構造以上の層構造を有するCNTまたは単層構造の層構造を有するCNTから形成されていてもよい。
【0019】
2層構造を有するCNT11aでは、六角形格子の網目構造を有する2つの筒状体T1、T2が略同軸で配された3次元網目構造体となっており、DWNT(Double-walled nanotube)と呼ばれる。構成単位である六角形格子は、その頂点に炭素原子が配された六員環であり、他の六員環と隣接してこれらが連続的に結合している。
【0020】
CNT11aの性質は、上記筒状体のカイラリティ(chirality)に依存する。カイラリティは、アームチェア型、ジグザグ型、及びカイラル型に大別され、アームチェア型は金属性、ジグザグ型は半導体性および半金属性、カイラル型は半導体性および半金属性の挙動を示す。従って、CNT11aの導電性は、筒状体がいずれのカイラリティを有するかによって大きく異なる。CNT被覆電線1のCNT線材10を構成するCNT集合体11では、導電性をさらに向上させる点から、金属性の挙動を示すアームチェア型のCNT11aの割合を増大させることが好ましい。
【0021】
一方で、半導体性の挙動を示すカイラル型のCNT11aに電子供与性もしくは電子受容性を持つ物質(異種元素)をドープすることにより、カイラル型のCNT11aが金属的挙動を示すことが分かっている。また、一般的な金属では、異種元素をドープすることによって金属内部での伝導電子の散乱が起こって導電性が低下するが、これと同様に、金属性の挙動を示すCNT11aに異種元素をドープした場合には、導電性の低下を引き起こす。
【0022】
このように、金属性の挙動を示すCNT11a及び半導体性の挙動を示すCNT11aへのドーピング効果は、導電性の観点からはトレードオフの関係にあることから、理論的には金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aとを別個に作製し、半導体性の挙動を示すCNT11aにのみドーピング処理を施した後、これらを組み合わせることが望ましい。しかし、現状の製法技術では、金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aとを選択的に作り分けることは困難であり、金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aが混在した状態で作製される。このため、金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aの混合物からなるCNT線材10の導電性をさらに向上させるために、異種元素・分子によるドーピング処理が効果的となるCNT11aの層構造を選択することが好ましい。
【0023】
例えば、2層構造又は3層構造のような層数が少ないCNTは、それより層数の多いCNTよりも比較的導電性が高く、ドーピング処理を施した際には、2層構造又は3層構造を有するCNTでのドーピング効果が最も高い。従って、CNT線材10の導電性をさらに向上させる点から、2層構造又は3層構造を有するCNTの割合を増大させることが好ましい。具体的には、CNT全体に対する2層構造又は3層構造をもつCNTの割合が50個数%以上が好ましく、75個数%以上がより好ましい。2層構造又は3層構造をもつCNTの割合は、CNT集合体11の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察及び解析し、100個のCNTのそれぞれの層数を測定することで算出することができる。
【0024】
一実施形態では、CNT線材10は、CNT集合体11の単数または複数を有する。上記のようにCNT集合体11はCNT11aが集合したものである。このため、銅線などの他の材料からなる線材と比べて、顔料、染料、蛍光物質、変色材料などの識別マークの材料はCNT集合体11の内部にまで浸透しやすくCNT自体が高い比表面積を持つことに起因して、CNT集合体11に対する識別マーク材料の吸着性が高くなる。その結果、識別マーク材料はCNT線材10の内部に入り込み安定して保持される。
【0025】
また、識別マークの耐久性、耐候性も優れたものとなり、CNT線材10はより長時間、安定的に識別マークの視認性を維持することができる。従来の金属を主体とした線材では、その表面に単に識別マークが付着により付与されているだけであるため、識別マークの付与後の線材の被覆処理や洗浄処理で、識別マークが線材から脱離しやすくなる。これに対して、一実施形態のCNT線材には識別マークが強固に吸着するため識別マークがCNT線材から脱離することなく、従来の金属を主体とした線材よりも高い視認状態を維持することができる。
【0026】
次に、CNT線材10におけるCNT11a及びCNT集合体11の配向性について説明する。
【0027】
図3(a)は、小角X線散乱(SAXS)による複数のCNT集合体11,11,・・・の散乱ベクトルqの二次元散乱像の一例を示す図であり、
図3(b)は、二次元散乱像において、透過X線の位置を原点とする任意の散乱ベクトルqの方位角-散乱強度の関係を示すアジマスプロットの一例を示すグラフである。
【0028】
SAXSは、数nm~数十nmの大きさの構造等を評価するのに適している。例えば、SAXSを用いて、以下の方法でX線散乱画像の情報を分析することで、外径が数nmであるCNT11aの配向性及び外径が数十nmであるCNT集合体11の配向性を評価することができる。例えば、CNT線材10についてX線散乱像を分析すると、
図3(a)に示すように、CNT集合体11の散乱ベクトルq(q=2π/d、dは格子面間隔)のx成分であるq
xよりも、y成分であるq
yの方が狭く分布している。また、
図3(a)と同じCNT線材10について、SAXSのアジマスプロットを分析した結果、
図3(b)に示すアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθは、48°である。これらの分析結果から、CNT線材10において、複数のCNT11a,11a・・・及び複数のCNT集合体11,11,・・・が良好な配向性を有しているといえる。このように、複数のCNT11a,11a・・・及び複数のCNT集合体11,11,・・・が良好な配向性を有しているので、CNT線材10の熱は、CNT11aやCNT集合体11の長手方向に沿って円滑に伝達して行きながら放熱されやすくなる。従って、CNT線材10は、上記CNT11a及びCNT集合体11の配向性を調節することで、放熱ルートを長手方向、径の断面方向にわたり調節できるので、金属製の芯線と比較して優れた放熱特性を発揮する。なお、配向性とは、CNTを撚り集めて作製した撚り線の長手方向へのベクトルVに対する内部のCNT及びCNT集合体のベクトルの角度差のことを指す。
【0029】
複数のCNT集合体11,11,・・・の配向性を示す小角X線散乱(SAXS)のアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθにより示される一定以上の配向性を得ることで、CNT線材10の放熱特性をより向上させる点から、アジマス角の半値幅Δθは60°以下が好ましく、50°以下が特に好ましい。
【0030】
次に、CNT集合体11を構成する複数のCNT11aの配列構造及び密度について説明する。
【0031】
図4は、CNT集合体11を構成する複数のCNT11a,11a,・・・のWAXS(広角X線散乱)によるq値-強度の関係を示すグラフである。
【0032】
WAXSは、数nm以下の大きさの物質の構造等を評価するのに適している。例えば、WAXSを用いて、以下の方法でX線散乱画像の情報を分析することで、外径が数nm以下であるCNT11aの密度を評価することができる。任意の1つのCNT集合体11について散乱ベクトルqと強度の関係を分析した結果、
図4に示すように、q=3.0nm
-1~4.0nm
-1付近に見られる(10)ピークのピークトップのq値から見積られる格子定数の値が測定される。この格子定数の測定値とラマン分光法やTEMなどで観測されるCNT集合体の直径とに基づいて、CNT11a,11a,・・・が平面視で六方最密充填構造を形成していることを確認することができる。従って、CNT線材10内で複数のCNT集合体の直径分布が狭く、複数のCNT11a,11a,・・・が、規則正しく配列、すなわち、高密度を有することで、六方最密充填構造を形成して高密度で存在しているといえる。
このように、複数のCNT集合体11,11・・・が良好な配向性を有していると共に、更に、CNT集合体11を構成する複数のCNT11a,11a,・・・が規則正しく配列して高密度で配置されているので、CNT線材10の熱は、CNT集合体11の長手方向に沿って円滑に伝達して行きながら放熱されやすくなる。従って、CNT線材10は、上記CNT集合体11とCNT11aの配列構造や密度を調節することで、放熱ルートを長手方向、径の断面方向にわたり調節できるので、金属製の芯線と比較して優れた放熱特性を発揮する。
【0033】
高密度を得ることで放熱特性をより向上させる点から、複数のCNT11a,11a,・・・の密度を示すX線散乱による散乱強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値が2.0nm-1以上5.0nm-1以下であり、且つ半値幅Δq(FWHM)が0.1nm-1以上2.0nm-1以下であることが好ましい。
【0034】
CNT集合体11及びCNT11の配向性、並びにCNT11aの配列構造及び密度は、後述する、乾式紡糸、湿式紡糸等の紡糸方法と該紡糸方法の紡糸条件とを適宜選択することで調節することができる。
【0035】
次に、CNT線材10の外表面を被覆する絶縁被覆層21について説明する。
【0036】
絶縁被覆層21は不透明であっても、透明であってもよい。絶縁被覆層21が不透明である場合、CNT被覆電線1をその外側から見た時に、絶縁被覆層21を介してCNT線材10に位置する識別マークを視認できない、カーボンナノチューブ被覆電線1を使用することとなる。この場合、絶縁被覆層21が摩耗などにより薄膜化したり、絶縁被覆層21の一部が剥落してCNT線材10の外表面が露出した時には、CNT線材10の外表面の識別マークを視認することにより、絶縁被覆層21の薄膜化や剥落を確認することができる。この識別マークの識別性は高いため、遠くからでも識別マークを確認することができ、簡易かつ低コストでCNT被覆電線1の劣化を早期に検知できる。
【0037】
また、透明又は半透明な絶縁被覆層21を用いる場合、CNT被覆電線1をその外側から見た時に、絶縁被覆層21を介してCNT線材10に位置する識別マークを視認できる、CNT被覆電線1を使用することとなる。絶縁被覆層21が透明なCNT被覆電線1としては例えば、下記のようなCNT被覆電線を挙げることができる。
(a)絶縁被覆層21を構成する材料の屈折率nDは1.5未満であり、絶縁被覆層21の膜厚/CNT線材10の線径は0.2未満である、CNT被覆電線1、
(b)絶縁被覆層21を構成する材料の、JIS 7375:2008に規定する全光線透過率は75%以上であり、絶縁被覆層21の膜厚/CNT線材10の線径は0.2未満である、CNT被覆電線1。
【0038】
上記(a)又は(b)の場合、絶縁被覆層21の透明度が高く、CNT線材10に位置する識別マークを効果的に視認できる。また、上記(b)の場合、JIS 7375:2008に規定する全光線透過率は90%以上が好ましい。絶縁被覆層21を構成する材料の屈折率nD及び全光線透過率が上記範囲内にあることにより、識別マークの識別性をより良好なものとすることができる。
【0039】
また、絶縁被覆層21の膜厚/CNT線材10の線径が0.2未満であることにより、識別マークの識別性を良好なものとすることができる。なお、絶縁被覆層21の膜厚及びCNT線材10の線径は、1.0mのCNT被覆電線1の長手方向において10cmごとに径方向の同一断面について、CNT被覆電線1の断面をSEMあるいは光学顕微鏡で観察した画像を用いて得た情報を平均して算出することができる。
【0040】
絶縁被覆層21の材料としては、芯線として金属を用いた被覆電線の絶縁被覆層に用いる材料を使用することができ、例えば、熱可塑性樹脂を挙げることができる。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアセタール、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリ塩化ビニル、ポリ酢酸ビニル、ポリウレタン、ポリメチルメタクリレート、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂、アクリル樹脂等を挙げることができる。これらは、単独で使用してもよく、2種以上を適宜混合して使用してもよい。
【0041】
絶縁被覆層21は、
図1に示すように、一層としてもよく、これに代えて、二層以上としてもよい。また、必要に応じて、CNT線材10の外面と絶縁被覆層21との間に、さらに、熱硬化性樹脂の層が設けられていてもよい。
【0042】
次に、本発明の実施形態例に係るCNT被覆電線1の製造方法例について説明する。CNT被覆電線1は、まず、CNT11aを製造し、得られた複数のCNT11aから識別マークを有するCNT線材10を形成し、CNT線材10の外周面に絶縁被覆層21を被覆することで、製造することができる。
【0043】
CNT11aは、浮遊触媒法(特許第5819888号公報)や、基板法(特許第5590603号公報)などの手法で作製することができる。CNT線材10の素線は、乾式紡糸(特許第5819888号公報、特許第5990202号公報、特許第5350635号公報)、湿式紡糸(特許第5135620号公報、特許第5131571号公報、特許第5288359号公報)、液晶紡糸(特表2014-530964号公報)等で作製することができる。
【0044】
上記のようにして得られたCNT線材10の外周面に絶縁被覆層21を被覆する方法は、アルミニウムや銅の芯線に絶縁被覆層を被覆する方法を使用でき、例えば、絶縁被覆層21の原料である熱可塑性樹脂を溶融させ、CNT線材10の周りに押し出して被覆する方法を挙げることができる。
【0045】
本発明の実施形態例に係るCNT被覆電線1は、ワイヤハーネス等の一般電線として使用することができ、また、CNT被覆電線1を使用した一般電線からケーブルを作製してもよい。
【0046】
2.識別マーク
一実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線は、カーボンナノチューブ線材が識別マークを有する。識別マークは、カーボンナノチューブ線材の露出した外表面の少なくとも一部又はカーボンナノチューブ線材の内部に設けられている。識別マークは、カーボンナノチューブ被覆電線の種類、用途、状態(例えば、正常状態、異常状態)を識別するためのものであってよい。また、識別マークには、電線自体の情報や、電線に関連する情報など特定の情報が付与されていてもよい。識別マークの材料は、目視、双眼鏡、可視光やそれ以外の光など特定波長の電磁波、磁気等により識別可能なものであれば、特に限定されない。カーボンナノチューブ線材は、識別マークとして、カーボンナノチューブ集合体とは異なる色を有する他の線を有することができる。識別マークは、カプセルを含むことができる。カプセルのサイズは特に限定されず、カプセルとしてマイクロカプセル、ナノカプセルを挙げることができる。カプセルは、蛍光物質を含むことができる。また、識別マークは、蛍光物質を含むコア部と、シリカを含むシェル部とからなるものとすることができる。識別マークは、顔料、染料、又はカーボンナノチューブ被覆電線の温度変化又は応力変化に応じて色が変化する材料を含むことができる。識別マークが顔料又は染料を含む場合、識別マークはカーボンナノチューブ線材の外表面に位置し、カーボンナノチューブ線材の外表面において、識別マークの色と識別マーク以外の部分の色とを異なるものとすることにより、識別マークを視認できる。また、識別マークは樹脂や、磁性材料を含むことができる。識別マークが磁性材料を含む場合、磁気によって識別マークを識別することができる。さらに、識別マークは、バーコード、特に互いに線幅が異なる3種以上のバーコード線からなるバーコード(マルチバイナリコード)とすることができる。識別マークは、QRコード(登録商標)とすることができる。識別マークがバーコード(特に、マルチバイナリコード)またはQRコード(登録商標)の場合、これらのコードに特定の情報を付与することができる。従来の金属を主体とした線材に識別マークとして細い線パターンから構成されるバーコード等を付与する場合、識別マーク自体の大きさが小さくかつその付着性も低いため識別マークの識別性が低くなり、鮮明な識別マークを付与することができない。また、従来の金属を主体とした線材に付着させた識別マークは耐久性および耐候性に劣るため、短時間で識別マークの剥がれなどが起こり、視認性が悪化する。これに対して、本実施形態では上述のように識別マークのCNT線材への吸着性が高いため、微細な線パターンから構成されるバーコード等を識別マークとして付与した場合であっても、該識別マークの識別性が高くなり、視認性が優れた識別マークとすることができる。また、CNT線材に付着させた識別マークは耐久性および耐候性に優れるため、長期間、使用した場合であっても識別マークの剥がれなどが起こらず、優れた視認性を維持することができる。なお、上記の効果は、識別マークとして、互いに線幅が異なる3種以上のバーコード線からなるバーコード(マルチバイナリコード)およびQRコード(登録商標)を用いた場合により顕著となる。すなわち、マルチバイナリコードおよびQRコード(登録商標)は、通常のバーコードよりも更に微細な線および画像パターンから構成されているが、これらのコードのCNT線材への吸着性が高いため、識別性、視認性が優れた識別マークとすることができる。また、CNT線材に付着させたこれらのコードからなる識別マークは耐久性および耐候性に優れるため、長期間、使用した場合であっても識別マークの剥がれなどが起こらず、より優れた視認性を維持することができる。
以下では、識別マークを構成する各材料について詳細に説明する。
【0047】
(他の線材)
識別マークである他の線としては特に限定されず、導電性の線であっても絶縁性の線であってもよい。識別マークとして導電性の線を用いることにより、カーボンナノチューブ被覆電線の導電性と識別性を両立させることができる。導電性の線としては、アルミニウム線、アルミニウム合金線、銅線、銅合金線、又はこれらの線の組合せを用いることができる。これらの導電性の線はそれ自体でカーボンナノチューブと異なる色を有するため、識別マークとして用いることができる。絶縁性の線は色の制御が行いやすくカーボンナノチューブ線材とは大きく色調が異なる色を有することができるため、カーボンナノチューブ被覆電線の識別性を良好なものにすることができる。絶縁性の線としては、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂の線などを用いることができる。他の線は素線(単線)であっても、撚り線であってもよい。他の線は素線であることが好ましく、カーボンナノチューブ集合体と他の線を撚った撚り線とすることにより、高い機械的強度のカーボンナノチューブ被覆電線を得ることができる。
【0048】
(カプセル)
カプセルは例えば、数十nmから数百μmの範囲の粒径を有するマイクロカプセル又はナノカプセルである。カプセルの形状としては、特に限定されず、例えば、球形、楕円形等のものを用いることができる。カプセル化法としては例えば、insitu重合法、界面重合法、コアセルベーション法、噴霧乾燥法、乾式混合法、オリフィス法等を用いることができる。
【0049】
(コア部とシェル部を有する識別マーク)
識別マークのコア部には液体材料が充填しており、シェル部により該液体材料を覆うことで液体材料をコア部に保持している。このため、コア部内に液体材料が保持されている時には識別マークは識別性を有さず、コア部内の液体材料が放出された際には該液体材料によって識別性を発現させることができる。例えば、識別マークとしてマイクロカプセルを用いた場合、マイクロカプセルに高い応力や高い温度が負荷された時には瞬間的にマイクロカプセルから液体材料が放出され、短時間で識別性を発現させることができる。また、コア部から液体材料が長い時間をかけて少量ずつ放出される場合(徐放性)には、徐々に識別性を発現させることができる。
【0050】
なお、コア部に充填する液体材料は識別性に優れるものであれば特に限定されず、絶縁ゲルや、後述する顔料、染料、蛍光物質、磁性材料などを用いることができる。これらの液体材料の中でも、特に暗所などでの識別性に優れるため、液体材料として蛍光物質を使用することが好ましい。また、識別マークは、蛍光物質を含むコア部と、シリカを含むシェル部とからなるものであることが好ましい。例えば、蛍光シリカ粒子などが挙げられる。
【0051】
また、シェル部の材料は特に限定されず、熱可塑性樹脂や、熱硬化性樹脂などを用いることができるが、熱可塑性樹脂を用いることが好ましい。
【0052】
(顔料)
顔料としては特に限定されないが例えば、赤色顔料、青色顔料、緑色顔料、黄色顔料、オレンジ顔料、紫色顔料やこれらの顔料の組合せを用いることができる。また、無機顔料や有機顔料を使用することもできる。
【0053】
無機顔料としては例えば、酸化チタン、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、亜鉛華、硫酸鉛、黄色鉛、亜鉛黄、べんがら(赤色酸化鉄(III))、カドミウム赤、群青、紺青、酸化クロム緑、コバルト緑、アンバー等を挙げることができる。
【0054】
有機顔料としては例えば、アントラキノン系顔料、アミノアントラキノン系顔料、キナクリドン系顔料、キナクリドンキノン系顔料、ジケトピロロピロール系顔料、ペリレン系顔料、ペリノン系顔料、アントアントロン系顔料、ベンズイミダゾロン系顔料、ジスアゾ縮合物系顔料、アゾ系顔料、チオインジゴ系顔料、ピラントロン系顔料、ジオキサジン系顔料、キノフタロン系顔料、イソインドリン系顔料、フタロシアニン系顔料等を挙げることができる。
【0055】
識別マークの材料として顔料を使用することにより、識別マークの視認性を向上させることができる。
【0056】
(染料)
染料としては特に限定されないが例えば、赤色染料、青色染料、緑色染料、黄色染料やこれらの染料の組合せを用いることができる。染料としては例えば、アゾ系染料、アントラキノン系染料、フタロシアニン系染料、キノンイミン系染料、キノリン系染料、ニトロ系染料、カルボニル系染料、メチン系染料等を挙げることができる。識別マークの材料として染料を使用することにより、識別マークの視認性を向上させることができる。
【0057】
(蛍光物質)
識別マークは蛍光物質を含むこともできる。識別マークの材料として蛍光物質を用いることで暗所でもカーボンナノチューブ被覆電線を認識することができる。蛍光物質に関して特に制限はなく、有機化合物、無機化合物、半導体粒子等である。蛍光物質の材料は特に限定されないが例えば、C.I.ベーシックレッド1、2、9、12、13、14、17、C.I.ベーシックバイオレット1、3、7、10、11:1、14、C.I.アシッドイエロー73、184、250、C.I.アシッドレッド51、52、92、94、C.I.ダイレクトイエロー11、24、26、87、100、147、C.I.ダイレクトオレンジ26、29、29:1、46、C.I.ダイレクトレッド1、13、17、239、240、242、254等を挙げることができる。
【0058】
また、蛍光物質を用いる場合、絶縁被覆層は半透明又は透明であることが好ましく、透明であることがより好ましい。絶縁被覆層が透明である場合、暗所でも識別マークを認識することができる。また、絶縁被覆層が半透明である場合、絶縁被覆層が摩耗などによって薄くなった時に、このように薄くなった部分だけが認識しやすくなる。特に、暗所においてはこの部分だけが蛍光を発するため、カーボンナノチューブ被覆電線の劣化した部分を効果的に識別できる。また、蛍光物質の代わりに、吸光物質を用いてもよい。
【0059】
(変色材料)
識別マークは、カーボンナノチューブ被覆電線の特定の特性値や物性値が変化して、カーボンナノチューブ被覆電線が使用不可能な異常状態となった場合に、正常状態とは異なる色に変化する材料を含むことができる。例えば、識別マークは、カーボンナノチューブ被覆電線の温度変化又は応力変化に応じて色が変化する変色材料を含むことができる。変色材料は、可逆的に変色しても、不可逆的に変色してもよい。すなわち、変色材料が可逆的に変色する場合、カーボンナノチューブ被覆電線が異常状態になると変色するが、該カーボンナノチューブ被覆電線が正常状態に戻ると元の色に戻る。一方、変色材料が不可逆的に変色する場合、カーボンナノチューブ被覆電線が異常状態になると変色し、該カーボンナノチューブ被覆電線が正常状態に戻っても変色した色は変わらない。
【0060】
温度変化に応じて色が変化する変色材料を含む識別マークを使用すると、カーボンナノチューブ被覆電線が低温や高温環境下におかれ使用不可能な温度になった時に、識別マークの変色を視認することにより、このような異常状態を認識することができる。従って、カーボンナノチューブ被覆電線の温度を直接、測定する必要がなく、遠方からでも該変色を確認できるため、簡易的に低コストでカーボンナノチューブ被覆電線の異常状態を確認でき、カーボンナノチューブ被覆電線の劣化を早期に検知できる。
【0061】
温度変化に応じて色が変化する変色材料としては例えば、ロイコ染料、顕色性物質、及び変色温度調整剤を含有する顔料やこれらを樹脂でコーティングしてカプセル化したもの等が挙げられる。ロイコ染料としては、ジフェニルメタンフタリド類、インドリルフタリド類、ジフェニルメタンアザフタリド類、フェニルインドリルアザフタリド類、フルオラン類、スチリノキノリン類、ジアザローダミンラクトン類などを挙げることができる。ロイコ染料、顕色性物質、及び変色温度調整剤の組成内容を変更することで変色する色の種類や変色温度域を調節することも可能である。
【0062】
応力変化に応じて色が変化する変色材料を含む識別マークを使用すると、カーボンナノチューブ被覆電線が曲がったり、雪などの重いものがカーボンナノチューブ被覆電線に載ることにより、カーボンナノチューブ被覆電線に高い応力が負荷された時に、識別マークの変色を視認することにより、このような異常状態を確認することができる。従って、カーボンナノチューブ被覆電線に負荷される応力を直接、測定する必要がなく、遠方からでも該変色を確認できるため、簡易的に低コストでカーボンナノチューブ被覆電線の異常状態を確認でき、カーボンナノチューブ被覆電線の劣化を早期に検知できる。また、CNTは金属線と比べて非常に強度が高いうえ、接続部材周辺で優先的に劣化が発生してしまう可能性がある。そのような状態変化も識別マークの変色により認識することが可能となる。そのため、接続部材周辺に識別マークを使用することも好ましい。
【0063】
(樹脂)
識別マークは樹脂を含むこともできる。この場合、カーボンナノチューブ線材の外表面のうち、識別マークを構成する樹脂とCNTとは異なる材料であるため、これらの材料の表面性状、色、質感などが異なるものとなり、識別マークを視認することができる。識別マークを構成する樹脂としては熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂の何れの材料も使用することができる。
【0064】
熱可塑性樹脂としては特に限定されないが、ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリスチレン,ポリ塩化ビニル、(メタ)アクリル樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-ビニルアルコール共重合体などビニル系ポリマー,ポリ乳酸樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートなどのポリエステル,ナイロン、ポリアミドアミンなどのポリアミド、ポリビニルアセトアセタール、ポリビニルベンザール、ポリビニルブチラール樹脂などのポリビニルアセタール樹脂、アイオノマー樹脂、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、ポリカーボネイト、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアセタール、ABS樹脂、LCP(液晶ポリマー)、フッ素樹脂、ウレタン樹脂、エラストマー、またはこれらの樹脂の変性品などを挙げることができる。
【0065】
熱硬化性樹脂としては特に限定されないが、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリイミド、ポリウレタン、シリコン樹脂等を挙げることができる。
【0066】
(磁性材料)
識別マークは磁性材料を含むことができる。識別マークが磁性材料を含むことにより、磁気を検知可能な機器によって識別マークを識別することができる。磁性材料としては特に限定されないが、マグネタイト、マグヘマイト、及びフェライト等の酸化鉄、又は他の金属酸化物を含む酸化鉄、Fe、Co、及びNi等の金属、あるいは、これらの金属とAl、Co、Cu、Pb、Mg、Ni、Sn、Zn、Sb、Be、Bi、Cd、Ca、Mn、Se、Ti、W、及びV等の金属との合金、及びこれらの混合物等を挙げることができる。
【0067】
(情報の付与)
識別マークには特定の情報を付与することもできる。例えば、識別マーク上に所定の文字、図形、数字などを直接、印刷することで特定の情報を付与できる。また、識別マーク自体又は識別マーク上にバーコード、QRコード(登録商標)等の特定のコード情報を印刷することができる。バーコードとしては、互いに線幅が異なる3種以上のバーコード線からなるバーコード(マルチバイナリコード)とすることができる。これらのコード情報は光学的に読みとることができる。別の例では、識別マーク上にICチップを設け、ICチップリーダーで特定の情報を読み込んだり、ICチップライターで特定の情報を書き込むことができる。また、別の例では、識別マークが磁性材料を含み、該磁性材料により識別マークに特定の情報を付与し、磁気リーダーで該情報を読み込むことができる。
【0068】
(識別マークの付与方法)
カーボンナノチューブ線材への識別マークの付与方法は特に限定されないが例えば、下記の方法を挙げることができる。
(a)所定の大きさ・形状を有する識別マークの材料と、識別マークの材料以外のカーボンナノチューブ線材の材料と、を混合した混合材料からカーボンナノチューブ線材を形成する方法、
(b)カーボンナノチューブ線材の外表面へ識別マークを印刷する方法、
(c)カーボンナノチューブ線材の外表面の材料と、識別マークの材料とを化学的に反応させて、外表面の材料と識別マークの材料との間に化学結合を形成する方法。
【0069】
上記(a)の方法において混合材料を得るための混合法は特に限定されないが、ボールミル混合、ビーズミル混合、V型混合器、ボーレコンテナミキサー等の容器回転型の混合方法、リボンミキサーのように機械的撹拌力により混合する方法、流動層のように気流により撹拌混合する方法等を挙げることができる。得られた混合材料によりカーボンナノチューブ線材を得ることができる。例えば、識別マークが、蛍光物質を含むコア部と、シリカを含むシェル部を含む場合、これらの材料をカーボンナノチューブ集合体の素線と混合しながら撚ることにより、カーボンナノチューブ線材を得ることができる。
【0070】
上記(b)の方法としては特に限定されないが、カーボンナノチューブ線材の外表面に、識別マークの材料を含むインクを印刷する方法を挙げることができる。インクの印刷法としては特に限定されないが、インクジェット印刷、スーパーインクジェット印刷、スクリーン印刷、転写印刷、オフセット印刷、ジェットプリンティング法、ディスペンサ、ジェットディスペンサ、ニードルディスペンサ、カンマコータ、スリットコータ、ダイコータ、グラビアコータ、凸版印刷、凹版印刷、グラビア印刷、ソフトリソグラフィ、ディップペンリソグラフィ、スプレーコータ、スピンコータ、ディップコータ、電着塗装等を挙げることができる。インクは、識別マークの材料以外の成分として、必要に応じて溶媒、分散剤、界面活性剤などを含むことができる。
【0071】
上記(c)の方法としては特に限定されないが、カーボンナノチューブ線材の外表面に、有機過酸化物等を使用して該カーボンナノチューブ線材と識別マークの材料とを化学反応させる方法を挙げることができる。例えば、有機過酸化物は、比較的低い温度で熱的に分解し、または、還元性物質と反応して、容易に遊離ラジカル(遊離基)を生成する。この生成した遊離ラジカルの性質は、外表面の材料中の不飽和二重結合への識別マーク材料の付加や、水素原子等の引き抜き及び識別マーク材料の付加を促進させることができる。有機過酸化物としては特に限定されないが例えば、ケトンペルオキサイド、ペルオキシケタール、ハイドロペルオキサイド、ジアルキルペルオキサイド、ジアシルペルオキサイド、ペルオキシエステル、ペルオキシジカーボネート等を挙げることができる。
【0072】
(識別マークの形状、大きさ、位置)
識別マークの形状及び大きさ、カーボンナノチューブ線材での識別マークの位置は特に限定されない。識別マークを付与する目的に応じて、識別マークの形状、大きさ、位置を適宜、決定することができる。識別マークの形状は例えば、多角形、丸、カーボンナノチューブ線材の外周を囲む形状、文字、複数色からなる模様などとすることができる。また、識別マークの大きさは特に限定されない。
【0073】
図5(a)~
図5(d)は識別マークを有するCNT被覆電線1を表す模式図、
図5(e)は
図5(b)の識別マーク31であるバーコードの拡大図である。なお、
図5(a)~
図5(d)ではCNT線材10は模式的にその外表面を実線で表し、CNT被覆電線1内部の構造は省略すると共に絶縁被覆層の外表面を点線で表す。
【0074】
図5(a)は、識別マーク31が、CNT線材10の外表面において、CNT被覆電線1の長手方向33の少なくとも一方の端部32に位置する例である。識別マーク31は、CNT線材10の一方の端部32に位置しても、両側の端部32に位置してもよい。
図5(a)では例えば絶縁被覆層が透明な場合、識別マーク31によって、端子と接続するための電線端部を視認することができる。
【0075】
図5(b)は、識別マーク31が、CNT線材10の外表面において、CNT被覆電線1の長手方向33に一定間隔で位置する例である。
図5(b)では例えば絶縁被覆層が透明な場合、識別マーク31を、CNT被覆電線1の長さを認識するためのレングスマークとして使用することができる。
【0076】
図5(c)は、CNT線材10の外表面において、CNT被覆電線1の長手方向33の第1の端部から第2の端部まで延在する識別マーク31を設けた例である。すなわち、識別マーク31は、両方の端部間を、長手方向33に沿って連続して設けられている。
図5(c)では例えば絶縁被覆層が透明な場合、識別マーク31が、CNT被覆電線1の温度変化又は応力変化に応じて色が変化する材料を含む態様を挙げることができる。この態様では、低温又は高温環境下や、高い応力の負荷によりCNT被覆電線1の特定部分が劣化した場合、該特定部位に位置する識別マーク31だけが、他の部位に位置する識別マーク31とは異なる色を呈する。従って、CNT被覆電線1の劣化部分を早期に検知して、その対応策をとることができる。
【0077】
また、
図5(d)は、CNT線材10の外表面に、バーコードを識別マーク31として設けた例であり、該バーコードにCNT被覆電線1に関する特定の情報を付与することができる。一実施形態では
図5(e)に示すように、この識別マーク31は互いに線幅Lが異なる3種以上のバーコード線からなるバーコード(マルチバイナリコード)である。例えば、100μm以下の細いバーコード線を含むバーコードを識別マークとして、従来の金属を主体とした線材に付与する場合、識別マークの付着性が低いためバーコードの各線の識別が困難となる。また、従来の線材に付着させた識別マークは耐久性および耐候性に劣るため、短時間で識別マークの剥がれなどが起こる。これに対して、本実施形態では上述のように識別マークのCNT線材への吸着性が高いため、微細なバーコード線からなるバーコードを識別マークとして付与した場合であっても、該バーコードの識別性が高くなる。また、CNT線材に付着させた識別マークは耐久性および耐候性に優れるため、長期間、使用した場合であっても識別マークの剥がれなどが起こりにくい。なお、バーコードの材料として顔料、染料、蛍光物質、変色材料などを用いた場合には、バーコードの視認性をより向上させることができる。
【0078】
図6は、識別マークを有する他のCNT被覆電線1を表す模式図であり、CNT被覆電線1をその長手方向に垂直な断面で見た断面図である。
図6ではCNT線材10は撚り線であるが、模式的に表している。
図6に示すように、CNT線材10は識別マーク40を有し、識別マーク40のコア部には蛍光物質が充填されている。摩擦などにより絶縁被覆層21が薄膜化して薄膜部38が生じた場合、該薄膜部38の近傍に位置する識別マーク40にも大きな応力が負荷され識別マーク40中の蛍光物質が放出され、CNT線材10の撚り方向に沿って流れる。薄膜部38は窪んだ形状となっているため、最終的に蛍光物質はこの薄膜部38に溜まることとなる。この結果、薄膜部の識別性が顕著となり、早期に薄膜部38の発生を検知することができる。
【0079】
図7は、識別マークを有する他のCNT被覆電線1を表す模式図である。また、
図7ではCNT線材10は撚り線であるが、模式的にその外表面を実線で表し、CNT被覆電線1内部の構造は省略すると共に絶縁被覆層の外表面を点線で表す。
図7のCNT被覆電線1では、CNT線材10の全体にわたって蛍光物質39が分布している。蛍光物質をカーボンナノチューブ集合体の素線と混合しながら撚ることにより、
図7のCNT線材10を得ることができる。
【実施例】
【0080】
(実施例1)
浮遊触媒気相成長(CCVD)法を用い、CNT製造装置の電気炉によって、1300℃に加熱された、内径φ60mm、長さ1600mmのアルミナ管内部に、炭素源であるデカヒドロナフタレン、触媒であるフェロセン、及び反応促進剤であるチオフェンを含む原料溶液を、スプレー噴霧により供給した。キャリアガスは、水素を9.5L/minで供給した。生成したCNTを連続的に巻き取りながら回収し、直径約100μm、長さ75mのCNT線材を得た。次に、得られたCNT線材を、大気下において500℃に加熱し、さらに酸処理を施すことによって高純度化を行った。その後、高純度化したCNT集合体に対し、硝酸ドープを施した。続いて、ローダミン6Gが含有された粒径が0.1μmの蛍光シリカ粒子(Quartz dot、古河アドバンストエンジニアリング社製)のエタノール溶液(0.1wt%)100mLを調製し、上記CNT線材をこの溶液に1時間浸漬し、その後CNT線材を溶液から取り出し、60℃で4時間乾燥させることで、蛍光シリカ粒子からなる識別マークで標識されたCNT線材を得た。次に、押出成形機を用いて熱可塑性樹脂(ポリプロピレン)を溶融させCNT線材の周りに押し出すことで、CNT線材の外表面上に厚さが約50μmの透明な絶縁被覆層を被覆させたCNT被覆電線を得た。得られたCNT被覆電線に夜間、発光波長532nmのレーザダイオードを照射し、光学フィルター(LOPF-25C-532、シグマ光機社製)を通して確認したところ、識別マークである蛍光シリカ粒子(蛍光物質)に由来する緑の蛍光によってCNT線材を明瞭に視認することができた。
【符号の説明】
【0081】
1 カーボンナノチューブ被覆電線
10 カーボンナノチューブ線材
11 カーボンナノチューブ集合体
11a カーボンナノチューブ
21 絶縁被覆層
31、40 識別マーク
32 端部
33 長手方向
38 薄膜部
39 蛍光物質