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特許7540604硫化物系固体電解質粉末及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】硫化物系固体電解質粉末及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0562 20100101AFI20240820BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20240820BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20240820BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20240820BHJP
   H01B 1/10 20060101ALI20240820BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20240820BHJP
   C01B 25/14 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
H01M10/0562
H01M10/052
H01M4/62 Z
H01B1/06 A
H01B1/10
H01B13/00 Z
C01B25/14
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023550392
(86)(22)【出願日】2022-07-08
(86)【国際出願番号】 JP2022027094
(87)【国際公開番号】W WO2023053657
(87)【国際公開日】2023-04-06
【審査請求日】2024-05-20
(31)【優先権主張番号】P 2021162227
(32)【優先日】2021-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】本間 脩
(72)【発明者】
【氏名】前田 尚生
【審査官】松嶋 秀忠
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-050042(JP,A)
【文献】特開2020-119845(JP,A)
【文献】特開2017-100907(JP,A)
【文献】国際公開第2009/047977(WO,A1)
【文献】特開平06-279050(JP,A)
【文献】国際公開第2010/038313(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/05-39
H01M 4/13-62
H01B 1/06
H01B 1/10
H01B 13/00
C01B 25/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池に用いられる硫化物系固体電解質粉末であって、
Li、P及びSを含む、結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方を含み、
下記条件で規格化されるH-NMR強度が0.3以上であり、
BET比表面積(m/g)と前記H-NMR強度とが、2≦(BET比表面積×H-NMR強度)の関係を満たす、硫化物系固体電解質粉末。
(条件)
アダマンタンを外部標準として測定し、得られたH-NMRスペクトルにおいて最も強度が高いケミカルシフトの位置を1.91ppmとして規格化する。前記硫化物系固体電解質粉末に対して内部標準としてアダマンタンを2質量%加えて混合したものをサンプルとする。前記サンプルに対し、プローブ:2.5mm固体用、測定条件:Single pulse法、パルス幅:2.0μs、観測中心:8.0ppm、観測幅:40ppm、Relaxation delay:5sec、積算回数:64、回転速度:20kHzの条件で得られたH-NMRスペクトルにおいて、1.91ppmに観測される前記内部標準であるアダマンタンに由来するピークの強度を1.7とした際の、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークの強度をH-NMR強度が1.0であるとして規格化する。
【請求項2】
粒子径D50が3μm以下である、請求項1に記載の硫化物系固体電解質粉末。
【請求項3】
前記BET比表面積(m/g)と前記H-NMR強度とが、(BET比表面積×H-NMR強度)≦33の関係をさらに満たす、請求項1又は2に記載の硫化物系固体電解質粉末。
【請求項4】
最表面から5nm深さにおけるPの含有量P(5nm)、最表面から50nm深さにおけるPの含有量P(50nm)、及び最表面から100nm深さにおけるPの含有量P(100nm)が、{P(5nm)/P(100nm)}=0.4~0.9、かつ{P(5nm)/P(50nm)}=0.4~0.95の関係を満たす、請求項1又は2に記載の硫化物系固体電解質粉末。
【請求項5】
前記結晶相の結晶構造中又は前記アモルファス相中にPS 3-四面体構造を含む、請求項1又は2に記載の硫化物系固体電解質粉末。
【請求項6】
前記結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方は、さらにHaを含有し、
前記Haは、F、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である、請求項1又は2に記載の硫化物系固体電解質粉末。
【請求項7】
前記結晶相の結晶構造はアルジロダイト型を含む、請求項1又は2に記載の硫化物系固体電解質粉末。
【請求項8】
リチウムイオン二次電池に用いられる硫化物系固体電解質粉末の製造方法であって、
Li、P及びSを含む、結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方を含む硫化物系固体電解質を得ること、
前記硫化物系固体電解質を粉砕して粉末にすること、及び
前記粉末を加熱乾燥すること、
を順に含み、
前記粉砕は非水系有機溶媒を用いて行い、
前記非水系有機溶媒中に含まれる水分濃度を5ppm超200ppm以下とし、
前記加熱乾燥における加熱空間の水分濃度を5ppm超300ppm以下とし、
前記加熱乾燥は、第1の加熱乾燥と、前記第1の加熱乾燥の後の第2の加熱乾燥とを含む2段階以上で行い、
前記第1の加熱乾燥における温度は、前記第2の加熱乾燥における温度よりも低く、
前記第1の加熱乾燥を行う時間は、前記第2の加熱乾燥を行う時間よりも長い、硫化物系固体電解質粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリチウムイオン二次電池に用いられる硫化物系固体電解質粉末及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、携帯電話やノート型パソコン等の携帯型電子機器に広く用いられている。
従来、リチウムイオン二次電池においては液体の電解質が使用されてきたが、液漏れや発火等が懸念され、安全設計のためにケースを大型化する必要があった。また、リチウムイオン二次電池は、電池寿命の短さ、動作温度範囲の狭さについても改善が望まれていた。
【0003】
これに対し、安全性の向上や高速充放電、ケースの小型化等が期待できる点から、固体電解質をリチウムイオン二次電池の電解質として用いる全固体型リチウムイオン二次電池が注目されている。
【0004】
固体電解質は、硫化物系固体電解質と酸化物系固体電解質とに大別される。硫化物系固体電解質を構成する硫化物イオンは、酸化物系固体電解質を構成する酸化物イオンに比べて分極率が大きく、高いリチウムイオン伝導性を示す。硫化物系固体電解質として、Li10GeP12等のLGPS型の結晶や、LiPSCl等のアルジロダイト型の結晶、Li11結晶化ガラス等のLPS結晶化ガラス等が知られている。
【0005】
硫化物系固体電解質となる硫化物系固体電解質粉末は、リチウムイオン二次電池としてセルを組む際、湿式法が用いられることが多い。具体的には、硫化物系固体電解質粉末を分散媒に分散させてスラリー化してシート塗工することでシート状に成形した後、焼結により硫化物系固体電解質層が形成される。
【0006】
硫化物系固体電解質は、水やアルコールを含む極性溶媒に対して溶解しやすい。そのため、硫化物系固体電解質粉末をシート状に成形する際には、極性溶媒を分散媒として使用することが難しい。
【0007】
これに対し、特許文献1では、高いエネルギーで粉砕し、固体電解質粒子の粒径の平均が1.5μm以下、90%以上の粒子の粒径が2.5μm以下となるように微粒子化することで、スラリー状態を一定時間維持できるように分散性を上げている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国特開2009-211950号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、必要以上に微粒子化をすると、一次粒子が凝集し易く、活物質と混ぜて正極ないし負極の合材層を形成する際に、ムラが起き易い。また、粒子表面の性能劣化により、リチウムイオン伝導率も低下し易い。加えて、生産性も低下する。
また、非水系有機溶媒を分散媒に用いた際の分散性は依然として低く、硫化物系固体電解質粉末がそもそも混ざり合わなかったり、凝集して沈殿する。
【0010】
そこで本発明は、非水系有機溶媒への分散性が高い硫化物系固体電解質粉末及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、硫化物系固体電解質粉末の表層をヒドロキシ基(-OH)がリッチな層とすることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、下記[1]~[9]に関するものである。
[1] リチウムイオン二次電池に用いられる硫化物系固体電解質粉末であって、Li、P及びSを含む、結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方を含み、下記条件で規格化されるH-NMR強度が0.3以上であり、BET比表面積(m/g)と前記H-NMR強度とが、2≦(BET比表面積×H-NMR強度)の関係を満たす、硫化物系固体電解質粉末。
(条件)アダマンタンを外部標準として測定し、得られたH-NMRスペクトルにおいて最も強度が高いケミカルシフトの位置を1.91ppmとして規格化する。前記硫化物系固体電解質粉末に対して内部標準としてアダマンタンを2質量%加えて混合したものをサンプルとする。前記サンプルに対し、プローブ:2.5mm固体用、測定条件:Single pulse法、パルス幅:2.0μs、観測中心:8.0ppm、観測幅:40ppm、Relaxation delay:5sec、積算回数:64、回転速度:20kHzの条件で得られたH-NMRスペクトルにおいて、1.91ppmに観測される前記内部標準であるアダマンタンに由来するピークの強度を1.7とした際の、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークの強度をH-NMR強度が1.0であるとして規格化する。
[2] 粒子径D50が3μm以下である、前記[1]に記載の硫化物系固体電解質粉末。
[3] 前記BET比表面積(m/g)と前記H-NMR強度とが、(BET比表面積×H-NMR強度)≦33の関係をさらに満たす、前記[1]又は[2]に記載の硫化物系固体電解質粉末。
[4] 最表面から5nm深さにおけるPの含有量P(5nm)、最表面から50nm深さにおけるPの含有量P(50nm)、及び最表面から100nm深さにおけるPの含有量P(100nm)が、{P(5nm)/P(100nm)}=0.4~0.9、かつ{P(5nm)/P(50nm)}=0.4~0.95の関係を満たす、前記[1]~[3]のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質粉末。
[5] 前記結晶相の結晶構造中又は前記アモルファス相中にPS 3-四面体構造を含む、前記[1]~[4]のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質粉末。
[6] 前記結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方は、さらにHaを含有し、前記Haは、F、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である、前記[1]~[5]のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質粉末。
[7] 前記結晶相の結晶構造はアルジロダイト型を含む、前記[1]~[6]のいずれか1に記載の硫化物系固体電解質粉末。
【0013】
[8] リチウムイオン二次電池に用いられる硫化物系固体電解質粉末の製造方法であって、Li、P及びSを含む、結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方を含む硫化物系固体電解質を得ること、前記硫化物系固体電解質を粉砕して粉末にすること、及び前記粉末を加熱乾燥すること、を順に含み、前記粉砕は非水系有機溶媒を用いて行い、前記非水系有機溶媒中に含まれる水分濃度を5ppm超200ppm以下とし、前記加熱乾燥における加熱空間の水分濃度を5ppm超300ppm以下とする、硫化物系固体電解質粉末の製造方法。
[9] 前記加熱乾燥は、第1の加熱乾燥と、前記第1の加熱乾燥の後の第2の加熱乾燥とを含む2段階以上で行い、前記第1の加熱乾燥における温度は、前記第2の加熱乾燥における温度よりも低く、前記第1の加熱乾燥を行う時間は、前記第2の加熱乾燥を行う時間よりも長い、前記[8]に記載の硫化物系固体電解質粉末の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る硫化物系固体電解質粉末によれば、非水系有機溶媒への分散性を高められる。そのため、リチウムイオン二次電池としてセルを組む際に、均質な硫化物系固体電解質層を形成できる。また、硫化物系固体電解質と活物質の合材層とした場合にも、均質に分散された合材層を形成できる。その結果、ムラのない電池性能を発揮できる。これらは、リチウムイオン二次電池用の固体電解質として非常に有用な特性であり、リチウムイオン二次電池の電池特性の向上が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本実施形態におけるH-NMR強度の求め方を説明するための図であり、図1の(a)は、測定サンプルとして、内部標準を用いずに、例2の硫化物系固体電解質粉末のみを試料管に詰めて測定したH-NMRスペクトルであり、図1の(b)は、試料管のみを測定したH-NMRスペクトルである。
図2図2は、本実施形態におけるH-NMR強度の求め方を説明するための図であり、測定サンプルとして、内部標準となるアダマンタンを添加した例2の硫化物系固体電解質粉末を試料管に詰めて測定したH-NMRスペクトルである。
図3図3は、本実施形態におけるH-NMR強度の求め方を説明するための図であり、図3の(a)は、内部標準となるアダマンタンを添加した例2の硫化物系固体電解質粉末を試料管に詰めて測定したH-NMRスペクトルについて位相補正を実施した後のH-NMRスペクトルであり、図3の(b)は、試料管のみを測定したH-NMRスペクトルであり、図3の(c)は、図3の(a)と図3の(b)の差スペクトルである。
図4図4は、本実施形態におけるH-NMR強度の求め方を説明するための図であり、図4の(a)は、図3の(c)の差スペクトルのうち-2~3ppmの範囲について、図4の(b)記載のVoigt関数を用いてフィッティングした曲線を差し引いた曲線であり、図4の(b)は、図3の(c)の差スペクトルのうち-2~3ppmの範囲について、Voigt関数を用いてフィッティングした曲線を重ねたものであり、図4の(c)は、図4の(b)の曲線について、解析ソフトを用いてピーク分離を行った図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施できる。また、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
また、本明細書における非水系有機溶媒とは、硫化物系固体電解質粉末を溶解させるための非水系媒体ではなく、硫化物系固体電解質粉末を分散させるための非水系の液状媒体を意味する。
【0017】
<硫化物系固体電解質粉末>
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末(以下、単に「固体電解質粉末」と称することがある。)はリチウムイオン二次電池に用いられ、Li、P及びSを含む、結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方を含む。
【0018】
固体電解質粉末の下記条件で規格化されるH-NMR強度は0.3以上であり、BET比表面積(m/g)とH-NMR強度とが、2≦(BET比表面積×H-NMR強度)の関係を満たす。これにより、非水系有機溶媒への分散性が非常に高くなる。
(条件)
アダマンタンを外部標準として測定し、得られたH-NMRスペクトルにおいて最も強度が高いケミカルシフトの位置を1.91ppmとして規格化する。上記硫化物系固体電解質粉末に対して内部標準としてアダマンタンを2質量%加えて混合したものをサンプルとする。このサンプルに対し、プローブ:2.5mm固体用、測定条件:Single pulse法、パルス幅:2.0μs、観測中心:8.0ppm、観測幅:40ppm、Relaxation delay:5sec、積算回数:64、回転速度:20kHzの条件で得られたH-NMRスペクトルにおいて、1.91ppmに観測される上記内部標準であるアダマンタンに由来するピークの強度を1.7とした際の、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークの強度をH-NMR強度が1.0であるとして規格化する。
【0019】
上記条件で規格化されるH-NMR強度の求め方について、図1図4を用いてより詳細に説明する。これはいずれも、後述する例2の硫化物系固体電解質粉末を用いて実際に測定したデータである。また、H-NMRスペクトルを測定する条件は、下記に統一している。
プローブ:2.5mm固体用、測定条件:Single pulse法、パルス幅:2.0μs、観測中心:8.0ppm、観測幅:40ppm、Relaxation delay:5sec、積算回数:64、回転速度:20kHz
【0020】
図1の(a)は、内部標準を用いずに、硫化物系固体電解質粉末のみを試料管に詰めて測定サンプルとした、H-NMRスペクトルである。試料管は、直径2.5mmのジルコニア製試料管(Bruker社製、thin-walled ジルコニアローター)を用いた。この場合、0.97ppm、1.44ppm及び3.55ppmをピークトップとする3つのピークが観測された。また、図1の(b)は、硫化物系固体電解質粉末を入れるジルコニア製試料管のみのH-NMRスペクトルである。これより、6.5ppm付近に観測される大きなピークは試料管に由来するピークであることが分かる。
【0021】
次に、アダマンタン(東京化成工業株式会社、純度99.0%超)を外部標準としてH-NMR測定を行い、得られたH-NMRスペクトルにおいて最も強度が高いケミカルシフトの位置を1.91ppmとして規格化した。
次いで、硫化物系固体電解質粉末に対して、内部標準としてアダマンタンを2.0質量%加え、乳鉢でよく混合した後、ジルコニア製試料管に詰めてサンプルとした。このアダマンタンは加える前に吸着水を取り除くために、露点-55℃の雰囲気で150℃2時間加熱した。このサンプルのH-NMRスペクトルを図2に示すが、1.91ppm付近に観測されるピークが内部標準であるアダマンタンに由来するピークである。
【0022】
以上のデータを用いて次の解析を行う。解析ソフトは、JEOL Delta v5.3.1を用いた。
図3の(a)は、図2H-NMRスペクトルについて、内部標準であるアダマンタンに由来するピークトップのケミカルシフトの位置が1.91ppmとなるように規格化し、位相補正を実施したH-NMRスペクトルである。図3の(b)は、図1の(b)のジルコニア製試料管のみのH-NMRスペクトルである。図3の(c)は、図3の(a)のH-NMRスペクトルから図3の(b)のH-NMRスペクトルの差分をとった差スペクトルである。なお、得られる差スペクトルの-2~3ppmの範囲のピークのベースラインが横軸に水平になるように図2のスペクトルの位相補正を行い、図3の(a)のスペクトルを得る。
【0023】
上記により得られた図3の(c)の差スペクトルのうち、-2~3ppmの範囲で解析を行う。ここでの解析ソフトは、IGOR Pro 6.2.20を用いた。
図4の(a)は、図3の(c)の差スペクトルのうち-2~3ppmの範囲について、図4の(b)に記載のVoigt関数を用いてフィッティングした曲線を差し引いた曲線である。図3の(c)の差スペクトルのうち-2~3ppmの範囲について、Voigt関数を用いて、図4の(b)のようなフィッティング曲線を得、得られたフィッティング曲線を重ねて表記している。この曲線について、解析ソフトを用いてピーク分離を行う。
ピーク分離を行うと、図4(c)に示すように、ピーク0~ピーク2の3つのピークに分離される。このうちピーク2が1.91ppmに観測される内部標準であるアダマンタンに由来するピークである。そして、ピーク0とピーク1が硫化物系固体電解質に由来する、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークである。ピーク2のピークの面積強度:(ピーク0+ピーク1)の和で表されるピークの面積強度で表される面積強度の比は、例2の場合1.2:1.0である。得られたH-NMRスペクトルにおいて、1.91ppmに観測される上記内部標準であるアダマンタンに由来するピークの強度を1.7とした際の、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークの強度をH-NMR強度が1.0であるとして規格化し、各サンプルの規格化されたH-NMR強度を求める。
なお、簡易的には、内部標準を用いずともH-NMR強度の値を比較することも可能である。同一の装置を用いて同じ手順で測定を行えば、得られる規格化されるH-NMR強度の値はさほど変化がなく、誤差は±0.2程度である。
また、例2の解析結果では、1.0±0.2ppmの範囲ピークの面積強度から求まるOH濃度は、2mmol/gであった。
【0024】
本明細書における固体電解質粉末のH-NMRスペクトルとは、上記で詳述した規格化されるH-NMR強度の求め方において、外部標準と内部標準とを用いて位相補正されたスペクトルを意味する。また、H-NMRスペクトルにおいて、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークとは、上記位相補正されたスペクトルにおいて、ピークトップがかかる範囲内にあるピークを意味し、上述した方法で規格化された値がH-NMR強度である。
【0025】
本実施形態に係る固体電解質粉末は上記H-NMRスペクトルにおいて、0~2ppmの範囲に2つのピークが観測されるが、これらは共にヒドロキシ基(-OH)のH原子に由来するピークと考えられる。このヒドロキシ基は、固体電解質粉末の表層に存在するP原子がヒドロキシ化されたものであり、表層が改質されたことで、非水系有機溶媒への分散性が高まったものと考えている。2つのピークそれぞれが、どの様な環境の違いを反映したものかまでは同定できていないが、今回はピークの強度が高い、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークを、規格化等の対象ピークとすることとする。
【0026】
H-NMRスペクトルにおける上記帰属の確度を高めるため、赤外分光法(IR)にて固体電解質粉末の測定を行い検証した。IR測定における分析手法はヌジョール法を用いた。
その結果、H-NMRスペクトルにおいて、1.0±0.2ppmの範囲にピークが見られる固体電解質粉末は、IR測定においても、P-O結合に由来する吸収が観測された。また、H-NMRスペクトルにおける1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークの強度が大きい固体電解質粉末ほど、IR測定におけるP-O結合に由来する吸収も大きくなった。
このことから、固体電解質粉末のH-NMRスペクトルにおける1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークは、固体電解質粉末中に存在するP原子がヒドロキシ化されたものであると言える。
【0027】
なお、上記ヌジョール法を用いたIR測定では、PO-H結合に由来する吸収とヌジョール由来の吸収が重なり、PO-H結合に由来する吸収は、差スペクトルから抽出できなかった。しかしながら、固体電解質粉末の表層が改質されたことでP-O結合が生じるということは、P-OH結合が生じていることに等しいと考えてよい。
【0028】
本実施形態に係る固体電解質粉末のH-NMRスペクトルにおいて、上記の条件で規格化したH-NMR強度が0.3以上であれば、固体電解質粉末に対し、非水系有機溶媒への分散性が良好となるために十分な、P-OH結合の導入による表層の改質がなされたと言える。
規格化されたH-NMR強度は、0.5~5.0が好ましく、0.7~3.3がより好ましく、1.0~2.5がさらに好ましい。ここで、規格化されたH-NMR強度は、より分散性を高くする観点から、0.5以上が好ましく、0.7以上がより好ましく、1.0以上がさらに好ましい。また、高いリチウムイオン導電率を得る観点からは、規格化されたH-NMR強度は5.0以下が好ましく、3.3以下がより好ましく、2.5以下がさらに好ましい。
【0029】
本実施形態に係る固体電解質粉末のH-NMRスペクトルにおいて、3.6±0.4ppmの範囲に観測されるピークも、OH結合に由来するピークだと考えられる。この範囲には、一般的にM-OH由来のピークが観測される。ただし、Mとは価数が3~5価のカチオン元素を意味する。
【0030】
固体電解質粉末の非水系有機溶媒への分散性は、固体電解質粉末の比表面積も寄与する。本明細書では、固体電解質粉末の比表面積としてBET比表面積を用いる。
BET比表面積とは、窒素などのガスの吸脱着測定により得られた吸着等温線から、BET法と呼ばれるBETの式を適用して得られた単分子層吸着量をもとに、単位重量あたりの表面積を求める手法である。
【0031】
本実施形態に係る固体電解質粉末は、上記規格化されたH-NMR強度と上記BET比表面積を用い、それらの積(BET比表面積(m/g)×H-NMR強度)が2以上であれば、非水系有機溶媒への分散性は十分高いと言える。
(BET比表面積×H-NMR強度)で表される値は、3~33が好ましく、5~30がより好ましく、7~27がさらに好ましい。ここで、上記値は、より分散性を高くする観点から、3以上が好ましく、5以上がより好ましく、7以上がさらに好ましい。また、高いリチウムイオン導電率を得る観点からは、(BET比表面積×H-NMR強度)で表される値は33以下が好ましく、30以下がより好ましく、27以下がさらに好ましい。
【0032】
本実施形態に係る固体電解質粉末のBET比表面積は、3~30m/gが好ましく、5~20m/gがより好ましく、7~15m/gがさらに好ましい。ここで、BET比表面積は、分散性を高くする観点から、3m/g以上が好ましく、5m/g以上がより好ましく、7m/g以上がさらに好ましい。また、高いリチウムイオン伝導率を得る観点からは、BET比表面積は30m/g以下が好ましく、20m/g以下がより好ましく、15m/g以下がさらに好ましい。
【0033】
本実施形態に係る固体電解質粉末の粒子径D50は、0.1~5μmが好ましく、0.1~3μmがより好ましく、0.1~1μmがさらに好ましい。ここで、粒子径D50は、リチウムイオン二次電池を製造した際に良好なリチウムイオン伝導性を得る観点から5μm以下が好ましく、3μm以下がより好ましく、1μm以下がさらに好ましい。また、粒子径D50の下限は特に限定されないが、通常0.1μm以上である。
なお、本明細書における粒子径D50とは、レーザー回折法を用いた粒度分布計で測定した際に、粒子の50体積%がその値以下の粒子径となる値である。
【0034】
固体電解質粉末が製造される工程で、固体電解質粉末の最表面のみに高濃度でヒドロキシ基を導入しようとすると、ヒドロキシ基が結合したP原子が水に溶解する等して固体電解質粉末の表面から抜け出やすい。そうすると、固体電解質粉末の表層にヒドロキシ基が導入されず、水和層が形成されるにとどまる傾向にあり、良好な分散性が得られにくい。
【0035】
固体電解質粉末の表面からのP原子の抜け出し具合は、X線光電子分光法(XPS)により求められる。具体的には、固体電解質粉末の最表面から5nm深さにおけるPの含有量をP(5nm)、最表面から100nm深さにおけるPの含有量をP(100nm)とした場合に、{P(5nm)/P(100nm)}で表される比により求められる。
本実施形態において、{P(5nm)/P(100nm)}で表される比は、0.1~0.9が好ましく、0.5~0.85がより好ましく、0.6~0.80がさらに好ましい。ここで、上記比はP原子の抜け出しを少なくする観点から、0.4以上が好ましく、0.5以上がより好ましく、0.6以上がさらに好ましい。また、表層のOHが増えると相対的にPの割合が減る観点から、{P(5nm)/P(100nm)}で表される比は、0.9以下が好ましく、0.85以下がより好ましく、0.80以下がさらに好ましい。
【0036】
また、本実施形態において、ヒドロキシ基により改質される固体電解質粉末の表層は、一定の厚みがあることが好ましい。具体的には、上記P(5nm)及び固体電解質粉末の最表面から50nm深さにおけるPの含有量P(50nm)を用いて、{P(5nm)/P(50nm)}や{P(50nm)/P(100nm)}で表される比により、改質された表層の好ましい状態を規定できる。
【0037】
本実施形態において、{P(5nm)/P(50nm)}で表される比は、0.4~0.95が好ましく、0.5~0.90がより好ましく、0.6~0.85がさらに好ましい。ここで、上記比はP原子の抜け出しを少なくする観点から、0.4以上が好ましく、0.5以上がより好ましく、0.6以上がさらに好ましい。また、表層のP原子の抜け出しを少なくしつつ、改質された表層が一定の厚みを有する観点から、{P(5nm)/P(50nm)}で表される比は、0.95以下が好ましく、0.90以下がより好ましく、0.85以下がさらに好ましい。
本実施形態において、{P(50nm)/P(100nm)}で表される比は、0.7~0.97が好ましく、0.8~0.95がより好ましく、0.8~0.90がさらに好ましい。ここで、上記比は表層のP原子の抜け出しを少なくしつつ、改質された表層が一定の厚みを有する観点から、0.7以上が好ましく、0.8以上がより好ましく、また、0.97以下が好ましく、0.95以下がより好ましく、0.90以下がさらに好ましい。
【0038】
また、{P(5nm)/P(100nm)}で表される比、{P(5nm)/P(50nm)}で表される比、及び{P(50nm)/P(100nm)}で表される比のうち2以上が上記範囲を満たすことがより好ましく、{P(5nm)/P(100nm)}で表される比及び{P(5nm)/P(50nm)}で表される比が上記範囲を満たすことがさらに好ましく、3つの比すべてが上記範囲を満たすことがよりさらに好ましい。
【0039】
固体電解質粉末を380kNの圧力で圧粉体とした際のリチウムイオン伝導率は、0.5mS/cm以上が好ましく、1mS/cm以上がより好ましく、2mS/cm以上がさらに好ましく、高いほど好ましい。
なお、本明細書におけるリチウムイオン伝導率は、交流インピーダンス測定装置を用いて、測定周波数:100Hz~1MHz、測定電圧:100mV、測定温度:25℃の条件で測定した際に得られる値である。
【0040】
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末における結晶相又はアモルファス相は、Li、P及びSを含むものであれば特に限定されず、公知のものを適用できる。本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末は、結晶相とアモルファス相の少なくとも一方を含めばよく、両方を含んでいてもよい。
【0041】
中でも、結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方は、Li、P及びSに加えてHaを含有することが、硫化物系固体電解質粉末の表層に、よりヒドロキシ基を多く導入しやすくなる観点から好ましい。Haは、F、Cl、Br及びIからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である。
【0042】
結晶相の結晶構造としては、例えば、Li10GeP12、Li9.54Si1.741.4411.7Cl0.3等のLGPS型、LiPSCl、LiPSCl0.5Br0.5等のアルジロダイト型が挙げられる。また、ガラス相としては、Li11等のLPS結晶化ガラス、Li、P及びSに加えてHaを含有した組成からなる結晶化ガラス等が挙げられる。結晶相やガラス相構造は、1種のみでも、2種以上でもよい。
【0043】
結晶相を含む場合、その結晶構造は、アルジロダイト型を含むことが結晶構造の対称性の観点から好ましい。対称性が高い結晶は、リチウムイオン伝導のパスが三次元に広がり、粉体を成型した際に好ましい。また、対称性が高い結晶は、粉砕して粉体を得る観点においてもリチウムイオン伝導率を保持し易く好ましい。
アルジロダイト型の結晶構造を取るためには、結晶相はLi、P及びSに加えてHaを含む。Haは、Cl及びBrの少なくとも一方を含むことがより好ましく、Clを含むことがさらに好ましく、Cl単体又はCl及びBrの混合体がよりさらに好ましい。
【0044】
アルジロダイト型の結晶は、Li、P、S及びHaを含み、X線粉末回折(XRD)パターンにおいて、2θ=15.7±0.5°及び30.2±0.5°の位置にピークを有するものであると定義できる。XRDパターンは上記に加え、さらに2θ=18.0±0.5°の位置にもピークを有することが好ましく、さらに2θ=25.7±0.5°の位置にもピークを有することがより好ましい。
【0045】
アルジロダイト型の結晶は、LiPSHaで表した際に、5<a<7、4<b<6かつ0<c<2の関係を満たすことが、結晶がアルジロダイト型となりやすいことから好ましい。かかる元素比は、5.1<a<6.3、4<b<5.3かつ0.7<c<1.9の関係を満たすことがより好ましく、5.2<a<6.2、4.1<b<5.2かつ0.8<c<1.8の関係を満たすことがさらに好ましい。
すなわち、aについて、5超が好ましく、5.1超がより好ましく、5.2超がさらに好ましく、また、7未満が好ましく、6.3未満がより好ましく、6.2未満がさらに好ましい。bについて、4超が好ましく、4.1超がより好ましく、また、6未満が好ましく、5.3未満がより好ましく、5.2未満がさらに好ましい。cについて、0超が好ましく、0.7超がより好ましく、0.8超がさらに好ましく、また、2未満が好ましく、1.9未満がより好ましく、1.8未満がさらに好ましい。なお、本明細書において、「元素比」は、元素の含有量(at%)の比を意味する。
【0046】
アルジロダイト型の結晶の場合、好ましい結晶構造は、例えばF-43m等の立方晶であるが、対称性が落ちた、六方晶、正方晶、直方晶、単斜晶等や、更に対称性が落ちた三斜晶等が存在してもよい。
【0047】
アルジロダイト型の結晶を構成するHaがCl及びBrを含む場合、アルジロダイト型の結晶におけるClの含有量をx(at%)、Brの含有量をy(at%)とした場合に、(x/y)で表される比は0.1~10が好ましく、0.3~3がより好ましく、0.5~1.6がさらに好ましい。また、上記比は0.1以上が好ましく、0.3以上がより好ましく、0.5以上がさらに好ましい。また、(x/y)で表される比は10以下が好ましく、3以下がより好ましく、1.6以下がさらに好ましい。
(x/y)で表される比が上記範囲を満たすことで、リチウムイオンとハロゲン化物イオンとの相互作用が弱まり、硫化物系固体電解質のリチウムイオン伝導率が良好となりやすい。これは、塩化物イオンよりもイオン半径の大きな臭化物イオンを混合することによる、カチオンとアニオンとの間の相互作用を弱める混合アニオン効果の影響だと考えられる。また、(x/y)で表される比が上記範囲を満たすことでリチウムイオン二次電池のサイクル特性が向上しやすい。
【0048】
また、HaがCl及びBrを含む場合、アルジロダイト型の結晶を構成する元素の含有量(at%)の比をLi-P-S-Clc1-Brc2で表した際に、c1は0.1~1.5が好ましく、0.3~1.4がより好ましく、0.5~1.3がさらに好ましい。ここで、c1は0.1以上が好ましく、0.3以上がより好ましく、0.5以上がさらに好ましい。c1は1.5以下が好ましく、1.4以下がより好ましく、1.3以下がより好ましい。c2は0.1~1.9が好ましく、0.3~1.6がより好ましく、0.3~1.4がさらに好ましい。ここで、c2は0.1以上が好ましく、0.3以上がより好ましく、0.5以上がさらに好ましい。c2は1.9以下が好ましく、1.6以下がより好ましく、1.4以下がより好ましい。
c1及びc2がそれぞれ上記範囲を満たすことで、結晶中のハロゲン化物イオンの存在割合を最適なものとし、結晶中のアニオンとリチウムイオンとの相互作用を低くしながら、安定なアルジロダイト型の結晶が得られる。これにより、固体電解質のリチウムイオン伝導率が良好となりやすい。また、c1及びc2が上記範囲を満たすことでリチウムイオン二次電池のサイクル特性が向上しやすい。
ここでa、b及び(c1+c2)は、上述のa、b及びcとそれぞれ同様の関係を満たすことが好ましい。
【0049】
結晶相を構成する結晶の結晶子サイズは、硫化物系固体電解質粉末を用いて硫化物系固体電解質層として電池化した際に良好なリチウムイオン伝導性を得る観点から、小さい方が好ましい。具体的には、結晶子サイズは1000nm以下が好ましく、500nm以下がより好ましく、250nm以下がさらに好ましい。結晶子サイズの下限は特に限定されないが、通常5nm以上である。
結晶子サイズは、XRDパターンのピークの半値幅とシェラーの式(Scherrer equation)を用いることにより算出できる。
【0050】
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末における結晶相は、その結晶構造中に対アニオンが固定されている。また、硫化物系固体電解質粉末におけるアモルファス相も、組成を調整することで構造中にアニオン構造を形成できる。
対アニオン又はアニオン構造は、結晶構造等の構造によって異なるが、PS 3-、P 4-、P 4-、O2-、S2-、Se2-、F、Cl、Br、I等が挙げられる。
中でも、四面体構造であるPS 3-を含むことが、このアニオンサイトにSiO 4-等のQ0構造の酸化物アニオンが入りやすく、結晶の耐熱性の向上や、熱力学的な安定効果の観点から好ましい。また、これらが固体電解質粉末の表層のヒドロキシ化に作用することもあり、好ましい。
なお、アルジロダイト型の結晶がLiPSClである場合、LiPSClを構成する対アニオンはPS 3-四面体である。その他に、対アニオンがPS 3-四面体である結晶相として、LGPS型の結晶、LPS型の結晶化ガラス等が挙げられる。
結晶相に含まれる対アニオンの構造は、XRDパターンから行った構造解析より確認できる。また、アモルファス相に含まれるアニオン構造は、Raman分光法や核磁気共鳴(NMR)法により確認できる。
【0051】
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末には、Li、P及びSを含む結晶相やアモルファス相以外に、上記のような対アニオンやアニオン構造を取るサイトに置換される酸化物アニオン等のアニオンや、LiPS、Li、LiS、LiHa(HaはF、Cl、Br、及びIから選ばれる少なくとも1種のハロゲン元素)等が含まれていてもよい。
【0052】
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末においてLi、P及びSを含む結晶相及びアモルファス相を構成する元素の含有量の合計は、高いリチウムイオン伝導率を実現する観点から60質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、80質量%以上がさらに好ましく、90質量%以上がよりさらに好ましい。また、含有量の合計の上限は特に限定されず、100質量%でもよい。また、結晶相やアモルファス相が2種以上存在する場合には、それらの合計が上記範囲であることが好ましい。
Li、P及びSを含む結晶相およびアモルファス相を構成する元素の含有量の合計は、ICP発光分析、原子吸光法、イオンクロマトグラフ法などを用いた組成分析により求められる。結晶相の割合は、内部標準物質を含有させて、XRDや中性子線散乱により測定後、内部標準物質とのピーク強度を比較することにより算出できる。
【0053】
<硫化物系固体電解質粉末の製造方法>
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末は、下記工程1~工程3を含む。
(工程1)Li、P及びSを含む、結晶相及びアモルファス相の少なくとも一方を含む硫化物系固体電解質を得る工程、
(工程2)工程1で得られた硫化物系固体電解質を粉砕して粉末にする工程、
(工程3)工程2で得られた粉末を加熱乾燥する工程。
工程2の粉砕は非水系有機溶媒を用いて行い、かかる非水系有機溶媒中に含まれる水分濃度を5ppm超200ppm以下とする。また、工程3の加熱乾燥における加熱空間の水分濃度を5ppm超300ppm以下とする。なお、本明細書における水分濃度は、体積分率水分濃度であり、JIS Z 8806:2001年に基づいて求められる。
以下に、工程1~工程3について、順に説明する。
【0054】
(工程1)
Li、P及びSを含む結晶相を含む硫化物系固体電解質を得る工程は、従来工程の方法を適用できる。
一実施形態として、原材料を混合してLi、P及びSを含む原材料混合物を得る工程、原材料混合物を反応する工程、及び結晶化又はアモルファス化する工程を含むことが好ましい。反応する工程では、加熱反応でもメカノケミカル反応でもよい。なお、原材料混合物を加熱して結晶化してもよく、その場合には、別途結晶化又はアモルファス化する工程を含まずともよい。
工程1において、上記のように結晶相やアモルファス相を得る工程の他に、結晶化度を高める工程や結晶を再配列する工程を含むこともできる。
【0055】
原材料は所望する結晶相又はアモルファス相の組成によっても異なるが、Haを含むアルジロダイト型の結晶相やHaを含むLPSHa型の結晶化ガラスを得たい場合には、Li、P及びSに加えてHaを含む原材料を選択する。
【0056】
Liを含有する化合物としては、例えば、硫化リチウム(LiS)、酸化リチウム(LiO)、炭酸リチウム(LiCO)、水酸化リチウム(LiOH)、硫酸リチウム(LiSO)等のリチウム化合物やリチウム金属単体等が挙げられる。
Pを含有する化合物としては、例えば、三硫化二リン(P)、五硫化二リン(P)等の硫化リン、リン酸リチウム(LiPO、Li、LiPO)、リン酸ナトリウム(NaPO、Na、NaPO)等のリン化合物やリン単体等が挙げられる。
Sを含有する化合物としては、上記硫化リチウム(LiS)や上記硫化リン(P、P)や硫化水素(HS)等が挙げられ、硫黄単体も使用できる。
【0057】
Haを含有する化合物のうち、Cl(塩素)を含有する化合物としては、例えば、塩化リチウム(LiCl)、三塩化リン(PCl)、五塩化リン(PCl)、四塩化二リン(PCl)、塩化ホスホリル(POCl)、二塩化硫黄(SCl)、二塩化二硫黄(SCl)、塩化ナトリウム(NaCl)、三塩化ホウ素(BCl)等が挙げられる。
Haを含有する化合物のうち、Br(臭素)を含有する化合物としては、例えば、臭化リチウム(LiBr)、三臭化リン(PBr)、塩化ホスホリル(POBr)、二臭化二硫黄(SBr)、臭化ナトリウム(NaBr)、三臭化ホウ素(BBr)等が挙げられる。
【0058】
上記の中でも、アルジロダイト型の結晶を得たい場合には、硫化リチウムと、硫化リンと、塩化リチウム及び臭化リチウムの少なくとも一方と、の組み合わせが好ましい。また、アルジロダイト型結晶以外の場合においてもLi-P-S-Ha組成を含む場合、硫化リチウムと、硫化リンと、塩化リチウム及び臭化リチウムの少なくとも一方と、の組み合わせが好ましい。
【0059】
これら原材料は大気中で非常に不安定で、水と反応して分解し、硫化水素ガスの発生や酸化のおそれがある。そのため、不活性雰囲気中で混合することが好ましい。
【0060】
原材料の混合は、例えば、遊星ボールミルの様なメディアを用いた混合、ピンミルや粉体撹拌機、気流混合の様なメディアレス混合等を採用できる。原材料は加熱前の混合により、非晶質化してもよい。
【0061】
Li、P及びS、場合によってはさらにHaを含む原材料混合物を加熱溶融し、冷却する加熱反応で結晶化又はアモルファス化できる。また、原材料混合物を加熱することで結晶化するなど、メカノケミカル反応で結晶化又はアモルファス化してもよい。
【0062】
原材料を加熱溶融し、冷却により結晶化又はアモルファス化する場合には、冷却時の冷却速度や圧力等、冷却の条件を変えることによって結晶の状態を調整できる。
加熱溶融の条件は従来公知の条件を適用できる。例えば、加熱温度は600~900℃が好ましい。加熱溶融の時間は0.1~10時間が好ましい。加熱溶融時の圧力は常圧~微加圧が好ましい。加熱溶融時の露点は-20℃以下が好ましく、下限は特に制限されないが、通常-80℃程度である。また酸素濃度は1000ppm以下が好ましい。
【0063】
加熱溶融した原材料混合物を、例えば常圧下で1℃/秒以上の冷却速度で急冷することにより結晶化を行ってもよい。また、その後にさらに熱処理を行うことで、安定化処理を行ってもよい。また、急冷しアモルファス状態のものを得て、そのまま用いてもよい。また、アモルファス状態のものを再度加熱することにより、結晶化させたものを用いてもよい。
【0064】
原材料混合物を加熱することで結晶化又はアモルファス化する場合には、加熱の条件は従来工程の条件を適用できる。例えば、加熱の雰囲気は、不活性ガス雰囲気下、硫化水素ガス雰囲気下、硫黄ガス雰囲気下、真空封管の下、等が挙げられる。加熱温度は200℃以上600℃未満が好ましい。加熱時間は1~100時間が好ましい。
【0065】
(工程2)工程1で得られた硫化物系固体電解質を粉砕して粉末にする工程
工程2では、硫化物系固体電解質を、非水系有機溶媒を用いて湿式粉砕するが、使用する非水系有機溶媒に含まれる水分濃度を5ppm超200ppm以下とする。粉砕して細かくしながら、非水系有機溶媒中に含まれる水分により表層をヒドロキシ化することで、一定の深さまでヒドロキシ化が進行し、良好な分散性を実現できる。また、粉砕中の活性点をヒドロキシ化することも、良好な分散性に寄与する。
このように、粉砕する際の水分濃度を制御することで、得られる粉末のH-NMRスペクトルでは、1.0±0.2ppmの範囲にピークが見られるようになるか、かかるピークのピーク強度がより強くなる。
【0066】
硫化物系固体電解質の粉砕面を効率良くヒドロキシ化する観点から、非水系有機溶媒の水分濃度は5ppm超200ppm以下であり、10~150ppmが好ましく、20~100ppmがより好ましい。ここで、非水系有機溶媒の水分濃度は、5ppm超であり、10ppm以上がより好ましく、20ppm以上がさらに好ましい。また、高いリチウムイオン伝導率を得る観点から、非水系有機溶媒の水分濃度は200ppm以下であり、150ppm以下がより好ましく、100ppm以下がさらに好ましい。
【0067】
また、この工程2と続く工程3により、得られる硫化物系固体電解質粉末の最表面から5nm深さにおけるPの含有量P(5nm)、50nm深さにおけるPの含有量P(50nm)、及び100nm深さにおけるPの含有量P(100nm)の値も調整できる。
具体的には、工程2に関して、得たい粒子の比表面積に対して使用する溶媒の水分量が重要である。比表面積に対して水分量が少な過ぎる場合、表層にヒドロキシ基をあまり付与できなくなる傾向にある。逆に比表面積に対して水分量が多過ぎる場合、Pが溶け出してしまい、表層にヒドロキシ基をあまり付与できなくなる傾向にある。
工程3に関して、ヒドロキシ化した改質された表層を一定の厚みで有するために特に重要な工程である。工程3での水分濃度が高過ぎると、固体電解質のリチウムイオン伝導率を大きく低下させてしまう。そのため、固体電解質中でヒドロキシ基がある程度拡散できる温度域で、適切な水分濃度で加熱乾燥することが重要である。
【0068】
非水系有機溶媒の水分濃度の調整は従来公知の方法を適用できる。例えば、水分の吸脱着量が既知の水分吸脱着剤を有機溶媒中に浸して一晩撹拌する方法、水分濃度が当該非水系有機溶媒とは10ppm以上異なる非水系有機溶媒を別途用意して混合して用いる方法、非水系有機溶媒を蒸留して調整する方法等が挙げられる。中でも、水分濃度が当該非水系有機溶媒とは10ppm以上異なる非水系有機溶媒を別途用意して混合して用いる方法により水分濃度を調整することが好ましい。
【0069】
非水系有機溶媒の種類は特に限定されないが、炭化水素系溶媒、ヒドロキシ基を含有した有機溶媒、エーテル基を含有した有機溶媒、カルボニル基を含有した有機溶媒、エステル基を含有した有機溶媒、アミノ基を含有した有機溶媒、ホルミル基を含有した有機溶媒、カルボキシ基を含有した有機溶媒、アミド基を含有した有機溶媒、ベンゼン環を含有した有機溶媒、メルカプト基を含有した有機溶媒、チオエーテル基を含有した有機溶媒、チオエステル基を含有した有機溶媒、ジスルフィド基を含有した有機溶媒、ハロゲン化アルキル等が挙げられる。
炭化水素系溶媒としては、例えば、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン、トルエン、ジブチルエーテルが挙げられ、飽和水分濃度が低い観点から、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタンが好ましく、水分濃度を調整する観点から、トルエン、ジブチルエーテルなどと混ぜることが好ましい。
【0070】
粉砕面積(m)を目標粉末の比表面積(m/g)と使用粉体重量(g)の積として定義すると、非水系有機溶媒を用いて湿式粉砕する際の溶媒中の水分量(μg;水分濃度(ppm)と使用溶媒量(g)の積)と粉砕面積(m)の比の適した条件は、0.1~1000の範囲が好ましく、1~100の範囲がより好ましい。ここで、上記比は、0.1以上が好ましく、1以上がより好ましく、また、1000以下が好ましく、100以下がより好ましい。
水分濃度(重量濃度(ppm))の測定は、カールフィッシャー電量滴定法により測定可能である。例えば、日東精工アナリテック社製、水分測定装置CA-310電量滴定法を用いて測定できる。
【0071】
粉砕は、得られる粉末の粒子径D50が3μm以下となるように行うことが好ましい。
例えば、湿式粉砕中の凝集を抑制するために極性官能基を有した溶媒も添加することにより粉末の粒子径D50を調整できる。また、得られる粉末のBET比表面積が3m/g以上となるように粉砕を行うことが好ましく、粒子径D50の調整と同様の方法で、BET比表面積も調整できる。
BET比表面積の測定は、例えば、マイクロメリティクス社製の高機能比表面積・細孔分布測定装置ASAP-2020を用いて実施できる。
【0072】
(工程3)工程2で得られた粉末を加熱乾燥する工程
工程3では、得られた粉末を加熱乾燥するが、その際の加熱空間の水分濃度を5ppm超300ppm以下とし、10~200ppmがより好ましい。ここで、加熱空間の水分濃度は5ppm超であり、10ppm以上がより好ましく、また、300ppm以下であり、200ppm以下がより好ましい。
加熱乾燥する工程で、加熱空間の水分濃度が5ppm超で且つ、加熱温度を例えば100℃以上にすることにより、粉末の表面から内部にかけてヒドロキシ化を深められる、すなわち、ヒドロキシ基を一定深さまで拡散できるものと考えている。
目安となる加熱温度は、ヒドロキシ基の拡散定数が10-14cm/sを超える温度が好ましく、より好ましくは、拡散定数が10-12cm/sを超える温度である。また、高いリチウムイオン伝導率を得る観点から、加熱空間の水分濃度は300ppm以下である。
【0073】
工程2のみならず、工程3の加熱乾燥している際にも表層をヒドロキシ化することが、良好な分散性を付与する上で重要である。
硫化物系固体電解質粉末の最表面のみを高濃度でヒドロキシ化させようとしても、表面からP原子が抜けだして、水和層の形成にしかならず、良好な分散性に寄与するヒドロキシ基がリッチな層は形成されにくいものと考えられる。これに対し、一定量以上の水分が存在する雰囲気下で工程2と工程3を経ることで、ヒドロキシ基により改質されるのは、硫化物系固体電解質粉末の最表面だけでなく、一定の厚みを持った表層となるために、良好な分散性が実現される。特に工程3に関して、ヒドロキシ化により改質された表層を一定の厚みを有するために重要な工程である。
【0074】
加熱空間の水分濃度は、加熱空間の露点に置き換えてもよい。加熱空間の露点は、-65~-30℃が好ましく、-60~-40℃がより好ましく、-55~-45℃がさらに好ましい。ここで、より良好な分散性を得る観点から、加熱空間の露点は-65℃以上が好ましく、-60℃以上がより好ましく、-55℃以上がさらに好ましい。また、高いリチウムイオン伝導率を実現する観点から、加熱空間の露点は-30℃以下が好ましく、-40℃以下がより好ましく、-45℃以下がさらに好ましい。
【0075】
加熱空間の水分濃度や露点の調整は従来公知の方法を適用できるが、例えば、静電容量式の露点計を用いて加熱部の排気ポートの露点を測定することでそれを加熱部の露点と見做せる。また、加熱設備が複雑な構造の場合、温度と露点に対して、例えばリチウムイオン伝導率などの特性が既知である固体電解質を内部標準として用い、加熱部の局所的な露点も推定できる。
【0076】
加熱乾燥を行う温度は100~300℃が好ましく、150~300℃がより好ましく、200~300℃がさらに好ましい。ここで、ヒドロキシ基をある一定の深さまで拡散させる観点から、加熱乾燥を行う温度は100℃以上が好ましく、150℃以上がより好ましく、200℃以上がさらに好ましい。また、品質を保持できる範囲であれば特に上限温度はないが、300℃程度に温度を上げれば、通常硫化物系固体電解質材料において十分にヒドロキシ基は拡散する。
【0077】
加熱乾燥を行う時間は0.1~12時間が好ましく、0.5~8時間がより好ましく、1.0~6時間がさらに好ましい。ここで、ヒドロキシ基をある一定の深さまで拡散させる観点から、加熱乾燥を行う時間は0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましく、1.0時間以上がさらに好ましい。また、生産性の観点から、加熱乾燥を行う時間は12時間以下が好ましく、8時間以下がより好ましく、6時間以下がさらに好ましい。
【0078】
加熱乾燥は、第1の加熱乾燥と、第1の加熱乾燥の後の第2の加熱乾燥とを含む2段階以上で行うことがリチウムイオン伝導率を高める点から好ましい。第1の加熱乾燥は、主として粉末の乾燥を目的とし、第2の加熱乾燥は、主として粉末の表層の改質を目的とする。ただし、第1の加熱乾燥で粉末の表層の改質が行われることを何ら排除するものではない。
【0079】
第1の加熱乾燥における加熱温度A1は、第2の加熱乾燥における加熱温度A2に比べて低いことが好ましい。また、第1の加熱乾燥における加熱時間T1は、第2の加熱乾燥における加熱時間T2に比べて長いことが好ましい。
【0080】
加熱温度A1は50~200℃が好ましく、90~180℃がより好ましく、120~160℃がさらに好ましい。ここで、使用する溶媒を短時間で乾燥する観点から、加熱温度A1は50℃以上が好ましく、90℃以上がより好ましく、120℃以上がさらに好ましい。また、使用する溶媒の突沸や変質を防ぐ観点から、加熱温度A1は200℃以下が好ましく、180℃以下がより好ましく、160℃以下がさらに好ましい。用いる有機溶媒の種類に依るが、突沸や変質を防げるのであれば、加熱温度A1は高い方が好ましい。
加熱温度A2は150~300℃が好ましく、180~280℃がより好ましく、200~250℃がさらに好ましい。ここで、改質を進行させる観点から、加熱温度A2は150℃以上が好ましく、180℃以上がより好ましく、200℃以上がさらに好ましい。また、凝集を抑制する観点から、加熱温度A2は300℃以下が好ましく、280℃以下がより好ましく、250℃以下がさらに好ましい。
(A2-A1)で表される温度の差は50~200℃が好ましく、70~150℃がより好ましく、90~120℃がさらに好ましい。ここで、改質効果をより顕著にする観点から、上記温度の差は50℃以上が好ましく、70℃以上がより好ましく、90℃以上がさらに好ましい。また、(A2-A1)で表される温度の差は、温度上昇に要する時間を短くする観点から、200℃以下が好ましく、150℃以下がより好ましく、120℃以下がさらに好ましい。
【0081】
加熱時間T1は0.1~12時間が好ましく、0.5~8時間がより好ましく、1.0~6時間がさらに好ましい。ここで、乾燥を十分に行う観点から、加熱時間T1は0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましく、1.0時間以上がさらに好ましい。また、生産性の観点から、加熱時間T1は12時間以下が好ましく、8時間以下がより好ましく、6時間以下がさらに好ましい。
加熱時間T2は0.1~5時間が好ましく、0.5~3時間がより好ましく、1時間がさらに好ましい。ここで、改質を進行させる観点から、加熱時間T2は0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましく、1.0時間以上がさらに好ましい。また、生産性の観点から、加熱時間T2は5時間以下が好ましく、3時間以下がより好ましく、1時間以下がさらに好ましい。
(T1-T2)で表される時間の差は0.1~10時間が好ましく、0.5~8時間がより好ましく、1~5時間がさらに好ましい。ここで、一般的に熱容量の大きい溶媒を乾燥する方が時間を要し、粉体表面の改質は短時間で済むという観点から、上記時間の差は0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましく、1時間以上がさらに好ましく、また、10時間以下が好ましく、8時間以下がより好ましく、5時間以下がさらに好ましい。
また、加熱時間T1と加熱時間T2の合計の時間が、上記加熱乾燥を行う時間、すなわち0.1~12時間の範囲内となることが好ましい。
【0082】
加熱乾燥を行う際の水分濃度の調整方法は、水分濃度を安定させる観点から目的の水分濃度よりも高いものと低いものを混ぜてから設備内に投入することが好ましい。
【0083】
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末の製造方法では、上記工程1~工程3の他に、本発明の効果を損なわない範囲において、さらに他の工程を含んでもよい。
他の工程としては、例えば、工程2の際に水分以外も用いて同様の改質を施す、工程3の後に追加で熱処理を施す工程を行う、工程3の後に凝集粒子を解す工程を行う等が挙げられる。工程3の後に追加で熱処理を施す工程では、例えば、工程3と同様に一定量の水分を含んだ雰囲気で実施することが好ましい。また、工程3の後に凝集粒子を解す工程では、例えば、超音波を用いた解砕や、気流式解砕の様なメディアレス解砕が好ましい。
【0084】
工程3以降に他の工程を含む場合において、その最終工程で熱処理を施す場合には、工程3と同様、加熱空間の水分濃度を5ppm超300ppm以下とすることが好ましく、10~200ppmがより好ましい。ここで、加熱空間の水分濃度は、5ppm超が好ましく、10ppm以上がより好ましく、また、300ppm以下が好ましく、200ppm以下がより好ましい。
上記水分濃度を露点に置き換えると、最終工程における加熱空間の露点は-65~-30℃が好ましく、-60~-40℃がより好ましく、-55~-45℃がさらに好ましい。ここで、加熱空間の露点は、-65℃以上が好ましく、-60℃以上がより好ましく、-55℃以上がさらに好ましい。また、高いリチウムイオン伝導率を実現する観点から、上記加熱空間の露点は-30℃以下が好ましく、-40℃以下がより好ましく、-45℃以下がさらに好ましい。
また、最終工程における熱処理では、上記工程3と同様、第1の加熱乾燥と、第1の加熱乾燥の後の第2の加熱乾燥とを含む2段階以上で行ってもよく、その際の各々の好ましい態様は、工程3の第1の加熱乾燥、第2の加熱乾燥の好ましい態様と、それぞれ同様である。
【0085】
<硫化物系固体電解質層>
本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末は、非水系有機溶媒と混ぜてスラリーを作製した際の分散性が高い。リチウムリチウムイオン二次電池に用いられるにあたり、必要に応じてバインダー等の他の成分とともに硫化物系固体電解質層を形成したり、活物質と混ぜて正極や負極の合材層を形成する。バインダーや他の成分は、従来公知の物が用いられる。
スラリーの非水系有機溶媒分を乾燥した後の本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末の含有量は硫化物系固体電解質層全体に対して、80質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましい。
【0086】
硫化物系固体電解質層の形成方法も従来公知の方法が用いられる。例えば、硫化物系固体電解質層を構成する成分を溶媒に分散あるいは溶解させてスラリーとし、層状(シート状)に塗工し、乾燥させ、任意にプレスすることで硫化物系固体電解質層を形成できる。必要に応じて、熱をかけて脱バインダー処理を行ってもよい。当該スラリーの塗工量等を調整することで、硫化物系固体電解質層の厚みを容易に調整できる。
【0087】
このシート状に塗工する際、本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末は、表層がヒドロキシ基で改質されていることから、非水系有機溶媒に分散させてスラリーとした際の分散性に非常に優れる。
【0088】
硫化物系固体電解質粉末の非水系有機溶媒への分散性は、従来公知の方法で確認でき、特に限定されないが、例えば下記方法により確認できる。
トルエン99質量%に、分散剤としてマリアリム(登録商標)AAB-0851(日油株式会社製)1質量%を加え、水分濃度を20ppm以下とした分散剤溶解溶媒を調製する。この分散剤溶解溶媒10mLに対して、固体電解質粉末を100mg加え、超音波ホモジナイザーによる分散を5分間実施して静置する。その後、沈降が開始し、目視で分散剤溶解溶媒が透明になるまでの時間を測定する。透明となるまでの時間が長いほど、分散性は良好であることを意味する。上記の分散性試験を行うにあたり、例えば100μmを超える粗粒が混ざっていると正しく評価ができないため、目開き100μmのメッシュパスを行って実施することが好ましい。用いるメッシュの目開きは適宜変更できる。
【0089】
上記方法による透明となるまでの時間は5分以上が好ましく、10分以上がより好ましく、15分以上がさらに好ましく、長いほど好ましい。ただし、上記時間は目安であって、絶対的なものではない。
固体電解質粉末の表層をヒドロキシ基で改質した後、改質前と比べて上記透明となるまでの時間が長くなれば、かかる改質により非水系有機溶媒への分散性が良好となったことを意味する。
【0090】
なお、本実施形態に係る硫化物系固体電解質粉末は非水系有機溶媒への分散性に優れるため、シート状に塗工して硫化物系固体電解質層とすることが好ましいが、硫化物系固体電解質層の形成方法を湿式成形に限るものではない。
すなわち、硫化物系固体電解質粉末等を、正極又は負極等の表面上において乾式でプレス成形することで硫化物系固体電解質層を形成してもよい。その他に、他の基材上に硫化物系固体電解質層を形成し、これを、正極又は負極等の表面上に転写してもよい。その際、ヒドロキシ基の機能としては、粉末同士の凝集抑制に役立つと考えられる。
【0091】
硫化物系固体電解質層全体に対する本実施形態に係る硫化物系固体電解質の含有量は80質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましい。硫化物系固体電解質の含有量の上限は特に限定されず、100質量%でもよい。また、変形抑制の観点からは、無機フィラー、有機フィラーを混合してもよく、その場合、固体電解質の含有量は99質量%以下が好ましい。
【0092】
硫化物系固体電解質粉末は、正極活物質又は負極活物質と混合して、正極層又は負極層として用いてもよい。正極層又は負極層に用いられる正極活物質又は負極活物質、集電体、バインダー、導電助剤等は、従来公知の物が用いられる。
【0093】
硫化物系固体電解質粉末が用いられるリチウムイオン二次電池は、上記硫化物系固体電解質層と、正極層と、負極層とを含む。
リチウムイオン二次電池の外装体の材料も、従来公知の物を使用できる。リチウムイオン二次電池の形状も従来公知の物を使用できるが、例えば、コイン型、シート状(フィルム状)、折り畳み状、巻回型有底円筒型、ボタン型等が挙げられ、用途に応じて適宜選択できる。
【実施例
【0094】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
例2~例4、例7、例8、例12~例14は実施例であり、例1、例5、例6、例9~例11は比較例である。
【0095】
(例1)
工程1として、ドライ窒素雰囲気下で、表1の「組成比(at%)」の項目に記載の組成比となるように、硫化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.98%)、五硫化二リン粉末(Sigma社製、純度99%)及び塩化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.99%)を秤量し、同雰囲気中、遊星ボールミル(伊藤製作所社製、LP-M4)を用いて400rpmで4時間混合した。次いで、混合物を石英管に真空封入し、450℃で5時間加熱することで、アルジロダイト型の結晶を含む硫化物系固体電解質を得た。その後、乳鉢で粉砕を行い、目開き44μmのメッシュパスを行い、比表面積が0.3m/gの粉末を得た。
工程2の粉砕する工程と、工程3の加熱乾燥する工程は行わなかった。
なお、表1の組成比における空欄は、原材料に含まれる不可避な不純物を除き、積極的には添加していないことを意味する。
【0096】
(例2)
例1で得られた硫化物系固体電解質2gに対し、工程2として、非水系有機溶媒として水分濃度30ppmのヘプタン(CAS番号142-82-5)およびジブチルエーテル(CAS番号142-96-1)の混合溶媒8gを、45mlサイズのジルコニア製の密閉式ポットに入れ、ジルコニア製のボールを入れ、遊星ボールミル機にて200rpm×45分の条件で湿式粉砕を行い粉末を得た。得られた粉末に対し、工程3として、露点-45℃(水分濃度70ppm)、温度180℃の加熱空間で2時間、加熱乾燥を行い、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0097】
(例3)
例1で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として、例2の工程2と同じ条件で粉末を得た。得られた粉末に対し、工程3として、露点-60℃(水分濃度10ppm)、温度180℃の加熱空間で2時間、加熱乾燥を行い、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0098】
(例4)
例1で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として、非水系有機溶媒として水分濃度50ppmのヘプタンおよびジブチルエーテルの混合溶媒を用いた以外は、例2の工程2と同じ条件で粉末を得た。得られた粉末に対し、工程3として、露点-35℃、(水分濃度220ppm)、温度180℃の加熱空間で2時間加熱乾燥を行い、更に温度を220℃に上げて、0.5時間加熱乾燥を行い、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0099】
(例5)
例1で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として粉砕は行わず、露点-30℃の室温の環境下に固体電解質粉末を2時間置いてエイジングを行い、続く工程3も行うことなく、硫化物系固体電解質を得た。
【0100】
(例6)
工程1として、ドライ窒素雰囲気下で、表1に記載の組成比となるように、硫化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.98%)、五硫化二リン粉末(Sigma社製、純度99%)、塩化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.99%)及び臭化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.995%)を秤量し、同雰囲気中、遊星ボールミルを用いて400rpmで4時間混合した。次いで、混合物を石英管に真空封入し、450℃で5時間加熱することで、アルジロダイト型の結晶を含む硫化物系固体電解質を得た。その後、乳鉢で粉砕を行い、目開き44μmのメッシュパスを行い、比表面積が0.2m/gの粉末を得た。
工程2の粉砕する工程と、工程3の加熱乾燥する工程は行わなかった。
【0101】
(例7)
例6で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として、非水系有機溶媒として水分濃度20ppmのヘプタンおよびジブチルエーテルの混合溶媒を用いた以外は、例2の工程2と同じ条件で粉末を得た。得られた粉末に対し、工程3として、露点-60℃(水分濃度10ppm)、温度180℃の加熱空間で2時間、加熱乾燥を行い、更に温度を220℃に上げて、0.5時間加熱後、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0102】
(例8)
例6で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として、非水系有機溶媒であるヘプタンおよびジブチルエーテルの混合溶媒の水分濃度を50ppmとした点、工程3の露点を-50℃(水分濃度40ppm)とした点以外は例7と同様の操作を行い、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0103】
(例9)
例7で得られた硫化物系固体電解質粉末に対し、さらに露点-70℃(水分濃度2ppm)、400℃、1時間の条件でアニール処理を行った。
【0104】
(例10)
例6で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として、非水系有機溶媒として水分濃度5ppmのヘプタンおよびジブチルエーテルの混合溶媒を用いた以外は、例2の工程2と同じ条件で粉末を得た。得られた粉末に対し、工程3として、露点-65℃(水分濃度5ppm)、温度180℃の加熱空間で2時間加熱乾燥を行い、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0105】
(例11)
工程1として、ドライ窒素雰囲気下で、表1に記載の組成比となるように、硫化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.98%)、五硫化二リン粉末(Sigma社製、純度99%)を秤量し、同雰囲気中、遊星ボールミルを用いて400rpmで24時間混合した。次いで、混合物を石英管に真空封入し、280℃で1時間加熱することで、Li11の結晶を含む硫化物系固体電解質を得た。その後、乳鉢で粉砕を行い、目開き44μmのメッシュパスを行い、比表面積が2.4m/gの粉末を得た。
工程2の粉砕する工程と、工程3の加熱乾燥する工程は行わなかった。
【0106】
(例12)
例11で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として、非水系有機溶媒として水分濃度10ppmのヘプタンおよびジブチルエーテルの混合溶媒を用いた以外は、例2の工程2と同じ条件で粉末を得た。得られた粉末に対し、工程3として、露点-60℃(水分濃度10ppm)、温度180℃の加熱空間で2時間加熱乾燥を行い、更に温度を240℃に上げて、0.5時間加熱後、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0107】
(例13)
例11で得られた硫化物系固体電解質に対し、工程2として、非水系有機溶媒であるヘプタンおよびジブチルエーテルの混合溶媒の水分濃度を30ppmとした点、工程3の露点を-50℃(水分濃度40ppm)とした点以外は例12と同様の操作を行い、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0108】
(例14)
工程1として、ドライ窒素雰囲気下で、表1に記載の組成比となるように、硫化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.98%)、五硫化二リン粉末(Sigma社製、純度99%)、塩化リチウム粉末(Sigma社製、純度99.99%)を秤量し、混合物を石英管に真空封入し、750℃で1時間加熱し、急冷することで、ガラス(アモルファス)である硫化物系固体電解質を得た。
次いで、工程2として、非水系有機溶媒であるヘプタンおよびジブチルエーテルの混合溶媒の水分濃度を25ppmとした点、工程3の露点を-50℃(水分濃度40ppm)とした点、以外は例12と同様の操作を行い、硫化物系固体電解質粉末を得た。
【0109】
【表1】
【0110】
[評価]
(分散性)
トルエン99質量%に、分散剤としてマリアリム(登録商標)AAB-0851(日油株式会社製)1質量%を加え、水分濃度を20ppm以下とした分散剤溶解溶媒を調製した。この分散剤溶解溶媒10mLに対して、例1~例14で得られた硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末を100mg加え、超音波ホモジナイザーによる分散を5分間実施して静置した。その後、沈降が開始し、目視で分散剤溶解溶媒が透明になるまでの時間を測定し、下記基準にて評価を行った。結果を表2の「分散性」の項目に示す。
◎:透明となるまでの時間が15分以上である。
○:透明となるまでの時間が5分以上15分未満である。
△:透明となるまでの時間が1分以上5分未満である。
×:透明となるまでの時間が1分未満である。
【0111】
(粒子径D50
例1~例14で得られた硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末について、レーザー回折法を用いた粒度分布計(Microtrac社製、レーザー回折粒度分布測定機MT3300EXII)を用いて粒子径D50を測定した。結果を表2の「D50(μm)」に示す。
【0112】
(BET比表面積)
例1~例14で得られた硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末について、比表面積・細孔分布測定装置(マイクロメリティクス社製、細孔分布測定装置ASAP-2020)を用いてクリプトン吸着BET多点法により測定を行い、比表面積を求めた。サンプリングから測定を含め、大気に触れないようにして測定を実施した。
具体的には、前処理として、室温にて12時間以上減圧を行った。試料重量は0.15gとし、分析温度-196℃で、相対圧(P/P0)が0.1~0.25の範囲で5点以上測定を行い、BETプロットを作成した。得られたプロットから比表面積を算出した。
結果を表2の「BET比表面積(m/g)」の項目に示す。
【0113】
H-NMR)
例1~例14で得られた硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末0.5gに対し、内部標準としてアダマンタン(東京化成工業株式会社、純度99.0%超)を2質量%加え、乳鉢でよく混合した後、直径2.5mmのジルコニア製試料管(Bruker社製、thin-walled ジルコニアローター)に詰めてサンプルとし、これを測定に供した。この際、グローブボックス内で作業を行うことで、硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末が空気と接触することを回避した。また、加えたアダマンタンは、加える前に吸着水を取り除くために、露点-55℃の雰囲気で150℃2時間加熱した。
核磁気共鳴装置(Bruker社製、AVANCE400)を用いて、各種をHとしたH-NMRスペクトルを測定した。
初めに、アダマンタン(東京化成工業株式会社、純度99.0%超)をジルコニア製試料管(Bruker社製、thin-walled ジルコニアローター)に詰めたものを外部標準として測定し、得られたH-NMRスペクトルにおいて最も強度が高いケミカルシフトの位置を1.91ppmとして規格化した。測定条件は、プローブ:2.5mm固体用、測定条件:Single pulse法、パルス幅:2.0μs、観測中心:8.0ppm、観測幅:40ppm、Relaxation delay:5sec、積算回数:64、回転速度:20kHzとした。
【0114】
次に、上記で用意したサンプルについて、上記と同条件でH-NMRスペクトルを測定し、図2のようなH-NMRスペクトルを得た。ここで、1.91ppm付近に観測されるピークが内部標準であるアダマンタンに由来するピークである。次に、内部標準であるアダマンタンに由来するピークのピークトップのケミカルシフトの位置が1.91ppmとなるように位相を補正し、図3の(a)に示すような位相補正したH-NMRスペクトルを得た。この位相補正したH-NMRスペクトルから、図3の(b)に示すようなジルコニア製試料管のスペクトルを用いて、その差分を取り、図3の(c)に示すような差スペクトルを得た。これら一連の解析に用いた解析ソフトはJEOL Delta v5.3.1である。このようにして得られた差スペクトルのうち、-2~3ppmの範囲を、次の解析に供した。
【0115】
次の解析では、図4の(a)に示すように、図3の(c)に示すような差スペクトルのうち-2~3ppmの範囲について、図4の(b)に示すようなVoigt関数を用いてフィッティングした曲線を差し引いた曲線を得た。図3の(c)の差スペクトルのうち-2~3ppmの範囲について、Voigt関数を用いて、図4の(b)のようなフィッティング曲線を得、得られたフィッティング曲線を重ねて表記した。この曲線について解析ソフトを用いてピーク分離を行った。この際の解析ソフトはIGOR Pro 6.2.20を用いた。
ピーク分離を行うと、図4の(c)に示すように、ピーク0~ピーク2の3つのピークに分離された。このうち、ピーク2が1.91ppmに観測される内部標準であるアダマンタンに由来するピークである。そして、ピーク0とピーク1が硫化物系固体電解質に由来する、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークである。
ピーク2のピークの面積強度:(ピーク0+ピーク1)の和で表されるピークの面積強度で表される面積強度の比は、1.2:1.0であった。得られたH-NMRスペクトルにおいて、1.91ppmに観測される上記内部標準であるアダマンタンに由来するピークの強度を1.7とした際の、1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークの強度をH-NMR強度が1.0であるとして規格化し、各サンプルの規格化されたH-NMR強度を求めた。
【0116】
上記により規格化されたH-NMR強度の結果を表2の「H-NMR」の項目に示す。
また、上記で得られたBET比表面積(m/g)と規格化されたH-NMR強度との積を、表2の「BET×NMR」の項目に示す。
【0117】
(Pの深さ方向の含有量)
例1~例14で得られた硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末に対し、X線光電子分光装置(XPS、アルバック・ファイ社製、ESCA5500)を用いて、トランスファーベッセルを使用して以下の条件で測定した。
パスエネルギー:93.9eV、ステップエネルギー:0.8eV、分析エリア:直径800μm、検出角度:試料面に対して45°、X線源:Al線、モノクロ14kV、300W、スパッタ種:C60イオン、スパッタレート:0.74nm/min(熱酸化膜SiO換算)
SiO膜換算のスパッタ深さで5nm、50nm、100nmの深さをそれぞれ決定し、その位置の組成を分析した。
【0118】
最表面から5nm深さにおけるPの含有量P(5nm)、最表面から50nm深さにおけるPの含有量P(50nm)、及び最表面から100nm深さにおけるPの含有量P(100nm)をそれぞれ求めた。また、{P(5nm)/P(100nm)}で表される比と、{P(5nm)/P(50nm)}で表される比もそれぞれ計算した。
結果を表2の「P(5nm)」、「P(50nm)」、「P(100nm)」、「P(5nm)/P(100nm)」、「P(5nm)/P(50nm)」の項目にそれぞれ示す。なお、表中「-」で表される部分は未測定であることを意味する。
【0119】
(リチウムイオン伝導率)
例1~例14で得られた硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末を380kNの圧力で圧粉体として測定サンプルとし、交流インピーダンス測定装置(Bio-Logic Sciences Instruments社製、ポテンショスタット/ガルバノスタット VSP)を用いてリチウムイオン伝導率を測定した。測定条件は、測定周波数:100Hz~1MHz、測定電圧:100mV、測定温度:25℃とした。結果を表2の「σ25(mS/cm)」に示す。なお、リチウムイオン伝導率の値は0.1mS/cm以上であれば、リチウムイオン二次電池に用いられる電解質として良好な値と言える。
【0120】
(赤外分光法(IR))
例1~例4の硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末については、赤外分光装置(IR、Thermo Fisher Scientific社製、Nicolet6700)を用いて、P-O結合に由来するピークの観察を行った。具体的には、乳鉢および乳棒を用いて微粉化した4~5mgの硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末をBaF窓板上に乗せ、そこに50~60mgの流動パラフィン(富士フイルム和光純薬社製)を滴下した。次いで、均一に分散させながら、直径約1cmの薄膜とした。その上に2枚目のBaF窓板を重ね、2枚のBaF窓板の隙間をポリテトラフルオロエチレン(PTFE)でシールした。これらの操作は全て露点-70℃以下に維持したグローブボックス内で行い、硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末の大気への暴露を最小限に抑えた。以上の操作により作製したセルを赤外分光測定に供した。
その結果、例1ではP-O結合に由来する吸収が観測されなかったのに対し、例2~例4ではいずれも、900~1250cm-1にP-O結合に由来する吸収が観測された。それらの吸収強度はH-NMRスペクトルで1.0±0.2ppmの範囲に観測されるピークのピーク強度と相関がみられた。
【0121】
(組成分析)
表1の各例の組成比は仕込み組成比であるが、以下の方法で実際に硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末についての組成分析を行い、実際の組成比が仕込み組成比の値とおおよそ一致することを確認した。なお、おおよそ一致したとは、仕込み組成比との差が±5%以内であったことを意味する。
グローブボックス内で秤量した硫化物系固体電解質又は硫化物系固体電解質粉末をアルカリ水溶液に溶かした。その上で、PとSについてはICP発光分光分析(装置:日立ハイテクサイエンス社製、型番PS3520UVDDII)を行った。Liについては原子吸光法による分析(装置:日立ハイテク社製、型番ZA3300)を行った。なおCsClを溶液濃度が0.1%になるように添加した。Cl、Brについてはイオンクロマトグラフ法による分析(装置:Thermo Fisher Scientific社製、型番ICS-2100)を行った。この際、カラムはAS11HCを用い、Hを少量加え超純水にて希釈して測定した。
【0122】
【表2】
【0123】
上記結果から、規格化されたH-NMR強度が0.3以上であり、BET比表面積(m/g)と規格化されたH-NMR強度との積が2以上の関係を満たすことで、非水系有機溶媒への分散性が高い硫化物系固体電解質粉末となることが分かった。また、硫化物系固体電解質粉末の、BET比表面積(m/g)と規格化されたH-NMR強度との積が33を超えると、リチウムイオン伝導率が損なわれてしまうことが分かった。また、単に露点が悪い環境に硫化物系固体電解質を曝すだけでは、分散性を向上するには不十分であり、リチウムイオン伝導率の低下や、表面からのPの溶出が大量であることが分かった。
【0124】
非水系有機溶媒への分散性が高い硫化物系固体電解質粉末は、得られた固体電解質を一定量の水分の存在下で湿式粉砕し、かつ一定量の水分の存在下で加熱乾燥することで、好適に表層が改質されることで得られる。
【0125】
本発明を詳細に、また特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は2021年9月30日出願の日本特許出願(特願2021-162227)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
図1
図2
図3
図4