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特許7538663スパッタリングターゲット、その製造方法、及び磁気記録媒体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット、その製造方法、及び磁気記録媒体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20240815BHJP
   C04B 35/596 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
C23C14/34 A
C04B35/596
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020148519
(22)【出願日】2020-09-03
(65)【公開番号】P2022042874
(43)【公開日】2022-03-15
【審査請求日】2023-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岩淵 靖幸
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-291863(JP,A)
【文献】特開昭62-095862(JP,A)
【文献】特開平07-180031(JP,A)
【文献】特開2000-313670(JP,A)
【文献】特開2018-188714(JP,A)
【文献】特開平05-213674(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
C04B 35/596
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si34、SiC、MgO、及びTiCNを含有し、比抵抗が10mΩ・cm以下であるスパッタリングターゲット。
【請求項2】
X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が26.5°~27.5°の間に存在するSi34の結晶相を表す回折ピークの強度をISiNとすると、1.0≦ITiCN/ISiNを満たす請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が37.6°~38.6°の間に存在するSiCの結晶相を表す回折ピークの強度をISiCとすると、10.0≦ITiCN/ISiCを満たす請求項1又は2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が37.6°~38.6°の間に存在するSiCの結晶相を表す回折ピークの強度をISiCとすると、5.0≦ITiCN/ISiCを満たす請求項2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項5】
X線回折における入射角(2θ)が20°~80°の間に存在する回折ピークのうち、2θが41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークが最大強度を示す請求項1~3の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項6】
Mgの元素濃度が0.5~2.0質量%である請求項1~5の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項7】
相対密度が90%以上である請求項1~6の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項8】
比抵抗が2mΩ・cm以下である請求項1~7の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項9】
請求項1~8の何れか一項に記載のスパッタリングターゲットを用いてスパッタすることを含む磁気記録媒体の製造方法。
【請求項10】
前記スパッタはDCスパッタであることを含む請求項9に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項11】
Si34粉末、SiC粉末、MgO粉末、及びTiN粉末を混合して混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末を真空雰囲気又は不活性雰囲気下で加圧焼結法により焼結して焼結体を作製する工程と、
を含み、
前記混合粉末は、Si 3 4 粉末を10~45mol%、SiC粉末を10~40mol%、MgO粉末を2~6mol%、及びTiN粉末を40~70mol%含有する、スパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項12】
レーザー回折・散乱法に基づいて測定される体積基準の累積粒度分布において、前記混合粉末のメジアン径(D50)が0.5~5μmである請求項11に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項13】
前記混合粉末を焼結する際の保持温度が1700℃以上である請求項11又は12に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスパッタリングターゲット及びその製造方法に関する。また、本発明は磁気記録媒体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素(Si34)を含有する薄膜は、磁気記録媒体の温度制御層(又は熱伝導層)及び保護層、シーリング層、並びに、サーマルプリントヘッドの保護膜などとして使用されている。
【0003】
特開2006-196151号公報(特許文献1)は、HAMR(熱アシスト磁気記録)媒体に代表される磁気記録媒体のビット・パターンに対応するパターンで配置した低熱伝導率の領域が、SiO2、ZrO2、NiO、Al23、MgO、Ta25、及びTiO2から選択される酸化物、HfB2及びTaB2から選択されるホウ化物、ZrN、TiN、AlN、及びSi34から選択される窒化物、ZrC及びSiCから選択される炭化物、並びに、Ti及びScから選択される金属を含むことを開示している。当該文献には、低熱伝導率の領域は、温度制御層の一部を形成し、温度制御層は磁気記録層に隣接することが開示されている。
【0004】
特開2010-165404号公報(特許文献2)には、熱アシスト記録方式を用いるHDD用磁気記録媒体に関する発明が開示されている。具体的には、基板上に下地層を有し、前記下地層上に記録層を有する磁気記録媒体において、前記記録層上には異なった熱伝導率を有する複数の材料からなる薄膜から形成される熱伝導層が配置され、前記記録層の一部のトラック上に、前記複数の材料のうち、最も熱伝導率が高い材料からなる第一の薄膜が配置され、前記熱伝導層内で、前記第一の薄膜の間に、前記第一の薄膜よりも相対的に熱伝導率が低い材料からなる第二の薄膜(低熱伝導率薄膜)が配置されることを特徴とする磁気記録媒体が開示されている。当該文献には、第二の薄膜は窒化珪素を含む材料で形成されることが開示されている。また、当該文献には、熱伝導層の上に形成される保護膜が窒化珪素を含む材料で形成されることも開示されている。また、当該文献には、低熱伝導率薄膜をスパッタ法で形成可能であることが開示されている。
【0005】
特開2013-077370号公報(特許文献3)には、基板を提供するステップと、前記基板上に、Ptおよび、FeとCoから選択された元素を含む記録層を堆積させるステップと、前記記録層の上に、前記記録層との化学反応性を実質的に持たないシーリング層を堆積させるステップと、前記記録層にアニーリングを実行し、垂直磁気異方性を有する、実質的に化学的に規則化された合金の記録層を形成するステップと、アニーリングの後に前記シーリング層を除去するステップと、前記記録媒体を個別アイランドへとパターニングするステップとを含む、パターニングされた垂直磁気記録媒体の作製方法が開示されている。当該文献には、シーリング層はFePt層の表面が粗くなるのを防止する効果があること、シーリング層が窒化珪素を含むこと、及び、シーリング層がスパッタ法により形成されることが開示されている。
【0006】
特開2018-188714号公報(特許文献4)には、Si34(窒素珪素)とSiO2(二酸化珪素)とMgO(酸化マグネシウム)の焼結体からなるスパッタリングターゲットを用いて成膜されたスパッタ膜が、熱に対して化学的に安定で、かつ硬度が高く耐摩耗性に優れており、サーマルプリントヘッドの保護膜として適用可能であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-196151号公報
【文献】特開2010-165404号公報
【文献】特開2013-077370号公報
【文献】特開2018-188714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
窒化珪素(Si34)を含有する薄膜を形成する方法の一つとして、スパッタ法を用いることが考えられる。スパッタ法を用いる場合、薄膜を製造する上では、スパッタの効率が良く生産性の高いDCスパッタができることが望ましい。しかしながら、窒化珪素は電気絶縁性が高いため、DCマグネトロンスパッタ方式を採用することは困難であるという問題が存在する。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みて創作されたものであり、一実施形態において、窒化珪素(Si34)を含有するスパッタリングターゲットの比抵抗を低くすることを課題とする。本発明は別の一実施形態において、そのようなスパッタリングターゲットの製造方法を提供することを課題とする。本発明は更に別の一実施形態において、そのようなスパッタリングターゲットを用いた磁気記録媒体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、Si34、SiC、MgO及びTiCNを含有するスパッタリングターゲットの比抵抗が顕著に低下することを見出した。本発明は斯かる知見に基づいて完成したものであり、以下に例示される。
【0011】
[1]
Si34、SiC、MgO、及びTiCNを含有し、比抵抗が10mΩ・cm以下であるスパッタリングターゲット。
[2]
X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が26.5°~27.5°の間に存在するSi34の結晶相を表す回折ピークの強度をISiNとすると、1.0≦ITiCN/ISiNを満たす[1]に記載のスパッタリングターゲット。
[3]
X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が37.6°~38.6°の間に存在するSiCの結晶相を表す回折ピークの強度をISiCとすると、10.0≦ITiCN/ISiCを満たす[1]又は[2]に記載のスパッタリングターゲット。
[4]
X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が37.6°~38.6°の間に存在するSiCの結晶相を表す回折ピークの強度をISiCとすると、5.0≦ITiCN/ISiCを満たす[2]に記載のスパッタリングターゲット。
[5]
X線回折における入射角(2θ)が20°~80°の間に存在する回折ピークのうち、2θが41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークが最大強度を示す[1]~[3]の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
[6]
Mgの元素濃度が0.5~2.0質量%である[1]~[5]の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
[7]
相対密度が90%以上である[1]~[6]の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
[8]
比抵抗が2mΩ・cm以下である[1]~[7]の何れか一項に記載のスパッタリングターゲット。
[9]
[1]~[8]の何れか一項に記載のスパッタリングターゲットを用いてスパッタすることを含む磁気記録媒体の製造方法。
[10]
前記スパッタはDCスパッタであることを含む[9]に記載の磁気記録媒体の製造方法。
[11]
Si34粉末、SiC粉末、MgO粉末、及びTiN粉末を混合して混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末を真空雰囲気又は不活性雰囲気下で加圧焼結法により焼結して焼結体を作製する工程と、
を含むスパッタリングターゲットの製造方法。
[12]
レーザー回折・散乱法に基づいて測定される体積基準の累積粒度分布において、前記混合粉末のメジアン径(D50)が0.5~5μmである[11]に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
[13]
前記混合粉末を焼結する際の保持温度が1700℃以上である[11]又は[12]に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
[14]
前記混合粉末は、Si34粉末を10~45mol%、SiC粉末を10~40mol%、MgO粉末を2~6mol%、及びTiN粉末を40~70mol%含有する[11]~[13]の何れか一項に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一実施形態によれば、窒化珪素(Si34)を含有するスパッタリングターゲットの比抵抗を低くすることが可能となり、好ましくは比抵抗を10mΩ・cm以下とすることも可能である。従って、本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、DCスパッタすることも可能となる。
【0013】
<1.スパッタリングターゲット>
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、窒化珪素(Si34)、炭化珪素(SiC)、酸化マグネシウム(MgO)、及び炭窒化チタン(TiCN)を含有する。これらの化合物は、スパッタ膜の導電性等の種々の性質を調整する役割を果たす。中でも、TiCNはSi34を含有するスパッタリングターゲット自体の比抵抗を低くするのに大きく寄与する。Ti、C及びNはそれぞれ磁気記録媒体の非磁性層を構成する元素として利用されてきた実績があることから、予期せぬ副作用を及ぼすことはないと推察される。理論によって本発明が限定されることを意図するものではないが、TiCNを含有することによりスパッタリングターゲットの比抵抗が低下する理由は以下のように推察される。TiCNは導電性材料であるため、ターゲット中に存在することにより、導電パスを形成し、比抵抗を低下させることができると考えられる。
【0014】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、比抵抗を10mΩ・cm以下とすることができ、好ましくは5mΩ・cm以下とすることができ、より好ましくは2mΩ・cm以下とすることができ、更により好ましくは1mΩ・cm以下とすることもでき、更により好ましくは0.5mΩ・cm以下とすることもでき、例えば、0.1~10mΩ・cmとすることができる。本明細書において、スパッタリングターゲットの比抵抗はJIS K7194:1994に基づく四探針法(電気抵抗が1.0×106Ω以下の場合)又はJIS K6271-1:2015に基づく二重リング電極法(電気抵抗が1.0×106Ω超の場合)によりスパッタリングターゲットのスパッタ面を測定した値とする。
【0015】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が26.5°~27.5°の間に存在するSi34の結晶相を表す回折ピークの強度をISiNとすると、1.0≦ITiCN/ISiNを満たす。ITiCN/ISiNは大きい方がスパッタリングターゲットの比抵抗の低下に有利であり、1.5≦ITiCN/ISiNを満たすことが好ましく、2.0≦ITiCN/ISiNを満たすことがより好ましく、2.5≦ITiCN/ISiNを満たすことが更により好ましい。ITiCN/ISiNには特に上限はないが、高すぎるとSi34の割合が過剰に減少してしまうことから、ITiCN/ISiN≦10を満たすことが好ましく、ITiCN/ISiN≦7を満たすことがより好ましく、ITiCN/ISiN≦5を満たすことが更により好ましい。
【0016】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、X線回折における入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度をITiCNとし、X線回折における入射角(2θ)が37.6°~38.6°の間に存在するSiCの結晶相を表す回折ピークの強度をISiCとすると、5.0≦ITiCN/ISiCを満たす。ITiCN/ISiCは大きい方がスパッタリングターゲットの比抵抗の低下に有利であり、10.0≦ITiCN/ISiCを満たすことが好ましく、15.0≦ITiCN/ISiCを満たすことがより好ましく、20.0≦ITiCN/ISiCを満たすことが更により好ましい。ITiCN/ISiCには特に上限はないが、高すぎるとSiCの割合が過剰に減少してしまうことから、ITiCN/ISiC≦50を満たすことが好ましく、ITiCN/ISiC≦40を満たすことがより好ましく、ITiCN/ISiC≦30を満たすことが更により好ましい。
【0017】
本発明の好ましい実施形態に係るスパッタリングターゲットは、ITiCN/ISiNに関して上記で規定した好適な範囲と、ITiCN/ISiCに関して上記で規定した好適な範囲を共に満たす。
【0018】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、X線回折における入射角(2θ)が20°~80°の間に存在する回折ピークのうち、2θが41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークが最大強度を示す。
【0019】
スパッタリングターゲットを、X線回折装置を用いて分析するときの測定方法はJIS K0131:1996に準拠して行うことができ、測定条件は、以下とすることができる。
スパッタリングターゲットの分析箇所:スパッタ面に対して垂直な切断面
X線源:Cu-Kα
管電圧:40kV
管電流:30mA
ゴニオメータ:試料水平型
スキャンスピード:10°/min
スキャンステップ:0.01°
測定範囲:2θ=20°~80°
バックグラウンド除去:フィッティング方式(簡易ピークサーチを行い、ピーク部分を取り除いた後、残りのデータに対して多項式をフィッティングする方式)
また、分析箇所は少なくとも#2000よりも細かい研磨剤を使用して研磨し、平坦かつ凹凸の少ない面を測定する。
【0020】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、Mgの元素濃度が0.5~2.0質量%である。Mgの元素濃度はICP発光分光分析法で分析可能である。MgはMgOの形態で存在することができる。本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットにおいては、Mgは実質的にすべてMgOの形態で存在する。
【0021】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、Si、N、C、Mg、O、及びTiの合計元素濃度が90質量%以上であり、95質量%以上とすることもでき、99質量%以上とすることもできる。また、本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、不可避的不純物以外はSi、N、C、Mg、O、及びTiで構成することもできる。
【0022】
Si34及びSiCは難焼結材であるため、これらを焼結することで得られる焼結体の相対密度は低くなりやすい。しかしながら、本発明に係るスパッタリングターゲットは一実施形態において、相対密度が90%以上であり、好ましくは92%以上であり、より好ましくは94%以上であり、例えば90~96%とすることができる。相対密度を高めることはスパッタリング時のパーティクルの発生量を低減することに寄与する。相対密度は、組成によって定まる理論密度に対する実測密度の比で求められる。実測密度の測定はJIS Z8807:2012の幾何学的測定に基づいて測定し、組成によって定まる理論密度は、実際に存在する化合物の密度を加味できないことから、相対密度は100%を超えることもあり得る。理論密度は、スパッタリングターゲット部材の原料が互いに拡散又は反応せずに混在していると仮定したときの密度であり、原料組成を元にして、理論密度(g/cc)=Σ(原料組成の分子量×原料組成のモル比)/Σ(原料組成の分子量×原料組成のモル比/原料組成の文献値密度)で表される。また、不可避的不純物は相対密度の計算に算入しないこととする。
【0023】
<2.スパッタリングターゲットの製法>
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、例えば粉末焼結法を用いて製造することができ、その具体例としては以下のとおりである。
【0024】
原料粉末として、Si34粉末、SiC粉末、MgO粉末、及びTiN粉末を用意する。TiNは、適切な焼成条件で焼成することによりSiCから炭素を奪い、TiCNが生成すると考えられる。また、原料としてTiNを用いることで難焼結材であるSi34及びSiCの焼結性が向上し、相対密度を高めることができる。また、TiNは融点が2930℃と高く、焼成時に溶融しないので、結晶粒の粗大化を防止できるという利点が得られる。原料としてTiCNを使用することも可能であるが、TiNの方が一般的に入手し易く、材料コストの低減に寄与する。
【0025】
原料粉末はメジアン径が0.5~5μmの範囲のものとすることが好ましい。それにより、焼結後に得られるスパッタリングターゲットの組成が均一化して、スパッタ膜の品質が安定しやすくなる。原料粉末のメジアン径が5μm以下、好ましくは3μm以下であることで、スパッタリングターゲット中に粗大粒子が生じにくくなる。一方、原料粉末のメジアン径が0.5μm以上、好ましくは1μm以上であることで、原料粉末を構成する粒子同士での凝集が生じるのを抑制することができる。
【0026】
次いで、上記複数の原料粉末を、所望の組成になるように秤量し、公知の手法を用いて混合するとともに粉砕する。これにより、複数の原料粉末が均一に混合された混合粉末を得ることができる。混合はボールミル等を用いた乾式法で実施することが好ましい。MgOがMg(OH)に変化するのを防止することができるからである。混合粉末のメジアン径は0.5~5μmとすることが好ましく、0.7~3μmとすることがより好ましい。
【0027】
混合粉末の組成は、スパッタリングターゲット中の化合物の回折ピーク強度(例:ITiCN/ISiN、ITiCN/ISiC)に影響を与えるので適切に選定する必要がある。一実施形態において、混合粉末は、Si34粉末を10~45mol%、SiC粉末を10~40mol%、MgO粉末を2~6mol%、及びTiN粉末を40~70mol%含有する。好ましい実施形態において、混合粉末は、Si34粉末を15~40mol%、SiC粉末を12.5~37.5mol%、MgO粉末を2.3~5.7mol%、及びTiN粉末を45~65mol%含有する。より好ましい実施形態において、混合粉末は、Si34粉末を20~35mol%、SiC粉末を15~35mol%、MgO粉末を2.6~5.4mol%、及びTiN粉末を47~60mol%含有する。混合粉末には、他の成分を適宜添加してもよいし、しなくてもよい。一実施形態において、混合粉末は、Si34、SiC、MgO、TiN、及び不可避的不純物から構成される。
【0028】
なお、原料粉末及び混合粉末のメジアン径は粉砕や篩別により調整可能である。上記の各粉末におけるメジアン径は、レーザー回折・散乱法に基づいて測定される体積基準の累積粒度分布における積算値50%(D50)での粒径を意味する。
【0029】
その後、得られた混合粉末を、真空雰囲気又はAr等の不活性雰囲気下で加圧して焼結させ、円盤状等の所定の形状に成形する。焼結法としては、ホットプレス焼結法、熱間静水圧焼結法、プラズマ放電焼結法等の様々な加圧焼結法を使用することができる。中でも、熱間静水圧焼結法は焼結体の密度向上の観点から有効である。
【0030】
焼結時の保持温度は、十分な密度を得て、TiCNによる導電パスを確保するため、1700℃以上とすることが好ましく、1750℃以上とすることがより好ましく、特に1750℃~1755℃の温度範囲とすることが好ましい。そして、この保持温度における保持時間は、2時間以上とすることが好適である。保持時間は、結晶粒が粗大化して焼結体中で均一な比抵抗が得られなくなるのを防止するために4時間以下とすることが好ましく、3時間以下とすることがより好ましい。焼結時の加圧力は、高い方が密度を向上させるのに有利である一方で、高すぎると割れるおそれがあることから、250kgf/cm2~350kgf/cm2とすることが好ましく、280kgf/cm2~320kgf/cm2とすることがより好ましい。
【0031】
得られた焼結体を、旋盤等を用いて所望の形状に成形加工することにより、本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットを作製することができる。ターゲット形状には特に制限はないが、例えば平板状(円盤状や矩形板状を含む)及び円筒状が挙げられる。本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットを、バッキングプレートにボンディングしてスパッタリングターゲット組立体を構築することも可能である。
【0032】
<3.用途>
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットに対して、一般にはマグネトロンスパッタリング装置にてスパッタリングを行うことにより、所定の基板上又は他の膜上に成膜することで、スパッタ膜を得ることができる。本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは比抵抗が低いため、直流を用いたDCスパッタが可能である。
【0033】
発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットは、例えば、磁気記録媒体、特にHAMR媒体の非磁性層及びサーマルプリントヘッドの保護膜の形成に利用することができる。磁気記録媒体の非磁性層としては、上述した先行技術文献に記載されているような、磁気記録層に隣接して積層される温度制御層(又は熱伝導層)、及び保護層、シーリング層が挙げられる。従って、本発明の一実施形態によれば、上述した本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲットを用いてスパッタすることを含む磁気記録媒体の製造方法が提供される。
【0034】
磁気記録媒体は一実施形態において、アルミニウムやガラス等の基板上に、下地層、温度制御層、及び磁気記録層、及び保護層をこの順に有する。
【0035】
磁気記録媒体は一実施形態において、アルミニウムやガラス等の基板上に、下地層、磁気記録層、熱伝導層、及び保護層をこの順に有する。
【実施例
【0036】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、本発明が限定されることを意図するものではない。
【0037】
<実施例1~2、比較例1~6>
(1.スパッタリングターゲットの作製)
原料粉末として、Si34粉末(メジアン径:0.5μm)、SiC粉末(メジアン径:3μm)、MgO粉末(メジアン径:1μm)、及びTiN粉末(メジアン径:1.5μm)を用意した。これらの原料粉末のメジアン径は、株式会社堀場製作所製の型式LA-920の粒度分布測定装置を使用し、粉末をエタノールの溶媒中に分散させて湿式法にて測定した。屈折率は単一粉の場合はその構成成分に合う値を使用し、混合粉の場合は体積率の最も大きな構成成分の値を使用した。
【0038】
上記原料粉末のうち、試験番号に応じて表2に記載のモル比となるように原料粉末を秤量し、当該粉末を、粉砕媒体のジルコニアボールと共に容量10リットルのボールミルポットに封入し、Ar雰囲気下で8時間回転させて混合した。得られた混合粉末のメジアン径を上述した湿式法で測定したところ、何れも0.8~1.2μmであった。
【0039】
ボールミルポットから取り出した混合粉末を直径180mmのカーボン製の型に充填し、ホットプレスで焼結させた。ホットプレスの条件は、保持温度1750℃、真空雰囲気、昇温速度300℃/時間、保持時間2時間とし、昇温開始時から保持終了まで300kgf/cm2で加圧した。保持終了後はチャンバー内でそのまま自然冷却させた。HIP後の焼結体を、汎用旋盤及び平面研削盤を用いて研削加工して直径165.1mm、厚さ5mmの円盤状になるように旋盤で切削加工し、実施例1~2、比較例1~6のスパッタリングターゲットを作製した。
【0040】
(2.XRD分析)
上記の製造条件で作製した各スパッタリングターゲットについて、スパッタ面に対して垂直な切断面を鏡面研磨した。得られた研磨面に対してX線回折装置(株式会社リガク製UltimaIV)を使用して先述した測定条件でXRD分析を行った。バックグラウンド除去は、株式会社リガクの統合粉末X線解析ソフトウェアPDXL2の「フィッティングによるバックグラウンド除去」を採用した。これにより、入射角(2θ)が41.8°~42.8°の間に存在するTiCNの結晶相を表す回折ピークの強度(ITiCN)、入射角(2θ)が26.5°~27.5°の間に存在するSi34の結晶相を表す回折ピークの強度(ISiN)、入射角(2θ)が37.6°~38.6°の間に存在するSiCの結晶相を表す回折ピークの強度(ISiC)を求めた。また、入射角(2θ)が20°~80°の間に存在する回折ピークのうち、最大強度を示すピークの位置を特定し、当該ピークを示す化合物を同定した。結果を表3に示す。
【0041】
(3.Mgの元素濃度)
上記の製造条件で作製した各スパッタリングターゲットについて、株式会社日立ハイテク製型式SPS5520によりICP発光分光分析法でMgの元素濃度を測定した。なお、ターゲット中のMgは原料中のMgO粉末に由来するため、Mgは実質的にすべてMgOの形態で存在していると考えられる。結果を表4に示す。
【0042】
(4.相対密度)
上記の製造条件で作製した各スパッタリングターゲットの相対密度を、先述した方法により測定した。例えば、実施例1の相対密度は、原料であるSi34、TiN、SiC及びMgOの分子量及び文献値密度を表1の値として、先述した計算式により求めた。結果を表4に示す。
【0043】
(5.比抵抗)
上記の製造条件で作製した各スパッタリングターゲットについて、スパッタ面の比抵抗をエヌピイエス株式会社製抵抗率測定器型式FEEL-TC-100-SBを用いてJIS K7194:1994に従う四探針法(電気抵抗が1.0×106Ω以下の場合)で、又は日東精工アナリテック株式会社製ハイレスタ型式UX MCP-HT800を用いてJIS K6271-1:2015に基づく二重リング電極法(電気抵抗が1.0×106Ω超の場合)により求めた。結果を表4に示す。
【0044】
(6.DCスパッタ可否)
上記の手順で作製した各スパッタリングターゲット部材を直径180mmのCu製のバッキングプレートにボンディングを行いDCスパッタ装置(キヤノンアネルバ株式会社製型式C-3010)に取り付け、スパッタリングを行った。スパッタリングの条件は、スパッタパワー:1kW、Arガス圧:1.7Paとした。放電できた場合は「可」、放電できなかった場合は「不可」と評価した。結果を表4に示す。
【0045】
上記の試験結果から、スパッタリングターゲットが、Si34、SiC及びMgOに加えてTiCNを含有することで、有意に比抵抗が低下することが分かった。そして、ITiCN/ISiNは及びITiCN/ISiCは高いほうが、比抵抗を低下させるのに有効であり、DCスパッタも可能になることが分かった。
【0046】
<実施例3、4>
上記の知見に基づき得られる実施例3、4に係るスパッタリングターゲットについて記載する。実施例3、4のスパッタリングターゲットはそれぞれ、表2に記載の原料混合粉末組成とした他は、実施例1と同様の製造手順で製造可能である。実施例3、4のスパッタリングターゲットのXRD分析、Mg濃度、相対密度、比抵抗及びDCスパッタ可否を推定し、表3及び表4に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
【表4】