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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】藍藻類の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/12 20060101AFI20240816BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
C12N1/12 A
C12N1/00 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022576628
(86)(22)【出願日】2022-01-13
(86)【国際出願番号】 JP2022000814
(87)【国際公開番号】W WO2022158362
(87)【国際公開日】2022-07-28
【審査請求日】2023-07-11
(31)【優先権主張番号】P 2021006390
(32)【優先日】2021-01-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【弁理士】
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【弁理士】
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100214673
【弁理士】
【氏名又は名称】菅谷 英史
(74)【代理人】
【識別番号】100186646
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】石原 光輝
【審査官】山内 達人
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-202054(JP,A)
【文献】特開2017-035051(JP,A)
【文献】特開2015-122991(JP,A)
【文献】小林和樹 ほか,培養液組成の制御による Spirulina platensis の培養およびその増殖挙動,化学工学論文集,1996年,第22巻, 第1号,p. 56-59,<DOI: https://doi.org/10.1252/kakoronbunshu.22.56>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スイゼンジノリの培養方法であって、重炭酸塩を含有する液体培地を、二酸化炭素の添加によりpH7.5以上10以下の範囲に維持して培養を行う培養方法であって、
前記液体培地における炭酸塩、重炭酸塩、リン酸塩及びクエン酸塩から選ばれる1種以上の塩の添加量が20~200ppmであることを特徴とする培養方法。
【請求項2】
pH8以上9以下の範囲に維持して培養を行う、請求項1記載の培養方法。
【請求項3】
光照射時に前記二酸化炭素の添加を行う、請求項1または2記載の培養方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項記載の培養方法でスイゼンジノリを培養する工程と、
培養後により増加したスイゼンジノリを回収する工程と、を含むことを特徴とするスイゼンジノリの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、藍藻類の高速大量連続培養方法に関し、特にスイゼンジノリ、イシクラゲ、アサツキなど、細胞が分泌した寒天質の基質の中に群体を形成する淡水性の藍藻類の高速大量連続培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な動植物、藻類、菌類等から有効成分を探索する試みが広く行われている。この結果、様々な有用物質が発見され、医薬品、食品、化粧料など幅広い分野で活用されている。今般、藍藻類であるスイゼンジノリから分子量1000万を超える高分子多糖類が発見され、その高い保湿力に起因する美容効果、やけど治療等への活用が期待されている。
【0003】
しかしながらスイゼンジノリを始めとする淡水藍藻類は透明度が高くミネラル豊富な湧水の中でしか繁殖することができず、また気象条件等に影響を受けやすく露面で培養、養殖を行う場合にも安定に供給を行うことが出来ていなかった。そのため、高い有効性が期待されるにも関わらず用途展開が十分に出来ていないという課題が存在した。これに対し、静置培養工程と通気培養工程を組み合わせ藍藻類の大量生産を行う試みが行われている(特許文献1参照)が、工程が煩雑であり、効率良く培養を行うことは出来ていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許6542569号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は藍藻類を高効率での培養を可能とすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
[1]藍藻類の培養方法であって、炭酸塩、重炭酸塩、リン酸塩、クエン酸塩から選ばれる1種以上の塩を含有する液体培地を、pH10以下に維持して培養を行うことを特徴とする培養方法。
[2]前記藍藻類が淡水性藍藻類であることを特徴とする[1]に記載の培養方法。
[3]培養中のpHを7.5以上10以下の範囲に維持することを特徴とする[1]または[2]のいずれかに記載の培養方法。
[4]前記液体培地が炭酸塩、重炭酸塩を含むことを特徴とする[1]~[3]のいずれかに記載の培養方法。
[5]二酸化炭素の添加によりpH調整を行うことを特徴とする[1]~[4]のいずれかに記載の培養方法。
[6]前記[1]~[5]のいずれかに記載の培養方法により培養された藍藻類。
【0007】
スイゼンジノリなどの透明度が高くミネラルが豊富な水でしか生育されていない藍藻類は貧栄養の培地が好ましく、通常の藻類を培養する際に用いられる富栄養化培地を用いた場合には培養不良を起こし、混在するその他藻類との生育競争に負け生育しない。
【0008】
本発明者はスイゼンジノリなどの淡水域の藍藻類が重炭酸イオンなどの特定イオンを効率的に利用して光合成をおこなうことを確認し、また重炭酸イオンなどの特定イオン源を予め培地中に添加し、かつこれらイオンが培地中に存在できるpH領域を維持して培養することにより、他の藻類の生育を抑制可能な塩濃度低減培地を用いて藍藻類を高速連続大量培養できることを見出した。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば藍藻類を高効率で培養することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る培養方法により培養される藍藻類とは、原核生物に分類される藻類で、シアノバクテリア(藍色細菌)と称される光合成能を有する真性細菌の一群である。前記藍藻類としてはクロオコッカス目のスイゼンジノリ(学名:Aphanothece sacrum)や、ネンジュモ目のイシクラゲ、アシツキなどが含まれる。
【0011】
本発明において用いられる藍藻類としては本発明の効果が得られる範囲において特に制限されるものではないが、スイゼンジノリ、イシクラゲ、アシツキなどの淡水域に群体を形成して生息する淡水性藍藻類を用いた場合に培養効率が高くなることから好ましく、スイゼンジノリ、アシツキであることがより好ましく、スイゼンジノリが最も好ましい。
【0012】
前記スイゼンジノリは九州の特定地域に自生し、複数の細胞が平らな形状の群体を形成する淡水性藍藻類である。また、その群体の外面は多糖類などにより形成されるゲル状の分泌物に覆われており、群体の直径は50mm程度の大きさにまで成長する。
【0013】
本発明に係る藍藻類の培養方法は、炭酸塩、重炭酸塩、リン酸塩、クエン酸塩から選ばれる1種以上の塩を含有する液体培地を、pH10以下の範囲に維持して培養を行うことを特徴とする。
【0014】
本発明の培養方法で用いられる液体培地としては、炭酸塩、重炭酸塩、リン酸塩、クエン酸塩から選ばれる1種以上の塩を含有する液体培地であればよく、本発明の効果が得られる範囲において水、その他ミネラルなどを添加してもよく、特許文献(特許6590144号公報)や非特許文献(J. Gen Appl Microbiol.,65,39-46, 2019 Mar. )に記載されるような公知の培地を用いてもよい。本発明の培養方法においては、液体培地を適宜交換や成分の補充を行ってもよい。
【0015】
本発明の液体培地としては前記のように炭酸塩、重炭酸塩、リン酸塩、クエン酸塩から選ばれる1種以上の塩を含有することを特徴とする。これらの塩類は藍藻類の培養効率を向上させることができる、中でも藍藻類の光合成における炭素源として好適に利用されることから炭酸塩、重炭酸塩から選ばれる1種以上の塩を添加することが特に好ましく、具体的には重炭酸ナトリウム、重炭酸カルシウムを用いることが最も好ましい。
【0016】
これら炭酸塩、重炭酸塩、リン酸塩、クエン酸塩から選ばれる1種以上の塩の添加量としては、液体培地中1ppm以上、500ppm以下であることが好ましく、藍藻類の生育をより良好に保つためには20ppm以上、200ppm以下であることが特に好ましい。
【0017】
前記重炭酸塩は、藻類が光合成を行う際に炭素源として消費されるが、バブリング等の操作により液体培地中に二酸化炭素を添加すると、重炭酸イオンとして再生し、再度藻類の炭素源として利用することができ、効率的な培養を行うことができる。
【0018】
本発明の培養方法において用いる液体培地は、培養を行う間のpHがpH10以下の範囲で維持調整されることが好ましく、更にpH7.5以上10以下の範囲であることが更に好ましく、pH8以上9以下の範囲であると培養効率が顕著に向上するため最も好ましい。また、pH調整を行うのは培養期間全体であっても良いが、特に培養効率が向上することから光照射時にpH調整を行うことが好ましい。
【0019】
液体培地のpH調整方法としては、本発明の効果が得られる範囲において特に制限されるものではないが、藍藻類の培養に伴うpHの上昇を観測し、pHが10前後に上昇した際に液体培地に二酸化炭素を添加し、pHを降下させる工程を繰り返せばよい。二酸化炭素の添加により藍藻類の増殖により消費された重炭酸イオンが補充され、藍藻類の光合成効率が向上することから特に好ましい。また、本発明はpHが上昇しないよう一定のpHに維持する操作を行うものであってもよい。pHの調整を目的として添加する二酸化炭素は、通常の空気に二酸化炭素を添加したものであればよく、空気にさらに二酸化炭素を加えたもの、または二酸化炭素単独を後述の曝気処理により添加してもよい。
【0020】
本発明の培養方法において、液体培地は各種容器に充填して培養を行ってよい。これらの容器としては特に限定されるものではなく、開放系の容器、及び閉鎖系の容器のいずれを用いてもよく、曝気処理を行うための送気装置、培養時に培養液の撹拌を行うための撹拌羽、光の照射を行うための各種光源、培養時の温度を調整するための温度調整装置等を有する容器を用いてもよい。これら容器としては前記のように特に限定されるものではないが藻類が光合成を効率よく行えることから、ガラス、アクリル、ポリカーボネート等の光透過率の高い容器を用いることが好ましい。
【0021】
本発明に係る培養方法により藍藻類を培養する場合、効率的に光合成をさせるため、培養中にバブリングなどにより曝気処理を行うことが好ましい。曝気処理としては空気を曝気させる工程、二酸化炭素を添加して曝気させる工程を含んでもよく、pHの上昇をモニタリング等で確認して適宜設定することができる。前記曝気処理による空気添加量は単位体積流量(VVM、L/min/Volume)として0.3L/min/Volume以上であることが好ましく、0.5L/min/Volume以上であると培養装置内での藍藻類の撹拌が好適に行われ培養効率が向上するため好ましい。また、容器サイズに応じて空気の添加量を調節し、藻類を効率よく撹拌することが好ましい。
【0022】
本発明に係る培養方法は、藍藻類の培養効率を向上させる目的で培養装置に各種光源による光を照射する明期を設けるものである。照射する光の光源としては太陽光、白熱電球、蛍光灯、アーク灯、発光ダイオードなど公知の光源を用いることができる。これらの光は継続的に照射してもよく、断続的な照射を行ってもよい。照射する光の光量については本発明の効果が得られる範囲において特に限定されるものではなく、培養の進捗を確認して適宜調整してよいが、光合成有効光量量子束密度として30μmol/m2/s以上であることが好ましく、培養速度が良好なものとなることから100μmol/m2/s以上であることがより好ましい。
【0023】
本発明に係る培養方法は、光の照射を行わない暗期を設けることが好ましいが、常時光を照射する態様で培養を行ってもよい。
【0024】
また、培養時の培地の温度設定は培養対象とする藍藻類に応じて適宜設定することができるが、スイゼンジノリを培養する場合15~30℃の間で行うことが好ましく、20~25℃の範囲で培養することがさらに好ましく、23~25℃の範囲で培養することが最も好ましい。
【0025】
本発明の培養方法は、その培養時間について特に限定されるものではなく、当業者が適宜藍藻類の増加量を確認して設定することができる。
【0026】
本発明の培養方法で用いる藍藻類は、本培養処理前に順化処理などを行ってもよい。これら順化処理としては、野生株として得られた藍藻類を本培養前に予備的な環境で培養し本培養の際に培養が好適に行える処理であれば特に制限されるものではなく、公知の方法を用いて行なうことができる。また、野生種をそのまま培養に供してもよい。また、培養により増加した藍藻類を次の培養サイクル時に培養の種として培養を行ってもよい。
【実施例
【0027】
[実施例1]
1Lのガラス容器に表1に記載の重炭酸ナトリウム添加培地を1L入れ、培養スイゼンジノリ(FPU1株:Ohki, KらJ Gen Appl Microbiol . 2019 Mar 8;65(1):39-46.)を湿重量で20g添加し、23℃雰囲気下、通気量0.5/min、光合成有効光量量子束130μmol/m/s、14時間明・10時間暗サイクルで培養を行った。明期ではpH9付近までpHが上昇した時に炭酸ガスを吹込んでpHを8付近まで低下させるpHコントロールを実施した。培地は培養開始1週間後に交換し、培養2週間後にスイゼンジノリを回収し湿重量を測定し、湿重量でスイゼンジノリ214gを回収した。
【0028】
【表1】
【0029】
[比較例1]
1Lのガラス容器に表1に記載の重炭酸ナトリウム添加培地を1L入れ、培養スイゼンジノリ(FPU1株)を湿重量で20g添加し、23℃雰囲気下、通気量0.5L/min、光合成有効光量量子束130μmol/m/s、14時間明・10時間暗サイクルで培養を開始した。明期でのpHコントロールは実施せずに培養を実施した。培地は培養開始1週間後に交換し、培養2週間後にスイゼンジノリを回収し湿重量を測定し、湿重量でスイゼンジノリ114gを回収した。
【0030】
[比較例2]
1Lのガラス容器に重炭酸ナトリウムを添加していない以外は表1に記載の培地組成と同じ培地を1L入れ培養スイゼンジノリ(FPU1株)を湿重量で20g添加し、23℃雰囲気下、通気量0.5L/min、光合成有効光量量子束130μmol/m/s、14時間明・10時間暗サイクルで培養を開始した。培地組成はナトリウムを抜いた以外実施例1と同じ組成にした。明期でのpHコントロールは実施せずに培養を実施した。培地は培養開始1週間後に交換し、培養2週間後にスイゼンジノリを回収し湿重量を測定し、湿重量でスイゼンジノリ82gを回収した。
【0031】
[比較例3]
1Lのガラス容器に重炭酸ナトリウムを添加していない以外は表1に記載の培地組成と同じ培地を1L入れ培養スイゼンジノリ(FPU1株)を湿重量で20g添加し、23℃雰囲気下、通気量0.5L/min、光合成有効光量量子束130μmol/m/s、14時間明・10時間暗サイクルで培養を開始した。明期でのpHコントロールは実施せずに培養を実施した。培地は培養開始1週間後に交換し、培養2週間後にスイゼンジノリを回収し湿重量を測定し、湿重量でスイゼンジノリ92gを回収した。
【0032】
[比較例4]
2Lのガラス容器に表1に記載の重炭酸ナトリウム添加培地を1L入れ、培養スイゼンジノリ(FPU1株)を湿重量で20g添加し、23℃雰囲気下、光合成有効光量量子束130μmol/m/s、14時間明・10時間暗サイクルで静置培養を開始した(通気はせず)。培養開始1週間後、目視でスイゼンジノリの色が退色を確認し藻体が死滅したと判断したため実験を中止した
【0033】
【表2】
【0034】
上記表2のように、重炭酸ナトリウムの添加及びpHコントロールを行った実施例は、これらの処理を行わなかった比較例に比して顕著な培養効率の向上が確認された。