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特許7537792薄膜、バイオセンサ、及びそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】薄膜、バイオセンサ、及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/414 20060101AFI20240814BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20240814BHJP
【FI】
G01N27/414 301V
G01N27/414 301P
G01N27/416 341G
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022575672
(86)(22)【出願日】2022-01-18
(86)【国際出願番号】 JP2022001655
(87)【国際公開番号】W WO2022154129
(87)【国際公開日】2022-07-21
【審査請求日】2023-07-14
(31)【優先権主張番号】P 2021006049
(32)【優先日】2021-01-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021014676
(32)【優先日】2021-02-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野研究成果展開事業/先端計測分析技術・機器開発プログラム「モチベーション換気型血糖コントロール指標測定デバイスの研究開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100160543
【弁理士】
【氏名又は名称】河野上 正晴
(74)【代理人】
【識別番号】100170874
【弁理士】
【氏名又は名称】塩川 和哉
(72)【発明者】
【氏名】坂田 利弥
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 玲子
(72)【発明者】
【氏名】西谷 象一
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-045417(JP,A)
【文献】特開2015-034730(JP,A)
【文献】HIMORI, Shogo et al.,Control of Potential Response to Small Biomolecules with Electrochemically Grafted Aryl-Based Monola, LANGMUIR,2019年,Vol.35,pp.3701-3709
【文献】CAO, Chaomin et al.,Advances on Aryldiazonium Salt Chemistry Based Interfacial Fabrication for Sensing Applications,ACS APPLIED MATERIALS & INTERFACES,2017年,Vol.9,pp.5031-5049
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/414
H01L 29/786
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)~(e)をこの順に含む、薄膜の製造方法:
(a)導電性基板を提供すること、
(b)第1の前駆体を用いて、前記導電性基板の表面上に第1層を形成すること、
(c)前記第1層から未反応の物質の少なくとも一部を除去すること、
(d)前記導電性基板の表面上又は前記第1層に第2の前駆体を電気化学的に結合させることによって第2層を形成すること、及び
(e)工程(c)及び(d)を繰り返すこと。
【請求項2】
工程(e)を2回以上繰り返す、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(c)が、電気化学的に行われる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(c)が、超音波洗浄によって行われる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記第1及び第2の前駆体が、同一の物質である、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記第1及び第2の前駆体が、それぞれジアゾ芳香族化合物から選択される、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記第1及び第2の前駆体の両方が、ニトロフェニルジアゾニウムであり、かつ第1層及び第2層を、電気化学的に還元処理することで、アミノフェニル基に変換する、請求項1~6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記導電性基板が、電気化学的バイオセンサの電極であり、前記薄膜が、前記電極の表面上に形成される、請求項1~7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
電極を含む電気化学的バイオセンサの製造方法であって、請求項8に記載の方法で前記電極の表面上に前記薄膜を形成することを含む、電気化学的バイオセンサの製造方法。
【請求項10】
前記電極を有する電界効果トランジスタ、又は前記電極に接続されたゲート電極を有する電界効果トランジスタを更に備える、請求項9に記載の電気化学的バイオセンサの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜、バイオセンサ、及びそれらの製造方法に関する。特に、本発明は、電気化学的バイオセンサの電極の表面上の薄膜、バイオセンサ、及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液をはじめ涙・汗・唾液などの生体液には様々な生体分子が含まれている。このような生体分子をバイオマーカーとして用いて、疾患に関わるバイオマーカーを簡易に選択的かつ高感度に認識可能なバイオセンサを開発することは様々な疾患の早期発見・予防など健康維持につながり、次世代の医療の発展に大きく貢献する。
【0003】
ウェアラブルセンサによる健康管理は、現在光学系センサを用いた心拍計など、非常に身近なものになりつつある。しかしながら、種々の生体分子やイオンを含む生体液中から特定のバイオマーカーを選択的に認識するには十分な分解能が得られていないため、生体液を用いたバイオセンサによる健康管理は、未だ身近なものとはいえない。
【0004】
一方、電気化学的バイオセンサは、酸化還元反応や特定のレセプター分子との結合により選択的に電気信号から直接バイオマーカーの検出を可能にするため、実用化が期待されている。しかしながら、生体液中に多く含まれるタンパク質が電極表面に吸着することで感度や耐久性が低下するバイオファウリングにより、実用化にはさらなる技術の発展が求められている。
【0005】
近年、特許文献1に記載のような、伸長型AuゲートFETバイオセンサが、様々な低分子バイオマーカーを高感度に検出可能であることが見出された。伸長型ゲートの電極を酸化還元の触媒として機能させることで、様々な生体分子が高感度で計測できることが明らかになっている。しかしながら様々な生体分子が電極と酸化還元反応を起こすため、高いS/N比を達成するには適切な界面修飾が必要となる。そこで、これを基軸としたセンサ/界面設計が報告されている。
【0006】
中でも、Au電極表面に夾雑物を捕捉するナノフィルターを作製し、バイオマーカーのターゲット分子のみをAu電極表面に透過させる設計により、特定の生体低分子におけるS/N比の向上が実現されている[非特許文献1]。
【0007】
特に、ジアゾニウム塩であるニトロベンゼンジアゾニウム(NBD)を電気化学修飾により電極表面上に薄膜化して形成したアンカー層に、夾雑物に対するレセプターとしてフェニルボロン酸(PBA)を含む薄膜やアプタマー分子などを化学修飾することで、フィルタリング効果が達成できることも報告されている[非特許文献2]。
【0008】
また、上記のバイオファウリングに対するアンチファウリング効果を付与するため、高い親水性と双極性のホスフォリルコリン基を有するフェニルホスフォリルコリン(PPC)を用いたPPC薄膜も提案されている[非特許文献3]。
【0009】
さらに、特許文献2では、FETバイオセンサの電極表面上にジアゾニウム化合物を結合させてジアゾニウム化合物由来の層を得た後、原子移動ラジカル重合によってその層にポリマー鎖を形成することを開示している。このように得られたポリマー層は、高いフィルタリング効果が得られている。
【0010】
電気化学的バイオセンサは、これらのようなFETバイオセンサだけではなく、非特許文献4に記載のようなサイクリックボルタンメトリー法に基づくバイオセンサ、非特許文献5に記載のような電気化学インピーダンス分光(EIS)法に基づくバイオセンサも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2014-215292号公報
【文献】特開2019-45417号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Nishitani,S.et al.,ACS Applied Materials&Interfaces,2019,11,5561-5569
【文献】Himori,S.et al.,Langmuir,2019,35,3701-3709
【文献】Parviz,M.et al.,Electroanalysis,2014,26,1471-1480
【文献】Thiagarajan,S.et al.,Biosensors and Bioelectronics,2009,24,8,2712-2715
【文献】Garrote,B.et al.,Electroanalysis,2014,26,1471-1480
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、得られる薄膜の緻密性をコントロールすることができる薄膜の新規な製造方法及びそのような方法によって得られうる高い緻密性の薄膜を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、以下の態様を有する本発明により、上記課題を解決できることを見出した。
《態様1》
以下の工程(a)~(e)をこの順に含む、薄膜の製造方法:
(a)導電性基板を提供すること、
(b)第1の前駆体を用いて、前記導電性基板の表面上に第1層を形成すること、
(c)前記第1層から未反応の物質の少なくとも一部を除去すること、
(d)前記導電性基板の表面上又は前記第1層に第2の前駆体を電気化学的に結合させることによって第2層を形成すること、及び
(e)工程(c)及び(d)を繰り返すこと。
《態様2》
工程(e)を2回以上繰り返す、態様1に記載の製造方法。
《態様3》
前記工程(c)が、電気化学的に行われる、態様1又は2に記載の製造方法。
《態様4》
前記工程(c)が、超音波洗浄によって行われる、態様1又は2に記載の製造方法。
《態様5》
前記第1及び第2の前駆体が、同一の物質である、態様1~4のいずれかに記載の製造方法。
《態様6》
前記第1及び第2の前駆体が、それぞれジアゾ芳香族化合物から選択される、態様1~5のいずれかに記載の製造方法。
《態様7》
前記第1及び第2の前駆体の両方が、ニトロフェニルジアゾニウムであり、かつ第1層及び第2層を、電気化学的に還元処理することで、アミノフェニル基に変換する、態様1~6のいずれかに記載の製造方法。
《態様8》
前記導電性基板が、電気化学的バイオセンサの電極であり、前記薄膜が、前記電極の表面上に形成される、態様1~7のいずれかに記載の製造方法。
《態様9》
電極を含む電気化学的バイオセンサの製造方法であって、態様8に記載の方法で前記電極の表面上に前記薄膜を形成することを含む、電気化学的バイオセンサの製造方法。
《態様10》
前記電極を有する電界効果トランジスタ、又は前記電極に接続されたゲート電極を有する電界効果トランジスタを更に備える、態様9に記載の電気化学的バイオセンサの製造方法。
《態様11》
アミノフェニル基を有する層を含んでおり、かつ
前記アミノフェニル基の緻密性が、10分子/nm以上である、薄膜。
《態様12》
厚みが10nm以下である、態様11に記載の薄膜。
《態様13》
電荷移動抵抗(Rct)が、50Ω・cm以上である、態様11又は12に記載の薄膜。
《態様14》
態様11~13のいずれかに記載の薄膜を電極の表面上に含む、電気化学的バイオセンサ。
《態様15》
前記電極を有する電界効果トランジスタ、又は前記電極に接続されたゲート電極を有する電界効果トランジスタを更に備える、態様14に記載の電気化学的バイオセンサ。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法によれば、様々な物質に基づく様々な緻密性を有する薄膜を製造することができる。薄膜の緻密性をコントロールすることによって、例えばバイオセンサの分野において特定のターゲット分子のみを電極に透過させることが可能になり、バイオセンサの設計に非常に有利である。また、この方法によれば、従来技術では達成されなかった水準の緻密性を有する薄膜を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、電界効果トランジスタを備えるバイオセンサの構成を例示している。
図2図2は、NBD薄膜形成(修飾)時のCV波形(左:連続修飾(比較例)、右:反復修飾(実施例))を示す図である。
図3図3は、ニトロフェニル薄膜→アミノフェニル薄膜への電気化学修飾・還元の反復プロセスを示す図である。
図4図4は、比較例のニトロフェニル薄膜の還元時のCV波形を示す図である。
図5図5は、反復修飾(実施例)及び連続修飾(比較例)によって得られたアミノフェニル薄膜についてのアミノフェニル基の定量評価の結果を示す図である。
図6図6は、0~3回の反復修飾における交流インピーダンス測定のナイキストプロットを示す図である。
図7図7は、ニトロフェニル薄膜及びアミノフェニル薄膜のプローブイオン透過性を評価した結果を示す図である。
図8図8は、フェニルボロン酸ピナコラートの修飾の際のCV波形を示す図である。
図9図9は、フェニルボロン酸ピナコラートの反復修飾におけるそれぞれ2回目、4回目、8回目の修飾の際のCV波形を示す図である。
図10図10は、反復修飾回数ごとのPBA薄膜のプローブイオン透過性を評価した結果を示す図である。
図11図11は、ピナコール脱離PBA薄膜電極とピナコール未脱離PBA薄膜電極の交流インピーダンスのナイキストプロットを示す図である。
図12図12は、FET応答を測定する際に用いたFETのソースフォロワー回路を示す図である。
図13図13は、PPC薄膜の作製時のCV波形を示す図である。
図14図14は、PPC薄膜の作製時のCV波形を示す図である。
図15図15は、PPC薄膜の接触角測定を示す図である。
図16図16は、PPC薄膜の電荷移動抵抗(Rct)を示す図である。
図17図17は、PPC薄膜の生体分子に対するFET応答の結果を示す図である。
図18図18は、HSA環境下におけるノルエピネフリン添加FET測定の結果を示す図である。
図19図19は、PPC/PBA混合薄膜電極等の電荷移動抵抗(Rct)を示す図である。
図20図20は、PPC/PBA混合薄膜電極等の電荷移動抵抗(Rct)を示す図である。
図21図21は、PPC/PBA混合薄膜のノルエピネフリンに対するFET応答の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
《薄膜の製造方法》
本開示の製造方法は、以下の工程(a)~(e)をこの順に含む、薄膜の製造方法である:
(a)導電性基板を提供すること、
(b)第1の前駆体を用いて、前記導電性基板の表面上に第1層を形成すること、
(c)前記第1層から未反応の物質の少なくとも一部を除去すること、
(d)前記導電性基板の表面上又は前記第1層に第2の前駆体を電気化学的に結合させることによって第2層を形成すること、及び
(e)工程(c)及び(d)を繰り返すこと。
【0018】
従来は、上記工程(b)を繰り返し行うか、工程(b)及び(d)を繰り返し行って積層をした後、最終的に工程(c)を行って薄膜を製造していた。これに対して、本発明者らは、電気化学的に積層していく際に、未反応の物質の除去と電気化学的な反応とを1セットにして、これを反復して行うこと(以下、「反復修飾」ともいう)によって、得られる薄膜の電気的特性に大きな違いが生じることを見出した。本発明者らがさらに検討したところ、この特性の違いは、得られた薄膜の緻密性に起因していることが分かった。
【0019】
電気化学的に続けて積層し、最後に未反応物質の除去を行う場合(以下、「連続修飾」ともいう)、前駆体を反応させて積層している間に、未反応の物質が物理吸着種となって層中に留まることによって、反応が進まなくなっていたことが分かった。本発明の方法では、そのような物理吸着種等を除去してから、電気化学的な反応をさせることによって、第2層を形成しやすくなったため、得られた薄膜が緻密化されたためと考えられる。
【0020】
例えば、電気化学的バイオセンサの電極表面に形成される薄膜は、電極がターゲット分子のみを検出できるようにしていながらも、夾雑物からの影響を受けないようにする必要がある。薄膜へのこれらの要求特性は、薄膜の緻密性と大きく関連しているため、薄膜の緻密性を制御できるようになったことは、バイオセンサの設計において非常に有利である。
【0021】
本開示の方法によって得られた薄膜は、緻密でかつ高い絶縁性を与えることができる。例えば、電気化学的バイオセンサの電極の表面上に形成される薄膜の場合、電極への夾雑物からの影響を受けないようにしつつ、プローブイオンを透過させることができる。
【0022】
本開示の方法によって得られた薄膜(アンカー層)では、例えば、導電性基板である電極上の薄膜の緻密性(面密度)を制御することによって、フィルタリング効果に有効なレセプター分子を含む薄膜に、更なるフィルタリング効果が期待できる。さらに、この薄膜を構成する分子(例えば、アリール基)を機能化することで薄膜自体にフィルタリングやアンチファウリング効果を付与する設計が可能となる。
【0023】
〈工程(a):導電性基板の提供〉
工程(a)において、導電性基板を提供する。導電性基板としては、電極を挙げることができ、この電極は、電気化学的バイオセンサの電極であってもよい。
【0024】
〈工程(b):第1層の形成〉
本開示の方法の工程(b)において、第1の前駆体を用いて導電性基板の表面に第1層を形成する。第1層を形成するための第1の前駆体は、導電性基板上に直接的に結合又は付着できれば、その種類は、特に限定されない。第1層は、単分子の層であってもよく、又は第1の前駆体が複数結合した複数分子の層であってもよい。
【0025】
例えば、第1の前駆体には、ラジカルを発生させ、それにより導電性基板表面上に第1層を形成できる化合物を用いることができる。第1の前駆体にラジカルを発生させるために、導電性基板から電位を印加して、電気化学的に第1の前駆体にラジカルを発生させてもよく、加熱又は光照射によってラジカルが発生するような物質を第1の前駆体に用いてもよい。
【0026】
第1の前駆体としては、例えば、チオール化合物、ジスルフィド化合物、ビニル化合物、ジアゾニウム化合物、過酸化物等を挙げることができる。これらは、単独で又は複数種を組み合わせて用いることができる。導電性基板が電極であり、電極がAu、Ag、Cu等の金属電極、又はカーボン(GC)電極である場合、第1の前駆体として、ジアゾニウム化合物(塩)を用いることができる。ジアゾニウム化合物を用いて第1層を形成することで、-C-結合により、Au等の表面と強固な共有結合により固定化することができる。
【0027】
ジアゾニウム化合物としては、ジアゾ基を脱離させてラジカルを発生させ、それにより導電性基板表面上に第1層を形成できれば特に限定されないが、ジアゾ芳香族化合物、ジアゾ脂環式化合物、ジアゾ複素環式化合物等のジアゾ基を有する環式化合物を挙げることができる。ジアゾ芳香族化合物として、特にアリールジアゾニウム塩を挙げることができる。なお、これらの化合物は、そのまま用いてもよく、例えばアミン化合物(例えば、芳香族アミン)等をその場でジアゾ化してジアゾニウム化合物として用いてもよい。
【0028】
第2層を形成するための第2の前駆体との反応性等の観点から、第1の前駆体は、置換基(環式化合物の場合、特にp-置換基)を有していてもよく、そのような置換基としては、酸性基、塩基性基又は両性官能基を挙げることができる。酸性基としては、スルホン酸基、カルボキシル基、ヒドロキシ基、ニトロ基、ボロン酸基等のホウ素含有基、ホスホン酸基等のリン含有基、又はこれらを含む基を挙げることができる。塩基性基としては、アミノ基、アンモニウム基又はこれらを含む基を挙げることができる。両性官能基としては、ホスフォリルコリン基等を挙げることができる。これらの官能基を導入することによって、薄膜上にさらなる層を形成できるようにしてもよく、また低分子の夾雑物を薄膜内に補足するレセプターとして機能させるようにしてもよい。薄膜は、種々のプローブイオン(プローブ分子)等の化学固定が可能なように官能基(アミノ基、カルボキシ基、ボロン酸基など)を有し、親水性や疎水性など表面改質する官能基(ホスフォリルコリン基、水酸基など)を有することができる。
【0029】
ジアゾニウム化合物は、反応性の炭素ラジカルを経て導電性基板表面に結合させることができる。炭素ラジカルの生成は、電気化学的に行うことができ、水系溶媒又は有機溶媒中で電位を印加することにより、導電性基板表面と結合させることができる。アリールジアゾニウム塩を第1の前駆体として用いる場合には、還元電位を印加することができ、固定電位を一定時間印加することによって、又はCV法のような電位サイクルを数サイクル走査することによって、アリールラジカルを発生させて、これを導電性基板表面に結合させてもよい。
【0030】
アリールジアゾニウム塩を第1の前駆体として用いる場合、その反応は、以下に模式的に示すことができる。
【0031】
【化1】
【0032】
このようなジアゾニウム化合物、特にアリールジアゾニウム塩を用いる電気化学的な表面修飾の利点としては、簡便で迅速な修飾方法であること;炭素、金属、半導体などの様々な基板表面に適用できること;ジアゾニウム化合物の置換基(特に、p-置換基)を設計することによって任意の官能基を柔軟に導入できること;及び、アリールと導電性基板表面との間に強い共有結合が生じることを挙げることができる。
【0033】
第1の前駆体のラジカル反応を制御して第1層の厚みを調整するために、ラジカル捕捉剤又は連鎖移動剤を第1層の形成時に用いてもよい。例えば、非特許文献2に記載のようなラジカル捕捉剤を用いることで、第1層を単分子層化又は低分子層化することができる。ラジカル捕捉剤としては、特に種類は限定されないが、2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル(DPPH)、ヒドロキノン、4-メトキシフェノール、アミン-N-オキシド等の周知のラジカル捕捉剤を挙げられる。
【0034】
例えば、第1層の緻密化の程度を変更するために、以下に模式的に示すように、第1の前駆体としてジアゾニウム化合物と共にチオール化合物を併用して第1層を形成し、その後、チオール化合物部分のみを紫外線照射によって破壊することもできる。
【化2】
【0035】
この場合には、上述のようなジアゾニウム化合物塩由来の層形成に加えて、チオール基に由来する-S-結合による層も形成される。-S-結合は、紫外線(UV)照射によって分解できるため、-S-結合に由来する層部分を除去し、ジアゾニウム化合物塩由来の層部分のみを残存させることができる。したがって、ジアゾニウム化合物塩とチオール基含有化合物との比率等を調整することで、第1層の密度を制御することが可能となる。
【0036】
〈工程(c):未反応物質の除去〉
本開示の方法の工程(c)において、第1の前駆体(及び2回目以降の工程(c)では第2の前駆体)の未反応の物質を除去する。この工程(c)においては、未反応の物質だけではなく、第1の前駆体(及び/又は第2の前駆体)が、例えばラジカル体になって他の物質と反応して生じた副生成物も除去される。
【0037】
未反応の物質の除去の方法は、特に限定されないが、例えば電位を印加して電気化学的に未反応の物質を第1の層(及び/又は第2の層)から放出させてもよく、また超音波洗浄等の洗浄によって未反応の物質を除去してもよい。
【0038】
電気化学的に未反応の物質を除去するには、工程(b)(及び/又は工程(d))で電気化学的に層を形成する際に印加した電位とは異なる範囲の電位を印加して行うことができる。例えば、層を形成する際に正の電位を印加したり、0Vから1.0Vの範囲でCV法によって電位走査を行ったりした場合には、負の電位を印加することによって、未反応の物質を第1の層(及び/又は第2の層)から放出させることができる。このような、方法によって、未反応物質の除去を行った場合には、例えばジアゾニウム化合物のジアゾ基が残ったまま層が形成された場合に、ジアゾ基を除去できる場合があり、さらなる薄膜のさらなる緻密化が可能である。
【0039】
洗浄によって未反応の物質を除去するには、その洗浄方法は特に限定はされない。水系溶媒又は有機溶媒で単にすすぐだけであってもよいが、これらの溶媒中で超音波洗浄をすることができる。
【0040】
〈工程(d):第2層の形成〉
本開示の方法の工程(c)において、未反応物質の除去をした後に、導電性基板の表面上又は第1層に第2の前駆体を電気化学的に結合させることによって第2層を形成する。第2層は、単分子の層であってもよく、又は第2の前駆体が複数結合した複数分子の層であってもよい。
【0041】
従来技術においては、CV法のような電位サイクルを数サイクル走査することによって、第1層及び第2層を電気化学的反応から形成し、最後に超音波洗浄を行って、未反応物質の除去をしていたが、本開示の方法では、未反応物質の除去の後に、さらに工程(d)の積層工程を行うことに特徴を有しているため、本工程は、本開示の方法の本質的な特徴である。
【0042】
工程(c)で用いられる第2の前駆体は、第1層を形成するための第1の前駆体とは異なる物質であってもよく、又は第1の前駆体と同じ物質でもよい。第2の前駆体は、電気化学的に第1層に結合させてもよく、導電性基板の表面に結合させてもよい。第2の前駆体は、第1の前駆体で使用できるとした物質と同じ物質から選択することができる。
【0043】
また、電気化学的な反応についても同様であり、第1層を形成するための電気化学的反応と同様の方法によって、第2層を形成することができる。
【0044】
〈工程(e):工程(c)及び(d)の繰り返し〉
本開示の方法は、工程(c)及び(d)を反復して行うことによって、薄膜の緻密化を行う。この繰り返しは、少なくとも1回行うことができ、1回~20回、2回~10回、又は3回~8回の範囲で行うことができる。この繰り返しの回数は、例えば、CV法のような電位サイクルによって電気化学的に層を形成する場合には、電流の波形が大きく変わらなくなるまで行うことができる。また、固定電位によって電気化学的に層を形成する場合には、電流が一定になるまで行うことができる。
【0045】
例えば、この方法では、反復修飾を10回程度行って、3nm~10nmの薄さ、より具体的には6~8nmの薄さで飽和する場合があり、かつ緻密化及び絶縁性も、反復修飾10回程度で飽和する場合がある。
【0046】
この繰り返しの工程では、初回の工程(c)及び(d)と、次の工程(c)及び(d)とで、完全に同一の工程である必要はなく、例えば工程(c)において用いる第2の前駆体は、初回の工程(c)と次の工程(c)において変更してもよい。
【0047】
2回目以降の工程(c)において、それ以前の工程(c)の第2の前駆体とは、異なる第2の前駆体を用いることによって、異なる物質に基づく混合薄膜を形成してもよい。実施例の実験4でも開示されているように、2種以上の異なる前駆体を用いることによって、それぞれの層で異なる機能を与えることによって、薄膜を高機能化させることができる。
【0048】
〈他の工程〉
本開示の方法は、さらに上記のようにして得られた薄膜上に、さらに他の機能を付与するための層を形成することができる。例えば、特許文献2に記載のようにボロン酸基を有するポリマーを結合させて、フィルタリング効果を与えることができる。また、薄膜上に、ターゲット分子と結合するアプタマー層を形成したり、ポリエチレングリコール等の親水性ポリマー層を形成してアンチファウリング効果を与えたりしてもよい。
【0049】
《薄膜》
本開示の薄膜は、上記の本開示の製造方法によって得られるような緻密性の高い薄膜であり、本開示の薄膜の各構成については、本開示の製造方法に関して説明した各構成を参照することができる。また、本開示の薄膜の製造方法に関する各構成についても、以下の本開示の薄膜に関して説明した各構成を参照することができる。
【0050】
本開示の薄膜は、導電性基板の表面に形成される。この薄膜は、導電性基板上に直接的に結合又は付着する第1層、及び第1層の分子に結合して厚み方向又は横方向に形成される第2層を含む。第1層及び第2層は、幾何学的に重なっていてもよい。第1層及び第2層は、同じ種類の分子から形成されていてもよく、それぞれ異なる種類の分子から形成されていてもよい。
【0051】
第1層及び第2層を構成する分子は、それぞれ上記の第1及び第2の前駆体に由来する分子から構成することができ、特にジアゾ芳香族化合物から由来する芳香族化合物であることができる。この芳香族化合物は、置換基を有していてもよく、そのような置換基としては、酸性基、塩基性基又は両性官能基を挙げることができる。酸性基としては、スルホン酸基、カルボキシル基、ヒドロキシ基、ニトロ基、ボロン酸基等のホウ素含有基、ホスホン酸基等のリン含有基、又はこれらを含む基を挙げることができる。塩基性基としては、アミノ基、アンモニウム基又はこれらを含む基を挙げることができる。両性官能基としては、ホスフォリルコリン基等を挙げることができる。
【0052】
特に、本開示の薄膜は、第1及び/又は第2の前駆体としてニトロフェニルジアゾニウムが用いられた後に、電気化学的に還元処理されて得ることができる、アミノフェニル基を有する層を含むことができる。
【0053】
本開示の薄膜の厚さは、例えば20nm以下、19nm以下、18nm以下、17nm以下、16nm以下、15nm以下、14nm以下、13nm以下、12nm以下、11nm以下、10nm以下、10nm未満、9nm以下、又は8nm以下であってもよく、3nm以上、4nm以上、5nm以上、6nm以上、7nm以上、8nm以上、9nm以上、10nm以上、11nm以上、12nm以上、13nm以上、14nm以上、又は15nm以上であってもよい。本開示の薄膜の厚さは、3nm以上20nm以下、又は5nm以上10nm以下の範囲であってもよい。薄膜の厚さは、原子間力顕微鏡によって測定することができる。
【0054】
本開示の薄膜は、緻密性が高い結果、絶縁性を高くすることができ、実施例に記載の方法によって測定した場合、電荷移動抵抗(Rct)は、50Ω・cm以上、100Ω・cm以上、300Ω・cm以上、500Ω・cm以上、1000Ω・cm以上、又は1500Ω・cm以上とすることができる。
【0055】
このようにして得られたアミノフェニル基を有する層を含む薄膜は、実施例に記載の方法によって、アミノ基の数から薄膜の緻密度を定量化することができる。本開示の薄膜は、アミノフェニル基の緻密性が、10分子/nm以上、15分子/nm以上、又は20分子/nm以上であってもよく、40分子/nm以下、30分子/nm以下、又は20分子/nm以下であってもよい。例えば、本開示の薄膜のアミノフェニル基の緻密性は、10分子/nm以上40分子/nm以下の範囲である。分子/nmの単位は、1つのアミノフェニル基を1分子とみなした単位であり、1つのアミノフェニル基を1官能基とみなして官能基/nmに代えてもよい。
【0056】
本開示の薄膜は、上記のような層に加えて、さらに他の機能を付与するための層を含むことができる。例えば、特許文献2に記載のようにボロン酸基を有するポリマーを結合させて、フィルタリング効果を与えることができる。また、上記のような層の上に、ターゲット分子と結合するアプタマー層を形成したり、ポリエチレングリコール等の親水性ポリマー層を形成してアンチファウリング効果を与えたりしてもよい。
【0057】
《バイオセンサ及びその製造方法》
本開示の薄膜は、バイオセンサ、化学センサ等に用いることができる。バイオセンサは、導電性基板として電極を含む電気化学的バイオセンサであることができる。電極を含む電気化学的バイオセンサは、電極の表面に上記の薄膜を含むこと以外は、公知のバイオセンサの構成を採用することができる。バイオセンサはまた、導電性基板を含む表面プラズモン共鳴(SPR:Surface Plasmon Resonance)を利用したバイオセンサ、または、導電性基板を含む水晶振動子マイクロバランス(QCM:Quartz Crystal Microbalance)を利用したバイオセンサであることができる。また、バイオセンサの製造方法は、電極を含む電気化学的バイオセンサの製造方法であって、上記の薄膜の製造方法によって電極の表面上に前記薄膜を形成することを含むこと以外は、公知のバイオセンサの製造方法の構成を採用することができる。
【0058】
電気化学的バイオセンサとしては、非特許文献4に記載のようなCV法の電流波形に基づいて検出対象物質の存在及び濃度を検出するバイオセンサ、非特許文献5に記載のような電気化学インピーダンス分光(EIS)法のインピーダンス計測に基づいて検出対象物質の存在及び濃度を検出するバイオセンサ、及び電界効果トランジスタのゲート電極の電位計測に基づいて検出対象物質の存在及び濃度を検出するバイオセンサ等を挙げることができる。
【0059】
バイオセンサの試料は、血液であってもよいが、非侵襲的に採取した試料、例えば、汗、涙、唾液を挙げることができる。
【0060】
バイオセンサによる検出対象物質としては、低分子のバイオマーカーであってもよい。低分子のバイオマーカーとしては、典型的には、システインやチロシン等のアミノ酸、糖尿病と関わりの深いグルコース、神経伝達物質であるドーパやドーパミン、アレルギー応答に関わりのあるヒスタミンなどの生体化合物を挙げることができる。ただし、これらに限定されるものではなく乳酸、尿酸、シアル酸、シアリルラクトース、フルクトース、パロモマイシン(paromomycin)、カナマイシン(Kanamycin)、L-エピネフリン等を対象とすることもできる。
【0061】
また、バイオセンサによる検出対象物質としては、上述のようなプローブイオンであってもよく、プローブイオンを用いてバイオマーカーを間接的に検出してもよい。
【0062】
検出対象物質は、電極の検出領域内に近づくことで検出され、その検出領域は、薄膜の厚さの数ナノメートル以内であり、例えばデバイ長以内であり、典型的には5nm以内である。ここで、デバイ長とは、電極近傍で化合物の存在による電位変化が観測され得る領域のことである。当該デバイ長は、測定に用いるセンシング部内の溶液濃度等にも依存するものであり、場合によって、1、2、3、又は4nmであることもあり、或いは、5~10nmの範囲となることもある。
【0063】
本開示のバイオセンサの1つの実施形態である、電界効果トランジスタを備えるバイオセンサの構成を図1に例示する。
【0064】
バイオセンサ10は、検出対象物質の存在を識別するセンシング部11と、検出部としての電界効果トランジスタ(FET)12とを備える。バイオセンサ10は、センシング部11において試料中に含まれる検出対象物質を識別し、識別された情報をFET12において電気的な信号に変換することにより、試料中の検出対象物質の存在及び濃度を検出する。
【0065】
なお、図1では、代表的な例示として、ゲート電極21が金属線36を介して金属電極32と電気的に接続された構成を有する、いわゆる伸長ゲート型のFETを使用した場合を例に挙げて説明するが、バイオセンサは、このような例に限定されるものではない。
【0066】
センシング部11は、ゲート電極(伸長ゲート電極)21と、ゲート電極21上に設けられた薄層22とを備える。当該薄層は、上述のとおり、ターゲットとなる検出対象物質の応答を検出する際に、ノイズシグナルを生じさせる夾雑物を選択的に捕捉又は排除する機能を有し、これにより検出対象物質のみをゲート電極21の界面付近に透過させるためのものである。
【0067】
図1に示す実施態様では、センシング部11は、ゲート電極21の一側表面上に円筒状の壁部を設けて容器23が形成されており、当該容器23内に識別物質を含む試料を添加される。ゲート電極21は、Au、Ag、Cu等の金属電極、又はカーボン(GC)電極で形成することができるが、例えばAuである。容器23の容量については特に制限されるものではないが、例えばバイオセンサの測定に必要な試料の量(例えば、0.1μL~1μL程度)以上の微量の体液を収容できる容量である。
【0068】
FET12は、上述したセンシング部11と電気的に接続可能であり、上記の対象物質とセンシング部11との相互作用の結果生じる変化を検出する素子である。図1に示すように、FET12は、半導体基板31の表面に形成されたソース電極34及びドレイン電極35と、これらの上に形成されたゲート絶縁膜33とを備える。FET12としては、nチャネル型MOSFET(n-MOS)が好適であるが、pチャネル型MOSFET(p-MOS)、nチャネル接合型FET、pチャネル接合型FET等を用いることもできる。ゲート絶縁膜33上には、金属電極32が形成されている。金属電極32は、配線36を介して、センシング部側のゲート電極21と電気的に接続されている。金属電極32は、Au、Ag、Cu等の金属電極、又はカーボン(GC)電極で形成することができる。
【0069】
半導体基板31の素材としては、特に制限されるものではないが、Si、GaAs、透明酸化物半導体(例えば、ITO、IGZO、IZO)、有機半導体、炭素半導体(例えば、カーボンナノチューブ、グラフェン半導体、ダイヤモンド半導体等)等、公知の半導体を適宜選択して用いることができる。炭素半導体を用いる場合には、Siを使用した場合よりもセンサの測定感度をより高くすることができる。
【0070】
ゲート絶縁膜33は、半導体基板31におけるソース電極34とドレイン電極35とに挟まれた部分(すなわち、図1のFETにおけるp型半導体部分)の表面に設けられており、SiO、Si(SiN)、Ta、Al等の酸化物又は窒化物等で形成することができる。
【0071】
ソース電極34とドレイン電極35は、電源37及び電流計38が電気的に接続されており、ソース電極34からドレイン電極35へ流れるドレイン電流を計測するように形成されている。ゲート絶縁膜33上の電荷密度が変化すると、ドレイン電流の大きさが変化する。すなわちドレイン電流を一定に保つためには、ゲート絶縁膜33上の電荷密度の変
化に伴いゲート電圧を変化させる必要がある。FET12は、このゲート電圧の変化を計測することにより、ゲート絶縁膜33上の電荷密度の変化を電気的に計測する。
【0072】
この際、必要に応じて、図1に示すように参照電極24を設けてもよい。参照電極24は、センシング部11と電気的に接続され、ソース電極34及びドレイン電極35とともに閉回路を形成し、FETにおける電圧測定の基準電位となる電極であり、アースされることもある。実用上は、FETにおける電圧測定の際に必要となるが、他の方法により対象物質の測定が可能であれば参照電極24を設けることは必ずしも必須ではない。
【0073】
なお、FETバイオセンサにおける一般的な検出原理については、例えば、特許文献1等において説明されており、当該文献を参照することができる。
【0074】
本発明を以下の実施例でさらに具体的に説明をするが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【実施例
【0075】
実験1:アミノフェニル薄膜に関する実験
《製造例》
〈1-1.試薬及び実験器具〉
4-ニトロベンゼンテトラフルオロボレート(以下「NBD」,98%)は、東京化成工業株式会社から購入した。アセトニトリル(98%)、アセトン、メタノール、エタノール、ヘキサフルオロリン酸テトラブチルアンモニウム(95%)、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム(以下、K[Fe(CN)]、99%)、NaHPO、NaHPO、NaOH(1.0N)、HCl(1.0N)、HNO(69%)、KCl、Agar(powder)は、富士フイルム和光純薬株式会社から購入した。純水は超純水製造装置(うるぴゅあ、小松電子株式会社)で調製されたものを利用した。Ag線(0.6mm)及びPt線(0.7mm)はNilaco社から購入した。ロッド型のAu電極(OD 6mm;ID 1.6mm)やその研磨剤として用いたアルミナスラリー(0.05μm)はBASから購入し電気化学的特性を観察するために使用した。またガラス基板に Au/Crを100nm/10nmの膜厚でスパッタリングされた平板電極(0.2×1.2mm、Kyowa International)は膜厚などの物理特性を観察するために用いられた。
【0076】
本実験で使用した100mMのリン酸緩衝液は、NaHPOとNaHPOをそれぞれ20mM、80mMになる量を添加し、NaOHでpH7.4に調整した。
【0077】
Ag/AgCl電極は、Ag線を4cm程度の長さに切断したものをアセトンに20分、メタノールに20分浸漬し、水で充分洗い流したのちに硝酸に30分以上浸漬させて均一な銀表面を得た。0.1Mに希釈したHCl中で電気化学アナライザー(ALS 618E、BAS)を用いて電気分解を行った。
【0078】
KCl塩橋は、純水50mLに10mgのKCl及び1.7mgのAgarを溶かした。KCl及びAgarが全て溶けて溶液が透明になるまで100℃で攪拌しながら温めた後、マイクロピペットのチップに詰めた。
【0079】
〈1-2.製造方法〉
(1-2.1 電極等の前処理)
NBDによる薄膜形成及びその前処理には、電気化学アナライザーを用いた。参照電極にAg/AgCl電極、対極にPt線、作用電極にはAu電極を使用した。薄膜形成の前処理として、ロッド型のAu電極をアルミナスラリーで研磨し、その後、100mMリン酸緩衝液(pH7.4)中にて、CV法によって、金固有の酸化還元カーブが観測されるまで0.2V~1.2Vの電位範囲を5周、スキャン速度100mV/sで走査した。
【0080】
平板電極上に薄膜形成をする際の前処理を、アセトンとメタノールを用いて行った。アセトンで3分間超音波洗浄を行い、その後、20分アセトンに浸漬させた。その後、同様の処理をメタノール下で行った(3分間超音波洗浄、20分浸漬)。
【0081】
Au電極のリン酸緩衝溶液中での酸化還元のCV波形から、Au電極の表面粗さRaが1.368±0.106であり、再現性の高いAu電極表面が得られていることが確認できた。
【0082】
(1-2.2 ニトロベンゼンジアゾニウム塩による電極上への薄膜形成)
NBDによる薄膜形成に、アセトニトリルを溶媒に用いた。支持電解質として、ヘキサフルオロリン酸テトラブチルアンモニウムの濃度が100mMになるように溶液を調製した。この溶液中にて、CV法でNBD修飾前のブランク波形を取った後に、1.0mMのNBD溶液になるよう調整した。
【0083】
NBD溶液中で0.7V~0.0Vの電位範囲を走査し、NBDをAu電極上に修飾しニトロフェニル薄膜を得た。
【0084】
(1-2.3 ニトロフェニル薄膜のアミノフェニル薄膜への還元及び未反応物質の除去)
ニトロフェニル薄膜をアミノフェニル薄膜へと還元する処理を電気化学的に行った。KClを0.1M含有する水-エタノール溶媒(9:1の体積比)中で-0.9Vを90秒印加して、ニトロフェニル薄膜を還元した。参照電極にAg/AgCl電極、対極にPt線、作用電極には前節で得たニトロフェニル薄膜形成後のAu電極を用いた。
【0085】
また、膜の密度を計算するために、前節で得られたニトロフェニル膜をメタノールで30分間攪拌し、その後上記のKCl含有水-エタノール溶液下でCV法を用い0.0V~ 0.9Vの電位範囲で5周行う還元も行った。この際、KCl含有水-エタノール溶液は窒素ガスでバブリングを30分以上行い十分に脱気したものを用い、還元中もバブリングを続けた。
【0086】
アミノフェニル膜への還元後に、メタノール中で超音波洗浄を行った。
【0087】
上記の還元処理及び超音波洗浄によって、薄膜中の物理吸着種、副反応によって生じたジアゾ基を有する、未反応の物質等を除去した。
【0088】
(1-2.4 連続修飾による薄膜形成(比較例))
上記1-2.2のCV法による電位走査を10サイクル連続で行って、最後に上記1-2.3の処理を行った。
【0089】
その際のCV波形を図2右図に示す。2サイクル以降で還元電流が大幅に抑制されていたが、これは薄膜による電極の被覆率が上昇し、NBDをラジカル化させることができなくなったためと考えられる。10サイクル付近では、還元電流はほとんど流れなかった。
【0090】
(1-2.5 反復修飾による薄膜形成(実施例))
上記1-2.2及び1-2.3の処理を、3回反復して行った。この際には、同じNBD溶液中で処理を繰り返し行い、この間にNBDの追加は行わなかった。
【0091】
その際のCV波形を図2左図に示す。2回目の修飾においても非常に大きな還元電流が流れて、より多くのNBDがAu電極からラジカルを受け取り反応したことがわかる。これにより電位走査がAu電極上の物理吸着種の脱離処理として機能していること、さらなる修飾が行われていることがわかる。この一連のニトロフェニル薄膜→アミノフェニル薄膜への電気化学修飾・還元プロセスを繰り返すことにより(反復修飾)アミノフェニル薄膜の密度制御を試みた。図3にこれを模式的に示す。
【0092】
〈1-3.評価方法〉
(1-3.1 アミノフェニル基の定量評価)
ニトロフェニル膜をアミノフェニル膜への還元時の流れた電荷からアミノフェニル膜のアミノ基の数を算出し、その密度を計算した。
【0093】
電極上のニトロフェニル膜からアミノフェニル膜への還元反応は以下の式で表せる:
【0094】
【化3】
【0095】
比較例についてのニトロフェニル膜の還元時のCV波形を図4に示す。1サイクル目において-0.8V付近に非常に大きな還元ピークを持ち、その後、サイクルを重ねるごとに電流は小さくなり、4サイクルから5サイクルでほとんど変わらないほどまで減衰する。この電流の変化より、上記(1)と(2)の2式が-0.8Vの還元に寄与する還元電流とわかる。
【0096】
また、-0.2V付近の酸化ピークは1サイクル目においては大きいが、それ以降は非常に減衰している。直後の2サイクル目の-0.25V付近のピークは1サイクル目には見られないもので、またそれ以降のサイクルにおいても明確なピークは見られない。これは 1サイクル目にできた Au-Ar-NHOHがAu-Ar-NOに酸化され、2サイクル目で、これらのことから-0.25Vの還元ピークと-0.2Vの酸化ピーク合わせて(3)の酸化還元反応を示すピークと判断できる。
【0097】
これらの反応から還元に用いられた電荷を計算する。4サイクルと5サイクルで変化が非常に乏しかったので、5サイクルで修飾したニトロフェニルがすべてアミノフェニルに還元されたと仮定し、5サイクルのCVをブランクとして扱い、その差分の流れた電流について考える。
【0098】
Au電極付近の未還元のジアゾニウムによるジアゾ結合により修飾されている分子もそのジアゾ結合の還元により膜から脱離してしまうが、今回の計算においては考慮しないで上記(3)式の6電子反応のみが起きていると仮定して、iサイクル目(i=1~4)におけるアミノ基へ還元された官能基の面密度Γを算出した。算出式は以下の式に記載のとおりである:
【0099】
【数1】
【0100】
ここで、Qiはiサイクル目に流れた電荷総量、F はファラデー定数(9.65*10C/mol)、Aは電極面積(=0.0201cm)をそれぞれ表す。
【0101】
(1-3.2 薄膜の絶縁性の評価:交流インピーダンス測定)
交流インピーダンスの測定を、非特許文献2等に記載の方法と同様にして行って電荷移動抵抗(Rct)を算出した。
【0102】
すなわち、得られたアミノフェニル膜について、Feプローブを用いてサイクリックボルタンメトリーと交流インピーダンス測定を行った。10mMのK[Fe(CN)]含有の100mMリン酸緩衝液(pH7.4)で測定を行った。
【0103】
CVでは10秒間0.5V印加してから0.5V~-0.3Vの範囲を100mVのスキャン速度で波形が安定するまで5周ほど走査した。
【0104】
交流インピーダンス測定において初期電位は未修飾金における[Fe(CN)4-/[Fe(CN)3-プローブの酸化還元電位をCVから読み取り、0.215Vとした。変調電位の振幅を10mV,測定周波数の範囲は10~1Hzで行った。
【0105】
(1-3.3 プローブイオン透過性の評価)
プローブイオン([Fe(CN)3-)を用いたCVを行い、各状態での膜の分子透過性を確認した。作製直後のニトロフェニル膜電極、作製したニトロフェニル(NP)膜をメタノール中で30分攪拌洗浄した電極、さらに還元後のアミノフェニル(AP)膜の3つを比較した。
【0106】
〈1-4.結果〉
(1-4.1 アミノフェニル基の定量評価)
比較例及び実施例についてのアミノフェニル基の定量評価の結果を、以下の表1に示す。また、これらの結果を、図5にも示す。なお、表中の単位は、分子/nmである。
【0107】
【表1】
【0108】
比較例1の連続修飾では、1サイクル目でほとんどのニトロ基がアミノ基に還元された。連続修飾をしたことでアミノ基の数は増加しているが、その増加は回数を重ねるごとに減少する傾向がみられた。物理吸着種等の分子による阻害があるため、電極上の薄膜形成に限界があったと考えられる。
【0109】
実施例1の反復修飾では、1回目の反復修飾と2回目の反復修飾の合計Γi(=14.01分子/nm)が、比較例1の連続修飾10サイクルの分子数Γi(=8.96分子/nm)よりも大きく、より緻密なアミノフェニル膜を作製することができた。
【0110】
実施例1の反復修飾における1回目修飾と2回目修飾の修飾量の差について注目すると、本来Au電極上において同じ濃度の溶液で修飾した場合、後の修飾回では前に修飾された分子によって電極への修飾を阻害されるため修飾量は減っていくと考えられるが、今回の結果では1回目の修飾よりも2回目、3回目の修飾のほうが、修飾量が大きい。これは、アミノ基の電子供与性が関係していると考えられる。同一ジアゾニウム塩の還元修飾において、電子求核性が高い分子ほどラジカルとの反応性が低く薄い膜ができ、電子供与性が高いほどラジカルとの反応性が高く、比較的厚い膜ができる。今回のアミノフェニル膜に置き換えて考えるとアミノ基の電子供与性によりベンゼン環のオルト位の炭素がプラスに分極している。そのため、ジアゾニウム塩が還元されてできたラジカルを持つNBDが、Au電極よりも、アミノフェニル膜に優先して結合している可能性があるが考えられる。
【0111】
(1-4.2 薄膜の絶縁性の評価:交流インピーダンス測定)
0~3回の反復修飾における交流インピーダンス測定のナイキストプロットを図6に示す。また、算出した電荷移動抵抗(Rct)を表2に示す。
【0112】
【表2】
【0113】
この結果から明らかなように、反復回数を指数関数的に電荷移動抵抗が上昇する結果となった。
【0114】
より高密度な膜を作製すると、溶液/電極界面における分子の透過性が失われるため、設計するセンサの目的に沿って、薄膜の製造における反復回数等を変更し、検出対象物質を透過するだけの空隙を薄膜にもたせることが可能になる。
【0115】
(1-4.3 プローブイオン透過性の評価)
プローブイオン透過性を評価した結果を、図7に示す。作製直後のニトロフェニル(NP)膜は、非常に絶縁的であるが、30分メタノール中で攪拌した電極においては、その絶縁性が失われ、[Fe(CN)3-/4-の酸化還元ピークが検出された。
【0116】
これは還元後のアミノフェニル(AP)膜のCV波形に類似しており、メタノールで十分に洗浄すればニトロフェニル膜及びアミノフェニル膜の[Fe(CN)3-の透過性は、大きく変わらないということが明らかになった。このことからニトロフェニル膜の作製後の界面、また作製中の界面において、メタノール攪拌で容易に脱離するNBDの物理吸着が起きていると考えられる。
【0117】
比較例1の連続修飾時の修飾分子による阻害は、Au電極に化学的に結合した分子による阻害と、電極表面上における物理吸着分子による阻害の2種類の阻害が考えられるが、後者による阻害が、10サイクルも修飾した後であっても非常に大きいことが分かった。実施例1の方法によって製造した場合には、この2つ目の阻害の影響を低下できたことでより密なアミノフェニル膜の作製が可能であったといえる。
【0118】
実験2:フェニルボロン酸(PBA)薄膜に関する実験
〈2-1.試薬及び実験器具〉
4-アミノフェニルボロン酸ピナコラートは Sigma Aldrich から購入した。亜硝酸ナトリウム、過ヨウ化酸ナトリウムとテトラヒドロフランは富士フイルム和光純薬株式会社から購入したものを使用し、そのほかの試薬、緩衝液は、実験1と同じものを使用した。
【0119】
〈2-2.製造方法〉
(2-2.1 電極等の前処理)
4-アミノフェニルボロン酸ピナコラートの修飾及びその前処理には電気化学アナライザーを用いた。参照電極にAg/AgCl電極、対極にPt線、作用電極にはAu電極を使用した。
【0120】
修飾の前処理としてロッド型のAu電極はアルミナスラリーを用いて研磨した。その後、金界面に吸着した分子を脱離するため、0.5M水酸化ナトリウム水溶液中にて、CV法で-1.6V~0.7Vの電位範囲を10周、スキャン速度100mV/sで走査した。その後、エタノール中に30分以上攪拌洗浄させた後、0.5Mの硫酸水溶液にて金固有の酸化還元電位図が見られるまで、0.2V~1.5Vの範囲にて8周程度CVを行った。洗浄後、修飾の際に使用する0.5Mの塩酸に浸漬した。また、平板電極上に修飾する際の前処理は、実験1のNBD修飾前処理と同様に、アセトン、メタノールを用いた。
【0121】
(2-2.2 アミノフェニルボロン酸のジアゾ化)
薄膜の形成前に、まず、冷却0.5M塩酸溶液中で1.0mMの4-アミノフェニルボロン酸ピナコラートと2.0mMの亜硝酸ナトリウムとを添加し、溶液の色が十分黄色に変化するまで、10分間攪拌しアミノ基をジアゾ化させた。
【0122】
アミノ基のジアゾ化反応は以下の(4)の式を経て合成される。
【化4】
【0123】
(2-2.3 PBA薄膜の形成)
ジアゾニウム塩の還元にはCV法を用い、0.6V~-0.2Vの範囲でスキャン速度50mV/sで行った。より緻密に薄膜形成するために、5周修飾した後に、実験1と同じKCl含有水-エタノール溶液下でCV法を0.0V~0.9Vの電位範囲で5周行い、電極表面の物理吸着種の脱離処理を行い、その後に修飾を再度5周行う操作を繰り返した。
【0124】
(2-2.4 ピナコールエステルの脱離)
本実験ではボロン酸同士の反応による環状三量体無水物の形成を防ぐため、薄膜形成時に4-アミノフェニルボロン酸ピナコラートを用いてPBA薄膜を作製した。そのためボロン酸をジオールレセプターとして機能させるために、2.3の膜作製後にピナコールの脱離処理を行った。
【0125】
ピナコール脱離処理は過ヨウ化酸ナトリウムを50mM含有したテトラヒドロフラン-水溶媒(1:4体積比)中で18時間以上攪拌して行った。ピナコール未脱離の比較としてテトラヒドロフラン-水溶媒にて、過ヨウ化酸ナトリウムを含まずに18時間以上攪拌を行ったものを対照として用いた。
【0126】
〈2-3.結果〉
(2-3.1 PBA薄膜の緻密化)
フェニルボロン酸ピナコラートの修飾CV波形図を図8に示す。上段の最初の1回目の修飾の1サイクル目で、0.26Vと-0.01Vの付近にブランクには存在しない大きな還元ピークが存在し、このピークが、フェニルボロン酸の還元ピークとわかる。この還元ピークはサイクルを重ねるごとに減衰した。
【0127】
反復修飾におけるそれぞれ2回目、4回目、8回目の修飾波形図を図9に示す。この反復修飾において、その反復回数n回目の1サイクル目の還元電流が、その前の反復回数n-1回目の修飾の5サイクルの還元電流よりも大きい。このことからフェニルボロン酸膜作製においても物理吸着種の脱離に電位走査が有効であることが明らかとなった。
【0128】
(2-3.2 PBA薄膜の電気化学特性)
この薄膜の絶縁性を、[Fe(CN)3-/4-プローブを用いてCVで確認した結果を図10に示す。
【0129】
反復回数に応じて[Fe(CN)3-/4-プローブの酸化還元電流が減少している。これは、薄膜形成(修飾)と物理吸着種の脱離の反復によって、薄膜の緻密性が上昇したことにより絶縁性が上昇したことを意味している。このことからフェニルボロン酸ピナコラートの緻密性制御も、アミノフェニル膜と同様に可能であることが明らかとなった。
【0130】
(2-3.3 PBA薄膜のピナコール脱離による特性の変化)
ピナコール脱離処理による膜の導電性の変化を確認した。フェニルボロン酸ピナコラートを連続2サイクル修飾した膜のうち、ピナコール脱離PBA薄膜電極とピナコール未脱離PBA薄膜電極の交流インピーダンスのナイキストプロットを図11に比較した。
【0131】
ピナコールエステルを脱離することで電荷移動抵抗が大幅に減少した。このことから膜の密度が大幅に低下したことによって、[Fe(CN)3-/4-プローブの透過性が大きく上昇したことが推測できる。このことからフェニルボロン酸ピナコラート膜の[Fe(CN)3-/4-プローブの透過性は、ピナコールによる立体障害の効果が大きいということが分かった。このことから、フェニルボロン酸の修飾において、ピナコールの脱離が大きな影響を与えうることも示唆された。
【0132】
実験3:フェニルホスフォリルコリン(PPC)薄膜に関する実験
〈3-1.試薬及び実験器具〉
4-アミノフェニルホスフォリルコリン(PPC)はコスモ・バイオ株式会社から、ヒト血清アルブミン(HSA)は富士フイルム和光純薬株式会社から購入した。そのほかの試薬、緩衝液は、実験1と同じものを使用した。
【0133】
〈3-2.製造方法〉
(3-2.1 電極前処理、及び4-アミノフェニルホスフォリルコリンのジアゾ化)
実験2と同様の電極前処理等を行った。薄膜を形成する前に、冷却0.5M塩酸溶液中で1.0mMのPPCと2.0mMの亜硝酸ナトリウムを添加し、10分間攪拌して、4-アミノフェニルホスフォリルコリンのアミノ基をジアゾ化した。
【0134】
(3-2.2 PPC薄膜の形成)
電極上での薄膜形成及び物理吸着種脱離による影響を観察するために、CV反復修飾を行った。10サイクル修飾した後に、実験2と同じくKCl含有水-エタノール溶液下でのCV法を用い、表面物理吸着種の脱離処理を行った。その後、修飾を繰り返す手法を用いた。
【0135】
また、薄膜の特性の調査には、より緻密に作製したものを用いるために、後述するPPCジアゾニウム塩の還元電位(=-0.35V)で電位を3分間固定し還元して修飾を行った。
【0136】
表面物理吸着種の脱離にはメタノールで3分間、純水で1分間超音波洗浄を行った。平板電極上に修飾する際の前処理は実験1及び2と同じくアセトン、メタノールを用いた。
【0137】
〈3-3.評価方法〉
(3-3.1 PPC薄膜の接触角測定)
Au電極表面にPPC薄膜が形成したことを確認するために、接触角を測定した。溶媒には純水を、測定には接触角測定器(DSA 25,KRUeSS GmbH)を用いた。この測定には、PPCはCVでのジアゾニウム塩還元修飾時の還元ピークである-0.35Vでの3分間の修飾、及び超音波洗浄による表面物理吸着種の脱離を繰り返す反復修飾を5回行った平板電極を用いた。
【0138】
(3-3.2 PPC薄膜のHSA浸漬時の交流インピーダンス測定)
反復修飾によって作製した膜をHSA溶液に浸漬し、[Fe(CN)3-/4-プローブを用いて交流インピーダンス測定を行いPC基によるアンチファウリング効果を調査した。測定は、実験1と同じ条件で行った。
【0139】
試験に使用した電極は、未修飾のAu電極、アミノフェニル(AP)薄膜を備えたAu電極、及びPPC薄膜を備えたAu電極であり、これらの修飾量を制御して比較した。具体的には、AP薄膜を備えたAu電極は、実験1での反復修飾を1回行ったものと2回行ったものを用いた。PPCを備えたAu電極については、CVでのジアゾニウム塩還元修飾時の還元ピークである-0.35Vでの3分間の修飾、及び超音波洗浄を繰り返す反復修飾を1回だけ行ったものと、5回行ったものと、連続で30分間修飾しただけのものとを比較した。
【0140】
測定後に、0.1mg/mL、1.0mg/mL、及び10mg/mLのHSA含有の100mMリン酸緩衝液(pH7.4)に10分間浸漬後、純水中で軽く洗浄して、その後CV・交流インピーダンス測定で用いる溶液に10分間浸漬させた後に測定を行った。
【0141】
(3-3.3 PPC薄膜の生体分子に対するFET応答)
体液を用いて生体分子をセンシングする際には、体液中のタンパク質による電極への付着の影響や電気信号を抑える必要がある。そのため、作製したPPC膜に対してHSAを添加して、Au電極のFET応答を確認した。
【0142】
未修飾の金、及び2種類のPPC薄膜(3分間の連続修飾PPC薄膜(比較例)、3分間修飾と超音波洗浄を5回反復修飾した反復修飾PPC薄膜(実施例))に対して行った。
【0143】
具体的には、n-channel junction-typeFET(K246-Y9A,Toshiba)のゲート電極を、修飾Au電極と接続し、ゲート電圧はAg/AgCl電極でKCl塩橋を通して印加した。
【0144】
ゲート電位は、FET real-timemonitoring system(PROVIGATE Inc.)を使用してターゲットの添加とともにリアルタイムで記録した。
【0145】
ゲート電位は、ソースフォロワー回路(図12)を用いて、ソース電位の変化とゲート電位の変化を等しくすることで測定した。ゲート電位VG=2.5V、ドレイン電圧VD=4.95Vを測定中印加した。
【0146】
ガラスセル中の23mLの100mMリン酸緩衝液(pH7.4)に修飾Au電極を浸漬し、攪拌環境下でゲート電位を測定した。界面の状態を安定させるためにゲート電位をかけた後2時間程静置し、表面電位が安定したところで測定を開始した。
【0147】
添加したHSA濃度は、1μg/mL~100mg/mLで、それぞれ添加後に電極を浸漬している溶液が10ng/mL~1mg/mLになるように添加量を調整した。
【0148】
また、タンパク質の電極表面への吸着を抑制する効果によるFET応答への影響を確認すべく、HSA環境下におけるノルエピネフリン添加FET測定を行った。HSA1.0mg/mL含む100mMリン酸緩衝液(pH7.4)を用いてノルエピネフリンを添加してFET測定を行った。
【0149】
〈3-4.結果〉
(3-4.1 PPC薄膜形成時のCV波形)
PPC薄膜の作製時のCV波形を、図13及び図14に示す。0.05V付近と-0.36V付近にブランクにはない2つの還元ピークが見られた。電位を固定して修飾する際の電位はこの2つ目のピークである-0.35Vで行った。
【0150】
図13は、20サイクル連続修飾したCV波形である。NBDやフェニルボロン酸ピナコラートの修飾と比較して2サイクル目での修飾量が大きく抑制されていないことや、他のジアゾニウム塩の還元電位(NBD:0.48V、0.25V、フェニルボロン酸ピナコラート:0.26V、-0.01V)に比べて、フェニルホスフォリルコリン由来のジアゾニウム塩の還元電位が低いことから、PPC薄膜の前駆体は、他のジアゾニウム塩に比べて反応性が低いことがわかる。
【0151】
修飾後に表面物理吸着種の脱離処理を行った修飾波形の変遷を、図14に示す。10サイクル修飾をして、5サイクル表面物理吸着種の脱離CVを行うプロセス行い、それぞれ左から2回目、5回目、10回目の修飾波形を描画した。フェニルホスフォリルコリンの修飾においてもNBDやフェニルボロン酸ピナコラートと同様に、物理吸着種の脱離によりAu電極への修飾量を制御できることが確認された。
【0152】
(3-4.2 PPC薄膜の接触角測定)
接触角測定結果を図15に示す。Au電極上は、疎水性が高いにもかかわらず、PPC薄膜を有する電極は、非常に低い接触角を示し、非常に高い親水性を示した。これは、PPCのもつPC基による非常に高い親水性によるもので、PPCが電極上に修飾できたことをこの物理特性からも示している。
【0153】
(3-4.3 PPC薄膜のHSA浸漬時の交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定の結果から計算した電荷移動抵抗(Rct)を図16に示す。PPC膜のHSA溶液浸漬前において、3分間修飾した電極は、50.4±15.5Ω・cmであり、30分間修飾した電極は、35.9Ω・cmと、それほど差はないが、3分の修飾を5回繰り返した膜のRctは、212±97.7Ω・cmと前述のPPC膜に比べると非常に大きい値になった。
【0154】
これにより、PPCのような反応性の低い分子においても、他のジアゾニウム塩を還元修飾した膜と同じく、膜の修飾量を密に制御する際には修飾時間ではなく、表面の物理吸着種の脱離が重要であることが明らかになった。
【0155】
HSAの添加によって、未修飾のAu電極及びAP薄膜電極は、Rctが増加した。これは各電極表面にHSAが非特異吸着し、溶液/電極界面での分子([Fe(CN)3-/4-)の透過性が著しく低下したことが原因であると考えられる。
【0156】
AP膜のほうがRctの上昇が大きい理由として、表面の電荷があげられる。pH7.4においてHSAはマイナスに、アミノ基はプラスに帯電していると考えられるため、界面でタンパク質とアミノフェニル基が、静電的な相互作用でタンパク質が吸着したと考えられる。
【0157】
一方、PPC薄膜電極ではHSA濃度に関わらず、他の電極と比較してRctの増加が抑制された。特に、反復修飾を5回行った密度のより高いPPC薄膜は、その抑制効果が非常に大きかった。
【0158】
5回反復修飾を行ったPPC膜の、1mg/mLのHSA溶液浸漬後のRct,HSA1.0とHSA溶液浸漬前のRct,HSA0.0を比較したr(=Rct,HSA1.0/Rct,HSA0.0)は1.1であり、Au電極の263.6、2回反復修飾を行ったAP膜の44.4と比較して非常に低い値であった。PPCの修飾によってタンパク質による電極への影響、つまり表面への非特異吸着による他分子による膜の透過性への影響を大きく抑制することができた。
【0159】
また、Au電極上におけるこの値は、非特許文献3におけるチオールを利用したSAMの絶縁性の高い膜と並ぶほどの値でありながら、ジアゾニウム塩の還元でできた多層膜であるがゆえに分子の透過性も兼ね備えている。このことからPPCは、ナノフィルター界面におけるアンチファウリング効果を期待できる分子として用いられることが期待できることが分かった。
【0160】
(3-4.4 PPC薄膜の生体分子に対するFET応答)
PPC薄膜の生体分子に対するFET応答の結果を図17に示す。
【0161】
PPC薄膜については、未修飾の金よりもHSAによる応答が小さくなっている。比較例の連続修飾PPC薄膜は、約0.6倍の抑制であったが、実施例の反復修飾PPC薄膜では、約0.3倍に抑制することができた。また、緻密な膜であればあるほど、HSAの電極表面への非特異吸着を抑制できることが分かった。
【0162】
HSAそのものによる電気信号は、PPCの修飾によって抑制されても、その程度は膜の疎密と相関はなかった。これらのことから、PPC薄膜を緻密に形成することで[Fe(CN)3-/4-プローブへの影響をより少なくできるが、HSAそのものによる信号は抑制されないことが示唆された。
【0163】
タンパク質の電極表面への吸着を抑制する効果によるFET応答への影響を確認するために行った、HSA環境下におけるノルエピネフリン添加FET測定の結果を図18に示す。
【0164】
まず未修飾のAu電極において、HSA非存在下では非常に大きな応答が出たのに対して、HSA環境下では同じ濃度のノルエピネフリンによる応答でも、その半分以下しか応答しなかった。これは、HSAが電極表面に非特異吸着を起こし、ノルエピネフリンの電極表面への移動が抑制されている結果であると考えられる。
【0165】
PPCの応答を確認すると、同じくHSA環境下でのノルエピネフリンの測定であるのにも関わらず、HSA非存在下未修飾のAu電極の応答よりは小さいがHSA存在下未修飾のAu電極のノルエピネフリン応答に比べると大きな応答である。これはAu電極上に修飾したPPCにより、電極表面のHSAの吸着を抑制した結果といえ、[Fe(CN)3-/4-プローブを用いた交流インピーダンス測定の結果と一致する。
【0166】
これらの結果からPPCの修飾によるアンチファウリング効果と、実際に生体分子のセンシングの成功例を示せた。
【0167】
実験4:PBA/PPC混合薄膜に関する実験
〈4-1.試薬及び実験器具〉
実験1~3に記載の試薬及び実験器具を用いた。
【0168】
〈4-2.製造方法〉
PPC/PBA混合薄膜を作成した。まず、実験2と同じように、フェニルボロン酸ピナコラートをCVで2サイクル修飾し、その後ピナコール脱離処理を行い、ボロン酸の保護を脱離した。そのようにして作製したPBA薄膜に、実験3と同様に、3分間電位を-0.35V(vs.Ag/AgCl)固定してPPCを修飾した後、メタノール及び/又は水による洗浄を行う操作を5回反復してPPC/PBA混合薄膜を作製した。
【0169】
〈4-3.評価方法〉
(4-3.1 交流インピーダンス測定)
上記実験と同様のFe[(CN)3-/4-プローブを用いて、CVと交流インピーダンス測定を用いた。測定は、前述の条件と同じ条件で行った。また、アンチファウリング効果を確認するために実験3で行ったHSA浸漬によるインピーダンスの変化測定を、PPC修飾前のPBA薄膜と、PPC修飾後のPPC/PBA混合薄膜に行った。これらの結果から、電荷移動抵抗Rctを得た。
【0170】
(4-3.2 ノルエピネフリンFET応答)
ノルエピネフリンを、実験3と同じ条件で添加し、PPC/PBA混合薄膜等のFET応答を測定した。測定には100nM~316mMのノルエピネフリンを5分ごとに添加し、電極と反応する溶液の濃度が1nM~3.16mMと5分ごとに101/2倍に調製した。
【0171】
〈4-4.結果〉
(4-4.1 交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定から得られた電荷移動抵抗Rctの結果を図19に示す。
【0172】
PPC修飾前のPBA薄膜とPPC/PBA混合薄膜のHSA非存在下のRctについて比較すると、PPC/PBA混合薄膜のほうがPBA薄膜に比べてRctが大きい。この結果からPBAに比べてPPC/PBA混合薄膜のほうがFe[(CN)3-/4-プローブの透過性が減少した、つまりPBAの単体薄膜に比べてさらに物理的に薄膜が修飾されていることが示された。
【0173】
そのうえでHSA浸漬時のRctの変化に注目すると、PBA薄膜はHSAの浸漬によってRctが大きく変化しているのに対し、PPC/PBA混合薄膜においては、ほとんどHSAの濃度に関係なく、Rctは変化していないという結果になった。これらのことから、実験3で説明したPPCによるアンチファウリング効果は、混合薄膜においても発揮されることが明らかとなった。
【0174】
ジアゾニウム塩の前駆体を順に層形成(修飾)することによる薄膜の多機能化の従来技術においては、薄膜の構成分子の密度制御の観点からラジカル生成時のジアゾニウム塩還元電位の高低から修飾の順番を決めて修飾を行っていた。そのため PPCを先に修飾した後に他の前駆体を修飾するという手法を用いて、薄膜の構成物質の制御を達成していた。
【0175】
しかしながら、ナノフィルター界面の設計を考えるのであれば、PPCのアンチファウリング効果を最大限発揮するには、PPCは、薄膜の最表面に存在すべきであり、PPCの修飾(層形成)は最後に行われるべきである。未反応物質等の表面物理吸着種の脱離処理を行う反復修飾によって、この還元電位の差による修飾順の制限を克服することができたことは、非常に有利である。
【0176】
図20に、図16図19の結果を並べて示す。
【0177】
HSAを含まない溶液に浸漬した場合(非特異吸着の影響は考えない)、同じPPC薄膜においても30minの連続修飾した薄膜と電気化学修飾を3minとした反復修飾を5回行なった薄膜とを比較すると、後者の薄膜のほうがRctが大きく、より高密度のPPC薄膜が形成されていることがわかる。これは非特許文献3により報告されたPPC薄膜のRctより大きく、本修飾法にてPPC薄膜の密度制御の幅が広がったといえる。
【0178】
さらに、HSAの添加により、未修飾のAu電極、AP薄膜電極、PBA薄膜電極のように各電極表面にHSAが非特異吸着し、溶液/電極界面での分子の透過性が著しく低下、すなわちFe[(CN)3-/4-の移動抵抗が増加したものと考えられる。
【0179】
一方、PPC薄膜電極ではHSA濃度に関わらず、他の電極と比較してもRctの増加が抑制されていることがわかる。特に、より密度の高いPPC薄膜ほどその抑制効果は大きい結果となった(PPC 3min*5:PPCを5回反復修飾する際の1回あたりのPPC修飾に3min要した)。さらに、PPC/PBA混合薄膜においてもPBA薄膜では得られなかったアンチファウリング効果が明らかとなった(PPCの効果)。
【0180】
(4-4.2 ノルエピネフリンFET応答)
PPC/PBA混合薄膜のノルエピネフリンに対するFET応答の結果を、図21に示す。PPCを修飾してもなおノルエピネフリンの透過性を持ち、未修飾の金と同様な生体分子のセンシングが可能であることが明らかとなった。
【0181】
反応性の低いPPCを、他のジアゾニウム薄膜(PBA薄膜)上に修飾したとしても、ノルエピネフリンの透過性を保つことができ、FETによる測定が可能であった。
【0182】
以上、本開示の幾つかの実施形態及び実施例について説明したが、これらの実施形態及び実施例は、本開示を例示的に説明するものである。例えば、上記各実施形態は本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必要に応じて寸法、構成、材質、回路を追加変更してもよい。なお、上記に挙げた本開示の一または複数の特徴を任意に組み合わせた実施形態も本開示の範囲に含まれる。特許請求の範囲は、本開示の技術的思想から逸脱することのない範囲で、実施形態に対する多数の変形形態を包括するものである。したがって、本明細書に開示された実施形態及び実施例は、例示のために示されたものであり、本開示の範囲を限定するものと考えるべきではない。
【符号の説明】
【0183】
10 バイオセンサ
11 センシング部
12 電界効果トランジスタ(FET)
21 ゲート電極
22 薄層
23 容器
24 参照電極
32 金属電極
33 ゲート絶縁膜
34 ソース電極
35 ドレイン電極
36 金属線(配線)
37 電源
38 電流計

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21