(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】アクチュエータ、液体吐出ヘッド、液体吐出装置及びアクチュエータの製造方法
(51)【国際特許分類】
H10N 30/853 20230101AFI20240814BHJP
H10N 30/20 20230101ALI20240814BHJP
H10N 30/093 20230101ALI20240814BHJP
B41J 2/14 20060101ALI20240814BHJP
B41J 2/16 20060101ALI20240814BHJP
B05C 5/00 20060101ALI20240814BHJP
B05C 11/10 20060101ALI20240814BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/20
H10N30/093
B41J2/14 305
B41J2/14 613
B41J2/16 305
B05C5/00 101
B05C11/10
(21)【出願番号】P 2020024267
(22)【出願日】2020-02-17
【審査請求日】2022-12-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】100090527
【氏名又は名称】舘野 千惠子
(72)【発明者】
【氏名】益田 俊顕
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-305821(JP,A)
【文献】特開2008-218620(JP,A)
【文献】特開2007-001838(JP,A)
【文献】特開2008-214157(JP,A)
【文献】特開2017-191928(JP,A)
【文献】特開2017-112281(JP,A)
【文献】特開2015-079935(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0211880(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第01953840(EP,A2)
【文献】米国特許出願公開第2006/0290240(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第01739064(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0291419(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0173955(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0070444(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/853
H10N 30/20
H10N 30/093
B41J 2/14
B41J 2/16
B05C 5/00
B05C 11/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記基板上に配置された振動板と、前記振動板上に配置された下部電極と、
前記下部電極上に配置された結晶制御層と、前記結晶制御層上に配置された圧電体と、前記圧電体上に配置された上部電極とを有し、
前記圧電体中の粒界に存在するPb[atm%]とZr[atm%]の比が、
Pb/Zr>1.7
を満たし、
前記圧電体は、結晶粒の平均円相当径が40nm以上であ
り、
前記結晶制御層の厚みが35nm未満であることを特徴とするアクチュエータ。
【請求項2】
前記圧電体中の粒界に存在するPb[atm%]とZr[atm%]の比が、
2.4>Pb/Zr>1.7
を満たすことを特徴とする請求項1に記載のアクチュエータ。
【請求項3】
前記圧電体は、結晶粒の平均円相当径が140nm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のアクチュエータ。
【請求項4】
前記結晶制御層は、PbTiO
3を含むことを特徴とする請求項
1~3のいずれかに記載のアクチュエータ。
【請求項5】
液体を吐出するノズルと、
前記ノズルに通じる液室と、
前記液室内の前記液体を加圧するアクチュエータとを備え、
前記アクチュエータが請求項1~
4のいずれかに記載のアクチュエータであることを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項6】
液体を収容する液体収容容器と、
前記液体を吐出する請求項
5に記載の液体吐出ヘッドと、
前記液体吐出ヘッドを搭載するキャリッジと、
前記キャリッジを主走査方向に移動させる主走査移動機構と、を備えたことを特徴とする液体吐出装置。
【請求項7】
基板と、前記基板上に配置された振動板と、前記振動板上に配置された下部電極と、
前記下部電極上に配置された結晶制御層と、前記結晶制御層上に配置された圧電体と、前記圧電体上に配置された上部電極とを有するアクチュエータの製造方法であって、
前記圧電体を形成する工程は、化学量論比Pb/(Zr+Ti)=1(100%)としたとき、Pbの量をZr+Tiに対して4.0%以上の過剰量とした前駆体材料を用いて前記圧電体を形成するとともに、前記圧電体の結晶粒の平均円相当径が40nm以上となるように前記圧電体を形成
し、前記結晶制御層の厚みが35nm未満となるように前記結晶制御層を形成することを特徴とするアクチュエータの製造方法。
【請求項8】
前記圧電体を形成する工程は、Pbの量をZr+Tiに対して4.0%以上18.0%以下とした前駆体材料を用いることを特徴とする請求項7に記載のアクチュエータの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクチュエータ、液体吐出ヘッド、液体吐出装置及びアクチュエータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体吐出装置として、例えばインク等の液体を吐出する液体吐出ヘッドを備えたインクジェット記録装置が知られている。液体吐出ヘッドでは、アクチュエータの駆動源として圧電体を用いる技術が知られており、高品質の画像を得る等の目的で圧電特性を向上させる技術が提案されている。
【0003】
特許文献1では、鉛濃度勾配領域を有する圧電体層が開示されており、圧電体層およびこれを挟む電極の界面付近における結晶が良質で、圧電特性が良好であるとしている。また、特許文献1において、厚み方向のPZTの組成は、原料溶液の各元素の濃度(仕込み量)によって比率が変化することが開示されており、Pb過剰量の異なる前駆体溶液が開示されている。
【0004】
特許文献2では、圧電体薄膜の膜厚を規定し、更に圧電体薄膜の表面に観測される円相当径40nm以下である結晶粒の個数が5%以上であることが開示されており、組成の均一性が高く圧電定数が大きな圧電体薄膜が得られるとしている。また、特許文献2において、圧電体薄膜を形成するための原料液中のPb量を変更することが開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来技術においては、圧電体の粒界でPb量が過剰又は欠損するという問題があり、これにより絶縁耐性が低下し、電圧印加時にリーク電流が発生して故障が発生するという問題があった。そのため、従来技術においては、絶縁耐性を向上させて信頼性を向上させることが求められている。
【0006】
そこで本発明は、良好な絶縁耐性を有し、高い信頼性を有するアクチュエータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のアクチュエータは、基板と、前記基板上に配置された振動板と、前記振動板上に配置された下部電極と、前記下部電極上に配置された結晶制御層と、前記結晶制御層上に配置された圧電体と、前記圧電体上に配置された上部電極とを有し、前記圧電体中の粒界に存在するPb[atm%]とZr[atm%]の比が、Pb/Zr>1.7を満たし、前記圧電体は、結晶粒の平均円相当径が40nm以上であり、前記結晶制御層の厚みが35nm未満であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、良好な絶縁耐性を有し、高い信頼性を有するアクチュエータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明に係る液体吐出ヘッドの一例を示す液室短手方向の断面模式図である。
【
図2】本発明に係る液体吐出ヘッドの一例を示す液室長手方向の断面模式図である。
【
図4】圧電体中の粒界におけるPb/Zr[%]と絶縁破壊電圧[V]との関係の一例を示す図である。
【
図5】圧電体中の粒界におけるPb/Zr[%]と前駆体材料中のPb過剰量[%]との関係の一例を示す図である。
【
図6】圧電体の粒径測定方法の一例を示す図である。
【
図7】PTシード膜厚[nm]とPZT粒径[nm]との関係の一例を示す図である。
【
図8】PTシード膜厚[nm]と絶縁破壊電圧[V]との関係の一例を示す図である。
【
図9】本発明に係る液体吐出装置の一例を示す斜視概略図である。
【
図10】本発明に係る液体吐出装置の一例を示す側面概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係るアクチュエータ、液体吐出ヘッド、液体吐出装置及びアクチュエータの製造方法について図面を参照しながら説明する。なお、本発明は以下に示す実施形態に限定されるものではなく、他の実施形態、追加、修正、削除など、当業者が想到することができる範囲内で変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【0011】
本実施形態のアクチュエータは、基板と、前記基板上に配置された振動板と、前記振動板上に配置された下部電極と、前記下部電極上に配置された圧電体と、前記圧電体上に配置された上部電極とを有し、前記圧電体中の粒界に存在するPb[atm%]とZr[atm%]の比が、Pb/Zr>1.7を満たすことを特徴とする。
【0012】
図1は、本実施形態のアクチュエータ(圧電型アクチュエータ、圧電体素子とも称する)を有する液体吐出ヘッドの液室短手方向の断面図であり、
図2は液室長手方向の断面図である。
図1及び
図2に示すように、液体吐出ヘッドは、アクチュエータ基板100に液体吐出エネルギーを発生するアクチュエータ12、振動板13を備え、加圧液室隔壁14、加圧液室15を形成している。各加圧液室15は、加圧液室隔壁14で仕切られている。
【0013】
圧電体20はPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)により形成され、共通電極10、個別電極11に挟まれており、各電極層に積層された配線層42(配線、引出配線などとも称する)等により電圧が印加される。
【0014】
アクチュエータ基板100とノズル基板300によって、加圧液室15が形成されている。これらアクチュエータ基板100、支持基板200、およびノズル基板300を接合することにより、液体吐出ヘッドが形成されている。
【0015】
このように形成された液体吐出ヘッドにおいては、各加圧液室15内に液体、例えば記録液(インク)が満たされた状態で制御部からパルス電圧を印加する。制御部は、画像データに基づいて、例えば記録液の吐出を行いたいノズル孔16に対応する個別電極11に対して、発振回路により、配線層、層間絶縁膜に形成された接続孔を介して例えば20Vのパルス電圧を印加する。
【0016】
上記電圧パルスが印加されると、電歪効果により圧電体20そのものが振動板3と平行方向に縮み、振動板3が加圧液室5方向に撓む。これにより、加圧液室15内の圧力が急激に上昇して、加圧液室15に連通するノズル孔16から記録液が吐出する。
【0017】
次いで、パルス電圧印加後は、縮んだ圧電体20が元に戻ることから撓んだ振動板13は元の位置に戻る。これにより、加圧液室15内が共通液室内に比べて負圧となり、外部から液体供給口66を介して供給されているインクが共通液体供給路19、共通液室18から流体抵抗部17を介して加圧液室15に供給される。これを繰り返すことにより、液滴を連続的に吐出でき、液体吐出ヘッドに対向して配置した被記録媒体(用紙)に画像を形成する。
【0018】
次に、本実施形態のアクチュエータの詳細について説明する。
従来技術においては、アクチュエータの絶縁耐性を向上させることが求められている。アクチュエータにおける絶縁耐性の指標としては、例えば圧電体の絶縁破壊電圧が70V以上であることが一つの例として挙げられる。
【0019】
本発明者は、鋭意検討を行ったところ、圧電体中の粒界に存在するPb量と絶縁耐性には相関が見られることを見出した。これはPb欠損によるホールの生成や、過剰Pbそのものがリーク源となり、絶縁耐性に影響を及ぼしていると考えられる。そして、圧電体中の粒界に存在するPbとZrの比(Pb/Zr)に着目し、Pb/Zrの値を振って実験したところ、Pb/Zr>1.7であれば良好な絶縁耐性が得られることが判明した。本発明によれば、圧電体中の粒界に存在するPbとZrの比を制御することで、良好な絶縁耐性を有し、高い信頼性を有するアクチュエータを提供することができる。
【0020】
なお、以下、圧電体中の粒界に存在するPbとZrの比を「粒界中のPb/Zr」と称することがある。
【0021】
圧電体中の粒界に存在するPbとZrの比は、Pbのatm%とZrのatm%により求める。Pb/Zrとしては無次元の値である。ただし、Pb/Zr[%]と表記した場合、Pb/Zrの値を100倍したものを表す。
【0022】
粒界中のPb/Zrの測定方法としては、EDX(エネルギー分散型X線分析)により行う。測定装置としてSTEM(走査透過型電子顕微鏡)を用い、圧電体表面を膜厚方向と水平方向から観察し、粒界を確認する。その後EDXを使用しグレイン間を点分析することにより組成情報を取得する。なお、粒界中のPb/Zrは例えば3箇所程度の測定値を平均して平均値を求めることが好ましい。
【0023】
圧電体中の粒界に存在するPbとZrの比を求める際には、圧電体中の結晶粒(グレインとも称する)の側面を測定する。本実施形態においては、厳密に圧電体中の結晶粒の側面でない場合であっても、結晶粒の側面から5nm以内の領域を粒界として扱う。
【0024】
ここで、測定箇所の一例を説明するための図を
図3に示す。
図3は、圧電体を膜厚と垂直な方向から見た場合のSTEM(走査透過型電子顕微鏡)像の一例である。ここでは、圧電体の最表面において、層の面方向と平行な断面を形成し、STEM画像を取得している。
【0025】
図では、結晶粒10a、10bと、結晶粒10a、10bの粒界が図示されている。図中、*1~*6はPb/Zrの測定点を示しており、*1~*3は粒界の測定点であり、*4~*6は結晶粒内部の測定点である。図示される例において、測定点*1及び*3は結晶粒の側面を測定しているが、測定点*2は結晶粒の側面から約3nm離れている。上述したように、結晶粒の側面から離れている箇所についても所定の値以内であれば粒界として考慮する。
【0026】
圧電体中のPb量は、例えば、圧電体をゾルゲル法で成膜する際に使用するゾルゲル液に含まれるPb量を変化させることにより制御することができる。また、圧電体中の粒界におけるPb/Zrについても同様に、ゾルゲル液に含まれるPb量を変化させることにより制御することができる。
【0027】
ゾルゲル液等の前駆体材料におけるPb量としては、適宜変更することができる。例えば、化学量論比Pb/(Zr+Ti)=1(100%)としたとき、Pbの量をZr+Tiに対して4.0%以上の過剰量にすることが好ましい。この場合、粒界中のPb/Zrが1.7よりも大きくなりやすい。
【0028】
Pbの量がZr+Tiに対して過剰量である場合、Pb/(Zr+Ti)が100%よりも大きくなることを意味し、4.0%以上の過剰量とは、すなわちPb/(Zr+Ti)が104%以上になることをいう。
【0029】
Zr+Tiに対してPbが過剰になる量をPb過剰量と称する。Pb過剰量は、前駆体材料中のPb、Zr、Tiのmolの値を用いて算出する。
【0030】
また、前駆体材料におけるPb量としては、化学量論比Pb/(Zr+Ti)=1(100%)としたとき、Pbの量を(Zr+Ti)に対して4.0%以上18.0%以下の過剰量とすることが好ましい。Pb過剰量が18.0%以下であることにより、リークの発生を抑制でき、良好な絶縁耐性が得られる。
【0031】
ここで、圧電体の粒界中のPb/Zr[%]と絶縁破壊電圧[V]との関係の一例を
図4に示す。また、圧電体の粒界中のPb/Zr[%]と前駆体材料におけるPb過剰量[%]との関係の一例を
図5に示す。
【0032】
図4に示されるように、粒界中のPb/Zr[%]が170より大きいと、すなわちPb/Zrが1.7より大きいと、絶縁破壊電圧を70Vよりも大きくすることができ、良好な絶縁耐性が得られる。絶縁耐性はPb/Zrの値が増加するにつれて向上しているが、ある値を超えると、絶縁耐性が落ちてくる。
【0033】
一方、
図5に示されるように、粒界中のPb/Zrは前駆体材料のPb過剰量に依存して増加する。
図4及び
図5をあわせて考慮し、良好な絶縁耐性が得られるPb/Zrの上限値と、前駆体材料のPb過剰量との関係から、前駆体材料におけるPb過剰量が4.0%以上18.0%以下であることが好ましい。
【0034】
本実施形態において、絶縁破壊電圧は、印加電圧をステップ的に上昇させていったときに圧電体に絶縁破壊が発生したときの電圧としている。
【0035】
圧電体中の粒界におけるPb/Zrを制御する方法としては、上記の他にも例えば、圧電体を形成する際の焼成温度を制御する方法が挙げられる。焼成温度が高くなるとPb量が減り、Pb/Zrが小さくなる。焼成温度としては、適宜変更することが可能であるが、例えば650℃~750℃であることが好ましい。
【0036】
圧電体において、結晶粒の平均円相当径は40nm以上であることが好ましい。この場合、良好な絶縁耐性が得られる。
結晶粒の平均円相当径は、圧電体表面をEBSD法(電子線後方散乱回折法)によりマッピングすることで、各結晶粒の粒径分布から算出することができる。
図6は圧電体表面をEBSD法によりマッピングした場合の一例を示す図である。圧電体の結晶粒を方位ごとに分けることができるため、各結晶粒のサイズを正確に取得することができる。
【0037】
圧電体中の結晶粒の大きさについて、
図7、
図8を用いて説明する。
図7は、横軸をPTシード膜厚[nm]とし、縦軸をPZT粒径[nm]としたときの関係の一例を示す図である。なお、PZT粒径とあるのは、圧電体中の結晶粒の平均円相当径を示す。また、PTシードとあるのは、下部電極上であって、圧電体の直下に形成される結晶制御層に該当する。PTシード層としては、例えばPbTiO
3等を用いることができる。
【0038】
図8は、横軸をPTシード膜厚[nm]とし、縦軸を絶縁破壊電圧[V]としたときの関係の一例を示す図である。
図8に示されるように、PTシード膜厚を大きくしていくと、絶縁破壊電圧が小さくなっていき、膜厚35nm付近で絶縁破壊電圧が70Vを下回る。
【0039】
このとき、
図7を参照すると、PTシード膜厚35nm付近ではPZT粒径が40nm程度になっている。このため、圧電体における結晶粒の平均円相当径を40nm以上にすることにより、良好な絶縁耐性が得られる。また、特に制限されるものではないが、圧電体における結晶粒の平均円相当径としては、140nm以下であることが好ましい。
【0040】
本実施形態の液体吐出ヘッドは、液体を吐出するノズルと、前記ノズルに通じる液室と、前記液室内の前記液体を加圧するアクチュエータとを備え、前記アクチュエータが本実施形態のアクチュエータである。
【0041】
本実施形態における液体吐出ヘッドの製造方法の一例を説明する。ここでは、
図1、
図2に示される液体吐出ヘッドを製造する場合の例を説明する。
【0042】
(a)アクチュエータ基板100として面方位(110)のシリコン単結晶基板(例えば厚み400μm)上に振動板13を成膜する。この振動板13は、例えばLP-CVD法を用いて、シリコン酸化膜、シリコン窒化膜、さらにアモルファス層の3層を積層した構造とすることができる。
【0043】
シリコン酸化膜は圧縮応力を有していることが好ましく、シリコン窒化膜は引張応力を有することが好ましい。各膜厚としては、適宜変更することができ、例えば応力が所望の値になるように決定される。
【0044】
アモルファス層としては、例えばシリコン酸化膜、アルミナを用いることが好ましいが、これに制限されるものではない。また、アモルファス層はとしては、上部に成膜されるPZTに含まれるPbをトラップできるように適宜材料を選択することが好ましい。また、PZTからのPb拡散を確実に防止するために、アモルファス層の膜厚としては40nm以上であることが好ましい。
【0045】
その後、例えば、TiO2とPtを含む共通電極10をスパッタ法で各々20nmと160nm成膜する。本例において、共通電極10は下部電極に該当する。
【0046】
(b)次に、共通電極10上に、前駆体材料を例えばスピンコートで複数回に分けて付与し、圧電体20としてPZTを最終的に2μmの厚みとなるように成膜する。
【0047】
ここでは一例として、ゾルゲル法で成膜した場合の方法を示す。まずPZTの配向を制御するためのシード層としてPbTiO3をスピンコートにより7nm程度成膜する。次いで、前駆体材料を例えばスピンコートにより付与し、PZT前駆体を形成する。
【0048】
次いで、PZT前駆体に対して加熱を行う。適宜変更することが可能であるが、例えば乾燥温度を120℃、仮焼成の温度を380℃、本焼成の温度を700℃とすることができる。
【0049】
次いで、リソエッチ法により、後に形成する加圧液室15に対応する位置に圧電体20と個別電極11を形成する。また接合部48の位置を考慮して圧電体20と個別電極11を形成する。個別電極11としては、例えばSROとPtを用いることができ、例えばスパッタ法で各々40nmと100nm成膜する。本例において、個別電極11は上部電極に該当する。
【0050】
(c)次に、共通電極10、圧電体20と後に形成する配線層42とを絶縁するために層間絶縁膜45を成膜する。層間絶縁膜45は、例えばプラズマCVD法でSiO2膜を1000nm成膜する。層間絶縁膜45は、圧電体20や電極材料に影響を及ぼさず、絶縁性を有する膜であれば、プラズマCVD法のSiO2以外の膜でもよい。
【0051】
次いで、個別電極11と配線層42とを接続する接続孔をリソエッチ法で形成する。なお、共通電極10も配線層42と接続する場合は、同様に接続孔を形成する。
【0052】
(d)次に、配線層42として、例えばTiNとAlをスパッタ法により各々膜厚30nm、3μm成膜する。TiNは、接続孔の底部で、個別電極11あるいは共通電極10の材料として用いた場合のPtが合金化することを防ぐためのバリア層として用いることができる。個別電極11あるいは共通電極10の材料としてPtを用いる場合、配線層42の材料であるAlと直接接すると、後の工程による熱履歴で合金化することがある。この場合、体積変化によるストレスで膜剥がれ等が生じることがあり、TiNを用いることで防止することができる。
【0053】
次いで、後の支持基板200との接合部48となる箇所にも配線層42を形成する。
【0054】
(e)次に、パッシベーション膜50として、例えばプラズマCVD法でシリコン窒化膜を1000nm厚成膜する。
【0055】
(f)次に、リソエッチ法で、配線層42の引き出し配線パッド部41と圧電体20に対応する部分、及び共通液体供給路19の開口を行う。
【0056】
(g)次に、リソエッチ法により、共通液体供給路19、後の共通液室18になる箇所の振動板13を除去する。
【0057】
(h)次に、圧電体20に対応した位置にリソエッチ法によりザグリ67を設け、接合部48を形成した支持基板200を作製する。このとき、ドライエッチング法等によりSi加工を行う。
【0058】
次いで、支持基板200とアクチュエータ基板100を、接合部48を介して接着剤49で接合する。接着剤49は、一般的な薄膜転写装置により、支持基板200側に厚さ1μm程度塗布している。
【0059】
次いで、加圧液室15、共通液室18、流体抵抗部17を形成するためにアクチュエータ基板100を所望の厚さt(例えば厚さ80μm)になるように、公知の技術で研磨する。研磨法以外にもエッチングなどでもよい。
【0060】
(i)次に、リソ法により、加圧液室15、共通液室18、流体抵抗部17以外の隔壁部をレジストで被覆する。次いで、アルカリ溶液(例えばKOH溶液、あるいはTMHA溶液)で異方性ウェットエッチングを行い、加圧液室15、共通液室18、流体抵抗部17を形成する。アルカリ溶液による異方エッチング以外にも、ICPエッチャーを用いたドライエッチングで加圧液室15、共通液室18、流体抵抗部17を形成してもよい。
【0061】
(j)次に、別に形成した各加圧液室15に対応した位置にノズル孔16を開口したノズル基板300を接合することにより液体吐出ヘッドが完成する。
【0062】
次に、本実施形態の液体吐出装置を説明する。本実施形態の液体吐出装置は、液体を収容する液体収容容器と、前記液体を吐出する本実施形態の液体吐出ヘッドと、前記液体吐出ヘッドを搭載するキャリッジと、前記キャリッジを主走査方向に移動させる主走査移動機構と、を備える。
【0063】
本実施形態の液体吐出装置の一例を
図9、
図10に示す。ここに示す例では、液体吐出装置としてインクジェット記録装置を例に挙げて説明する。
【0064】
このインクジェット記録装置90は、装置本体の内部に走査方向に移動可能なキャリッジ98とキャリッジ98に搭載した液体吐出ヘッド及び液体吐出ヘッドへインクを供給するインクカートリッジ99等で構成される印字機構部91等を収納している。また、装置本体の下方部には前方側から多数枚の用紙92を積載可能な給紙カセット(或いは給紙トレイでもよい)93を抜き差し自在に装着されている。
【0065】
また、用紙92を手差しで給紙するために開かれる手差しトレイ94を有し、給紙カセット93あるいは手差しトレイ94から給送される用紙92を取り込み、印字機構部91によって所要の画像を記録した後、後面側の装着された排紙トレイ95に排紙する。
【0066】
印字機後部91は、左右の側板に横架したガイド部材である主ガイドロッド96と従ガイドロッド97とキャリッジ98を主走査方向に摺動自在に保持している。キャリッジ98には、イエロー(Y)、シアン(C)、マゼンダ(M)、ブラック(Bk)の各色のインク滴を吐出する液体吐出ヘッドを複数のインク吐出口(ノズル)を主走査方向と交差する方向に配列し、インク滴吐出方向を下方に向けて装着している。また、キャリッジ98には液体吐出ヘッドに各色のインクを供給するための各インクカートリッジ99を交換可能に装着している。
【0067】
インクカートリッジ99には、上方に大気と連通する大気口、下方には液体吐出ヘッドへインクを供給する供給口が設けられている。また、インクカートリッジ99の内部にはインクが充填された多孔質体を有しており、多孔質体の毛管力により液体吐出ヘッドへ供給されるインクをわずかな負圧に維持している。
【0068】
液体吐出ヘッドとしては各色の液体吐出ヘッドを用いているが、各色のインク滴を吐出するノズルを有する1個の液体吐出ヘッドでもよい。
【0069】
ここで、キャリッジ98は後方側(用紙搬送下流側)を主ガイドロッド96に摺動自在に嵌装し、前方側(用紙搬送上流側)を従ガイドロッド97に摺動自在に載置している。そして、このキャリッジ98を主走査方向に移動走査するため、主走査モーター101で回転駆動される駆動プーリ102と従動プーリ103との間にタイミングベルト104を張装している。タイミングベルト104はキャリッジ98に固定されており、主走査モーター101の正逆回転によりキャリッジ98が往復駆動される。
【0070】
給紙カセット93にセットした用紙92を液体吐出ヘッドに下方側に搬送するために、給紙カセット93から用紙92を分離給装する給紙ローラー105及びフリクションパッド106を有する。更に、用紙92を案内するガイド部材107と、給紙された用紙92を反転させて搬送する搬送ローラー108と、この搬送ローラー108の周面に押し付けられる搬送コロ109及び搬送ローラー108からの用紙92の送り出し角度を規定する先端コロ110とを有する。搬送ローラー108は副走査モーターによってギア列を介して回転駆動される。
【0071】
キャリッジ98の主走査方向の移動範囲に対応して搬送ローラー108から送り出された用紙92を液体吐出ヘッドの下方側で案内するため、用紙ガイド部材である印写受け部材111を設けている。
【0072】
印写受け部材111の用紙搬送方向下流側には、用紙92を排紙方向へ送り出すための回転駆動される搬送コロ112と拍車113が設けられている。さらに、用紙92を排紙トレイ95に送り出す排紙ローラー114と拍車115と排紙経路を形成するガイド部材116、117とが配設されている。
【0073】
インクジェット記録装置90で記録する際には、キャリッジ98を移動させながら画像信号に応じて液体吐出ヘッドを駆動させる。これにより、停止している用紙92にインクを吐出して1行分を記録する。次いで、用紙92を所定量搬送後、次の行の記録を行う。
【0074】
記録終了信号または用紙92の後端が記録領域に到達した信号を受けることにより、記録動作を終了させ用紙92を排紙する。
【0075】
キャリッジ98の移動方向右端側の記録領域を外れた位置には、液体吐出ヘッドの吐出不良を回復するための回復装置117を配置している。回復装置117はキャップ手段と吸引手段とクリーニング手段を有している。キャリッジ98は印字待機中にはこの回復装置117側に移動されて、キャッピング手段で液体吐出ヘッドをキャッピングして吐出口部を湿潤状態に保つことによりインク乾燥による吐出不良を防止する。また、記録途中などに記録と関係ないインクを吐出することにより、全ての吐出口のインク粘度を一定にし、安定した吐出状態を維持する。
【0076】
吐出不良が発生した場合等には、キャッピング手段で液体吐出ヘッドの吐出出口(ノズル)を密封し、チューブを通して吸引手段で吐出口からインクとともに気泡等を吸出する。これにより、吐出口面に付着したインクやゴミ等はクリーニング手段により除去され、吐出不良が回復される。また、吸引されたインクは、本体下部に設置された廃インク溜に排出され、廃インク溜内部のインク吸収体に吸収保持される。
【0077】
このように、インクジェット記録装置90は、本実施形態の液体吐出ヘッドを搭載しているので、安定したインク吐出特性が得られ、画像品質が向上する。なお、上記の説明ではインクジェット記録装置90に液体吐出ヘッドを使用した場合について説明したが、インク以外の液滴、例えば、パターニング用の液体レジストを吐出する装置に液体吐出ヘッドを適用してもよい。
【実施例】
【0078】
以下、実施例を示して本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0079】
(実施例1)
<液体吐出ヘッドの作製>
本実施例では、
図1及び
図2に示される液体吐出ヘッドを作製する。
(a)面方位(110)のシリコン単結晶基板(厚み400μm)上にLP-CVD法を用いて、シリコン酸化膜、シリコン窒化膜、さらにアモルファス層(膜厚40nm以上)の3層を積層し振動板13を成膜した。次いで、TiO
2とPtからなる共通電極10(下部電極)をスパッタ法で各々20nmと160nm成膜した。
【0080】
(b)次に、共通電極10上に、PZTの配向を制御するためのシード層としてPbTiO3をスピンコートにより7nm程度成膜した。次いで、PZT前駆体溶液をスピンコートで複数回に分けて付与し、乾燥及び焼成を行い、圧電体20としてPZTを最終的に2μmの厚みとなるように成膜した。PZT前駆体溶液により形成されるPZT前駆体を乾燥する温度は120℃とし、仮焼温度は380℃、本焼温度は700℃とした。
PZT前駆体溶液としては、化学量論比Pb/(Zr+Ti)=1(100%)としたとき、Pbの量を(Zr+Ti)に対して11.9%の過剰量とした。
【0081】
次いで、リソエッチ法により、後に形成する加圧液室15に対応する位置に圧電体20と個別電極11を形成する。また接合部48の位置を考慮して圧電体20と個別電極11を形成する。個別電極11(上部電極)としては、SROとPtをスパッタ法で各々40nmと100nm成膜した。
【0082】
(c)次に、プラズマCVD法でSiO2膜を1000nm成膜し、層間絶縁膜45を形成した。次いで、個別電極11と配線層42とを接続する接続孔をリソエッチ法で形成した。
【0083】
(d)次に、配線層42として、TiNとAlをスパッタ法により各々膜厚30nm、3μm成膜した。また、後の支持基板200と接合する箇所にも配線層42を形成した。
【0084】
(e)次に、パッシベーション膜50として、プラズマCVD法でシリコン窒化膜を1000nm厚成膜した。
【0085】
(f)次に、リソエッチ法で、配線層42の引き出し配線パッド部41と圧電体20の部分、及び共通液体供給路19の開口を行った。
【0086】
(g)次に、リソエッチ法により、共通液体供給路19、後の共通液室18部になる箇所の振動板13を除去した。
【0087】
(h)次に、圧電体20に対応した位置にリソエッチ法によりザグリ67を設け、接合部48を形成した支持基板200を作製した。このとき、ドライエッチング法によりSi加工を行った。
【0088】
次いで、支持基板200とアクチュエータ基板100を、接合部48を介して接着剤49で接合した。接着剤49は、一般的な薄膜転写装置により、支持基板200側に厚さ1μm程度塗布した。
【0089】
次いで、加圧液室15、共通液室18、流体抵抗部17を形成するためにアクチュエータ基板100を厚さ80μmになるように、公知の技術で研磨した。
【0090】
(i)次に、リソ法により、加圧液室15、共通液室18、流体抵抗部17以外の隔壁部をレジストで被覆した。次いで、アルカリ溶液で異方性ウェットエッチングを行い、加圧液室15、共通液室18、流体抵抗部17を形成した。
【0091】
(j)次に、別に形成した各加圧液室15に対応した位置にノズル孔16を開口したノズル基板300を接合することにより液体吐出ヘッドを作製した。
【0092】
<測定>
次に、得られた液体吐出ヘッドについて、測定装置としてSTEMを用い、圧電体表面を膜厚方向と水平方向から観察し、粒界を確認する。その後EDXを使用しグレイン間を点分析することにより圧電体中の組成比を求めた。実施例1では
図3に示すSEM画像が得られ、測定点*1~*6の箇所について組成比を求めた。結果を表1に示す。表に示す通り、粒界におけるPb/Zrの平均値は2.17であった。
【0093】
次に、得られた液体吐出ヘッドについて、印加電圧をステップ的に上昇させていった際に圧電体に絶縁破壊が発生した電圧の測定を行い、絶縁破壊電圧[V]を求めた。結果を表2に示す。表に示す通り、絶縁破壊電圧は132Vであった。
【0094】
(実施例2~8、比較例1、2)
実施例1において、PZT前駆体溶液に含まれる(Zr+Ti)に対するPb過剰量[%]を表2のように変更した以外は、実施例1と同様にして液体吐出ヘッドを得た。また、実施例1と同様にして圧電体中の粒界におけるPb/Zr、絶縁破壊電圧[V]を求めた。
【0095】
実施例1における圧電体中の組成比を以下の表1に示す。
また、各実施例及び各比較例における、PZT前駆体溶液のPb過剰量[%]、圧電体中の粒界におけるPb/Zr、絶縁破壊電圧[V]を表2に示す。なお、表2では、圧電体中の粒界におけるPb/ZrをPb/Zr[%]で表示している。
【0096】
【0097】
【符号の説明】
【0098】
10 共通電極
11 個別電極
12 アクチュエータ
13 振動板
14 加圧隔壁
15 加圧液室
16 ノズル
18 共通液室
19 共通液体供給路
20 圧電体
42 配線層
45 層間絶縁膜
48 接合部
49 接着剤
50 パッシベーション膜
51 バリア層
90 インクジェット記録装置
91 印字機構部
92 用紙
93 給紙カセット
94 手差しトレイ
95 排紙トレイ
96 主ガイドロッド
97 従ガイドロッド
98 キャリッジ
99 インクカートリッジ
【先行技術文献】
【特許文献】
【0099】
【文献】特開2015-53504号公報
【文献】特開2005-272294号公報