(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】害虫交信撹乱用エアゾール
(51)【国際特許分類】
A01N 35/02 20060101AFI20240815BHJP
A01N 25/06 20060101ALI20240815BHJP
A01P 19/00 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
A01N35/02
A01N25/06
A01P19/00
(21)【出願番号】P 2021073519
(22)【出願日】2021-04-23
【審査請求日】2023-04-26
(32)【優先日】2020-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085545
【氏名又は名称】松井 光夫
(74)【代理人】
【識別番号】100118599
【氏名又は名称】村上 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100160738
【氏名又は名称】加藤 由加里
(74)【代理人】
【識別番号】100114591
【氏名又は名称】河村 英文
(72)【発明者】
【氏名】石橋 尚樹
(72)【発明者】
【氏名】三宅 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】金生 剛
【審査官】藤代 亮
(56)【参考文献】
【文献】Suterra Safety Data Sheet,[online],2015年,Pages 1-6,<URL:https://s3-us-west-1.amazonaws.com/www.agrian.com/pdfs/Puffer_NOW_MSDS1i.pdf>,[令和6年2月20日検索]
【文献】Journal of Economic Entomology,2019年,112(2),Pages 763-771,DOI: 10.1093/jee/toy417
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 35/02
A01N 25/06
A01P 19/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド及び非アルコール性希釈剤を少なくとも含むエアゾール原液と、噴射剤としてジメチル=エーテルとを少なくとも含み、前記エアゾール原液と前記噴射剤の重量比が45:55~65:35であるエアゾール用組成物と、
前記エアゾール用組成物を封入する耐圧容器と
を備える害虫交信撹乱用エアゾールであって、
噴射された粒子が、25℃、噴射距離15cmにおいて測定された体積積算分布での中位径(Dv50)
38~65μmを有する害虫交信撹乱用エアゾール。
【請求項2】
前記非アルコール性希釈剤が、炭化水素類から選択される請求項1に記載の
害虫交信撹乱用エアゾー
ル。
【請求項3】
前記非アルコール性希釈剤が、ヘプタンである請求項2に記載の
害虫交信撹乱用エアゾー
ル。
【請求項4】
前記脂肪族直鎖状アルデヒドが、Z11Z13-ヘキサデカジエナールである請求項1~3
のいずれか1項に記載の
害虫交信撹乱用エアゾー
ル。
【請求項5】
前記噴射された粒子が、前記体積積算分布での90%粒子径(Dv90)65~150μmを有する請求項
1~4のいずれか1項に記載の害虫交信撹乱用エアゾール。
【請求項6】
前記噴射された粒子が、前記体積積算分布での10%粒子径(Dv10)5~35μmを有する請求項
1~5のいずれか1項に記載の害虫交信撹乱用エアゾール。
【請求項7】
請求項
1~
6のいずれか1項に記載の害虫交信撹乱用エアゾールを圃場1エーカー
(4046.8564224m
2
)当たり0.5~4個設置するステップと、
前記エアゾール中のエアゾール用組成物を圃場に噴射するステップと
を少なくとも含む害虫交信撹乱方法。
【請求項8】
前記エアゾール用組成物の噴射1回当たりの噴射容量が20~100μLであり、該噴射が5~20分間隔で実行される請求項
7に記載の害虫交信撹乱方法。
【請求項9】
前記噴射1回当たりの噴射容量に含まれる前記脂肪族直鎖状アルデヒドの量が、0.3~5mgである請求項
8に記載の害虫交信撹乱方法。
【請求項10】
炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド及び非アルコール性希釈剤を少なくとも含むエアゾール原液と、噴射剤としてジメチル=エーテルとを少なくとも含み、前記エアゾール原液と前記噴射剤の重量比が45:55~65:35であるエアゾール用組成物を、噴射された粒子が、25℃、噴射距離15cmにおいて測定された体積積算分布での中位径(Dv50)
38~65μmを有するように圃場に噴射するステップを少なくとも含む害虫交信撹乱方法。
【請求項11】
前記非アルコール性希釈剤が、炭化水素類から選択される請求項
10に記載の
害虫交信撹乱方法。
【請求項12】
前記非アルコール性希釈剤が、ヘプタンである請求項
11に記載の
害虫交信撹乱方法。
【請求項13】
前記脂肪族直鎖状アルデヒドが、Z11Z13-ヘキサデカジエナールである請求項
10~
12のいずれか1項に記載の
害虫交信撹乱方法。
【請求項14】
前記噴射された粒子が、前記体積積算分布での90%粒子径(Dv90)65~150μmを有する請求項
10~13のいずれか1項に記載の害虫交信撹乱方法。
【請求項15】
前記噴射された粒子が、前記体積積算分布での10%粒子径(Dv10)5~35μmを有する請求項
10~14のいずれか1項に記載の害虫交信撹乱方法。
【請求項16】
前記エアゾール用組成物の噴射1回当たりの噴射容量が20~100μLであり、該噴射が5~20分間隔で実行される請求項
10~15のいずれか1項に記載の害虫交信撹乱方法。
【請求項17】
前記噴射1回当たりの噴射容量に含まれる前記脂肪族直鎖状アルデヒドの量が、0.3~5mgである請求項
16に記載の害虫交信撹乱法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド、非アルコール性希釈剤及び噴射剤を封入してなる害虫交信撹乱用エアゾールに関する。
【背景技術】
【0002】
ネーブルオレンジワーム(学名:Amyelois transitella)は、米国においてアーモンド、ピスタチオ、ウォールナッツ等のナッツ作物を始めとする多くの作物を加害する害虫である。非特許文献1では、Z11Z13-ヘキサデカジエナールがネーブルオレンジワームの性フェロモンの1成分であることが報告されており、この化合物をエアゾール缶から放出することにより交信撹乱を行い、ネーブルオレンジワームを防除する試みが行われてきた。
【0003】
例えば、Shoreyらは、Z11Z13-ヘキサデカジエナールを0.6重量%、希釈剤としてエタノールを47.1重量%、噴射剤としてプロパンとブタンの混合物を45.6重量%含むエアゾール缶を用いて交信撹乱を行っている(非特許文献2)。
また、Higbeeらは、Z11Z13-ヘキサデカジエナールを1.0重量%、希釈剤としてヘプタンを28.4重量%、アセトンを6.0重量%、噴射剤として1,1,1,2-テトラフルオロエタンを64.5重量%含むエアゾール缶を用いて交信撹乱を行っている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許出願公開第2007/0248636号明細書
【非特許文献】
【0005】
【文献】J.Chem.Ecol.5,955(1979)
【文献】Environ.Entomol.25,1154(1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、非特許文献1では、アルコール性希釈剤としてエタノールを使用しており、このエタノールは、性フェロモン成分であるZ11Z13-ヘキサデカジエナールと反応して、本来放出させたい性フェロモン成分とは異なるZ11Z13-ヘキサデカジエナール=ジエチル=アセタールを生成させてしまう場合があるため、安定性の観点から好ましくない。また、非特許文献2では、エアゾール缶から放出されたエアゾール粒子を一旦綿製のパッドに吸収させた後、パッドから徐々にZ11Z13-ヘキサデカジエナールを放出させている。Z11Z13-ヘキサデカジエナールは、不安定なホルミル基及びZZ-共役二重結合を有しているため、パッド中で濃縮されるとオリゴマー化、ポリメリ化等が進行する可能性が高い。
【0007】
特許文献1では、非アルコール性希釈剤であるヘプタンを用いているので、Z11Z13-ヘキサデカジエナールがアセタールに変換されるおそれはない。また、パッドを用いず、エアゾール缶からエアゾール粒子を直接圃場に放出させているため、オリゴマー化、ポリメリ化等が進行する可能性も低い。しかし、64.5重量%もの1,1,1,2-テトラフルオロエタンを噴射剤として用いているため、噴射されたエアゾール粒子の各粒径は極端に小さくなり、酸素と接触するエアゾール粒子の総接触面積が増大してしまう。これによって、Z11Z13-ヘキサデカジエナールは、大気中の酸素によるホルミル基の酸化や、ZZ-共役二重結合の異性化や酸化を受け易くなるため、放出されたZ11Z13-ヘキサデカジエナールの有効利用率は低下し、結果として、ネーブルオレンジワームの密度の高い圃場では5%前後ものナッツの被害を被っている。
【0008】
エアゾール粒子の粒径が小さいほど、粒子が地表に落下するまでの滞空時間が長くなり、遠方までエアゾール粒子が運ばれ易くなるため有利と思われがちだが、このように、過剰の噴射剤を用いると、粒径が微細となり過ぎ、フェロモン成分の分解が起こり易くなる。特に、ネーブルオレンジワームの性フェロモン成分Z11Z13-ヘキサデカジエナールに代表される炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドは酸化を受け易いため、適切な粒径のエアゾール粒子として放出する必要がある。
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの有効利用に適した組成や粒径分布を有する害虫交信撹乱用エアゾールを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドを含むエアゾール原液と噴射剤との重量比、及び噴射粒子の粒子径が、害虫交信撹乱用エアゾールの害虫防除効果に大きな影響を与えることを見出し、本発明を為すに至った。
本発明の一つの態様によれば、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド及び非アルコール性希釈剤を少なくとも含むエアゾール原液と、噴射剤としてジメチル=エーテルとを少なくとも含み、前記エアゾール原液と前記噴射剤の重量比が45:55~65:35であるエアゾール用組成物と、前記エアゾール用組成物を封入する耐圧容器とを備える害虫交信撹乱用エアゾールであって、噴射された粒子が、25℃、噴射距離15cmにおいて測定された体積積算分布での中位径(Dv50)38~65μmを有する害虫交信撹乱用エアゾールが提供される。
本発明の別の態様によれば、前記害虫交信撹乱用エアゾールを圃場1エーカー(4046.8564224m
2
)当たり0.5~4個設置するステップと、前記エアゾール中のエアゾール用組成物を圃場に噴射するステップとを少なくとも含む害虫交信撹乱方法が提供される。
本発明の他の態様によれば、前記エアゾール用組成物を、噴射された粒子が、25℃、噴射距離15cmにおいて測定された体積積算分布での中位径(Dv50)38~65μmを有するように圃場に噴射するステップを少なくとも含む害虫交信撹乱方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、噴射粒子が地表への落下や酸化分解によって効果を損なうことが低減でき、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドを圃場に拡散させることができるため、交信撹乱により対象害虫を効率的に防除可能となり、作物の被害を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【発明を実施するための形態】
【0012】
[I]エアゾール用組成物
エアゾール用組成物は、エアゾールの耐圧容器に投入するための組成物である。エアゾール用組成物は、エアゾール原液と噴射剤を少なくとも含んでなり、エアゾール原液は、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド及び非アルコール性希釈剤を少なくとも含む。
【0013】
<i>エアゾール原液
まず、エアゾール原液について説明する。エアゾール原液は、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド及び非アルコール性希釈剤を少なくとも含む。
性フェロモン成分として、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドを含む害虫としては、例えば以下の害虫等が挙げられる。
【0014】
【0015】
上記で例示した他に、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドとして、Z5-デセナール、10-ウンデセナール、n-ドデカナール、Z9-ドデセナール、E5Z10-ドデカジエナール、E8E10-ドデカジエナール、n-テトラデカナール、Z11-テトラデセナール、Z9Z11-テトラデカジエナール、Z9E12-テトラデカジエナール、Z10-ペンタデセナール、E9Z11-ペンタデカジエナール、n-ヘキサデカナール、Z7-ヘキサデセナール、E6Z11-ヘキサデカジエナール、E4Z6-ヘキサデカジエナール、E4E6Z11-ヘキサデカトリエナール、E10E12E14-ヘキサデカトリエナール、n-オクタデカナール、Z9-オクタデセナール、E14-オクタデセナール、E2Z13-オクタデカジエナール、Z3Z13-オクタデカジエナール、Z9Z12-オクタデカジエナール、Z9Z12Z15-オクタデカトリエナール等も挙げられる。炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドは、これらの1種又は2種以上を用いることができる。
【0016】
炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドとしては、より好ましくは、Z11Z13-ヘキサデカジエナール、Z9E11,13-テトラデカトリエナール、Z9E11-テトラデカジエナール、Z9-テトラデセナール、Z9-9,13-テトラデカジエン-11-イナール、Z7-テトラデセナール、Z9,11-ドデカジエナール、E9,11-ドデカジエナール、Z9E11-ヘキサデカジエナール、E9Z11-ヘキサデカジエナール、Z7Z11E13-ヘキサデカトリエナールが挙げられ、特に好ましくは、例えばネーブルオレンジワームを対象とするZ11Z13-ヘキサデカジエナールが挙げられる。
【0017】
また、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドに、交信撹乱効果の向上や抵抗性の発現抑制を目的として、フェロモン補足成分を添加して用いても良い。フェロモン補足成分としては、飽和又は二重結合を一つ又は二つ以上有する炭素数12~20の脂肪族直鎖状アセテート、炭素数7~20の脂肪族直鎖状アルコール、炭素数10~25の脂肪族直鎖状ケトン、炭素数10~30の脂肪族炭化水素、炭素数10~20のカルボン酸等が挙げられる。フェロモン補足成分の添加量は、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド100重量部に対して、好ましくは0.1~200重量部である。フェロモン補足成分は、1種又は2種類以上を用いてもよい。
【0018】
炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドには、必要に応じて抗酸化剤、紫外線吸収剤等の添加剤を添加しても良い。
抗酸化剤としては、2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、2,2’-メチレンビス(4-メチル-6-t-ブチルフェノール)、ビタミンE等が挙げられる。
紫外線吸収剤としては、2-(2’-ヒドロキシ-3’-tert-ブチル-5’-メチルフェニル)-5-クロロベンゾトリアゾール、2-ヒドロキシ-4-オクトキシベンゾフェノン、2-(3,5-ジ-t-ブチル-2-ヒドロキシフェニル)-5-クロロベンゾトリアゾール、2,5-ジ-t-ブチルハイドロキノン等が挙げられる。
添加剤の添加量は、使用環境等によっても異なるが、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド100重量部に対して、好ましくは0.1~10重量部である。添加剤は、1種又は2種類以上を用いてもよい。
【0019】
非アルコール性希釈剤としては、例えば、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ベンゼン、トルエン、キシレン、クメン等の炭化水素類;酢酸エチル、酢酸n-ブチル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;ジエチル=エーテル、ジブチル=エーテル等のエーテル類;アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル類;N,N-ジメチルホルムアミド等の非プロトン性極性溶媒類;ケロシン、軽油、流動パラフィン、流動イソパラフィン、琥珀油、クレオソート油等の鉱物油類;ひまし油、亜麻仁油、サラダ油、コーン油、大豆油、ごま油、菜種油、ベニバナ油、ひまわり油、米油、パーム油、ヤシ油、葡萄油、小麦胚芽油、オリーブオイル、ピーナッツオイル、アーモンドオイル、グレープシードオイル、ホホバオイル、ローズヒップオイル、白樺油、アボカドオイル、ヘーゼルナッツオイル、オレンジ油等の植物油類;魚油、ラノリンオイル、スクワラン、卵黄油、肝油、馬油、ミンクオイル等の動物油類;エステル油等の合成油類等が挙げられ、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの安定性の観点から、炭化水素類が好ましく、ヘプタンがより好ましい。
【0020】
非アルコール性希釈剤の添加量は、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒド100重量部に対して、好ましくは100~10,000重量部、より好ましくは200~5,000重量部である。非アルコール性希釈剤は、1種又は2種類以上を用いてもよい。また、非アルコール性希釈剤は、市販のものを用いることができる。
【0021】
<ii>噴射剤
次に、噴射剤について説明する。
噴射剤としては、プロパン、プロピレン、n-ブタン、イソブタン等の液化石油ガスやジメチル=エーテル(以下、「DME」ともいう。)等の液化ガス;HFC-152a、HFC-134a、HFO-1234yf、HFO-1234ze等のハロゲン化炭素ガス;炭酸ガス;窒素ガス;圧縮空気等の圧縮ガス等の1種又は2種以上を用いることができる。
【0022】
エアゾール原液と噴射剤の重量比は45:55~65:35、好ましくは、50:50~60:40である。噴射剤の重量比率が55を超えた場合、エアゾール粒子の粒径が微細となり過ぎてしまい、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの酸化分解が促進されるため、害虫防除効果が低下する。また、噴射剤の重量比率が35未満である場合は、エアゾール粒子の粒径が大きいものの割合が増え、そのような粒径が大きいエアゾール粒子が圃場に拡散する前に地表に落下するため、害虫防除効果が低下する。
【0023】
[II]害虫交信撹乱用エアゾール
上記エアゾール用組成物を耐圧容器に封入することにより、害虫交信撹乱用エアゾールが完成する。
耐圧容器は、エアゾール原液と噴射剤とを含むエアゾール用組成物を内部に貯蔵し、一定量を噴射できるものであれば特に限定されない。一定の噴射量とするために、噴射速度(μL/秒)を一定として噴射時間を制御してもよいし、一回の噴射量を一定として噴射回数を制御してもよい。電池等のエネルギー効率の観点からは、一回の噴射量を一定としてできるだけ少ない噴射回数とすること、例えば噴射量を必要量に一致させて噴射回数を一回とすることが好ましい。
【0024】
例えば、耐圧容器には、エアゾール原液と噴射剤とを含むエアゾール用組成物の噴射量を制御するための定量噴射バルブが設置されることが好ましい。当該定量噴射バルブに、噴射口が設けられた噴射ボタンを接続した後に、噴射ボタンを噴射操作(例えば、押下)することにより定量噴射バルブが作動し、エアゾール用組成物が噴射口から噴射粒子として噴射される。定量噴射バルブは、噴射ボタンを1回押下した場合の噴射容量が、エアゾール用組成物100ml当たり1,000~5,000回の押下回数を可能とする観点から、20~100μL、好ましくは、25~90μLが好ましい。また、前記噴射容量のうち、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの噴射量は、害虫に対して生理作用や行動誘起を及ぼす観点と経済性の観点から、好ましくは、0.3~5mg、より好ましくは0.5~3.5mgである。炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの噴射量は噴射1回当たりの重量減少に炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの重量%を乗じて算出した。
【0025】
噴射ボタンを押下する操作は、機械式の装置を用いて行うことができる。例えば、パシフィック=バイオコントロール=コーポレーション(米国、ワシントン州、バンクーバー)のネーブルオレンジワーム交信撹乱用エアゾール製剤ISOMATE® NOW MISTにおいて、ネーブルオレンジワーム交信撹乱用内容物を、本明細書に記載のエアゾール用組成物に置き換えて使用してもよい。
【0026】
図1は、エアゾールの具体例を示す。エアゾール1は、耐圧容器2と、原液と噴射剤の液相3と、噴射剤の一部が蒸発した噴射剤の気体相4と、圃場に向けて液相3を噴射するための噴射口5と、一端を液相3内に配置し、他端を噴射口5に接続するディープチューブ6と、噴射口5とディープチューブ6の接続を遮断するバルブ7と、押下によりバルブ7を開放し、噴射口5とディープチューブ6を接続させる噴射ボタン8を備える。ディープチューブ6は、噴射ボタン8を押下することにより、噴射口5に接続されると、噴射剤の気体相4の圧力により液相3が噴射口5を通して噴射される。例えば、バルブ7内において、噴射口5とディープチューブ6をつなぐ通路を遮断するようにガスケットを設置し、噴射ボタン8の押下時には、押下によりガスケットが変形して通路が開くようにすればよい。
【0027】
噴射口から噴射される噴射粒子の粒子径は、25℃、噴射距離15cmにおける体積積算分布での中位径(Dv50)が35~65μm、好ましくは38~63μm、より好ましくは40~60μmである。Dv50が35μm未満の場合は、エアゾール粒子の粒径が微細となり過ぎ、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの酸化分解が促進され、害虫防除効果が低下する。また、Dv50が65μmを超えた場合は、エアゾール粒子の粒径が大きいものの割合が増え、そのような粒径が大きいエアゾール粒子が圃場に拡散する前に地表に落下するため、害虫防除効果が低下する。
【0028】
上記Dv50における理由と同様の理由により、噴射口から噴射される噴射粒子の25℃、噴射距離15cmにおける体積積算分布での90%粒子径(Dv90)及び10%粒子径(Dv10)は、規定される。Dv90は、好ましくは65~150μm、より好ましくは70~145μm、さらに好ましくは、85~135μmである。Dv10は、好ましくは5~35μm、より好ましくは11~32μm、さらに好ましくは11~22μmである。
なお、噴射粒子の粒子径は、例えば、レーザー回折式粒度分布測定装置(マルバーン社製、スプレーテック)を用いて測定することができる。例えば、25℃でレーザーから15cm離れた場所に噴射口を設置し、レーザーに対して垂直且つ噴射粒子群の中心をレーザーが貫通するように噴射を行い、体積積算分布での中位径(Dv50)、体積積算分布での10%粒子径(Dv10)、体積積算分布での90%粒子径(Dv90)を測定する。
噴射粒子の粒子径が上記の範囲となるように、定量噴射バルブのステム径、噴射口の口径、噴射口の形状等を調整することができる。
【0029】
[III]交信撹乱方法
害虫交信撹乱方法は、上記の害虫交信撹乱用エアゾールを圃場1エーカー当たり0.5~4個設置するステップと、エアゾール中のエアゾール用組成物を圃場に噴射するステップとを少なくとも含んでなる。
害虫交信撹乱用エアゾールの設置個数は、圃場1エーカー当たり0.5~4個が好ましく、1~4個がより好ましい。圃場1エーカー当たり0.5個未満では、圃場に炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドを十分に拡散することができず、防除効果が低下する。圃場1エーカー当たり4個を超えると、設置にかかる労力が高く、経済性も低い。
【0030】
エアゾール用組成物の圃場への噴射は、現実的な耐圧容器の容量と防除対象圃場に一定以上のフェロモン濃度を保つ観点から、好ましくは5~20分間隔、より好ましくは6~18分間隔で実行することが好ましい。また、噴射間隔を季節、気象、害虫の発生状況等に応じて変更することも可能である。
エアゾール用組成物の圃場への噴射の時間帯は、防除対象害虫の生態に合わせて行うことができる。例えば、日没後に交尾活動を行う害虫の場合、午後6時~午前6時等に噴射時間帯を限定して噴射を行うことができる。また、噴射の時間帯を季節、気象、害虫の発生状況等に応じて変更することも可能である。
【0031】
上記交信撹乱方法を用いると、例えば、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドとしてZ11Z13-ヘキサデカジエナールを用いた場合、Z11Z13-ヘキサデカジエナールを性フェロモンとして利用するネーブルオレンジワーム等の防除を効率的に行うことができる。また、非常に不安定なZZ-共役二重結合を有するZ11Z13-ヘキサデカジエナールにおいて高い防除効果が得られることから、本発明の害虫交信撹乱用エアゾールをZ11Z13-ヘキサデカジエナール以外の炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドに適用すれば、同様に高い防除効果が得られることが予想される。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を示して、本発明を更に具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
実施例1
表1に示す組成にしたがって、Z11Z13-ヘキサデカジエナールとヘプタンを混合し、エアゾール原液を調製し、65×180mmのアルミ製の耐圧容器(以下、「エアゾール缶」ともいう。)内にエアゾール原液210gを充填した。続いて、エアゾール缶に噴射容量40μlの定量噴射バルブを取り付けた後、液体状のDME118gを加圧充填して害虫交信撹乱用エアゾールを作製した。具体的には、パシフィック=バイオコントロール=コーポレーション(米国、ワシントン州、バンクーバー)のネーブルオレンジワーム交信撹乱用エアゾール製剤ISOMATE® NOW MISTにおいて、ネーブルオレンジワーム交信撹乱用エアゾールの内容物を上記害虫交信撹乱用エアゾールに置き換えて使用した。害虫交信撹乱用エアゾールの組成、噴射特性を表2に示す。
噴射粒子の粒子径は、レーザー回折式粒度分布測定装置(マルバーン社製、スプレーテック)を用いて測定した。具体的には、25℃でレーザーから15cm離れた場所に噴射口を設置し、レーザーに対して垂直且つ噴射粒子群の中心をレーザーが貫通するように噴射を行い、体積積算分布での中位径(Dv50)、体積積算分布での10%粒子径(Dv10)、積積算分布での90%粒子径(Dv90)を測定した。測定は3回行いその平均値を測定値として用いた。
噴射容量は、使用した定量噴射バルブの設計値を採用した。
炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの噴射量は噴射1回当たりの重量減少に炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの重量%を乗じて算出した。
【0033】
実施例2
エアゾール原液を表2に示す組成のエアゾール原液180gに変え、DMEを148gに変えた以外は、実施例1と同様に行った。
【0034】
実施例3
エアゾール原液を表2に示す組成のエアゾール原液151gに変え、DMEを177gに変えた以外は、実施例1と同様に行った。
【0035】
実施例4
エアゾール原液を表2に示す組成のエアゾール原液151gに変え、DMEを177gに変え、Z11Z13-ヘキサデカジエナールの重量%を変えた以外は、実施例1と同様に行った。
【0036】
比較例1
エアゾール原液を表2に示す組成のエアゾール液253gに変え、DMEを75gに変えた以外は、実施例1と同様に行った。
【0037】
比較例2
エアゾール原液を表2に示す組成のエアゾール液115gに変え、DMEを213gに変えた以外は、実施例1と同様に行った。
【0038】
比較例3
害虫交信撹乱用エアゾールを市販のISOMATE® NOW MIST(パシフィック=バイオコントロール=コーポレーション)を用いた以外は、実施例1と同様に行った。
【0039】
【0040】
実施例5~8及び比較例4~6
実施例1~4及び比較例1~3の害虫交信撹乱用エアゾールに噴射特性評価で用いたのと同じ噴射ボタンを内蔵した装置を接続したものを米国カリフォルニア州グレン群のアーモンド圃場に設置し、ネーブルオレンジワームの防除試験を行った。
全ての害虫交信撹乱用エアゾールを表3に示すような同一の試験条件で評価した。噴霧間隔として、9分ごとに噴霧ボタンの押下が自動的に起こるように設定した。
また、交信撹乱用エアゾールを設置せず、殺虫剤等(住友化学社製、Asana®;シンジェンタ社製、アグリメック)の慣行防除による防除のみを行った対照区も設け、対照区との比較により防除効果を調べた。
【0041】
【0042】
40エーカーの各試験区にネーブルオレンジワームのフェロモントラップを4つずつ設置し、4月下旬~8月半ばにかけて、約1~2週間毎にオス成虫の捕獲数調査を行った。結果を表4に示す。
なお、表4における総誘殺数とは、上記期間において、捕獲されたオス成虫数の1トラップ当たりの平均値を表す。また、誘引阻害率は、以下の式から算出した。
誘引阻害率(%)=(1-処理区の誘殺数/対照区の誘殺数)×100
また、各区から収穫されたアーモンド1,000個を無差別に採取し、ネーブルオレンジワームの被害の有無を確認した。また、被害率及び被害低減率は、それぞれ以下の式から算出した。
被害率(%)=(被害アーモンド個数/調査アーモンド個数)×100
被害低減率(%)=(1-処理区の被害率/対照区の被害率)×100
【0043】
【0044】
表3に示す通り、実施例5~8及び比較例4~6の圃場のいずれにおいても誘引阻害率は高かったが、実施例5~8の方が比較例4~6よりも高い傾向が見られた。一方、被害低減率の差はより顕著であり、実施例5~8の被害低減率は比較例4~6を凌駕していた。
実施例1~4の害虫交信撹乱用エアゾールは、より大きな噴射粒子径分布を有する比較例1及び3、より小さな噴射粒子径分布を有する比較例2のいずれよりも高い防除効果を有することがわかった。これは、実施例1~4の害虫交信撹乱用エアゾールから噴射された噴射粒子の粒子径の場合、地表に落下して防除効果が損なわれる程には大きすぎず(比較例1及び3)、かつ、炭素数10~20の脂肪族直鎖状アルデヒドの酸化分解により防除効果が損なわれる程には小さすぎないため(比較例2)、より長い滞空時間を確保して、圃場内に拡散することができたために、このような高い防除効果が得られたと考えられる。