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特許7540437ホットスタンプ用金型用鋼、ホットスタンプ用金型およびその製造方法
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  • 特許-ホットスタンプ用金型用鋼、ホットスタンプ用金型およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用金型用鋼、ホットスタンプ用金型およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240820BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20240820BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20240820BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20240820BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/24
C21D6/00 L
C21D9/00 M
C21D1/06 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021524675
(86)(22)【出願日】2020-03-11
(86)【国際出願番号】 JP2020010562
(87)【国際公開番号】W WO2020246099
(87)【国際公開日】2020-12-10
【審査請求日】2022-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2019106234
(32)【優先日】2019-06-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】平重 貴之
(72)【発明者】
【氏名】福元 志保
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-044254(JP,A)
【文献】国際公開第2017/043446(WO,A1)
【文献】特表2015-521235(JP,A)
【文献】特開2015-221933(JP,A)
【文献】特開平06-145884(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104928586(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/02- 1/84
C21D 6/00- 6/04
C21D 9/00- 9/44,9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.45~0.65%、Si:0.1~0.6%、Mn:0.1~0.3%、Cr:3.0~4.8%、Mo:1.2~2.6%、V:0.4~0.8%、残部Feおよび不可避的不純物の成分組成を有することを特徴とするホットスタンプ用金型用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.45~0.65%、Si:0.1~0.6%、Mn:0.1~0.3%、Cr:3.0~4.8%、Mo:1.2~2.6%、V:0.4~0.8%、残部Feおよび不可避的不純物の成分組成を有し、
硬さが52HRC以上、熱伝導率λが25W/(m・K)以上、かつ熱伝導率λ(W/(m・K))が下記の式(1)を満足することを特徴とする、ホットスタンプ用金型。
λ≧-0.5H+53 …式(1)
H:金型のロックウェル硬さ(HRC)
【請求項3】
作業面に窒化層を有することを特徴とする請求項2記載のホットスタンプ用金型。
【請求項4】
請求項1に記載のホットスタンプ用金型用鋼に、1020~1080℃の焼入れ温度および500~625℃の焼戻し温度による焼入れ焼戻しを行い、
硬さが52HRC以上、熱伝導率λが25W/(m・K)以上、かつ熱伝導率λ(W/(m・K))が下記の式(1)を満足することを特徴とする、ホットスタンプ用金型の製造方法。
λ≧-0.5H+53 …式(1)
H:金型のロックウェル硬さ(HRC)
【請求項5】
前記焼戻し温度を540~600℃とすることを特徴とする請求項に記載のホットスタンプ用金型の製造方法。
【請求項6】
前記焼入れ焼戻しを行った後に、さらに、作業面に窒化処理を行うことを特徴とする請求項4または5に記載のホットスタンプ用金型の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用金型用鋼、ホットスタンプ用金型およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化と衝突安全性向上を目的に、引張強さが1GPaを超える超高張力鋼板のニーズが高まっている。しかし、引張強さが1.2GPa以上の鋼板を冷間プレスで成形しようとすると、成形荷重やスプリングバックの増大、成形性などの問題が発生する。そこで、最近ではホットスタンプ(ホットプレス、もしくはホットスタンピングとも称する)工法が注目されている。ホットスタンプ工法では、鋼板をオーステナイト温度以上に加熱後、プレス成形し、金型を下死点で保持し急冷して焼入れする。
【0003】
ホットスタンプ工法の利点として、金型で急冷するダイクエンチングによる焼入れによって、1.5GPa程度の引張強さを持つ超高張力鋼板の成形品が得られることが挙げられる。また、スプリングバックがほとんど生じないなど成形性が優れているという利点も挙げられる。
しかし、ホットスタンプ工法は生産性が低いという問題がある。つまり、ダイクエンチングのための下死点保持などに時間が必要となるため、生産性が低くなる。その対策として、高熱伝導率の金型が求められている。これは、ダイクエンチングでは鋼板の熱を金型に吸収させているが、金型の熱伝導率が高いほど、下死点保持の時間が短縮されて生産性が高くなるからである。
また、ホットスタンプ用金型では、耐摩耗性を高めるために高硬度が求められている。
【0004】
したがって、ホットスタンプ用金型用鋼では、金型にしたときに高硬度と高熱伝導率とを合わせ持つことが求められる。一般に、高硬度の金型を得るには金型用鋼の合金量を増やす必要があるが、合金量が多くなると金型の熱伝導率が下がるという問題があり、硬度と熱伝導率とはトレードオフの関係にある。そこで、合金量を制御することで最適な成分組成が検討されている。例えば、特許文献1~3では、硬さと熱伝導率とを合わせもつ金型用鋼の成分組成が提案されている。また特許文献4にも、温熱間プレス、ダイカスト、又は温熱間鍛造等に使用される金型の素材として有用であり、熱伝導率が優れており耐摩耗性にも優れる熱間工具鋼について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-43814号公報
【文献】特開2017-53023号公報
【文献】特開2018-24931号公報
【文献】特許第5744300号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3の金型用鋼、および特許文献4の熱間工具鋼は、ホットスタンプ用として有用である。しかし、金型用鋼や熱間工具鋼の焼入れ焼戻し特性や、ホットスタンプ用金型の作業面が窒化処理されて使用されること等を考えたときに、従来の金型用鋼や熱間工具鋼の場合、硬度が不足する場合があった。具体的には、最近ではホットスタンプ用鋼として52HRC以上の高硬度化が求められてきているが、特許文献1~4では52HRC以上の高硬度は安定的に得られない。
本発明の目的は、ホットスタンプ工法に適した、高硬度と高熱伝導率とを合わせ持つ金型を作製することができる金型用鋼と、ホットスタンプ用金型およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる実状に鑑み、本発明者は鋭意研究を行った結果、合金量を制御することでホットスタンプ用に最適な金型用鋼を見いだした。そして、上記の金型用鋼を用いることで、高硬度および高熱伝導率を達成できるホットスタンプ用金型と、その製造方法を見いだした。
【0008】
すなわち、本発明の一態様は、質量%で、C:0.45~0.65%、Si:0.1~0.6%、Mn:0.1~0.3%、Cr:2.5~6.0%、Mo:1.2~2.6%、V:0.4~0.8%、残部Feおよび不可避的不純物の成分組成を有することを特徴とするホットスタンプ用金型用鋼である。
【0009】
本発明の他の一態様は、質量%で、C:0.45~0.65%、Si:0.1~0.6%、Mn:0.1~0.3%、Cr:2.5~6.0%、Mo:1.2~2.6%、V:0.4~0.8%、残部Feおよび不可避的不純物の成分組成を有することを特徴とするホットスタンプ用金型である。
好ましくは、硬さが45HRC以上、かつ熱伝導率λ(W/(m・K))が下記の式(1)を満足することを特徴とする、請求項2に記載のホットスタンプ用金型である。
λ≧-0.5H+53 …式(1)
H:金型のロックウェル硬さ(HRC)
より好ましくは、硬さが52HRC以上である。そして、このとき、さらに好ましくは、熱伝導率λが25W/(m・K)以上である。
また、好ましくは、作業面に窒化層を有する。
【0010】
本発明の他の一態様は、上記のホットスタンプ用金型用鋼に、1020~1080℃の焼入れ温度および500~625℃の焼戻し温度による焼入れ焼戻しを行うことを特徴とするホットスタンプ用金型の製造方法である。
好ましくは、上記の焼戻し温度が540~600℃である。
好ましくは、前記焼入れ焼戻しを行った後に、さらに、作業面に窒化処理を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ホットスタンプ用に最適な金型用鋼が得られる。また、この金型用鋼を用いることで、高硬度と高熱伝導率とを併せ持つホットスタンプ用金型と、その製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明例および比較例の金型用鋼を1030℃から焼入れ後、500~650℃で焼戻して作製した金型の一例について、その焼戻し温度毎の硬度を示すグラフ図である。
図2】本発明例および比較例の金型用鋼を1030℃から焼入れ後、45HRC、50HRC、55HRCの硬さに焼戻して作製した金型の一例について、その熱伝導率を示すグラフ図である。
図3】本発明例および比較例の金型用鋼を1030℃から焼入れ後、55HRCの硬さに焼戻して作製した金型の一例について、600℃で保持した場合の軟化抵抗を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の特徴は、ホットスタンプ用金型が、金型用鋼に焼入れ焼戻しを行って作製されることや、その作業面に窒化処理を行って作製されることを考えたときに、ホットスタンプ用金型の高硬度と高熱伝導率とを同時に達成するのに最適な金型用鋼の成分組成があることをつきとめたところにある。特に52HRC以上の高硬度と、25W/(m・K)以上の高熱伝導率を同時に達成するのに最適な金型用鋼の成分組成があることをつきとめたところにある。また、上記の高硬度と高熱伝導率とを同時に達成するのに最適な焼入れ焼戻し条件をつきとめたところにある。以下に、本発明の各構成要件について説明する。
【0014】
本発明のホットスタンプ用金型用鋼は、質量%(以下、単に「%」と表記する。)で、C:0.45~0.65%、Si:0.1~0.6%、Mn:0.1~0.3%、Cr:2.5~6.0%、Mo:1.2~2.6%、V:0.4~0.8%、残部Feおよび不可避的不純物の成分組成を有する。
【0015】
・C:0.45~0.65%
Cは、焼入れにより素地(マトリックス)に固溶して、金型の硬さを向上させる元素である。また、後述するCrやMo、Vなどの炭化物形成元素と炭化物を形成して、金型の硬さを向上させる元素である。しかし、C量が多すぎると、一次炭化物の粗大化などにより、金型の靭性が低下する。よって、Cは、0.45~0.65%とする。好ましくは0.47%以上である。より好ましくは0.49%以上である。また、好ましくは0.63%以下である。より好ましくは0.60%以下である。さらに好ましくは0.58%以下である。
【0016】
・Si:0.1~0.6%
Siは、溶製工程で脱酸剤として使用される。そして、素地に固溶して金型の硬さを向上させる元素である。しかし、Siが多すぎると、溶製後において鋼中の偏析傾向が強まり、また凝固組織も粗大になって、金型の靭性低下につながる。そして、焼入れ焼戻し後の金型の熱伝導率を著しく下げる元素である。よって、Siは、0.1~0.6%とする。好ましくは0.14%以上である。より好ましくは0.17%以上である。また、好ましくは0.45%以下であり、より好ましくは0.4%以下である。さらに好ましくは0.35%以下である。よりさらに好ましくは0.3%以下である。
【0017】
・Mn:0.1~0.3%
Mnは、溶製工程で脱酸剤や脱硫剤として使用される。そして、素地の強化や、焼入れ性、焼入れ焼戻し後の靭性の向上に寄与する元素である。しかし、Mnが多すぎると、金型の熱伝導率が著しく低下する。よって、Mnは、0.1~0.3%とする。好ましいMnの下限は0.15%以上である。また、好ましいMnの上限は0.28%以下である。より好ましいMnの上限は0.26%以下である。
【0018】
・Cr:2.5~6.0%
Crは、素地に固溶して硬さを上昇させる元素である。また、炭化物を形成することでも硬さを上昇させる元素であり、後述するMo、Vと同様、焼戻し時における二次硬化に寄与する元素である。特にCrは、Mo、Vに比べて、焼戻し軟化抵抗を大きくすることができる(焼戻し温度を高くしても、二次硬化で得られた硬さの低下割合を小さくすることができる)元素である。通常、金型は、金型用鋼に焼入れ焼戻しを行って使用硬さに調整されるところ、ホットスタンプ用金型の熱伝導率を高めるためには、焼戻し温度を高くするのが効果的である。そして、本発明においては、Crの含有量を2.5%以上とすることで、焼戻し温度を高くしてしても(例えば、600℃を超えても)、45HRC以上といったような、十分な硬度を維持することができるので、同時に、熱伝導率を高くすることもできる。そして、焼戻し温度を、例えば、540℃以上にしても、52HRC以上の硬さを達成できて、かつ、熱伝導率が25W/(m・K)以上のホットスタンプ用金型を得ることができる。そして、上記の硬さを維持した上で、熱伝導率が、さらに、28W/(m・K)以上や、30W/(m・K)以上にまで向上されたホットスタンプ用金型を得ることができる。なお、上記の硬度および熱伝導率は、室温(常温)で測定したときの値である。
また、Crの含有量を高くすることで、金型用鋼の窒化特性を向上させることができるので、例えば、焼入れ焼戻し後の金型の作業面に、さらに窒化処理を行うことで、金型の耐摩耗性(作業面の硬さ)を向上させることができる。
【0019】
但し、Crの含有量が多すぎると、金型用鋼の合金量が多くなるということ自体によって、金型の熱伝導率を高くするのが難しくなる。よって、Crは、2.5~6.0%とする。好ましくは2.8%以上である。より好ましくは3.0%以上である。また、好ましくは5.5%以下であり、より好ましくは4.8%以下、さらに好ましくは4.5%未満である。そして、特に熱伝導率の向上を重視したい場合、Crは、4.0%以下や、3.5以下にすることもできる。
【0020】
・Mo:1.2~2.6%
Moは、Crと同様、素地に固溶して硬さを上昇させる元素であり、また、炭化物を形成することでも硬さを上昇させる元素であり、焼戻し時における二次硬化に寄与する元素である。また、焼入れ性を向上させる元素でもある。但し、Mo量が多すぎると、金型用鋼の合金量が多くなるということ自体によって、金型の熱伝導率が低くなる。よって、Moは、1.2~2.6%とする。好ましくは1.5%以上である。より好ましくは1.7%以上である。さらに好ましくは1.9%以上である。また、好ましくは2.5%以下である。より好ましくは2.3%以下である。さらに好ましくは2.1%以下である。
【0021】
・V:0.4~0.8%
Vは、Crと同様、炭化物を形成することでも硬さを上昇させる元素であり、焼戻し時における二次硬化に寄与する元素である。但し、V量が多すぎると、金型用鋼の合金量が多くなるということ自体によって、金型の熱伝導率が低くなる。よって、Vは、0.4~0.8%とする。好ましくは0.5%以上である。また、好ましくは0.75%以下であり、より好ましくは0.65%以下、さらに好ましくは0.6%以下である。
【0022】
・残部Feおよび不可避的不純物
金型用鋼の合金量が多くなると、金型の熱伝導率が低くなることを考えれば、上記の元素種以外の残部は、実質的にFeでなることが好ましい。但し、ここに明示しない元素種(例えば、P、S、Cu、Al、Ca、Mg、O(酸素)、N(窒素)等の元素種)は、不可避的に鋼中に残留する可能性がある元素であり、これらの元素を不純物として含むことは許容される。このとき、Pは、多すぎると、焼戻しなどの熱処理時に旧オーステナイト粒界に偏析して、金型の靭性が劣化する。よって、Pは、0.05%以下に規制することが好ましい。より好ましくは0.03%以下に規制する。そして、Sは、多すぎると、鋼塊を分塊するときなどにおいて熱間加工性が劣化する。よって、Sは、0.01%以下に規制することが好ましい。より好ましくは0.008%以下に規制する。
また、Niは、金型の靭性向上に寄与する元素種として有用ではあるが、金型用鋼の合金量の増加による金型の熱伝導率の低下を抑制する点で、やはり、その含有量を低く抑えることが好ましい。そして、Ni量の規制上限として、好ましくは0.25%が許容される。
【0023】
上記の成分組成を有した金型用鋼に焼入れ焼戻しを行うことで、硬さと熱伝導率性に優れた本発明のホットスタンプ用金型を得ることができる。本発明のホットスタンプ用金型の硬さは、室温(常温)で測定した値で、例えば45HRC以上といった、十分な硬度を達成することが容易である。そして、焼戻し温度を調整することで、金型の硬さを、好ましくは52HRC以上にすることができて、使用時における金型に優れた耐摩耗性を付与することができる。金型の硬さは、より好ましくは53HRC以上であり、さらに好ましくは55HRC以上である。
なお、本発明において、金型の硬さの上限を規定することは要しない。但し、上記の成分組成を有した金型用鋼の場合、その二次硬化のピーク硬さ(概ね500~600℃の焼戻し温度の範囲にある)から、60HRC程度であることが現実的である。そして、この硬さの上限について、58HRC以下とすることが、上記のピーク硬さを超えて焼戻し温度を高くできる点で(すなわち、熱伝導率を高くできる点で)、好ましい。
【0024】
そして、上記の成分組成を有した金型用鋼に焼入れ焼戻しを行うことで、金型の硬さを45HRC以上に調整した上で、さらに、下記の式(1)を満足する熱伝導率λ(W/(m・K))を有することを特徴とする。
λ≧-0.5H+53 …式(1)
ここで、式(1)のHは金型のロックウェル硬さ(HRC)である。例えば、本実施形態の金型の硬さが45HRCの場合、熱伝導率は30.5W/(m・K)以上である。また、金型の硬さが52HRCの場合、熱伝導率は27W/(m・K)以上である。そして、好ましくは「λ≧-0.5H+54」である。なお、この熱伝導率は、室温(常温)で測定した値である。
本発明の金型用鋼は、焼入れ焼戻しによって式(1)の関係を満足することから、熱伝導率の低下が課題であった高硬度域(例えば52HRC以上)の焼戻し硬さのときでも、25W/(m・K)以上の熱伝導率を維持することができる。金型の硬さが52HRC以上のとき、好ましい熱伝導率は28W/(m・K)以上である。より好ましい熱伝導率は30W/(m・K)以上である。そして、低硬度域(例えば52HRC未満)の焼戻し硬さのときであれば、30W/(m・K)以上の熱伝導率の達成も可能であるし、それこそ、45HRC付近の硬さであれば、32W/(m・K)以上の熱伝導率の達成も可能である。このことによって、ホットスタンプ工法に使用中(例えば、100~400℃)の金型で高い熱伝導率を維持することができる。
このような熱伝導率は、上記の金型用鋼の成分組成に加えて、焼戻し温度を高くすることで、達成が容易である。例えば、焼戻し温度をピーク硬さが得られる温度以上に高くすることで、熱伝導率30W/(m・K)以上に調整することが可能である。
【0025】
本発明の場合、金型の熱伝導率の上限を特定する必要はない。但し、焼戻し温度を高くしていって(例えば、600℃を超える温度に調整して)、金型の硬さが低下していくことを考えれば、金型の硬さが45HRCを下回るときの熱伝導率が50W/(m・K)を上回ることから、45HRC以上の硬さを維持しているときで、凡そ50W/(m・K)程度であることが現実的である。好ましくは47W/(m・K)以下である。より好ましくは45W/(m・K)以下である。そして、金型が52HRC以上の硬さを維持しているときであれば、熱伝導率の上限は凡そ40W/(m・K)程度であることが現実的である。好ましくは38W/(m・K)以下である。より好ましくは35W/(m・K)以下である。そして、これら熱伝導率の上限より、上述した熱伝導率λ(W/(m・K))とロックウェル硬さH(HRC)との関係は、凡そ「λ≦-0.5H+70」の式(2)の関係であることが現実的である。好ましくは、「λ≦-0.5H+66」であり、より好ましくは、「λ≦-0.5H+61」である。
【0026】
本発明のホットスタンプ用金型は、好ましくは、その作業面に窒化層を有するものである。
上述の通り、本発明のホットスタンプ用金型は、高硬度および高熱伝導率を合わせ持ったものである。そして、この金型の作業面が、さらに窒化層を有することで、金型の耐摩耗性(作業面の硬さ)を、さらに向上させることができる。なお、作業面とは、ホットスタンプ中の鋼板と接する金型の面のことである。
【0027】
本発明のホットスタンプ用金型の製造方法は、上記の金型用鋼に、焼入れ焼戻しを行うものである。
上記の成分組成を有した金型用鋼に焼入れ焼戻しを行うとき、焼入れ温度は、狙い硬さ等によって異なるが、例えば、概ね1020~1080℃とすることができる。好ましくは1050℃以下である。
そして、この焼入れ温度による焼入れを行った金型用鋼に、例えば、500~625℃の焼戻し温度による焼戻しを行うことで、45HRC以上の十分な硬さを維持することができる。このときの焼入れ温度および焼戻し温度は、焼入れ焼戻し後の金型の硬さと熱伝導率とが、上述した式(1)の関係を満たすように選択することができる。
そして、高温による焼戻しを行うことでも、十分な金型の硬さを維持して、かつ、金型の熱伝導率を高くすることに効果的であり、例えば、540℃以上の焼戻し温度で、52HRC以上の硬さを達成できるから、熱伝導率が25W/(m・K)以上の金型を得ることができる。このとき、52HRC以上の硬さを維持する上で、焼戻し温度の上限は600℃程度とすることが好ましい。より好ましくは595℃以下である。さらに好ましくは590℃以下である。
【0028】
本発明の金型用鋼は、焼入れ焼戻しによって所定の硬さを有したホットスタンプ用金型に整えられる。そして、この間で、金型用鋼は、切削や穿孔といった各種の機械加工等によって、ホットスタンプ用金型の形状に整えられる。この機械加工のタイミングは、焼入れ焼戻し前の硬さが低い状態(つまり、焼鈍状態)で行うことができる。そして、この場合、焼入れ焼戻し後に仕上げ加工を行ってもよい。また、場合によっては、上記の仕上げ加工も合わせて、焼入れ焼戻しを行った後のプリハードン状態で、上記の機械加工を行ってもよい。
【0029】
本発明のホットスタンプ用金型の製造方法は、好ましくは、上記の焼入れ焼戻しを行った後の金型の作業面に、さらに、窒化処理を行うものである。
上述の通り、上記の成分組成を有した金型用鋼に焼入れ焼戻しを行うことで、例えば、硬さが45HRC以上、かつ熱伝導率が式(1)を満足する金型を得ることができる。そして、上記の成分組成を有した金型用鋼は、窒化特性にも優れているので、この焼入れ焼戻しを行った後の金型の作業面に、さらに、窒化処理を行うことで、金型の耐摩耗性(作業面の硬さ)を向上させることができる。このとき、窒化処理の条件には、例えば、ガス窒化処理や塩浴窒化処理といった、既知の各種窒化処理のものを適用することができる。
【実施例1】
【0030】
表1の成分組成を有する、10kgの鋼塊を溶製した。そして、この鋼塊を1160℃に加熱してハンマー鍛伸した後に放冷し、この放冷後の鋼材に870℃の焼鈍処理を行って、本発明例であるNo.1~8の鋼、および比較例であるNo.9~11の鋼を作製した。
【0031】
【表1】
【0032】
<焼戻し硬さの評価>
No.1~11の金型用鋼に、1030℃の焼入れ温度による焼入れを実施した。このとき、冷却条件は、本発明鋼および比較鋼といった金型用鋼が実際のホットスタンプ用金型の大きさであるときの冷却速度を想定して、半冷時間を40分とした(半冷時間とは、焼入れ温度から、(焼入れ温度+室温)/2の温度までの冷却に要する時間のことである)。そして、この焼入れ後の金型用鋼に、500~650℃の焼戻し温度による焼戻しを行った。焼戻しは2回実施し、それぞれの温度で2時間保持した。焼戻し温度は、25℃刻みの、計7条件とした。そして、No.1~11のそれぞれについて、焼戻し温度毎に、その中心部の室温におけるロックウェル硬さ(Cスケール)を測定した。結果を図1に示す。
【0033】
本発明例であるNo.1~8は、500~625℃の焼戻し温度の全般に亘って、45HRC以上の焼戻し硬さを維持した。そして特に、いずれも540~600℃の焼戻し温度の範囲で概ね52HRC以上が得られた。また、焼戻し温度を、金型の熱伝導率を高めるのに効果的とされる、600℃超に高めても、概ね45HRC以上の焼戻し硬さを達成した。
これに対して、比較例であるNo.9も、500~600℃の焼戻し温度範囲では45HRC以上の焼戻し硬さを維持したが、No.10は、焼戻し温度が575℃の時点で、既に、焼戻し硬さが45HRCを下回っていた。No.11は焼戻し温度が500~625℃の範囲で焼戻し硬さが45HRC以上であったが、50HRC以上の硬度は得られなかった。
【0034】
<熱伝導率の評価>
上記の<焼戻し硬さの評価>の結果を踏まえて、No.1~6、9について焼戻し硬さが45HRC、50HRC、55HRCのときの熱伝導率を測定した。測定要領は、まず、金型を直径10mm×厚さ2mmの円盤状の試験片に加工して、この試験片の熱拡散率および比熱をレーザーフラッシュ法により測定した。そして、この測定した熱拡散率および比熱の値を用いて、下記の式(3)より室温における熱伝導率を算出した。結果を図2に示す。
熱伝導率λ(W/(m・K))=ρ・α・C …式(3)
(ρ:室温密度、α:熱拡散率、C:比熱)
【0035】
図2の結果より、本発明例であるNo.1~6は、45HRC、50HRC、55HRCの全ての硬さにおいて、熱伝導率がλ≧-0.5H+53の式を満足し、硬さを52HRCに高めたときでも、30W/(m・K)以上の高い熱伝導率を維持していることが伺えた。また、硬さ55HRCという高硬度においても25W/(m・K)以上の高い熱伝導率を有していた。
これに対して、比較例であるNo.9では、45HRCおよび50HRCの低い硬さに調質した時点で熱伝導率が小さく(λ≧-0.5H+53の式を満足しておらず)、硬さを52HRCに高めても、λ≧-0.5H+53を満足しないことが伺えた。
【0036】
No、7、8の試料については、焼戻し硬さが52HRCのときの熱伝導率を測定した。測定要領は上述したNo.1~6、9の時と同様である。その結果、No.7の熱伝導率は31W/(m・K)、No.8の熱伝導率は37W/(m・K)と、硬さ52HRCでも30W/(m・K)以上の高い熱伝導率を有していることを確認した。
【0037】
<軟化抵抗の評価>
ホットスタンプ工法での金型は高温で使用されるため、金型用鋼の軟化抵抗が重要になってくる。そこで、本発明例No.1~6および比較例No.9を55HRCに焼戻した状態で600℃に保持し、硬度の変化を測定した。結果を図3に示す。本発明例であるNo.1~6では、焼戻し温度を高くできたことから、4時間保持した後でも50HRC以上の硬さを維持した。一方で、比較例No.9では、焼戻し温度が低かったことから、4時間保持後の硬さが50HRCを下回った。そして、これ以降、保持時間が長くなるにつれ、本発明鋼と比較鋼との硬さの差は大きくなった。本発明鋼では軟化抵抗が大きく、ホットスタンプ工法において有効である。
図1
図2
図3