(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】リグニンの脱色方法、脱色リグニンの調製方法、リグニンの透明膜の製造方法、及び白色リグニン
(51)【国際特許分類】
C08H 7/00 20110101AFI20240815BHJP
C07G 1/00 20110101ALI20240815BHJP
C08G 18/71 20060101ALI20240815BHJP
C08G 18/64 20060101ALI20240815BHJP
C09D 197/00 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
C08H7/00
C07G1/00
C08G18/71
C08G18/64 092
C09D197/00
(21)【出願番号】P 2020107725
(22)【出願日】2020-06-23
【審査請求日】2023-05-11
(31)【優先権主張番号】P 2019131428
(32)【優先日】2019-07-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「植物をきれいに分けて使って還す~植物循環型利用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人クオリオ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【氏名又は名称】赤羽 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100141771
【氏名又は名称】星野 宏和
(72)【発明者】
【氏名】敷中 一洋
(72)【発明者】
【氏名】平 敏彰
(72)【発明者】
【氏名】井村 知弘
【審査官】松元 洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-238539(JP,A)
【文献】特開2006-341151(JP,A)
【文献】特開2015-006998(JP,A)
【文献】米国特許第04184845(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08H 7/00
C08G 18/00-18/87
C08G 71/00-71/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニンと、下記一般式(11)で表される化合物とを反応させる、リグニンを脱色する方法。
R-O=C=N 一般式(11)
(一般式(11)において、Rは、アルキル基、アラルキル基、アリール基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、スルホニル基、又はシリル基を示す。)
【請求項2】
リグニンと、下記一般式(11)で表される化合物とを反応させ、脱色したリグニンを得る、脱色リグニンの調製方法。
R-O=C=N 一般式(11)
(一般式(11)において、Rは、アルキル基、アラルキル基、アリール基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、スルホニル基、又はシリル基を示す。)
【請求項3】
リグニンと、下記一般式(11)で表される化合物とを反応させ、脱色リグニンを得、脱色リグニンの溶液を支持体に塗布し、塗布した溶液を乾燥させ、リグニンを含む透明膜を得る、リグニンの透明膜の製造方法。
R-O=C=N 一般式(11)
(一般式(11)において、Rは、アルキル基、アラルキル基、アリール基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、スルホニル基、又はシリル基を示す。)
【請求項4】
前記一般式(11)で表される化合物が、下記一般式(21)で表されるイソシアネート化合物である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
R’-O=C=N 一般式(21)
(一般式(21)において、R’は、アルキル基、アラルキル基、又はアリール基を示す。)
【請求項5】
得られる脱色リグニンが粉末状である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
リグニンの水酸基と、下記一般式(11)で表される化合物との反応により、リグニンの水酸基が修飾されている白色リグニンであって、
粉体のL*a*b*色空間におけるL*値が80以上である、白色リグニン。
R-O=C=N 一般式(11)
(一般式(11)において、Rは、アルキル基、アラルキル基、アリール基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、スルホニル基、又はシリル基を示す。)
【請求項7】
前記一般式(11)で表される化合物が、下記一般式(21)で表されるイソシアネート化合物である、請求項6に記載の白色リグニン。
R’-O=C=N 一般式(21)
(一般式(21)において、R’は、アルキル基、アラルキル基、又はアリール基を示す
。)
【請求項8】
前記白色リグニンが粉末状である、請求項6又は7に記載の白色リグニン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニンの脱色方法、脱色リグニンの調製方法、リグニンの透明膜の製造方法、及び白色リグニンに関する。
【背景技術】
【0002】
木材の90%以上は細胞壁成分で構成され、細胞壁は主成分として、セルロース、ヘミセルロース、リグニンから構成されている。前記主成分のうちリグニンは、木材中に通常20~30%程度存在し、細胞膜同士を接着して中間層を構成する。また木材中のリグニンの一部は、細胞膜にも存在する。
リグニンは、ヒドロキシフェニルプロパンを基本単位とし、縮合して生成した高分子化合物である。リグニンはπ共役が連なっており、芳香族の主鎖構造と有機ラジカルとなり得るフェノール性水酸基を有する。このような構造を有するリグニンは、耐熱フィラー、紫外線吸収剤、抗酸化剤としての機能を有し、エンジニアリングプラスチックなど高機能樹脂素材としての利用が期待される。また、リグニンなどの植物由来の高分子化合物は、環境循環型素材としての機能も期待される。
【0003】
しかし、一般的なリグニンは、茶色ないし黒色に着色している。そのため、リグニンが添加される媒体の色変化を引き起こしたり、リグニンが添加された媒体の光透過性が低いなどの理由から、リグニンの用途は限定されている。
そのため、リグニンを材料用途への展開を拡大させる観点から、リグニンの脱色方法は非常に重要な技術である。
【0004】
リグニンの脱色方法としては、アゾトバクター(Azotobacter)属に属する微生物や酵素を用いて、生物学的に脱色する方法が特許文献1で提案されている。
しかし、特許文献1に記載の方法で用いる微生物は、植物中のリグニンの分解に寄与する微生物である。そのため、特許文献1に記載の方法で実際に起こっていることは、リグニンの分解による植物の脱色である。そのため、特許文献1に記載の方法では、リグニンの有用性を生かし、各種材料用途への展開を拡大させることは困難である。
【0005】
さらに、リグニンが有する水酸基(グアイアコール構造の水酸基やアルコール性水酸基)を化学的手法により修飾することにより、樹脂の耐熱性や硬度、他成分に対する相溶性等を向上させる技術が報告されている(非特許文献1参照)。
しかし、リグニンが有する水酸基を修飾処理することによりリグニンを脱色・白色化する技術について報告はされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Green Chem., 2016, vol. 18, p. 1175-1200
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のように、リグニンは機能性物質として期待されている、しかし、リグニン自体が着色しているため、リグニンを適用できる用途が限定されている。
そこで本発明は、各種用途に適用できる程度までリグニンを脱色する、リグニンの脱色方法の提供を課題とする。
また本発明は、各種用途に適用できる脱色リグニンを調製できる、脱色リグニンの調製方法の提供を課題とする。
また本発明は、高い光透過性を有するリグニンの透明膜の製造方法の提供を課題とする。
さらに本発明は、樹脂組成物、高分子素材、コーティング材、化粧料組成物、自動車部材、建材、接着剤、耐熱性フィラー等の各種媒体に適用できる白色リグニンの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題に鑑み、着色したリグニンの脱色方法について検討を重ねた。これまでに、フェノール性水酸基のパラ位のビニル基が電子共役を失っており、紫外線発色団が存在するため、リグニンが着色していると推察されていた。
そして、本発明者らが検討を重ねた結果、リグニンの水酸基を特定のイソシアネート化合物などで修飾することでリグニンの着色度が低下し、リグニンを脱色できることを見出した。
本発明はこれらの知見に基づき完成されるに至ったものである。
【0010】
本発明の上記課題は、下記の手段により解決された。
(1)リグニンと、下記一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物とを反応させる、リグニンを脱色する方法。
R-O=C=N 一般式(11)
R-COOH 一般式(12)
R-OH 一般式(13)
(一般式(11)~(13)において、Rは、アルキル基、アラルキル基、アリール基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、スルホニル基、又はシリル基を示す。)
【0011】
(2)リグニンと、前記一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物とを反応させ、脱色したリグニンを得る、脱色リグニンの調製方法。
(3)リグニンと、前記一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物とを反応させ、脱色リグニンを得、脱色リグニンの溶液を支持体に塗布し、塗布した溶液を乾燥させ、リグニンを含む透明膜を得る、リグニンの透明膜の製造方法。
【0012】
(4)前記一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物が、下記一般式(21)で表されるイソシアネート化合物である、前記(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
R’-O=C=N 一般式(21)
(一般式(21)において、R’は、アルキル基、アラルキル基、又はアリール基を示す。)
(5)得られる脱色リグニンが粉末状である、前記(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
【0013】
(6)リグニンの水酸基と、前記一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物との反応により、リグニンの水酸基が修飾されている白色リグニンであって、L*a*b*色空間におけるL*値が80以上である、白色リグニン。
(7)前記一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物が、前記一般式(21)で表されるイソシアネート化合物である、前記(6)項に記載の白色リグニン。
(8)前記白色リグニンが粉末状である、前記(6)又は(7)項に記載の白色リグニン。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、着色しているリグニンを脱色でき、脱色したリグニンを製造できる。そして、本発明により得ることができる脱色したリグニンを用いて製造した膜は、高い光透過性を有する透明膜である。
さらに、本発明の白色リグニンは、機能性物質として、樹脂組成物、高分子素材、コーティング材、化粧料組成物、自動車部材、建材、接着剤、耐熱性フィラー等の各種媒体に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例1~4で調製したリグニンのFT-IRスペクトルを示す図である。
【
図2】実施例3で調製したリグニンの
1H-NMRスペクトルを示す図である。
【
図3】実施例1で調製したリグニンの紫外可視吸収スペクトルを示す図である。
【
図4】実施例3で調製したリグニンの動的光散乱による粒径分布の測定結果を示す図である。
【
図5】
図5(a)は、実施例1で原料として使用した、ウレタン結合形成反応前のリグニンのMALDI/TOF-MASSスペクトル(高感度リニアモード)を示す図である。
図5(b)は、実施例1で調製したリグニンのMALDI/TOF-MASSスペクトル(高感度リニアモード)を示す図である。
【
図6】実施例1で調製したリグニンのMALDI/TOF-MASSスペクトル(高分解能のリフレクターモード)を示す図である。
【
図7】
図7(a)は、実施例3で調製したリグニンの熱溶融物の光学顕微鏡像である。
図7(b)は、実施例3で調製したリグニンの熱溶融物の偏光顕微鏡像である。
図7(c)は、実施例3で調製したリグニンの熱溶融物のデジタル顕微鏡像である。
図7(d)は、
図7(a)~(c)に示す顕微鏡像から推測されるリグニンが形成する自己組織体構造の模式図である。
【
図8】実施例2で調製したリグニンを配合したポリイプシロンカプロラクタム(PCL + modified lignin)と、ポリイプシロンカプロラクタム単体(PCL)の熱重量測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、リグニンと、リグニンの水酸基に対する反応性官能基を有する特定の化合物とを反応させ、これらの水酸基を修飾することで、着色しているリグニンを脱色する。
以下、本発明について好ましい態様に基づいて説明する。しかし本発明は、これらに制限するものではない。
【0017】
本発明の処理対象であるリグニンは、植物の細胞壁や細胞膜に存在する高分子化合物である。リグニンは、ヒドロキシフェニルプロパンを基本単位として構成される。リグニンは、針葉樹、広葉樹、イネ科植物などの植物種により、その構成単位である置換芳香族物質の種類や組成を異にする。本発明で処理対象として用いるリグニンは、いずれの植物から得られたものであってもよい。
また本発明で処理対象は、リグニンを含有すれば特に制限されず、セルロースやヘミセルロースなど、細胞壁や細胞膜を構成する成分が含まれていてもよい。あるいは、リグニン単体を本発明の処理対象としてもよい。さらに、市販のリグニンを用いてもよい。
なお、本発明の工程によりリグニンを脱色する前に、強アルカリや強酸などの薬剤処理、高温煮沸処理、マイクロ波照射処理(特開2011-84493号公報参照)、同時酵素糖化粉砕処理(特開2011-92151号公報、Green Chem., 2016, vol. 18, p. 5962-5966、J. Mater. Chem. A, 2018, vol. 6, p. 837-839など参照)を行い、木材からリグニンを抽出してもよい。
【0018】
リグニンは、芳香族化合物残基の骨格内で、フェノール性水酸基のパラ位のビニル基が電子共役を失っているため、紫外線発色団を有すると言われている(Green Chem., 2016, vol. 18, p. 1175-1200;高部圭司著 (2013) 『リグニン利用の最新動向』坂志郎監修, 第2章『バイオマス細胞でのリグニン分布と構造の多様性』など参照)。リグニンにこのような紫外線発色団が存在するため、茶色ないし黒色に着色していると推察される。よって共有結合を介し、リグニンの水酸基に有機側鎖を修飾し、リグニンの紫外線発色団を被包することで脱色できると考えた。
そこで本発明では、リグニンと、下記一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物(以下単に、「反応性化合物」ともいう)とを反応させ、リグニンの水酸基を化学的に修飾する。
【0019】
R-O=C=N 一般式(11)
R-COOH 一般式(12)
R-OH 一般式(13)
一般式(11)~(13)において、Rは、アルキル基、アラルキル基、アリール基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、スルホニル基、シリル基を示す。
【0020】
本発明によりリグニンが脱色されるメカニズムの詳細は明らかではないが、次のようなことが考えられる。すなわち、フェノール性水酸基が修飾されることで、電子共役の回復が起こりかつ、リグニンの芳香環のπ-π相互作用が阻害される。また、リグニンの水酸基を介し化学的に修飾された有機側鎖が、リグニンの紫外線発色団を覆う。その結果、リグニンによる光吸収が抑制され、リグニンが脱色されると推察できる。
なお、本発明で用いる反応性化合物は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0021】
一般式(11)において、Rは、アルキル基、アラルキル基、アリール基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、スルホニル基、シリル基を示す。このうち、反応生成物の有機溶媒への溶解性から、Rはアルキル基、アラルキル基又はアリール基が好ましく、炭素原子数が2~18のアルキル基、炭素原子数が7~24のアラルキル基又は炭素原子数が7~24のアリール基が好ましく、炭素原子数が6~12のアルキル基、炭素原子数が7~18のアラルキル基又は炭素原子数が7~18のアリール基がより好ましい。
一般式(11)で表される反応性化合物(イソシアネート化合物)の具体例としては、エチルイソシアネート、プロピルイソシアネート、ブチルイソシアネート、ペンチルイソシアネート、ヘキシルイソシアネート、ヘキシルジイソシアネート、ヘプチルイソシアネート、オクチルイソシアネート、デシルイソシアネート、ドデシルイソシアネート、テトラデシルイソシアネート、オクタデシルイソシアネートなどのアルキルイソシアネート、ベンジルイソシアネート、フェネチルイソシアネート、1,3-ビス(2-イソシアナト-2-プロピル)ベンゼン、ナフチルエチルイソシアネート、メチルベンジルイソシアネート、3-イソプロピル-α,α-ジメチルベンジルイソシアネート、トシルイソシアネート、キシレンジイソシアネートなどのアラルキルイソシアネート、フェニルイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、ジメチルフェニルイソシアネート、エトキシフェニルイソシアネート、アセチルフェニルイソシアネート、ブチルフェニルイソシアネート、ジイソプロピルフェニルイソシアネート、ナフチルイソシアネート、ニトロフェニルイソシアネート、ビフェニルイソシアネート、トシル-2,6-ジイソシアネート、4-エチルフェニルイソシアナート、メトキシフェニルイソシアネート、ナフタリン-1,5-ジイソシアナート、2-メトキシフェニルイソシアネートなどのアリールイソシアネート、クロロプロピルイソシアネート、トリクロロアセチルイソシアネートなどのハロゲン化アルキルイソシアネート、クロロフェニルイソシアネート、ブロモフェニルイソシアネート、ジクロロフェニルイソシアネート、トリクロロフェニルイソシアネート、クロロメチルフェニルイソシアネート、クロロニトロフェニルイソシアネート、フルオロフェニルイソシアネート、ジフルオロフェニルイソシアネート、トリフルオロメチルフェニルイソシアネート、トリフルオロメトキシフェニルイソシアネート、ビス(トリフルオロメチル)フェニルイソシアネート、クロロ(トリフルオロメチル)フェニルイソシアネートなどのハロゲン化アリールイソシアネート、クロロスルフォニルイソシアネート、ベンジルスルホニルイソシアネート、トルエンスルフォニルイソシアネートなどのスルホニルイソシアネート、トリメチルシリルイソシアネートなどのシリルイソシアネートが挙げられる。このうち、アルキルイソシアネート、アラルキルイソシアネート又はアリールイソシアネートが好ましく、ヘキシルイソシアネート、ヘキシルジイソシアネート、ヘプチルイソシアネート、オクタデシルイソシアネート、ドデシルイソシアネート、ベンジルイソシアネート、フェネチルイソシアネート、ジイソプロピルフェニルイソシアネートがより好ましい。
【0022】
一般式(12)におけるRは一般式(11)のRと同義であり、好ましい範囲も同様である。
一般式(12)で用いる反応性化合物(カルボン酸)の具体例としては、プロパン酸、ブタン酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ドデカン酸、テトラデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、3-(2-アミノ-2-オキソエチル)-5-メチルヘキサン、5-アジドペンタン酸、クロトン酸、シアノ酢酸、アミノシナミン酸、アトロラクチン酸、(アミノメチル)フェニル酢酸、2-フェニルアクリル酸、3-アミノけい皮酸、安息香酸、2-アミノ-4,5-ジメチル安息香酸、アントラセンカルボン酸、3-クロロプロピオン酸、5-クロロペンタン酸、2,3-ジクロロイソ酪酸、3-ブロモプロピオン酸、3-ブロモ-2-オキソプロピオン酸、2-ブロモイソ酪酸、9-ブロモノナン酸、2,3-ジブロモプロピオン酸、3-ヨードプロピオン酸、3-アミノ-3-(4-クロロフェニル)プロピオン酸、2-アセトアミド-5-ブロモ安息香酸、4-(ブロモメチル)フェニル酢酸、4-ブロモけい皮酸、4-(2-ブロモエチル)安息香酸、2-(p-トルエンスルホニル)酢酸、3-(トリメチルシリル)プロピオール酸が挙げられる。このうち、プロパン酸、ブタン酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ドデカン酸が好ましい。
【0023】
一般式(13)におけるRは一般式(11)のRと同義であり、好ましい範囲も同様である。
一般式(13)で用いる反応性化合物(アルコール)の具体例としては、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール、ノナノール、デカノール、ドデカノール、テトラデカノール、ヘキサデカノール、ヘプタデカノール、オクタデカノール、ドコサノール、イコサノール、ベンジルオキシプロパノール、シンナミルアルコール、シクロヘキシルプロパノール、フェノキシプロパノール(クロロ・ヨード)ブロモエタノール、(クロロ)ブロモプロパノール、(クロロ)ブロモペンタノール、(クロロ)ブロモエキサノール、ブロモウンデシルアルコール、ブロモデカノール、2-[(3-アミノフェニル)スルホニル]エタノールが挙げられる。このうち、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール、ノナノール、デカノール、ドデカノールが好ましい。
【0024】
本発明において前記反応性化合物は、下記一般式(21)で表されるイソシアネート化合物が好ましい。
R’-O=C=N 一般式(21)
一般式(21)において、R’は、アルキル基、アラルキル基、又はアリール基を示す。R’で示されるアルキル基、アラルキル基及びアリール基は、一般式(11)~(13)においてRで示されるアルキル基、アラルキル基及びアリール基とそれぞれ同義であり、好ましい範囲も同様である。
【0025】
リグニンの水酸基の修飾方法に特に制限はなく、例えばフェノール性水酸基を修飾する場合、ビニル基の電子共役が回復し、リグニンの芳香環のπ-π相互作用を阻害する修飾方法が好ましい。本発明においては、リグニンと反応性化合物との反応により、ウレタン結合、エステル結合及びエーテル結合からなる群より選ばれる少なくとも1つの結合が形成される。
本発明におけるウレタン結合、エステル結合及びエーテル結合の形成について、下記に示す一般式(1)~(3)に基づいて、詳細に説明する。なお、リグニンは、ランダムなラジカルカップリング反応により高度に重合することにより複雑な構造を形成する、巨大な高分子化合物である。よってリグニンの構造は未だにはっきりと解明されていない。そこで本明細書において、リグニンの化学構造を表す場合、グアイアコール構造と、フェノール性水酸基のパラ位のビニル基のみを詳細に記載し、その他の部分を省略ないし簡略化して記載する。さらに、実際のリグニンでは、フェノール性水酸基のパラ位のビニル基に置換基が結合し、全体として複雑な芳香族主鎖構造を形成する。しかし本願明細書において、このような置換基のビニル基への結合も省略する。また、ビニル基に結合した置換基は、アルコール性水酸基を有する場合もある。このようなアルコール性水酸基についても記載を省略する。
なお、本明細書において、複雑な芳香族主鎖構造を形成するリグニンのうち、1つのグアイアコール構造に着目してリグニンの化学構造を表している。よって、本発明で用いる反応性化合物が分子内に反応性官能基を2つ以上有する場合、1つの反応性官能基がフェノール性水酸基と反応し、残りの反応性官能基は未反応の状態で便宜上記載している。しかし、リグニンにはフェノール性水酸基やアルコール性水酸基が多数存在するため、実際は残りの反応性官能基は未反応の状態ではなく、他のフェノール性水酸基やアルコール性水酸基と反応し、複雑な構造が形成されている。
【0026】
【0027】
一般式(1)は、一般式(11)で表される反応性化合物を用いた場合の反応式を示す。一般式(1)において、リグニンのグアイアコール構造の水酸基とイソシアネート化合物との付加反応により、ウレタン結合が形成される。一般式(1)には示されていないアルコール性水酸基についても、一般式(11)で表される反応性化合物との付加反応により、ウレタン結合が形成される。
【0028】
【0029】
一般式(2)は、一般式(12)で表される反応性化合物を用いた場合の反応式を示す。一般式(2)において、リグニンのグアイアコール構造の水酸基とカルボン酸との縮合反応により、エステル結合が形成される。一般式(2)には示されていないアルコール性水酸基についても、一般式(12)で表される反応性化合物との縮合反応により、エステル結合が形成される。
【0030】
【0031】
一般式(3)は、一般式(13)で表される反応性化合物を用いた場合の反応式を示す。一般式(3)において、リグニンのグアイアコール構造の水酸基とアルコールとの縮合反応により、エーテル結合が形成される。一般式(3)には示されていないアルコール性水酸基についても、一般式(13)で表される反応性化合物との縮合反応により、エーテル結合が形成される。
【0032】
リグニンと反応性化合物との反応後のリグニンの構造を下記に具体的に示す。しかし本発明は、これらに制限するものではない。
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
リグニンの水酸基を修飾するための反応条件に特に制限はなく、常法で実施されている条件を適宜選択することができる。
例えば、水、エタノール、メタノール、イソプロパノール、n-ブタノールなどのアルコール、ギ酸、酢酸などのカルボン酸、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドンなどから溶媒を適宜選択し、選択した溶媒中で、リグニンと反応性化合物とを混合する。本発明で用いる反応系の溶媒は、溶解性の観点から水、エタノール及びこれらの混合物が好ましい。リグニンと反応性化合物との混合割合も適宜選択することができ、リグニンの水酸基に対して化学量論的に等モル以上の反応性化合物と、リグニンとを混合することが好ましい。例えば、リグニンに対する質量比で等量~9倍量の反応性化合物をリグニンと混合することが好ましい。
【0049】
リグニンと反応性化合物との混合後、混合物を静置してリグニンと反応性化合物とを反応させてもよいが、混合物を撹拌してリグニンと反応性化合物とを反応させることが好ましい。反応温度は20~150℃が好ましく、20~60℃がより好ましい。反応時間は3~24時間が好ましく、3~5時間がより好ましい。
【0050】
リグニンと反応性化合物との反応は、過剰量の溶媒を反応系に添加することで終了させることができる。なお、化学反応後の生成物は、フィルターろ過やカラムクロマトグラフィーなど常法に従い、未反応物を取り除いて脱色リグニンを分離、精製することができる。なお、反応生成物の分離や精製に用いる溶媒に特に制限はないが、反応生成物の脱色度を維持するため、エタノールなどのアルコール溶媒を用いることが好ましい。さらに、化学反応後に反応系の溶媒を常法により除去することで、粉末状の脱色リグニンを得ることができる。
【0051】
上述の工程を経ることで、脱色したリグニンを得ることができる。本明細書において「脱色」とは、リグニンの着色度が減少することを意味し、着色度の測定装置や外観を目視することで、リグニンの脱色を確認することができる。
【0052】
なお、リグニンを樹脂組成物、高分子素材、コーティング材、化粧料組成物、自動車部材、建材、接着剤、耐熱性フィラー等の各種媒体に適用するため、本発明の方法により得られるリグニンの白色度が高いことが好ましく、L*a*b*色空間におけるL*値が80以上である白色リグニンがより好ましい。L*a*b*色空間は補色空間の1種で、明度を示す次元L*と、補色次元のa*及びb*を持ち、CIE XYZ色空間の座標を非線形に圧縮したものに基づいている。本明細書において「白色」とは、L*a*b*色空間におけるL*値が80以上と定義する。L*値、a*値、b*値は、JIS Z 8781-4:2013に従い測定することができる。
リグニンの白色度(L*値)は、リグニン原料や反応性化合物、反応溶媒、反応温度・時間、反応生成物の分離・精製方法を適宜選択することで調整することができる。例えば、木材などからリグニンを抽出する際に塩基と硫黄が共存した反応により抽出したため、原料リグニンにこれらの成分またはこれらの成分が誘起する抽出時の化学反応で生じる発色団が含まれる場合、反応生成物の脱色度が低下し、所望のL*値を達成できない場合がある。この場合、塩基や硫黄などの成分を原料リグニンから除去することが好ましい。
【0053】
また、本発明で得られる脱色リグニンの溶液をPET板やガラス板などの適当な支持体に塗布し、溶液を乾燥させることで、リグニンを含む透明膜を作製できる。また、本発明で得られる脱色リグニンは、耐熱フィラー、接着剤などの機能を有する。そのため、樹脂組成物、高分子素材、コーティング材、化粧料組成物、自動車部材、建材等の媒体に本発明で得られる脱色リグニンを配合することで、媒体が本来する色の変化を引き起こすことなく、リグニンが有する機能を媒体に付与することができる。
なお、本発明において、リグニンの溶液を調製するための溶媒としては特に制限はなく、本発明で用いる反応性化合物の物性に合わせて適宜選択することができる。具体例としては、エタノール、アセトン、クロロホルム、アセトアミド、アセトニトリル、イソプロパノール、1,4-ジオキサン、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、トルエン、ニトロベンゼン、ヘキサン、メタノール等が挙げられる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0055】
実施例1
<リグニンの調製>
スギをカッターミル又はジェットミルにより0.02~5mm程度の大きさに粉砕し、植物粉を得た。得られた植物粉500gを100mMリン酸緩衝液(pH=4~6)4.5Lに一晩浸し、湿式粉砕装置LMZ4(商品名、アシザワ・ファインテック社製)に緩衝液とともに投入した。デュポンジェネンコア社製のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ混合液(OptimashXL及びOptimashBGそれぞれ50mL)をさらに添加し、50℃に保ちながら、ジルコニア金属製の0.5mm径のビーズを用いて湿式粉砕を行った。
前記湿式粉砕において適宜植物粉の平均粒度を測定し、平均粒度が10μmとなった時点で、前記ビーズをジルコニア金属製の0.1mm径のビーズに交換した。
上記湿式粉砕は、合計4時間行った。湿式粉砕を進めるにつれ、植物粉懸濁液の粘度は減少した。懸濁液中粒子の平均一次粒径は30~40nmであった。
【0056】
粉砕終了後、遠心分離により上清と残渣とを分離し、上清中の糖をソモギーネルソン法により定量した。残渣を水で洗浄した後、残渣に再度セルラーゼ・ヘミセルラーゼ混合液及びリン酸緩衝液1Lを添加し、50℃で12時間攪拌することにより糖化反応を行った。反応終了後、遠心分離により上清と残渣に分離し、残渣として茶色のリグニンを得た。
【0057】
<リグニン分散液の調製>
回収したリグニン残渣に対し、水分量計(エー・アンド・デイ製MS-70)で濃度を測定した後、水とエタノールとの混合比が1:1(重量比)となるように、超純水とエタノールをリグニン残渣に滴下し、1質量%リグニン分散液を調製した。
【0058】
<ウレタン結合の形成>
得られたリグニン分散液1mLに対して、リグニンに対する重量比が約9倍量(100μL)のヘキシルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を滴下し、混合物を50℃で5時間撹拌し、ウレタン結合形成反応を行った。
撹拌後、エタノール約10mLを加えて混合物を洗浄し、ろ紙(桐山製作所社製No5B(21φmm))を用いて未反応物をろ過し、ろ紙上の残渣を真空乾燥し、リグニン粉体を回収した。
【0059】
ウレタン結合形成反応前のリグニンは着色していた。このリグニンに対して、ヘキシルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、着色したリグニンが白色化した。
なお、得られたリグニン0.05gをエタノール及びアセトンそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解した。
【0060】
実施例2
ヘキシルイソシアネートに代えてヘプチルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いてウレタン結合形成反応を行った以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、得られたリグニン粉体は白色化していた。
さらに、得られたリグニン0.05gをクロロホルム1mLに添加すると、リグニンは溶解した。
【0061】
実施例3
ヘキシルイソシアネートに代えてドデシルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いてウレタン結合形成反応を行った以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、得られたリグニン粉体は白色化していた。
さらに、得られたリグニン0.05gをアセトン及びクロロホルムそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解し、得られた溶液は透明であった。
【0062】
実施例4
ヘキシルイソシアネートに代えてヘキシルジイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いてウレタン結合形成反応を行った以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、得られたリグニン粉体は白色化していた。
さらに、得られたリグニン0.05gをエタノール及びアセトンそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解した。
【0063】
実施例5
ヘキシルイソシアネートに代えてオクタデシルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いてウレタン結合形成反応を行った以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、得られたリグニン粉体は白色化していた。
さらに、得られたリグニン0.05gをクロロホルム及びアセトンそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解した。
【0064】
実施例6
ヘキシルイソシアネートに代えてベンジルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いてウレタン結合形成反応を行った以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、得られたリグニン粉体はごく薄い茶色に脱色されていた。
さらに、得られたリグニン0.05gをクロロホルム1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解した。
【0065】
実施例7
ヘキシルイソシアネートに代えて2,6-ジイソプロピルフェニルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いてウレタン結合形成反応を行った以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、得られたリグニン粉体は白色化していた。
さらに、得られたリグニン0.05gをエタノール及びアセトンそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解した。
【0066】
実施例8
ヘキシルイソシアネートに代えてフェネチルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いてウレタン結合形成反応を行った以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、得られたリグニン粉体は白色化していた。
さらに、得られたリグニン0.05gをクロロホルム1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解した。
【0067】
実施例9
実施例1で調製したリグニンに代えてクラフトリグニン(Lignin, alkali、Sigma-Aldrich製)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、リグニン粉体を調製した。
ウレタン結合形成反応前のクラフトリグニンは深茶色に着色していた。このリグニンに対して、ドデシルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、クラフトリグニンが脱色し、着色度が減少した。
さらに、得られたリグニン0.05gをアセトン及びクロロホルムそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解し、得られた溶液は透明であった。
【0068】
実施例10
実施例1で調製したリグニンに代えてアルカリリグニン(Lignin, alkali、東京化成工業株式会社製)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、リグニン粉体を調製した。
ウレタン結合形成反応前のアルカリリグニンは深茶色に着色していた。このリグニンに対して、ドデシルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、アルカリリグニンが脱色し、着色度が減少した。
【0069】
実施例11
実施例1で調製したリグニンに代えてリグニンスルホン酸(Sodium lignin sulfonate、東京化成工業株式会社製)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、リグニン粉体を調製した。
ウレタン結合形成反応前のリグニンスルホン酸は茶色に着色していた。このリグニンに対して、ドデシルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、リグニンスルホン酸が白色化した。
さらに、得られたリグニン0.05gをアセトン及びクロロホルムそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解し、得られた溶液は透明であった。
【0070】
実施例12
実施例1で調製したリグニンに代えてリグニンスルホン酸(Sodium lignin sulfonate、東京化成工業株式会社製)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。
その結果、ヘキシルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、リグニンスルホン酸が白色化した。
さらに、得られたリグニン0.05gをエタノールお及びアセトンそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解し、得られた溶液は透明であった。
【0071】
実施例13
実施例1で調製したリグニンに代えてリグニンスルホン酸(Sodium lignin sulfonate、東京化成工業株式会社製)を用いたこと以外は実施例8と同様にして、リグニン粉体を調製した。
その結果、フェネチルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、リグニンスルホン酸が白色化した。
【0072】
実施例14
実施例1で調製したリグニンに代えてリグニンスルホン酸(Sodium lignin sulfonate、東京化成工業株式会社製)を用いたこと以外は実施例7と同様にして、リグニン粉体を調製した。
その結果、2,6-ジイソプロピルフェニルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、リグニンスルホン酸が白色化した。
【0073】
実施例15
実施例1で調製したリグニンに代えてアントラキノンを触媒にアルカリ蒸解でスギから抽出したソーダリグニンを用いたこと以外は実施例3と同様にして、リグニン粉体を調製した。
ウレタン結合形成反応前のソーダリグニンは深茶色に着色していた。このリグニンに対して、ドデシルイソシアネートを用いてウレタン結合形成反応を行うことで、ソーダリグニンが白色化した。
さらに、得られたリグニン0.05gをアセトン及びクロロホルムそれぞれ1mLに添加すると、リグニンはこれらの有機溶媒の全てにおいて溶解し、得られた溶液は透明であった。
【0074】
比較例1
既報(Int. J. Biol. Macromol., 2017, vol. 97, p. 201)には、アルカリ条件下でクラフトリグニンと1,4-ブタンスルトンとを反応させることで、リグニン骨格に存在する水酸基がスルホアルキル化され、脱色を引き起こすことが知られている。
そこで、アルカリ条件下における1,4-ブタンスルトンによる脱色反応を実施例1で調製したリグニンに適用した。その結果、回収物に茶色の着色が残った。
【0075】
比較例2
ヘキシルイソシアネートに代えてアクリロイルオキシエチルイソシアネート(東京化成工業株式会社製)を用いた以外は実施例1と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、回収物に茶色の着色が残った。
【0076】
比較例3
ドデシルイソシアネートに代えて、4,5-ジヒドロキシ-2-フェニルオキサゾール(東京化成工業株式会社社製)を用いた以外は実施例10と同様にして、リグニン粉体を調製した。その結果、回収物に茶色の着色が残った。
【0077】
<試験例1>
実施例及び比較例で調製したリグニン粉体の脱色度の官能評価を行った。
実施例及び比較例で調製したリグニン粉体を目視で観察し、下記の評価基準によりリグニン粉体の脱色度を5段階で評価した。評価結果を、原料のリグニンの官能評価結果と併せて、表1に示す。
<評価基準>
5:深茶色ないしこげ茶色に着色
4:茶色、黄土色ないし木肌色に着色
3:薄茶色ないし生成色に着色
2:ワックス状に白いないしアイボリー色に着色
1:純白
【0078】
<試験例2>
実施例及び比較例で調製したリグニン粉体の色差及び色空間について、コニカミノルタ製分光測色計(CR-5)を用いて反射モードにてL*a*b*色空間を測定した。
測定結果を表1に示す。
【0079】
【0080】
【0081】
表1に示すように、ウレタン結合形成反応前の各種リグニンは着色度が高い。この原料リグニンと、一般式(11)~(13)のいずれか1つで表される化合物とを反応させることで、リグニンが脱色された。
これに対して、1,4-ブタンスルトン、アクリロイルオキシエチルイソシアネート又は4,5-ジヒドロキシ-2-フェニルオキサゾールはリグニンの水酸基に対する反応性官能基を有するが、着色したリグニンを十分に脱色させることができなかった。
【0082】
<試験例3>反応生成物の分子構造
(1)FT-IR測定
実施例1~4で調製したリグニン粉体に対して、サーモフィッシャー製FT-IR装置(NICOLET6700)を用いて全反射モードでFT-IR測定を行った。
その結果を
図1に示す。
図1に示すように、NH伸縮振動ピークと、リグニン芳香環由来と考えられるピーク群が確認された。NH伸縮振動ピークは、グアイアコール構造の水酸基やアルコール性水酸基と、イソシアネート基との反応により形成するウレタン結合に由来する。よって、これらの結果から、すべての反応系において、リグニンとイソシアネート基との間で付加反応が生じたことを確認できた。
【0083】
(2)1H-NMRスペクトルの測定
実施例3で調製したリグニンの白色粉末を重アセトンに溶解し、得られたアセトン溶液について、Avance 400 (Bruker Biospin Co., Inc.社製)を用いて400 MHz、常温でテトラメチルシラン(TMS)を内部標準として1H-NMRスペクトルを測定した。
【0084】
その結果を
図2に示す。
図2に示すように、リグニンのグアイアコール構造の芳香環由来のピークと、グアイアコール構造のフェノール性水酸基の修飾により付加したアルキル基のプロトン由来のピークを確認できた。
【0085】
(3)紫外可視吸収スペクトルの測定
実施例1で調製したリグニンの白色粉末をエタノールに溶解し、得られたエタノール溶液を石英セル注入し、分光光度計(U-2910、日立工機製)を用いて、常温にて紫外可視吸収スペクトルを測定した。
【0086】
その結果を
図3に示す。
図3に示すように、リグニンのグアイアシル及びシリンギル骨格による吸収(270-280nm)に由来する肩を確認できた。
【0087】
(4)動的光散乱による粒径分布の測定
実施例3で調製したリグニンの白色粉末をクロロホルムに溶解し、得られた透明クロロホルム溶液について、大塚電子製光散乱装置(DLS-7000)を用いて、10 mW He-Neレーザー、波長632 nmにて動的光散乱によるリグニンの粒径分布を測定した。
【0088】
その結果を
図4に示す。
図4に示すように、実施例3で調製したリグニンは、粒径が数十nmのナノ粒子(高分子)であることがわかった。さらに
図4に記載の通り、脱色されたリグニンの調製に用いたリグニン原料もナノ粒子であることから、修飾反応を経てもナノ粒子の形状を保持していることが示唆される。
【0089】
(5)MALDI/TOF-MASSスペクトルの測定
実施例1で調製したリグニンの白色粉末ないし実施例1で使用したリグニン原料について、下記に示すように、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI/TOF-MASS)を行った。
マトリックスとして2,5-dihydroxybenzoic acid(和光純薬製)をアセトニトリルに溶解し、トリフルオロスルホン酸銀塩(和光純薬製)を質量比でリグニンの1/10量混合したリグニンのクロロホルム溶液(1質量%)と混合し、測定用プレートにキャストし、常温で乾燥した。試料をMALDI-TOF/TOF-MS装置(Bruker社製Autoflexspeed-A1 TOF/TOF)にてリニアモードまたはリフレクターモードにて測定した。
【0090】
高感度であるリニアモードの測定結果を
図5に示す。
スペクトルの比較から、実施例1で調製したリグニンの白色粉末とリグニン原料については、類似する規則的なピークが確認された。更に実施例1のリグニン白色粉末については、測定限界である質量電化比(m/z)10000までに及ぶ規則的なピークが確認された。
以上の結果から、実施例1で調製したリグニンは、ウレタン結合形成反応前のリグニン原料の高分子構造を維持しながら、ヘキシル基が導入されたことが示唆される。更にヘキシル基修飾により高い感度を持って質量測定ができることがわかる。
【0091】
高分解能のリフレクターモードの測定結果を
図6に示す。
図6に示すように、実施例1で調製したリグニン白色粉末において、高分解能のリフレクターモードではリグニン高分子骨格ないしウレタン結合のイオン化断片に由来すると考えられる規則的なピークパターンがみられた。
これらの結果は実施例1で調製した白色粉末はリグニンの芳香族主鎖骨格および各種官能基を維持していることを示唆する。
【0092】
試験例1~3に示すように、原料リグニンと特定の反応性化合物とを反応させることで得られる反応生成物ではウレタン結合などを介し水酸基が修飾されており、リグニンの芳香族主鎖骨格及びナノ粒子形状が維持されつつ、着色されている原料リグニンが脱色されていると結論付けられる。
【0093】
<試験例4>反応生成物の性質
(1)透明膜の作製
実施例1で調製したリグニン粉体を濃度が1質量%となるようにエタノールに溶解し、リグニンの透明溶液を調製した。調製した透明溶液をPET板にキャストし、ドラフトで乾燥し、リグニンの薄膜(厚さ:10μm)を作製した。
PET板に塗布した薄膜の全光線透過率及びヘイズ値を日本電色工業社製ヘーズメーターNDH5000により測定した。その結果、全光線透過度は88%、ヘイズ値は13であった。
これらの結果から、作製したリグニンの薄膜は透明であり、高い光透過性を有することが伺える。
【0094】
実施例3で調製したリグニン粉体は100℃付近に融点を持つ。本リグニン粉体をガラス板にはさみ、100℃で加熱溶解し、室温で冷却することで、リグニンの薄膜を作製した。
ガラス板上に形成して得られた薄膜は透明であった。さらに、前述の方法と同様にして全光線透過率及びヘイズ値を測定したところ、全光線透過度88%、ヘイズ値は9.6であった。
【0095】
これらの結果から、作製したリグニンの薄膜はいずれも透明であり、高い光透過性を有することが伺える。
【0096】
(2)透明膜の光学組織
上記(1)にて、ガラス板を用いて作製した薄膜について光学顕微鏡(BX51、オリンパス社製)、偏光顕微鏡(BX51、オリンパス社製)及びデジタル顕微鏡(RH-2000、ハイロックス社製)にて観察した。
【0097】
その結果を
図7に示す。
図7(a)に示す光学顕微鏡像より、薄膜内における明確な組織が確認された。
図7(b)に示す偏光顕微鏡像より、組織が偏光性を持つことがわかる。デジタル顕微鏡で観察した組織の強拡大像が
図7(c)であり、組織内で針状の構造体を形成していることが確認される。そして、これらの顕微鏡像から、
図7(d)に模式図で示すように原料のリグニンに結合したドデシル基が自己会合して針状の集合体を形成することが考えられる。
以上の結果はドデシル基で修飾したリグニンが強い自己会合性を持つことを示唆し、ここから物質接着性が期待される。
【0098】
(3)リグニン粉体の接着性
実施例3で調製したリグニン粉体を二枚の石英板(直径50mm、厚み2mm)にはさみ、100℃で加熱し粉体を溶融させ、室温で石英板を冷却させた。その結果、二枚の石英板が強固に接着された。
よって、本発明により得られるリグニンは、接着剤としての用途の可能性を持つことを示唆する。
【0099】
(4)リグニン粉体の耐熱性
実施例2で調製したリグニン粉体をポリイプシロンカプロラクタム(PCL、シグマ・アルドリッチ社製)に対し5重量%の割合でクロロホルム中にて溶解・混合し、ガラス基板上にキャスト・乾燥することで複合物を調製した。加熱による重量減少は、熱重量測定装置(Thermo plus EVO2、リガク社製)を用いて昇温速度10℃空気雰囲気下で測定した。その結果を
図8に示す。
図8に示すように、リグニン粉体とPCLの複合物では熱分解温度が上昇した。具体的に複合物では全体の半分の重量減少に達する温度がPCL単体に比べ約60℃高い。よって、本発明により得られるリグニンは、耐熱性フィラーとしての用途の可能性を持つことを示唆する。
【0100】
以上のように、本発明によれば、着色しているリグニンを脱色でき、脱色したリグニンを製造できる。また、リグニンは機能性物質として期待されているため、本発明で得られる脱色リグニンは各種用途に適用できる。